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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

長尾山(中)

【2020年3月29日(日)】長尾山
高校の同級生O君と一緒に、無意根山(1464m)に近い長尾山(1211m)に登っている。
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今日はスノーシューではなくスキーである。
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スキーを履くのは今シーズン2回目。
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できれば、もっと山スキーをしたいのだが、下りに自信がないのである。
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登山口から2時間ちょっと歩いて、標高は1100mを超えてきた。
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千尺高地(1153m)を目前にして、一気に視界が開けた。
余市岳(1488m)は真っ白で実によく目立つ。
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稜線に乗ると、羊蹄山(1898m)がずどーんと現れた。
ほれぼれするような姿だ。
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その右にはニセコ連峰が展開している。
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ツボ足の方が羊蹄山に向かって跪いていたので、「素晴らしいですねえ」と声をかけた。
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こちらは北の方角。
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北東の方角。奥に連なるのは積丹半島の山々。
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雪原の木々が神秘的な雰囲気を醸し出している。
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ヒクタ峰(左、1083m)と定山渓天狗岳(右、1145m)。
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あの先が千尺高地であろう。
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直前の急登を真っすぐ登ろうとしたらスリップして転倒。
スキーが外れてしまった。でも、あまり手こずらずに装着できて、事なきを得た。

10:05、千尺高地に到着。
夏は背丈の高いササに覆われ、景色が全く見えないが、冬は360度の大パノラマである。
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まるで水墨画の世界だ。
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ひとつひとつ見ていこう。
まずは間近に迫った無意根山。
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羊蹄山は裾野までよく見える。
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羊蹄山には今日、同級生のS君夫妻が登っているはずだ。
O君が大声で、「Yさ~ん!」と奥さんの名を叫んでいた。
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お馴染み、余市岳。
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平らな朝里岳(1281m)。
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白井岳(1301m)。
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ちょっと引いてみた。
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ヒクタ峰。
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定山渓天狗岳。
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烏帽子岳(左、1109m)と神威岳(右、983m)。
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左はニセコアンヌプリ(1308m)。
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無意根は、も(むに近い発音で)~いいね。
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大沼山(1111m)方面の稜線と積丹の山々。
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おそらく余別岳(左、1298m)と積丹岳(右、1255m)。
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撮影と休憩にたっぷり10分以上費やして、長尾山に向け出発。
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その後も絶景は続くので、何度も足を止めて、シャッターを押した。
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羊蹄山は実に立派なお山だ。
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無意根山の北斜面。
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千尺高地の雪原越しの余市岳も迫力満点。
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孤高のダケカンバ。
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千尺高地を振り返る。
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蝦夷富士。
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北側の峰々。
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長尾山の稜線。
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定天の右奥に手稲山(1023m)が出現。
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写真を撮りまくっている間に、O君はあんなに遠くに行ってしまった。
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無意根山と羊蹄山のコラボ。
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長尾山北斜面の雪庇。
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雪庇からは離れて進む。
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ここはこんなにだだっ広くて風は強そうなのに、こんな高い木があるなんて。
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実に美しい。
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ダケカンバゲートを通過。
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ダケカンバと余市岳のコラボ。
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なんだか、ここは別世界である。
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おお~い、待ってくれ~!
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でも、頂上はもう目前だ。
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千尺高地を振り返る。
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あの、ハイマツの露出しているところが頂上だろう。
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無意根の尾根で腹を切られた羊蹄山。
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山頂の直前でスキーの3人組とすれ違った。
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我々も間もなく登頂。
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このハイマツは風というより、雪の重みで傾いているのだろう。
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羊蹄山とニセコ連峰。
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積丹の山々。
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山頂の門。
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というわけで、10:40に無事登頂。
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さっそく、記念撮影。
風がないので上着を脱いでユニホームを出すことができた。
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羊蹄山もバックに。
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あとはしばらく眺望の撮影タイム。
千尺高地のおさらいになるが、しばしお付き合いを。
ちょっと角度が変わっているはずです。
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無意根山が近いので、「あそこまで行っちゃうかい?」と提案してみたが、やんわり却下されてしまった。
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彼はきっと早く滑りたいのだろう。
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と思っていたが、下山した後に聞いたら、そういうことではなく、昼までにさっさと下山して、定山渓のこじゃれた店でランチをしたかったらしい。
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はるか北には増毛方面の山々が白く光っていた。
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黒い地肌が恐ろしいほどの定天。
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ちょっと角度が変わった白井岳。
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雪の殿堂、余市岳。
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みごとなピラミッドのヒクタ峰。
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形は平凡だが、堂々たるボリュームの烏帽子岳。
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余市、朝里、白井の3座は余市三山と呼ばれているらしい。
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朝里岳はあのどこが山頂なのだろう。
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遠くに余別岳と積丹岳の兄弟。
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左からニセコアンヌプリ、イワオヌプリ(1116m)、チセヌプリ(1134m)。
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東の方角はやや曇っているが、札幌岳(左、1293m)と狭薄山(右、1296m)。
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真ん中よりやや右にちょこんと飛び出しているのが空沼岳(1251m)だ。

その左の平坦なピークは左が漁岳(1318m)、右が小漁岳(1235m)だそうだ。
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羊蹄山の裾野からは昆布岳(1045m)が覗いていた。
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(つづく)
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長尾山(上)

【2020年3月29日(日)】長尾山
スキー場でインストラクターをしているO君から「日曜日、休みが取れるので、どこかに行かないか?」と誘いがあった。
新型コロナウイルスの感染拡大で北海道もインバウンドが激減。
稼ぎ時の日曜日に休みが取れるなんて、相当深刻な事態なのだろう。
それはともかく、私もとくに予定は入れていなかったので、行動をともにすることにした。
彼は、同期のS君夫婦が参加する羊蹄山のBKスキーツアーはどうかと提案してきた。
こちらも異存はなかったが、O君が問い合わせたら、ツアーは満員だったためNG。
近場でどこか行きたいとこない?と聞かれたので、無意根山の近くにある長尾山(1211m)を挙げてみた。
彼は昨年、H君と一緒に登ったことがある山だが、「滑りたいところがあるからいいよ」ということで、決定。
当日、O君の家に朝7時に迎えに行くことになった。

5:15にアラームをかけて寝たが、4:45に目が覚めてしまい、そのまま起きた。
あれこれ作業をして、6:30に出発。
今日も素晴らしい天気になった。
気温はそれほど高くはないが、高気圧に覆われるということなので、山頂もそれほど風は強くないだろう。
O君宅には6:55に到着したが、彼はまだ個室で頑張っていたので、玄関に準備されていた荷物を車に積み込んであげた。
で、7時に出発。
安倍首相からは不要不急の外出は避けるよう要請されているが、公共交通機関を使わずに密閉空間ゼロの山へ行くのなら問題ないだろう。

完全に乾ききった路面の国道230号を進み、定山渓温泉の手前で右折。
旧豊羽鉱山へ向かう。
途中、正面に定山渓天狗岳(1145m)の雄姿が現れ、心が躍った。
それにしても、豊羽鉱山はもうとっくに閉山しているのに、なぜ除雪されているのだろう。
ふと疑問をつぶやいたら、O君が教えてくれた。
鉱山は閉山後も鉱毒が流れ出さないよう、事業者が未来永劫その管理をしないといけないのだという。
へ~、そういうものだったのか。それは勉強になった。
いずれにしろ、豊羽鉱山跡の探索もいつかしなければならない。

というわけで、夏山の登山口の手前にある分岐に7時半に到着。
ここから先は除雪されていないので、冬は一歩手前がスタート地点となる。
まずは、スキーは履かずに、7:45過ぎに出発。ここで標高は570mほど。
スキーを担いで、100mくらい進む。
車を停めたところは日蔭だったので寒かったが、日なたに出るともう暖かい。
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夏の駐車場に登る急斜面の直下で、スキーを装着することになったが、この時に上着をさっさと薄手に雨具に着替えておいた。
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今日はすべて、スキーの指導者であるO君の判断に任せるつもりだ。
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いきなりの急登を何とかクリアして、駐車場に出ると、正面に定天が現れた。
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この先は、夏道ではなく、この斜面を登る。
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O君によれば、ここはスキー場の跡だったという。
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帰宅後に調べてみたら、無意根山スキー場というスキー場があったらしい。
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いつ廃業したのか調べ切れなかったが、2007年にはすでに廃墟になっていたようだ。
豊羽鉱山自体は2006年に閉山しているので、たぶんその前なのだろう。

O君は中学のときに、ここに滑りに来たことがあり、宿に泊まったという。
それも調べてみたら、札幌市が運営していた「無意根山荘」という山小屋風の施設だった。
今はスキー場関連の設備も含め、全く跡形もない。
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スキー場のゲレンデも樹齢20年近いと思われる樹木が育っていた。
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10分ちょっとでゲレンデ跡は登り切り、間もなく夏道に合流する。
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傾斜もなだらかで歩きやすい斜面だ。
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天気は最高である。
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1時間近く歩いて、標高800mを超えると、右手の視界が開けてきた。
見えてきた真っ白い山は余市岳(1488m)。
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余市岳は「余市」という名が付いているが余市町にはなく、札幌市と赤井川村の境にある。
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札幌市の最高峰で、札幌近郊でも最高峰である。
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古い道標を発見。
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かなり高い位置にあり、「無意根山ツァー」とあるので、冬山用なのだろう。

クジラくん。
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余市岳の右に見えるのは白井岳(1301m)。
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そのさらに右に定天。
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白井岳と定天の間にあるピラミダルな山がよく分からない。
O君は毒矢峰(885m)ではないかと言ったが、帰宅して確認してみたらヒクタ峰(1083m)であった。
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これら3座を並べると、このようになる。
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分かりやすい切り株更新。
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844mピークを巻いて、約830mのコルでひと休み。
スキー慣れしているO君は気軽にスキーを外す。
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私は一回外すとまた着けるのが面倒なのだが、一応彼に倣う。
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スキー靴でも全く埋まらないほど、雪は固い。
アイゼンだけで登っている人もいるようだった。
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5,6分休んでいる間にスノーシューの2人が追い抜いていった。
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今日はかなり人が入っているようだ。
登山口にも10台近い車があった。

O君からナッツをもらって栄養を補給してから出発。
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休憩直後は急だったが、850~900mあたりの斜面はとてもなだらか。
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左前方の尖峰については、地形図にはとくに標高点の表示などはない。
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単なる尾根の先端なのかもしれない。
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左手の山肌がいい感じで見えてきた。
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なかなか絵になる。
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だんだん傾斜が出てきたが、それほど苦にならない。
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ここで標高950mあたり。400m近く登ってきた。
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下りのシュプールが何本もある。夏道に沿って下りる人もいるようだ。
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前方の稜線が美しい。
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わかんを背負った単独男性に追いついてきた。
雪が固いので、わかんすら不要なのだろう。
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スキーは重いが、登るペースはスノーシューとかと比べてもそんなに遅くはないのだ。
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この斜面は滑ると楽しそうだが、さすがに谷なので滑った跡は見当たらない。
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950~1000mにかけては、それなりに斜度がある。
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しかし、このくらいならまだ、直登で大丈夫。
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この道標の「ツァー」が気になる。古い表記なのだろうけど、今なら「ツアー」だ。
「ツァー」ではロシアの皇帝(ツァーリ)を想像してしまう。
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傾斜が増してきた。
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さすがにジグを切る。私もO君に従う。
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再び展望が開けてきた。
平らなのは「飛行場」とも呼ばれる朝里岳(1281m)。
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烏帽子岳(1109m)と神威岳(983m)。
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夏道はスノーシューの跡とスキーの跡が並走している。
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あそこが千尺高地(約1150m)だろうか。
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標高1010~1030m付近はかなり急傾斜。
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でも、その先は一旦ゆるむ。
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ひと息つける感じだ。
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左手の定天が黒い地肌をさらしている。
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千尺高地まであと標高差で100m。
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右手に見事な雪庇が見えてきた。
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大沼山(1111m)方面の稜線だ。
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その左側も雪庇が発達している。
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雲がいい感じだ。
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再び開けた場所に出た。
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余市岳はやはりこの辺の最高峰ということもあって、実に堂々としている。
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木々の姿も美しい。
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白井岳にもスキーで登ったが、あの時は吹雪で大変だった。
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(つづく)
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室蘭散歩第2弾8

【2020年3月22日(日)】室蘭散歩
室蘭周遊を終えて、帰途についている。
汗を流しに、まっすぐ伊達温泉に向かうつもりだったが、まだ明るいし、駅舎の撮り残しがあることを思い出した。
JR貨物の陣屋町臨港駅である。
この駅は室蘭本線の陣屋町駅(貨物)から分岐している側線(1.5km)の終点にある。室蘭本線の旧線を転用したもので、正式には陣屋町駅の構内の扱いとなっているそうだ。

国道37号線で白鳥大橋をくぐって間もなく、左の側道に入る。
しばらくJRの側線と並走した後、踏切に。
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遮断機と警報機があるが、レールは錆びついている。
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ウィキペディアによれば、2016年7月に、急行はまなすの運行終了によって余剰となったDD51形ディーゼル機関車が8両、臨港駅まで輸送されたという。
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それ以来、使用されていないのだろうか。
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通行する車両も多いが、一旦停止する車は1台もなかった。
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踏切から300mほど進むと、左手に「室蘭開発株式会社」と書かれた古びた建物が見えてきた。
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レールが建物の中に引き込まれているので、修理工場か何かなのだろう。
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右側のレールは、室蘭開発が室蘭市から運営を委託されている835mの専用線(崎守埠頭公共臨港線 山手線)だろう。
この先に室蘭港で陸揚げされる木材チップを貨車に積み込む設備があるそうだ。
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修理工場の奥に小さなプレハブ小屋みたいなものがある。
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これが陣屋町臨港駅であった。
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室蘭開発の事務所も兼ねているようだ。
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駅の奥には、お払い箱となったキハ183系の気動車や客車が安置されていた。
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これらは特急オホーツクやおおぞらに使用されていたものだろう。
見覚えがある。
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解体されるのか、どこか途上国に売却されるのか、寂し気な風景だった。

それでは臨港駅を後にして、伊達温泉に向かおう。
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先週はこのあたりを走っているときはすでに真っ暗だったが、今日はまだ明るい。
明るいと運転が楽だ。
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正面に見える有珠山(737m)がりりしかった。
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伊達市街を過ぎると、間もなく伊達温泉の入口。
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右折する入口が付け替えられており、古い標識も残っていた。
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もちろん撤去される前に記録に残しておく。
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その傍らに馬頭観世音と六角形の地神塔がたたずんでいた。
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伊達温泉には16:50頃に到着。
ここは、それほど有名じゃないので、ひなびたところかと思っていたが、かなり大きな施設であった。
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宿泊施設も備えている。
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日帰り客はこちらの玄関から。
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お腹が空いていたので、まずは食堂へ。
すぐ出てきそうなものということで、素麺(510円)をオーダーした。
しかし、大して混んでもいないのに、実に遅い。
10分以上待たされた。
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テレビもつまらないバラエティが付いているので、大相撲に変えてもらった。
今日は、7年ぶりの千秋楽横綱相星決戦なのだ。
しかし、その取り組みの前に食べ終わってしまい、時間節約のため、お風呂に行ってしまった(結果は白鵬の優勝だった)。
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ここは1972年の開湯なので、私が伊達に住んでいた幼稚園の頃(1968~69年)にはまだなかった。
ナトリウムー塩化物温泉(弱アルカリ性高張性高温泉)でph値は7.8。
源泉の温度が74℃もあるのは、やはり火山に近いからだろうか。
温泉1(HPより)

それはともかく、思いの外混んでいる。
外出自粛で行くところがないのか、地元の人が多い感じだ。
そんな状態なので、とても撮影は無理だった。
温泉2(HPより)

失敗したのは、石鹸とシャンプーを持参しなかったこと。
入浴料450円だったので、もしやと思ったが、やはり備え付けがなかった。
髪の毛も体も洗えなかったが、それでも湯に浸かって、さっぱりした。
温泉3(HPより)

帰宅してから、もう1回風呂に入らないとならなかったけど。
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この先、洞爺湖方面に向かうわけだが、横着して国道37号に出ず、そのまま北上して強行突破を図ろうとしたが、結局行き止まりで戻らざるをえなかった。
時間とガソリンを無駄にしてしまった。
でも、その代わりに、伊達温泉を裏側から撮影することができたし
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旧国鉄胆振線の廃線跡(サイクリングロード)の現況も確認することができた。
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前向きにとらえよう。
この廃線跡はいずれ自転車で来なければならない。
実際に見て、モチベーションが上がった。
山にまだ雪がある4月のうちに来られたら来たい。

改めて17:45頃に出発。
留寿都くらいまでは薄明るかったので、リラックスして走れた。
その先も前の車が先導してくれたので、神経を擦り減らさずに済んだ。
ただ、中山峠の下りはやはり緊張した。
伊達温泉からの115kmを2時間強で走り切り、20時前に帰宅。
今回もまた充実した旅になった。

細切れで歩いたが、合計は以下の通り。
※所要時間:6時間37分(歩行時間:5時間40分)
※登った山:6座(うち新規5座:鷲別岬、イタンキ山、潮見展望台、さる山、茶臼山)
※歩行距離:約18km
※累積標高差:約750m
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室蘭散歩第2弾7

【2020年3月22日(日)】室蘭散歩
室蘭八景トッカリショの展望台にいる。
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眼下はエメラルドグリーンのトッカリショ浜。
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反対側は尖った母恋富士(141m)。
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ここからチャラツナイ展望台までは、すこやかロードの「地球岬コース」である。
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私は、すぐ南にある141mピークを目指す。
車道の脇に登り口のような踏み跡があったので、「よし、行けるな」と思って登り始めたが
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すぐに踏み跡はササの中に消えてしまった。
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でも、ササである限りは前進できるので、そのまま登ったのだが
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結局、あと標高差10mというところで灌木に阻まれ断念せざるをえなかった。
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踏み跡すらないようでは、当然山名板などあるはずもない。
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登頂しても、「登った山」に数えられないのでは、つまらないので諦めがついた。

でも、これまで見てもらったように眺望は完璧だった。
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登頂できなくても、余は満足である。
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この山は先週登った無名峰。
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山から下りて車道を下ると間もなく金屏風。
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その手前に交通安全の石仏が安置されていた。
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散歩していた近所のご婦人が「ここがいいよ」と、金屏風のベストスポットを教えてくれた。
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まさに黄金色に光っている。
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ここはいろんな色の岩がある。トッカリショとはまた別の地質なのだろう。
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あそこには行けません。
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ここで前回歩いた道とつながったので、ここから引き返す。
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ピストンは嫌いだが仕方がない。
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再びトッカリショ展望台を通過する。正面はエニ山(188m)。
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振り返ると、さっき途中で登頂を断念した144mピーク。
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この先はエニ山の山頂直下をかすめて、峰続きのさる山(約160m)、茶臼山(128m)を登るつもりだ。
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さくさく戻る。
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正面に双耳峰のように見える、鋭い白い山は徳舜瞥山(左、1309m)とホロホロ山(右、1322m)。
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製鉄所と測量山(199m)。
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ソーラー畑。
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エニ山を振り返る。
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さる山へはササの刈り込みが頂上まで続いているかと思ったら、そうではなかった。
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でも、それほど標高差はないので、ヤブに突入。
最初のうちはよかったが、次第にササの丈は背丈以上になり、大苦戦。
こんな目に遭うとは思わなかった。
それでも数分で、ヤブから脱出。
開けた場所から見えたのは、不法投棄された大量の粗大ゴミだった。
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この山は西側が崩落している。
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この先はヤブをこがすに済んだ。
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頂上は低いササに覆われており、やはり山名板はなかった。
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でも、眺望はこれまた素晴らしい。
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タンカーが白鳥大橋をくぐろうとしている。
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地球岬沖にも一隻見えた。
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北に見えるのは、これから行く予定の茶臼山。
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あそこまではちゃんと刈り込み道が続いているようだ。
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エニ山を眺めてから下山開始。
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ここから滑落しないようにしなければ。
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では、さる山よ、さようなら。
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茶臼山の向こうに有珠山(737m)がきれいな稜線を描いている。
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さる山全景。
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さる山から7分ほどで、茶臼山に到着。
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ここには用途不明の施設があったが、やはり山名板はなかった。
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このあたりが、おそらく頂上のはず。
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さて、ここからどうするかが問題。
刈り込み道は北の方角に続いており、そちらに行くと、潮見公園に戻るにはかなり遠回りになる。
直接、東に下りたいが、崖になっているし、道も見当たらない。
地形図によれば、さる山の先まで戻ると東に下る道があるようなので、そこまで戻ることにした。
ほとんど駆け足で戻る。
しかし該当する地点に着いても、それらしき道はない。
廃道すら見当たらない。
ちょっと予想されたことではあるが、こうなったら是非もない。
余計に遠回りになってしまったが、くねくねと大回りする車道を素直に行くしかない。
車道に戻ると、市街地の展望が開けてきた。
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工場が近い。
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お寺らしきものも見えた。
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道道に出る前のゲート。
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ここは、昨年11月、エニ山に来た時、車を停めたところだ。

車道をとぼとぼ歩いて、茶臼山の直下を通過。
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茶臼山を出てから20分経過しており、それだけロスしたことになる。
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工場を見ながら進み
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道道の大きな屈曲点から、左折して輪西町方面にいったん下ることにした。
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この方がまた登らないといけないけど距離は断然近い。
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最初からそういうルートを考えれば、茶臼山からまっすぐ北に進んでよかったのに。
ちょっと頭が働かなかった。
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やっと潮見公園のある山が見えてきた。
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時刻は15時半に近くなり、空もすっかり曇ってしまった。
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輪西駅を俯瞰しつつ
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どんどん高度を下げていく。
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霞台町会会館の前をさらに下る。
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ここで標高ほぼゼロ㍍になった。
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古い町並みだけに、易者などという昔ながらの商売も。
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室蘭輪西南郵便局の角を右折し
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レトロなアパート二條荘の前を通って
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今度は広徳寺の横を登っていく。
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お寺の裏に西崎覚流さんの墓。ご住職だろうか。
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傾斜地には堅固な石垣。
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人口減少が続く室蘭だけあって廃屋も少なくない。
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車道は尽きて、最後は階段。
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さっきの道道に戻った。
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見晴町会を通過。
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やはり高台は歩いていて楽しい。
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この坂は急すぎて通行止め?
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というわけで、やっと潮見公園に到着。
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この周回に4時間20分ほどかかった。
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これにて本日のハイキングは終了。
当初、予定していたイヨシサンペ山(140m)は登れなかったが、また次回にしよう。
そそくさと伊達温泉に向かった。

【行程】
潮見公園(11:25)~潮見展望台(11:35昼食11:48)~室蘭YH(11:54)~エニ山(12:43)~亀岩(12:57撮影13:06)~トッカリショ浜(13:25)~トッカリショ展望台(13:47)~金屏風(14:00)~さる山(14:40)~茶臼山(14:47)~ゲート(15:03)~輪西南郵便局(15:27)~潮見公園(15:43)
※所要時間:4時間18分(歩行時間:3時間50分)
※登った山:4座(うち新規3座:潮見展望台、さる山、茶臼山)
※歩行距離:12.8km
※累積標高差:約550m
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室蘭散歩第2弾6

