山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

日高(2)

【2017年6月25日(日)】日高
旧富内線の旭岡駅跡を後にして、平取町に向かう。
ちょうどお昼時でお腹も空いたので、最初に見付けた食堂に飛び込んだ。
DSC_5309_201708020838061e3.jpg
田舎町なので、食事ができるところは少ないはず。
選り好みしているうちに、町を通り過ぎてしまう。

キトピロラーメンがあるというので、それを注文した。750円。
DSC_5310_20170802083807bf9.jpg
キトピロとは行者にんにく(アイヌねぎ)のことだ。
まあ、ごく普通の味だった。しかし、この店は繁盛していた。

食後、昔からずっと行きたかった義経神社に向かう。
その前に、平取町役場に立ち寄った。
CIMG3295_20170802084450403.jpg

お役所コレクションだ。
CIMG3294_201708020844481bd.jpg

これは平取の「紋章」だろうか。何をデザインしたのか、よく分からない。
CIMG3296_20170802084451f65.jpg

義経神社のある義経公園には、松前ピリカ(1913~76年)の顕彰碑があった。
CIMG3297_201708020844534b0.jpg
平取町出身の民謡歌手で、旅芸人「松前ピリカ一座」を率い、一世を風靡したらしい。

義経公園はこのようになっている。
CIMG3299_20170802084454cc1.jpg

平取油田記念碑。
CIMG3300.jpg
1955年に町内で油田が発見されたが、採算が合わず、数年で採掘を終えたのだそうだ。

クリの大木。
CIMG3301.jpg

源義経が奥州から逃れてきた際に植えられたものだという伝説があるそうだ。
CIMG3302_20170802084429b4b.jpg

義経神社のご神木である。
CIMG3304_201708020844319d5.jpg

その隣に、鳥獣鎮之碑。「鎮魂」ではなく「鎮」だ。
CIMG3306_20170802084432eb6.jpg

参道には義経神社の幟がはためいている。
CIMG3308.jpg

屋根のコマーシャルとは珍しい。
CIMG3309_20170802084408e6e.jpg

平取は義経伝説の里である。
CIMG3310_20170802084410349.jpg

手水場の屋根は茅葺だった。
CIMG3312_2017080208441150b.jpg

義経神社は、1798年(寛政10年)、北方調査のため蝦夷地に来た近藤重蔵が、アイヌが崇敬していたオキクルミという英雄を源義経と同一視し、翌年、仏師に作らせた源義経の神像をアイヌに与えて祀らせたのに始まる。
CIMG3313_201708020843432a7.jpg

社伝によれば、義経一行は兄頼朝に追われて、蝦夷地に渡り、羊蹄山を廻って、平取のアイヌコタンに落ち着いたとされる。
CIMG3314_20170802084345e8c.jpg

義経は、そこで農耕、舟の製作法、機織りなどを教え、アイヌの民から「ハンガンカムイ」(判官の神の意?)あるいは「ホンカンカムイ」と慕われたという。
CIMG3316_201708020843466a5.jpg

ただ、義経はアイヌから様々な宝物を奪った大悪人だという伝承もあり、義経に裏切られて女性が自殺したという話もあるらしい。
CIMG3323_20170802084325219.jpg

もちろん、参拝させていただいた。
CIMG3317_20170802084348de0.jpg

なぜか九州・天草の塩が御神塩として販売されていた。
CIMG3318_201708020843499eb.jpg

義経と言えば、やはり馬である。
CIMG3319_20170802084321f58.jpg

義経の母、常盤御前と、妾静御前の石碑も。
CIMG3320_20170802084322ead.jpg

沙流川産のさざれ石。
CIMG3322_20170802084324bba.jpg

社務所に立ち寄り、交通安全のステッカーを購入。
CIMG3324_20170802084327043.jpg

戦前の絵葉書が展示されていた。
CIMG3325.jpg

境内にある義経資料館。
CIMG3327_20170802084227918.jpg

義経はアイヌをこよなく愛したとされるが、もちろん史実としては、義経は平泉で自害しているので、北海道には渡っていない。
CIMG3328_2017080208422884d.jpg

入館料は200円だった。
CIMG3329_20170802084229bec.jpg

さっき宣伝看板があった屋根のペイント。
CIMG3330_2017080208423161a.jpg

国道へと続く階段。
CIMG3331.jpg

英国人の女性旅行家イザベラ・バード(1831~1904年)が明治11年(1878年)に平取を訪れたという。
CIMG3332_20170802084155f29.jpg

国道脇にある義経神社の鳥居。
CIMG3333_20170802084156e66.jpg

義経は蝦夷地から大陸に渡り、ジンギスカンになったという有名な伝説もある。
CIMG3335_20170802084158db0.jpg

国道をはさんで対岸にある小山。
CIMG3338_20170802084159d71.jpg

参道脇に花菖蒲のお花畑があった。
CIMG3339_2017080208412229c.jpg

でも、お花の季節ではなかった。
CIMG3341_20170802084124f29.jpg

近くにある時計台風のお宅は、北島牧場の事務所なのかな。
CIMG3342.jpg

義経神社を後にして、二風谷ダムへ。
CIMG3344_201708020841276be.jpg

ここはアイヌによる建設反対運動があり裁判にもなったダムだ。
CIMG3359_201708020840121c3.jpg
CIMG3345_201708020841284e7.jpg

