山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

秋山郷

7月19日、秋山郷に出張を入れた。
20年ほど前に2年間、長野に勤務していたことがあるが、当時も行ったことがなかった。
ずっと気になっていたので、飯山線乗り鉄と苗場山登山を兼ねて、行くことにした。

飯山線については、一昨年秋、十日町に出張を作り、長野の友人に会うオプションも付けて乗りつぶしを目論んだのだが、集中豪雨のため十日町~森宮野原間が不通となっており、この区間だけ乗り残していた。

秋山郷に行くには、森宮野原の手前(十日町寄り)にある津南で下りる方が便利なのだが、それだと、津南~森宮野原間をまた乗り残してしまう。
森宮野原まで行って津南まで3駅引き返すことも考えたが、本数が少ない区間だけに時間的ロスが大きすぎる。
結論としては、森宮野原からタクシーに乗ることにした。答えは単純だった。

何しろ、津南駅は新潟県津南町。森宮野原駅は長野県栄村。
私の目指す秋山郷の小赤沢集落は長野県栄村だから、それでいいのだ。
会社の経理もごく自然に受け取ってくれるだろう。

出発は18日夜。会社が引けてから、東京20:12発の上越新幹線とき347号で、越後湯沢を目指す。
この日は駅前の安宿に宿泊。でも当然温泉付きだ。
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翌朝、7:13越後湯沢発長岡行き普通列車に乗り込む。
平日だけあって、高校生で満員だ。
六日町で下車して、5分の待ち合わせで北越急行ほくほく線に乗り換え。
7:38発の直江津行き。
明るい時間帯に、ほくほく線に乗るのは初めてだ。
とは言っても、六日町~十日町間はほとんどがトンネルなのである。

7:53、十日町着。
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ここでも乗り込む高校生でごったがえしている。

こちらは再びJRの飯山線に乗り換える。
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8:28発戸狩野沢温泉行きの発車まで、待ち合わせ時間は30分以上ある。
それまで、駅でかき集めた観光パンフなどを眺めていた。

越後田沢を過ぎると右手車窓に信濃川が見えてくる。
写真を何枚か撮ったのだが、カメラのトラブルで何も写っていなかった。しょぼん。
森宮野原駅には9:06に到着。
タクシーはあらかじめ呼んであったので、すぐに乗れた。

ここから栄村秋山支所のある小赤沢集落までは、国道117号を津南まで戻って、405号を北上する道と、いきなり山へ入っていく道があるが、せっかくなので山道の方でお願いする。
運転手さんも、このルートで秋山郷に入ったことはほとんどないと話していた。
ただ、この道は秋になると、紅葉がものすごくきれいで、全国の紅葉の名所など目じゃないと豪語していた。

タクシー代8000円かけて、秋山支所に到着。
ここは、民俗資料室と観光案内所を兼ねており、秋山郷総合センター「とねんぼ」と呼ばれている。
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「とねんぼ」とは、「ものとものが一つに溶け合い、ねばりつく様」を表す、この地の方言だそうだ。

今回、秋山郷に来たのは江戸時代に飢饉で全滅した村々の跡を訪ねるためだ。
村商工観光課のFさんに案内してもらった。
最初に訪ねたのは、集落からほど近い甘酒村跡。
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今は田んぼになっているが、ここには天保年間まで、2戸だけの甘酒村があった。

村のあちこちに当時の墓や石仏などが散在して残っていたのを、昭和59年に小赤沢地区の方々が1か所にまとめて、万霊供養塔を建てたそうだ。
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「北越雪譜」で有名な江戸後期の文人・鈴木牧之が、文政11年(1828年)9月に秋山郷を訪ね、甘酒村にも立ち寄った。
その時、牧之は村の女性から「天明の飢饉(1783年)で、大秋山村は全滅してしまったが、わが村は何とか凌いだ。だから、今は食べ物に苦労はしていない」と。
しかし、そのわずか5年後に、甘酒村も飢饉のため死に絶えてしまった。

Fさんが地元の古老から聞いた話として、「半分のあっぽ」という言い伝えを教えてくれた。
食べ物がなく、困り果てた両親は、隣村からやっと分けてもらった、郷土食のあっぽ(あんぼ)を子供2人に半分ずつ与え、1人にはその代わり、この穴に入りなさいと言い聞かせ、生き埋めにした。このままでは一家全滅、子供1人だけでも救うための苦渋の選択だった。それでも家族全員死んでしまった……と。

