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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

襟裳岬(2)

【2019年5月1日(水)】襟裳岬
令和の初日、襟裳岬の遊歩道を一周し、「風の館」に入館した。
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館内に展示されていた古い写真を見て、びっくり。
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さっき歩いてきた海岸あたりから岩礁へ、橋が架かっているではないか。
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解説パネルにいつ頃の写真なのか書かれていないが、おそらく昭和30~40年代だろう。
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さっき、注意深く観察していたら、遺構を発見できたかもしれない。ちょっと残念。
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こんな写真もあった。男の方は舟木一夫っぽいが、女性は誰だろう。
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あれれ、またまた「青春★こんぶ」の少女たち。
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この新聞記事によると、この萌えキャラは若者の観光客誘致のためのプロジェクトで、さっき通りかかった「さんすいかく」のご主人たちが始めた企画のようだ。
美少女2人は地元の中学2年生で、民宿の一人娘千島霧夏ちゃんと、漁師の次女、岬襟萌(えりも)ちゃんという設定らしい。
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それはいいのだが、これはさすがにやり過ぎでは?
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移動して、アザラシのコーナーへ。
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アザラシは海産物を食い荒らすので、漁業関係者にとっては実は厄介者なのだが、なんとか共生を図っていきたいとの意思が示されていた。
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これがその惨状。アザラシが定置網にかかったサケを食べてしまうこともあるらしい。
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ゼニガタアザラシは体長2m、体重は190kgにも達するのだとか。
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展望室に行ってみたが、依然としてご覧の通り。
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襟裳岬沖は暖流(黒潮)と寒流(親潮)がぶつかるので霧が5~8月は霧が発生しやすいのだそうだ。
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顔ハメで我慢しておこう。
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一応、両方とも。
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背中にも乗ってみました。
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上皇さまが当地を訪ねられた際の御製。展望台にあった石碑に刻まれていた歌だ。
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ご訪問は2006年9月8日のことだったようだ。
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展示されていたゼニガタアザラシの写真を2枚だけ紹介する。
決して、私が写したものではありません。
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なかなか、かわいいではないか。会いたかったなあ。

これは地元の方が制作したアートかな。
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いきなり森進一。歌碑の除幕式のようだ。
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ひと通り館内を見学したので、最後に風速25mを体験する。
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こんな顔をしているが、実は登山の時にこの程度の風は何度も体験しており、驚くほどではなかった。
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これまた、一部から批判が巻き起こりそうなイラスト。
でも、ここにあるということは、とくに問題視されていないのだろう。
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私もあまりうるさいことは言わないつもりだ。
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長い廊下をつたって外に出る。
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駐車場からまっすぐ来ると、ここから入る形になるようだ。
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ここは日高山脈襟裳国定公園である。
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というわけで、館外に出てきた。
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「テレビで紹介された」ことをやけに強調している海鮮市場を冷かす。
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「井寒台産」の日高昆布は特上品。
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90g入りで1280円。それほどバカ高くはない。
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北海道方言の日本酒。
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えりも産タラバ1杯1万7000円!
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特大毛ガニは1杯1万500円。
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アサリやつぶ貝。
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新鮮な海鮮丼が食べられそうだが、まだ昼食にはちょっと早い。
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店内には「襟裳寿し」も営業していた。
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こちらは健康に良さそうな茎昆布粉末。
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ではそろそろ出発しましょう。
この雨ではもう猿留山道を歩くのは無理なので、車で豊似湖まで直接行くことにする。
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遊覧ヘリにはもともと乗る気はないが、紅葉シーズンしか運行しないようだ。

百人浜(見えないけど)を右手に北上、国道336号と合流すると、黄金道路の石碑を発見したので、車を停めた。
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この海岸も景勝の地だが、相変わらずの濃霧だ。
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新しいトンネルの旧道などを通りながら、さらに北上し、目黒という集落で左折、山の中へと分け入っていく。
豊似湖がハート形の湖ということで話題になって、訪れる観光客も増えたのだろう。
道はかなり奥まで舗装されていた。
しかし、確かこのあたりからはダートになった気がする。
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石屋製菓がからんでいるのか「白い恋人の湖」ということになっている。

しばらく進むと二股に目印になる一本松があった。
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この先は猿留川林道ということになる。
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あと2.5km。舗装道路ならすぐだが、悪路だと案外長い。
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昨日からの雨と雪解け水のせいで、猿留川は激流になっていた。
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12:17、豊似湖の駐車場に到着。
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立派なトイレが設置されていたので、利用させていただいた。
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猿留山道に行くわけではないので、入林届はパス。
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湖を一周する道もあるらしい。
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かわいい案内板も設置されていた。
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湖までは、ここから200mほど。
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雨がしとしと降っているので、雨具に加えて傘も差して歩いた。
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遊歩道はわりとしっかりしていた。
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ここはナキウサギの生息地だそうだが、岩が多く、なるほどそんな雰囲気だ。
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駐車場から5分もかからずに湖に到着した。
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ハート形の湖名板。
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外国人観光客も多いのだろう。
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空から見ないと、豊似湖の形はよく分からないが、ハート形だと思ってみると、そんなふうに見えてくる。
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ハート形の左半分。
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右半分。
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雨がかなり激しく降ってきた。
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ナキウサギは姿どころか、声すら聞くことができなかった。
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中央のちょっと黒く見えるあたりが、ハート形のくびれた部分に当たる。
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ガスがかかって、ちょっと幽玄な雰囲気。
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中途半端に曇っているより、この方がずっとよかった。
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雨が降っていなければ、湖を1周してもよかったのだが、今回はやはり無理だ。
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はやりの観光地なのに、結局、私が滞在している間には他に誰も来なかった。
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帰り道では、植物を観察。
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これは何という花だっけ。
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すっかり雨に濡れていた。
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霧の日が多いのか、どの岩もコケで覆われている。
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倒木もコケで緑色になっていた。
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これはもしかしてブナだろうか。ここは、あっても不思議はない緯度だ。
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ピーナッツ。
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(つづく)
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襟裳岬(1)

【2019年5月1日(水)】襟裳岬~ナウマン温泉
前夜は20時に寝てしまったので、朝は5時前に目が覚めてしまった。
天気は残念ながら雨である。
まあ予報で分かっていたので、とくにがっかりはしない。
早く出発する必要もないと思い、朝食は8時にお願いしておいた。
というわけで、時間がたっぷりある。
散歩に出ると濡れてしまうので、しばらくパソコン作業をしていることにした。
7時半頃、朝風呂に出かけた。階段がわりと楽に下りられる。
筋肉痛は昨日より、だいぶ良くなったようだ。

湯上りに朝食。ごく普通の献立だが、なんら不満はない。どれも美味しかった。
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相変わらずの雨なので、食後ものんびりして9時半にチェックアウト。
襟裳岬には20分ほどで着いた。しかし、ご覧の通りのガスである。
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ここに来るのは大学の時以来36年ぶりだ。
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雨具を着て、完全装備で外に出た。
遊歩道を歩いてみたが、濃霧で海面すら見えない。
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それでも雨はかすかな霧雨程度になってくれていたので助かった。
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エゾノエンゴサクに水滴。
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かろうじて、磯に打ち寄せる白波が確認できた。
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これはこれで幻想的とも言える。と思うことにしよう。
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前方に灯台らしきものが見えてきた。
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こんな濃霧では灯台も役に立たないのだろうなあ。
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襟裳岬の看板。36年前とは違うものだ。
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岬の向こうは真っ白。
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晴れていれば、はるか沖まで一列に並ぶ岩礁が見えるはずなのだが。
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なかなか厳しい令和の洗礼である。
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展望台の左手に、「風の館」の展望室がうっすらと確認できた。
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36年前は当然、こんな施設はなかった。
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展望台から一段上がると、国の名勝「ピリカノカ」の石碑がある。
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ピリカノカとはアイヌ語で「美しい・形」という意味。アイヌの物語や伝承、祈りの場などを総称するもので、道内各地のアイヌ関連の景勝地が一括して指定されている。
襟裳岬は、アイヌ語で「大きく・突き出たところ」を意味する「オンネエンルム」に由来し、アイヌにとって神聖な場所であった。
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もう一つある展望台に移動すると、「襟裳岬」の歌碑があった。
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歌詞がどうも違うので、よくよく見たら島倉千代子が歌った1961年発売の曲だった。
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森進一の「襟裳岬」(1974年)の歌碑はその隣にあった。
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「えりもの春は何もない春です」
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まさにこの歌詞を地で行くような今日の襟裳岬である。何も見えない。

灯台へ行ってみよう。
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ここには何かポールが立っていたのだろうか。まさか小さな砲台とか?
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襟裳岬灯台は1889年(明治22年)、道内では7番目の灯台として点灯された。
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高さは約14m、海面からだと約73mになる。
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光の強さは72万カンデラで、光達距離は22海里(約40km)に達する。
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再び展望台へ。
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ここからさっきの看板が見える。
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ほんのすこしガスが薄くなってきたかしら。
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とにかく、いろんな表示があって、雨でも被写体には事欠かない。
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これは天皇陛下(現在の上皇)の御製「吹きすさぶ海風に耐へし黒松を永年(ながとし)かけて人ら育てぬ」
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陛下はここでクロマツの植樹をご覧になられたようだ。

背後に旅館みさき荘が霞んでいる。
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遊歩道がさらに先まで続いているので、とにかく突端まで行ってみることにした。
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ここで標高は50mほどある。
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もちろん柵外には出ません。死にたくないので。
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あの二人は昨夜泊まった宿にいた子だ。男1人、女2人のグループなのだが、どういう関係なのかは謎。しかも、もう1人はどこへ行ってしまったのか。
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今日は昨日と違って、かなり波が荒い。
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ゼニガタアザラシがこのあたりに大量に生息しているらしい。
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襟裳岬には4~500頭もいて、日本最大の生息地だそうだ。全然しらなかった。
しかも、ちょうど今が出産期なので、赤ちゃんアザラシも見ることができる季節みたいだが、この天気では絶望的だ。
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遊歩道を離れて、海岸に下りてみよう。
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突端まで来ると、さすがにちょっとだけ岩礁を確認することができた。
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砂利の敷かれた昆布干場は立入禁止。
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でも、干場の真ん中に「豊国丸殉難者追悼碑」があったので、ちょっとだけ失礼させてもらった。
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わずかな平地に砂利が敷き詰められている。
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その突端に襟裳神社の旧鎮座詞跡が祀られていた。
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襟裳岬の岩礁群。
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やはりさっきより視界が少しだけ広がった。
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陸に上がった舟を尻目に
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海岸まで下りてみよう。
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襟裳岬にはこれまで2回来たことがあるが、海岸まで来るのは初めてだ。
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しかし、ゼニガタアザラシの姿は見えない。
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さすがに、本土の海岸までは来ないのか。

あの霞んでいる岩塔のあたりにたくさんいるのだろう。
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まさに波打ち際。
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本土と接して巨大な岩があったが、地形図にその名はない。
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かんらん岩なのか何なのかも、よく分からない。
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ただ何かが結晶化したような白い文様があった。
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海岸は黒い石ばかり。白いのはほとんど貝殻の破片だ。
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海岸にたくさん昆布が打ち上げられていたので、拾って少しかじってみたら旨かった。
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それにしても、おびたただしい貝の数だ。
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このあたりは穴が開いた巻貝がたくさん。
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まだ原形を残しているものも。
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そして不思議な海浜植物たち。
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海岸散策を満喫して、丘の上に上がってきた。
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強風に磨き上げられた漁師のお宅。
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道はさっき展望台から見えた旅館みさき荘に続いている。
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その手前に、萌えキャラの看板がある「お刺身旅館さんすいかく」があった。
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えりも町のマンホール。
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坂道に灯台局跡?の石碑がたたずんでいた。
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みさき荘に到着。
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さらに進んでさっき歩いた遊歩道のあるあたりまで戻ってきた。
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ゼニガタアザラシの「かわいい姿」は「風の館」の展望室から見えるらしいが、今日は無理。
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それでも、風速25mの強風体験もしたいので入館。入館料は300円。
受付の女性に「今日はアザラシ見えませんけど、いいですか?」と親切にも聞いてくれたが、もちろん覚悟の上だ。
それにパンフレットにスタンプを押してくれて、これを持参すれば1年以内なら無料でまた入館できるとのこと。アザラシが見られなかった人向けのサービスだが、これまた親切だ。

館では、さっき「さんすいかく」にもいた「青春★こんぶ」の少女2人が迎えてくれた。
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(つづく)
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様似山道(4)

【2019年4月30日(火)】様似山道
様似山道を歩き、国道336号の旧道を経由して出発地の幌満まで戻ってきた。
最後に和助地蔵に立ち寄った。
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和助地蔵とは様似山道の開削に尽力し、住民の信望を集めていた斉藤和助を祀る地蔵尊だそうだ。
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和助は南部藩(岩手県)から18世紀に渡ってきて、昆布採りをしながら旅籠を営んでいた人物。
和助の孫にあたる義三郎は「日本馬術の父」と呼ばれた函館大経だそうだ。
和助は文久2年(1862年)、91歳の天寿を全うしたが、その徳をしのんだ人々によって花崗岩の地蔵尊が建立されたという。
しかし、お堂には鍵がかかっており、地蔵尊を拝むことはできなかった。
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というわけで、幌満コミュニティーセンターに到着。
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ことにのバス停から4km、ちょうど1時間かかった。
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車に乗った途端、雨が本降りになった。
ほとんど濡れずに済んだのはラッキーだったと言えるだろう。

今宵の宿、田中旅館はえりも町の市街地にあり、17時に到着。20分ほどかかった。
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新しい元号は、この宿で迎えることになる。
と思っていたら、もう宿帳には「令和元年」と記されていた。
なので、存在しない日付である「令和元年4月30日」と記すことになった。

お部屋は3階の角部屋。港が見える眺めのいいお部屋だったが、あいにくの天気だ。
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でも、一応押さえておこう。
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落ち着いたところで、お風呂へ。
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ここは天然温泉ではなく、人工温泉。
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トロン温泉である。
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天気がよければ、最高の展望風呂だったことだろう。
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初めて知ったが、トロン温泉とはドイツのバーデン・バーデンで2000年前に発見された温泉のことだそうだ。
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どこから入手したのか不明だが、ここではその薬石を利用しているらしい。
詳しいシステムは分からないが、温泉気分には浸ることができた。

