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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

本俱登山(下)

【2019年4月27日(土)】本俱登山
本俱登山(1009m)の頂上付近まで登ってきた。
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ガスで真っ白だけど、あそこが頂上のようだ。
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頂上には何も立っていないが、その先に生えている木に山名板はあるだろうか。
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しかし、結局何もなく、作ってきた山名板が役に立つことになった。
手に持っているところを、Iさんが撮ってくれた。
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なんだか、ものすごく短足に写ってしまった。

もう一人のお客さんが、この山名板の写真を撮りたがってくれたが、木の枝とかにセッティングされている状態がお望みのようで、Iさんがうまく木の枝にのせてくれた。
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彼女はこの状態のを撮影していた。
やはり、この方が本俱登山に登った証拠になるのだろう。
私は、さらに自撮り。
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ちゃんとくくり付けていないので、すぐに落ちて、人知れず朽ち果てていくのだろうけど、別に痕跡を残したいわけではないので、とくに構わない。
でも、ベベツ岳に置いてきた山名板はどうなったことだろう。

地面にぽっかり穴が開いていたので、三角点かと思ったが、何も見えなかった。
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風も強いし、景色は何も見えないので、撮影が終わったらすぐに下山。
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さっきみんなで作った階段状のトレースを壊さないよう、別のラインで下った。
Iさんが「明日登る人のために」と言っていた。
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下りはスノーシューを付けずに出発。
一人だけわかんの人がいたが、その人はわかんを付けていた。

デブリの横を通過。
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頂上付近にも、こんな大木が生えているのがおもしろい。
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ソリをデポしてあるところまで下ってきた。
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ソリは大きなものが1つ、小さいのが2つ。
小さい方は私と女性1人がそれぞれ使い、わかんの方は歩き。
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大きいソリはIさんと女性もう1人が2人乗りで滑ることになった。
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まずはIさんがお手本を示す。
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なかなか楽しそうだ。
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私も後に続き、平坦面まで下りてきた。
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スピードは足でブレーキをかけて調節できるので、怖くない。
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しかも、アイゼンやスノーシューを付けているわけではないので、変な止まり方をしなくて済む。
つまり骨折や捻挫の恐れがない。

ただ、なだらかなところはあまり滑らないので、持って歩くしかない。
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Iさんはザックをソリにのせて歩いていた。
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登りのときよりもだいぶ視界が良くなってきた気がする。
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見晴らしがいい。
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西の方角もよく見えた。
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ただし、まだ雲は低く垂れこめていた。
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これならスキーで来てもよかったかしら。
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あの先からまた滑れそうだ。
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東の方角。
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Iさんチームは快調だ。
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私も調子にのってきたので、坂という坂は全部、ソリで下った。
木々が密なところもお構いなしだった。
どんどん突っ走ったので、たった一人で登り返し。
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後ろが随分離れてしまったので、682m標高点でしばし後続を待つことにした。
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このあたりの白樺は幹が細い。
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木々はどれも立派なツリーホールを形成していた。山も実は春なのだ。
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みんながそろったところで出発。
この先もどんどん滑った。斜面も急になり、木も増えたので、ハンドル代わりに手で雪面を掻いたりしたら、手袋がびしょびしょになった。

谷は雪が解けて、沢のようになっていた。
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この平坦面の先は登り始めの急斜面だったが、そこも手足ブレーキを掛けながら果敢に下った。
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登りには2時間半かかったが、下りは半分の1時間15分しかかからなかった。
これは完全にソリ効果だ。
意外にもIさんは初めてだったとかで、楽しかったから、今度は「ソリ」でお客さんをつろうとはしゃいでいた。

全員無事に下山。13:30に車で帰途につく。
今回は、私がマイカーに風呂道具を忘れたこともあり、温泉は省略ということになった。
皆さんもとくに風呂に行きたいと強く希望している方はいらっしゃらなかったようだ。

私はこのままだと帰宅までにお腹が空くことは明らかだったので、お昼に食べるつもりだった、カレーメシを車内でいただくことにした。
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カレールーがなかなか溶けなくて難儀したが、まずまず美味しかった。
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ほぼ汁っぽかったのは、そもそもこういう商品なのだろう。
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ちょうど食べ終わったところで、道の駅あかいがわに到着。
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トイレ休憩である。
カレーを食べて喉が渇いたので、三ツ矢サイダーのメロン味を購入。
ちょっと薬くさい感じがしたが、やはり炭酸はいい。
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15:15に、桑園駅裏の石井スポーツに到着。
Iさんに別れを告げ、すぐ近くにある「北のたまゆら」へ。
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ここは2回目だが、遠くに行くのも面倒だから、ここにした。
ゆっくり汗を流して、16時過ぎには退出。
会社に寄って、1時間ちょっと仕事をして18時には帰宅した。
久々の山だっただけに、かなり疲れた。

【行程】2019年4月27日
ポンクトサン橋(9:30)~標高620m地点(9:54休憩9:58)~標高740m地点(10:24休憩10:34)~792m標高点(10:46)~標高820m(10:58休憩11:12)~頂上直下(11:41休憩11:48)~頂上(12:00撮影12:05)~頂上直下(12:10休憩12:13)~682m標高点(12:56休憩13:01)~ポンクトサン橋(13:20)
※所要時間:3時間50分(歩行時間:3時間)
※登った山:1座(本俱登山)
※歩行距離:7.6km
※累積標高差:約510m
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本俱登山(上)

【2019年4月27日(土)】本俱登山
1か月半ぶりの登山である。
この春は統一地方選の関係で土日に仕事があったり、せっかく休みでも体調を崩していたりで、なかなか山に行けなかった。
4月も末だというのに、今月初めての山である。こんな年は初めてだ。
でも、年を取るということは、こういうことなのかもしれない。
久しぶりなのに一人で雪山に入るのはちょっと怖かったので、ツアーを申し込んだ。
この日に組まれていたのは、Iさんの本俱登山(ぽんくとさん、1009m)である。
赤井川村と倶知安町、京極町の境界近くにあり、実は以前から気になっていた山だ。
申し込みは数日前だったが、参加者は意外に少なく、私を含めて4人だけだった。

迎えに来ていただく場所は、いつもの札幌駅北口ではなく、桑園駅前の石井スポーツの駐車場にしてもらった。
帰りに会社に寄らなければならないので、会社にスノーシューやらの荷物を持ち込まないですむようにしたのだ。
当日は、5:45に起床。あれこれ準備をして、ちょうど7時に出発した。
集合場所には指定通りの7:15に到着した。
でも、他のお客さんは来ているようだが、Iさんの車がない。
5分遅れて、Iさんは到着し、すぐに車の移動をお願いされた。
置きっぱなしにできるのは、さすがに駐車場ではなく、JRの高架下がツアー客用の指定場所のようだ。
他のお客さんは我々のツアーではなく、Aさんのツアーだった。
たまたま、Aさんも到着したので、ご挨拶させてもらった。

いったん、Iさんの車に乗ったものの、ちゃんと自分の車にロックしたか不安になり、一度戻ってもらった。すいませんでした。
車は札幌駅北口と西野にあるもう一人のお客さんのお宅に寄り、札樽道に乗る。
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他の3人はみな女性だった。
天気は曇り時々小雨。
まわりの山にはすでにほとんど雪がない。
ただ、小樽から毛無峠への峠道にかかってくると、だんだん雪が現れ、雪が解けたばかりの道沿いはフキノトウのお花畑になっていた。
しかも峠付近には雪が1cmほど積もっていたので、フキノトウが雪化粧していた。

赤井川カルデラに下り、道の駅あかいがわでトイレ休憩。
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時刻はまだ8:50だったので、店舗部分は開いていなかった。
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依然として小雨が降っている。やはり寒い。
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ここから南下して、倶知安方面に向かう。

樺立トンネルを抜けると、そこが取り付き点だ。
除雪車の転回場につき一般車両は駐車禁止となっているところに、やむなく車を停めた。
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今日は除雪車が来ないことは明らかだからだ。
Iさんは「なして、こんな意地悪なことをするんだ」とぼやいていた。

すぐ横に山の名前と同じポンクトサン川が流れている。
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橋の名前もポンクトサンだ。
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現着は9:10。5分で準備をして国道393号をわたる。
すると、そこもフキノトウ祭りだった。
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雪はしっかりと締まっているので、とりあえず私はスノーシューは履かずに歩くことにした。
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Iさんがソリの準備などに時間がかかっていたので、いったん車まで戻り、ソリ(大小3つ)を雪のあるところまで運んであげた。
ソリはIさんがザックにつないで、引きずって登るようだ。

ここは標高460m。頂上までの標高差は550mほどある。
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Iさんの準備が整ったところで、9:30に出発。
いきなりの急登である。
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こんな急斜面をジグザグと登っていく。
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1か月半ぶりの体には、かなりしんどい。
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5分ほど上ると、背後に国道393号の樺立トンネルが見えた。
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最初の急登の標高差は80mほど。
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ツボ足でも全然問題なかった。
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20分ちょっと歩いたところで、体温調整のためのお着替えタイム。
私はとくに変更なし。
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皆さんもとくに脱いだりせず、そのまま出発。
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標高600mを超えると、今朝降ったばかりと思われる雪が霧氷のように木々に積もっていた。
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1、2cmは降ったようだ。
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今も時々、湿った雪が降ってくる。
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冬に逆戻りだ。
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今年は2月から急に暖かくなったり寒くなったり、寒暖の変化が激しく、老体にはかなり堪えたのかもしれない。
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ちょっと気になった木。
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縄文土器の文様は、実は樹木の模様をまねたのでは?と思わせるような表情だった。
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標高700mを超えると、ちょっとガスってきた。
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開けた緩斜面が多いので、木のオブジェを鑑賞しながら登っていける。
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だらだらの登りが続くが、ブランクが長い私にはかなりきつい。
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スノーシューを履いた方が楽なのではないかと勘違いするほどだ。
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出発して1時間ほどで2度目の休憩。
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ここで行動食の黒船どらやきを補給。
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三日月形。しっとりしていて、とてもおいしい。
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ついでに、おにぎりも。中身はフキノトウの味噌焼きだ。
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全部食べ切る前に出発になってしまった。
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ときどき、大樹が芸術的な姿を見せてくれる。
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しばらくすると、Iさんがピンクテープを取り出した。
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ガスっているので、帰り道の道迷い防止のためだ。
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ツボ足だと、皆さんのトレースの跡よりも誰も歩いていないところを歩いた方が楽であることがわかり、少しずれて歩いた。
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792m標高点に近づいてきた。
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尾根の雪が解けているところで、ほんの小さな行者にんにくを発見。
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さすがにこれを摘むのは忍びなかった。

ピークでは立派なダケカンバがお出迎え。
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急登の後の緩斜面はありがたい。
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左手に見えた、対岸の斜面。貴重な眺めだ。
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さっき、栄養を補給してから、わりと元気になった気がする。よかった。
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アートだとすれば、「無題」なんて、タイトルになるのだろうか。
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こちらは「カムイ」とでもしておこう。
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若干、下る。帰りの登り返しが怖い。
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雪面は依然として固い。頂上までツボのままで大丈夫そうだ。
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後ろの方はツアーの客層の中ではわりと若い方で、あちこちで写真を撮っていた。
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Iさんが「こぶしの花が咲いているみたいだ」といった木。
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現地では本当にそんなふうに見えたのだが、写真ではそうは見えない。

