FC2ブログ

山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

奥手稲山(下)

【2019年1月27日(日)】奥手稲山
歩き始めてから3時間15分ほどで、奥手稲山(949m)に登頂した。
CIMG4377_20190131063143cba.jpg

肉眼では石狩湾が見えたのだが、写真ではよく分からない。
CIMG4372_201901310631376fb.jpg

頂上の樹木はダケカンバたち。
CIMG4373_201901310631387f3.jpg

樹氷が見事だ。
CIMG4374_20190131063140525.jpg

さすがに頂上は風が強いのだろう。
CIMG4375_20190131063141f91.jpg

そんな木々の中にコアラを発見!
CIMG4378_201901310631147e1.jpg

まずは記念撮影。寒さでリモコンがうまく動かず、何度もトライした。
received_2248422048749957.jpg

一段落したところで、食事の準備。
DSC_5875_201901310628027f9.jpg

今日はカップ飯の「謎肉丼」なので、完成を待つ間、熱いココアで温まる。
DSC_5873_20190131062832399.jpg

熱湯5分のところ7分待って、開封。相変わらず、卵まぜご飯のようだった。
DSC_5874_20190131062834b6f.jpg

Hくんの昼食はカップ麺とパン。
DSC_5876_20190131062803918.jpg

食べ終わる頃にはガスが晴れたので撮影再開。手稲の街並みを見下ろす。
CIMG4379_20190131063115486.jpg

すぐ東にある920mピーク。
CIMG4380_2019013106311708c.jpg

サッポロテイネスキー場の観覧車も見えた。
CIMG4381_20190131063118b94.jpg

肝心の手稲山(1023m)は木の陰なのかガスのせいなのか、確認することができなかった。
CIMG4383_20190131063052b07.jpg

でも、頂上付近は本当に美しい雪原だった。
CIMG4382_20190131063120210.jpg

樹氷が宝石のようだ。
CIMG4384_20190131063053661.jpg

30分ちょっとの滞在で下山開始。寒くなってきたので厚手の手袋をはいた。
CIMG4385_201901310630550ac.jpg
現在、12時を過ぎたところなので、目標は14時半だ。

しばらく進むと正面に、O君の職場、札幌国際スキー場が見えてきた。
小さな声で「O平~!」と叫んだ。
CIMG4386_201901310630567d2.jpg

登りの時に発見した「馬のいななき」。
CIMG4387_201901310630581bb.jpg

頭でっかち。妖怪のようだ。
CIMG4388_201901310630296bd.jpg

頂上から20数分で784m標高点を通過。
CIMG4389_201901310630313c1.jpg

登りでは45分ほどかかっているので倍のスピードだ。下りはやはり速い。
CIMG4390_20190131063032c04.jpg

我々の残したトレースのおかげもあるだろう。
CIMG4391_20190131063034dfc.jpg

それにしても、木々に雪がまゆ玉のように付着するのはなしてなのだろう。
CIMG4392_2019013106303623a.jpg

立派な枝ぶりのダケカンバ。
CIMG4393_20190131063004db6.jpg

左手につげ山(935m)。
CIMG4394_20190131063005e9d.jpg

林道への合流は往路とは違うルートをとる。完全ピストン回避だ。
途中で自分たちのトレースを離れ、ガイドブック推奨の取り付き点を目指す。
しばらくはうっすらしたトレースをたどれたのだが、トラバース状になったところで見失ってしまったので、かなりの急斜面だったが、手前で下ってしまうことにした。
どこから下っても林道にぶつかることは間違いないのだ。
樹林帯なので、雪崩の心配もない。
もっとも急なところで尻セードを試みたが、あまりに雪が深く、こがないと進まなかった。
CIMG4395_201901310630072d7.jpg
林道に出たのは13時前。この調子なら意外に早くゴールできそうだ。

間近を奥手稲の沢川が流れる。
CIMG4396_20190131063008c9a.jpg
CIMG4397_20190131063010a74.jpg

間もなく取り付き点に到着。
CIMG4398_20190131062939897.jpg

スキーが下った跡があるということは、見えはしなくても登りトレースもあるのだと素直に考えればよかったのだが、まあ結果オーライだ。
CIMG4399_20190131062941241.jpg

ピンクテープがあることも分かっていたのだが、あまり信用できなかった。
CIMG4400_20190131062942ea4.jpg

まあ、振り返ってみれば、ここが最も緩斜面になっており、取り付きに適した場所であることは間違いない。
CIMG4401_2019013106294498f.jpg

さて、あとは延々、林道を戻るだけである。
CIMG4402_20190131062945ac6.jpg

途中、落石ならぬ落雪が。
CIMG4403_20190131062915fbe.jpg
我々が往路に歩いたトレースの上にあったので、この3時間半の間に落ちてきたものだ。
踏んでみたら、かなり固かった。
避けきれなかったら、ケガをしていたかもしれない。
雪崩はなくても、落雪があるなんて、やはり雪山は油断ならない。

それにしてもめったに零度以上にならない山の中で川が流れているというのは、とても不思議だ。
CIMG4404_20190131062917def.jpg
流れているから凍りにくいというのは分かるが、すべての水がしみ出し口で凍ったら、流れにはならないはずだ。

つげ山への分岐を通過。
CIMG4405_20190131062918ef5.jpg

おそらく、つげ山に登った方々はすでに下山していることだろう。
トレースがさらに整っているので。実際、登山口の車はいなくなっていた。
CIMG4409_2019013106285378a.jpg

トドマツ地帯まで戻ってきた。
CIMG4406_20190131062920970.jpg

こんなに整った姿を見ると、飾りを付けてクリスマスツリーにしたくなってしまう。
CIMG4407_20190131062921724.jpg

正面に見えてきたのは、股下山(820m)ではなく、その西にある1020mピーク。
CIMG4408_20190131062852ab4.jpg

その左奥に見えてきたのは白井岳(1301m)ではなく、その西にある1209m標高点のある山であろう。
CIMG4410_20190131062855726.jpg

山の形を地形図と照らし合わせて、そう判断したが、間違っているかもしれない。
CIMG4411_2019013106285631a.jpg

13:45頃、春香山に通じる林道と合流。
CIMG4412_20190131062858872.jpg
春香山方面にはスノーモービルのわだちが新たできていた。
山頂で聞こえたモービルの音は、手稲からの林道を登ってきたものだと思っていたら、春香山方面から入ったようだ。

