山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

高麗郷・日和田山(4)

【2015年6月6日(土)】高麗郷・日和田山
日和田山(305m)を下山し、県道に出た。
正面の丘の上に神社が見えたので、寄り道。
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非常に変わった名前だ。九万八千神社。「くまんはっせん」と読むらしい。
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由来については若干調べてみたが、確たることは分からない。
「埼玉の神社」という本には「一説に九万(高麗)と八千(新羅)に由来するものという」と書かれているようだが、どう読むと「はっせん」が「新羅(しらぎ、しんら)」に近づくのか。
謎である。
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参道を下って左折すると、長寿寺。
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境内には古い石仏がたくさんあった。
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再び県道に出ると、正面に今朝歩いた高麗峠の丘陵が横たわる。
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左手には、国登録文化財の高麗郷古民家(旧新井家住宅)。
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天神橋で高麗川を渡る。
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この道路は巾着を結びひもの部分に当たる。

巾着の中に入るべく、あいあい橋に向かう。
まだこのあたりは田園の面影を残している。
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橋のたもとに、日高市立高麗郷民俗資料館なる建物があった。
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雰囲気からしてもう閉鎖されているものだとばかり思っていたら、現役だった。
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「水泳教育発祥の地」の碑。
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そんなのはどこでも始めそうであるが、ここが特別なのか。

これがあいあい橋。
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川の外側が削られてしまわないよう、外辺には石垣が築かれている。
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橋を渡ると、こんなところに牧場があった。
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乗馬クラブなのだろう。

巾着田曼珠沙華公園の水路わきを歩く。
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巾着田の中は当然ながら平らだ。
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ここからの日和田山も絵になる。
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巾着田ビオトープ。
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巾着田はその名の通り、高麗川が巾着の形のように大きく蛇行している場所である。
川の内側には土砂が堆積し、古くから水田経営が営まれてきたという。
面積は22ha。川原田、市原田、内野、新田、八ヶ下の5つの字が存在したとのこと。

川のすぐ内側は自然林の木立となっている。
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しばらく、この中を歩いてみる。
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高麗峠方面に通じる道はドレミファ橋という沈下橋で川を渡っていた。
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再び、中に戻って、自然堤防の上にのる。
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ふと気づいたのだが、この耕してある場所には何を植えるのだろう。
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畦がないので田んぼではないだろう。
ほぼ1周しているが、巾着田というわりには田んぼが全くないではないか。
いったいどういうことか。
これでは文化の保存にも何にもなっていない。
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ふつふつと湧いてくる疑問を胸に、河原のデイキャンプの賑わいを眺める。
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おお、これでおしまいというところにやっと田んぼが少しだけあった。
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ちょうど管理事務所があるのでスタッフに聞いてみた。
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「田んぼはこの裏にあるのだけですか」
「そうです」
「あっちの耕してあるところには何を植えるんですか」
「7月にコスモスを植えます」
「ええ~っ、それじゃあ巾着田じゃないじゃないですか。どうして田んぼにしないんですか」
「あそこは所有者から市が買い上げた場所なんです。もう所有者も高齢化していて、水田ができないんです」
「だったら、なおさら市が水田にすべきじゃないですかねえ。これじゃあ、文化の保存にならない」
「そうなんですけどねえ」
全く腹立たしい限り。
まさか市の職員が稲を育てるわけにもいかないから、近くの農家に委託することになるのだろうが、そういう人手がもう集まらないのかもしれない。
それに、田んぼよりお花畑にした方が観光客は集まる。
そういうことは分からないでもないが、やはりそれはおかしい。
市民と一緒に米づくりをしたりすれば、体験学習の舞台にもなるのに。

何だかがっかりして高麗駅に向かう。
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今度は鹿台橋を渡る。
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沿道にトラックを改装したカレー屋さん。
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円福寺に寄り道。
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その向かいには、勝海舟筆の筆塚。
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この筆塚は、滝不動の近くにある新井家の11代当主丈右衛門定季(宿老庵貫斎翁)を讃えて弟子たちが建立したものという(建立年代は案内板に記載なし)。
新井家は約400年前にこの地に居を構えた旧家で、代々、旧台村の名主を務めた。
定季(1818年生まれ)は幕末の頃、隠居して塾を開き、多くの人々に学問を教えた。
なぜ、勝海舟が揮毫したのかが一番知りたいところだが、その説明も案内板にはなかった。

まわりにはいくつかの石碑があった。新井家と親交があった文化人の句碑などだ。
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進行方向とは逆の方にも石碑が見えたので、ちょっと行ってみた。「水天の碑」だ。
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天保年間(1830~1844年)に繰り返された干ばつや大洪水などの天災を鎮めるため、台村の住民が建立したものらしい(こちらも建立年代の記載なし)。
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そのほかにも、高麗川を利用した木材の筏流しとの関係などが書かれていたが、どう関係していたのかが、さっぱり分からない。かなりの悪文である。
この案内板は建て替えた方がいいのではないか。

筆塚のはす向かいにある大野屋では、いろんな野菜を無人販売していた。
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再び県道に出るところに、台の高札場。
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これにはキリシタン禁制にかかわることが書かれているが、昭和60年に復元されたものだそうだ。

台という地名は今も残っている。
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国道との交差点の手前にある「東屋」。
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地形図によれば、近くに国史跡の石器時代住居跡があるので行ってみた。
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「石器時代」という名称の付け方は、指定がかなり古いことを示す。
案内板を見ると、昭和26年の指定だ。
縄文時代中期の竪穴住居跡で昭和4年に調査されたもの。
今なら、はいて捨てるほどある普通の住居跡だが、埼玉県では初めての竪穴住居跡の発掘であったという。
遺跡そのものよりも考古学史的に貴重なものだと言えるだろう。

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時期が若干異なる住居跡が重なっており、それぞれ中央に石組みの炉が切ってある。
縄文土器のほかに耳飾りや磨製石斧などが出土したとのこと。
この手の遺跡は誰も訪ねる人がおらず荒れてしまいがちだが、地元の人がきちんと守っているのだろう、きれいに草が刈ってあった。
いいものを見せてもらった。

さて、もう見るべきものは見た。やっと高麗駅に向かう。
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あと100mというあたりで、歩きながら電車の時間を調べてみた。
次の電車は16:32か。
で、今は・・・ええっ16:30!
これを逃すと39分も待たないといけない。
走りましたっ。
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ほんとは、こんな写真を撮っている暇はないのだが。

でもなんとか間に合い、16:32発急行池袋行きに駆け込む。
幸い座れた。
飯能で快速急行元町・中華街行きに乗り換え、小手指に16:53着。
自宅には17時過ぎにたどり着いた。
今日は近場で軽くハイキングのつもりが、下界歩きが異様に長くなり、骨折後初の20kmになってしまった。
でも、とくに目立った疲労はない。
明日は榛名山に行く。3連チャンだ。

【行程】2015年6月6日(土)
飯能駅(9:22)~奥武蔵自然歩道入口(9:56)~高麗峠(10:25三角点探索10:29)~満蔵寺(10:43)~高麗神社(11:26撮影11:43)~和食処「和」(11:52昼食12:30)~富士山分岐(13:07)~物見山(13:55休憩14:03)~高指山(14:35)~日和田山(14:49撮影14:55)~日和田山登山口(15:25)~巾着田管理事務所(16:06)~高麗駅(16:31)
※所要時間:7時間9分(歩行時間:6時間13分)
※登った山:4座(うち新規3座:高麗峠、高指山、日和田山)
※歩行距離:20.0km
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