山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

大山道(3)

【2015年12月27日(日)】大山道
宗源寺から県道に戻ると、すぐ左に旧道があるとガイドブック「キャーッ!」に書かれているので行ってみる。
これではない。
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こちら。
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なかなかいい雰囲気なのだが、このまま進んでも県道に合流できない。
道なき道を越えて行かねばならなかった。

この先は、みかんの無人販売所が続く。
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安いからほしいけど、ザックがパンパンなのでもう何も入らない。
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それにしても誘惑が多過ぎる。
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さらに坂は勾配を増す。
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道に面してあった易住寺。
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こちらも霊験あらたかな子安地蔵。
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南無阿弥陀仏。
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JAの農産物直売所を通過。
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子易バス停も過ぎて、旧道を行く。
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車は小バイパスを行ってくれるので、通行量が減ってありがたい。
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左手に諏訪神社。
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めずらしく畑の奉納を記念した石碑があった。
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大正十三年(1924年)、地元の吉田喜三郎氏が畑28坪、玉垣一式、金200円を寄付している。

ここでも参拝。
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そして、三の鳥居登場。
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この銅製の鳥居が大山門前町の入口に当たる。
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もともと三の鳥居は天保十五年(1844年)、所沢の阿波屋善兵衛が創建。

大正十年(1911年)、江戸の火消し「せ組」が再建した。
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しかし、老朽化した上に、バスの通行の便を図る必要もあったため、昭和61年に日本鋼管製の鋼板で作り直されたという。
ちなみに阿夫利神社には全部で11基の鳥居があったらしいが、現存するのは6基だけだそうだ。

その先は徐々に宿坊が軒を連ねてくる。
「旅館大木」
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そのすぐ先に二ツ橋がある。
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(新道の二ツ橋)

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(旧道の二ツ橋)

新旧二つの橋が並んでいるから二ツ橋かと思ったら、そうではない。
かつて板だけの小さな橋が二つ架っていたことから、そう呼ばれるようになったという。
大山に参詣した室町時代の僧道興(1430~1527年)は自著『廻国雑記』に「おぼつかな流れもわけぬ川水にかけならべたる二ツ橋かな」という和歌を残しているそうだ。

ここは江戸時代の高札場だったとか。
これらが当時のゆかりのものかどうかは分からない。
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生垣の家。
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先導師旅館「いわ江」
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先導師とは御師とも呼ばれ、信者への宿泊の提供と寺社への案内を生業としている。
それぞれ、関東一円やそれ以外にも檀家(講社)を抱えており、夏には信者を迎え、春秋には自ら檀家回りをしたという。
先導師はピーク時の江戸後期で166軒あったが、今では45軒に減っているのだとか。
それでも富士講の御師とは比較にならないくらい多い。

登拝記念の石碑は随分新しいものもある。
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これなどは平成2年の建立。講社ではなく個人のようだ。
信者の参詣は徐々に減ってはいるが、それでもバブルがはじける前までは、各宿坊とも大いににぎわったという。
『相州大山』には「夕食時の宴会が始まると、開け放した窓から・・カラオケの歌声やコンパニオンと騒ぐ声が響いて賑やかだった」と書かれている。

そんなのに巻き込まれるのはいやだが、静かな季節に泊まってゆっくり参詣してみたい気はする。
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新玉橋で鈴川を渡る。
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「あらたまばし」と読むらしい。
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その先に、いかにも古そうな「式部旅館」。先導師は式部太夫。
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向かいは「常善坊 内海三太夫」
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「太夫」というのは先導師に与えられた称号だそうだ。

突き当たったT字路が大山駅のバス停。
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ここまでバスが通うようになったのは昭和10年(1935年)。
伊勢原駅発のバスの終点だった。
当時は、バスの終点を「駅」と呼んでいたので、鉄道でもないのに「大山駅」という名が付けられたらしい。
昭和42年に、さらに奥に大山ケーブルバス停ができたが、「駅」の名は変更されずにそのまま残ったというわけだ。

ここから宿坊や土産物店が集中するエリアとなる。
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正面に大山(1252m)を仰ぎながら登っていく。
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参詣者はこれで気分が高揚したことだろう。

巨大な石刀が勇ましい「高尾」
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「かげゆ」
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「すどう」
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「東京渋谷御神酒講」の創立180周年記念碑。
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昭和34年の建立なので、創立は1779年までさかのぼることになる。

「ますき」
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「ます田」
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かすみ橋を渡って、旧参道に入る。
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正面に「獅子山荘」。
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これは、かつて「村山坊」と呼ばれた宿坊である。
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最近まで縦書きの「獅子山荘」のところに「村山坊」の名を掲げていたことが『相州大山』の写真で分かるが、今はもう取り下げてしまったようだ。

庭には石の築山がある。
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岩には「坂東三獅子」と「再建 小石川大山講 昭和三十六年五月」の銘板がある。
この獅子山はもともと、600mほど上流の良弁橋のたもとにある銅鳥居の脇にあった。
阿吽の獅子一対が獅子山の上に鎮座していたが、関東大震災による土石流で流されてしまった。
翌年下流で見つかったので、石匠講の宿坊でもあった村山坊が引き取り、新たに子獅子も加えて3頭の獅子山を建立したという。
もともとあった獅子は、天保元年(1830年)に江戸石工二十一組が奉納したもので、作者は享保年間の名工、江戸弓町の石切藤兵衛と言われている。
藤兵衛は同じものを成田山新勝寺、神田明神にも作ったそうだ。

ちなみに村山坊はかつて山駕籠を営業してとのこと。
ケーブルの開通に伴い、すっかり廃れてしまったが、駕籠かきは鳶職人の仕事だった。
大山小学校の校長室に大正9年(1920年)の「大山明神前駕籠組合一同駕籠賃金表」が飾られているそうだが、それによれば「社務所下より頂上まで往復 金七円也」。
当時の大工の日当が3円ほどだったというので、庶民はとてもフルでは乗れない代物だった。

玉垣には奉納者の名前がいっぱい。
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「かすみ荘」
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「下神崎荘」
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これほどの数の宿坊の経営が成り立っていることを見て、大山信仰は今もなお息づいているんだなあという感慨に浸った。
富士山に登るのは大変だが、大山に登るのは昔も今も手軽だ。
今はもちろん首都圏から日帰りできるし、江戸時代でも3泊4日ほどの旅だった。
そういう手軽さも長生きの背景にあるのだろう。

「大山荘」
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蕗の佃煮「きゃらぶき」の老舗「米屋」。
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安永年間(18世紀後半)の創業である。
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右手に、阿夫利神社の社務所。
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結構デカイ施設だ。
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植え込みで作った「大山」の文字。
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「大滝荘たけだ」
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懐石料理「●鈴庵」。(●は船のへんが木)
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店が閉まっているが大山コマの「はりまや」。
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コマは大山の伝統工芸品で、神奈川名産50選にも選ばれている。
その起源は江戸時代初期にまでさかのぼると言われ、「円満に回る」ことから、家内安全や商売繁盛の縁起物として売られたのが始まりらしい。
ただコマ人気も下火になり、かつては十数軒あった木地師も今では数軒しか残っていないという。

(つづく)
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