山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

箱根・三国山(上)

【2014年12月22日(月)】箱根
前夜は小田原のホテルコミーに泊まった。
本日の予定は、芦の湯バス停から元箱根石仏群を見学して、お玉ヶ池、箱根旧街道経由で屏風山に登る。いったん芦ノ湖畔に下りて、箱根峠から芦ノ湖スカイラインに沿った稜線を長尾峠まで歩き、仙石原に下ってバスに乗るというもの。大変な長丁場だ。
5時過ぎに起床。6:15小田原駅東口発の始発バスに乗るべく、ホテルを5:50に出た。
まだ真っ暗。
コンビニで朝食(おにぎり2個)と昼食(パン2個)を買う。

バスには私も含め3人ほどが乗車。
函嶺洞門の老朽化に伴って開通したバイパスを通り、国道1号を登っていく。
今年6月の同窓会のあとの「修学旅行」で泊まった小涌園の横を通る。懐かしい。
箱根駅伝の練習をしている黒人選手がいた。どこの大学だろう。
下車した芦の湯バス停では、学生2人がタイムを測っていた。

7時前に着いて、バス停の中でまずは体操。
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バスの中で朝食を食べるのを忘れていたことに気づく。
付近の写真を撮ったり、体操したりしながら食べて、時間を節約。

7時すぎに出発。気温は-3℃。
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国道を歩くつもりだったが、遊歩道の入口がすぐあったので、そちらを歩く。
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10分ほどで、上二子山(1099m)への入口に出た。
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ここは登る予定ではなかったが、ゲートの横に通路があったので、出来心で行ってみることにした。
ずっと舗装道路。傾斜はかなり急だ。
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西には駒ヶ岳(1356m)が見えるが、頂上付近はまだガスが残っている。
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峠を越えると、芦ノ湖が眼前に広がった。
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まだ日陰だが、湖面がもう青い。

駒ヶ岳のガスもとれ、ロープウエーの山頂駅も見えてきた。
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巨大なアンテナはNTT東日本の双子無線中継所。
山の名前「二子」とは表記が異なる。

芦ノ湖の向こうは山伏峠(1035m)。
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三国山(1102m)の稜線の向こうに愛鷹山塊。
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天城山(1406m)。
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これは上二子山にある4つの顕著なピークのうちのひとつ。
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山頂のアンテナ群。
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最高地点は、このフェンス内にありそう。
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入れなかったが、ほぼ同じ高さまで行けたので、登頂と見なす。
1091mの三角点はNTTの敷地内にあるみたいだった。

一応満足して、来た道を引き返す。
南には大島や利島・新島が見えた。
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駒ヶ岳もすっかり明るくなった。
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縦の筋は、伊豆箱根鉄道駒ヶ岳ケーブルカーの廃線跡。
1957年に開業、2005年9月1日に廃止された。
ほとんど記憶が残っていないのだが、大学1年の秋(1981年)、自転車で箱根に来た時、このケーブルカーに乗っているようだ。

右奥は神山(1438m)。霧氷が山頂付近を白く染めている。
アップにしてみる。
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影二子。
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明神ヶ岳(1169m)の稜線の向こうは丹沢の峰々。
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左端が蛭ヶ岳(1673m)、中央右が丹沢山(1567m)。

塔ノ峰(566m)の向こうは塔ノ岳(1491m)。
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往復ほぼ1時間でゲートに戻ってきた。
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再び遊歩道を行くと、すぐに曽我兄弟の墓。
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右の五輪塔(虎御前の墓)には、永仁三年(1295年)に「地蔵講中」により建立されたとの銘があり、「地蔵講」の銘文が刻まれているものとしては最古の五輪塔だという。
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曽我兄弟、虎御前の墓というのは当然、伝説である。

ひとつぽつんとある摩崖仏。
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ここから道路の向こう側にある「二十五菩薩」に行くには地下道を通る。
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このトンネルはセンサーで電気がつくようになっており、びっくり。
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抜けると、「二十五菩薩」。これはめずらしい摩崖仏だ。
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阿弥陀如来1体、地蔵菩薩21体、供養菩薩1体の計23体が彫られており、銘文には永仁元年(1293年)と四年(1296年)の年紀が見られる。

間もなく、道の真ん中に巨大な宝篋印塔。
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高さ3.6m。北面には如来座像が彫られている。
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建立はこれも永仁四年で、基壇の三つの自然石は創建当初のものだという。
なぜか、多田満仲(源満仲:913~997年)の墓と近世以降言われている。

精進池が見えると、次の遺構。
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「応長地蔵」と呼ばれる摩崖仏。応長元年(1311年)七月八日の銘がある。
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この地域には、身内の不幸に際し、この地蔵の前で送り火を焚き、精進池のほとりで花や線香をあげ、霊を送る「浜送り」という習慣があった。
このため、この摩崖仏は「火焚地蔵」とも呼ばれたという。

