山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

鶴見線

4月30日も山行する予定だったが、前日(4月29日)の丹沢登山でくたくたになり、断念。鶴見線沿線を歩くことにした。
ここは首都圏の中にあって、ローカル線の香りが濃厚な路線だ。

鶴見線は東海道線の鶴見駅と扇町駅を結ぶ7.0kmの路線で、浅野駅から海芝浦駅にいたる海芝浦支線(1.7km)と、武蔵白石駅から大川駅にいたる大川支線(1.0km)の2本の支線がある。
総延長は9.7kmということになる。

駅は鶴見駅を含め13。鶴見駅を除き、すべて無人駅である。
このため、鶴見線から他の路線に乗り換える際には、鶴見駅で改札を通らなければならない。
ただ、鶴見線内の移動は理論上、ただで乗り降りすることができてしまう(もちろん違法)。

本日の主たる目的地は大川駅。
ここは朝晩の通勤時間帯しか列車が運行されていないため、日中に行くには、武蔵白石駅から歩くしかない。
ただ、この日は南武線の支線の終点・浜川崎駅から歩いた。

支線の起点・尻手駅から浜川崎行き普通列車(2両)に乗り込む。
10:24発、浜川崎に10:31着。
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ここで、鶴見線に乗り換えるには、一旦改札を出て道路を渡り、鶴見線専用の改札を通っていかなくてはならない。
今回はここから歩く。

この辺は京浜工業地帯の一角で、かつては多くの労働者でにぎわっていたはずだ。
しかし、道沿いの商店は軒並み閉店している。
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オートメーション化による労働者の減少、コンビニの普及、社員食堂の充実などなど、逆風に耐えきれなかったのだろう。

鶴見線沿いに歩いていくと、左手にJFEの工場が見えてくる。
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その構内にある、運河を渡る道路が鉄橋になっている。これはおそらく、構内を走っていた貨物用の線路の名残だろう。

このあたりの道路はトラックやタンクローリーばかり走っており、砂ぼこりと排ガスの臭いがひどい。工場ばかりではなく、倉庫やスクラップ処理場も目につく。
ブラジルからの出稼ぎの人が多いのか、ポルトガル語の貼り紙を見つけた。
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間もなく武蔵白石駅に到着。看板には「安善駅長」とあるが、今は安善駅に駅員はいない。かつて、武蔵白石駅はとなりの安善駅の管轄だったということだ。
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大川支線は武蔵白石駅が起点ということになっているが、大川行きの鶴見線は武蔵白石駅を通過する。かつては大川支線用のホームもあり、停車していたのだが、様々な事情によりホームが撤去され、電車は通過せざるをえなくなったのだ。

道を左折し、大川支線に沿って歩く。
線路は青草が繁殖しており、ほとんど廃線のような状態。
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平日でも9往復しか走っていないのだから無理もない。

踏切にはいちいち正面にある企業の名が付けられている。
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中間地点で運河を渡るが、その鉄橋「第5橋りょう」は、塗装がまちまち。
複数のペイント会社にコンペをさせたのか、一つ一つに会社名が書かれている。
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1988年以来塗り直されていないので、ところどころサビだらけである。

武蔵白石駅から15分ほどで大川駅に到着。駅も廃線のムードを漂わせている。
周辺には日清製粉や三菱化工機などの大企業が並ぶ。
鶴見線で通勤する人も多いのだろう。2008年で1日平均の乗客数は1009人だった。
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上の時刻表でお分かりの通り、平日は朝4本、夜5本のみの運行。
上の数字は下りている人を計算していないので、夕方の5本で1000人を運んでいる計算。つまり1本あたり200人が乗っている。
平日に乗ったことがないので、何両編成なのか分からないが、結構な混雑であることが推測される。しかし、日中は8時間以上も電車は来ないのだ(近くにバスの便があり、武蔵白石駅までは徒歩15分の距離ではあるが)

