山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

大山道(6)

【2015年12月27日(日)】大山道
女坂を大山寺に向かって登り始めた。
東京の火消しの講中が奉納した巨大な「不動尊道」の道標。
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旧松本茶屋。
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松本さんご夫婦の表札が出ていたが、まだここにお住まいなのだろうか。
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参道には古い石垣が組まれている。
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大山川も石垣で治水工事がなされていた。
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真玉橋を渡る。
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女坂にも厳しい階段がある。
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男坂だろうが女坂だろうが、ケーブルで登る分すなわち標高差300mを登らないといけないのだから当然だ。距離も男坂とそう変わらない。

しかし、こんなこども川柳に出くわして思わず吹き出してしまった。
春になると、ミツマタが咲くのだろう。
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さっきのような階段よりも歩きにくいが、こういう古い石段の方が好き。
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丁目石を発見。いきなり三丁目。
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苔むした石仏のおはす道。
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(延享三年・1746年建立)

無縁仏供養塔。
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女坂の七不思議その一「弘法の水」
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大山寺三世別当の弘法大師が大山を去るにあたり、錫杖で地面を叩いたら、こんこんと清水が湧き出した、というどこにでもある伝説。
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どんな日照りでも涸れず、水質も良いという。

どれどれ、うん、うまい。
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紅葉橋を渡る。
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その突き当りに、その二「子育て地蔵」。
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いつも赤い頭巾をかぶり、よだけかけを掛けている。
もともと普通のお地蔵様だったが、いつの間にか童顔に変わってしまい、以来この地蔵に祈ると子供がすくすく育つと信じられるようになったのだとか。

長い石段を登る。
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振り返って、紅葉橋。
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その三「爪切り地蔵」。
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大山(1252m)では珍しい磨崖仏。弘法大師が一番で爪で彫り上げたと言われる。
でも、製作は慶安五年(1652年)だそうだ。

なかなか特徴的なお顔をしている。
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大きな石垣が見えてきた。
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その向かいに、その四「逆さ菩提樹」。
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幹の上が太くて、下が細いことから「逆さ」と言われたらしいが、現存の菩提樹は二代目なので、そんなことは全然ない。
二代目も同じようになるよう、育てることができたらすごい。

石垣の高さまで登ると、前不動堂。
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安政の大火の後に、追分社の前に建てられたが、廃仏毀釈の混乱の中で、現在地に移築された。
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大山の中では、隣にある倶利伽羅竜王堂に次いで古い建物だそうだ。

こちらが、その倶利伽羅竜王堂(八大堂)。
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徳川家光の寄進で、寛永十八年(1641年)の建築。
これも安政の大火で焼け残ったが、廃仏毀釈で二重滝の前からここに移されたという。

反対側には大山寺客殿(信者会館)。
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関東大震災にも耐えた堅固な建築だが、今は使われていないようだ。

さらに登ると
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大山寺の石垣が現れた。
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山内に散在していたと思われる五輪塔の残骸や石仏などがここに集められていた。
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これはまたユニークな石像だ。
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大山寺を参拝する前に、ケーブルの大山寺駅を見学に行く。
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駅から大山寺への道には幟やユーモラスな石仏が並ぶ。
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数分で駅に到着。
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さすがに結構な斜度がある。
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ここはケーブルの中間駅だ。
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加えて、ちょうど中間点でもあるようだ。
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跨線橋に登ると、門前町や伊勢原市街を望むことができた。
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ちょうど「こま参道」のあたりだ。
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江ノ島まで見えた。
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満足して、大山寺に戻る。まずこの85段もある階段を登らねば。
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両脇に並ぶ童子像たちは不動明王の使者や従者たち。
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階段の途中に芭蕉句碑。「雲折々人を休むる月見かな」
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ここも月見の名所なのだろう。

登り切ると、大山寺の本堂が大きい。
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改めておさらいすると、大山寺の山号は雨降山。
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東大寺初代別当の良弁僧正が両親の孝養のため、天平勝宝七年(755年)に開いたと言われる。
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赤子の頃、大鷲にさらわれた良弁を探して日本国中を訪ね回った両親が盲目の乞食に成り果てていたが、不動明王の導きで親子の再会が叶ったと「大山寺縁起絵巻」に書かれているという。
聖武天皇が勅願寺とし、その後も、歴代幕府から篤い保護を受けてきた。
古来この寺は山岳宗教の道場で、大山不動信仰を広めたのは修験者たちであった。
本尊は不動明王と両脇侍像の三尊像で鎌倉時代中期の作。
不動明王は高さ97.7cmで、国内最大の「鉄仏」として国の重要文化財に指定されている。

境内には見どころが多い。
まずは人気のかわらけ投げ道場。1回300円。
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素焼きの皿を投げて、あの穴を通すことができれば、願いが叶うんだとか。
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背後には高さ11mに達する青銅製の宝篋印塔がある。
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寛政七年(1795年)に寄進されたが、これも廃仏毀釈で解体されてしまった。
この場所にバラバラになって置かれていたのを、大正三年(1914年)、東京土木建築有志によって再建されたとのこと。
大山でも随分いろんなことがあったんだと改めて思う。

宝篋印塔に奥に釣鐘堂。
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もともとは家光寄進の鐘があったが、廃仏毀釈の際につぶされ、今のは昭和24年の鋳造。
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弘法大師堂は明治40年(1907年)の建立。
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中には弘法大師の木像が88体納められているという。

では阿夫利神社に向かおう。
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無明橋を渡る。
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ここも七不思議の一つ。その五。
おしゃべりをしながら渡ると、橋から落ちたり、物を落としたり、よくないことが起こるという。
私は話し相手もいないので関係なかったが、だったら説明板は渡る手前に立ててほしいものだ。

ここにも芭蕉句碑。「山寒し心の底や水の月」。
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振り返ると、トンネルが見えた。
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阿夫利隧道というらしい。
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関係者はここまで車で来れるようだ。

七不思議その六「潮音洞」。
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この穴に近づいて耳を澄ますと潮騒の音が聞こえてくるという。

ここから再び急な石段。
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やっと十一丁目。でも、大山寺がちょうど半分だから、たぶん十八丁目が下社だろう。
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ぐいぐい登らされる。
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七不思議の最後「眼形石」。
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観音様の横にある石に、一の字のような傷があるが、これが切れ長の目ということらしい。
この石に触れば、目の病気が治るという。

この先は容赦のない階段が続くが、やっと登山らしくなってきた。
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木々の間からケーブルカーのレールが見えた。
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みんなケーブルに乗るものだと思っていたが、結構歩いている人もいて、少し驚いた。

この平らな面は狭いが、かつては何かが建っていたのではないか。
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ガシガシ登っていると、意外に早く、男坂と合流。
そこに「従是女坂道」の道標がすっくと立っていた。
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文化五年(1808年)の建立ではあるが、最近まで2つに折れたまま土に半ば埋まっていたらしい。

このあたりは、大山寺の別当の住まいだった八大坊上屋敷跡で、多くの石碑が林立していた。
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こちらは「松坂屋」の石碑。
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ここから一段上がると、茶店の並ぶ広場に出る。
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おばちゃんに声をかけられ、お茶を勧められた。
「帰りに寄りますね~」と答えたら、もう入れちゃったからと強引に紙コップを渡された。
まあ1杯いただいていくかと口をつけたら、めちゃめちゃ熱い。
全部飲み干すのに5分くらいかかりそうだったので、1口2口だけで返却した。

(つづく)
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