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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

白老~札幌ドライブ(上)

【2018年7月17日(火)】白老~札幌
本日は出張だった。白老での仕事を終えて、札幌に戻る。
でも、ただ高速で帰るのも面白くないので、登別、オロフレ峠、裏洞爺経由で行くことにした。
現場から国道36号に戻る途中に、白老プリンスランドなる廃墟があった。
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かつてのサーキット場のようである。
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ネットで調べてみると、以下のような経過をたどった施設であった。
1970年(昭和45年)7月、坂田工務店(本社・兵庫県伊丹市、現存せず)が「北海道スピードウェイ」として創設した。
しかし、わずか3年で、死亡事故や近隣住民からの騒音に対する苦情、経営難などから閉鎖。
その後、30年近く放置され、無断使用による事故が多発したという。
2002年4月、「株式会社白老カーランド」によって再オープンしたが、15年11月に再び閉鎖。
16年4月、「北海道レーシングパーク」が再び再開したが、17年10月をもってまた閉鎖されてしまった。
行けるところまで行ってみたが、サーキット場だけあって、ただ道路(舗装はやや傷んでおり、樹木が覆いかぶさっているところも多い)が続いているだけなので、適当なところで引き返した。

これは、かつての管理棟か何かだろう。
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国道に出て登別に向かうと、屋根に巨大なヒグマがのっているお店が目に飛び込んできた。
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「かに御殿」。カニなのになぜクマなのか。
とにかく目立つようにという経営者の方針らしい。

表情はよくある熊の木彫りと違って怪獣のようだ。
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このあたりから虎杖浜まで、国道沿いには廃業した店舗が続く。
出来うる限り記録に残しておく。
リゾートホテル・オークラ・スパランド。
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2012年4月から休業中とのこと。
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こちらは海産物の直売店か。有限会社海勝。
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かに王は現役。
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食堂かごめは「休業中」の札が出ていた。
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北のランプ亭は営業時間が午後9時までなのに、もう閉まっている。
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誰もいないのに、「本日満席となっております。ご理解の程よろしくお願い致します」の貼り紙が妙だ。
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もしかしたら、最近廃業したのか。単なる休憩時間なのか。ちょっとよく分からない。

もしかしてカニをイメージした?建物の「かに料理」のお店も完全に廃墟化していた。
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ホテル王将は一見、廃業しているようにも見えるが、どうやら現役らしい。
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源泉かけ流しで、日帰り入浴料は400円だそうだ。銭湯より安い。

登別駅については、前回の項を参照してください。
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ここから登別温泉方面に向かい、手前で左折して新登別温泉前を通る。
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バス停の名称は「ポロシリ」だ。
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民宿「新登別温泉荘」は2016年夏をもって営業を終えていた。
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橘湖には車では行けないようなので今回はパス。
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正面に見えているのは、カルルス温泉サンライバスキー場と思われる。
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今回、登別経由で帰ることにしたのはカルルス温泉の雰囲気を確認するのも目的の一つだった。
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温泉入口の案内には8軒の宿が紹介されていたが、実際に営業していたのは半分ほどだった。
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カルルス温泉のバス停。
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バスは登別温泉との往復のみのようで1日5往復。
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カルルス温泉とは、アイヌ語でもなんでもなく、チェコの世界的な温泉保養地カルルスバート(現在のカルロリバリ)に泉質が似ているからという理由で命名されたそうだ。
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これから越えるオロフレ峠の由来は、アイヌ語の「オロ・フレ・ペツ」(水の中が赤い川)。
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温泉街の案内図。
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温泉の守り神、薬師神社。
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湯の宿あうれは廃業。
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オロフレ荘は大丈夫のようだ。
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泊まることがあるとすれば、ここかな。
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ホテル岩井の社員寮。空き室も多いが使用はされているみたいだ。
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森の湯・山静館は現役。
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向かいに功程碑なるものがあった。
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カルルス温泉開湯30年を記念して1928年(昭和3年)に建立されたものだ。
碑には、30年間の開発の歴史が刻まれている。
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あたりは渓楓園という園地になっていた。
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その脇に、開湯百年の記念碑。
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カルルス温泉は、1886年(明治19年)に室蘭郡役所書記を努めていた日野愛憲(あいき)によって発見されたが、開拓に全力を注いでいた彼には、この温泉を開発する余裕がなかった。
その3年後の1889年、彼の養子であった日野久橘(きゅうきつ)が再び温泉を発見。
湯を飲んでみたら、持病の慢性胃カタルが治ったことから、温泉の開発に心血を注ぐことになった。
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そして同年、幌別からカルルス温泉までの道を開き、それまでペンケユと呼ばれていたこの地を、当時世界的に有名であったチェコのカルルスバートの泉質に似ていることから、カルルス温泉と名付け、旅館一軒を建てた。
旅館を開業した1899年(明治32年)8月6日をもって開湯としている。
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普通の民家の廃屋もあった。
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温泉の裏山はサンライバスキー場。
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かつてはここまでバスが来ていたようだ。バス停の名前はもはや読めない。
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カルルス温泉で最も大きな宿であるホテル岩井。
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創業は1908年(明治41年)。湯治の常連客だった岩井仁太がカルルス温泉3軒目の旅館、千歳館(岩井旅館を経て、1965年にホテル岩井と改称)を開業した。

ホテル岩井の向かいにあった石碑。しめ縄のせいで文字が読めない。
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隣にあるのは馬頭観世音。
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温泉街のはずれにあったケアハウス陽だまり温泉(すでに廃業)。
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こちらは宿ではないが、日帰り入浴が可能だったようだ。
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この後は、オロフレ峠に向かう。
前日、オロフレ山(1230m)に登ったときに来たばかりだが、新道のトンネルは通っていない。
上の方は昨日以上のガスで何も見えない。
トンネルを抜けた先の展望スポットに「オロフレトウゲ道路史碑」の碑が立っていた。
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碑文によると、オロフレ峠は1881年(明治14年)、滝本金蔵氏が登別~登別温泉間の道路を開削したのに始まり、1921年(大正10年)には登別~カルルス間が準地方道として認定される。
壮瞥側は弁景~オロフレ間の道路改良が1932年(昭和7年)に完了。
オロフレ~カルルス間の峠越えも3年がかりで1936年に開通したが、その年の融雪大水害で不通となったまま終戦を迎えた。
1954年の道道昇格に伴い、改良工事に着手。1962年に一応の完成をみた。
しかし、カルルス~オロフレ峠の7kmは急勾配、急カーブの連続で冬期は通行止めとなっていた。
そこで、1977年から12年の歳月をかけて、オロフレトンネル(935m)を含む新道を建設。通年通行ができる舗装道路として1988年10月に供用開始となった。
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峠を下るとさすがに霧は晴れ、国道276号からは正面に昭和新山が見えた。
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ちょうど三松正夫が定点観測をした角度だ。

道の駅そうべつ情報館iでお土産でも買おうかと思ったら、もう閉店していた。
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時計を見たら、もう17時半を過ぎていた。

洞爺湖に向かってさらに進むと、「ミマツダイヤグラム観測の地」の標識が現れた。
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ということは、ここがかつての壮瞥郵便局があった場所だ。

それにしても、平地からこんな山が盛り上がってきたとは、まさに「麦圃生山」である。
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(つづく)
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