山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

大山道(4)

【2015年12月27日(日)】大山道
大山(1252m)の門前町を歩いている。
「おおたに」
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「大山豆腐」
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大山と言えば豆腐料理である。
大山で豆腐料理が名物となったのにはいくつかの理由があるらしい。
①参詣者に提供する料理として冷水につけて保存しておける豆腐が重宝された
②豆腐の製造と保存に適した良質な水に恵まれていた
③豆腐が精進料理として修験者や僧職にはなじみがあった
④先導師が檀家回りをした際、謝礼として大豆を受け取ることが多かった
などだそうだ。
ただ、今のようなグルメ志向の豆腐料理が流行りだすのは昭和50年代以降とのこと。
私もこの後、お昼にいただいた。

いったん参道を離れ、裏道に出てみる。
「和田周次郎」
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「上神崎」
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「原田」
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「なぎさ」
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こうした和風の旅館が並んでいる中を歩くのは、とても楽しい。

参道に戻っていきなり目の前に飛び込んできたのは愛宕滝。
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バランスが絶妙で、庭園として完成されている。
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傍らに愛宕社。享保元年(1716年)に勧請されたものだそうだ。
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浅草は一二三講の石碑。
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愛宕橋を渡る。
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しばらくは2車線の道。
「つたお」
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「小出とうふ店」
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「目黒」。目黒は阿夫利神社の宮司の姓だが、関係あるのだろうか。
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「おく村」
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こうして宿坊をひとつひとつ確認しておくと、いずれ泊まる宿を探す時に参考になる。

「東學坊」
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ここは豆腐料理を出している。
まだ12時前だが腹ペコ。最初は、一番の老舗か一番評判のいい店に入ろうなどと考えていたが、もう豆腐料理の店が出てきたら、どこでもいいから入ることにしていたので、迷わず入る。
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ランチでは小町膳が2500円。香の膳(3680円)というのがあったが、さすがに予算オーバーなので断念。
畳敷きの大広間に椅子席。私のほかに4人グループの先客がいたが、彼らは香の膳のようだった。
こちらは5品だが、1品1品時間差で出てくるので、食べ終わるまでに1時間近く時間がかかった。
豆乳におから。左手前は味噌漬け。チーズみたいな食感だった。
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湯豆腐。これは汁がめちゃめちゃ美味しくて、熱かったが飲み干してしまった。
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次の品が出るまで間がもたなかったということもあるが。

湯葉の刺身。
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天ぷら。
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御飯とみそ汁。
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どれも美味しかったが、上品すぎて量がやや少なかったのだけが残念。

パンフレットを見てみたら、なんと創業が慶長五年(1600年)だった。
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さて散策再開。店を出ると、すっかり曇ってしまっていた。
向かいには東學坊の豆腐工場「湧水工房」。
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隣にも豆腐料理の店「夢心亭」。
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こちらの方が1500円のメニュー(豆腐づくり湯葉丼)があったりしてリーズナブルだった。
まあ、あとの祭り。というか東學坊には「老舗料」も込みだろうかあら仕方ない。

店の前には大山名水の一番「相頓寺の岩清水」。
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こちらは「遠州屋酒店」。創業明治11年(1878年)。
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大山名水の酒「阿夫利山」「大山舞り」などを宣伝していた。
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めずらしく何の看板も掲げていない木造の古い民家。
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大山まんじゅうの「良弁」。
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先導師「吉川彦丸」。旅館名は「吉川」。
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石碑地帯。
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何組が読めないのだが、木遣塚。
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この先は良弁橋を渡って対岸へ。
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すると、権田公園という大きな看板。
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なんだ? 権田って。
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現地にはとくに説明板はなかったが、調べてみると、阿夫利神社の初代祠官になった権田直助(1809~1887年)を記念した公園のようだ。
権田は武蔵国入間郡毛呂本郷に生まれた幕末明治期の医者にして国学者・神道家。平田篤胤の門下で、尊王攘夷派でもあった。

公園内に権田直助の墓があった。
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公園の隣にある開山堂(良弁堂)は、明治41年(1908年)の再建。
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良弁僧正(689~774年)は相模の人で、東大寺の初代別当を務め、後に鑑真とともに大僧都に任じられた。大山寺を開いたことでも知られる。

堂内には、中央に良弁の坐像、右に赤子を抱いた猿の像が安置されている。
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良弁については、赤子の時に鷲にさらわれ東大寺二月堂の大杉にかけられているのを、山王の使いである猿に助け下ろされたという伝説がある。
それを表現したものだそうだ。

そのすぐ横に、ちょっと水量のさみしい良弁滝。
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良弁僧正が大山寺開山(天平勝宝七年・755年)のおり、禊をして山に入った場所とされる。
歌川広重や五雲亭貞秀の浮世絵の題材にもなり、禊の滝として大山では最もにぎわったスポットであった。
水を吐き出している竜頭は、東京の火消し「に組」が昭和16年(1941年)に奉納したもの。

滝の脇の石段を登ると、飯縄大権現。
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山伏の守護神、狐にまたがった烏天狗の像がご本尊だ。

階段を登り切ると、「かめ井」。
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ここには阿夫利神社の末社があるそうだ。

門前にはたくさんの石碑が並ぶ。
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火消し系が多い。
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開基橋で再び対岸に戻る。
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「みずしま」
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かなり重厚感のある常夜灯。
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「おおすみ山荘」
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ここは鎌倉時代から続く旧家で、今の先導師の佐藤大住は三十七代目。
奥州の藤原秀郷の流れをくみ、中世の大山別当佐藤中務の子孫だという。
建物は安政三年(1856年)に再建されたものだが、当時の宿坊の様式を示す貴重な建築だそうだ。

「山荘だいとう」
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「とうふ坂」を登る。
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この坂の道幅は昔のままだそうだ。
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もともとは石段だったが、そのままアスファルト舗装したので、傾斜がきつい。
「とうふ坂」と呼ぶようになったのは最近のことらしい。
江戸時代はこの道を参詣者が、豆腐をすすりながら登ったそうである。

豆腐料理「しもやま」
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石垣には多数の銘板がはめ込まれている。
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例えば、昭和34年の「東京魚がし講」。加入しているたくさんの店の屋号が刻まれている。
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(つづく)
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