山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

白雲山(5)

【2017年8月8日(火)】白雲山
然別湖畔を散策中。
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こちらは営業中の「然別湖畔温泉ホテル風水」。
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正面は唇山こと天望山(1174m)。
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その右に白雲山(1186m)。
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よくよく見ると、天望山の頂上にも雲が覆いかぶさりそう。
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もうお昼だというのに、十勝平野の雲海の勢力は衰えていないのか。

湖畔のテラスに下りてみると、清野正次(1880~1946年)夫妻の碑があった。
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訓読を読むと、大正12年(1923年)に「余始メテ然別湖ノ勝景ヲ天下ニ唱道ス」とある。
「扇ヶ原」も「天望山」も「凌雲山」も、自身の命名で、ここに温泉場を開いて、この地に骨を埋めるつもりでいたが、故あって、この地を離れるにあたり、この石碑を建てた(昭和15年)のだという。
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ネットで調べてみたら、清野翁は「然別湖畔温泉開発の祖」と呼ばれているらしい。
さっき、上で見た林豊洲の碑には「然別湖開発の父」とあった。
その碑文によると、林がこの地に初めて来たのは大正14年なので、清野より2年遅い。
どういうことなのだろう。
ちょっと調べたところでは、どうやら林は温泉の使用権を清野から買い取ったようだ。
林はその後、昭和6年に「ホテル光風館」を開業。
清野がこの地を離れるのは昭和15年なので、10年近くは共存していたことになる。
清野は、当初は林のもとで働いていたのだろうか。
その後、仲違いして出て行かざるを得なくなったのか。
だとしても、林が清野の建碑を許しているくらいだから、「決裂」というほどではなかったのか。
いろいろと想像は膨らむが、よく分からない。
「清野正次の足跡:然別湖畔温泉開発の祖」(高橋行夫著)という書物が出ているので、それに詳しいのかもしれない。

側面には娘?が詠んだ句が彫り込んであった。
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「父拓く四方に芽ぶける湖あをし」。
然別湖を拓いたのは「父」であるという強烈な矜持がうかがえた。

ちなみに、「光風館」はその後、昭和24年に焼失。翌年、北海道拓殖鉄道が買収し、昭和29年に「然別湖畔温泉ホテル」として営業を再開。現在の「風水」に至っている。
拓殖バスがなぜ1日4往復も運行しているのか不思議だったが、それでちょっと合点がいった。

ボートや遊覧船の経営も「風水」が担っているように見えた。
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隣には、そういう紆余曲折とは無縁の金子兜太の句碑が立つ。
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「初夏の月放ちてくちびる山幼し」。いい句だ。

水原秋桜子の句碑もあった。
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「葛しげる霧のいづこぞ然別」

秋桜子は昭和38年に当地を訪ねており、その時の作句。
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建立は昭和55年で、北海道唯一の秋桜子の句碑だそうだ。

岸辺に下りてみた。水はそんなに冷たくない。
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見上げると、白雲山にも雲がかかってきた。
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天望山もかなりやばい。東ヌプカウシヌプリ(1252m)は大丈夫だろうか。
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遊覧船が出港した。時刻はちょうど正午だ。
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足湯を見つけたので、行ってみた。
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疲れた足をしばらく休ませてもらった。
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ネイチャーセンターの食堂で何か食べようかとも思ったのだが、昼飯にするつもりで、今朝、アルファ米の五目御飯に水を入れてきてあったので、車に戻って、さみしくそれを食べた。
朝露で濡れた雨具や靴、ソックスなどは散策の間、車の屋根やダッシュボードに置いておいたので、多少は乾いていた。

この後、東ヌプカウシヌプリに登る予定だったが、あいにく再び雲に隠れてしまったので、断念。
タウシュベツ川橋梁見学に切り換えた。
その前に、然別湖の奥にある山田温泉を見学に行かねばならない。
本来なら、山田温泉経由で幌鹿峠を越え、糠平湖に出れば、タウシュベツ川橋梁はわりと近いのだが、昨年の台風の影響で、幌鹿峠は通行止め。
山田温泉からまた引き返して、瓜幕、上士幌経由とかなり大迂回をしなければならない。
本当に昨年の台風の爪跡はとてつもなく大きい。