夕食は18時半から。やはり海の幸である。
お鍋はタコしゃぶ。エビはしっかりと火を通した。
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小鉢あれこれ。
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ホッキ貝がでかい。つぶ貝も一緒にあぶって食べる。
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お造りにもつぶ貝があってうれしい。
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生ビールは軽く飲み干して、冷酒のおかわり。
旭川の男山だが、この銘柄の名前はちょっと軽すぎ。
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おすましのアサリも大振りだった。
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デザートは桜もち。
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いつもながら、満腹満足である。
ご飯はとても食べられなかった。
これで宿泊料は1万円もしないのだから、高級ホテルに泊まるのなんてばかばかしくなる。

しかし、満腹になると、てきめん眠くなってしまう。
もともと、テレビを見ながら令和のカウントダウンなんてする気はなかったが、20時すぎには沈没。
起きたら、時代が変わっていた。

【行程】2019年4月30日
幌満コミュニティーセンター(12:30)~登山口(12:39)~標高150m屈曲点(13:05)~日高耶馬渓展望地(13:50撮影・昼食14:06)~原田宿跡(14:23)~中間地点(14:44)~昆布干場(15:16)~コトニ小休所(15:26)~ことにバス停(15:36)~大正トンネル(16:03)~幌満トンネル入口(16:21)~幌満コミュニティーセンター(16:41)
※所要時間:4時間11分(歩行時間:3時間45分)
※登った山:なし
※歩行距離:10.6km
※累積標高差:約500m

(「襟裳岬」につづく)
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様似山道(3)

【2019年4月30日(火)】様似山道
様似山道のフットパス全行程7kmのうち6kmほど歩いてエスケープ。
海岸線を走る国道336号を歩いて、出発点の幌満に向かっている。
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今日の海は天気のわりに比較的穏やかだ。
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陸地の方は一面崩落防止の工事が施されている。
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空は今にも泣き出しそう。おかげで海も鈍色だ。
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前方に旧道トンネルが見える。もちろん、長大トンネルを避けてあちらを行く。
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つまり、2003年に開通した山中トンネル(838m)は見送る。
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ちなみに、このトンネルには、様似山道を開いた中村小市郎に敬意を表し、「小市郎トンネル」という愛称も付けられている。

旧道にはわざわざ「日高耶馬渓」と案内版が掲げられていた。
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では、旧道へ。
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すぐにユネスコ・ジオパークの案内板。
日高付近は北米プレートとユーラシアプレート、そして太平洋プレートと3つのプレートが衝突する地球規模の事件現場だ。
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廃屋があるが、おそらく隣の家の旧宅なのだろう。
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小さな岬の大きな岩。名称は地形図には書かれていない。
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昭和時代の旧道トンネル。
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その手前から、旧旧道らしき道が右に続いているので行ってみた。
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そちらには花崗岩類の露頭と旧トンネルがあるらしい。
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この岩は獅子岩と名付けたい。
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亀岩でもいいかな。
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早速、大正時代の旧トンネル登場。
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素掘りである。
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これが花崗岩の露頭なのだろうか。
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よく分からないまま、大正トンネルをくぐる。
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すぐに反対側に出た。
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この説明板を見て、明治のトンネルも並んであることを知る。
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その写真に従って探してみたら、あった。これだ。
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今は物置のようになっているが、人が通るのがやっとの大きさ。
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一応、3つ並べて撮ってみた。
明治のが分かりにくいが、それぞれ完成年代は古い方から1890年代、1920年代、1960年代だそうだ。
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これに平成の山中トンネルを加えると、ここには時代ごとに4本のトンネルが存在していることになる。
まさか、令和のトンネルを掘ることはないだろう。

あの階段も工事用だろうか。それとも津波時の避難用だろうか。
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昭和の道路に戻ると、山中覆道を通過する。
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その途中に「ルランベツ覆道の褶曲」への道標があった。
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山中覆道はかつてルランベツ覆道と呼ばれていたのだろうか。
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それはともかく、この岩場では緑がかった角閃岩が、褐色の片麻岩に包まれている様子(褶曲)が観察できるという。う~ん、わかるようなわからないような。
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角閃岩はもともと北米プレート上の玄武岩質の岩石で、片麻岩はユーラシアプレート側からきた砂岩や泥岩がもとになっている。
これらが大昔、プレートの衝突のため海溝の底でごちゃまぜになり、強い熱や圧力がかかって変成し、押し曲げられて地上に出現したものなのだという。

いよいよ、日高耶馬渓の核心部が見えてきた。
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高さ約100mの海食崖が7kmも続く日高耶馬渓は東蝦夷地最大の難所だったそうだ。
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確かに、よくあんなところに道路をつくったものだ。
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しばらく昭和の道(旧道)を進む。
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崩落防止のネットがはるか上まで。これはメンテナンスが大変だ。
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褶曲と山中覆道を振り返る。
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これも大正時代のトンネルの跡だろうか。
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中に入ってみたが、奥はふさがれていて状況はよく分からなかった。

前方に見える覆道は平成の道。
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なんと覆道の上から断崖にへばりつくように頂上まで階段が続いている。
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さっき展望地で見つけた3つの階段のうち1つは下まで通じていたのだ。
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どう考えても危険だが、全く通行禁止の措置がなされていなかった。
手落ちなのか、そもそも通行可能なのか、おおらかな北海道だけに、よく分からない。
分からないことだらけだ。

旧道は覆道の途中に合流する。
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覆道を抜けて判明したのだが、この平成の覆道がルランベツ覆道というようだ。
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この先は幌満トンネルということになるのだが、やはり旧道を行く。
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一応通行止めの柵が設置されていたが、自己責任ということで。
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こちらは通行禁止なだけに、崩落が放置されている。
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路面にシカの顎の骨を発見。
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続いて、あばら骨も。上から滑落してしまったのだろうか。
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奥に見える白っぽい岩が鵜の鳥岩。
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白いのは鳥の糞かと思ったら、岩質によるもののようだ。
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崩落が激しい。ちゃんと幌満まで行けるのか、ちょっと不安になる。
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その場合、引き返してトンネルを歩かねばならないので、ちょっと面倒だ。結果としては行けたが。
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ウミウが乱舞する岩というのが名称の由来だとは思うが、岩の形そのものが鵜に似ていなくもない。
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おっと、今度は路面陥没。
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堤防は破壊されていないので、波が土砂をさらったとは思えないし、どういう現象なのか。
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なんだか、様似山道より、よほどこちらの方がおもしろい。
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振り返ってみると、堤防は成立しているが、もともと波の通り道があるではないか。
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やはり、波の仕業のようだ。

角度を変えると、いよいよ鳥に似てきた。
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道端に流木があるということは、相当な高波が押し寄せるのだろう。
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浮き球が柵にひっかかっているほどだ。

車も人も通らない海岸はカモメの楽園。
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よく見ると、鵜の鳥岩にもたくさんとまっている。
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形が筆先のようになってきた。
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こちらは「小鵜の鳥岩」。
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様似山道の方向を振り仰ぐ。
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おっと、早くも雨が落ちてきた。
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落石も怖いし、先を急ごう。
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鵜の鳥岩の親子よ、さようなら。
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海食崖からは氷河のように砂が流れている。
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ここに道路がある限り、永遠に崩落との闘いになってしまう。
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旅がつまらなくなっても、やはりトンネルを掘るしかないのだろう。

旧道の終点、幌満橋を渡る。
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この橋は幌満川河口に架かっている。
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左手に見える、あの石垣は大正時代の旧旧道のものなのだろう。
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あのトンネルにも行けそうだが、今回はもう時間切れだ。
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雨がだいぶひどくなってきた。
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(つづく)
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様似山道(2)

【2019年4月30日(火)】様似林道
北海道で最初の官営道路「様似山道」(フットパス:7km)を歩いている。
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道標に「5km」とあるのは、反対(冬島)側からの距離であろう。
当方は幌満側から2kmほど歩いてきているので計算は合う。

急坂を登り切ると、日高耶馬渓展望地への分岐に出た。
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100mしかないし、当然行ってみる。ここで標高は110mほど。
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崖のへりに立つと、鵜の鳥岩など日高耶馬渓と呼ばれる断崖の海岸線を望むことができた。
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眼下は太平洋。
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工事用と思われる仮設の階段があったが、とりあえず見送った。
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階段は3つあり、そのうち風が避けられる一番奥の階段に腰掛けて、遅い昼食にした。
もう時刻は14時に近い。
メニューは、セコマで買ったナポリタンロールと赤飯おにぎりである。
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食べ終わってから、さっきの階段を下りてみた。
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展望台のつもりなのだろうか、この階段は崖の途中で終わっていた。
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そこからは日高耶馬渓の北半分が確認できた。
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見えている道路は山中トンネルの旧道である。
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この旧道はまだ現役。さっき、車で通ってきたばかりだ。
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それでは様似山道に復帰するとしよう。
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左は絶壁。落ちたら命はない。
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分岐まで戻ってきた。
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樹種は分からないが、このあたりは白っぽい幹の木々の林になっている。
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その中をなだらかに登っていく。
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地形図で見る限り、登りは標高180mくらいのところまで続くようだ。
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沿道にはエゾオオサクラソウが咲いている。
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まるく球体のように花を付けるのが特徴だ。
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この花は、さっきも見かけたが、名前は知らない。
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標高180mのピーク付近までやってきた。
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路面に石畳のようなものが見えるが、普請されたものかはよく分からない。
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14時半前に、原田宿跡に到着した。
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木の切株が並んでいるが、別に遺構というわけではない。
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様似山道は非常に危険だったため、旅人の安全を確保するため、明治6年(1873年)に宿所が開設された。
開拓使浦河出張所の求めに応じたのは、静内に入植していた元淡路稲田藩士の原田安太郎夫妻で、明治18年までこの地に駐在したという。
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間口7間、奥行き4間の平屋だったようで、この石の列はその基礎かもしれない。
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距離表示が3kmになったが、当方はまだ3.4kmほどしか歩いていない。
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合計7kmにならないといけないはずだが、計算が合わなくなってしまった。

この記号札は100を超えた。いったい何番まであるのか。
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樹液だらだら。
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いきなり「○○区間」と言われても意味不明。
もっと利用者の立場に立った表示をしてほしい。
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道は再び下りに転じる。
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標高差で50mほど下ると沢に出た。
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ここの渡渉も楽勝であった。
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まだ葉っぱに包まれているヒトリシズカ。
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開くとこうなる。
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見事なエゾオオサクラソウの群落。
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今回はこの花のオンパレードだった。
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再び標高160m付近まで登り返してきた。
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めずらしい「森林国営保険」の看板。
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歩き始めて2時間15分でやっと中間地点。
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でも、こちらとしてはもう4km以上歩いているのに。
しかも、さっきの道標より数字が増えているのがおかしい。
様似町さん、もう少し考えていただけるとうれしいです。
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冬枯れの山に白く輝くコブシの花。
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道はここでなだらかな尾根道を離れ、再び谷へと下っていく。
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3つ目の沢だ。
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斜面にはバイケイソウ。
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渡渉地点には目印のピンクテープがあった。
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渡渉。いにしえの旅人は沢ごとに喉を潤したのかもしれない。
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このあたりでだいたい標高40m。
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100m前後のアップダウンを何度も繰り返している。
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歴史的な見ものは原田宿跡だけだったし、だんだん飽きてきた。
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早く抜け出したい気分だ。
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でも、また登り返さないとならない。
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また意味不明表示。「オイオイ!」とぼやきたくなる。
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時刻は15時を回った。
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最後の峠だ。
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またまたコブシさん。
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峠を越えると、コトニの集落が見えてきた。
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目の前に広がったのは昆布を干すための砂利敷き。
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そして、やっと記念写真に使えそうな看板が現れた。
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当然、活用させていただいた。
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その先に昆布干場の看板。
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500m先に「コトニ小休所」があるとのことなので、それだけ見学して、残りはパス。
国道に出てバスで幌満まで引き返すことにした。
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ロープの巻き上げ機の残骸。
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アポイ岳(811m)の頂上部は雲に隠れていた。
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今歩いているのは林道コトニ線。様似山道はこの林道に上書きされた形になっている。
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舗装道路をもう少し北に進む。
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すると、間もなくコトニ小休所跡に到着。
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かつて、ここに2間×3間の小屋が建っていて、旅人がよく休憩に使ったそうだ。
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眺めもよく、ひと息入れるにはもってこいの場所だったことだろう。
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今はご覧の通り、一面の昆布干場である。
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干場になぜか舟が「係留」されていた。
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一応、様似山道の入口まで行ってみたが、説明板の記述はさっきのと同じだったので、ここで引き返す。
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全区間歩かなくても、全く未練はない。
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それにしても広大な干場だ。日高昆布は高級品だからなあ。
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林道コトニ線から冬島線に移って、国道に下る。
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沿線には古い作業小屋。
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JRバスの「ことに」バス停には15:35に到着。
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しかし、時刻表を見てびっくり。
当てにしていたバスは休日運休だった。

仕方がないので国道を歩いて帰ることにした。
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まあ1時間くらいで戻れるだろう。
CIMG7400_201905292231244b1.jpg(琴似覆道)

(つづく)
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様似山道(1)

【2019年4月30日(火)】様似山道
GW10連休の中盤戦は、日高・十勝を2泊3日で巡ることにした。
主な目的は、いにしえの道「様似山道」と「猿留山道」を歩くことである。
30日は朝8時頃に車で自宅を出発。様似山道の登山口である様似町の幌満に向かった。
距離は約200kmもある。今は日高町の厚賀まで日高道が通じているが、その先は86kmも一般道を走らなければならない。
3時間半はかかりそうだ。
北広島ICから道央道にのった。天気は下り坂だそうだが、今のところ、まずまずだ。
順調に南下し、予定通り厚賀ICで下り、国道235号を進む。
途中、静内の二十間道路の桜並木が見たくなり、寄り道。
だが、まだちょっと早かったようで、開花した直後という感じだった。
というわけなので、写真も取らずにUターン。
30分近くロスしてしまった。