開けたところで小休止。
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かなり疲れたので、ここでは私もザックをイス代わりに腰を下ろした。
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残りのおにぎりも食べてしまった。
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15分近く休んで出発した。
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若干、ガスが晴れた瞬間。
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休んでいる最中は風もなく、ちょっと薄日が差したりしてぽかぽかだったが、やはり山の天気は変わりやすい。
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さあ、あと標高差100m、最後の登りだ。
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急斜面は回避して、右から回り込む。
すると、大規模なデブリが。
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頂上あたりは斜面が急すぎて、早くも土が顔を出している。
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正面の急斜面を避けても、かなり急なので、全員スノーシューを脱いでツボ足で行くことに。
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ザックもデポした。
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キックステップで階段を作りながら、急斜面を登っていく。
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数分のアルバイトで頂上台地に出た。
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(つづく)
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空知周遊(5)

【2019年4月14日(日)】空知周遊
美唄市の安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄を訪ねている。
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南側の丘の上に登ってくると、人がやっとすり抜けられるくらいの穴が開いたブロンズ彫刻「胸いっぱいの呼吸(いき)を」が鎮座していた。
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側面はこのような仕上がり。
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この施設には野外も含め館内には40点の作品が展示されている。
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カフェアルテの前を通過。
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奥に「真夢」を望む。
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林の中にたたずむ恐竜の卵は「相響」。
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「妙夢」
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「真夢」の近くまで来た。
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裏側。
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この先はまだ雪が残っているので見学は断念した。

地面にはクロッカス。
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そしてフキノトウ。
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ちょっと、おがりすぎですが。
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沢を見下ろすテラスに「天秘」。
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沢の名は落合川。
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雪の残る春の小川である。
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「相響」
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雪が解けて顔を出した土からは、懐かしい春の匂いがした。
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四角い枠は「天聖」。
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のみの跡が美しい。
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アルテピアッツァとはイタリア語で「芸術広場」という意味だそうだ。
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旧校舎と白亜の彫刻が見事に調和している。
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「地人」を中心に。
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最後に「妙夢」をもう一度。
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以上で見学を終え。さらに奥にある「炭山(ヤマ)の碑」まで車で足を伸ばした。
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これも安田侃の作品である。
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1980年に設置されたそうだ。
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すぐわきに、サイクリングロードとしても廃道化した三菱鉱業美唄鉄道の廃線跡があった。
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道路をはさんで向かい側にあったのは、美唄国設スキー場。
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この「我路レストハウス」が昭和そのもので感激した。
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これで本日の活動は終了。美唄の街へお昼を食べに向かう。
美唄と言えば、「美唄やきとり」。
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一番の名店とされる「たつみ」を目指す。
はすむかいにあった市立美唄病院の駐車場に車を停める。
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この病院もかなり昭和バリバリである。

商店街も昭和レトロ。
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足元にマンホール。
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中央は美唄市の市章。「ひ」の字を図案化している。
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こちらはローマ字筆記体。
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それでは、いざ突撃。
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私はおにぎり付のランチセットにした。確か700円。
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やはり焼鳥(精肉)のお味は抜群だった。

全国やきとり連絡協議会なるものがあるらしい。
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東松山市で食べたことはある。

帰りに、これまたパンの有名店「すぎうらベーカリー」に立ち寄った。
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あすの朝食用に、シフォンケーキを購入。
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午後1時に札幌に向けて出発した。
延々、国道12号を走って帰ったが、2時間はかからなかった。
ここのところ、なかなか山には行けないが、のんびり北海道の春の雰囲気を味わった旅であった。

(おわり)
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空知周遊(4)

【2019年4月14日(日)】空知周遊
旧国鉄万字線の廃線跡を訪ねている。
現在、美流渡駅跡を見学中。
駅構内はかなり広かったのだろう。交通センターから随分離れた場所に駅跡の碑があった。
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万字線もなくなったが、合併で栗沢町もなくなってしまった。
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この道路はおそらく廃線跡に整備されたものだ。
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駅前には、賑やかかりし頃を偲ばせる駅前商店がいくつか並んでいた。
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もう廃業している店が多かったが。

駅からかなり離れた場所に、万字線鉄道資料館がある。
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しかし、ここも鍵がかかっており、見学希望者はご覧の番号に電話をしなければならない。
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きっと、五十嵐さんは近くにお住まいで、電話をすればすぐ来てくれるのだろうが、そこまでするほど鉄道グッズ系には興味がないので、今回はパスすることにした。

続いて訪ねたのは、旧朝日駅。
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ここは、鉄道公園として意識的に保存されている。
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石碑も万字駅や美流渡駅とは違ったタイプのものが設置されていた。
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踏切警報機と遮断機。
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駅舎のホーム側に回り込んでみると、朝日駅の駅名板が掲げられていた。
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この駅は1919年(大正8年)11月11日、万字線開通から5年後に開業した。
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駅名は現地の地名による。
「朝日」という地名は、近くに旭沢が流れており、その方角から朝日が昇ることから付けられたとも、朝日のように炭鉱が栄えほしいという願望から付けられたとも言われる。
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レールも一部残されていた。
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展示されているSL9600型はまだ冬囲いのままだった。
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万字線沿線の炭鉱はわりと早く閉山したが、鉄道はしぶとく1985年(昭和60年)まで残っていた。
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当駅の1日平均の乗降客数は廃止4年前の1981年度でわずか10人だった。
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私としては、動輪よりも13kmのキロポストにそそられる。
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廃止時点では1面1線の単式ホームだったそうだ。
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鉄道公園というだけあって、駅舎はきれいに塗装されていた。
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駅前のバス停は「旧朝日駅前」となっており、うれしかった。
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次は、1か月ほど前に来たばかりの上志文駅。
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あの時は雪に半分埋もれていた石碑が完全に姿を現していた。
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傍らにはクロッカスまで咲いていた。
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雪が解けて、ホーム側もよく見える。
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中には圧雪車か除雪車らしきものが格納されていた。
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再び正面。やはり駅名板がそのまま残っているのがうれしい。
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背後にある、萩ノ山スキー場の倉庫として利用されているようだ。
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隣にあったトイレは現役時代からあったものなのだろうか。
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ここも1981年度の1日平均乗降客数は10人だったらしい。
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廃止時は1面1線の単式ホームであった。
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当時のホームもかなり劣化していたが、一部残っていた。
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背後にはスキー場の施設が並んでいた。
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これにて、万字線探索は終了。
岩見沢ICから道央道に乗って北上し、美唄へ。
安田侃の彫刻作品が展示されているアルテピアッツァに行くのが目的だ。
30分ほどで到着した。
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いきなり熊生息地域の表示があったが、気にしない。
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半分くらい雪が解けていて、普通に歩くことができた。
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まずは屋内のアートスペースを見学。
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旧体育館を改装したものだ。
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安田侃は美唄の出身で、1945年生まれだという。
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「回生」(右)と「めざめ」(左)。
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白い大理石の「無何有(MUKAU)」。
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ブロンズの「無何有Ⅲ」。
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「無何有Ⅱ」
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卵のような「めざめ」。
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これもタイトルは「無何有」だ。
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階段を上ってピロティへ。
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海外の作品の写真パネルが展示されていた。
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ピロティからアートスペースを俯瞰。
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再び屋外へ。
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大理石の川のような「天沐」。正確には「沐」の「木」が「禾」なのだが変換できなかった。
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水の広場にも冬用のシートがまだ掛けられていた。
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「天聖」(手前)と「吹雪」(奥)。ネーミングの意図はさっぱり分からない。
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こちらがさっき見学した旧体育館。
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この建物は旧美唄市立栄小学校を再利用したものである。
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そのすぐ近くにあった血小板のようなブロンズは「天秘」。座り心地が良さそう。
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これも「天沐(TENMOKU)」。
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「真無(MAMU)」
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これは自然のアートです。
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これは何だろう。
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旧校舎の1階は「栄幼稚園」として利用されている。
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栄小は1950年(昭和25年)に炭鉱町の小学校として開校し、一時は児童数1250人に達したという。
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それでは中に入ってみましょう。
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教室をぶちぬいてギャラリーにしている。
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「妙夢」の穴から「風」を覗く。
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「風」(奥)と「相響」(手前)。
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窓から差し込む光が幻想的だ。
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栄小学校校歌の作詞は更科源蔵。「深く探りて掘り進み」と炭鉱が歌われている。
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階段の上に「意心帰」。
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踊り場に「妙夢」。この札幌駅にあるようなタイプのものは「妙夢」と呼んでいるようだ。
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カーリングのストーンの把手のような「天光散」。
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別の角度から。
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鍬の形をしているのは「天沐」というみたいだ。
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古い写真と比べると、校舎は半分くらいしか残っていないことが分かる。
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窓から小高い丘にある「天翔」を望む。右下は「妙夢」。
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再び「意心帰」。
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1階に下りると「天帰」。
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毎日、こんなアートに触れられる子供たちはどんなふうに育つのだろう。
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ちょっとうらやましい気もする。
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踊り場の「妙夢」。
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さわってみると、すべすべで実に気持ちがいい。
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ぱかっと口を開けた「めばえ」。
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谷川俊太郎が詩を残していった。「ビバ美唄!」
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こちらは大岡信。「美唄のまちを 天下に滲透させる」
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(つづく)
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空知周遊(3)

【2019年4月13日(土)】空知周遊
岩見沢市のメープルロッジに泊まっている。
18時。夕食の時間になったのでレストランへ。
地元の宝水ワイナリーのワインが1杯付いているプランだったが、先にビールをいただく。
サッポロクラシック。中ジョッキを頼んだら、かなり大きかった。
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食事はフルコースである。
最初はきたあかりにチーズを詰めたものと食べられる土! それに食前酒。
土は本当に土なのかどうか分からないが、意外に美味しかった。
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前菜の写真を撮り忘れたが、これはポタージュスープと岩見沢産の小麦粉を使ったパン。
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ワインはロゼにした。
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地元の野菜がいろいろと入ったグラタン。
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メインはホルスタインと黒毛和牛を掛けあわせた十勝彩美牛のステーキ。
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ホルスタインの赤身と黒毛和牛の脂身が程よくミックスされた柔らかいお肉でした。

ワインの栓で作った小物が窓枠の上に並べられていた。
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デザートはこちら。杏仁豆腐ではなくムースっぽかった。
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満腹になって部屋に戻り、ベッドに入ったら、まだ20時なのに、そのまま寝てしまった。

