山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

つくば道(中)

【2015年11月21日(土)】つくば道
筑波山南麓にある北条地区の商店街では、こうした白壁の店蔵が目を引く。
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こちらは宮本家住宅で、登録有形文化財に登録されている。
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江戸末期、1847年(弘化四年)の建築で、木製のシャッターである揚戸や防火用の土戸があるという。
屋号は宮清で、昭和40年代前半まで醤油醸造・販売を行っていた。
現存する建物は8棟あり、敷地面積も700坪に達するというが、今回は素通り。

早くもお腹がすいてきたので、食堂を探す。
北条仲町のバス停を過ぎると、そこが「つくば道」の起点。
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高さ3mに達する巨大な道標がある。
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南面には「これより つくば道」。西面には「にし おふそね(大曽根)いちのや(一ノ矢)江戸」、東面には「東ひだり きよたき(清滝)つちうら(土浦)加し満(鹿嶋)」、北面には「正徳五乙未年五月十七日 中町横町講中 願主山口弥右衛門 寛政十戌午歳再建○○○○」とある。
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この碑は、筑波山信仰の地元の信者である中町と横町の講中が正徳五年(1715年)に建立し、寛政十年(1798年)に再建されたものだと読み取れる。
なぜ再建が必要だったのか。この間に大地震でもあったのかと、地震年表を見てみたが、関東には該当するような大きな地震はなかった。

ちなみに再建の願主は野澤惣兵衛であった。「同 山口卯兵衛」の文字も。
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この向かいの道端に、西の「市の神」に並んで、北条町道路元標がたたずんでいた。
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これを通りすぎて間もなく、「北条ふれあい館」の看板。
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ここで、この商店街に食堂がないかどうか聞いてみる。
「八坂神社の方にラーメン屋はあるけど、ほかにはないわねえ」
ラーメン屋は確かにあったが、そんな気分でもない。

腹をくくって、つくば道を登るとしよう。
いや、でも少しはお腹に何か入れたい。この貼り紙に反応してしまい、お店の中へ。
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「北条米スクリーム」。1個300円。北条地区のみで限定販売中だ。
これは食べてみるしかない。
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今日はやけに暑いし、ちょうどいい。

つくば道を歩きながらカップを開ける。
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しかし、しっかり凍っていて、めちゃめちゃ固い。
それを手で温めたり何だりしながら、必死で溶かして少しずつ食べる。
しかし味がしない。
う~ん、今いちだなあと思いながら食べてしまったのだが、買った時にもらったパンフレットを後で読んでみたら、「少し溶かして、柔らかくなったころが食べ頃です」と書いてある。
なんと、食べ方を間違っていた。残念。
お店のおばちゃんも一言、「溶かしてから食べてね」と言ってくれればよかったのに。
まあ、仕方ない。

この「つくば道」は昭和61年に、当時の建設省が「日本の道百選」に選定している。
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筑波山に向かってのびているだけに、正面に筑波山を望む、気持ちのいい道だ。

今は県道139号線ということになっている。
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沿道には庚申塔や馬頭尊などの石碑も多い。
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城山(129m)の東にある小さな峠を越えると、神郡(かんごおり)の集落に入る。
右手に普門寺という寺があるので、行ってみた。
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説明板によると、この寺は鎌倉時代末期に筑波山山麓一帯で布教活動を続けていた乗海大和尚によって開創された真言宗の寺院である。
常陸の豪族小田氏の祈願寺として興隆を極め、末寺508ヶ寺を有して10万石の格式を誇った時代もあったという。
平成21年3月設置のこの案内板には、本堂は寛政年間再建と書かれているが、実は同年12月に不審火により焼失してしまった。
現在の本堂は今年10月25日に落慶したばかりのできたてほやほやなのである。

参拝する前に、ちょっとした境内の高台に登ってみた。
正面に筑波山が堂々とそびえている。
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戻って参道を進む。
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黒門をくぐり、赤門の手前まで来ると、比較的新しい石碑がある。
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「田中原蔵隊陣営の跡」と題字にある。
元治元年(1864年)に水戸藩内外の尊王攘夷派「天狗党」が引き起こした天狗党の乱はよく知られているが、田中隊はその一部隊である。
3月27日に筑波山で挙兵し、日光東照宮に参拝ののち帰陣。
6月中旬、ここ普門寺に駐屯していた。
その後、幕府軍と激しく交戦し、田中も戦死した。
この碑は隊士たちの鎮魂の碑であるようだ。

赤門をくぐると本堂。まさに落慶したばかりの雰囲気を漂わす。
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本堂のすぐ前にある「三光乃滝」は由緒あるものかと思ったら、これも平成13年に造られた新しいものだった。
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でも、この石仏はそこそこ古そう。
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紅葉のグラデーションが美しかった。
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やはりお腹がすいたので、ここに腰掛け、行動食のパンを1個いただく。
このままでは筑波山神社の門前まで持ちそうになかったので。

寺を出たところで、のっぺらぼうのマンホールを発見!
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これは摩耗したものではなく、正真正銘ののっぺらぼう。
こんなの初めて見た。

赤い柵で囲まれた旧家は石井邸。
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新しいお宅は隣にあったので、今は使っているのかどうか。
石井家は江戸時代後期に割本名主を務めた家柄だそうだ。

なばや商店。漢字ではどう書くのか。
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どうやら、那波屋のようだ。佐竹藩の御用商人がつくった屋号だというので間違いなかろう。

そのさらに先に、何の美術館だかよく分からない田井ミュージアム。
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調べてみると、知的障害のある子供たちの表現の場となっているそうだ。

大谷石造りの米倉庫を転用して、2001年にオープンしたとのこと。
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実にユニークである。

蚕影(こかげ)神社への道標。
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神郡上町付近の風情。正面に筑波山のうち男体山を望む。
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里山建築研究所。
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かつての桜井家の店蔵を2004年より、筑波大学の安藤邦廣教授が研究所として活用しているという。

神郡集落の北端にある石蔵RIZ。
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1952年築で、これも大谷石。
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ここは、「Art Session TSUKUBA 2015典」の会場になっていた。
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この催しは、広域にわたる野外展示なので歩いて回るのはかなり大変そうだ。
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ここの北面は水田になっていて遮るものがないので、筑波山が裾野からばっちり見える。
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ちょっと右折して寄り道。
かつては今の道より、東につくば道は通じており、逆川を渡る石橋があったという。
その位置に、二十三夜石橋供養塔があった。
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これを確認して交差点に戻る。
ここには昭和天皇の即位を記念して1928年(昭和3年)に建立された道標がぽつんとあった。
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光ってよく分からないが、臼井・筑波、北条・土浦、立野・小幡、大貫・舘林の各方面が示されている。

逆川を渡ると、臼井集落に入る。
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田んぼの向こうに見える不思議な構造物は、あれもアートなのだろうか。
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この古い家に、こんな看板が。
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「花柳病」かあ。性病のことかな、と思って調べてみたら、やはりそうだった。
かつてはこういう「ぼかした」表現があったんだなあ。
でも、この言葉を聞かなくなったのは、どういう理由なのだろうか。
差別だということで次第に廃れてしまったのか、花柳界そのものが事実上なくなったことによるものか。
土浦の医院の宣伝がここにあるということは、かつてこの道がかなりにぎわったいたのだろう。

(つづく)

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