山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

品川宿(4)

【2016年2月6日(土)】品川宿
品川神社から北馬場通りを通って旧東海道に戻る。
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北馬場町の由来は以下の通り。
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右手の路地を行くと本照寺だが、今回はパス。
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この近くにダンボール発祥の地があるらしい。
段ボールの最大手レンゴー株式会社の創業者井上貞治郎氏が明治42年(1909年)、初めて機械で段ボールを作った場所だそうだ。
ネット情報によると、「説明板など何もない」とあるが、さっきの観光案内所で入手した「まち歩きマップ」には「初」印が付いているので今は何か立っているのだろうか。
この路地には入らなかったので確認できていない。

通りの左側(北側)には銅板葺きの看板建築など、昭和初期と思われる建築が残っていた。
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虚空蔵横丁への入口。
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その先に正徳寺。ここも境内には立ち入らず。
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旧東海道と交差する前に、南を走る山手通りに出て、天神湯を確認。
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ここは北品川温泉を名乗る弱アルカリ性の温泉だが、料金は都の銭湯料金(460円)だった。
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地下100mで掘り当てた黒いお湯だそうだ。

北品川教会の前を通って、旧街道に出る。
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旧街道を突っ切ると竹や横丁。地名の由来は不明。
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旧東海道歩きに空白を残さないため、虚空蔵横丁の入口まで戻る。
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入口まで達したら、またきびすを返す。

そして本陣跡に整備された聖蹟公園へ。
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公園の入口に、東海道土山宿(滋賀県)から寄贈された松が植えられていた。
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本陣跡には明治5年(1872年)に警視庁病院などが置かれたこともあったらしい。
ただ当時の建物は跡形もなくなっている。これは井戸の跡だろうか。
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初代歌川広重が描いた「東都名所 御殿山花見品川全図」の陶板が地面に埋め込まれていた。
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こんな時代に生まれたかったという気持ちもないではない。

これは中庭の跡だろうか。
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公園敷地の東側にいろんな像や碑が集中している。
こちらは新聞配達の少年像「夜明け」。
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昭和24年に二宮尊徳の像が設置されたが、名誉区民の石井鐵太郎氏から「もっと少年に親しみやすいものを」ということで、昭和42年に贈られたものだという。
しかし、今や新聞少年も「親しみやすい」存在ではなくなってしまった。
作者は不明である。

その隣に、石井氏の胸像。
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酒類商を営みながら、地元の社会福祉活動に貢献された方のようだ。

御聖蹟の碑。
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本陣跡は維新後、明治天皇が明治元年(1868年)、東京へ下る際の行在所になった。
ここが昭和13年、東京市の公園になったのを機に、建立されたものだ。

碑文はすでに風化して後半はほとんど読めなくなっている。
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聖徳の碑。
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御聖蹟の碑が建立されるまでの、明治天皇品川聖蹟保存会の活動について記したものだそうだ。

旧街道を振り返り
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山手通りを渡る。
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交差点には、つぶれた三角形のような建物が残っていた。
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山手通りより南は少し雰囲気が違う。ちょっと町が新しい気がする。
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しばらく歩き続けて、くたびれたので品川宿交流館という施設で休ませてもらう。
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しかし、ここの管理を任せていると思われるおばちゃんが、店内で駄菓子屋の店番をしている若い女性に、この前に来た客のことを大声で延々と愚痴っているので、気が休まらない。
仕方ないので早々に立ち去ることにした。
客商売をしているなら、客のいる前で他の客の悪口は言わない方がいい。

「まち歩きマップ」にある「石畳」というのを確認したくて、該当する路地に入ったのだが、どうも見当たらない。
その代わり、かつての土地の高低を示す石垣を発見した。
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ここは山側の方が1.5mほど低くなっている。

いったん旧街道から離れ、陣や横丁を下って八ツ山通りに出る。
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(陣や横丁の廃屋)

近くの寄木神社に参拝。
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品川猟師町鎮守で、本殿の伊豆長八の扉絵があるとのことだが、よく分からなかった。
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かつては、門前のすぐ先が海だったのだろう。

海だったと思われる場所に、銭湯の海水湯があった。
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海水を使っているのだろうか。このあたりはかなり汚いだろうから、それはあるまい。

品川宿は銭湯が多い。これで3か所目だ。
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帰りはここで温まってから、夜のラーメンツアーに合流しよう。

洲崎公園を横断して、旧街道に戻る。
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(かっぱの碑)

ここにも井戸を発見。でも水は出なかった。
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この個人宅の井戸は現役なのだろう。
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名前は分からないけど、わりと雰囲気のある横丁。
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北品川最後尾のお店たち。
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品川橋を渡る前に、北品川宿を振り返る。
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北品川と南品川を分ける目黒川にかかるのが、この品川橋。
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でも、まだ渡らずに、川に沿って上流へ少し歩く。
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すると、荏原神社が見えてくる。
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ピンクの寒緋桜が満開だ。
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東海七福神めぐりの恵比寿様。
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まずは参拝。
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ここも明治天皇にゆかりの場所のようだ。
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立派な神楽殿もある。
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改めて、ゆっくりと寒緋桜を愛でる。
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咲き方は八重桜に似ているが、もっと控えめだ。
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神社の目の前にある鎮守橋を渡る。
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先代の鎮守橋の擬宝珠が保存されていた。
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橋の上から東に品川橋を望む。
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渡ったら、川沿いを品川橋へ。
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街道歩きに空白を作らないため、品川橋を渡り直す。
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橋の上の歩道は公園っぽく整備されている。
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橋詰には、かつては交番だったようにも見える小さな建物が残っていた。
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このあたりは百足河岸と呼ばれたらしい。
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さて、南品川宿を歩くとしよう。
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無名の路地。
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左手奥に海徳寺。
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参道に古い石碑、石仏が集められている。
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軍艦千歳殉難者之碑。
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明治39年(1906年)12月9日、品川沖に投錨する軍艦千歳へのはしけが突風のため転覆、千歳の乗組員65人ら計83人が死亡するという事故が起きた。
殉難者の大法会はここ海徳寺で催され、13回忌にあたる大正8年(1919年)、この碑が建立された。
揮毫は、千歳の元艦長だった海軍大将山屋他人である。

境内のたたずまい。
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ここにはホームラン地蔵なるものがあるらしいが、見つけられなかった。
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約250年前の本堂。
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旧街道より1本西よりの道を、旧街道と勘違いして南へ進む。
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地図と様子が違うので、間もなく勘違いに気付いたが、空白を作らないため、また戻ることになってしまった。

(つづく)



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