山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

塩の山

【2015年12月31日(木)】塩の山
小倉山(955m)から塩の山(553m)へと、この日2回目の転戦。
塩山温泉の元湯慶友館の駐車場に車を置かせてもらう。
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そのすぐ横が塩の山への登山口。
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塩の山は「塩山(えんざん)」の地名の由来になった山だ。
古今和歌集に「志ほの山 差出の磯に住む千鳥 君が御代をば 八千代とぞなく」と詠まれており、「塩の山」とはもともと、四方から見える「四方の山」が原義という。
塩とは全く関係ないわけだ。
ちなみに、「差出の磯」とは山梨市にある名所らしい。海はないから川のことか。

まずは階段を登る。
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登り切ると左折し、しばらく山腹を巻いていく。
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遊歩道はこんな具合に整備されている。
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標高は約556mと書かれている。地形図では552.8mなのだが。

振り返ると、慶友館の向こうに、ひと月ほど前に登った恩若峯(983m)が望める。
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塩の山のアカマツ林は「やまなしの森林100選」のひとつ。
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徐々に登っていく。
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登るにつれて、展望も広がってくる。
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手前は恩若峯から南西にのびる稜線。奥は大滝山(左)から甲州高尾山(右)にかけての稜線。

お地蔵様のところで、右折する。
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この先はまた階段だ。
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右の突起は釈迦ヶ岳(1641m)。その左は達沢山(1358m)あたりか。あまり自信はない。
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屈曲点には東屋がある。もちろん休まず通過。
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陽だまりの道。
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ベンチのある場所は景色がいいはず。
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と思って振り返ったら、なんと富士山がようやく姿を見せてくれていた。
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白髪が風になびいているようだ。
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さらに傾斜が急になる。
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右に大きくヘアピンカーブすると、再び東屋。
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木槌でたたくと「健康の響」
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山頂まで、もう少し。
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25分ほどで登頂。四等三角点。
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しかし、肝心の山名板がない。あるのは、古今集の歌を書いた看板だけ。
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頂上ではカップルがカップ麺を食べていた。
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私も隣のベンチに座って、しばし休憩。
再度、眺望を楽しむ。
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かなり富士山の雲も引きちれたようだ。
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周回コースなので、今度は北西方向の尾根を下る。
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正面にかっちょいい一本松。
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その向こうには小楢山(1713m)。
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棚山(右、1171m)と兜山(左、913m)。
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甲府盆地。
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全景。
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さらに下って、東屋を通過。
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階段を下ると、下界に至る。
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塩の山の縁に沿って、塩山温泉に向かう。
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間もなく、向嶽寺の境内に入った。
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本堂。
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かなり大きな寺である。
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向嶽寺は永和三年(1378年)に抜隊得勝禅師が開山、康暦二年(1380年)にときの守護武田信成から寺地の寄進を受けて、向嶽庵を創建した。
寺の名称は「富嶽に向かう」からきている。
戦国期は武田家の信仰が篤かったという。
山号はずばり「塩山」。

境内には、郷土の詩人大村主計が書いた童謡「花かげ」の詩碑がある。昭和32年建立。
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「十五夜お月さまひとりぼち 桜吹雪の花かげに 花嫁姿のお姉さま くるまにゆられて行きました」

その隣に、西条八十の「友情の石ぶみ」が立つ。
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「親しい友の石ぶみがたつ塩山の秋の空 流るる雲に石碑に草むす日など想ひつつ」

「花かげ」の歌はよく知らないのだが、大村と西条は親しい友人だったそうだ。
西条の詩も知られてはいたが、その真筆が発見されたのを機に、平成14年に西条の詩碑も隣に建立されたとのことである。
その説明板も横にあるのだが、西条の詩にいくつも誤植がある。
訂正した方がいいのではないか。

寺の隣には秋葉神社。
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通りに出て、慶友館に向かう。沿道に「花かげ写真館」。
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レトロ調に新しく建てたものだろう。

