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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

カニカン岳(2)

【2020年5月24日(日)】カニカン岳
せたな町のカニカン岳(981m)に登っている。
三合目を過ぎて標高600mを超えたあたりで残雪が現れた。
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ということは、この先、雪渓を登ることになるかもしれない。
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アイゼンは持って来なかったけど、まあ、この時期の雪なら大丈夫だろう。
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H君がクマの爪跡を発見した。
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そして、またしてもクマ糞。しかも、かなり新しい。
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これは今日のものかもしれない。
我々が、クマ鈴で追い立てる形で進んでいるのだろうか。

この子は葉っぱの形からしてフギレオオバキスミレのような気がする。
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この丸まった赤ちゃんの葉っぱは
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間もなく、こうやって開く。
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マイズルソウである。
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倒木を乗り越えて
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三合目から25分ほどかかって、やっと四合目。
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ここでも古い標識が木の幹に飲み込まれていた。
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ここまで1時間半ほとんど休まずに来たので、ちょっと小休止。
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アクエリアスを飲んで、麦チョコをいくつか口に放り込む。

10分ほどで出発。
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だんだん残雪が目立つようになってきた。
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ササも覆いかぶさってくる。
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なんと、四合目からたった7分で五合目に着いてしまった。
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これじゃあ、間隔があまりにもいい加減すぎやしないか。

と文句を言っているうちに、とうとう巨大な雪渓が現れた。
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これはキックステップで登るしかない。
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尾根に沿って、ずっと奥まで続いている。
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登山道を見失いかけたが、なんとかたどることができた。
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五合目から六合目まではわずか6分。
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これは序盤の元気なうちに頑張らせて、後半は気分的に楽をさせてあげようという作戦なのだろうか。

この後は雪渓と夏道の繰り返しだ。
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時々、踏み抜くこともあるので、要注意。
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なんて下ばかり見ていたら、いきなり稜線が現れた。
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しかも、あれは頂上ではないか!
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なんということだ。我々は雲の上に出てしまったらしい。
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雲の上が青空というわけではないのが残念だが、贅沢は言うまい。
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雨を覚悟していただけに、俄然テンションが上がってきた。
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このあたりで標高は約750m。
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あと200m以上登らなければならないが、眺望に元気をもらった。
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ガスの中の樹木たちは、とても幻想的。
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七合目には10分で着いた。
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30分もかからずに3合分進んだことになる。
ここで2回目の休憩をとって、5分ほどで出発。
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ここにカニカン金山の坑道跡があったらしいのだが、全く気付かなかった。

ガスから脱け出すと、陽が当たっているわけでもないのに暑くなってきた。
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風もあまりないので、雪渓のひんやり感が上がってこないのだ。
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さあ、いよいよ急登が始まった。
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手を使わないといけないようなところなので、Yちゃんが手に持っていたタケノコ袋を預ることにする。
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あんなのを持っていたら、ロープ場は登れない。
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斜面全体が雪渓になり、夏道が分からなくなってしまった。
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でも、とりあえず上を目指せば大丈夫だろう。
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青空も見えてきた。
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そして雲海に浮かぶ峰々も。
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げーっ、羊蹄山(1898m)も見えるではないか!
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これには一堂、感激であった。
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左手遠くにも残雪の山が。あれは遊楽部岳(1277m)だろう。
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手前の稜線も今なら雪渓をつたって歩けそうである。
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実にいい眺めだ。
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そして、南の方角に目を凝らすと、あれはまさしく駒ヶ岳(1131m)。
うっすらとだが、剣ヶ峯のとんがりと台形状の砂原岳(1112m)が確認できる。
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羊蹄山に目を移すと、その右に昆布岳(1045m)がちょこんと顔を覗かせていた。
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いやあ、こんなに素晴らしい展望が得られるとは思わなかった。
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これは、もしかしてシラネアオイ?
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まだつぼみだが間違いない。これまた感激である。

雪渓の一番上まで登って来たが、夏道が見当たらない。
地図を確認すると、もう少し左手に下ったところにありそうだ。
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行ってみると、ちゃんとあったが、すぐにロープ。
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しかも、足元がかなりガレている。
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一人一人、慎重に登った。
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これが最後の急登である。
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登り切ると、この風景。この稜線はとっても気に入ってしまった。
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その右側は原生林の谷。
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頂上はもうすぐそこだ。
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八合目を見ないまま九合目の看板が現れた。
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八合目の看板は雪の下だったのだろう。
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きれいにササが刈られた道を進む。
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このまま行けると思ったら、まだ雪渓登りが残っていた。
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山頂近くに露出していたごつごつした岩を横目に
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雪渓を直登。
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なかなか楽に登頂させてはくれない。
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盆栽岩を過ぎると
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右手に大展望が広がった。
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羊蹄山の左にはニセコ連峰も。
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さらには大平山(1191m)。
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これらはあとでじっくり見ることにして、とにかく頂上を目指す。
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もうすぐそこのはずだ。
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この岩を超えて
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現れたのはこの景色。
頂上はすぐそこに見えているのだが、シャッターを押す指が止まらない。
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東に現れたのは狩場山(1520m)だ。まだ真っ白じゃないか!
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踊る雲海。
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こんなふうに羊蹄山を拝めるとは、なんて幸せなんだ。
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ニセコアンヌプリ(右、1308m)。
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名も知れぬ山々も実に美しかった。
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(つづく)
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カニカン岳(1)

【2020年5月24日(日)】カニカン岳
先週、兜岩に登った帰り、H君から次はカニカン岳に登ろうと提案があった。
カニカン岳は道南のせたな町にある標高981mの山で、そのユニークな名前のおかげで随分以前から気になっていたところであった。
函館ナンバー圏内まで遠征する点で、自粛警察がちょっと怖かったが、もちろん承諾。
O君は仕事で行けないので、今回はYちゃんと3人ということになった。
当日、我が家には6時に来てもらう約束だったが、H君はまた10分以上早く到着。
これでは、藤野にあるYちゃんの家に着くのも随分早くなるなあと思ったら、案の定約束より20分も早く6:10に着いてしまった。
さすがに彼女はまだ準備ができておらず、6:25に飛び出してきた。
急がせてしまって申し訳ない。
こちらは待っている間に、車の中で朝食のパンを食べていた。
3人そろったところで出発。天気は上々である。
ただ、予報では下り坂。現地の降水確率は40%もある。
今日も降らないことを祈るばかりだ。
近くのコンビニで昼食を調達。私は、おにぎり2個とピリ辛きゅうりを購入した。
それと、帰りにお腹が空いた時のために、大好きな豆パンも1つ。
中山峠を越えると、残雪の羊蹄山(1898m)がどどーんと見えて、歓声を挙がった。
ただ、ふもとに雲海らしきものが見えていて、ちょっと心配だ。
喜茂別町の市街地に近づいてくると、まさに富士山さながらの羊蹄山が眼前に迫ってくる。
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左前方には尻別岳(1107m)。こちらはほとんど雪が解けてしまっていた。
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市街地に入ると
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尻別岳が正面に来る。
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この山を左に回り込んで留寿都村に入った途端、いきなり濃霧である。
さっき見た雲海の中に侵入したようだ。
単なるガスなら、日が高くなるにつれて晴れるものなのだが。
霧は濃くなるばかりである。
噴火湾沿いに出て濃霧からは脱出したが、今度はどんより曇り空になってしまった。
やはり予報通りである。
わざわざ、晴れている札幌から、条件の悪いこんな遠くまで来てしまってバカみたいだが、札幌周辺はもうほとんど登り尽してしまったので仕方がない。
まあ、雨さえ降らなければいいだろう。

長万部町役場近くコンビニでトイレ休憩。
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その向かいに、去年道南遠征の際に撮影した銭湯の栄湯があった。
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貼り紙がしてあるので読んでみると、なんと今年3月に閉店していた。
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理由は施設の老朽化だそうだ。
昭和18年(1943年)以来、77年の歴史に幕を下ろすことになったわけだ。
利用する機会はなかったが、長い間お疲れ様でした。

廃業したドライブインが並ぶ国道5号を南下し、国縫で右折。
再び国道230号を走る。
町界の峠を下ると間もなくピリカダムが見えてくる。
ダムの手前を右折すると、その道はなんと道道999号であった。
スリーナイン! 写真に撮っておきたいので、帰りに寄ってもらうことにした。

その先の二股を左へ。道は道道836号に変わる。
ピリカダムのダム湖、ピリカ湖が左手に展開した。
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H君が「ほれ、撮りなさい」と車を停めてくれたので、お言葉に甘えたが、こんなに低い雲が垂れ込めている。
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今日は展望ゼロを覚悟。H君も「今日は修行だ」と宣言した。

ちょっと心配していた道道836号のゲートはちゃんと開いており、B案の美利河丸山(674m)に変更しなくて済んだ。
ゲートから5kmほど北上して、登山口には9:10頃に到着。
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我が家から3時間以上もかかった。
いつもながら、H君、運転ご苦労様です。
幸か不幸か、先行者は誰もいなかった。
自粛警察のことを考えるとよかったが、クマのことを考えるとちょっと残念である。
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下草が濡れていることは十分想定されたので、雨具の下を着用。
皆さんの準備が整うまで、あたりをあちこち撮影。
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道道はいつのまにか林道となり、この先は一般車両通行止めとなっている。
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でも、通行希望者は事前に森林管理所に連絡すれば通れることもあるらしい。
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それでは、9:22出発。
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路面はべちゃべちゃしており、シカの足跡がくっきり残っている。
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葉っぱには小さな水滴がたくさん付いていた。雨具を履いて正解である。
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最初は林道くずれの平坦な道。
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5分ほど歩くと、再び「登山口」の標識が現れ
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ここから道が細くなる。
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H君がカタツムリを発見。
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雨もようだと、葉っぱが青々として気持ちがいい。
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山菜風の植物も萌え始めていた。
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根曲り竹のタケノコもあちこちに顔を出している。
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今日は副産物も期待できそうだ。

間もなく、傾斜は一気に急になった。
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そして真新しいクマの糞。
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私は、鳴りの悪いクマ鈴をザックから外して、手で持って鳴らしながら歩くことにした。
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H君も笛を取り出し、ピーという音を響かせながら歩く。
自粛期間中ということもあり、絶対事故を起こしてはいけないので、いつも以上に注意しなければならない。

歩き始めて20分ほどで一合目を通過。
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このあたりからタケノコが目立ち始め、Yちゃんはボキボキもいでいく。
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そんな中、クマがスリップしたような足跡も発見。
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我々が追い立てるような形になっているのだろうか。

クマさんもゆっくり食事をしたいだろうに、すいません。
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ちなみに、登山口の標高は約260mなので、今日の標高差は720mほど。
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アップダウンもあるので、累積標高差としては800mを超えるだろう。
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途中、木の幹に飲み込まれてしまった標識を発見。
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おそらく昭和30年代くらいのものと思われるので、半世紀でこんなふうになってしまうわけだ。
自然の底力を感じる。

間もなく二合目を通過。一合目から15分ちょっとかかった。
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Yちゃんは収穫に大わらわである(笑)。
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いいタケノコがたくさんあるのだから、仕方がない。
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そんな中、ツバメオモトさんに再開。1年ぶりだ。
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こちらの群落はまだ花は咲いていないが、マイズルソウだろうか。
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野イチゴかしら。
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ツタウルシかな。
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花の名前は、秋から冬の間にすっかり忘れてしまう。
毎年、一から勉強のやり直しだ。
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これまた新しい糞を発見。ちゃんと形をなしているが、これもクマなのだろうか。
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しかし、正しく恐れて、前進。
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霧の立ち込める森の中を進む。
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シャクナゲの赤ちゃん?
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これは、おそらくエンレイソウだろう。
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ササも多いが、お花もたくさんある山である。
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いつの間にか、515mピークを過ぎ、二合目から30分もかかって、三合目に到着。
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やけに長いので、三合目は見逃して、次は四合目だと思っていたのにがっかり。
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ここにも、標識をくわえた樹木があった。
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相変わらずガスは立ち込めている。
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幻想的だ、と思っておこう。
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どうせ、樹林帯の中は晴れていても展望はないのだから。
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フキノトウとフキの赤ちゃん。
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倒木を切断してくれて、ありがとうございます。
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10時半すぎに636mピークを通過。
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でも、まだまだ先は長い。
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(つづく)
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札幌平和塔(下)

