山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

弓立山など(2)

【2016年4月2日(土)】
越生駅から弘法山(164m)に向かっている。
県道から脇道に入る。
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沿道の小さな墓地に比留間良八(1841~1912年)の墓があった。
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比留間は高麗郷(日高市)の生まれ。
その父、半蔵については昨年の「高麗郷・日和田山(1)」で触れた。

良八も甲源一刀流の名手で、一橋家に召し抱えられ、慶喜護衛のため上洛、鳥羽・伏見の戦いを経験した。
のちに彰義隊に加わり、上野戦争、飯能戦争を戦ったが敗れ、この近くに潜伏していたという。
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明治5年に許され、近くの旧成瀬村で剣術指南をして生涯を閉じたとのこと。

家並みが切れ、弘法山(164m)の全景がよく見えるようになった。
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ネックレスのように桜が帯状に咲いている。
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西には奥武蔵の峰々が連なる。
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美しい日本の田園風景だ。
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いよいよ弘法山の観音様の参道に入る。
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入口には古張庵の句碑。
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碑面は読めなかったが、古張庵は越生出身の江戸時代の豪商。
句碑そのものも江戸時代のものだ。

参道は桜が満開。
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晴れていれば、もっと青空に映えただろうに。
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一つの木に紅白2種類の花が咲くのを初めて知った。
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撃ち捨てられたバイク。今回はこうした廃車をよく見かけた。
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観音堂の門前も満開。いい季節である。
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階段を登る前にお勉強。
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この山は古くは「高房山」と呼ばれ、当地の小字名も「高房」だそうだ。
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観音堂の本尊の観音菩薩は弘法大師の作と伝えられることから、「弘法山」と表記されるようになったらしい。
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江戸時代の『新編武蔵風土記稿』には、その眺望が詳述されている。
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筑波山や房総半島の山並み、信州の山も見えたそうだが、今日は当然無理。
乳房をかたどったぬいぐるみを奉納する風習があるという。
乳の出がよくなるのだろうか。
武蔵越生七福神の弁財天も祀られている。

私は本日の安全を祈願した。
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境内に子育て観世音。
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そして馬頭観世音。
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鐘?の供養塔。
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その他の石塔群。
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ここで軽くストレッチをしておく。
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いよいよ登山開始。
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標高差はふもとから80m。観音堂からは45mほど。
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最後は諏訪神社の階段となる。
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5分もかからずに頂上に到着。
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もう一度参拝する。
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眼下には越生の町並み。
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南にたちはだかるのは大観山の裏側だ。
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南西は越生梅林の方角。もう梅はすっかり終わってしまった。
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灯籠は安永六年というから1777年。
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狛犬もかなり古そうだ。
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本殿の右後ろに回り込んでみる。
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裏にも道があったが、どこに下りていくのは不明なので、色気は出さずに戻ることにする。

小腹が空いたので、歩きながらパンをかじる。
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分岐を来た道と違う方に下ると、諏訪神社の鳥居に出た。
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もう一度、観音堂の前を通って、越生梅林方面の近道を行く。
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すると左手に墓地とお寺が見えてきた。
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見正寺というようだ。
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『新編武蔵風土記稿』にも紹介された由緒ある寺のようだが、今はひっそりしている。
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寺に寄り道しなければ、ここから出てきたのだろう。
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この先は車道歩き。途中に車地蔵なるものがあった。
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字も判読できず、説明板もないので由来も分からない。

越生の特産品。
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菜の花やスイセンが今は盛りだ。
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奥武蔵の山々を眺めながらの、穏やかなハイキングだ。
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分岐は左に進路をとる。
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このすぐ先に田代三喜の生地というかなりくたびれた標柱があった。
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「関東医祖古河公方侍医田代三喜翁之生家田代吉澤家 翁生誕四百年記念 昭和三十八年・・」とある。
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説明板によると、田代三喜は室町時代の人。明に渡って、当時の名医月湖に師事し、金と元の二大医学を修めた。帰朝後は古河公方足利政氏の侍医になったという。

近隣の古い民家。
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その先にある小さな橋は、その名も三喜橋。
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梅はもう散っていたが、ムスカリがあちこちに咲き誇っていた。
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越辺川の支流。
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これはミツマタ。
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配色だけではどこのバスか分からないが、広告から推測するに、横浜市営バスのようだ。
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なぜ、ここに?

右手に雨乞山(340m)が見えてきた。
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路傍に新旧いろんな石碑を見ながら、登山口を探す。
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ツバキが満開!これはど迫力だった。
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おっと、タヌキ君ではありませんか。
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近づくとさすがに逃げてしまった。
毛が抜けて肌が露出しているが疥癬だろうか。かなり痩せているようにも見えた。

ちょっとした高台にある109.4mの三角点。
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これが登山口の目印となっている。
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ここからの展望。右端が大高取山(376m)。
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中央の突起はおそらく越上山(566m)。
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登山口には何の道標もないけど、たぶんここで間違いあるまい。
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しっかりした道が続いていた。
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しかし、きちんと整備されているわけではなく(「山と高原地図」には破線すらない)、かなり荒れている。
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ただ、オリエンテーリングの標識はあるので大丈夫だ。
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この先、傾斜が急になる。
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一応この黄色いテープが山頂へと導いてくれているみたい。
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標高差で170mほど登ると、285m標高点。
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ここで尾根に乗り、右折すると、ほぼ平坦な道がしばらく続く。
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と言っても道はあるような、ないような。
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いったん鞍部に下り、リボンに導かれ、右に回り込む。
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こんなところも通過しながら、最後の急登。
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登山口から40分ほどで雨乞山の山頂に到着した。
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(つづく)
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