【2020年3月22日(日)】室蘭散歩
潮見公園から1時間半ほどかけて、トッカリショ浜が見える丘までやってきた。
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絶景に目を見張っている。
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ここはとくに案内板のないところだが、私が撮影しているのを見て、何かあると思ったのか、走ってきた車が停まり、熟年のご夫婦が出てきた。
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崖の先端まで行こうとする奥さんを、ご主人が「よせ、よせ」と止めている。
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そんなに危険ではないので、ぜひ見てほしかったが、口出しするのは止めておいた。
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本当に転落したら、私が恨まれる。

見る角度が変わって尖ってしまった母恋富士(141m)。
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あんなところを人が通るわけもないので、やはりあの手のラインは獣道なのだろう。
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トッカリショ浜には番屋のような建物がいくつもあるが、かなり荒れている様子がうかがえる。
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もう、ここで漁は行われていないのだろうか。
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浜に下っていく車道が見える。
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浜への道は立入禁止になっていたが、ちょっと失礼させていただいた。
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この道からは、例の親子岩が仲良く並んでいるのが見える。
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反対側はトッカリショ岬。
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この斜面では室蘭漁業婦人部の方が「お魚殖やす植樹活動」を展開しているようだ。
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断崖の地層が右下がりに斜めになっているが、親子岩も同じようになっている。
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当然と言えば当然だが、ちょっとおもしろい。

車道はまだ続いているが、ここで右折して階段を下る。
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実にきれいな斜めの筋だ。
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角度は30~40度くらいだろうか。
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よくよく見ると、陸地の黒い帯と親子岩の黒い帯が段違いになっている。
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これはなかなか興味深い。両者の間に断層があるのだろうか。
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振り返って、トッカリショの岬の方は地層がほぼ水平だ。
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でも根元の方は傾いている。
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どんなからくりになっているのか、専門の方の説明を聞いてみたい。

凝灰岩は浸食しやすいようだ。
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このV字谷はどうやってできたのだろう。
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削れた土砂がたまっただけだとしたら、下の山が大きすぎるように思えるのだ。
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だいぶ下まで下りてきた。
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こうして見ると、崖のひだごとに傾斜が違う。実におもしろい。
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港の背後は、昭和57年(1982年)の治山工事で固められていた。
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海はきれいだが、浜はゴミだらけである。
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まわりがこれだけ美しいだけに、ちょっと残念だ。
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しかし、本当にこのあたりの白い断崖はドーバー海峡を彷彿とさせる。
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行ったことがあるわけではないんだけど。
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今朝歩いた鷲別岬もずいぶん遠くなった。
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それにしても、この浜は奇跡のような景観に囲まれている。
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圧迫感もあるけれど。
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この凝灰岩はわりとたくさん礫が混じっている。
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浸食の跡もわりと分かりやすい。
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これは番屋というより、れっきとした住まいだ。
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やはり離村してしまったということなのだろう。
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トッカリショ岬の方へ歩いてみた。
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巨大な落石がモンスターのように浜に転がっている。
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ちょっと不気味ではあるが、海遊びをするには探検気分満点で子どもは喜びそうだ。
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断崖を見上げる。
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なかなかすごい。
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こうなると、本当に探検だ。
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この先はさすがに行けないので
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引き返すことにしよう。
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海水浴の穴場という感じだが、さっき遊泳禁止の看板が出ていた。
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親子岩は下から見ても格好いい。
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それにしても、この白と黒の差は何なのだろう。
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岩は簡単にはがれるみたいで、いずれまた大規模な崩落が起きるに違いない。
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さっきの廃屋をちょっと探検。
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いつまでお住まいだったのだろう。
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ここは車を家に横付けできないので、移動はかなりきつかったと思われる。
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こちらはしっかり封鎖されていた。
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廃墟の景観としても上々であった。
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ただ、このゴミだけが気になった。
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うち捨てられたボート。ウニを捕ったのだろうか。
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謎の機械。
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では階段で上の車道に戻ろう。
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廃屋よ、さようなら。
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あれは荷揚げのケーブルである。車道が通じていないので、敷設されたのだろう。
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断崖にところどころ開いている穴も気になるが、あれは崩落の跡なのかもしれない。
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親子岩は、とんがりコーンにも見える。
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せっかくなので、荷揚げケーブルのところまでやってきた。
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ケーブルの台からの眺め。
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何度、撮っても絵になる二人だ。
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これは崩落の跡。
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それを示すように、上が欠けていた。
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先端もよく見ると崩落している。
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この景観はきっと、ものすごいスピードで変化しているのだろう。

車道はこのケーブルのところで行き止まり。
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今、下って登った階段。
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この後、あの144mピークに行ってみよう。
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トッカリショ岬の稜線を歩くのは、さすがに無理。
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エニ山。
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親子岩。
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トッカリショの地名はアイヌ語の「トカル・イショ(アザラシの岩)」に由来するそうだ。
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これがアザラシに見えたのだろうか。
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もしかして、あれがアザラシ?
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よく見ると、この断崖は先端部分が割れて、離れている。
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やはり、変化のスピードは速そうだ。

トッカリショの展望台まで登ってきた。
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ここで標高100mほどある。
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ここも国の名勝ピリカノカの一つだ。
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(つづく)
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室蘭散歩第2弾5

【2020年3月22日(日)】室蘭散歩
絵鞆半島の付け根にあたる潮見公園から地球岬に至るトレイルを歩いている。
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遊歩道自体は少し内陸寄りに通じているのだが、より海に近いところに踏み跡もあるので極力そちらを歩いた。
すると、こんな撮影台のような岩があるので、乗ってみる。
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下を覗くとこんな感じ。
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これは、いま歩いてきた道。
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絵鞆半島の先端部に近いイヨシサンペ山(140m)と大黒島。
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鷲別岬とイタンキ岬はもう飽きるほど写しているが全然飽きない。
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海に向かって細長く並行して突き出している姿がおもしろい。
(002)
高原状の草原には、ソーラー畑が広がっていた。
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これもシカの道だろう。
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今年は雪が少なかったが、例年だと、まだこの時期は夏靴では歩けないのかもしれない。
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さっき芋虫と言ったが、軍艦にも見えてきた。
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押し寄せる波が美しい。
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なんだか芸術的だ。
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ほんとはずっと眺めていたい。
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縁を歩いているので、時折断崖が見える。
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覗き込むのが怖くなる。
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象の鼻。
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ここはかなりもろそうだ。
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あれがトッカリショ。
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このトレイルは本当にお薦めだ。
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そんなに体力もいらないし、景色が抜群。
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ササの丈が低いので、全てが見える。
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トッカリショの景観の中で、この二つの岩はとても特徴的で目立つ。
でも、名称があるのかないのか、ネットで検索する限り、まったく手がかりがない。
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ふつうなら、親子岩とか夫婦岩なんて名前が付きそうだが、本稿では便宜的に親子岩と呼んでおこう。
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この白い岩肌はどうやら凝灰岩のようである。
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かなり浸食が激しい。
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潮風の仕業だろうか。
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それにしても、なんかドーバー海峡みたいだ。
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こちらは、名付けて亀岩。
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この角度からの眺めはあまり知られていないような気がする。
絵鞆半島外海の景観のうちベスト1はここだろう。
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海の色がいつの間にか緑っぽくなっている。
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いやあ、たまりません。
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これもまた見事な奇観だ。
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地球岬じゃないけど、地球が丸く見える。
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さすがに、あの先っちょまでは行かなかった。
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でも、いろいろと撮りたくなってしまう。
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さて、いよいよエニ山(188m)へ最後の登りに差し掛かった。
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このあたりは少しササの丈が高く、日陰には雪が残る。
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144mのピークから一直線に海に突き刺さっていくトッカリショ。
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そして、エニ山はもうすぐそこ。
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いきなり、布をかけたような優雅な景観が出現した。
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地球岬の展望台も見える。
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その向こうに、先週は見えなかった駒ヶ岳(1131m)が浮かぶ。
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トッカリショ岬の壁面は白黒のツートンカラーになっている。
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ついつい立ち止まって写真を撮ってしまい、なかなか頂上にたどり着かない。
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このトレイルはもっと整備して、多くの人が歩けるようにしてもいいのではないか。
荒れるのは望まないが、多くの人に見てほしい。
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というわけで、潮見公園から1時間近くかかってエニ山に登頂。
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立派な三等三角点も埋め込んであった。
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こだが山頂からの眺め。
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エニ山周辺は電波塔が林立している。
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ソーラー畑があんなに広かったとは。
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エニ山には昨年の11月に来たばかりだが、ソーラー畑の記憶は全くない。困ったものだ。
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製鉄所と鷲別岳(911m)、カムイヌプリ(750m)。
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製鉄所と稀府岳(702m)。
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南西の方角に母恋富士(141m)。
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噴火湾をはさんで駒ヶ岳。
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十分堪能したので、前回歩いた道とつなぐため金屏風に向かう。
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もうしばらく、このトレイルを歩くことができる。
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海鳥が1列に並んで止まっているのが分かるだろうか。
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ここもかなりの奇観を成している。
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男性的な断崖と女性的な斜面が混在し、実に美しい。
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あれは、後で登る予定のさる山(三角山、約160m)だ。
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左上のとんがりは先週登った無名のピーク。
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室蘭の外海岸周辺はゴミの「不法投棄禁止」の標識が多い。
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測量山(左、199m)とイヨシサンペ山(右)。
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このあたりは、ふるさとの森21として整備されているようだ。
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断崖の下が見えそうなところがあったので、踏み跡をたどって行ってみた。
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真正面にトッカリショ岬の垂直な壁。
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トッカリショ岬はまるでナイフのようだ。
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その先端。
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全容。トッカリショ浜も見える。
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仲良く並んだ鷲別岬とイタンキ岬。
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絵鞆半島の山の中を縫って走る道道919号線。
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ここからは母恋富士がめずらしく富士山らしく見えた。
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おやおや、誰かいるぞ。
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カメだ。
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さっき亀岩を命名してしまったので、こいつは亀石にしよう。
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そのカメが日々眺めているのが、このアーティスティックな造形。
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その向こうのハゼ2匹も視野に入っている。
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北海道百景なるものがあったら、室蘭海岸をベスト3の一つに挙げたい。
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ここを見たら、おそらく文句は出ないと思う。
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ちなみに日本百景には、北海道から洞爺湖と層雲峡、登別温泉が選ばれている。
そんな手あかのついた観光地ではなく、新日本百景選定の際はぜひ、ここを!
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湾入の感じも格好いいので。
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最後に、エニ山や鷲別岬なども含めた全景をご覧いただいて、今回はひとまずお別れと致します。
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(つづく)
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室蘭散歩第2弾4

【2020年3月22日(日)】室蘭散歩
イタンキ浜の鳴き砂海岸から数分で潮見公園に着いた。
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駐車場に車を停めて、早速歩き出す。
展望台の頂上にあると思っていた三角点が、駐車場の脇にあった。
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三角点の標高は43.3m。展望台は70mである。
ここからの眺めがすでに素晴らしい。イタンキ岬である。
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展望台への広い道。
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右手眼下には、さっき歩いた鳴き砂海岸とビオトープが見える。
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この砲弾のようなモニュメントは明治天皇御野立所記念碑。
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基壇に埋め込まれた「由緒誌」によると、明治天皇は明治14年(1881年)9月、「北辺未開の地」視察のため来道した折、この地に野立てし、室蘭港の内外を「親しく御眺望あらせられた」のだという。
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「この記念すべき聖地を永く後世に伝うべく」、帝国在郷軍人会輪西分会が昭和4年(1929年)5月に記念碑を建立したが、その後「荒廃甚しく」、輪西明治会が昭和43年(1968年)、「開道百年」を機に、記念碑を復元したのだという。
今読むと不適切な表現が散見されるが、歴史資料としての価値はあるかもしれない。

その隣には宮沢少佐遭難記念碑があった。
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昭和6年(1931年)6月、樺太調査のため飛行中の偵察機が、濃霧のためイタンキ浜に不時着。このときに殉職した陸軍航空兵の宮沢広治少佐を追悼するため、同12年(1937年)、墜落現場に碑が建立された。
その後の同60年(1985年)、現場の見える現在地に移転したのだという。

ここからは日本製鉄室蘭製鉄所の工場群が間近に見える。
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この製鉄所は明治42年(1909年)、北海道炭礦汽船輪西製鐵場として操業を開始した歴史ある工場である。
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駐車場方面を振り返る。
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ササ原に登山道のようなラインが見えるが、あれは獣道だろう。
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白く目立つ施設は室蘭ユースホステル。
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眺めているうちに、40年ぶりに泊まってみたくなった。
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その左には太平洋が広がる。
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潮見展望台へ最後の登り。
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右手前方は、さっきうろついてきた鷲別岬やらイタンキ岬やら。
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眼下はイタンキ浜。サーファーの姿も確認できた。
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5分ほど、潮見展望台に到着。
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南西の方角には、これから歩いて行く丘が展開している。
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真西の方角は輪西界隈。バイパスの手前に輪西駅の跨線橋が確認できた。
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室蘭製鉄所は、炭礦汽船時代から日本製鐵、富士製鐵、新日本製鐵、新日本住金、日本製鉄と何度も名称が変わってきた。
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多くの人が馴染み深いのはやはり新日鉄時代だろう。
1970~2009年まで約40年間の長きにわたったからだ。
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鳴き砂海岸とビオトープ。
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展望台にはかわいい東屋もあった。
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こちらは北東の方角、東室蘭方面。
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東はイタンキ浜とイタンキ岬。
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イタンキ岬は長さが250mほどある。
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その左にイタンキ山(手前)と鷲別岬。
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鷲別周辺の市街地と窟太郎山(534m)。
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その左は四方嶺(549m)。
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鷲別岳(左、911m)とカムイヌプリ(右、750m)。
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手前の丘は楽山(標高約80m)である。
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東室蘭駅周辺のマンション群。
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こちらは、ほぼ真北の方角。
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高台の向こうに有珠山(737m)が覗く。
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ひと通り撮影したので、まだ11時半だが、ここでお昼にする。
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おにぎり2つと、今日はデザートにさくらもちプリンを用意した。
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太平洋や絶景を眺めながらの贅沢なランチとなった。
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10分ほど休んで出発。
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5分で駐車場まで下ってきた。残念ながらトイレはまだ冬季閉鎖中。
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潮見展望台も、恥ずかしながら「登った山」に数えさえていただいた。
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この形を見れば文句はないでしょう。

そして、室蘭YHまでやってきた。
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雰囲気的にもう廃業しているのかと思ったら、ちゃんと明かりが付いていた。
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YH正面の眺め。なんだか芋虫の群れのようだ。
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イタンキ山の斜面が階段状になっているのは、かつて何らかの土地利用があった跡なのだろうか。謎だ。
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YHの脇からササ原の中に続くトレイルに入った。
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ここはイタンキ山と違って、ちゃんと遊歩道になっている。
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右手には工場群が展開している。
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左手はこの絶景。
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室蘭の魅力は、なんと言っても、この自然と工場の対比というギャップの大きさであろう。
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とても日本とは思えない光景だ。
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トッカリショ方面の奇観。
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波打ち際。
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こんな絶景の地に家を建てて住んでいるとはうらやましい。
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まさに自然の彫刻だ。
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鳴き砂海岸を歩く男性を発見。
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砂は鳴いているのだろうか。
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また、もう一人発見。
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白と青のコントラストが素晴らしい。
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このお宅は宿でもやれば、結構流行るのではないだろうか。
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「オートバイ、自転車の通行」は禁止という看板が出ていた。
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バイクはともかくマウンテンバイクなら走りたくなるだろうなあ。
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この眺めだもの。
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遠くに白鳥大橋。
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トレイルの最初の小さなピークに達した。
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その先にまた素晴らしい草原が広がっている。
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室蘭にこんなところがあったなんて。
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パラグライダーで飛びたくなる気持ちも分かる。
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おじいさんも散歩したくなるくらいだ。
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近所にこんな道があるなんてうらやましい。
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製鉄所のOBだったりするのだろうか。
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まだ、ところどころで雪が残っていたが
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とくに歩行に支障はなかった。
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あのラインは廃道なんかではなく、獣道で間違いない。シカが出没するのだろう。
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名付けて、ゴリラ岩。
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標高は100mを超えてきた。
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工場の景観もなかなか美しい。
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バイパスに隠れて見えないが、ちょうどあの下を室蘭本線が走っているはずだ。
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(つづく)
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室蘭散歩第2弾3

【2020年3月22日(日)】室蘭散歩
イタンキ山の東側から南に回り込んで、イタンキ漁港に向かっている。
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基層の浸食が激しい。
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でも、なんとか磯伝いに行けそうだ。
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さすがにこれをへつるのは無理だった。
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これも消波ブロックの類だろうか。
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多少、障害物があったけど、なんとか漁港の集落にたどり着いた。
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あれがイタンキ岬なのだが、果たして登れるのだろうか。
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ちょうど外で作業をしているご婦人がいたので聞いてみたら、登る道はないという。
ウルシも多いとのことで、登るのは断念した。
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とりあえず集落の奥まで行ってみる。
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イタンキとはアイヌ語で「椀」を意味するという。
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地名の由来は諸説あるが、海岸がお椀のように丸く見えるため、とも言われているそうだ。

イタンキ山。
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46m標高点。
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鷲別岬。
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漁港の町並みはそれほど古くはない。
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集落の端っこまで来てみたが、ご婦人が言った通り、岬への登り口は見当たらなかった。
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漁港にはイカ釣り船が停泊していた。
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そこそこ整備された港である。
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この岬の標高は20mちょっと。
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では、引き返すとしましょう。
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当然ながら、港内は遊泳禁止である。
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室蘭の小さなマンホール。
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イタンキ山の西斜面に神社があったので、立ち寄ってみた。
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そんなに登らなくても済んだ。
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祠は、わりと小さい。
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引き続き旅の安全を祈願した。

神社の名称は伊丹来稲荷神社だった。
イタンキを漢字ではそう書くのか。
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寄付金奉納者の名簿。
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神社の下に、イタンキ生活館があった。いわゆる公民館である。
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帰りは汐見トンネルを経由する。
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1972年に完成したトンネルで、長さは192m。
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歩道があって助かった。
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これにて、イタンキ山&イタンキ岬散策は終了。
行程は以下の通りだった。
【行程】
カネサン佐藤水産近くの側道(9:50)~中国人慰霊碑(9:57)~イタンキ山(10:06)~三角点(10:12)~前浜(10:17)~イタンキ漁港(10:32)~側道(10:48)
※所要時間:58分(歩行時間55分)
※登った山:1座(イタンキ山)
※歩行距離:不明
※累積標高差:約70m

少し、車で移動し、イタンキ浜の鳴く砂海岸を歩く。
もし、ここから潮見公園に登る道があったら、そのまま金屏風まで行ってしまうつもりだ。
鳴き砂海岸の説明板があるところに路駐し、11時に出発。
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まずはイタンキ浜に出て、イタンキ岬を望む。
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イタンキ漁港の集落の向こうに鷲別岬が見える。
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こちらはイタンキ山。
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すこやかロードのコース案内図によると、ここから直接潮見公園に登る道はどうやらなさそうだ。
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すぐ右手に見えているのが、潮見公園の展望台(標高70m)である。
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ここは正式には、室蘭汐見海岸というらしい。
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丘の上に、室蘭ユースホステルの建物が見えた。
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高校2年の時、自転車で道央3泊4日の旅に出た時に泊まったはずなのだが、あの白亜の建物を見ても何も思い出さない。
なかなか印象的な建築だが、北海道建築の父と呼ばれる田上義也(1899~1991年)の設計で、1972年に建てられたものだそうだ。
私が泊まったのは1979年だから、間違いなくあの建物だ。
YHの前で写真を撮っておけばよかった。
アルバムをひっくり返してみたら、この旅行の写真はなんと3枚しか残っていなかった。
美笛峠、北湯沢温泉、洞爺森林博物館だけである。
写真が残っているということはカメラを持って行ったはずなのに、これしか撮っていないとは、実にもったいないことをした。
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この浜は北海道のサーフィンのメッカなのだそうだ。
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アイヌがかつてこの浜のことを「ハワノタ(声のある砂浜)」と呼んでいたことから、1986年に調査したところ、道内で初めて鳴き砂があることが確認されたという。
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砂が「鳴く」ためには、「砂に石英の結晶体があること」「砂の粒がそろっていること」「砂がきれいなこと」の3つの条件がそろわないといけないそうだ。
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波の向こうにポンチキウの奇岩と渡島半島の山並みが見える。
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右手には断崖を眺めながら、足元の音に注意しつつ歩く。
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しかし、一向に鳴かない。
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今日は条件が悪いのだろうか。
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随分遠くまで歩いている人がいるが、きっと鳴かないので、鳴く場所を探しているのだろう。
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せっかちな私は「今日は鳴かないんだ」と勝手に決めつけ、岩の表情だけで満足して引き返すことにした。
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こういう奇岩を見るだけでも十分楽しい。
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雲の模様も絶妙だ。
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あの奥さんも諦めたようだ。
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未練がましく振り返る。尖っているのは144mピークである。
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この岩は随分格好いい。
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一応、潮見公園の方に目を凝らすが、やはり斜面に道は見えない。
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さっきの岩の横顔。
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帰りはビオトープ経由で戻ることにした。
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湿地に近づくと、砂ではなく、何かの鳴き声が盛んに聞こえる。
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これはカエルの卵だ。
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すでに孵ったカエルが鳴いていたのだった。
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かと思えば、福寿草が咲き乱れている。
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ここだけ、やけに春が早い。
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さすがにビオトープだ。
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あと1か月もしたら、緑の葉っぱが萌え出すに違いない。
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待ちかねた季節である。
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ちなみに黒い山は排雪された雪の塊である。
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これにてビオトープ観察は終了。
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鳴き砂海岸の園地に戻ってきた。
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海岸に打ち寄せられた流木の中で、家族連れが何かを探している。
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サーファーの姿も見つけた。
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というわけで、11:20に車に戻ってきた。
それでは、車で潮見公園に向かうことにしよう。
行程は以下の通り。
【行程】
イタンキ浜(11:00)~鳴き砂海岸(11:06)~ビオトープ(11:12)~イタンキ浜(11:20)
※所要時間:20分(歩行時間20分)
※登った山:なし
※歩行距離:1.0km
※累積標高差:約10m
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室蘭散歩第2弾2

【2020年3月22日(日)】室蘭散歩
鷲別岬の散策を終えて、そのすぐ西に位置する46m標高点に向かっている。
この標高点は海岸からせり上がった細長い稜線上にある。
取り付ける場所の近くまで、鷲別神社から車で移動した。
鷲別岬から西へと続く稜線は1か所、海岸に下りる道で分断されている。
その入り口に路駐して、枯れたササで覆われた斜面に取り付いた。
出発は9時半。
遊歩道のようなはっきりした「道」はないが、何となく誰かが歩いたような痕跡はあるので、それをたどっていく。