そのわだちをたどって、最後の林道歩き。
CIMG4413_20190131062828057.jpg

登山口近くで、モービルが集結していた。10台くらいあった。きっと彼らなのだろう。
CIMG4414_20190131062829834.jpg

というわけで、14時前にゴールイン。
CIMG4415_20190131062831466.jpg
往復10kmを超えるロングランとなった。
いやいや、お疲れ様でした。
ラッセルも長かったし、いい運動になった。

では、定山渓温泉へ。前回、新しい施設が未完成で入れなかった「ふる川」に向かう。
DSC_5877_2019013106280503d.jpg
しかし、日帰り入浴は15時までと言われ断念。
あと30分しかないので、ちょっと慌ただしい。
受付の人も「1500円かかるので、15時に出ていただくのは心苦しい」と言ってくれた。
15時終了だと山の帰りに寄るのはなかなか難しいが、やむを得ない。
またの機会を期すことにして、別のところを探す。
気になっていた「悠久の宿 白糸」に電話をしてみたら、午後2時で受付を終了しているとのことで、ここもNG。

Hくんが温泉ガイドで探してくれたら、鹿の湯が820円で夜までやっているというので、そこに行くことにした。
DSC_5878_20190131062806f03.jpg

一度来たことがある宿だが、わりと気に入っているので異存はない。
DSC_5879_20190131062808e9f.jpg

ここは、まず大階段を下りていくのが特徴だ。
DSC_5880_20190131062738efe.jpg

軽くかけ湯をして露天風呂へ。ここからは豊平川の雪景色を眺めることができる。
DSC_5881_20190131062739107.jpg

意外に人も少なく、のんびり雪見風呂としゃれこんだ。
DSC_5883_20190131062741474.jpg

ここの源泉は75.6℃もあるという。
DSC_5884_2019013106274292e.jpg

浴室に掲げられていた説明板によると、「鹿の湯」の名は、初代北海道庁長官の岩村通俊の命名で、当初は「鹿の湯寒翠閣」と呼ばれたらしい。
DSC_5886_20190131062744aa9.jpg
温泉宿として開業したのは明治30年を過ぎてからで、源泉は今でもこの大浴場の地下にあるという。
体を洗った後は、内湯でもう一度、体を温めた。

はあ、いい湯だった。
DSC_5887_201901310627147f3.jpg

帰りはコンビニに寄って、Hくんはノンアルビール。
私は「でっかいバニラモナカ」を購入。
DSC_5888_20190131062716871.jpg

風呂上がりのアイスは最高だ。
DSC_5889_2019013106271722a.jpg
帰りも、楽しくおしゃべりをしながら自宅に送ってもらった。
帰宅は16時半前だった。
結局、後発の人はおらず独占できた奥手稲山だった。

【行程】2019年1月27日
春香小屋(8:13)~奥手稲沢分岐(8:22)~つげ山分岐(8:51)~標高610m地点(9:15休憩9:20)~奥手稲山分岐(9:48)~784m標高点(10:46)~奥手稲山(11:32撮影・昼食12:07)~784m地点(12:30)~林道(12:54)~奥手稲分岐(13:43)~春香小屋(13:51)
※所要時間:5時間38分(歩行時間:4時間50分)
※登った山:1座(奥手稲山)
※歩行距離:10.5km
※累積標高差:約460m
スポンサーサイト



このページのトップへ

奥手稲山(上)

【2019年1月27日(日)】奥手稲山
1月最後の日曜日。この日はIさんのツアーで奥芦別の烏帽子岳(758m)に行くつもりだった。
でも、前の週の月曜日に申し込んだのに、なかなか返事が来ない。
金曜日にもう一度確認のメールをしたら、あいにく満員とのこと。
だったら、自分の車で行くので現地で合流させてくれないかと食い下がってみたら、今度は中止にしたとの返信が。
なんと、雪道で転倒し、肋骨を骨折したというのだ。
今朝、家の雪かきをしてみて、「大丈夫」と一旦は思ったが、ここ数日の降雪を考えると、ラッセルがきついので、「やはり無理」と判断したとのこと。
いや、それはラッセル以前の問題でしょ!
日常生活には支障はないようではあるが、早く治していただいて、またいろいろと連れていってほしい。

というわけで計画の練り直し。
高校の同級生H君もこのツアーに参加予定だったので、二人でどこかに行くかということになった。
奥手稲山(949m)を提案したら、了解の返事があったので行き先は決定。
当日は朝7時に自宅へ迎えに来てもらった。
車中でIさんのことをあれこれ話しながら、登山口にあたる春香小屋へ。
朝食(パン)も車の中で済ませた。

春香小屋に到着したのは8時過ぎ。
CIMG4319_20190130062139a46.jpg
わりと広い駐車スペースがあり、すでに2台停まっていたが、余裕で停めることができた。
2台のうち、1台には屋根に15cmほど雪が積もっていた。
土曜日から山に入っているのだろう。
奥手稲山のふもとにある「山の家」に泊まっているならトレースがあるはず。
でも、春香山直下の「銀嶺荘」かもしれない。
いずれにしろ車が2台あるということで、スタート地点にはしっかりトレースがあった。
これがどの山に続いているかが問題だ。

スノーシューを装着して、8:15頃出発。
CIMG4321_20190130062142260.jpg

積雪は小屋の屋根で見るだけでも1.5mはある。
CIMG4320_20190130062140245.jpg
路面もそのくらい高くなっていた。
とてもラッセルして登山届を出しに行く気にはなれず、今回はスルーさせていただいた。
すいません。

すぐに最初の橋を渡る。
CIMG4322_20190130062143bbb.jpg

小樽内川である。
CIMG4323_20190130062145bde.jpg

トレースはわりとしっかりしている。おそらく土曜日にも複数の人が入ったのだろう。
CIMG4324_201901300621156be.jpg

この道は、夏に春香山に登った時にも歩いているが、当然ながら全然景色が違う。
CIMG4325_20190130062117360.jpg

10分かからずに奥手稲山への分岐に到着。
CIMG4326_20190130062119d0a.jpg

トレースは奥手稲山方面に続いていたので、二人で歓喜する。
CIMG4328_20190130062122996.jpg
これでフルラッセルはどうやら避けられそうだ。
すでに体が温まったので、ここでダウンをゴアに着替えた。

ちなみに、ここはつげ山(935m)への分岐でもある。
CIMG4327_20190130062120b29.jpg

奥手稲の沢川という妙な名称の川に沿った林道を進む。
CIMG4329_2019013006205477f.jpg

大きなトドマツの間を縫っていく。
CIMG4330_20190130062055b08.jpg

春香小屋の標高が約505mなので、今日の標高差は440mほど。
CIMG4331_201901300620570cf.jpg

約3kmの林道で標高差150mほど稼ぐ形になる。
CIMG4332_20190130062058a66.jpg

分岐からちょうど30分歩いたところで、トレースが沢の方に下りている。
CIMG4333_20190130062100cb1.jpg
H君はそのまま進もうとしたが、ちょっと待て!
なぜ、ここで沢を渡るのか。
地図を確認してみたら、これは明らかにつげ山に向かうトレースだ。

林道は真っすぐ続いており、今日のトレースはない。
CIMG4334_201901300620319cd.jpg
なんと、先行者の目的地は奥手稲山ではなく、つげ山だったのだ。
思わず、「奥手稲止めて、つげ山にする?」と、ひよった発言が出てしまった。
「いやあ、つげ山は今度、Yさんのツアーで行くからなあ」とHくん。
ならば、奥手稲に行くしかない。

幸い、雪に埋もれかけてはいるが、トレースはある。
CIMG4335_20190130062032302.jpg

交代でラッセルをしながら前進することにした。
CIMG4336_2019013006203498a.jpg

そのうち、陽が射してきた。
CIMG4337_20190130062035b51.jpg

登山口から1時間ほど歩いたところで小休止。
CIMG4338_20190130062037670.jpg

新雪で比較的雪が軽いし、傾斜もほとんどないので、今のところラッセルはそれほど気にならない。
CIMG4339_20190130062007443.jpg
深さも10cmほどだし、踏みしめるとぎゅっぎゅっといい音がして気持ちいい。

だんだん青空も広がってきた。
CIMG4340_201901300620088cf.jpg

しかし、林道はかなり長い。すでに2.5kmほど歩いている。
CIMG4343_20190130062010888.jpg

「←奥手稲山」の標識があったが、これはあまり意味がない。
CIMG4344_20190130062011b6a.jpg
これをここに付けるなら、さっきのところに「←つげ山」を設けた方がいい。
一応、ピンクテープの目印はあったけど。

さて、そろそろ取り付き点のはず。
CIMG4345_201901300620130a7.jpg
ピンクテープをくくり付けた、それらしき場所はあった。
スキーで下りてきている跡も見える。
しかし、登っていったトレースが見当たらない。
私が地図で見た印象でも、もう少し先のような気がする。
Hくんも「ブログに、手前のピンクテープにだまされたって記事があったよ」と言うので、もう少し先まで行ってみることにした。

でも、左側の斜面は急になるばかりで、取り付きやすい緩斜面がなかなか出てこない。
CIMG4346_20190130061940bec.jpg

ああ、やっぱりさっきの所だったんだなと思っていた矢先に、地形図にある分岐が現れた。
左が「奥手稲山」という標識が出ている。
CIMG4347_20190130061942e09.jpg

しかし、ここはとてつもない急斜面である。
ガイドブックが取り付き地点をここにしていない理由がよく分かる。
一歩一歩足場を作りながら登っていくのに必死である。
CIMG4348_20190130061944f83.jpg

雪の深さはひざ上まである。
CIMG4349_2019013006194527e.jpg
奥手稲山2kmの標識を撮影することができたのは意味があったが、これとてさっきの取り付き点に設置すべきだろう。

少しだけ傾斜が落ち着いたところで小休止。冷たいアクエリアスをぐびぐび飲む。
CIMG4350_2019013006194729b.jpg
息が上がってたまらない。
かなりのエネルギーを使ったが、さっきの分岐からまだ100mも進んでいない。
いったい、2km進むのに何時間かかるのか。
現在の時刻は10時。
時間切れで引き返すことも考えなければならない。
Hくんと相談して、午後1時半になっても頂上に着かない場合は引き返すことにした。
100歩くらいずつでラッセル交代を繰り返しているうちに、だいぶ斜度がゆるんできた。
どうやら標高差60mの急斜面はクリアできたようだ。
そして、尾根方面にさらに進むと、さっきの取り付き点から登ったと思われる古いトレースと合流した。
これで道も分かりやすいし、ラッセルも多少は楽になるだろう。
安堵した瞬間だった。これでおそらく時間切れになることはあるまい。

右手には木々を透かして896mピークが見えていた。
CIMG4351_2019013006191779c.jpg

フルラッセルを回避できたとは言え、ラッセルであることには変わりはない。
CIMG4352_20190130061918232.jpg

もも上げ運動は続く。明日は筋肉痛になりそうだ。実際はならなかったけど。
CIMG4353_2019013006192070e.jpg

巨木にナマズのような雪が積もっていた。
CIMG4354_201901300619213b1.jpg

標高770mを超えたあたりで、ほとんど平坦になった。
CIMG4355_20190130061923d93.jpg

そうすると、いたずらをする余裕が出てくる。
CIMG4356_20190130061851563.jpg

Hくんもめずらしくお絵描き。
CIMG4357_20190130061852018.jpg

これが彼の作品だ。
CIMG4358_201901300618547f2.jpg

間もなく784m標高点を通過。後発の人がいたら、目安にしてほしい。
CIMG4359_2019013006185543c.jpg

トレースは時々、消えてしまうが、すぐに姿を現す。その繰り返しだった。
CIMG4360_20190130061857251.jpg

風が吹くと、木に積もった雪が落ちてきて「冬のソナタ」状態。
CIMG4361_20190130061828803.jpg

陽が射すと本当に美しかった。
CIMG4362_20190130061829fae.jpg

霧氷がキラキラしている。
CIMG4363_2019013006183158c.jpg

青が濃いと実に神秘的だ。
DSC_5870_20190130061747d95.jpg
CIMG4367_201901300618066c5.jpg

雪が巻き付いているような木もある。
CIMG4364_201901300618327d1.jpg

それぞれスノーモンスターになる前段階というような感じだった。
CIMG4365_201901300618349f0.jpg

再び、傾斜が徐々に増していく。
CIMG4366_20190130061804b46.jpg

ウルトラセブンのワイアール星人を発見。
CIMG4368_20190130061807d1b.jpg

標高850m付近、3時間歩いてきたところで休憩。アクエリアスで水分を補給した。
CIMG4370_20190130061810f29.jpg

こいつはNHK「ダーウィンが来た!」のヒゲじい。
CIMG4371_20190130061744045.jpg

とかやっているうちに11時半すぎ、意外に早く頂上にたどり着いた。
CIMG4376_2019013006174784c.jpg

(つづく)
このページのトップへ

長官山(下)