3時間以上運転をし続けて、さすがに疲れてきたので、道の駅みついしでトイレ休憩。
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車を停めて、東の方を見て、びっくり。残雪の日高山脈が見事に見えるではないか。
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右の尖峰は神威岳(1600m)だろうか。
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すると、こちらはペテガリ岳(左、1736m)か。自信は全くない。
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道の駅の敷地内にある小さな神社。
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とくにお買い物はしなかった。
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12:20、予定より1時間近く遅れて、登山者が車を停める場所として指定されている幌満コミュニティーセンターに到着。
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ここは、かつて様似町立幌満小学校だったところである。
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ここから8kmにわたって続く幌満峡はマントルにあった岩石、かんらん岩が観察できる絶好のポイントなのだそうだ。
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なので、「ジオラボ」とも呼ばれている。
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それでは、12:30出発。
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様似山道は国の史跡に指定されており、案内板がよく整備されている。
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国道に戻ると、左手に旧道が延びているのが見えた。
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旧道にもわりと立派な橋が架かっている。
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その右に素掘りのトンネルの坑口を発見。これは旧旧道なのだろうか。
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橋台の痕跡も残っていた。
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で、こちらが現在の道路、幌満トンネルである。
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1997年2月の竣工なので、旧道はその直前までは通行できたことになる。
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様似山道に行くにはトンネル手前の階段を幌満川に下りていかなければならない。
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橋の下に案内板があった。
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様似山道は寛政11年(1799年)、幕府が蝦夷地に開削した最初の官営道路の一つ。
シャマニ会所を開いた蝦夷地御用掛の大河内善兵衛政寿は交通の難所であった、様似町の冬島~幌満間(様似山道)とえりも町庶野~目黒間(猿留山道)について、中村小市郎と最上徳内にそれぞれ指揮させ、わずか1年で開通させたという。
12km弱の様似山道の道中には「コトニ小休所」が設けられ、明治6年(1873年)には旅籠「原田屋」が営業を始めた。
昭和2年(1927年)に海岸道路が開通すると、自然に廃道となったという。
この海岸道路というのは、旧旧道のことだろう。

このあたりは断崖絶壁になっており、海岸に道路を開くのは困難を極めたに違いない。
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橋の下をくぐり、幌満川の右岸を進む。
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天気はどんよりしている。
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100mほど歩くと、山道の入口に着いた。
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フットパスとして整備されている様似山道は12kmのうち7kmほどである。

早速、カタクリが迎えてくれた。
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山道はまずは沢を遡っていく。
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きちんとした踏み跡はほとんどない。
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雪解け直後ということもあるのだろう。
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バイケイソウと思しき若葉があたり一面に芽吹いていた。
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早春の里山の風景である。
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それにしても足元が悪い。
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昨日のマラソンで、今日はひどい筋肉痛の上に膝も痛く、かなり難儀した。
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とくに下りはロボットのようにぎこちない動きになってしまった。

ルート上には、こうした札で誘導してくれる。
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ただ、いつも思うのだが、全部でいくつまであるのか分かるように、「3/○」というように分母も示してくれると非常にありがたい。

足元が悪いのに加え、倒木も激しい。
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登山の経験のない人がハイキングコースだと思って軽い気持ちで入ってくると、かなり戸惑うだろう。

涸れ沢だと思っていたら、ところどころで水が流れていた。
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この沢登りで標高150mほど登ることになる。
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かんらん岩なのかどうかは分からないが、あちこちに鋭角の岩が散乱している。
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エゾオオサクラソウを発見。本当はもっと赤みを帯びていたのだが。
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かなり沢を詰め上げてきたあたりで
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Tの文字がSに変わった。Sの意味が分からない。そもそもTの意味も分からなかったが。
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25分ほどで150mを登り切り、ここで左折してしばらくはトラバース。
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道はご覧のような状態。「山と高原地図」なら破線表示になりそうだ。
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でも間もなく道は安定した。
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200年前の人が歩いた道だ。
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そこそこの幅はあるが、さっきの沢道を考えると、荷車などを通すのは完全に無理だ。
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エゾオオサクラソウの群落。今は彼らの季節なのだろう。
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もうすぐで最初の峠に着きそうだ。
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様似山道は沢ごとにアップダウンを繰り返すので結構きつい。
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昔の旅人も大変だ。
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峠付近にあった白い大木。
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イボだらけの樹木。
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道はゆるやかに下りに転じた。
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かなりえぐれており、落ち葉が積もっている。
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この木はキツツキに集中的にやられていた。
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筋肉痛なので、やはり下りがしんどい。
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名も知らぬ白い花が励ましてくれる。
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鹿の糞には別に励まされない。
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道はつづら折りに下っていく。
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なんとガイシを発見。かつてはこの道に電線が通じていたのか。
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おそらく、そうなのだろう。電柱と思われる丸太も倒れていた。
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この電柱は街灯用ではなく、南の町へ電気を送るためのものだったのだろう。
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海岸道路が開通しても、電気はしばらく山道経由だったのかもしれない。
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カタクリは花びらをしっかりと反り上げて、頑張っている。
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道は標高50mまで下っていく。
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あの沢を渡るのだろう。
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せっかく標高180m近くまで登ったのに、すぐ130mも下るとは。
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それにしてもワイルドなフットパスである。
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峡谷のようになっているので、下りがかなりの急斜面だ。
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ロープをつたって、やっと谷底まで下りてきた。
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渡渉は沢の真ん中に石があったので、靴を濡らさずに済んだ。
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しかし、またすぐロープで登らないといけない。
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こんなにきついとは。かつての生活道路と思ってなめていた。
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(つづく)
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美唄ラン(5)

【2019年4月29日(月)】美唄ラン
JR函館本線の峰延駅から美唄駅に向かって国道12号線を歩いている。
目下、美唄橋を渡り、美唄の市街地に差し掛かったところ。
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わりと細い美唄川。奥にJRの鉄橋が見える。
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こちらは、そこそこ有名らしいネパールカレーの店「STAR」。
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「熊澤板金」は、そば屋かと思った。
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板金の会社なのに、石がたくさん。
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道路の反対側にも熊澤板金の工場があった。
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三角屋根の住宅街。廃車を添えて。(フランス料理のメニュー風)
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本物のそば処「匠庵」。そば打ち道場も兼ねている。
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「美唄高校」前には、バスが3社も停まる。こんな小さな町に3社も競合しているとは。
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現在の高校名は美唄尚栄高校。美自校バスだけ旧称のままだ。
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昭和40年代に建てられたと思しき住宅群。
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法宣寺前を通過。
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このあたりは寺町を形成している感じだ。
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今度は何寺だろう。随分規模が大きい。
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常願寺であった。
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参拝は省略させていただいた。
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門前から一礼のみで通過。
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向かいには正教寺。
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その先に老舗風の的場旅館。
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SUZU美容室はもう廃業していた。
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これは「福よし」の看板なのだが、「サハリン近いぞ北海道」というコピーの真意が全くよくわからない。せっかく店に行ったのだから聞けばよかった。
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右に行くと銀河通。
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線路をくぐるようだ。
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いよいよ駅前の商店街に入ってきた。
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ハクチョウとマガンをあしらった美唄市のマンホール。
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丸吉の手前で右折すると
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かなり老朽化したビルが見えてきた。
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旧ローヤルホテルである。
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その向かいには、食堂の「美かど屋」。
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というわけで、ようやく美唄駅に到着。
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時刻は14:04。峰延駅から約10kmを2時間15分ほどで歩き切った。
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ここから集合場所の「ゆ~りん館」まで5kmもあるので、この先はもうバスで行くことにした。
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バスの時間は14:35と分かっている。
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まだ30分あるので、さっそく駅舎を見学。
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かなり大きな駅舎だと思ったが、実はほとんど歩道橋の覆い屋であった。
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現在の美唄駅は2002年2月5日にオープンした橋上駅である。
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通路には、安田侃の作品「翔生」が置かれていた。
2002年の作品なので、駅のリニューアルオープンに合わせて制作したものだろう。
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1日平均の乗車人員は1300人(2014年度)もおり、当然、有人駅である。
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駅の反対側(東口)もほぼ同じ構造になっている。
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外観も全く同じ。
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東口のロータリーに啄木の歌碑があった。
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「石狩の美国といへる停車場の柵に乾してありし赤き布片かな」
美国と言えば積丹の町であり、駅もないので、これは「美唄」の誤りとされている。
啄木は明治41年(1908年)1月20日、釧路へ赴く途中、美唄を通過しているという。

高架橋の窓から旭川方面を望む。
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改札の中は入場券を買わないと入れないので、これにて駅の見学は終了。
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お昼はパンを1個たべただけで、お腹が空いたので、何か買いに商店街へ。
すぐ近くに、老舗っぽい御菓子司、長栄堂があったので、ここで調達することにする。
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選んだのは、美唄くるみ餅とチョコレート饅頭。
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どちらも美味しく元気が出た。
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これから乗るのは市民バス。
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ちゃんと待合室があった。
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駅の西側も回って、東側のゆ~りん館に行くので、結構時間がかかる。
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待っている間に、美唄駅ホームとローヤルホテルが入居していた新興ビルの写真も撮っておいた。
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それでは、バスに乗車。料金は一律200円である。
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国道の駅前交差点で、完走してきたランナーたちを発見。
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手を振ったが、気づいてもらえなかった。さすがに相当疲れている様子だった。
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バスはいろんなところを巡っていく。まずは美唄市郷土資料館。
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ボケてしまったが、中央公園。
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意外に立派な美唄市役所。
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職員住宅と思しき平屋の長屋。
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市立美唄児童館。
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などなどを経て、15時前に「ゆ~りん館」に到着。
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20数分のバスの旅だった。
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ここに来るのは、2015年8月15日に黒岳に登った時以来なので4年ぶりだ。
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やれやれ、やっと着いた。今日は13kmのランを含め30km近く歩いた。
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もう太ももはすでにパンパン。温泉でゆっくり体をほぐすことにしよう。
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ここは、ナトリウム-炭酸水素塩泉(弱アルカリ性低張性冷鉱泉)。旧泉質名は重曹泉。
源泉の温度は16.9℃で、ph値は7.6。
自然湧出で毎分1920リットルも湧き出しているという。
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浴室は大勢の人がいて、撮影は困難だった。
でも、すでに到着している仲間たちもいて、語らいながら、のんびりと過ごした。

湯上りは休憩室で、当然ながらビールをぷはっ。
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バスの時間まで、皆さんときょう一日を振り返った。
バスは16:35に出発。
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コアビバイの前で下りて、打ち上げ会場の福よしへ向かう。
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途中、再び、郷土資料館の前を通過。
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間もなく飲み屋街に入ったが、かなりさびれている。
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バス停から数分、17時に福よしに到着。
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走らなかった人も含め、総勢30人ほどが集結。再びビールで乾杯。
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もつ串、エビチリ、手羽先、ゴボウ揚げ、フライドポテトなどが次々に出てきた。
名物のもつそばを食べたかったが、残念ながらコースには入っていなかった。
宴会は大いに盛り上がり、19:30にはお開きとなった。
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帰りの列車は19:50発なので、ちょっと速足で駅まで歩く。
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幸いギリギリで間に合い、自由席も空いていたので、皆さん座ることができた。
札幌まではわずか35分。あっという間に着いてしまった。
しかし、明日からまたお出かけなので、すすきので飲み直しなどということはせず、真っすぐに帰宅した。
自分のランの実力も分かったし、駅舎の撮影もできたし、仲間とわいわい楽しく飲めたし、充実した1日だった。
しかし、翌日は太もものひどい筋肉痛と膝の痛みで、ほとんどロボット状態。
階段を真っすぐ下ることができなくなっていた。

【行程】2019年4月29日
新札幌駅(7:31)~大麻駅(8:08)~江別市役所(8:47)~新江別橋(9:10)~石狩川碑(9:29)~越後神社(9:46)~江別大橋(10:01)~豊幌駅(10:36)
※所要時間:3時間5分
※歩行距離:19.2km(うち走行距離:13.5km)

峰延駅(11:48)~沼貝神社(12:30)~光珠内駅(12:52)~美唄橋(13:36)~美唄駅(14:04)
※所要時間:2時間16分
※歩行距離:9.9km
◆通算歩行距離:29.1km(5時間21分)

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美唄ラン(4)

【2019年4月29日(月)】美唄ラン
「ビバラン」をリタイヤして、美唄市の峰延駅から美唄駅に向かって国道12号線を歩いている。
途中にあった旧光珠内中央小学校に寄り道。
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校舎はまだ現役時代のまま残されていた。
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同校は1980年(昭和55年)4月に、沼南小学校と拓北小学校が統合する形で開校。
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10年前の2009年3月に閉校した。
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旧産炭地の美唄市は過疎化が激しく、ピーク時には9万人以上いた人口が現在は2万1347人(今年4月末現在)にまで減少している。なんと4分の1以下だ。
それに少子化も輪をかけ、当然ながら小中学校の統廃合も進んでいる。
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休日だが、旧校庭に遊びにくる子供すらいない。
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1902年(明治35年)に植樹された「長葉川柳」という柳の木だけが、ずっと学校の盛衰を見つめている。
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統合してできた学校すら廃校になるのだから、北海道の地方は極めて厳しい状況にあると言わざるを得ない。
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学校のすぐ先には、屯田砲兵隊の本部跡を示す石碑があった。
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ツタに覆われてしまった廃屋。
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里にはスイセンが咲き乱れているが、まだ山の方は冬枯れのままだ。
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光珠内中央バス停。北海道はバス停にも待合所があるところが多い。雪のためだろう。
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バス停の名称も10年前までは「光珠内中央小学校前」だったのだろうか。
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やけに屋根の傾斜が急な家だこと。珍しいので撮っておいた。
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番号が多い北海道の地名。
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12:50、光珠内バス停に到着。
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ここを左折すると光珠内駅だ。
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建て替えられていない昔ながらの駅である。うれしい。
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光珠内駅は1920年(大正9年)9月11日、国鉄函館本線の光珠信号所として開設された。
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駅に昇格したのは、1952年(昭和27年)4月10日。
それから30年を記念した石碑が駅前に建てられていた。
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警報機が鳴り始めたので、あわててホームに行くと、緑の車体が目に飛び込んできた。
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特急ライラック22号札幌行きであった。
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列車を見送ってから駅舎を見学する。ホーム側からの外観。
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改めて、正面から駅舎の中に入る。
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待合室はわりとがらんどうな感じ。
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無人化されたのは1978年(昭和53年)10月2日のことである。
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この駅舎は駅に昇格した際に建てられたものなのだろうか。
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きっぷ受箱。
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手書きの古い周辺図が地面に無造作に置かれていた。資料館に収めたい代物だ。
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跨線橋の入口があえて狭くされていた。雪が吹き込むのを防ぐためだろう。
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この跨線橋も峰延駅と同様、1968年(昭和43年)に設置されたものだ。
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こちらもポスターゼロ。
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ホームは単式、島式複合型の2面3線である。
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駅舎側(右側)の1番線が上り、2、3番線が下りのホームになっている。
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ホームから残雪の樺戸山地がくっきりと見えた。
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なかなか絵になる。
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駅名は当地の地名によるが、語源はアイヌ語の「カウシナイ(わな・ある・川)」に由来するという。
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随分、格好いい漢字を当てたものだ。
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2、3番線のある島式ホームは広くて長い。
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1日平均の乗車人員は2014年度で21人だった。
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旭川方面。
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駅舎の写真を撮るためだけなら、ここからまた列車に乗って美唄まで行けばいいのだが、まだ時間もあるし、このまま美唄まで歩くことにした。
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国道に再び出ると、間もなく光珠内北バス停を通過。
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光珠内北の交差点には、陸上自衛隊美唄駐屯地への標識が立っていた。
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札幌から57km地点のあたりで
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1両編成の岩見沢行き普通列車とすれ違う。
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国道の跨線橋から俯瞰した函館本線。複線である。
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春の樺戸山地。
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跨線橋で線路をまたぎ、函館本線は右手に移った。
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この後、下り列車が来るのが分かっていたので待っていたら、間もなくランナーたちを乗せた列車が通過していった。
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それらしい服装の人を見つけて手を振ったが、誰も気づいてくれなかった。
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さあ、この先は直線道路の長さ日本一の区間(29.2km)に差し掛かる。
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実際、真っすぐなのだが、沿道にわりと障害物が多いので、はるか先まで直線という実感は、車で走っていてもあまりない。
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この先は徐々に美唄の市街地へと入っていく。

もう2代前の元号になってしまった「昭和」ハイヤー。
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美唄市はサイクルツーリズムに力を入れている。
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「21線」はわかるが、「国」って何だろう。国道のことか。
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私の好きな三角屋根のお宅。スイセンが咲いているが、もうお住まいではないようだ。
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立派なレンガ造りの煙突のある家。
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「美自校」とは、美唄自動車学校のこと。路線バスも運行するバス会社でもある。
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「25年兵」のバス停にちょっと、びっくり。
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明治25年(1892年)に屯田兵が入植したことにちなむ地名かと想像して調べてみたら、まさにその通りであった。
かつては「美唄二十四年兵」「二十五年兵」「二十七年兵」という地名があったらしい。
もはや行政地名としては現存しないが、バス停などにその名をとどめていると、敬愛する今尾恵介さんが紹介している一文を見つけた。

美唄やきとり「福よし」の看板が現れた。今夜の宴会会場だ。
テンションが上がる。
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ホームセンター「クリエート セキ」は1915年(大正4年)創業の現役企業。
美唄の市街地で金物店を営んでいる。これは移転前の旧施設である。
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こちらは廃業したパチンコ店。
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59km地点までやってきた。
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開拓地らしい地名の「進徳」。
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「進徳生活館」はかなり年季が入っていた。
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続いて、繁盛していそうなドライブインが登場。
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「レストラン藤観光」である。
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中央バスの車庫前を通過。
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光珠内に沼貝神社があったが、美唄には沼貝寺があった。
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「沼貝って何?」って思って調べてみたら、美唄市はかつて沼貝町といったそうだ。
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「美唄」の地名は、アイヌ語の「ピパイ(カラス貝・川)」、「ピパオマナイ(カラス貝・ある・川)」、あるいは「ピパオイ(カラス貝・多い・所)」のいずれかから転訛したとされる。
「沼貝」はこれらアイヌ語地名を意訳したものだそうだ。
現在の美唄駅が1891年(明治24年)に設置される際、駅名は「沼貝」ではなく「美唄」が採用された。
それに伴い駅周辺の地名が翌年、「字ピパイ」と名付けられ、1900年に「美唄」に改称。
町名も1926年(大正15年)に「美唄町」に改められた。
変更の理由は、ちゃんとは調べていないが、おそらくアイヌ語の原語に近いものにしようとしたのではなく、「沼」より「美」の方がイメージがいいと考えたのだろう。
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美唄のハスカップ果汁液が「ドラキュラの葡萄」として販売されているようだ。
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(つづく)
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美唄ラン(3)

【2019年4月29日(月)】美唄ラン
新札幌から美唄まで53kmを走る「ビバラン」を19km(走ったのは13km)でリタイヤし、豊幌駅から列車に乗った。
11:13、乗り換え駅の岩見沢に到着。
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この時点で全員を抜かしたことになる(笑)

次の旭川行きまでは20分ほど待ち合わせ時間があるので、構内をちょっとだけ探索した。
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跨線橋から北の方角に見えたのは、JR岩見沢運転所の建物。
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旭川行きの列車が出る3番線のホームには、農業用馬の木彫が展示されている。
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1980年に設置されたもののようだ。

他にあまり見るところもないので、早々に列車に乗り込む。
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11:33、定刻通りに発車。
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間もなく、車窓には広大な田園風景が広がった。
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7分で、下車駅の峰延駅に到着。ここはもう美唄市である。
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ここで下りて、隣の光珠内駅まで歩き、峰延駅と光珠内駅を撮影してしまう計画である。
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駅前には北海道のローカル駅には定番の農協倉庫があった。
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下り立った2番線のホーム。
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峰延駅は1891年(明治24年)7月5日、北海道炭礦鉄道の「峯延駅」として開業した。
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2面2線の相対式ホームになっている。
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かつて、ここから岩見沢駅や石狩月形駅方面へのバスが出ていたようだが、廃止されたのだろう。「のりかえ」の案内板が塗りつぶされていた。
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現在の書体に改められたのは1900年(明治33年)のことである。
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1906年(明治39年)には国鉄に移管されている。
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2番線は島式ホームになっているが、3番線は使用されていない。
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跨線橋が設置されたのは、1968年(昭和43年)のこと。
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ポスター1枚貼られておらず、すっきりしている。
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跨線橋から眺めると、1番線と2番線の間に、かつては中線もあったことが分かる。
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上りの副本線として使用されていたらしいが、すでに線路は撤去済みだ。
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跨線橋から駅前広場を望む。
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1番線(上り線)に下りてきた。
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峰延駅が無人化されたのは1984年(昭和59年)3月31日。JRに移管される前のことだ。
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この駅舎が建てられたのは、いつなのかよく分からない。
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切符売り場らしき窓口の跡がないので、たぶん無人化された後のことだろう。
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このちょっと凹んだ空間がユニークだった。
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峰延駅の外観。ホーム側とほぼ同じデザインである。
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跨線橋はもう半世紀の歴史を経たことになる。
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ささやかな駅前ロータリー。花壇が愛らしい。
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駅前にあった三角屋根の木造家屋。
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駅前商店の高橋商店はもう自販機のみの営業のようだ。
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それでは、いざ光珠内駅に向かって出発。
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峰延農協農機具センターの前を通過すると
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すぐに国道12号と交差する。国道沿いのヤベ洋品店は現役だ。
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対岸に寺の跡らしきものがあったが、信号が赤なので撮影だけに留めた。
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こんな感じで沿線にあるものを、逐一写真に収めながら歩いていく。
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このあたりは中央バスが運行しているようだ。1日5往復だけのようだが。
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峰延駐在所と峰延郵便局。
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田舎の駅は大抵ボロボロなのに、警察と郵便局だけはどんな僻地でも立派だ。

峰延橋で北海道幹線用水路を渡る。
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左前方(北の方角)に隈根尻山(971m)などの樺戸山地が見えてきた。
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そこを特急カムイ20号札幌行きが走り去る。
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歩き始めて10分ほどで、右手に北海道日油の工場前を通過。日本油脂の子会社だ。
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左手には「屯田砲兵隊移駐之地」と書かれた大きな石碑が現れた。
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1893年(明治26年)6月10日、各県から集まった30戸がこの地に、屯田兵の砲兵隊として入植したのだそうだ。
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まだ10分ちょっとしか歩いていないのに、地名はもう「光珠内南」になった。
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意外に近いのかもと思ったが、結果としてそう甘くはなかった。

廃屋になっているが、昔ながらの木造家屋。美しい。
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こちらは完全につぶれてしまっている。
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「ミツカン酢」のホーロー看板が懐かしい。
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札幌から54km地点。走り始めたのは新札幌なので、移動距離はもう少し短い。
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北海道によくある「○○線」地名。
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国道沿いなのに、このあたりは古い木造家屋がわりと目立つ。
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右手は三笠市の市名の由来ともなった三笠山(594m)方面。
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左手に、由緒ありげな樹木が現れた。とくに案内板の存在などを確かめはしなかった。
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こういう木造家屋を見ると、小樽にあった祖父母の家を思い出す。
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またまた屯田兵の遺跡。今度は砲兵隊の練兵場の跡だった。
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「兵」だけあって、開拓の合間にちゃんと軍事訓練もしていたのだ。
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裏面に「昭和二十五年建立」と書かれていた。
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樺戸山地にはまだ随分、雪が残っている。すがすがしい気分になる。
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遠方に歩道橋が見える。あれはもしかして光珠内駅前なのだろうか。
ちょっと期待してしまう。
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一見新しそうだが、1階部分の壁がレンガ。わりと古いのかもしれない。
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踏切に防風林に樺戸山地。
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光珠山善来寺の参道前を通過。
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ここまで3km弱歩いてきた。まだランナーたちは誰も抜かしてこない。
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沼貝神社なるものがあったので立ち寄った。
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境内にあった「太平洋戦殉没者慰霊碑」。
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同じく「開基六十年記念碑」。
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そして「五十年記念碑」。
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さらには、光珠内開拓100年を記念した「拓魂百代」の碑。
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これは何を記念したものか不明。
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「祖霊碑」や杉の献木を記念した碑もあった。
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年間行事はかなりたくさんあるようだ。氏子さんがまだたくさんいるのだろう。
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無事に、ゆ~りん館にたどり着けますよう。
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地面にはエゾエンゴサクが咲き乱れていた。
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鎧姿の神像にご挨拶して退去する。
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お隣に光珠内中央自治会館地域ふれあいセンター。長ったらしい名称だ。
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歩道橋までたどり着いたが、老朽化のため通行止め。
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駅前の歩道橋ではなく、学校のためのものだった。
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せっかくなので、学校(廃校)も見学していこう。
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さっきの避難場所の標識には「光珠内中央小学校」と書かれていたが、この校歌を読むと、かつては沼南小学校といったらしい。
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「沼南小中学校跡地之碑」もちゃんとあった。
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こちらは統合後の「光珠内中央小学校」校歌の歌碑である。
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(つづく)
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美唄ラン(2)

【2019年4月29日(月)】美唄ラン
新札幌駅から美唄に向けて国道12号を走り始めたが、美原大橋の手前13km地点でリタイヤ。
結局、2時間弱しか走れなかった。
この先、豊幌駅まで5kmほど歩かなければならないので、沿線で気になるところを見学しながら進むことにした。
その一つが「越後村」である。
「ビバラン」参加を決めて、コースを地形図で確認していたら見つけた地名である。
ほぼ間違いなく新潟県から入植した方々による開拓地であると推測されるが、その地名表示板の写真を撮りたかったのだ。

リタイヤ地点の「石狩川」と大きく書かれた石碑から、石狩川の土手を600mほど歩くと、村が見えてきた。
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フキノトウがすっかりおがっている。
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開拓農家の一軒。
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軒下にはスイセンが風に揺れていた。
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歴史のありそうなレンガ造りの倉庫。
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そして、古いマンサード屋根の牛舎とサイロ。
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こちらはレンガ造りのサイロ。もう使われていないのか、塔屋部分が失われている。
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やはり江別はレンガの産地だけに、レンガ造りの施設が多い。
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しかし、残念ながら、地名表示が全く見当たらない。
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これでは「越後村」に来た証明にならない。

いま歩いてきたメインストリートは400mほどで国道12号と交差する。
国道に沿って函館本線が並行しており、ちょうど特急列車が通過していった。
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ちなみに、越後村を貫く通りは「七戸村道路」と呼ばれている。
新潟から入植してきた農家が7戸だったからだろうか。
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通りの左奥に神社らしきものが見えたので足を伸ばしてみた。
すると、「越後会館」と看板を掲げた集会所を発見。
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これでやっと越後村に来たことを証明できた。

てことは、この神社は「越後神社」であろうか。
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参拝の前に、境内に林立する石碑に注意してみる。
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これは「越後村沿革碑」(1972年建立)である。
碑文は写真の解像度が低く読み取れない文字も多いため、別の資料で、村の歴史をひもといてみた。
当地の開拓を主導したのは、明治19年(1886)1月に、現在の新潟県長岡市で設立された北越殖民社だそうだ。
戊辰戦争により減封処分(7万4千石から2万4千石)となった長岡藩再興の一環であった。
入植は同年6月に始まった。まず、新潟県蒲原郡から10戸(1戸5町歩)。
9月には、島根県からの7戸も合流した。
「七戸村道路」というのは、この7戸に由来するのかもしれない。

碑の裏面には、大橋一蔵ら北越殖民社の歴代責任者のほか、入植者の氏名が刻まれていた。
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神社の社はこじんまりしている。
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名称はやはり「越後神社」であった。
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先人たちに感謝して、柏手を打つ。

社に向かって右手に、畜護神の碑。
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立派な「江別太開基百年、越後村入植之地」(1986年建立)の碑もあった。
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越後村は江別太地区の範囲内にあるので、こういう表現になっている。