ササの丈が低いので、46m標高点はすぐそこ見える。
取り付き地点から距離にして200mくらいだろうか。
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さっき、鷲別岬から「クマの爪」のように見えた断崖は近くから見ると、こんな感じになっている。
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振り返ると鷲別岬。
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あちらの地層は黄色っぽく見える。
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波は規則的に寄せてくる。
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穏やかな海である。
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ヤブはそれほどうるさくない。
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一部、灌木が生えている程度だ。
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右手に市街地と鷲別岳(左、911m)&カムイヌプリ(右、750m)を望む。
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鷲別岬から離れるにつれ、全体像が見えてくる。
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断崖はわりと高い部分にあることが分かった。
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海岸の石の多くは落石なのだろう。
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これら地層はほぼ火山灰と思われる。
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波打ち際まで下りていくこともできるが、今回は時間の関係もあり割愛。
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おさるさんの親子(に見えませんか?)。
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10分ほどで、46m標高点に到着した。
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鷲別とは、アイヌ語の「チウ・アシ・ベツ」(波の立つ川)に由来するらしい。
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地形的な成り立ちを知りたいものだ。
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頂上に着いて初めて西側の海岸を望むことができた。
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あそこが鷲別岬からの走り尾根の西端部分。
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イタンキ岬も厳しい断崖だ。
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全く人を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。
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こちらはイタンキ岬の付け根にあるイタンキ山(標高約60m)の断崖。
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陸の方を見ると、高台にも住宅地が展開しているのが分かった。
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それでは戻ることにしましょう。
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海岸にはゴミがいっぱいだった。
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往復20分弱で車に戻り、今度はイタンキ岬探索に向かった。
行程は以下の通り。
【行程】
日ノ出町交差点(9:30)~46m標高点(9:40)~日ノ出町交差点(9:47)
※所要時間:17分(歩行時間15分)
※登った山:なし
※歩行距離:0.4km
※累積標高差:約30m

国道36号の汐見トンネルが貫くイタンキ山の手前側道に車を停め、浜に出てみた。
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側道に車がいっぱい停まっていたが、サーファーたちのものだった。
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標高ゼロ㍍からの鷲別岬もなかなか迫力がある。
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こちらはイタンキ岬。二つの岬はまるで兄弟だ。
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イタンキ山のふもとにはピラミッド形の記念碑が立っていた。
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近づいてみると、「中国人殉難烈士慰霊碑」と刻まれている。
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第二次世界大戦中、室蘭では製鉄所などに1852人の中国人を強制労働させていたが、彼らは3年の間に564人が死亡、そのうちの125人はここイタンキ山に穴を掘って埋められたという。
1954年に遺体の発掘が行われ、慰霊碑が建てられたが、日中国交回復(1972年)を記念し、74年に建て直されたのが、この慰霊碑だそうだ。合掌。
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では、そのイタンキ山に登ることにする。
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さっきの46m標高点と同様、はっきりした道はない。
踏み跡らしきものをたどっていく。
かなりの急斜面なので、ササをつかみながら登らなければならない箇所もあった。
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でも、さえぎるものがないので、ちょっと登っただけで、どんどん展望が開けてくる。
こちらは、お馴染みの鷲別岬。
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国道36号線。
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山のふもとにある青い屋根しは、カネサン佐藤水産の工場である。
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白い校舎は、名門室蘭栄高校。
アイヌ語学者の知里真志保や俳優の安田顕らを輩出している。
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さっき登った46m標高点。
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東町の団地と日本製鉄室蘭製鉄所の工場群。
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製鐵所はもちろん日曜日も操業中。
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白鳥大橋。
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ここは今日こそ波が静かだが、サーフィンにはもってこいの浜だろう。
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10分ほどで登頂。標高は60mちょっとある。
予想通り、山名板は見当たらなかった。
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ここからは、イタンキ浜と地球岬方面が望める。
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先端はポンチキウ。
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イタンキ浜の鳴き砂海岸。
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ひときわ高いのはエニ山(188m)。
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その右には測量山(199m)。
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これは頂上直下の断崖。あな、おそろしや。
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眼下の海岸。
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この山の三角点は山頂ではなく、若干低い標高55mの地点にある。
それを確認すべく探し始めたが、これは三角点ではない。
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少しヤブに入ると、ちゃんと発見することができた。
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なぜか、かたわらに硬球が落ちていた。
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まさか、栄高校野球部の柵越えボールがここまで届いたわけでもあるまい。

下山はスリップに注意しながら慎重に。
なんとか転倒せずに下ることができた。
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車には戻らず、そのままイタンキ岬に向かう。
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岬へは、イタンキ山の断崖の直下を通って行く。
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落石の危険があるので、近づくなという看板があったので、遠巻きにして歩いた。
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今日の波はサーファー泣かせだが
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それでもわずかな波で頑張っていた。
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実はこのまま進んで、ちゃんと岬まで行けるのか、ちょっと不安だ。
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かと言って、最初からトンネル経由の迂回路をとるつもりはない。
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こちらの方が近道だし
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断然、眺めもいいのだから。
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ただし、当然ながら落石には要注意である。
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こんなのが落ちてきたら命はない。
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かなり回り込んできた。
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足元は砂浜ではなく磯になっている。
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いや~、海が青い!
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なんて喜んでいたら、道がなくなってしまった。
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これでは磯まで下りて歩くしかないだろう。
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(つづく)
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室蘭散歩第2弾1

【2020年3月22日(日)】室蘭散歩
先週、室蘭の絵鞆半島を外海岸に沿って歩いたが、まだまだ歩き残したところがたくさんある。
今回は、イタンキ浜から金屏風にかけてのトレイルと、白鳥大橋に近いエリアの2ルートを歩くべく、再び室蘭に行くことにした。
自宅を6:35頃、車で出発。今日もすこぶる天気がいい。
前回は、昼食の調達でちょっと焦ったので、樽前SAのセブンイレブンに寄ることにした。
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ここでおにぎりやおやつなどを購入。
黒い地肌が見え始めた樽前山(1041m)も確認しておいた。
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登別市内に入ると、昨秋登ったカムイヌプリ(750m)が正面に見えてきた。
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登別室蘭ICで国道36号に下り、鷲別岬が見えてくると、ここを省略するわけにはいかないと思い始めた。
とにかく、先に全景を確認しておくべく、鷲別前浜に車を停めて、その迫力ある姿を目に焼き付けた。
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頂上付近には電波塔らしきものが見える。
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荒々しい断崖の半島で、高さは107mもあるとのこと。
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反対側の方角には窟太郎山(534m)が長い裾野を引いていた。
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イタンキ浜からのトレイルの前に、鷲別岬に登ることにして、登山口を探した。
勘を頼りに、半島の付け根あたりで左折。
車で行けるところまで登ったら、正面に階段があり、登山口っぽく見えたが、近くに車を停めるところがない。
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地形図を見直すと、少し戻ったところにある鷲別神社から破線の道が延びているので、やはりそちらに回ることにした。
しかし、神社に通じる道は神社の直前で廃道になっていた。
やむなく、国道経由で迂回することにしたが、一方通行の関係で随分、逆方向に走らざるをえず、かなり時間をロスしてしまった。
それでも、8時半過ぎには、鳥居の前に到着。
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灯籠は大正15年(1926年)の奉納であった。
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身支度をして、8:40に出発。
境内には、地元の名士であろう堀嘉國先生の頌徳碑があった。
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堀先生は登別温泉小学校で7年、鷲別小学校で6年余り校長を務め、慈愛にあふれた人柄で生徒から大変尊敬されたそうだ。
昭和9年(1934年)6月、鷲別小学校長のときに急死したが、親子2代にわたる功績が認められ、葬儀は村葬で行われた。
その2年後、鷲別尋常高等小学校同窓会によってこの碑が建立されたという。

奥に、もう一つ石碑があった。招魂碑である。
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銘板には「殉国之英霊」の名が多数刻まれていた。
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神社自体は、かなり立派な社殿である。
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明治33年(1900年)11月に住民が保食神を奉斎し祠を建てたのが始まりという。
地元の鎮守として崇敬を集め、政府に神社創立願いの提出を準備していたが、終戦のため断念。昭和51年(1976年)に、境内地の整備と社殿の造営が完了したので、神社としての創立が叶った(北海道神社庁のHPより)。
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ここで本日の旅の安全を祈願。
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社殿の左手前には清水が湧いている。
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そこに「鯨明神」の説明板があった。
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それによると、明治39年(1906年)の暮れ、鷲別前浜に現れた大きな鯨を村人たちが捕え、その肉を売った資金と、寄付金でこの神社を建てたのだという。
神社庁HPの記述と年代が異なるが、それはそれとして、この神社は「鯨明神」とも呼ばれているわけだ。

当時の鯨の骨がここに奉納されていた。
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清水の方は、ひと口含んでみたが、さすがに冷たかった。
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なにやかやで、ちょっと時間を食ってしまったが、それでは「登山」開始。
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鷲別岬は標高が107mもある。ちょっとした登山だ。
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歩き出しの部分には木道が整備されていた。
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鷲別親興会という地元の団体が1997年に設立50周年記念の植樹をしているようだが、どの木がそれなのか全く分からなかった。
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少し進むと、鷲別遺跡の標識があった。
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説明板によると、縄文時代中期から続縄文時代にかけての貝塚で、明治28年(1895年)に発見された遺跡だそうだ。
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ここは鷲別神社自体が標高25mほどの高台にあるので、市街地を間近に望むことができる。
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北の方角には、鷲別岳(左、911m)とカムイヌプリ(右、750m)。
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鷲別岳は別名、室蘭岳ともいう。
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カムイヌプリは昨年の10月に登ったばかりだ。
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遊歩道は間もなく階段となった。
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頂上までわずか300mだが、大変な急斜面だ。
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地面がぬかるんでいるので、とても滑る。
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ジグザグに切った道もあるのだが、時間短縮のため、あえて直登の道を選んだ。
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頂上付近まで登ってくると、地元の方らしき人に追いついた。
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さっき前浜から見えた電波塔。
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各テレビ局が共有しているデジタルテレビ中継放送所であった。
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そのすぐ先に展望所があったので、足を止める。
眼下に、さっきこちらを眺めた鷲別前浜が展開していた。
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手前は鷲別漁港。
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これは、おそらく来馬岳(1040m)。
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中央は加車山(898m)。
その左奥の真っ白なのが徳舜瞥山(左、1309m)とホロホロ山(右、1322m)。
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こちらはクマ牧場のある四方嶺(549m)。
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そして俱多楽湖の外輪山、窟太郎山。
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写真を撮っていたら、さっきの方が「晴れていれば日高山脈が見えるんだけどねえ」と声をかけてきた。
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今日は晴れているけど、確かに霞んでいてそこまで遠望はきかなかった。
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道はさらに奥に続いている。
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おじさんは、この柵にしばらく腰掛けていたが、間もなく下山していった。
ここまで登ってくるのが毎日の日課なのかもしれない。
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遊歩道は岬を1周している。
さらに歩みを進めてから、ここに三角点があるはずであることを思い出し、逆戻り。
ちょっと探したら、すぐに見つかった。
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標石そのものはササやぶの中にあった。107.4mである。
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まだ、ところどころ雪が残っている道を下っていく。
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じきに南西側の景色が見えてきた。
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すぐ西にある46m標高点も木々の隙間から確認できた。
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そのさらに西まで稜線が続いている。
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鷲別岬のピークを振り返る。
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鷲別岬の断崖下。かなり見にくい。
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しかし、こんな遊歩道が整備されているとは思わなかった。
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ありがたい限りである。
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鷲別岬とイタンキ岬は、国道36号でこのあたりを通るたびに、ちゃんと歩いてみたいと思っていただけに、やっと念願が叶った。とてもうれしい。
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今日も海が青い。
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石になるまで念仏を唱え続けた修行僧(に見えませんか?)
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46m標高点をピークとするこの海岸線の稜線はまるで、北海道を守る防塁のようである。
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やっと見えたイタンキ岬(手前)とポンチキウ。
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手前はイタンキ漁港の町並み。その向こうはトッカリショ。
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46m標高点は予定にはなかったが行ってみたくなった。
この後、行ってみよう。
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登った山には数えられないが、眺めがものすごくよさそうだ。
道があるといいんだけど。
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手前の海岸線はクマの爪のようだ。
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イタンキ岬の東の砂浜。
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イタンキ山の断崖と、その奥にエニ山(188m)。
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室蘭の町並みと工場群。
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遠く白鳥大橋まで見えた。
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拡大してみよう。
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お約束の測量山(199m)。
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それら全景。
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こんなに切り立った断崖の直下なのに海が浅いのが、ちょっと不思議だ。
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それにしても、素晴らしい散策路だった。
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ぐるっと一周して、下界に下りてきた。
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あとは住宅地を横断して神社に戻ればいい。
左手には、魚市場と青果市場の大きな文字が見えた。
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住宅街からの眺めも悪くない。
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こちらは昭和40年代に建てられたと思われる民家。空き家になっていた。
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そして、さっき車で突破しようとして諦めた廃道に進入。
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ここを徒歩で通り抜けると、出発地点の鷲別神社に到着する。
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これで、ひと仕事終了。登別市のマンホールを確認して、46m標高点の入り口に向け車で移動した。
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ちなみに鷲別岬は登別市と室蘭市の境界にあたる。

【行程】2020年3月22日
鷲別神社(8:40)~鷲別岬三角点(9:02)~鷲別神社(9:24)
※所要時間:44分(歩行時間40分)
※登った山:1座(鷲別岬)
※歩行距離:1.6km
※累積標高差:約90m
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大二股山(下)

【2020年3月15日(日)】大二股山
札幌50峰の大二股山(856m)を目指し、林道を歩いている。
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標高670mのあたりまで来たところで、キツツキの穴を発見。
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木くずが雪に埋もれずに残っており、掘り立てほやほやのようだ。
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雪原のきれいな道を進む。
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ちょうど、木のこずえからバサッと雪が落ちてきた瞬間。
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純白の雪は本当に美しい。
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林道に退屈していたKさんも笑顔だ。
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4kmちょっと歩いてきて、標高はやっと700mを超えた。
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そのすぐ先が取り付き点であった。
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ここでようやく林道とおさらばできる。
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林道の先にもトレースが続いているが、おそらくもう少し先から取り付いた人もいたのだろう。
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林道を離れると、さすがに傾斜が出てくる。
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標高差にして80mほど登ったところで、林道と交差。
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林道の法面を乗り越えていく。
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こけしの頭のような雪を乗せた樹木が出てきた。
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背の低いやつには、こうして目玉を与えてあげられる。
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そんないたずらをしている間に、皆さんはどんどん先に行ってしまう。
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しかし、疲れるので、慌てて追いつこうとしたりはしない。
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普通に歩いても、じきに追いつくのだ。
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そんなに急なところがないまま、頂上へ近づいていく。
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地形図で見ても、等高線が密なところは全くない。
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クジラも楽しそうだ。
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正午を回ったところで、頂上に到着。
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立派な山名板があった。
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ここはちょうど樹林に囲まれていて、晴れているのに全く眺望がない。
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ピークハントできたということで満足するしかないか。
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チームの最年少Yさんが、我々の部活写真を撮ってくれた。
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向かって左が同級生のH君である。

よく見ると、山名板の上に、もう1枚、さび切ったプレートがあったが、完全に判おそらく古い山名板だったのだろうか。
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いずれにしろ。ここは何も見えないので長居は無用。
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ちょっと下った、開けた場所でランチということになった。
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今日は風もなく、暖かい。これならカップ麺を持ってきてもよかったが、本日のメニューはスイートくるみロールなどパンばかりであった。

西の方角にかろうじて見えた白い山は中岳(1388m)だろうか。
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これは札幌岳(1293m)かな。
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本当に眺望には恵まれない山だったが、全く不満はない。
20分ほど休んで、12時半前に出発。
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正面に狭薄山(1296m)があるのだが、樹木のせいで全然うまく写せない。
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それでも、定山渓天狗岳(1145m)が見える瞬間があった。
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これは多分、私の作品ではない。
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林道交差点を通過。
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さらに下って、あっという間にメインの林道に出た。
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今日は、基本的にピストンである。
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これは、目が分かりにくいが私の作品。
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めざとく見つけくれる人がいて、うれしかった。
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さっきショートカットしたところはたどらず、そのまま林道を行く。
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ガイドのIさんが下りでの渡渉は危険と判断したようだ。
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すると、「吉田坂」という標識を発見。作業道にまで名前を付けているなんて。
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なんか、いわくがありそうだ。

というわけで渡渉地点を通過。
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さくさくと下っていく。
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しかし、だんだんおしっこがしたくなってきた。
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しかも、頂上を出発するときにはいた厚手の手袋が暑い。
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その両方を解決するため、左大二股林道の入口で、ひとり離脱。
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おかげで随分遅れをとってしまった。
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このときばかりは急ぎ足で追いかけたが、追いつくのにかなり時間を要した。
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豊平川の橋を渡って登り返しが始まる地点で小休止。
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ここまで1時間15分ほどノンストップで来たし、最後のハイペースでちょっと疲れた。
腰を下ろして休ませてもらった。

地面に残っていた、さっきのワンちゃんの足跡をH君が発見してくれた。
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10分ちょっとで出発。
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壁のような急坂だが、意外に登りやすい。
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雪質の関係で、トレースが階段状ではなく、スロープになっているので、歩幅が調整できるからだ。
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これは発見であった。
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おかけで、そんなにへとへとになることなく登ることができた。
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笑顔である。
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さっきまであんなに晴れていたのに、すっかり曇ってしまった。
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山の天気は変わりやすい。
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というわけで、230mの登りに30分ちょっとしかかからず、14時半には望岳橋に戻ってきた。
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烏帽子岳に再会である。
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お疲れ様でした。
約11km、5時間20分ほどの山行だった。
普通なら、この後、温泉に寄るのだが、新型コロナ警戒のためパス。
16時前には帰宅できた。
皆さん、ありがとうございました。
気持ちのいいスノーハイキングでした。

【行程】2020年3月15日
望岳橋(9:10)~漁入林道入口(9:35休憩9:45)~左大二股林道(10:08)~標高610m地点(10:28休憩10:43)~渡渉地点(10:53)~標高720m取り付き地点(11:25休憩11:37)~頂上(12:01撮影・昼食12:26)~吉田坂(12:54)~標高最低点(13:43休憩13:55)~望岳橋(14:28)
※所要時間:5時間18分(歩行時間:4時間)
※登った山:1座(大二股山)
※歩行距離:10.9km
※累積標高差:約620m
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大二股山(上)

【2020年3月15日(日)】大二股山
いい天気だ。今年の冬は週末に晴れることが多い。
その分、かなり雪が少ないのだが。
この日は、札幌山岳ガイドセンターのツアーで、札幌50峰のひとつ、大二股山(856m)に登る。
高校の同級生H君と一緒だ。彼が、50峰完登のため、ガイドのIさんにリクエストしたのだという。
私もこの山で札幌50峰は39峰目となる。
残るは、野牛山、四ツ峰、百松沢山、狭薄山、漁岳、小漁岳、小白山、股下山、美比内山、長尾山、中岳の11座。結構、大物も残っている。

大二股山は札幌市内にあり、近場ということもあって、いつもより遅めの7:45にお迎えの時間がセットされた。
今回のツアー客は私も含め8人。うち2人はマイカーで来るという。
途中、コンビニなどに寄って、登山口(国道230号の望岳橋)の駐車場には9時前に到着。
ここは「望岳」というだけあって、素晴らしい眺めであった。
北の方角には烏帽子岳(1109m)。
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北西に札幌岳(1293m)。
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東には狭薄山(1296m)。
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皆さん、準備が整ったので、9:10に出発。
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なんと、まずは標高差で230mも下らなければならない。
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帰りが思いやられる。
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目指す大二股山は、たぶんこの木の向こうに隠れている、比較的なだらかな山だ。
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気温はかなり高め。5℃以上あるのではないか。
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そうなると予想していたので、この日は長袖のユニホームではなく、半袖にしておいた。
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雪質はまだ朝だからか、そんなにベタベタはしていない。
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さらさらでもなかった。

140mほど下ったところで一旦、林道をちょっとだけ歩く。
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すぐに、林道を離れて、再び急降下。
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20分ほどで下り切り、再び林道に出た。
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不思議なことに、この道には除雪の跡がある。目的は何なのだろう。
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林道はすぐに豊平川を渡る。
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この橋の横に、コンクリート製の橋台を発見。
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もしかして、定山渓森林鉄道の遺構だろうか。
この鉄道は1940年頃に開業し、68年頃に廃止されたと言われている。
ちょうど、このあたりを通っていたはず。思わぬ発見に心が躍った。

ここは位置的には、豊平峡ダム(定山湖)のすぐ上流にあたる。
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標高は約490mである。ちなみに望岳橋は約720m。
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橋を渡ると、右に延びる林道との分岐に至る。
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右の道は豊平川の本流に沿った道だ。
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我々は、漁入(いざり)林道を直進する。
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しかし、ここで小休止。お着替えタイムだ。
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空が真っ青で気持ちがいい。
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こんなことは滅多にない。
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10分ほどで出発。
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この先は延々と林道歩きだ。
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左手に見えるのは、漁入沢川。
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今日はトレースが付いているので、気兼ねなく最後尾を歩ける。
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最後尾だと自由に写真が撮れて、ありがたい。
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木々に積もった雪がキラキラしている。
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道はずっとなだらか。
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快晴なので、空を撮るのが楽しい。
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暑いくらいなので、帽子も手袋も脱いでしまった。
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おかげで、かなり雪焼けしてしまった。

北海道開発局の漁入沢水位観測所。
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定山渓営林署時代の古い治山工事の看板が傍らに立っていた。
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そして、このあたりは「アサヒビールの森」であった。
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アサヒビールが所有している森というわけではなく、同社が森林保全のボランティア活動を行っている森という意味のようだ。

雪は積もっているが、春の川といった雰囲気である。
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1時間近く歩いてきた。
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ふと気が付くと、このあたりは除雪していない。
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ということは水位観測所までだったのだろうか。

