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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

1906函館本線(中)

【2019年6月8日(土)】函館本線
八雲町から森町にかけての函館本線の駅舎を訪ねている。
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山越駅を後にして、野田生駅に着いた。
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駅前通りは、それなりに往年の雰囲気を残している。
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野田生駅は山越駅と同様、1903年(明治36年)11月3日に「野田追駅」の名称で開業した。
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今の名称になったのは、1959年(昭和34年)10月1日のこと。
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この駅舎は1988年12月3日に改築されたものだ。
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現在は、普通列車のみ1日上下6本ずつ運行されている。
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駅名は所在地の地名によるが、語源はアイヌ語の「ヌプタイ(野・林)」もしくは「ノットアオイ(岬を負う所)」など諸説がある。
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1992年4月1日に簡易委託が廃止され、完全に無人化された。
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ホームは2面2線の相対式である。
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函館方面。
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1番線ホームは途中で途切れていた。
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それにしても、シンプルな駅舎だこと。
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構内踏切を渡って、2番線に行ってみよう。
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ここも中央の線路が撤去されている。
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2番ホームの裏側には、駅舎を通らずに構外に出られる通路があった。
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踏切への階段は上下線とも最近、改修したようだ。
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このホームはもともと島式で、かつては3番線もあったのかもしれない。
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改めて函館方面。
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よくよく見ると、先代の駅舎の基礎が残っていた。
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近くにあった野田生会館。
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敷地内にあった案内板は、野田生の由来を「ノタオイ(頬のいくつかある所)」としている。
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北海道には集落ごとに、こうした開拓記念碑がある。
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こじんまりした野田生神社。
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最近建て直したのか、とてもきれいだ。
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境内には白いツツジやら、赤いツツジやら。
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せっかくなので参拝させていただいた。
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次の落部駅に向かって、国道を南下していると、駒ヶ岳(1131m)がきれいに見えてきたので、ビュースポットのパーキングに車を停めて、しばし撮影タイム。
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左が砂原岳(1112m)、右が剣ヶ峯(1131m)である。
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海に突き出している埠頭は落部漁港。
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函館本線のトンネルは上下線2本に分かれていた。
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寄り道したが、野田生駅から十数分で落部駅に到着。
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駅前には高校生諸君に呼びかける指導の言葉があった。
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バイク通学可だったようだ。

駅前はここもイチイのロータリーになっている。
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この駅舎は1945年(昭和20年)10月、複線化に伴い現在地に移転してきたものらしい。
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その後、1991年12月に若干改築されている。
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1986年11月に簡易委託駅となっているが、この日は営業時間外のためスタッフは不在だった。
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駅事務室。
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待合室。
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開業したのは、山越駅や野田生駅に遅れること8年。
1911年(明治44年)8月5日のことだった。
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2013年の乗車人員は1日平均で約30人。これだけいれば廃止は免れそうだ。
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北海道新幹線が札幌まで延伸されれば、当然、JRは在来線を手放すことになる。
それまでに、あまりたくさん駅を廃止してしまうと、後継の第3セクターが迷惑するだろうから、極端に利用者が少ない北豊津や東山のような駅でなければ廃止することはないだろう。

ホームは2面3線の島式・相対式の複合型。
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駅の背後には道央自動車道の高架橋が見える。
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駅名は所在地の地名に基づくが、語源はアイヌ語の「オテシペッ(川尻・梁・川)」「オテシウンペッ(川尻・梁・ある川)」などに由来するとされる。
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ここから9km内陸に入ると銀婚湯温泉がある。私も去年行ったことがある。
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ホームはカーブを描いていた。
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特急が高速で駆け抜けるので、レールは傾いている。
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2番線は貨物列車の待避に使われるのだそうだ。
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構内踏切を渡って、2、3番線に行ってみた。
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のどかな3番線ホーム。
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札幌方面。
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函館方面。
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近くに、「乙部(おとべ)」という町もあり、ちょっと紛らわしい。
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それでは、1番ホームに戻りましょう。
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すると、札幌方面から貨物列車がやってきた。
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かなりのスピードである。
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この貨物列車も長大な連結だった。
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それでは落部駅からお暇。
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国道に出た。
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銀婚湯ばかりが有名だが、近くの上ノ湯温泉には「パシフィック温泉ホテル清龍閣」も営業している。
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15時半、落部駅から7分で石倉駅に到着した。
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駅のまわりはマーガレット畑。
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石倉駅は野田生駅、山越駅などと同様、1903年(明治36年)11月3日に開業。
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現在の駅舎は1988年に改築されたものだが、入口前には先代の駅舎の基礎が残っていた。
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1986年11月1日には無人化されている。
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駅舎の間取りは野田生駅に似ている。
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ホームもマーガレットだらけだ。
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駅名は所在地の地名によるが、語源はつまびらかではない。
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アイヌ語起源ではなく、『駅名の起源』(鉄道省札幌鉄道局編、1939年)では「付近一帯に石地が多い為」としているそうだが、『北海道地名漢字解』では、榎本武揚配下の石倉三左衛門に由来するとしているらしい。
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ホームは2面2線の並行型。
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ホームからは駅舎越しに駒ヶ岳を望むことができた。
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札幌方面。
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函館方面。ホームの函館寄りはヤブとマーガレットで埋め尽くされていた。
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レールが外されたところはフキやイタドリの畑に。
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駅名標もイタドリで見えない。
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現役のうちから廃線の雰囲気を色濃く漂わせていた。
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でも、そんな駅が私は好きだ。
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美しいではないですか。
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2011~15年の乗降人員は1日平均で10人以下とのこと。
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駅というより植物園のようだった。
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駅前の海岸からの眺め。
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駒ヶ岳の真上に雲が浮かんでいた。
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それでは、さようなら。
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(つづく)
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1906函館本線(上)

【2019年6月8日(土)】函館本線
写万部山(499m)から下山後、長万部町内をあちこち寄り道して、JR函館本線国縫駅の函館寄りにある豊津信号場に向かっている。
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ここは今年の正月に八雲駅から国縫駅までの駅舎を巡ったとき、うっかり通過してしまったところだ。
今回はちゃんと国道から入る入口を見つけることができた。
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ダートの道の突き当りに北豊津信号場はあった。
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こちらは、北豊津駅時代の旧駅舎(待合室)である。
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開業は1944年(昭和19年)7月1日。
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しかし、2017年3月4日に廃止され、信号場に格下げされてしまった。
ホームなどはすべて撤去されている。
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電話は信号場の施設として残されたのだろう。
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現役時代は2面2線の相対式ホームであった。
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2011~15年の1日平均乗降人員は10人以下だったという。
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1986年11月1日に無人化されていた。
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駅の反対側に家屋があったが、遠目に見る限り廃墟である。
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1991年12月24日に改築された駅舎というわりには、かなり古い印象だ。
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見学中、ちょうど特急スーパー北斗10号函館行きが通過していった。
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さよ~なら~
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では、次の駅へ移動しましょう。
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この先は八雲駅まで撮影済みなので、食事のできそうな店を沿道に探しながら南下。
適当なところが見つからないまま、山崎駅まで来てしまった。
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この駅の前にログハウス風のレストランがあることは知っていたので、そこに入ってみることにした。
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幸い、営業中であった。
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でも、よく見ると、ログハウスではなく、普通の板張りであった。
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お店の名前はキッチンアウル。アウルがowlだとしたら、フクロウのことだ。
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ここは焼きスパゲティが売りのようなので、焼カレースパなるものを注文した。
どんなものが出てくるのか。
待つ間、道新を読んだり、道路地図帳で今後のルートを確認したりしていたが、お客さんが私より先に2組入っていたこともあり、随分待たされた。
ちなみに、私の大学の同窓生で檜山振興局長になった方がおり、その人の記者会見の記事が道新に載っていた。
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40分近く経って、やっと出てきた。
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想像していたものとは全く違った。
スパゲティの上にカレーをかけ、チーズをのせてオーブンで焼いたものだった。
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新鮮な味で、わりと美味しかったが、同じ味のものを食べ続けるには量が多すぎた。
でも、残さず食べて、ごちそうさま。値段は確か900円だったはず。

食後は八雲町役場を撮影すべく、国道5号から市街地に入る。
函館本線の踏切でつかまったら、前の車のナンバーがちょうど1000番だった。
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列車は長万部行きだろうか。さよ~なら~
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八雲町役場は「標札」の立派さのわりに小さく地味だった。
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そもそも正面玄関が裏口のようなのである。
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わりと古い庁舎なのだろう。
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庁舎の前には、旧尾張藩主徳川慶勝公の命により、明治11年(1878年)に八雲の開拓が始まったことを伝える石碑が立てられていた。
「我八雲この所より開かる」
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この地を「八雲」と名付けたのは慶勝公だそうである。
出典は「古事記」で、須佐之男命が出雲国須賀で、新婚の宮を造った時に詠んだ歌「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を」にちなむとされている。
その歌碑が、役場の敷地内に立つ。
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慶勝公がこの地が豊かな郷を作り、平和な家庭を築こうという願いを込めたものだと考えられているそうだ。
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このほか、町内の牛乳生産五万石の達成(1962年)を記念した乳牛の像もあった。
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なんかかわいい。
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八雲町のマンホールはちょっと他とは違って、グローバルさを感じさせるデザインだ。
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では、駅舎めぐりを再開。
八雲駅のひとつ函館寄りの駅である山越駅へ。
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駅前に「山越停車場」という看板が掲げられている。
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駅前ロータリーの植え込みが味わい深い。
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イチイだろうか。
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この樹木の前の案内板には駅のことではなく、「山越内関所」のことが書かれていた。
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蝦夷地は寛政十一年(1799年)に幕府の直轄地になり、道南に多くの和人が住むようになったことから、享和元年(1801年)、箱館にあった関所をこの地に移したのだそうだ。
当時、日本最北の関所だった。

駅舎は1989年に改築されたものだが、完全に関所をイメージしたものになっている。
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その3年前、1986年11月1日から無人駅である。
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待合室に山越内関所の復元模型が展示されていた。
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かなり精巧に作られている。
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壁に掲示されているのは、関所の絵図。
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ホームに出てみた。
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2面3線の複合型ホームだったようだが、真ん中の線路が撤去されている。
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駅名は所在地の地名によるが、語源はアイヌ語の「ヤムクシナイ(栗〔を拾うために〕通行する川)」、または「ヤムウシナイ(同)」、「ヤムウクウシナイ(栗を採る・いつもする沢)」などの諸説があるという。
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1903年(明治36年)11月3日、「山越内駅」として開業。
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翌年10月15日に、「山越駅」に変更された。
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見学中、今度は貨物列車がやってきた。
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コンテナがときどき櫛の歯が抜けたようなところもあったが、長大な編成であった。
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ホームの端っこの方はイタドリが猛烈な勢いで繁茂していた。
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2011~15年の乗降人員は1日平均10人以下とのこと。
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廃止にはならないだろうが、かなり厳しい数字である。
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なぜ、こちらのレールを撤去して、相対式ホームにしなかったのか不思議だ。
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この島式ホームも長大で幅が広い。賑やかかりし頃の名残なのだろう。
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線路脇にはマーガレットが咲き乱れていた。
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上下稜線ホームへの連絡は構内踏切で行う。
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ここは関所ではないのだが、どうしてもそういう位置付けにしたいらしい。
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駅前はすぐ国道5号線である。
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国道を走っているのは函館バス。
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バス停も関所風だった。
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駅の数百㍍函館寄りにまたまた関所風の施設があった。山越中央会館だ。
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このあたりが、かつて関所があった場所のようだ。
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中央会館の南に諏訪神社の参道がある。
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本殿は線路の反対側。
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なので、参拝するには跨線橋を越えていかなくてはならない。
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今回は時間の都合により、パスさせてもらった。
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鳥居のかたわらに、「山越内関所之跡」の碑があった。
文久元年(1861年)に関所は廃止されて、通行は自由になったそうだ。
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碑の手前に夜泣き石。
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この石は罪人を斬る際に腰掛けさせていた石で、夜のなると石の下からしくしく泣く声が聞こえてきたという伝説があるという。
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関所が置かれる前から、ここには幕府の会所があり、当時の井戸が残されていた。
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ここは関所が廃止されるまで、蝦夷地と和人地の境界だったわけだ。
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もともと、当地は「ヤムクシュナイ」と呼ばれていたが、「山越内」という漢字を当てたことで「ヤマコシナイ」と言われるようになったという。
「内」が取れて、「山越」になったのは昭和31年(1956年)のことらしい。
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(つづく)
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長万部(下)

【2019年6月8日(土)】長万部
長万部町の町民センターで停滞中。
「鉄道村」の展示室を見学し終えて、次のコーナーへ。
これは、さっき行ってきた静狩湿原の航空写真。
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ここは泥炭地なのだそうだ。
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続いて、静狩金山の様子。
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静狩金山が発見されたのは明治23年(1890年)で、大正6年(1917年)に採掘が始まった。
昭和8年(1933年)からは静狩金山株式会社が経営し、昭和15年頃の最盛期には従業員の数が1600人に達したという。
しかし、昭和18年、不要不急の金山は操業を休止するとの政府の方針により閉山することとなったのだとか。
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採掘された金鉱石(石英安山岩)。
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当時は鉱山の周辺に何百もの社宅が並ぶ賑わいぶりだった。
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当時の製錬所や鉱山事務所。
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函館本線の静狩トンネルと当時の坑道。
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鉱山跡は現在も地形図に残されているが、集落は完全に消滅している。
もう閉山後75年以上経過しているので、ほとんど森に戻ってしまっている気がするが、いずれ訪ねてみたいと思っている。
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次は、長万部出身の作家和田芳恵のコーナー。
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和田芳恵は明治39年(1906年)生まれで、読売文学賞や川端康成文学賞などを受賞しているが、基本的には地味な作家という印象だ。
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直筆の色紙。
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作品群。実は1冊も読んだことはない。
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埋蔵文化財の資料室に移動。
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北海道式石冠と呼ばれる縄文時代の擦り石。
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ナイフ形石器の接合資料。
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同じ場所から出土した石器の破片を集めて、くっつくかどうか一つ一つ試していく。
くっついたものを重ねていくと、縄文人が石材をどのように割って石器を作ったのかがわかるという非常に貴重な資料だ。
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北方文化との交流を示す石刃。
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新聞でも紹介されたようだ。
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静狩貝塚の解説パネルもあった。
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お次は民俗資料。
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昔は「長万部劇場」なんて施設もあったのか。
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昭和14年(1939年)に改築されたばかりの長万部駅舎。まだ木造だ。
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昭和30年代だろうか、賑わう長万部駅前商店街。「蟹めし」の文字も見える。
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長万部町の変形マンホール。アヤメは町の花である。
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町民センターの南隣に植木蒼悦の記念館が建つ。
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十字架があれば教会に見えるような建物だ。
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無料だったが、時間の都合で見学は割愛。次の機会に。

というわけで、やっと長万部温泉街に移動。
まずは温泉街のはずれにある大円寺に啄木の歌碑を訪ねた。
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かなり立派な寺院である。
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歌碑は前庭にあった。「かの旅の夜汽車の窓におもひたる我がゆくすゑのかなしかりしか」
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啄木は明治41年(1909年)4月19日、小樽から夜汽車に乗って長万部で夜を明かし、翌朝8時40分に函館に着いたという。
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それが最後の函館だった。
啄木の歌はとても分かりやすく、胸にすとんと入ってくる。

温泉街には全国各地どこにでもある廃屋。
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中央にある長万部町の町章は「長」の字を図案化したものである。
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長万部温泉の中でも最も人気があるのが、この丸金旅館。
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源泉100%でもちろん日帰り入浴可能。最初はここに入ろうと思っていたのだ。
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その向かいには長万部温泉ホテルが構えている。
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丸金の隣に、温泉旅館もりかわ。建て直して間もない感じだ。
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丸金の向かいに巨大な石碑が立っていた。「長万部温泉発祥之地」である。
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石碑の説明によると、この温泉は町の天然ガス試掘の際、昭和30年(1955年)に湧出したそうだ。
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その後、温泉街が形成されたというから、かなり新しい温泉なのだ。
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スナックけい。これは廃業しているようだ。昔は温泉客で大いに繁盛したのだろうに。
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スナックキャンドルは何とか生き残っているのだろうか。
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ホテル四国屋は、四国出身の人が創業したのかしら。
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温泉旅館の「昇月」。見た目は地味だが現役である。
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ホテルあづま。長万部温泉なんて実は聞いたことがなかったのに、かなりの数の宿があってちょっとびっくりだ。
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カフェバーMIMOZA。
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福屋旅館は建物はきれいだが、廃業したっぽい。
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150mほどで温泉街は終了。長万部保線管理所の前で引き返す。
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温泉街の雰囲気。
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昔はもっと華やかだったのだろう。
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これらは昔、何か商売をしていたのかなあ。
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長万部町の町章と町の花アヤメを大胆にあしらったマンホール。
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脇道に入ると、もう1軒あった。温泉大成館。
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脇道の突き当りにビジネスホテルエクセルイン。
ここは温泉を引いているわけではないようだ。
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大成館の向かいには廃業した旅館が残る。
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こちらが玄関だが、宿の名称は分からなかった。
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庭の池の縁石は遺跡のように残っていたが。
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温泉街を後にして、駅前通りの銭湯栄湯に行ってみたら、廃業していた。
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いくら「廃」が好きな私とはいえ、こういう施設は現役で頑張っていてほしいだけに残念だ。

こうなったら、ついでに長万部町役場のコレクションもしてしまおう。
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かなり新しく立派な庁舎であった。
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1998年に竣工したらしい。
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長万部は難読地名の入門編として全国的にも知られた町だが、人口はピーク時の3分の1にあたる5000人余りしかいない。
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立派な町民憲章の石碑。
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役場の周辺には、このほかにもいろんなモニュメントがあった。
こちらは長万部開基110年を記念したもの。
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昭和58年(1983年)に建立された。
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北海道新幹線の長万部駅は当然高架化されるようだ。
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花壇。花時計にはなっていない。
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かなり古びた長万部町商工会。
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もう12時半近いので、さすがにお腹が空いてきた。
なにかいい店がないか探しながら進む。「てんぷら幹」。天ぷらという気分ではない。
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検索して、ここは?と思った中華料理屋は休業日だったので、やむなく南下を続ける。
国道沿いにもいろいろあるが、かにめしが食いたいわけではない。
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だからこれらはスルー。
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この迎賓館風の「長万部市場」は見事に廃墟。
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カニの巨大な広告塔が泣いている。
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この建物もおそらくドライブインだったと思われるが、もぬけの殻。
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ゲーム・お食事のビクトリーも時代に付いて行けず。
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ラーメン、そば、洋食、弁当、売店など幅広く展開していたドライブイン「ヒデ」も森に還ろうとしていた。
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長万部郊外の国道沿いは廃墟街道の様相を呈している。
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もちろん、現役ばりばりのかにめし屋や成功したレストランもあるのだが。
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しかし、私の好みではないので、見送った。
ちょっと、ごちゃごちゃしたゲストハウスの前を通過。
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なおも、廃レストランは続く。
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道の駅風の店構えだが、「漁師の家」もつぶれてしまった。
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極めつけはファミリーレストラン「アイドル」。
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さっきの迎賓館もそうだが、こういうタイプは絶対成功しない。
成金が道楽気分で始めた商売に違いないからだ。趣味が悪すぎる。