明治28年(1895年)建立の「開拓記念碑」。
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そして「開村五十年記念碑」。
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永山武四郎お手植えの松。
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「開拓記念碑」が開村10周年ではなく、9年で建てられたのは、永山の訪問と関係があったのかもしれない。ともに10月ということもあるし。

というわけで、越後村の訪問を終え、「コース」に戻る。
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ここから延々国道歩きとなるのだが、歩道があるので助かる。
越後村から1kmほどで夕張川に架かる江別大橋に差し掛かった。
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北海道の川の標識にはたいてい、アイヌ語の由来が書かれている。
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ちなみに、「夕張」の由来は「ユパロ」(温泉の口)だそうだ。

それでは江別大橋を渡りましょう。
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とうとうと流れる夕張川。
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奥に、先ほど間近を通過した斜張橋の美原大橋が見える。
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橋を渡り切ると、国道は函館本線を跨ぐ跨線橋へとゆるやかに登っていく。
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すると、左手に誰も走っていない舗装道路が現れた。
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これは明らかに国道12号の旧道である。
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旧道を見下ろしながら歩けるとは思わなかったので、ちょっとうれしい。
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いよいよ函館本線を跨ぐ。左のやや高い位置を旧道が走っている。
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ちょっと列車が来ないか待ってみた。
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すると、さすがに幹線だけあって、すぐにやってきた。
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10時ちょうど札幌発の旭川行き特急ライラック11号である。
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跨線橋を下ると、今度は区間快速いしかりライナーが通過していった。
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旧道はこの地点で完全に切断されていた。無残な印象だ。
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左手に木造の廃工場。
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と思ったら、北斗木材商事(株)さんの現役施設であった。
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石狩川江別ゴルフ場への入口を通過。
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この列車に、函館からの夜行バスに乗り遅れて、始発でやってきたYさんが乗っているはず。
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彼は豊幌の次、幌向あたりでランナーたちと合流する予定らしい。
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というわけで、10時半過ぎに豊幌駅に到着。
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ここはすでに撮影済みだが、前回は小雨だったので、晴れの日のきれいな写真をもう一度。
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岩見沢行き(11:01発)まではまだ20分以上時間があるので、向かいのセコマでアイスモナカを購入。
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駅の待合室でいただく。ああ、生き返る。

食べ終わって、自動券売機で切符を買おうとしたら、私の目的地である光珠内の表示がない。
これを見ただけでは、光珠内までいくらかかるのかも分からない。
この駅は簡易委託駅だったので、窓口にいた係りの人に、どうすればいいのか聞いてみた。
すると、壁の上の方にある運賃表示板を見て、「450円だから、このボタンを押せばいい」と教えてくれた。
なるほど。あの表示板には気づかなかった。
でも、これではいかにも分かりにくいので、「ちょっとわかりにくいですね」とおじさんに言ったが、反応がない。
こちらのやんわりした指摘を無視するかのような態度だったので、「これ、わかりにくいから、会社の方に言っておいて」ともう一度言うと、「おれ、会社の人間じゃないから」という答えが返ってきた。
あくまで、聞く耳を持たないようだ。
「いや、だから会社に人に、って言ってるんですよ」
と言葉を重ねたら、おじさんは「なして、そんな怒るんだ!」と切れてしまった。
「別に怒ってませんよ」
と返したが、むこうはもう血が上っているようで、手が付けられない。
「やるのか」とか「弱いくせに」とか、子供のケンカのようなことを言ってくる。
まあ無視すればよかったのだが、静かに「もういいですから」「顔が真っ赤ですよ」と受け答えしていたら、さらに激高させてしまった。
あんな人を客商売の窓口に置いておくのは困りものだ。
この場を通して、会社(JR北海道)の方にお伝えしておきたい。伝わないだろうけど。

さて、気を取り直して、ホームで列車を待つ。
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日中もほぼ30分おきに運行されているようだ。
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11:01発の岩見沢行き区間快速が定刻通りやってきた。
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これで、本日のランナーの中で真っ先に列車を利用する軟弱者になってしまった。
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でも、やはり楽ちんだ。
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結局、ここまで走ったり、歩いたりした距離は計19.2kmだった。
なんだかすでに、太ももが筋肉痛。やはり登山とは使う筋肉が全く違うようだ。

上幌向駅を過ぎると、右手から室蘭本線が寄り添ってきた。
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しばらく並走する。
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線路端にはフキノトウがちらほら。このあたりは雪が解けてまだ間もないようだ。
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12分で岩見沢に到着。
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ここで20分の待ち合わせ時間がある。
時間もそんなにないし、途中下車できない切符なので、改札の外には出なかった。

(つづく)
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美唄ラン(1)

【2019年4月29日(月)】美唄ラン
高校同窓生のランナーズたちがここ数年、GWに札幌から美唄まで走る「ビバラン」という行事を行っている。
私は走ることには今それほど興味はないのだが、これに参加すればまだ未撮影の函館本線の駅に寄ることができると思い、参加することにした。
とは言え、ランニング用のシューズやウエアなど何も持っていない。
結局、靴はいつも山に使っているトレランシューズで代用。
パンツは五分のジャージ、上はFB山岳部のユニホームというみょうちきりんな出で立ちとなった。
ゴールが美唄の「ピパの湯ゆ~りん館」なので、風呂道具や着替えが必要だ。
他の参加者は、それらを伴走車に預けて、せいぜいトレランザックで走っているのだが、私はそんなサポートがあるとも知らず、普通のハイキング用ザックに、いろいろと詰め込んできた。
これで走らなくてはならないが、いつももっと重いザックを担いで登山しているので、背中はとくに気にならない。

距離は新札幌駅前から「ゆ~りん館」まで53.4km。
フルマラソンより10kmも長い。
フルどころかハーフも走ったことがない私は到底完走は無理。
以前、トレランをやってみようとトレランシューズを買い、皇居のまわり(1周5キロ)を走ったことがある。
この時は、1周して余裕があり、これならもう1周走れると欲張ったところ、9km地点でアキレス腱炎を発症してしまった。
その後、骨折などもして、ランからは遠ざかっていただけあって、9kmの壁を超えられるかというのも今回のテーマの一つだ。

ただ、全く無理するつもりはない。
「行けるところまで行く」つもりも、さらさらない。
頑張り過ぎて歩けなくなり、10連休の予定に支障が出ることだけは絶対に避けなければならない。
ちょっと疲れたなあとか、この調子だといずれ走れなくなるなあと思った時点でリタイヤするつもりだ。
行事のルールとしても、リタイヤ自由。
鉄路を使って現地に到着すれば、それでいいことになっている。
実際、今回も半分以上のメンバーが岩見沢や三笠あたりで列車や伴走車を利用した。

というわけで、7:30前に総勢27人(たぶん)が新札幌駅前に集結した。
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ものすごくいい天気になってしまった。暑くなりそうだ。
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初対面の方々と挨拶を交わし、出発前の記念撮影をして、7:30すぎにスタート。
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歩道を一斉に走り始めた。
最初はスローペースなので、何とか付いていける。
ただし、最後尾だ。
しかし、600mほど走ったところで、「山旅ロガー」を入れるのを忘れていたことに気付き、立ち止まってスマホ操作をしているうちに遅れてしまった。
しばらくは信号待ちのたびに追いついていたのだが、いつの間にか、予定通り、びりっけつの鈍足ランナーになっていた。
そこからは、新聞の選挙用語で言うところの「独自の闘い」である。
ただ、孤独とか取り残されたとか、そういうネガティブな感情はなく、気ままで自由だ。

スマホをポケットに入れると、走る振動で揺れて気持ち悪いだろうと思って、写真は控えていたのだが、どうも撮りたくなってくる。
とくに、路面に次から次とマンホールが現れるものだから、むずむずする。
江別市に入って見慣れないマンホールが出てくると、もう耐えられなくなった。
ザックからスマホを取り出し、撮影を初めてしまった。
DSC_7477_20190525054627ee2.jpg(江別市のマンホール)

この頃までは、ランナーたちの塊が前方に見えていたのだが、何度も立ち止まっているうちに、とうとう見えなくなってしまった。
DSC_7478_201905250546297c9.jpg(北海道開発局)

これも江別市。
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4.4kmを36分で走り、大麻駅前を通過。
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1km8分10秒ほどのペースで走っていることになる。
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このペースで走り続けられるなら、だいたい7時間15分で完走できる計算になる。
DSC_7482_20190525054602ef2.jpg(北海道開発局)
つまり、午後3時前にはゴールできるということだ。
もちろん計算上の話である。

ただ、遅れはとっているものの、自分的には快調だ。
酪農学園のあたりは広大な農場が広がっていて、走っていて本当に気持ちがよかった。
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でも、まだ5kmちょっとしか進んでいない。
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酪農学園前バス停を通過。
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サイロをイメージした待合室があった。
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右手の風景。奥は材木育種センターである。
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陸橋で函館本線を跨ぐ。
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野幌跨線橋である。
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ちょうど、上り列車が通過していった。
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左手にレンガ造りの煙突が2本見えてきた。
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「米澤煉瓦」と書かれている。
江別(とくに野幌)は古くからのレンガの産地だが、まだ現役の製造工場があるとは知らなかった。

走り始めて、ちょうど1時間で江別市情報図書館の前を通過。
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ここまで7.5kmだから、ほぼ1km8分のペースを保っている。

古い自転車屋さん(幸和自転車商会)があった。
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以前、買いに来たことがある「れんがもち」の製造元。
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ずっと、国道の東側を走ってきたが、信号待ちの都合で、西側に移った。
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しかし、西側はずっと日陰がないことが分かり、後でまた東に戻ることになる。

江別市役所は道路から離れて、撮影に行った。
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こうなると、走っているのか、「観光」なのか分からなくなる。
ただ、いい休憩にもなる。

敷地内には、平和都市宣言のモニュメントや開拓100年の石碑などがあった。
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1978年に「江別100年」を記念して埋められたタイムカプセルが開けられるのは9年後だ。
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江別市の人口は約11万9000人。ここのところずっと横ばいだ。
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札幌市のベッドタウンとして人口流入と自然減がほぼ拮抗しているのだろう。
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江別市役所前のバス停もサイロだった。
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ずっと、単独行動だったが、ほぼ10km地点にある弥生町あたりのコンビニで休憩を取っている皆さんに追いついた。
10分くらい前に着いていたそうで、私が到着すると同時に出発となった。
「え~、もう行くの~」
とぼやきも出たが、こちらは別に休まなくても大丈夫。
知らないうちに「9kmの壁」を超えており、体調も悪くない。
再び、皆さんとともに走り出す。
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私も含め、このあたりは皆さん元気である。
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立て続けの信号待ちでは、止まっているのがいやで、地下道で先回り。
皆さんの写真を撮る余裕すらあった。
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ただ、この後はやはり、ペースが合わず、どんどん遅れてしまった。
江別駅前を通過し、新江別橋に差し掛かると、左手に大きな工場が見えてきた。
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王子特殊紙工場である。
古くからある工場らしく、地名も「王子」になっている。

渡っているのは千歳川。
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季節柄、こいのぼりが優雅に泳いでいた。
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振り返って撮影。
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千歳川は新江別橋のすぐ先で石狩川に合流する。
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左手に見えてきたのが、その石狩川。
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右手には江別河川防災ステーション。
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すぐ横を函館本線の列車が走り抜けていく。
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国道12号と並走しているのだ。
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と、このあたりで急に足が前に出なくなってきた。
ついさっきまでは快調で、これなら旭川まで走れるんじゃないかと思っていたくらいなのに。
こうなったら、もう無理はしない。
ここまで13km。斜張橋の美原大橋が見えてきたあたりで、走るのは止めることにした。
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道路の反対側に大きな石碑が見えてきたので、大胆に国道を横断。
石狩川の土手に登った。
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すぐ先に見えるのが美原大橋。国道337号線だ。
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大きな石碑には、でかでかと「石狩川」と刻まれていた。
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ここでFBを通して、皆さんにリタイヤを宣言。
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あとは、最寄り駅の豊幌駅まで歩くことにした。
距離はここから5kmほど。今は9:30なので、11:01発の岩見沢行きに乗れそうだ。
そうと決まったら、ずっと気になっていた「越後村」という行政地名が付いた集落を訪ねることにした。
ここからすぐ近くにあるのだ。

(つづく)
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下ホロカメットク山(6)

【2019年5月6日(月)】下ホロカメットク山
下ホロカメットク山(1668m)から下山中。
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16時を過ぎた頃、ミズバショウの群落や落石地帯を通過。
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続いて奥十勝橋も通過。
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しかし、あと4km以上ある。
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フキノトウが雪を突き破って芽吹いていた。
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いつの間にか、すっかり曇ってしまった。
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そして、道の流出地点。
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2016年の台風による被害なのか。もっと最近なのか。
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往路と同様、小さい流れの方を渡渉する。
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流出した道路の下にあった暗渠が残っていた。
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通常時も流れは速い。
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さすが大河、十勝川である。
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序盤戦にあった岩壁。
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だんだんゴールが近づいてきた証拠だ。
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こりゃ、落ちたら助からないわ。
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太い白樺の倒木。
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H君が、道のど真ん中で交尾をしているカエルを発見。
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こんなに色が違うのに、同じ仲間なのだろうか。
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我々に見つめられて、固まってしまっていた。

ようやく大崩落箇所まで戻ってきた。
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ここは絶対落ちてはいけない場所だ。
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道が完全に失われている。
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皆さん、ササにつかまりながら、慎重にトラバース。
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全員、無事に渡り切った。
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さあ、あと300m。
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17:35にやっとゴール。
なんと12時間40分におよぶ山行となった。

ザックを下ろし、靴を履き替えて身軽になった後はお片付け。
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大量にある皆さんの荷物はIさんのワンボックスの屋根にのせる。
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帰りはH君が私の車に乗ってくれた。
その方がIさんの車も空間にゆとりができるのだそうだ。
私は運転するとすぐ眠くなるのを、H君は知っているので、親切にも「疲れたら運転替わるよ~」と言ってくれた。

