山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

甲武信岳2

甲武信岳つづきです(5月5~6日)

甲武信岳の北の稜線を下り、午後2時45分に十文字小屋に到着。
平屋だが丸太組みのがっしりとした造り。昭和42年の創業で、まわりに群生しているシャクナゲで有名な小屋だ。
荷を下ろすと、小屋番の宗村みち子さんがお茶を出してくれた。

前夜、湯沼鉱泉に泊まったことを話すと、話が盛り上がった。
「私もあそこのおじさんに連れてってもらって、水晶を拾ってきたことがあるよ」
「あの人は男のロマンを追い求めてきたからねえ」と、半ばあきれ顔で話してくれた。

十文字小屋は名前の通り、十文字峠にある。
中山道の脇往還として昔は多くの人の往来があった街道だ。
埼玉県側の栃本から長野県側の梓山まで、一里ごとに観音様が5体置かれている。
峠の標高は、小屋で売られているバッジに2035mとあるが、鞍部の高さは1960mちょっとしかない。街道はもっと高い位置を通っていたということなのだろうか。
小屋のHPに、小屋が2035mの地点にあると書いてあるが、実際は(地形図上は)1970mほどしかない。どこから出てきた数字なのだろう。

それはともかく、まだ時間が若いので、少々散歩をすることにした。
まずは10分ほど長野県側に歩いたところにあるカモシカ展望台。
ここからは今日歩いてきた三宝山からの稜線や八ヶ岳などがくっきりと見えた。
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(これは武信白岩山)

小屋に戻る途中に「乙女の森」という矢印があり、そちらにも行ってみる。
そこは枯れ木の林だった。なぜ、これが乙女なのかは謎だ。
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このあと、十文字山(2072m)をピストンする。
10分くらいで登れるかと思ったら以外に距離があり、空身なのに結構疲れてしまった。
ハンガーノックに近い感じだった。
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頂上は全く展望がきかなかった。

小屋に戻ると、今夜同宿する中高年のご婦人3人がストーブを囲んでおしゃべりの真っ最中。こちらは、後ろのテーブルでメモ書きを済ませ、5時半の夕食まで、ストーブに当たらせてもらう。と言っても、私はほぼ、ニコニコ聞いているだけだ。
彼女たちは名古屋から車で来たという。
みな若い頃、キスリングの時代から山を歩いており、結婚してからは子供を山に連れ歩いたようだ。
「ほんと迷惑だったろうねえ」と高笑いしている。そうかもしれないが、いい経験にはなっただろう。

さてお食事は、タケノコ御飯に山菜の天ぷら、タケノコの土佐煮、その他である。
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どれもおいしい。
めずらしく缶ビールを飲んでしまった。下界で飲むのとは違い、どんどん体に吸収されていく感じがした。
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(山小屋のストーブまわりはこんな雰囲気。ランプの宿である)
山菜は、地のものではなく、宗村さんの実家がある長岡から持ってきたものらしい。
泊まり客のいない日などは時々、長岡まで帰るそうだが、大変だ。
彼女は始め、甲武信小屋を手伝っていたが、十文字小屋の先代が亡くなったので、こちらを任されることになり、もう10数年になるという。
自ら30㌔の荷物を背負って、歩荷もするそうだ。

それにしても、GWに宿泊客4人とはいかにも少ない。
「ここは下りれちゃうから。甲武信小屋は今日なら4、50人泊まってるんじゃないかな」
ああ、なるほど。ここは毛木平まで1時間半の距離。私みたいに2:45に着くくらいなら、4時半までには駐車場に下りれるから、日帰りができてしまう。
ここが混むのは、シャクナゲの季節、6月上旬の土日くらいだそうだ。

テレビニュースで北九州から来た中高年のグループ6人が白馬で遭難死したと言っている。
かなりの軽装だったようだ。
疲れているところに天候が急変し、厚着をする前に低体温症となり、そのまま逝ってしまった、と推測された。
6人中4人が医者だったのに。残念なことである。

7時には布団に入った。
ここは雑魚寝式ではなく、すべてベッド。3段ベッドが各部屋に並び、計40床ある。
ただ、収容人員は80人で、混んでいる時は1ベットに2人寝てもらう計算だ。
ただ、さすがに見ず知らずの人と同衾というのはイヤだろうから、同じグループやカップルに限ってということにしているらしい。
隣の部屋でしばらくおしゃべりしていた3人組もすぐに静かになり、安眠できた。

