山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

不老山(下)

【2016年6月11日(土)】不老山
瀬淵山(554m)から急勾配の林道を下る。
この道からは不老山(839m)と高指山(911m)が望めた。
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運良く、林道から左へ派生している踏み跡を見つけた。
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これは集落へのショートカットの道に違いない。
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一気に下る。
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すると、間もなくつぶれた廃屋を発見。
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完全にぺちゃんこで、中の様子をうかがい知ることはできない。
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その先で、思ったとおり集落に出た。
結局、今日の山歩きでは誰にも会わなかった。
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桑久保と呼ばれる地区だ。
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のどかな山村である。
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立派な蔵をお持ちの家もあった。
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でも、この大きなお宅は空き家になっていた。
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石垣のある坂道を下っていく。
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山村での暮らしが成り立っていた頃は、こんな大きな家も建てられたのだろう。
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瀬淵山を振り返る。
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このあたりで通りかかった地元のおばちゃんに、ちょっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。
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「この下に甲東小学校というのがあるようですが、なぜ甲東なんですか? 甲州の東ってことですか?」
「そうだよ」
へ~そうなのか。でも、甲州の東って、範囲は広いだろうに、ここにだけそんな名前の小学校ができるなんて不思議だ。
そこを突っ込んでも、納得できるような回答が得られるような気がしなかったので、質問はそこまでにしておいた。
おばあちゃんはここの字名やその由来も教えてくれたのだが、ブログを書くまでに1か月放置していたら、何もかも忘れてしまった。
う~ん、メモしておけばよかった。

ちなみに帰宅後、調べて「甲東」の謎が解けた。
もともと、このあたりは昭和30年に合併して上野原町となる前は甲東町だったのだ。
甲東町の前身、甲東村は明治8年(1875年)に、都留郡の野田尻村、桑久保村、芦垣村、和見村が合併して成立した村だ。
その際、「甲州の東部に位置する」という理由で「甲東」の名が生まれたのだろう。

おや、この集落にはパラグライダーのスクールがあるではないか。
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実際にパラグライダーを広げている最中だった。
これから、瀬淵山の山頂に行って飛ぶのだろうか。

舗装道路を離れて、さらに下の集落へショートカットする歩道に入る。
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おばちゃんは「坂がきついから」と言って、車道をそのまま歩いていった。

ここにもドクダミの花が咲き乱れていた。
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再び車道に出たところが「大酒屋」。
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「大」という名字の方の「酒屋」さんなのか、思い切って「大酒」の店にしたのか。
興味津々だが、そんなことを直接聞くのも憚られたので、我慢して通過。

その先に甲東小学校の跡地が広がっていた。
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統廃合で廃校になったのだろう。一部の敷地はスクールバスの駐車場になっている。

校門は保存されていた。
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「上野原市立」とあるので、わりと最近までは存続していたようだ。
調べてみると、同校は明治6年に当時の野田尻村に開設された野田学校が起源。
平成23年、甲東小、犬目小、沢松小、四方津小の4校が統合して上野原市立西小が開校した際に、廃校となった。

廃校から5年。現在は公民館的な施設なのか「甲東ふれあいセンター」になっている。
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校門の前には、かつて小学生で賑わったであろう商店が固く扉を閉ざしていた。
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このあたりは甲東町の、というか旧桑久保村の中心地であったのだろう。
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過疎が進んで今はもう見る影もない。
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農協はまだ営業しているのだろうか。
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近くにある甲東保育園は廃園になって間もない印象。
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子供の姿が見えないのは、なんとも淋しい限りだ。
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こんな札が下がったままになっていた。
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このあたりまで偵察に来ていたら、車はここに駐められたなあ。
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そうすれば、誰かに文句は言われることを心配する必要もなかった。

こんないい所を見つけられなかったばかりに、あと30分近く歩かなければならない。
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まあ、まだ11時前だから余裕だ。
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沿道の石碑などゆっくり写真を撮っている余裕もある。
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間もなく、不老下バス停。
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ちょうど、バスが待っていた。
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ちょっと損した気分。

ここからは来た道を戻る形になる。
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ふと見上げると、パラグライダーが空に浮かんでいた。
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さっきの方々が、もう山頂へ行って離陸したようだ。
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というわけで、野田尻宿まで戻ってきた。
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旧宿場町の整然とした家並み。
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まだ時間はたっぷりあるので、町並みを端っこまで歩いてみることにした。
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道幅はわりと広いが、これは当時のままなのだろう。
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車を駐めてある犬嶋神社はとりあえず通過。
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さすがに宿場らしい雰囲気は残している。
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一応、世間に旧宿場町であることはアピールしているようだ。
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ここは日本橋から数えて甲州街道20番目の宿場ということになる。
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立派な石碑も立っていた。
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明治天皇がお休みなったこともあるようだ。
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看板だけが残る「溝呂木酒店」。
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手前の建物は構えからして、もとは医院だったような気がする。
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(ス486)
木造の大きな家屋は旅籠だったのか。
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格式のありそうな表玄関。
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この集落は「和智」という名字が多い。
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ちなみに、このお宅の屋号は「蔦屋」。「魚久」というお宅もあった。

立派な石の門が並ぶ。
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振り返ると、ちょうど真正面に扇山がそびえている。いいロケーションだ。
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沿道には「牛頭観世音」と「馬頭観世音」。
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家並みが途切れた場所から瀬淵山を望むと、まだパラグライダーが空中散歩を楽しんでいた。
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その左手(西)に不老山(839m)。
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野田尻宿の後背地は広い耕作地となっていた。
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さて戻ろう。新たに見つけた屋号「中紺屋」。
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犬嶋神社に戻ってきた。
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遅ればせながら、無事下山のお礼をする。
これにて、本日の山行は終了。まだ11時半を回ったところだ。
急ぎ、藤野やまなみ温泉に向かう。
このあたり中央本線沿線の山にはよく来るのだが、この温泉は初めて。
料金は700円。アルカリ性のつるつる温泉だ。
源泉の温度は35.5℃なのでやや加温しているようだ。
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時間が早いだけに、わりと人も少なくてうれしい。
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露天風呂でゆっくりと汗を流した。

ここは昭和54年に廃校となった藤野中学校牧野校舎の跡地に平成9年に開設されたとのこと。
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正面に見えていたのは石砂山(578m)であった。
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あそこも冬になったら登らなければ。

あとは帰宅するのみ。
(ス499)
現在、12:45なので何とか間に合いそうだ。
高速の渋滞もなく、14時すぎに帰宅。着替えて、同窓会に向かった。
半日登山の疲れもなく、この日は夜10時半くらいまで飲んだ。

【行程】2016年6月11日
犬嶋神社(7:07)~不老下(7:19)~(休憩3分)~登山口(7:42)~金比羅宮(7:59撮影・休憩8:07)~不老山(8:36撮影・休憩8:45)~高指山(9:01休憩9:09)~和見峠(9:34)~瀬淵山(9:50撮影、休憩、三角点探索10:21)~甲東小学校跡(10:49)~不老下(11:03)~犬嶋神社(11:14野田尻宿散策11:33)
※所要時間:4時間26分(歩行時間:3時間48分)
※登った山:3座(不老山、高指山、瀬淵山)
※歩行距離:10.0km
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