山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

沼津アルプス(中)

【2014年2月22日(土)】沼津アルプス
大平山(おおべらやま、356m)の先からが本当の沼津アルプス。
さすがに人通りが多い。
急坂を5分ほど下ると多比口峠。標高は250mほど。
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ここも、おそらく昔の生活道路だ。

この先の登りはごつごつした礫岩の岩場。
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木の根も激しい。
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でも、だいぶ天気がよくなってきた。
あれが目指す鷲頭山(392m)の頂上だ。

途中、地面にメダルのようなものが目に入り、拾ってみると、使い込んだ10円玉のように変色した500円玉だった。これはラッキー。
今までで拾ったお金の最高記録だ。
しかし、あまり汚れていて、自販機は受け付けてくれなかった。とほほ。

こんな岩を穿った階段も。
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多比峠を過ぎると、最後の登り。
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振り返ると大平山が見える。
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やはり、なかなか鋭角な山だ。

日守山(192m)はあんなに遠くなった。
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大平山から45分ほどで、鷲頭山に到着。12:27。
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灯籠に迎えられる。山頂には鷲頭神社が祀られているのだ。
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これが沼津アルプスお馴染みの標識。
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あちらは西伊豆の達磨山(982m)方面。
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駿河湾の沼津の海岸。
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西伊豆の北西端、大瀬崎。
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頂上でくつろぐハイカーたち。
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中央の白い建物はたぶん伊豆スカイラインの十国峠(771m)。
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10分ほど休んで、出発。
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雪が残るのは、このあたりくらい。

下りはまたまたかなり急で、おおげさなロープが張り巡らされている。
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ここが平重衡終焉の地だそうだ。
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ほんの少し登り返すと小鷲頭山(330m)。
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これは地形図にも登山地図にも掲載されていない山で、得した気分。

北西の方角に海が見える。
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緑の帯は御用邸記念公園、その左奥に牛臥山(51m)、狩野川河口、沼津港。
写真だけ撮って通過。

ここからまたまたロープ付きの激しい下り。
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ついロープに頼ってスリップ。ロープにしがみついたら、揺れて後頭部を木にぶつけてしまった。いてて。
このロープの張り方は危ないと思う。
自分が転んだのとは関係ないが、延々とつながっているので、他の人がつかまっていると、その震動が伝わって自分の方が不安定になりかねない。
今まで、そんな事故は起きていないのだろうか。

北東の方角の視界が開けた。
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この小山の並びがかわいい。

尾根を回り込むと中将岩と呼ばれる場所に着く。
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平清盛の五男、重衡の遺跡である。重衡は本三位中将の官位があった。
一ノ谷の戦い(1184年)に敗れた重衡は、源氏方の伊豆・土肥実平に預けられていたが、いよいよ処分が決まることを知って、逃走。
ここ鷲頭山の洞窟に身を潜めていたが、ついに追っ手に囲まれ、先程の終焉の地にて自害して果てた。
この洞窟はその時隠れ住んでいた場所で、近在の人が「中将さん」と呼んで、慰霊を続けてきたという。1679年には阿弥陀仏が安置された。
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これは、大正天皇が皇太子の頃、お手植えされた松があったという場所。
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平家というのはなぜか、庶民にも天皇家にも愛されたようだ。

ここからわずかに下ると志下峠(約165m)に至る。
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ここには、ぼたもち岩なる巨大な礫岩がある。
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名前の由来の説明はなかったが、おそらく中将さんがここで住民からこっそり、ぼたもちをもらった場所なのだろう。

ここで大勢の団体さんが休憩を終えて、まさに出発せんとしていたので、あわてて抜かして先を行く。
植生は奥多摩あたりと違って、暖帯林だ。
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峠から8分ほど登ると、き★らら展望台。
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何が見えるかというと、駿河湾と西伊豆の山並み。
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振り返ると、鷲頭(左)と小鷲頭(右)が双耳峰のように見える。
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2分で馬込峠。
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しばらくはなだらかな道。
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次の展望台は「奥駿河パノラマ台」。
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そうか、沼津はまだ伊豆ではないんだ。京から見て、駿河の奥ということになるわけだ。
見えるのは、志下の集落と港に浮かぶ瓜島。

鷲頭山がかっこいい。
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知らぬ間に志下山(214m)。これまた得した気分。
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さざなみ展望台なる看板も。
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ここでも、何人かのハイカーが眺めを楽しんでいた。
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少し歩くと、さらに景色のいい場所に。
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3つ目の写真は沼津市街。

志下坂峠(約180m)まで下りてきた。
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正面に見える、まあるいお山をなぜか徳倉山だと勘違いし、急坂をえっちら登る。
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千金岩を通過。
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内浦湾と江浦湾を隔てる淡島も見えた。
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登り切って、そろそろ山頂かと思ったが、なんと道はピークの左を巻いていく。
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あれれと思って、よく地図を見たら、徳倉山はまだはるか先だった。

馬頭観音を過ぎて
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しばらく平らな道を行く。
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暖かい土地には、こんな気味の悪い木が生える。
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こんなのとか。
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戦時中の対空壕を通過。
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この標識は「敗残兵 84才」の手になるもの。

おお、あれこそが徳倉山。
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最後の登りの手前にあるのが、香貫台分岐。
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この登りにも、立派なロープが張ってあった。
このロープに小さな男の子(2歳くらいかな)がつかまって、ゆっくり登っている。
連れは大人の男2人。
私がつかまると、あの子が転んでしまいそうで、手を出さなかった。
上から下りてくる人がつかまらないよう、見張りながら登ったが、幸い誰も来なかった。

徳倉山(256m)には2時前に到着。
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沼津アルプスは皇太子さまが9日前(2月13日)に登ったばかり。大雪の前日だ。
新聞には、ここ徳倉山で記念撮影した写真が載っていた。
「一度登ってみたかった沼津アルプスに登ることをとてもうれしく思っています。登山道が変化に富んでいて、学校のチャイムなどが聞こえ、街に近い印象を持ちました。高い山とはまた違ったおもしろさがあると感じました」と感想を述べていらっしゃる。
確かに、学校のグラウンドから子供たちの歓声がはっきりと登山道まで聞こえてきた。

北には愛鷹山がくっきりと見えてきた。
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その手前は本日最後の山、香貫山である。

ここの下りもかなり激しい。
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皇太子さまが「変化に富んでいる」とおっしゃったのもよく分かる。

途中、このあたりで、高齢者の団体さんに追いつく。
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最後尾のおじさんに「特急が行きます」と言って、道を譲られた。
この言葉を聞くのは、火打山以来。実に不愉快だ。
何も言わず、足早に通り過ぎたが、「そういう言い方止めてください」と、とっさに言えなかった自分にも腹が立った。
昔はお互い笑いながら使っていた言葉なのだろうけど。
しかし、私は見ず知らずの人を「もの」扱いする言葉は投げないなあ。

もんもんと歩いているうちに横山峠(約80m)に到着。
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この切通の感じは、当然かつての生活道路である。
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こんな石碑があるのだから間違いない。

この東すぐ下に沼津商業高校がある。
地形図をよく見ると、このあたり沼津アルプスのふもとには多くの学校がへばりついていることがよく分かる。
皇太子さまが学校のチャイムを聞いたのも、むべなるかなである。

(つづく)

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