4時に起床し、外の様子を見る。
赤い太陽が出ていた。
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昨夜から時々、雨がぱらついていたが、今朝もぱらぱら落ちてくる。
予報は晴れなのだが、午後はところにより雷雨もしくは雹が降るという。
栃本までコースタイムで7時間。5時半に出れば午後1時に着く計算。なんとか雨に当たらないよう、と思っていたが、朝からこの調子なら、諦めがついた。
完全な雨装備で5時半に出発した。
昨日着いた時は気温が20℃あったが、いまは5℃まで下がっている。

秩父側に下るには、尾根づたいに行って栃本に出るルートと谷に下りて川又に出るルートがある。今回は旧街道が目的なので、尾根づたいに行く。
その分岐までは、ほぼ等高線に沿った平らな道で、石も倒木もコケだらけだ。
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分岐には15分で到着。そのすぐ先に四里観音があった。
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地形図では、分岐からかなり急な下りになるはずなのだが、道は依然として緩やかである。
実際の地形と地図が合致せず、現在地を正確につかめない状態のまま6:10に四里観音避難小屋に到着。
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ここにトイレがあったので飛び込む。
もよおしてきた頃だったので、ちょうどよかった。
小屋の扉を開けると、40代くらいの男性が朝食を摂っていた。
昨夜、川又から登ってきたという。甲武信岳には登らず、十文字を越えるだけで下山するのだそうだ。
ここは平成2年の完成。小屋でログハウス風で快適そうだ。
いつか使わせてもらうかもしれない。
日が差してきて、もうしばらくは降らない気配なので、ここでゴアを脱ぐ。

依然として、尾根と登山道の位置関係が地形図通りではない。
この道はなかなか眺望に恵まれないが、ときおり木々の合間から、左手に十文字山や弁慶岩、梓白岩など1本西の稜線が見える。
道は東を巻いたり、西を巻いたりしつつ進む。大山を巻いて通過しそうなところで、道をはずれ、尾根へ取り付く。
大山山頂は何の表示もなかったが、ここで間違いないことには自信があった。
倒木がひどく、山頂はこんなありさま。
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長居は無用なので、早々に下る。
下りは踏み跡もなく、道のあった右を意識して下っていくが、なかなか合流しないので少々不安になった。
それでも10分くらいで合流。気がついたら、手のひらに木の枝が刺さったのか、血が出ていた。

間もなく、奥秩父林道の終点に出る。
この林道は中津川林道の支線で、この付近は完全な廃道状態になっている。
落石がひどいし、もう廃道になってから10年以上たつのだろう、立木もかなり生長している。
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こういうのを見ると、果たしてこの道は必要だったのだろうかと思う。
林道を作ることが山を傷めていることは間違いない。
ただ、もちろん林業振興のため必要であることも少なくないだろう。
いつ建設されたのかきちんと調べていないが、当時は必要とされたのだろう。
おそらく、その後、安い外材の輸入によって、日本林業はほぼ壊滅状態となり、丁寧なメンテナンスが必要な山奥の林道は、たった一度の自然災害で復旧工事もされず見捨てられていく。この林道もその1つに違いない。
だが、その見通しの甘さを、誰が責められるだろう。

たぶん、こうした林道は地元の要望のもとに作られている。
そこには林業関係者もあれば、土木関係者の利害もあっただろう。
日本には基本的に、道を通すことを善とする思想がある。
誰かが「おそらくこれは近い将来、無用の長物となる」と思っても、それを言うことは、はばかられただろうし、言っても通用しなかったに違いない。
こうして、作った人、作ってほしい人の思いとは裏腹に山は荒れていった。

この種の廃道はそうした人間の悲しさの象徴であるように思う。
でも、我々は過去を断罪することはできないが、学ぶことはできる。
この道は本当に作るべきなのか、このダムは? この原発は?
今しか見ていないと、人は同じ過ちを繰り返してしまう。

めずらしく、そんな考え事をしながら歩いているうちに三里観音にたどり着いた。
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時間は7時40分。
地形図に記号がある地点より250mほどずれている。
この付近の表記は、あまり信用できない。

石仏をよく見ると、建立した人物の名が彫られている。
上田平右エ門と大村久兵衛。
帰宅して調べてみると、上田氏は信州・居倉の人、大村氏は栃本の関守ということだった。
建立年代は彫られてなかったが、幕末の1864年だとのことである。
この街道、他の街道と違って明治期に拡幅されたりはしなかったのか、ずっと道幅が細い。
街道らしいところと言えば、ピークを避けていることとこの里程観音だ。
当方は、ピークハントをしているので、たびたび街道をはずれることになるのだが。

