山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

離山・ナコウ山(2)

【2017年3月3日(金)】離山・ナコウ山
離山(154m)の石切り場から離山山頂展望台(実際は山頂ではない)に向かう。
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でも、展望台に着く前にロープで通せんぼがしてあった。
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強行する手もあったが、なぜか気力が湧かず引き返した。
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とにかく、離山の本当の頂上を極めなくては。
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さっきの標識にはこう書かれていたのだった。史跡見学は大丈夫のようだ。
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頂上付近は平坦で、最も高いと思われる場所に三角点はない。
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ちょっと探したが、少し先のやや低い場所にあった。
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ここは四等三角点。
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お約束を果たしてから石切り場まで戻り、宇佐美隧道方面に下っていく。
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途中で右手にベンチがあった。
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その前方が開けており、初島が正面に見えた。
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真鶴半島や岩礁も。
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頂上から15分ほどで国道135号の旧道にある宇佐美隧道に出た。
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大正14年(1925年)の開通で、全長114m。
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1993年に新宇佐美トンネルの供用開始に伴い廃止された。
トンネル自体は車両通行止めになっていたが、手前に自動車板金工場らしきものと車が何台かあって、宇佐美側からはここまで車で来られるようだ。
縁石におじさんが1人座っていたので、「こんにちは~」と挨拶したが、返事はなかった。

トンネルの向こうは海が見えそうなので、寄り道してみた。
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網代側は、入口から通行止めになっているようで、アスファルトの上に草が生え、廃道化が進んでいた。
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でも、ここからの眺めは最高。南に伊豆大島が望めた。
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伊豆東海岸の断崖を目の当たりにした。
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東の沖には初島が浮かぶ。
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北東には三浦半島。
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眼下の磯も波は比較的穏やか。
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さて戻りましょう。
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宇佐美側の隧道入口の脇から登り始める。
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峠に至ると、猛烈な急坂が待っていた。
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ロープが張ってあるので、何とか登れたが、なかったら足元が滑って、大いに難儀するところだった。
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標高差100mほどを一気に登ると、道はやっとなだらかになる。
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道の真ん中にぽつんと矢穴石。
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321mピークにはアンテナの残骸があった。
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ここから若干下って、登り返し。
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この道は、いわゆるハイキングコースになっているようだが、気軽に来られるようなところではない。
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再び、一瞬の初島。何度見ても美しい。
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トンネルから50分ほどで、ナコウ山頂上直下の石切り場に到着。
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ここには「羽柴越中守(細川忠興)石場」と刻まれた標識石が残っていた。
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当時の大名たちは、良質な石材を得るため、石切り場をめぐって激しい争奪戦を繰り広げたらしい。お隣、熱海市には「是(これ)ヨリにし 有馬玄蕃(げんば) 石場 慶長十六年 七月廿(にじゅう)一日」と刻まれた石があり、そこから西が丹波福知山城主・有馬豊氏の石切り場であったことが知られている。ただ、有馬家は慶長16年(1611年)の江戸城普請には動員されていない。将来の出番に備え、石切り場を予め確保しておいたのだろうと推定されている。

細川家も石切り場の確保に奔走していたことだろう。
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ここはわざわざ伐採してくれているのか、眺めは抜群。
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眼下に宇佐美の町並み。
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かつてはあそこを多くの石船が行き交ったわけだ。
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ここから海を見下ろしていると、感慨深いものがある。
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江戸時代の人々は、この草深い山に登って、大きな岩を掘り出し、コツコツと矢穴を開けて、岩を整形し、それを山から下ろして、船に積み込み、江戸まで運んで、今度はそこで石垣を積み上げた。
何の動力もない時代に、当時の日本人はこの壮大な事業を成し遂げたのだ。それを命じた将軍の権力、それを実現できた技術。いずれにも驚きを禁じえない。
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標識石にはちょうど木の影が映るので、太陽が雲に隠れる瞬間を待って、撮影した。

ちなみに、これは伊豆半島の脊梁山脈。中央左が巣雲山(581m)。
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ちょっと雲に隠れているが天城山(1406m)。
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大室山(580m)と伊東市街。
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伊東市街をアップで。
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ナコウ山頂上は、ここから急坂を1分。
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その名の由来は、当時ここで働いていた石工があまりのつらさに泣いたからだとか。
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ちょっとこじつけのような気がするが。
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頂上からは熱海方面をかろうじて望むことができた。
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その向こうには、箱根の神山(1438m)。
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標識石まで戻って、伊豆古道東浦路方向に下る。
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尾根をそのまま行くと遠回りなので、途中で斜面を下りたいのだが、踏み跡が見当たらない。
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面倒なので下りやすそうなところから、強行突破。
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間もなく、踏み跡が見つかり、古道に出た。
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舗装道路かと思っていたが、さにあらず古道らしい道だった。
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こちらにも矢穴石が転がっていた。
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「琵琶ころがし」の坂。道幅が狭く、谷側が急な崖になっているので、盲目の琵琶法師では転げ落ちてしまいそうだというのが、その由来。
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それほど狭くはない気もするけど。
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吉田松陰先生腰掛けの平石。
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嘉永七年(1854年)、日米和親条約締結のため下田に停泊中の黒船に乗り込もうと、吉田松陰は江戸から、この東浦路を駆けて下田へと急いだ。
その際、腰を下ろして休んだのではないかと言われている石だそうだ。
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「休んだ」ではなくて「かもしれない」としているところが奥ゆかしい。

道はぐんぐん登っていく。
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その途中に、峠の馬頭観音。
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寛政九年(1797年)の建立で、台座には「宇佐美右也 村内安全 願立遠藤平太」と刻まれている。
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でも、実はここはまだ峠ではなく、さらに登り坂は続く。
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ただ、傾斜はゆるくなった。
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右手に文化十三年(1816年)建立の法界萬霊塔。
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法界萬霊塔とは、村内に悪霊や災難が入らないよう峠や村界に立てられたもの。
左に矢穴の跡があるので、築城石の残りを転用したものと思われる。
「右世話人八左衛門」とある。

シダの道を過ぎると
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大島茶屋跡。伊東市と熱海市の境にあたり標高は288m。大島が見える場所なので、こう呼ばれていたのだろうか。
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今は跡形もない。
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ここで遊歩道は終了。別荘地に出た。
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開けているので、熱海方面と箱根の山を望むことができた。
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「あじろ南熱海ヶ丘」だそうだ。
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一応、伊豆古道のハイキングコースはまだ続く。
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ちょっと地中海のような眺めだった。
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(つづく)
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