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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

銀婚湯(上)

【2018年7月21日(土)】銀婚湯
この週末は毎年恒例になった、両親と兄、兄嫁、弟と6人での家族旅行。
今年は道南の銀婚湯に行くことにした。
澄川の実家を兄のワゴン車で10:10に出発。
石山に住む弟をピックアップして、国道230号を南下する。
途中、藤野のスーパーで肉を買い込み、まずは洞爺湖畔にある弟の別荘へ向かう。
今日のお昼はそこでジンギスカンだ。
洞爺郵便局の向かいにあるセイコーマートで飲み物を調達。
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別荘には、12時半前に到着した。
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テラスに張られたテントの中だったが、私の座席は日が当たってかなり暑かった。
でも、まだ内地の体なので大丈夫。

1時間ほどで片づけも済ませて出発。
虻田洞爺湖ICから道央道に乗った。
途中、八雲ハイウエイオアシス(噴火湾パノラマパーク)で休憩したが、もともと足がよくない父が長時間車に乗っていたために、膝が痛くなったと言って、ほとんど歩けず。
みんながトイレなどに出かけている間、ずっとそばで見守りをしていた。
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落部ICで下りて、落部小学校向かいのセブンイレブンでビールなどを調達。
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ここでは、こんな地域限定商品が売られていた。買わなかったけど。
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銀婚湯には16時半前に到着。
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純和風の旅館である。
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お部屋も当然和室。
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荷物を下ろしたら、さっそくお風呂へ。
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今日の男湯は「渓流の湯」。その奥の露天風呂をいただいた。
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湯量も豊富でかなり広い。
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泉質は弱アルカリ性のナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉で、源泉は60~95℃。
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隠し湯を含め11か所ある浴槽のうち、一部は地下水を1割程度加水して適温化しているのだそうだ。
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こちらは「渓流の湯」の内湯。
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源泉は4か所にあり、合計の湧出量は毎分170㍑だそうだ。
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さすがにいい湯で、すっかり体がほぐれた。

湯上りに缶ビールを飲んで、落ち着いたところで探検に出かけた。
宿泊棟の一部はこのように吹き抜けになっている。
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談話室の暖炉。
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ここは「日本秘湯を守る会」のメンバーである。
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表に出てみた。
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すぐ左手に手水場があった。これは温泉ではない。
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その右に庭園への入口。
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入ってみると、飛び石が続いている。
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苔の美しい日本庭園である。
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銀婚湯とは、開湯の日が大正天皇銀婚式の佳日に当たったため、そう名付けたそうである。
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もともと、落部川中流の中洲に湧いており、数百年前からアイヌが利用していたらしい。
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「北海道」の名付け親、松浦武四郎が弘化三年(1846年)に入浴し、「蝦夷日誌」で紹介しているとのこと。
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温泉そのものの名は上の湯温泉と呼ばれる。
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慶応四年(1868年)の戊辰戦争の折に、榎本武揚率いる幕軍の負傷者を湯治させたところ、顕著な効能があり、一躍有名になったそうだ。
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ただ、当時はクマザサで覆った無人の湯小屋だったので、七飯峠下の川口福太郎が中洲を開削、大正14年(1925年)5月10日に大量の湧出に成功したのだという。
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銀婚湯の名の由来は前述の通りだが、その名のおかげで、遠方から銀婚祝いのご夫婦などが足を運ぶようになり、新婚さんにも喜ばれているのだとか。
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そうした縁起のようなものは、この案内板に詳しく書かれていた。
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ちなみに庭園内にあった、この句碑だが、「静波」とは宿の主人なのだろうか。
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この石畳は道道から銀婚湯の敷地内に入ってくるときの橋である。
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ここが入口だ。
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道道の反対側にあった道標。
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この道は江差に抜けられるみたいだ。
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改めて石畳を踏んで敷地内に戻る。
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母屋の前はロータリーになっている。
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その脇に神社が勧請してあった。
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参道にはいろんな神様や仏様の石碑が並ぶ。
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神社の名前はとくに書かれていなかった。
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ロータリーの真ん中に大きな木が立っている。
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樹齢1000年の「銀の水松」だそうだ。
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その向かいには樹齢300年の「家族水松」。
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「紀念碑」が立っていたが、何の記念碑なのかは不明。
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今度は樹齢800年の夫婦水松。
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片方は枯れかかっているように見える。
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もともと川の中洲に寄り添ってあったという夫婦石。
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足湯もあった。
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「かたらいの湯」と名付けられているが、誰もいなかった。
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すぐ脇に落部川が流れている。
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今の銀婚湯のある場所は中洲ではないので、細い方の流れを埋め立てたのだろうか。
その名残がさっきの石橋なのかもしれない。
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また静波の句碑「野の匂いためて水澄む祖母の森」。
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祖母とは、おそらく福太郎の妻トネのことなのだろう。

もう1組あった樹齢1200年の「夫婦水松」。
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送迎車。
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というわけで散策終了。
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部屋に戻る前に館内も探索。
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ここ八雲町は熊の木彫り発祥の地である。
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左の熊は、柴崎重行の作品と思われる。
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こちらは本物の剥製。小熊だ。
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客室空間。
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ちょっと古風な感じ。
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あれは水琴窟だそうだ。屋内にあるとは。
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階段のところに掲げてあったアイヌの酋長の陣羽織。
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日本名・弁開凧次郎(1847~1919年)は明治33年(1900年)に東宮殿下(後の大正天皇)御成婚の折、小熊2頭を献上するため、宮中で明治天皇、東宮殿下に拝謁。
その際に着用していたものらしい。
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私どもが泊まったのは「銀杏」と「錦木」。
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部屋でひと休みした後、18時半になったので食堂へ。
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豪華な料理が用意されていた。
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前菜に豚しゃぶサラダ、お造り、その他である。

飲み物は地ビールの「熊石伝説」をいただいた。
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製造元は札幌・薄野麦酒であるが、熊石海洋深層水で仕込まれているのだそうだ。
まさに地ビールっぽい味だった。

ご飯もふっくりんこで美味しく、完食してしまった。
部屋に戻って、もうすることもなく、21時には眠りに落ちてしまった気がする。

(つづく)

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