山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

都心の山(3)

【2016年4月14日(木)】都心の山
まだ日比谷公園から出られないでいる。
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大噴水は昭和36年(1961年)9月、日比谷公園における戦後復興の締めくくりとして設けられた。直径は30mもある。
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こちらは小音楽堂。
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小さすぎる東京タワー。
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カレーや洋食が評判の松本楼。
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ここには2回ほど来たことがある。

その間近に、唐突にはにわ。
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昭和40年(1965年)、東京都日比谷公園と宮崎県立平和台公園が姉妹公園として結ばれたのを記念して、宮崎の西都原古墳群で出土した埴輪のレプリカが寄贈された。

花壇には色とりどりのチューリップが満開。きれいだ。
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フランス料理の南部亭。ここにもいずれ来てみたい。
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これでようやく日比谷公園ともお別れ。
横断歩道を渡って、対岸から日比谷公会堂を望む。
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昭和4年(1929年)の竣工で佐藤功一の設計。
堂々たるネオ・ゴシック様式の建築だ。

地下鉄の内幸町駅を通過。
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その先に放送記念碑。
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NHKがここに1938年から73年まであったことを記念したものだ。

富国フォレスト・スクエア。
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このまま大通りを歩いていくのも面白みに欠けるので、裏道に入ってみた。
すると、南桜公園というところにぶつかった。
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江戸時代から大正時代にかけて、この界隈から南を望むと、「田村のお化け銀杏」と呼ばれる大銀杏があったそうだ。
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もともとそこは奥州一関藩田村家の上屋敷で、元禄十四年(1701年)三月十四日に、江戸城松之廊下で刃傷事件を起こした赤穂藩主浅野内匠頭が自害した場所でもある。

園内には紀元二千六百年記念の二宮尊徳像。
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「南桜」創立八十周年記念碑なるものもある。
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そして「みんな手をつないで」のモニュメント。
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何だろうと思っていたら、ここは南桜小学校の跡地だった。
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関東大震災の復興事業の一環として、昭和3年に鉄筋コンクリートの小学校校舎が竣工。
昭和20年の戦火は免れたが、都心空洞化と少子化により平成3年に統廃合されて閉校。

しばらく福祉会館などとして活用されてきたが、平成21年に解体された。
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環二通りを渡る。
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この昭和っぽいお店は、染物の明石屋。
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と思えば、頂上がファインダーに収まりきらないほど高い虎ノ門ヒルズ。
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恥ずかしながら初めて見た。

間もなく、愛宕山(愛宕神社)の参道。
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たいていは表玄関の出世の石段で登るのだろうが、そちらは下りで使うことにして、裏道から。

これが愛宕山の山体の一部。
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ふもとに、毘沙門天?の騎馬像。
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坂道の途中に由緒ありげな石仏がたたずむ。
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北麓では発掘調査が行われていた。
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江戸切絵図を見ると、あそこはわりと狭い区画の屋敷が並んでいるところだ。
旗本屋敷の跡だろうか。

坂道の左手には、損保ジャパン日本興亜が所有する料亭?の「愛宕荘」。
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門前には、「左 芹生(せりゅう)の里 右 鞍馬」の道しるべが立つ。
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なぜ、京都の道しるべがここにあるのだろう。作り物なのか、譲り受けたのか。

その上には、田崎真也ワインサロンなるものも。
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道はかなり登っていく。さすが23区最高峰だ。
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頂上右手にはNHK放送博物館。
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こちらは後で寄ろう。
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まずは愛宕神社に参拝しなくては。
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提灯の家紋は葵の御紋。
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顔はめの写真は、なかなか一人では難しい。
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平九郎手折れの梅樹(将軍梅)。
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神社の神門は真っ赤に塗られ、かなり新しい。
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愛宕神社は、徳川家康が江戸に幕府を開くにあたり、江戸の防火・防災の守り神として慶長八年(1603年)に創建された。

にもかかわらず、大老井伊直弼を襲う水戸浪士たちの集合場所になってしまったのは皮肉なことだった。
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万延元年(1860年)、浪士たちはご神前で祈念の後、桜田門外に向かい、目的を果たしたのであった(桜田門外の変)。

狂歌師長者園萩雄(1784~1873年)が選者となった狂歌合の石碑。
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冒頭に蜀山人(太田南畝)の名が見える。
狂歌合の日取りは「甲子年正月廿二日」とある。長者園の存命中で甲子年と言えば、1804年と1864年。前者だと若すぎるので、やはり1864年だろう。
上段に描かれているのは、戎天・大黒天・弁天だろうか。
下段には、社頭霞、愛宕山、甲子などをお題にした狂歌が碑面いっぱいに刻まれている。

その正面に弁財天。
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天然の山としては23区最高峰であることを示す標高25.7mの三角点は地下に埋設されている。
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ふたに穴があったので、指をひっかけて開けようとしてみたが、重くてびくともしなかった。

背後には、越谷市の立花房枝さんが奉納した銘石。
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弁財天は池に祀られている。
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コイがたくさん。奥にいる人は水を舟に入れているのだろうか。
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何のために?
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この石碑は何が書かれているのかさっぱり分からないが、ひどいことになっている。
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いったん、境内を抜けて、下界を見下ろす。こちらは女坂。
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ここは立ち入り禁止になっているが、かつては展望所かなんかだったのだろうか。
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再び境内に戻って、福寿稲荷神社。
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その隣に、太郎坊社と次郎坊社。
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社務所の売店の下には、人慣れした猫が一匹。
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かまっても嫌がりはいないが、愛想は全くない。

起倒流拳法碑。
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起倒流とは江戸時代初期に開かれた柔術の流派で、講道館柔道の基礎になった流派として知られているらしい。全然知らなかった。
石碑の建立は安永八年(1779年)。何が書かれているかは、しっかり読んでいないので分からない。

さて、最後にようやく参拝。
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招き石をなでて、放送博物館へ。
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放送博物館の外には歴史あるアンテナがいくつか展示されていた。
これは東京タワーの先端にあったスーパーターンアンテナの一部。
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平成23年7月24日のアナログ放送終了とともに52年半にわたる役割を終えた。

こちらは日本初のテレビ放送アンテナ。
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昭和25年3月から2年間テレビの実験放送に使用されたとのこと。

館内は歴代の朝ドラや大河ドラマなどNHKの人気番組が紹介されていたり、放送に関する歴史的な資料が展示されていたりで、かなり面白い。
平日なのに見学者も多かった。
時間がある時なら、もっとゆっくり楽しめるところだ。

貴重なのは終戦時に玉音放送を録音した玉音盤。
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動画としては、昭和29年2月21日に行われたプロレスタッグ世界選手権、シャープ兄弟対力道山・木村政彦組が興味深かった。
力道山の空手チョップに熱狂する観客たちの姿が印象的だった。

(つづく)
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