山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

名鉄三河線(2)

【2016年2月25日(木)】名鉄三河線廃線跡
三河御船駅から枝下(しだれ)駅に向かって歩いている。
この踏切跡から先はレール間に細かいバラスが敷いてあった。
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やはり「遊歩道」として整備しようとしているに違いない。
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歩きやすくてとても助かる。

間もなく左下に、なにかが出現。
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御船石(おふないし)だ。
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洪水に見舞われた猿投(さなげ)の3柱の神のうち、2柱の神は猿投山にとどまったが、1柱の神は舟に乗って、御船川を下り、この地まで来たという。

昭和2年(1927年)、三河線工事の際、この石を埋めようとしたところ、作業員がケガをする事故がたびたび起きたので、このまま保存することにして、石碑を立てたのだという。
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この先は、レールがなぜか3本。
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さらに先に古墳が見えてきた。三河御船駅の案内板にあった滝1号墳だろう。
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振り返ると、きれいな弧を描く三河線。とても廃線には見えない。
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せっかくなので古墳も見学。
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直径17mの円墳で、古墳時代後期(6世紀半ば~後半)の築造。

東海循環自動車道の建設に伴い、ここから東に70mの位置にあったのを移築保存したのだそうだ。
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西側に開口している横穴式石室に入ってみた。
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古墳の石室に入ったのは何年ぶりだろうか。
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切石積みではないが、かなり緻密な造りである。

この先は御船川を渡る鉄橋なのだが、当然のようにトラ柵で侵入不可の状態にしてある。
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渡って行けそうな気もするが、間違えて落下したら命はない。
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あえて命をかけるような場所でもないので、素直に迂回する。
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ただ、かなり戻らないと道はない。
とりあえず右側から迂回しようと東海循環道の方に進んでみた。
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しかし、高速を越える道はあっても、その先が続いていないようだ。

すごすごと引き返す。
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再び古墳の横をすり抜けて線路に戻り、猿投方面に歩き出すと、林の中を下る道が切ってあるではないか。
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この道もかなり戻り基調で、随分遠回りさせられたが、御船川を渡る橋にたどり着くことができた。
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御船橋を渡って、東海循環道をくぐると左前方に神社が見えてきた。
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なかなか立派な神社なので寄り道して参拝していく。
御船八柱神社とある。
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鳥居の横にあるのは淡墨桜。
樹齢1400年に達し、国の天然記念物に指定されているようだ。

境内にはこのほかアベマキの古樹もあった。
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巨大な土地改良碑。
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この神社はその名の通り天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)ら八柱の神が祀られている。
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そういえば、今日はおにぎりや飲み物を買わないまま歩き出してしまった。
お昼は三河広瀬駅で五平餅を食べてつなぐつもりだが、そろそろ喉が渇いてきた。
廃線に自販機があるわけもなく困っていたが、神社の先の工事現場にあって、ひと安心。
アクエリアスをゲットできた。

さらに進むと、ようやく廃線跡に合流。
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踏切廃止の看板があった。
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右はさっきの鉄橋方面だが、そこまで丁寧に廃線跡を歩きつぶす必要もないだろう。
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左のやぶに分け入っていく。
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この先はこれまでの廃線跡より、かなり荒れている。
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草が繁茂してレールが見えにくくなっているほどだ。
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木も育ち始めており、いよいよ廃線ムード満点である。
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斜度は20‰。
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やはり手入れがされてないと、あっという間にこういうことになるのだろう。
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こうなるとゴミを捨てるのに抵抗がなくなる人も出てくるのだろう。
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かなり歩きにくい事態になってきた。
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そんな状態なのに、いきなりこんな案内の標柱が。
廃線跡を歩く人を想定しているのか?
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でも、樋門までは400mもあるようなのでパス。

見事な竹林の中を進む。このあたりは下草が刈られているようだ。
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24キロポストを通過。廃線の半分ほどを歩いてきたことになる。
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見逃した23キロポストは鉄橋のそばにあったのかもしれない。やはり行けばよかったか。

ちょっとした探検気分。
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と思いきや、またバラスが敷いてあるゾーンに。次の駅が近いようだ。
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石垣にみかん。
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今度は「第一水門」。近そうなので行ってみる。
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ちょっと下りると、満々と水をたたえる矢作川。
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よく分からないが、これが石組みの水門の跡のようだ。
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枝下用水路は地元の西澤真蔵らの尽力によって明治27年(1894年)に完成した。
昭和4年(1929年)の越戸ダム完成に伴い、役割を終えたとのこと。
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しばらくバラスの道を行く。
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間もなく枝下(しだれ)駅跡。
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これは遊び用のトロッコのようだ。手で押したら動いた。
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駅のホームもそのまま残っている。
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梅が満開。駅には梅や桜がよく似合う。
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駅名標は廃線後のもの。「駅跡」とわざわざ書いてある。
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三河線は猿投駅までは大正13年(1924年)までに開業していたが、その先は三河広瀬駅までが昭和2年(1927年)、西中金駅はその翌年に開通した。
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当初は付近で採れる粘土の需要が高まり、多くの引込み線が敷設されたという。
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駅周辺は「わくわく広場」として整備されている。
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枝下町自治区が自前の案内板を掲げていた。
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それとは別に廃線跡を「でんしゃみち」として整備する計画もあるようだ。
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地域住民の生活道路としても、観光客向けの自転車道としても利用できるものにすることを目指している。
サイクリングロードとなると舗装しなければならないが、レールはどうするのだろう。
できるなら、レールの上面の高さを路面の高さとして、レールが見えるような保存の仕方をしてほしい。
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こちらは、つり橋の跡だろうか。
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このあたりの川底には、枝下用水への水量を確保するための「牛わく」と呼ばれる施設があったらしい。
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これによって、さらに下流に古くからあった明治用水への取水量が少なくなり、騒動が持ち上がったとか。
結局、牛わくは撤去され、それを支えていた石だけが残っているとのこと。

このすぐ先の国道沿いには、駅名、地名の由来となった「しだれ桜」がひっそり。
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樹齢は推定150年だそうである。

その背後にある水車は観光用だろう。
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再び、廃線跡に戻る。
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すでに地元の方の散歩道になっているようだ。
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渡しの跡があるとかで河畔まで下りてみる。
春らんまん。
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この舟はさくらかな。浸水してるし。
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このあたりは、あの菅江真澄も訪ねてきたところらしい。
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対岸にある石組みは、渡し船をつなぐワイヤーを固定した台座。
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旧飯田街道で渡し船があったのは、ここだけだそうだ。

川に近い場所だけに石垣が目立つ。
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廃線跡に戻ると、路盤にまではみ出したバス停を発見。
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枝下平岩のバス停である。

(つづく)
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