間もなく、林道分岐に到着。
右折して左大二股林道に入る。
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トレースは同じ方向に続いている。先行者も大二股山のようだ。
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晴れていると、本当に雪の白さが映える。
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皆さんも時々、立ち止まって写真を撮っていた。
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左手にそびえているのは狭薄岳であろう。
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このあたりでようやく標高は580m。
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まだ、橋から100mも登っていない。
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なかなか標高が稼げないが、距離は稼いでいるとプラスに考えることにしよう。
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それにしてもポカポカだ。
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ところどころで、土が見えている。
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少し開けたところで2度目の休憩を取ることになった。
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「こんなに天気がよくて、トレースまであると、全くガイド要らずですねえ」とガイドのIさんに言ったら、「それを言わないでよ~」とすねられた(笑)。
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「いえいえ、ガイド云々ではなく、Iさんと登りたいから参加してるんですよ~」とフォローしたら、皆さんからも「そうだ、そうだ」という声が上がった。
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Iさんはどちらかと言うと、「放置プレイ」派だが人気があるのだ。
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というわけで、15分ほど休んで出発。
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ここで標高は約610m。あと250m登らなければならない。
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さて、いよいよ林道ショートカットのための渡渉地点に差し掛かった。
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Iさんしばし考え中。
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結局、渡渉を決行することになった。
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スノーブリッジはあるのだが、渡った先が急傾斜なので、ちょっと厄介だ。
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上流を見ても渡れそうなところはない。
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Iさんが一生懸命、階段を作ってくれ、ロープで引っ張り上げてくれた。
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全員無事に渡渉。この先は急斜面を20mくらい登る。
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すると再び林道に合流。
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今日は林道歩きが本当に長い。
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北見から参加のKさんは「これで山頂の展望がなければ、つまらない山になっちゃうなあ」とぼやいていた。
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久々の顔アート。
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あちらは遠いので、いたずら書きができなかった。
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トドマツかしら。
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Iさんの好きな風景である。
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トレースを付けてくれていた方がもう下山してきた。熟年のご夫婦のようだ。
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すれ違ったのは、ちょうど人工林から天然林に変わる地点。
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奥さんはワンちゃんを背負っていた。
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ご主人は「皆さんがしっかり踏み固めてきてくれたので、ここから歩かせます」とワンちゃんをザックから取り出した。
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この子は「そら」ちゃんと言って、あちこちの山でよく見かけられる有名犬らしい。
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我々一人一人に挨拶をしてくれて、とってもかわいかった。
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(つづく)

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室蘭散歩6

【2020年3月14日(土)】室蘭散歩
室蘭の絵鞆半島を西の端から歩き始めて、南の端の地球岬までたどり着いた。
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岬には、インスタ映えを意識した顔ハメ?が設置されていた。
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まだこの時点では緊急事態宣言中だったが、ここにはそれなりに観光客が来ていた。
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でも野外だし、特に問題ないだろう。
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展望台からは、すぐ下にチキウ岬灯台が見える。
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残念ながら立入禁止だった。
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この灯台は大正9年(1920年)の点灯で、光の強さは59万カンデラ。
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24海里(約44km)先まで光が届くという。
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灯台の高さは15mで、海面からは131mもあるのだとか。
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灯台への道。
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外海とは反対側には母恋富士(141m)。
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その向こうは伊達紋別岳(715m)だろうか。

母恋富士の右奥はエニ山(188m)。
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西にあるドーム状の岩山は貫入岩体。
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北西の方角にある標高約160mのピーク。あれは登れるのだろうか。
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西は蓬莱門方面。
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望遠で見てみよう。
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どこからでも見える測量山(199.6m)。
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有珠山(737m)。
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右の一番高いところが鷲別岳(911m)。
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カップルに人気のある観光地でよく見かける幸福の鐘。
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360度、なかなか見ごたえのある展望である。
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眼下はこんな感じ。
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地球岬は昭和60年(1985年)の「北海道の自然100選」(朝日新聞社主催)で第1位になったという。
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それでは出発。
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この先、金屏風につながる遊歩道があるのか確認する。
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やはりなかったので、道道に戻ることにした。
さっき展望台から見えた約160mのピークの件だが、ガードレール越しに覗いてみると、遊歩道というか、ササの刈りこみがあったので、これは行けると思い、登ってみた。
ちょっと登っただけで、貫入岩体と地球岬の展望台が見えてきた。
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刈りこみ道はやがてトラバース気味となり、頂上を避けていく。
それでも回り込んで登るのだと信じて進んだら、鉄塔の下に出た。
この道は鉄塔の管理道だったのかとがっかりしたが、よく見ると、さらに先に続いているので、もちろん前進。
すると、間もなく道は尾根沿いに下る方向に続いていることが判明した。
やはり登山道ではなかったのだ。
でも、これで諦めてはもったいないので、ヤブこぎ。
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幸い、それほど背丈が高くなかったので、わりと楽に進めた。
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道道から10分ほどで登頂。やはり山名板はなかった。無名の山だったのか。
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しかし、眺望は最高。まずは地球岬の全景。
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母恋富士と母恋南町の町並み。
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母恋富士のアップ。頂上部が火口のようにえぐれているのは人工的なものなのだろうか。
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日本製鋼所の工場群の向こうに有珠山(737m)と昭和新山(398m)。
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イタンキ岬(手前)と鷲別岬(奥)。
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エニ山。
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144mピーク。
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これらを確認して、下山。帰途につく。
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町へ出る分岐のところが金屏風だったので、ちょっと撮影。
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ここは赤褐色を帯びた断崖に陽が当たると金屏風を立て連ねたように見えることから、室蘭外海奇景命名協議会が昭和5年(1930年)に命名したそうである。
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確かに、そう呼んでもおかしくない。
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この岬はポンチキウとも呼ばれている。
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これは地球岬を金屏風展望所から見た姿。
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ポンチキウと地球岬に挟まれた湾。
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ここも室蘭八景であった。
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それでは、母恋駅方面へ向かいましょう。
下る途中にあった、保養所か民宿だったと思われる建物。
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白鳥大橋も見えた。
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母恋南町公園前を通過。
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金屏風から5分で地球岬団地バス停に着いた。
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時刻表を見ると、なんとおあつらえ向きに、道の駅行きではないか。
しかも次のバスは15分後の16:20。いいタイミングだ。
ただ、ここで15分待つこともないので、歩けるところまで歩くことにした。

どんどんバス停を通過していく。
まずは南町4丁目。
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地球岬デザインのマンホールを発見。
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続いて宮前。神社が近くにあるのだろう。
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母恋南町会館。
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歩いている道は地球岬通りだった。
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次は南町2丁目。もう少し歩ける。
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交番前。
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もちろん近くに交番があった。母恋交番だった。
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そして北町中央。バスの時間まであと5分になったので、ここで止めておこう。
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約20kmを6時間45分かけて歩いたことになる。
バスは間もなく到着した。乗っていれば、道の駅まで連れていってくれる。
しかし、市役所前やら県営団地やら、あちこち遠回りして、道の駅に到着したのは、17時になってしまった。
これならタクシーに乗った方が30分は節約できた。
バス通りを下っている途中に何度も出会ったのだ。ちょっと失敗。

お腹が空いたので、道の駅で何か食べようと思ったら、新型コロナのため閉館中だった。
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仕方ないので、まっすぐ日帰り温泉「むろらん温泉ゆらら」へ車で移動。
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ここでも食事はできるみたいだ。ラッキー。
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お風呂の前に、まず腹ごしらえ。
カツカレー(600円)を注文して、休憩所風の食堂の座敷に座り込んだ。
コロナの影響なのか、見事に誰もいない。
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でも、眺めがいいので、カレーが届くまで、窓から見える白鳥大橋を鑑賞していた。
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正面は有珠山。
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カツカレーはボリュウム満点でお腹いっぱいになってしまった。味は普通。
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浴室内はお客さんが多く撮影不能だったが、いい湯であった。
泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉(旧泉質名:含石膏-食塩泉)。
弱アルカリ性高張性低温泉である。
源泉は30.5℃、ph値は8.1だそうだ。
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温泉から出ると、もう18時を過ぎていた。
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港の夕景が美しい。
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白鳥大橋もライトアップされていた。
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それでは、札幌に戻ろう。
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道央道を通った方が速いのは分かっているが、往路と同じ道は走りたくないし、高速料金節約にもなるので、中山峠経由で帰ることにした。
すっかり暗くなって景色は楽しめないが仕方ない。
路面は乾いているが、ところどころ凍結しているかもしれないので、スピードは抑え目に。
暗くてよく分からなかったが、やはり留寿都、喜茂別あたりも雪は少ない印象だった。
中山峠の下りがやはり怖かった。自宅に着いたのは、21時近くになっていた。
それにしても、室蘭は面白い。歩き残したところもたくさんあるし、あと何度か通わなくてはいけない。

【行程】2020年3月14日
道の駅(9:30)~絵鞆2丁目セコマ(9:48買い物9:51)~絵鞆岬(10:05撮影10:12)~銀屏風(10:34)~ハルカラモイ(10:45)~ローソク岩(10:56)~室蘭154m峰(11:05)~ローソク岩(11:13)~マスイチセ(11:18撮影11:25)~女測量山(11:43昼食11:55)~八木義徳文学碑(12:14)~電信浜(12:38撮影12:51)~38.6m三角点(13:20)~モトマリ墓地(13:34)~チャラツナイ入口(13:50)~チャラツナイ(13:56撮影14:02)~夢の森(14:15)~112mピーク(14:22)~蓬莱門入口(14:30)~蓬莱門(14:38撮影・休憩14:48)~チャラツナイ展望所(15:01)~地球岬(15:27撮影15:34)~約160m峰(15:48)~金屏風(15:58)~北町中央(16:17休憩16:23)=みたら・水族館(16:58)=むろらん温泉ゆらら(17:03夕食・入浴18:08)~出発(18:13)
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室蘭散歩5

【2020年3月14日(土)】室蘭散歩
室蘭の絵鞆半島を歩いている。
道の駅みたら室蘭から歩き始めて4時間半ほどで、チャラツナイ浜にたどり着いた。
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番屋のようなあばら家があるが、今も漁師の方が使用しているのだろうか。
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チャラツナイ(茶良津内)とは、アイヌ語の「チャラルセ・ナイ」に由来し、「滝のようにサラサラ流れる小川」という意味だそうだ。
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これが、その小川かしら。
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船を係留していたと思われるスロープがあったが
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かなり破損が進んでいる。
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その向こうに奇岩が見える。一部空洞になっている。
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あれが蓬莱門と呼ばれる奇観だろう。
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よく見ると、柱状節理が横に連なっている。

蓬莱門の先端。
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ここでも磯遊びができそうだ。
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蓬莱門とは反対側(西側)の奇岩群。
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こちらの断崖も負けていない。
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改めて東西の両雄。
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スロープの現状。
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ここにも小船しかないので、漁をするとしたらウニだろうか。
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いやいや、面白かった。
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わざわざ、浜まで下りてきてよかった。
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それでは、道道に戻りましょう。
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このあたりは、かつての漁師が捨てたのか、市民が持ち込んだのか、とにかくゴミがひどい。
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せっかくの景勝地なのに、がっかりする。
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お天道様、人間は愚かでごめんなさい。
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車が通れるところまで上がってくると、「夢の道遊歩道」という看板が道端に立っていた。
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全長500mというと、チャラツナイ浜までの道のことを言うのだろうか。
それなら「夢の島遊歩道」と命名した方がいい。
それでなければ、あのゴミを何とかしなければ。
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次に目指すは、あの電波塔が立つ112mピーク。
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後ろには、チャラツナイの尖塔。
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道道に合流して、しばらく行くと、112mピークへの入口ゲートがあった。
人は脇から簡単に通れるので、そのまま侵入。
完全な雪道だったが、それほど深くないので、トレランシューズでも支障はなかった。
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この電波塔は銘板などが見当たらず、設置者が誰なのか分からなかった。
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でも、傍らにかわいいテーブルが備え付けられていた。
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観光客が来ることを想定しているのだろう、さすがにここも眺めがいい。
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地球岬の展望台の横にある巨大な岩は貫入岩体と呼ばれるもので、標高は138mもある。
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眼下には、とんがり帽子のような岩が浮かぶ。
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後で、あそこまでまた下りてみよう。
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再び道道に戻り、しばらく西進。
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浜に下りていく道の入口に到着した。
「立入禁止」とあるが、ちょっとだけ失敬する。
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この道はずっと舗装のようだ。
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つづら折りで下っていく。
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また標高差70mを往復することになるが、止むを得まい。
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蓬莱門付近の奇岩群。
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なんだかアザラシの群れのようだ。
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逆光なので真っ黒。
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磯の風景。
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道はさらに下る。
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下るにつれ、奇岩が見える角度も変わってくる。
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一番大きいのは父岩と名付けよう。
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白波が美しい波打ち際。
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さっき登った112mピーク。
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入口の看板に「擁壁崩落のため」と書かれていたのは、おそらくこれのことだろう。
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左の群れの中で大きいのが母岩。
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西側の眺め。
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浜まで下りてきた。
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あれは、さっきチャラツナイ浜から見た蓬莱門の先端だろうか。
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小腹が空いたので、この階段に腰掛けて、くん玉を1個食べた。
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その間、ゆっくりと海を眺めることができた。
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5分ほどで腰を上げる。
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来た道を引き返して、道道に出ると、そこはチャラツナイ橋。
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そのすぐ先が、チャラツナイ展望所だ。
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さっきのアザラシの家族が見える。
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ここは室蘭市指定のすこやかロード「地球岬コース」の折り返し地点になっている。
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展望所にひっそりとお地蔵様。交通安全祈願かな。
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「チャラツナイ」の由来を記した石碑もあった。
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こちらの地名由来板によると、最も大きな岩である「ムカル・イソ」には以下のような伝説がある。
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天地創造の神コタン・カラカムイはクワとマサカリと石づちを使った。すべてが終わった後、これらの道具を捨てて天に帰った。道具は腐るにつれ、魔神と悪い水になったが、マサカリだけは重いため魔神にもなり切れず、そのまま岩になったという。

時間は15時を回った。今日は地球岬で打ち止めにしよう。
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このまま道道を進んだ方が速いのは分かっているのだが、つい誘惑に負けて散策路へ。
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思った通り、雪も残っている。
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ただ、それほどアップダウンがないので助かった。
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残念ながら、とくに展望はない。
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それでも、歩いている人はいるみたいだった。
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貫入岩体が近づいてきた。
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小川を渡る。
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分岐に到着する頃にはすっかり雪道になっていた。
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でも、地球岬まではあと200m。
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散策路に入ってから20分弱で地球岬に到着した。
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地球岬はもともとアイヌ語で「ポロチケウェ」(親である・断崖)と呼ばれていたそうだ。
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大きな断崖という意味なのだろう。

売店は冬期閉店中。
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トイレはさすがに閉鎖されていなかった。
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この「おっと!」は何に掛けたものなのだろう。
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地球岬なので地球儀。
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でも、さっきの由来通り、地球岬は本来、地球とは関係ない。
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でも、地球岬という字を当ててしまったので、「地球の丸さが分かる」なんてことになってしまった。
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実際、岬からは270度が海なので、水平線も見える人には弧に見えるだろう。

(つづく)
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室蘭散歩4

【2020年3月14日(土)】室蘭散歩
室蘭の絵鞆半島を周遊中。
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電信浜をじっくり歩いている。
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室蘭は断崖絶壁の景観が実に美しい。
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シャッターを押す指が止まらない。
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電信浜にあった小さな漁港を後にして
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再び高台に戻る。
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登り切ったところにある住宅は登別軟石を使用した建築であった。
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さっき登って、室蘭154m峰と呼んできた、あの右の山はマタエクル山もしくは、ぼんず山という名前があることが分かった。
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明治26年(1893年)の海図に「マタエクル山」の名があるという。

あれはコウモリ岩と呼んでおこうか。
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白鳥大橋をあしらったマンホールを発見。
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漁港と電信浜、測量山(199.6m)、マスイチセの全景。
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古い民家の横を通って
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漁港の裏山に達した。
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何度見ても素晴らしい眺めだ。
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漁港の南に突き出した岬の上まで登ってきた。
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ここには、かつて神社があったのではないだろうか。
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これはまた別の廃墟。
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この奥に、もう1軒民家があるようだ。
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さらに進んでいくと、「ランプ城」というスナックのような看板が目に飛び込んできた。
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てっきり、ラブホテルの廃墟かと思って侵入してみると、なんか人の気配。
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なんと、誰かお住まいのようだ。
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びっくりして引き返し、近くで除雪作業をしていた奥さんに、「あそこは何ですか?」と聞いてみた。
すると、ちゃんと今も営業している喫茶店だという。
ええ? マジか。
最近、テレビ番組でお笑い芸人が紹介したことで話題になり、全国各地から、怖いもの見たさで訪ねてくる人が増えているらしい。
そのおばさんは「お化け屋敷みたいでちょっと気味が悪いけど、すぐ下が海なので、景色はとってもいいらしいわよ」と教えてくれた。
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ググってみたら、こんな紹介記事があった。
http://kai-hokkaido.com/town_vol34_muroran03/
90歳近いママと娘さんで切り盛りしており、オムライスが人気らしい。
今日はさっきお昼を食べたばかりなので諦めるが、今後機会があったらトライしてみよう。

ランプ城の南にある入り江。
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さらに南へ進んで、ランプ城のある岬と測量山を振り返る。
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すぐ東にMランドが見える。
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あそこでは磯遊びができそうだ。
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再び全景。
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38.6m三角点に向かって南下したら、途中で崖に阻まれてしまった。
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一旦、引っ返して迂回する。
路地に、ユニークな船の模型が展示されていた。
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さらに進むと、追直漁港が視野に入ってきた。
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堤防の分節点になっているのはニラス島。
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追直漁港の西側の壁は69mピーク。
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背後は舟見町界隈。
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13:20、三角点に到達。
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ここからの眺めも素晴らしい。
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Mランドと絵鞆半島外海断崖。
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追直漁港。
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右奥は112mピークの電波塔。中央はチャラツナイの断崖。
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ニラス島。
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名付けてランプ城断崖。
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マスイチセの断崖。
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マンションの向こうは鷲別岳(左、911m)とカムイヌプリ(左、750m)。
などなど展望を満喫できた。
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三角点から下りてくると、あまり目つきのよくないノラが何匹も日向ぼっこをしていた。
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下界の舟見町まで下りてきた。
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最近、廃業したと思われる船橋商店。
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右手は追直漁港。上から散々見たので、岸壁までは行かなかった。
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この先、地球岬方面に行くには、左側にかなり回り込まないと道はないのだが、それだとかなり遠回り。
面倒なので、直進し強行突破を図る。なんか抜け道があるのを期待して。
すると、墓地が現れた。
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風化の進んだ六地蔵があり、かなり由緒ある墓地のようだ。
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モトマリ墓地というらしい。
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この墓地を突っ切れば、山腹を行く車道に出られるだろうか。
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とにかく、上を目指して登っていく。
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途中、大きな地蔵堂のような施設があった。
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思った通り、地蔵尊が祀られていた。
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その隣には五輪塔をイメージしたと思われる石塔。
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さらには海軍殉職将兵納骨塔なる石碑もあった。
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上の方の文字が読みにくいが、下の3文字は「南無仏」か。
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戦没殉難諸子之墓の前を合掌して通過。
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墓地はかなり奥まであり、ラッキーなことに細い道が車道に通じていた。
勘で強行突破を図ったが、うまくいってよかった。
この先は再び、車道を歩く。
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振り返ると、測量山のふもとに室蘭市街。
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112mピークの電波塔が正面に見える。
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今歩いているのは、道道919号線。
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ここからチャラツナイ浜の方に下りていく。
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雪の残る道をしばらく下ると車両進入禁止区間となった。
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構わず進むと、間もなく岩礁が見えてきた。
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それにしても、このあたり、ゴミの不法投棄がひどい。
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なぜ、こういうことになっているのだろうか。

それに比べて、この海岸の美しさよ。
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この鋭く屹立する岩もめちゃめちゃ迫力がある。
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浜へ下りてゆく道はとてものどかだ。
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東の断崖は蓬莱門と呼ばれている。
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一番大きいムカルソ(マサカリ岩という意味)という岩には、満潮時には小船が通れるほどの空洞があるので、「窓岩」と呼び習わされてきたが、東向きに穴が開いていることから、蓬莱山(中国の伝説で、東の海の向こうにある不老不死の地とされる霊山)に通じる道ということで、蓬莱門と言われるようになったという。
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なんと道はとうとう登山道のようになり、ロープまで出てきた。
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ロープは激しく張り巡らされている。
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くぐって下りるのが大変なくらいだった。

赤土の壁に雪解け水が流れている。
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鉄分が多いのだろうか。
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70mほどを10分弱で下り、番屋のような建物があるチャラツナイ海岸に到着した。
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(つづく)
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室蘭散歩3

【2020年3月14日(土)】室蘭散歩
室蘭の絵鞆半島を散策中。
道の駅みたら室蘭から2時間半ほどで、測量山山頂直下の唐松平にたどり着いた。
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そのすぐ南の小高い丘は女測量山(約160m)。
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ここを登っていくと測量山(199.6m)だが、昨年11月に行ったばかりなので今回はパス。
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東の方角には母恋富士(141m)が望める。
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その左にエニ山(188m)。
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分岐を右折し、道道844号に入る。
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ヘアピンカーブの先の小ピークに電波塔が見えてきた。
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室蘭開発建設部の測量山無線中継所であった。
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測量山の頂上には設置させてもらえなかったのかしら。
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振り返れば、測量山。アンテナのほとんどはテレビ局のものだ。
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南の方角に見えてきたのは電信浜の入江。
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こちらはその奥の標高69mの岬。
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民家が密集しているのは、舟見町、栄町、本町あたりの市街地だ。

さらに下ると、室蘭出身の芥川賞作家、八木義徳の文学碑がたたずんでいた。
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「この二百メートルほどの高さをもった小さな山の頂上は、中学時代の史郎にとっては“もの思う場所”だった」(『海明け』より)。史郎とは自分のことなのだろう。
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八木の作品はそれほど読んでいるわけではないが、「俱多楽湖」や木田金次郎をモデルにした「漁夫画家」などが印象に残っている。
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ここからショートカットのため、崩れかけた階段を下る。
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すると、なんと福寿草が咲いていた。今年初めての花便りである。ちょっと感激。
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鉄人28号のような消火栓を横目に
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急な坂を一気に下る。
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高台の奥は空き家がかなり多かった。
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このあたりは清水丘と呼ばれる高台で、町名としては清水町になっている。
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測量山から2kmほど下ってきた。
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室蘭は坂の多い町だ。
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小樽も函館もそうだけど、室蘭の方が断然、その範囲が広い。
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常盤公園なる園地の奥に石碑が見えたので行ってみた。
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パッと見、何の碑なのかよく分からないが
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右側の「蒼穹」は室蘭清水丘高校定時制課程の記念碑。
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左の「太平洋を望み見る教えの庭につどいつつ」は室蘭高等女学校、「眸をあげよ空遠く入江のはての山青し」は室蘭清水丘高校の記念碑。
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もともと清水丘高校はここにあったのだろうか。

園内には室蘭測量山桜ロード実行委員会の苗場の看板が立っていたが、桜の苗のようなものはとくに見当たらなかった。
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その近くに、道新の30周年記念植樹の石碑もあったが、どの木がそれにあたるのかも、よく分からなかった。
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ちなみに、昭和47年(1972年)が30周年ということは、創業昭和17年ということになる。
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道新は戦時中、「一県一紙」という国の方針のもと、道内11紙が統合して誕生した新聞なのである。
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公園を後にして、さらに下ると、右手に変わった塀を発見。
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敷地内にある社の屋根が、敷地外に飛び出しているので、その部分だけ塀に穴を開けているのだ。