次のピーク、赤沢山へはかなり早い段階から尾根に取り付き、「これか?」「これか?」と思いながら、いくつも小ピークを越えた。
いい加減まだかい?と思ったところで、眼前に巨大な岩壁が現れて、震え上がった。
「これは登れないぞ~」
でも、回り込む道があり、岩壁の頂上に上がることができた。
ここからの眺望は見事であった。
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昨日から今日にかけて歩いてきたコースが一望できる。
三宝山には雲が迫っており、あちらはもう雨が降っているのかもしれない。
たぶん、ここにはあまり人が来ないのだろうが、絶好の展望台である。
頂上はここからすぐ。8:25分着。「赤沢山」と書いた青いテープがぶらさがっていた。
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ここから黙々と1時間ほど歩き、二里観音に到着。
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ここには白泰山避難小屋がある。
この小屋は四里観音小屋よりかなり古そうだが、内側はブロック壁の堅固な造り。鉄の扉が重々しい。
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ここには誰もおらず、のんびりと一息入れた。室温は10℃。
15畳ほどの板の間があり、土間はコンクリートで大きな薪ストーブが鎮座している。
ノートを見ると、狭山市の古家さんという方が、この小屋の清掃など管理をしてくれているようだ。おかげでとても清潔であった。
ノートに「ありがとうございます」と書いてきた。

すぐ近くののそき岩からは甲武信岳が望める。あちらはもう雨か。
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こっちも曇ってきて、風が冷たくなってきた。
小屋でゴアを着込む。10:20出発。

すこし歩くと、案の定、雨がぱらついてきた。
カメラをゴアの中に隠して進み、白泰山への分岐に到着。
ここはきちんと道標があるからありがたい。
登っていく途中の道標は熊に襲われたのか、ズタズタになっていたが。
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頂上は、展望なし。
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銘板に満足して下る。これで、今回登った山は9座を数え、今年通算101座、生まれてからは346座ということになりました。

雨は白泰山を下る頃には一旦止んだのだが、あたりは雲がたれ込め、暗くなってきた。
これはまた来るぞ~、せめて一里観音まで待ってくれ~と祈っていたが、ものの5分で降り出した。
これは本降りになるに違いないので、改めてゴアを着込み、下も雨具を履く。

間もなくものすごい雷鳴が頭上から落ちてきた。
ガーンとかゴーンとかズドーンとか、バラバラバラとか、遠くで鳴るゴロゴロとは全く違う音である。稲光もピカピカ、あたりを照らし、恐ろしいのなんのって。
樹林帯の中なので、自分に落ちることはないだろうと慰めつつ、速足で下る。
じきに雨足が強くなり、とうとう雹まで落ちてきた。
雹の中を歩くのは50年近いの人生で初めてだ。
直径6~7mmのが体のあちこちに当たって痛いほど。
手でおわんを作ると、玉入れのようにどんどん溜まっくるので、水分代わりに食べました。
結構イケるわ。
チューブの水が無くなりピンチだったので助かりました。

一里観音に11:10着。
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何とかカメラが濡れないように、ささっと撮影。先を急ぐ。
11:30、林道との交差点に出たところで、いきなり雨が止み、陽も差してきた。
しかし、上半身はずぶぬれ。手入れもしないでもう20年近く使ってきたゴアは雨具の用を為さず、べちゃべちゃだった。

もう降らないだろうとふんで、ゴアを脱ぎ、長袖シャツだけで歩く。
見事な植林の中を、さくさく行く。
もう少しで栃本集落に着きそうというところで、古びた東屋があり、そこで着替えがてら昼食とする。
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シャツも濡れていたので、これですっきりした。
昼食はお湯でもどすパスタと卵スープ。やっと一息つきました。
バスの時間を調べると、1:34栃本関所発というのがある。
まだ正午なので、ゆっくりお昼を食べても十分間に合いそうだ。

植林の中にある両面神社にこれまでの無事の礼を言う。
栃本関所跡のバス停には12:55着。時間まであと40分もあるので、集落を散歩する。
ここは何度来てもすばらしい。信州に日本のチロルと呼ばれるところがあるが、ここはさしずめ関東のチロルといった雰囲気だ。
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メロディーバスの愛称で親しまれている秩父市営バスは5分遅れで到着。
この頃からまた雨が降り出し、4時近くまで降り続いた。
大滝温泉遊湯館で汗を流し、秩父鉄道、西武線を乗り継いで5時すぎに帰宅。
ニュースをみたら、私が経験した雷雨など鼻くそと言っていいくらいの被害が北関東で出ていた。
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