山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

豆口山(上)

【2015年12月29日(火)】豆口山
前夜遅く浜松から戻り、朝はゆっくり寝ていたかった。
というわけで、この日は近場。地元の奥武蔵を歩くことにした。
コースはかねてより、いつか歩こうと思っていた吾野駅~秩父御嶽神社~子の権現~豆口山~仁田山峠。
「山と高原地図」では、御嶽神社から子の権現までは破線になっているが、首都圏に近いのでよく踏まれている道に違いない。

家を9時過ぎに出て、小手指発9:30の飯能行きに乗車。
飯能で乗り換えて、吾野に着いたのは10:24。
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軽くストレッチを済ませ、10:30ちょうどに出発した。
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しばらく国道299号の旧道歩き。
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旧吾野宿のはずれである。
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間もなく吾野鉱山方向に左折し、二股を右に行く。
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跨線橋で線路を渡って右折すると、間もなく登山道となる。
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右手に中野の集落が見える。
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西武線切通しの擁壁工事の最中だった。
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この道は、ほぼ10年前、伊豆ヶ岳(851m)に登った時に歩いたことがあるはずなのだが、全く記憶にない。
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芳延集落に出ると、路面の水たまりが凍っていた。確かに今朝はかなり冷え込んだ。
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正面に諏訪神社。
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近所の子供たちが境内で遊んでいた。
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道路を渡ると、秩父御嶽神社の入口。
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もうお正月を迎える準備も整っている。

参道を登って行く。奥社まではかなりある。
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ここは明治28年(1895年)に地元の農家に生まれた鴨下清八(1861~1955年)が開山した神社で、境内は東郷平八郎を記念する公園になっている。
17歳のときに母が危篤となり、薬も医術も効かないことから、御嶽教の信徒となって修行したところ、母が快癒したため、その新徳を深く信じ、ここに秩父御嶽神社を開いたという。

この案内板を見ると、境内にはいくつもの摂社や東郷元帥にちなむ見どころがあるようだ。
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とても全部は見切れない。

右手にちょっと雰囲気のいい自動車祓所。
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間もなく、樹林帯に入り、あたりが暗くなる。
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と同時に坂の傾斜もきつくなる。
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境内には日露戦争に関連したものもいくつもある。
これはロシア軍バルチック艦隊から発射された砲弾。
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旅順港口に布設されたという水雷。
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その上の段に、東郷元帥の銅像。
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鴨下は東郷の武勲と威徳を後世に伝えるため、「皇国興廃存此一戦」の名言になぞらえ、一戦を一銭として毎日一銭ずつ貯金をして銅像の建設を志した。
東郷は生前に自分の銅像をつくることには反対したが、鴨下の熱意に根負けし、大正14年(1925年)、この地にこの銅像が建立されたという。

その隣には、東郷の乗る旗艦三笠がバルチック艦隊の集中砲火を浴びた際の甲板の一部が展示されていた。
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巨大な弾痕がハチの巣状に残されている。

さらに上の段へと進むと、日露戦役記念碑。
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木の陰に見える洋館の至誠館は東郷元帥が休憩されたことがある施設だそうだ。
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この先は頂上の奥社まで365段の石段となる。
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中腹に祈祷殿。
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三笠山神社にも立ち寄る。
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そして最後の登り。
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山麓の鳥居から30分かけて奥社の本殿に到着。
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本日の安全登山を改めて祈願する。
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かなり新しいが、平成10年に開山100周年を記念して建て替えられたものだそうだ。

幸の鐘を1回だけ撞かせてもらう。
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ここは展望台にもなっており、都心やスカイツリーがよく見えた。
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木々のほんのわずかな隙間から、飯能アルプスの大高山(493m)の山頂を覗き見ることもできた。
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眼下には芳延の集落。
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ここで家から持ってきたバナナを1本いただく。

さてこの先の登山道はどこにあるのか。
道標がなかったが本殿に向かって右側に入り込むと、それらしき登山道があった。
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そこそこ傾斜がある。
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でも、ひと登りで御岳山(約370m)に登頂。
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山名板はなかったが、こんな「署名」があった。
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諏訪八幡神社の飯能氏子一同によるものだが、秩父御嶽神社の直上にこういう痕跡を残すのは何の意味があるのだろう。

暗い植林の中を標高差で70mほど登るだけで
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吉田山(445m)に至る。
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眺望はゼロなので、すぐに通過。小床峠に向かう。
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アップダウンはあるが、それほど坂はきつくない。
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吉田山から15分ほどで、小床峠を通過。ここは林道が横切っていた。
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古い道標が地面に。
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もう字も薄れてよく見えないが、「小床峠」と手書きで書き足してあった。
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この先はこぶを2つ越えてながら、子の権現へとどんどん高度を上げていく。
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途中、右手の木々を透かして伊豆ヶ岳とその左に古御岳(830m)が確認できた。
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この道で単独の登山者とすれ違って、びっくり。
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この道では絶対、誰にも会わないと思っていたのに。

標高550mに達したあたりで、西吾野駅からの道と合流。
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ここから左へトラバース気味に登っていく。
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さすが実線の道だけあって、いきなり歩きやすくなった。
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幅も広く、よく踏まれている。
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間もなく、舗装道路に合流。
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子の権現まで続く。
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左手に下りていくと、浅見茶屋。うどんが名物らしい。
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このすぐ先で、ショートカットする登山道があったので、そちらを通る。
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わずかな登りで子の権現の門前に飛び出した。
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右手が子の権現だが、左に文学碑があるようなので行ってみる。
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しかも阿字山という名前がついているではないか。これは儲けた。
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打木村治とは1990年に没した児童文学作家で、東松山の育ちということもあり、1972年に埼玉文化賞を受けている。
文学碑には「子どもの騒ぎは 雲のさわぐのに 似ている」とある。
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出展は『天の園』という小説とのこと。

阿字山(約620m)の山頂には、石仏がぽつんとたたずんでいた。
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ここからの眺めはなかなか素晴らしい。
黒山(右、842m)の稜線。奥に覗くのは大岳山(1267m)。
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蕎麦粒山(左、1473m)と有間山稜(右)。
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北に目を転じると、顔振峠方面。
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顔振峠の見晴台の向こうに筑波山(877m)がうっすらと見えた。
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高山不動(赤い屋根)と関八州見晴台。
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八徳集落。
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吾野鉱山と大高山。
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都心と左にスカイツリー。右に東京タワーも見えている。
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西武ドームが左に見える。はるか向こうの稜線は房総半島。
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横浜方面。
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大山(1252m)のシルエットも美しかった。
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(つづく)
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