神社かと思ったら、「蕙山苑」というお屋敷であった。
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室蘭で海運業を興した栗林五朔(1866~1927年)が1909年に建てた迎賓館で、五朔の雅号「蕙堂」にちなんで、その名がつけられたという。
4000坪の広大な敷地に、200坪の豪邸が建っており、京都や越後から宮大工を呼び寄せて建てたらしい。釘を一本も用いなかったそうだ。

献堂130周年を迎えたカトリック室蘭教会。塔が印象的である。
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早く海が見たくて、泉会計という会社の前にある望洋駐車場に立ち寄った。
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ここからは電信浜を見下ろすことができる。
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電信浜とは変わった地名だが、1891年(明治24年)に、函館から札幌までの電信用として、 ここから対岸の渡島砂原まで31.3kmにわたる海底ケーブルが敷設されたことに由来するらしい。
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アイヌ語では「セタワキ」と呼ばれていたそうだ。
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「セタ」は犬という意味だが、「ワキ」は何だろうか。
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とにかく、さらに下に下りてみよう。
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幸町会という町内会事務所のようなところから脇道に入る。
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すると、また電信浜が見えてきた。
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かなり古い廃屋の横を通り
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やっと電信浜への降り口にたどり着いた。
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ここは夏、海水浴場として賑わうらしい。
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この岩が「セタワキ」と関係がありそうな気がする。
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積丹半島にあるセタカムイ岩にちょっと似ているからだ。
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浜まで下りてきた。
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ちょうど干潮のようである。
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これなら一旦、陸に上がらずとも、磯をつたって南側の漁港まで行けそうだ。
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潮が引いて残された水たまり。
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崖の構成している岩はなぜか黄色い。
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これは安山岩質集塊岩層と言われるもので、火砕流を起源としているらしい。
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そもそも、絵鞆半島は中新世中期から鮮新世(約1300万年~400万年前)の火山岩・火山砕屑岩類が分布しているとのことである。
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この石の上をスリップに注意しながら歩いていく。
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石には大量の巻貝が付着していた。
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ちょっと気色悪いほどだ。
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上から砂が剥がれ落ちる不気味な音がする。
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こんなところで落石に遭ったらたまらない。
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慎重に、かつ急いで通り抜けた。
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ホッとして、電信浜を振り返る。
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静かな入り江だ。
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奥には、マスイチセの奇岩を望むことができた。
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港に達すると、早速、何かの遺構が現れた。
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どうやら、こうした柱の基礎部分だったのだろう。
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しかし、随分、前近代的な漁港だ。
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小さな船しかないが、何の漁をしているのだろう。
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舟屋のようなものの多くは廃墟と化している。
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いけすももはや使用されていない。
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この縁に上がってみたが、劣化がひどく、崩れそうで怖かった。
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室蘭は工業の町というイメージが強いが、海に囲まれているだけに漁業も盛んだ。
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ウニとかホタテもよく獲れるらしい。
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右奥に見えるのは、さっき登った154m峰。
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マスイチセ。ウミネコの家だ。
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では、そろそろ陸に戻りましょう。
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ノラちゃん、またね~
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(つづく)
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室蘭散歩2

【2020年3月14日(土)】室蘭散歩
室蘭の絵鞆半島を歩いている。
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道の駅みたら室蘭から歩き始めて、1時間15分ほどで、ハルカラモイという景勝地に到着した。
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ここは、アイヌ文化を伝える景観「ピリカノカ」の一つとして国の名勝に指定されている。
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「ハルカラモイ」とはアイヌ語で「食料・とる・入り江」という意味で、漁労活動が活発に行われた場所だったらしい。
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ここの断崖も地層が生々しい。
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北斜面にはまだ雪が残っていた。
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ここで、鉢合わせした親子が測量山(199.6m)の方に向かって歩いていった。
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2人を見送って、しばらく進むと、外海とは反対側に室蘭港が見えてきた。
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ピラミッドのような小山は標高約100mのピーク。
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名前がある山なのか、登山道があるのかも、不明。
増市町にあるので、とりあえずマスイチ山と呼んでおこう。

ハルカラモイから15分ほどで、ローソク岩に到着。
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下を覗き込むと立派な「男岩」がそそり立っていた。
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かなりリアルである。これはローソクというより、やはりあちらの方だろう。
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右手に154mピークが聳えている。
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登山道というか踏み跡があるようなので、当然登ってみた。
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しかし、猛烈な急勾配。
しかも、雪解け直後なので、土がぬかるんでいて、滑ること、滑ること。
結局、背の低いササを踏んで登った。

振り返ると測量山。
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南東の方角には、追直漁港周辺も見えてきた。
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真下に展開しているのは、名門室蘭清水丘高校。
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それにしても室蘭は起伏の多い町だ。
高いところに登ると、よく分かる。
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海岸線も変化に富んでいる。
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富士山形の岩塔。
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10分ちょっとで登頂できた。
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山名板を期待していたのだが、何もない。
三角点まがいのものがあるだけだった。
残念なので、とりあえず、「室蘭154m峰」と仮に呼んでおこう。
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駒ヶ岳(1131m)が、さっきよりたいぶすっきり見えてきた。
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町の方角も絶景ではありませんか。
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この眺めは、ここに登らなければ見えない。
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こういう断崖は船に乗って、改めて海からも見たいものだ。
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ところで、あの不思議な港湾施設は何だろう。
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調べてみたら、Mランドと呼ばれる人工島だった。
1階がホタテの選別や荷さばきを行う漁業施設、2階が駐車場の2層構造になっている。
総事業費約186億円をかけて、2013年に完成したという。
今度、車で行ってみよう。

測量山は絵鞆半島の最高峰。テレビの電波塔が林立しているので、よく目立つ。
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残雪の有珠山(737m)。
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その右に昭和新山(398m)。背後にうっすら羊蹄山(1893m)の裾野が見えた。
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眼下に増市町の町並み。
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その向こうに日本製鉄室蘭製鉄所の工場群。
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煙突が盛んに白い水蒸気を上げている。
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景色も堪能したので下山開始。
登ってきた道とは別の踏み跡があったので、そちらに行ってみたら、途中で消滅。
やむなく、ササの上をトラバースして、往路の踏み跡に戻った。
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何とか転倒することなく、20分弱で下りてこられた。
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次は101m三角点を目指す。
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そこは展望台になっており、「測量山の野鳥」という解説板があった。
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今登ってきた154m峰。
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マスイチセと呼ばれる奇岩の連なる海岸線。
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Mランド方面。
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すこし望遠で。
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この断崖は高さが70mもある。
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あそこにはとくに展望台などはなさそうだ。
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右のピークの高さは69m。
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怪獣。
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岩礁群。
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海だけでなく山側も見てみよう。
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赤い建物はトイレ。残念ながら冬期閉鎖中だった。
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101mピークを振り返る。そういえば、三角点を確認するのを忘れてしまった。
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再び、Mランド方面。
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ここも名勝ピリカノカの一つだった。
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増市浜の語源であるマスイチセはアイヌ語で「ウミネコ(の)・家」という意味だそうだ。
マスイチセは岬の先端の白い岩のことで、Mランドからよく見えるらしい。
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増市浜の入江。
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もう一度、154m峰。
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室蘭八景の看板では「マスイチ」になっている。
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ここから車道を離れて、遊歩道を歩いてみた。その方が近道だからだ。
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しかし、まだ雪が残っていて、歩きにくい。
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でも、靴の中に雪が入ってくるようなことはなかった。
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時折、木々越しに奇岩が覗く。
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途中、ちょっとしたピークがあったので、登り口を探してみることにした。
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ピークを左から回り込んでみると、階段があって、頂上に出ることができた。
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頂上は整地されているが、山名板などは見当たらない。
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これでは、なかなか「登った山」を稼げない。
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眺めは相変わらず素晴らしいのだが。
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本町や栄町あたりの市街地。
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間もなく正午になるので、ベンチに座ってここでお昼を食べることにした。
メニューはさっきセコマで買ったおにぎり2個。
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眺めを愛でながら、のんびり食べていたら、カラスが狙ってきた。
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こちらも警戒していたので、さすがに奪いに来ることはなかった。
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10分ほどで食べ終えて、先に進むと、なんと「女測量山」という山名板が登山口にあるではないか。
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これは素晴らしい。ありがたく「登った山」に数えさせてもらった。
標高は約160m。

この山名板のすぐ横にタイムカプセルを埋めたことを示す石碑があった。
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室蘭商工会議所の設立60周年を迎えた1984年に設置されたもので、100周年にあたる2024年に封印を解くことにしているそうだ。
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あと4年か。なんだか楽しみ。

再び車道に合流すると、そこは測量山の山頂直下だった。
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室蘭八景の案内板が立っている。
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ここから近道できる遊歩道があるのだが、雪が積もっていたので、このまま車道を行くことにした。
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(つづく)
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室蘭散歩1

【2020年3月14日(土)】室蘭散歩
2日前に伊達市に出張したとき、雪が全くなかった。
これなら室蘭もほとんど雪がないだろうと考え、無雪期登山の第1弾として室蘭の低山を歩くことにした。
当日は朝7時半に車で自宅を出発したが、スマホを忘れたことに気づいて引き返す。
これで15分のロス。老化が着々と進んでいる。
天気は晴れ。路面も乾いていて走りやすい。
新型コロナのせいか、車も心なしか少ないように感じた。
8時過ぎに北広島ICから道央道に乗る。
快調に飛ばして、9:15頃、本輪西展望所というPAがあったので立ち寄ってみた。
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でも、海はほとんど見えなかった。
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何を見せるつもりの展望スポットなのだろう。
見えたのは、どこからでも見える背後の鷲別岳(911m)くらいだった。
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室蘭ICで下りて、白鳥大橋に向かう。
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白鳥大橋は1998年に開通した。全長1380mの東日本最大の吊り橋である。
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今日は道の駅みたら室蘭を起点に歩けるところまで歩くつもり。
最終目的地はイタンキ浜だが、とてもそこまでは到達できないだろう。
9時半、道の駅の駐車場に車を停めて歩き出す。
すぐそこが海岸で、プロビデンス号室蘭来航200周年記念碑が立っていた。
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プロビデンス号とは1796年に室蘭に寄港した英国の軍艦である。
当初、パンの木の運搬船として1791年に造られ、3年後に軍艦に改修され探検船として活躍した。
室蘭に寄港した際は、松前藩の藩医、加藤肩吾らと面会し地図の交換を行ったという。
事故で亡くなったハンス・オルソンというデンマーク人の水兵が、沖の大黒島に埋葬されているらしい。
この船は後に、津軽海峡を横断。ヨーロッパ人として初めて津軽海峡の存在を証明するとともに、蝦夷地が独立した島であることも確認したことでも知られている。
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デンマーク人水平が眠るという大黒島。
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灯台までの階段が見えるが、一般人が行く手段はあるのだろうか。

ここはヨットハーバーみたいな感じになっている。
エンルムマリーナと呼ばれる港である。
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室蘭港をはさんで北の方角には、有珠山(737m)が望めた。
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鷲別岳(右)から稀府岳(702m)への山並み。
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背後には測量山(199.6m)。
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ここから、いろんな観光船に乗船することができるらしい。
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地球岬への遊覧船に乗ってみたい。
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再び、有珠山。
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白鳥大橋。
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歩き終わったら、この「むろらん温泉ゆらら」に入るつもりだ。
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温泉の隣に「エンルムマリーナ室蘭」の事務所。
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ここには、港の貝の博物館も入居しているらしい。
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エンルムマリーナのモニュメント。
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室蘭市B&G海洋センター。ここではヨット教室が開催されているらしい。
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室蘭市のマンホール。
中央の市章は、カタカナの「ロ」の字6個で円に並べることで「ムロ」を現し、中に「蘭」の花を図案化して配置している。
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700mほど歩いてきたが、この先は港湾関係者以外立ち入り禁止。
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仕方ないので左折して、迂回する。
そういえば、昼食を調達しておくのを忘れていた。
この先にコンビニはあるだろうか。かなり不安だ。
と思っていたら、ルートからちょっとだけ外れたところに、セコマが見えた。
ラッキー。助かった。
ここで、パン1個とおにぎり2個、それと行動食を購入。ひと安心だ。
関係ないが、セコマに隣には、「若鶴」というレストランがあった。
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ちょっとだけ戻って、左折する。
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ここから、最初の展望スポット絵鞆岬まで700m。
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500m近く歩くと、古い道営住宅が見えてきた。
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5階建てで20戸のキャパがあるようだが、今は何世帯くらい入居しているのだろう。
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道営住宅の前を通り過ぎると、海に出る。
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目の前に浮かんでいるのは恵比須島。
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海鳥の格好の休憩所になっている。
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右手には大黒島と有珠山。大黒島の右に昭和新山も覗いていた。
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その右は稀府岳だろう。
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左手には絵鞆岬の展望台が見える。
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天気がいいので、海がとっても青い。
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波も穏やかだ。
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絵鞆岬の先端。
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ちょっと登ると、絵鞆岬に到着。
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この慰霊碑は室蘭開発の先駆者である先住民の霊を慰めるため、室蘭市の市制施行40周年だった昭和37年(1962年)に建立されたものだそうだ。
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先住民と言えば、アイヌのことだろうが、なぜかこの碑文には「先住民」とあるだけで、「アイヌ」の文字はない。
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ちょっとひっかかるが、まあ園地を散策してみよう。
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ここはちょっとした高台にあるので、道営住宅越しに鷲別岳が見える。
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絵鞆岬は「室蘭八景」なのだそうだ。
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ちなみに、残る7つは、室蘭港の夜景、測量山の展望、黒百合咲く大黒島、金屏風・銀屏風の断崖絶壁、マスイチ浜の外海展望、地球岬の絶景、トッカリショの奇勝である。

絵鞆岬は室蘭を形作る絵鞆半島の西端にあたる。
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室蘭発祥の地で、「えとも」はアイヌ語の「エンルム」(突き出している頭、岬)に由来する。
「エンルム」を語源とする地名はあちこちにあり、襟裳岬もその一つだ。
1648年頃に書かれた「正保日本図」には、この地を「エントモ」と記しているという。

ここは室蘭港のちょうど入り口にあたる。
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いい眺めだ。心が洗われる。
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絵鞆岬のモニュメント。
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これは楢崎産業株式会社が創業90周年を記念して、寄贈したものだそうだ。
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海岸の地層が白っぽいのは火山灰だからだろうか。
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噴火湾の眺め。
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こうして見ると、道営住宅にはほとんど人が住んでいないのではないか。
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こんなに天気がいいのに、誰も洗濯物を干していないのだから。

函館方面。
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対岸にはうっすら駒ヶ岳(1131m)が見える。
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切り立った絵鞆半島の海岸線。
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この展望台は室蘭市の市制施行70周年の節目に、帆船をイメージして建設されたという。
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じっくりと眺めを堪能させてもらいました。
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それでは、次の見どころ、銀屏風に向かいましょう。
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これを最後に、しばらく海とはお別れ。
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これまでほとんどなかったが、雪が目立つようになってきた。
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でも一応、除雪はされており、車道は大丈夫。
トレランシューズで来ているので、あまり雪の上は歩きたくない。
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木々の合間から測量山。
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絵鞆岬から20分ちょっとで銀屏風に到着。
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右側の白く光っているのが銀屏風かな。
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ちょっと色が青っぽい。
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正面はるか遠くに駒ヶ岳。頂上部はよく見えない。
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自然の造形はすばらしいのだが、ここはなぜかゴミの不法投棄がひどかった。
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どうして、こういうことができるのか全く理解ができない。
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(つづく)
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四国お遍路37(三宮駅~札幌)

【四国お遍路番外編⑥】2月11日(火)
四国のお遍路第1弾を終えて、帰路についている。
この日は播州赤穂観光をはさんで、終日乗り鉄を楽しんだ。
最後は、神戸・三宮からポートライナー。17時ちょうど発の電車に乗車した。
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先頭から2番目の席だったので、見晴らしもよくコンパクトカメラで車窓を撮りまくった。
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発車してすぐに国道2号線をまたぐ。なんと片側4車線だ。
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間もなく、上り電車とすれ違った。
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沿線にはホテルやマンションなど高層ビル群が並ぶ。
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貿易センター駅を過ぎると、阪神高速をまたぐ。
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みなとのもり公園の向こう、三井倉庫が夕日に照らされている。
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阪神高速が複雑に交差する。
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左手は神戸港。第四突堤の上を走る。
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「CHINJIF」とは中国の船会社で、中日国際輪渡有限公司のこと。
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ポートターミナルを通過。
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神戸大橋から左前方に突き出している突堤。
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同じような型式の船が並んでいる。何だろう。
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神戸水上警察署。
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その先に、神戸市水上消防署。
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ポートアイランドの北部にある中公園への歩道橋。
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前に座っていた女性が下車したので、先頭に移った。
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この電車は無人運転システムなので、運転士がいない。
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前方に見えてきたのは市民広場駅。
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再び、すれ違い。
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レールには結構、アップダウンがある。
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市民広場駅の先で、左に支線が分かれる。
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左手奥に神戸ポートピアホテル。
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右手に神戸市立医療センター中央市民病院。
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続いて神戸大学。
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なんだか分からないけど、神戸MI R&Dセンター。
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このユニークなデザインの建物は理化学研究所IIB。
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京コンピュータ前駅の左手に神戸医療イノベーションセンター。
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3回目のすれ違い。
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正面にキリンのような大型クレーンが見えてきた。
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右にカーブを切ると、左手にハーレー・ダビットソン。
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神戸スカイブリッジに差し掛かる。
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右手遠くに明石大橋を望むことができた。
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間もなく、神戸空港が見えてきた。
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最後の右カーブ。
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もう私の乗るAIRDO機が駐機していた。
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その向こうは大阪湾である。
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17:18、神戸空港駅に到着。
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8日ぶりに、戻ってきた。
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ちょっと懐かしい。
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飛行機の時間は18時。
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空港のレストランで食事をするほどの時間はないので、空弁を買おうと思ったが、もうほとんど売り切れ。
仕方なく、鯛ちくわとビールを買って、AIRDOとのコードシェア便ANA4821便に搭乗した。
ほぼ定刻通り18時に離陸。
飲んだら、機内ではパソコン作業をしているうちに、沈没してしまった。
新千歳空港には、定刻より若干早く、19:45に到着。
預けた荷物を受け取って、快速エアポートで札幌へ。
21時半頃に帰宅した。

すぐに寝たいところだが、すこしお腹に余裕があったので、赤穂銘菓かん川本舗の志ほ万を早速いただいた。
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いいお色。
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塩味饅頭だけに、塩味がちょっと効いておいしかった。
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ちなみに、こちらは会社用に買ってきた「うみがめまんじゅう」。
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個数優先なので味はあまり問わなかったが、まあまあだった。
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これにて、9日間に及んだ四国お遍路の旅は無事終了。
最初のうちはもやもやしていたが、後半は楽しめるようになった気がする。
何が理由だか分からないが、また行きたいという気持ちになっているのは確かだ。
次はいよいよ土佐。北海道で夏山シーズンが終わる11月頃にまた行けたらと思っている。
高知県は距離のわりにお寺の数が少ない。
徳島県のように1回で終了というわけにはいかない。
少なくとも1週間の旅が3回は必要になるだろう。
四国1周を還暦までに終えるのは、かなり難しいが、登山のオフシーズンに少しずつつなげていきたい。

(おわり)
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四国お遍路36(赤穂・花岳寺~三宮駅)

【四国お遍路番外編⑤】2月11日(火)
四国のお遍路阿波一国打ちを終えて、札幌へ帰る途中、播州赤穂に寄り道している。
赤穂藩主浅野家の菩提寺、花岳寺を拝観中。
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ここには大石内蔵助の先祖の墓もある。
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こうした方々だ。
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こちらは他の義士の家族のお墓。
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赤穂郊外にあった墓5基を昭和35年(1960年)に、ここに移し、改葬したという。
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その他の墓碑たち。
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浅野家三代の墓所は最も奥まった場所にあった。
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右手奥から、常陸笠間藩主・浅野長重、赤穂初代藩主・浅野長直、同2代藩主・浅野長友だそうである。
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これが長重の墓所。
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こちらが長直。
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そして長友。
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近くに、内蔵助の大叔父、大石頼母助良重の墓もあった。
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赤穂城の縄張りを完成させた近藤三郎衛門の墓。
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その功績と改葬の経緯が碑文に刻まれていた。
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この木は根元がずいぶんユニークだ。
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こちらは浅野家が改易された後、赤穂城に入部した森家の墓所。
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中はこのようになっていた。
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境内の片隅にある報恩堂(千体観音堂)。
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野口雨情の詩碑「春のあけぼの 花なら桜 武士の鑑ぢや 赤穂義士」。
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雨情が昭和11年(1936年)に全国民謡行脚の最中、作製した赤穂民謡の冒頭だそうだ。

千手堂に祀られていた千手観音像に手を合わせて、参拝は終了。
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門前の商店街を通って、播州赤穂駅へ向かう。
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いちご大福とかソフトクリームとか食べたいけど、我慢、
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赤穂城下町絵図で本日の復習。
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赤穂藩旧上水道の施設のひとつ、百々呂屋裏大枡も確認した。
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堀部弥兵衛金丸の碑のところで
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駅前通りに出た。
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開設当時大きな話題になったトマト銀行。
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というわけで、14:15頃、播州赤穂駅に戻ってきた。
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駅前に停まっていたのは神姫バス。
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神姫バスは兵庫県西部を中心に広く路線網を展開するかなり大きなバス会社である。
1927年(昭和2年)の創業で、2019年3月期の売り上げは年間459億円に達し、神奈川中央交通、三重交通に続き、全国3位となっている。
ちなみに、4位はわれらが北海道の北海道中央バスである(390億円)

駅舎に掲げられていた、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の登場人物。
片深源五右エ門高房(モデルは片岡源五右衛門高房)。
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言わずと知れた大星由良之助良雄(同・大石内蔵助良雄)
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播州赤穂駅での途中下車の印のある切符を駅員に見せて改札を通過。
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14:37の山陽本線直通の普通列車姫路行きに乗車する。
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山陽本線と赤穂線の分岐点、相生駅で乗り換える必要なく、14:58に網干駅に到着。
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ここで下りて、山陽電車の網干駅へ向かう。
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網干駅と言えば、山陽本線の新快速の終着駅の一つ。
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関西で電車に乗ると、行き先としてよく見かける駅名だ。
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行政区分としては姫路市にあたる。
駅前はそんなに賑やかではなく、北口はこんな様子。
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橋上駅なので、もう一度、階段を昇り降りして南口へ。
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山陽網干駅までは3.5kmも離れているので、南口からタクシーを利用する。
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姫路市の地味なマンホールを発見。世界遺産姫路城のマンホールもあるらしい。
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中央の市章は「姫」の字を図案化したもの。
よくよく見ると、「女」の中に「臣」と書かれている。