国縫まで南下してきた。
2014年3月に閉校した長万部町立国縫小学校。
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かつては「国縫」を「訓縫」と書いたこともあった。
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5年前に閉校したばかりなので、校舎はきれいに残っている。
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ただ、とくに再利用されている気配はなかった。
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5年前に時計が止まったままだった。
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校庭にシャクシャイン古戦場跡の碑が立っていた。
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シャクシャインは1669年に和人の不当な扱いに立ちあがったアイヌの英雄である。

(「1906函館本線」につづく)
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長万部(上)

【2019年6月8日(日)】長万部
長万部町の写万部山(499m)から下山した。
これから、函館本線の駅舎を回りながら南下し、本日の宿泊地である道の駅「みそぎの郷きこない」に向かう予定だ。
函館本線のうち長万部駅以南で未撮影の駅(駅跡含む)は、北豊津、山越、野田生、落部、石倉、本石倉の6駅のみ。
それだけでは時間が余ってしまうので、沿線の見どころにも寄り道しながら行くことにした。

まずは写万部山のふもとにある静狩貝塚から。
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途中にあった農家の廃墟。
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貝塚には登山口から5分ほどで到着した。
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縄文時代後期初頭(約4000年前)の遺跡で、約1万平方㍍に範囲にわたって厚さ50~100cmの貝殻が堆積しているという。
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海岸から2kmほど内陸にあり、当時は今よりかなり温暖で、海岸線もかなり内陸まで入り込んでいたのだろう。
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とくに国や道の指定史跡にはなっていないようだった。
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次は、これまた近くにある静狩湿原。
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遊歩道が整備されているようだ。
でも、まだお花の季節には早いのか、ただの荒れ地にしか見えず、散策はカットした。
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夏にはトキソウやイソツツジなどが咲くらしい。
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そんな季節に、ついでがあったら立ち寄ってみよう。
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近くには「左オタモイ川」という変わった名前の川が流れていた。
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そこにかかるのは「静狩12号農道橋」という味気ない名前の橋だった。
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では、その農道を通って、国道に戻ろう。
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復習。オタモイ(272m)山の後ろに写万部山。
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国道に戻る途中に、古い鳥居が目に飛び込んできたので急停車。
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鳥居の隣にあった大木はイチイだった。
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樹齢300年以上、樹高は10mで、かつては漁船が目印にしていたという。
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海から目印にできるほど背が高いようにも思えないが。
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傍らにあった祠の名称は不明。
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馬頭観世音が安置されていた。
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国道37号に出ると、海岸に立派な石碑があったので、また停車。
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静狩原野開拓記念碑だったが、なんと記号は緒方竹虎であった。
竹虎は朝日新聞副社長から政界に転身し、自由党総裁を務めたこともある政治家だが、出身は山形県で北海道とは縁がないはず。
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でも、調べてみたら、昭和29年(1954年)に4か月半ほど北海道開発庁長官を務めたことがある。
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おそらく、その時に建立したものだろう。

では事故が多発しているという国道を南下する。
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この廃屋はJRの車窓からも見えるので気になっていたのだが、やっと写真に収めることができた。
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「名物 海の幸(帆立料)理」「○○食(堂)」との表記が読み取れる。
この後もこうした廃屋がたくさん登場するが、ドライブインは本当に盛衰が激しい。

長万部市街に入り、飯生(いいなり)神社を訪ねた。
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この鳥居は昭和55年(1980年)に建立されたものらしい。
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神社の境内には、もともとヲシャマンベ陣屋跡があった。
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安政二年(1855年)、南部藩は恵山(函館市)から幌別(登別市)までの海岸線を警備するよう幕府に命じられ、箱館に陣屋を設け、ここ長万部には翌年、出張陣屋を築いた。
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しかし、長万部沿岸が遠浅なので、そもそも外国船が容易に近づけないことが判明。
陣屋を置く必要がなくなり、さらに翌年の12月、引き払ってしまった。
とても寿命の短い陣屋だったのである。
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飯生神社は天照大神、大国主命、倉稲魂命の三柱の神を祀る。
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長万部の総鎮守だ。
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この神社は、安永二年(1773年)、松前藩が番屋を立てたのが創始。
神様は文化十三年(1816年)に伏見稲荷神社から勧請されたとのことだ。
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階段を登って、木造の鳥居をくぐる。
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左手には、鎮座二百年記念之碑があった。道南はさすが古いものが多い。
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参道を進むと
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正面に拝殿。
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謹んで、参拝させていただいた。
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2014年の伊勢神宮式年遷宮を記念して植樹されたイチイの木。
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高台にある境内から長万部の市街地を俯瞰。昭和40年代のたたずまいが残っていた。
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標高差が20mくらいしかないスキー場を横目に
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長万部温泉街に足を踏み入れる。
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いや、その前に長万部の文化ゾーンを見ておこう。
最も北に位置するのが、平和祈念館。
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館の前庭に、峠三吉(1917~1953年)の原爆詩碑があった。
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北海道とはとくにゆかりのない、しかも共産党の党員だった峠の詩碑があるということは、長万部町にはかつて革新町政の時代があったのだろうか。
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「八月六日」の詩碑もあり、かなりの思い入れがあったことが分かる。
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前庭には、札幌出身の本郷新(年)の作品がたくさん野外展示されていた。
1953年の「嵐の中の母子像」。
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この連作は広島平和祈念資料館や北海道立近代美術館にもある。
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1966年の「鳥を抱く女」。
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これは、札幌芸術の森野外美術館で見たことがある。
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1978年の「北の母子像」。
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1979年の「鳥の詩」。
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「栄光と破滅の峰に一人起つもの これをしも彫刻家というべきか」とは本郷新の言葉だ。
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こちらは函館出身の彫刻家(石彫)、池田譲の作品群「宿る81~83」。
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これも池田譲の「影の立像」(1986年)。
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これら現代彫刻の背後に石仏が多数安置された施設があった。
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付近から集められたものだろう。
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解説は、仏像研究家の森川不覚。
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もう一つ、本郷新の作品。「戦没学生記念像」(1950年)。
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本郷には戦争に関連した作品が多い。
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祈念館の中には入らず、隣の町民センターへ移動。
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こちらには、二股ラジウム温泉の石灰華(樋口石)の大きな標本が野外展示されている。
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二股温泉にある巨大な石灰華ドームは、米国イエローストーン国立公園のものと世界に2つしかないのだという。
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こちらは静狩鉱山で産した金鉱石。
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これは昭和17年(1942年)に採掘されたもので、静狩金山神社の御手洗石として使用されていたのだそうだ。
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では、町民センターの中へ。
貼り紙は隣に記念館がある函館出身の水墨画家植木蒼悦。
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館内には鉄道村のほか、埋蔵文化財資料室など、いくつかの展示室がある。
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ホールに軌道自転車。どこで使用していたものだろう。
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青函船舶鉄道管理局長万部機関区のモニュメント。
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鉄道村には、SLのプレートがずらり。
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平成元年というから、ちょうど30年前の静狩駅の時刻表。手書きである。
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腕木式信号機の部品など、鉄道用品の数々。
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各種信号機。解説できるほどの知識は全くない。
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長万部駅周辺の駅の駅名標。北豊津駅以外は現役だ。
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北豊津駅は2017年3月4日に廃止され、信号場になっている。
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蕨岱駅も北豊津駅と同時に廃止。旭浜駅は2006年3月18日に廃駅となった。
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懐かしい国鉄時代の資料。
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そういえば、これも国鉄時代の駅名標だろうか。
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お蔭さまで鉄分をたっぷり補給できました。

(つづく)
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写万部山(下)

【2019年6月8日(土)】写万部山
長万部町にある写万部山(499m)を登山中。
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登り始めて16分で3合目に達した。
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枯れ木から若葉が萌え出している。
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ツタの衣装をまとった樹木も。
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トドマツのトンネルを抜けると
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早くも開けてきた。
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振り返れば噴火湾。
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三合目から7分で四合目。ここでまだ標高280m。
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ダケカンバの回廊を進む。
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密林だ。
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ブツブツ。病気かな。
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四合目から6分で五合目。登山口からはほぼ30分。
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写万部山の山肌はほとんどササ原だ。
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五合目を過ぎると急に傾斜がきつくなった。
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確かこのあたりで下ってくる女性とすれ違った。
その時は気づかなかったのだが、頂上に着いてみると誰もいない。
ということは、あの方は私が出る5分前に登り始めた単独女性だ。
その人が、私がまだ五合目にいるのにもう下ってくるとは。
なんて俊足なんだ。トレランでもないのに。
と驚いたのだが、もしかしたら事情があって途中で戻らざるをえなくなったのかもしれない。そのくらい速かった。

眼下に牧場が広がる。
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さっき車で走ってきた道の近くに牛さんの姿も確認できる。
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海岸線から埠頭が突き出しているのは長万部漁港。
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長万部市街の向こうには大中漁港も見える。
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いよいよ写万部岳の稜線が姿を現した。
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東の方角に礼文華海岸のイコリ岬。
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断崖は幌扶斯山(413m)である。
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タカネニガナ。
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エゾカンゾウ。
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きれいに開いている。
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タニウツギ。
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お隣のオタモイ山(272m)。
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合目表示の杭らしきものが見える。
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八合目くらいだろうか。
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タカネニガナの小路。
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五合目から6分で六合目。標高400mまで登ってきた。あと100mだ。
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ここまでは急斜面だったが、あとは比較的なだらかな稜線歩きだ。
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ずっと展望が開けているので、気持ちがいい。
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いつも謎に思う白い変色。
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テントウムシ発見。
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六合目から4分で七合目を通過。
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ほとんど文字が読めなくなっているが、標高は430m。
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振り向くと、後続者が1人。
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南の方角は曇っている。
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北の方角は晴れている。
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七合目からたった3分で八合目。
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ここまで来てやっと頂上が見えた。
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すぐ南に展開するのは名もない山(標高は474m)。
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標高が低いのにほとんど樹木がないのは、相当風が強いからなのだろう。
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北東の方角に尖って見えるのは昆布岳(1045m)。
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おや、南の方もだんだん晴れてきたぞ。
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チシマフウロ。
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エゾカンゾウ。
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エゾカンゾウはササ原の中にぽつんぽつんと生えている。
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他の山で何度も見ているが、ここのが一番きれいだった。
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八合目から4分で九合目。
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もう一息だ。
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再び斜度が増す。
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最後の急登。
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礼文華海岸を望むエゾカンゾウ。
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9:54、写万部山に登頂。登山口から50分かからなかった。
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ここはなんと一等三角点。
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天測点まであった。
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先月登った当別丸山に次いで道内では3つ目だ。
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ササの下でひっそりチシマフウロが咲いていた。
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礼文華海岸方面にはたおやかな稜線が続いている。
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静狩漁港。
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間もなく、さっき後ろに見えた単独女性も到着。
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ふた言み言会話を交わした。地元の方だった。
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北の山並み。今日は残念ながら羊蹄山(1898m)は望めなかった。
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歩いてきた稜線。
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あれは六合目あたりか。
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オタモイ山。
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道央自動車道。
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冬の季節風が吹き付ける西斜面の方が樹木が生えているのが、ちょっと不思議だ。
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麦チョコだけちょっと食べて、10分ほどで下山開始。
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左手はササの谷だ。
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展望がいいので下りも気持ちがいい。
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噴火湾がもっと青く見えると最高なのだが。
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タンポポ。
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六合目あたりを見下ろす。
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駒ヶ岳も残念ながら雲の中だ。
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誰かまた登ってきた。
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八合目を振り返る。
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8分で六合目を通過。下りは速い。
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タニウツギと八合目。
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山麓の樹林帯。
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四合目を14分で通過。
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天気はよくなる一方のようだ。
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樹林帯まで下ってきた。
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あとはのんびり芝生の道。
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10時半ちょうどにゴール。
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往復で1時間半かからなかった。
これはお手軽な山だ。

登山口にあった小屋には入山届が置いてあったので、遅ればせながら記入。
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この後すぐ長万部温泉に入るつもりだったのだが、風呂から上がった後も活動するつもりなので、駅舎めぐりを終えてから濁川温泉に行くことにした。

【行程】2019年6月8日
登山口(9:05)~一合目(9:11)~二合目(9:15)~三合目(9:21)~四合目(9:28)~五合目(9:34)~六合目(9:40)~七合目(9:44)~八合目(9:47)~九合目(9:51)~山頂(9:54休憩10:03)~六合目(10:11)~四合目(10:17)~登山口(10:30)
※所要時間:1時間25分(歩行時間:1時間15分)コースタイム:2時間半
※登った山:1座(写万部山)
※歩行距離:3.6km
※累積標高差:約390m

(「長万部」につづく)
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写万部山(上)

【2019年6月8日(土)】写万部山
この週末は、以前からH君に道南の大千軒岳(1072m)に行こうと誘われていた。
いずれ登らなければならない山だったので、快諾。
O君と函館在住のI君も合わせ、日曜日(9日)に4人で登る計画だった。
しかし、直前になって、I君が仕事の都合で離脱。結局、3人になってしまった。
OH砲は土曜日も仕事なので、午後に札幌を出発する予定だが、私は土曜日も休みなので、移動日も有効に使うべく、朝早く出て、長万部にある写万部山(499m)を落としてから、函館本線の駅撮影をしつつ、宿泊地である道の駅みそぎの郷に向かうことにした。
2人は15時半に札幌を発ち、道の駅には20時頃到着予定だというので、私もそのくらいの時間に到着することを目指した。

というわけで、朝5時半に出発。
今日もいい天気になった。
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中山峠は若干ガスがかかっていたが、喜茂別側もすっきり晴れていて、笠雲を頂いた羊蹄山(1898m)を眺めながら、快適なドライブとなった。
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この時期の残雪のラインもとてもきれいだ。
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喜茂別の市街地に入ると、尻別岳(1107m)が正面に現れる。
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喜茂別橋からは右手に端正な羊蹄山の姿を撮影することができた。
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ルスツリゾートに近づくと、今度は橇負山(715m)が正面に。
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洞爺湖町に入る手前で右折し、豊浦方面へショートカットを試みる。
すると、右折してすぐ右手に廃校らしき建物が目に飛び込んできたので、当然のごとく車を停めた。
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旧留寿都村立三ノ原小学校である。
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この小学校は明治32年(1899年)、簡易教育場として開校した。
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昭和22年(1947年)に三ノ原小学校と改称され、中学校も併置された。
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現在の校舎が建てられたのは、昭和46年(1971年)のこと。
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校舎の背後から羊蹄山が覗いていた。
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1999年には開校100周年を迎え、この記念碑が建立された。
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その随分前の1976年には中学校が統合により廃止されており、2009年3月に小学校も廃校になった。
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廃校となってからすでに10年が経つ。
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校舎はきれいに残されているが、何かに再利用されているのだろうか。

この小学校からのまわりの眺めは素晴らしい。
畑の向こうに洞爺湖のザ・ウィンザーホテル。
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西の方角には昆布岳(1045m)が望めた。
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校門前に留寿都村のマンホールを発見。
中央に村章、遠景に羊蹄山、村の木シラカバと村の花シバザクラが描かれている。
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隣にはお寺があったが、参拝は割愛させていただいた。
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ラッキーナンバー、道道777号を南下。
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道道97号に合流すると、今度は旧豊浦町立大和小学校。
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ここは2012年3月に閉校している。

校舎のすぐ近くには、大和地区の開拓100周年を記念した石碑があった。
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「この地を都にして住もう まほろば」と刻まれている。
おそらく地名の通り、大和(奈良県)の人が入植した土地なのだろう。

豊浦町のマンホールは特産のホタテとイチゴだった。
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大和八幡神社のある角を右折。
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小さな峠を越えて、美和地区に入る。
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この地区にも、廃校になった小学校があった。
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豊浦町立美和小学校である。
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この小学校は2005年3月に閉校となっている。
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この地区にもしっかり神社(美和神社)があった。
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美和橋の手前から道道914号に入ると、昆布岳への登山口に至る。
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実は地図を見て、気になっている山があった。
美和橋の1.5kmほど西にある大西山(203m)である。
この山は地図上では道路の上に示されている。
実際はちょっとは歩くのかもしれないが、手軽に「登った山」を稼げそうだと思い、寄ってみることにした。
幸い、その林道は通行止めにはなっておらず、それほど荒れてもなく、普通に通行できた。
しばらく車を走らせると、謎の構造物が出現。
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ここが頂上なのかなと思い、いったん車を下りてみた。
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本当にいったいこれは何なんだろう。全く想像もつかない。
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この周辺は木々が伐採されており、羊蹄山や昆布岳の頂上部を望むことができた。
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スマホで現在地を確認してみると、まだ頂上ではないみたいなので、さらに進む。
すると林道の分岐点があり、どうやらこの周辺が山頂のようだ。
車を停めると、こんなところにもう1台車がやってきて、声をかけられた。
道に迷ってしまったというので、「この道をまっすぐ行けば2kmも走らずに道道に出ますよ」と教えてあげた。
タケノコ採りではなく、フキ採りなんだそうだ。
「こんなところで人に会うとは思わなかった。助かりました」と言い残して、その老夫婦は走り去っていった。

さて、大西山の山頂の証である三角点の発見が私の任務である。
道の脇のこんもり高いところが山頂と思われるので、ササやぶだが分け入ってみた。
しかし、どうにもこうにも、三角点が見つからない。
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ササの白い粉で、からだ中真っ白になってしまったので、探索を断念。
この大きな樹木を頂上ということにして、消化不良ながらも「登った山」に加算した。
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正確には「登った山」ではなく「達した山」ということになるが。
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大西山のある地区は「新山梨」。ここは山梨県の方々が開拓したところなのだろう。
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さあ、寄り道はこの程度にして、写万部山へ急ごう。
1区間だけなので、高速は使わず、国道37号をちんたら走った。