準備が整い、18:00頃にテン場を後にする。
Iさんは林道も舗装道路も区別なく、ガンガン飛ばす。
付いていくのに相当苦労した。
1時間近くかかって、くったり温泉レイク・インに到着。
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ここは2017年の夏に来て以来2度目である。
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泉質はナトリウム-塩化物泉(弱アルカリ性低張性低温泉、旧泉質名:弱食塩泉)だ。
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源泉は29.9度、ph値は7.7である。
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湯から上がって、皆さんは引き上げたが、私とH君はここで食事を済ませておくことにした。
ラストオーダーが19時半だというので、入浴前にオーダーしておいた。
入浴と食事のセット券だと割安だったのだ。

まずはノンアルビールで乾杯。打ち上げというより、これからの運転に向けて気合を入れたという感じだ。
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食事は豚丼とそばのセット。十勝・新得のお約束だ。
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満腹になって、19:50に出発。
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これから、あと180kmもある。
普通なら、あっという間に眠くなってしまうが、H君がおしゃべりに付き合ってくれたので、かなり持ちこたえることができた。
途中のPAでコーヒーもご馳走してくれた。
今回は3日前に家を出て、この日も含めて4日間で1200km走ることになる。
その目標を達成すべく、頑張った。
しかし、1200kmを越えた輪厚SAでとうとう力尽きた。
この先はH君に交代してもらった。
夜中で市街地の車が少なかったので、H君の自宅には、雨の中、22時半くらいに到着した。
そのあとは気力だけで運転し、自宅へ。
精根尽き果てて、何もせず布団に潜り込んだ。
密度の濃い4日間、そして10連休だった。

【行程】2019年5月6日
殿狩橋奥砂防ダム(4:55)~礼咲別橋(5:24)~支十勝橋(5:31)~水源かん養保安林看板分岐(5:53休憩6:07)~奥十勝橋(6:22)~シートカチ第5支線林道分岐(6:56)~716m標高点(7:05)~774m標高点分岐(7:35休憩7:51)~標高870m地点(8:24スノーシュー装着8:36)~標高980m地点(9:18休憩9:33)~標高1230m地点(10:17休憩10:27)~標高1490m地点(11:12アイゼン装着11:27)~頂上(12:07休憩・撮影12:37)~標高1490m地点(12:58スノーシュー回収13:04)~1285m標高点(13:16スノーシュー装着13:26)~標高980m地点(13:56休憩14:15)~標高830m地点(14:57スノーシュー脱ぎ15:02)~774m標高点分岐(15:16休憩15:21)~716m標高点(15:44キジ撃ち15:50)~奥十勝橋(16:17)~支十勝橋(16:54)~崩落地(17:13崩落地通過17:25)~ゴール(17:35)
※所要時間:12時間40分(歩行時間:9時間40分)
※登った山:1座(下ホロカメットク山)
※歩行距離:26.6km
※累積標高差:約1150m




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下ホロカメットク山(5)

【2019年5月6日(月)】下ホロカメットク山
正午過ぎ、ふもとから実に7時間15分近くかけて、下ホロカメットク山(1668m)に登頂した。
一つの山にこんなに時間がかかったのは、日帰りでは初めてかもしれない。
ここは二等三角点だった。
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高曇りで、360度の大パノラマである。
一つ一つ見ていこう。
すぐ北の黒い山は境山(1837m)
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境山の左肩の向こうに富良野岳(1912m)。その左奥は前富良野岳(1625m)。
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前富良野岳の右奥の突起は旭岳(1335m)。左の突起は1459mピーク。
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富良野岳(左奥)の右に、上富良野岳(1893m)。
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西に横たわるのは、大麓山(左、1460m)とトウヤウスベ山(1400m)。
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その向こうに芦別岳(1726m)の峩々たる山容が見えている。
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アップにしてみよう。
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逆に広角にしてみると、夕張山地が一直線だ。
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芦別岳の右に飛び出す突起は崕山(1072m)だそうだ。
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芦別岳の左に連なる夕張岳(1668m)をズームアップしてみた。
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トウヤウスベ山の山頂部。
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南の方角のなだらかな山体は、たぶん標高844mの無名峰。
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はるか南に日高山脈北部の峰々。
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再び目を北に転じる。
境山のすぐ右は十勝岳(2077m)。その右に美瑛富士(1888m)。
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十勝岳(左)からトムラウシ山(2141m)へと続く山並み。
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頂上のハイマツ越しにもう一度。
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この風景をバックにH君と記念撮影。苦労して登ってきた甲斐があった。
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これらは、どこを写したのか忘れてしまった。
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南東の方角。然別湖や糠平湖周辺の山々。
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トムラウシのすぐ左に覗いているのは白雲岳(2230m)。
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中央奥は後旭岳(2216m)。
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ひと通り撮影を終えた後で、私も腰を下ろして小休止。
カフェオレで残りのパンを平らげる。
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同行者の一人が、ツツジのマットに横になって休んでいた。
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30分ほどのんびりして下山開始。
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再びハイマツ帯を踏み分けて進む。
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山頂は風が強くてあまり雪が積もらないので、雪解けが早い。
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でも、完全な真っ白より、ハイマツでも顔を出してくれていた方が春らしくていい。
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今日は頂上も全く風がなく、最高のコンディションだった。
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同じヤブでもやはり下りの方が楽だ。
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ただ、枝にアイゼンを引っ掛けて転ばないよう注意した。
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傾斜が急なので、雪の積もっている斜面も一歩一歩慎重に下った。
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眼下は広大な原生林。奥にはウペペサンケ山(1848m)。
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渋滞。
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さすがにハイマツの中はスピードが落ちる。
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ハイマツ帯を抜けると解放感。
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皆さん、トレースを無視して、思い思いに下っていく。
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途中、デポしてあったスノーシューを回収し、それを背負って、緩斜面になるまでアイゼンのまま下った。
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誰も来ない湿原。
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ニペソツ山(2013m)を見ながらの下山だ。
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左からニペソツ、丸山(1692m)、ウペペサンケ。
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標高1285m付近で、いったん傾斜が緩むので、スノーシューに履き替えた。
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あとはひたすら下り、頂上から1時間20分ほどで、年配女性が待機していた場所まで下りてきた。
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結局、4時間半近く待たせることになってしまった。
熊が出なくてよかった。

20分ほど休んで出発。あとはもうほぼ平らだ。
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なるべく最短距離で林道に出るべく林の中を進む。
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そのためには時々、ササの中も通過しなければならない。
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計算通り林道に出たが、往路の踏み抜きの反省から、極力、雪のある場所を選んで歩く。
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おかげで、往路でスノーシューに履き替えた場所より、多少先までスノーシューのままで行くことができた。
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標高830m付近で、ツボ足となる。軽い。うれしい。
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しかし、時刻はもう15時を回っている。
これから10km近く林道を歩かねばならない。
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到着は間違いなく、17時を過ぎてしまうだろう。
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ツボ足になってからは、隊列は崩れ、みな自分のペースで歩いた。
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ガイドのIさんは後ろの方だ。
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雪解けしたてなだけあって、枯れ草がまだ寝たままになっていた。
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真っ白な白樺。豪雪地帯では、白樺も肌が白くなるのだろうか。
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この壊れた柵を過ぎると、標高774mの林道分岐点だ。
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ここで一旦、全員集結。後から来る方々を待つ。
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林道の本線は見事な白樺の美林だ。
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ここでの休憩は5分のみ、全員そろったらすぐに出発した。
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すぐに名称不明の橋を渡る。
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雪解け水で、川は水量が豊富だ。
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ツボ足での雪道歩きはトレースをゆっくりたどると楽だった。
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もういい加減疲れているが、なるべく速足で歩く。
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皆さん、どうしてそんなに元気なの?というくらいペースが早いのだ。
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往路とは逆の方向を向いて歩くことになるので、林道からのわりとよく十勝連峰の一部が見えていたことに気づいた。
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トムラウシまで見えていたのに全然気づかなかった。
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復路は、300名山をすべて登ったという元高校教師とおしゃべりをしながら歩いた。
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黙々と歩くには、あまりに長すぎるからだ。
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15:45頃、標高716mの地点にある橋に到着。
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ここでもう一度集結した。
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橋の名前が書いてあったようだが、もう薄れてしまって解読できなかった。
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これは十勝川本流である。
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せっかく集結したのに、ちょうどもよおしてきてしまい、皆さんを見送ってキジ撃ち。
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ダニのいない季節でよかった。
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さっさと済ませて、少し速足で皆さんを追いかける。
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そうしたら、すぐ先で待っていてくれた。すいませんでした。
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16時前に第5支線との分岐を通過。
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往路でも避けた水たまりを再び避ける。
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さようなら~
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残雪にシカの足跡を見つけた。
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(つづく)
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下ホロカメットク山(4)

【2019年5月6日(月)】下ホロカメットク山
十勝連峰の下ホロカメットク山(1668m)を登山中。
標高870mに達したあたりで、スノーシューを装着することになった。
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10数分ほどで、皆さん準備を整え、出発。1人はわかん、1人はツボ足のままだった。
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しばらくは林道と付かず離れずで進んでいく。
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雪解けが早く、もう林床のササが随分、姿を現している。
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正面に見えてきたのは、境山(1837m)の前山。
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うっかりすると、下ホロカメットク山を見間違えてしまう。
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標高約920m、林道が右へ大きく屈曲する地点で、頂上に向け取り付くことになった。
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最初のうちは、緩斜面だ。
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あれが下ホロカの頂上。
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林道を離れて、20分ほど進んだところで小休止。
車中泊でビールのお供だったサラミで塩分を補給する。
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ここで、ツボ足だった年配の女性1人が登頂を諦め、みんなが下山してくるまで待機することになった。
彼女にはよくあることで、大好きな煙草を思う存分吸えることだろう。
クマ除けのために、Iさんがクマ笛を渡していた。

15分ほど休んで出発。彼女をあまり待たさないで済むよう、なるべく早く戻りたいものだ。
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少しずつ高度を稼いでいくと、標高1050mを超えたあたりで、背後にトムラウシ山(2141m)が見えてきた。
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その南にも山々が連なっている。
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きれいなピラミッドは、丸山(1692m)。
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その右にウペペサンケ山(1848m)。
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右手に見えてきたのは、たぶんオプタテシケ山(2013m)。
景色が見えてきて、俄然テンションが上がってきた。
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Iさんは、ところどころでピンクテープを木にくくり付けながら進む。
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標高1230mまで来たところで小休止。今度はゼリーでビタミンを補給した。
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ついでに、パンももう1個。もう10時を回って、結構お腹が空いた。
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10分で出発。
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傾斜も増してきたが、こちらはなぜか元気が出てきた。
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皆さんのトレースを離れて、独自のルートをガシガシ登る。
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やはり、だらだら林道を歩くより、ガンガン高度を稼いでいる方が気持ちがいい。
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幸い雪はわりと固く、歩きやすかった。
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標高1300mほどで森林限界を越えると、トムラウシを遮るものがなくなった。
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中央に見えてきたのは、ニペソツ山(2013m)ではないか。
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今年は、あそこに登れる日があるだろうか。
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左は石狩岳(1967m)。
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丸山(左)とウペペサンケ(右)。
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写真を撮っている間に、みな先に行ってしまうが、元気なのですぐに追いつける。
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トムラウシに登るのは、今年はヒサゴ沼の小屋とテン場が使用できないので、来年以降になるだろう。
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だんだん先が見えてきたような気もするが、ここからあと標高差で350mもある。
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夏なら1時間くらいで登れそうだが
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スノーシューだと、どうだろう。
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皆さんとは、ちょっとズレたルートを登っているので、写真が撮りやすい。
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トムラウシ(左)と石狩岳(右)。
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スマホだと広角なので、トムラウシからウペペサンケまでの大パノラマを収めることができた。
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南東の方角の山は同定しづらい。ピシカチナイ山(1308m)や北ペトウトル山(1401m)が見えているはずだが。
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標高1000m以下の山は、ほとんど雪が解けているのがよく分かる。
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白樺の白い幹が美しい。
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昨年秋に登った石垣山(1822m)からオプタテシケへの稜線。
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皆さんも、しばし壮大な山岳風景に目を奪われている。
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トムラウシは北海道では最も雄々しい山だと思う。
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さあ、隊列を組んで前進。
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背後は広大な原生林。
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あと300m。
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リボンは天候が崩れて、ガスった時のための用心だ。
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時刻は11時近く。もう6時間も歩いてきた。
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オプタテシケが木々に邪魔されずに見られる高さまで達した。
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シロクマのような顔をしているのは、美瑛富士(1888m)。
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美瑛富士(左)からトムラウシ(右)への稜線。
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標高1400mで、とうとうハイマツが登場。
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かなり背が高い。頂上付近は大丈夫だろうか。
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斜度もさらに増していく。
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美瑛富士の左に真っ白な美瑛岳(2052m)がちらっと姿を現した。
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拡大してみよう。
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すぐ北の黒い山は境山の前山。
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標高1490m地点で、スノーシューからアイゼンに履き替える。
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12本爪のアイゼンを履くのは、いつ以来だろう。
おかげでうまく装着できず、Iさんに手伝ってもらう羽目に。
皆さんをお待たせしてしまい申し訳なかった。

ピッケルはIさんからの借り物である。
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15分ほどで出発。頂上へのアタック開始だ。
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この先は、皆さんの付けたトレースに忠実に登っていく。
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傾斜はこんなにある。30度を超えているだろう。
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しかし、眺めは最高。
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大原生林と東大雪の山々。
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然別湖、糠平湖周辺の山並み。
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この斜度と雪質なら、滑落しても奈落の底まで止まらないということはないだろうが、もちろん慎重に。
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この時期のゼブラ模様が何とも言えない。
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これこそが北海道である。
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標高1620mでとうとうハイマツ帯に進路を阻まれた。
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この先はヤブこぎになる。
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ただ、そんなに長い距離ではなさそうだ。
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足元はこんな状態で難儀するが、進めないわけではない。
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這っている枝は踏みつけて乗り越えていく感じだ。
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前の方が滞っている間は撮影タイム。
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10分ほどで突破できた。
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ニペソツの手前の山体は二股山(1156m)であろう。
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やっと雪の上を歩ける。
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でも、思ったほど大変ではなかった。ヤブの区間が短かったからだろう。
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息を整えながら、トムラウシを凝視。
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その左裾に見えているのは、なんと旭岳(左、2291m)だそうだ。
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さあ、頂上はもうすぐそこだ。
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(つづく)
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下ホロカメットク山(3)