南口は駅舎ではなく、立体駐車場となっていた。
随分、変わった駅だ。
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南口にあった「つばめ交通」の営業所に出向いて、15:10頃乗車。
タクシーの運転手とあれこれ会話をしたが、網干駅は新快速の終点なのに、乗り過ごし客用のホテルが全くなく、深夜の送迎がかなり激しいという話が印象的だった。
神戸まで戻るなんていうのはザラで、京都まで行ったこともあるらしい。
深夜だと京都まで往復するのは大変なので、神戸で他のタクシーにお客さんをお願いすることもあるのだとか。
何万円かかるのか分からないけど、それでも帰りたいのだねえ。

というわけで10分ほどで、山陽網干駅に到着。
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こちらは山陽電車網干線の終点である。
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ちょっとお腹が空いたので、駅前のコンビニでパンを購入。
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そんなことをしているうちに、15;22発の電車が行ってしまった。
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でも、もともと15:37発の電車に乗る予定だったから、いいのだ。

山陽網干駅の開業は1941年(昭和16年)7月6日。
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終点なので頭端式ホームである。
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結構しっかりレールを埋めている。
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近くの観光案内。梅林が有名なのかしら。
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日中はほぼ15分おきの運行のようだ。
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ホームから北に三石天満宮が見えた。
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構造としては1面2線の島式ホーム。
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次の電車が来るまであと15分近くあるので、さっき買ったパンを食べて過ごした。
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15:31に電車が入線。3両編成だった。
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もちろん、始発駅なのでガラガラ。
15:37に定刻通り発車。15:52に飾磨駅に到着した。
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ここから、15:57発の直通特急阪神大阪梅田行きに乗り換える。
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この駅は面白い構造になっていて、網干方面からの電車は2番ホームで行き止まり。
その両側は本線の上下線という櫛形2面3線のホームの構造となっている。
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その行き止まりの先に立ち食いそばのお店「山陽そば」があった。
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私が乗ってきた電車は折り返し網干行きに。
この電車の両側はいずれも2番線という扱いである。
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次に乗る大阪梅田行きは山陽姫路駅から3番線にやってきた。
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播州赤穂から姫路まで行って、姫路で山陽電車に乗り換えれば、タクシーを使う必要はなかったなあとこの時点で気づく。
しかし、姫路から山陽電車が出ていることを知らなかったのだから仕方ない。
ちゃんと調べておけば、よかった。

山陽明石駅には16:24に到着。
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いったん駅の外に出て、高架をくぐって、JRの明石駅に向かう。
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線路の北側に出ると、目の前は明石城跡だった。
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わざわざ外に出なくてもよかったみたいだが、まあ明石城跡が見られたのだから、よしとしよう。
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ホームからは、こんなに格好よく城跡が見えた。
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再び、16:35発のJR(新快速)に乗って、16:50に三ノ宮に到着。
急いで、ポートライナーに乗り換える。
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JRの表記は「三ノ宮」だが、ポートライナーは「三宮」だ。
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乗り継ぎ時間はちょうど10分。
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今日は結局、日和佐駅から8本の電車を乗り継いだことになる。
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荷物の持ち運びが大変だったが、結構楽しかった。
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(つづく)
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四国お遍路35(赤穂城本丸跡~花岳寺)

【四国お遍路番外編④】2月11日(火)
お遍路の帰り道に播州赤穂に寄って、赤穂城跡を観光中。
大石神社や旧二之丸庭園などを見学して、いよいよ本丸に足を踏み入れた。
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本丸御殿の跡はコンクリートでかさ上げする形で、その間取りを示している。
ここは「広間」。
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発掘成果を示す「石組暗渠排水路」。
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出土した状態のまま展示してある。
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本丸にも庭園があったようだ。
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こちらも大池泉が復元されている。
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奥に見えるのは天守台。
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中島には松やソテツが植えられ、八ツ橋が架けられていたそうである。
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さすがに天守は復元されていない。
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天守台に登って、庭園を俯瞰。
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こちらは本丸御殿跡。
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御殿の中の中庭。
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西の方角に見える煙突はおそらく住友大阪セメント工場だろう。
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本丸の東口にあたる「厩口門」。
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その奥に見えるのは雄鷹台山(253m)。
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正門にあたる本丸門。
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赤穂城跡は日本100名城にも選定されている。
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本丸は上空から見ると、こんな形をしている。
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立地としては、こんな感じ。瀬戸内海に面している。
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東北隅櫓台。
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刎橋門。
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天守台を南西から。
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天守台から下りて、もう一度、庭園を歩く。
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刎橋門まで来たが、ここから濠の向こうには渡れなかった。
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濠の南東角。
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厩口門から外に出ることにした。
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この濠は当時、海とつながっており、ここは船溜まりになっていたらしい。
「水撚(みずひねり)」という名称が付いていたようだ。
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厩口門は台所門とも呼ばれている。
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浅野家時代が厩口門、森家時代が台所門だったそうだ。
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門の手前は厩口橋。
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赤穂城全体の縄張り図で復習。
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元帥陸軍大将子爵川村景明筆の忠魂碑。
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川村景明(1850~1926年)は元薩摩藩士で、薩英戦争、戊辰戦争、西南戦争に従軍。
近衛歩兵第1旅団長として日清戦争に出征、日露戦争では鴨緑江軍司令官として奉天会戦を戦った歴戦の勇士である。
赤穂との関わりはとくになかったようだが、建立の際に地元から指名されたのだろう。

もう一つ忠魂碑があり、こちらは陸軍中将建川美次(1880~1945年)の揮毫。
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この方は新潟市の出身。奉天会戦の勝利に貢献した戦功もあり、当時『少年倶楽部』に連載された山中峯太郎の小説『敵中横断三百里』の主人公のモデルとなったという。
駐ソビエト連邦大使として、1941年(昭和16年)4月、松岡洋右外相とともに日ソ中立条約に調印した人物でもある。
これまた赤穂とのかかわりは不明。

白壁がたくさん並んでいるのは赤穂市立歴史博物館。
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二の丸のお濠。
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大石神社まで戻ってきた。
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大手門を出ると、さっきも見た正面にお菓子の巴屋さん。
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それにしても、お城みたいでまぎらわしい。
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裏通りを歩いて、浅野家の菩提寺、花岳寺に向かう。
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赤穂の塩を商っている谷商店。なかなか渋い。
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赤松滄洲宅跡。
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赤松滄洲(1721~1801年)は赤穂藩の藩儒を務め、藩校「博文館」の設立に尽力した人物だそうだ。
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裏通りの方がやはり趣がある。
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これは花岳寺ではありません。
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こちらです。
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赤穂義士ゆかりの地である。
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なぜなら浅野家の霊廟があり、赤穂義士の木造が安置されているからである。
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当山は正保2年(1645年)藩祖浅野長直によって建立されたそうだ。
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山号は「台雲山」。
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山門をくぐると、正面の二代目大石名残の松が迎えてくれる。
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ちなみに山門はもともと赤穂城の西惣門で、1873年(明治6年)に移築されたという。
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立派な本堂。
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鳴らずの鐘。
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赤穂義士の自刃の知らせを聞いた町民がこの鐘を鳴らし続けたところ、音韻を失してしまい、以来「鳴らずの鐘」と呼ばれたそうである。
現在の鐘は寛政9年(1797年)に改鋳されたもので、太平洋戦争のときも義士ゆかりの鐘ということで供出を免れたという。
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大石内蔵助も聞いたと伝わる水琴窟。
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手水鉢。
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陸軍大将林銑十郎の書による「二代目大石なごりの松」の標石。
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初代なごりの松は切株になって、千手堂に保存されていた。
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まずは本堂でお参り。無事にお遍路を終えることができました。ありがとうございました。
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坐禅堂。
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無怨塔。
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花岳寺は実は、見どころがたくさんある。
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拝観料は400円だが、ケチらずにもちろん奥まで入らせていただいた。
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亀趺(きふ)に乗った忠義塚。
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その裏面。
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こちらは忠義桜。右の石碑は義士追慕句碑
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「忠に咲き義に散る塚の桜かな」とある。
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義士墓所。
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不忠柳。
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大高源吾(俳号・子葉)の句碑。「こぼるるを許させ給へ萩の露」
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26歳の秋、浅野内匠頭に従って国に下向の途中、大津の義仲寺で松尾芭蕉の墓前で詠んだという。
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森家霊廟(現開山堂)の役瓦。
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浅野家霊廟。
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合掌。
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ここにも水琴窟。
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しだれ桜。
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由来は以下の通り。
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高松宮宣仁親王お手植えの松。
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中国(北魏)から渡来の観音像。
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6世紀初頭のもので、大正年間に寄進されたという。
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(つづく)




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四国お遍路34(大石神社~赤穂城本丸跡)

【四国お遍路番外編③】2月11日(火)
兵庫県の赤穂市内を観光中。
赤穂城跡内にある近藤源八宅の長屋門を見学している。
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上がってもいいとのことだったが、外からの観察のみに留めておいた。
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通りに戻る。
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見えてきたのは、赤穂藩主浅野家筆頭家老の大石内蔵助の一家3代が57年にわたって住んでいた大石屋敷の長屋門である。
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間口26.8mもある。
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屋敷の跡は大石神社になっている。
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大石内蔵助だけでなく赤穂浪士47人全員が祀られている。
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境内にはいろんな資料館があるようだが、時間に限りがあるので、今回はパスするつもり。
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ここは正式には赤穂大石神社といい、藩主だった浅野家と森家を祭神としていた赤穂神社と大石神社を合祀している。
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内蔵助の息子、主税に迎えられた。
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それにしても、「主税」と書いてなぜ「ちから」と読むのか?
律令制において民部省に属した機関、主税寮と関係があるらしい。
その職務が、庶民の〈力〉である「田租」の管理などを担うことから、「主税」を「ちから」と読んだのだという。
なんかこじつけっぽいが、当時からそう読んでいたのは確かなようだ。
「ちから」とは読まないが、「主税」の名は、現在の財務省主税局に引き継がれている。

向かいには、ちゃんとお父様がいた。
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義芳門をくぐる。
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この門は、わが国2大忠臣義士のもう片方、楠木正成を祀る神戸市の湊川神社の神門を1942年(昭和17年)に移築したものらしい。
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赤穂浪士に関しては幕府をはばかり、しばらく表立って顕彰することはできなかったが、1868年(明治元年)に、明治天皇が赤穂浪士の墓のある泉岳寺に勅使を遣わして、これを弔ったことで、赤穂浪士を讃えることが公認された形となった。
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実は、大石屋敷内で小さな祠が密かに祀られていたが、1900年(明治33年)、「大石神社」の創建が政府から許可され、1912年(大正元年)に社殿が竣工したそうだ。
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お遍路で23か寺を回ったので、お浄めはお手の物。
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内蔵助の大きな絵馬。陣太鼓が象徴的だ。
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菊正宗や白鶴など灘の銘酒に混じって、「忠臣蔵」。そんなお酒もあるのか。
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田中角栄揮毫の「義士発祥之地」碑。
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こちらは、浅野家大坂蔵屋敷の舟石。
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不老不死の秘薬があるという海の向こうの蓬莱山へ行ける舟として、大名たちの信仰を集めていたそうだ。
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内蔵助の像はもうあちこちにある。
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これは1971年(昭和46年)に建立されたとのこと。
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君が代にうたわれているさざれ石。
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岩に小石が大量に接着し、大きな塊となったものをさざれ石という。
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では、参拝させていただきましょう。
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参拝の後も境内を散策。石柱の奉納は1基20万円だそうだ。
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播州信金が奉納した陣太鼓文様のパネル。
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赤穂浪士の顔ハメ。
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「水みくじ」は、水に浸すと文字が浮き上がってくる仕掛けになっているらしい。
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山鹿素行を祀った山鹿神社の説明板。
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退筆塚。いわゆる筆塚のことである。
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仙珪和尚表功碑。
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明治維新以降、赤穂城跡地の払い下げが進む中、義士の遺跡を保存するため、内蔵助の屋敷地周辺を買い上げたのが花岳寺の仙珪和尚であったという。

切り株にお賽銭が大量に差し込んであった。
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義芳門を出て、赤穂城の遺構を遠望。
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神社の参道には、四十七士の石像がずらりと並んでいた。
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それぞれ表門隊と裏門隊に分かれており、制作は兵馬俑工芸技術伝承者ということになっている。中国の方が作ったのだろうか。
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いずれにしろ、祝日だけあって、かなりの人出であった。
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では、本丸跡の方に向かいましょう。
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赤穂城は、正保2年(1645年)、常陸国笠間藩から入封した浅野長直が、近藤正純に築城設計を命じて、寛文元年(1661年)に完成した甲州流軍学の海岸平城である。
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庭園のようになっている濠の跡。
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二の丸門跡。まだ未整備だ。
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赤穂城では、赤穂事件(1701年)から161年後の文久2年(1862年)に国家老の森主税と村上真輔が尊王攘夷派の藩士に暗殺されるという事件が起きた(文久事件)。
父の敵を討とうと、村上の息子4兄弟は明治4年(1871年)、高野山で仇討ちを果たす(高野の仇討ち)。
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この事件がきっかけで、明治政府が「仇討ち禁止令」を出したそうだが、赤穂義士の討入り以来、赤穂には仇討ちを正義とする思想が強くなっていたのかもしれない。
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山鹿素行の銅像。
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赤穂城築城に際し縄張りの一部を変更したほか、家中に兵学を指南した軍学者である。
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赤穂城跡の復元整備が着々と進んでおり、現在は二之丸庭園も公開されている。
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これは、その入口にあたる大石頼母助屋敷門。
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頼母助は内蔵助の大叔父にあたる人物で、藩主浅野長直に重用された。
山鹿素行が赤穂に配流された際には、この屋敷内で8年間過ごしたという。
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では、早速入ってみましょう。
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右前方にある二之丸隅櫓台がまず目に飛び込んできた。
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水は張られていないが、廻遊式庭園である。
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奥に本丸が見える。
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何の穴かしら。
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若干、水がたまっているところもあった。
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奥の東屋のあたりは、ちゃんと池になっている。
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かなり広大な庭園である。
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山鹿素行の著作『年譜』の中に、頼母助の屋敷で蟄居生活を送った際、この池泉で遊んだことが記されているという。
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当時は「茶亭」「浮玉堂」「龍船」などがしつらえてあったそうだ。
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「海棠(かいどう=サクラに似たピンクの花を咲かせる)」や「牡丹」が植えられていたらしい。
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現在の植栽は松だけなので、ちょっと殺風景かな。
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春になるともう少し彩りも出てくるのだろうか。
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庭園を出て、本丸に向かう途中、左手に赤穂城発掘調査事務所があった。
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現在は閉鎖されているが、これが二之丸庭園の表門。
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かわいい赤穂義士のマンホール。
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いよいよ本丸に攻め込む。
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本丸は幅の広い濠で囲まれている。
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本丸門。
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17世紀中ごろの築造と考えられており、明治10年代後半に破却されたという。
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総事業費6億7000万円をかけて1996年に復元されたのだそうだ。
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一の門。
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入母屋造りの本瓦葺きである。
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赤穂産の花崗岩を使用して往年の姿をよみがえらせた石垣。
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本丸御殿の絵図。
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同じく見取り図。
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最後に本丸の縄張り図を紹介しておこう。
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(つづく)
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四国お遍路33(瀬戸大橋~近藤源八宅跡)

【四国お遍路番外編②】2月11日(火)
四国を後にして瀬戸大橋を渡っている。
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1月にレンタカーで来たばかりの道の駅与島が見えてきた。
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左手奥は本島という島だ。
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今日も天気がいいので瀬戸内海が青くて美しかった。
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児島駅を経て、定刻通り10:33に岡山駅に到着。
乗り継ぎ時間が23分もあるので、トイレに寄って体重を減らした。
駅弁も購入して、赤穂線播州赤穂行きの普通列車に乗り込む。
ボックス席だったが、わりと混んでいたので後ろの方向しか見えない席になってしまった。
10:56、定刻通りに発車。
道路地図帳を持ってきていないので、スマホの地形図で周辺の状況を確認しながら、車窓を眺めていた。

11時半になったところで、ちょっと早いがランチタイムとした。
岡山駅で買ったのは、「桃太郎の祭りずし」(税込み1000円)である。
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箱を開いてみて、びっくり。なんと、桃の形をしたピンクのケースが出てきた。
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持って帰りたくなったが、さすがに荷物になるし、使い道もないので止めた。

中身は基本的にちらし寿司。味はまずますであった。
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日生(ひなせ)駅で列車交換のため、しばし停車。
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この駅は昔、対岸にある鹿久居島へ出張したときに下りたことがある。
調べてみたら、1993年のことだった。もう27年も前のことだ。

播州福河駅を通過。
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定刻通り、12:08、播州赤穂駅に到着した。
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乗ってきたのは、この黄色い115系電車(クモハ)だった。
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さて赤穂観光に出かけよう。
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ザックはコインロッカーに預け、コンパクトカメラだけ持って、いざ出陣!
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制限時間は2時間半である。
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播州赤穂は言わずと知れた「忠臣蔵のふるさと」だ。
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市民憲章にも「義士発祥のまちです」と高らかに唱っている。
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駅舎も多少、お城をイメージしているのだろうか。
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浅野でも大石でもなく、いきなり山鹿素行の説明板。
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山鹿素行(1622~85年)は江戸時代前期の儒学者・軍学者で会津に生まれた。
1652年に赤穂藩主浅野長直に召し抱えられ、在職8年の間に『修教要録』など多くの著書を著した。
その後、民間学者となって江戸に移るも、朱子学批判のかどで、1666年に赤穂へ流罪となり、9年間の蟄居生活を余儀なくされた。
その間、門弟であった大石内蔵助ら多くの赤穂義士に影響を与えたという。
赤穂とはゆかりの深い方なのである。

忠臣蔵の説明板。
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忠臣蔵自体は日本人の心をくすぐるものであることは理解できるが、言ってしまえば「かたき討ち」という名の殺人である。
子供の教育をも担う行政が、どう折り合いを付けているのか興味がある。
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赤穂は「塩のまち」でもある。
堺屋太一が忠臣蔵を描いた『峠の群像』は、塩をめぐる問題が吉良との対立を引き起こしたという話になっていたような気がする。
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駅の横の東横インがやけに目立っていた。
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赤穂城を目指して、駅前通りを歩き始めると、さっそく大石内蔵助の歌碑。
「とふ人に語る言葉のなかりせば身は武蔵野の露と答へん」
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赤穂市のマンホール。真ん中の市章は「赤」の字をデザイン化している。
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ローカル紙「赤穂民報」の社屋。
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赤穂民報は1968年11月15日の創刊。
毎週土曜日発行の週刊紙で、購読料無料のフリーペーパーである。発行部数は約2万部。
赤穂市の世帯数は20500なので、ほぼ全世帯に配布していることになる。

赤穂は牡蠣が特産らしい。かき蕎麦なんておいしそうだ。
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中国銀行赤穂支店。中国銀行は岡山市に本店を置く地方銀行である。
初代頭取は元倉敷紡績社長の大原孫三郎が務めた。
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私が好きな片岡源五右衛門高房。
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町のど真ん中に旧赤穂藩が建設した上水道の跡があった。
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元和二年(1616年)に藩の代官垂水半左衛門が築き、以来昭和19年(1944年)まで300年以上にわたって赤穂城下を潤してきたのだという。
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これは遺構ではなく、あくまでモニュメントだそうだ。
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廃業した赤穂書房。
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赤穂義士、小野寺十内秀和の歌碑。
「忘れめや百にあまれる年を経て仕へし代々の君が情を」
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加里屋という地区に、ちょっとした広場があった。
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そこに立っていた「義士あんどん」と呼ばれるからくり時計。
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その隣に息継ぎ井戸。
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江戸城内での浅野内匠頭による刃傷事件の第一報を知らせるため、元禄14年(1701年)3月14日の夕刻、赤穂藩士の早水藤左衛門と萱野三平が早かごで江戸を出発。
赤穂城下に着いたのは3月19日の早朝だった、
155里(約620km)の行程を4昼夜半早かごに揺られ続けた両人は城下に入り、この井戸の水を飲んで一息ついたと言われている。
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この奥に、浅野家の菩提寺である花岳寺があるが、それは後回しにして、まずはお城へ。
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赤穂情報物産館の前を通過。
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何だろう、この人だかりは。
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牡蠣料理の店「かましま」に並んでいる方々のようだ。大人気だ。
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さっきモニュメントがあった旧赤穂上水道の説明板。
城下に網の目のように張り巡らされていたようだ。
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町家1軒1軒に給水されており、江戸の神田上水、福山の福山水道とならび、日本三大水道とも呼ばれているという。

別のデザインのマンホールを発見。
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こちらは中央に市の木サクラ、その周りに市の花ツツジ、下にはふるさとの川、千種川をあしらっている。ギザギザは赤穂義士の陣太鼓だそうだ。

銘菓、塩味饅頭「志ほ万」を販売する「かん川本舗」の大手門前支店。
買って帰ろうかな。
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店頭では内蔵助様が呼び込みをしていた。
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播州赤穂駅から15分ほどで赤穂城跡に到着。
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立派な隅櫓に迎えられた。
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その向かいにあるお城のような建物は「巴屋」。
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こちらもお菓子屋さんである。
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赤穂の町は井戸を掘っても海水が出るので上水道が必要だったらしい。
その上水道の終点が海岸に接して築かれた赤穂城であった。
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ポストもお城仕様である。
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城跡は昭和46年(1971年)に国の史跡に指定された。
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巴屋でも塩味饅頭を販売しているらしい。
それにしても「討入そば」とは、どんなお蕎麦なのだろう。
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逆さ富士ならぬ、逆さ櫓。
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この大手門の石垣は組み直したものだろう。
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大手門から中に入ると、番所跡がある。
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ここには赤穂城に関する簡単なガイダンス施設になっていた。
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さらに進むと右手に大石神社が見えてくる。
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大手門枡形を回り込む。
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神社の参集所。
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左手には近藤源八宅跡長屋門が残っていた。
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内蔵助とは親戚で、赤穂藩の千石番頭という重職を務めたが、当初から義士には加わらなかったという。
無料開放されていたので入ってみた。
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長屋門の内側である。
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ここに旧上水道の汲み出し井戸があった。
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(つづく)
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四国お遍路32(日和佐~瀬戸大橋)