ちゃんと右折すべき交差点に道標があったので、登山口には迷わずに行けた。
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正面に見えてきたのが、写万部山だろうか。
DSC_9783_20190622231508cef.jpg
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いや、その右にある樹木の少ない山が写万部山だった。
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これは、おそらくその手前にあるオタモイ山(272m)。
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写万部山への案内は意外なほど親切だった。
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だんだん、その全容が見えてきた。
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山麓は牧場になっている。
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牛さんが私に注目してくれた。
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そんなこんなで9時前に登山口に到着。
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すでに車が2台ほど停まっており、うち1台の方はまさに今出発するところだった。
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目指すべき山は、もう目の前に見える。
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水道の蛇口があったが、「飲用不適」だそうだ。沢水なのだろう。
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トイレまで設置されていたが、さっき大西山で済ませたばかりなので利用しなかった。
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ここは標高120mほどの高台にあるので、振り返ると噴火湾が望める。
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しかし、ちょっと霞んでいて、あまりすっきりした感じではなかった。

出発間際にもう1台車が到着したのを見届けて、9:05に出発。
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さっきの単独女性から5分くらい遅れてのスタートとなった。
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最初は、車も通れるような広いなだらかな道である。
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間もなく、ササの刈り分け道となる。
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広葉樹。
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あれはホウノキかな。
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ホウノキの花は初めて見た。裸電球のようだ。
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道はゆるやかに左へカーブし、トドマツの林へ。
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道が右に分岐するところが1合目。ここまで6分ほどかかった。
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まだまだ道はなだらかだ。
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歩きやすい、雰囲気のいい道である。
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1合目から4分で2合目。
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ほぼ5分おきと想定すると50分で10合目、すなわち頂上に着く計算になる。
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(つづく)
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砥石山(4)

【2019年6月2日(日)】砥石山
砥石山(826m)から下山し、車を置いてある小林峠に向かって車道を黙々と歩いている。
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もう13時を回って、さすがにお腹が空いたが、焼肉という気分ではない。
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昨日の食べ残しの行動食でつなぎつつ、通過。
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なんとか、盤渓スキー場までやってきた。
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夏もテニスコートやMTBなどが営業しているようだ。
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結局、昨シーズンは一度もここにスキーをしに来なかった。
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おや、ランチバイキングがやっているみたいだぞ。
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ちょっと興味がある。
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ここから入るみたいだ。
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しかし、スマホで調べてみたら、バイキングは1500円。
さすがにそんなにお金を使う気はない。

沿道での外食は断念して、黙々と歩く。
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盤渓スキー場イーストコース。
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盤渓園へ分岐を通過。
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幌見峠への分岐も通過。
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道路の反対側には盤渓神社。
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なんと幌見峠入口のバス停にバスがやってきた。
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でも、ここから乗っても全く意味がない。

バスは無視して、小林峠下の盤渓北ノ沢トンネルの手前で旧道に入る。
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このトンネルのおかげで旧道は静かになった。
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バスは旧道の先で折り返していった。
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右手に、まるやま幼稚園のおひさまひろば。
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妙福寺には昨年、自転車で行った。すごく急な坂だった。
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ツツジの植え込みがさみしく2株。
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「novel」はコバワールドスキー場を引き継いだ会社。
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旧道には歩道がないが、車が少ないので怖くない。
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ハクサンボウフウかな。
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峠までもう少しだ。
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右手奥に今日登ってきた砥石山が見える。
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あの突起は神威岳(983m)かしら。
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双耳峰は百松沢山(1038m)だろう。
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いよいよゴールは近い。
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藻岩山の小林峠登山口。いつかここからも登ってみたい。
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というわけで、13:20にやっと小林峠に到着。
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周回16.5kmを5時間15分ほどで歩ききった。
福井から1時間10分かかった。
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いつの間にか、登山者の車がかなり増えていた。
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いやいや、お疲れ様でした。
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マーガレットもねぎらってくれた。
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この後はお風呂だが、行ったことがなくて比較的近いところを検索したら、西野に笑福の湯という銭湯があるのを発見。
そこに決めた。
その前に、五天山の西の峠を越えるトンネルに
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旧道があるのを、かつて地形図で発見していたので、そこを経由する。
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旧道と言ってもご覧の通りの舗装道路だ。

でも旧道の峠からは石狩湾越しに増毛山地を望むことができた。
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カラスが我が物顔で占拠していたけど。
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途中、そばでも食べたかったが、いいお店がなく結局、セコマで安い弁当を買い、車の中でいただいた。

そして、ちょうど14時に笑福の湯に到着。
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お客さんがかなりいて、浴室内の写真は撮れなかった。
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湯はめっちゃ熱くて、ほとんど入っていられなかった。

浴室には懐かしい富士山のペンキ絵があり、脱衣所にその説明書きが貼ってあった。
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当時、日本に2人しかいなかった銭湯絵師の中島盛夫さんが描いたものだという。
もちろん存在は知っている人なので、「お~」と驚いたが、それよりびっくりしたのは、店主のイラスト。

どこかで見たことがあるなあと思いつつ、泉質の分析表を見ると、なんと所有者は「風月株式会社代表取締役二神敏郎」とあるではないか。
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なるほど、やはりあのイラストは二神さんその人だったんだ。
「笑福」という銭湯の名も、二神さんらしい命名だ。

しかし、泉質分析までしているのに、なぜ「天然温泉」を名乗らないのか。
不思議に思って、番台の女将さんに聞いてみたら、定義上、成分が足りないのだという。
やはり、そういうことでしたか。
もう少しぬるければ、ゆっくり「温泉」を味わえたのだが、でも、いい湯でした。
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車を停めたときも、なぜ駐車場の看板に「風月」という名前があったのか首をひねっていたのだが、やっと謎が解けた。
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最後にいい収穫を得て、本日の山行は終了。15時すぎには帰宅できた。

【行程】2019年6月2日
小林峠(8:06)~434m標高点(8:24)~T4分岐(8:57)~三角山(9:32撮影9:34)~砥石山(10:03休憩10:17)~655m出尾根(10:56)~林道終点(11:16)~登山口(11:44)~ゲート(12:04)~福井えん堤前バス停(12:10)~蟠渓スキー場(12:40)~小林峠(13:20)
※所要時間:5時間14分(歩行時間:4時間58分)
※登った山:2座(三角山、砥石山)
※歩行距離:16.5km
※累積標高差:約900m
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砥石山(3)

【2019年6月2日(日)】砥石山
砥石山(826m)から砥石沢コースを下っている。
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登山口までのコースタイム1時間半のところ、1時間弱で下ってしまった。
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しかし、福井えん堤バス停まではあと3kmもある。
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林道は石が浮いていて歩きにくい。
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日なたは暑くて、フキもくったりしている。
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黄色い花。名前は忘れた。
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登山口から1.1kmほど下ってきた。
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林道は日かげなのでありがたい。
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日なたはイタドリもくったり。
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また別の黄色い花。
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白い花。
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フキ祭り。
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やっと車が入れる道までたどり着いた。
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でも、ここに登山者の車はない。
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立派な道はあるが、一般車は入れないのだろう。
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T字路だったので、地図に従い、左へ進路をとる。
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車止めさん、さようなら。
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また別の黄色い花だ。名前が分からないとストレスがたまる。
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と言っても、調べるのも大変だ。
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以前は、「みんなの花図鑑」に投稿すれば、すぐに教えてもらえたのに。
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今はすごく使いにくくなってしまったのだ。
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従って、写真を撮るだけなのだ。
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生まれようとしています。
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生まれました!
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沢の脇の露頭がおもしろい。
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砥石沢である。
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無名の山。
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真上から。
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登山口から1.5kmほどで、ゲートのある場所に出た。
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しかし、この先の進路がよく分からない。
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「山と高原地図」では車道を直進することになっている。
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しかし、直進すると山田工業の採石場に入り込んでしまう。
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しばらく地形図とにらめっこ。
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遊歩道らしき別の道の表示もあるが、その道は途中で途切れているので、「山と高原地図」に従って採石場構内を突破することにした。
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幸い、今日は休日なので操業していない。
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ここはかなり細かい石を生産しているようだ。
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というか、生コンも製造しているのかしら。
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いずれにしても、ここは採石工場で安山岩を採取しているとのこと。
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操業を開始したのは昭和47年(1972年)からだ。
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しかし、構内を自由にハイカーに歩かせているとはとても思えない。
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やはり「山と高原地図」の表記は誤りではないか。
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平日はこの道をダンプカーがひっきりなしに走っているはずだ。
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どうにか構内を通り抜けて、常次沢川を渡る地点まで来た。
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川原の石もおそらくみな安山岩なのであろう。
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橋を渡るとT字路となった。
そこの看板には「北菱産業埠頭(株)福井砕石所」と上書きしてある。
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北菱産業埠頭という会社が、山田産業を併合したのか、工場を買い取ったのか。

いずれにしても、今歩いてきた道はやはり立入禁止になっており、地形図では途切れていた道がちゃんと成立していたことが、この案内図で判明した。
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これは、「山の高原地図」もちゃんと修正した方がいい。
毎年すべて確認するのは大変だろうが、善処を望む。
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さて、いい時間になってきた。時刻も正午を過ぎた。
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T字路から5分でゲートに到着。
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一般車両はここまでで、登山者はここから歩かなければならないわけだ。
実際、登山者のものと思われる車が4台停まっていた。
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看板の銘はまだ「山田産業」のままだった。
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ここからやっと舗装道路である。
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札幌周辺は良質の石が採れるのだろう。あちこちに採石場がある。
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なにやら観光施設が見えてきた。
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あんなに車があるということは、かなり繁盛しているようだ。
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バーベキューなのかジンギスカンなのか、賑やかな声も聞こえてくる。
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「ワンダーランド サッポロ」というレジャー施設で、冬はスノーモービルやスノーラフティング、夏はバギーやビアガーデンなどを営業しているらしい。
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1972年創業とのことなので、安定した経営ができているのだろう。
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さらに歩を進め、廃業した給油所を過ぎると
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福井えん堤バス停だ。
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時刻表をみると、ここが終点で、さらに奥へいくJRバスは運行されていないことが判明。
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やはり小林峠まで歩くしかなさそうだ。
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距離は5kmほどだが、標高差が160mほどある。ずっと登りだ。
それはいいのだが、交通量が多いのに歩道がないので、かなり怖い。
しばらく、我慢が続いた。

左手の山もかなり採石で削られていた。
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バス停のあるT字路を右折して、間もなく左股川を盤渓橋で渡る。
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ここは路側帯もないので、相当恐ろしかった。
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川原には釣りをしている人がいた。
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ここの採石場は昭和採石工業の現場であった。
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五天山のように階段状に削られている。
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沿道にあるものは、みな写真に収めていく。
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次の採石場は、野田工業(株)。ソリトン・コム(株)に買収されたのかしら。
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15分くらい我慢して、やっと右側に歩道が現れた。そちらへ移動する。
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これでやっとリラックスして歩くことができる。

このあたりはJRバスではなく、ばんけいバスが運行されているようだが、時間は全く合わず、やはりバスの利用は叶わなかった。
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今度は盤渓川を渡る。
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水源は盤渓山(604m)である。
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橋の名はさくら橋だった。
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(つづく)

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砥石山(2)

【2019年6月2日(日)】砥石山
小林峠から砥石山(826m)に向かっている。
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振り返ると、たった今登頂したばかりの三角山(約710m)が現れた。
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足元ではマイヅルソウの乱舞。
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これは何て花だろう。
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この子たちは誰だろう。
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結構かわいいんだけど。
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シラネアオイはぐったり。
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木の根はしっかり。
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コケはびっしり。
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ツツジにうっとり。
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さあ、もうひと息。
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ゴールは目前だ。
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右手に手稲山(1023m)が出現。
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ほぼ頂上台地に乗ったようだ。
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うん、あそこが頂上だ。
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10:03、砥石山に到着。
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コースタイム2時間半のところ、2時間弱で登頂した。いい成績だ。
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先客はこのカップルを含め3人。
さっきのおじさんはどこへ行ったのか姿が見えなかった。
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ここは二等三角点。
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休む前に撮影を済ませておこう。
南に大きく恵庭岳(1320m)。
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その右に空沼岳(1251m)。もうほとんど残雪がない。
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左の鋭鋒は定山渓天狗岳(1145m)、中央が神威岳(983m)、右が余市岳(1488m)。
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その右に烏帽子岳(1109m)。
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南西の方角には、左から喜茂別岳(1177m)、並河岳(1258m)、中岳(1388m)、無意根山(1464m)が居並ぶ。
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主峰の無意根山。
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中岳。
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喜茂別岳と並河岳。これらはまだ残雪が多い。
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そして、もう緑一色の札幌岳(1293m)。
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札幌岳の左には狭薄岳(1296m)の姿もあった。
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眼下には豊滝の町並み。
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期待していた以上に、充実した眺望であった。
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腰を下ろして休んでいると、砥石沢コースから単独女性(右)が登ってきた。
小林峠コースを登ってきた左の男性と知り合いだったようで、「おお久しぶり」と言葉を交わしていた。
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男性の方は小林峠ピストンのつもりだったらしいが、この女性の車に乗せてもらう話をつけて、砥石沢コースを下ることになったようだ。
ラッキーでうらやましい。

私は彼が車で走る道を延々歩かねばならない。
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15分ほど休憩して出発。
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砥石沢コースを下ろうとする私を見て、その男性が「あれ、そちらに下りるの? 私も行きます」と声をかけてきた。
しかし、「お待ちしてます」と答えるわけにもいかず、「はい、では、お先に」と言うしかなかった。
もしかして、私が車道を歩いているところを見つけて、乗せてくれるかもと一瞬期待したが、やはり線をつなげたいので、たぶんお断りするだろう。
結局、車道歩きの間、車を横づけされることはなかった。

しばらく頂上台地を歩く。
左手は少しの間、眺望が楽しめた。
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またまた、名前の知らない花を発見。調べる時間がない。
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そして、クマ糞。かなり新しい。でも、気にしないで進む。
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右手も開けて、札幌の市街地が望めた。
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ぽっかりササ原ゾーン。
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タチツボスミレの大群落。
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登山道のササは刈り払われているが、すでに下草が随分繁茂している。
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正面に822mピーク。これは右を巻く形になる。
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おお、完全に開けた。札幌市街が一望できる。
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JRタワーもばっちり。わが社も一応写っていた。
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藻岩山(531m)の裏側。
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砥石山を登る場合、こちらのコースはあまり選ばれないと思うが、実数としてはそれなりにいるのだろう。
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フキが随分成長していた。
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こちらはオオカメノキの赤ちゃん。
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終わりかけのシラネアオイ。
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巻き道で若干の登り返し。
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その途中、眼下に採石場発見。
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町は見えるが、ここも山深いところである。
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あれは、あとで私が歩く道だろうか。
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マイヅルソウとクルマバソウのコラボレーション。
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マイヅルソウの花々を横から。
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これは別の花である。
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名前は例によって、よく分からない。
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一瞬のガレ場。
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こちらの道は誰とも会わない。
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砥石山を振り返る。
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822mピークを巻き終えて、「山と高原地図」でいうところの650m出尾根あたり。
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その先で、「迂回路」の標識があったが、どこに本道があるのかは分からなかった。
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つまり、踏み跡がある道をそのまま行くしかなかった。
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だいぶ標高を下げてきた気がする。
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歩きやすくて、ありがたい。
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砥石沢沿いまで下ってきた。
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あとは沢沿いをひらすら進む。
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変わった形の巨木の横を通過。
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なんだかジャングルのようになってきた。
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完全な樹林帯の中である。
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電柱のような木。まだ生きているようだ。
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倒木。
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沢が近づいてきた。
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ここは渡渉する。
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だんだん飽きてきた。
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またまた渡渉。
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3兄弟。
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というわけで、頂上から約1時間で砥石沢コースの登山口に到着。
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ここまで3.1kmだった。
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概念図を改めて見ると、福井えん堤前バス停まではまだかなりある。
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あとはひたすら林道歩き。引き続き頑張りましょう。
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(つづく)
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砥石山(1)

【2019年6月2日(日)】砥石山
前日に続いて、いい天気になった。
このところ週末の好天が続いている。
というわけで、この日も出かけることにした。
でも遠出はせず、先日猛暑のため見送った札幌市の砥石山(827m)である。
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自宅を7:45頃に出発。登山口のある小林峠には8時前に到着した。
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駐車スペースにはすでに数台の車が停まっていた。
いつものように念入りにストレッチをして、8時過ぎに登山開始。
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ここは小林峠ルートである。
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このクマ糞情報は去年7月だった。
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今日はご覧の通りの晴天。
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クルマバソウが風車のようだ。
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すっかり夏山である。
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夏と言えば、線香花火。
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最初のピーク(434m)までは標高差が120mほどある。
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かたつむりが道を横断していた。ハイカーに踏みつぶされませんよう。
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私はスロースターターなので、序盤はかなりゆっくり歩く。
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最初からスピードを出すと、調子が出てくる前にバテてしまうのだ。
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今日は気温が高めだが、樹木の緑が陽光を遮ってくれる。
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これはホウノキ。
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20分かからずに、434mピークを通過。
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三等三角点が設置されていた。
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三角点は登山道からちょっと外れたところにあり、登山道に戻ったところで、後ろからきた単独男性と鉢合わせした。
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追いついてきたわけなので、先に行っていただいた。
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わりと足の速い方で、あっという間に見えなくなってしまった。
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私はトドマツの写真を撮りながら、のんびり歩く。
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ところが、間もなくまた姿が見えてきた。
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私を抜かそうとしてペースを上げて、疲れてしまったのだろうか。
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でも、また抜き返すと落ち着いて写真が撮れないので、極力間隔を空けて歩いた。
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一瞬、左手が開けて川沿方面が望めた。
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ご夫婦とすれ違う。もう下山とは早い。
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植生はシラカバに変わった。
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ササもかなり生い茂っている。
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枯れ木は完全にキツツキの餌食になっていた。
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このルートはわりとアップダウンが激しい。
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さっきのおじさんもうつむき加減で登っている。
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この石垣は休憩用のベンチのつもりだろうか。
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登りだと、どんどんおじさんに近づいてしまう。
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お、またまたかたつむり。この日は3匹とお会いできた。
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歩き始めて50分ほどで、中ノ沢コースへ下るT4分岐に到着した。
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右が中ノ沢コースである。
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ここはなぜ「T4」というのだろう。
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またまたベンチもどきの石垣があったが、休まずに通過した。
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小林峠からここまで3km、頂上まではあと2.2kmだ。
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コースタイム1時間10分なので、かなり早かった。
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トレランの人ともすれ違った。
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まさに根こそぎ。風の威力はものすごい。
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クルマバソウがほんの小さな花をつけていた。
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こちらは、ちょっと大きめ。
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トドマツの赤ちゃんかしら。
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今度は右手が開けた。盤渓山(604m)と思われる。
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セミの抜け殻を発見。エゾハルゼミかな。
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これもかわいいお花だが、名前は分からない。
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さっきのおじさんにまた追いついてきた。
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登りになるとめっきりペースが落ちるようだ。
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これはニリンソウと思われるが、なぜかたくさん咲いている。
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クルマバソウ。
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行く手を倒木に阻まれる。
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どっこいしょ、でクリア。
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今度は北東の方角が開け、丘珠空港とつどーむを望むことができた。
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その右には札幌ドームも。
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藻岩山(531m)だ。
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都心のビル群。JRタワーも見える。
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三角山(左)や大倉山(中央)など(524)
中央下は円山(225m)かな。
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旧コバワールドスキー場のロッジも確認できた。
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マイヅルソウの小径に差し掛かる。
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めちゃくちゃかわいい。
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三角山(約710m)への分岐に到着。
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登りはかなりの急坂だったが、マイヅルソウが応援してくれた。
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小さな若葉も。
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T4分岐から35分ほどで、三角山に到着。
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コースタイム50分だから、ここでも15分ほど速かった。
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幸い、展望が得られた。
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石山の町並み。
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支笏湖北岸の紋別岳(866m)。
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その右、奥の方には左からイチャンコッペ山(829m)、樽前山(1041m)、風不死岳(1102m)が並んでいる。
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中央はおそらく硬石山(371m)。
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ps://blog-imgs-126.fc2.com/s/a/t/satsunan226/DSC_9535_20190620230056fbd.jpg" alt="DSC_9535_20190620230056fbd.jpg" border="0" width="400" height="265" />

