山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

豆口山(中)

【2015年12月29日(火)】豆口山
子の権現近くの阿字山(約620m)に丸太のベンチがたくさんあったので、ここで昼食にする。
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東屋もあったが日蔭だし、誰かいるようなので、そちらは選択しなかった。
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メニューは例によって、コンビニのおにぎり2個。
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ビーフデミオムライスというのが結構おいしかった。
20分ほどで出発。子の権現に向かう。

鳥居の手前に二本杉がある。
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寺の縁起によると、この杉は延喜十一年(911年)この峰に初めて登った子の大権現が食事に使った杉の箸を地面に刺したら根付いて大木になったとのこと。
南北に2本並んでいるが、見えているのは南側の方。
樹齢は約800年で、かつては高さ36mあったというが、よく見ると、上部は切断されている。

子の権現という名は通称で、正式には大鱗山雲洞院天龍寺と呼ばれる。
天長9年(832年)、子の年、子の月、子の日、子の刻に生まれ、湯殿山で徳を積んだ子の聖が草ぶきの庵を建てたのが始まりと言われる。
弟子の恵聖上人が聖人を祀ったのがこの寺だそうだ。

お寺ではあるが、神仏習合の名残か、真っ赤な鳥居がある。
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鳥居の手前で売店が営業しており、バッジが売っていたので覗いてみた。
すると「子の権現」に混じって、「子の山」というのがある。
「ほう」と思い、店番の方に「子の山ってどこのことですか」と聞いてみた。
すると、「この辺の一帯の山のことだよ」と教えてくれた。
一番高いピークは釣鐘堂のあるところだという。
これはいい情報を得た。そこにも行って、「登った山」を一つ稼ごう。
バッジはぐっとこらえて買わなかった。

鳥居をくぐると、すぐに黒門がある。
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扁額には「大鱗山」と大書されている。
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子の聖は紀伊国天野郷の阿字長者の御子として生まれたという。
これがさっきの「阿字山」の由来であろう。
聖は比叡山をはじめ出羽三山でも修行を積んでいたが、ある日、月山山頂で「我が永く跡を垂るべき聖地を示し給へ」と般若心経を天高く投げたところ、経巻はここ子の山の頂上に達し、光明を放った。
聖はその光を頼りに旅を続け、ふもとの吾野郷にたどり着いたが、山賊(悪鬼)どもが「聖に山を開かれては、もう悪行ができなくなる」と、山に火を付けた。
聖が端座合掌したところ、天龍が現れて大雨を降らせ火は沈下したが、この魔火によって、聖は腰より下に傷を負ってしまった。
後の長和元年(1012年)、聖は「私はもう土に返るが、腰より下に病のある者は、誠の心で我を念ずれば、必ず霊験を授けん。能除一切苦」という言葉を残して亡くなった。
以来、子の権現は足腰守護の神様として広く信仰されることになったということである。
これが、聖人法難の図だそうだ。
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私が昨年1月に右足首を骨折して入院中、仲間が子の権現で私の治癒を祈願した後、見舞いに来てくれた。その時にいただいたわらじのお守りはずっとザックにぶら下げている。
今回はその時のお礼参りも兼ねている。
あれから約1年が経過し、ほぼ普通に登山ができるまでに回復したが、今度は中に埋め込んであるプレートを抜去する手術を受けなくてはならない。
その成功と早期治癒も祈願しなくては。
と説明が長くなったが、子の権現の由来は恥ずかしながら初めて知った。
引き続きお世話になります。

仁王尊の間を抜けて、聖橋を渡る。
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正面に藁葺き屋根の宿坊。
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その手前右にある階段を登ると、本堂。
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お賽銭を奮発して、手を合わせる。
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こちらは子の権現の象徴、大わらじ。
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こちらはめおと下駄。
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本堂の右わきを抜けると、子の山の山頂経ヶ峰(630m)が見える。
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ふもとに閻魔堂。
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中腹に地蔵堂。
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頂上には釣鐘堂と釈迦堂。
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古い石碑群。
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眼下に宿坊と本堂。
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西には蕨山(1044m)。
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東は都心方面。
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拡大して、スカイツリーから新宿の超高層ビル群。
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近くの山々は中央に天覚山(446m)、左に大高山(493m)。
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これで撮影終了。再び宿坊の前を通って、豆口山(629m)へ向かう。
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左手にその豆口山が望めた。
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林の中に見える白い物体は何だろうと思ったら、巨大な手であった。
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大きな観音像の残骸?だろうか。

愛宕山(650m)との鞍部に出ると、右手に伊豆ヶ岳(右、851m)と古御岳(左、830m)の雄姿。
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その向こうには二子山(左、883m)。
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愛宕山(愛宕社)の鳥居のある分岐をかすめて、左へ巻いていく。
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途中、この道でいいのかどうか、地図を見て確認していたら、後ろからすたすたと足音がする。
誰か来たみたいだ。
すぐ先、穴沢峠(600m)の道標を確認していたら、後ろの人が追い越して行った。
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ハイキングの格好ではなく、どちらかと言うと普段着に近い。
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結構な速足である。

しかし、階段の急な登りでいきなりスピードダウン。
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あっけなく抜き返してしまった。

この先のピークに山名板があった。
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「新館の頭」。地図に山名の記載はない。儲かった。

標高は620mとあるが、地形図の表記は617mである。
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植林の急坂を50mほど下ると、豆口峠。
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ここの標高はなぜかさっきのピークより高い。
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630mとあるが、実際は570mほどである。

ここには「神送り場」があったらしい。
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病が流行ると、村中総出で鐘や太鼓をたたきながら峠に駆け上り、疫病神を追い払う神事を行ったという。

これはその跡というわけではないだろう。
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古い東屋の残骸だろうか。

ここから登山道は巻き道となるが、当方は豆口山(629m)への尾根を登る。
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「山と高原地図」には破線で記されているが、かなり急な登りで踏み跡も拡散している。

それでも頂上近くになると傾斜も緩み、道もはっきりしてきた。
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10分もかからずに頂上に到着。
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雨乞山という山名板が目に飛び込んできた。
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「※別名:豆口山」という注記がある。
地元では「雨乞山」の方がポピュラーな呼び名なのか。

ただ「豆口山」の山名板もあった。
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それにしても、またしても標高は630m。
豆口峠の標高はここと混同してしまったのだろう。
ちなみに、地形図では629mである。
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眺望はないので、撮影だけで通過。

この先尾根通しに緩やかに下って行くが、踏み跡が分からなくなってきたあたりで、右下に登山道が見えた。
そこに下る道もはっきりしないが、目標ははっきりしているので、枝がたくさん落ちている斜面をガシガシ下る。

下ったところがちょうど、尾根ルートと巻き道との分岐だった。
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当初は竹寺にも寄るつもりでいたのだが、そうするとかなり下ってしまい、次の581mピークに行くには100m近くも登らなくてはならない。
それはとても億劫だったので、今回は諦めて尾根道を行く。

こちらもかなりの急登。
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登り切ったところに山名板はなかったが、帰宅して新しく出たばかりの「奥武蔵登山詳細図」で確認したら「風木クボ」(約600m)と呼ばれるピークだった。

ここから東の展望が得られた。
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都心の眺めもさっきより鮮明になった気がする。

(つづく)
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