発車した途端、こんな看板を発見。
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なんと南ペトウトル山(1345m)には登れたんだ。
確かに地形図を見ると、登山道が記されている。
一瞬、東ヌプカの代わりに登ろうかと思ったが、登山口からして、この状態。
ほとんど廃道になっているのではという気がして、止めておいた。
帰宅後、ネットで調べてみたら、ササはうるさいものの、踏み跡はしっかりしており、とくに問題ない感じだった。
ただし、眺望はほとんどないとのこと。
今度、東ヌプカに登りに来る時はあったらセットで登ることにしよう。

湖岸の道を山田温泉に向かうと、途中、工事のため片側交互通行になっているところがあった。
でも、誘導のおじさんは、進んでいいのか、止まらないといけないのか、全く分からない動き。
念のため止まったら、声をかけてきた。
「こっちは通行止めだよ」
「峠は越えません。山田温泉までです」
「あそ」
ちょっとむかついたので小言を言ってあげた。
「あなたね、その動きじゃ、行っていいのか止まれなのか、全然わかんないよ。人の命かかってるんだから、ちゃんとやりな」
「・・・」

遊歩道を歩いている時、対岸に見えた青いものは別荘の屋根か何かかと思っていたら、崖崩れをした箇所を保護するブルーシートだった。
ところどころに爪跡が残っていることを実感した。

山田温泉には然別温泉から10分ほどで着いた。
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ひなびていて、私好み。
「年56日だけ入れる温泉」という宣伝文句にもそそられた。
でも、ここで入っても、夕方にもう一度入らないといけなくなるので、次回を期すことにした。

温泉の建物のすぐ横に、「然別湖のぬし山田角太を顕彰す」の石碑があった。
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山田角太はその名から想像される通り、山田温泉を開業した人物だ。
1933年(昭和8年)のことである。
一方、然別湖でオショロコマの人工養殖に初めて成功。その功績を讃え、1973年に当時の町村金吾北海道知事の揮毫で建碑されたものだ。
「祖」とか「父」とか「ぬし」とか、然別湖にはたくさんのレジェンドがいる。
それも「秘境」故なのだろう。

然別湖の北端にあるキャンプ場。
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ここは、1983年、大学時代の自転車部の夏合宿で泊まった懐かしい場所だ。

再び然別湖畔温泉街を通過し、東ヌプカの登山口がある白樺峠に向かう。
その途中、駒止湖が見えるポイントがあったので、車を停めて撮影。
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湖畔に行く道はあるのだが、今回は上から眺めるだけにしておく。
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ここも神秘的な雰囲気をたたえている。
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だが、ここから見る東ヌプカもやはり頂上にはガスがかかっていた。
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登山口まで来ても、この通り。
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わざわざガスの中に突入する気にもならず、やはり今回は見送ることにした。
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十勝平野はまだ雲海の下なのだろうか。
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少し下って、振り返ってみると、東ヌプカの雲はすでに雲海によるものではなく、もしかしたら南面は見えそうな状況。
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扇ヶ原まで下ってくると
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この通り、十勝平野が見えるではないか。
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ただ、かなり霞んでいることは事実。
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いわゆる高曇りだ。
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まあ、東ヌプカ見送りは間違っていなかっただろう。

朝、立ち寄った大島亮吉展望所まで下りてきて、眺めても東西ヌプカの頂上部は雲の中。
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これで「正解」であることが証明された。

干し草ロールの運搬作業が行われていた。
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東瓜幕のホクレンで給油。士幌で左折し、糠平湖へ向かう。

途中、旧国鉄士幌線の橋梁群をいくつか見学した。
まずは第三音更川橋梁。
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全長71mのコンクリートアーチ橋で、1936年(昭和11年)に完成したものだ。
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一部は木々の陰に隠れている。
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これは国の有形登録文化財に「指定」されている。
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あの上を歩いてみたいものだ。
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コンクリート製だが基礎は川原石で石垣を組んであった。
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(つづく)
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