【2020年5月23日(土)】平和塔
自宅から歩いて1時間弱で平和塔(178m)に到着した。
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振り返ると、藻岩山(531m)の山頂。
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この白い建物は何のためのものなのかは、よく分からない。

塔のそばに小さな石の祠が鎮座していた。
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その傍らに小さな池。水が湧いているように見えるが、飲用不可だそうだ。
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平和塔の正面に回ってみる。
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東南アジアや南アジアなどに見られる、いわゆるストゥーパである。
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金色に輝く仏様が札幌の街を見守っていた。
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真正面。
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手前に建立の経緯が書かれた碑があった。
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説明によると、この塔は太平洋戦争の犠牲者の冥福と世界平和達成を祈って、日本山妙法寺の山主、藤井日達上人の発願に基づき、建立されたものだそうだ。
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この発願に際し、インドのネール首相は衷心より賛意を示されて仏舎利を贈られ、塔内に納められているという。
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昭和34年(1959年)5月に着工し、昭和36年8月に完成したとのことだ。

塔の中段まで登ってみた。
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しかし、木々に隠れて、ほとんど市街を眺めることはできない。
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背後に回ると、藻岩山山頂がくっきり。
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ロープウェイの中腹駅も確認できる。
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それでは下山するとしましょう。
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ロープウェイの山麓駅方面に下りる別の道があるので、当然そちらを選ぶ。
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最初はものすごく急な階段だった。
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40段ほどの階段を下ると、道は右折して登山道となる。
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路面には、ごつごつした石がむき出しになっており、わりと歩きにくい。
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しかも、そんなに広くないので、おそらく、小学校の頃に登ったのは、この道ではあるまい。
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きっと、墓地から登ったのだろう。

間もなく、はらっぱのある森への分岐を通過。
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そちらへは行かないで
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ここはヘアピンカーブをそのまま左折する。
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振幅の長いつづら折れの道が続く。
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それにしても、これは本格的な登山道だ。
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さっき分岐していた上からの近道が合流。
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その先の休憩所を通過して
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私も近道を行くことにした。
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日蔭に白い花がひっそりと咲いていた。
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こちらはクルマバソウの群落。
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つづら折れの本道が合流してくると
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そこはもうゴールである。
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登り口は一部、崩落していた。
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下山には10分ほどしかかからなかった。
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山麓の伏見東緑地には、石森和男・延男父子の文学碑がある。
石森延男(1897~1987年)は札幌市出身の児童文学者で、アイヌを扱った「コタンの口笛」は映画化もされた。
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その父、和男(1860~1916年)は歌人で「われらが愛する北海道」(1908年発表)の作詞者でもあるそうだ。
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そんな曲があることを知らなかったが、正式な道民歌が制定される1966年頃までは、広く道民に愛された歌だったという。
ちなみに第一章はこのような歌詞である。
 十一州のしずめなる
 ヌタプカムウシペ峰高く
われらが心をあらわして
国のも中にそびえたり
「ヌタプカムウシペ」とは大雪山旭岳のことである。

これらの石碑の間に、2人の略歴を記した石碑が設置されていた。
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すこし離れた場所に昭和43年(1968年)に建立された相良義重の歌碑がある。
「霧去りてしずくしたたる 笹の葉に高山蝶が 来て羽たたむ」 
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義重は明治35年(1902年)、福島県に生まれ、4歳の時に家族とともに現在の佐呂間町に入植。歌人として活躍し、「防雪林」「低地帯」「喜望峰」などの歌集が世に出した。
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その隣に、鳳帥流現代朗吟会が創建20周年を記念して1985年に建立した吟魂碑。
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「藻岩の四季 白いこぶしや山桜 春暁覚めて 山腰に咲き 山麓の花園は 陽光に萌え 生彩の気 ちまたにあふる」と読めた。

この先に札幌市水道記念館があるというので行ってみた。
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しかし、ちょっと遠いようだし、どうせ休館中だろうから途中で引き返す。
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その代わり、旧小熊邸に立ち寄る。
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旧小熊邸は1927年(昭和2年)に日本で初めてツーバイフォー工法で建てられた建築だそうだ。
もともと大通り近くにあったが、1988年に現在地に移築された。
以来、「ろいず珈琲館」として使用されてきたが、2017年11月に閉店している。
しかし、いつの間にか別の店が営業していた。
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ドリーバーデンというフライフィッシング、アウトドアギアの店で、カフェもやっている。
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調べてみると、ろいずが退去した翌2018年の4月にはもう入居していたらしい。
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ソフトクリームにも興味があったが、時間も時間なので次回を期すことにした。
ちなみに、この建物は札幌市都市景観重要建築物で、さっぽろ・ふるさと文化百選にも選定されている。
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ナナカマドが白い花を咲かせていた。
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では、山麓駅に向かおう。
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こちらが山麓駅。
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休業中なので、誰もいない。
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でも、6月1日には営業再開できることだろう。
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駅のとなりに、夫婦カツラと呼ばれる樹齢約300年のカツラの木があった。
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もともと2本の木だったが、いつしか1つになってしまったそうだ。

藻岩山の山名板。こういうのが山頂にも欲しいところだ。
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庭園風の池に抹茶のような水が。
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水源が枯渇してしまったのだそうだ。
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駅の奥が東本願寺北海御廟。
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でも、さっき行ったので、これ以上は進まず引き返す。
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下りてくると、左手に日本山妙法寺。
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平和塔を建立した寺院である。
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その隣に太陽食堂。
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結構おいしそうだ。でも、なかなかここには来にくいなあ。
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北海道札幌伏見支援学校のところで右折。
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環状線を東進すると、右手に白壁のカフェブラン。
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電停からロープェイ山麓駅への無料シャトルバスのりば。
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当然、運休中だ。
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すぐ先に、ロープウェイ入口電停。
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ちょうど電車がやってきた。
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ニチレイのラッピング車であった。
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初めて見つけたすずらん柄の札幌市マンホール。ちょっと小さめ。
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昭和40年代と思われる民家はきちんと記録に残しておく。
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こちらは50年代か。つたがからまっているが今もお住まいの様子だ。
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もともとサツドラがあった空き地では、大和ハウス工業がビルを建設中だった。
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環状通から左折し、東屯田通を北上すると、左に「静穏保持法指定地域」という外務省設置の標識があった。
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「外国公館等周辺地域」なので、違法な拡声器の使用は法令により罰せられるのだそうだ。
「違法な」拡声器の使用はどこだってダメだろう。

この垣根の中は普通の民家みたいだが、外国公館なのだろうか。謎だ。
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宗広書店。こんな本屋さんがあるなんて知らなかった。看板が小さすぎ。
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その並びに坂田金物と札幌食品。
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いずれも、昭和40年代の建物だろう。
というわけで、17:20頃に帰宅。
2時間弱のちょうどいい散歩になった。

【行程】2020年5月23日
自宅(15:25)~東本願寺階段下(15:57)~平和塔(16:21撮影16:27)~山麓駅(16:52)~ロープウェイ入口電停(17:05)~自宅(17:21)
※所要時間:1時間56分(歩行時間:1時間45分)
※登った山:1座(平和塔)
※歩行距離:6.7km
※累積標高差:約180m
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札幌平和塔(上)

【2020年5月23日(土)】平和塔
恵庭渓谷周遊を終えて15時過ぎに札幌に戻ってきた。
恵庭は霧雨だったが、札幌は晴れている。
日もまだ高いので、このままひきこもるのはちょっともったいない。
というわけで、半世紀ぶりに藻岩山の中腹にある平和塔に行ってみることを思い立った。
平和塔のある地点は標高178mの小ピークで、札幌150峰の番外にリストアップされているので、「登った山」に認定できる。
実は、ここに登るのは小学校低学年の時の登山遠足以来、なんと半世紀ぶり。
当時の記憶は全くないが、平和塔自体は、市街地から毎日眺めている。
どんなところだったのか、確認してみたい。
ふもとまで自転車で行くこともできたが、あえて自宅から歩くことにした。
ちょっとだけ遠回りになるが、市電の電停をつぶしながら行く。
15:25に自宅を出発。電車通りを南下する。
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まずは、山鼻19条電停。
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背後は、山鼻ゴルフセンターだ。
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この電停は、環状通りと電車通りが交差する位置にある。
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向かいは、そば処東家。
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並びにパニカレー。
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さらに南下して、幌南小学校前電停まで来ると、ちょうど電車が到着するところだった。
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不動産情報会社のラッピングがしてある。
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これは外回りの方の電停。
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柏中学校前横断歩道橋の下で、市電は大きく右にカーブする。
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私も右折して、西進。右手に古い木造家屋があった。
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間もなく、東屯田通電停。
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これは内回りの方の電停の背中。
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豚丼屋さんかと思ったら、喫茶店だった。
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左前方に藻岩山が見えてきた。でも今日は頂上までは登らない。
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続いて、石山通電停。
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リニューアルされた電停は内回りがブルー、外回りがオレンジ色に統一しているようだ。
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中央図書館前には、お客さんがかなり並んでいた。
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間もなく新型車両ポラリスが入線。
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皆さんを乗せて行ってしまった。
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こちらが札幌市中央図書館。埋蔵文化財センターを併設している。
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古い住宅は漏らさずチェック。このお宅は劣化するままではなく、ちゃんとお化粧直しをしている。
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こちらも敷地の広いお宅。モルタルに建て替えてあるが旧家のようだ。
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札幌バブテスト教会のひかり幼稚園。
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教会本体は全然教会らしくないが、道路の向かい側にあった。
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このあたりで、市電は再び右へ大きくカーブ。
正面には電車事業所がある。
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電車事業所前の電停にはコカ・コーラのラッピングをした真っ赤な電車が待機していた。
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電車事業所の左手(南)は中央区役所管理地。
現在は伏見小学校のグラウンドとして使用されているようだ。
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いま西に向かって歩いてきた南22条通りのどん詰まりには、山鼻祭典区会館がある。
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ここまで来たのは初めてだ。
中には北海道神宮祭のときに出場する神輿が納められているのだろうか。

その向かいは、電車事業所の敷地。
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点検作業を行う車庫もあった。
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事業所のさらに奥は山麓沿いの道。
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いよいよ、ここから登山開始だ。
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ここまで自宅から2.4km。
地形図を見て、この登り口が階段であることは知っていたが、まさか鉄の階段とは。
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てっきり、お寺らしく石段だと思っていた。

長い階段を登り切ると、正面に石山軟石で築いた石垣が草に埋もれていた。
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ここで方向を右に変えて、もうひと登り。
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このあたりで、やっと町並みをちょっとだけ展望することができた。
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東本願寺の境内に入ると、まず鐘楼が迎えてくれる。
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正面に北海御廟。
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2015年に落成した納骨堂である。

近くに、報徳碑があり、多くの方々のご芳名が列記されている。
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裏面を見ると、参道石段の寄付者であった。
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その向かいに立つのは、現如上人開教之碑。
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現如上人すなわち大谷光榮(1852~1923年)は東本願寺の第22代法主。
北海道開拓を明治政府から請け負い、函館と札幌を結ぶ本願寺道路を開削したことで知られる。
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東本願寺札幌別院を開いたのは明治4年(1871年)のことである。
お骨はここ北海御廟にも分骨されているという。
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ここから上は広大な東本願寺の墓地だ。
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振り返ると、報徳碑の向こうに高層マンションやホテル群が見える。
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高さ的には目立たないが、札幌パークホテルの青い壁も確認できた。

