山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

離山・ナコウ山(3)

【2017年3月3日(金)】離山・ナコウ山
伊豆古道東浦路を経て、熱海の高台にある別荘地に出た。
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見晴らしがよく、真鶴半島もよく見える。
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こちらは熱海方面。
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初島もさらに近くなった気がする。
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しかし、時刻はすでに15時近い。
16:01網代発の電車に乗りたいのだが、かなり厳しくなってきたので、下りはちょっと走ったりした。

別荘地を20分ほど歩くと、再び人しか歩けない道になった。
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そこにこんな看板が。
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「うすづき山」とは、さっき巻いてしまったピーク(約235m)のことだろうか。
失敗した。知っていれば、もう一つ稼げたのに。

急な階段を下りると、熱海市立網代中学校の前に出る。
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網代中は2006年4月に多賀中との統合により廃校となった。
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本日、最後の1座、朝日山(163m)へは、ここから階段168段。
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たったった、と登っていく。
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頂上まで5分と書かれていたが、3分で着いた。
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こちらは若宮神社。
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まずは三角点を確認。
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ありがたいことに、手書きの山名板もぶら下がっていた。
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これが頂上の雰囲気。
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すぐ下に東屋があった。
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ここからの眺めも見事だ。
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初島から熱海行きの船が出たところ。
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あれに乗ったなあ。
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こちらは伊東港からの高速船。
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富士山が見えるとのことだが、伊豆の山々が邪魔していないのだろうか。
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結局、雲の中のようで、今回は確認することができなかった。
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それでは、朝日山公園を後にする。
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すぐ先にも展望スポットがあったが、大島が見えただけだった。
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ここには網代中の第58期生が成人式を迎えたのを記念した植樹があった。
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帰りは、網代中の前に戻って、そこから網代駅方面に行こうと思っていたのだが、この地図を見てやめた。
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網代トンネルの東側に旧道があり、そこから屏風岩や立岩が見えるように思えたからだ。
時間も何とか大丈夫そうだし、遠回りだが旧道回りで下ることにした。

網代長谷観音に至る途中に、復元された灯明台があった。
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その向かいには、東海呑吐の句碑の説明板。
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信州出身の武士で、熱海俳壇の祖とのこと。「散る時ははてしれなくて秋の月」と刻まれているようだが、句碑そのものが見当たらない。

まさか、これの裏に書いてあったのか。
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これは隠山亭阿たるの句碑。
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隠山亭とは、網代にゆかりのある秦中仲のことで、江戸時代の郷土史「豆州志稿」を秋山富南とともに完成した人物だ。辞世の句「神ととも高天原におくらるる」が刻まれている。

網代長谷観音の境内に入ると、古い石仏が並んでいた。
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寛保元年(1741年)の銘が読み取れる。
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境内の右側中段に観音像が三十三体、一列に安置されていた。
これらには寛政、嘉永の年号銘が確認できた。
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一番奥寄りの自然石には「三十三観世音菩薩」の文字。
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そして長谷観音の本堂。
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ここのご本尊は大和と鎌倉の長谷観音と同じ木から行基が作った3体のうちの一つで、一木三体観音と伝えられている。はじめは海岸の屏風岩の洞窟に安置されていたが、のちにここに移されたという。

一礼だけして、門前まで下ってきた。
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国道に出ると、間もなく立岩トンネルに至る。
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当方は、さっきの地図に従い、その海岸よりにある旧・旧道に分け入る。
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地図には、ちゃんとした道のように書かれていたが、遊歩道ですらない廃道だ。
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かろうじて残る縁石が、かすかに現役時代があったことを伝えている。
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眼下に岩礁が見えるが、名のある岩ではなさそう。
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これが、たぶん屏風岩。
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全く判読できないが、句碑らしきものがあった。
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さっきよりは少し波が出てきたかな。
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こっちが、おそらく立岩だろう。
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(つづく)
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