ちなみに、駅の名称は日本初の製紙技師として富士製紙など多くの製紙会社を興し、「日本の製紙王」と呼ばれた大川平三郎に由来する。この駅のある埋め立て地の「島」は大川町と称する。工場だけなので、人口はゼロ。

駅舎は木造平屋建てで、片流れの桟瓦屋根がある。
幅5m、奥行き2mほどで本当に小さい。
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側面に切妻屋根の小屋が隣接していた痕跡が残っているが、トイレでもあったのか。
羽目板張りで、白っぽく塗装しているが、ところどころ剥げている。
大正15年開業の駅で、この駅舎は昭和25年に完成したものだ。

ドアが二つあるがいずれも閉まっている。
ちょうど、JRの人が券売機にたまった運賃を集金に来て扉を開けたので、中をちらりと覗いたら、券売機の裏側があるだけだった。

改札も木のまま。しぶい。
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線路は正面の日清製粉の壁で行き止まり。
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かつては周辺の企業へ貨物用が引き込まれていた。今は使用されていない。
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大川駅を訪ねたのは2度目。ここはわりと好きだ。
工場ばかりの極めて無機的な空間に、ここだけなぜかぬくもりがある。
工場には人がいるはずなのに、人を感じない。
でも、この駅は人がいないのに、人を感じる。不思議なものだ。
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さて、せっかくなので大川町を一周することにした。
歩道のつつじが満開だ。
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ちなみにバスはこんなに走っている。
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島の東岸は遊歩道になっており、釣り人が何人か糸を垂れていた。
聞くと「シーバス」が釣れるという。魚にはとんと疎いので「海の船?」、からかわれたかな?と思ったが、調べてみるとスズキのことだった。

対岸には、こんな恐竜みたいな鉄骨があった。荷揚げ用の何かだろうか。
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さずがに、殺伐とした感じを払拭しようとしているのか、沿道の植栽が豊かだ。
オオシマザクラにクスノキ、クロガネモチ、ユズリハ、マテバシイなどなど。

大川駅裏の公園のくずかごにはコンビニ弁当のからがたくさんあった。
季節もよくなってきたので、労働者たちは公園でお昼を食べているのだろう。

ちなみに、これはめずらしい手動の踏切。
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武蔵白石駅に戻り、昼飯を食えるところを探す。
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あまり期待していなかったが、駅のすぐ横に焼き肉屋があった。
生姜焼き定食を注文。
かなりのボリュームで600円。これはお得だ。

満腹で安善駅方面に向かって歩き出す。まだ鶴見線には乗らない。
間もなく、境運河を渡ると、そこは横浜市。鶴見区寛政町だ。
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寛政町という名に惹かれた。
寛政は江戸時代、18世紀末の元号である。
調べてみると、ここは宝暦14年(1764)に開発された(埋め立て地ではなく、もともと陸地だった)荒井新田の西半分に当たり、天明8年(1788)に検地を実施。翌寛政元年から年貢が取り立てられた。このため、寛政耕地と呼ばれるようになったのだという。

箱根駅伝出場を目指す、B級大学の奮闘を描いた三浦しをん『風が強くふいている』に「寛政大学」というのが登場するが、ここには「寛政中学校」が実在する。

線路際を離れて、住宅街に入ってみると、高い煙突が見えた。銭湯だ。
「安善湯」とある。安善町は隣だから、最寄りの駅名から採ったのだろう。
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安善は安田財閥の創始者、安田善次郎から来ている。
このあたりの駅名の多くは、たいてい明治・大正の実業家に由来する。
鶴見小野駅は小野重行、浅野駅は浅野総一郎(浅野財閥創始者)、武蔵白石駅は白石元治郎(日本鋼管社長)といった具合だ。