実は小樽にあった実家の菩提寺も真宗大谷派。正覚寺である。
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死んだら、そこの納骨堂に入ることになるのだろうか。
でも、もうそこはいっぱいだ。そういうことも考えておかないと。
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右手に札幌もいわ山ロープウェイの鉄塔が見えたが、まだ新型コロナの影響で休業中のままである。
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墓地の斜面を登り切ると、大きなお堂がある。
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ここからは素晴らしい展望が広がった。
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意地悪な目で見ると、市街地も墓石のように見える。
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右奥にJRタワー、左奥に円筒状のプリンスホテル。
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JRタワー周辺を望遠で。
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目線を少し右にずらすと、左端にテレビ塔。右にはタワーマンションが林立している。
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観覧車と札幌市役所、さっぽろ創成スクエアが折り重なって見える。
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そのさらに右が山鼻界隈。
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正面に札幌ドームが浮かぶ。
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見上げると、目指す平和塔の先端が。
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では、さらに上を目指すとしよう。
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墓地が途切れると、まさにその先は「登山道」。
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新緑の森の中に舗装道路が続いている。結構、急な坂だ。
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癒されます。
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途中、ロープウェイの真下を通過。
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ロープウェイの下は樹木が伐採されている。
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このあたりで標高150m。
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右手に小屋のようなものが見えてきた。トイレだろうか。
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平和塔は原生林に囲まれ、まだ先端しか見えない。
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ここで舗装道路はおしまい。
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さっきの小屋の周辺は樹木がまばらになっている。
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「はらっぱのある森」と呼ばれている空間のようだ。
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でも、中はかなり荒れており、立入禁止のような感じになっていた。

まあクルマバソウがきれい。
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道が大きく右にカーブすると、やっと平和塔がその全容を現した。
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(つづく)
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兜岩・兜峰(下)

【2020年5月17日(日)】兜岩・兜峰
兜峰(670m)には10時半前にたどり着いた。
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すぐ西に盤の沢山が見えるはずだったが、すっかりガスに包まれていた。
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その手前は745m標高点があるピーク(実際の標高は約800m)。
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こちらは豊滝方面。
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八剣山(手前、498m)と八剣山北峰(578m)が見える。
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その左はかつて小金湯スキー場があった471mピーク(小金湯山)。
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ここでももちろん記念撮影。
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いきなり冷たい風が吹いてきた。雨が降るとやばいので早々に下山する。
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さっき通ったやせ尾根を戻る。
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あの急坂を下ると思うと、ちょっと緊張する。
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自粛期間中だけに、絶対ケガはできない。

カメラはポケットにしまって、足元に全神経を集中。
10数分かけて鞍部まで下りてきた。みんな無事で何より。
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ここで小休止。もぐもぐタイムとする。
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こんなに大きなどら焼だったが、お腹が空いていたのでペロリと食べてしまった。
H君も2個目のパンに突入していた。
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寒かったので、ひとりダウンを着込んだが、出発にあたり、また脱ぐ。
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右手の小ピークを見送って
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10分ちょっとで下山再開。
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滑りやすい道をずんずん下る。
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鞍部を振り返る。ちょっぴり幻想的。
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オオカメノキの白が鮮やかだ。
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正面に豊平山と豊栄山。
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こいつは、どうも気持ちが悪い。
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Yちゃん、下りはゆっくりである。
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登りの時も写した倒木。
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ロープ場を目前にひと息入れて
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最後の難関に突入。
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さすがにここは後ろ向きじゃないと下れない。
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でも、渡渉地点はすぐそこだ。
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狭くて落ち着かないテラスを通過。
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私がまだ格闘中なのに、男2人はさっさと川を渡ってしまった。
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帰りのゴミ袋係はO君が担当。おかげでYちゃんの靴はびちゃびちゃにならずに済んだ。
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たった今、制覇した兜くんを振り返る。ふつふつと充実感が湧き上がってきた。
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ここで、これから山に向かうご夫婦とすれ違った。
「こんにちは~」と挨拶したが、先方はぎこちなく会釈して、通り過ぎていった。
お互い様なので、そんなにびくびくする必要はないと思うが、やはり罪悪感を抱えて、ここに来ているのだろう。
早く、何の気兼ねもなく山に登れる日が来てほしいものだ。

というわけで、フォレストハウスまで下ってきた。
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あとは林道を10分ほど歩くだけ。
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11時半過ぎにゲートに到着した。
車は1台入れ替わり、2台に増えていた。
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1台はさっきのご夫婦として、もう1台は山菜採りの人だろうか。

とにもかくにも、本日の山行は終了。
山旅ロガーによると、本日の歩行距離はH君のログで2.7km、私のログで3.2kmだった。
ずいぶん誤差があるが、それにしても短い。
あんなに頑張ったのに3km前後とは。
それだけ急登の連続だったという証拠だろう。

それでは、小金湯温泉の「まつの湯」に向かう。
「湯元小金湯」はまだ休業中だが、「まつの湯」はGW明けから営業していることを、事前に確認しておいた。
正午ちょうどに到着。
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駐車場は結構埋まっていたが、お風呂そのものは、そんなに混んでいる感じではなかった。
露天は適温だったので、のんびりと湯につかって、疲れを癒やすことができた。
今回はロープが多かったので、明日は上半身の筋肉痛が心配だ(実際はならなかった)。

ここは確か3回目のはずだが、廊下に昔の写真が貼ってあるのに初めて気づいた。
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これが昭和39年(1964年)5月に撮影した焼失前の「松の湯」。
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ここには、かつて板倉旅館や中谷旅館といいた宿もあり、温泉街を形成していたようだ。
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そんな時期に来てみたかった。

1時間近くかけて汗を流すと本格的にお腹が空いてきた。
山中のおやつタイムの協議で、ランチは石山のびっくりドンキーで決行することが決定していた。
ラーメンやカレーの店もあれこれあるそうだが、カレーは前日食べた私とH君が却下。
「びっくりドンキー久しぶりでいいねえ」という声が上がり、ラーメンは結局遡上に上がらなかった。
13:10に到着。
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O君のみ300gで、あとの3人はみな150gのおろしそハンバーグ。
ビールは販売中止になっていたので、OH砲はノンアルビール、Yちゃんはジュース。
私はアフォガートをいただいた。
ビールが飲めないならソフトでしょ!
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4人でこっそり乾杯。
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また「自粛登山」を開催することを約して、解散となった。
私は、H君に送ってもらい、15時前に帰宅。
なかなか歯ごたえのある、素晴らしい山だった。

【行程】2020年5月17日
登山口(9:00)~フォレストハウス(9:08)~渡渉終了(9:19)~分岐(9:50)~兜岩(9:57撮影10:06)~鞍部(10:09)~兜峰(10:26撮影10:32)~鞍部(10:45休憩10:57)~渡渉地点(11:24)~登山口(11:35)
※所要時間:2時間35分(歩行時間:2時間5分)
※登った山:2座(兜岩、兜峰)
※歩行距離:3.2km
※累積標高差:約380m

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兜岩・兜峰(中)

【2020年5月17日(日)】兜岩・兜峰
兜岩(約580m)の頂上を目指し、急斜面を必死に登っている。
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あたりは原始の森である。
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倒木には新しい命が芽生えている。
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名前は分からないが、とても小さなかわいい花が咲いていた。
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これはまだ花を付けていないが、エンレイソウだろう。
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ニリンソウかしら。
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登山道は谷筋に沿っており、兜岩と兜峰(670m)の鞍部に通じている。
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左手、兜岩の山体にはところどころ岩が露出してきた。
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柱状節理があるところを見ると、やはりこの山も火山活動で生まれたのだろう。
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倒木も新旧いろいろとあった。
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これなどはジャミラの遺体のようである。
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兜岩の主と呼ばせてもらおう。
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もちろん、シカの糞もあちこちにある。
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と思ったら、残雪を発見。
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標高500m程度のところに、まだ残っているとは思わなかった。
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背後を振り返ると見事なV字谷になっている。
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やっと稜線というか、鞍部が見えてきた。
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このあたり、土が柔らかくて滑りやすい。
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ぜんまいによく似ているが、ぜんまいはこんなに毛深くないはず。
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いよいよ、稜線が間近に迫ってきた。
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キツツキに攻められ続けた枯れ木を見送り
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兜峰への道との分岐を過ぎると、兜岩頂上まであと140m。
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しかし、山の140mは意外に遠い。
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私の好きなハリギリの木。
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サクラの花びらにほっこり。
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やっと頂上が見えてきた。
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てっぺんはさすがに岩である。
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ほぼ1時間で登頂。立派な山名板があった。
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頂上は4人が同時に立てるほど広くはない。
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でも、こんな天気にもかかわらず、眺望は抜群。
北東の方角は藤野3豊山が居並ぶ。真ん中の美しいピラミッドは豊平山(663m)。
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東は藤野富士(左、651m)と真簾峠の東に位置する652m峰。
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南西の方角。標高900mあたりから上は雲がかかっていた。
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すぐ西に兜峰。
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眼下は新緑と常緑樹のまだら模様の原生林が広がっていた。
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春もみじも若干混じっている。
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最後にもう一度、淡い緑をまとった藤野3豊山。
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記念撮影をして
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10分ほどで移動開始。
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オオカメノキが純白の花を咲かせていた。
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葉っぱも大きくなりきっておらず、実に若々しい。
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先頭はO君からYちゃんに交代。
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3分で鞍部まで下ってきた。
しかし、下山の矢印が上を向いているのはちょっと違和感がある。
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さあ、兜峰まで登り返し。
標高差約110mを距離340mで登るという驚異的な急登だ。
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ちょっとショウジョウバカマに似ているけど、葉っぱの形が全然違う。
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カットされた倒木の間を通過。
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兜峰からの下山道の分岐も通過。
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「火の用心」の表示を横目に、急登に取りかかる。
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手をつかなければ登れないほどの急斜面だ。
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さすがにロープがありがたい。
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こんな崖のようなところになると、ロープなしでは無理だ。
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それにしても、先頭のYちゃんは速い。おやじ3人は全く着いていけなかった。
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頂上台地にシカさんの落とし物。
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こちらはちょっと古いのか、白っぽく乾いている。
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変な方向に下らないよう通せんぼ。
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頂上は左の方向だ。
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その先でサクラが真っ赤な葉っぱとともに遅い春を告げていた。
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頂上までは、少しだけやせ尾根を進む。
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なんとかかんとか、兜岩から20分ほどで登頂できた。
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(つづく)
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兜岩・兜峰(上)

【2020年5月17日(日)】兜岩・兜峰
高校の後輩Yちゃんから、「簾舞の兜岩は行ったことがありますか?ヤマレコでは熊の糞があったなど熊の生息域のようです。定山渓より近いので行ってみたいと思いますが、危険だったらやめようと思います」とメールが届いた。
私はまだ行ったことがなかったのだが、たまたまO君と「今度、兜岩&兜峰に行こう」と話したばかりだったので、「一緒に行きましょう」とお誘いした。
H君にも声をかけて、4人で出かけることになった。

兜岩(約580m)と兜峰(670m)は、標高がそれほど高くない上に、国道230号からわりと奥まった位置にあるので、ふだんはあまり気がつかない山である。
すぐ西に位置する盤の沢山(約940m)から、兜峰を眺めたことがあるが(兜岩は兜峰に隠れて見えない)、角度が悪く、凡庸な山にしか見えなかった。
しかし、改めて地形図を見ると、かなり等高線が密集しており、相当尖った山であることが想像できる。
実際に近づいてみると、とんがりコーンのような尖峰(兜岩)とお椀を伏せたような山(兜峰)が寄り添って聳えており、なかなかの迫力であった。
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藤野3豊山もそうだが、藤野地区はこうした鋭角の山が多いのは火山活動の痕跡なのだろう。

