山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

大山三峰(下)

【2014年12月13日(土)】大山三峰
三峰山(935m)から沢に下る坂はジグザグの歩きやすい道だ。
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ただ倒木も多く、崩落箇所もたくさんあった。
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わりと崩れやすい地形なのかもしれない。
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尾根から20分かけて沢まで下りてきた。
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途中、古い石積みの砂防ダムがたくさんある。
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ここはやはり古くから崩落が激しかったところなのだろう。

徒渉も何度かする。
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小さな滝も通過。
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沢に下りてから不動尻までが、また長い。
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1か所だけクサリがあり、そこの水場で水を補給。
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不動尻には沢に下りてきてから、さらに30分近くかかった。
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簡易トイレがあったが、お世話になることもなく通過。
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ここからしばらく車道歩きなので、すこしホッとする。
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廃道の写真を撮っていたら、足の速い青年が抜かして行った。
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この先、長い林道トンネルを通らなければならず、ザックの中からヘッドライトを出すのが面倒だなあと思っていたら、手前に直接、鐘ヶ嶽(561m)に通じる登山道が分岐していて、ラッキー。
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登山地図にはないが、地形図には書かれている道なので、躊躇なく入っていく。
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途中、小規模な石積みの砂防ダムがあり、不思議に思ったが、道が比較的ひろく、傾斜もゆるやかなので、合点がいった。
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これは古くからの生活道路で、それを守るための砂防ダムなのだろう。
つまり、この道は尾根に乗ったところが峠で、そこから下に下る道があるはずだ。

着いてみると予想通り。
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ここは厚木や横浜方面の眺望がよい。
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久々に電波も通じたので、留守電などをチェックしがてら、10分ほど休憩。
修理に出していた靴が納品されたと、好日山荘からの電話だった。
テルモスのお湯が熱ければ、ここでココアを飲みたかったが、もうぬるくなっていたので止めた。

わりとなだらかな道を鐘ヶ嶽の山頂に向かう。
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少し歩くと、三峰山も振り返ることができた。
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尾根に乗ると、倒れた古いシカ柵の続く樹林帯。
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鐘ヶ嶽山頂には峠から20分ほどで到着した。
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わ、人がいる、と思ったら、仏様の立像の後ろ姿だった。びっくりした。
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これは、不動尊で、小さい方の風化・損傷が激しいため、明治15年(1882年)に大きい方を新たに作ったのだそうだ。

頂上直下に浅間神社があった。
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参拝して、これまでの無事を謝し、下山の安全を祈る。

ここも眺望抜群だ。
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東京の都心部。
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横浜。ランドマークタワーや東京湾が見える。
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階段を下りると、鳥居がある。
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その横にあった石像に目がくぎ付けになった。
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どうやら軍人のようで、右手に持った籏のようなものには、小嶋勇の名が刻まれている。
帰宅後、ネットで検索してみると、少なからぬハイカーがこの像に興味を持ったようだ。
でも「気持ち悪い」とかそんな反応ばかりで、これが何であるのかを明らかにした記述は見当たらなかった。
ならば、ということで少し調べてみた。
手がかりは、建立されたのが昭和5年3月26日、奉納したのは市川市真間の小島ユウ、彫り師は地元七沢の北原福次、ということ。
台座に草書で何か書かれていたが、判読できなかった。

民俗学に造詣の深い友人に写真を見せたところ、日露戦争で亡くなった人のために当時、作成された「英霊人形」に似ているという。
(英霊)
この写真は、岐阜県美濃市の小倉山善光寺英霊堂に収められている英霊人形。
戦没者の写真をもとにかなり精巧に作られた、身の丈65cmほどの木像で、ここには95体が安置されている。名古屋のからくり人形師、6代目玉屋庄兵衛(1860~1930年)の作という。
いわゆる「英霊人形」はこのほか、静岡県岡部町の常昌院(別名:兵隊寺)や北海道江別市の天徳寺など全国4か所で確認されている。
ほかが全て、戦没者の像が日露戦争直後に作成されたものであるのに対し、北海道北見市・信善光寺の「屯田兵人形」75体は日露戦争から無事帰還した兵士の像で、昭和8~11年に製作されたもののようである。

ここ浅間神社の石像は、少し子供っぽくデフォルメされており、それほど写実的ではないし、そもそも木像ではない。
「英霊人形」の分布は今のところ東海と北海道に限られており、そこからもはずれている。
何らかの関係はありそうだが、直接結びつけるには躊躇を覚える。

では、軍人の石像を奉納した例はあるのか。
厚木市郷土資料館のご教示を得て調べてみたところ、名古屋市の月ヶ丘旧軍人墓地にコンクリート像だが、あった。
(軍人)
現在は愛知県南知多町の中之院に移されているが、現在も92体残っている。
昭和12年(1937年)の上海事変で戦病死した名古屋第三師団歩兵六聯隊の軍人たちだそうだ。
作者は、コンクリート石像作家の浅野祥雲(1891~1978年)。
こうした軍人像は他でも作られたようだが、進駐軍の命により取り壊されたケースが多いという。

ただ、これらにしても浅間神社の事例とは時代が異なるので、直接的な関係があるのかどうかは不明だ。
ここの例は、軍服が日露戦争時のものに似ていることと、昭和5年が日露戦争25年に当たることから、小嶋勇さんは日露戦争で亡くなった人であり、没後25年を期して、追悼のため石像を奉納したと考えて間違いなかろう。
類例はまだあるのかもしれないが、極めて珍しいものであることには違いない。

