山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

七面山(7)

【2016年4月23日(土)】七面山
表参道四十一丁目を過ぎて、道がなだらかになってきた。頂上は近い。
CIMG1645_201605040040517c3.jpg
CIMG1648_20160504004052844.jpg

四十二丁目(15:23)。
CIMG1650_2016050400405422d.jpg

四十三丁目(15:27)。
CIMG1652_201605040040550e4.jpg

相変わらずガスは消えてくれない。
CIMG1653_20160504004057dcb.jpg

四十四丁目(15:31)。
CIMG1654.jpg

壊れかけた木道出現。
CIMG1656.jpg

高いところに四十五丁目(15:35)。ここ数丁はきちんと4分刻み。
CIMG1657.jpg

やや、石灯籠が並んでいるぞ。
CIMG1658_201605040040364dd.jpg

一町目からまとめて順番に並べているようだ。
CIMG1660.jpg

霧に陽射しが差し込んで幻想的な光景。
CIMG1659.jpg

どうやら、和光門に着いたらしい。
CIMG1662_201605040040116e9.jpg
CIMG1665_20160504004014bcd.jpg

ここは四十六丁目(15:38)である。
CIMG1664_20160504004013342.jpg

門をくぐってからも、しばらく石灯籠の道が続く。
CIMG1667.jpg

石灯籠の坂の途中に四十七丁目(15:41)。あと三丁だ。
CIMG1670_20160504003948349.jpg

うお~何という光だ。まさに仏の世界に導かれていくような気持になる。
CIMG1673_20160504003949557.jpg

四十八丁目(15:43)でいよいよ日が差してきた。
CIMG1676_20160504003951eb0.jpg

坂を登り詰めると、鐘楼(左)が現れた。
CIMG1680.jpg

鐘は延宝三年(1675年)の鋳造とのこと。
CIMG1685_20160504003924317.jpg

自由に撞いていいようなので、小さく1回だけさせてもらった。
CIMG1684.jpg

手を清めて、ようやく吉祥門から境内に入る。
CIMG1686.jpg
CIMG1687_201605040039281e8.jpg

足を踏み入れてびっくり。途端に霧が晴れてしまったはないか。
CIMG1689_20160504003929bbb.jpg

伽藍も山頂もすっきり見える。
CIMG1692_20160504003901024.jpg
宗教的体験をしてしまったような気分である。
本当に驚いた。こんなことがあるのだろうか。

振り返ると、「従是奥院エ八丁」の道標。
CIMG1691_20160504003930bfc.jpg
奥之院は七面山の山頂(1989m)にあるものだと思い込んでいたが、実は逆方向に下ったところにあることを翌日になって初めて知った。

完全に晴れたので、カメラを再び一眼レフに取り換える。
DSC_6446_20160504003838d75.jpg
この仏塔は、日蓮大聖人七百遠忌(1982年)の報恩事業の費用を賄うために、書写した題目を納めた報恩塔である。
報恩事業は、本殿屋根の葺き替え、避雷針の設置などで、題目を書写して浄財を集めたのだ。

奥に敬慎院の本堂。
DSC_6449_20160504003840128.jpg
実に荘厳な建築だ。

手前には合計1000人が宿泊できるという宿舎が2棟。
DSC_6450_20160504003841352.jpg
DSC_6451_20160504003811d71.jpg

続いて願満稲荷。
DSC_6454_201605040038140e1.jpg

参拝しているのは、同室になった神奈川のUさん。
DSC_6452_20160504003813940.jpg
彼は日蓮宗のお寺の御子息らしいが、後は継がなかったとのこと。
でも、さすがに信心深い方で、毎月七面山に登っているという。
この日も、すべてのお堂をくまなく参拝していた。
お勤めの時も膝を崩さず、背筋をすっと伸ばして合掌していた。
実にすがすがしかった。

こちらは池大神宮。
DSC_6456_201605040038168e0.jpg

七面山が開山される前から、ここにある一の池を守る神様として信仰されていたらしい。
DSC_6457_20160504003817787.jpg
DSC_6473_20160504003726ccc.jpg

その隣に七面山を開いた日朗上人を祀った日朗堂。
DSC_6459_20160504003748232.jpg

回廊をくぐると、大きな池が広がる。
DSC_6460.jpg
DSC_6465_20160504003753fdb.jpg

広角レンズでも入りきらない。
DSC_6467_20160504003720fd1.jpg

日朗上人がこの池のほとりに立ったところ、七面大明神が龍の姿で現れたと伝えられている。
DSC_6469_20160504003722771.jpg

本堂の背後の部分がここからは見える。
DSC_6464_2016050400375143d.jpg
DSC_6470_201605040037236e8.jpg

これは随身門に向かう階段。
DSC_6472_201605040037251c1.jpg

富士山に向かって東面する本堂。
DSC_6474_20160504003658396.jpg
DSC_6477_20160504003702af6.jpg

七面造りと呼ばれている。ちょうど1週間前に230年ぶりの大改修が終わったばかりだそうだ。
DSC_6475_20160504003659569.jpg

そうそう、ここがようやく五十丁目(15:55)。
DSC_6476_20160504003701380.jpg
DSC_6510_201605040035343ea.jpg

というわけでチェックイン。何とか4時前に着いた。
DSC_6458_20160504003747bb0.jpg

近づくと、僧職の方々が「おつかれさまでした」と大きな声で迎えてくれる。
DSC_6478_201605040037048ad.jpg

ちょっと恥ずかしいが、ある意味ホテル並みの接遇である。
DSC_6479_20160504003634c20.jpg

宿帳を書くと、簡単なスケジュールの説明があり、部屋に案内される。
DSC_2072_20160504003837e13.jpg

10畳の部屋を二つぶちぬいてあり、相部屋である。
DSC_2071_20160504003835617.jpg
しかも男女相部屋。同じグループでなくても同室になってしまう。
部屋をぶち抜いているのは、ストーブを1つで間に合わすためだろう。
火力が強く、最弱にしてあるのに、部屋はかなり暑かった。