当日は、ゴルフ場の朝イチの仕事を終えて帰宅するというO君と、彼の自宅で8:45に待ち合わせることになった。
あらゆる交通機関を使わず、人力のみで南区の山を踏破する「南区グレートトラバース」に挑戦中のYちゃんは、歩いて(実は走って)登山口に向かうというので、現地には9時集合ということにした。
ちなみに、彼女のことを、ごく内輪で「田中陽子」と呼んで讃えている。
私はいつものようにH君に迎えに来ていただく。
8時の約束だったが、7:45過ぎには着いてしまったので、早めの出発となった。
天気は予報通り、どんよりした空。
気温も低め。雨が降らないことを祈るばかりだ。
自粛期間中ということもあり、道路も空いていて、O君宅には約束より30分以上早く着いてしまった。
玄関には鍵がかかっており、ピンポンを鳴らしても反応がない。
あれ、どうしたのかな? まさかまだ寝ているわけはないし、トイレかなと思って、しばらく待ったが、それでも動きがない。
思い余って、「早く着いちゃった」と電話をしてみたら、すぐに出て、「今、そちらに着くから」と言う。
その言葉で思い出した。彼は今日、早朝出勤していたのだった。
すっかり忘れていた。運転中にせかすような電話などかけて、申し訳ないことをした。
間もなく、O君到着。8時半には登山口に向けて出発した。
今日はせいぜい2時間半から3時間の行程なので、お昼は下山してからということにして、途中のコンビニでは、おやつ用として特大のどら焼きだけを買った。
登山口へは、国道を簾舞中学校の手前で左折し、細い道を4kmほど南下する。
この道の沿線には、本願寺道路の説明板があったり、石山軟石で建てた家屋がちらほらあったり、いろいろ見どころがありそうなので、改めて撮影に来なければいけないなと思った次第である。

間もなく左手に、豊平山(焼山、663m)が見えてきた。
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写真を撮ろうとすると、H君が車のスピードを緩めてくれた。
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彼はいつも親切だ。

で、今度は正面に、兜岩と兜峰が見えてきて、その見事な山容に3人で歓声を挙げる。
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ここでも、H君はジャストポイントに車を停めて、撮影の時間を与えてくれた。
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この道は、豊平山の簾舞コース登山口への道でもあり、登山口も確認できた。
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GWだったか、Yちゃんはここから豊平山に登ったらしい。
しばらく進むと、走っているYちゃんを発見。
いやあ、さすがサブ3に近いアスリートである。
この位置まで来ているなら、登山口でほとんど待つことはないだろう。

登山口には8:50頃に到着。林道のゲートである。
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先行客の車が1台あり、その後ろにぴったり付けて駐車した。
準備を始めて、間もなくYちゃんも到着。さすがに早い。
彼女は家からここまで4kmくらいと言っていたが、MapFanで計ってみたら、6.6kmもあった。
誠に恐れ入る。

立て看があったので読んでみると、「副産物(山菜)は採るな」という定山渓山菜組合(そんなのが、あるのか!)の警告であった。
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これを含め、出発前にあれこれと撮影。
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この道は簾舞川林道というらしい。
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わりとしっかりした道である。
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木々を透かして、西側に盤ちゃん(盤の沢山)の姿も捉えることができた。
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この標識は盤ちゃんの登山道も整備してくれたというナガイ翁の仕事だろうか。
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さて、全員準備が整ったので、9時ジャストに出発。
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最初はしばらく林道歩きである。
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もうフキノトウの季節はとっくに終わり、フキが成長してきた。
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久々の本格的な夏山登山である。
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10分も歩かないうちに、右折の標識が現れた。
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その先に、小屋が見えたので、ちょっくら寄り道。
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定山渓周辺の山のふもとにあるバス停タイプの山小屋で、「フォレストハウス」という名前が付いている。
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兜岩に登山道が付いたのは、わりと最近(ここ10年くらい?)のようだが、この小屋はもっと古そうに見える。ちょっと不思議だ。

兜岩への入林者の届け出ボックスがあったが、中は空っぽ。
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小屋の中に、届け出名簿があったが、古い記述しかなかった。
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入林目的に「キノコ」が目立つので、この小屋は本来、登山目的で建てられたものではないのかもしれない。

それにしても、ここから見上げる兜岩の姿は見事である。
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春もみじもまた美しい。
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道しるべも丁寧だ。
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登攀意欲を燃やしながら、簾舞川の渡渉地点に向かって下っていく。
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下りてみて分かったが、かなり川幅が広い。
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しかも、渡った先に登山道が見当たらない。
目を凝らしてみると、いきなりのロープ場であった。
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渡渉地点には一応、石を並べてくれているのだが、雪解け水で流量が多く、とてもその上を飛び石で歩けるような状態ではない。
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前日、H君から渡渉のため足にかぶせるゴミ袋を用意するよう指示があったが、私が持ってきたのはレジ袋。ちょっと不安だ。

H君はしっかり大きなゴミ袋を持参しており、松の廊下の浅野内匠頭よろしく、先頭を切って渡渉を始めた。
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なかなかユニークな光景である。
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その後に、レジ袋のO君が続く。
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2人とも無事に渡り切った。
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Yちゃんはトレランシューズなのに、スパッツもなく、レジ袋だけなので、ちょっと待っていてもらい、H君のゴミ袋を回収して戻り、彼女に貸してあげた。
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明るいYちゃんは「アドベンチャーだ」と言って喜んでいた。
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私は都合1往復半することになり、レジ袋は底が破けてほとんど意味をなしていなかったが、登山靴がわりと新しいのと、スパッツをしていたおかげで、濡れはしたが、中まで浸みてくることはなかった。
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横着してトレランシューズで来なくてよかった。
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しかし、ホッとする暇もなく、次は崖登りである。
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レジ袋などは帰りも使うので、ここにデポして、ロープにしがみつく。
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よくもまあ、こんな斜面に登山道を設定したものだ。
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ロープは何本も連続しており
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標高を一気に稼ぐことができる。
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渡渉地点の標高が約320mなので、兜岩までの標高差は約260m。
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数字だけみると大したことはないが、結構登り応えがあった。

急登を60mほど登ったところで傾斜が若干緩くなり、ここでお着替えタイム。
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さすがに汗をかいた。
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この先は手を使わずに登れる道がしばらく続く。
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そんなに登山者が多くないのか、このあたりは手つかずの原生林という雰囲気がある。
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ところどころでヒトリシズカがひっそりと咲いていた。
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絶賛、倒木更新中。
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巨木が寿命尽きて倒れた跡など屋久島を思わせる。
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これはクマ糞か、それともタヌキのため糞だろうか。
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(つづく)
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桜山

【2020年5月15日(土)】桜山
自粛期間中である。が、自分でほぼ100%危険がないと判断した山には、行く。
札幌市内、真駒内にある桜山(168m)は山というよりは、快適な散策路である。
それでも、「登った山」を一つ稼げるので、こういう時期にはありがたい「山」だ。
午前中の用事を済ませて、真駒内駅の駐車場に車をとめる。
GWに同じ山を登ったH君に、車の置場所を聞いておいたのだ。
地下鉄のシェルターに沿って随分奥行きのある駐車場だったが、とめてある車は10台もなかった。
11:45頃に出発。
入口とは逆側から駐車場を出ると、そこはもう真駒内駅のバスレーン。
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定鉄バスが何台か待機していた。

駅前を通り過ぎて、しばらく進むと
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バスレーンが終わり、歩道もなくなるので、道路の反対側に渡った。
でも、すぐまたもとの側に戻らなければならない。
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桜山への道は、地下鉄のシェルター側にあるからだ。

今度は信号のある横断歩道を渡って、階段を登る。
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振り返ると、入居者がいなくなった団地が見えた。
近いうちに取り壊されるのかもしれない。
この団地ができてから、もう半世紀近く経っている。
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シェルターの屋根を横断して、新緑の美しい森の中に入る。
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そこには南北に平らな遊歩道が延びていた。
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この森は「保健保安林」という。
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保安林とは、森林法に基づいて、水源涵養、防災、生活環境の保全・形成等の公益的機能を発揮させる必要がある森林を対象に指定しているのだそうだ。
そのうち保健保安林は、生活環境保全機能および保健休養機能の高い森林をいうらしい。

それにしても新緑がきれいだ。晴れていたらキラキラしていただろう。
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間もなく、地下鉄のシェルターが尽きた。
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真駒内駅は地下鉄南北線の終点なので、この先に地下鉄はなく、定鉄の廃線跡が続いている。
そちらは帰りに歩こう。
ここで、左手に階段があったので、そこを登って尾根道を歩くことにした。
でも、すぐさっきの道と合流してしまった。

しばらく誰とも会わなかったが、前方から単独の女性がやってきた。
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リュックを背負っているわけでもないので、多分、近所の方のお散歩だろう。

すれ違い様に、「こんにちは~」と声をかけたら、口を真一文字に閉じたまま、会釈だけして通り過ぎていった。
飛沫による感染防止だろうか。
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保安林に入ってから十数分ほどで、いったん車道に出る。
なんと、昨年4月にこの付近でクマが出たらしい。
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真駒内は街中にもクマが出るところなので不思議ではないが、あいにくクマ鈴を忘れてきてしまった。
歌でも歌いながら歩くしかないか。

車道への出口に、南区トレイルの地図が掲示されていたが、桜山のハイキングコースについては全く触れられていなかった。残念。
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車道は道道で交通量が多く、随分待たされた。
道路の向こう側に渡り、遊歩道入口を探しながら南下。
入口はすぐにあった。
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これは、随所に立っている案内図だが、タイトルは「真駒内生活環境保全林」と書かれている。
一般名詞的には「保健保安林」だが、固有名詞としては上記の名称ということなのだろうか。
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道はあちこちで分岐しているが、ここで左折し、急坂を登る。
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階段は左に向かっていたが、私は男坂を直登。
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結構なアルバイトであった。
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この先はアップダウンの連続である。
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あまりお花が見られない道だが、ところどころにタチツボスミレらしき花が咲いていた。
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道は基本的によく整備されており、倒木やササの張り出しはほとんどない。
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「ケイイチ」君か。いけませんよ。
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ここは広葉樹が多いので、秋はさぞかし紅葉がきれいだろう。
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この花は名前を忘れてしまった。ピンボケですいません。
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というわけで、出発から45分ほどで、桜山に登頂。
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かわいい山名板が掛かっていた。
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一応、記念撮影。花粉症の予防もあってマスク姿である。
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眺望はゼロ、ベンチもないので、すぐに出発。
ここから道はいくつかに分かれていたが
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戻るのにはちょっと遠回りになりそうなので、とりあえずもと来た道を戻る。
しばらく進んだ後に出てきた分岐を左へ。これで完全ピストンは回避ということになる。
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しかし、相変わらず単調な道である。
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でも、マイズルソウの葉っぱが地面を覆っていた。
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もう少しで花が咲くことだろう。
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かわいい松ぼっくりを発見。
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葉っぱが随分成長していたけど、まだエゾヤマザクラが咲いていた。
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白樺の小径を進む。
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山頂から10分ほどで、さっきの道路を横断。
定山渓鉄道の廃線跡に入った。
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ここも遊歩道として整備されている。
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ちょっと、盛土されて築堤状になっているのが分かるだろうか。
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落ち葉の中からこんな遺構も発見できて、うれしかった。
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左側は、木々をすかして車道が見える。
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道は完全に一直線。
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バラスがまだ残っていた。
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間もなく、地下鉄のシェルターにぶつかった。
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左の車道に下りたかったが、飛び降りるには高すぎるので断念。
右へ迂回する。
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結構な階段を登らされた。
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さっき歩いた道を少しだけ歩いて、保全林散策は終了。
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文明世界への階段を下る。
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この落書き、「札幌でんしゃ」の後が読めなかった。
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それでは、桜山よ、さようなら。
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五輪団地の前を通って駐車場へと向かう。
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1時間15分ほどの、軽めのハイキングだった。
では、お昼に致しましょう。
今日は、せっかく真駒内まで来たので、真駒内本町のスープカレー店「奥芝商店真栄荘」に行くことにした。

