山と鉄

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井伊谷(2)

【2015年12月28日(月)】井伊谷
三岳山(467m)を下り、車で井伊谷へと向かう。
途中、三岳神社の鳥居があったので写真に収めておいた。
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何度か車を停めて、景色のいい場面を拾っていく。
三岳山。
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山腹の三岳集落。
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「新生の里 地蔵野」と書かれた石碑を見つけたが、調べても意味はよく分からなかった。
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柑橘類の産地であることは間違いないのだが。

ここまで下ってきて、ようやく井伊谷の盆地を見渡すことができた。
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振り返ると三岳山が両翼を広げていた。
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途中、右折して、北岡大塚古墳に向かう。
井伊氏の祖先とも考えられる豪族の墓らしい。

沿道にあった土蔵。土の色が鮮やかだ。
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周辺の里山に和む。
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古墳は現代の墓地の奥にあった。
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昭和54年に発見された古墳で、平成7年に発掘調査が行われた。
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その結果、全長約50mの前方後方墳で、4世紀中頃の築造と判明した。
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天竜川以西すなわち遠江西部では最古の古墳ということになるそうである。

近くにあるはずの北岡2号墳は探したが見つけられなかった。
近世の石碑群はあったのだが。
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再び車に戻る。
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やっと、井伊谷の本丸に乗り込む。
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まずは井伊谷宮に参拝。
駐車場からは神宮寺川をはさんで三岳山が望めた。
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井伊谷宮は、明治維新の際に建武中興に尽力した人々を祭るために各地に作られた神社のうちの一つである。
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彦根藩の知藩事だった井伊直憲が宗良親王を祭る神社を井伊谷に創建することを出願し、認められた。
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三岳城の項でも紹介したが、宗良親王はこの地を拠点に南朝勢として奮戦、当地で亡くなったとされている。
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明治3年に宗良親王御社として完成したが、明治5年に井伊谷宮と改められた。
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翌年に官幣中社に列せられている。

境内では正月の準備でおおわらわだった。
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本殿向かって左に摂社の井伊社が鎮座している。
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由来は以下の通り。
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近くに水原秋桜子の句碑。「水無月の落葉とどめず神います」
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激しい落葉なのにさすがに神社だけあって、きれいに清掃されており、玉砂利の上には落葉1枚ないというすがすがしさを詠んだ。
秋桜子は侍医として宮中に奉仕しており、昭和48年、井伊谷宮に参拝した際の前詠だそうだ。

こちらは自然石の慈母観音。
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母が子を抱いているように見えるだろうか。

本殿の奥には、宗良親王の御墓がある。合掌。
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このまま歩いていくと、となりにある井伊氏の菩提寺龍潭寺(りょうたんじ)に裏から入ることができる。
そこには、こんな幟が。
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これを見て初めて気づいた。そうだ、来年の大河ドラマの主人公は井伊直虎だった!
直虎は井伊氏の「女地頭(領主)」だ。
井伊氏にとって、戦国時代は受難の時代だった。
桶狭間の戦い(1560年)で、今川義元に従った直盛が戦死。養子の直親はその2年後、讒言のため殺され、この時点で井伊氏の男子は2歳の直政だけになってしまった。
窮地を救ったのは、龍潭寺の南渓和尚であった。直盛の一人娘直虎を中継ぎに立て、幼い直政はいったん三河の鳳来寺にかくまったのである。

直政は長じて、浜松城主・徳川家康の家臣となり、有名な赤備えで戦功を上げ、関ヶ原の戦いの武勲により近江国佐和山城主に18万石で取り立てられている。
のちに徳川四天王の一人として名をはせたのは、あまりに有名だ。
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直虎が拠点としたのは、まさにこの井伊谷であり、来年の放送に向け、盛り上がらないわけはない。
まずは、歴代当主の墓所にお参りしよう。
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向かって左が直盛の、右が始祖共保の墓である。

その左に並ぶ五輪塔は、奥からそれぞれ直盛夫人、直虎、直親、直親夫人、直政の墓。
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これらは井伊家を支えた武将たちの墓。
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龍潭寺の本堂。延宝四年(1676年)再建。
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開山堂。元禄十五年(1702年)建立。
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仁王門。これは昭和62年の建築。
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鐘楼堂。
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東門。
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折角なので拝観していく。500円。
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最近、引き出しの奥から発見した内閣制度創始100周年記念500円硬貨で支払ったら、受付のおばさんに「記念硬貨ですけど、いいですか?」と言われた。
親切な方だ。「はい、大丈夫です」
金券ショップとかで交換すれば、少しは色がついたのかもしれないが、まあいいや。

玄関には立派な屏風絵。
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売店で「浜納豆」なるものが売っていた。
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試食をしてみたら、しょっぱかった。甘納豆のように甘いお菓子だったら買おうかと思ったが、やめた。

丈六の釈迦牟尼仏。遠州最大の大仏で、享保十四年(1729年)作の寄せ木造りだそうだ。
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本堂の中を一周する。
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江戸時代初期、東橋斎旭英筆の「龍虎の襖絵」。
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ご本尊・虚空蔵大菩薩にお参り。
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宗良親王の位牌。
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琵琶湖から引き揚げられたという十一面観音菩薩像。
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江戸時代初めに琵琶湖の漁師が投げた投網に引っかかって見つかったとされる観音様だ。
彦根の殿さまに差し出され、この寺に寄進された。
これに先立つ戦国時代、織田信長が比叡山など湖畔の寺をことごとく焼き払った時、多くの寺でご本尊を火から守るため湖に沈めたと言われる。
それらの中には後に引き上げられることなく、そのままになっていたものもあったらしい。

これは近年作ったものだろう。井伊直虎の木像。
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稲荷堂。寛政八年(1796年)再建。
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中には正夢稲荷が祀られている。
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江戸中期、和尚の夢枕に稲荷大明神が立ち、「われは昔からこの地に住む稲荷だが、祠が壊れて住むところがなくなり困っている。3両置いておくので、新しい祠を作ってほしい」と告げた。
夢から覚めると、枕元に3両の金があったので、和尚は早速祠を建て、稲荷大明神を寺の鎮守として祀ったという。
以来、「夢をかなえてくれるお稲荷様」として信仰を集めてきたそうだ。

開山堂に納められている井伊家の駕籠。
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国の名勝に指定されている庭園。
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ちょうど手前側が日蔭になっており、いい写真が撮れなかった。
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露出が適正になる部分だけでお許しください。
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江戸初期に小堀遠州が作った池泉鑑賞式庭園だそうだ。
中央に守護石、左右に仁王石、池のほとりに礼拝石が配置され、池の形が心の字になっている。
全容を美しく見せられず、心苦しい。

庫裏。文化十二年(1815年)建立。
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山門は明暦二年(1656年)建立。ここから外に出た。
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(つづく)
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