【2019年5月6日(月)】下ホロカメットク山
林道を歩いて、下ホロカメットク山(1668m)の頂上を目指している。
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テン場から25分ほどで、最初の分岐を通過。右に別の林道が延びていた。
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そのすぐ先に橋が出現。
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「礼咲別橋」という橋だった。
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川の名前はポン十勝川。
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「ポン」はアイヌ語で「小さい」という意味である。
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さらに5分進むと今度は、レイサクベツ林道が右に分岐していた。
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この道は、秘奥の滝や十勝岳の東麓登山口に通じる道のようだ。
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そのすぐ先にあったのは支十勝橋。
ここで標高は578mなので、まだ40mほどしか標高を稼いでいない。
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渡ったのは支流ではなく、十勝川本流である。
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対岸に渡ったので、しばらく十勝川の右岸を進む。
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残雪が少しずつ林道にも進出してきた。
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かろうじて土の上を歩けるような状態のところも。
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路肩はところどころ崩れている。
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3kmほど歩いてきたところで、再び道路が流出している箇所にぶち当たった。
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川原に下りて流れの細いところを渡渉して進む。
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2016年の台風の爪跡なのだろうか。
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なかなかワイルドなアプローチである。
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平和な林道歩きというわけにはいかないようだ。
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5:50くらいになって、やっと陽が射してきた。
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でも、今日は下り坂の予報。何とか持ちこたえてほしい。

山側からは落石も激しい。
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それを抑えるための擁壁が築かれていた。
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ちょうど1時間歩いてきたところにあった分岐で休憩。
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ここまで3.3km進んできた。
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ここで、山では絶対催さないというH君が「やばい」と言って、草むらに駆け込んでいった。
何があったのか、食中毒か!
しかし、同じものを食べた我々は何ともない。
結果的に、後を引くことはなかったが、彼は「人生初の野○ソだったかもしれない」と、つつぶやいていた。
おめでとうございます。

H君の用に時間がかかったため、みんなは先に出発。
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私が待っていてあげることにした。
みんなが出発してから5分ぐらいでH君が戻り、2人で皆さんの後を追った。
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すぐに細い支流を渡る。ホロカ十勝川である。
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間もなく、正面に本日の標的、下ホロカメットク山が初めて現れた。
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なんと頂上付近に雪がないではないか。大丈夫なのだろうか。
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それに比べ、林道の雪は増えてきた。
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皆さんはさっきの休憩地点から1km先の奥十勝橋で待っていてくれた。
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ここで標高は642m。やっと100m稼いだ。
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再び左岸を行くが、こちらも落石がひどい。
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この林道を改修するのは、相当金がかかりそうだから、やはり放置になるのかも。
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しかし、落石が丸いということは、かつてはもっと上が川原だったのだろう。
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十勝川はかなりのスピードで浸食を続けていることが想像された。

今度は道が完全に分断されている箇所に至った。
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ここは、どうしても片足が水に浸かってしまう。
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私も腹をくくって渡ったが、靴の中への浸水はほとんどなかった。
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とうとう、残雪歩きになった。
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春とは言え、山の中はまだ氷点下まで下がるようだ。
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雪の後は水たまり。
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水たまりをよく見ると、ぶつぶつが見える。
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カエルの卵だ。
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みんな元気に孵化できますよう。

2時間近く歩いてきたが、まだまだ林道は続く。
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右手に無名の滝。
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残雪が目立ってきた。
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それだけに雪解け水があちこちで伏流している。
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ちょうど2時間が経過したところで、シートカチ林道の第5支線の分岐を通過。
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ここでまだ6kmである。先は長い。
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この先の道はむしろ安定している。
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車も普通に走れそうなのに、もったいない。
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標高716m地点の橋を渡る。
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谷の奥に、まだ凍った滝が見えた。
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この橋は奥側の路盤が流出していた。
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とうとう雪道。でもまだツボ足で行く。
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道は川を離れて、登り始めた。
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きれいな白樺林の中を進む。
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路面は雪が消えたばかりで昨年の落ち葉がつぶれたまま残っている。
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再び、下ホロカ登場。
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心配なのは頂上付近の状況だ。あまりやぶこぎはしたくない。
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そして道路は水浸し。
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もう孵ったのか、カエルが泳いでいた。
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雪はかなり腐っており、ずぶずぶと埋まって歩きにくい。
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名称不詳の橋を通過。
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間もなく、標高774mの分岐に到着。ここで2回目の小休止をとった。
ここまでの8.3kmに2時間40分かかった。
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林道の本線は直進方向。
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我々は、ここで右折して第6支線を行くことになる。
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私は腰を下ろして、フィッシュバーガーで栄養を補給した。
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15分ほど休んで出発。
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この先はさすがに雪が多い。
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しかし、開けた場所は気持ちがいい。
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下ホロカが見える場所でしばし作戦会議。
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雪を求めて北斜面を迂回することも検討したが、そちらに雪があるとも限らないので、多少のやぶこぎは覚悟で正面突破を図ることにした。
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やぶこぎが必要なのは、あの頂上部分だけなのだ。
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方針が決まれば、前進あるのみ。
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それにしても標高差があと900mもあることに恐れを感じる。
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まだやっと標高800mに達したばかりなのだ。
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右前方に見えてきたのは境山(1837m)の前山と思われる。
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路面がかなりえぐれ始めた。
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この上に蓋をするように雪が残っているので、踏み抜く人が続出。
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林道を避けて、ササの上を歩く羽目になった。
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(つづく)
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下ホロカメットク山(2)

【2019年5月5日(日)】下ホロカメットク山
オソウシ温泉で2泊3日にわたった廃線巡りの汗を流し、下ホロカメットク山(1668m)の登山口に向かっている。
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集合場所(テン泊する場所)は、道道718号の曙橋から左の林道に入り、4kmほど進んだ殿狩橋あたりということになっている。
Iさんの車は15時到着予定とのことなので、私は16時到着を目指していた。
先に着いてしまうと、どこだか分からないからだ。

悪路のオソウシ林道から10数分で、舗装された道道718号に出た。
T字路を右折して、北上。
岩松ダムのダム湖に沿って走っていると、左手にふさがれたトンネルの坑口が現れた。
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傍らに立っていた案内板によると、十勝上川森林鉄道の岩松トンネルとのことだ。
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昭和28年(1953年)に完成したが、同41年には廃止されてしまったという。

右手は岩松湖。後方に岩松ダムの堰堤が見える。
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岩松湖を過ぎると、間もなく十勝ダムが立ちはだかる。
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昭和61年(1986年)に完成したロックフィルダムで、堤高は84mあり、堤頂長は443mに達する。
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ダム湖の名称は東大雪湖。湛水面積は420haに及ぶ。
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ダムの横に白亜のダム管理支所が設置されていた。
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東大雪湖に沿って北上していくと、正面に鋭角の山が見えてきた。
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左端のピラミッドはニペソツ山(2013m)だろうか。
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だとすると、その右は丸山(1692m)になるが、自信がない。

十勝ダムの奥には、トムラウシ温泉まで何もないと思っていたのに、集落が現れてびっくり。
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なんと学校まであった。
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その名も富村牛小・中学校。トムラウシを漢字で書く表記があることを初めて知った。
ここは戦後の開拓地のようで、現在約30戸、90人が暮らしているそうだ。
それでも生徒数は小中合わせて、10数人いるらしい。
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この地区では、肉牛は1万頭飼育されているとのこと。
沿道に巨大な牧場がいくつかあったので、さもありなんという感じだ。

学校の向かいには、観光施設の「山の交流館とむら」。
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ここにヌプントムラウシ温泉沼ノ原登山口への林道の通行止めを告げる看板があった。
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さらに北上すると、今度はオプタテシケ山(2013m)と思しき山が出現、
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このあたりは上トムラウシの開拓地で、上富村牛小中学校跡地の案内板が立っていた。
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当地への入植は昭和25年(1950年)に始まり、3年後には上富村牛分校が開設された。
昭和32年に分離独立し、ピーク時には児童・生徒数38人を数えたが、37年の十勝岳噴火で離農者が続出。50年に8人となり、翌51年に24年にわたる歴史に幕を閉じた。

近くに「大原始林開拓苦闘碑」が立ち、上富村牛小中学校の体育館らしきものも見えた。
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そして現れたのはトムラウシ山(2141m)。やはり格好いい。
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オソウシ温泉から1時間以上かかって、ようやく分岐点の曙橋に到着。
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ここを左折して、林道を4kmほど進むと集合場所の殿狩橋があるはずだ。
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入口にとくにゲートはなく、そのまま侵入していく。
道はもちろんダート。オソウシ林道ほどではないが、それなりの悪路である。
10分弱で殿狩橋らしき場所に到着したが、誰もいない。
圏外なので携帯が通じないので、連絡の仕様もない。
ちょっと不安になりながら、さらに進むと、1kmほど先にテントが現れた。
到着したのは、16:20になっていた。

テントは3張り。ここにIさん含めて10人が寝ることになる。
この日は気温も高く、大量の虫(ブヨ)が発生していた。
皆さんとともに先着していたH君に、開口一番「虫除けスプレー持ってきてるか」と聞かれたくらいだ。
でも、たき火を始めると、少しずつ虫は減っていった。
煙と日が暮れて気温が下がったせいだろう。

とにかく、それぞれ持参したビールで乾杯。
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酒宴の始まりだ。
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ツアーの時はいつもテント内で食事をするそうだが、今日は暖かいので野外でたき火を囲みながらということになった。
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薪は私が到着する前に、皆さんで河原に下りて集めてきてくれたらしい。申し訳ない。
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本日の参加者は、私を含め男性7人、女性3人の計10人。それとガイドのIさんである。
この種のツアーで男が女性より多いのは珍しい。
やはり超ハードなプランなので、女性には敬遠されたのかもしれない。

食事は暫時出来上がったものから食べていく。
まずは、パンをあぶっていただく。ワイルドだ。
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このほかに、ゆでたウインナーにレタスを巻いて食べたり。
メインは野菜と鶏肉のオリーブ油煮。
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これがわりと美味しかった。
11人もいるのに、これで足りるのかと思ったが、全員、高齢者なので余るほどだった。

私は、昨日食べたコンビニカレーの容器でいただいた。
DSC_8468_201905170852262f2.jpg

ゴミはみんな燃やすというのが「ルール」だったので、私も家庭ゴミならぬ車中ゴミを処分させてもらった。
すると、炎が高く燃え上がった。
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たき火はいいものである。
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薪も燃え尽きてきた頃、そろそろお開き。
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時刻も19時半を回った。
すでにテントに入って寝ている人もいる。
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というわけで、20時前には解散ということになった。
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ずっと立っていたので疲れた。
私は車に戻り、しばらくヘッ電を頼りにパソコン作業。
21時過ぎに切り上げて、就寝した。
翌朝は、3:15起床とのこと。
Iさんは3時半と言っていたのだが、H君がいつも朝は起きてから出発まで1時間45分かかるので、3:15を主張。そういうことになったのだ。
それでも6時間の睡眠は確保できるだろう。おやすみなさい。

【2019年5月6日(月)】下ホロカメットク山
夜中に何回か意識が戻ったが、わりとよく眠れた。
ただ、起床時間前の2:45には目が覚めてしまったので、車内の整理など出発の準備を始めた。
おおかた整った3:15に外に出て、皆さんにご挨拶。
昨夜のたき火を再び熾して、Iさんが朝食の準備をしてくれた。
メニューは焼いたマーガリンパンとバナナ、ヨーグルト、そして昨日の残りのおにぎり。
これで満腹になった。今朝も立ち食いである。
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食後はテントを畳んだり、後片付け。
私は自分の準備はほぼ終えていたので、ちょっとあたりを探検した。
テン場にしたところは、砂防ダムのあるところだ。
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でも、標識に名称は書いていなかった。
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これは十勝川の本流であると知って、びっくり。
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ササに霜が降りていた。放射冷却現象でかなり冷え込んだようだ。
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皆さんの準備が整ったところで、4:55に出発。
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今日は林道歩きが延々10kmもある。
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本当は車で行けるところまで行きたいのだが、このすぐ先で崩落があり、歩かざるを得ないのだ。
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300mほど歩いたところに、それはあった。
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道が100m近くにわたり、完全に崩れ落ちていた。
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前方に残雪の山が見えるが、それどころではない。
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歩ける幅はほとんどなく、ササにしがみつきながら、トラバースしなければならない。
おそらく本日最大の難所だ。
滑落に備え、Iさんが一段下で見守ってくれた。
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幸い、皆さん無事に通過することができ、ひと安心。
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いやいや、恐ろしかった。
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おそらくここの補修はしないだろう。
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この先の道もまだきれいだが、いずれ廃道化するに違いない。
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道端にミズバショウが咲いていた。
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十勝の山にも春がやってきたのだ。
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雪解け水が豊富である。
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15分ほど歩いたところで、ゴンドラ式の吊り橋を発見。
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河川名は「シイ十勝川」とある。
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「シイ」には「支」の字が当てられるようだが、これは十勝川本流。
「シイ十勝川」とは十勝川上流部の名称ということなのだろうか。

(つづく)
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下ホロカメットク山(1)

【2019年5月5日(日)】下ホロカメットク山
旧JR深名線の踏破を10時半過ぎに切り上げ、下ホロカメットク山(1668m)のふもとにある集合場所に向かうことにした。
10連休最後の5、6日は下ホロカに登るIさんの山岳ツアーに申し込んである。
泊りがけのツアーは料金が高いので(今回は2万8000円)、これまで二の足を踏んでいたが、この山にはぜひ登りたかったので奮発することにした。
申し込んだ時点ですでに満員だったが、マイカー参加ならばということでOKが出た。
この日は名寄から駆け付けることになるので、いずれにしろ、マイカーで行かねばならなかったのだ。
他のお客さんはIさんの用意したテントに泊まるが、私は車中泊ということになる。