個人的には、鐘ヶ嶽を信仰する富士講が千葉県まで広がっており、昭和初期になってもその名残があったことを示すものではないかと想像していたが、「郷土神奈川」第52号掲載の大野一郎「富士塚と富士講―鐘ヶ嶽と富士信仰をめぐって―」によれば、浅間神社に丁目石を奉納した講は、川崎宿、神奈川宿、藤沢宿、小田原宿など近隣に限られている。

大野氏にご教示を願ったところ、「ふもとに小島姓の家があり、市川に引っ越した親戚がいたのではないか」ということであった。

現地で撮影した写真を整理していると、昭和52年に石段を補修工事した際の記念碑があったが、それに興味深い記述があった。こう書いてある。
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「…参道階段ガ幾星霜ヲ経テ破損乱雑トナリ昇降困難ヲ極メタ為メ七澤氏子並ビニ千葉県市川市ノ信者小島氏一族ノ協賛ヲ仰ギ地元石工ノ施工ニ依リ補修工事完遂…」
さらに、協賛者名として、「小島照男」「小島達徳」の名があり、石工の中には「北原照治」「北原実」の名があった。
小島氏は「氏子」ではなく「信者」として別格(別枠?)扱いである。
単に引っ越してしまったため、「氏子」から「信者」になったのかどうかは分からないが、近年に至っても、小島氏が七沢浅間神社にとって特別な地位にあることは間違いない。

ぜひ、小島家の方に会って、勇さんのことを聞いてみたいが、一介の登山者では相手にされまい。
調査はとりあえず、ここまでに留めておく。

さあ、前に進もう。
先にご案内の通り、しばらくは切石の階段が続く。
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そして目立つのが、丁目石。
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近郊の富士講が建立したもので、28丁目からふもとの1丁目まで続いている(24丁目のみ消失)。
多くは文久四年(1864年)に建立されたものだ。
講の所在地は、大和、厚木、大磯、綾瀬、伊勢原、藤沢、横浜など神奈川県内が中心で、一部に八王子もあった。

石段を過ぎると、なだらかな落ち葉の道。
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22丁目は岩場になっており、海側の展望が開けた。
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21丁目の手前では山側。高取山(522m)の採石場。
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経ヶ岳(左、633m)と華厳山(右、602m)。
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20丁目の下には、巨石を削った階段。
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かつてはあの高さまで土があったのだろうか。

さらに下ると、掘れた道も出てくる。
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15丁目は石仏とセット。
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それにしてもこの下りは長い。
地形図に広沢寺温泉に直接下りる道が記されており、ショートカットしたかったが、現地でそれらしき分岐は見つけられなかった。

丁目石は9丁目からは頂上に石仏をのせたものとなる。
これは八幡大菩薩。
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8丁目は不動尊。
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引き続き、続々と。
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3丁目を過ぎたところで、動物除けゲートを通過。
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結局、1丁目のある登山口まで下りてきてしまった。
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最後は暗い植林の道だった。
途中、単独男性とすれ違ったが、普通のハイカーではなかった。巡回だろうか。

入口の案内板によると、鐘ヶ嶽の名の由来は、そのむかし竜宮から上げた鐘をこの山に収めたからという説があるほか、戦国時代に上杉定正の居城となった七沢城への合図のための鐘が置かれたためとも言われている。

里に下りてきたところで、近くのかぶと湯温泉・山水楼に電話をしたが、本日の日帰り入浴は終了したとのこと。
ならばと、バス停に近い七沢荘に電話したらOKとのことなので、そこを目指す。
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あたりはすっかり夕暮れの雰囲気。
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広沢寺温泉入口バス停の時刻表を確認して、15分ほどで七沢荘に到着。
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(ス940)
なんか怪しげなパワースポット宣伝しているようなところだ。
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中に入ると、足湯。
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のれんをくぐって、脱衣所へ。
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この先は撮影禁止。日帰り温泉でこの表示があったのは初めてだ。
できても、人が多すぎで撮れなかったが。

湯はつるつるで、美肌の湯全国ナンバーナインの1つとのことだが、すこしぬるいのが玉にきず。あたたまるのに時間がかかったし、浴室があばらやなので気温が低く、体を洗っている時は寒くてたまらなかった。

バスの時間ぎりぎりになってしまったので、あわててバス停へ。
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数分で来た。
16:41発。厚木市街で少々渋滞したようで(寝ていた)、本厚木駅に着いたのは17:30すぎ。

お腹が空いたので、どっか適当な店を探す。
駅北口に「ホンアツ餃子」というのがあったので、そこに入る。
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お通しと、ホンアツ餃子200円。生ビールで1人打ち上げ。
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ソース焼きそば380円で満腹。
新所沢のことを「しんとこ」と言うが、本厚木のことは「ほんあつ」と言うことを知る。

18:25発の特急はこね38号に乗り、20:30頃帰宅した。
鐘ヶ嶽の「英霊人形」に妙にそそられた山行だった。

【行程】2014年12月13日(土)
土山峠(8:45)~503m標高点(9:14)~辺室山(9:43)~物見峠(10:25)~北峰(11:27)~三峰山(11:50昼食12:15)~不動尻(13:25)~鐘ヶ嶽入口(13:43)~山神隧道上(13:53休憩14:02)~鐘ヶ嶽(14:21撮影14:23)~浅間神社(14:26撮影14:32)~鐘ヶ嶽登山口(15:19)~七沢荘(15:39)
※所要時間:6時間54分(歩行時間:6時間12分)コースタイム:6時間45分
※登った山:4座(辺室山、三峰山、七沢山、鐘ヶ嶽)
※歩行距離:13.0km

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