行く途中、銭湯の真駒内湯を発見。
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もともと入る気はなかったが、まだ開店前だった。

13時半頃、奥芝商店に入店。
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奥芝商店の本店は西線9条旭山公園通りにあったが(現在、移転のため休業中とのこと)、そもそもの発祥の地はここのようだ。
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現在のオーナーの祖父が、真駒内本町に真栄マーケットというスーパーを始めたのが原点らしい。
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「真栄」とは「真駒内が栄えるように」という願いを込めた名称で、支店名である「真栄荘」もその願いを受け継いだものだそうだ。
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真駒内本町はかつてキャバレーがあったほど栄えていたらしいが、住民の高齢化も進み、今やすっかり寂れて、シャッターが目立つようになってしまった。

安くて人気だったという中華料理の「南こう園本店」も2017年6月で廃業している。
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そんなこともあり、往年の真駒内の賑わいを取り戻そうと、頑張っているようだ。
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今回は、「野菜ソムリエ長谷川さんのカレー」をオーダー。
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ゴボウ、カボチャ、ナス、キャベツ、小松菜、ピーマン、ブロッコリー、舞茸など彩り豊かな野菜がたっぷりで、とても美味しかった。
奥芝商店はエビ味のスープが売りのようだが、エビ味は私の場合、すぐ飽きてしまうので、ノーマルな方にした。

壁にはかつての定鉄真駒内駅の駅舎の写真が掲示されていた。感激。
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ご飯の量も結構多くて、満腹になって退出した。

ちなみに、真栄荘は南こう園とともに「マコマナイプラザビル」に入居している。
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隣は、次郎長寿司やすなっくピエロなど。
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向かいはかつてキャバレーが営業していたという第5ナベビル。
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その隣のオリンピアビルもかなり寂れていた。
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近くに野菜くだものの長谷川商店があったが、野菜ソムリエ長谷川さんとは、ここの方のことなのかもしれない。
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という感じで、真駒内の旅もおしまい。
自宅近くの旧「福来軒」を復習して帰宅しました。
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【行程】
駐車場(11:46)~保安林入口(11:56)~道道交差点(12:09)~桜山(12:29撮影12:31)~道道入口(12:41)~駐車場(13:07)
※所要時間:1時間21分(歩行時間:1時間15分)
※登った山:1座(桜山)
※歩行距離:5.5km
※累積標高差:約120m

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札幌150峰番外・器械場

【2020年5月6日(水)】滝野霊園
自粛期間中はハイキング程度の山ということで、札幌市郊外にある野牛山(539m)に出かけることにした。
この山は昨年10月12日に登ったのだが、林道工事中のため途中で引き返したのだった。
今回はそのリベンジである。
もし時間に余裕があったら、真駒内の桜山(168m)のハイキングコースも歩きたい。
この日は2座をゲットするつもりで出かけたのだが・・・

自宅を出発したのが午前10時過ぎ。
まずは野牛山の登山口にあたるアシリベツの滝近くの滝野会館に向かう。
真っすぐに行くと勝手知った道なので、ちょっと面白くないと思い、走ったことのないルートを通ってみることにした。
国道453号の石山陸橋を渡った後、石山緑地の方へ右折。
国道230号の旧道に出る前に左折して、その1kmほど先の二股で、右の細い道を下る。
すると、右手に石切り場の跡が現れた。
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石山軟石はかなり広範囲で採石が行われてことがうかがえる。
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この道を小さな川に沿ってさらに遡ると、山小屋の看板が現れた。
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「LYOPHYLLUM」と書かれている。
意味がわからなかったが、英語でシメジのことだった。

あの建物が山小屋のようだ。
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どういう営業をしているのか、ネット検索してもヒットせず、謎だった。

この山小屋の奥には廃墟があった。
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ラーメンの看板が落ちているが、こんなところで食堂をしていたのだろうか。
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仮設の建物っぽいが。
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立ち入り禁止になっていたし、今日の目的は登山なので、深入りはやめておいた。
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ていうか、なんと、ここで雨が降ってきてしまった。
でも、まだ霧雨程度なので、一応、滝野方面に向かう。

そのままダートの道を進むと、福祉施設が並ぶ舗装道路に出た。
ここを右折して、標高2百数十mほどの尾根筋をさらに南下する。
ちょうど札幌芸術の森の裏山にあたる。
石山と常盤を結ぶ道道にぶつかると左折して、間もなく国道453号に復帰。
ちょっと戻って、すぐ右折すると滝野への道だ。
この時点で、雨脚はかなり強くなっていた。
こうなってはもう登山は断念。ハイキングすらできる状態ではない。

予定を変更せざるを得ない。
ほとんど歩かずに登頂できるはずの札幌150峰(番外編)の一つ、「器械場」だけゲットして、本日の「山行」はおしまいにすることにした。
「器械場」とは変わった山の名前だが、これは三角点の点名でれっきとした由来がある。
札幌市南区のホームページなどによると、以下のような歴史があるらしい。
1983年(昭和58年)、道内初の国営公園「国営滝野すずらん丘陵公園」が設けられた滝野地区は、かつて「器械場(きかいば)」と呼ばれていた。
1872年(明治5年)、開拓使は現在の南区澄川に木挽小屋を建て、本府建設に必要な木材を供給していたが、さらに奥地に良質な木材を求め、1879年(明治12年)、滝野に水力を動力にした製材所「官営水車器械場」を設置した。
これが「器械場」という地名の起源である。
現地には、その記念碑も立てられている。
開拓使が木材供給を急いだのは、この年から「豊平館」の建設が始まったからとも言われている。
器械場には、多くの作業員や行商人など、数百人規模の労働者が集まり、芝居の興業などが行われるほど賑わったという。
しかし、「器械場」はたった10年でその役目を終え、1890年(明治23年)頃に閉鎖された。
再び、当地の開拓がはじまったのは1900年(明治33年)。
すでに工場が閉鎖されて久しかったが、付けられた地名は「器械場」だった。
開拓の歴史を伝えるこの地名も、1944年に「滝野」(アシリベツの滝に由来)と変更されてしまった。
ただ、「器械場入口」というバス停にその名を残している。
三角点は、工場跡のすぐ近くというわけではないが、この地名が採用されたのだろう。

説明が長くなったが、滝野霊園はモアイ像で有名だ。
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みんな石山軟石で造ったのだろうか。
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滝野霊園の中に入ったのは初めてだが、園内にはストーンヘンジのレプリカ(実物大?)もあってびっくり。
雨なので、ゆっくり見物できないのが残念だ。ここにもまた来なければならない。

滝野霊園の中に「滝野墓地」があった。
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こちらは分譲墓地ではなく、開拓時代からこの地にあったお墓らしい。

ふる里霊廟近くの駐車場に車を停め、散策の準備。
雨が本降りなので、雨具の下も履いた。
傘を持ってこなかったのが誤算だったが、果敢に雨の中に繰り出す。
器械場(三角点:273m)への標高差は25mほど。
足場はヤブではないのだけが救いだった。
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5分で登頂。
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頂上には、滝の稲荷大神という神社が鎮座していた。
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一応、略式でお参り。
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しかし、頂上に三角点がない。
地図ロイドで確認すると、もう少し南東の方角にあるようだ。
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そちらの方に下ってみると、一段低く整地された場所にあった。
ということは、頂上の高さは280m近くあることになる。
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なぜ、こんな位置にあるのか不思議だが、墓地造営の際に、この山が削られ、平面的な位置を踏襲したため、こんなことになったのだろう。

折れて倒れていた標柱を一瞬だけ立ててあげた。
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あとは、エゾマツ?の疎林の中を下るだけだ。
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この「山旅」は9分で終了。歩行距離は500m弱。
それでも、雨の中、1座ゲットできたのは幸運であった。

しかし、すっかり濡れてしまった。
タオルで雨具を拭き、車内で近くの温泉を検索。
近くで行ったことのない温泉は、札幌北広島クラッセホテルに併設された北広島温泉楓楓(ふうふう)であった。
電話をかけて、営業していることを確認。
まっすぐ、楓楓に向かう。11:20出発。
正午ちょうどに到着した。
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ここは札幌北広島ゴルフ倶楽部というゴルフ場内にあるので、ゴルファーたちでかなり混んでいるのではないかと思ったが、まだお昼なのでプレーが終わる時間ではないだろう。
ゴルフ場の駐車場は満杯だったが、温泉の駐車場にはそれなりに空きがあった。
芋の子を洗うような状態ではなさそうだ。
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となりに建つのがクラッセホテル。
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内地からのゴルファーが泊まるのだろう。
コロナ禍で相当な営業不振に違いない。
入浴して、ささやかながら応援させていただく。
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入浴料金は800円。
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ph8.8、弱アルカリ性のナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉である。
黄褐色のいわゆるモール温泉だ。
源泉の温度は38.5℃なので、若干加温しているのだろう。
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浴室内はお客さんが常にいたので撮影できず。
その代わり、高温湯、低温湯、露天風呂とのんびり過ごさせていただいた。
なめらかな、いいお湯であった。
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車に戻って、車内で湯上りランチ。
山で食べるつもりだったコンビニおにぎりを2個いただいた。
13時過ぎに出発。
近くの開拓農家の敷地にサクラがひっそりと咲いていた。
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国道36号沿いにあった輪厚神社にご挨拶して、14時に帰宅。
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なんかさえないGW最終日であったが、こういうこともあるだろう。
来年は派手に出かけたいものだ。

【行程】2020年5月6日
滝野霊園内駐車場(11:04)~頂上(11:09)~三角点(11:10)~駐車場(11:13)
※所要時間:9分
※登った山:1座(器械場)
※歩行距離:560m
※累積標高差:約20m
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夕張鉄道(下)

【2020年5月5日(火)】夕張鉄道
旧夕張鉄道の若菜駅跡を着いて、驚いているところだ。
なぜ、以前来たときに、この遺構に気付かなかったのだろう。
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夕鉄の線路はJR線すぐ脇ではなく、東側の一段高いところを走っていたのだ。
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枯れたイタドリが倒れている斜面を登ってみて、もう一度驚いた。
なんと、立派なホームが残っていたのである。
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思ってもみなかったので、非常に興奮した。
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やはり、夕鉄跡は自転車でしっかり走らねばなるまい。
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それにしてもホームがかなり長い。当時は長大編成の列車が行き交っていたのだろう。
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しかも残りが、かなりといい。
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駅舎が残っているのもうれしいが、やはりホームが残っている感激は大きい。
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左が夕鉄、右がJR線である。
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若菜駅からは北炭化成工業所専用鉄道(0.9km)が分岐しており、夕鉄廃線後も専用鉄道の駅として1978年(昭和53年)4月まで存続した。

ちなみに、若菜駅の夕張本町側の線路跡は一部、運送会社の駐車場になっていた。
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次の夕製前駅の位置も特定が難しい。
「黄色いハンカチ思い出広場」に行く道とサイクリングロードが交差するこのあたりだと思われるのだが、どうだろう。
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鉄道歴史地図では引込線の先端として表示されているが、そんなことがあり得るだろうか。
スイッチバックでもないのに。

私はやはり本線上にあったと思いたい。
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でも、念のため鉄道歴史地図が示す位置にも行ってみた。
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そこは、廃業した「ゆうばり温泉ユーパロの湯」の向かいあたりであった。
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ちなみに、「夕製」とは「夕張製作所」の略で、北炭系の産業機械メーカーのこと。
1938年(昭和13年)の創業で、1965年(昭和40年)に「北炭機械工業」に改称している。
改称しても駅名はそのままだったわけだ。
親会社である北海道炭礦汽船が1995年に会社更生法をしたの申請に伴い、倒産した。

工場自体は今も残っている。
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柳原技研工業という岩見沢に本社を置く機械メーカーが引き継いだ形だ。
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ちなみに、夕製前駅は1962年(昭和37年)9月1日に開業した比較的新しい駅だったが、1971年(昭和46年)11月15日、栗山~夕張本町間の旅客営業停止に伴い、廃線に先だって廃止されてしまった。

