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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

室蘭本線(苫小牧~北吉原)(下)

【2018年6月19日(火)】室蘭本線
出張の空き時間を利用して、室蘭本線(苫小牧市~白老町)の駅舎めぐりをしている。
今回は変わった外観の北吉原駅から。
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ぱっと見、象の顔のようである。
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近くにある大昭和製紙白老工場(現・日本製紙北海道工場白老事業所)の通勤者のため、同社が建設費を全額負担して設置された駅だそうだ。
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駅の北側、霧にかすんでいるのが白老工場。
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2面2線の相対式ホームである。
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駅名は大昭和製紙創業の地である静岡県吉原市(現富士市)に因んで名付けられたが、本家が「よしわら」と読むのに対し、こちらは「よしはら」である。
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1965年(昭和40年)11月1日に開業した、道内で初めての橋上駅舎である。
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国鉄時代は一部の普通列車が通過していたが、現在はすべての普通列車が停車している。(434)
1966年(昭和41年)から1988年まで、工場従業員の通勤時間にあわせて急行ちとせが停車していた。
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普通列車すら通過する駅に急行が停車するのは異例であったそうだ。
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橋上の待合室はこのような空間。
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室蘭側の出口は閉鎖されていた。
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1980年(昭和55年)5月に簡易委託化され、2003年4月に完全無人化された。
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1日平均の乗降客数が42人というから、工場への通勤客はもうほとんど利用していないのではないか。
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それでは次の駅に向かいましょう。
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萩野駅である。
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駅舎の奥に三本の腕を伸ばした跨線橋が見えた。
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1907年(明治40年)12月25日、国鉄の知床信号所として設置された駅である。
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現在の駅舎は2代目で、1958年(昭和33年)10月に改築されたものだ。
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完全無人化されたのは2011年4月。
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ホームに向かおうとしたら、「線路横断禁止」の警告が。
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こんなに厳重に柵を巡らしてあったら、跨線橋を行く方がよっぽど楽だ。
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荻野駅に改称されたのは1942年(昭和17年)4月1日のこと。
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それまでは信号所の名称をそのまま受け継ぎ、知床駅だった。
今も知床駅だったら、かなり紛らわしかっただろう。
「萩野」の地名の由来は、明治天皇巡幸の際、この地のハギを愛でたことに由来するという。
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ポスターも何も貼られていない跨線橋を渡る。
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島式ホーム1面2線と単式ホーム1面1線の計2面3線のホームである。
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ちょうど、特急すずらんがやってきた。
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789系1000代である。
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札幌方面に走り去っていった。
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1日平均の乗降客数は184人(統計の時期は不明確だが、ここ数年のデータと思われる)。
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静かな駅前通り。
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このシャッターはかつて、駅前商店だったことと思わせる。
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こちらも、もうお住まいではないかもしれない。
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最後は白老駅。
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疑似ハーフティンバー様式で、ヨーロッパの田舎の建物風である。
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1987年(昭和62年)9月1日に改築されたものだ。

駅前の旧国道は商店街になっている。
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満岡照子(1892~1966年)の歌碑。
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「白老はわが故郷よ駅を出て先づ眼にしたるタモの大木」

満岡は白老町の出身。与謝野鉄幹・晶子や若山牧水、前田夕暮らに指導を受け、歌誌「詩歌」「芸林」「青空」などにも作品を発表したという。
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晩年は東京に住んだ。歌集に「火の山」「火山灰地」などがある。

白老はアイヌの町でもある。
駅前広場は、アイヌ語で「日が昇る方向」という意味の「チュップカの広場」と名付けられた。
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白老駅は1892年(明治25年)8月1日、北海道炭礦鉄道の駅として開業した。
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有人駅のためホームには入れなかったが、2面3線の混合ホームであった。
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1日平均の乗客数は731人(2016年)とのことである。
この日は午後4時前に立ち寄ったので、高校生でごったがいしていた。

この駅から沼ノ端駅までの28.7kmは国内で最も長い鉄道の直線区間になっているそうだ。
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白老駅北広場に回ってみた。
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ここにはSLが展示されていた。
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1939年(昭和14年)12月に製造されたD51 333(SLポロト号)である。
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室蘭本線や函館本線、廃線となった松前線、万字線などで活躍した。
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廃車となったのは1975年(昭和50年)11月5日のこと。
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翌年からポロト湖畔に展示されていたが、2008年に現在地に移転されたそうだ。

というわけで駅舎編は終了。
次回は白老まち歩き編をお届けします。
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