切り上げ地点から集合場所までの距離は約200km。
ナビでは4時間かかると積算してくれている。
Iさんには16時頃に到着すると行ってあるので、余裕だ。
ただ、私としては現着する前に、近くのオソウシ温泉に入っておきたい。
その時間も計算して、集合4時間前の正午より早く、現地に向かうことにしたのである。

国道275号を南下していると、深川市の宇摩地区あたりで正面に真っ白い山並みが見えてきた。
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暑寒別岳(1492m)を主峰とする増毛山地である。
もう5月だというのに、このあたりは平地でもまだ雪が残っている。

多度志神社近くの交差点にあったコンビニで昼食を調達。
車内で食べられるサラダ巻きにした。今朝は朝食が早かったので、運転しながらすぐ食べ始めた。
標高120mの中山峠を越えて、秩父別ICから深川留萌道にのる。
左前方には、イルムケップ山(864m)など音江の山々を確認することができた。
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深川JCTで道央道に合流して札幌方面へ。
滝川ICで高速を下りて、今度は国道38号を南下する。
途中、ツアー料金を下ろすため、赤平市のコンビニに立ち寄り。
そこはエルム高原リゾートへの入口でもあったが
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疑似天守閣「赤平徳川城」のすぐ横だった。
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2年前、崕(きりぎし)山に登ったときに、初めてこのお城を見て、いったい何だろうと思っていたのだが、調べてみたら、道内唯一の節句人形メーカー「人形工房徳川城」の店舗兼工場で、展望台も備えていたとのこと。
1991年に完成したが、その後、会社は倒産し、廃墟になっているらしい。
探検したいが、今回は先を急がねばならない。

芦別を通過し、しばらく滝里湖の湖岸沿いを走る。
富良野市内に入ると、左手に十勝連峰がくっきりと見えるポイントがあったので思わず車を停めて、写真を撮ってしまった。
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左端に見えていたのは北海道の最高峰、旭岳(2291m)である。
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間近に見えるのが十勝連峰。
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最も高く見えるピラミダルな山が富良野岳(1912m)。
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その左。尖っているのが十勝岳(2077m)。
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前十勝岳が激しく噴煙を上げている。

さらにその左は、美瑛岳(右、2052m)と美瑛富士(左、1888m)。
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美瑛富士の左に覗いているのはオプタテシケ山(2013m)であろう。
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少し離れて盛り上がっているのはトムラウシ山(2141m)だろうか。
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桜も見事に咲いていた。
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満足して車に戻ったものの、市内は渋滞。
おかげで空知川を渡るあたりで、車内からまた十勝連峰を撮影することができた。
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何とか富良野市街を抜けて、国道38号をさらに南下すると、芦別岳(1726m)が右前方に見えてきた。
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真横(東)には、富良野西岳(1331m)が壁のようにそびえている。
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芦別岳と富良野西岳の間にある山々。真ん中は御茶々岳(1331m)と思われる。
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季節柄、鯉のぼりが悠々と空を泳いでいた。
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振り返ると、根室本線の列車がやってきた。
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キハ40の一両編成。東鹿越12:09発の滝川行きで、12:42に布部を出たばかりの列車だ。
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さらに南下すると芦別岳が真正面に。素晴らしい山容だ。
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今年は登る機会があるだろうか。
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山部を過ぎて、国道が西に進路を変えると、見事な桜並木に出会った。
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ここは桜の名所なのだろう。
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あちこちで車を停めて、撮影している人の姿があった。
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私は時間節約のため走りながら撮るにとどめた。
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幾寅のガソリンスタンドで給油し、コンビニで明日の昼食となるパンと飲み物を購入。
考えてみたら、ピッケルとコッフェルを忘れていた。
ピッケルは借りるとして、食器はどうしよう。
コンビニで紙の容器を買おうかとも思ったが、なんかもったいない。
ふと思いついて、ゴミになっていたコンビニカレーのプラ容器を洗って使うことにした。
現地に水場があるとは限らないので、狩勝峠のトイレの洗面所に寄ってささっと水洗いした。
それにしても今回は忘れ物が多いわ。

狩勝峠を下ったところで左折、屈足を経由して道道718号を北上する。
この道はトムラウシ温泉に通じる道だ。
岩松ダムの手前に分岐があり、ここを右に進むとお目当てのオソウシ温泉だ。
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分岐から7kmもある。
最初はきれいな舗装だったが、間もなく激しいダートとなった。
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路面に大きな水たまりの穴が開いていて、スピードが出せない。
7kmの道を15分近くかけて、14時半にやっとオソウシ温泉に到着した。
ここまでで4時間かかってしまった。
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しかし、私好みの昔ながらの一軒宿である。
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宿の名前は「鹿乃湯荘」という。
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その名の通り、シカの剥製が出迎えてくれた。
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さっそく出陣。
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内湯は通過して、まずは露天風呂へ。
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一番奥に源泉があった。
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こちらは加温していないので、冷たい。
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加温してある方もぬるめだった。39℃くらいしかないのではないだろうか。
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なので、ゆっくりと温泉を味わうことができた。しかも独り占めで。
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ただ、そんなにゆっくりもしていられないので、内湯に転戦して、体を洗う。
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申し遅れたが、ここはph値10.0という日本屈指の強アルカリ性温泉である。
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泉質としては単純硫黄泉(アルカリ性低張性低温泉)。
源泉の温度は26.9℃。右側の浴槽が加温していない源泉だった。
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内湯は熱かったので、少し温まってから源泉に移ったら、ほんの一瞬だけ入っていることができた。
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ここは自然湧出で毎分65リットル湧き出ているという。
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無色透明で、ほのかに硫化水素臭がした。

お風呂には入れ替わりに3人くらいの人が来たが、うまくすみ分けて、露天風呂、内湯ともに一人で過ごせたのはラッキーだった。
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湯上りに休憩室を見学。
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入浴料は600円だった。
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飲用の源泉が用意されていたので、1口飲んでみた。
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説明のできない味だったが、そんなにクセは強くなく、飲みやすかった。

退出して、湯冷ましに若干あたりを探検。
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送迎は新得駅だろうか。かなり遠いと思う。
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目の前を流れているのはオソウシ川。
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早くもツツジが咲いていた。
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オソウシ温泉は明治末に、帯広の旅館経営者がアイヌに教えられて開いたのが始まりとされている。
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地名の由来はアイヌ語の「オ(川尻)・ソ(滝)・ウシ(ある)・イ(物・川)」で「滝がある川」という意味だそうだ。
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それでは、15:05出発。おそらく16時には着けるだろう。
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林道を戻る途中で見つけた旧道の橋。
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分岐していた湯の沢林道。
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私が走っているのはオソウシ林道。
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林道の橋の竣工は昭和40年(1965年)であった。
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周囲は水源かん養保安林である。
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岩松ダムの横を通るあたりで南の方角に日高連峰を望むことができた。
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(つづく)
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2019円山(下)

【2019年4月28日(日)】円山
12:20頃、円山(225m)に登頂し、10分ほど休んで下山開始。
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復路は往路と同じ道。ピストンだ。
帰りは、登ってくるときに見逃していたものを見つけながら歩く。
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白く大きな花が印象的なコブシ。
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漢字では「辛夷」と書くことを初めて知った。
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第五十四番はわりと粗削りであった。
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仏様もよく見ると、いろんな顔立ちがある。
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こちらは七面観音。素朴なお顔だ。
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石狩太美の地名を発見。
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千手観音の手。
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おしくらまんじゅう。
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若葉を見ると、春が来た喜びを感じる。
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旅姿のお坊さん。これは浮き彫りだ。
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白蛇の根がある巨樹のところまで下りてきた。
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この人、逸ノ城に似てません?
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キツネに帽子。
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大正十一年の摂政宮とは昭和天皇のことである。
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大師堂の前まで下ってくると、「弘法大師乃夢知らせの歌」と題する歌碑があった。
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「あなうやと洩さて救う願なれは 巡礼堂はたのもしきかな」と刻まれている。
説明書きによれば、大師堂の第七代堂守だった加藤恵孝という方が、夢枕に立った弘法大師からいただいた御歌として、昭和32年(1957年)に建立したものだそうだ。

これにてハイキングは終了。ランチを食べに円山公園駅へと向かう。
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沿道もピンクの桜が満開だった。
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偶然見つけたタイ料理の「SOI MARUYAMA」という店に入った。
今日の円山界隈はどの店も混雑していることが予想されたが、幸い並ばずに座ることができた。
オーダーしたのはガパオのセット。ソフトドリンク、デザート付きで1500円だった。
まずはサラダとスープ。
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薩摩揚げ風のナゲット。
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そしてガパオ。見かけ以上に量があった。
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デザートはキャラメルのジェラート。
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お味もまずますで、満足でした。

この後は、定番の温泉。
足は地下鉄なので、西11丁目駅から歩いていける極楽湯にした。
駅から旧大通小学校の校門前を通過。
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10分ほどで到着した。
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館内には「ゆうゆう亭」というお食事処もある。
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ここに来るのは、3年ぶり。前も円山に登った後だった。
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源泉名は「さっぽろ弥生温泉」という。
泉質はナトリウム-塩化物温泉(高張性中性低温泉)だそうだ。
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源泉は30.9℃で、ph値は7.2。
かなり混んでいたが、ゆっくりを汗を流せた。

あとは帰宅するのみ。
大通小学校校門の横にあった道庁立札幌高等女学校の記念碑を確認して、地下鉄に乗った。
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平成最後のピークハントは、おそらく生まれて初めて頂上に立った山、円山であった。

【行程】2019年4月28日
円山公園(11:30)~大師堂(11:44)~山頂(12:18休憩12:30)~大師堂(12:55)~タイ料理店(13:15)
※所要時間:1時間45分(歩行時間1時間半)
※登った山:1座(円山)新規なし
※歩行距離:3.9km
※累積標高差:約220m
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2019円山(上)

【2019年4月28日(日)】円山
10連休の2日目は前日とうって変わって晴れ渡り、ポカポカ陽気となった。
事前に計画していた特別なプランはなかったので、円山公園のお花見を兼ねて円山(225m)へハイキングに行くことにした。
花見客で駐車場はいっぱいだと予想されたので、地下鉄を利用した。
ゆっくり朝食をとって、11時前に自宅を出発。
円山に登るのは、2016年のお正月以来3年ぶりだ。

地下鉄東西線の円山公園駅を下りると、通勤ラッシュ並みの混雑。
おそらく、ほとんどの方が桜目当てであろう。
行列の中に混じって、円山公園に向かう。
11時半すぎに園内に入ると、大勢の方々がビニールシートを敷いて、ジンギスカンなどを楽しんでいた。
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桜も満開に近い。やっと北海道にも春が来たなあという気分である。
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お花見エリアを抜けると、めっきり人が減った。
円山の登山口近くに来ると、自転車がかなり並んでいた。
自転車で登山に来る人も少なくないようだ。
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人は少なくなったと言ったものの、それは花見会場と比べてのことで、「山」としてはかなり多い。
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11:45、登山開始である。
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円山原始林は藻岩山原始林とともに国の天然記念物に指定されている。
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橋を渡ると、大師堂。
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その裏に頭に馬をのせた仏像を発見。初めて見たが、これこそが馬頭観音なのだそうだ。
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馬頭観音と言えば、石碑ばかりだったから新鮮だ。

驚いたのがこちら。軍人の石像である。
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以前、丹沢の鐘ヶ岳山頂に鎮座する浅間神社の境内にも似たような軍人の石像があったが、まさかこんなところで再会するとは。銘などを確認するのをうっかり忘れてしまったが、近くなので、今度ついでがあったら見にいってみよう。

円山の頂上までは、わずか1kmである。
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足元には、エンレイソウが茶色い花を咲かせていた。
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八十八か所というだけあって、沿道は本当に石仏だらけである。
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ひとつひとつ写真を撮っていてはキリがないので、主なものだけ切り取っていくことにした。

こちらは、序盤の見もの、大蛇の根。
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丘珠村の岡島家はたくさんの石仏を奉献している。
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たぶん古い開拓農家なのであろう。

和人の歴史が浅い北海道では、こんなに石仏がある山はめずらしい。
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林床はササである。
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その中に、エゾノエンゴザクが咲き乱れていた。
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鮮やかな青である。
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ちょっと、紫がかったものもあった。
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ここには老いも若きも大勢集っており、今日は本当に最高のハイキング日和だ。
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もちろん普段登山などしない普通の市民がほとんどなのだろう。
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でも傾斜はそこそこあって、1kmとは言え、登り甲斐がある、
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三十一番の石仏の背後には、アサダの大木が控えていた。
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すでにあちこちで若葉が芽吹いている。
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赤く塗った石仏も丘珠の岡島さんだった。
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さっきは「ミヤ」さんで、今度は「スギ」さん。
岡島家は女性の名で奉献するしきたりなのだろうか。
男性の名もあった気がするけれど。

15分ほど登ってくると
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若干、平らなところに出た。
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巻き道を見送って、左の尾根道を進むと、市街地を展望することができた。
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そのはるか向こうには、まだ真っ白な増毛山地が展開している。
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暑寒別岳(1492m)の辺りだろうか。
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丘珠・つどーむの向こうには樺戸山地。
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暑寒別と比べて、かなり雪解けが進んでいる。
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左端のまるい稜線はピンネシリ(1100m)である。

若葉萌え出づる季節だ。
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マシュマロのようなキノコも。
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見かけと違ってカチカチに固いが。

8人連名の第七十番。
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若干、足元の悪いところを通過。
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八十四番を過ぎたので、もう終盤戦である。
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左奥に見えているのが頂上だ。
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35分ほどで登頂。
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「山神」様が迎えてくれた。
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気温は22℃。
そんなにはないと思う。おそらく温度計が直射日光を浴びて上がってしまったのだろう。
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そして、頂上からの大展望。
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百年記念塔の向こうにそびえるのは大雪連峰。
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ピークは旭岳(2291m)だろうか。
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ピンネシリを中央に、左は神威尻山(947m)。
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真ん中に白く輝いているのは札幌ドーム。
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すっかり埋まってしまった三角点。
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頂上では、腰を下ろしておやつをいただいた。
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ただ、人が多く、あまりゆっくりする雰囲気でもないので、10分ほどで下山開始した。
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(つづく)

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