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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

十和田湖(中)

【2018年5月27日(日)】十和田湖
十和田湖畔の休屋界隈を散策中。
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湖面には恵比須島が浮かんでいる。
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このあたりは御前ヶ浜と呼ばれているところ。
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湖畔で地下水の水位が高いので、水分の多い環境に強いドロノキ、シロヤナギ、カツラ、ハルニレなどが生えているという。
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中国人かしら。
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子供たちは水辺が大好きだ。
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でもこちらは砂浜歩きに疲れたので、遊歩道に戻った。
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恵比須島も柱状節理だったが、陸地側にも柱状節理があった。
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中山半島と御倉半島は、十和田カルデラの中でも新しい火山の外輪山だそうだ。
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左は甲島、右が鎧島。十和田湖にこんな小島がいくつもあるのを初めて意識した。
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そのさらに向こうには、今夜泊まる十和田ホテルが見えた。
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というわけで乙女の像に到着。
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詩人で彫刻家でもある高村光太郎の作品である。設計は建築家の谷口吉郎。
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この像は、十和田国立公園指定15周年を記念して、1953年(昭和28年)に建立されたとある。
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傍らの碑に、光太郎の詩「十和田湖畔の裸像に与ふ」が刻まれていた。
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なかなか激しい詩だ。最後の行は「立つなら幾千年でも黙って立ってろ。」である。
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それにしても、この乙女たちはとても肉付きがいい。
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加えて説明すると、この像は、1908年(明治41年)、十和田湖を初めて世に紹介した文人大町桂月と、観光開発に尽力した当時の青森県知事武田千代三郎、十和田村長小笠原耕一の功績を顕彰するために設置されたものだそうだ。
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団体旅行のお客さんはここで写真を撮るわけか。
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「女の裸像が二人 影と形のやうに立ってゐる」(光太郎)
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それでは乙女に別れを告げて、十和田神社に向かいましょう。
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沿道にはマイヅルソウが咲いていた。
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中にはクルマバソウも混じっていた。
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こちらはクルマバソウだらけ。
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神社の境内へと足を踏み入れる。
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「織田筑前」など何人かの名前が刻まれているが、風化が激しく時期も目的もよく分からない。
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古い石祠。
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子授けの女木。確かに女陰に似ている。
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ズバリ。
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白亜の鳥居が美しい。
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階段を登る。
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社殿が見えてきた。
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かなり立派である。
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807年(大同2年)、征夷大将軍坂上田村麻呂の創建と伝わる。
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田村麻呂が東征のおり湖が荒れていたため、祠を建てて祈願し、筏を組んで渡ったという。
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もう一つ縁起があって、南祖坊の創建とも言われている。
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熊野で修行した南祖坊が、鉄の草鞋と錫杖を神から授かり、「百足の草鞋が破れた所に住むべし」と夢のお告げを得て、諸国をめぐり、十和田湖畔で百足の草鞋が尽きたという。
当時、十和田湖には八郎太郎というマタギが、湖の岩魚や水を喰らううちに八頭の大蛇となり、湖を支配していた。
そこで、南祖坊は、その霊験により九頭の龍に変化して二十尋(約36m)の身体を、十曲(とわだ)に曲げ、八郎太郎を退治したという伝説が残っているそうだ。
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地元の信仰は篤いようで、建築寄付者として無数の名が刻まれている。
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厳粛な気持ちで参拝させていただいた。
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旅館街へ通じる参道の右側は溶岩の山。
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立派な杉並木になっていた。
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この並木の中を中学の時の修学旅行で歩いた。その記憶はなぜかよく残っている。
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表参道の鳥居。
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俗界に戻ってきた。
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その途端に、顔ハメ発見。
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ちょっと下手くそな絵だが、当然ハメます。
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老舗よしきんも廃業してしまったようだ。
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閉店した喫茶店の扉にこんな求人広告が。
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十和田湖レークサイドホテルは多角的に頑張っているようだ。

またまた顔ハメ。これで十和田湖3連発。こちらの乙女はメルヘンチックだった。
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このマンホールの真ん中は市章ではなく、青森県のマーク。
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やはり休屋地区は廃屋が目立つ。
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十和田湖は観光地としては抜群だが、宿泊地としての魅力に欠けるのだろう。
交通の便がそれほどよくない時代は、ここに泊まらざるを得なかったが、今のように高速道路などが整備されると、近隣の温泉地に客は流れてしまう。
団体旅行の衰退も響いているのだろう。
その変化に対応しきれなかったのかもしれない。

夕方5時近くになると、さすがに波止場も閑散としていた。
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遊覧船も今日の営業は終えたようだ。
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十和田国立公園は1956年(昭和31年)に八幡平地区を加え、十和田八幡平国立公園となった。
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十和田湖グランドホテル南館。喫茶コーナーだけ影響しているのかな。
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十和田科学博物館は「古牧温泉渋沢公園」(三沢市)グループを興した故杉本行雄氏が1953年(昭和28年)に設立した私設博物館である。
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収蔵資料は、十和田湖・八甲田エリアで採取された樹木や岩石、生物の標本類のほか、二重カルデラ湖である十和田湖の生成を示す模型など多岐にわたる。
十和田火山の噴火岩石の収集は、日本火山学会委員長を務めた東大教授久野久博士らがあたったという。
しかし、杉本氏の没後、同グループの経営破綻(2004年)に伴い閉館。
建物ともども収蔵物は放置状態で、生き物の剥製など傷みが激しいらしい。

こちらは十和田湖グランドホテルの大浴場と思われる。
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1時間にわたる散策を終え、十和田ホテルに向かう。
途中、和井内を通過。
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ホテルへは湖岸の道から、ちょっと高台に登っていく。
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17:15にチェックイン。
お部屋は208号「杜若」であった。
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純和風である。
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床の間が美しい。
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窓からの眺めがまた素晴らしい。
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ここは全室レイクビューだそうだ。
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実はここには16年前に泊まったことがある。
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それはともかく、まずはお風呂。
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温泉ではないが、最高の展望風呂で、ゆっくりさせてもらった。
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入浴後は夕食の時間まで館内を探検。
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まるで、「千と千尋の神隠し」の湯場のような雰囲気である。
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十和田ホテルは、1930年(昭和15年)に予定されていた東京オリンピックに備え、外国人観光客を迎えるため、秋田県が政府の要請に応えて建てたものである。
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昭和11年に着工し、13年に完成、14年にオープンした。
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秋田、青森、岩手の3県から、宮大工80人を集めて技術を競わせてつくったそうだ。
天然の秋田杉の巨木を巧みに配した木造3階建てで、外壁は杉の半丸太を張り詰めている。
各部屋の床の間、天井、格子戸などの意匠もひと部屋ひと部屋異なり、それぞれが違った趣と表情を見せている。
その後、老朽化のため大改修が行われ、1998年にリニューアルオープンした。

(つづく)
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