硬石山には今年の冬に登った。
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眺望を満喫して出発。
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木々の向こうに砥石山の頂上らしきピークが確認できた。
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しかし、登山道に戻る下りはかなり急だ。
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慎重に下って、登山道に合流。
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さっきのおじさんは巻き道を行ったようで、もう影も形もなかった。
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さあ、あとは砥石山へ一直線だ。
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三角山と砥石山の鞍部はちょっと開けたササ原になっていた。
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どうして、こういう植生になるのか不思議だ。
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タチツボスミレ。
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砥石山への登り返しに差し掛かる。
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かなり汗が出る。
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白いシラネアオイが暑さにうなだれていた。
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(つづく)
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浜益・厚田(下)

【2019年6月1日(土)】浜益・厚田
浜益から国道231号を南下し、30分ほどで道の駅石狩「あいろーど厚田」に到着した。
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中を見学する前に、裏山にある「恋人の聖地」に行ってみた。
そこへは舗装された車道が続いているが、登り口にコーンが置いてある。
進入禁止のつもりかもしれないが、歩いていく時間の余裕はないので、コーンをよけて車で向かった。
沿道には地元の方々の作品なのだろうか、句碑が延々と並んでいた。
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つづら折れの道を進むと頂上直下に駐車場があった。
なんだ、車で来るのを想定しているではないか。

頂上には中世ヨーロッパの古城を模したと思われる「恋人の聖地」の展望台が建っている。
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「恋人の聖地」とは、NPO法人地域活性化支援センターが「少子化対策と地域の活性化への貢献」をテーマとした「観光地域の広域連携」を目的に展開しているプロジェクトのこと。
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2006年4月1日から、プロポーズにふさわしいロマンティックなスポットを「恋人の聖地」として選定している。
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何度か偶然、「恋人の聖地」を訪ねてしまい、そのたびに何となく違和感を覚えて、あまり好きではないのだが、その最大の理由が、この南京錠だ。
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恋人たちが固く結ばれることを誓って、おみくじを結ぶように、こうしてフェンスに南京錠を掛けるのだが、個人的には「束縛」の象徴のようで気味が悪い。
まあ、それでもいいという人々が掛けるのだから、ご自由に、なんだけど。

ここ厚田公園展望台は「恋人の聖地」北海道認定第1号なのだそうだ。
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ちなみに「恋人の聖地」は全国に137か所、道内には5か所ある。
・愛国駅・幸福駅
・朝里岳山頂「ニイサの鐘」/キロロリゾート
・厚田公園展望台
・ひろおサンタランド
・ゆにガーデン
さらに「恋人の聖地サテライト」なるものが7か所。
・旭川サンタプレゼントパーク/ニコラス展望タワー
・イマジンホテル&リゾート函館
・小樽オルゴール堂本館
・洞爺サンパレスリゾート&スパ
・北海道アイスパビリオン
・藻岩山展望台
・ローズガーデンクライスト教会
だそうだ。

こちらは「誓いの鐘」。
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ステンドグラス。
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私はむしろ展望の方に関心がある。早速、登ってみた。
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漁港に接して海水浴場の厚田海浜プール。
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厚田市街。
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それらを広角で。
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赤い屋根の寺院が見える。
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台地状になっている厚田の海岸線。
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展望台の床には、方位指示盤が埋め込まれていた。
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ローマまで9000kmもある。
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そして東の方角に見える山並み。
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これは北の方角。中央は安瀬山(654m)だろうか。
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浜益方面の海岸線。
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ここは日本海に沈む夕日の名所なのだが、まだちょっと時間が早いので、待たずに退散。
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次は、同じくあいろーどパーク内にある戸田生家を訪ねた。
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戸田とは創価学会を開いた戸田城聖のこと。
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明治33年(1900年)に石川県で生まれ、3歳のとき、一家で厚田に移住してきた。
大正3年(1914年)に厚田尋常高等小学校を首席で卒業、向学心に燃えて上京したとのことである。
この建物は昭和53年(1978年)に移築復元されたものだそうだ。

戸田生家はちょっとした高台にあり、ここからの眺めもよい。
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道の駅もすぐ目の前に見える。
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高台の斜面には「厚田村百年」の記念碑が立っていた。
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というわけで、道の駅まで戻ってきた。
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ここは昨年4月にオープンしたばかりだ。
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駐車場は200台も収容できるという。
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案内板にあった厚田出身の偉人たち。
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子母澤寛しか知らなかった。

中に入ってみた。
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壁に大きく石狩市内の観光案内がイラストで紹介されていた。
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「いっぺかだれや はまます」は「いっぱい語れや 浜益」のことだろうが、「しぬたぷかのぽいやうんぺ」となるとさっぱり分からない。アイヌ語?

黄金山で見た花は、このオオアマドコロだった。
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ヒメイチゲも咲いていた気がする。
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自然・歴史展示コーナーが思いのほか充実していた。
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さっきの案内板に登場した作家の子母澤寛や画家の三岸好太郎、戸田城聖、第43代横綱吉葉山らが紹介されている。
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これらは子母澤寛の作品群。
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今回、見学を省略したはまます郷土資料館。いずれ機会があったら行ってみよう。
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佐藤松太郎は文久3年(1863年)に厚田郡安瀬で生まれた漁業家。
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大正7年の「漁業家番付」で西の横綱になっている。
北前船で大いに儲けたわけだ。
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展示の人形も手が込んでいる。
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文化財としては、古潭龍澤寺の鰐口。寛政年間の銘があるという。
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アイヌ語地名の解説も。
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厚田の由来は、アイヌの着物「アツシ」の材料になるオヒョウニレの樹皮「アッ」を語源とする説のほか諸説あるという。

濃昼山道や増毛山道もいずれ行かなくては。
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18時を過ぎても、まだ閉館する気配がないので、スタッフの方に聞いてみたら、なんと館自体は19時まで営業しているのだとか。
札幌近郊とは言え、よく頑張っている。
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ただし飲食店は早めに閉店するようだ。
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売店は19時まで。
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道路を渡って、海岸の方に行ってみた。
「あいロード夕日の丘」の石碑がある。
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そして、「漁師の礎 海難慰霊碑」。
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厚田海浜プール。
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石狩湾をはさんで対岸に見えるのは、小樽の塩谷丸山(左、629m)と赤岩山(右、371m)だろう。
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では、そろそろ帰りましょう。
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また、時間があるときにじっくり楽しみたい道の駅だった。
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さあ、一路札幌へ。
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厚田区の聚富(しっぷ)のあたりで、夕日を浴びた札幌のビル群が恵庭岳を背景に浮かび上がったので、思わず車を停めて撮影。
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ちょっと幻想的な眺めだった。
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札幌駅前にある職場に着いたのは19:20頃。
確認事項があったので、それだけ済ませて、駅地下アピアの「よし乃」で味噌ラーメンの夕食。
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黄金山のようなもやしの盛りで満腹になった。

(おわり)
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浜益・厚田(上)

【2019年6月1日(土)】浜益・厚田
浜益富士と呼ばれる黄金山(739m)から下山し、浜益温泉で汗を流した。
これから札幌に向かうのだが、まだ日が高いし、あちこち寄り道しながら帰ることにする。
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まず、国史跡の荘内藩ハママシケ陣屋跡に行こうとして目に飛び込んできたのが、廃校舎。
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「ありがとう 川下校舎」とある。
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昇降口の前まで行ってみたが、もともとの校名がよく分からない。
調べてみたら、ここは浜益中学校だったのだそうだ。
少し北の浜益地区にあった浜益高校が廃校になったため、2011年8月にそちらに移転したらしい。
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グラウンドは草原のようになっていた。
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今のところ、とくに再利用はされていない雰囲気だ。
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それはともかく、なかなか陣屋跡が見つからない。
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お寺っぽい建物が見えたので来てみたが、ここにも名称の看板が掲げられていない。
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馬頭観世音の石碑と高橋亀六さん、由蔵さんのお墓(文久3年)が境内にひっそりと立っていた。
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観光パンフレットの地図ではどうも正確な位置が分からない。
神社の奥にあるらしいのだが。
とにかく川下地区の市街地まで戻ってきた。
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地元の人に聞いて、やっと目印の川下八幡神社にたどり着いた。
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車は鳥居の前に停めて、あとは歩く。
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立派な手水鉢があったが
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参拝はとりあえず後回し。
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陣屋跡までは、ここから80mだ。
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背後に乳首のような山が見えたが、同定不能。
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海沿い南方に見えた岩はタラマと呼ばれるあたりだろう。
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間もなく、陣屋跡の門に到着。
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陣屋に関する歴史は以下の通りである。
ロシアの南下により北方の緊張が高まった安政6年(1859年)、幕府は奥羽6藩に蝦夷地の警備を命じた。
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荘内藩(山形県)には西蝦夷地が割り当てられ、翌万延元年(1860年)、この地にハママシケ陣屋が設置された。
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山肌を削って平地を造成し、奉行長屋、神社、土蔵、湯屋などが建てられた。
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その造成跡は今も地形によく残っている。
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それぞれの遺構への遊歩道があるようだが、時間がかかりそうなので省略。
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慶応4年(1868年)の戊辰戦争により、藩士たちは引き上げたという。
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帰りに、無事下山のお礼参りをさせていただいた。
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次は、浜益地区にある岡島洞窟遺跡へ。
その途中、国道231号の旧道があったので立ち寄る。
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ちょうど、地元の方が草刈りをしていた。
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すぐ先に浜益覆道が見える。
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目の前は日本海だ。
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南側は浜益海浜公園の砂浜。
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アザラシのように見えるのは消波ブロックである。
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一応、旧道には通行止めの柵があった。
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覆道を通って、浜益地区に到着。きれいな民宿海幸が国道沿いに建っていた。
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海水浴や釣りのお客さんが泊まるのだろうか。
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国道の海岸沿いのスペースでは毎週日曜日に「浜益ふるさと市場」が開かれるらしい。
でも日付が入っていないということは、もうやっていないのか。
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広場の隅に「浜益村百年」の記念碑。
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ここは当初ハママシケと呼ばれていたが、明治2年(1869年)に「浜益」と改められたそうである。
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鰊御殿の旧白鳥家を利用した「はまます郷土資料館」は時間の都合により割愛。
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民宿の裏手に岡島洞窟遺跡らしき岩穴はあったが
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崩落の危険ありとのことで立入禁止だった。
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ついでに、浜益地区をしばし散策する。
こちらは廃ガソリンスタンド。
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手作りパンの民宿おおはし。
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石狩市役所浜益支所。
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1994年に新築された際の記念碑には合併前の「浜益村」の名が刻まれていた。
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合併しても、支所から石狩市役所まで60kmもある。大変だ。
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人口2000人(当時)程度の村の役場にしては、ちょっと立派すぎるかもしれない。
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どんどん奥へと入っていく。旅館浜益荘。
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レトロな雰囲気のマルハチ醤油店。
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移転してきた浜益中学校。
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もともと浜益高校だった校舎だ。
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当初は村立の高校だったが、1982年に道立に移管。2011年3月に廃校となった。
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となりにお寺があった。
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なかなか立派な六脚門だ。
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でも、寺の名前はここも表示がないので不明。
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境内に開基百年の碑があった。
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寺務所兼住職さんのご自宅だろう。
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ほかにも石碑がいくつか。
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国道に戻って、沿岸バスの浜益バス停前を通過。
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さっきの旧道にお堂があったので、もう1回立ち寄った。
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もう草刈りは終了したようだ。
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川下地区を南下して浜益川を渡ると柏木地区。
浜益小学校はこの地区にある。この日は運動会が行われていた。
敷地内には開校百年記念碑。
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二妙慶福之碑なる石碑が隣にあった。
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お腹が空いたので、コンビニでモナ王を購入。
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食べながら、厚田へと南下した。

(つづく)
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黄金山(下)

【2019年6月1日(土)】黄金山
黄金山(739m)に登頂し、引き返すところ。
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頂上の隣のピークに移動して、お昼にするつもりだ。
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その途中、ミヤマアズマギクがりりしく咲いていた。
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よし、ここでランチだ。
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と言っても、登山口で稲荷寿司を食べてしまったので、残りはおにぎり1個だけだ。
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なので食事はサクッと済ませ、改めて下界の様子を確認。
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10分で下山を開始した。
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相当に急な下りなので、慎重に進む。
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緊張感が必要だ。
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こういうところは格好つけずに後ろ向きで。
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新道も延々とロープが続く。
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よくもまあ、こんな山に道を作ったものだ。
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人と雨の浸食で、登山道が一部かなりえぐれている。
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10分ほどで岩場は終了。
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でも、あとは平和というわけでもない。
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浮石が多いのだ。
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斜めになったハシゴを通過。
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木の根の段差も少なくない。
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間もなく階段レベルまで斜度は落ち着いた。
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大きな倒木を乗り越え
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黙々と下り続ける。
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かわいい花を発見したが、名前が分からない。
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足元は相変わらず、ところどころ浮石状態。
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頂上から20分弱で1400m地点を通過。500m近く下ってきたことになる。
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1600m地点は見逃してしまったようだ。
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この白いうまか棒みたいな花も名前が分からない。
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さすがに14時を過ぎると、誰も登ってこない。
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序盤に、下ってくる方数人とすれ違った程度で、今日はほとんど一人旅だ。
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この倒木のあたりは、ぽっかりと開けていた。
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大きなキノコを発見。
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傾斜が緩やかになったあたりで再び開けた。
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丸山(468m)方面の稜線が見える。
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あの突起が丸山なのだろうか。
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ササ原の刈り分け道を進む。
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これはダケカンバかな。
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振り返ると、山頂の岩稜を望むことができた。
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望遠で見てみよう。
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この角度からだと富士山のようには見えない。
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山肌に岩が露出し、樹木が生えていない部分もあった。
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タンポポに囲まれた1000m地点を通過。
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再び樹林帯に入る。
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頂上から40分ほどで新道・旧道分岐に到着。
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ここの沢水で喉を潤す。
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エキノコックスが心配だが、1口くらい問題ないだろう。もういい年だし。
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分岐から7分ほど進んだところで、なんとAさんのツアーの方々に追いついてしまった。
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抜かしたいところだが、もうすぐ登山口に着くので、ゆっくり後ろからついていくことにした。
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最後尾の人のすぐ後ろを歩いていたが、私の存在にしばらく気付いてくれなかった。
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気付いたときには「うわ、びっくりした」と驚いていた。
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というわけで、14:55に登山口に到着。
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やはり、Aさんのツアーだったので、ここでご本人にご挨拶。
往路は旧道でタケノコ採りをして、ゆっくり登ったのだそうだ。
私が拾ったタケノコ2本はどうやら、その落とし物のようだ。
Aさんツアーにバッティングしたのは、昨年のアポイ岳以来2回目である。
一眼レフのカメラを提げていたので、Aさんに「何を撮ったんですか」と聞かれた。
景色も花も道も目に入るものはみんな撮っているので、「すべてです」と答えたら、ツアー客のご婦人が「あらいやだ、私も?」と胸を隠すようなそぶりをしたのには驚いた。
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皆さんもこの後、浜益温泉に行くというので、「では先に行ってます」とご挨拶して出発。
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林道4kmをのろのろ走って、15:15頃、やっと国道に出た。
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浜益温泉に向かう途中、特徴的な低山があった。
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標高169mの摺鉢山だ。

浜益温泉には15:20に到着。
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さっそく入りましょう。
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「浜益」の次に1字分空いているのは、石狩市と合併して「浜益村」ではなくなったので、「村」の字を取り払ったのだろう。
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ここは単純硫黄泉(弱アルカリ性低張性高温泉)である。
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無色透明で、ほとんど硫黄臭もしなかった。
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ph値は8.0で弱アルカリ性、源泉の温度は42.4℃だそうだ。
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露天風呂は適温だったので、ゆっくりと浸かって疲れを癒した。
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結局、Aさんの姿を見ないまま退出。
彼女は女湯に行っているわけだから当然と言えば当然なのだが。
この後は、浜益区と厚田区をあれこれ回りってから、帰宅した。
実働2時間半の山行だったが、かなり歯ごたえのある山だった。

【行程】2019年6月1日
登山口(12:25)~旧道新道分岐(12:43)~旧道新道合流点(13:35)~山頂(13:50昼食14:01)~合流点(14:09)~分岐(14:42)~登山口(14:55)
※所要時間:2時間30分(歩行時間2時間20分)
※登った山:1座(黄金山)
※歩行距離:3.8km
※累積標高差:約560m

(「浜益・厚田」に続く)
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黄金山(中)