温泉施設の隣に大煙突が保存されていた。
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コークスを製造していた北炭化成工業所の施設で、1960年(昭和35年)に建設されたという。
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高さは63m、地上面の直径は5m、頂上部で1.9mもあるそうだ。

次の駅は礦業所前駅だが、車の駐車場所の関係で先にその次の平和駅へ。
平和駅は1938年(昭和13年)8月1日、貨物駅として開業。
北炭平和炭鉱の積み出し駅としてスタートした。
1959年(昭和34年)7月には旅客営業を開始したが、その12年後の71年に停止。
貨物のみの取り扱いに戻ったが、75年4月1日、夕鉄の廃線に伴い廃止された。
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駅の真下で車道が交差している。
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そのコンクリートはかなり劣化が進んでいた。
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駅はこの築堤の上にあり、1面1線の単式ホームだったという。
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駅舎があったあたりに、サイクリングロードの休憩施設が設置されていた。
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この案内図でいうところの「千代田休憩所」だと思われる。
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この先、栗山方面には錦沢休憩所(おそらく錦沢駅跡)と富野休憩所があるようだが、道は白く塗りつぶされていた。
かなり早い段階で、通行不能になったものと思われる。
この道は2度も廃線を経験したことになる。
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ここから礦業所前駅跡までサイクリングロードを歩くことにした。
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左手、築堤の下には、炭住の生き残りがぽつんと建っていた。
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かつては百棟単位の炭住が並んでいた場所だ。

士幌加別川をはさんで対岸にはさっき立ち寄った旧夕張製作所が望める。
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手前の青い芝生にもかつては炭住が密集していた。
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右手には、廃土の上にフキノトウが産毛のように生えていた。
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路面はコケむしている。いったい年間何台の自転車がこの道を走るのだろう。
おそらく10台に満たないのではないか。
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間もなく鉄橋に差し掛かった。
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橋脚はコンクリート製である。
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いい感じだ。やはりここはもう一度、自転車で来ざるを得まい。
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下流側に道路橋が見える。
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もとは鉄道橋だったようにも見えるが、右側にのびる道がすぐ急勾配になっているので、たぶん違うだろう。
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平和駅跡から10分ほどで、礦業所前駅跡のあたりに到着した。
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礦業所とは北炭平和炭鉱の礦業所のことで、その跡地はまるごと平和運動公園に整備されているので、厳密に駅舎跡を特定するのは困難だ。
だから、このあたり、ということにしておく。
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この駅は1952年(昭和27年)4月25日、坑内員通勤専用駅として開業。
その10年後の1962年(昭和37年)8月1日に一般旅客営業を開始した。
しかし、そのわずか9年後の1971年(昭和46年)11月15日、栗山~夕張本町間の旅客営業停止に伴い廃止された。20年に満たない命であった。
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芝生の部分にはあちこちにシカの糞が落ちていた。
アスファルトの上ではしないらしい。おもしろい習性だ。
もしかしたら、草を食べながら出すからかもしれない。
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道道に出ると、JR線と夕鉄線との立体交差を見ることができる。
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ちょうど、平和運動公園前のバス停があるところだ。
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ここには前にも来たことがあるが、もう一度行ってみよう。
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それにしても、まさか両方とも廃止になるとは。
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橋桁はサイクリングロード用に掛け替えられたものと思われる。
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橋台は鉄道時代からのもの。コンクリート製である。
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JR北海道にレールを撤去する余力は今のところ、ないようだ。
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JR線の東側に路盤らしきものが並走している。国鉄複線時代の遺構だろうか。
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それでは、車のところまで戻ることにしましょう。
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この団地は市営住宅。もともと炭住だった場所に整備されたものだ。
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車に戻ってきたのは、歩き出してだいたい30分後。ちょうどいいお散歩だった。
これで、今回も夕鉄の廃線歩きは終了。
最後に残った錦沢駅跡は次回に回すことにした。

道すがら、旧JR沼ノ沢駅の現状を確認。今日はお休みだが駅レストランは廃業したわけではなさそうだ。
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あとは帰るだけなのだが、あすの朝食を調達するため道の駅夕張メロードに立ち寄った。
天気も良くなってきたので、ソフトクリームも食べてしまった。
夕張メロンとバニラのミックスである。
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とても上手に仕上げてくれたので、お店のおじさんに「美味しそうに盛りますねえ」とお礼を申し上げた。

ここはJR石勝線の新夕張駅前にあるので、ちょっと駅前を散策。
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もう使用されていないようだが、武道館まであった。
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最近、廃線関連本を読んでいて知ったのだが、石勝線が整備される前の旧国鉄夕張線は石勝線の南側の一段低いこの面を走っていたらしい。
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この道路がまさに旧線跡だったというわけだ。
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しかも、この道の札幌側にトンネルの残っているというので、本日の最終イベントとして、そこに寄ることにした。
すると、ありました、ありました。
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左側にも路盤らしきものが続いている。
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上り線だったのだろうか。
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坑口は立派なレンガ造り。
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ふさいでいる板の「塔」の文字が何なのか気になるが、レンガにはかなりひびが入っていた。
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さて、これでほんとにすべて終了。帰りましょう。
途中、ラッキーなことに特急とかち8号とかちあった。
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一瞬だが並走する形になった。
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でも、当然ながらあちらの方が速い。あっという間に行ってしまった。
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さようなら~

というわけで、17時過ぎに帰宅。
楽しい夕鉄廃線の旅を終えたのでありました。

(おわり)
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夕張鉄道(中)

【2020年5月5日(火)】夕張鉄道
夕張鉄道の廃線跡を訪ねている。
ここまで、栗山町の角田駅、継立駅、新二股駅と支線の角田炭砿専用鉄道の学校前駅、松原前駅をたどり、腹ごしらえをすべく、夕張の市街地に入った。
幸い、旧夕張駅前のバリー屋台は自粛せずに営業してくれていた。
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ここののれんをくぐるのは通算4度目になる。
観光客としては常連に近いかも(笑)。
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今回は、夕張のご当地グルメ、カレーそばにした。
店内には他に4,5人のお客さんがいたが、先にいた人も、後から来た人も頼んだのはみんなカレーそば。
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ここは屋台村の店がスタッフを共有して、注文取りをするシステムなので、ちょっと他のお店がかわいそうだった。
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カレーそばを食べるのは3年ぶり2度目。
前回は道の駅夕張メロードの近くにあった食堂だった。
あの時の見た目は忘れてしまったが、今回のは、そばが全く見えず、カレーの海であった。
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その中からそばを掘り出す感じ。
カレーがドロドロなのでかなり力が必要だった。
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特別感動を覚えるような味ではないのだが、安心できるというか、「ふつうに美味しい」というのが最も適切な言い方かもしれない。
具は豚バラと玉葱のみ。もう少し量があってもよかった。
カレーもすべて飲み干して、ご馳走さま。
700円の価値は十分あった。
熱くて、ちょっと汗をかいてしまった。

それでは廃線歩きを再開。
その前に、旧夕張駅舎を撮影しておく。
こちらは夕張鉄道ではなく、JR石勝線夕張支線の駅である。
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来るたびに撮っているから、もう必要ないのだが、どうしても素通りすることができない。
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背後はホテルマウントレースイである。
休業中なのか、人影は見られなかった。

こちらは、すでに使われなくなって1年余りが経過したホーム。
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このホームは永久保存の方針なのだろうか。
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ホテルの向かいの斜面に石碑を2基発見。
一つは馬頭観世音。
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もう一つは、戦没者の慰霊碑。
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昭和7年(1932年)2月25日に上海郊外の呉家宅で戦死した陸軍歩兵上等兵細田彌太郎氏を偲ぶものであった。
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上海事変の戦死者の碑は初めて見た。

碑のある斜面から、マウントレースイスキー場が一望できた。
さすがに雪はすっかり解けていた。
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というわけで、夕張鉄道の終点、夕張本町駅である。
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駅の改札はこの夕張市民会館の1階にあったという。
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市民会館も老朽化のため、2015年3月末をもって閉鎖された。
本来なら取り壊されるのだろうが、夕張市にその費用はなく、やむなく放置された状態。
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市役所のとなりに巨大な廃墟があるというのが、夕張市の置かれた現状を象徴している。
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ちなみに、夕張本町駅は1926年(大正15年)10月14日、夕張鉄道の開通に伴い、新夕張駅として開業した。
「新夕張」と言うと、JR新夕張駅を連想してしまうが、明治30年代に「新夕張炭鉱」が開坑したことから、当時この付近は「新夕張」と呼ばれていたのだ。
「末広」という地名は1942年(昭和17年)の字名改正で誕生し、「新夕張」が「末広」となった。

そんな経緯もあり、当駅は1954年(昭和29年)1月16日、夕張本町駅に改称された。
続いて、1963年(昭和38年)10月10日、駅は夕張市民会館に移転した。
廃止されたのは1971年(昭和46年)11月15日。
鹿ノ谷~夕張本町間が全線に先行して、旅客営業が廃止されたためだった。
夕張市民会館には夕鉄撤退後、1985年10月に国鉄夕張駅が移転してきたが、1990年12月には現在地にさらに移転。駅はどんどん南下した。
私は1983年8月、夕張駅に自転車で訪ねているが、それは国鉄夕張駅の初代駅舎であったことになる。

一時期は駅のすぐ隣にあって便利だった夕張市役所。
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1年ちょっと前まで、ここの主は今の北海道知事、鈴木直道氏だった。
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彼は目下、コロナ対応で大奮闘中である。
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夕張市民憲章の碑。
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駅前には、お花屋さんがあったようだ。
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「花のむらおか」の看板がまだ掲げられているが、もう何十年も前に廃業したのだろう。
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市役所の正面には、夕張商工会議所。
2018年に「ゆうばり叛逆映画祭」の作品を見たのはここだった気がする。
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道新の夕張支局も駅前にあった。
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ちなみにこちらが駅前通り。
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そう言われると、そんな雰囲気もなくはない。

次は末広駅跡なのだが、ここも2説ある。
「歩鉄の達人」は3代目JR夕張駅より北側説、鉄道歴史地図は同駅より南側説をそれぞれ採っている。
旧版地形図で位置を確認すれば一目瞭然なのだろうが、なかなかその機会に恵まれない。
今回は一応、2か所とも抑えておいた。
北側説はこのあたり。
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路盤の跡がくっきりしている。
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そして、南側説がこちら。
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北側説だと夕張本町との駅間距離が近すぎるし、末広町の現在の町並みに近いのは南側だ。
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個人的には、南側説を採りたいところだが、一応留保しておく。

JRの線路は踏切部分を除いて、まだほとんど残っているが、夕張鉄道の線路跡はサイクリングロードになっている。
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左側の細い舗装道路がそれだ。
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末広駅は1956年(昭和31年)8月11日、末広臨時停留場として開設され、同年12月1日、末広駅に昇格した。
廃止は、夕張本町駅と同じ1971年(昭和46年)11月15日である。

JR夕張駅と鹿の谷駅の間にあった鉄橋が一部撤去されていた。
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国鉄夕張線は1912年(大正元年)から1932年(昭和7年)にかけて20年間ほど複線だった時代がある。
その名残で、鉄橋が2本並んでいる。
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こちらが先に廃線となった方の橋脚。
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石が混じらず、レンガだけで築かれたこちらが昨年まで現役だった方だ。
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橋桁も現役だった方だけ塗り直されたことが分かる。
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鉄橋に通じる夕張駅側の築堤。
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鉄橋は道路の部分だけ撤去された形だ。
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そして川の数十m上流に、夕張鉄道の橋台も残っていた。
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なんと、コンクリートとレンガの境目に根を張って、樹木が成長している。
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廃線後の歴史を感じさせる風景だった。

こちらはJR橋梁の少し下流にある道路橋。
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橋桁は鉄のようだが、ここはさすがに鉄路だったわけではあるまい。