【四国お遍路9日目①】2月11日(火)
阿波一国打ちを終えて、前夜からホテル「えびす洞温泉白い燈台」に泊まっている。
この日は6時に起床。
パッキングをしているうちに、東の空が白んできた。
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今朝も海は静かだ。
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6時半にチェックアウト。日和佐駅に向けて出発する。
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昨日歩いた道を歩き直す。
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無名岩のシルエット。
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同じ道だが、昨日と景色が全然違う。
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10分ほどで市街地に入った。
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まだ7時前なので、民宿弘陽荘もひっそりしていた。
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向かいには、日和佐木偶人形館。
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寺町を通過。
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そして、美波町役場。
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役場前の裸婦像「立つ」。
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ここは日和佐御陣屋跡であった。
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江戸時代から役所があった場所だったわけだ。
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これで役所コレクションが一つ増えた。
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日和佐本町を通過。
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日和佐川が広い。
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厄除橋から眺めた薬王寺の上にぽっかり満月が浮かんでいた。
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ここは、阿南バスではなく南部バスの営業エリアであった。
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駅近くにあった社会福祉法人「あゆみ」。喫茶店みたい。
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廃業したと思われる平しげ旅館。
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駅前通りではなく、あえて裏道を行く。
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日和佐図書資料館のところで駅前通りに出た。
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正面が日和佐駅。
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駅前に「蛇責めの石」なるものがあった。
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その由来がこの説明板に書かれている。
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ひどいお殿様だ。

駅前には当然、町のアイドルうみがめさんが鎮座している。
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ホテルから30分かからずに日和佐駅に到着。
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これから7:13発の特急むろと2号徳島行きに乗る。
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往路は神戸空港からバスで徳島駅まで来たが、帰りは鉄路で神戸空港まで行くつもり。
徳島空港から新千歳への直行便はなく、羽田経由だと高くつくので、徳島空港は使わない。
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行程は以下の通りである。
7:13 日和佐(JR特急むろと2号)徳島 8:18
8:23 徳島(JR特急うずしお6号)岡山 10:33
10:56 岡山(JR普通)播州赤穂 12:08 
〈赤穂市内観光〉
14:37 播州赤穂(JR普通)網干 14:58 ※タクシー移動
15:37 山陽網干(山陽電車普通)飾磨 15:52
15:57 飾磨(山陽電車特急)山陽明石 16:24
16:35 明石(JR新快速)三ノ宮 16:50
17:00 三宮(ポートライナー)神戸空港 17:18
18:00 神戸(ANA4821便)新千歳 19:50
JR四国の特急2本に乗って、忠臣蔵の舞台・赤穂観光を楽しみ、山陽電車にも初めて乗るという贅沢な乗り鉄プランである。

列車が来るまで、あと10分以上あるので、駅構内を見学した。
そうそう、日和佐はNHK朝の連続小説「ウエルかめ」の舞台であった。
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もう11年も前のこと。ヒロインは倉科カナだったなあ。
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しばらく朝ドラを見るのは休んでいて、久々に再開した番組だったので、よく覚えている。
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それにしても、今日の乗り鉄は楽しみだ。
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今回の旅で知り合ったKさん、Dさん、Cさん、Oさんは今日も歩いているんだろうなあ。
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うらやましい気もするが、もう気持ちは切り替わってしまっているので、未練はない。
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構内踏切を渡り2番線で特急の到着を待つ。
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6日目に二軒屋駅で見た特急むろと2号は2両編成だった。
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今日は飛び石4連休の最終日だし、混んでいるのだろうか。
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海側の窓側に座れたらいいなあ。
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先に下り普通列車海部行きが入線。
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車両は1200形気動車である。
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続いて、特急むろと2号が到着。
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ここから乗車したのは、私以外に1人。車内もガラガラだった。
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もちろん、進行方向右側の窓際を陣取った。
さっそく、ホテルでもらってきた、弁当を広げ、おにぎりにぱくつく。
車内で網干までの乗車券と岡山までの特急券を購入した。計7290円。
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今日も天気がいいので、車窓も楽しい。
とくに昨日歩いた海岸を、列車の中からもう一度見るのもとてもわくわくする。
木岐、田井ノ浜、由岐などの駅を次々に通過していくと、鉄道の速さを実感した。
1日がかりで歩いた道が数十分であっという間に通り過ぎてしまう。
普段は感じない不思議な感覚にとらわれた。
歩きながら鉄道が見えた場所を思い出し、ああ、あの道歩いたな、とか、あの神社に寄ったな、とか確認しながら車窓を眺めていた。
あまり駅名標などは撮らなかったが、ちょうど座席の目の前に来た時だけは撮っておいた。
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ちなみに、特急むろとの車両はキハ185形。
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阿南駅を過ぎると、那賀川の鉄橋を渡る。
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この川の中流域にある水井橋を渡ったのは、つい2日前のことであった。
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羽ノ浦駅で下り列車と交換。
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反対側のホームにいるのは桑野行きの普通列車。
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南小松島駅も駅名標撮影に成功した。
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徳島駅が見えてきた。
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定刻通り8:18に到着。
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特急うずしお6号への乗り継ぎ時間は5分。
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乗り換えだけなら余裕だが、岡山行きなので自由席は混んでいるかもと思い、跨線橋を走って登った。
そこそこ乗っていたが、ちゃんと右側の窓際を確保することができた。

定刻通り8:23に発車。
特急だが、勝瑞、池谷、板野と、わりとこまめに停車してゆく。
通過した板東は初日に下り立った駅。
阿波川端駅、板野駅は2日目に立ち寄ったっけ。
板野駅を過ぎたところにある踏切では、何枚も写真を撮った古い道しるべと再会できた。
この先は大坂越なので、線路は勾配を増していく。
大坂越を高徳線は大坂山トンネルで通過。
ここから香川県に入る。
海からは少し離れているが、しばらく高台を走るので、瀬戸内海が展望できた。
沖に見えているのは、毛無島、通念島、松島のいすれか2つだろう。
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学生時代に自転車で四国を回った時に、駅前で讃岐うどんを食べた讃岐白鳥駅。
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瞬間的に寝落ちしてしまうこともあったが、ずっと車窓を眺めて過ごした。
さぬき市の中心地にある志度駅を過ぎると右前方に尖った山が見えてきた。
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85番八栗寺がある五剣山(366m)だろうか。
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さらに進むと、今度は頂上が台地状になった山が現れた。
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あれは明らかに屋島(292m)だ。
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屋島には学生時代、自転車で登ったことがある。

高松で進行方向が変わった。
でも、次の宇多津駅でまた変わって、もとに戻った。
ここで、後ろに別の特急を連結するため、しばらく停車。
気分転換のため車外に出たら、サンライズ瀬戸と対面できた。
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時間からして営業運転中ではない。
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おそらく臨時運転で琴平まで行った後、折り返しの始発高松まで回送中だったのだろう。
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8分の停車で、特急うずしおが発車した。
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この先は瀬戸大橋。四国ともおさらばだ。
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(つづく)
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四国お遍路31(23番薬王寺~えびす洞温泉)

【四国お遍路8日目⑦】2月10日(月)
やっと23番薬王寺に到着した。
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ここまで27.5km。
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寄り道もたっぷりしたので、8時間もかかってしまった。
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地蔵堂。
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実は線香を3本ずつ上げていくのを知らず、適当に持ってきたが、何とか23番まで持たすことができた。
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ただ、何度も出し入れしているうちに、何本かは折れてしまったので、結構ギリギリだった。
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旧由岐町出身の俳人松村ひさきの句碑「露けしと誰かが先にあるきだす」。
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本堂で礼拝、納経。
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ここにも大クス。
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せっかくなので、最も高いところにある瑜祇堂まで行ってみた。
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その手前に霊牌堂。
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還暦厄坂を登る。
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登り切ると、眼下に日和佐の町並みが広がった。
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何度も見ているうちに、まがいものとは分かっていても、行ってみたくなってきた。
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次回、日和佐から歩き始めるとき、あそこをスタートにしようか。
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日和佐川の河口。
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瑜祇堂の前は絶好の展望台であった。
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日和佐駅の裏は道の駅になっている。
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瑜祇堂の中に入ってみた。
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お堂の中にも無料の展望所があり、胎内くぐりと資料館は100円で見られるとのこと。
胎内くぐりをしたかったので、100円支払った。
一部真っ暗だったが要領は分かっていたので、どこかにぶつかるようなことはなかった。

最後に階段を登って展望台へ。
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やはり、これまた素晴らしい眺めだ。
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「昔、これを見たんだっけ~」と思い出しながら、しばし見入っていた。
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展望台の高さは標高にして50mくらいだろうか。
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東の方角には、かすかに阿瀬比ノ鼻の白い灯台が確認できた。山の標高は175m。
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こちらは城山。右の山は標高135m。
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眼下には廃業している感じだが、伝統工芸品の店。
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この亀は日和佐のシンボルうみがめのつもりなのか、それとも瑜祇堂をのせている亀趺(きふ、土台)のつもりなのか。
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伽藍を俯瞰。
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大師堂で今回最後の礼拝、納経をして、御朱印をもらった。
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トイレを済ませて退出。これで、とにもかくにも阿波一国打ちは完了した。
計約180km、山越えも含め、よく1週間で歩いてきたものだ。
毎日筋肉痛だったが、靴擦れや水ぶくれにもならず、体調も崩さずに済んだのは、ずっと雨が降らなかったからかもしれない。
これもお大師様のおかげ。感謝しなくては。

門前の土産物店で会社や友人へのお土産を買い、日和佐駅へ向かう。
すぐ近くに薬王寺の宿坊があった。なんと温泉だ。
知っていたら、こっちに泊まっていたかも。
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知らなくて、よかった。

さっき薬王寺から見えたが、日和佐駅の裏は道の駅になっている。
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たが、もうお土産は買ったので、中は物色せず、足湯にも寄らなかった。
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この案内板にある南阿波サンラインには想い出がある。
かつては自転車通行止めの有料道路だったが、学生時代、強行突破を試みた。
でも、すぐにパトロール車が追いかけてきて、つまみ出されたことがある。
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若かったなあ。
この道路は、1974年(昭和49年)に観光有料道路として開通したが、利用車が低迷し88年に無料化されたそうだ。
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駅舎へは、跨線橋で渡って行くことができる。
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そういえば、今日は列車を一度も見ていない。
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駅を4つも回ったら、大抵、どこかで見かけるものなのだが。
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日和佐駅は1939年(昭和14年)12月14日の開業。
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2面2線の相対式ホームだ。
かつては2面3線だったが、現在、2番のりばの西側の線路は使用していない。
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道の駅と一体になった鉄道駅は四国では3か所目だそうだ。
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駅前ロータリー。
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駅舎はマンサード屋根が印象的。
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撮影は逆光なので、かなり苦しかった。
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一応、待合室も確認。
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この観光地図を見ると、千羽海崖に行った私はその時、日和佐城にも行っていることになる。
悲しいことに全く記憶がない。
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さて、時刻は16:10。
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もちろん歩いて帰る体力はあるのだが、時間を食ってしまって、せっかくの展望風呂が暗くなってから、ということになりかねない。
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ここは奮発して、タクシーを呼ぶことにした。
もう歩き遍路は終わっているので、交通機関を使っても問題ない。
タクシーはすぐに来てくれた。
朝迎えに来てくれるか確かめるため、始業時間を聞くと、7時からとのこと。
それではまるで間に合わないので、やはり歩かなければならない。
まあ、仕方あるまい。
役場の前を通過して、ものの5分で宿に到着。

部屋からの展望をもう一度確認した。
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では、お待ちかねのお風呂に参りましょう。
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ここはナトリウム・マグネシウム塩化物泉。源泉は22.9℃なので加温している。
今日は平日だが、飛び石連休なので、お客さんはそれなりにいるだろうが、この時間帯なら誰もいないかも。
そう期待していたが、先客が2人いた。
ひとりは露天風呂、ひとりはサウナのようなので、まずは内湯を撮影。
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その後、先客さんと入れ替わりで露天風呂へ。
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湯船と太平洋が重なって見えた。
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180km一国打ち達成の最高のご褒美である。
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先客も上がってくれたし、露天を独占。大満足であった。
じっくりと長旅の垢を落とした。

湯から上がってからは、お部屋で夕暮れの太平洋を肴に缶ビール。
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最高の贅沢だ。
ただ、こちらにはあまりサッポロビールがないのが残念。
でも達成感もあり、五臓六腑にしみわたった。

夕食までFB投稿やパソコン作業などをして過ごした。
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18時から食堂で夕食。
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もちろん、もう1杯、今度は生ビールをいただいた。
メニューは鍋物や鯛のオリーブ焼き、お造り、鯖の酢の物など。
これまたどれも美味しく、連日の満腹である。
これではいくら歩いても痩せないはずだ。

部屋に戻って、パソコン作業再開。
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空にはぽっかりと満月が浮かんでいた。
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この日は21時半ごろまで頑張って、22時頃に就寝。
翌日は予定を変更して、出発を1時間遅らせ、6時半に出発することにした。
列車は始発の普通列車ではなく特急むろとに乗る。
そうすれば、もう明るくなっているので、撮影ができなかった美波町役場などを撮ることができるという寸法だ。
神戸空港に到着する時刻にも遅くならない。
というわけで、あすは6時起床でいい。おやすみなさい。

(つづく)
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四国お遍路30(恋人岬~大浜海岸~23番薬王寺)

【四国お遍路9日目⑥】2月10日(月)
今夜の宿、「えびす洞温泉白い燈台」に荷物を置き、23番薬王寺に向かっている。
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右に写っているのが、えびす洞のある岩山だ。
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その右奥は立碆。
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大浜海岸がすぐそこに見える。
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波は湖のように静か。
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観光客が楽しそうに戯れていた。
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大浜海岸に下りる近道があったが、工事中で通行止めだった。
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遠回りをしなければならなくなった。
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でも、擁壁にある「うみがめアート」を見ることができたので、よしとしよう。
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大きなクスノキを目印に左に曲がる。
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薬王寺は直進だが、やはり大浜海岸には寄らなければ。
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ここ日和佐は大浜海岸に産卵しにくるウミガメの町である。
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左折すると、学生時代に泊まった国民の宿うみがめ荘もある。
当時は、国民宿舎だった。
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八幡神社の境内やその周辺には、大きなクスノキがたくさんあった。
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北国育ちの人間にとって、クスノキの大木はとても格好よく見える。
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これぞ樹木の王様という気がする。
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神社の向かいにあった日和佐浮世絵美術館。
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これが八幡神社。
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ちょっと手ぶれしてしまったが、神社創祀700年祭の記念碑。
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摂社の天神社。
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境内を通り抜けると
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左手にうみがめ公衆電話を見て
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大浜海岸に出た。
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青い。素晴らしい。
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日本の渚百選にも選定されているようだ。
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目の前に浮かぶのは立島(標高41m)。
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まだウミガメの産卵時期ではないが、この浜にカメが上陸してくる様子は神秘的ですらあるのだろう。
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せっかくなので浜に下りてみた。
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波打ち際近くは砂が締まっていて、きれいな足跡がついた。
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私が泊まるホテル「白い燈台」。
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日和佐うみがめ博物館。
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国民の宿うみがめ荘。
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中央に立碆。右奥は阿瀬比ノ鼻。
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大浜海岸、最高である。
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新日本観光地百選にも選ばれているそうだ。
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陸には、たくさんの石碑が並んでいた。
まずは、島岡岡田両巡査部長殉職之碑。どんな事件だったのかは不明。
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続いて、村山廣雄翁頌徳碑。これまた詳細は不明。
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いずれも裏面には何か書かれていたのかもしれないが、見なかった。

徳島岩吉翁之像。
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明治から昭和初期にかけて九州へ出漁し、地域経済の発展に貢献した徳島県九州出漁団の一員。像は昨年10月末に、日和佐城のある城山公園から現在地に移されたのだそうだ。
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さらには九州出漁なんちゃらの碑。
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公衆トイレの前には、ウミガメちゃん。
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再び、海に目を転じて、えびす洞。
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紅白の燈台。
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というわけで、薬王寺に向かう。
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海岸を離れても、また銅像が。
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誰かは不明だが、タイトルは「衆星共之」。
恥ずかしながら、初めて聞く言葉だったので調べてみた。
『論語』為政にある、次のことばが出典らしい。
子曰、「為政以徳、譬如北辰居其所、而衆星共之」。
読み下すと、
子曰く、「政(まつりごと)を為すに徳を以てすれば、 譬(たと)へば北辰(ほくしん)の其の所に居て、 衆星の之に共(む)かふが如し」。
意味としては、
「徳によって政治を行えば、たとえば北極星が自分の場所にじっとしていても、 多くの星がその方に向いて周囲をめぐるように、人民が心から帰服するようになる」
ということだそうだ。
銅像の「衆星共之」は、第25代内閣総理大臣若槻礼次郎の書である。

今後は高木真蔵先生。幕末期に活躍した名郡代だそうだ。
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木造家屋の多い町並みを通り抜けていく。
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古くから栄えた町であることがうかがえる。
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メインストリートに出ると、下校中の小学生の姿がたくさん。
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時計を見ると、もう15時だ。
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すっかり涼しくなってきた。
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町を貫く日和佐川を渡る厄除橋からは
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右手に薬王寺
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左手に日和佐城が見える。
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薬王寺の姿はなんとなく覚えているが、あんな城はあっただろうか。
1978年に建てられた模擬天守なので、見てはいるはずだが。

この厄除橋の下にはイワツバメがたくさん巣をつくって棲んでいるそうだ。
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橋を渡って右折すると、門前通り。
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宿や菓子舗など、様々な店が並んでいる。
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徳島県内最後の札所だからか、そもそも観光スポットとして人気があるのか、通りには活気があるように思えた。
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牟岐線のガードの擁壁に貼ってあるのは、弘法大師のトリックアート。
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撮り方まで指南してくれていた。
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ガードをくぐる。
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薬王寺はもう目前。
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15:08、薬王寺に到着。
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この瞬間、海部行きの列車は行ってしまった。
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門前の橋も「やくよけはし」。
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いよいよ、ここで阿波一国打ち最後である。
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本尊は厄除薬師如来。
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桜馬場敷石の施主を示した碑。
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薬王寺はいくつかの文学作品でも取り上げられている。
その代表作が、吉川英治「鳴門秘帖」。
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もう一つが、司馬遼太郎の「空海の風」だ。
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ここで、何度かどこかで姿を見かけたことがある白人のお遍路さんとまた遭遇した。
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彼は20代か。ザックの下にマットを付けているので、所々で野宿をしているのだろう。
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急な階段を登る。
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振り返ると、早くも日和佐の町並みが見えた。
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お城もくっきり。
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薬王寺は神亀3年(726年)、行基が聖武天皇の勅願を受け、建立した。
DSC_9165_202003112224553bb.jpg(絵馬堂)

境内はわりと賑やかだった。
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(つづく)
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四国お遍路29(山座峠~えびす洞~恋人岬)

【四国お遍路8日目⑤】2月10日(月)
最終ゴールの23番薬王寺まで10km足らずのところまで来ている。
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白浜から山道を15分ほど歩いて、県道25号に合流した。
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1983年の学生時代に自転車で走った道だ。
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カーブの感じや海の風景をかすかに記憶している。
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なんだか懐かしい。
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こんな景色が見えるなら車道も悪くない。
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海岸近くまで下りて行く道もあるようだが、もちろんそんな寄り道はしない。
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37年前に、峠から海が見えたと思っていたのは勘違いで、峠は暗い切通しだった。
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ここのヘンロ小屋で再び休憩。
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民宿山茶花からもらってきた、お接待のパンを食べ、昼食とした。

あと5kmちょっとだ。
ここから再び、県道を離れて、歩き遍路道を下る。
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こういう遍路道がもっと多いと楽しいのだが。
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途中にあった石仏。
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「旧へんろ道しるべ」として町の文化財に指定されているようだ。
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15分ほど下ると、海に出た。
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恵比須浜である。
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また海岸を歩けてうれしい。
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右手には、おそらく閉鎖されてしまった徳島県立日和佐老人ホーム。
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それにしても、やはり海は晴れているに限る。
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実にきれいだ。
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恵比須浜休憩所は通過。
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のどかな港の風景に何度もシャッターを切ってしまう。
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めずらしいレリーフの石仏。
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海岸にはキャンプ場もあるようだ。
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さっき見ていたのは内海だったが、この先は外海になる。
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しばらく海岸沿いを歩く。
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山もいいけど、海もいい。
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晴れていると、なおさらだ。
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この石碑は表面が剥がれてしまっているが、道しるべのようだ。
かろうじて施主の名前「柿谷 佐兵衛」の名が読み取れる。
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道は坂を登り始めた。
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見下ろす角度になると海の色がまた変わってくる。
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ここも高い柵があって、写真が撮りにくかったが、頑張った。
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何枚か、海の色をお楽しみください。
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坂を登り切ると、えびす洞に到着した。
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ここは標高52mの岩山に幅32m、高さ31mの半円状の海食洞が貫通しているという景勝地だ。
それはともかく、この看板に見覚えがある。
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大学1年の自転車部春合宿(1982年)の時に撮った写真が残っているからだ。
あの時、海食洞そのものも見学したのだろうか。全く記憶がない。

小さな半島に遊歩道が付いているようなので、寄り道してみた。
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左手は恵比須浜方面。
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これは恵比須浜を東から囲む105m峰である。
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遊歩道は、鳥居をくぐって進む。
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もう一度、左手の海を堪能した。
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そして右手を見て、驚いた。
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今夜泊まるホテルが絶好のロケーションで建っていたからだ。
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う~ん、これはすごい。わざわざ薬王寺から戻らないといけないのに、あそこを予約したのは正解だった。
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ここからは、薬王寺の瑜祇堂を望むこともできた。
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しかし、ここはマジで絶景である。
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乗り鉄を優先して山ルートを選ばないでよかった。
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まあ、そんな選択肢はそもそもなかったのだけど。
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8分ほどで頂上に着いた。
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ここにブラジルの国旗のような形をした看板が出ていた。字が剥げているが解読を試みた。
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「恵比須洞 わずか標高50Mの岩山 ここから見る果てしない大海原に あなたはきっとガリレオ・ガリレイが発見した丸い地球を知るでしょう」
はい、実感致しました。

東屋の横には、夫婦和合の神とされる恵比須洞神社が鎮座していた。
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ここからは雄大な太平洋の眺めが広がる。
南には平家岩と指ノ鼻。
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東は立碆の岩塔群。
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大浜海岸の前に浮かぶ立島。
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日和佐湾は実に穏やかであった。
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反対側に下っていく。
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エメラルドグリーンの海。
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間もなく、えびす洞が出現した。
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おおお、これのことだったのか。
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巨大な岩のトンネルである。
すごい迫力だが、全く記憶にないことにまた驚く。
もしかしたら看板だけ写真に撮って、遊歩道は歩かなかったのかもしれない。
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えびす洞周遊に20分弱を要した。
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時刻はもう14時近い。
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これで完全に乗り鉄は不可能になった。
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乗り鉄をすると、暗くなってからあの宿に着くことになるので、それもまたもったいない。
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乗り鉄は最初からなしでよかったのだ。
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えびす洞から、わずか5分でホテルに到着。
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ザックを預かってもらおうとしたら、もうチェックインできるというのでお願いした。
ここは、じゃらんで1泊2食のプランで予約してあるが、コメント欄に朝早く発つので朝食抜きにしてほしいと書いておいた。
そのことを確認したら、「了解しているが、そもそも朝食は無料なので、値引きができない」という。
そういうことも想定していたので、念のため、おにぎりとかにしてもらうことはできるかと聞いたら、それはOKだというので、お願いした。
明日は朝6時過ぎの列車に乗るつもりなので、5時半には出ないといけない。
本当は、宿の人に駅まで送ってもらえないかと期待していたのだが、こんなホテルではそれは無理。もっと小さな民宿みたいなところと想像していたのだが、全然違った。

