山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

室蘭本線・石勝線(上)

【2017年8月7日(月)】室蘭本線・石勝線
この週は夏休みを取って、北海道内を放浪することにした。
10日(木)の夜に札幌で飲み会があるので、それまでには戻らねばならず、3泊4日の旅だ。
宿は取らず、決まった旅程も組まず、車中泊で気ままな旅に出る。
天気を見ながら、登山も間にはさむつもりだ。

初日はゆっくり、朝9時過ぎに出発した。
本日の主たる目的は、廃止が決まっている石勝線夕張支線の各駅訪問だ。
JR北海道は昨年11月に11路線13線区について「廃止」を含め見直しを検討する旨を発表しており、もたもたしていると記録に残す前に駅舎などが消滅してしまいかねない。
急がねばならないのだ。

でも、夕張に至る途中にある駅舎にも立ち寄りつつ行くことにした。
最初は室蘭本線の由仁駅である。
ちなみに室蘭本線の岩見沢~沼ノ端間も廃止検討区間である。

長沼経由で、ほぼ夕張鉄道跡に整備された道路をたどった。
途中、ヤリキレナイ川の看板があったので思わず止まって写真を撮った。
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以前、安居良基著『世界でもっとも阿呆な旅』(幻冬舎)で知った地名だ。
この本は、世界の珍地名の現地を訪ねるユニークな旅を収録した本だ。
例えば、アメリカの「オナラスカ」、アルゼンチンの「マルデアホ」など。
それはともかく、ヤリキレナイの語源については、「ヤンケ・ナイ」(魚のいない川)もしくは「イヤル・キナイ」(片割れの川)との説があるという。

10時半に由仁駅に到着。
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これは由仁町のマンホール。
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由仁町に来るのは、乗り鉄を除くと、自転車で夕張に行く途中に通った大学時代以来のような気がする。
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駅の東側に由仁町文化交流館があり、そこから立派な連絡橋で西側の駅舎に行くことができる。
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連絡橋(跨線橋)から苫小牧方面を望む。
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新しい駅舎。
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もともとは、マンサード屋根に水平な車寄せが付いたアメリカンスタイルの木造駅舎があったそうだ。
160px-由仁駅駅舎

それが2006年に取り壊され、翌年建設された由仁町ふれあい交流施設が駅舎代わりになっている。
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駅自体の開業は1892年(明治25年)8月1日。
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北海道炭礦鉄道の室蘭~岩見沢間開通と同時に開業した。
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現在の「駅舎」の愛称は「ポッポ館ゆに」。
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駅前にはロータリーっぽい広い空間になっていた。
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駅前通りはこんな雰囲気。
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駅を背にして右手に、駅前食堂の「食事処まるやま」が営業していた。
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正面左側には菓子店や文房具店など。
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タウンマップの上にはナウマンゾウ。化石が発見されたのかな。
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ここには中央バス(本社・小樽)と夕鉄バス(同・夕張)が乗り入れている。
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かわいい木造の模型。「Yu2」とは「由仁」のことなのだろう。
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由仁駅見学を終えて、次の駅、古山へ。「ふるやま」ではなく「ふるさん」だ。
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この駅舎は国鉄時代の1982年(昭和57年)に改築されたもの。
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古山駅は1943年(昭和18年)9月25日、古山信号場として設置された。
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駅に昇格したのは、3年後の1946年4月1日。
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変わった読み方なのは、近くを流れる「振寒(ふるさむ)川」からきているかららしい。
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「フル・サム」はアイヌ語で「丘のかたわら」を意味するそうだ。
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1992年度の1日乗降客数は48人とのことだから、それから四半世紀経った今は、その半分にも満たないのではないだろうか。
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待合室には木製のベンチが置かれていた。
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運行は1日7往復。岩見沢行きの最終は22:22だ。
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引き続いて、三川駅。古山駅とほとんど同じ形だ。
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駅前にあった加賀屋旅館。昔ながらの駅前旅館がまだ現役だ。
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こちらは駅前倉庫。
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線路脇に打ち捨てられたコンテナ。
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三川駅は、由仁駅より5年遅れて1897年(明治30年)2月16日に開業。
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1日の乗降客数は1992年段階で190人。
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「三川」の駅名は、当地が愛知県(旧三河国)からの入植者によって開拓されたからで
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「三河」のままにするのは、故国を汚す恐れがあるので避けたという。

駅前広場はなぜかこんなに広い。
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苫小牧方面。
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ホームには花壇があった。地域の人がお世話をしているのだろうか。
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線路沿いにはオオハンゴンソウが繁茂していた。
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駅舎のホーム側。
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こちらの待合室は、どこの駅にもあるベンチだった。
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「町」でもない「三川」に固有のマンホールがあった。
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ここで室蘭本線を離れ、石勝線の川端駅へ。
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こちらは駅前にきれいな花壇があった。
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川端駅は1894年(明治27年)8月1日の開業。
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駅舎を見学しようとしたら、いきなり特急スーパーとかちがやってきたので、あわててホームに走った。
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間一髪で間に合ったが、あっという間に走り去って行った。
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駅の両側にはスノーシェッドが設置されている。
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駅舎の横には、どこかのダムの模型の残骸が放置されていた。近くにある川端ダムだろうか。
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隣にあった東追分駅は2016年3月26日に旅客扱いを停止し、信号場になってしまった。
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従って、隣の駅は「追分」に訂正されている。
以前、夕張支線を乗り鉄した時、東追分駅での停車時間を利用して撮影しておいてよかった。

川端駅は2面3線の相対式・島式ホームを持つ。
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跨線橋から帯広方面を望む。
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廃線の雰囲気を醸し出す、さびついた車止め。
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駅の裏には、パークゴルフ場&レストハウス「ユニトピア川端」が廃虚となっていた。
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車両は、1988~95年に運転されていたSL列車、C62ニセコ号で使用されていたスハ43系客車だそうである。
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このパークゴルフ場が1998年に開業するにあたり、ここで第2、いや第3?の人生を送ることになった。
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しかし、2010年にオーナーの死去に伴い廃業したらしい。
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駅からの連絡通路は施錠されておらず、自由に行き来することができた。
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あちこち撮影していると、今度は11:36発の夕張行き普通列車がやってきた。
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到着したのは11:29。
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なので、7分停車していた。
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でも、その間に上り列車と行き違うわけでもなかった。
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定刻通り発車し、ゆっくりと遠ざかって行った。
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再び静寂が訪れた川端駅。
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乗降客はいなかった。
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駅の近くに、廃校になった由仁町立川端小中学校の跡地があったので寄ってみた。
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川端小学校は1899年(明治32年)、川端教育所として開設。
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2012年3月に閉校した。
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校舎もまだ新しいのだが。
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次の滝ノ上駅に行く途中、右手に赤レンガの立派な建物があった。
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1925年(大正14年)に旧北海道炭礦汽船(株)が自家用発電設備として建設した旧北炭滝の上発電所である。
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現在は北海道企業局の所有となっている。

お腹が空いたので国道274号線沿いにあった夕張市農協銘産センターに寄ってみた。
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夕張メロンが美味しそうだったが、食堂がないので、すぐに立ち去った。
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滝ノ上駅近くのスノーシェッドを経て
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間もなく、滝ノ上駅に着いた。
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(つづく)
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