次の鹿ノ谷駅には何度も来ているので、車の中から1枚だけ撮影して
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すぐに次の営林署前駅へ向かう。
最初はこのあたりだと思ったが
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すぐに間違いに気づいた。
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道路と交差するこのあたりだと思われる。
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線路跡であるサイクリングロードはあるが、駅舎の痕跡は全くない。
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この駅は1956年(昭和31年)8月11日に開設された臨時停車場だった。
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駅舎には夕鉄共栄社の売店が併設されていたという。
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このすぐ近くに「ときわ入口」のバス停があった。
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表示はこの通り、「ときわ入口」となっているが
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裏面を見ると、「営林署」の文字が消されているのが分かった。
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その営林署も空知森林管理所に統合され、今は消滅している。

その次の若菜駅跡も来たことがあったので、それほど重きを置いていなかった。
若菜駅前踏切を発見し、JRの線路のすぐ横にあったのだと確認したつもりになっていたからだ。
しかし、それは大間違いであった。

(つづく)
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夕張鉄道(上)

【2020年5月5日(火)】夕張鉄道
先日、夕張鉄道の起点(野幌駅)側の駅跡を訪ねたので、今回は終点の夕張側を訪ねることにした。
未踏のまま残しているのは栗山駅以東である。
夕張鉄道(野幌~夕張本町間53.2km)は、1926年(大正15年)に開業、1975年(昭和50年)4月1日に廃止された路線である。半世紀足らずの命であった。
実は、乗ったことはないし、走る列車を見たこともない。
それでも、この年になって目覚めてしまったのだから仕方がない。

自宅を出発したのは午前10時過ぎ。
まっすぐ、栗山の次の駅、角田駅跡を目指す。
国道274号から千歳川を渡った後、二又を左へ。
道道3号札幌夕張線に入る。
馬追運河に沿って進み、長沼市街を通過。
小さな峠の手前、左手に廃業した馬追温泉が見える。
先代の主人が植えたというサクラが満開だった。
室蘭本線をまたいで、愛車は由仁町から国道234号に入る。
夕張川を渡ると、間もなく角田集落である。

ここでスマホの「角田駅跡」経路案内をスタート。
ところが、私が思っていた地点とは行き先が若干異なるので、とりあえず無視。
自分で事前に調べておいた場所に着くと、かつての駅前倉庫らしきものが建っていた。
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その背後は広い空地になっている。
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鉄道の痕跡を示すものは何もないが、おそらくここでいいのだろう。
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角田駅は夕張鉄道の開通と同時に開業したが、合理化に伴い廃線となる4年前の1971年(昭和46年)11月15日に廃止された。
当時は1面2線の島式ホームのほか駅舎もあったらしいが、その面影は全くない。
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ただ、夕張鉄道が現役時代からあったと思われる古い空き家が、駅前にぽつんと建っていた。
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この後、スマホが教えてくれた場所にも行ってみたが、状況的に可能性の全くない場所であった。

次の継立駅に行く途中、坂本九思い出記念館という案内看板を見つけた。
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どうせ自粛期間中なので休館だろうし、開館していても入るつもりはないのだが、どんな建物なのかは確認しておきたいので行ってみた。
その結果、こんなかわいい、でもしっかりとした資料館だった。
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カナダ杉を使用した木造平屋建築で、「九ちゃん」にちなんで九角形なのだという。
それにしても、なぜ、ここに坂本九の記念館があるのか。
ググってみると、この施設は、栗山町の障がい福祉サービス事業所「ハローENJOY(旧栗山ハロー学園)」が運営しているとのことだが、坂本さんが障害者らを励ます番組を長くやっていた関係で、縁ができたということらしい。
この日は案の定、休館中だったが、そういうことなら、いずれまた来てもいいかも。

この記念館の近くに、「北海道八十八ヶ所霊場」の幟がはためく孝恩寺というお寺があった。
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「北のお遍路」なんてあったのか。なんか予定外の発見が多い廃線歩きになってしまった。
調べてみると、旭川の第一番眞久寺に始まり、札幌の大照寺まで全道各地約3000kmを回らないといけないらしい。
ガイドブックも出ているが、歩き遍路はちょっと無理だ。

なんて、寄り道してしまった。
角田駅跡から15分もかかって継立のバス停に到着。
夕鉄バス、北海道中央バスそして栗山町営バスの3社も運行していた。
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継立駅は、夕鉄としてはめずらしく駅舎が保存されている。
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松原産業という会社が事務所として利用してくれているのだ。
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地元の零細企業かと思ったら、さにあらず。
創業は1907年(明治40年)。富山から渡ってきた初代会長の松原外次郎氏が北海道炭礦汽船から坑木造材の仕事を頼まれたのが始まりだという。
現在は、栗山町を本社に、木製品の製造販売だけでなく、デザインや建設まで全国展開しており、従業員は140人を擁する。
夕鉄とも縁の深い老舗企業なので、駅舎が取り壊されるのが忍びなかったのだろう。
残してくれて、ありがとうございます。
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駅舎の線路側は当時の面影を残している。
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1面2線の島式ホームだったというが、左の並木(防雪林?)の位置からすると、幅が狭いので単式ホームだったようにも思える。
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ただ、樹木がまだ細いので、廃線後に植えられたものかもしれない。
いずれにしろ、線路跡は完全に埋められてしまっている。
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このコンクリートの剥離が廃線後の長い歴史を物語っていた。
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ちなみに、継立駅の開業は1926年、廃止は75年である。

駅の100mほど夕張側に、農業倉庫がまだ残っていた。
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次の新二股駅はすでに撮影済みなので通過。
一応、以前撮った写真をここに上げておく。
新二股駅跡
ここで夕張鉄道本線を離れ、新二股駅から分岐していた角田炭砿専用鉄道の廃線跡をたどることにする。
専用鉄道の説明板が道沿いにあるとの情報があったのだが、運転しながら見る限り、それを発見することはできなかった。
ちょっと心残りだが、駅跡めぐりに専念する。

この砂利道が、まさに専用鉄道の跡だ。
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分岐してから最初の駅は学校前という駅で、その学校の木造体育館がまだ残っているという情報だった。
何か建物があったので、そこに車を停めると、目の前に広い空き地が展開した。
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学校のグラウンドだ。
奥に石碑が見えたので、確認に行く。
校歌を刻んだものだった。閉校を記念して建立したものだろう。
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ここ栗山町立日出小学校は1981年(昭和56年)3月に閉校となっている。
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閉校した時期としてはかなり古い。過疎が急速に進んだのだろう。
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サクラは子供たちがいなくなってからも、毎年春には花を開く。えらいなあ。
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学校の敷地内に、なぜかクラシックな車が何台も並んでいた。
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よくよく見ると単なる展示品ではなく、値段が付いている。
中古車として販売されているようだ。
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そして、これが噂の木造体育館。
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ものすごく立派である。よくぞ残してくれた!
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屋根を支えるバットレスまで木造。感動的だ。
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ここはどうやら、クラシックカーの展示場&カフェとして営業しているらしい。
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日出コレクションホール&カフェ麗燈露という看板がかかっている。
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見学料は大人500円。
調べてみたら、札幌市に本社がある中古車屋さんようだ。
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しかし、こんなところにショールームを持っているとはしゃれているではないか。
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車自体にはそれほど興味はないが、体育館の中の風景は見てみたい気がする。
今回は廃線歩き優先にさせてもらうが、機会があったら、坂本九記念館とセットで来てもいいかもしれない。
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で、肝心の学校前駅だ。正確な場所は特定できないが、おそらく学校の真ん前、このあたりだったに違いない。
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では、次の松原前駅の跡で向かおう。
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今、走ってきた線路跡はそのまま道路として続いているので、行けるところまで車で行ってみようと思ったのだが、すぐに道がぬかるみ始めたので、安全策をとって引き返した。
迂回路がちゃんとあるのだ。

松原前という駅名の由来はよく分からないが、該当する場所にたどり着いてみると、仁木宅というバス停があった。
CIMG0227_20200506175215be7.jpg

仁木さんのお宅前ということだろう。
ここはもうご使用ではないようだが
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奥に現在お住まいの家があった。
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駅の跡はこのあたりだったのだろうか。
CIMG0228_20200506175215ffa.jpg

たぶん右側の一段低い緑の面が路盤の跡だと思われる。
CIMG0229_202005061752186cc.jpg
さらに奥の社宅前、そして終点の角田坑駅の跡まで行くつもりだったが、その手前で道路に立入禁止のロープが張ってあった。
なんと。これは是非もない。

いずれ再起を誓うことにして、今回は断念。
夕張鉄道本線に戻ることにする。
CIMG0231_20200506175158a25.jpg
本来であれば、この後、新二股駅の次の錦沢駅、平和駅と順番にたどっていくべきなのだが、もうお昼も過ぎてすっかりお腹が空いたので、まっすぐ夕張の市街地に向かう。
実は、新二股駅から奥はサイクリングロードとして整備され、錦沢駅にも自転車で行けた時代もあったのだが、その後、夕張市は財政破綻し、サイクリングロードは放置され、荒れる一方という。
3つあるトンネルも通行できない状態にあると聞いていた。
ただ、多少ヤブをこげば、錦沢駅には歩いて行けるとのこと(うにさん情報)なので、サイクリングロードにつながる道を探しながら、車を走らせたのだが、どうも地形図に書かれている道路の線形と実際に今走っている道の線形が違う。
地形図に書かれているヘアピンカーブがないまま、夕張トンネルに着いてしまった。
途中、左手に旧道らしきものも見えたので、帰宅後確認してみたら、この道路は2007年に付け替えられていた。
私が見ていた紙の地形図は平成12年(2000年)8月1日発行のものだった。
道理で違うはずだ。
改めて、ネットで確認すると、サイクリングロードの一部はこの新道に活用されており、新道から簡単にサイクリングロードにアクセスできることも分かった。
入口は交通安全のお地蔵様が目印らしい。
その姿は確認済みなので、迷うことはないだろう。
再訪する際は、ついでに旧道の方もたどってみたい。
ちなみに夕張トンネルも付け替えられ、旧トンネルは埋められてしまったそうだ。
一時は、新旧の坑口が並んで見えた時期もあったらしいが、もうその雄姿を見ることは叶わない。

(つづく)
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千歳線旧線

【2020年5月2日(土)】千歳線旧線
4月23日、とうとう勤め先から禁足令が出てしまった。
GW中は特別な事情がない限り、管内から出るなというのである。
管内とは、石狩振興局のエリア内のこと。小樽にすら行くことは許されない。
実は、4月26日は狭薄山(1296m)のガイドツアーを予約していた。
この山は札幌市内にあり、「管内」だから問題ないと考えていたのだが、そう単純な話でもない。
もし、何かあって(しばらく連絡がとれなかった、みたいな軽微なケースでも)、「どこに行っていたんだ?」ということになった場合、たとえ管内であっても、さすがに山となると「非常識」のそしりを免れない。
しかも、この日の予報は曇り時々雨。
山は雪が降っている可能性が高い。
前回示した山に登れるケースの条件に照らしても、NGということになる。
よって、残念ながらキャンセルせざるをえなかった。

その後も、北海道内の新型コロナ感染者数はなかなか減少傾向を見せず、鈴木知事と秋元・札幌市長は共同で、「札幌市民は家にいること」などと道民に呼びかける事態になってしまった。
これはもちろん、散歩や買い物にも出るなという意味ではない。
私もなるべく家にいることにして、外出は2割以内に収めることにした。
というわけで、GW後半初日の5月2日は、その2割の一部を使って千歳線旧線の跡をたどることに決定。
旧東札幌駅から北広島駅までの約20kmは歩行者と自転車の専用道路として整備されているので、足は自転車である。

