山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

霊仙山(5)

【2016年3月5日(土)】霊仙山
霊仙山(1094m)から下山中。落合登山口に近い沢まで下りてきた。
上流と同様、相変わらず大水で削られた箇所が多い。
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植林の中を徐々に高度を下げていく。
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この橋は破損していた。
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いよいよ林道の終点あたり。
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炭焼き窯の跡。
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大昔には、ここまで車が入っていたのかもしれない。
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平成25年度竣工の砂防ダム。
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道幅的にかなり人里が近くになってきた気がする。
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治水のための古い石垣も出てきた。
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山頂から約2時間、15時前に落合集落まで下りてきた。
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集落の一番奥にあったのがお寺。
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だが、もう閉鎖されていた。
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集落には10軒ほどの家屋があるが、廃墟になっている家もあり、比較的しっかり残っている家にも人が住んでいる気配がない。
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これなどは比較的新しいのだが。
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なのに、選挙の掲示板があるということは、まだ住人がいるのだろうか。
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「多賀町霊仙落合荘」というかなり新しい建物があり、その前に1台車が止まっていたので、ここに誰かお住まいなのか。
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車は登山者のものかとも思ったが。

廃村ファンとしては、ひと通り集落を見学する。
落合神社が「無人」の集落をしっかりと守っている。
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これは何かの建物の基壇だろうか。
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こぢんまりとした社殿。
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ほかの民家も見てみよう。
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離れの便所は私の母の帯広の実家にも昔あった。
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川の対岸の家屋群は完全に廃墟と化していた。
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廃村のムードたっぷりである。
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戸障子もめちゃめちゃ。
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室内も荒れている。
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自転車のタイヤにまでコケ生していた。
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このあたりは打ち捨てられてから、どのくらい経つのだろうか。
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廃村探索はこれにて終了。車の置いてある登山口に向かう。
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川の対岸の墓地はコケに覆い尽くされそうだった。
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集落から登山口まではすぐだった。
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時刻は15時10分だから、1周5時間半ほど。
靴ひもをゆるめて、車に乗り込む。ふう、お疲れ様でした。
関西にわざわざ来た甲斐がある新鮮な山歩きだった。

ナビをセットし、とりあえず多賀大社に向かう。
30分もかからずに大社前に到着。
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大鳥居のすぐ横に5台くらい止められる駐車場があり、料金は「気持ちで」とあったので100円を料金箱に投入した。

昭和4年竣工の多賀橋を渡る。
(018)
門前の土産物屋はわりと賑わっている。
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糸切餅なるものが名物のようだ。
ひやかしは後にして、まずは参拝。
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立派な狛犬が迎えてくれた。
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境内はこんなに広いが、とても全部は見られそうもない。
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鳥居をくぐると、そり橋。
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秀吉が篤い信仰を寄せたことからという理由で「太閤橋」とも呼ばれているが、実のところは「太鼓橋」の転であるという。
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正面に拝殿。檜皮葺きの見事な建築だ。
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私も無事下山できたことに感謝し、柏手を打つ。
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向かって左に能舞台。
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手水舎と神馬舎。
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さざれ石。
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関西の銘酒。
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境内にそば処があったが、なぜかそそられずパス。お腹は空いていたんだけど。
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天満神社。
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スピード参拝を済ませて、門前町に戻ってきた。
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このあとは参道の「絵馬通り」をたどって、近江鉄道の多賀大社前駅に向かう。
何か食べたいのだが、鳥居のまん前をすぎると、これと言った飲食店もない。
乗り鉄をして戻ってくる頃には、お店も閉まっているだろうから、いま引き返して鳥居の前の店に入った方がいいぞとも思ったが、足はどんどん駅に向かっていく。
意外に結構遠くて10分くらいかかった。

その道すがら。
多賀町のマンホール。
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多賀町の町章の中に、町の鳥ウグイス、その回りに町の木スギ、外縁には町の花ササユリ。

ここは営業してみるみたいだが、ちょっと入りにくいし、喫茶店ぽい。
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昭和38年の大河ドラマ「花の生涯」のヒロイン村山たか女なる人物の生家があった。
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多賀大社別当の娘で、幕末の頃、大老井伊直弼を支えた女性だそうだ。
恥ずかしながら初めて知った。

糸切餅は鳥居前の「多賀や」だけでなく、いくつか製造元があるらしい。
こちらはその一つの「元大阪屋」。創業は文政六年(1823年)。
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鍋焼うどん、中華そばの「はまてつ」は残念ながら営業終了。
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和菓子という気分でもないなあ。
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この旅館はかなりの老舗だろう。
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調べてみたら、寛政八年(1796年)の創業。

現在の建物は国の有形文化財に登録されており、多賀大社の本殿を設計した宮大工が手がけたものだそうだ。
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その斜め向かいに建つのが、やはり登録有形文化財の「かぎ楼」。
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こちらはさらに古く元禄二年(1689年)の創業で、宿泊は1日1組限定だそうだ。

絵馬通りが屈曲する地点に立つ道しるべ。
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「右 本社道  左 京道」。本社とは多賀大社のことだろう。
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明治19年(1886年)の建立である。

多賀大社の旧本地仏である阿弥陀如来を安置する真如寺。
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もう一つの糸切餅の店「ひしや」。
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手前に立つ道標は「右 とりもと」と読めるが、どこのことか分からない。

延命地蔵菩薩。
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この先を右折すると、ようやく駅前通り。
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駅舎はおそらく多賀大社を意識したものと思われる。
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大きな駅だが無人だ。
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振り返ると、巨大な多賀大社の鳥居。お正月は初詣客でかなり賑わうのだろう。
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ホームをのぞいてみると、すでに電車が待っていた。
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次の発車は16:24。今は16:11なのであと13分ある。
観光案内所でパンフレットをゲットしたり、車両の写真などを撮たりして、電車に乗り込む。
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高宮まで2駅しか走らないのに、特急仕様の車両だ。
調べてみると、近江鉄道開業100周年を記念して、西武401系を改造してつくった700系車両だそうだ。
「あかね」の由来は、このあたり蒲生野で詠まれた万葉歌「あかねさす・・」にちなんでいるという。1998年6月に運用を開始したとのこと。
1編成しかないので、これに乗れるのは運がいいらしい。
私は往復だったので2回も乗ってしまった。

(つづく)
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