【2019年6月1日(土)】黄金山
黄金山(739m)に旧道コースから登っている。
シラネアオイやなんとかって花(ど忘れしちゃった)が沿道に咲いていた。
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背後には増毛山地が望める。
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その右に知来岳(988m)。
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木々の隙間から見えてきたのは群別岳(1376m)。
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いよいよロープ場が出現。一気に高度を稼いでいく。
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標高が高くなるにつれ、展望が開けてきた。
横に長い雪渓をまとっているのは、さっき覗き見えた群別岳だ。
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その雪渓は、四足の動物のようにも見える。
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三役そろい踏み。左から群別岳、暑寒別岳(1492m)、南暑寒岳(1296m)。
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道は、ほぼ垂直。この先の急登は穂高岳よりも緊張した。
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木の根をつかみながら登る。
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まさにロープの連続である。
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場所によっては足場も悪く、かなりの緊張を強いられる。
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ちょっと自信がないが、信砂山(927m)だろうか。
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倒木も乗り越えないといけない。
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とても、一眼レフのカメラを持ちながら登れるところではなくなってきた。
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カメラは首からたすき掛けにして登るしかない。
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ミヤマアズマギク。
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その裏側。
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岩の種類は地衣類に覆われて識別できない。
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見渡す限り原生林である。
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ツツジ。珍しく赤い花を見つけた。
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ダケカンバの巨木。
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文様がまるで現代アートのようだ。
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エゾコザクラ発見。
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でも、あまり元気がない。
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岩場のトラバースが始まった。
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このあたりも全く気が抜けない。
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念のため、ロープは握りながら歩いた。
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見上げると絶壁だ。
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つぼみだからよく分からないが、ミヤマキンバイだろうか。
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新道に合流しようとしたところで、団体さんが下っていった。
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おそらく、Aさんツアーの方々だろう。
このタイミングで下っていったということは、もう追いつくことはないだろう。

登り始めて1時間10分で新道と合流。
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新道を少し登ると、展望スポットがあった。
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群別岳は霜降りのような雪渓の残り方をしている。
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新道も旧道に負けないくらい険しい。
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ミヤマアズマギクがこんにちは。
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それにしても、名も知らぬ花が多すぎる。
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岩にもミヤマキンバイ。
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この先はもうずっと岩場である。
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南の方角は山だらけ。
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やっと先が見えてきた。
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西の方角も開けた。
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浜益川河口付近の町並みを望遠で。
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これは下から見えていた岩峰だろう。
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その向こうには増毛山地の山々。
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あそこが頂上かな。
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もう、ひと踏ん張りだ。
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岩の上にのると、まだ頂上ではなかったが、圧倒的な大パノラマが広がった。
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左から群別岳、暑寒別岳、南暑寒岳の名峰たち。

浜益川流域と日本海。
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信砂岳?
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オオカメノキ。
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ダケカンバの緑も鮮やか。
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柱状節理?
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群別岳の手前の稜線。
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南の方角はちょっと雲が多めだ。
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さらに進むと次の岩稜が見えてきた。
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登山口からずっと鳴き続けていたエゾハルゼミを発見。
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ここが、やっと頂上か。
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いや、違った。まだ先にあるではないか。
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間違いなく、あれが頂上だ。
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しかし、ここからの眺めも最高。
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改めて、頂上の尖塔を望む。
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再びエゾハルゼミ。
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岩場にも咲くミヤマアズマギク。
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一度鞍部に下りて、頂上へ登り返し。
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13:50、ニセピークに2度だまされて、ようやく登頂。
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登山口から1時間25分、合流点からでも15分かかった。
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ここは二等三角点であった。
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さっきの岩場より木々はあるが、しっかり眺望を得ることはできる。
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東に徳富岳(929m)方面。
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頂上部のヤブ。
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群別岳。
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暑寒別岳。
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南暑寒岳、
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信砂岳?
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さっき通過してきた柱状節理の岩場。
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アップにしてみよう。
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山名板と増毛山地。
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ナナカマドの花。
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ここまでの距離は1884m(新道経由)であった。
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一応、自撮りで記念撮影。
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ここは座ると何も見えなくなるので、お昼はさっきの岩場にしよう。
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ちょっと怖いが、あそこの方が展望を遮るものがない。
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今日は頂上独り占めだ。
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(つづく)
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黄金山(上)

【2019年6月1日(土)】黄金山
この日は雨の予報だったのに、朝起きたら、きれいに晴れ上がっている。
どこにも出かけないつもりでいたが、この天気ではもったいない。
石狩市浜益区の黄金山(739m)がパッと思い浮かんだので、そこに行くことにした。
家を出たのが10時を回っていたので、登山口に着くのは12時を過ぎてしまいそうだ。
でも、1時間半で登れる山なので時間的にはそれほど心配はない。
国道231号を快調に北上。
石狩市厚田区望来への下り坂では、石狩湾に迫る山々が遠望できた。
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11:50頃、浜益川の河口付近に到着。
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ここは黄金山の展望スポットなので、車を停めて、浜益川越しに目指す山を眺める。
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その左には群別岳(左、1376m)と暑寒別岳(右、1492m)。
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こちらは南暑寒岳(1296m)。
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黄金山は鋭角のミニチュア富士のようだ。
「浜益富士」とも呼ばれているのも納得できる。
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6月はすっかり緑の世界である。
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この界隈で食料の調達と給油を済ませ、登山口へと向かう。
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もう田植えが済んでいた。
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いろんな角度から黄金山を撮影、気合を充実させていく。
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国道451号から左折して、登山口への林道に入る。
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当然ダートだ。
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登山口まで距離は4kmほどある。
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あと1.3km地点にあった看板。「登山道まで」より「登山口まで」の方がいい。
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途中、「黄金山のイチイ」なる看板があったが、肝心のイチイの姿を見つけることができなかった。
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12:15、登山口に到着。
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もうお腹が空いてしまったので、稲荷寿司を食べながら出発の準備をする。
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黄金山の登山道には新道と旧道があるが、旧道の方が急峻とのことなので、安全面を考慮して、旧道を登って新道を下ることにした。
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ここは暑寒別天売焼尻国定公園。1990年に暑寒別道立自然公園と天売焼尻道立自然公園を統合して指定された全国で55番目の比較的新しい国立公園だそうだ。
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国定公園内だけあって、いろいろな案内がかなり充実している。
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トイレも済ませて
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12:25に、いざ出発。
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入山届に記入しようとしたら、時々利用するAさんのツアーが2時間ほど前に入っていた。
どこかですれ違うかもしれない。

ここの標高は190mなので、標高差は550mということになる。
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最初は白樺林のゆるやかな坂を登っていく。
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黄金山の名は、かつて和人が砂金の採掘のため周辺に入ったことに由来するという。
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アイヌ語では、「タイルベシベ」(林の・峠道沢)、または「ピンネ・タヨルシペ」(木原にそびえる雄山)と呼ばれていたという。
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小さな沢をいくつか渡って進む。
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浜益川の下流にある川下地区に暮らしていたアイヌの守り神でもあり、ユーカラに登場する英雄の居城がある山との伝承もある。
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アイヌ文化にかかわる景勝地「ピリカノカ」の一つとして、2009年に国の名勝に指定されたそうだ。
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少し気温が高いが、最初のうちは気持ちのいい森林浴である。
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枯れ木にはキツツキの巣穴がたくさん。
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すぐに、登山口から200mの地点を通過。
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この標識がこの後も200mおきに設置されていた。

道は徐々に傾斜を増していく。
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ただ、歩きやすい登山道だ。
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歩き始めて7分で400m地点を通過。
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トドマツはもう見分けがつく。
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いつの間にか、植生は白樺林からトドマツ林に変わったようだ。
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本当に緑が濃い。
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人気の山らしく道はよく踏まれている。
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600m。頂上までは確か1.8kmなので、距離的にはもう3分の1来たことになる。
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しかし、あの山の形を見ても、尻上がりに斜度が増すことは明らかなので、そんなに甘くないことは分かっている。
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楽なのは、今のうちだけだろう。
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花が咲いていないマイヅルソウ。
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タチツボスミレが一輪。
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湿った道を歩いていると
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新道と旧道の分岐に着いた。ここは777m地点だ。
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まだ15分しか歩いていないので、休憩せずに、左手の旧道へそのまま進む。
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今度は花を付けたマイヅルソウ。
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「旧道」というわりには庭園のような小路だ。
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初夏の雰囲気が漂っている。
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あたりはタチツボスミレとマイヅルソウのお花畑になってきた。
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そして間もなく、頂上の岩峰が姿を現した。
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頂上はあんなふうになっていたのか。遠くから見えていたのとは印象が全然違う。
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この木は堂々としていて主のようだ。
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こちらの白樺も勢いがいい。
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足元には、クルマバソウ。
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そして、エンレイソウ。
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さらには、ニリンソウ。
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いっちゃあ悪いが雑草。
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ニリンソウならぬサンリンソウ?
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いずれも華やかさはないが、心が和む。
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見上げると、頂上部。こちら側は岩壁だが、ちゃんと裏側から登れるのだろう。
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30分ほど歩いて、標高400m近くまで登ってきた。
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これは何の花だろうか。
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北稜へのトラバースが始まった。
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ニリンソウとタチツボスミレの応援団。
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これも名前が分からない。
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次第に展望が開けてきた。
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大木の横を通過。
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トリカブトの赤ちゃん。
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間もなく、稜線に乗った。
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北海道の春は本当に白い花が多い。
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左手に黄金山の北斜面が見えてきた。
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この花も名前は知らない。
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こちらはチョビヒゲじいさんのようなタチツボスミレ。
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前方に頂上部らしきピークが出現。
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背後には南暑寒岳が現れた。
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雪深い山だが、今年はすっかり雪解けが進んでいる。
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その左には群別岳。
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北東の方角には、ちょこんと出っ張りがある知来岳(988m)が望めた。
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(つづく)
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豊平峡(下)

【2019年5月25日(土)】豊平峡
小天狗岳(765m)から下山して、豊平峡ダムを訪ねている。
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本日は定山渓ダムに続き、2つ目のダムだ。
ダムの上に見えているのは、レストハウスだむみえ~るである。
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望遠で見てみよう。
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レストハウスは休業でも、その前にある展望台には行けそうだ。
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対岸に見えているのは豊平峡ダム資料室。
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北の方角に小天狗岳が見えた。
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堤頂部からダムの上流の方に回り込んできた。
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管理支所に行って、ダムカードをもらってくるためだ。
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支所は業務時間外だが、ピンポンを鳴らすと、職員の方が持ってきてくれた。
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さて、これで引き返してもいいのだが、あの上にも登ってみたい。
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バスを1本遅らせて行ってみることにした。
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定山湖という名称は、定山渓観光協会が建設省に要望して命名されたそうである。
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堤頂305mの全景。
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では、展望台に向かうとしよう。
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リフトカーは運休中なので、車道を徒歩でいく。
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ほんの数分でレストハウスが見えてきた。
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「だむみえ~る」とは、そのまんまの命名だ。
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ここにも「豊平峡」の看板。
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リフトカーの頂上乗り場。乗り鉄としては乗ってみたくはある。
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あちこちに記念撮影用の看板がある。
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展望台はレストハウスの奥にあるようだ。
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まさにダムの放流が見える位置である。
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ダムの放流は6月の土日祝日は15から16時。
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あれ、今ちょうどその時間帯なのに、どうして放流していないのだろう。
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やむなく静かな豊平峡ダムを眺める。
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アーチ式ダムはやはりこの曲線が美しい。
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40年前に見たきりで、ずっと忘れていたので、とても新鮮だった。
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このレストハウス、なんとなく南洋の島の雰囲気がある。
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縁側っぽい廊下を通って辞去。
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さらに上に遊歩道らしき道が延びていたが、通行止めになっていた。
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というわけで、バス乗り場に戻ってきた。
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この電気バスは現在3代目。トヨタのコースターハイブリットである。
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15:42の便に乗った。
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再び千丈岩。
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5分で駐車場に到着。
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ここからダムサイトまでの探勝路はかつての森林軌道を利用したものだそうだ。
紅葉のときは、ぜひそのルートを利用しよう。
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それでは、さようなら。やはり、また秋に来ますね。
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これで本日の登山及び散策は終了。汗を流しに豊平峡温泉へ。
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実は、ここに入るのは初めてである。
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この送迎車はもう廃車になっていた。
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豊平峡温泉のカレーは超有名だ。
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温泉施設の手前にあったのは豊平峡ファーム。経営は温泉と一緒なのだろう。
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ここには路線バスで来ることもできるが、定山渓温泉からはさっきの電気バス乗り場まで、ここを経由して無料シャトルバスが運行されている。
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相当な混雑を予想していたが、駐車場はそれほどでもなかった。
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では、いざ出陣。
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泉質はナトリウム-炭酸水素塩・塩化物温泉(中性低張性高温泉)。旧名だと、含食塩-重曹泉という。
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源泉の温度は51.2℃と高く、ph値は6.7でほぼ中性だ。

浴室内は撮影禁止なので、自前の写真はないが、HPによれば、内湯はこんな雰囲気。
内湯

床が石灰華で激しくうろこ状になっており、裸足だと痛いくらいだ。
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石灰華の堆積のため、床が斜めになっており、カランでイスを置くのが大変だった。

男湯の露天風呂は「無意根の湯」。
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湯に浸かりながら本当に無意根山(1464m)を望むことができた。
露天はぬるめなので、ゆっくりと湯と眺めを堪能した。

湯上りにお庭を1枚。
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ここでカレーを食べる手もあったのだが、まだ時間が早かったので、とりあえず帰宅の方向。
でも、だんだんお腹が空いてきたので、根室花まるで美味しいお寿司をいただき、本日の〆とした。
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真夏日だったが、山にダムに温泉に寿司と、とても充実した1日だった。

(おわり)
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豊平峡(上)

【2019年5月25日(土)】豊平峡
小天狗岳(765m)から下山した後、定山渓温泉でジェラートを食べ、豊平峡温泉に向かった。
でもまだ、日も高いので、豊平峡ダムにも行ってみることにした。
豊平峡には確か高校の時に自転車で行ったことがある。
電気自動車に乗り換えてトンネルを通った記憶があるのだが、記録に残していないので、いつのことかは、はっきりしない。
いずれにしろ、40年近く前のことだ。

豊平峡温泉や札幌岳登山口の前を通過して、奥へと入っていくと、一般車両通行止めの標識が現れた。
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やはり、当然ながら今もマイカーでは入れないようだ。

手前にあった駐車場に車を停めて、チケットを買おうとすると、バスはまさに出発しようというところだった。
ちょ、ちょ、ちょっと待って、と言いながら、入浴とセットの券(1250円)を購入。
バスに飛び乗った。
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ほかのお客さんも数人乗っていた。

記憶していた通り、トンネルに入る。
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最初のトンネルである冷水トンネルを抜けると、右手に千丈岩が見えると運転手からアナウンスがあった。
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あれのことだろうか、「見える」としか言ってくれないので、どれのことかはっきりとは分からなかった。
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左手には九段の滝が見えるという。
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これはさすがに分かった。
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冷水トンネルを振り返る。
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バスは5分ほどで豊平峡ダムサイトに到着した。
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帰りのバスの時間を確認して、散策を始める。
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今は15時過ぎなので、15:26がちょうどいいかな。
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次の発車は15:09なので、帰りの方々さっそく乗り込もうとしていた。
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絶景展望のレストハウスだむみえ~るは9月下旬オープンの予定。
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つまり紅葉シーズンしか営業しないということだ。
レストハウスに行くリフトカーひぐま号が敷設されているが
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もちろん紅葉シーズン以外は休業中だ。
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しかし、車道を通って、徒歩で行くこともできるらしい。時間があったら行ってみよう。
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やはり、こういう看板があると落ち着く。
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そして、こちらがダム湖の定山湖。
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湖面はエメラルドグリーンに輝いている。
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ダムの堤頂に行くには、このカムイ・ニセイ橋を渡らなくてはならない。
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ちなみに豊平峡ダムは高さ102.5mのアーチ式コンクリートダムである。
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道内のアーチ式ダムはこの他に奥新冠ダム(新冠川)だけだそうだ。
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ダムの下にはまだ雪が残っていた。
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ダムの下流にある渓谷は古くから「大爺淵」と呼ばれ、ハイキングを楽しむ人も多いらしい。
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豊平峡温泉から下の渓谷を通って、ダムまで上がってくる遊歩道もあるようだ。
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定山湖は豊平川である。
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広さは1.5平方キロほどなので、それほど大きくはない。
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しかし、堤頂の長さは305mもある。
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豊平峡と言われるだけあって、周辺はものすごく切り立った崖になっている。
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さぞかし、紅葉の時期はきれいだろう。
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山肌のあちこちに岩峰が突き出しているのがわかる。
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独特の景観だ。
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さっきトンネルの間から見えたはずの千丈岩はやはり、これのことであった。
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かなり尖っている。
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これらはみな豊平川が削ったのだろう。
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豊平峡ダムも定山渓ダム同様、北海道開発局が管理している。
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ダムサイトに建つのは、豊平峡ダム管理支所である。
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1965年(昭和40年)に着工、1972年に完成した。
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7年にわたる建設工事の間に殉職者も出たようだ。
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豊平川及び石狩川下流の洪水調節や、札幌市民への上水道供給、水力発電を目的とする多目的ダムである。
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とくに上水道については札幌市の水道需要の98%を供給しているという。
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毎年4~10月にかけて観光放流を実施しているとのことだが、その場面に居合わせる幸運には恵まれなかった。
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紅葉の季節にまた来てみたいと思うが、混雑は嫌いだからどうなることか。
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(つづく)
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小天狗岳(下)

【2019年5月25日(土)】小天狗岳
12時半すぎに小天狗岳(765m)から下山を開始した。
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ピストンコースなので、来た道を引き返す。

間もなく、左手にさっぽろ湖が見えてきた。
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登りの時も見たが、やはり美しい。
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札幌岳(1293m)の残雪もほとんどなくなった。
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オオカメノキの花はアジサイに似ている。
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ツツジも好きな花のうちのひとつだ。
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すっかり夏山である。
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烏帽子岳(左、1109m)と神威岳(中央、983m)。
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無意根山(1494m)。
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どれも往路の復習だけど。
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途中、登山道から左に踏み跡が分かれているところがあったので行ってみた。
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ちょっとしたピークに通じていたが、とくに特徴的な眺望はなかったのですぐに戻る。
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今登ったのはこの岩壁の真上だった。
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岩壁というより岩塔といった方がいいのかもしれない。
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再び、恐怖の鉄くいゾーンへ。
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転んで、鉄くいが肛門に突き刺さってしまう場面を想像してしまう。
急な坂なので、ロープなどにも頼りながら、慎重に下った。
どうにか最後まで転倒せずに済んだ。