道祖神にも正月飾り。
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旧塩山市のマンホール。
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というわけで慶友館に戻ってきた。
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風呂に入る前に、温泉街を散策しておく。
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塩山温泉郷は、向嶽寺を開いた抜隊禅師が発見したと伝えられる。
享保九年(1724年)の「上於曽村村鑑明細帳」には当時で年間1万人の湯治客があったと記されているという。
また、「向嶽寺略由緒」には門前41軒のうち16軒が湯宿を開いていたとか。
現在も7軒が塩川に沿って軒を連ねている。
かなり寂れた雰囲気ではあるが。

向かいにある井筒屋。
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食堂の松楽。
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塩川を渡ると、昭和3年に立てられた道標があった。
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その近くには、「千野鳥居原地蔵板碑」なる石仏が隠れるようにたたずんでいた。
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16世紀前半頃に地域の人が地蔵菩薩の慈悲を願って造られたものだという。

この先は袖切坂。
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ここは甲州街道の裏街道(青梅街道)で大菩薩峠を越えて、江戸に通じていた。
その昔、このあたりは大八車が通れるだけの幅3mほどの道で、やぶが生い茂り昼なお暗い道だったという。
旅の途中で、人馬ともに疲れ果て、命を落とした旅人も少なくなかったらしい。
その霊魂が行き交う旅人に救いを求めたが、旅人は願いを叶えてあげられないことを嘆き、難を逃れることも兼ねて、老若男女問わず、着物の片袖を切って供えるようになったことから、袖切坂と呼ばれるようになったとのことである。

坂には「恵浄の泉」と呼ばれる湧き水があった。
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武田軍の残党を、織田軍が処刑した際に使った刀をこの泉で浄めたことから、誰言うともなく「恵浄の泉」と呼ばれるようになったという。

そのさらに上には萬願子育地蔵尊が祀られていた。
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このお地蔵様は延喜年間というから平安時代、10世紀の初めごろに安置されたものらしい。
江戸時代後期、この村に飯島林蔵ととよという仲睦まじい夫婦がいたが、子宝に恵まれず、毎日この地蔵尊に祈願していた。
文政六年のある日、地蔵尊が夢枕に立ち、「四国西国を行脚せよ」とのお告げがあった。
それに従い、巡礼の旅に出た二人は帰国後の文政八年、めでたく男子を授かったとのこと。

それゆえ、この地蔵をこう呼ぶようになったらしい。
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これで散策を終え、再び慶友館へ。
しかし財布を見ると、細かいお金がない。
女将さんに「1万円しかないんですけど、大丈夫ですか」と尋ねると、「今、こわしてきたとこだけど、宿泊のお客さん用だから、どこかでこわしてきてくれない」との答え。
「近くにコンビニとかありますか?」
「コンビニはないけど、その大きな通りに八百屋とかあるよ。悪いねえ」
「いいえ、こちらこそ」
このあたりでは、お金をくずすことを「こわす」というようだ。
それはともかく出直しになってしまった。
通りに出ると、スタンドがあったので、給油でこわすことにする。
所沢より随分割高だが仕方ない。

旅館に戻り、600円を渡す。やっと入れる。
ここはかなりの老舗のようで、創業100年くらいは経っているらしい。
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女将さんも正確には分からない様子だったが、パンフレットを見ると創業明治36年と書いてあった。
1903年ということになるので、もう113年になる。

古い旅館だけに、まだこんなポスターも。30年近く前のものだろうか。
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お風呂はどんどん階段を登った最上階にある。
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温泉の歴史、効能は以下の通り。アルカリ泉だ。
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一番湯なのだが、湯気もうもうで浴室はこんな状態。
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でも、実にいい湯であった。1年の汗をすっきりと流すことができた。

湯上りにちょっと館内を見学。
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大きな広間。
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これにて、2015年の活動も終了。所沢の自宅に向かう。
外に出ると、雲が大菩薩嶺の東から押し寄せてきていた。
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柳沢峠経由で帰ることも考えたが、大晦日ということもあり、早めに帰りたい。
渋滞はないらしいので中央道で帰還。
5時半すぎには帰宅できた。
1月に骨折した右足であったが、よく頑張ってくれた。感謝して1年を締めくくる。

【行程】2015年12月31日
塩山温泉(13:35)~塩の山(14:00撮影・休憩14:08)~向嶽寺(14:30見学14:39)~塩山温泉(15:00)
※所要時間:1時間25分(歩行時間1時間20分)
※登った山:1座(塩の山)
※歩行距離:3.6km
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