【2019年4月14日(日)】
夜中に何度か目が覚めたが、朝起きたのは6時半。
なんと10時間半も寝てしまった。
さっそく、朝風呂へ。
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さすがに日帰り入浴のお客さんがいないだけに、独占だった。
こちらは檜風呂。
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内湯はもう一つ。
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そして露天風呂。
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サウナは朝は営業していなかった。
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汗が出るくらいまで、ゆっくり湯につかり、いい気分で朝食へ。
朝はバイキングだが、昨夜は満腹になって、体重が驚くほど増えていたので、今朝は控えめにしておいた。
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おかずはほとんど食べず、小さなパン二つとデザート系中心に。
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8時半過ぎにチェックアウトして、まずは旧万字線の廃線歩きに出かけた。
今日もぽかぽかの晴天だ。
まずは終着駅の万字炭山駅からだが、駅跡はまだ雪が積もっていて、何も分からない。
唯一残っていた遺構らしきものだけ、記録に留めておいた。
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これは駅近くにあった、かつては商店だったと思われる建物。
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鉄道とは直接関係のない場所に踏切が移設されていた。
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隣に万字交通センターという施設があるからだと思われるが、「交通センター」とはどんな役割を担っているのだろう。
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看板には市役所の連絡所としか書かれていなかったが。

次の旧万字駅に行く途中に、お菊人形の万念寺の看板を見つけたので、見学させてもらった。
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とくに詳しい案内は出ていなかったが、ネットで検索すると、ピンポン鳴らしたら見せてくれたという記事があったからだ。
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お菊人形は、近くに住む鈴木永吉(当時17歳)という方が1918年(大正7年)8月15日に、札幌市で開かれた大正博覧会を見物した帰り、狸小路で幼い妹・菊子へのおみやげとして買ったオカッパの人形だった。菊子は大変喜び、毎日この人形と楽しく遊んでいたが、不幸にして翌年1月24日、風邪をこじらせ3歳で亡くなってしまった。悲しみのあまり、人形を棺の中に入れるのを忘れたため、お骨と一緒に仏壇にまつり、生前の菊子を思い出しながら朝に夕にお参りしているうちに、いつともなく髪の毛が伸び始めた。家族は「菊子の霊が乗り移った」と信じ、大切にお祀りするようになった。その後、鈴木家は樺太に転居することになり、1938(昭和13年)8月16日、菊子と父親助七のお骨と人形を万念寺に託して旅立った。戦後引き揚げて、追善供養のため万念寺に訪れたところ、人形の髪の毛は納骨した時よりさらに伸びていた。本当に不思議なことと思い、人形をそのまま万念寺に納め、先祖代々供養を願い出たということである。
okiku.jpg(ネットより)
その後も髪の毛は伸び続け、腰のあたりまで伸びたところで一度断髪されることになった。このとき切られた髪は、北海道大学医学部で分析され、人毛と確認されたそうだ。
住職が変わってから、もう髪の毛は伸びていないというが、その代わり、1982年(昭和57年)頃から、口が少しずつ開き始め、顔つきもすこしずつ変わってきているという。

しかし、心霊研究家の小池壮彦氏(私も会ったことのある方だ)の調査(宝島別冊415『現代怪奇解体新書』所収)によると、この人形にまつわる怪異譚の初出は、上記のものとは全く異なるようだ。
1962年(昭和37年)8月6日号の「週刊女性自身」によれば、この人形は1958年(昭和33年)に永吉の父・助七が寺に預けたもので、助七はその後、本州へ出稼ぎに行って帰ってこなかったという。髪の毛が伸びているのを発見したのは当時の住職で、預かってから3年ほどした頃、夢枕にずぶ濡れの助七が現れて「人形の髪の毛を切って欲しい」と伝えたため、不審に思って確認したところ気づいたということになっている。しかも、人形を大切していた子供の名前は菊子ではなく清子となっている。
1968年(昭和43年)7月15日号の「ヤングレディ」では、上の記事を書いたのと同じ記者が全く異なる来歴を紹介している。1918年、大正博覧会で鈴木助七が買ってきた人形を娘の菊子が可愛がっていたが、娘は急死。1938年に樺太の炭鉱に出稼ぎに行くことになった助七が寺に人形を預けた。1955年(昭和30年)になって、住職が掃除をしている最中に、髪の毛の伸びていた人形を発見して供養したという展開になっている。
最終的に、万念寺が公式に発表している由来と同じ内容となるのは1970年(昭和45年)8月15日付の「北海道新聞」に掲載されたコラムであり、それ以降、異説は全く出ていないという。
この現象について、以下のように謎解きをする人がいる。
日本人形は髪の毛が頭皮にUの字に埋め込まれており、それが劣化によって緩むと2本のうちの1本が伸びてくるのだ、と。
以上の情報は、帰宅後にネットなどで調べたものである。

訪ねた時は、それら詳しいことは何も知らなかった。
ただ、髪の毛が伸びる人形としか記憶していなかった。
呼び鈴を鳴らすと、住職とその奥さん、そしてお子さんと思われる小さな男の子が玄関まで出てきた。用向きを伝えると、快く人形が祀られている本堂に招き入れてくれた。
ご本尊へのお参りを促されたので、まずはそちらに参拝。
続いて、ご本尊に向かって右の厨子に納められているお菊人形と対面した。
赤い着物を着たお目々ぱっちりの、かわいらしい人形であるが、髪の毛がざんばらで、怪奇現象の先入観もあるので、やや不気味な印象を受けた。
静かに手を合わせた後、しばし観察。
傍らにいてくれた奥さんに「まだ伸びているんですか」と聞くと、「もう伸びてはいません」とのことだった。
研究家でもオカルト愛好家でもないので、あまり細かいことは詮索せず、お礼を述べて、ほんの数分で辞した。
すっかり忘れていた幼馴染に偶然会えたような気分で、ちょっとドキドキした。

お菊人形の存在を知ったのは、たぶん小学校の頃のこと。
あの頃は心霊写真とか「恐怖新聞」とか、オカルトブームだったので、お菊人形のことは随分、テレビや雑誌などで紹介されたのだろう。
おそらく、小学館の「小学○年生」などにも掲載され、それで知ったのかもしれない。
髪の毛が伸びるというのは不思議な現象で、U字形に植えこんであった毛の一方が伸びただけという説明ももっともらしいが、本当だろうか。
そういう理屈であれば、全国各地にもっと「お菊人形」がたくさんあってもおかしくないはずである。
伸びた長さが2倍以上になっているという観察結果を主張する方もいる。
それに、片方が伸びたら、片方は縮むわけで、髪の毛は伸びても全体としては薄くなっていくはずだ。
最初の姿を見ていないので何とも言えないが、どうもそのような印象は受けない。
初期の週刊誌の記事にかなりの異同があることで、元住職の作り話と考えることもできるが、最初はうろ覚え&脚色で話したことが、注目を集めてしまったので、きちんと調べ直してみたということだってあり得るだろう。
鈴木永吉さんの子孫の方の証言などは得られていないようだ。
個人的には、誠に不思議なことではあるが、素直に伝説通りに解釈しておきたい。

というわけで、廃線歩きを再開。
旧万字駅は万念寺から数百mの地点にあった。
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となりには、万字駅跡の碑も立っていた。
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駅前広場は異様なほど広い。
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炭鉱で賑わっていたころは、ここで盆踊りでも開かれていたのかもしれない。

駅舎はそのまま残され、万字仲町簡易郵便局として転用されている。
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廃止6年前の1979年に改築されたものだが、取り壊さないでくれて、本当にありがたい。
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万字駅は1914年(大正3年)11月1日に開業、1985年(昭和60年)4月1日に廃止されている。
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「万字」という地名は万字炭鉱の経営者、朝吹家の家紋の「卍」に由来するそうだ。

駅舎の裏には、かつてのホームに通じる階段もそのまま残されていた。
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階段の下はまだ雪が積もっていていたが、線路のあったあたりは解けて水たまりになっていた。
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利用者は毎回この階段を上り下りしていたのだろう。
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廃線時は1面1線の単式ホームだった。
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階段への出入口は閉鎖されていた。
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次は美流渡駅。駅跡近くに、大きなコミュニティーセンターがあった。
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この美流渡交通センターがまさに美流渡駅の跡である。
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かつてはこの駅から美流渡炭山まで北星炭礦美流渡礦専用鉄道が分岐していた。
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依然として「交通センター」の謎は解けないが、ここは一応、バスの待合所が併設されている。
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2階の展示室の見学は予約が必要なのだそうだ。
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この書き方だと、土日は予約が必要ないようにも読めるが、そもそも平日しか開館しないらしい。どうも、役所には日本語が不得手な方が多い。

待合所を見学。ローカル線の駅のような雰囲気だった。
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バス停の名称は残念ながら「旧美流渡駅」ではなく「美流渡交通センター」だった。
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(つづく)
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空知周遊(2)

【2019年4月13日(土)】空知周遊
車で空知地方の旧産炭地を周遊中。
その途中、旧道を徒歩で夕張シューパロダムに迫っている。
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目の前に出現したトンネルはシューパロ隧道。
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「隧道」とあるが、実際は「覆道」だ。

竣工は1964年(昭和39年)10月なので、私よりちょっぴり年下。
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トンネルの中はとても半世紀以上経っているとは思えないほどきれいだ。
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トンネルを抜けると、シューパロダムの巨大な堤体が目前に現れた。
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このダムは高さが110.6mあり、水没した大夕張ダム(67.5m)より40m以上高い。
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湛水面積は4.75平方キロから15.0平方キロへと3.2倍になり、ダム湖としては朱鞠内湖に次いで全国2位の広さになったという。
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完成したのは2015年1月。大夕張ダムの完成から54年が経っていた。
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シューパロ隧道の裏側というか、表側というか。
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ダムは1995年の着工なので、建設に20年を要したことになる。
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典型的な重力式コンクリートダムである。
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建設の目的は、灌漑と発電に加え、洪水調節、流水の正常な機能の維持、上水道とのこと。
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ダムの上空に半月がぽっかりと浮かんでいた。
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旧道はダムの堤体に突き当たって、そのまま消えていた。
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当然、これ以上は進めないので引き返す。
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これって、もしかして熊の足跡かしら。数日前のものだろうけど。
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雪解け水が流れてくるところに、フキノトウがたくさん生えていたので、10数個摘んで帰った。
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斜面をショートカットして、であい橋まで直接下りた。
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ここからはシューパロダムの全容を望むことができる。
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ダムの左手に今歩いてきた旧道のラインが見えた。
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ダム直下の夕張川。
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シューパロとは、夕張の語源でもある「ユーパロ(鉱泉の湧き出るところ)」に、「本当の」または「源の」という意味の「シ」を付けた言葉で、「シ・ユーパロ」とは夕張川本流のことを指すのだという。
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ダムが満水になると、あの上の窓から水が流れ落ちてくるのだろう。
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満喫したので、今度は正規の道をたどって引き返す。
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途中、三菱石炭鉱業大夕張鉄道の路盤跡と思われるところがあったので、雪の上だが歩いてみた。
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北海道で廃線を歩くなら、雪が解けたばかりの4月下旬から5月中旬が適期だ。
これを逃すと、イタドリと虫に大いに悩まされ、運が悪いとダニや熊に襲われてしまう。