大きな倒木を乗り越える。
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この大木は倒れるだけでなく、完全に折れていた。
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緑が濃い。
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背が高い。
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なんとか道道の高架橋が見えるところまで下りてきた。
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あのトンネルを抜けると、定山渓ダムの堤頂部分に出る。
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この橋は樹海橋といって、1983年に完成したらしい。
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樹海橋の真下を通過。
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ニリンソウのお出迎えを受けた。
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時刻は13時半。下山にも1時間近くかかってしまった。
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暑いので、涼しそうなダム資料館に逃げ込む。
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資料館は休日も無料開放している。
別に集めているわけではないが、ダムカードをゲットした。
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もちろん涼むだけではなく、見学もさせてもらった。
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定山渓ダムの建設目的は、洪水調整、水道用水の確保、発電である。
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この周辺にはこんなに多くの種類の樹木があるようだ。
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さっぽろ湖はお魚も豊富。
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テラスに出ると、目の前に定山渓ダムの堤体が現れた。
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そして駐車場。当然ながら、私の車もちゃんとある。
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ベンチに座って、残りのパンを食べようとしたら、すかさずカラスがやってきた。
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捕られたら大変なので食べるのは止めて、館内に避難。
今度は2階を見学する。

さっき、登山道でこのミヤマカラスアゲハを見かけた。撮影には失敗したが。
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踏める地図の上を歩く。
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見学終了後、外の階段を登ってダムの上へ行ってみた。
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ひと山登ってきた後なので、結構きつい。
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すぐに資料館を見下ろす位置に。
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階段は延々続く。何しろ、ダムの高さは100m以上あるのだ。
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じょえ~
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右手に見えているのは、ダムのすぐ東にある616mピーク。
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7分かかって展望台に到着。
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トンネル横に資材運搬に使用したのだろうか、レールのようなものが見える。
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正面に616mピーク。
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堤頂の上を道道1号線が走る。
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その脇に定山渓ダム管理支所。
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ダムが設置されているのは豊平川の支流、小樽内川である。
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堤頂から見たダムの全景。
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南東方向に夕日岳(594m)が望めた。
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トンネルの名は神威トンネル。
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ダム名の銘板もちゃんとあった。
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さっぽろ湖の湖面の向こうに烏帽子岳と神威岳が見えた。
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このトンネルを抜けると、さっきくぐった樹海橋がある。
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再び展望台に登り、堤頂と616mピークを望む。
あちらのトンネルは時雨トンネルだ。
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階段を下りて、再び資料館前へ。
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そして、噴水のある休憩広場まで戻ってきた。
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堤体の中が見学できるとのことなので、そちらにも行ってみよう。
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ダムの中に入るのはおそらく初めてだ。わくわくする。
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中は長い廊下になっている。ものすごくひんやりする。
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気温はなんと8℃しかない。冷蔵庫並だ。
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中は廊下を数十m歩いただけで、あとは立入禁止。
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図で見ると、これだけなのでちょっと物足りなかった。
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外に出て、休憩広場に立つ彫刻にご挨拶。
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永野光一さんが1991年につくった作品「洗い髪」だそうだ。
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ダムの下にトンネルが見える。水路だろうか。
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資料館見学やダム散策も含め3時間20分の山旅であった。
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登山そのものは2時間半ほどだったが。
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この後は、車で定山渓温泉に向かう。
ダム直下の水流はしぶきを上げて、虹を描いていた。
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前を歩いている女性は、登山道でも会った方。
挨拶をすると言葉は出さず、満面の笑みで応えてくれたので、たぶん聾唖の方かもしれない。
とても感じのいい人だった。

定山渓温泉に来た目的はお風呂ではなく、ジェラート。
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これだ。今回はハスカップのシロップをかけてもらった。
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この巨木を利用したベンチに座って、いただいた。
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至福の時であった。今日は暑いしね。
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このあたりは、ぬくもりの宿ふる川が整備したエリアだ。
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空間づくりに力を入れている。
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お花もとってもきれいだった。
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では、豊平峡に向かおう。
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【行程】2019年5月25日
ダム下(10:58)~登山口(11:06)~樹海橋下(11:14休憩11:16)~山頂(12:12昼食12:35)~ダム資料館(13:32見学13:49)~ダム堤頂(13:59)~ダム内部(14:11見学14:14)~ダム下(14:18)
※所要時間:3時間20分(歩行時間:2時間40分)
※登った山:1座(小天狗岳)
※歩行距離:4.4km
※累積標高差:約550m

(「豊平峡」につづく)
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小天狗岳(上)

【2019年5月25日(土)】小天狗岳
この日の札幌の最高気温は31.1℃。
とても5月とは思えない暑さの中、さっぽろ湖を見下ろす小天狗岳(765m)に出かけた。
当初は砥石山(826m)に登るつもりだったのだが、登りに2時間半もかかり、暑さでまいってしまいそうなので、1時間20分で済む小天狗に変更したのだった。

往復で2時間半程度の山行なので、朝はゆっくりして、10時前に家を出発。
10:40頃、登山口のある定山渓ダム直下に到着した。
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広大な駐車場に車が数台停まっていた。
登山者もいるのだろうが、ダムの見学に来た観光客も含まれているのだろう。

定山渓ダムは堤高117.5mの重力式コンクリートダムで1989年に完成した。
今年で30周年ということになる。
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北海道開発局が管理する特定多目的ダムである。
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ダムの堤体の中を見学できるようなので、下山したら行ってみよう。
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11時前に登山開始。いきなり階段である。
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途中まで登ったところで、車のカギをちゃんとかけたかどうか不安になり、いったん戻る。
年を取ると、こういうことが実に多い。

仕切り直しで、ダム直下にある休憩広場を通過。
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あたりは濃い緑に覆われていて、いつの間にか新緑の季節は終わっていた。
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斜面の芝桜も散り始めている。どうやら定山渓ダムと書いてあったらしい。
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さらに登って、ダム資料館の高さまで来ると、ダム関連施設の野外展示がいくつかあった。
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どうやら水力発電に使用するもののようだ。
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ダムカード風の写真フレームも設置してあった。
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中に収まると、こんな感じになる。
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で、この先が小天狗岳への登山道。
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「勾配もきついのでかなりハード」だそうだ。この暑さだし、心してかからねば。
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入林者名簿への記入は省略した気がする。
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ここで標高が約340m。標高差は425mほどある。
水は1.5リットルほどだが、大丈夫だろうか。
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さっそくニリンソウが迎えてくれた。
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この白い花の名前はよく分からない。
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最初は緩やかな安定した道である。
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間もなく、頭上に小樽に通じる道道1号線の高架橋が見えてきた。
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あれをいったんくぐって沢を渡る。
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ここから突然、坂が急になる。
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厚いので高架橋の下で早くも小休止。息を整えた。先が思いやられる。
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太い倒木をくぐって進む。
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すっかり花も終わったエンレイソウ。
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大きな葉っぱを広げたオオカメノキ。
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この丸いつぼみの花は初めて見た気がする。何だろう。
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いよいよ階段が始まった。
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トドマツ。
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気温が高いだけに、序盤からもう汗だくだ。
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クルマバソウ。
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いろんな花が咲いているが、白い花ばかりだ。
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このあたりのニリンソウは2輪同時に咲いていた。
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再び倒木。これは乗り越えていく。
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そして、早くもロープが登場。
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うわさ通り、かなり険しい。
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樹林帯なので、日蔭なのがせめてもの救いだ。
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分かりにくいが、小天狗名物の鉄くいが出現。
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階段の木材を止めていたものだが、木が失われて、くいだけが残っている状態だ。
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頂部を白く塗って、くいの存在を分かりやすくしてくれている。ありがたい。
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今日は快晴。天気がいいことに感謝しなくては。
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フデリンドウかな。やっと白以外の花を見つけることができた。
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今度は道に沿って堂々と横たわる倒木。
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登山口から30分ほど登って、標高550mを超えると、木々の間から一瞬さっぽろ湖が見えた。
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天狗のうちわ。
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ツツジ。
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岩壁を巻く。
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岩壁の上に出ると、初めての眺望が得られた。烏帽子岳(1109m)である。
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オオカメノキの花も白。
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手ぶれしてしまったが、タチツボスミレ。
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依然として急登が続く。
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ロープの連続だ。
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再度タチツボスミレ。
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名もなき山々。
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頭上注意。
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地形図を見ても等高線がかなり密なので、やはりきつい。
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鉄くいが手がかりになるほどだ。
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ちなみに、オオカメノキは私の好きな植物のひとつである。
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お~無意根山(1464m)だ~!
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そして定山渓の温泉街も。
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その向こうに札幌岳(1293m)。
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さらに登ると、厳重にロープを張ってある箇所が。
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そこからは眼下に定山渓ダムとさっぽろ湖がくっきりと見えた。
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見えている高架橋は木挽大橋である。
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左の烏帽子岳はちょっと隠れているが、右の神威岳(983m)はよく見えた。
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手稲山(1023m)を発見。
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少し進むと、烏帽子岳と神威岳がそろって見えるスポットが。
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この位置がベストだろう。
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小天狗の主。
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残雪の無意根は鯨のようだ。
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というわけで、12:12に頂上に到着。
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駐車場から1時間15分かかった。コースタイムより5分速かった。
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方向指示盤があったが、頂上からの眺望は樹木のせいで今ひとつ。
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しかも炎天下なので、日蔭を探して、少しだけ下る。
その前に三角点をチェック。三等だった。
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しかし、本当に暑いわ。
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すぐ下の脇道が日蔭だったので、そこに腰を下ろして昼食。
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ピクルスが意外に美味しかった。

脇道はさらに先に続いていたので行ってみたが、30mほどで途切れていた。
途切れた場所に何かがあるわけでもなく、謎の道であった。

食後、もう一度山頂に寄ってみたら、単独の女性がちょうど着いたところだった。
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全景を撮り直して、12時半すぎに下山を開始した。
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(つづく)
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当別丸山(4)

【2019年5月18日(土)】当別丸山
当別丸山(482m)から下山して、宿の知内温泉に向かう途中なのだが、サラキ岬に寄り道をしている。
ここは、かの有名な咸臨丸が座礁・沈没した地だ。
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でも、チューリップが咲いて、いい季節である。
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それでは出発。
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木古内町に入ると、寒中みそぎ祭りが行われる佐女川神社の鳥居が国道脇にあった。
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みそぎ祭りは、天保二年(1831年)、神社守の夢枕に「ご神体を浄めよ」というお告げがあり、それを実行したことが始まりだという。
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神事が行われる海岸からは、さっき登った当別丸山や函館山(334m)を望むことができた。
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この海岸は「みそぎ浜」というらしい。
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対岸に下北半島の大間崎を望むことができるようだが、今日は無理だった。
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右手は矢越岬。
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祭りは1月半ばなので、そんな真冬に多分ここまでは来られないだろう。
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お隣、知内町に入ると、今度は建有川寨門跡の石碑が登場。
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松前領と幕府直轄地の接点になった建有川には、警備のため寨門(砦)が設けられ、木古内側に箱館奉行所の番所、知内側に松前藩の番所があって通行人の手形や荷物の検査をしたとのことだ。

知内町の市街地を抜けると、国道228号は内陸へと入り、正面に七ツ岳(957m)が見えてくる。
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道の駅しりうちは、かつて津軽海峡線の知内駅があった場所だ。
北海道新幹線開業に伴い、駅は廃止され、湯の里知内信号場となった。
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ちなみに、知内町は北島三郎のふるさとである。
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道の駅の先に、青函トンネル北の玄関口なる展望スポットがあるようなので、またしても寄り道。
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こんな撮影ポイントが整備されているとは知らなかった。
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さっそく登ってみよう。
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現在17:48なので、次が来るのがはやぶさ23号の18:14。
とても待っていられない。
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新幹線なしの写真になってしまった。
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でも、あそこから出てきた瞬間、乗客は「わあ、北海道だ~!」と叫ぶことになるわけだ。
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展望台からは、ちょうど真東の方向に残雪の大千軒岳(1072m)を望むことができた。
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萩茶里橋で知内川を渡る。
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関係ないが、この数字を見ると、2月28日が思い浮かぶ。
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あちこち寄り道して、随分遅くなってしまったが、やっと知内温泉の入口を通過。
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温泉に到着したのは17:55。
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宿の名称は「ユートピア和楽園」。「知内温泉旅館」とか秘湯っぽくていいと思うが。
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しかし、なかなか立派な建物である。
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開湯800年と伝えられる、道内最古の温泉だそうだ。
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宝治元年(1247年)、砂金を求めて渡道した荒木大学が発見し、薬師堂を建立したのが始まりとされている。
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いわれはこの看板にも詳しい。
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近くに湯倉神社もあるらしいが、結局行かなかった。
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早速チェックイン。お風呂は上の湯と下の湯の2種類があるようだ。
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いずれもナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉だが、源泉の温度が違う。

お部屋は奥の旧館。ちょっと古いが何の不満もない。
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鍵穴も前方後円墳形の懐かしいタイプだ。
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窓からは、さっきの古い車庫が見えた。
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まずは上ノ湯に行ってみよう。
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う~ん、素晴らしい雰囲気だ。
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石灰華が沈殿して、うろこ状になっている。
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どうして、こんな形に固まるのか、とても不思議だ。
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800年の歴史が感じられる温泉らしい温泉である。
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源泉の温度は61.5℃、ph値は6.6。
湯温は43℃にしてあったが、それでもかなり熱かった。
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お風呂から上がって、19時から食事。
まずは生ビールでひとり乾杯。
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お造り。
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あとはカキフライやら茶碗蒸しやら。
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カキの味噌焼きも美味だった。
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食後、パソコン作業をしばらくやって、寝る前に今度は露天風呂へ。
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午後4時半を過ぎていたので、さすがに誰もいなかった。
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続いて、下ノ湯にも行ったが、湯気もうもうでうまく写真が撮れなかった。
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翌朝は朝食抜きで午前5時に出発の予定。
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22時には寝てしまった気がする。

【行程】当別丸山
トラピスト修道院駐車場(15:00)~聖リタ教会墓地(15:13)~ルルドの洞窟(15:22撮影15:27)~頂上(16:01撮影16:07)~展望台(16:18)~修道院正門(16:42撮影16:45)~駐車場(16:48)
※所要時間:1時間48分(歩行時間:1時間30分)
※登った山:1座(当別丸山)
※歩行距離:6.3km
※累積標高差:約440m

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当別丸山(3)

【2019年5月18日(土)】当別丸山
トラピスト修道院の裏手にある当別丸山(482m)の頂上にいる。
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足元にわらびが1本。
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それほど眺望には恵まれなかったが、わずかに函館湾を望むことができた。
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函館山(334m)の南端、大鼻岬が覗いていた。
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おっと、駒ヶ岳(1131m)が霞んで見えるではないか。
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この稜線はどの山か特定できなかった。
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それでは、そろそろお暇しましょう。
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もう16時を回っているので、帰りはほとんど走って下った。
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途中、木々が途切れた場所から横津岳(1167m)が望めた。
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太平洋セメント上磯工場のベルトコンベアーも。
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そして再び駒ヶ岳。
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10分足らずで展望台分岐まで下りてきた。
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展望台は登りではパスしたので、当然寄っていく。
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途中、広場っぽくなっている場所を通過。
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分岐から2分で展望台に到着した。
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ここから修道院の建物群が俯瞰できた。
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函館山もばっちり。
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合わせるとこうなる。
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そして渡島当別の街並み。
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満足して、そのまま下り、もとの登山道に合流。
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スギ林の中を抜けていく。
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ここのタチツボスミレは花びらが大ぶりだった。
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何もないところはひたすら走る。
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ブレーキをかけながらなので、太ももが筋肉痛になってしまった。

頂上から20分弱でルルドの洞窟に到着。
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この先は遠回り覚悟で往路と別の道を行くつもりだったのだが、その道が水道汚染防止のため立入禁止になっていた。
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やむなく、登ってきたのと同じ道を引き返す。
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間もなく右手に牧草地が広がる。
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タンポポがもう綿毛になっていた。
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墓地前を通過。
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当別丸山を振り返り、ご挨拶。
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沿道にはヤマブキも咲いていた。
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そういえば。往路では気づかなかった。
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修道院の裏側は、製酪工場の入口になっていた。
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ゲートの外から覗き見。
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敷地内にお客様(修道士の家族とか?)が泊まる宿舎があるようだ。
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ねこちゃんもお客さんかな。
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修道院の塀に沿って進む。
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登りでも気になっていたが、これが何の木なのか知りたい。
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分からないまま、通用門前を通過。
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八重桜の並木道を下ると駐車場なのだが、等高線に沿って正門への道を行く。
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有名なレンガ造りの建物が見えてきた。
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手前は門である。
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八重桜がたわわ。
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枝垂桜も満開だった。
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正門は鉄の扉で固く閉ざされている。
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やむなく、扉越しに撮影。
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このお方は聖人? キリスト教にはうとくていかん。
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見学は男子のみ。男性の修道院だから、なのだろう。
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「灯台の聖母」とはどういう意味か。
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正門の建物の中に小さな展示室があったので入ってみた。
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トラピストとは、聖ロベルトが1098年に仏シトーの地に設立した修道院が起源。
ここから生まれたシトー修道会に属するトラップ修道院によって1664年、より厳格な生活を志向する改革運動が起こり、この流れをくむグループをトラピストと呼ぶようになったという。
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フランスの本家の写真が掲げられていた。
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こちらが修道士たち。
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1903年に焼失してしまった当初の修道院。
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土木作業を行う修道士たち。かなり古い写真だ。
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以上も含め、その他、あれこれ。
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正門から南を向くとポプラの並木道。海まで続いているようだ。
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しかし、参道は使わず、脇道を下る。
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なぜなら、この歌碑を撮影するため。
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阿波野青畝「十字架を象嵌したる天高し」
青畝は昭和初期に「ホトトギスの四s」と呼ばれた俳人である。

名残にもう一度、八重桜を愛で、出発。
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並木道の途中で車を停め、改めて撮影。
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見事な景観である。
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それでは、また。
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参道の先端にあった北斗市立石別中学校。
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では、一路、知内温泉へ。
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前方に見えるのは矢越岬の山塊。
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途中、こんな大きな看板が見えたので、またまた寄り道。サラキ岬公園である。
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花壇のチューリップが満開だった。
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色とりどり。
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西に連なる山々は、左から七ツ岳(957m)、袴腰岳(699m)、尖岳(604m)。
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チューリップや風車があるのは、咸臨丸がオランダ製であることにちなんだのだろう。
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このすぐ沖で日本初の洋式軍艦咸臨丸が座礁沈没したのである。