で、部屋は最上階(7階)のオーシャンビュー。
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1人で泊まるのがもったいないくらいだ。

洗面台で顔を洗って汗を拭き、帰りに寒くなった時のため雨具を巡礼バッグに収納して、14:20に出発。
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さあ、最後の参拝だ。
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市街地へ下っていく道からの眺めもまた絶景であった。
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ウミガメが産卵に訪れる大浜海岸の砂浜が幅広い。
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この岩は地形図に表記がないが、無名の岩なのだろうか。
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もったいない。
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途中、波切不動明王が安置されており
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その場所は恋人岬になっていた。
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私の嫌いな命名である。
恋人がいないからでない。安易だからだ。
でも、それなりに命名の理由はあるようである。
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(つづく)
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四国お遍路28(田井ノ浜~木岐駅~山座峠)

【四国お遍路8日目④】2月10日(月)
23番薬王寺に向けて、海岸ルートを歩いている。
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田井ノ浜に到着したところだ。
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民宿明山荘の前を通過して、牟岐線の踏切を渡る。
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すぐそこに田井ノ浜駅が見えるのだが、駅への通路がない。
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どうやら、踏切の向こう側からの正規のルートはなさそうなので
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手前の砂浜を歩いていくことにした。
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ここは、砂浜はもちろん、その両側にある磯の眺めがとても美しい景勝地だ。
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海水浴シーズンは賑わうのだろうけど、今日は誰もいなかった。
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駅の近くに堂々と立つ森口幸夫氏の銅像。
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この方もこの地から九州へ遠洋漁業に出かけた漁師で、後に徳島県の県議会議長も務めた方だという。

ホームの横に海水浴監視所と切符売り場を兼ねたような塔があった。
ちょっとしたシンボルタワーになっている。
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田井ノ浜駅は1面1線の単式ホーム。
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1964年(昭和39年)7月11日、国鉄牟岐線の臨時駅として開業した。
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夏季の海水浴シーズンのみ営業する。
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2013年にリリースされた上野優華のデビューシングル『君といた空』の極上盤のジャケットに、この駅をバックにした本人の写真が使われたそうだ。
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それにしても美しい浜だこと。海岸ルートにして本当によかった。
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ホームからの海岸の眺めを堪能したあと、ホームを横断して道路に出た。
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道路は線路に沿って走っている。
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「線路内へは危険ですので立ち入らないで下さい」と書いてあるが、状況としてはここを渡って海岸に下りるしかない。
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JR四国もここだけフェンスを空けているのだから、そのつもりのはず。
ちゃんと踏切にして、「注意して渡って下さい」にすべきだろう。

田井遺跡はパス。
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線路と並んで歩くのは楽しい。
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踏切の手前に「三界萬霊」の石仏。
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踏切を渡ると再び、目の前に海が開けた。
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今日は天気がいいので、海が真っ青。
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波も本当に穏やかだった。
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そこに、ヘンロ小屋があったのでひと休み。
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ここで、この先のルートを確認する。
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この先の木岐トンネルには旧道があるようなので、そちらを選択。
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犬の散歩の人が歩いてきたので聞いてみたら、旧道は通り抜けられるとのことだった。

右手には、さっきも見えた294m峰。
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間もなく、旧道の旧道とも言える江戸時代の古道「土佐街道苫越」の登り口があったが、今回はそこまでは深入りしないことにして、そのまま車道を進む。
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ただ、新道ガード下をはさんで何かの工事をしており、車両は通行止め。
でも、歩行者である私は普通に通してくれた。
旧道はちょっとした登りなので、海の眺めが素晴らしい。
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無人島の箆野(ぬの)島などがよく見えた。
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しかも、海の色がめちゃめちゃきれい。
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高い柵があって写真が撮りにくかったので、何度も柵の土台に登って撮った。疲れた。
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サーフボードを使った「マナーの悪い者 立入禁止!」。
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サーフィンをしないので、どういうことがマナー違反なのか、よく分からない。

峠には濱名家3代の顕彰碑が立っていた。
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間もなく木岐トンネルの出口に合流。
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このトンネルは1986年に竣工している。
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下っていくと、白亜の校舎が見えてきた。
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美波町立木岐小学校である。
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ここも新道を避けて、木岐小学校の校門側を通る旧道を選んだ。
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真っ赤な紅梅?が咲いていた。
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木岐の市街地に入った。
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ここも古くからの港町らしく風情がある。
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大きな建物は木岐公民館。
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福祉館も兼ねている。
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木岐駅に寄るため、遍路道に逆らって直進したら、土地のおばあさんに呼び止められ、「どこ行くの」と尋ねられた。
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道を間違えをしていると思って、声をかけてくれたのだろう。ありがたいことだ。
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木岐駅近くのガード。
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木岐駅は駅舎ではなく、乗客が入れない切符売り場的な小屋があるだけだった。
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小屋にはトイレも併設されていたので、使わせてもらおうと思ったが、なんと昨年8月に使用禁止になってしまったようだ。
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また、しばらく我慢しなければならない。

ホームは築堤の上にあったので、わりと眺めがよかった。
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木岐駅は1939年(昭和14年)12月14日の開業。
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1面1線の単式ホームである。
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ホームには屋根付きの待合室があった。
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由岐方面に見えていたのは延命寺。
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ここから徳島までは1110円かかる。よく歩いてきたなと実感した。
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JR四国の路線図。死ぬまでには乗り尽したい。
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それでは、てっちゃんからお遍路さんに戻りましょう。
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再び港町を通り抜けていく。
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木岐の港は由岐ほど大きくはない。
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木岐漁業協同組合も木造の小さな事務所だ。
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かつての渡し船のりばの近くに蛭子神社があった。
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ここの港の「水門」がかなり狭い。
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ちなみに、対岸は「カタ」というカタカナ名の集落である。
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車道と歩き遍路道との分岐点に出た。
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そこにトイレ付きのヘンロ小屋を発見。ありがたかった。
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目の前には白浜という、名称そのままの浜が広がっていた。
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この先、山座峠越えの道は学生時代に自転車で走った道だが
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今回は遍路道を行く。
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薬王寺までは、あと10km。時刻は12:20。
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海岸を味わいながら歩いているが、まだ乗り鉄に間に合いそうな時間だ。
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でも、だからと言って無理はしない。
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遍路道はわずかの間だが海岸を通る。海はどこまでも青い。
今日が事実上の最終日だが、本当にいい天気に恵まれた。
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ここで海苔を獲っている方々を見つけた。
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白浜をすぎると、山道に入る。
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いい感じの道だ。
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峠道は「俳句の径」と呼ばれているだけあって、コンクールで入選した作品を記した木柱がたくさん立っていた。
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(つづく)
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四国お遍路27(小野集落~由岐駅~田井ノ浜)

【四国お遍路8日目③】2月10日(月)
福井ダムを後にして、海岸ルートで23番薬王寺に向かっている。
小野集落でトイレ休憩。
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トイレは閉校した阿南市立福井南小学校の中にあった。
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トイレの利用に100円の寄付を求めていたので、ちゃんとお納めした。
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トイレに入ると、わりと大きな音で音楽が流れ始め、ちょっと落ち着かなかった。
個室で5分ほど座ったので、いい休憩になった。
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学校の敷地内にヘンロ小屋もあったが、撮影のみ。
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その他、学校のモニュメントあれこれ。
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ここは阿南市立福井中学校福井南分校の跡地でもあった。
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ちなみに、福井南小は1999年3月に閉校している。
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それでは9時半前に出発。
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さっきの分岐点まで戻り、由岐町方面に向かう。
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井坂都太郎翁の功労碑。地元の発展に尽くした方なのだろうけど、詳細は不明。
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中内橋でまたまた福井川を渡る。
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辺川休憩所を通過。
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国道バイパスをくぐって、しばらく進むと、ダウンでは暑くなってきた。
今日は今回の旅で初めてのポカポカ陽気だ。
峠道の手前で雨具に着替えた。
今までは暑くなると、ウインドシェルに着替えていたが、それだと風が吹くと寒いので、ゴアの雨具にした。
体温調整をして、広い道を由岐坂峠に向かって登っていく。
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ここは学生時代に自転車で登った道じゃないかと思ったが、改めて道路地図を見ると、通ったことのない道だった。
広い舗装道路を歩いて、間もなく峠に着いた。
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ここから美波町に入る。
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美波町は2006年に由岐町と日和佐町が合併して誕生した町である。
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峠には海部郡と那賀郡の郡界標があった。
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しばらく下ると由岐坂トンネルにぶつかるが
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私はわざわざ旧道を行く。
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トンネルは1996年に開通したので
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旧道は打ち捨てられてから四半世紀近く経っていることになる。
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植物は進出しているが、舗装の路面はわりとしっかり残っていた。
この道路は、おそらくその頃、急カーブをショートカットする改修工事が行われたようで、あちこちに三日月湖のように旧道が残っていた。
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峠道を下りながら、周辺の山を眺めていると、南国の植生であることがその表情から分かる。
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途中にあった由岐坂休憩所。
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早く海まで下りてしまいたい。
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海岸沿いには、いろいろと見どころもありそうだ。
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由岐市街地の裏まで下りてきたところで、標識に薬王寺まで15kmと書いてあるのを見て愕然とした。
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15kmと言えば、普通に歩いて4時間かかる。
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いまは10時半。
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到着は早くて14時半ではないか。
今日は15:07日和佐発の列車に乗って、阿佐海岸鉄道の甲浦(かんのうら)駅まで乗り鉄するつもりなのだ。
急いで参拝を済ませて、列車に飛び乗ることも不可能ではないかもしれないが、焦って歩くのも嫌だ。
乗り鉄は諦めるしかないかと思いつつ歩を進めた。
それにしてもだ。すでに13km歩いている。
今日は21kmのつもりだったが、これでは28kmになってしまうではないか。
21kmというのは山ルートのことで、海ルートだと7kmも余分に歩かないといけなかったのか。
でも、これから、やっとその海沿いに出るわけなので、じっくり歩きたい。
やはり乗り鉄は無理だろう。

めずらしいカニの標識。
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このあたりに生息しているアカテガニは石垣や斜面に掘った穴に棲んで、6~9月になると産卵のため海に移動するという。
その際に道路を横断しなくてはならないので、多くのカニが車に踏みつぶされてしまうという。
そのための注意喚起の標識なのだが、カニの横断を見つけて、車を停めるのは実際にはなかなか難しいかもしれない。
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民宿由起の里はもう廃業していた。
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駅の裏側から市街地に入り
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踏切を渡る。
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右手に由岐駅のホームが見えた。
DSC_8871_20200310061230758.jpg

これは車止め。
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駅の正面に出てみたが、駅舎に駅名標がない。
DSC_8875_20200310061203a0c.jpg

手前の看板に「由岐ふれあいホールぽっぽマリン」とともに、小さく表記があった。
駅の地位も低くなったものだ。
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待合室内に入ると、ゆるキャラの顔ハメが迎えてくれた。
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時刻表によれば、日中は2時間に1本しか走っていない。
これでは、ふれあいホールの利用者の方が多いのかもしれない。
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下りは、甲浦まで直通している列車はなく、牟岐線の終点海部で乗り換えなければならないようだ。
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由岐駅は1939年(昭和14年)12月14日の開業。
DSC_8879_202003100611396eb.jpg

2010年9月1日に無人化された。
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1日平均の乗車人員は2014年で110人だから、もう100人切っているだろう。
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駅の見学を終えて、港の方に向かう。

こちらは、美波町役場由岐支所。
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松本竹蔵翁の頌徳碑。この方もきっと地元の発展に尽力された方なのだろう。
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役場の真ん前に広大な空き地を見つけた。
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地下は貯水池になっているようだが、なぜこんなところに?
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ちょうど役場から出てきたご婦人に聞いてみたら、ここはもともと小学校があって、今は町民グランドのように使われているらしい。
こんな町のど真ん中にある学校すら閉校になってしまうのか。
全く、過疎化と少子化は深刻な問題だ。

ところで、明治中期から昭和初期にかけて、現在の美波町や阿南市椿泊町から九州の漁場に出向き、後に定住して事業を興した漁業者が多くいたらしい。
三岐田町(旧由岐町)の町長を務めた後、製氷・重油業を営んで、そうした遠洋漁業を支援したのが、この増田茂吉という方だそうだ。
DSC_8887_2020031006111822c.jpg

このあたりも「四国のみち」なのか。
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昭和21年(1946年)12月21日の南海地震による津波の最高潮位。
1.5m程度なので、東日本大震災と比較すると大したことないとも言えるが、この高さでも被害は甚大だったのだろう。
DSC_8889_20200310061051eae.jpg

さっきのゆるキャラにもあった通り、ここはエビが名産のようだ。
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西由岐漁業協同組合。
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わざわざ遠回りをして由岐の港までやって来た。
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入江だけに波は穏やかである。
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小さな漁船がたくさん係留されていた。
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風情のある港町を横切って、田井ノ浜へ向かう。
DSC_8896_20200310061032685.jpg

山手には八幡神社。
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食事がおいしそうな橋本屋旅館。
DSC_8897_202003100610340ee.jpg

郵便局の角を左折して、小さな峠に差し掛かる。
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左手に、あしづり展望台への遊歩道の入口があったが、ここはスルーさせてもらった。
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廃業した民宿田井の浜荘。
DSC_8900_2020031006100965b.jpg

あしづり展望台からの出口。展望台からはきっと、箆野(ぬの)島がよく見えたことだろう。
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時計は11時を回って、間もなく田井ノ浜に出た。
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きれいな弧を描く砂浜である。
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背後に見えるのは、293m峰であろう。
DSC_8903_20200310061012ba6.jpg

南の方角には、延命寺碆と呼ばれる岩塔が見えた。
DSC_8906_2020031006095252c.jpg

(つづく)
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四国お遍路26(22番平等寺~小野集落)

【四国お遍路8日目②】2月9日(月)
22番平等寺を朝7時過ぎに出発。遍路道を南下している。
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ここ阿南市は徳島バスではなく阿南バスの営業エリアのようだ。
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今朝はかなり冷え込んだらしく、路地野菜に霜が降りていた。
DSC_8764_20200309202148a01.jpg
県道と交差する横断歩道で、地元のお年寄りが緑のおじさんをやっていた。
こんな朝早くからご苦労さまです。

四国八十八ヶ所遍路道は世界文化遺産登録を目指している。
DSC_8765_202003092021190fa.jpg
でも、暫定リストに載る前に「日本遺産」に選定されてしまった。

間もなく、なんだか催してきた。
DSC_8766_2020030920212147a.jpg(「おいだに」と読む)

今朝は朝食前と後に2回もしたのに、まだ残っていたようだ。
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そんなに差し迫ってはいなかったので、しばらく適地を探しながら、我慢して歩いた。
DSC_8768_20200309202124b91.jpg

しかし、山の中に入らないと難しいだろうなあ。
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と思っていたら、ちょうどいい物陰があったので、そこの側溝でやってしまった。
DSC_8770_20200309202101bb0.jpg

今回の旅、初の野○ソである。量はそれほどでもなかったが、これでやっと落ち着いた。
DSC_8772_2020030920210424a.jpg

「暮石の夫婦岩」なる案内板のすぐ手前が現場だった。
DSC_8771_202003092021023d1.jpg
この案内板によると、弘法大師がこの地を訪れたとき、大岩が小岩に「日が暮れる」と話していたのを聞いた。それで、ここの地名を「暮石」、岩を「夫婦岩」と名付けたのだという。
その夫婦岩はもう道路工事のため失われ、ここにはないらしい。

南川を月夜橋で渡る。
DSC_8773_20200309202105a52.jpg
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「月夜」というのはロマンチックな地名だ。
DSC_8775_202003092020433e5.jpg

その月夜の集落に入ると、目の前の坂を直進する道を開く工事が行われていた。
工事の人はいなかったので、そのまま行けそうだったが、あえて左折して道なりに行く。
ひと巻きしたところで、なんと右下に寄るつもりだった月夜御水大師が見えるではないか。
DSC_8776_20200309202045637.jpg

さっき、工事中の道のすぐ脇に小路があったが、あの道に進入すればよかったのだ。
しかし、引き返すのはかなり面倒。
DSC_8777_20200309202046a69.jpg

どこかにショートカットする道はないかと探したら、すぐ先に下りて行く道を発見。
ちょっと遠回りになったが、それほど苦もなく裏からたどり着くことができた。
DSC_8778_20200309202048467.jpg

この標柱には「御水大師」と刻まれている。
DSC_8779_20200309202049aad.jpg

月夜御水大師の大スギ。
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高さ31m、樹齢は約1000年と言われ、弘法大師が弘仁2年(811年)にスギ材で薬師如来を刻み、その枝を挿したところ、大木になったのだという。
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この標柱には「弘法大師御手植杉」と書かれていた。
DSC_8782_20200309202026ff3.jpg

かなり傷みがあるが、なかなか渋いお堂である。
DSC_8783_20200309202028cc1.jpg

納経はしなかったが、静かに手を合わせた。
あとは境内を撮影して
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下りて来た道を戻り、遍路道に合流した。
DSC_8787_20200309201952736.jpg

左手にあまりきれいではない溜め池を見ながら、さらに登る。
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マムシさんは冬眠中だろうから大丈夫。
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擁壁にコケを削って描いたかわいいお遍路さんの落書きが。
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さっきの世界遺産登録を目指す看板にも書いてあったが
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この道はゴミの不法投棄に対して、ものすごく神経質だ。
「監視システムを作動させているので、発見したら法的措置をとったうえで、損害賠償をする」と脅す警告まであった。
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標高差30mほどで峠に達した。
ここから、だらだらとした下り。車は1、2台しか通らなかった。
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下り切って、鉦打橋で福井川を渡る。
DSC_8793_2020030920193391b.jpg
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上流側に旧橋の橋台が残っていた。
DSC_8794_20200309201934c92.jpg
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橋を渡って右折。
DSC_8797_20200309201912e0d.jpg
ここからが問題だ。
国道55号に合流するか、福井ダムの堰堤経由で行くか。
当然、なるべく国道トンネルを避けるうえでもダムルートなのだが、堰堤が歩ける状態かどうか実はよく分からない。
もし、NGなら戻らねばならず、たぶん20分以上のロスになる。

国道に出る近道もあった。
DSC_8798_202003092019134f6.jpg

しかしロスを覚悟で、おもしろそうなダムルートを選んだ。
ダム下に続く道には、旧国道と思われる道が残っていた。
DSC_8799_20200309201915c6d.jpg

ダム建設前からの集落が当時の面影を留めている。
DSC_8800_20200309201849f01.jpg

正面が福井ダム。1995年の完成で、高さは42.5mある。
DSC_8802_20200309201852e42.jpg

不安を抱えながら歩いていたが、車がダムの上を走っているのが見えて、ひと安心。
どうやら通れそうだ。選択は正解だった。
DSC_8803_20200309201853989.jpg

ダムサイトに展望台があったので登ってみた。
DSC_8804_20200309201855d0d.jpg

この地域では、昭和27年(1952年)3月22日には1時間雨量162mmいう集中豪雨があり、死者6人、被害家屋360戸、浸水農地111haという被害が発生したという。
DSC_3398_20200309202144cee.jpg

そうしたことがきっかけになって、治水ダムが計画されたらしい。
DSC_8805_20200309201830266.jpg

ダム下の眺め。
DSC_8806_202003092018313e4.jpg

冬のせいか、水位はかなり低かった。
DSC_8807_2020030920183385b.jpg

ダムサイトのT字路。
DSC_8808_20200309201834b7e.jpg

かつては、ここも観光名所だったのかもしれない。
DSC_8809_20200309201836f61.jpg

堰堤の堤頂部を進む。
DSC_8810_20200309201810897.jpg

緑の湖面。
DSC_8811_20200309201812532.jpg

水位が低いせいか、ダム建設前の旧国道が露出していた。
DSC_8812_202003092018139fe.jpg

こちらはダム下の街道筋の眺め。
DSC_8813_20200309201815cb1.jpg

人工の階段滝?
DSC_8814_2020030920181633e.jpg

堰堤の向こうに管理事務所があり、堰堤を通る車はみなここに出勤してくる人だった。
DSC_8815_20200309201749ee1.jpg
時間もちょうど9時前だから、確かにそういう頃合いだ。
しかし、また問題が生じた。
ここから国道55号に通じる道路に進入禁止の柵がしてあるのだ。
しかし、ここまで来たら行くしかない。
ちょっと不安に思っていると、前方から散歩してくる老夫婦がいて、通れることが判明した。
ここを通るのは賭けだったが、無駄足にならなくて済んだ。

眼下には旧国道がよく観察できた。
DSC_8816_20200309201751150.jpg
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逆側からも、当然ながら車両通行止めになっていた。
DSC_8818_20200309201754d15.jpg

国道との合流点に、22番の奥之院弥谷観音への案内があったが
DSC_8819_2020030920175524e.jpg

さすがにかなりの遠回りになるので、止めておいた。
DSC_8820_20200309201729112.jpg

国道と合流し、歩道のある反対側まで渡ると、すぐに休憩所があった。
DSC_8821_202003092017318f3.jpg

でも撮影だけで通過。
DSC_8822_2020030920173289a.jpg

間もなく、福井トンネルに至る。
鉦打トンネルは避けることができたが、ここは通らなければならない。
DSC_8823_2020030920173494f.jpg

長さはわずか175mで一応、細い歩道もあるのだが、ものすごく怖い。
DSC_8824_20200309201735d62.jpg
トラックも全然スピードを落とさないのである。
これがあるから国道歩きはいやなのだ。

何とか通り抜けて、ひと安心。
DSC_8825_20200309201710292.jpg

再び国道を横断、旧道の続きを行く。
キリのいい県道200号だ。
DSC_8826_2020030920171145e.jpg

この先にも、「不法投棄見張り番」のお遍路さん人形がたくさんあった。
DSC_8827_20200309201713cee.jpg

逆瀬橋で再び福井川を渡る。
DSC_8828_20200309201714e7d.jpg

国道をくぐってしばらく、のどかな道を歩く。
DSC_8829_202003092017167cb.jpg

ずっと曇っていたが、ちょっと晴れ間が見えてきた。
DSC_8830_202003092016493cc.jpg

こういう木造家屋が好きだ。
DSC_8831_20200309201651b1b.jpg

小野の一里松跡。阿波国では一里ごとに塚ではなく松を植えたのだそうだ。
DSC_8832_20200309201652ad4.jpg

小野の集落は昔のたたずまいをよく残している。
DSC_8833_20200309201654e3f.jpg

分岐は右へ。
DSC_8834_20200309201655b0e.jpg

由岐に行く道は左なのだが、トイレに寄っていく。
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見張り、ご苦労様です。
DSC_8836_20200309201637d2c.jpg

(つづく)
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