車に戻って、新しいシューパロトンネルを抜けると、目の前に意外な光景が広がった。
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なんと、湖面が凍って雪原になっているではないか。
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まだ解けていなかったのだ。
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しかし、真正面に夕張岳(1668m)のりりしい姿が見えて感激した。
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実に格好いい。中央のポコがガマ岩(1489m)。
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真っ白の台形の左端が夕張岳のピーク。
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左端の尖塔は前岳(1501m)であろう。
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北に見える橋は白金橋で、夕張岳の登山口に通じる道だ。
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対岸にも構造物らしきものが見えているが、何なのかよく分からない。
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北東の方角には芦別岳(1726m)らしき白い峰が覗いていた。
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雪解けの時期の湖の独特の色だ。この色は去年、八幡平で見たことがある。
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絶景に満足して、国道452号を北上。
三夕トンネルを抜けて三笠市に入った。
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三笠では、博物館でアンモナイトの化石を見るのが目的である。
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入館料は450円。結構なお値段だ。
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しかし、アンモナイトの迫力は強烈だった。
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こんなに巨大なアンモナイトがあるなんて全く知らなかった。
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このパキデスモセラスの一種とされるアンモナイトは直径が1m近くある。
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子貝?が一緒に化石になったものも。
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こんな変わった形をした巻貝もアンモナイトの仲間らしい。
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それにしても、数の多さに圧倒された。
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イギリス産のキャロセラス・ジョンストニ。
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これなどは小さいのが密集しており、気色悪いほどだ。
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チューバのようなアンモナイト。
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真ん中のとげとげは羽幌産。
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三葉虫の化石も展示されていた。
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まさに貝のデパートである。
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アンモナイトが生息していたのは約4億年~6500万年前のこと。
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北海道には道北や三笠・夕張周辺などに蝦夷層群と呼ばれる約1億3000万年~6500万年前の地層があり、そこからアンモナイトの化石が産出されるのだそうだ。
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この時期は、ちょうど三笠市立博物館ボランティアの会の所蔵品を陳列する企画展が行われていた。
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これは、その一つ。ハイポツリリテス・コモタイと呼ばれる巻貝。サザエのようだ。
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アンモナイトはこんなふうな姿をしていたと推定されている。
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「キャライコセラスのクリーニング」のパネルで紹介されていた故常国万吉さんとは、私の友人のお父君である。
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クリーニングにもいろいろと技術がいるのだろう。
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全部掘り出さずに、この程度に留めておくのも、化石っぽくて美しい。
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貝だけではなく海に棲んでいた爬虫類の骨の化石も展示されていた。
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白亜紀後期(約8700万年~7400万年前)のプラテカーバス・ティンバニティカスだそうだ。
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ネットでアンモナイト化石が普通に取引されていることを知ったが、手のひらサイズで1万円以下の値が付いている。
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意外と安い印象だ。それだけ大量に出回っているのだろう。
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満足して、今宵の宿へ。
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岩見沢市のメープルロッジである。
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ログホテルと銘打ってあるだけあって、木材がふんだんに使われている。
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17時前にチェックインできた。
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去年、リニューアルされたばかりだそうである。
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お部屋はスタンダードツインで落ち着いた雰囲気。
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屋根は三角に傾斜しており、天窓が付いていた。
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夕食は18時からなので、まずはお風呂へ。
ここは15室しかないホテルだが、日帰り入浴も営業しているので、浴室にはかなりの人がいて写真は撮れなかった。
源泉名は毛陽温泉。ナトリウム-炭酸水素塩冷鉱泉(弱アルカリ性低張性冷鉱泉)、旧泉名でいうと重曹泉なのでつるつるの美肌の湯であった。
源泉は14.4℃、ph値は8.3、動力で毎分200㍑の湧出がある。
のんびりと汗を流した後、しばし館内を探検。
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丸太はカナダ産なのだそうだ。
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部屋着はここで選べる。この作務衣風の部屋着のまま食事もできるとのこと。
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お飲み物とお菓子のサービス。
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浴室に備え付けのシャンプーなどはあったが、もっと高級なものを使いたい方はこちらから。
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廊下にも木のぬくもり。
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窓の外の風景は額縁のある絵画のよう。
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こちらは特別室コテージ「シルバーパイン」の入口。
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グループでわいわいやるにはもってこいのお部屋だ。
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それではお食事の時間なので、レストランへ向かいましょう。
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(つづく)
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空知周遊(1)

【2019年4月13日(土)】空知周遊
この週末は久しぶりに土日とも休みになったので、泊りがけで旧産炭地へドライブに出かけた。
初日は夕張、三笠を回って、岩見沢のメープルロッジに宿泊。
2日目は、旧万字線の廃線跡と美唄の野外美術館アルテピアッツァを訪ねる予定だ。
わりと近場なので早起きはせず、ゆっくり朝食を食べて、9:45頃に出発した。
今日は快晴で、気温も高い。札幌で17℃まで上がる予報だ。
国道274号で夕張に向かう。
途中、由仁町の細田牧場で「牛小屋のアイス」を食べたかったが、まだ冬期休業中だった。
1時間半で、道の駅夕張メロードに到着したので、ひと休み。
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はめるところがなかったが、無理やり顔ハメ風に記念撮影。
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店内に入って、いろいろと物色する。
普通のメロンパンを2つ合わせて、本当にメロンのようにした「ころころ夕張メロンパン」が面白かった。
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石炭カレーはどんな味がするのだろう。激辛なのだろうか。
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展示コーナーには、廃校になった学校も含め、夕張市内のたくさんの学校の校章が展示されていた。
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旧国鉄や三菱石炭鉱業鉄道などの硬券もずらり。
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大夕張からシューパロ湖まで20円だったのか。
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1971年(昭和46年)には南大夕張新鉱の落成を記念した切符も発売されていた。
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「牛小屋」でアイスを食べる気になっていたので、我慢できず、ここで買ってしまった。
正確なタイトルは忘れてしまったが、石炭をイメージしたソフトである。
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茶色いのはコーヒーを凍らせたもの。
この塊はそれほど美味しくないので、先にまとめて食べてしまい、あとでゆっくりバニラを味わった。
5月並みの陽気なので、外のベンチに座っていただいた。
今年初めて上着を着ずに野外で過ごすことができた。

ぽかぽか陽気に誘われて、すぐ近くにある新夕張駅にも探検に出かけた。
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時刻表を見ると、下りは特急ばかり。上りの普通列車は千歳行きが3本しかない。
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夕張支線廃止までは下りの夕張行きがあったはずだが、跡形もなく消えていた。

1日の乗車人員が100人程度なのに。駅員がいたのには、ちょっとびっくりした。
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この駅は石勝線が1981年10月1日までは紅葉山という名称だったことはよく知られている。
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それでは、廃線になったばかりの夕張支線の駅を訪ねてみよう。
まずは沼ノ沢駅。
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駅名板ははずされていたが、レストランおーやまは営業していた。
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次は南清水沢駅。
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扉は鍵で固く閉ざされている。
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駅名板は外されて、待合室に無造作に置かれていた。
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3月31日の最終列車(夕張19:28発)は乗車制限(400人)が行われたようだ。
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関係ないが、翌日は夕張市長選挙が告示されるタイミングであった。
鈴木直道・前夕張市長が辞職して知事選に出馬したことに伴うものだ。
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駅前のバス停は踏切を渡った位置に移設されていた。
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駅の機能が失われてしまっては、駅前にバス停を置いておく必要はないのだろう。
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「駅」の文字も消去されていた。

「ありがとう夕張支線」と書かれた黄色い幟がさみしげにはためいていた。
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翌々日には踏切の撤去工事が行われるそうだ。レールが剥がされてしまうのだろうか。
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上物はすでに撤去されていた。
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線路内は「立入禁止」である。
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柵の外からホームを撮影。何らかの形で記憶は残してほしいものだ。
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次は清水沢駅。
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ここも、じょっぴんがかってあった(←北海道弁)。
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駅名板はさっさと剥がすのに、こういうお知らせはそのまま。なんともちぐはぐだ。
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こちらは私の好きだった鹿の谷駅。
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やはり駅名板はない。おそらく廃止当日に撤去されたのだろう。盗難防止である。
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跨線橋から駅舎を望む。何とも言えない哀愁が漂う。
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夕張方面。かつて町は炭住で埋まっていたのだろう。
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立ち入るなという看板があったが、これは列車運行時のことと解釈して、失礼させていただいた。
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もう、ここで寝転がっていても、列車は来ないのである。
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駅名標もきれいさっぱり取り外されていた。
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改札口に取り付けられた、この柵は何のためのものだろう。
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この駅も取り壊さないでほしいが、市や地域が欲しいと言わない限り、つぶされてしまうのだろう。
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夕張市は財政再建団体なので余分な予算はない。
無償で譲り受けても、維持費がかかるわけで、地域が守ってくれなければ、やすやすと引き受けるわけにはいかないだろう。
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電柱の根元からフキノトウが顔を出していた。でも、夕張支線にもう春は来ない。
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さようなら、鹿の谷駅。
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終点、夕張駅の駅名表示はまだ残っていた。
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この建物はJR北海道の所有ではないのだろうか。
ちょうどお昼になったので、夕張駅を探索する前に腹ごしらえ。
駅前にある「バリー屋台」に入った。
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この屋台村には現在6店が出店している。
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廃線直前はかなり賑わったことだろうが、この日はそれほど客は多くはなかった。
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私は夕張とは全く関係のないインドカレーを注文。
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焼きたてのナンが美味しくて、ハーフを1つおかわりしてしまった。

お腹が膨らんだところで活動開始。
目の前にはいつもながらのホテルマウントレースイ。
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駅の裏側に回り込むと、車止めが見える。
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その後ろにはメルヘンチックな塔のある夕張駅舎兼観光案内所。
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ここも駅名標はとっくに外されていた。
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夕張支線はこの先どうなるのだろう。
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夕張鉄道はサイクリングロードになったが、維持管理が行き届かず、山間部は通行不能になっている。
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夕張駅のホームくらいは多少整備して、観光スポットとして残すに違いないが。
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ひと月前に訪ねた時にはいっぱい貼ってあったポスターがすべて撤去されていた。
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駅舎の中に入ってみた。
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すると、「廃線まで」のカウントダウンに使っていた日めくりが、いつの間にか「令和まで」に変わっていた。
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転んでも、ただでは起きない夕張の方々だ。

これで夕張支線の旅を終え、夕張シューパロダムへ向かう。
途中、真っ白に冠雪した夕張岳(1668m)の雄姿が見えたので、車を停めて思わずパチリ。
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ダムに近づく道はいずれも通行止めなので、地形図で探した別の道を行ってみたが、夕張市南部浄水場で行き止まりになっていた。
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この先は雪に阻まれて進めないので断念。
車両通行止めの道を歩いていくことにした。
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すでに右前方にダムが見えている。
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右下に見えているのは、2000年に架橋された「であい橋」である。
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後ろの方から、おじさんに「お客さ~ん、ダムを見るなら下の道だよ」と声をかけられた。
関係者なのだろうか。親切な方だ。
「ありがとうございま~す」と叫んで、もう少し前進してから、下に下りることにした。
目の前に旧道のトンネルが見えてきた。
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中は工事用の倉庫として利用されているようだ。
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このトンネルの坑口から右手にも旧道が延びている。
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この道はシューパロ湖に水没した大夕張ダムに通じる道だったのだろう。
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路面の谷側が半分カットされた箇所もあった。
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振り返ると、であい橋がきれいに見えた。
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(つづく)
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201904室蘭本線

【2019年4月10日(水)】室蘭本線
出張のため、札幌からJRを利用して白老駅に到着した。
仕事先は駅の北側にあるので、南口から連絡橋を渡る。
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連絡橋からは残雪の樽前山(1041m)がくっきりと見えた。
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駅の北側は広大な材木置き場だった。
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白老町のマンホール。
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モチーフは、白老牛とカニ、サケ、そして竹であった。

こちらは市章だけ。
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1時間ほどで仕事を終え、白老駅に向かう。
その途中にあった町中央公民館に近づいてみると、浅利義市・元町長氏の胸像があった。
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白老に黒毛和牛を導入したのも浅利氏の業績らしい。
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再び、歩道橋を渡る。
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これは室蘭方面。
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旧国道。白老町のメインストリートだ。
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そして白く輝く樽前山。
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白老町役場。
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2020年の国立アイヌ民族博物館オープンをPRする垂れ幕がかかっていた。
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白老はアイヌの町である。
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郵便ポストも「イランカラプテ」だ。
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歩道には、地元の版画グループ「アカショウビン」が製作した版画の型が埋め込まれていた。
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お腹が空いたので、最初に見つけた大町食堂に躊躇なく入る。
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いただいたのは、キーマカレーと温玉のセット。500円だった。
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全く白老色のないメニューだが、安かったのでよしとしよう。

食後はぶらぶらと旧国道を駅に向かう。
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歩道には、いろんな彫刻が置かれていた。これはアイヌの最高神シマフクロウ。
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ユニークな外観のスナックアカシア。
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以前、来たことがある喫茶休養林。
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縄文式土器の彫刻まであった。
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駅には12時半前に到着。
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列車の時間(12:53)まで、あと30分近くあるので、海まで行ってみることにした。
海岸沿いの国道バイパスを渡り、7分ほどで着いた。
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太平洋である。
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沖合に小さな灯台が2つ設置されていた。
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帰りは、違う道を通る。
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白老中学校の隣に別の校舎らしきものが見えてきた。
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ささやかな昇降口もある。
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白老中学校の旧校舎かなと思ったら
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道立白老高校の跡だった。
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さっきとは微妙に雰囲気が違うマンホール。
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道端に福寿草が咲いていた。もう春なんだなあ。
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スペイン料理の店「グラナダ」。ちょっと、よさげ。
次に来る機会があったら、ここを試してみよう。
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またまた違うタイプのマンホールを発見。
中央にあるのは、「元気まち運動」のコミュニケーションマークだそうだ。
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この形が何を表しているのかは不明だ。

旧国道まで戻ってきた。
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あとは寄り道せずに駅へ。
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駅前にあった満岡照子の歌碑。
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「白老はわが故郷よ駅を出て先ず目にしたしタモの大木」

満岡照子は白老町出身の歌人である。
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札幌までの切符を購入して、ホームへ。
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ホームの西側では、線路をまたぐ道路橋の建設が進んでいた。
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民族共生象徴空間のオープンに合わせたものだろう。

白老駅は1892年(明治25年)8月1日、北海道炭礦鉄道の駅として開業した。
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特急すずらんの停車駅である。
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跨線橋から見た樽前山。
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北西の方向にはホロホロ山(1322m)が望めた。
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2面3線の混合ホームである。
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連絡橋と樽前山。
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1日の平均乗車人員は713人(2017年度)で、近年は増加傾向にあるようだ。
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現在の駅舎は1987年(昭和62年)9月1日に完成したものである。
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間もなく、私が乗る苫小牧行きの普通列車が入線してきた。
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1両編成だが、それなりに乗客が多い。
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東室蘭発のようである。
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苫小牧までは25分ほど。ボックスシートの通路側でのんびり車窓を見ていた。
苫小牧には定刻通り13:18に到着。
今度は岩見沢行きに乗り換える。
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日高本線の車両が連結されていた。
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でも、こちらの車両は乗車不能だった。
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やっとボックスシートの窓側を確保できた。
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室蘭本線の苫小牧~追分の区間は未乗だったので、札幌へは遠回りになるが、あえて室蘭本線で岩見沢まで行くことにしたのである。
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千歳線が離れていくのを確認するため、ずっと左手のレールを見ていた。
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しかし、つかず離れずでなかなか遠のいていかない。
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苫小牧から20分ほどで、やっと分かれていった。
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間もなく遠浅駅に停車。駅舎はすでに撮影済みだ。
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次の安平駅も撮影済み。
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あとは眠くて眠くて、ほとんど寝てしまった。
もったいないが、寝たいときには寝るのが乗り鉄の極意なのだから仕方がない。

苫小牧から1時間24分かけて岩見沢に到着。
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ホームには、たくましい農耕馬の木彫が展示されていた。
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てっきり、ばんえい競馬の馬だとおもっていたが、勘違いだった。
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ここからは、区間快速いしかりライナー手稲行きに乗り換える。
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広い構内の向こうにJR岩見沢運転所の建物が見えた。
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赤レンガの建物は旧北海道炭礦鉄道岩見沢工場。今もJRの工場として現役らしい。
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岩見沢はかつて鉄道の町であった。
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札幌に行くには、そのまま乗っていればいいのだが、苗穂駅前の日帰り温泉に寄るつもりなので、江別でいったん下車。
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苗穂に停車する、1本後のいしかりライナー小樽行きに乗り換える。
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江別駅には立派な連絡橋が整備されていた。
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15:49、苗穂駅に到着。
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苗穂駅には新駅舎の開業当日にも来たが、すっきりとした近代的な駅である。
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旧駅舎はどうなっているのか、確認に行く。
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固く閉ざされたままだが、まだ取り壊されてはいなかった。
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しかし、駅前交番は完全に撤去され、更地になっていた。
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前回は気づかなかったが、駅前の公演にD51の動輪軸が展示されていた。
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重さは2360kgもあるそうだ。
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カラマツトレイン札幌本店なる鉄道用品店も発見。でも本日は休業のようだった。
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というわけで、目的地の苗穂駅前温泉蔵ノ湯に到着。
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サラリーマンならまだ勤務時間の平日なのに、随分混んでいる。
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まあ、人のことは言えない。
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ここは源泉名を上山温泉という。
源泉14.1℃、ph値8.3の弱アルカリ性低張性冷鉱泉である。
料金は銭湯並みの440円。
ゆっくり汗を流して会社に向かった。

(おわり)
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201904千歳線

【2019年4月10日(水)】千歳線
本日は白老町に出張が入った。
風邪気味でここのところ、あまり体調がよくないので、車は止めてJRで行くことにした。
白老でのアポは11時なので、出発は8:50札幌発の快速エアポート86号。
千歳、苫小牧で乗り継ぐことになるので、その度、待ち合わせ時間を利用して駅舎の写真を撮影するつもりだ。

しかし、札幌~白老の営業キロは92.8km。
100km以下なので、白老までの切符では途中下車ができない。
どうするか。ちょっと計算してみた。
白老までの片道切符は1840円。
100km以上にするために、白老の2つ先の北吉原まで買うと運賃は2160円に跳ね上がり、220円も余計にかかる。
区間ごとに区切ると、札幌~千歳840円、千歳~苫小牧640円、苫小牧~白老450円なので計1930円となる。
いちいち切符を買い直すのが面倒だが、通しで買うのより90円しか高くない。
従って、後者を選択することにした。

快速エアポートはロングシートだった。
わりと混んでいたが、座れたのでずっと朝刊を読んでいた。
千歳での待ち合わせ時間は7分。
わりと時間があるなと思っていたら、大間違いだった。
千歳到着後、それほど急ぐことなく、改札を出て、西口を撮影。
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ぐるっと回って遠景を3枚ほど撮って
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東口にも行けないかなと思い、駅舎の中に戻ったら、連絡通路がない。
あれ、おかしいな。ま、とにかく切符を先に買ってしまおうということで、券売機で購入。
振り返って、改札口上の電光掲示板を見ると、私が乗るべき列車の表示がない。
あれれ? スマホで列車の発車時間を確認すると、苫小牧行きは9:26。
現在時刻も9:26。じぇじぇ。
もう7分経っちゃった? いや違う。さっきの列車は数分遅れて到着したのだ。
確認しないで出てしまったのが失敗だった。
でも、改札口からホームまでの時間を計算して、発車数分前に表示を消してしまうケースはよくある。
まだ、発車していないかもしれない。
全速力で階段を駆け上ったら、ありがたいことに、列車はまだいてくれた。
飛び乗ったと同時に、発車のベル。間一髪だった。

これに乗り遅れても、特急を使えば、苫小牧で追いつけるのだが、自由席特急券620円を余計に取られてしまう。いや~危なかった。
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ちなみに、千歳駅の開業は1926年(大正15年)8月21日。
2面4線のホームを持つ高架駅である。
現在の駅舎は4代目で、1980年(昭和55年)10月1日に供用を開始している。
当然、有人駅で、1日平均の乗車人員は8749人(2016年)だそうだ。
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苫小牧行きの列車もロングシートだった。でも乗客数はエアポートより格段に少ない。
もう新聞を読むのは止めて、息を整えつつ、車窓を見ていた。
西には残雪の樽前山がくっきりと見えた。
23分の乗車で、苫小牧には9:49に到着。
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ここでの待ち合わせ時間は35分もあるので、今度こそ余裕だ。
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まずはホームに残って、あれやこれやと撮影する。
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苫小牧駅は北海道炭礦鉄道の駅として1892年(明治25年)8月1日に開業した、かなり歴史のある駅である。
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わりと古い施設があちこちに残っていた。
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現在は室蘭本線、日高本線、千歳線の3路線が乗り入れている。
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苫小牧市の人口は増加の一途をたどってきたが、2013年の17万4469人をピークに減少傾向にあり、現在は17万1275人(3月31日現在)となっている。
昨年、釧路市を抜いて、札幌、旭川、函館に次いで道内第4の都市に出世した。
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近隣の名所は、ご覧の通りだが、久々にウトナイ湖にも行ってみたい。
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構造としては、島式ホーム2面4線を有する橋上駅である。
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1951年(昭和26年)8月31日までは王子製紙軽便鉄道も営業していたそうだ。
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苫小牧は何と言っても、王子製紙の町である。
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駅構内からも樽前山を望むことができた。
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駅名は地名に基づくが、「苫小牧」の語源についは諸説ある。
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①かつて苫小牧川が流れる一帯を「マコマイ」(山奥に入っていく川)と呼んでいた。
②沼のあった旧樽前山神社付近を「ト」(沼)の字をつけて「ト・マコマイ」と呼んでいた。
③「マコマイ」川の旧河道・河口を指す「トゥマコマイ」を語源とする。
などである。
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製紙の町、苫小牧には煙突の煙がよく似合う。
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構内奥に、苫小牧運転所の建物が見えた。
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ここには気動車48両が所属しているという。
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こちらはキハ40。
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おや、「北海道の恵み」シリーズの道央号がこんなところで休んでいた。
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ちょうど動き出したが、どこへ向かうのだろうか。
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北口にはドン・キホーテの巨大な店舗が進出している。
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苫小牧駅にはすべての特急が停車する。
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時刻表を見ると、室蘭本線も日高本線も下りは1日8本のみだ。
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千歳線(下り)と上りの室蘭本線は頻繁に運行されている。
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跨線橋を登って、改札を出ようとしたら、踏切の音が聞こえてきた。
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あわてて戻ると、日高本線の列車がやってきた。
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時刻表を見ても、こんな時間に到着する列車はない。
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8:37鵡川発の列車だったとしたら、1時間近く遅れたことになる。
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3人くらいの乗客が下りたので、回送列車ではない。
こんないい天気なのに、そんなに遅くなるものだろうか。謎だ。
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日高本線は2015年1月の高波によって線路が各所で破損。
以来、鵡川~様似間は運休し、バス代行が行われている。
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この馬と日高山脈をあしらったロゴは日高本線独特。
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というわけで、やっと改札口から外に出ることができた。
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連絡通路の窓から、札幌方面を望む。
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ちょうど、特急すずらん5号札幌行きが走り去っていった。
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こちらは室蘭方面。
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階段を下り、駅前まで出てきた。
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駅舎の前にあった「人間環境都市像」という意味不明なタイトルの彫像。
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そして、これが南口の駅舎。
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苫小牧は製紙の町であると同時にアイスホッケーの町でもある。
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というわけで「氷都」とも呼ばれているようだ。
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マンホールも当然アイスホッケー。
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駅前通りはシンボルストリートと呼ばれている。
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さっきの観光案内板を見て、王子製紙軽便鉄道の車両が展示されている公園まで歩いてきた。
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王子製紙の軽便鉄道は1908年(明治41年)に千歳発電所を建設する際、機材や物資を運ぶため、苫小牧工場から支笏湖まで敷設した鉄道である。

展示されているのは、「山線4号機関車」と呼ばれる車両で、鉄道の廃止後、東京の「紙の博物館」に展示されていたが、1996年に苫小牧に里帰りしたという。
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後ろに連結されている客車は、1922年(大正10年)7月、発電所を視察に来た皇太子時代の昭和天皇が乗車した貴賓車だそうだ。
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では、そろそろ駅に戻りましょう。
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工事現場の壁には、苫小牧市のマスコットキャラクター「とまチョップ」が市内の名所を案内するマンガが描かれていた。
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この子が、とまマチョップちゃん。
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駅まで戻ってきた。
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この派手派手な建物はどこのホテルだろうと思ったら、なんと社会福祉法人ふれんどの高齢者複合施設だった。びっくり。
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苫小牧駅の駅舎はレトロな車寄せがあって、昔の地方都市のホテルのようだ。
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いつ完成したのかは不明である。

駅舎の中には「カフェ駅」があり、駅弁も各種販売されていた。
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とまチョップの由来はご覧の通り。ちょっと盛り込み過ぎか。
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こちらはホッケーをするホッキ貝。
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白老までの切符を買って、ホームへ。
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ちょうど、貨物列車が通過していった。
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10:24発の東室蘭行き普通列車に乗車。
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白老駅には定刻通り、10:51に到着し、駅近くにある事務所へ仕事に向かった。

(201904室蘭本線につづく)


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2019石北本線(5)

【2019年3月29日(金)】石北本線
石北本線の駅舎めぐりを終えたところで、お腹が減ってきた。
さっき車の中で、家から持ってきた太巻きや稲荷を食べたのだが、足りなかったみたいだ。
折角なので、愛山渓ドライブインまで足を伸ばして、名物の舞茸ラーメンを食べることにした。
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ここは愛山渓温泉への入口に位置する。
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創業は1970年ということなので、来年50周年を迎えるわけだ。
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上川ラーメンの顔ハメは、なぜかふるチン。
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店内に入って、迷わず舞茸ラーメンを注文した。
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麺とスープは普通だったが、さすがに舞茸は歯ごたえもあって美味しかった。
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アンガス牛なるものも夏には出しているのだろうか。
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愛山渓温泉にはここから19kmも山奥にある。
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腹も膨らんだことだし、お風呂へ行こう。
愛山渓は一昨年に高校の同級生Hくんと行ったことがあるので別のところ。
前日に調べてみたら、愛別町に協和温泉というのがあるのを発見したので、そこに向かう。
途中、愛別町役場に立ち寄って
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庁舎をコレクションしておいた。
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温泉へは、ここで左折。
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愛山渓ドライブインから30分弱で到着した。
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ここにはオンデマンドの町営バスが運行されている。
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協和温泉は炭酸の濃い温泉として、知る人ぞ知る名湯らしい。
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温泉名は単純二酸化炭素冷鉱泉(低張性弱酸性冷鉱泉)、旧名単純炭酸泉である。
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平日の日中ということもあり、浴室には1人しかおらず、その人も私が入って間もなくサウナに行ってしまったので、落ち着いて入浴することができた。
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源泉はこの宿から2kmくらい山奥に分け入ったところにある岩間から自然に湧き出しているらしい。
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その温度は9.3℃というから、かなり冷たい。
しかし、加温はしていないという。沸かすと炭酸が飛んでしまうからだ。
そこで、源泉と熱湯を蛇口から同時に浴槽に注ぎ、適温にしているとのことである。
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源泉を飲んでみると、本当に炭酸水のようだった。
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湧出量が毎分9リットルと少ないため、温泉は右側にあるこの小さな浴槽だけ。
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あとの広い湯船は真水を沸かしたものなのだろう。
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せっかくなので、この1人しか入れないような小さな浴槽で、ゆっくり体を温めた。
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さすがに肌に気泡が付くというほどではなかった。
沸かすよりはましだが、やはり温度が上がることで、かなり炭酸は抜けてしまうのだろう。

この浴室の中央にある円柱状の洗い場が昭和の雰囲気を醸し出している。
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人が多かったら、温泉浴槽の奪い合いになったかもしれないが、独占できてよかった。
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これで500円なら安いものだ。ありがとうございました。
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愛別町のマンホールは名産のキノコがモチーフだった。
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町の中心街を経由して、今度は旭山動物園に向かう。
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動物を見るわけではなく、近くに高校の後輩の奥さんが昨年暮れにオープンした旭山コナールを訪問するためだ。

その途中にいくつか寄り道。
ここは当麻町立緑郷小学校の跡。
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1947年(昭和22年)に開校し、半世紀後の1998年3月に閉校となった。
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まだ校舎や体育館はしっかり残っている。
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標札もそのまま。
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夏は社会教育施設「緑の館」として活用されているようだが、今は雪に埋もれて、ひっそりとしていた。
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時計も止まったままである。
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続いて現れたのは、町営のとうま山スキー場。
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当麻山(292m)の東斜面に設けられたスキー場だ。
真っ白な雪が積もっていたが、もう3月上旬にはクローズしていた。
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当麻山登山を兼ねて、来シーズンは来てみようか。
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スキー場のすぐ近くにあったのが、温泉施設ヘルシー・シャトー。
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ここも検討したのだが
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天然温泉ではなく、二股ラジウム温泉からの借り物だと知って、止めたのだった。
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玄関横には、二股ラジウム温泉の石灰華原石が展示されていた。
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というわけで、旭山動物園に到着したのは16時すぎ。
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もう閉門されており、まったく人影はない。
旭山コナールは、東口ではなかったみたいで、正門の方へ移動する。
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ぐるっと回って、こちらが正門。
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やっと、たどり着いた。
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有料駐車場を無料にして、その代わりにこのカフェをオープンさせたのだそうだ。
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名称は「Hanasaku cafe」である。
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社長さんとは初対面。ご挨拶をして、ソフトクリーム(400円)をいただいた。
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しばし歓談して、15分ほどでおいとま。旭川駅へと向かう。
17時過ぎにレンタカーを返却できたので、予定より1本早い17:30の特急ライラック38号に乗ることができた。
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自由席は、ガラガラだった。
ビールを買うのを忘れたので、しばらく黙って車窓を見ていたが、そのうちに沈没。
札幌まで1時間半ほとんど寝ていた。
札幌には定刻通り、18:55に到着。
充実した「出張」でした。

(おわり)

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2019石北本線(4)

【2019年3月29日(金)】石北本線
石北本線の駅を回っている。
旭川から順繰りに来て愛別駅の撮影を終えたところだ。
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駅のすぐ近くに、大きなレンガ造りの倉庫が並んでいた。
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駅前通りにあった廃屋。商店だったのだろうが、看板も失われており、何の店だったのかは不明。酒屋だろうか。
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次の中愛別駅には10分ほどで着いた。
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ブルーを基調とした明るいイメージの駅舎である。
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踏切の音がしてきたので、待合室を抜けて、ホームへ急ぐ。
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やってきたのは、北見発旭川行きの特別快速きたみであった。
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よく見かけるキハ40ではなく、ステンレス製のキハ54である。
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しばらく発車しないので、どうしたのかなと思っていたら
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旭川発網走行きの特急大雪1号の姿が見えてきた。
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ここで、ちょうど列車交換だったのだ。
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絶妙のタイミングだった。

ちょうど並んだ瞬間も撮影に成功した。
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特急大雪はそのまま雪煙を上げて、走り去っていった。
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間もなく、快速も発車。
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特別快速きたみは1日1往復の運行だ。
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きたみを見送った後、ゆっくりホームを見学する。
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中愛別駅は1923年(大正12年)11月15日、石北線の愛別駅~上川駅間の延伸開業にともない設置された駅である。
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ここも2面2線の相対式ホームになっている。
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もう3月も末だというのに、まだ雪景色のままだ。
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駅舎の竣工年は分からないが、1988年に簡易委託が廃止され、完全無人化されている。
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1番線と2番線をつなぐのは跨線橋。
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背後にそびえているのは中愛別山(818m)である。
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1日の乗車人員は2013~17年の平均で、わずか7.6人だそうだ。
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跨線橋から網走方面を望む。
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旭川方面。
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中愛別山。
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ちなみに、特別快速きたみは旭川~北見間の所要時間が下りで3時間21分。
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特急の同区間の所要時間が2時間59分であることを考えると、特急料金がかからないのでかなりお得だ。
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2番線ホームの駅名標は白雪の上にひっそりと立っていた。
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除雪は列車の停まる位置しかなされていないからだ。
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遅ればせながら、待合室。
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そして駅前通り。
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次は愛山駅には5分ほどで到着した。
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ホームと道路を挟んで、少し離れたところに待合室があった。
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中には木製のベンチが備え付けられていた。
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除雪用の道具もたくさん。待合室というより、実質的に道具置き場である。
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床は板張り。
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すぐ横の踏切は「愛山22線道路」という名称だった。
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愛山駅は仮乗降場のような雰囲気の1面1線の単式ホームである。
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実際、1960年(昭和35年)5月2日、愛山仮乗降場として設置された。
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駅に昇格したのは、国鉄がJRに移管された1987年(昭和62年)4月1日である。
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駅名は、当地の地名から採用された。
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「愛山」のそもそもの由来は、1897年(明治30年)に入植した人々が愛知県と山形県の出身であったことにちなむという。
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愛別、中愛別、愛山と3つ続けて「愛」の字の付いた駅名が並ぶ、珍しい区間である。

しかし、1日の乗車人員は2013~17年の平均でたった5.2人だそうである。
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廃止対象として検討されているに違いない。
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これで今回の駅舎めぐりは終了。上川管内の石北本線の駅はすべて踏破したことになる。

(つづく)
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2019石北本線(3)

【2019年3月29日(金)】石北本線
旭川駅から石北本線の駅舎を訪ねている。
旭川四条、新旭川、南永山、東旭川、北日ノ出、桜岡と回って当麻駅に着いたところだ。
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待合室の隣には、特産品を販売する「アグリステーションとうま」が入居している。
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無人駅だが、しっかりした改札口が残っていた。
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1番線のホームには大きな雨除けの屋根が架っている。
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反対側の2番線ホームにも、わりと奥行きのある屋根が設けてあった。
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昭和の香りがぷんぷんする。いい駅だ。
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改札口には扉がある。
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当麻駅は、1922年(大正11年)11月4日、石北線新旭川駅~愛別駅間の開業に伴って開設された。
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駅名は地名に由来するが、その語源はアイヌ語の「ト・オマ・ナイ」(沼のある谷川)とされている。
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ご覧の通り、2面2線の相対式ホームである。
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網走方面を見ると、二つの踏切を車が同時に渡っていた。
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この駅が完全に無人化されたのは2005年12月頃のことなので、比較的最近だ。
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1日の乗車人員は2013~17年の平均で151人。
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それだけいても無人化されるわけだ。無人化する場合の基準は何人くらいなのだろう。
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跨線橋を渡る。
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窓から、駅前の様子がよく見える。
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ポスターも何もなく、ちょっと淋しい雰囲気。
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旭川方面の眺め。
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網走方面。
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床には、ハトの糞がたくさん落ちていた。
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2番線ホームから1番線を望む。
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実は現在の駅舎や跨線橋が完成した時期については調べ切れていない。
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札幌の雪はほとんど消えたが、当麻はまだこんなに積もっている。
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この駅は気に入った。
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賑わっているころに列車で来て、下り立ちたかった。
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この名所案内の男女の絵にグッときた。
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まさに昭和。アベックという言葉がぴったりする。
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ついでにアグリステーションも見学。
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ここは「雪ん子トマト」が特産のようだ。
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それでは約束の11時が近づいてきたので、待ち合わせの場所に向かうとしよう。
現場は当麻町公民館まとまーるである。
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仕事は1時間半ほどで終了。
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連続した建物になっている町役場も確認した。
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しゃれたデザインの庁舎は昨年完成したばかりだそうだ。
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では、駅舎めぐりを再開。将軍山駅に向かった。
雪がかなり降ってきたので、傘を差しての撮影となった。
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駅名表示がないが、これが将軍山駅の待合室である。
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将軍山駅は1面1線の単式ホーム。
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1960年(昭和35年)5月2日、将軍山仮乗降場として設置された。
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駅に昇格したのは1987年(昭和62年)4月1日、国鉄からJRに移管された時である。
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1日の乗車人員は2013~17年の平均で2.2人。
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畑の真ん中にぽつんとある駅なので、当然廃止対象として検討されているだろう。
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駅名はすぐ東にある山の名前から採用した。
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永山武四郎・屯田兵本部長(当時)が1888年(明治21年)登ったことから、将軍山と命名されたそうだ。標高は238.9m。
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それでは待合室に入ってみよう。
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床は砂利だった。
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ベンチ代わりに車のシートが置かれていた。
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向かいにはソファー。
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この駅は通過する普通列車もあるので、停車するのは1日上り6本、下り5本だけだ。
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改めて見ると、ちょっと奇妙な空間である。
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想い出ノートを見ると、全駅制覇を目指している人が多い。
伊香牛駅で下りて、歩いてここまで来るのが定番になっているようだ。
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その伊香牛駅は以前、撮影済みなので、車から撮るだけで済ませた。
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ちょうど、12:40発の上川行き普通列車が発車したところだった。
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それを見届けて、次の愛別駅へ。
着いてみると、駅前に車がどんと停まっており、駅舎撮影には邪魔だ。
でも、車の主はアベックで、男の方が駅舎をバックに愛車を撮影している。
おそらく「愛別」の名に惹かれてきたカップルなのだろう。
ちょっと待てばいなくなってくれそうなので、先に駅舎内を見ることにした。

まずは用足しにトイレ。3つのうち2つが使用禁止になっていた。
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待合室にはイスがたくさん並んでいる。
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簡易委託が廃止され、完全無人化されたのは2003年4月1日のことである。
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往年の切符売り場。
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改札口。やはり、町の中核駅はそれなりの設備が整っている。
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駅名は地名に由来するが、「愛別」の語源についてはアイヌ語の「ハイ・ペッ」(いら草の川)もしくは「アイ・ペッ」(矢の川)の説があるという。
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開業は当麻駅などと同様、1922年(大正11年)11月4日である。
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駅舎の背面。
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改札口の扉と駅名板が哀愁を誘う。
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さっきまであんなに雪が降っていたのに、いつの間にか、こんなに晴れている。
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反対側の2番線ホーム。
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2番線へは跨線橋で渡る。
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1日の乗車人員は2013~17年の平均で49.4人。
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町の中核駅としては少ない印象だ。
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2面2線の相対式ホームである。
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網走方面を見ると、左に1本側線があるのが分かる。
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雪が積もって誰も歩かないホーム。
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駅の後ろには、愛別ベニヤKKと書かれた倉庫があったが、使われているのだろうか。
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2番線から1番線を望む。
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ホームにある待合室に入ってみよう。
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右側の扉は開けちゃ「ダメヨ」。
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中は木製の備え付けベンチがあるだけだった。
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「愛」より「別」の方をイメージしてしまう光景だ。
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どれ、そろそろあの車はいなくなってくれたかな。
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よかった。いなかった。やっと撮れた。
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間口が細長いので斜めからも。駅名表示が大きいのがうれしかった。
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最近、設備を破壊する行為が横行しているらしい。困った人はどこにでもいるものだ。
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総距離4600kmに及び北海道自然歩道があるのだそうだ。
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そんな距離を管理できるわけもなく、ほとんどが車道か、荒廃しているか、どちらかだろう。

地元では「愛別」を「愛と別れ」ではなく「愛が別格」と解釈しているようだ。
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それでは、出発するとしましょう。
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(つづく)
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2019石北本線(2)

【2019年3月29日(金)】石北本線
旭川周辺の駅舎をめぐっている。
旭川四条駅、新旭川駅を経て、石北本線の南永山駅までやってきた。
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ちょっと車を停めるところに迷っていたら、向かいのラーメン屋にこんな看板が。
「ここはJRの駐車場ではありません」!
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相当迷惑しているのだろう。かなり怒っている。
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タイヤのエアを抜かれたら堪らない。
もちろん、そこは避けて停めたが、よく見ると、この店は廃業していた。
あのきつい言い方のせいで評判を落としたのだろうか。

旭川ガスのマンホールを確認して
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駅舎を見学。
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駅名の由来は、上川原野に屯田兵村を設置した第2代北海道庁長官・永山武四郎の名を冠した旧永山村にちなむ。
永山駅は宗谷本線にすでにあったので、ここは南永山とされた。
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1面1線の単式ホームである。
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開業は1986年(昭和61年)11月1日。当初は南永山臨時乗降場だった。
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翌年4月1日に、JRに移管されるとともに駅に昇格した。
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1986年に、近くに旭川凌雲高校(現旭川永嶺高校)が移転してきたため開設されたのかもしれない。
1日の乗車人員は2013~17年の平均で179.2人。かなり多い。
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特別快速きたみは下りのみ停車する。
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駅舎というべきか、待合室というべきか、中はだだっ広い。
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寒い日や雨の日の下校時間帯はここが高校生で埋まるのだろう。
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あまり飾り気のない待合室だった。
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次の駅に向けて出発すると、すぐ横にある踏切で普通列車が通過していった。
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10分ほどで次の東旭川駅に到着。
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これは駅前倉庫。
CIMG6367_20190401224953a16.jpg

こじんまりした待合室である。
CIMG6368_20190401224922b89.jpg

この時刻表で見ると、さっき南永山駅を通過した列車に該当するものがない。
臨時列車だったのだろうか。
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東旭川駅の開業は1922年(大正11年)11月4日である。
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現在は互い違いに配置された2面2線の千鳥式ホームになっている。
CIMG6371_20190401224927efe.jpg

駅舎背面。
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1984年に無人化されている。
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2番線ホームには構内踏切で渡る。
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いつの間にか降り出した雪の中、保線作業?が行われていた。
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1日の乗車人員は2013~17年の平均で66.6人とのこと。
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それにしても、旭川周辺には「旭川」という名の付く駅が多い。
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旭川に始まって、旭川四条、新旭川、東旭川、貨物専用の北旭川駅も含めれば5つもある。
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かつて、東旭川町(1963年に旭川市に編入)という町があったが、この駅周辺はその名残か立派な町場を形成していた。
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では、そろそろ次の駅へ。
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次は北日ノ出駅である。
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踏切のすぐそばにある駅だ。
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ホームから少し離れた場所に駅舎というか待合室がポツンと建っていた。
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コンクリートブロックで建てた粗末な小屋だが、適度に古びて実に美しい。
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中には昔の公園にあるようなベンチが置かれていた。
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この「新世アイスクリーム」とは昔、新世乳業(本社・東京)が生産していたものらしい。
調べてみると、同社は1957年に設立され、61年に上場したが、65年には銀行取引停止となって消滅した短命の企業であった。
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この駅は通過列車もあり、上りは1日6本しか停車しない。
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1960年(昭和35年)5月2日に仮乗降場として開設され、1987年4月1日、JR移管とともに駅に昇格した。
この待合室はおそらく開業当初からのものなのだろう。
60年近く経って、かなりおどろおどろしくなっている。
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以前は「北日の出」という表記だったらしい。2006年6月に「の」の字の一部を白く塗りつぶし、「ノ」の部分を残して「北日ノ出」にしたということである。
よく見ると、その痕跡が何となく分かる。
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ホームは1面1線の単式である。
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階段はわりときれいだ。
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床はコンクリートである。
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駅名の「日ノ出」は現地の地名に基づくが、開設当時、国鉄池北線に日ノ出駅があったので、「北日ノ出」としたらしい。
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1日の乗車人員は1.6人(2013~17年の平均)とのことなので、当然廃止の検討がされていることだろう。
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この雰囲気は絶品なのだが。
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私が買い取って、保存したいくらいだ。
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次の桜岡駅に向かう途中にあった公民館「北六の二会館」。
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5分ほどで桜岡駅に到着。
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駅名にちなみ、壁面に桜の花が散りばめられているが、こういうベタなデザインはあまり好きではない。
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ローカル線の駅前らしい駅前通り。
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「桜岡周辺スポット」なる観光案内版に「とんぼ英語教室」まで紹介されていた。
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この案内板によると、この辺りはかつて「オヨコウシ」と呼ばれていたらしい。
しかし、1916年(大正5年)頃に作製された陸軍測量部の地図に、見事な八重桜が近くにあるのにちなみ「桜岡」と記されたことをきっかけに、正式な字名も「桜岡」になったという。
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雪に埋もれていたが、となりに「桜岡スタヂオ」の看板を掲げた木造家屋があった。
夏には利用されるのだろうか。
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この赤い石は? このあたりは石材の産地なのか。謎である。
CIMG6403_201904012246515ae.jpg

とにかく駅舎の中に入ってみた。
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わりと狭く、イスが8脚のみ。
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2面2線の相対式ホームである。
CIMG6410_201904012246295c3.jpg

反対側のホームとは跨線橋で結ばれている。
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開業は東旭川駅などと同じ1922年11月4日。
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駅舎の背面。
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跨線橋に上って旭川方面を望む。
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そして網走方面。
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1996年4月1日に簡易委託が終了し、完全無人駅となった。
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1日の乗車人員は2013~17年の平均で11.6人とのこと。
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即廃止ということはないだろうが、なかなか厳しい数字だ。
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駅前通りにあった廃屋。
CIMG6417_201904012245313fa.jpg

次は本日の目的地でもある当麻町の中心駅、当麻駅。
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コンクリート製の平屋の駅舎であった。

駅前には放射状に道が延びている。
CIMG6419_20190401224533194.jpg

向かって右には、JA当麻の大きな「本社」ビルがあった。
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当麻町では、「うんち」をモチーフにした「ウン精」がマスコットキャラクターになっているそうで、その「ウン」を「運」にかけて、町内5か所に開運スポットを設定している。
その一つが、当麻駅の「金ウン精」。
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ほかには「とうま山展望台」などに、「恋愛ウン精」「子宝ウン精」「勝利ウン精」「健康ウン精」があり、全部回ると、木製お守りプレートが進呈されるそうだ。
全く知らなかった。

駅舎には、特産品などを販売する「アグリステーションとうま」が入居していた。
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特産木材を使用した駅名板。
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待合室はかなり広かった。
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(つづく)






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2019石北本線(1)

【2019年3月29日(金)】石北本線
この日は旭川の隣町、当麻町に仕事が入ったので、空き時間を利用して石北本線の駅舎めぐりをすることにした。
札幌は3月20日くらいまでにすっかり雪も解けて、暖かくなっていたのだが、その後しばらく冬に逆戻り。
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朝にはうっすらと雪が積もる日々が続いていた。
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肩をすぼめながら、地下鉄の駅まで急ぐ。
今日乗るのは札幌7:30発の特急宗谷である。
7:15頃に着いたので、列車が入線するまでの間、しばしホームを探検。
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ここ7番、8番のりばは特急の発着するホームのようだ。
DSC_7012_20190401050941b34.jpg
DSC_7011_20190401050940ec9.jpg

その関係で、駅弁や駅そばがあるわけだ。
DSC_7010_20190401051027747.jpg
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発車の10分ほど前に、列車が入線してきた。
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このまま延々、稚内まで行ってしまいたいが、旭川で下りねばらなぬ。
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自由席には結構、人が並んでいたが、指定席はガラガラだった。
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7:30定刻に発車。ふと気づくと、隣に同時刻発車の特急すずらん2号が並走していた。
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行き先が東室蘭になっているのを不審に思って、調べてみると、特急すずらんは2016年に室蘭行きから東室蘭行きに変更されていた。
DSC_7025_20190401050908bca.jpg

室蘭に行くには、東室蘭から普通列車に乗り換えなければならないダイヤになっている。
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しかも、待ち合わせ時間が14分もある。
DSC_7027_20190401050911677.jpg

室蘭の地位も低下したものだ。
DSC_7028_201904010508313fd.jpg
人口は2月末現在で8万3782人。
ピーク時(1970年:16万2059人)の半分近くにまで落ち込んでいる。
1922年(大正11年)に、函館、小樽、札幌、旭川、釧路と同時に北海道で最初に市制を敷いた都市だったのだが。

それはともかく、外はまだ一面の雪。太陽の光が反射してまぶしいので、しばらく車窓は見られなかった。
岩見沢には7:55に到着。ホームにばんえい競馬の像が置かれていた。
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8:37、深川を通過。
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旭川には8:58、定刻通りに到着した。
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それにしても、いい天気だこと。予報では雪だったのだが。
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駅前のトヨタレンタカーで車を借り、早速、旭川四条駅に向かう。
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車は駅隣の丸亀製麺の駐車場に停めさせてもらって、裏側から散策。
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高架の線路に沿って、集合住宅兼商店街が並んでいた。
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ヨシタケビルと呼ばれる建物で10号館まであるらしい。
その列は1条通から6条通に及び、1階は「17丁目オール商店街」を形成していたという。
その一角に鉄道関連の設備が置かれている。何だろう。
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どうやら、6号館の端っこにあった鉄道グッズの店「ぽっぽや」の売り物のようだ。
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でも、あいにく今日は臨時休業だった。
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「四條食堂」というその名もずばりのお店もあった。
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で、その向かいが旭川四条駅である。1957年創業だそうだ。
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「四条」は京都風の「しじょう」ではなく、「よじょう」と読む。
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ちなみに、この案内板の表記は洋数字で「4条」だった。
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高架下が待合室になっている。
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本稿のタイトルは「石北本線」だが、この駅と次の新旭川駅は宗谷本線の駅である。
CIMG6293_20190401051543607.jpg

でも、もちろん石北本線の列車も停車する。
CIMG6299_20190401051513ef2.jpg

これはかつての切符売り場なのだろうが、今はシャッターが下りている。
1999年頃に完全無人化されたそうだ。
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高架のホームへは、この階段を上る。改札はない。
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2面2線の相対式ホームである。
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1957年(昭和32年)2月1日、旭川四条仮乗降場として開業した。
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1973年(昭和48年)9月29日、旭川駅~新旭川駅間の高架化に伴い、駅に昇格。
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市街地だけに、それなりの利用客がいるようで、この時も6人ほどが下り列車を待っていた。
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やってきたのはキハ40の1両編成。
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旭川9:19発の石北本線上川行きであった。
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当麻に行くだけなら、私もこの列車に乗ればよかったのだが、それだと早く着きすぎてしまうのだ。

かつてはこの駅に隣接して、路面電車・旭川電気軌道の旭川四条駅があったという。
CIMG6309_20190401051421fa8.jpg

廃止されたのは高架化される直前の1973年(昭和48年)1月1日であった。
CIMG6310_201904010514227fe.jpg

上川行きを見送る。
CIMG6312_201904010514241ed.jpg

ちなみに旭川~北旭川(貨物)駅間は電化されている。
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2009年10月3日、711系が団体臨時列車として停車し、電車初の営業停車となったという。
CIMG6314_20190401051353041.jpg

1988年(昭和63年)に、旭川駅・新旭川駅・東旭川駅の「旭川」の読みを「あさひがわ」から「あさひかわ」に変更したが、当駅はこの時点ですでに「あさひかわ」だった。
CIMG6311_20190401051424052.jpg

下り線ホームへ行くのは時間節約のため省略。
CIMG6315_2019040105135478c.jpg

それでは、次の新旭川駅に向かおう。
CIMG6316_201904010513561d8.jpg

5分で到着すると、ちょうど列車が到着するところだったので、急いでホームへ。
すると、やってきたのはキハ40「北海道の恵み」シリーズ道北バージョンであった。
DSC_7041_20190401050737c7a.jpg

道北号には「流氷の恵み」というサブタイトルがあるようだ。
DSC_7040_201904010507371e3.jpg

カラフルなラッピングであるが、流氷らしき絵柄は見当たらない。
DSC_7042_201904010507405b1.jpg

行き先はなんと永山。旭川から3つ目の駅だ。
DSC_7043_20190401050741383.jpg

こんな短区間の通勤路線に走らせる列車なのだろうか。もったいない。
DSC_7044_201904010506521ce.jpg

ちょっと首をひねってしまった。
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「北海道の恵み」号を見送ってから、落ち着いてホームを見学した。
CIMG6320_201904010513266b5.jpg

新旭川駅の開業は1922年(大正11年)11月4日のこと。
CIMG6319_20190401051359618.jpg

前述の通り、1988年に「しんあさひかわ」に読み方を変更している。
CIMG6323_201904010513303c2.jpg

ホームの向こうに見えるのは日本製紙(旧国策パルプ工業)旭川工場。
1997年9月まで、この駅から専用線が延びていた。
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1992年に簡易委託が廃止され、完全無人化されている。
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1日の乗車人員は2013~17年の平均で92.6人とのこと。
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跨線橋に登ってみよう。
CIMG6322_20190401051329512.jpg

網走方面。
CIMG6327_201904010513005a0.jpg

旭川方面。
CIMG6328_20190401051301a8d.jpg

また踏切の音が聞こえてきたので待っていたら、今度は貨物列車がやってきた。
CIMG6329_20190401051303684.jpg

最近よく見かける。
CIMG6330_20190401051228a1b.jpg

ところどころにコンテナの空きがあるが、例によってかなり長い連結だ。
CIMG6331_20190401051230e67.jpg

跨線橋を下りて、ホームに出ても、まだ続いていた、
CIMG6332_201904010512313b9.jpg

通過するのに1分以上かかった。
CIMG6333_20190401051232151.jpg

この駅は宗谷本線と石北本線の両方を兼ねているので、停車本数が多い。
CIMG6334_201904010512344aa.jpg

1面1線の単式ホームと1面2線の島式ホームの組み合わせで2面3線である。
CIMG6335_20190401051149fda.jpg

単式と島式のホームの位置は互い違いになっている。
CIMG6336_2019040105115209a.jpg

ちなみに、ここは日本最北の分岐駅なんだそうである。
CIMG6337_20190401051153dab.jpg

この標識を見てびっくり。なんと駅舎に接したホームが4番線だった。
CIMG6338_2019040105115487c.jpg

もう一度跨線橋を渡って戻ろうとしたら、今度は特急オホーツク2号(網走発札幌行き)がやってきた。
CIMG6339_20190401051156f08.jpg

5分ほど遅れているようである。
CIMG6340_201904010511228ff.jpg

それにしても、この駅は行き交う列車が多いと感じた。
CIMG6343_20190401051126fc2.jpg

待合室はわりとすっきりしている。
CIMG6344_20190401051128f8b.jpg
CIMG6345_201904010510506ee.jpg

のりばは上記のように区別されているようだ。
CIMG6346_20190401051052ba6.jpg

最後に駅舎の外観を撮影。
CIMG6347_201904010510537ba.jpg

改築年月日は不明である。
CIMG6349_20190401051057202.jpg

それでは、新旭川駅を後にして、南永山駅に向かおう。
CIMG6350_2019040105102005b.jpg

(つづく)








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