【2019年1月26日(土)】長官山
長官山(254m)の頂上から、伏見墓苑方面に下っている。
CIMG4296_20190129062754b78.jpg

こちらにも登ってきた人のトレースがあった。
CIMG4298_20190129062757e69.jpg

アオダモ。
CIMG4297_20190129062756018.jpg

これはミズキ。
CIMG4299_20190129062759440.jpg

途中、電話がかかってきて10分弱、停滞した。
CIMG4300_201901290628002fc.jpg

173m標高点の手前でトレースから左に逸れて、南西方向に延びる尾根をたどる。
こちらは伏見墓苑に向かう道とは別だと思っていたのに、この標識が現れて驚いた。
CIMG4301_20190129062731f5a.jpg

しかし、墓苑への道はこの先二つに分かれる尾根の右側の方を行くようで、私はトラバース気味に左へと進んだ。
本当は左側の尾根伝いに歩きたかったのだが、ひどい倒木で迂回せざるを得なかった。
CIMG4302_20190129062732b3b.jpg

こんなに尾根から離れると戻るのも面倒だし、このまま谷に下りた方が馬追温泉には近いので、引き続きトラバースを続けた。
CIMG4303_20190129062734ee7.jpg

もちろん、トレースは全くないので、地図を見ながら、ルートファインディングを繰り返す。
すると、作業道らしきテラス状の地形が現れた。
多分、これは温泉に通じる道なのだろう。ありがたい。
と思ったのも束の間、何度も倒木に行く手を阻まれる。
CIMG4304_201901290627354fc.jpg
幹だけなら乗り越えれば済むのだが、枝に雪が積もっている場合は踏み抜く恐れがあるので要注意だ。
踏み抜いて、複雑な枝にスノーシューが絡まったら、脱出不能になりかねない。

それにしても、木と雪の関係は面白い。
CIMG4305_2019012906273727e.jpg
どうして、こんな雪の付き方をするのだろう。

キツネも作業道を歩いている。
CIMG4306_20190129062707198.jpg

彼はこの下をくぐったようだが、私はそういうわけにはいかない。
CIMG4307_201901290627085ba.jpg

枝に体重をかけ過ぎず、何とかクリアした。
CIMG4308_20190129062710a79.jpg

引き続き、作業道を進む。
CIMG4309_20190129062711a17.jpg

時折、木の上に積もった雪がササーっという音を立てて落ちてくる。
そういうのを何度も見たが、直接被害に遭ったことはなかった。
CIMG4310_201901290627135bd.jpg

173m標高点から20分ほどで、馬追温泉が見えてきた。
CIMG4311_201901290626416d7.jpg

なぜか作業道が不明瞭になってしまったので、ここで一気に谷に下りる。
CIMG4312_20190129062643913.jpg

砂防ダムがあったので右側から越えようとしたら、ダムの先はしっかりとした沢になっており、これを渡らないといけない状況だったので引き返し、左側から越え直した。
CIMG4313_20190129062644931.jpg

すると、馬追温泉の真裏に出た。
CIMG4314_20190129062646f1f.jpg

それにしても一度入ってみたかったなあ。
CIMG4315_20190129062648e11.jpg

浴室の屋根から大きなつららが下がっていた。
CIMG4316_201901290626176c7.jpg

地面には野ウサギの足跡。
CIMG4317_20190129062619fc8.jpg

馬追温泉旅館はやはり「閉館」である。
DSC_5843_20190129062622cb2.jpg

というわけで、車まで戻ってきた。
CIMG4318_20190129062620c6e.jpg
1時間半ちょっとのスノーハイキングだった。
時刻はもう14時になってしまった。

お昼を食べなければ。車の中で「由仁町 ランチ」で検索し、ちょっと離れているが、ファーム大塚直営のキッチンファームヤードが良さげなので、ここに行くことにした。
15分ほどで到着。
DSC_5844_201901290626230a6.jpg

このあたりは縄文時代の遺跡(西三川遺跡群)だそうだ。
DSC_5845_20190129062553310.jpg

ここがそのキッチンファームヤード。1階がカフェ、2階がレストランになっている。
DSC_5846_2019012906255427b.jpg

冬でも午後6時まで営業しているみたいだ。
DSC_5847_2019012906353629e.jpg

中2階はおしゃれな待合コーナー。
DSC_5849_20190129062559335.jpg

いろんな、かわいらしい小物が売られていた。
DSC_5848_20190129062557355.jpg

こちらは一人なので、窓を目の前にしたカウンターに陣取った。実にいい眺めだ。
DSC_5850_201901290625290f3.jpg

店内も木を基調とした落ち着いた雰囲気だ。
DSC_5852_2019012906253206d.jpg

オフシーズンで、しかもランチにはちょっと遅い時間なのに4組くらいのお客さんがいた。かなり人気の店のようだ。
DSC_5851_20190129062530859.jpg

スープスパイス(スープカレー)にそそられたが、ちょっと高めだし、先週食べたばかりなので、この農園アラカルトというメニューにした。
DSC_5855_2019012906253485d.jpg

蒸かしたインカの目覚め、長芋のグラタン、コロッケ、そしてクラッカーに包んだ野菜サラダのワンプレートである。
DSC_5854_20190129062533170.jpg
どれも上品なお味で満足。一見、ちょっと足りないかなと思ったけど、十分な量があった。

帰りに1階のカフェでスイーツを買い、20周年記念の粗品ということでななつぼしの小パックをいただいた。
DSC_5891_201901290624459bd.jpg

さて、ではお風呂に参りましょう。
今日は「ユンニの湯」である。
DSC_5856_20190129062502ea4.jpg

源泉の名は地名をとって伏見温泉という。
DSC_5857_201901290625034b9.jpg

泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉(弱アルカリ性低張性冷鉱泉)である。
DSC_5858_20190129062505a71.jpg

広大な駐車場が満杯だっただけに、人出も多いのだろう。
店頭で焼き鳥を販売していた。
DSC_5859_20190129062506d44.jpg

源泉の温度は21.2℃。ph値は8.4だそうだ。
DSC_5860_20190129062508121.jpg

いざ出陣。
DSC_5861_20190129062439215.jpg

人が多くてとても撮影は無理だったので、HPからの写真でご容赦を。
まずは内湯で温まる。褐色に濁ったモール温泉である。
ph_spa_slide04_pc.jpg

露天風呂も広くて、なかなかよかった。
ph_spa_slide02_pc.jpg

気持ちのいいお風呂でした。
DSC_5867_20190129062442ad1.jpg

ここから自宅までは約1時間半。
猛烈な眠気を何とか振り切って18時前に帰宅した。
晩飯は近くにある「風月」でオム焼きそばと豚玉を注文。
DSC_5869_20190129062443a9a.jpg
運動量の割にかなりボリュームだったので、きっと太ってしまっただろう。
でも、遅く出発したわりには盛りだくさんの充実した1日になった。

【行程】2019年1月26日
馬追温泉(12:20)~700m地点(12:43)~1100m地点(12:54)~長官山(13:07撮影13:13)~標高185m地点(13:20電話13:28)~馬追温泉(13:58)
※所要時間:1時間38分(歩行時間:1時間22分)
※登った山:1座(長官山)
※歩行距離:3.0km
※累積標高差:約200m

このページのトップへ

長官山(上)

【2019年1月26日(土)】長官山
前夜遅くまで飲んで、床に入ったのが午前1時。
翌日のことなど何も考えずに沈没してしまった。
目が覚めたら、なんと8:40。
ここ数年では最大級の寝坊になってしまった。
しかし、カーテンを開けると、真冬にはめずらしい快晴。
これは出かけないわけにはいかない。
でも、すでにこんな時間だし、何の準備もしていない。
これから出かけても、すぐ登頂できる手軽な山ということで思い付いたのが、馬追丘陵の長官山(254m)。
登山口は以前、仕事で長沼町を訪ねたときに確認済みなので、あれこれ調べる必要もない。
というわけで行き先は決定。
朝飯を食べたり何だりしている間に、出発は11時になってしまった。
スマホのナビによる登山口への到着予定時刻は12:10。
お昼をどうするか。
コンビニでパンを買っていく手もあるが、朝食も遅かったし、下山してから食べても遅くはあるまい。
だったら、お風呂に行く予定の由仁町で、どっかいいところを後で探すということにして、登山口へ直行した。

長沼の市街地を抜けると、馬追丘陵が近づいてきた。
DSC_5830_2019012808430843b.jpg

しかし、どれが目指す長官山なのか、よく分からない。
DSC_5833_20190128084205dc1.jpg

これは長官山の南にある瀞台(しずかだい、273m)のような気がする。
DSC_5831_20190128084309051.jpg

こちらは同定不能。
DSC_5832_20190128084203b32.jpg

たぶん、鉄塔の右にある高まりが長官山だろう。
DSC_5834_20190128084206b70.jpg

正面は、おそらく地形図に「馬追山」と山域の名称が書かれている標高225mほどのピークだと思われる。
DSC_5835_20190128084208774.jpg

ほぼナビの予測通り、登山口の馬追温泉に到着。
CIMG4242_20190128084732c6b.jpg

2台分しかない駐車スペースはすでに埋まっていたので、道路わきに停める。
さすがに今日は、雪は降らないだろうから、除雪車は通らないだろう。
トレースはしっかりあるので、これはツボ足でも大丈夫かな?と思い、スノーシューを背負って12:20に出発。
CIMG4243_20190128084734aa0.jpg
しかし、歩き始めたら、やはり沈んで歩きにくいので、すぐにスノーシューを装着した。
やはり、靴で踏み固められたトレースでない限り、ツボ足は無理だ。

左手に馬追温泉。昨年10月いっぱいで閉館してしまったが、玄関先が除雪されているということは、まだ館主の方はお住まいのようだ。
CIMG4244_20190128084735b45.jpg

木造の小屋には50cmほど雪が積もっている。
CIMG4245_20190128084737c56.jpg

それほど雪は深くないのかなと思ったら、奥の廃車には1mくらい積もっていた。
CIMG4247_20190128084738928.jpg

小屋のすぐ先が遊歩道の入口。
CIMG4248.jpg

そこに長沼町が設置した看板があったが、長官山への道なのに、瀞台への距離ばかり書かれている。
CIMG4249_20190128084657d0c.jpg
ちなみに「瀞」とは川の水が深くて流れが静かな所を指し、ふつう「とろ」と読む。
紀伊半島北山川の瀞峡(どろきょう)がこの字を使った地名としては有名だ。
しかし、ここでは「しずか」と読ませているようだ。
ちょっと不思議だったので調べてみた。
瀞台は一等三角点のピークで、全国に48か所設置された天測点のうち第1号がある山でもあるらしい。
山名は、札幌農学校1期生で北海道庁技師だった内田瀞が1886年(明治19年)にこの山に登り、入植地区選定を行ったという業績を讃えて「瀞」台としたのだという。
この内田さんの名前の読みが「しずか」だったら、それで問題解決のはずだが、実は「きよし」なのである。
ここからは想像になるが、当初は「きよしだい」と呼んでいたのかもしれない。
その後、「静」という字に似ているものだから、その字に引きずられて「しずかだい」と呼ばれるようになったのではないか。
「瀞」の字は難しいので、正しい読み方である「とろ」は普及しなかったのかもしれない。

おっと、長官山が目的なのに、つい話がそれてしまった。
長官山の由来も似たようなものなのだが、それは山頂までのお楽しみ。
小さな橋を渡って、トレースに沿って進んでいく。
CIMG4250.jpg

1987年に長沼町開基100年を記念して、マオイ文学台から馬追温泉までの遊歩道に100本のナナカマドを植樹したそうだ。
CIMG4251_20190128084659342.jpg

秋には真っ赤に染まることだろう。
CIMG4252_20190128084701096.jpg

15分ほど、ほぼ平坦な道を歩いてきたが、ここから急な登りとなる。
CIMG4253_20190128084631b5a.jpg

途中、「危険木」と判定された木には「上方注意」ということで、目の高さにピンクテープが張られていた。
その度に、リンボーダンスをしなければならず、非常に面倒だった。
CIMG4254_2019012808463283f.jpg

道はどんどん急になっていく。
CIMG4255_20190128084634887.jpg

あそこが頂上かなと思ったら、まだ800mも先だった。
CIMG4256_20190128084635909.jpg

山内には、樹木の名称表示が多く、とても親切だった。
CIMG4257_20190128084637e06.jpg
ナナカマドってバラ科だったんだ。

またしてもリンボーダンス。
CIMG4258_201901280846078e1.jpg

一瞬だけ開けた展望。夕張山地だ。
CIMG4259_201901280846097d4.jpg

この山も倒木がひどい。
CIMG4260_20190128084610ef8.jpg

胆振東部地震の前日に襲った台風の仕業だろうか。
CIMG4261_20190128084612e6d.jpg

トドマツの幹はブナに似ている気がする。
CIMG4262_2019012808461364e.jpg

メイゲツカエデ。葉っぱがないと全然分からない。
CIMG4263_20190128084539afd.jpg

この木は何だか分からないが、見事な枝っぷりだ。
CIMG4264_20190128084541c6f.jpg

1100mほど歩いてきた。あと400mだ。
CIMG4265_2019012808454272d.jpg

頂上はそろそろのはずだ。
CIMG4266_20190128084544dcf.jpg

ウダイカンバなんて初めて聞いた。
CIMG4267_20190128084545c6c.jpg

道は頂上を巻くようにトラバースしていくが
CIMG4268_20190128084515687.jpg

私はトレースを無視して、ここは直登。
CIMG4269_20190128084516042.jpg

すると、展望台らしき赤い柵が見えてきた。
CIMG4270_20190128084518480.jpg

ホオノキ。
CIMG4271_20190128084519b41.jpg

いよいよ、あそこが山頂か。
CIMG4272_2019012808452191c.jpg

ここは厳密には頂上ではなく、伏見墓苑に下る道との分岐だった。
CIMG4273_20190128084440372.jpg

頂上はもうちょっとだけ北にあった。でも、ほぼ45分で登頂である。
CIMG4274_2019012808444175a.jpg

それはとにかく、石狩平野の眺めが素晴らしい。
CIMG4275_2019012808444395c.jpg

防風林の列も見事だ。
CIMG4278_20190128084417710.jpg

住宅が集中しているのは長沼町の市街地。
CIMG4276_20190128084444c4f.jpg

北に長沼スキー場方面の電波塔。
CIMG4277_20190128084446548.jpg

これがさっき見えた展望台。
CIMG4279_20190128084419a45.jpg
下の看板に書かれていた説明を読むと、山名の由来は、1891年(明治24年)9月、当時の第3代北海道庁長官渡辺千秋が全道巡視の途中、この山に登って、石狩平野の開拓構想を練ったことを記念したものだという。

「ちょうかんやま」ではなく「ちょうかんざん」だった。
CIMG4280_201901280844202d8.jpg

スノーシューなので階段が登りづらかったが、展望台に登ってみた。
CIMG4281_20190128084422a81.jpg

ここからは長沼市街が樹木に邪魔されずに望むことができた。
CIMG4282_201901280844235c6.jpg

南西の方角には樽前山(左、1041m)と風不死岳(右、1103m)も見えた。
CIMG4283_201901280843525dc.jpg

その右に、紋別岳(中央、866m)とイチャンコッペ(右、835m)。
CIMG4284_2019012808435394c.jpg

砺波平野の散居集落のような農村風景。
CIMG4285_2019012808435578f.jpg

山頂周辺にはトレースがいっぱいあった。
ちょうど私が山頂に着いた時、逆方向から登ってきた単独男性がいて、山頂には見向きもせず、別の尾根を下って行った。
CIMG4286_201901280843571a6.jpg
CIMG4293_20190128084303751.jpg

右から2つ目のピークが瀞台。あれにも、近いうちに行ってみよう。
CIMG4287_20190128084358d03.jpg

ちょっと広角で。
DSC_5838_20190128084139fc0.jpg

由仁町の眺め。
CIMG4288_201901280843289a6.jpg

なだらかに見える夕張山地。
CIMG4289_20190128084329483.jpg
DSC_5839_20190128084139fa6.jpg

由仁町は夕張川が貫流する盆地になっている。
CIMG4290_2019012808433112a.jpg

こういう田園地帯の雪景色は実はあまり見たことがないので、とても新鮮だ。
CIMG4291_201901280843323f9.jpg

意外にいいもんだなあと思う。
DSC_5837_20190128084136cbf.jpg

あそこが長官山の一番高いところ。
CIMG4292_20190128084334817.jpg

最後に私も記念撮影。
DSC_5840_201901280841420e6.jpg

復路は違うルートで帰ることにした。
CIMG4294_201901280843059e7.jpg

伏見墓苑方面に通じる道を下り、途中から左にそれて馬追温泉に向かうつもりだ。
CIMG4295_201901280843062b4.jpg

(つづく)
このページのトップへ

穴沢山

【2019年1月20日(日)】穴沢山
穴沢山(460m)の登山口にあたる常盤二区会館に到着したのは13時前。
CIMG4200_20190125061210894.jpg

会館の駐車場に車を停めて、再びスノーシューを装着。
早速、太陽光発電施設のフェンスに沿って、旧真駒内スキー場のゲレンデ跡へと進んでいく。
CIMG4201_20190125061212639.jpg
ここにもスノーシューのトレースがあった。

ゲレンデ跡に入る前に、北海道らしい家屋が雪をかぶっていた。
CIMG4202_201901250612130cb.jpg

まだ十分使えそうだが、空き家のようだ。
CIMG4203_20190125061215a7f.jpg

それでは、ゲレンデ跡へ。
スキー場の所有者である西武ホールディングスはここを売却する意向だったが、買い手がつかず、2007年3月で廃業したそうだ。
プリンスホテル社有地の看板が立っていた。
CIMG4204_20190125061216ea6.jpg
立入禁止とあるが、ごめんなさいした。

雪はそれほど深くないので、ササがまだ埋まり切っていない。
CIMG4205_20190125061147ed5.jpg

すこし登って振り返ると、太陽光パネルが何列も並んでいるのが見えた。
CIMG4206_20190125061149b3e.jpg

シールスキーの跡、スキーのシュプール、スノーシューのトレースが交差しているが、私は素直にスノーシューの後を追う。
CIMG4207_20190125061150320.jpg

かなり新しいので、今日の午前中のトレースかもしれない。
CIMG4208_2019012506115179e.jpg

現役時代、コースは初級者向けと中級者向けがあったそうだ。
CIMG4209_2019012506115305a.jpg

背後には白旗山(321m)が見えてきた。
CIMG4210_201901250611250aa.jpg

こちらは車を置いた常盤二区会館と、さっき通過した空き家。
CIMG4211_201901250611262b5.jpg

すでに閉鎖から10年以上経っており、細い白樺が成長していた。
CIMG4212_201901250611283bf.jpg

1980年にオープンしたスキー場だが、私は翌年、東京に移っているので、ここで滑ったことはない。
CIMG4213_201901250611291f4.jpg

古い地形図にはリフトが3基書かれているが、きれいに撤去されて、もう跡形もない。
わずかに発見した痕跡が、このスノーマシンに装着したと思われるパイプラインの給水栓。
CIMG4214_201901250611311b7.jpg
ここは標高も低いし、南斜面でもあるので、スノーマシンをかなり多用したらしい。

30分ほど登ると、作業道の跡らしきところに達した。
CIMG4215_201901250611009a9.jpg
スキーの人はここから滑り下りた様子。
スノーシューの人も引き返したのか、いつの間にかトレースはなくなっていた。

となるとラッセルである。
CIMG4216_201901250611024b2.jpg
ただ、10cmほどしか沈まないので、それほど苦ではない。

対岸には真駒内カントリークラブが展開していた。
CIMG4217_2019012506110336d.jpg

ノウサギの足跡を発見。
CIMG4218_20190125061105f8d.jpg

間もなくリフトの頂上駅跡横のテラスに出た。法面の上が頂上と思われる。
CIMG4219_2019012506110698d.jpg

左から回り込んで頂上へ。
CIMG4220_20190125061037c8a.jpg

13時半すぎにとうちゃこ。45分ほどしかかからなかった。
CIMG4222_20190125061040099.jpg

立派な山名板があって、うれしい。
CIMG4221_20190125061038fb9.jpg

頂上は樹木を伐採したのか、多少開けている。
CIMG4223_20190125061041e71.jpg

南の方角には真駒内カントリークラブ・
CIMG4224_2019012506104336c.jpg

かつては、みんなここから滑り始めたのだ。
CIMG4225_20190125061012be7.jpg

頂上からは恵庭岳(1320m)なども見えるらしいが、途中から雪が降ってきて、全く遠望はきかなかった。
CIMG4226_20190125061013e55.jpg

なので、早々に退散。
CIMG4228_2019012506101646c.jpg

オバQに別れを告げる。
CIMG4227_20190125061015ff5.jpg

実は、頂上に真新しいスノーシューの足跡があった。
CIMG4229_20190125061018400.jpg
さっきのトレースの人が途中から進路を変えて、別ルート経由で来たのだろうか。

それはともかく、同じルートを引き返すのも芸がないので、尾根筋を東に進み、真ん中にあったリフト跡を目指すことにした。
CIMG4230_20190125060938b15.jpg

スノーシューの跡は延々と東から来ているので、これは明らかに、登りの時に見たトレースとは別の人だ。
しばらく、このトレースに従って歩いていたが、このまま行くと、真ん中のリフトのラインを通り過ぎてしまうので、途中から尾根を外れてヤブに入り、右へと進んだ。
ほんの数分で、リフト頂上駅跡に到着した。
CIMG4231_201901250609405f8.jpg

ここも跡形もなく撤去されている。
CIMG4234_201901250609433fa.jpg
廃業したとは言え、さすがに西武系は金があると見える。

頂上を振り返る。
CIMG4232_201901250609411d4.jpg

弱々しい太陽が覗いていた。
DSC_5795_20190125060849686.jpg

では、ここをまっすぐ下ろう。
CIMG4235_20190125060944893.jpg

しかし、途中からヤブがひどくなってきたので、進路を登りルート方向に変更した。
CIMG4236_20190125060912eec.jpg

この山も徐々に自然に返っていくのだろう。
再びスキー場として再開するには、ちょっと条件が悪すぎる。
DSC_5797_201901250608521f2.jpg

木の切株に積もった雪がキノコの笠みたい。
CIMG4238_20190125060915c98.jpg

というわけで、ふもとに戻ってきた。
CIMG4239_20190125060917a2e.jpg

振り返ると、もっとも西側のリフト跡が確認できた。
CIMG4241_2019012506084827e.jpg

下りは30分ほどで、往復わずか1時間15分ほどのスノーハイキングだった。
CIMG4240_20190125060918007.jpg

では、有明経由で竹山高原温泉へと向かうことにいたしましょう。
DSC_5798_2019012506085458c.jpg

旧スキー場前にある常盤のバス停。
DSC_5800_20190125060824276.jpg

支笏湖へ通じる国道453号に合流する手前にあった常盤神社に参拝。
DSC_5801_20190125060826990.jpg

無事下山のお礼を申し上げた。
DSC_5803_20190125060827255.jpg

この後、真駒内滝野霊園の前を通ったので、ちょっと寄り道。
DSC_5804_20190125060828d45.jpg

居並ぶイースター島のモアイ像を写真に記録しておいた。
DSC_5805_201901250608301fc.jpg

本物を見ることは、おそらく生涯ないだろう。
DSC_5806_201901250608002ea.jpg

霊園前のバス停は滝野峠であった。
DSC_5807_20190125060801eef.jpg

峠を下っていくと、アシリベツの滝のところに木造の古い商店がある。
DSC_5808_201901250608036a7.jpg
「ふせ食品株式会社」との看板が掲げられており、現役のようである。
今度ここを通ることがあったら、ぜひ店内も覗いてみたい。

これはその商店の隣にあった木造の納屋?
DSC_5809_20190125060804e7c.jpg

有明のコッコテラスにまたまた寄り道。
DSC_5810_20190125060806dd4.jpg
おやつ用にカスタードのパンを購入した。

あとは羊ヶ丘通りと国道36号を経由して竹山高原温泉にまっしぐら。
DSC_5818_201901250607405e6.jpg

15:15に到着した。高原というだけあって、確かに高台にあった。
DSC_5812_2019012506073442b.jpg

第1駐車場はすでに満車で、第2に停める。噂に違わぬ人気だ。
私は最近知ったばかりなので、「秘湯」のようなイメージがあったが、とんでもない。
近郊の人がよく通う「日帰り温泉」だった。
DSC_5814_20190125060737b81.jpg