こちらは2007年に製作されたその模型。
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咸臨丸は福沢諭吉らを乗せて、1860年に太平洋を横断した船として有名である。
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しかし、1871年(明治4年)9月19日、伊達白石藩の旧臣401人を移住させる目的で北海道小樽へ向け航行途上、暴風雨にため遭難し、サラキ岬で座礁したのであった。
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この碇は咸臨丸のものではあるまい。
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さっきの見えた山々を海越しにもう一度眺める。
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左の先端は矢越岬。
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津軽海峡を望む場所に、咸臨丸ストーリーの詳細な説明板が設置されていた。
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勉強されたい方のためにすべて紹介する。
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パノラマ写真もあって、山名が表示されていた。
私の同定は間違っていなかった。
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しかし、燈明岳とあるのは通称なのだろうか。
地形図を見ると最高峰(約850m)には、山名も標高も記されていない。
地形図に記されている燈明岳は中腹にある標高576mの小ピークでしかない。
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こちらは大千軒岳(1072m)である。
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(つづく)
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当別丸山(2)

【2019年5月18日(土)】当別丸山
道南の当別丸山(482m)に登るべく、ふもとにあるトラピスト修道院にやってきた。
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ここでは乳牛を飼育し、乳製品も生産している。
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美しい景色の中、修道院前の坂を登っていく。
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そして左側に回り込む。
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ルルドの洞窟は丸山の中腹にあるので、この道標に従って行けばいい。
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修道院の施設は昔ながらの木造牛舎などがまだ現役だ。
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壁に沿って、さらに奥へ進む。
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ゲートから中を覗くと、石造りのサイロなどもあった。
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ここにはサイレージを保管するのだろう。
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修道士たちが家族に手紙を書く関係からか、郵便ポストが設置されていた。
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修道院の裏口にも駐車場があり、この先は一般車両通行止め。
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ここから丸山の山頂が見えた。
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タンポポ街道。
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若いカップルもルルドの洞窟に向かっている。
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さらに進むと、左手に牧草地が現れた。
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その向かいに墓地。
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当然、キリスト信者の墓である。
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名称は「カトリック当別聖リタ教会墓地」という。
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やはり墓標は十字架形が多い。
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墓碑銘は洗礼名になっていた。
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ルルドの洞窟から戻ってきた若者たちが牧草地を歩いている。青春のひとコマ。
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墓地までは関係者なら車で来られるのだろうけど、ここからは本当に通行止め。
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でも、参拝者のためにずっと舗装してある。
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墓地を振り返ってみた。
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牧草地を過ぎると、傾斜が急になる。
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沿道にタチツボスミレ。
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ここは当然、時間節約のため右側の「男坂」を行く。
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こんなところにも三木露風の詩が。
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修道士が作詞した「えぞちの野薔薇」という歌があるらしい。
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長い階段を登って、ルルドの洞窟のある高台に着くと眺望が開けた。
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露風が「ルルドなる聖母の像のほとりなる樹に蝉のなく時も過ぎけり」と詠んだ
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その聖地である。
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おお、函館山が見えるではないか。
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望遠で頂上付近を見てみよう。
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この凹んでいる部分がルルドの洞窟なのだろう。
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その右上の岩に穴が掘られ、聖母マリア像が安置されていた。
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ブルーの帯が美しい。
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ちょっと虫が止まっているのが気になるが。
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洞窟には祭壇のようなものがあり、お賽銭?が置かれていた。
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展望台に上がってみよう。
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カップルは見学終了のご様子。
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ツタのからま~るチャペ~ル♫ならぬルルド。
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展望台からは修道院が見下ろせる。
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函館山はその向こうに浮かんでいた。
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ツツジの季節である。
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それでは、マリア様いってまいります。
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丸山の山頂目指し、ルルドの洞窟から右奥に延びる道を行く。
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最初はトラバース気味の緩やかな登り。
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もう、かなり下草が繁茂している。
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早速、シラネアオイのお出迎え。
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この子たちも、この季節にはお馴染みだ。
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名も知らぬ白い小さな花。
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倒木もかなりあった。
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これはまたがなければならない。
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フキノトウはフキの花に成長。
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山はすっかり新緑に覆われてしまった。今年の春は駆け足だ。
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間もなく分岐となり、右に行くと展望台があるようだが、まずは真っすぐ頂上を目指す。
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この黄色い花も名前を忘れてしまった。
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調べる時間がないのである。
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この花もどなたか教えてください。
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しばらく登ると、また展望台への分岐。
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どうやら展望台経由の道もあるようなので、帰りに寄ることにしよう。
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写真では分からないが、実はすごい蝉しぐれなのである。
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もう、すっかり初夏のたたずまいである。
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さすがに道南だけに、ブナがあった。
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登り始めたのがかなり遅かったので、けっこう速足で登っている。
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おかげで汗だらだら。
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お茶もすぐに飲み干してしまった。
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それにしても、見事なブナ林だ。
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この水墨画のような斑点が懐かしい。
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シラネアオイも惜しげもなく、花びらを全開にしていた。
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きれいに開くと、実にあでやかだ。
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そろそろ頂上が近づいてきた気がするが。
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きっと、もうひと踏ん張りだろう。
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シラネアオイは朝より夕方の方が開くのかもしれない。
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広葉樹が多い。さぞかし秋は紅葉がきれいだろう。
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蝉の抜け殻発見。
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さあ、傾斜が緩んだ。
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最後の登りだ。
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16時に登頂。
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修道院前の駐車場からちょうど1時間だった。
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ただ、わりと木々に囲まれていて、眺望は今ひとつ。
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とりあえずは三角点タッチ。
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おや、天測点もあるぞ。
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第七号と掘ってある。
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北海道ではペラリ山に次いで2回目の遭遇だった。
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天測点頭頂部の十字架。
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まあ、とにかく、ひと息入れましょう。
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(つづく)
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当別丸山(1)

【2019年5月17日(金)】函館
5月半ばの週末、函館に出張することになった。
仕事は18日(土)の午前中なので、前日のうちに札幌を発ち、日曜日は休みを取って、松前線の廃線跡を歩くことにした。
土曜日の午後も時間があるので、余裕があったら、トラピスト修道院の裏にある当別丸山(482m)も登るつもりだ。

17日(金)、14:45札幌発の特急スーパー北斗16号に乗車。
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函館で高校の同窓生と飲む約束をしたので、少し早めの出発である。
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まだ日は高いが、ちょっと予習をしておくことにした。
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車内ではずっとパソコン作業ときどき睡眠という感じだった。
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列車は定刻通り18:25に函館に到着。
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ちょうど、道南いさりび鉄道の列車が発車間際だったので、撮影のため1番線へ走った。
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これは、いさりび鉄道のロゴマーク。
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「海沿いを走る列車の車窓に広がる、津軽海峡と函館を望む雄大な景色」をモチーフに、「青い海」と、社名のシンボルである「いさりび」を表現しており、鉄道が「ひと」をつなぎ、地域とともに力強く未来へ伸びていくという思いが込められている。
とのこと。でも、波の感じは分かるが、いさり火がよく分からない。

18:34発の上磯行きである。
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車両の色はなかなか渋いが、何をイメージしたのだろう。
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用事があるので、発車を待たずに改札を出る。
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まずは、今夜の宿、ルートイングランティア函館駅前にチェックイン。
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荷物を置いて、さっそく指定されたお店、炭火串焼「やまと」に向かう。
ホテルから歩いて7、8分のところにあった。
Iさんはすでに到着しており、玄関先で迎えてくれた。
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彼は高校の7期下に当たる。
当然、現役時代は面識がないが、卒業後、同窓会の山岳部で知り合い、これまで2回ほど一緒に登ったことがある。
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見ての通り、ユニークな男である。

お互い翌日は仕事があるので、というか、お店が閉店だというので22時半頃にお開き。
宿に戻って、大浴場へ。
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ここは天然温泉で源泉名は「函館温泉 旅人の湯」という。
ボーリングで掘り当てたのだろう。
源泉の温度は45℃、ph値は7.7。
泉質はナトリウム-塩化物温泉(弱アルカリ性高張性高温泉)で、旧泉質名でいうと、含臭素-食塩泉だそうだ。
モール温泉のような色をしていた。
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窓にはスモークがかかっているが、眼下は函館駅である。
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ゆっくりと汗を流して、12時前には就寝した。
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【2019年5月18日(土)】当別丸山
朝食を買っておくのを忘れたので、着替えてコンビニまで行き、パンで済ませた。
本日の仕事場は旧南茅部町の大船遺跡。
アポは午前10時なので、8:40に同僚が借りたレンタカーで出発した。
現地には9:45頃到着。
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ここでの仕事は1時間半ほどで終了。
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国宝の中空土偶を見学しに、近くの函館市縄文文化交流センターに移動する。
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ここに来るのは2年前の夏以来2回目だ。
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館内には周辺で発掘された縄文土器や石器など様々な資料が展示されている。
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これは赤ちゃんの足形をとった土版。縄文人の子供を思う気持ちが伝わる。
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そして、これが国宝土偶。
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中は本当に空洞で、厚さは2mmほどしかないところもあるという。
恐るべき縄文人の技術だ。

大きな展望窓の外には、世界文化遺産への登録を目指している「北海道・北東北の縄文遺跡群」のひとつ、垣ノ島遺跡を望むことができた。
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というわけで、正午過ぎにミッションは終了。
同僚の希望で、ランチは「ラッキーピエロ」で食べることになった。
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ちょっとアメリカっぽい。
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かなりけばけばしいが、それほど嫌悪感は覚えない。
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オーダーしたオムライスは巨大だった。
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美味しかったので無理すれば全部食べられたのだが、間違いなく太るので、4分の1くらいあえて残した。

今後来る機会があったら、日本一に輝いたというご当地バーガーを食べてみよう。
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昨年秋に函館に来たときに混んでいて断念した経緯もあるので、体験できてうれしかった。
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五稜郭を観光したいという上司を途中で下ろし、私はプライベート用のレンタカーを借りるため、トヨタレンタカーで下ろしてもらった。
車を借りたら、同僚が車を返したニッポンレンタカーに立ち寄り、彼を拾って、フェリーターミナルへ。
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彼はこれからフェリーで青森に渡り、同期と飲む予定だそうだ。
みなさん仕事のあとはきっちり遊ぶ心がけで、大変結構なことだ。

私は彼を見送って、改めて周辺を見学。
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ターミナルビルの前には、ちゃんとバス停があった。
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現在地はここ。市街地から随分離れている。
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函館のマンホールを確認して、とりあえずトラピスト修道院に向かう。
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海岸線を走る国道228号を南下。
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右手には道南いさりび鉄道が並走している。
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葛登支岬を過ぎると、これから登る当別丸山が正面に見えてきた。堂々たる山だ。
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渡島当別駅の先で踏切を渡り、トラピスト修道院への参道に入る。
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美しいポプラの並木道だ。
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15時前に、修道院前の駐車場に到着した。
飲み物を買ってくるのを忘れたので、売店に寄ってみたが、売っていなかった。
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半分くらいしか残っていない水筒のお茶で我慢するしかなさそうだ。

登る前にしばし、周辺を探索。
この説明板によれば、詩人で童謡作歌の三木露風(1889~1964年)は大正9年(1920年)から4年間、トラピスト修道院の文学講師を務めたのだそうだ。
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その露風の詩碑が駐車場横の庭園にあった。
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「日は輝やかに 沈黙し 時はおもむろに 移り行けり美しき地上の 断片の如く 我命は 光の中に いきづく」
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こちらは読みにくいが、露風のことを解説した碑文。
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修道院に相対するように、八角ドームのかわいらしいカトリック当別教会(聖リタ教会)が建つ。
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隣に聖母マリア様(かしら?)。
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そして、大正10年(1921年)建立の修道院創立二十五年記念碑。
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並木を修道院側から眺めてみた。
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この並木道は「北海道まちづくり100選」と「人間道路会議賞」に選ばれている。
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振り返ると、丘の上に修道院。
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これは顔ハメではなかったが、神聖な場所だけにちょっと違和感がある。
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たんぽぽが満開。
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北海道で最初の男子修道院として明治29年(1896年)に創立した当時は、白いペンキ塗りの木造建築だったそうだ。
毎日、何度も鐘の音が響くことから、土地の人々は「ガンガン寺」と呼んでいたという。
しかし、7年後に火災で焼失し、現在のレンガ造りの建物は明治41年(1908年)に再建されたとのことである。
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修道院の見学は下山してからにして、とりあえずは望遠で撮影。
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参道は八重桜が満開だった。
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それでは、修道院に向かって左側に延びる道を登っていく。
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左手は広大な牧草地だ。
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日当たりのいい場所にあるたんぽぽはもう綿毛になっていた。
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昔はよく、息を吹きかけて、種子を飛ばして遊んだものだ。
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実にいい季節である。
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(つづく)
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1905根室本線(下)

【2019年5月2日(木)】根室本線
2泊3日の日高・十勝の旅の最終日は、根室本線の駅舎めぐりをしている。
ただ今、幕別駅を見学中。
ここも間口の広い駅で、写真が撮りにくい。前に障害物があると、なおさらだ。
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幕別はパークゴルフの町なので、それらしき彫像が駅前に設置されていた。
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タイトルは「和の里」。
「十勝大平原に憩いパークゴルフで微笑む一家の永久に幸せを願う里の象徴」だそうだ。
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日本語もちょっとおかしいし、意味が分かるようで分からない。
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幕別町は忠類村と合併したので、南北に細長い。
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この建物は駅の隣にある幕別パークプラザ。
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駅前に幕別大通。
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通りに面して、カシマ写真と幕別町農協。
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駅周辺を押さえたところで、待合室を見学。
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ここは業務委託駅だが、休日につき、窓口が閉まっていた。
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お陰様でホームの見学もできる。
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幕別駅は1905年(明治38年)10月21日、止若(やむわっか)駅として開業。
1963年(昭和38年)11月1日、幕別駅に改称された。
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駅名改称にあたり、天北線にも「幕別」があったことから、まず天北線の「幕別」を「恵北」に改め、その1か月後に「止若」を「幕別」に変更したという。
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構造的には、2面3線の単式・島式複合ホームである。
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幕別町は「パークゴルフ発祥の地」だそうだが、今や高木菜那・美帆姉妹の故郷と言った方が通りがいいかもしれない。
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基本的に上下線とも駅舎側の1番線を使用する。
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待合室を通らず直接構外に出られる臨時改札のような施設もあった。
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では、跨線橋を通って、2、3番線に行ってみよう。
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跨線橋の壁はすっきりシンプル。
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跨線橋から駅舎を望む。
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ぱらぱらと人々がホームに出てきたということは、そろそろ列車が到着するのだろう。
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駅の裏側はパークゴルフ場になっている。
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2番線(左)と3番線。
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交換および追抜き待避をする場合のみ、2番線や3番線を使用するのだそうだ。
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この跨線橋が設置されたのは1951年(昭和26年)7月。
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再び待合室に戻ってくると、ほとんど人がいなくなっていた。
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駅に連絡しているのは十勝バスと町営バス。
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列車の音が聞こえてきたので、あわててホームに駆け込む。
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帯広行きの普通列車だった。
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1両編成である。
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浦幌発の列車だった。
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全員、乗車を完了し
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9:17に発車。
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列車を見送り、次の稲士別駅跡へ向かう。
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15分ほどで到着。近くの踏切脇に車を停めたら、今度は特急列車がやってきた。
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札幌発釧路行きのスーパーおおぞら1号である。
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あっという間に走り去っていった。
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で、駅の跡なのだが、痕跡がよく分からず、なかなか場所を特定できない。
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踏切名は「幕別町東14号」となっており、ちょっと離れているのか。
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このお宅が駅前民家のように見えたが、駅は線路の反対側にあったはずなので、ちょっと違う。
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さっき、ここに来るとき、道路脇に入るアスファルトの突起のようなものがあったが、きっとそこかもしれない。
戻ってみたら、それらしき空間が確かにあった。
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稲士別駅は2017年3月4日に廃止されたが、現役時代はこんな待合室があったようだ。
240px-稲士別駅(ウィキペディアより)

ホームなどは跡形もなく撤去されている。
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廃止前5年間の1日平均乗降人員は1人以下だったという。
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信号場などとして第二の人生がない限り、JR北海道による撤去は誠に素早い。
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安全性を考慮してのことなのだろう。

駅前近くにあった集合住宅。
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次は札内駅。知らぬ間に気温は17℃近くまで上がっていた。
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ナビに頼っていたら、駅の反対側に案内されてしまったので、アーチ状の覆いが設置された歩道橋で正面へ移動する。
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これは駅前(駅裏?)倉庫。
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温室効果で中は暑いくらい。
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窓から1枚だけパチリ。
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駅前に出た。
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札内駅の駅舎はちょっと風変わりなデザインである。
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待合室に入る前に駅前通りをひと通り確認。
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真ん前に札内農協金融店が堂々と立っていた。
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奥の方には農協の生産資材店舗も見えた。
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幕別町のマンホール。
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ウッドペッカーとはキツツキのこと。ここではクマゲラを指しているらしい。
クマゲラはパークゴルフのマスコットという位置付けで、町の鳥というわけではない。

その無色バージョン。クマゲラが幾何学模様のようで、ちょっと分かりにくい。
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この地図を見ると、線路を基準にした道路と国道を基準にした道路が混在しているのが分かる。
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駅舎の釧路側の風景。
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札内駅は幕別駅に遅れること5年、1910年(明治43年)1月7日に開業した。
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現在の駅舎は1974年(昭和49年)12月5日に改築されたものである。
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ファサードのせり出しが格好いい。
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ここも業務委託駅だが
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休日のため窓口はお休み。
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なので、ホームも見学。
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すぐ裏にある農協の馬鈴薯倉庫(集荷貯蔵所)もよく見える。
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今度は上りの特急列車がやってきた。
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釧路発札幌行きの特急スーパーおおぞら4号である。
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札内の地名は、アイヌ語の「オ・サッ・ナイ」(川尻のかれている川)」に由来する。
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札内川が増水するごとに流れを変え、水が減ると一帯が河原となることにちなむらしい。
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2面2線の相対式ホームである。
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こうして見ると、駅名表示がかなりしつこい。
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特急等の通過列車は上下とも2番線を使用、普通列車は原則上下とも1番線に停車する。
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ということは2番線に乗降する人はほとんどいないということになる。
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それでも一応、構内踏切で行き来はできるようになっている。
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2番線から見た駅舎。
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かつては他にもレールはあったようだ。
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というわけで、待合室に戻ってきた。
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時刻表を確認してから退去。
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これにて本日のミッションは終了。まだ10時前だが札幌に帰ることにする。
こちらは帯広市内で発見した十勝農事試作場跡の案内板(信号待ちの時に車内から撮影)。
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音更帯広ICから道東道に乗り、一路西へ。
途中、占冠PAで休憩。
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さすがにGWだけあって、いろんな店が出ていた。
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エゾシカ肉のハンバーガー「馬鹿バーガー」が600円!
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改元記念で、あまおうソフトが100円引きだった。
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施設内に、南を上にしためずらしい地図を発見。道内の高速道路の概略を示してある。
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十勝エリアを拡大。知らないうちに、帯広・広尾道が大樹まで伸びていた。
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裏の方には、ひっそりと「ハイウエイガーデン」が整備されていた。
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まだ、チューリップがちらほらと咲き始めたばかり。これからが楽しみだ。
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ガソリンは音更で高速に乗る前に入れたので大丈夫。
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おやつにザンギを買って、運転再開。