切ない話である。当時、秋山郷では寒冷地のため稲作は行われていなかった。
コメ作りが始まったのは、やっと明治8年からのことだという。

次に、秋山郷に唯一残る江戸時代の保存民家を案内してもらった。
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江戸時代中期の築と伝わり、豪雪地帯特有の中門づくりとなっている。

小赤沢地区は、福原姓と山田姓がほとんどで、これはそのうち福原家の総本家の住宅だった。
中には民俗資料や飢饉の際の記録の写真などが展示されていた。
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近くには、こんな美しい田んぼが。
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これは、甘酒村の神様を移した十二社。
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9月には、亡くなった方々の供養を毎年行っているという。

さて、次は大秋山村跡。小赤沢集落の一つ奥にある屋敷集落に近い。
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大秋山村は、秋山郷で最も早く人が住み着いた場所と言われている。
平家の落人というから、12世紀末から続いていた村だ。
それが、前述の通り、天明3年(1783年)の飢饉で、8軒すべての家が滅びてしまった。
鈴木牧之は「北越雪譜」の中で、こう記している。

信濃と越後の国境に秋山といふ処あり、大秋山村といふを根元として十五ヶ村なべて秋山とよぶ也。(中略)大秋山村 人家八軒ありて此地根元の村にて相伝の武器など持しものもありしが、天明卯年の凶年に代(しろ)なしてかてにかえ、猶たらずして一村のこらず餓死して今は草原の地となりしときけり。

甘酒村と同様、墓石や石仏、万年堂など20基が1か所に集められている。
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大秋山村は屋敷村の先祖の村だったので、屋敷地区の住民が、毎年8月15日に供養を行っている。

こちらは大秋山村と同じ年に全滅した矢櫃村の跡。
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みな地域の人々によって大切にされている。

矢櫃村跡へ行く道からは、小赤沢集落が一望できる。
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雲の中に隠れているのが苗場山。明日は晴れるだろうか。

この後、「あんぼ」を見たいと所望したら、さらに奥の上野原地区にある観光施設「のよさの里 牧之の宿」に連れていってくれた。 
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肝心の「あんぼ」の写真を撮るのを忘れてしまったけど。

秋山木工の前で車から下ろしてもらい、お昼にする。
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木工製品を製作販売している店だが、食堂も兼ねている。

そして、なんと今夜泊まる予定の民宿苗場荘と経営が同じだそうだ。
夜と食事がかぶらないように、ここでは山菜そばをいただく。
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まだ時間が早いので、さっき車で通過した屋敷地区に戻って、集落を散策することにする。
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屋敷地区は鳥甲山の登山口でもあり、ちょっと偵察の意味もある。

信州側の秋山郷唯一の小学校、秋山小は屋敷地区にある。
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左の白い建物がそう。川を挟んで向かい側は屋敷温泉の旅館や民宿。

集落の背後には巨大な柱状節理の布岩が望める。
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深い谷を刻む中津川。
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仲良く並ぶ観音堂と薬師堂。
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その観音堂あたりから見た屋敷集落。
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実に美しい。

鳥甲山登山の基地になりそうな民宿布岩荘。
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バスは1日5往復。
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津南方面のバスの最終が16:25なので、登山に使えないことはない。

回り込んでみた屋敷集落。
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晴れてきたら、苗場山の前山、檜ノ塔(1882m)が姿を現した。
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村の鎮守? 十二社。
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墓地に並ぶ石仏。
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そして今夜の宿がある小赤沢地区に戻ってきた。
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ここには民宿がたくさん。
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ほとんどが苗場山登山の方々だそう。私もその1人だ。

急な斜面にへばりつくように民家が並ぶ。
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わずかな平地には田んぼ。

集落を1周して、午後4時前に宿に到着。
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苗場荘は、鈴木牧之が秋山紀行の際に泊まった家で、当時の骨組みが今も残っている。
それが理由で、この宿に決めたのだ。

この日の宿泊客は私だけ。20畳ほどもある部屋に1人。
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なんだか落ち着かない。

まだ日も高いので、赤い温泉として知られる「楽養館」に出かける。
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小赤沢の地名も、鉄分の濃い水の色に由来するのだろう。
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温泉そのものの写真も撮ったのだが、これもカメラトラブルで消滅。お見せできないのが残念。
湯加減はばっちり。ゆったりと休んで、まだ雲の中に隠れている鳥甲山を望み、宿に戻った。

楽しみだった食事もまた豪勢。
これまた写真が消滅してしまったのだが、熊鍋や岩魚の塩焼きなど、どれもおいしかったが、全部はとても食べきれなかった。

明日の苗場山登山に備えて、早めに就寝。
秋山郷の夜はふけていった。
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