なかなか味わい深い銭湯だが、開店は3:30からとのことで、まだ入れない。
土地の人に聞くと、寛政町は戦前、「横山工業」の社宅街で、この銭湯ももとはと言えば、社員のためのお風呂だった。
それが、戦後、社宅が住民らに売却され、だんだん建て替えられていったのだという。
確かに、この付近は碁盤の目状にきっちりと区画されているし、往年の社宅もわずかながら残っている。
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2軒長屋だったと言うが、残っているものもほとんど1軒に切断されている。
玄関に持ち送り付きの庇が付いているのが特徴だ。

住民の形は「横山工業」と言っていたが、ネットなどでは「浅野セメント」との記述がある。地名辞典では「日本電解製鉄所」の社宅だったという。
情報が錯綜しているが、いずれ確認してみたい。

線路沿いの道に出ると、通りに面した家は商店だったのか、中堅幹部の家だったのか2階建ての社宅が並んで残っている。
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寛政町、なかなか面白い。と見取れているうちに、安善駅に到着。
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もう閉店しているが、駅前のたばこ屋がしぶい。これも角で切断されている。
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寛政中学を見学して、さらに浅野駅まで歩いた。
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この駅では猫が暮らしている。
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鶴見行きが行ってしまった。
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次の電車で隣の弁天橋駅まで移動。
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ここはJFEエンジニアリングや旭硝子の玄関駅だ。
ここから鶴見小野駅まで歩く。
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ここに張り出されていた鶴見線沿線の旅のポスターに、安善駅から埋め立て地の方に15分くらい歩くと旧国鉄時代の遺構として、1986年に廃止された浜安善駅の駅舎が残っているとの記述があった。
う、これを見逃すわけにはいかない、と思い、また安善駅へ戻る。
歩き始めたが、線路は米軍施設に入っていったまま、フェンス越しに見ても駅舎らしきものはない。
それでもカメラを向けていたら、遠くにいる守衛さんから「ごら~」と怒鳴られた。
この線路は廃線ではなくJR貨物の専用線として、今も米軍施設に石油などを運んでいるらしい。
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結局見つけられなかった。もしかしたら、もう撤去されているのかもしれない(ポスターをよく見たら、「この情報は2009年3月現在のものです」とあったので)。
無駄足となったのは構わないが、さっきお昼をいっぱいいただいたせいか、もよおして来てしまった。
とにかく安善駅まで急いで戻ったが、なんとトイレがない!
コンビニもないし、まさか民家にトイレを貸してください、とお願いするわけにもいかない。万事休す。と思ったが、そうだ、銭湯があった。時間は4時。もう開いている。走った。

番台に人はおらず、すいませーん、お金ここに置きますと言って、まずトイレに走る。ふ~、ギリギリセーフであった。

○んこ代450円みたいな感じになったが、思いがけなく風呂に入ることになった。
いやタオル代230円もかかったから、680円か。
しかし、ここの風呂は一見の価値がある。
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八角形の浴室の中央に直径2.5mほど(深さ約55cm)の浴槽があり、半分に仕切ってある。向かって右の方が若干熱かった。
上には円形の明かりとり兼蒸気抜きがあり、四角形の塔となっている。
ペンキ絵がまたすばらしい。
正面は富士山、右手に近江の海岸風景。
筆者は「早川」とある。早川と言えば、日本に数少なくなったペンキ絵師(背景画家)の一人、早川利光さんであろう。2009年4月に73歳で亡くなった。
ここの絵には「平20.11.6」とあるので、亡くなる半年前の作品である。

まだ早い時間なので、客は私ひとり。入浴セットを持ってきているわけではないから、湯に浸かるだけだったが、この空間を独り占めできたのは贅沢だった。
店の奥さんに創業年を聞いてみたら、「100年くらい前かなあ」と言われたが、詳しいことは知らないみたいだ。100年はいかにも古すぎるが、昭和初期としても80年くらいにはなっている。
見どころは浴室だけではない。
たとえば、番台の飾り板とか
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体重計
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しばらく脱衣場でのんびりしてから、帰途に付きました。

次回は先週行った鎌倉アルプスをお届けします。
今夜から、北陸の旅に出ます。
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