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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

千歳線旧線

【2020年5月2日(土)】千歳線旧線
4月23日、とうとう勤め先から禁足令が出てしまった。
GW中は特別な事情がない限り、管内から出るなというのである。
管内とは、石狩振興局のエリア内のこと。小樽にすら行くことは許されない。
実は、4月26日は狭薄山(1296m)のガイドツアーを予約していた。
この山は札幌市内にあり、「管内」だから問題ないと考えていたのだが、そう単純な話でもない。
もし、何かあって(しばらく連絡がとれなかった、みたいな軽微なケースでも)、「どこに行っていたんだ?」ということになった場合、たとえ管内であっても、さすがに山となると「非常識」のそしりを免れない。
しかも、この日の予報は曇り時々雨。
山は雪が降っている可能性が高い。
前回示した山に登れるケースの条件に照らしても、NGということになる。
よって、残念ながらキャンセルせざるをえなかった。

その後も、北海道内の新型コロナ感染者数はなかなか減少傾向を見せず、鈴木知事と秋元・札幌市長は共同で、「札幌市民は家にいること」などと道民に呼びかける事態になってしまった。
これはもちろん、散歩や買い物にも出るなという意味ではない。
私もなるべく家にいることにして、外出は2割以内に収めることにした。
というわけで、GW後半初日の5月2日は、その2割の一部を使って千歳線旧線の跡をたどることに決定。
旧東札幌駅から北広島駅までの約20kmは歩行者と自転車の専用道路として整備されているので、足は自転車である。

千歳線は1926年(大正15年)8月21日、北海道鉄道札幌線として開業した。
現在は北海道の大動脈としての地位を確立している路線だが、しばらくは、一ローカル線に過ぎなかった。
しかし、室蘭本線が改良されるなどして、1961年に室蘭本線・千歳線経由の特急おおぞらの運行が始まると、徐々に「海線」の比重が高くなっていった。
このため、急カーブや急勾配、踏切の多かった苗穂~北広島間(19.6km)が付け替えられることになり、1973年(昭和48年)9月9日に現行の新線に移行した。
白石駅から東札幌駅を経て月寒駅までは、函館本線の支線として貨物列車の運行は継続されたが、うち東札幌~月寒間は1976年(昭和51年)10月1日に、白石~東札幌間も1986年(昭和61年)11月1日に廃止された。
鉄道にあまり興味のなかった私は、札幌市内に住んでいながら、こうした経緯を全く知らなかった。
東札幌とか月寒といった駅があることすら知らなかったし、千歳線に旧線時代があったことを知ったのも、恥ずかしながらごく最近のことである。

とにかく、廃線跡がそのまま「歩行者・自転車専用道路」になっているというのは、ありがたい。
今回は、廃止になった東札幌、月寒、大谷地、上野幌(旧駅)4駅の位置を確認するのも大きな目的である。
札幌市内から出てはいけないので、北広島まで走り切るつもりはない。
なので、ゆっくり朝食を食べて、11時過ぎに家を出発した。

この日は朝方、雨が降っていたが、もうすっかり晴れ上がっている。
最高気温は23℃になる予報で、この時点ですでに21℃まで上昇していた。
これなら薄手の長袖シャツだけで十分。
日焼け防止のため、帽子をかぶって出かけた。

まずは中島公園を突っ切る。
もうサクラが八分咲きくらいだ。今日は暖かいので一気に開くだろう。
ごったがえすほどでは全然ないが、結構散策している人は多い。
皆さん、家になどいられないのだろう。
南大橋で豊平川を渡り、国道36号を横断。
道道3号線に出て、白石警察署の前をすこし南東に進むと、左に巨大なショッピングセンターが見えてくる(自宅から3.5km)。
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この「ラソラ札幌」が立地しているあたりが、東札幌駅の構内跡である。
東札幌駅(ネットより)
1997年に発行された宮脇俊三編著「鉄道廃線跡を歩くⅣ」(JTB)の記事では、東札幌駅跡は「広大な空き地」となっていたが(おそらく1996年頃の取材)、すっかり再開発されて様変わりしてしまった。

向かいのコンビニに立ち寄って、ドリンクを購入。
早速、北広島方面に向かって走り出す。
CIMG0159_202005031717416b1.jpg

この専用道路「白石こころーど」は、正式には「道道札幌恵庭自転車道線」といい、通称「白石サイクリングロード」と呼ばれていた。
開通当初から歩行者も通行できる道として整備されたのだが、自転車優先の印象を与えるこの名称を変更するため、白石区が新しい愛称を募集。
「白石こころーど」という名称が2015年に決まったそうである。
CIMG9341_20200503171506243.jpg

普通のサイクリングロードより広く、両側2車線に近い幅員がある。
ただ、驚いたのが、歩行者が右側通行、自転車が左側通行になっていることだ。
交通法規に照らせば、それは正しいのだが、片側1車線ほどの幅があるとはいえ、その幅の中で歩行者と自転車が対面通行するのは、非常に走りにくい。
CIMG0161_20200503171744346.jpg

歩行者としても、前からどんどん自転車が来るのだから、ちょっと怖いのではないか。
もちろん、対面にした方が、自転車が後ろから来て見えないよりも安全だ、という考え方もある。
歩行者と自転車が混在しているのだから、そもそも自転車はスピードを抑えて走行すれば問題ないとも言える。
そういう意味では、これでいいのかもしれないが、若干違和感を覚えたのは事実だ。
CIMG0162_20200503171745f89.jpg

そう感じたのも、人出が想像以上に多かったからかもしれない。
遠出を「禁止」された市民が、サクラの名所でもある、この「散策路」に足が向くことは十分予想されたが、これほどとは思わなかった。
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もともと走ること自体が目的ではないので、クロスバイクではなくママチャリで出かけたのだが、それでも、かなり気を遣わざるをえなかった。
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歩行者も乳母車を押しているお母さんから、普通の散歩の人、ランニングをしている人とスピードも様々。自転車も子供から、私のようなママチャリ、しっかりヘルメットをかぶったロードレーサーなど、こちらも様々だ。
これだけの混沌の中で、事故が起きないのが不思議なくらいである。

東札幌駅跡近くには、旧線の現役時代からあったと思われる倉庫が2棟ほど右手に残っていた。
CIMG0160_202005031717413ba.jpg
行く先々で、こうした遺構が見られるかと思ったら、周辺はどこも立派に宅地化されていて、往年を感じさせてくれるものはほとんどなかった。
鉄道遺構に至っては皆無。これだけ整備するなら、ちゃんとホームなどの遺構を残して、レプリカでもいいから駅名標くらい設置してほしかったが、当時の整備思想として、そんな発想はなかったのだろう。
いかに、「道路」としての快適性を高めるかしか頭になかったのだと想像される。
鉄道なんて廃止されたら、もうなかったのと同じことだったのだ。

だから、月寒駅跡のモニュメントも「こころーど」に、ではなく公道の脇に立っている。
事前に調べて、そのことを知っていたので、アサヒビール工場が見えてきたところで、専用道を外れ、碑を探しに行った。
すると、まさに月寒駅があったと思われる場所に、それは立っていた。
CIMG0167_2020050317170930b.jpg
ウィキペディアの月寒駅の項に掲載されている空中写真で、駅のあった位置はちゃんと確認できるのだ。

モニュメントの建立者は北海道アサヒビール株式会社。
建立年は平成3年(1991年)。
同社が背後に見えるアサヒ物流センターを建設した年である。
本来なら、札幌市が「白石こころーど」に立てるべきものだと思うが、月寒駅が新線移行後もしばらくアサヒビールの積出し駅としての役割を担ったことから、同社が感謝の気持ちを込めて、自ら建立したのだろう。敬意を表したい。
この碑が、千歳線旧線にまつわる数少ない記念物の一つなのである。
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ところで、月寒駅の「月寒」は「つきさっぷ」と読む。
もともと、地名としての「月寒」の「つきさっぷ」と呼ばれていた。
戦時中の1944年(昭和19年)に、豊平町議会(豊平町は1961年にに札幌市と合併)が難読を嫌った陸軍の要請を受けて、「つきさっぷ」を「つきさむ」に改めた。
しかし、月寒駅については、鉄道省とその後身の国鉄が要請に従わず、「つきさっぷ」のまま、1976年の廃止を迎えた。
月寒駅(ネットより)
そのせいなのだろう。私が小学校の頃はまだ、「月寒」の読み方として「つきさむ」と「つきさっぷ」が混在していたような記憶がある。
鉄道の駅名と実際の地名の表記や読み方が異なる例は、わりとある。
市名の「あさひかわ」と駅名の「あさひがわ」などが有名な例だが、変更による経費負担を嫌ったのか、単なる意地なのかは分からないが、結果的にアイヌ語の原音に近い「つきさっぷ」を保存した行為として、個人的には好意的に受け止めている。
ちなみに、現在も「つきさっぷ」の名を残している公共施設は「つきさっぷ郷土資料館」「つきさっぷ中央公園」などわずかだが、民間では「キッチンつきさっぷくらぶ」や福祉施設の「つきさっぷ館」などそれなりにあるようだ。
たぶん、その方が特別感を出せるからだろう。

月寒駅跡の近くにも、おそらく駅前倉庫だったと思われる倉庫が1棟だけ残っていた。
CIMG0168_20200503171710015.jpg
「こころーど」に戻り、さらに東進する。
実は、当時の踏切はほとんど立体交差に改修されている。
このおかげで、いちいち信号待ちをしなくてもいいのだが、その代わりアンプダウンがめちゃめちゃ多い。
登りが結構きついが、これもいい運動になると前向きに考えることにしよう。

「こころーど」の入口から30分ほどで、大谷地駅跡だと確認済みの白石東冒険公園に到着した。
CIMG0174_20200503171644be1.jpg

かなり広いので、じっくりと駅舎があったポイントを探さなければならない。
CIMG0169_202005031717128ea.jpg

自転車を置いて、周辺の住宅地の道路の様子を確かめながら園内を歩く。
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謎の盛土があったが、これは関係なさそう。
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その後、おそらくここだという場所を特定できた。
CIMG0173_202005031716430d1.jpg

しかし、駅跡を思わせるものは何もなかった。
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これからでもいいから、何か記憶を残してほしいなあ。
大谷地駅(ネットより)

ちなみに、こちらは当時の駅前通り。
CIMG0172_2020050317164276f.jpg
とにかく写真だけ撮って出発。次の上野幌駅へ向かう。

この先は登り勾配が徐々にきつくなる。
大谷地駅跡は標高20mほどだが、上野幌駅跡は40mもある。
結構、向かい風も強く。力を入れて、ペダルをこがなくてはならない。
厚別川をわたる虹の橋が、ちょっとした峠越えだった。
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右手に北星学園大学を見て、さらに東進。

冒険公園から20分ほどで、旧上野幌駅があった厚別南公園に到着した。
CIMG0176_20200503171605d23.jpg

ここには、ありがたいことに厚別区が設置した説明板があった。
CIMG0177_202005031716077ad.jpg

記述を読む限り、この説明板がいつ設置されたのかは分からないが、「鉄道遺産」の価値が見直されてきた21世紀になってからのことなのかもしれない。
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その文面には「駅舎が置かれていた小高い丘の上には駅のシンボルだったイチイの木が今も残り」とあるが、この木のことだろうか。あまりに小さい。
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もう廃駅となって半世紀近くが経つが、イチイとは極端に成長の遅い木なのだろうか。
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ここでも、周囲の道路状況と空中写真を照らし合わせて、駅舎の位置を特定。
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不思議なことに、イチイの木とは、ちょっと離れた場所だった。

これにて、千歳線旧線めぐりは終了。
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「こころーど」の走行距離はちょうど10km弱だった。
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時刻も13時に近くなり、お腹が空いてきた。
持ってきたスナック菓子をつなぎにして、来た道を引き返す。
帰りは下り基調なので、わりと楽ちんだ。
風があったおかげか、気温ほど暑く感じなかった。
アサヒビールの工場のところで、こころーどを離れ、道道を平岸に向かう。
途中にあった、りんご並木の碑をパシャリ。
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りんご並木は環状通りの美園地区に植えられている札幌の名物の一つだが、これは当時の板垣武四市長が長野県飯田市のりんご並木にならって1974年(昭和49年)に植樹したものなのだそうだ。
もっと昔からあるものだと思っていたが、意外に新しかった。
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ついでに豊平区役所をコレクション。
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ランチに適当な店がないか探しながら走り、平岸通りに面したリゾット専門店「リゾットリアGAKU」に入店。
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時間がちょっと遅かったからか、お客さんは少な目でソーシャルディスタンスはばっちり。
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たくさんあるメニューの中から、ゆで鶏と10種野菜のリゾット(トマトソース)をオーダーした。
DSC_4502_20200503171446193.jpg
リゾットは滅多に食べないので、新鮮だったし、専門店だけあって、なかなか美味しかった。
見た目以上にボリュームがあって、お腹がいっぱいになってしまった。

なので、デザートのジェラートはシングルにした。
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味に個性があると飽きてしまうので、シングルならバニラにするしかない。
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これも美味。量的にもシングルで十分だった。
というわけで、ご馳走さまでした。
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帰宅途中に、父が通院しているKKR札幌医療センターや地下鉄中の島駅を撮影し
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15時過ぎに帰宅。
走行距離は26kmに達した。
自転車でこんなに長く走ったのは久々だったので、結構疲れた。
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【行程】2020年5月2日
自宅(11:15)~東札幌駅跡(11:43)~月寒駅跡(11:58)~大谷地駅跡(12:23)~上野幌駅跡(12:49)~りんご並木の碑(13:47)~GAKU(14:00昼食14:50)~自宅(15:03)
※所要時間:3時間48分(走行時間:約2時間40分)
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コメント

自転車散策、お疲れ様でした。20Kmも走れるとは…。さすが山で鍛えていらっしゃいますね。
千歳線旧線は見落としていましたね。気が付かせて頂きありがとうございました。

  • 2020/05/06(水) 21:16:03 |
  • URL |
  • うに #-
  • [編集]

Re: タイトルなし

いえいえ、実は学生時代は自転車部だったんですよ。

  • 2020/05/07(木) 05:43:14 |
  • URL |
  • かたこりまさかり #-
  • [編集]

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