ダムの横にユオイチャシ遺跡が復元整備されていた。
CIMG3346_20170802084058c6f.jpg

チャシとはアイヌの砦のこと。
CIMG3347_20170802084100e29.jpg

17世紀半ばくらいまで存続していたことが発掘調査で判明したそうだ。
CIMG3349_201708020841015c8.jpg

発掘調査では、溝や柵の列が出土した。
CIMG3354_20170802084039b30.jpg
CIMG3350_201708020841022c9.jpg

巨大な堰堤。
CIMG3351_2017080208410499d.jpg

この緑は景観に配慮したもの、ということだろうか。
CIMG3352.jpg

かなり水量が多い印象だ。
CIMG3353_20170802084037d60.jpg

堰堤の上は自由に歩くことができる。
CIMG3356_20170802084040e06.jpg

流木をせき止める役割を担う網場(あば)が見える。
CIMG3357_20170802084042470.jpg

ダム管理所がかなり立派。
CIMG3358_20170802084010242.jpg

対岸には、「熊の姿岩」の意味がある「ウカエロシキ」が見えるらしい。
CIMG3360_201708020840136d6.jpg

もう木が生い茂ってよく見えないが、「アイヌの伝統と近代開拓による沙流川流域の文化的景観」の一つとして国の重要文化的景観に指定されている。
CIMG3362_20170802084015b9c.jpg

それでは、ダムを後にしましょう。
CIMG3364_20170802084016770.jpg

年内で営業を終えるという「民宿チセ」。
CIMG3365_20170802083946eba.jpg

その前には、アイヌに関連したモニュメント。
CIMG3366_2017080208394824b.jpg

その昔はアイヌばかりだったという二風谷小学校にも寄り道。
CIMG3367_20170802083949801.jpg

今もその比率はかなり高いはずだ。
CIMG3368_20170802083951770.jpg

小学校の敷地内に立つ違星北斗の歌碑。
CIMG3369_20170802083952d3f.jpg
北斗は、バチラー八重子、森竹竹市と並ぶ、「アイヌ三大歌人」の一人。
昭和4年(1929年)、29歳で亡くなるまで、アイヌの地位向上のために活動した。
「沙流川は昨日の雨で水濁り コタンの昔 囁きつつく」「平取に浴場一つほしいもの 釜があったらたてたいものを」の2首が刻まれている。

黒田彦三氏は二風谷小学校の初代校長だそうだ。
CIMG3370_20170802083923bca.jpg

二風谷小学校は明治25年(1892年)の開校。
CIMG3371_20170802083924aa8.jpg

児童数は2012年で17人だったという。
CIMG3372_20170802083926960.jpg

敷地内にあった木造の平屋だが、用務員宿舎か何かだったのだろうか。
CIMG3373_2017080208392821d.jpg

このあたりは道南バスの管轄か。
CIMG3374_2017080208392946a.jpg

近くにある旧マンロー邸にも立ち寄った。
CIMG3375_20170802083900ee3.jpg

ニール・ゴードン・マンロー(1863~1942年)はスコットランド出身の医師で人類学者。
CIMG3377_20170802083901d79.jpg

アイヌの生活文化の研究に力を注ぎ、晩年は二風谷に永住。多くの記録映画や著作を残した。
CIMG3378_201708020839030e1.jpg

その代表作は「アイヌの信条と文化」で、その功績を讃える石碑もあった。
CIMG3379_20170802083904d59.jpg

医師として、アイヌに献身的な診療を施し、敬愛されたという。
CIMG3382_201708020839068b5.jpg

この建物は、そのマンローの自宅兼診療所。
CIMG3383_201708020838350b2.jpg

現在は、北大文学部の二風谷研究所として利用されている。
CIMG3385_20170802083837286.jpg

一般公開はされていないので、建物の写真だけ撮って、国道に戻った。
CIMG3386_201708020838384d6.jpg

次は、目的地である二風谷のアイヌコタンへ。
CIMG3387_201708020838393f2.jpg

ここは日本でもアイヌの密度の最も高いところだ。
CIMG3388_2017080208384106c.jpg

木彫りが盛んで、大きな駐車場の向かいには貝沢民芸の大きな店舗が見えた。
CIMG3389_201708020838040c1.jpg

(つづく)
スポンサーサイト
このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://satsunan226.blog.fc2.com/tb.php/1361-0f761425
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
このページのトップへ

FC2Ad

プロフィール

かたこりまさかり

Author:かたこりまさかり
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (4)
北海道の山 (153)
東北の山 (62)
上信越の山 (139)
奥多摩の山 (55)
丹沢の山 (55)
奥秩父の山 (83)
栃木の山 (32)
房総・常陸の山 (9)
奥武蔵・秩父の山 (87)
中央線沿線の山 (96)
富士山周辺の山 (68)
八ヶ岳周辺の山 (54)
南アルプス (100)
史跡歩き (11)
中央アルプス (27)
北アルプス (45)
日本海の山 (8)
関西の山 (30)
四国九州の山 (61)
駅舎の旅 (26)
ドライブ (9)
廃線の旅 (12)
駅から散歩 (17)
乗り鉄 (38)
島の旅 (19)
山村の旅 (7)
超低山 (28)
東海の山 (2)
つぶやき (35)
旧道歩き (29)
伊豆の山 (39)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR