山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

鳴虫山(4)

【2016年4月9日(土)】鳴虫山
鳴虫山(1104m)から下山して、市街地に向かっている。
史跡探勝路の指示に従い左折。
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菅笠日限地蔵堂は拝観せず。
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東に延びる道には、サイロのような形の石升が並んでいる。
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近くの湧水を水源とし、自然石をくりぬいた升を石管でつないだ大正時代の水道だそうだ。
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このあたりは板挽町と呼ばれる地区で、江戸の東照宮造営の頃から「職人の町」として栄えたという。
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この建物は、板挽町の家体(ここではこう書く)を格納する倉庫。
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毎年4月に行われる日光二荒山神社の祭典「弥生祭」で練り歩く屋台だそうだ。

アカヤシオのピンクもきれいだが、純白のコブシも実に美しい。
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立派な石垣は、磐裂(いわさく)神社。
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社殿を取り囲むように石碑が林立している。
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側面の石橋を渡って境内に入る。
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無事下山できたことを感謝して、参拝。
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板挽町や大工町の住民の氏神様で、かつては星の宮と称したが、明治2年(1869年)に現在の名称に改められた。
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本殿はこの大谷石の覆堂(さやどう)の中に納められているという。

その後ろには、天保二年(1831年)の庚申塔や変わった容貌の石仏が並んでいた。
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鳥居をくぐり、石段を下りて辞去。
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往年の雰囲気を色濃く残した町だ。
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大谷川が雪解け水をどんどん下流へと運んでいく。
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やはり、この季節は水量が多い。
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対岸に見えるのは老舗の日光金谷ホテル。
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まだ冬枯れの山肌をアカヤシオが先頭を切って彩っている。
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間もなく、世界遺産・神橋が見えてきた。
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今年は1年間、この橋を渡ることができるらしい。
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東照宮400年式年大祭に合わせたものだろう。
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参観料300円とのことで、それほどこだわりもないので、今回はスルーした。
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ただせっかくなので、ちょっとだけ付近を散策する。
神橋の向かいに深沙(じんじゃ)王堂(蛇王権現堂)。
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勝道上人一行が大谷川を渡れないでいると、深沙大王が現れて1匹の蛇を放ち、一行を渡らせてあげたという、「山菅の蛇橋」の伝説。
その深沙大王(毘沙門天の化身)が祀られている。
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その隣に太郎杉。樹齢550年、樹高43m、目通り5.8m。
写真を撮ったつもりだったのに写ってなかった。失敗。

輪王寺や東照宮の参道はここから始まる。このあたりはさすがに観光客が多い。
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世界遺産の石碑も誇らしげだ。
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でも、今回はパス。
杉並木寄進碑(国特別史跡)だけ確認する。
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松平正綱とその子正信が親子二代で20余年をかけ、山内地区と東照宮へ通じる日光街道、御成街道、例幣使街道、会津西街道の計37kmにわたり、二十数万本の杉を植え、東照宮に寄進した。
この碑はそれを記念して、正信が慶元元年(1648年)に建てたものである。
ちょっと高い場所にあって碑面は全く読めなかった。

右手に神橋を見ながら、国道の「新神橋」を渡る。
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正面には日光金谷ホテル直営の日光食堂本店が堂々たる店構えで建つ。
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神橋の渡橋券売り場を、ちょっと未練がましくのぞき込む。
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ま、でも、やっぱり、いいや。

その隣に、なぜか板垣退助の銅像。
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板垣は戊辰戦争の折、新政府軍の将として、日光廟に立てこもった大鳥圭介ら旧幕府軍の説得し、社寺を兵火から守ったという。
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そうだったのか。
銅像は昭和4年の建立だが、戦中供出され、昭和42年に再建されたもの。

道路をはさんで、天海大僧正の銅像が板垣と向かい合っている。
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天海は比叡山で天台宗の奥義をきわめた後、徳川家に仕え、日光山の貫首となった。
当時の日光は秀吉に寺領を没収され、荒廃の極みにあったが、家康の死後は、遺骨を日光に移して、東照宮の創建に尽くした。
108歳の長寿であった。

天海の背後に、日光のおいしい水、磐裂霊水。
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1200年前に日光開山の祖、勝道上人が発見したと伝えられる。
確かにおいしかった。

当方の行き先は逆方向なので引き返して、大谷川をもう一度渡る。
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右手に日光美術館を見ながら、坂道を登る。
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まだ時間があるので、もうひと山登ることにした。
正面に見える外山(880m)である。
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そこに行くには、大谷川の支流、稲荷川を渡らなければならない。
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土砂災害が頻発した川らしく、砂防堰堤が数多く築かれてきたようだ。
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奥にそびえるのは女峰山(左、2483m)と赤薙山(右、2010m)

外山はなかなか傾斜がきつそうだ。
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外山は信仰の山のようで、橋を渡った先に道しるべと石仏があった。
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登山口に向かって登ると、左手に鳴虫山の稜線が見えてきた。
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右端のピークがおそらく頂上だろう。
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右折すべき地点には、ちゃんと道標があった。
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別荘地のような区画に入っていく。
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その突き当たりが登山口。山頂に毘沙門天があるみたいだ。
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「左外山道」に従って登る。
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いきなり鳥居。
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すぐに二の鳥居。
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続いて三の鳥居。
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こりゃいくつあるんだろうと思ったら、しばらく出てこなくなった。

三の鳥居の手前に、日輪と月輪を刻んだ石碑。
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坂が険しくなる手前で小さな石祠が見送ってくれた。
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さっき見た山容通り、傾斜がきついが、参道なのでジグザグに道をつけてくれているので助かる。
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四の鳥居。
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大正12年(1923年)の奉納だった。
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えぐれた道は参詣者が多かった証拠。
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お、丁目石。いきなり五丁だが、四丁までは見逃してきたのだろうか。
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2分ほどで六丁。
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登山口から8分で五丁だから、あと10分かからずに登頂できるのだろうか。
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そんなに甘くないように思うが。
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六丁から6分で五の鳥居。
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ここが八丁あたりかと思ったが、丁目石は見あたらない。

いよいよ山頂が近いのか、大きな岩石が露出してきた。
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お、手すりが見える。あそこが山頂への階段か!
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と思ったら、階段ではなく、手すりは延々と続いていた。
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ちょっとゴツゴツしたハート岩(筆者命名)。
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やっと、山頂が見えた。登山口から約30分。
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アカヤシオのつぼみに癒やされた。
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(つづく)
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