山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

旧東海道Ⅲ(下)

【2016年5月12日(木)】旧東海道
六郷神社の境内に入る。
参道がかなり立派だ。
CIMG2521_2016061605010084f.jpg
CIMG2522.jpg

左手には神職の方のお住まいと思しき住宅があった。
CIMG2523_201606160501034bf.jpg

貞享二年(1685年)に六郷中町の有志が願主となって奉納された狛犬。
CIMG2526_20160616050105060.jpg
この頃になると、「現世利益」を造立願意とするものが増えてくるが、これはまだ中世的な「二世安楽」。
造形的にも他には類を見ない独創的なもので、実にユーモラスである。

明治16年(1883年)に架けられた旧六郷橋の親柱が、境内に保存されていた。
CIMG2529_201606160501060e4.jpg
慶長五年(1600年)に家康が架設した六郷橋は貞享五年(1688年)の洪水で流され、それ以後は186年の長きにわたり、橋は架けられなかった。
明治7年(1874年)に八幡塚村の名主鈴木左内が私財を投じて、有料橋を架けたが、この「左内橋」も4年後には流失してしまう。
そこで明治16年、八幡塚村と対岸の川崎駅の有志が共同で、木橋の「旧六郷橋」を建設した。これは明治30年(1897年)に架け替えられ、電車も通るようになったが、明治43年(1910年)の台風による洪水で再び流失。大正14年(1925年)に鉄筋コンクリート製のタイドアーチ式の先代「六郷橋」が開通した。
旧六郷橋の遺構である親柱は昭和元年(1926年)、切妻屋根を付して、六郷神社境内に保存された。この屋根は2年前に更新されたものである。

氷川神社などの境内社。
CIMG2538.jpg

広橋真光伯爵(1902~97年)が謹書した石製の古い扁額。
CIMG2537_2016061605001546b.jpg
真光(ただみつ)は戦前の内務官僚で、近衛文麿、東条英機両首相の秘書官を務めた人物。

これは井戸枠だろうか。
CIMG2531_20160616050037f29.jpg

その他さまざまな石碑が林立する。
六郷講社の碑。
CIMG2532_20160616050039cca.jpg

こちらは御嶽講社(右)。
CIMG2534_20160616050040320.jpg

東郷平八郎の筆になる忠魂碑。
CIMG2535.jpg

六郷神社創建の由来を記した「旗懸之杉由来」碑。
CIMG2536_201606160500438ce.jpg

いったん、南側の「正門」に出てみた。
CIMG2540_20160616050019e5c.jpg

鳥居の手前に、梶原景時寄進と伝えられる石造の太鼓橋「神橋」が残されている。
CIMG2539_20160616050017853.jpg

この穴は何だろう。
CIMG2541_20160616050020614.jpg

やっと拝殿。
CIMG2542.jpg

もちろん参拝する。
CIMG2543_2016061604594940c.jpg

向かって左側に神楽殿。
CIMG2545_201606160459502b5.jpg

近所の奥様方がくつろいでいた。
CIMG2546_20160616045952388.jpg

第一京浜は新六郷橋へと登っていくが、旧東海道はその左側を旧渡船場へと続いている。
CIMG2548_20160616045923912.jpg
CIMG2551_20160616045926795.jpg

その沿道には、古い町工場が昭和の雰囲気を漂わせていた。
CIMG2547_20160616045953acd.jpg
CIMG2549.jpg

六郷橋のバス停を通過。
CIMG2552_201606160459282f4.jpg

新六郷橋のガードをくぐる。
CIMG2553_20160616045929ccd.jpg

すると右手に大田区立の公園「宮本台緑地」に出る。
CIMG2556_2016061604590025b.jpg

ここには先代六郷橋の遺構が保存されていた。
CIMG2557_20160616045901dee.jpg
CIMG2559.jpg

これは鉄製のゲートだったのだろう。
CIMG2561_20160616045904f2d.jpg

近くには、「六郷の渡し跡」の案内板が立っていた。
CIMG2563_20160616045906777.jpg

多摩川の土手の下には「止め天神」。
CIMG2564_201606160458342fd.jpg

「止め」とは「川止め」のことではなく、天神様が8代吉宗公の落馬を止めたという故事にちなむという。
CIMG2569_20160616045837f1c.jpg

「通りゃんせ」の標柱。
CIMG2566_201606160458361e9.jpg
江戸時代には成立していたわらべうただが、発祥の地は小田原の菅原神社もしくは川越の三芳野神社と言われている。
なぜ、ここにあるのか。単に天神様だからか。
しかし、この歌、「帰りはこわい」の意味がよく分からない。
諸説あるようだが、いずれも「こわい」話だ。

千年石と万年石。
CIMG2570_20160616045839ef3.jpg
もともとは力石だったが、村人が健康で長生きできるように願い、ここに安置して、なぜるようになったという。

もう夕暮れということもあり、社殿には灯りがともっていた。
CIMG2573_20160616045840216.jpg

お参りして、土手に登る。
CIMG2575_20160616045807eb0.jpg

多摩川である。
CIMG2577_2016061604580930d.jpg

京急の六郷橋。
CIMG2579_20160616045810746.jpg

もうすっかり日も暮れてしまったので、本日の旧道歩きはこれにて終了。
六郷土手駅から戻ることにする。
CIMG2582_2016061604581382e.jpg

その前に駅周辺を偵察。
老舗っぽい和菓子「梅泉の伊東」。
CIMG2581_20160616045812739.jpg

この角を右折すると、旅館街。
CIMG2583_20160616045742359.jpg
CIMG2585_20160616050801a2f.jpg
宿場町だった時代の名残だろう。
連れ込みも可なのだろうが、見た感じは健全な宿に感じられた。

打ち上げは雑色駅近くでと思っていたが、面倒なので、近くの店に入ってしまった。
CIMG2586_20160616045744c4f.jpg

とにもかくにも。キンキンに冷えた生ビール。
DSC_2307_20160616045747249.jpg

つまみは赤貝とイワシの刺身。
DSC_2308_20160616045748bf7.jpg

40分ほどでさくっと切り上げ、電車に乗る。
CIMG2587_201606160457458fc.jpg

炭水化物を何も食べなかったので、乗り換え駅の品川で、広島みはら港町「八天堂」のくりーむパンを購入。
DSC_2309_20160616045720554.jpg

甘さ控えめでヘルシーだったが、もう少し甘くてもよかったかな。
DSC_2310_20160616045722029.jpg

というわけで会社にはもちろん戻らず、直帰。
次回の旧東海道は六郷土手からのスタートになる。

(おわり)
スポンサーサイト
このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://satsunan226.blog.fc2.com/tb.php/911-8aeee265
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
このページのトップへ

FC2Ad

プロフィール

かたこりまさかり

Author:かたこりまさかり
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (4)
北海道の山 (123)
東北の山 (62)
上信越の山 (139)
奥多摩の山 (55)
丹沢の山 (55)
奥秩父の山 (83)
栃木の山 (32)
房総・常陸の山 (9)
奥武蔵・秩父の山 (87)
中央線沿線の山 (96)
富士山周辺の山 (60)
八ヶ岳周辺の山 (54)
南アルプス (100)
史跡歩き (11)
中央アルプス (27)
北アルプス (45)
日本海の山 (8)
関西の山 (30)
四国九州の山 (61)
駅舎の旅 (26)
ドライブ (9)
廃線の旅 (12)
駅から散歩 (17)
乗り鉄 (38)
島の旅 (19)
山村の旅 (7)
超低山 (28)
東海の山 (2)
つぶやき (35)
旧道歩き (29)
伊豆の山 (39)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR