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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

狩振岳(上)

【2019年2月24日(日)】狩振岳
先週、高校の同級生H君と毒矢峰に登った時、Iさんの狩振岳ツアーはもう満員だと聞いた。
行くつもりでいたのに、ぼやぼやしているうちにいっぱいになってしまったようだ。
最近、Ⅰさん人気急上昇である。
一応、マイカー参加してもいいか問い合わせてみたら、幸いOKが出た。
9:15にトマムICで待ち合わせとのことである。
ルート検索で確認すると、自宅からの所要時間は1時間50分ほど。
7:15に出るつもりでいたが、すこし準備が早く済んだので7時に出発できた。
気温は高めの予報だし、素晴らしく晴れている。
今日は最高の雪山登山ができそうだ。

札幌南ICから道央道にのり、道東道を順調に東進する。
路面は乾いており、非常に走りやすい。
スマホのナビでは到着予想時刻が8:55になっている。
20分ほど早く着きそうなので、石勝線で唯一撮影が済んでいないトマム駅に寄ることもできそうだ。
占冠の手前で、尖った山が見えたが、同定はできなかった。
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自宅から距離が136kmもあり、少々疲れたが、予想時刻通りに着いたので、トマム駅に向かった。
その途中、正面にトマム山(1239m)がくっきり見えて、気分がよかった。
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ICから駅までは約4km。5分ほどで着いた。
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走行中にH君に「いまどの辺り?」とメールを送っておいた返事が、ちょうど駅に着いた時に届いて、「占冠のSA出て、もうすぐ」着くとのこと。
今、占冠SA過ぎたところなら、まだ時間に余裕はある。
というわけで撮影開始。
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ここには1991年夏に来た記憶があるのだが、駅舎には見覚えがない。
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トマム駅は1981年(昭和56年)10月1日に石勝線開通と同時に石勝高原駅として開業した。
私が来たのはその10年後ということになるが、当時はまだバブル景気の余韻が残っていた頃で、駅舎内に土産物店があった気がするが、今は狭い待合室があるだけだ。
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ここは開業当初からの無人駅だが、将来の有人化を見込んで窓口が設けられた。
残念ながら、ずっと閉鎖されたままである。
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窓口のカウンターには想い出ノートは置かれていた。
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時刻表を見ると、特急ばかり上り10本、下り11本も発着している。
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札幌~釧路を結ぶ「スーパーおおぞら」も札幌~帯広の「スーパーとかち」もすべてが停車しているようだ。

少し離れたところに星野リゾートはあるが、集落は全くないので、完全な観光駅である。
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駅名は所在地の地名によるが、語源はアイヌ語の「トマム(湿原)」に由来する。
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当初は「上トマム駅」の名で計画されていたが、開業時は「石勝高原駅」。
トマム駅に改称されたのは1987年2月1日のことである。
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石勝線は南千歳~新得間132.4km(夕張支線を除く)を結ぶ路線だが、新夕張を過ぎると駅は占冠、トマムの2駅しかない。
それぞれの駅間距離はそれぞれ、新夕張~占冠34.3km、占冠~トマム21.3km、トマム~新得33.8kmもある。この区間だけなら、特急料金なしで乗れるらしい。
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上り線のホームには、大きなスーツケースを引きずった大勢のお客さんが待っていた。
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間もなく列車が来るのだろう。
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ちなみに、トマム駅の1日平均乗降客数は2015年で40人というデータがある。
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でも、ここ数年はインバウンドがものすごい勢いで伸びているので、すでに100人は超えているのではないか。
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今、ホームにいる人だけでも40人はいそうだ。

あの歩道橋は星野リゾートへの通路のはずだが、歩いていく人はいるのだろうか。
送迎バスが常にいるけれど。
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遅れるとまずいので、特急の到着は待たずにICに向かうつもりでいたが、トイレを済ませたところで、列車が来てしまったので、ついでに撮影。
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あわててICに戻る。
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約束の時間より早く戻って来られたが、Iさんの車はすでに着いており、私の到着を待つ間に車内で集金を始めていたようだ。
その終了を待って、9:20頃に出発。
想定していた道が除雪されていなかったようで、2度ほど引き返し、2度目は除雪終点の民家の方に聞いて、9:40頃、やっと登山口に到着した。

いや、それにしても本当に素晴らしい天気だ。
廃屋まで我々を歓迎してくれている。
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登山口の標高は644m。ここからもトマムリゾートを抱えたトマム山がくっきりと見えた。
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今回の参加者はIさんを含めて11人。スキーが5人、スノーシューが6人だ。
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私もスキーにするかどうか迷ったが、スキーだと写真が撮りにくいし、皆さんにご迷惑をおかけするようなことがあると申し訳ないので、やはりスノーシューにした。
結果的にはそれで正解だった。
かなりの急斜面があって、登りの方向転換がたぶんできなかっただろうし、頂上付近はハイマツが露出していて、間違いなく先端を引っ掛けて転倒していただろう。

準備に30分近く費やし、10:10頃に出発。
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雪は締まっていて、ほとんど埋まらなかったが、ラッセル要員としてスキー部隊が先行した。
最初は畑と思われる雪原を進む。
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開けているだけに見晴らしがすこぶるいい。
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5分ほど歩いたところで、Iさんが停まって、北の方角に見える白銀の山々の説明をしてくれた。
十勝連峰である。
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なんとトムラウシ山(2141m)が見えることに驚いた。
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十勝連峰はいつも西側から見ているので、まったく形が異なり、同定が困難だったが、教えてもらって納得。
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距離的に近いだけに富良野岳(左、1912m)が最も大きく見えた。
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ちょんと突き出しているのが主峰十勝岳(2077m)。
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最奥にあるオプタテシケ山(右、2013m)が見えたのもうれしい。
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左端は分からないとIさんは言っていたが、角度的には前富良野岳(1625m)ではないだろうか。
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下ホロカメットク山(中央右、1668m)の円錐形が美しかった。
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目を左に転じるとトマム山。右の突起は落合岳(1131m)である。
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山岳観賞タイムを終え、前進。
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左手に廃屋を見て進む。
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畑が途切れたところで左折し、今度は林道。
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シカも自由に歩き回っているようだ。
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いつの間にか、また広い空間に出た。
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30分ほど経過し、標高差100mほど登ってきたところで、温度調節のため小休止。
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でも私はとくに脱いだり着たりはしなかった。
7分ほどで出発。
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ほとんどラッセルの必要がないので、列を無視して自由に歩かせてもらった。
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右手にも目立つ山が見えてきたが、よく分からない。
ペンケヌーシ岳(1750m)だろうか。
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後ろには槍ヶ岳のような尖った山が見えてきた。
Iさんは崕山(1072m)ではないかと言う。
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帰宅して調べてみたら、形や高さ、方角からしても芦別岳(1727m)と思われる。
崕山はちょうど、その陰になっている。

現場では、みな振り返って見とれていた。
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こちらはそのさらに左に見えた端正な山。光山(703m)ではなかろうか。
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雪原を過ぎると、密度の濃い白樺林に突入。
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標高900mに達した辺りで、3度目の休憩をとった。
朝食が早かったので、ここでロールケーキを立ち食い。
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樹林帯の中は日蔭なので寒い。
7分ほどで出発した。
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この後、10分くらいして、さっきからビデオを回し続けていたスキーのおじさんが「は~」とか「あ~」とか大きなため息をつき始め、とうとう「お~い、休もう」と叫んだ。
さっき、休んだばかりじゃないか。
撮影なんかして、あちこち余計な動きをするから疲れるんだ!と心の中で悪態をついた。
私も撮影はするが、なるべく周りの人の迷惑にならないように気を遣っている。
しかし、あの人は後ろの人を待たせるのも平気な感じで、あまり感じがよくなかった。
Iさんは「しょうがないなあ」という感じで、1分くらい立ち休みをしてすぐに出発。
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あとで仲間の方が話していたところによると、動画が趣味で止められないんだそうである。
この方はかなりの高齢で、結局、足に来てしまったそうで、最後はIさんにお世話になりながら、下ってきていた。
それはともかく、谷の上部を渡った標高1050mあたりで、このおじさんがまた叫んだ。
「腹が減って、めまいがするよ~」
まだまだ頂上まで先は長かったが、ちょうどお昼の時間だし、頂上は吹きっさらしで食事ができるような場所でもないということなので、急斜面だが、ランチということになった。

(つづく)
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毒矢峰(下)

【2019年2月17日(日)】毒矢峰
毒矢峰(885m)から下山中。
ニセピークの雪庇の切れ目からトラバースすると、間もなく正規のルートに合流した。
わざわざ880mピークを経由せずに登頂した人もちゃんといたのである。
それにしても、どこに正規のルートへの分岐があったのか。
さらに進むと、我々が登ってきたトレースにぶつかったので、その分岐もすぐに判明した。
目印はこの大きな木って感じの場所だったが、ピンクテープなどは何もなかった。
「ここには必要だよね~」とH君。同感だ。
それにしても、なぜ、往路でこのトレースに気付かなかったのか。
おそらく、先行していたあの単独男性が気づかずに進んでしまったので、我々もつられて付いて行ってしまったということなのだろう。
では、そもそも間違ったトレースはなぜあったのか。

その謎は帰宅してから、同じ日に毒矢峰に登った方のヤマレコのレポを見て判明した。
ヤマレコの方は、間違えたのではなく、あえて880mピークに行ったようである。
我々はその後を漫然とたどってしまったのだ。
今回は大事にはならなかったが、トレースと先行者に頼り過ぎてはいけないと痛感させられた「道間違い」であった。
ちなみに、このヤマレコの方は下山するときに、単独の方とすれ違ったと書いている。
7時に入山し、8:40に登頂、9時半には下山したとのことなので、我々が登り始めた頃、この人は下山を始めたことになる。
当然、我々ともすれ違うはずなのだが、我々が抜かした単独男性とだけすれ違っている。
不思議だ。でも、この謎もすぐに解けた。
おそらく、ヤマレコの方と単独男性は二股橋から左に行くルートから登下山したのだろう。
ちょうど、我々が右ルートで登っている頃、単独男性は左ルートで登り、ヤマレコ男性は左ルートを下っていたということだ。
時間的にもつじつまが合う。

話を現場に戻そう。
キャンバスになりそうな雪の塊を見つけると、スノーアートをしないではいられない。
ここでは東洋水産の「マルちゃん」だ。
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順調に下っていく。
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下りはやはり速いが、先々週、大沢山でひねった左足首が接地の角度によっては若干痛むので、あまりスピードが出ないよう注意した。

668mピークを過ぎたあたりで、登ってくる別の単独の男性とすれ違った。
我々は道を譲って、「こんにちは~」と明るく挨拶したのに、無言で通り過ぎて行った。
H君は「日本人じゃないのか?」といぶかしむ。
いや中国人でも韓国人でも日本語の挨拶「こんにちは」くらいわかるだろう。
私は発話障害の方かとも思ったが、それなら会釈くらいはするだろうし。
ま、いろんな人がいますわ。

標高550mあたりで、トレースが二つに分かれた。
左が我々の登ってきた道だ。
せっかくなので、今度は右の方に行ってみた。
すると猛烈な急坂で、尻セードした後も残っている。
こんな坂は歩いて下る方が足首に負担がかかるので、もちろん手前どもも尻セードを敢行。
尻トレースがあったおかげで、かなり長い坂を結構なスピードで滑り下りることができた。
久々に痛快な尻セードだった。

間もなく林道に出た。出た場所は、二股橋から左に行った道だった。
実は、この時点でやっと、毒矢峰に登るには、二股橋から右ルートと左ルートがあることに気付いたのだった。

こっちが下ってきた左ルートだ。
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二股橋で小休止し、尻セードの雪をほろってから出発。
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あとは平らな林道を15分ほど歩くだけだ。
登り始めたときにボーダーがたむろしていた場所に差し掛かると、彼らはまだその場にいて、ドローン撮影をしていた。
聞いてみたら、ドローンは「雰囲気だけだけど」、やはりあの崖のような斜面を滑ったのだという。
確かに滑った跡が見える。かなりの熟練者たちのようだ。

車のところにいた女性とも挨拶をしたら、なんと彼女たちは知床の小清水から来たという。
小清水と言えば、ここまで何時間かかるのだろう。
ボーダーにとって、ここはそんなにまでして滑りたいポイントだったのか。
向こうなら斜里岳とか海別岳とかいくらでもあるだろうに。
ただ、道東ということもあり、あちらはやはり雪が少ないらしい。

我々も3時間半ほどで本日の山行を終了。
ちょうど正午になったので、定山渓温泉でラーメンを食べることにした。
いくつか店はあるが、本日のお風呂「ふる川」に近い「らーめん忍者」にした。
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忍者ラーメンとかいくつか名物メニューらしきものがあったが、今日はオーソドックスに正油ラーメン。
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先日、塩を食べて、そのあっさり感がよかったので、今度は正油にしてみたわけだ。
焼豚がかなり大きかったが、思った通りのあっさりラーメンだった。
年をとると、このくらいがいい。
ハッシュダグを付けて「#定山渓らーめん忍者」でSNSに投稿すると100円引きになるというので、やってみた。
会計時にスマホの画面を確認してもらい、700円になった。ごちそうさまでした。

お腹が落ち着いたところで、お待ちかねのお風呂へ。
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「ふる川」の新大浴場は3度目のチャレンジということになる。
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前々回は工事の遅れでまだオープンしておらず、前回は時間切れで断念したのだった。

門をくぐるとばったり、ふる川の会長さんと鉢合わせ。
会長さんとは仕事の関係でちょっと面識があったので、挨拶をして、ひと言ふた言会話をしてから、受付に行くと、なんと無料にしてくれた。
「会長もご案内してと言うと思いますので」
会長さんはとくに係の人に「ご案内して」と言ったわけではないのに、私たちの雰囲気だけを見て、そう判断してくれたのだ。
H君は「なんという社員教育だ!」と感動していた。
私はちょっと恐縮したが、お言葉に甘えることにした。
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本当にありがとうございます。でも今度は会長さんに見つからないように来ることにします(笑)。

浴室は撮影禁止なので、写真はホテルのHPより。
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お風呂はうわさに違わぬ素晴らしさ。
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露天風呂はすこしぬるめに設定してあり、いつまでも入っていることができた。
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体を洗った後は、水素風呂でまったり。
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3階の湯上がりラウンジは、よくある大広間風の休憩室とは違って、おしゃれな雰囲気。
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これまた、ゆっくりとくつろげる空間だ。
今回はただだったけど、1500円の価値は十分ある。
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今度は泊まりに来たいものだ。
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満足して14時に出発。
帰りは、石山のケーキ屋さん「エリソン」でスイーツを買い、15時前に帰宅した。
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充実した1日だった。

【行程】2019年2月17日
駐車スペース(8:33)~天狗小屋(8:37)~二股橋(8:58)~668mピーク(9:32)~880mピーク(10:12)~毒矢峰(10:34休憩10:42)~668mピーク(11:12)~二股橋(11:33)~駐車スペース(11:57)
※所要時間:3時間24分(歩行時間:3時間5分)
※登った山:1座(毒矢峰)
※歩行距離:6.5km
※累積標高差:約500m

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毒矢峰(上)

【2019年2月17日(日)】毒矢峰
やっと寒気が緩んできた、この日曜日。
高校の同級生H君と定山渓温泉の奥にある毒矢峰(885m)に登った。
この山は「どくやみね」というようだが、三角点(三等)の点名としては同じ字を書いて「ブシヤミネ」と読むらしい。
山名の由来は、かつてアイヌがこの山で毒矢を仕掛けていたことにちなむという。
アイヌは矢先にトリカブトの毒を塗って仕様していた。
「毒」を「ブシ」と読ませたのは、トリカブトの毒のことを附子(ぶし)と呼んだからだろう。
もともとは「ブシヤミネ」だったが、漢字の一般的な読みに引きずられて「どくやみね」と呼ばれるようになったものと思われる。

当日はいつものことながら、H君に迎えに来てもらった。
7:30に出発。少し遅めに出てトレースに期待する。
途中、トイレにもコンビニにも寄らず、登山口の右股橋に直行した。
8:20頃に到着したが、橋の手前にはすでに車が4台停まっており、空きがない。
でも、H君は全く動じない。
この先にも駐車スペースがいくらでもあるそうで、確かに150mほど先にわりと広いスペースがあった。
このあたりは、よくスノーモービルを楽しむ方々の車が列をなして停まっているそうだ。
今日はなぜか1台もいなかった。

準備を整えて、8時半すぎに出発。小雪がちらついており、天気は今いちだ。
まずは右股橋まで150mほどの車道歩き。
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橋の手前では、3人のグループがちょうど出発するところだった。
うち2人は女性でボーダーだった。
スノボということは、まさか、ここから余市岳(1488m)まで行くのだろうか。
それはあまりに遠い。スノーシューも担いでいないし、おそらくそれはないだろう。
とにかく挨拶だけして、後に続く。
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右股橋は白井川に架かっている。
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橋には1.5mくらい分厚く雪が積もっていた。
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橋を渡ると、バス停のような天狗小屋がある。
定山渓天狗岳(1145m)を登った昨秋以来の再会だ。
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屋根に積もった雪がドラ焼きのよう。
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一応、中に入れるようだが、面倒なので登山届の記入はパスさせてもらった。
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この地点で標高は428m。毒矢峰山頂までの標高差は450mほどある。
まずは1kmほどの林道歩きである。
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しっかりトレースがついており、ありがたい。
H君も大喜びだ。しかし、このトレースがどこまで続いているか。
万が一、余市岳に向かっていたら、我々は取りつきからラッセルということになる。

天狗小屋から2分も歩かないうちに、ボーダーが数人たむろしているのが見えてきた。
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対岸に猛烈に急な斜面が見えるが、あれを滑ろうというのだろうか。
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さっきの女性も彼らに合流。仲間のようだ。

どうするつもりなのかさっぱりわからないが、深く考えないでおいた。
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林道のトレースはかなりしっかりしている。
おそらく前日にかなりの人が入ったのだろう。
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小屋から20分ほどで二股橋の分岐に到着した。
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左の道にもトレースがあるが、右の方がしっかりしている。
H君が持ってきてくれたログ入りの地図によれば、進路は右だ。
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右に50mほど進むと、ピンクテープが現れ、なんとしっかり毒矢峰方面にトレースが続いている。
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これには2人で歓喜した。
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急登のラッセルを覚悟していただけに、晴れやかな気分になった。
しかも、ほとんど埋まらない。
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それでも急登であることには変わりないので、楽なわけではない。

小休止を1回はさんで100mほど登ると、左から別のトレースが合流してきた。
これがどこから来た道なのか、この時点ではよく分からなかったが、ここでもとくに深くは考えなかった。
頑張って、さらに100m登ると、668mピーク。
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この先は、ちょっと下って、一瞬だけ平坦な尾根となる。
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そのまま進むと、再び急になり標高700m付近で単独の先行者の姿を発見した。
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足元はトレースがしっかりしているし、別に我々が先に行ってもいいのだが、ちょうど歩き始めて1時間経ったことだし、休憩することにした。

その後しばらくは、なかなか追いつけなかったので、彼も我々に気付いて、逆にペースを上げたのではないかと思ったが、標高840m付近で再び発見。
ゆっくり歩いていても体が温まらないので、先頭を私に交代して、追いついたら抜かすことにした。
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途中、寒さのためか、デジカメがバッテリー切れになったので、胸ポケットに入れて温め、しばらくスマホに代役をお願いする。
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その間にも、スノーアートは忘れない。
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標高850mを超えて傾斜が再び急になったあたりで、先行者を抜かす。
後ろから「こんにちは~」と言ったら、脇によけてくれた。
わりと年輩の男性だった。

トレースに従って、さらに登っていくと、前衛峰の880mピークに達した。
しかし、この先ははっきりしたトレースがなくなってしまった。
吹き溜まりっぽくなっているし、風で消えてしまったのだろうか。
直進方向は下る一方で、ピークは右手にある。
スマホの地図を確認してみたら、このまま進んではいけない気がする。
2人で検討していると、さっきの男性も追いついてきたので聞いてみたが、彼もはっきりは分からない様子。
取りあえずちょっと進んでみてから、もう一度、スマホで現在地を確認することにして、吹き溜まりの中に突っ込む。
そして再度確認の結果、やはり間違っていることが判明。
もう一度頂上に戻って、ピークの見える方向へと軌道修正した。
目の前に見える高まりが頂上手前にあるニセピークであることは分かっているので、これは巻きたいのだが、雪庇が発達しており、かなり戻らないとトラバースは困難だ。
たいした高さでもないので、ニセピークを越えて行くことにした。
吹き溜まりがいくつも連なっていたが、うっすら先行者の足跡をたどることができたので、とくに不安はなかった。
結局、880mピークから20分ほどで、毒矢峰の頂上にたどり着いた。
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所要時間はちょうど2時間だった。
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山頂には随分達筆な山名板があった。H君がネットで得た情報によると、裏に製作者の名前が書かれているというので、確認してみた。
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すると確かにあった。「平成十六年春 峯風」と書かれている。
これを売名行為であるかのように非難するコメントもあったそうだが、そうは思わない。
表にでかでかと書いてあるなら見苦しいが、裏に小さく書くのであれば、製作者の責任を明らかにする意味でも、逆にあってしかるべきだ。
むしろ、立派な山名板を作ってくださり、感謝である。
ありがとうございます。峯風さん。

そうこうしているうちに、さっきの男性がまた追いついてきた。
せっかくなので、撮影をお願いした。
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我々の上着は色違いのお揃いである。パタゴニアだ。

時間はまだ10時半を回ったところだし、ここは風もあって寒いので、お昼は下界で食べることにした。
10分も滞在せずに下山開始。
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ここでもう一度デジカメを試してみたら、ちゃんと元に戻っていたので、またまた選手交代。
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巻き道が分からなかったし、分かったとしてもラッセルになりかねないので、ニセピークを越えてきた往路をそのまま戻る。
しかし、880mピークまで登り返す必要はないので、雪庇の切れ目から、ショートカットを図った。
振り返ったら、こんなに雪庇が発達していた。
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無理に巻こうとして近づいたら、崩れて完全に埋まっていただろう。

(つづく)
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札沼線(下)

【2019年2月10日(日)】札沼線
札沼線(+α)の駅舎めぐりを終え、砂川市内で昼食。
お目当ての店「笑飛巣(えびす)」は砂川駅からかなり離れた場所にあった。
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ポークチャップのシングル(1650円)を頼んだら、こんな巨大な豚肉のステーキが出てきた。エアーズロックのようだ。
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食べているうちにちょっと縮んでしまったが、出てきた時の厚さは5cmくらいあった。
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分量は豚肉600g。とても食えないと思ったが、脂身だけ残してあとは完食できた。
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砂川産のトマトや玉ねぎを食べて育った豚とのことだ。
ポークチャップとは、ロースの豚肉にケチャップとウスターソースで味付けしたアメリカの料理のこと。砂川市のご当地グルメとして売り出し中なんだそうだ。
このケチャップが非常に美味しかった。

ごちそうさまでした。もうお腹パンパンじゃ。これでは、到底痩せないだろう。
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飯が済んだら、お風呂。
最初は当別町の中小屋温泉に行くつもりだったが、ちょっと離れてしまったので、帰り道から行きやすい三笠の湯の元温泉にした。
「笑飛巣」から1時間弱で到着した。
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ここは富良野方面の山に登る時に通るたびにいずれ行ってみたいと思っていただけに、やっと実現できて、うれしい。
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入浴料も500円とリーズナブル。
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1階のトイレで出すものを大量に出してから、いざ入湯。
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ここは単純硫黄冷鉱泉。源泉の温度はかなり低めの8.3℃。ph値は7.5。
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ほとんど硫黄臭はせず、むしろちょっと塩素の匂いがした。
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でも、気持ちのいい湯で、露天風呂も内湯も堪能した。
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温まったところで出発。
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来た道を道央道まで戻る。
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その途中にある三笠高校生レストランに立ち寄った。
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もう閉店しているかと思ったら、開いていた。
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でも、開いていたのは大人がやっている物販コーナーだけで、レストラン「まごころきっちん」とカフェ「シェリー」は閉まっていた。
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高校生レストランの方は、いつも整理券を配布するほどの盛況で、売り切れ次第おしまいとのことなので、この時間(午後4時)までやっているはずはないとは思っていたが、そもそもこの日は、高校生の入試シーズンとのことで休業日だった。
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スイーツなら持ち帰りもできるので、またいつか機会があったら来てみよう。
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ここは厨房がガラス張りになっていて、高校生が作っているとことを窓越しに見学することができる。
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今日も練習なのか、何か作っている子が2人ほどいて、年配の男性が真剣に見つめていた。

当方は物販コーナーで、お土産を物色。
有名な滝沢ワイナリーのワインがずらり。
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でも、さすがに高い。ピノ・ロワール2017が4860円もする。

北海道ワイン(小樽市)のアンモナイトワインは1400円だ。
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こちらは美酒爛漫で知られる秋田銘醸が作った「三笠山」。
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いろいろと世話になっているO君のために、アンモナイトワインを1本レジに持っていったら、アンモナイトの絵柄は同じで名称だけが違う「ミカサワイン」は1300円ですよと勧められた。
中身も同じだというので、1300円の方にした。

というわけで本日の旅も終了。
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ガソリンスタンドに寄って17時半頃に帰宅できた。

ひと息ついてから、近くの隠れ家風居酒屋「かみや」に出かけ、友人と晩飯。
1階は貸し切りだったので、2階に案内された。
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わりと広い部屋を独占状態。
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お通しに干しかずのこがあって感激した。
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大将は忙しそうだったので、すぐに食べられそうなものということで、いきなり漬物の盛り合わせ。
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寒かったので、ビールは省略して、いきなり熱燗をお願いした。

合鴨のつくね。やはりひと味違った。
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ミニ刺身の盛り合わせも、タコの頭やズワイガニがうれしかった。
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鯛かぶとのちり蒸しにチャレンジ。身離れがよく味も抜群。
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その他、砂肝もいただき満腹。21時半くらいに辞去した。

山なしデーだったが、鉄と湯と酒で充実した1日だった。

(おわり)
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札沼線(中)

【2019年2月10日(日)】札沼線
今年5月に一部廃止になる札沼線の駅舎めぐりをしている。
鶴沼、於札内、南下徳富と回ってきて、次は下徳富駅。
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ここはちゃんと駅舎があった。
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駅前には倉庫がいくつか。
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出入口まできれいに除雪してあった。
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下徳富駅は1934年(昭和9年)10月10日、国鉄札沼北線中徳富駅(現在の新十津川駅)~浦臼駅間の延伸開業に伴って開業した。
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1943年10月1日、太平洋戦争の激化に伴い、石狩月形~石狩追分間が不要不急線に指定され、当駅も営業を休止したが、10年後の1953年11月3日に営業を再開した。

待合室に入ると、驚いたことにこんな貼り紙が。
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なんと、「想い出ノート」に火を付けた人がいたらしい。
火事になったら、どうするつもりなのか。全く、意味が変わらない。

待合室はかなり淋しい感じ。
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かなり古い木造のベンチが1つだけ残されていた。
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2013~17年の平均乗車人員は0.6人だったそうだ。
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かつての石炭暖房の痕跡。なつかしい。
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壁には、札沼線のPRポスターも貼ってあった。
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キャッチコピーは「車窓に映るあの頃と同じ顔」。

この2枚も沿線風景を写した札沼線のポスター。
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下徳富駅のオリジナルまであった。
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当然ながら、この駅も運行本数は1往復のみ。
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ポスターとほぼ同じ構図でパチリ。
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駅舎は昭和初期(開業時)のものとは思えないので、おそらく戦後に建て替えられているのだろう。
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ここも1面1線の単式ホームである。
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駅名は地元の地名から。「徳富」の語源はアイヌ語の「トㇰ」(隆起)で、この地域を流れる徳富川が川筋をしばしば変え、河跡が隆起し陸地となったことを指しているらしい。
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かつては1面2線の島式ホームで、駅舎横の札幌側に貨物ホームがあったという。
しかし、1979年の貨物取扱廃止後、交換設備が廃止され、島式ホームの駅舎側と貨物ホームの線路が撤去された。
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いつもながらのお遊び。
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この一帯は北海道有数の米どころである。
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無人化されたのは1979年2月1日なので、もう40年も前のことだ。
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下徳富駅の北にはかつて中徳富という駅があった。
1956年(昭和31年)11月16日に開業したが、2006年3月18日に廃止された。
駅舎も待合室もないホームだけの駅だった。
240px-中徳富駅全景(ネットより)

最後に終着駅の新十津川駅。
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この駅はすでに撮影済みだが、冬の景色を撮っていなかったのと、今の姿を見ておきたかったので、あえて再訪した。
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現在は、新十津川町の観光案内所になっていた。
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壁のカレンダーに毎日の降車人数が記録されている。
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今日は2月最多の32人だった。
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待合室は暖房が入っていたので、暖かくて助かる。
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明日の夜、「エキアカリ」という光のイベントが開かれるとのことで、ろうそくの準備をしていた。
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これらはアイスキャンドル用の氷。
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ホームに出てみた。これは駅舎のホーム側。
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古い施設が厚い雪をのせていた。
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「営業時間外のご当地入場券の販売は一切しない」という強い意思の感じられる貼り紙。
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きっと時間外に訪ねてきて、「いるんだから売ってくれよ」とごねる客がいるのだろう。
気持ちは分からなくもないが、「時間外」と言われたら、すぐ引き下がりましょう。

新十津川駅は1931年(昭和6年)10月10日に札沼北線の中徳富駅(初代)として開業した。
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戦時中の営業休止を経て、1953年(昭和28年)11月3日に新十津川駅と改称して営業を再開。
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駅名の読み方は、1997年4月1日に「しんとつがわ」」から「しんとつかわ」に変更された。
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町名の読み方に合わせたものと思われるが、それまでなぜ異なる読み方だったのかは、よく分からない。

ピンネシリ山(1100m)もいずれ登らなくては。
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ホームは1面1線の単式。
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2013~17年の平均乗車人員は8.4人だった。
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一時、駅長犬ララが出迎えしてくれていたが、昨年7月8日に高齢化のため引退したとのことだ。
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待合室に戻って暖をとる。
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せっかくなので、駅のマグネット(400円)と記念入場券(170円)を購入。
終着駅到達証明書は無料でもらった。
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この駅もあと3か月弱の命だが、駅舎はおそらくそのまま町が引き取って残すことだろう。
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観光案内所として引き続き使用されるような気がする。
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それでは、新ちゃん、さようなら。
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駅前に駅前商店街みたいなものは何もなかったが、巨大な空知中央病院があった。
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鉄道グッズを売っているらしき「寺子屋」という軽食・喫茶もあったが、ここで食べる気はないのでスルーした。
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航空写真マップ。
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お昼はこの日の道新日曜版に載っていた砂川ポークチャップの店「笑飛巣」に決めている。
もう駅舎めぐりをする気はなかったが、通り道の砂川駅だけは寄ることにした。
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人口が2万人に満たない町の駅にしては立派だ。
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1989年4月に改築されたもののようだ。
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開業は1891年(明治24年)7月5日。
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駅舎の前に、新十津川駅と同じタイプのガイドマップがあった。
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ここは特急の停車する駅だが
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2014年11月にキヨスクが廃止されている。
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2012年度の1日平均乗車人員は737人。札幌市以外の北海道の駅としては例外的に
年々利用客が増えているという。
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スイーツの町として売り出し中だが、それが功を奏して観光客が増えているのだろうか。
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(つづく)

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札沼線(上)

【2019年2月10日(日)】札沼線
JR札沼線北海道医療大学~新十津川間(47.6km)の廃止が昨年12月20日に正式に決まった。
廃止予定日は来年5月7日である。
札沼線は1931年(昭和6年)10月10日に開業、4年後の1935年10月3日に、桑園~石狩沼田間111.4kmが全通した。
このうち、新十津川~石狩沼田間(34.9km、11駅)が1972年(昭和47年)6月19日に廃止され、新十津川駅が終着駅になっている。

札沼線の駅舎については、2011年夏に石狩当別駅から浦臼駅までの13駅は撮影したが、廃線区間については4駅を残している(新十津川駅は前年に撮影済み)。
冬は駅舎が雪に埋もれていたりして、きちんと全体像を捉えられない恐れもあるが、冬こそ北海道のローカル線ならではの写真が撮れるとも言えるので、2月の連休の中日を利用して出かけることにした。

ゆっくり朝食を食べて、朝9時半に愛車エブリィで家を出発。
国道275号を北上する。
ここ数日、低温傾向が続いており、路面はつるつるのアイスバーン。
でも、雪が解けて路面が濡れていると、窓がすぐ汚れて前が見えなくなってしまうので、この方がいい。
なんて思っていたら、当別あたりから雪が降り出し、ホワイトアウト状態になってきた。
これじゃあ、ろくな写真が撮れないし、それ以前に危険だと判断。
駅舎巡りはやはり春になってからにして、今日は温泉にだけ入って帰ろうと、スマホのナビを中小屋温泉に設定し直し、しばらく吹雪を我慢して車を走らせた。
すると、だんだん雪が止んできて、とうとう晴れてきてしまった。
これなら行けるわ、と思い直し、もう一度ナビを浦臼駅の次の鶴沼駅にセット。
中小屋温泉への入口を通り過ぎて、さらに北上を続けた。

鶴沼駅にトイレがないと困るので、1kmほど手前の道の駅つるぬまで小休止。
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トイレは男女別棟になっていた。

用を済ませて出ようとすると、温泉と名産品の紹介が。
浦臼温泉なるものもあるのか。いずれ来なくては。
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浦臼町には石狩川の河跡湖(三日月湖)がたくさんある。
国道をはさんで道の駅の向かいにある鶴沼もその一つだ。
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形は三日月ではないけれど。

ここは新たに道の駅を整備したというより、既存の施設を利用した感じがする。
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いくつかお店があったが、ひやかしは止めておいて、駅舎めぐりに専念すべく出発した。
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鶴沼駅にたどり着いたのは11時半前。
寄り道したのもあったけど、自宅から2時間近くかかってしまった。
やはり駅は雪に埋もれていた。
CIMG4679_20190211160331ecc.jpg

ここは1956年(昭和31年)11月16日に開業した駅である。
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ホームは1面1線の単式。
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まわりは雪原だが、夏には緑一色の水田地帯となる。
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駅名は現地の地名に基づくが、鶴沼の由来はタンチョウヅルが飛来したことにちなむという。
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2013~17年の乗車人員平均はなんと0.0人。
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北東方向に見えたのは歌志内市の神威岳(467m)。
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これは駅舎ではなく待合室。駅名標すらない。
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扉を開けて中に入ると、除雪用具が置いてあった。
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一応トイレらしきものはあったが、とくに確認はしなかった。
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時刻表を見ると、下りが9:11発、上りが10:17発のそれぞれ1本のみ。
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2016年3月26日のダイヤ改正で、浦臼以北は1日1往復のみになってしまったのだ。
これは、旅客列車の本数としては1984年(昭和59年)に廃止された国鉄清水港線の廃止直前の時期と同じ運行本数で、民営化後はJR旅客6社の中でも史上最少なのだそうだ。

想い出ノートはベンチではなく、壁に掛けられていた。
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「イタズラ書き及び持ち去り禁止」と書かれている。
悲しいことながら、鉄道ファンにも心ない人はたくさんいるのだ。

それでは鶴ちゃん、さようなら。
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次の於札内駅はナビが変なところに案内してくれたものだから、農家の敷地内に入り込んでしまい、あやうく雪でスタッグするところだった。
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この踏切を渡るとき、駅の位置をちゃんと確認しておけばよかった。
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戻りがてら、雪原の中に於札内駅を発見。
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ほとんど人が利用していないのだろうが、駅までの道はちゃんと除雪されていた。
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どなたがやって下さるのか、ホームもきれいに除雪されている。
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待合室だけの駅だが、北国のローカル線のムードたっぷりである。
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ここは鶴沼駅から遅れること3年、1959年(昭和34年)12月1日、於札内仮乗降場として開業、1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化に伴い、駅に昇格した。
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列車の運行は午前10時台ですでに終了しているので、線路に下りても危険はない。
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1面1線の単式ホームである。
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周囲は水田地帯。
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駅名は所在する場所の地名から付けられたものだが、語源はアイヌ語の「オサッナイ」(川尻・乾く・川)に由来するという。
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札沼線には1991年3月16日に「学園都市線」の愛称が付けられた。
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すでに沼田までは結んでいないから札沼線は実態を反映していないし、沿線に北海道教育大学や北海道医療大学などの教育機関が多いからという理由のようだが、それなら札幌~北海道医療大学間だけの愛称にすればよかったと思う。
首都圏にある「宇都宮線」という愛称も東北本線の一部なのだから。
医療大学以北は「学園」でも「都市」でもなく、「田園」そのものであって、それこそ現状にそぐわない。
と言っても、廃止されてしまうのだから、文句を言っても時すでに遅しである。

古い駅名標が待合室の壁に貼り付けられており、駅名板代わりになっていた。
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待合室の中を見学。
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ここにも除雪用具。
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もちろん、ここも1日1往復。いくら利用者がほとんどいないとは言え、これでは使い勝手が悪すぎる。通学にすら使えない。
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ちなみに2013~17年の乗車人員平均は0.8人だった。

想い出ノートを見ると、あまりに運行本数が少ないので徒歩で駅を回っている人も少なくない。
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歩き方としては、札幌方面から乗ってきて南下徳富駅で下車、於札内駅まで徒歩で移動し、折り返し列車に乗車、次の鶴沼駅で下りると、3駅稼げることになる。
この乗り方が一応、乗り鉄で駅舎めぐりをするには効率的のようだ。
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あとは浦臼駅まで歩けば、13:21発の当別行きに乗ることができる。

どなたが作ったのか、於札内駅の待合室をデザインしたスタンプが置かれていた。
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寒いことは寒いけど、お蔭さまでよく晴れてくれた。
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札沼線自体は2010年夏に乗り鉄済みである。
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南下徳富駅へ移動。
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ここは待合室も駅舎もなくホームのみである。
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実はかつてホームのわきに木造の駅舎があったのに、2012年に撤去されてしまったらしい。
300px-南下徳富駅駅舎
2011年に駅舎めぐりをした際、浦臼で引き返さず、ここまで来ていれば間に合ったのに。
もったいないことをした。

駅の横は下徳富下9号線踏切。実際の道路は南16号線なのだが。
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警告灯はラグビーボールの形をしていた。初めて見た。
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踏切の横にひっそりとたたずむ鉄道関連施設。
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かつて駅舎があった位置に壁だけあり、運賃表と時刻表が設置されていた。
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ホームにないなんて、かなり珍しいのではないか。

駅名標だけのこのホームはなぜかきりりとしており、ほれぼれしてしまう。
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鶴沼駅と同じ1956年11月16日の開業である。
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もちろん、1面1線の単式ホーム。
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ここも見渡す限りの水田地帯のはずだ。
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2013~17年の乗車人員平均は0.2人だった。
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まわりには、ほとんど家がないもんなあ。
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それでは、次の下徳富駅に向かいましょう。

(つづく)
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大沢山(下)

【2019年2月2日(土)】大沢山
大沢山(1460m)から下山中。
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頂上から1時間程度で、940m標高点の鉄塔下まで下ってきた。
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景色を眺めながら小休止。
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相変わらず雲ひとつない。
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標高が低くなって、雪の量もだいぶ少なくなった。
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とは言え、まだ十分残っているところも。
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左手に笹子雁ヶ腹摺山(1358m)。
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899m標高点へ登り返す。
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甲冑の小札のような樹皮のアカマツ。
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スギの植林帯まで下ってきた。
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ここまで来れば、登山口の神社はもうすぐだ。
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最後の急斜面を下る。
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一瞬だけ展望が開けた。
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この側溝をまたげば、登山口の奥野稲荷神社だ。
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神社でスパッツを外し、もう一度参拝。無事下山を感謝する。
10分ほど休んで帰途についた。
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往路とは違う道で国道に向かう。
すると、梅の花を発見。
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今日は雪にまみれた1日だったが、やはり関東はもう春なのだ。
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うらやましい限りだ。
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至るところに、こうして石碑や石仏があるのも、内地ならでは。
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レンガの祠を所有しているお宅まであった。
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ここから先は国道歩き。
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笹子鉱泉が営業していたら、ちょうどよかったのだが。
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向かいにあるしらかば食堂を覗きに行ったら、お出かけなのか閉まっていた。
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結局、お風呂は八王子の銭湯に行くことになったが、そこまで電車で1時間かかる。
車内でぐびっとやりたい。
しかし、コンビニどころかお酒の自販機もない。
笹一酒造に売店がないか、ちょっと行ってみることにした。
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普通の民家にあった大黒様と恵比須様。
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笹子駅近くの陸橋をくぐる。
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お酒を飲まないMさんはそのまま駅へ。私どもは笹一に向かって直進。
向かいにあった笹子餅には目もくれず。
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国道沿いにある笹一酒造の工場。
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しかし、酒蔵なんだから売店はあっても、わざわざビールは売らないだろうなあ。
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先に歩いていたSさんが腕で○マークを作ってくれた。売店はあったようだ。
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酒遊館という立派な観光施設である。こんなのがあるなんて知らなかった。
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こちらは工場の事務所。
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どんな味がするのかな。
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やはりビールは売っておらず、生酒の1合瓶(320円)を購入した。
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速足で駅に戻り、発車の2分前に笹子駅に到着。
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私はトイレにも寄ったので、ギリギリの乗車になった。
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15:35発の高尾行きである。

またしてもロングシートだったが、5人掛けが空いていたのでそこを占拠。
雨具の下を脱いで落ち着いたところで、乾杯。
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本当はぐびぐびいきたいところだが、日本酒なのでちびちびとやった。
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ラベルには富士山がデザインされていた。
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高尾駅までに飲み干し、乗り継ぎの東京行きに乗って、2つ目の八王子で下車。
南口から徒歩5分のところにある稲荷湯へ。まるでマンションみたいな建物だ。
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ここは銭湯だが、日帰り温泉風の施設で、結構人気があるようだ。
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白い濁り湯の人工温泉や露天風呂もあって、Sさんとゆっくり語らいながら汗を流した。

すっきりしたところで、お待ちかねの山麓酒場。
もう山麓でも何でもないが、山から下れば山麓酒場だ。
稲荷湯に行く途中に目を付けておいた九州・沖縄料理の店「ナンクルナイサきばいやんせー」に入店。
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やっとビールにありつけた。オリオンの生は初めてかもしれない。
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おつかれ山~! いや~今日は大変な目に遭いました。それだけにうまい。
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おつまみはミミガーに島らっきょうに海ぶどう・・・
こちらは、Sさんがつかみ取りしたゴーヤで作ってくれたゴーヤチャンプルー。
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最近ビールの後はハイボールなのだが、お店に敬意を表して、黒霧島の水割りで通した。
今日の失敗から今後の計画、同窓生の噂話など話題は尽きることなく、気が付いたら22時を回っていた。
4時間以上飲んでいたことになる。
山麓酒場どころか本格酒場になってしまった。いい気分だ。
Sさんは横浜線なので八王子駅でバイバイ。
Mさんは武蔵野線なので西国分寺駅でさよなら。
私は国分寺、東村山と乗り継いで、新所沢で下りるつもりが、まさかの乗り過ごし。
次の入曽駅で15分ほど上り電車を待つことになり、帰宅は危うく午前様になるところだった。
反省点の多い山行だったが、山麓酒場は最高だった。
また機会があったら、また内地の山にも登りたいものだ。

翌日は所沢の自宅で用を済ませ、夕食は羽田空港の羽田大勝軒で中華そばをいただいた。
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おまけとして載せておきます。

【行程】2019年2月2日
笹子駅(8:07)~国道分岐(8:31)~奥野稲荷神社(8:37参拝8:43)~最初の鉄塔(8:56)~899m標高点(9:18)~940m標高点(9:37撮影9:41)~1059m標高点(10:02休憩10:11)~大沢山(11:25昼食11:50)~1400m地点(12:05)~大沢山(12:31休憩12:50)~940m標高点(13:53)~奥野稲荷神社(14:38休憩14:48)~しらかば食堂(15:00)~酒遊館(15:25買い物15:28)~笹子駅(15:33)
※所要時間:7時間26分(歩行時間:6時間)コースタイム5時間30分
※登った山:1座(大沢山)
※歩行距離:12.3km
※累積標高差:約900m
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大沢山(中)

【2019年2月2日(土)】大沢山
山梨県の大沢山(1460m)を登山中。
JR笹子駅から歩き始めて1時間半ほどで、標高940mの鉄塔に達した。
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ここまでは、ほぼコースタイム通りである。

東の方角、鉄塔の下からいい山が見えるのだが、どうしても同定できない。
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左端はおそらく権現山(1312m)だと思うのだが。

南東の峰々は本社ヶ丸(1631m)方面。
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北東には滝子山(1620m)がそびえている。
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5分ほど展望を楽しんでから出発。
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鉄塔から20分ほどで1059m標高点に到着した。
ここまで、チェーンアイゼンでは、あまりに雪のダマができてしまうので、ここで6本爪アイゼンに履き替えた。
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ついでに、北海道土産のマルセイバターサンドを二人に進呈。

雪がだんだん深くなってきた。
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さっきの1059m標高点は日蔭で寒かったが、5分ほど進むとこんなに日当たりのいい場所があった。
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ここで休めば、よかった。

右前方に見えてきたのが大沢山かなと思ったが、ボッコノ頭(1446m)だった。
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この後歩く予定の稜線だ。実際は歩けなかったけど。
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Sさんもさっきチェーンアイゼンを装着したのだが、やはりダマができて大変みたい。
なかなか今日の雪は難敵だ。
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これまで無風だったのに、いきなり風が吹いてきた。
風の通り道のようだ。その証拠に雪が少ない。
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徐々に気温が上がってきている気がするが、雪質はまだ良好。乾いている。
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標高1200m付近は比較的緩斜面。
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左手、本社ヶ丸の稜線は送電線が横断している。貴重な展望スポットだった。
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標高1300m付近。積雪は10cmほどになってきた。
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Sさんがずっと先頭で、しかもダマのせいで歩きにくそうなので、交代。
遅ればせながら、私がプチラッセルを買って出た。
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その途端に吹き溜まり。30cm以上の積雪になっていた。
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これをなるべく避けて、最後の急登を100mほど登ると、やっと頂上らしきピークが見えてきた。
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女坂峠を経て八丁山(1580m)へ通じる破線の道との分岐を過ぎると
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頂上はもうすぐそこだ。
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ここでやっと富士山がその雄姿を見せてくれた。お久しぶりです。
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11:25、ようやく大沢山(1460m)に登頂。
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コースタイム(3時間)に20分近く遅れをとった。
これも雪のせいであろう。

山名板は山梨県産材を使用した真新しいものだった。
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別名、女坂山ともいうらしい。

三角点ではなかった。
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頂上の眺望は樹木のせいでそれほど広範囲は見えないが、南西に大きく御坂山塊の黒岳(1793m)が展開していた。
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そして、もちろん富士山。
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この2座を確認したところで、ベンチの雪をよけて腰を下ろす。
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相変わらず素晴らしい天気だ。
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ちょっと早めだが、朝食も早かったので、ここでお昼に。
本日のメニューは、ツナサラダパンともちもちパン(チョコ&カスタード)に豆乳である。
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食後は、全員で記念撮影。ここまでは、みんな元気だったのだが。
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これが地獄の入口とは知らずに、縦走開始。
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看板に引き寄せられて、北の方角へ歩を進める。
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そこには、このように書かれていた。
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「この先は、ハイキングコースではありません。お間違えのないようお気を付けください」
設置者は東京電力パワーグリッド株式会社リニア供給線山梨建設事務所である。
これを見て、設置者が民間企業であることに、もっと不審感を持つべきだったと思ったが後の祭りだった。
私は、この一文を読み、ちょっと紛らわしいなと思っただけだった。
「お間違えのないよう」とは、「気軽なハイキングコースではないのだから、初心者は間違えて入っちゃだめよ」という意味なのか、「気軽なハイキングコースでないので、道迷いしやすいので、道間違いないように慎重に歩いてね」という意味なのか分からん!と。
我々は全員、「ここはハイキングコースではなく熟練者向けの登山道なので気を付けよ」という意味だと解釈してしまったのだ。
実際、そういう看板はよくあるし、この先の登山道は破線になっているので、当然こういう注意喚起があってもおかしくなかったからだ。
しかし、何度も言うが、それは民間企業が言うべきことではない。
それをおかしいと思うべきだったのだ。
加えて、雪で登山道が不明確になっているからこそ、節目節目で地形図をちゃんと確認すべきだったのだ。

我々は何の疑いもなく、急斜面を下り始めた。
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そこには真新しいロープがしっかりと張られていた。
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あの看板は「こんなロープがあるからと言って、ここは登山道じゃないからね」という意味だったということも知らず、「こりゃ猛烈な傾斜だな」と思いながら、慎重に下っていった。このロープこそが登山道の証しであると思いこんで。
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この傾斜では雪が積もっていなくても、かなり滑ったことだろう。
私は6本爪のアイゼンだったので何とか大丈夫だったが、4本の軽アイゼンだったMさんはかなり苦労していた。
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こういう場合、通常ロープに頼りすぎるなと言われるが、ろくな足場がないので、ロープに全面的に頼らざるを得ない。
あまりの斜度にMさんは何度も転倒していた。
その拍子にアイゼンが片足取れてしまったという。
(う、それはまずいな。この先、アイゼンなしで大丈夫だろうか。こんな急坂はここだけだろうけど)
と思った時には、すでに30mほどのロープを3本分くらい下ってきていた。
(一向に傾斜が緩くならないけど、いったいどこまで下るんだ? しかも全く登り返し地点が見えてこなぞ)
ここでやっと不審に思って、スマホの地図ロイドを確認すると、何と登山道とは全く違う尾根を下っているではないか! このまま下ってもどこにも出ない。林道すらない。
これには愕然とした。
標高差で60mほどしか下っていなかったが、あまりの難路に、ここまで頂上から15分ほどかかっている。
大変なロスタイムだ。
「ごめ~ん、道間違えてた」と、まだ少し上にいる二人に大声で謝る。
とにかく戻るしかない。
そうなのか、ここは東電関係者がリニア関係の仕事をするための作業道だったのだ。
やっと気づいた。
自分のミスを棚に上げて言うのは何だが、あの看板の表現では、このロープに誘導されて下る人が続出すると思われる。
「ハイキングコースではありません」という表現を「登山道ではありません」もしくは「工事作業道です」と改めるべきだろう。
それはともかく、ここから引き返すのがまた一苦労だった。
アイゼンを喪失したMさんは足場のグリップが全くきかず、腕力にも乏しいので、登れないのである。
私が持っていたチェーンアイゼンを付けてもらったが、ないよりまし程度であまり役に立たない。
ストックを預かったり、お尻を押したりしながら、頂上に戻るまで、たかだか標高差60mに30分近くかかってしまった。
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おかげで別の山名板も発見できたし、Mさんの外れてしまったアイゼンも発見・回収できたのだが(でも、Mさんはカメラを落としてしまったらしい)、みんなへとへと。
一堂、さっきのベンチにへなへなと座り込んだ。
当然のごとく縦走中止を宣言。もはや時間的にも体力的にも無理。来た道を戻るしかない。
付き合ってくれたお二人には多大なご迷惑をおかけしたのに、二人は「いや、かえって勉強になりました」と言ってくれた。なんていい人なんだ。

あの看板にはみんな文句たらたらであったが、確かに反省させられた。
正規の道を一応確認に行ったが、道標などは何もなく、踏み跡も雪に埋もれて、よく分からなかった。
まあ、道標をあてにするような人間はこんなところに雪の中、来るなということだろう。
神様は「今日は縦走は無理よ」ということを、かなり乱暴なやり方で教えてくれたのかもしれない。
そう解釈することにして、潔く下山を開始した。
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時刻はすでに13時近くになっていた。
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この赤リボンもやけに新しくてクリスマスプレゼントのようだが、東電の方が付けたのかもしれない。
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下りもアイゼンにまとわりつくダマがうるさくて、たまらなかったが、雪の少ないところでアイゼンを木の根に引っ掛けて、足をひねってしまった。
かなり痛かったが、骨折したような感じではないので、とくに動揺しなかったが、もうアイゼンは外すことにした。
さっきのところほどではないが急坂が続くので、スリップがちょっと怖かったが、ひねるより、転ぶ方がケガをしなくて済みそうだ。

午後になってすっかり雪も湿ってしまい、Sさんが歩くと直径30cmくらい雪が一歩一歩足裏にくっついてきて、それを蹴り飛ばしながら進んでいた。
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飛んだ雪塊が斜面を転がって、ロールケーキ状になるのを楽しんでいたようだ。

(つづく)
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大沢山(上)

【2019年2月2日(土)】大沢山
所沢の留守宅に用があり、長男の結婚式(9月)以来5か月ぶりに上京することになった。
この機会に、久々に内地の山に登ることにした。
すぐに浮かんだのが、笹子駅から大沢山(1460m)、大洞山(1404m)などを周回する破線のコースだった。
でも、笹子駅に下りてしまうと山麓酒場ができないので、笹子峠から甲斐大和駅に下ることにした。コースタイムは8時間ちょっと。
まだ日の短い時期だが、朝8時に出発すれば、暗くなる前には下山できるだろう。
笹子峠からは車道を歩くこともできるし。
ただ、不安材料があった。
木曜の夜から金曜の朝にかけ、関東地方に久々の積雪があったのだ。
丹沢では10cmくらい積もったらしい。山梨はどうだろうか。
でも、10cm程度の雪なら、かえって歩きやすいかも、本当は久々に土の上を歩きたかったのになあ、くらいにしか考えていなかった。
認識不足も甚だしかった。

金曜日。退社後、コインロッカーに隠しておいたザックを回収し、札幌駅からJRで新千歳空港に向かう。
ちょっと遅れていた19:05発の快速エアポートに飛び乗った。
通勤時間帯だけに混んでいて、座れたのは北広島から。
空港には20時前に到着して
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荷物を預けた後、いそいそと北海道ラーメン道場へ。
一幻は相変わらずの行列だったが、閉店間際の店も多かったようで、他はわりと空いていた。
私は「けやき」を選択した。シンプルに味噌ラーメン。870円也。
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私の好きなタイプの「味噌」だった。

搭乗した飛行機は21:00発のSKY730便羽田行き。
予約時に座席指定を忘れていたようで、真ん中の席になってしまった。
でも、比較的よく眠れた。
めずらしく定刻通りに羽田空港に着陸。想定していた京急久里浜行きに乗れた。
この日は出発が遅くて所沢まで帰るのがしんどそうだったので、川崎駅前に宿を取ってある。
京急川崎駅にはたった16分で着いてしまった。
あすの朝食と昼食、それに飲み物をコンビニで調達して、お目当ての「ホテル&ホステル オンザマークス」には23時半過ぎに到着した。
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ここは個室もあるが、私はケチってカプセルにした。1泊3000円。
皆さん、もう寝静まっているので、なるべく静かに明日の用意などして、0時すぎに消灯。
夜中に戻ってきた客ががさごそしていたので、なかなか寝付けなかったが、それでもいつの間にか寝てしまったようだ。
布団や枕は快適だった。

翌朝は4:50の目覚ましで起床。4時間近くは眠れたような気がする。
すぐに荷物を抱えて、音を立てても迷惑にならない場所まで移動。
パッキングをし直して、歯を磨き、5:15にチェックアウトした。
笹子駅へは、南武線に乗って立川まで行き、そこから中央線で高尾へ。
高尾から甲府行きに乗り継いで、2時間半近くもかかる。意外に遠いわ。
もちろん、まだ真っ暗だが、JR川崎駅にはすぐに着いた。
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こちらは駅東口の仲見世通。
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JRの川崎駅が橋上駅となったのは1988年のことだが、その後も何度も改装されているようで、かなり新しい雰囲気である。
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5:31発の立川行きに乗車。
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ロングシートなので、ちょっと恥ずかしいが、車内で朝食を済ます。
昨夜コンビニで買った五目いなりとオムライス風のおにぎり。
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高尾駅では乗り継ぎ時間が18分もあったが、わりと早く入線してくれたので助かった。
車内はガラガラである。
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ここで今日ともに登る、高校の同級生MさんとSさんと合流。
楽しくおしゃべりをしながら、電車に揺られること約50分。

定刻通り7:57に笹子駅に到着した。
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乗ってきた甲府行きを見送って、まずはトイレ。
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待合室でストレッチをして、8時すぎにダウンを着たまま出発。
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しばらくは車道歩き。路面には前日に降った雪がまだ残っている。
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これは山にもそれなりに雪がありそうだ。
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国道20号はさすがに交通量があり、ちょっと怖い。
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しかし、関東の冬ならではの快晴となった。
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この道を歩くのは2012年12月以来なので6年ぶりだ。
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忘れていたが、こんなユニークなお地蔵様にもお会いした記録が残っていた。
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となりにあった手書きの説明板によれば「黒埜宿(黒野田宿)の笠懸地蔵」というらしい。
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安政二年(1856年)の刻銘があるが、「由来に就ては今も詳ならず」とある。
重い年貢に苦しんだ人々の慰みとして建立したものだろうと推測していた。

黒野田宿本陣・天野屋前に明治天皇行在所跡の碑。
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明治天皇は明治13年(1880年)の山梨・三重・京都巡幸の折、6月18日に天野屋に宿泊したそうである。

ゆるやかにカーブを描いた旧黒野田橋を渡る。
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昭和10年(1935年)に竣工した石橋である。
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なかなか貫禄のある親柱だ。
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笹子川を渡るJR中央本線の鉄橋。
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橋を渡ると、国道をはさんで向かい側に普明禅院。
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東京から107km地点を通過すると
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中央線は笹子隧道へと吸い込まれていった。
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打ち捨てられていたミニスポーツカー。
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だんだん傾斜が出てきた。
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屋影橋で再び笹子川を渡る。
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看板が取り外されているが、この建物が旧笹子鉱泉。2005年に廃業したらしい。
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その前にある石碑群。
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向かいには、笹子鉱泉と経営が同じとみられる「大衆食堂しらかば」。営業中だった。
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鉱泉は止めて、食堂一本に絞ったのだろうが、この店構えでは常連のお客さんしか来ないだろう。
もう高齢化して体も動かないから、それでもいいということなのかもしれない。

8:30、本社ヶ丸への分岐を左折。
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左折すると、すぐに道が二手に分かれている。
地図と照合しにくい場所であったが、Sさんの判断で左へ。
すると、登山口にあたる奥野稲荷神社が間もなく現れた。
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ここで装備を整え、安全祈願をしていく。
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まずはお清め。
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そして参拝。賽銭は小銭6円だけ。10円玉がなかったので、すいません。
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境内からしてすでに真っ白なので、私はここでチェーンを装着。
汗をかきそうなので、ダウンはゴアに着替えた。
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登山道は拝殿と神楽殿の間を入っていくようだ。
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本殿は立派な覆い屋で守られていた。
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これが道標なのだが、ほとんど読めない。
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神社裏からいきなりの急登である。
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笹子駅が標高600m。ここが670mだから、あと800m近く登ることになる。

積雪は1~2cmほどだ。
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イノシシの糞を発見。
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嫌いだった杉の植林だが、なんだか懐かしい。
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神社から15分ほどで、最初の鉄塔の下を通過。ここで標高は760mほど。
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林業の作業に使われていたと思われるケーブルが廃棄されていた。
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鉄塔を過ぎると、しばらくは緩斜面。
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右手には木々の向こうに笹子雁ヶ腹摺山(1358m)らしき山が見えてきた。
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展望にはあまり恵まれないが、今のところは気持ちのいい稜線歩きである。
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チェーンを履いていると、雪がダマになって靴底にへばりつき、実はかなり歩きにくい。
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899m標高点を通過。
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山座同定不能。
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積雪が3cmくらいになった。
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899m標高点からは若干下る。
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そして再び登りに。
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9時半過ぎに、展望のよい鉄塔の下にたどり着いた。
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(つづく)
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