山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

播州「鉄の旅」(1)

【2015年5月31日(日)】播州「鉄の旅」
前日の奈良出張から足をのばし、兵庫県明石市に来ている。
前夜は西明石駅前の西明石ホテルに宿泊した。
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この日は5時半に起床。
ホテルに併設されている料理店善坊で朝食。7時からということなので、7時ぴったりに出向く。
料理店らしく、しっかりとした和食だった。朝から、明石焼きもついていた。

トヨタレンタカー加古川駅北口店の予約は、開店時間の8時なのでゆっくり出ても間に合うが、ここでのんびりしている理由もない。
食べ終わったら、さっさと出発。
明石市の消火栓マンホールは明石大橋と、子午線(東経135度)の町であることを象徴する明石市立天文科学館のタワー。
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朝の西明石駅。
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7:22西明石発快速姫路行きに乗って、7:38加古川着。
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開店まで、あと20分ほどあるので、ここから枝分かれする加古川線を覗こうと思ったら、そちらのホームに行くには、ICカードが使えない改札を通らないといけなかったので、断念。
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そういうことなら、というわけで駅前を散策する。
まず南口。駅前の大きなショッピングセンターはヤマダ電機ならぬヤマトヤシキ。
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出入り口のすぐ近くに、古びた道しるべ。
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「西 姫路驛 四里五丁余」「南 西國街道播磨國 加古郡加古川驛」「東 明石驛 五里□□」とある。「北」面は記載がなかった。
「驛」とあるところをみると、鉄道が開通してから建立されたものだろうか。
それ以前ならふつう「宿」を使うであろう。

鉄道は明治21年(1888年)の開業ということである。
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加古川の流れをイメージして平成17年に新築された加古川駅。
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加古川市のマンホールはシンプルに市の花ツツジ。
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ペデストリアンデッキから眺めた加古川駅と駅前交番。
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ペディメントのある車寄せ風の入口はおそらく旧駅舎のイメージを残したものだろう。
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ここから駅舎を突っ切って、北口に出る。
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トヨタレンタカーの看板が視界に見えないので、スマホ検索で場所を確認。
加古川線の高架に沿って進む。
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8時5分前に店舗に着いたが、すでに先客がいた。
ちょっと待って手続し、8時すぎに出発。
すぐには北条鉄道に向かわず、まずは国鉄高砂線の廃線跡を訪ねる。

その前に、コレクションのひとつ市役所にご挨拶。
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人口26万人の町にしては、でかい。

高砂線は加古川駅と高砂駅を結ぶ延長8kmの路線で、1984年12月1日に廃止された。事前にネットで調べたところ駅の遺構は野口駅しか残っていないようなので、そこを目指す。
頼りは昭文社の「レールウェイマップル関西」。
別府川沿いを走っていると、古びた鉄橋を発見。
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これはまさに鉄道の遺構だと直感し、かたわらに車を止める。
現在は歩道になっているが、間違いなく廃線跡であった。
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その北側に、廃線跡を活用した遊歩道があり、これを市役所方面に歩いてみる。
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しかし野口駅があったと思しき場所には何もない。
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何も出てこないまま、さっき車の中から見た「松風こみち」の入口に出てしまった。
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説明を読んでみてびっくり。これは高砂線ではなく、別府鉄道の跡だった。
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別府鉄道はJR土山駅を起点として土山線と野口線があり、いずれも1986年2月1日に廃止されている。
思いがけなく別府鉄道の廃線跡を歩けたのはよかったが、では野口駅跡はいったいどこにあるのか。
マップルでは現在地よりもっと別府川に近い方なので、そちらの住宅街を歩くも、それらしきものが全く見当たらない。
諦めて車に戻り、もう一度マップルを確認する。
よくよく見ると、野口駅は別府川の向こう側のようだ。
な~んだと思い、車で川向うをあちこち走り回るも、やはり発見できず。
随分時間をロスしたが、こんな主目的以外のことで時間を食っているわけにはいかない。
潔く諦め、日岡駅に向かう。
(帰宅後、改めてネットを見てみたら、マップルの記載が完全に間違っていた)