スケジュールは17時から夕食(部屋食)。
18時から秘仏の御開扉があり、18時半から1時間ほどのお勤め。
消灯は21時。
まずはお風呂を勧められたので、もちろんお風呂へ。
DSC_2067_20160504003906786.jpg
写真は翌朝、水を抜いた状態のところだが、湯船は3人入ると満員。

石鹸使用禁止だった。
DSC_2068_201605040039076fa.jpg
その可能性はあると思ったが仕方あるまい。
とにかく汗は流せたのですっきりした。
お風呂ではUさんと一緒になり、多少雑談した。

部屋に戻って、まずはお会計。
1泊2食付で5200円。
うち2000円は御開扉料とお札の料金ということになっていた。

支払いを終えて、道中抜かされた静岡のIさんと雑談。
随身門の先から、さっき富士山が見えたというので、夕食前に行ってみることにした。
DSC_6480_20160504003635ed8.jpg

とっとこ階段を登る。
DSC_6484_20160504003638f53.jpg

途中振り返って、本堂を撮影。実に恰好いい。
DSC_6481_2016050400363746c.jpg

でも、その後の感激はそれ以上だった。
DSC_6485_20160504003640ee2.jpg

額縁の中に雲海に浮かぶ富士山がはっきりと見えたのだ。
DSC_6487_2016050400361040d.jpg

思わず声を上げてしまった。
DSC_6489_20160504003611ce3.jpg

後から着た宿泊者たちも同じように歓声を上げていた。
DSC_6498_20160504003616252.jpg
DSC_6505_201605040035514ec.jpg
せっかく遠征して登ってきたのに、ガスで何も見えなかったら悲しかったが、これで来た甲斐があったというものだ。

眼下に見えるはずの身延山(1153m)や鷹取山(1036m)が見えないが、全然問題ない。
DSC_6496_2016050400361435b.jpg

ここは御来光遥拝所にあたり、そのためにこの随身門が大正10年(1921年)に建てられたのだという。
DSC_6494_20160504003613a86.jpg

扁額は「摩尼珠嶺」。どういう意味だろうか。
DSC_6502_20160504003550bee.jpg

おっと、ここに四十九丁目の石灯籠があった。
DSC_6506_2016050400355213e.jpg

さっき、四十八丁目から直接吉祥門に入ってしまい、いきなり五十丁目になっていたが、本来はここを経由して敬慎院に行くべきだったのだ。
DSC_6501_20160504003548090.jpg
鐘楼のあたりも、もうすっかりガスが晴れている。

大満足して部屋に引き返す。
DSC_6507_20160504003554e9c.jpg

戻ると、もう夕食だった。
DSC_2063_201605040039041bd.jpg
それにしても聞きしに勝る質素さ。
おかずは、ジャガイモ、ニンジン、高野豆腐、コンブ、ゴボウそれぞれ1切れずつの煮物、ひじき、漬物のみ。
ご飯と味噌汁はおかわり自由とは言うものの、おかずがこれだけでは、それほど食べられない。
それでも、エネルギーを補給しないと翌日に差し障りがあるので、頑張って半分だけおかわりした。

驚いたのは、お酒が出たこと。飲んでいいんだ。
DSC_2061_20160504003903de1.jpg
しかもお寺なのに「御神酒」と書いてある。さすが修験道の聖地だけあって、神仏習合だ。
2合徳利だったので、男3人で飲み干してしまった。
Iさんによると、お寺にはたくさんのお酒が奉納されるので、それを「御神酒」として宿泊者に提供しているらしい。
だから、銘柄は毎回変わるのだそうだ。

ここで、本日の行程を記しておく。
【行程】2016年4月23日
甲府=身延=身延山バス停(8:23)~久遠寺駅(8:48体操等9:00)=奥之院駅(9:07撮影9:12)~感井坊(9:41)~十萬部寺(10:04)~赤沢宿上(10:52)~赤沢宿下(11:23)~白糸の滝(11:54)~雄滝(12:02)~羽衣(12:12周回12:24昼食12:33)~肝心坊(13:15撮影・休憩13:21)~中適坊(13:52)~晴雲坊(14:38休憩14:51)~三十八丁目(14:58カメラ切り替え15:07)~和光門(15:38)~敬慎院(15:56)
※所要時間:7時間33分(6時間40分)コースタイム:6時間40分
※登った山:なし
※歩行距離:14.5km
スポンサーサイト
このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://satsunan226.blog.fc2.com/tb.php/866-2ceea6e7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
このページのトップへ

FC2Ad

プロフィール

かたこりまさかり

Author:かたこりまさかり
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (4)
北海道の山 (74)
東北の山 (62)
上信越の山 (139)
奥多摩の山 (55)
丹沢の山 (55)
奥秩父の山 (83)
栃木の山 (32)
房総・常陸の山 (9)
奥武蔵・秩父の山 (87)
中央線沿線の山 (93)
富士山周辺の山 (60)
八ヶ岳周辺の山 (46)
南アルプス (100)
史跡歩き (11)
中央アルプス (27)
北アルプス (37)
日本海の山 (8)
関西の山 (30)
四国九州の山 (61)
駅舎の旅 (19)
ドライブ (8)
廃線の旅 (8)
駅から散歩 (17)
乗り鉄 (38)
島の旅 (19)
山村の旅 (7)
超低山 (28)
東海の山 (2)
つぶやき (35)
旧道歩き (29)
伊豆の山 (39)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR