山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

江の島(下)

1月13日、鎌倉・江ノ島駅界隈を歩いている。

お昼はこの通りで見つけた、しゃれたイタリアンの店に入った。
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これで「サポーレ イタリアーノ オンブラ」と読む。
旅先でイタめし屋に入るなんて、我ながらめずらしい。
このあたり、ちょっと日本食の値段が高い印象があったからかも。

昨年11月にオープンしたばかりの店のようだが、結構繁盛している。
私は3皿コースを頼んだ。1600円。前菜とパスタ、デザートの3皿である。
前菜は、8種類の創作料理がワンプレートにのっており、どれもものすごくおいしい。
前菜

メインのパスタは、益子産野菜のトマトソーススパゲティにしたが、これは意外にいまいちだった。
パスタ

デザートはイタリア定番の何とかというお菓子で、これはまたおいしかった。
いずれにしろ満腹。お昼に1時間もかかってしまった。
お金より時間の方がもったいなかった。

お店を出て一旦江ノ島駅の方に戻り、龍口明神社の旧社殿を見る。
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立派な鳥居や灯籠があるが、石段の上は封鎖されており、社殿はバラ線の間から覗くだけ。
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この神社は藤沢市内にある鎌倉市の飛び地に位置するため、昭和53年に適地に移転してしまったのだ。建物はあるが、神様だけ引っ越してしまったわけだ。
引っ越してから、四半世紀の時が経っているが、そんなに荒れているようには見えない。
取り壊せばいいものを、そのお金もないのかもしれない。
氏子さんも神様がいなくなったからと言って放置するわけにもいかず、定期的に清掃などしているのかもしれない。要するに神社が2つになったわけで、手間が増えたことだろうと思う。

この神社の石鳥居(大正15年建立)の東側は広場になっており、「龍の口刑場跡」の碑が立っている。
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ここは鎌倉時代に罪人が処刑された場所なのだが、日蓮上人が処刑されそうになった「法難の地」として有名だ。
国難が相次ぐのは法華経への信仰が薄れたからだと考える鎌倉幕府は1271年、浄土宗や禅宗などを誤った仏教であると攻撃する日蓮を逮捕した。
いよいよ処刑の瞬間、時あたかも江ノ島の方から満月のごとき光りものが飛んできて、執行人たちの目がくらみ、ついに日蓮の首を斬ることができなかったという伝説が残っている。
なるほど勉強になる。

この隣にある五輪塔はちょっとめずらしい。
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上から3番目の火輪が宝篋院塔的で、4番目の水輪がラグビーボールの形をしている。上からそれぞれ「妙・法・□・華・経」と題目が刻まれている。
たぶん火輪は石の種類も違うし、後世付け加えられたものだろう。

さて、いよいよ龍口寺に足を踏み入れる。
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日蓮法難の霊跡寺院である。

これは昭和48年に竣工したコンクリート製の仁王門だが、石段を上がると1864年に完成した山門がある。
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で、これが大本堂。
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間口12間、奥行き15間、欅造り銅板葺きの堂々たる建物で、1832年の建立である。
中には、日蓮が処刑される際に座らされた石が安置されている。
その石の上には皮が敷かれていたので、敷皮石と呼ばれる。
堂内撮影禁止で、その写真は撮れなかった。

本堂に向かって左手には、日蓮が処刑の日に入れられたという「御霊窟」があり、中には日蓮の銅像が安置されている。
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本堂の右側から裏手の山に登っていくと五重塔がある。
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明治43年の竣工。本格的な木造五重塔としては神奈川県で唯一のもので、関東大震災でも倒壊しなかったという。

塔の回りには、寄進の記念碑がいくつか立っていた。
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これは二段目の屋根の銅板を寄進したことを記念したもののようだ。

裏山を今度は左手に移動すると、七面堂。
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江戸初期に身延七面山の七面大明神を勧請したものとか。

「東海道名所図絵」にはここから望む江ノ島が描かれているという。実際に見えるのは江ノ島ではなく、小動(こゆるぎ)岬の山である。
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ここから西側の山を登り切ると、白亜の仏舎利塔がある。
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ネパールやタイを思い出す。
でも信心がないからなのか、こんなのを建てるお金があるなら、もっと使いようがあるのでは・・・と思ってしまう。
妙法寺の大僧伽・藤井日達さんという方が1970年に発願したのだそうだ。
高度成長の絶頂期だもんなあ。

ここからは景色がいいが、江ノ島は高層マンションが林立して見えにくくなっている。
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富士山ももう霞んで見えなくなってしまった。

実は、このお寺の鐘は鳴りやむことがない。
「延寿の鐘」として自由に撞いていいことになっているからだ。
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私もわずかな賽銭を投げ入れ、「南無妙法蓮華経」と題目を唱えて、1回撞く。
これで少しは長生きできるだろうか。

3層の大屋根が連なる隣の建物は大書院。
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昭和初期に、信州松代の養蚕御殿(旧松代藩邸)を移築したものだそうだ。

てな感じで、龍口寺参拝を終え、併用軌道に戻る。
この道を腰越まで歩いて往復する。
この間何度も、江ノ電が行き交った。
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普通なら、車側からは邪魔者扱いされ、学校やPTAなどからは「子供が心配」と、専用軌道にするように求める声が上がりそうなものだが、そんなこともないようだ。
電車が来たら、車も人も立ち止まるのが当たり前。幸せな関係だと思う。江ノ電ははそれだけ愛されているということだろう。

脇道を抜けて、再び山手の方に向かう。
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すると、路地にこんな井戸と洗い場がまだ残っていた。
こういうのを見つけるのが、また街歩きの楽しみのひとつだ。

坂の入口に1804年建立の題目塔がある。
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その両脇の石柱にそれぞれ「法源寺」「ぼたもち寺」と彫られており、その下には「ぼたもち寺」の由来を記した石板がはめ込まれている。

それによると、かつて材木座で茶店を出していた老婆・桟敷の尼が小動岬の自宅に帰っていたところ、その前を法難にあった日蓮が通り過ぎたため、あわてて握り飯を差し出した。、日蓮はそれを落としてしまい、砂まみれになった握り飯はゴマをまぶしたぼた餅のようになってしまった。しかし、日蓮は最後の供養にという老婆の心を汲んで、喜んでそれを食べた。先に書いたように、日蓮は結果的に処刑を免れたため、このおにぎりは後世、「延命のぼたもち」「ご難よけのぼたもち」と呼ばれ、法難があった毎年9月12日に、この老婆が葬られているここ法源寺で、ぼたもちが振る舞われるようになったという。

このぼたもちはお菓子になって、龍口寺で売られていたが、500円もしたので買わなかった。これもケチってないで試しに買っておけば、話の種になったのだが。

さて、法源寺そのものはこじんまりした静かな寺である。
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本堂の裏に、鎌倉市の有形民俗資料に指定されている寛文七年(1667年)銘の庚申塔がある。
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境内にある墓地からは、小動岬を見下ろすことができた。
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山手の道を腰越に向かうと、戦没者慰霊の石塔が左手に見えてくる。
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「霊光無盡」と刻まれている。
これは、ちかくの腰越小学校の片隅に放置されていた忠魂碑を、地区の有志が昭和25年8月、この地に再建したもの。日清・日露戦争から第1次世界大戦、太平洋戦争までのこの地域の戦没者の氏名を記した石碑も隣にある。

しばらく歩いて、腰越駅に到着。
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まだ電車には乗らない。踏切を越えて、さっき眺めた小動岬に向かう。

その前に、腰越漁港が見えたので立ち寄った。
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夕日に江ノ島のシルエットが浮かんでいる。

海岸にはまだ家族連れなどが遊んでいた。
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あのマンションはさぞ見晴らしがいいのだろうが、自分自身が景観を損ねていることにも気づいてほしい。
しかし、不動産会社は収益のためには、作らないといけないのでしょうねえ。
自分がそんなことに手を染めないで済む会社に就職できたのはよかったと思うしかない。

路地をつたって、国道を渡ると小動神社。
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文治年間(1185~90年)、頼朝挙兵の当初から源氏方に参じ、のちに弟の範頼に従って源平合戦で活躍した佐々木三郎盛綱が、近江国の八王子宮を勧請したのが始まりとされる。
また、新田義貞が1333年5月、鎌倉侵攻に際して、この神社に戦勝を祈願し、大願成就ののち、社殿を再興したと伝わる。
この神様はどっちの味方なんだろう。そういうことは、そもそも関係ないのか。

石段を登ると昭和4年に再建された社殿があり、境内社として金刀比羅宮などが祀られている。
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比較的広い境内には展望台がある。
手すりに乗っかって眺めると、小動岬が望めた。
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こちらは腰越漁港と江ノ島。
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江ノ島大橋には歩いて家路に急ぐ観光客の姿が大勢見えた。今日は随分賑わったようだ。
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こちらも帰途に付くことにする。
でも、夕暮れの湘南の雰囲気も味わいたいので、七里ヶ浜駅まで歩くことにした。
国道はこんな渋滞である。
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鎌倉高校前駅を見送って、さらに歩く。
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相模湾を見下ろすお寺に友人の墓がある。
久々にご挨拶をして、この旅を終えた。

(おわり)



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