山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

旧東海道Ⅱ(1)

【2016年5月8日(日)】旧東海道
GWの最終日。帰省していた札幌から戻ってきた。
羽田空港には昼過ぎに着いたので、このまま帰宅するのはもったいない。
せっかくだから、2月に始めた旧東海道歩きの続きをすることにした。
前回は、品川から青物横丁まで歩いたので、その先ということになる。

京急の羽田空港国内線ターミナルから電車に乗り、新馬場で下りた。
よくよく考えたら、青物横丁で下りればよかったのに、前回、銭湯に寄って新馬場駅から帰宅したので、新馬場までしか歩いていないと勘違いしてしまった。
ちょっと損した気分だが、まあ仕方ない。

歩き始めた時はもう14時を過ぎていた。
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駅から出ると、公衆便所にかわいい衛兵。
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旧東海道に出るまでの道には寺が多い。
いちいち境内を見学していると日が暮れてしまうので、どれも門だけ確認するにとどめて通過した。
これは妙蓮寺。
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となりに蓮長寺。
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向かいに本栄寺。
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心海寺は真新しい。
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品川診療所のところで旧東海道にぶつかった。
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このあたりには、こうした道標があちこちに立っている。
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右折して旧東海道を南下。
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青物横丁までは前回も歩いたところだ。
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「東海道南品川」の信号で、青物横丁と交差する。
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ちょっと寄り道して、青物横丁駅を確認。
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駅のすぐ横には、こんな昭和な住宅も残っていた。
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おお、井戸まである。これは現役っぽい。
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京急線や京成線の沿線はときどき、こういう昭和の残骸と出くわすので散策が楽しい。

旧東海道に戻ると、すぐ右手に品川(ほんせん)寺。
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地蔵菩薩坐像が出迎えてくれる。
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これは「江戸六地蔵」の一つだそうだ。
案内板によれば、江戸深川の地蔵坊正元が不治の病にかかり、病気平癒を両親とともに地蔵菩薩に祈願したところ、無事治癒したことから、京都の六地蔵に倣って、宝永三年(1706年)に六地蔵造立を発願。人々の浄財を集め、江戸市中6か所に地蔵菩薩をそれぞれ1体ずつ造立したと伝えられている。
鋳造者は、神田鍋町鋳物師の太田駿河守正義。
6体のうち、深川の永代寺にあった地蔵は廃仏毀釈のため取り壊されたが、残る5体は残っているという。
ここの地蔵は6地蔵のうち最も古く、宝永五年の造立。
像高も現存5体のうちでは最も大きく、275cmもある。
江戸中期の鋳造像としては大作とのことである。

ここは東海七福神のうちの一つでもあるようだ。
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さて境内へ。山門をくぐる。
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すぐ右手に稲荷堂。
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このイチョウの大木は幹回り5・35m、樹高25m。
樹齢は約600年と推定されている。
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その根元には庚申塔。
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この建物(寺務所?)の柱はちょっとユニークだ。
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本堂。山号は海照山。
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左奥に十三重塔。
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弘法大師(空海)像。修行時代の弘法大師のことを修行大師というらしい。
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ここは弘法大師の開山で、創立は9世紀初頭の大同年間とのこと。

弁天堂。
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七福神。
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大梵鐘。
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この梵鐘は品川寺弘尊上人の発願によって、明暦三年(1657年)に鋳造された。
京都三条・大西五郎左衛門の作である。
表面には六観音像が浮き彫りされ、「東照宮」など徳川三代の号も陽刻されている。
「江戸名所図絵」などに「世に稀なる梵鐘」として讃えられてきた。
慶応三年(1867年)にパリ万博に出陳された後、明治4年(1871年)にウイーン万博でも展示されたが、その後行方不明になっていた。
大正期の品川寺・順海和上は長年、行方を探し続け、大正8年(1919年)にとうとうスイス・ジュネーブのアリアナ美術館に所蔵されていることを突き止めた。
そこで、ジュネーブ名誉領事のケルン氏に書簡をしたためたところ、ジュネーブ市議会が全会一致で返還することを決め、昭和5年(1930年)5月5日、60年ぶりに品川寺に里帰りしたという。
そういうドラマチックな存在だったのだ。

感心して街道に戻る。
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旧道らしい古い建物も時々目につく。
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間もなく、また右手に現れたのは龍吟山海雲寺。
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参道横のレトロな民家。
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山門もなかなか渋い。
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塀には寄付者の名前がズラリ。おそらく明治期のものだろう。
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大明王堂。
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平蔵地蔵。
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江戸末期、鈴ヶ森刑場の番人をしながら乞食をしている三人組がいた。
そのうちのひとり平蔵はある日、大金の入った財布を拾った。
平蔵はそれをネコババするどころか、落とし主を探して返却し、お礼の小判も拒んだという(シャレではない)。
それを聞いて怒った仲間2人は、平蔵を小屋から追い出し、凍死させてしまった。
憐れんだ落とし主の仙台藩士は彼を青物横丁の松並木に手厚く葬り、供養を続けた。
その後、明治32年になって、地蔵がある場所に京急本線が通ることになり、当時の海雲寺住職が、平蔵を社会の木鐸たらしめんと、境内に移したのだという。

鐘楼。
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力石。大正中期まで使われていたのだとか。
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井戸。
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こちらはサンタイガーのポンプ。
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護摩堂?
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本堂。
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千躰荒神堂奉納扁額。全部で27面ある。
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千躰荒神王は火と水の神、また台所の神として知られる。
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無事帰京を感謝して参拝。
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役行者像。
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神代講が元文二年(1737年)に奉納した「三寶大荒神」の石碑。
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寄席文字家元・橘右近の筆塚。
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巨大な「大日本帝国議会原始紀念」の碑。
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旧水戸藩士の依田徳雲は、明治23年(1890年)の帝国議会開設を記念する碑を上野公園に建立する計画を立て、賛同者を募った。
計画では、碑閣は三層構造の壮大なものであった。
賛成員として勝海舟、伊藤博文や板垣退助ら大物政治家が名を連ねた。
一方、茨城県の山田喜平なる人物も同様の記念碑を建設しようと運動を展開し、両者はたがいに相手の義捐金集めを詐欺と決めつけ、対立を深めていった。
結局、依田の計画は実現せず、山田派の碑だけが明治29年にここ海雲寺に建てられたのだという。られます。この「大日本帝国議会原始紀念」と書かれた巨大な碑が立てられたのは明治29年、国会の開設からすでに6年も経過していました。
なぜ、ここに建てられたのかはよく分からない。

再び、街道に戻る。寄り道をしているとなかなか進まない。
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少し先の右手に、岩倉具視と松平春嶽の墓地への参道であることを示す石碑が立つ。
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これはかなりの寄り道になるが、はしょっても来た意味がないので訪ねてみる。

レトロな家は必ず記録に残す。
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途中、左手に幸稲荷神社。
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第一京浜に出た。高架は京急本線。奥に鮫洲駅が見える。
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国道を渡ったところが海晏寺。
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境内の一画に、古い五輪塔や石仏、石塔などが集められていた。
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石碑もいくつか。
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(つづく)
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