千歳線は1926年(大正15年)8月21日、北海道鉄道札幌線として開業した。
現在は北海道の大動脈としての地位を確立している路線だが、しばらくは、一ローカル線に過ぎなかった。
しかし、室蘭本線が改良されるなどして、1961年に室蘭本線・千歳線経由の特急おおぞらの運行が始まると、徐々に「海線」の比重が高くなっていった。
このため、急カーブや急勾配、踏切の多かった苗穂~北広島間(19.6km)が付け替えられることになり、1973年(昭和48年)9月9日に現行の新線に移行した。
白石駅から東札幌駅を経て月寒駅までは、函館本線の支線として貨物列車の運行は継続されたが、うち東札幌~月寒間は1976年(昭和51年)10月1日に、白石~東札幌間も1986年(昭和61年)11月1日に廃止された。
鉄道にあまり興味のなかった私は、札幌市内に住んでいながら、こうした経緯を全く知らなかった。
東札幌とか月寒といった駅があることすら知らなかったし、千歳線に旧線時代があったことを知ったのも、恥ずかしながらごく最近のことである。

とにかく、廃線跡がそのまま「歩行者・自転車専用道路」になっているというのは、ありがたい。
今回は、廃止になった東札幌、月寒、大谷地、上野幌(旧駅)4駅の位置を確認するのも大きな目的である。
札幌市内から出てはいけないので、北広島まで走り切るつもりはない。
なので、ゆっくり朝食を食べて、11時過ぎに家を出発した。

この日は朝方、雨が降っていたが、もうすっかり晴れ上がっている。
最高気温は23℃になる予報で、この時点ですでに21℃まで上昇していた。
これなら薄手の長袖シャツだけで十分。
日焼け防止のため、帽子をかぶって出かけた。

まずは中島公園を突っ切る。
もうサクラが八分咲きくらいだ。今日は暖かいので一気に開くだろう。
ごったがえすほどでは全然ないが、結構散策している人は多い。
皆さん、家になどいられないのだろう。
南大橋で豊平川を渡り、国道36号を横断。
道道3号線に出て、白石警察署の前をすこし南東に進むと、左に巨大なショッピングセンターが見えてくる(自宅から3.5km)。
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この「ラソラ札幌」が立地しているあたりが、東札幌駅の構内跡である。
東札幌駅(ネットより)
1997年に発行された宮脇俊三編著「鉄道廃線跡を歩くⅣ」(JTB)の記事では、東札幌駅跡は「広大な空き地」となっていたが(おそらく1996年頃の取材)、すっかり再開発されて様変わりしてしまった。

向かいのコンビニに立ち寄って、ドリンクを購入。
早速、北広島方面に向かって走り出す。
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この専用道路「白石こころーど」は、正式には「道道札幌恵庭自転車道線」といい、通称「白石サイクリングロード」と呼ばれていた。
開通当初から歩行者も通行できる道として整備されたのだが、自転車優先の印象を与えるこの名称を変更するため、白石区が新しい愛称を募集。
「白石こころーど」という名称が2015年に決まったそうである。
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普通のサイクリングロードより広く、両側2車線に近い幅員がある。
ただ、驚いたのが、歩行者が右側通行、自転車が左側通行になっていることだ。
交通法規に照らせば、それは正しいのだが、片側1車線ほどの幅があるとはいえ、その幅の中で歩行者と自転車が対面通行するのは、非常に走りにくい。
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歩行者としても、前からどんどん自転車が来るのだから、ちょっと怖いのではないか。
もちろん、対面にした方が、自転車が後ろから来て見えないよりも安全だ、という考え方もある。
歩行者と自転車が混在しているのだから、そもそも自転車はスピードを抑えて走行すれば問題ないとも言える。
そういう意味では、これでいいのかもしれないが、若干違和感を覚えたのは事実だ。
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そう感じたのも、人出が想像以上に多かったからかもしれない。
遠出を「禁止」された市民が、サクラの名所でもある、この「散策路」に足が向くことは十分予想されたが、これほどとは思わなかった。
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もともと走ること自体が目的ではないので、クロスバイクではなくママチャリで出かけたのだが、それでも、かなり気を遣わざるをえなかった。
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歩行者も乳母車を押しているお母さんから、普通の散歩の人、ランニングをしている人とスピードも様々。自転車も子供から、私のようなママチャリ、しっかりヘルメットをかぶったロードレーサーなど、こちらも様々だ。
これだけの混沌の中で、事故が起きないのが不思議なくらいである。

東札幌駅跡近くには、旧線の現役時代からあったと思われる倉庫が2棟ほど右手に残っていた。
CIMG0160_202005031717413ba.jpg
行く先々で、こうした遺構が見られるかと思ったら、周辺はどこも立派に宅地化されていて、往年を感じさせてくれるものはほとんどなかった。
鉄道遺構に至っては皆無。これだけ整備するなら、ちゃんとホームなどの遺構を残して、レプリカでもいいから駅名標くらい設置してほしかったが、当時の整備思想として、そんな発想はなかったのだろう。
いかに、「道路」としての快適性を高めるかしか頭になかったのだと想像される。
鉄道なんて廃止されたら、もうなかったのと同じことだったのだ。

だから、月寒駅跡のモニュメントも「こころーど」に、ではなく公道の脇に立っている。
事前に調べて、そのことを知っていたので、アサヒビール工場が見えてきたところで、専用道を外れ、碑を探しに行った。
すると、まさに月寒駅があったと思われる場所に、それは立っていた。
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ウィキペディアの月寒駅の項に掲載されている空中写真で、駅のあった位置はちゃんと確認できるのだ。

モニュメントの建立者は北海道アサヒビール株式会社。
建立年は平成3年(1991年)。
同社が背後に見えるアサヒ物流センターを建設した年である。
本来なら、札幌市が「白石こころーど」に立てるべきものだと思うが、月寒駅が新線移行後もしばらくアサヒビールの積出し駅としての役割を担ったことから、同社が感謝の気持ちを込めて、自ら建立したのだろう。敬意を表したい。
この碑が、千歳線旧線にまつわる数少ない記念物の一つなのである。
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ところで、月寒駅の「月寒」は「つきさっぷ」と読む。
もともと、地名としての「月寒」の「つきさっぷ」と呼ばれていた。
戦時中の1944年(昭和19年)に、豊平町議会(豊平町は1961年にに札幌市と合併)が難読を嫌った陸軍の要請を受けて、「つきさっぷ」を「つきさむ」に改めた。
しかし、月寒駅については、鉄道省とその後身の国鉄が要請に従わず、「つきさっぷ」のまま、1976年の廃止を迎えた。
月寒駅(ネットより)
そのせいなのだろう。私が小学校の頃はまだ、「月寒」の読み方として「つきさむ」と「つきさっぷ」が混在していたような記憶がある。
鉄道の駅名と実際の地名の表記や読み方が異なる例は、わりとある。
市名の「あさひかわ」と駅名の「あさひがわ」などが有名な例だが、変更による経費負担を嫌ったのか、単なる意地なのかは分からないが、結果的にアイヌ語の原音に近い「つきさっぷ」を保存した行為として、個人的には好意的に受け止めている。
ちなみに、現在も「つきさっぷ」の名を残している公共施設は「つきさっぷ郷土資料館」「つきさっぷ中央公園」などわずかだが、民間では「キッチンつきさっぷくらぶ」や福祉施設の「つきさっぷ館」などそれなりにあるようだ。
たぶん、その方が特別感を出せるからだろう。

月寒駅跡の近くにも、おそらく駅前倉庫だったと思われる倉庫が1棟だけ残っていた。
CIMG0168_20200503171710015.jpg
「こころーど」に戻り、さらに東進する。
実は、当時の踏切はほとんど立体交差に改修されている。
このおかげで、いちいち信号待ちをしなくてもいいのだが、その代わりアンプダウンがめちゃめちゃ多い。
登りが結構きついが、これもいい運動になると前向きに考えることにしよう。

「こころーど」の入口から30分ほどで、大谷地駅跡だと確認済みの白石東冒険公園に到着した。
CIMG0174_20200503171644be1.jpg

かなり広いので、じっくりと駅舎があったポイントを探さなければならない。
CIMG0169_202005031717128ea.jpg

自転車を置いて、周辺の住宅地の道路の様子を確かめながら園内を歩く。
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謎の盛土があったが、これは関係なさそう。
CIMG0170_20200503171714803.jpg

その後、おそらくここだという場所を特定できた。
CIMG0173_202005031716430d1.jpg

しかし、駅跡を思わせるものは何もなかった。
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これからでもいいから、何か記憶を残してほしいなあ。
大谷地駅(ネットより)

ちなみに、こちらは当時の駅前通り。
CIMG0172_2020050317164276f.jpg
とにかく写真だけ撮って出発。次の上野幌駅へ向かう。

この先は登り勾配が徐々にきつくなる。
大谷地駅跡は標高20mほどだが、上野幌駅跡は40mもある。
結構、向かい風も強く。力を入れて、ペダルをこがなくてはならない。
厚別川をわたる虹の橋が、ちょっとした峠越えだった。
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右手に北星学園大学を見て、さらに東進。

冒険公園から20分ほどで、旧上野幌駅があった厚別南公園に到着した。
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ここには、ありがたいことに厚別区が設置した説明板があった。
CIMG0177_202005031716077ad.jpg

記述を読む限り、この説明板がいつ設置されたのかは分からないが、「鉄道遺産」の価値が見直されてきた21世紀になってからのことなのかもしれない。
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その文面には「駅舎が置かれていた小高い丘の上には駅のシンボルだったイチイの木が今も残り」とあるが、この木のことだろうか。あまりに小さい。
CIMG0182_202005031715470a9.jpg

もう廃駅となって半世紀近くが経つが、イチイとは極端に成長の遅い木なのだろうか。
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ここでも、周囲の道路状況と空中写真を照らし合わせて、駅舎の位置を特定。
CIMG0183_20200503171544352.jpg
不思議なことに、イチイの木とは、ちょっと離れた場所だった。

これにて、千歳線旧線めぐりは終了。
CIMG0179_20200503171620dbe.jpg

「こころーど」の走行距離はちょうど10km弱だった。
CIMG0180_20200503171622c40.jpg

時刻も13時に近くなり、お腹が空いてきた。
持ってきたスナック菓子をつなぎにして、来た道を引き返す。
帰りは下り基調なので、わりと楽ちんだ。
風があったおかげか、気温ほど暑く感じなかった。
アサヒビールの工場のところで、こころーどを離れ、道道を平岸に向かう。
途中にあった、りんご並木の碑をパシャリ。
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りんご並木は環状通りの美園地区に植えられている札幌の名物の一つだが、これは当時の板垣武四市長が長野県飯田市のりんご並木にならって1974年(昭和49年)に植樹したものなのだそうだ。
もっと昔からあるものだと思っていたが、意外に新しかった。
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ついでに豊平区役所をコレクション。
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ランチに適当な店がないか探しながら走り、平岸通りに面したリゾット専門店「リゾットリアGAKU」に入店。
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時間がちょっと遅かったからか、お客さんは少な目でソーシャルディスタンスはばっちり。
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たくさんあるメニューの中から、ゆで鶏と10種野菜のリゾット(トマトソース)をオーダーした。
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リゾットは滅多に食べないので、新鮮だったし、専門店だけあって、なかなか美味しかった。
見た目以上にボリュームがあって、お腹がいっぱいになってしまった。

なので、デザートのジェラートはシングルにした。
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味に個性があると飽きてしまうので、シングルならバニラにするしかない。
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これも美味。量的にもシングルで十分だった。
というわけで、ご馳走さまでした。
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帰宅途中に、父が通院しているKKR札幌医療センターや地下鉄中の島駅を撮影し
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15時過ぎに帰宅。
走行距離は26kmに達した。
自転車でこんなに長く走ったのは久々だったので、結構疲れた。
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【行程】2020年5月2日
自宅(11:15)~東札幌駅跡(11:43)~月寒駅跡(11:58)~大谷地駅跡(12:23)~上野幌駅跡(12:49)~りんご並木の碑(13:47)~GAKU(14:00昼食14:50)~自宅(15:03)
※所要時間:3時間48分(走行時間:約2時間40分)
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