山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

矢岳(3)

【2016年4月30日(土)】矢岳
矢岳(1358m)から稜線を下り、標高830m地点にある鉄塔を通過した。
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足元に木で階段が作ってあるのを見て、びっくり。
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破線のコースではあるが、かつてはわりと歩かれていた道なのだろう。

いや、かつてではないのかもしれない。
本日4人目とすれ違った。
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ただ、この方はリュックを片肩にひっかけており、とても登山者とは思えない風貌だった。
どこまで行くのか。大丈夫だろうか。

大反山(854m)の手前の鞍部まで下ってきた。
そこに、こんな警告が。
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「ここまで来て、いまさらですが」と断りながら、「家族に伝えたか?」と。
いえいえ、今さらではありません。
今は携帯が発達しておりますので、今から電話やメールで行き先を伝えることは可能です。
登山先不明の行方不明者が続発しているらしい。
「登山先をメモで家に残すこと」。常識です。

それはいいのだが、またこの警告も。
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「この付近、道不明瞭です。装備品は大丈夫ですか。引き返す勇気も必要ですよ」
これはやはり、これから奥に向かって行こうとする人に発するべきで、「大反山→」ではなく「←矢岳」とすべきではないだろうか。

大反山の登り。非常にきつい。
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標高差は80mほどなのだが、ずっとこの調子だ。

でも10分ほどの我慢で頂上部に到達。
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少し歩くと、頂上台地の真ん中に山名板があった。
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三角点もしっかり。
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しかし、厚い植林に阻まれ、展望はゼロ。
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休まずに通過する。
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しばらく下って、標高800mあたりに壊れて傾いた祠があった。
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たぶん「山と高原地図」に記されている十二天峰である。
この根元が避けた巨木が信仰の対象だったのだろうか。
もはや修理する住民もいなくなってしまったようだ。

さらに下ると、若御子山(735m)に向けて、若干の登り返しがある。
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10時半すぎに頂上に着いたが、山名板は見あたらない。
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ただ、木々の隙間から武甲山(1304m)と秩父さくら湖を望むことができた。
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ここは地形図で見ると、東側に大規模な崩落地形がある。
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写真では分かりにくいが、現地でもそれを確認することができた。

これをのぞき込んで、いったん登山道に戻ろうと振り返ったら、なんと山名板を発見。
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危ない、危ない。危うく見逃すところだった。
下ってきた人からは死角なので、絶対気づかないだろう。

もっと、ちゃんとしたところに打ち付けてほしい。
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眼下に見えたのは浦山地区の大谷(おおがい)集落だろうか。
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ここの下りも激しく急峻だ。
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大きな岩が突き出している。
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ロープも延々と続く。全然、気が抜けない。
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50mほど下ると、今度は落石地帯。
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足元にはひと抱えもある石が散乱していて非常に歩きにくかった。
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この先は絶壁の横をトラバースしていく。
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そこからひと下りで、椿の花散る社に出た。
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地面は椿の花で真っ赤っか。
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それでもまだ花は残っている。
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無事下山を祈願。
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なんだか不思議な空間だった。
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この社に行くための道なのか、石段が組まれていた。
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すぐ先に、今度は完全につぶれてしまった、お社が。
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わずかに残っていた石碑には「先祖代々霊神塔」と刻まれていた。
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これを守ってきた集落もすでに限界に達しているのだろう。
悲しむべきことである。

さあ、どんどん里に近づいてきた気がする。
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遊歩道と交差する若御子峠(約585m)まで下ってきた。
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ここからいきなり道が広くなった。
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遊歩道の扱いになったのだろう。
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国見の広場(606m)を目指して、最後の登り。
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登り切った先に展望台が見える。
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11時過ぎ、本日最後のピークに到着。
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ここは旧荒川村が整備した公園のようで、荒川の上下流域が一望できる場所として「国見」の広場と名付けられたらしい。
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しかし、周りの樹木が成長してしまったからか、展望台に登っても下界が全然見えない。
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でも、2本の尖塔が目立つ二子山(1166m)が見えたのは僥倖。
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城峯山(1038m)に続く稜線も美しかった。
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興味深かったのが、このモニュメント。
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元禄の頃、荒川村に六兵衛という足の速い男がいた。
彼は江戸まで半日で往復したり、やかんのお湯が沸く前に武甲山の頂上の鐘をついたりできたそうだ(いずれもありえないが、そんな逸話が生まれるほど速かったのだろう)。
安戸や田野原の薬師堂に安置されている薬師像を彫ったのも六兵衛なんだとか。
晩年、剃髪して即道を名乗ったとのことで、彼を祭った即道神社がしだれ桜で有名な清雲寺の近くにあるという。

当初はここから浦山ダムに下りて、浦山口駅から電車に乗るつもりだったが、若御子神社に下る道もしっかりあることがわかったので、そちらに行くことにした。
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そうなると乗車駅は武州中川駅になる。

階段を下り始めて、すぐ左折。
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がんがん下る。
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階段が激しく九十九折になっている。
いい加減、5時間以上下り続けているので、さすがにしんどい。
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ここは元気付けに、非常食のあんパンを食べてしまおう。
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これで昼までつなげる。

そうだ。これからお風呂&昼食に利用しようと思っている民宿しらかわは事前に予約しておかないといけないんだった。
しかし、電話をかけたら、なんと「現在使用されておりません」。
じぇじぇ。廃業してしまったか。
2014年版の「山と高原地図」にも載っているんだけどなあ。

ならばと、少し歩くことになるが、この前見かけた「みやこ旅館」はどうだろうか。
「すいません。あいにくGWは日帰り入浴は受けていないんです」
まあ、そうだろうなあ。
残念だが仕方ない。秩父の銭湯クラブ湯にしよう。
そう腹をくくって再び歩き始めた。

それにしても、この下りは本当に容赦がない。さすが標高差300mである。
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でも、一瞬木々の隙間から見えた下界の風景は見事だった。
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我慢の下りがなおも続く。
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さすがに1回だけ休ませてもらった。
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へろへろになりかけたあたりで若御子断層洞及び断層群なる天然記念物に遭遇。
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説明によると、ここに存在する日野断層は落差1000m以上にも達し、境目の地層がずたずたに破砕されてしまったという。
その砕けた岩が地下水などで流されてできたのが、断層洞なのだそうだ。
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せっかくなので中に入ってみた。
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「断層鏡肌」と書かれたプレートがあったが、断層運動によって磨かれた鏡のようなつるつるの断層面を言うらしい。
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コケむしていて、よくわからなかったが。

もう一気に下ってしまいたいのだが、右手に鳥居が見えたので、捨て置けない。
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若御子神社の奥社だった。
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裏に回りこむと、近くの集落を見下ろせる場所があった。
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戻って、さらに下る。
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またわき道があったので、しぶしぶ寄り道。
今度は、断層掻跡。
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これも断層洞なのかな。
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これは何かの記念碑のようだが、寄付者と寄付金しか書かれていないので趣旨は不明。
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シカ柵を通り抜けると、やっと下界に出た。
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(つづく)
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