こちらは宝篋印塔の残欠。俗称は「八百比丘尼の墓」。
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観応元年(1350年)の銘がある。なぜ「八百比丘尼」なのかは謎だ。

駒ヶ岳を背景にした精進池。
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池畔にある石仏・石塔群保存整備記念館は午前9時からの開館と書いてあったが、8:45現在、職員はまだ出勤していなかった。
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もう一度、地下道をくぐって、六道地蔵へ。
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高さ3.2mの地蔵菩薩座像(摩崖仏)だが覆屋で保護されており、見学できなかった。
正安元年(1299年)の銘があるという。

仕方ないので、周辺の石仏・石碑などを撮影。
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この周辺にこうした鎌倉時代の遺構が多いのは、やはりここが箱根越えの要衝にあったことと無関係ではないだろう。

すぐ先の分岐からお玉ヶ池に向かう。
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地形図には掲載されていない道だ。
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少しだけ登って、あとはかなり下る。
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分岐から20分ほどで、お玉ヶ池が見えてきた。
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何羽かのサギが池で羽を休めていた。
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池の名前の悲しい由来を読み、実話と知って驚いた。
伊豆大瀬村・太郎兵衛の娘お玉は奉公のため江戸に上っていた。しかし、そのつらさに耐えかねて、新田嶋にあった奉公先から逃げ出し、国元に帰ろうとした。もちろん、通行手形など持っていない。
元禄十五年(1702年)二月十日、箱根山に差し掛かったお玉は夜陰に乗じて、裏山を抜けようとしたが、関所破りを防ぐための木柵を越えることができず、とうとう捕らえられてしまった。関所破りの罪は死刑。お玉は、同年閏四月二十七日に屏風山の入口付近で処刑された。
その首をこの池で洗ったことから、この池をお玉ヶ池と呼ぶようになったという。
政治的背景もないことだし、越えられなかったのだから未遂である。
何も処刑までしなくてもと思うが、今となっては手を合わせるしかない。

それにしても、この池は実に美しい。何枚も写真を撮ってしまった。
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背景の山は駒ヶ岳や上二子山。

立派な石碑も立っていた。
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上二子山の往復で時間を食ったので、旧街道は省略しようと思ったが、地形図に記述がある碑を探して、かなり西へ歩き、旧街道の入口に近づいてしまったので、結局は旧街道も歩くことにした。
現在地の「箱根の森」から直接、旧街道に行けることも分かったが、碑を求めてあえて遠回り。

旧街道入口付近のお玉観音前からは、上二子山と下二子山(1065m)が本当に二子のように見えた。
上二子山自体も双子みたい。
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下二子山も同様。
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二つ並ぶと四つ子のよう。
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お玉観音は、箱根で遭難、病死した人や芦ノ湖で水死した人の亡骸数十体をまとめて、箱根町・興福院が供養したものだそうだ。
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旧街道の入口で、単独男性に抜かれる。
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こんなシーズンオフの平日に1人で来ている人が他にもいることに、びっくり。

石畳は立派に残っているところもあるが、これはたぶん現代の整備によるものだろう。
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箱根越えの道は、延宝八年(1680年)に石畳が敷かれ、文久二年(1863年)に14代将軍家茂が上洛する際、全面的に改修されたという。
石畳は土砂の流出や、路面がぐちゃぐちゃになることは防げたかもしれないが、実に歩きにくい。昔の人はこんな道を歩いていたのだから、偉いと思う。
昭和35年に国の史跡に指定されている。

街道では、あちこちの坂に名前がついていたようで、その表示が何か所かあった。
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左の並木がある土手も、人工的に築かれたものだそうだ。
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当時は平均2間(3.6m)の幅の道の中央1間(1.8m)に石畳が敷かれた。
現在、この付近には約1kmの石畳が現存しているという。

県道を横断して、再び旧街道へ。
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こちらはほとんど石畳がない。
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県道から7分ほどで甘酒茶屋に出た。
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そばでも食べたい気もしたが、まだ早い。

ここから県道を少しお玉ヶ池方面に戻ったところに、屏風山(948m)への入口があるはずだが、見つからない。地形図や登山地図の表記が微妙なのだ。
少し戻って、採石場のようなところに通じる道に入ってみたが、山の神があるだけで、道はない。
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行ったり来たりしても時間を無駄にするだけなので、茶屋で聞いてみると、200mほど西に行ったところにあるという。
さっき、もう少し我慢して進めばよかった。本当にすぐだった。
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屏風山の登りは樹林の中の暗い道。
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案内板はこんなに苔むしているが、意外に歩かれているように見える。
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途中で暑くなり、ダウンからレインウエアに着替えた。

(つづく)
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