千歳が近づいてくると、正面に札幌近郊の山々のスカイラインが見えてきた。
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少し引いてみると、こんなふうに名山が並んで見えるのを知って感激した。
左端が定山渓天狗岳、その右の小さな突起が神威岳、そのすぐ右が烏帽子岳、写真中央の双耳峰が百松沢山である。

13時過ぎに、札幌市内に入った。
お昼は清田のひこま豚食堂で食べることにした。
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しかし人気店だけあって、30分ほど車内で待つことに。

いわゆる無菌豚のお店だが、それほどバカ高いわけではない。
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オーダーしたのは、定番の豚丼。
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とろとろのゆで卵と混ぜて食べると絶品だった。

食後、秀岳荘白石店にも寄ったが、なんかセールをやっているのか、駐車場に入れない車が並んでいるくらいだったので、断念した。
帰宅したのは15時前くらいだった。
今日で連続温泉記録はついえたが、行ったことのないところをあれこれ行けて、楽しい旅だった。
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1905根室本線(上)

【2019年5月2日(木)】根室本線
道の駅忠類の夜が明けた。
よく寝た、よく寝た。もう6時だから、9時間も寝てしまった。
ガスがかかっているが、これは朝霧だろう。
陽が高くなるにつれて晴れてくるに違いない。
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トイレを済ませて、さっそく朝食。
昨日、近くのセコマで買っておいたパンを車内でいただく。
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なんと牛乳のチコパックが売り切れで豆乳にせざるを得なかった。

朝食後は朝のお勤め。
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マンホールは当然ナウマン象だった。
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7:20頃に出発。まずは保存されている旧広尾線の忠類駅に立ち寄った。
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ここには、ちょうど10年前の夏に来たことがあるのだが、当時と全く変わっていなかった。
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忠類駅は昭和5年(1930年)10月10日の開業。
昭和62年(1987年)2月1日、57年にわたる歴史に幕を閉じた。
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寂しげな駅前通り。
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駅舎は鉄道資料館になっているが、まだ閉館期間中だった。GWなのに。
まあ、この時間ではいずれにしても開いていなかっただろうけど。
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この駅舎はホーム側から見た方が、現役時代の雰囲気を感じ取ることができる。
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駅舎の裏には線路が残されており、かつての車両も展示されていた。
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移設保存されている踏切。
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安易に再開発しないで、こういう形で残してくれると鉄道ファンにはとてもうれしい。
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しかし、通常は町の一等地だけに遊ばせておくわけにもいかないのだろう。
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せめて石碑などモニュメント程度は記念に残しておいてほしいものだ。
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広尾線には大学時代に1度だけ乗ったことがある。
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1983年の夏だったので、もう36年も前のことだ。
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廃止から32年が経過し、ホームが倒れかかっている。
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安全確保のため周囲には柵が巡らされていた。
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忠類という地名は、アイヌ語の「チウ・ルイ・トープツ」(流れの速い川)に由来する。
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う~、たまりません。
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残しておいてくれてありがとう。
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中もちゃんと見学したいが
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固く閉じられているので窓越しに撮るしかなかった。
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壁には2年間の無事故を讃える表彰状が飾られていた。
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また来る機会はあるだろうか。私の人生も残り少なくなりつつあるからなあ。
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それでは、さようなら。
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この後は根室本線の駅舎で未撮影となっている池田~帯広間の駅を一つ一つつぶしてく。
最初の駅である利別駅に向かう途中、忠類村の市街地を見下ろせる丸山(271m)に登ってみた。
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登ったと言っても、この山には頂上まで車で行けてしまうので、運んでもらった形だ。
頂上には、NHKの中継施設があった。
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石碑だけの丸山神社。
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大正2年(1913年)の建立とある。
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足元には四等三角点がひっそり。
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展望台の下に秋の眺望写真パネルが設置されていた。
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街を貫く国道236号線と奥には日高山脈もよく見える。
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さて、今日もこんなふうに見えるでしょうか。
さっそく展望台に登ってみた。雲が多いが、見事に晴れ上がった。
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季節は違うが、ほぼ写真パネルと同じだ。
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中心街。奥に道の駅が見える。
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南東の方角。
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東の方角。
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あの白い霞の向こうが太平洋である。
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名も知らぬ山。
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南西の方角。
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十勝らしい農場風景が広がる。
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山頂には、かわいい桜が咲いていた。
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何桜かは、ちょっと分からない。
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なんと同時にツツジも。
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では、下山開始。
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道道15号を北上し、1時間近くかかって利別駅に到着。
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間口の広い駅である。
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利別駅は1904年(明治37年)12月15日、北海道官設鉄道の駅として開業した。
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利別駅周辺は利別川の河川改修に伴い線路の付け替え及び駅舎の移動が行われており、現在の駅舎は1967年(昭和42年)に600m帯広側に新設されたものだ。
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1984年(昭和59年)2月1日には無人化されている。
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このお知らせは、「JR北海道」のところが上書きになっている。
国鉄時代から掲示されているものなのかもしれない。
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年間どのくらいのお客さんが利用しているのだろうか。
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1日上り13本、下り14本が運行しているが。
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ホームに出てみよう。
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懐かしい改札。ここに駅員が立っていた時代もあったのだ。
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1面2線の島式ホームである。
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なので、ホームに行くには構内踏切を渡らなければならない。
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きれいな踏切だ。
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「利別」という地名はアイヌ語の「トゥㇱペッ」(綱・川)に由来するとされる。
ただ、なぜ「綱」なのかには諸説あり、かつて釧路アイヌと十勝アイヌの境界争いに際し、十勝アイヌが河口に綱を張って釧路アイヌを通さなかったから、という説や、蛇が多くいる、あるいは蛇のような川を意味しているという説があるらしい。
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帯広方面。跨線橋はホームに通じるものではなく線路で隔てられた両側を結ぶものだ。
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北に横たわるのはフンベ山(170m)。
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いくつも並ぶホーローの駅名標がほほえましい。
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こちらも昔懐かしいホーロー製。
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ホームはわりと幅広かった。
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1944年(昭和19年)には、帯広緑ヶ丘飛行場(旧帯広空港)から陸軍第1飛行師団の修理工場が近くに疎開して第6野戦航空修理廠が設置されており、そこへ通じる軍用線が敷設されていた。
ちょうど跨線橋からフンベ山方面である。
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必要以上に広い駅前通り。街はずれに駅が移動したのに伴い整備されたのだろう。
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一応、レンガで化粧もされていた。
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それでは、さようなら。
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次は幕別駅だが、その途中にあった十勝川温泉への案内看板。
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幕別駅には10分で到着。
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駅前には立派な石造りの倉庫があった。
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となりの「さつない」だけ真新しいのは、稲士別駅が廃止されてしまったからだ。
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ブルーの跨線橋がまぶしい。
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車を駐車場に停めて、横から攻める。
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駅前通りは再開発されているようだ。
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この駅舎は1957年(昭和32年)12月6日に改築されたものと思われる。
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三角帽子の時計が愛らしかった。
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(つづく)

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襟裳岬(4)

【2019年5月1日(水)】襟裳岬
襟裳岬の観光を午前中に終え、天馬街道経由で十勝に入ってきた。
海岸沿いの湖沼群に向かう途中、十勝開拓の先陣を切った晩成社の遺跡があることを標識で知り、やってきた。
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ここで、晩成社は帯広からここ大樹に移転してきて、開拓に挑んだようだ。
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今もサイロ跡や晩成社の代表だった依田勉三の旧宅(復元)などが残されている。
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この穴がサイロの跡。
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明治38年(1905年)に造られた道内最古の地上式コンクリートサイロだったそうだ。
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明治末の最盛期には牛200頭、馬130頭を飼育していたらしい。
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こちらは勉三の歌碑。
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「ますらおが心定めし北の海 風吹かばふけ浪立たば立て」
開拓という困難に立ち向かう覚悟がよく表れている。

依田勉三の旧宅を10分の1に縮小した模型。芳名帳が入っていた。
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小高い盛土の上には石碑が並んでいる。
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左端にあるのが「もみじひら」の歌碑。
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裏に「ふみまなぶ学びの子らがうえおきし 園生のもみじにほいそめけり」と刻まれている。
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晩成社が下帯広(現在の帯広市内)から移転してきたのは明治19年(1886年)。
もみじの美しい理想郷につくろうと「もみじひら」と名付けたとされる。
明治43年(1910年)に勉三は、もみじを植え、4年後の秋に、見事に染まったもみじを見て思わず詠んだ歌だそうだ。
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その隣は「祭牛の霊」碑。
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冬に家畜の飼料が足りなくなり、多くの牛馬を死なせてしまったことを悔やんで建てた碑である(1890年建立)。
その顛末が裏面に詳しく記されている。
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右端は、佐藤米吉の墓。
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米吉は秋田県の出身で、晩成社で働いていた。木の伐採中、誤って木の下敷きとなり瀕死の状態となったが、医者が来てくれず、周囲の看病の甲斐もなく6日後には亡くなってしまったという。明治23年3月のことであった。
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様々な困苦に襲われたことが、これらを見るだけでもよく理解できる。
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100mほど離れたところに、物置小屋のような建物があった。
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復元した依田勉三の旧宅である。
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この建物は明治26年(1893年)夏に建てられたもので、勉三は大正4年(1915年)春まで22年にわたり、ここに住んでいたという。
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規模は桁行3間、梁間2間。6坪ほどの実に質素な家だ。
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中は3分割され、居間と土間、風呂・物置という間取りになっていた。
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近くには、野菜などを保管したと思われる室の跡もあった。
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案内板が1枚、うつぶせに倒れていたので、文面が読めるよう引き起こして、仰向けにしてあげた。
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そこには「晩成社と大樹」というタイトルで、晩成社の歴史が記されていた。
これを写真に撮って、見学は終了。一路、道の駅忠類に向かう。
到着したのは18時過ぎ。
ここで車中泊の予定なので、まずは寝床をしつらえる。
準備が整ったところで、トイレ。もうすっかり薄暗くなっていた。
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ここ幕別町は忠類村と合併して、パークゴルフとナウマン象の町になった。
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では、いそいそとナウマン温泉へ。
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ここは宿泊もできる「十勝ナウマン温泉ホテルアルコ」である。
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幕別町応援大使(2016年度)の大谷翔平が迎えてくれた。
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考えてみれば10連休に入って5日目だが、毎日温泉に入っている。
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ここはアルカリ性単純温泉(アルカリ性低張性低温泉)、旧泉質名は単純温泉である。
源泉の温度は25℃、ph値は9.6で、かなりの美肌の湯である。
入浴者がたくさんおり、さすがに浴室内の撮影は困難だったが、お蔭さまで長距離運転の疲れを癒すことができた。
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食事はホテルアルコのレストランで。
風呂上がりなので、まずは生ビールで乾杯。
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オーダーしたのは、麻婆焼きそばである。
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名産のゆり根がたくさん入っていて美味しかった。

満腹になって外にでると、ネオンが光っていた。
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寝床は寝袋ではなく、しっかりと布団。
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時刻はまだ21時だが、もう眠くなってしまった。
それでは、また明日。おやすみなさい。
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(根室本線につづく)

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襟裳岬(3)

【2019年5月1日(水)】襟裳岬
ハート形の湖として有名になった豊似湖を後にして駐車場まで戻ってきた。
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降り続く雨の中、ダートの道を下っていく。
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雨のせいで、小さな沢が真っ白になるくらいの激流になっている。
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猿留川の本流も決壊しそうな水量だ。
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でも、ヤマザクラが満開だった。
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国道336号に出て右折、広尾に向かおうとすると、なんと大雨のため通行止め。
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「これより11.6km区間、異常気象時には通行止になります」とは書かれているが、ただ普通の雨が降っているだけなのに。
こうなったら、雨が止まない限り、通行止めは解除にならないだろう。
全く想定していなかったが、是非もない。
浦河まで戻り、山越えで大樹町に出るしかない。65kmほどの遠回りになる。
黄金道路を走りたかったが、これで国道236号の天馬峠を初めて走ることができるいい機会と思い直して引き返すことにした。

さっき南側が封鎖されていた旧道を北側から入ると、途中で「関係者以外通行止め」というゲートになったので、ここも断念。
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いずれ、自転車で来る機会があったら走ってみよう。

お昼は、えりも町の国道336号沿いにあるラーメン百番にした。
いつの間にか、もう時刻は13時半だ。
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選んだのは定番のみそ。十分美味しかった。
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このお店の間取りはV字形のちょっと変わった構造になっている。
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厨房をはさんだ向こう側にはテーブル席があった。

外観はこんな感じ。
DSC_7840_20190601064019947.jpg

なぜか店名の表示がなくなっていた。これからかけ直すのだろうか。
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向かいにあった新浜のバス停。
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えりも町のマンホールは黄金道路とゼニガタアザラシだった。
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浦河で給油し、国道236号へ入る。
236号はかつて帯広からえりも町を経由して浦河に至る国道だったが、浦河と広尾を山越えで結ぶ天馬街道が1997年に開通すると、こちらが国道236号となり、えりも町経由の旧236号は336号に格下げされてしまった。
天馬街道は開通以来初めて通ることになる。
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翠明橋の手前にパーキングがあったので撮影のため停車。
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公園化されていた。
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峠は4232mに及ぶ野塚トンネル。
これを抜けると十勝平野へと下っていく。日高山脈の東側は雨が止んでいた。
途中、十勝の政治家、中川一郎生誕の地みたいな石碑が見えたが、通過してしまった。

国道336号とぶつかる豊似の集落に着いたのはもう16時前。
かなりいい時間だ。
あれ、これって広尾線の駅の跡?と思って立ち寄ってみたら、老人寿の家という標札が出ていた。
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この記念碑(寿の会創立二十周年記念)を鉄道記念碑かと思って吸い込まれたのだが、よく見ると駅舎としては、ちょっとおかしい建物だった。
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ここから再び国道336号に入り、海沿いにある湖沼群を見にいく。
十勝川河口の南に点在する湖沼はどれも未だ行ったことがなく、この機会に見ておきたかったのだ。
その道中、ナウマン発掘跡地なる案内板を発見したので、そっちにも寄ってみた。
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幕別町に吸収合併された忠類村はナウマン象発掘の地として知られた村だった。
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発掘が行われたのは1970年というから、そう古いことではない。
と言っても、来年で50周年ということになる。
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全体の80%の骨格が発見されたそうで、その産状が復元されていた。
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この発掘にたずさわった忠類村企画室長池守清吉氏が詠んだ「きさの歌」の歌碑が建立されていた。
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「とほつよ(遠代)のあやめのいけのみなそこの きさ(象)のむくろにつどうひとびと」
「世紀の発掘」と呼ばれた発掘には1週間で6000人もの見学者が詰めかけたそうだ。

発掘のきっかけになったのは、前年(1969年)の道路工事中に発見された化石だったそうである。
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発掘跡地の全景。
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道路の反対側(手前)が駐車場になっており、そこに大阪の堺ナンバーの車が来ていた。
熟年夫婦が簡易イスを出して、コーヒーを飲んでいた。
フェリーで渡ってきて北海道一周を楽しんでいるのだろう。
こんなマイナーなところに来るということは、もう何度も北海道には来ているベテランなのかもしれない。

当方はそんな時間のゆとりはないので先を急ぐ。
晩成温泉の前を通過して、まずは最も南にある小さな湖、ホロカヤントーへ。
ここではワカサギは釣れるらしく、釣り人用と思われる広い駐車場があった。
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駐車場から湖に向かう道すがら、古代の竪穴住居が復元されていた。
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十勝ホロカヤントー竪穴群という擦文時代の遺跡のようだ。
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炉の跡がないことから、「漁期のみに住んだ夏の家であった」そうだが、炊事のために夏だって炉は必要だろう。
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発掘調査は1961年に大場利夫・北大医学部教授と大樹高校の生徒らによって行われたとのこと。
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この遺跡は南北2kmにわたって百数十の竪穴住居が密集しているらしい。
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写真では分かりにくいが、これら凹みも竪穴住居の跡。
DSC_7866_201906010638394c9.jpg
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ちょっと色の濃くなっている部分が凹みで、みな住居の跡である。
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凹みの中に木片が落ちているのは、もともと何か復元してあったのか、それとも飛んできたものなのか、北海道はときに推測の及ばないことが起こるので、本当に難しい。
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道指定の史跡である。
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もう、すぐそこが太平洋。
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その右手に、ホロカヤントーが見えてきた。
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ホロカヤントーで検索すると、ワカサギ釣りばかりヒットする。
湖面が凍結する冬期は随分賑わうのだろう。
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湖と海を隔てる砂洲。
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せっかくなので下まで下りてみた。
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海岸近くは随分浅い。
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波ひとつなく、実に静かである。
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流木。擦文時代の人々はこれらを燃料に使っていたのかもしれない。
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海は波が荒く、ちょっと怖かった。
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というわけで見学終了。雨が止んでいて助かった。
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今夜はナウマン温泉に泊まる(車中泊)予定なので、晩成温泉は外観の見学のみ。
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ここはヨウ素の含有量が異常に高いことで知られる温泉で、いずれ入りに来たいと思っている。
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実は今回、素泊まりの施設であるこの「晩成の宿」に泊まることも検討したのだが、食事の心配があったので止めたのであった。
でも、晩成温泉で食べるという手があった。思い付かなかった。
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次は生花苗沼へ。
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これで「おいかまない」と読む。かなりの難読だ。
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駐車場に車を停めて、湖岸まで歩く。
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もう5月だというのに、木々はまだ冬枯れの状態のままだ。
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200mほど歩くと、野鳥観察施設が見えてきた。
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このあたりでは、タンチョウやオオハクチョウ、オオワシなどが見られるらしい。
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でも、会えたのは、おがったフキノトウだけだった。
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湖岸へ向かう。静かな絵になる風景だ。
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こちらは多少広いだけに、幾分波が立っていた。
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波打ち際のこの白い泡は何だろう。
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汽水湖でシジミが採れるらしい。
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かつてはトヨタ自動車が雪上・氷上試験場として使っていたそうだ。
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成因は海の後退による海跡湖である。
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最後に、十勝開拓の祖、依田勉三による晩成社の遺跡に立ち寄った。
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(つづく)
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