山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

井伊谷(1)

【2015年12月28日(月)】井伊谷
前夜から浜松ステーションホテルに泊まっている。
朝食時間が始まる6時半に1階に下りると、もう席はほとんど埋まっていたので、食べにくいがソファ席へ。
バイキングだったので、和食風にまとめてみた。
食後、部屋に戻り、リハビリ、歯磨き、おトイレを済ませ、7時40分ごろチェックアウト。
レンタカー屋さんを遠望すると、まだ開いていなかったので、浜松駅と遠州鉄道新浜松駅を撮影して時間をつぶす。

浜松駅南口。
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北口。左はアクトシティ浜松のアクトタワー(地上45階建て、213m)
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駅前には出世大名家康くんの植え込み。
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2015年の「ゆるキャラグランプリ」で見事グランプリに輝いた。

新浜松駅への道は「出世街道」。
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植え込みでは分かりにくかったが、実際はこんなイメージ。
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新浜松駅。遠州鉄道は高架になっている。
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これは裏側。
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浜松市のマンホール。中央は旧浜松市の市章。
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8時前にトヨタレンタカーに出向くと、さすがにもう開店していた。
今日は8時の予約だ。

本日の目的地は旧引佐町の井伊谷(いいのや)だが、まずは国史跡の蜆塚遺跡に向かう。
10分ほどで到着。しばし史跡公園内を散策する。
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ここは江戸時代から、蜆の貝殻が大量にあるところということで遺跡の存在は知られており、それがそのまま地名になっている。
縄文時代後期から晩期にかけての集落遺跡(貝塚)で、1959年に国の史跡に指定されている「古い遺跡」だ。
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貝層が露出展示されている。何百年もかけて積み重なってきたものなのだろう。
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出土した住居跡などの遺構は埋め戻して、地面にその位置が分かるよう、札を立ててあるが、これでは全くイメージが湧かない。
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竪穴住居を復元しない形での「展示」なのだろうが、もうひと工夫あってもいい。
遺跡整備の黎明期そのままで進歩が感じられない。予算の都合もあるのだろうけど。

遺跡の概要は以下の通り。
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いくつかの竪穴住居跡は復元されているが、これもどの縄文遺跡も同じ。
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これではやっぱり飽きてしまう。イベントで人を呼ぶしかないのだろうか。
遺跡観光は非常に難しい。成功しているのは、青森の三内丸山遺跡と佐賀の吉野ヶ里遺跡くらいかもしれない。
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諸霊とは、ここで暮らした古代人や彼らに食べられた動物や魚介類のことだろうか。
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遺跡のわきに古い民家が移築されていたので、これもついでに見学。
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浜名湖東岸で農業と漁業を営んでいた高山家の住宅で幕末ごろのものらしい。

貝層断面の展示施設は営業時間前なので入れず。
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これで蜆塚遺跡とはお別れ。
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次の目的地は、三方原古戦場跡。
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大した距離ではないのだが、道がずっと混んでいて30分近くかかった。
三方原の戦いは、元亀三年十二月(1573年1月)に武田信玄軍と織田信長・徳川家康連合軍の間で行われた合戦。家康が大敗したことで知られる。

当時は広大な原野だったのだろうが、碑のある周辺は大規模な霊園になっていた。
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近くに徳川軍が武田軍を一気に攻めようとしたという祝田坂があった。
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向かいには、根洗いの松という名所。
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武田信玄が本陣を置いた場所だとされている。

これで寄り道は終了。井伊谷に向かう。
最寄り駅は天竜浜名湖鉄道の金指駅。
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構内には、蒸気機関車が現役だった時代の給水塔がまだ残っていた。
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井伊谷の交差点を右折して、三岳城址へ。
城跡は三岳山(467m)の山頂にあり、ここから井伊谷を一望するのが目的だが、短時間に「登った山」を1つ稼いでしまおうという下心もある。

まずは頂上直下にある三岳神社に参拝。
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コンクリート造りの殺風景な神社である。
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戦後に火災にでも遭ったのだろうか。何の説明もないので、よく分からなかった。
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神社の左に城跡への登り口がある。
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頂上まで500mか。結構あるな。
三岳城跡は中世井伊氏の本城である。
延元三年(1338年)、後醍醐天皇の皇子宗良親王が井伊谷に入り、この城を遠江における南朝勢力の拠点とした。
しかし、足利尊氏勢の高師泰らの大軍に攻められ、興国元年(1340年)に落城。
その後、戦国時代には遠江守護だった斯波義達がこの城に拠り、井伊氏もくみしたが、今川氏親勢の総攻撃により再度落城の憂き目を見ている。

城は山頂から尾根に沿って細長く、一の城(本丸)、ニの城(ニの丸)、三の城(出丸)が築かれ、中世城郭の典型的な形態を示しているという。
戦時中の昭和19年に国の史跡に指定されているのは、南朝の拠点だったからであろう。

しばらくは車が通れるような幅の道を行く。
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左に屈曲すると道は狭まる。
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かなりの斜度である。
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二の城跡への道との分岐に二代筆松の碑があった。
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大正九年(1920年)の建立だが、それらしき松は確認できなかった。

ここは一の城の枡形門の跡だそうだ。
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ここからさらに坂はきつくなる。
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巨石も目立ってきた。
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でも、あとひとふん張り。
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はい、三岳山の山頂に到着。立派な石柱があった。
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眺望が抜群だ。
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北東に白く輝くのは南アルプス。
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西側から見ることはめったにないので、自信はないが左の高いのが赤石岳(3120m)、右は聖岳(3013m)だろうか。
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東は磐田原。
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細い光の線は天竜川。
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浜松の中心街。アクトタワーの向こうに遠州灘が望める。
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南西に浜名湖。
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中央にはまゆう大橋。
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「三岳城址からのパノラマ」ということで井伊谷が見えることになっているが、木の陰になって何も見えなかった。
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ここは二等三角点。標高は466.8m。
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展望を堪能したので下山する。
急坂を下っていると、高齢の男性が登ってきた。
車で来るときに見かけた人だ。
「今日はいい天気だから富士山が見えたでしょう?」
「え、富士山が見えるんですか」
「見えますよ。案内板のあたりから」
「ああ、気づきませんでした」
なんと、富士山が見えるとは想像もしなかった。
でも、これから引き返すのも面倒だし、諦めることにした。

ただ、もしかしたら二の城から見えたりしてと思い、行ってみた。
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でも、樹林の中で何も見えなかった。
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あとは、神社までまっしぐら。
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往復35分の山行だった。
車に乗って、井伊谷へと向かう。

(つづく)
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