山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

大菩薩峠山行4

湯ノ沢峠に下りてきたのは10:40。

出かける前は、ここから天目山温泉に下るつもりでいた。
でも、介山荘に「湯ノ沢峠からの下りは崩落箇所があり危険」との貼り紙があった。
ご主人によると、「山歩いている人なら大丈夫ですよ」と言ってくれたが、「危険」を口実に少し足を伸ばそうと思い直した。

コースタイム8時間超というのが不安だったが、ここまでかなりいいペースで来ているので、迷わず米背負峠まで縦走を続けることにした。

小金沢山以来、姿を見ていない彼女は、ここから下りると言っていたが、どうしたろうか?
峠のすぐ下にある、避難小屋で休憩しているかもしれない。
避難小屋は向学のため、必ず中の状態を見ることにしているが、今回はちょっと躊躇した。

彼女は、また私と会うのは間が悪いとでも思っている、としか思えないくらいのペースで歩いている。
扉を開けて、気まずい思いもしたくない。

とはいえ、ここで休んでいるとしたら、当然、私が来ることも想定しているだろう、ビクビクする必要はない、と扉を開けたら、

いなかった。
DSC_1380.jpg

ホッとすると同時に、ちょっと複雑な気分。こんな休むのにちょうどいい場所、タイミングなのに通過しなたんて、余程、私と顔を合わせたくなかったのかしら。

避難小屋は布団も毛布の配備もあり、とても清潔。
ここは天目山温泉側からは車道が通じているので、手入れも比較的楽なのかもしれない。
ノートのコメントは元旦に泊まった方のが最新だった。

大月側は登山道だが、5分も歩けば、林道の終点に出るようだ。
この峠は車では越えられないが、自転車なら容易である。

峠からひと登りすると、草原状の台地に出る。
「湯ノ沢峠のお花畑」と看板があるが、当然、冬枯れで何も咲いていない。
季節には何が咲くのだろう。
植物はからっきし知識がないので、今年はすこし勉強したいと思っている。
昨年はやっとトリカブトを覚えた。あれって、猛毒なのに、どこにでもあるのね。きれいで目立つし。

ちなみに、もう例の足跡はない。彼女はやはり急いで温泉へ下っていったようだ。

次のピーク、大蔵高丸(1781m)へは背の高いササの中の道を、2、3回巻いて登っていく。
頂上は高原といった雰囲気で、展望はほぼ360度。
これまであまり見えなかった北側も木々の間から覗ける。

今日歩いてきた白谷丸、黒岳、川胡桃沢ノ頭と、ず~っと向こうに熊沢山らしきササの斜面が見える。
あの陰が大菩薩峠だ。
当然、正面には富士山が相変わらずある。だんだんに雲の腹巻きを身に着けてきたが。
DSC_1413.jpg

ここからハマイバ丸まではほぼ平坦な稜線歩き。左右の展望もよく、丹沢の不動ノ峰あたりの雰囲気に似ている。
それにしても「ハマイバ丸」である。
カタカナの地名はどうも気になる。

「ハマイ場」:「ハマう」なんて古語は思いつかない。
「浜茨」:なぜ山の中に浜?

と思い悩んでいたが、着いてみたら、いきなり答えが出た。
「破魔射場」と標識があったからだ。

なるほど。破魔矢を射た場所だったのか。
検索してみると、由来の諸説を検討しているのが見つかった。
その中で、信ぴょう性がありそうなのが、これ。

田野の狩人池永新左衛門ほか二、三人の話では、「あの峰の南側は鹿のハメ遊ぶ所で、秋十月十五日から一週間ぐらい、夜になると鹿がメタハミ出してタケる。
そのためにハメーバ(小暮理太郎氏の説によるとハマイバからの転訛らしい)というので良い狩場だった。
焼山の奥、赤山沢のツメにもハメーバという所がある」と聞いた。
そうすると鹿の狩り場ということになる。

これによると、破魔矢は関係ないことになっちゃう。
それより、ハメ遊ぶとか、メタハミ出すとか、タケるって何だろ?

ハマイバ丸は南側のみが開けていて、やはり富士山が望める。
ここから少し下ると大きなケルンがあり、環境保護を訴える朽ちた看板の木がベンチのように置かれていた。
DSC_1440.jpg

お昼にするのに持ってこい場所だったが、思わずそのまま下ってしまった。

下る途中、「ぎゃっ」という声が聞こえたかと思うと、お尻の真っ白なシカが森の中に駆け込んでいくのが見えた。
シカの足跡はあちこちにあったが、全くその姿を見られなかっただけに僥倖だった。

それにしても、何に驚いたのだろう。
あまりに距離があったので、私ではないだろう。

そうこうしているうちに、天下石である。
高さ3mくらいの巨石だ。
DSC_1456.jpg

由来はよく分からないが、武田信玄が天下取りを誓った石、な~んて伝説でも残っているのだろうか。
看板に「天下石山頂」とある。
ここはピークというよりは、舌状の尾根の先端って印象なのだが、せっかく「山」と名乗ってくれているので、登った山の一つとしてカウントさせていただくことにした←かなりずるい

ここから一つピークを越えて、急坂を下りたところが米背負(こめしょい)峠。12:20着。
お腹もすいたので、ここで昼食とする。
しかし、眺望ゼロ。風が強くて寒いし暗い。
おまけにコンロのガスが終わりかけで火力が弱く、なかなか湯が沸かない。

スペアを持ってきているので、取り換えればいいのだが、なんか面倒なので、沸騰させるのを諦め、乾燥食料をもどして食べる。にゅうめんとカニ雑炊。にゅうめんはうまかった。

ここはいかにも昔からの峠道のような名称だが、大月側が完全に崩落していて、どこに道がついていたのかよく分からない。ふもとに下りて、天目山温泉のおじさんに聞いたら、
「昔の人は、むしろ大鹿峠を使ったそうだよ」
と言っていた。
大鹿峠は米背負峠の南にある峠である。

寒いので早々に出発。米背負沢沿いにどんどん下っていく。
沢がところどころ凍っている。
DSC_1470.jpg

軽快に下っていったが、心の中ではいつも「慎重に」と唱えている。
急がないといけない時も、「急がなくちゃ」なんて思ってはいけない。
心の中でつぶやくだけで、それが行動に現れる。
とくに、ここを下れば今日は終わり、という時が一番危ない。

でも、思わぬ恐怖に見舞われた。
あともう少しで林道に出るというあたりで、「パーン」という谷にこだまする猛烈な銃声!

昔、ハンター仲間同士で、獲物と間違って撃ってしまい、友人を殺してしまったという事件を聞いたことがある。
「おれはシカじゃありませんよ~」
と、おびえながら歩いた。
正味、クマより怖かった。

それでも、林道に出られて、ひと安心。
これから1時間は歩くわけだが、山の緊張感からは解き放たれた感じがする。

最後の関門が大蔵隧道だった。
このトンネル、カーブしているくせに照明がない。
今回初めてのヘッドライト使用である。こんな下界で使うことになるとは思わなかった。

でも、あってよかった。
地面に天井から落ちてきた水滴が凍ってできた、氷筍がたっくさんあったからだ。
ライトがなかったらつまずいて転んでいただろう。

で、ようやく2:15温泉に到着。ゆっくり湯につかり、4時のバスで帰途につきました。

(おしまい)














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