加茂神社、泊神社を右手に見て、加古川沿いに出る。県道を北上。
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(JR加古川橋梁)

加古川線の加古川から1つ目の駅、日岡駅。
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ちょうど列車がやってきた。
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ここからすぐ近くにある日岡山公園に向かう。「登った山」を稼ぐためだ。
日岡山はなだらかな丘なので頂上がはっきりしているかどうか不安だったが、ナビに従い、頂上の印に一番近い道を車で登っていく。
どん詰まりに、OAAはりまハイツの駐車場があったので、そこに車を置かせてもらい、階段を登る。
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すると、30秒もかからずに頂上に着いてしまった。初の秒殺である。
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展望台があったので登ってみる。
ここにはもともと「聖徳閣」と呼ばれる展望施設があった。
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地元の企業「多木化学」の創業者・多木久米次郎が昭和11年(1936年)7月に建設したものだ。
多木化学は明治18年(1885年)の創業。日本で初めて人造肥料を開発した企業として知られる。
戦後、二代目の多木三良が加古川市に寄贈。昭和41年に聖徳閣の基礎を残して、現在のような文化教養施設に改修され、現在に至っている。

展望台からの眺めは確かに格別だ。
ただ、カメラのレンズにゴミが付いていたのか、見苦しいノイズがあって申し訳ない。
東方面。遠くに六甲の山々。
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右は雌岡(めっこ)山(249m)。
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神戸市北区の山々。シビレ山(465m)、丹生山(515m)、帝釈山(586m)あたりか。
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日岡山公園を見下ろす。
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はるか東南方向に淡路島。
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南西に加古川の中心街を望む。
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加古川の住宅街。
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西には加古川にかかる水道橋と右端は高御位山(300m)。
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北西に平荘湖と飯盛山(216m)。
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展望台には、おじさんは1人いたが、すぐに下りて行った。
こちらも、360度の展望を楽しんだので階段を下りる。

日岡山の頂上には、駐驛之所という大きな石碑が立っていた。
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明治天皇が明治36年(1903年)11月13日、この地で籠を留めた、つまり小休止した場所だとのこと。
山陽道からはかなり離れているので、景色を眺めにわざわざここに立ち寄ったのだろう。

その傍らには褶(比礼)墓の碑。
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碑文によると、播磨国で生まれた印南別嬢(稲日大郎媛=いなみのわきいらつめ)は景行天皇の皇后として何年かこの地で暮らしたが、没後、遺体を舟に乗せて加古川を渡る際、大きなつむじ風が吹いて転覆してしまった。
いくら探しても遺体は見つからず、やむなく身に付けていた匣(くしげ、はこ=化粧道具を入れる箱)と褶(ひれ、ひらみ=貴族が着用する肩かけ)だけが拾えたので、供養のため墓に納めた。
そこで、日岡山にある印南別嬢の墓を「褶墓」というと、播磨国風土記に記載があるらしい。

帰りは別の道で下ろうとしたら、目の前にその日岡御陵への道が出てきた。
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前方後円墳だそうである。

この陵墓は1996年4月24日に尋ねた記録が残っているが、景色には全く記憶にない。
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ほぼ20年ぶりの再訪だった。その時は日岡山の頂上には行っていない気がする。

山頂でもう1つ古墳を見つけた。日岡山20号墳。
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車に戻り、次の駅、神野駅へ。
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ここでトイレ休憩。

駅前から城山(85m)と中腹にある配水池が見えた。
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ここにも登ってみることにする。
城山への道はなんと工事中のため通行止め。
やむなく回り込んで、登山口を探す。
たまたまそれらしきものがすぐ見つかり、せまい路地の続く場所だったが、幸い車を置く場所もあったので、そこに止める。

登山口には、お地蔵様が祀られていた、
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さて、登山開始。
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案内板によると、ここは「じょうやま」「しろやま」ではなく「じょやま」と読むらしい。

(つづく)
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