でも、れっきとした宿(竹山高原ホテル)である。
DSC_5813_201901250607378ec.jpg

浴室内はカメラの持ち込み禁止だったので、撮影はかなわず。
でも、かなり混んでいたので、そもそも無理だった。
まずは内湯でじっくり温まってから、露天へ。
それほど広くない湯船に7~8人入っていたので、わりと窮屈な感じがしたが、雪景色が素晴らしかった。
ここはアルカリ性低張性低温泉(旧泉質名:単純温泉)で、源泉の温度は26.1℃。
やや褐色を呈しており、モール温泉に似ている。ph値は8.9もある。
露天は少しぬるめだったので、10分近く浸かっていた。
露天から上がって、体を洗い、もう一度内湯にどぷん。
すぐ熱くなったので上がって、脱衣所で着替えていたら、おじさんが「誰か間違ってませんか~この袋、別のが入ってるんだよ」と見覚えのある銀婚湯の袋を掲げている。
自分が持ってきた袋を見ると、中身が全然違う。
「あ、すいません、これです」
と言って交換。いや~こんなことってあるのか。
あの人も銀婚湯の袋を愛用していたわけだ。
風呂道具置き場に、あの袋が二つあったようには見えなかったから、先にあの人が間違えて洗い場に持っていき、気づいたのかもしれない。
それにしても気をつけなければ。
私は、あの中にスマホと財布と車のキーを入れていたのだから。

まあ、とにかくいい湯ではありました。
DSC_5817_20190125060740ed9.jpg
16時半頃に辞去。17時すぎに帰宅した。
今後も、あちこち単独でも歩いてみたい。

【行程】2019年1月20日
常盤二区会館(12:55)~作業道(13:24)~穴沢山(13:38)~リフト中腹駅跡(13:53)~常盤二区会館(14:09)
※所要時間:1時間14分(歩行時間1時間10分)
※登った山:1座(穴沢山)
※歩行距離:2.2km
※累積標高差:約210m


このページのトップへ

硬石山(下)

【2019年1月20日(日)】硬石山
硬石山の三角点ピーク(371m)から最高点(山頂、397m)に向かっている。
分岐では、登ってきた東回りコースを右に見送り、直進。
CIMG4163_20190124062239092.jpg

頂上までは360mだ。
CIMG4164_201901240622406bb.jpg

最高点に到達する途中に小さなピークがあった。
CIMG4165.jpg

ここからは藤野三豊山がきれいに並んで見えた。
CIMG4166_20190124062243fb2.jpg

右端はフッズスキー場のある豊栄山(562m)。その奥に見えるのは盤ノ沢山(939m)。
CIMG4167_20190124062245263.jpg

真ん中は豊平山(663m)。またの名を焼山。背後に兜岩(左)と兜峰(右、670m)。
CIMG4168.jpg

左端は豊見山(579m)。うしろは真簾峠方面。
CIMG4169.jpg

少し西に下ると、三豊山の左に藤野富士(651m)も姿を現した。
CIMG4170_20190124062218fce.jpg

鞍部に下ると、巨大な樹木が出現。
CIMG4171.jpg

硬石山の大楢(樹齢約400年)だそうだ。
CIMG4172_20190124062221c6c.jpg

よくぞ生き延びたものである。
CIMG4173_20190124062151d4c.jpg

振り返ると、三角点ピーク。
CIMG4174_20190124062152f8a.jpg

三角点ピークから15分ちょっとで最高点に到着した。
CIMG4175_20190124062154c91.jpg

ここが真の頂上なので、一応証拠写真を。
DSC_5784_20190124061823bc2.jpg

残念ながら、眺望には恵まれなかった。
CIMG4177_20190124062157738.jpg

なので、滞在1分で下山。
CIMG4176_201901240621552d8.jpg

ここは西回りコースだと思っていたら、知らないうちに名称が「左廻りコース」に変わっていた(笑)。
CIMG4178_20190124062127500.jpg

途中一度だけ、わずかな登り返しがあった。
CIMG4179_20190124062129607.jpg

山頂を振り返る。
CIMG4180_20190124062130434.jpg

尾根を左に折れると、猛烈な急坂になる。
CIMG4181_20190124062132e17.jpg

スノーシューで下るのには、それなりのテクニックが必要な道だ。
CIMG4183_20190124062038a04.jpg
樹木が密に生えているので、トレースを行くしかないのだが、トレース上は雪が固まっていてかなり歩きにくいのである。

尾根で屈曲するたびに「下山」の標識が親切に付けられている。
CIMG4182_20190124062133657.jpg

こんな顔のアニメキャラクターがいたような気がするが、誰だっけ。
CIMG4184_20190124062040118.jpg

正面に東回りコースの尾根が見える。
CIMG4185_201901240620413d8.jpg

清掃工場と白旗山(321m)。
CIMG4186_20190124062043b48.jpg

再び、左折。
CIMG4187_20190124062044ea8.jpg

さらに左折。
CIMG4188_20190124062007df3.jpg

もう1回左折。いずれもわずかな屈曲だった。
CIMG4189_20190124062009915.jpg

あまりにも急なのでロープが張られていた。
CIMG4190_20190124062010a23.jpg

もちろん、夏用なのだろうが、雪がそんなに深くないので、この時期も登りの人には重宝するだろう。
CIMG4191_2019012406201141a.jpg

あれ? 先行の方はスノーシューだったのに、いつの間にかツボ足になっている。しかも下りだ。
CIMG4192_20190124062013724.jpg

スノーシューは登っていたが、どういうことだろう?。
CIMG4193_20190124061934cb0.jpg
ツボ足が登りだったら、ここでスノーシューを装着したのだと考えられるのだが。不思議だ。

途中、雪が付いていない斜面があった。
CIMG4194.jpg

やっと下界に下りてきた。
CIMG4195_20190124061937393.jpg

あとは少しだけトラバースして登山口へ。
CIMG4196_20190124061938258.jpg

さっきの人の足跡。やっぱり下り方向だ。謎である。
CIMG4197_20190124061940730.jpg

とにかく無事に下山できた。2時間弱ほどの山行だった。
CIMG4198_20190124061848bf5.jpg

お疲れ様でした。
CIMG4199_20190124061849fe5.jpg
石山橋でスノーシューを外し、弟の家で車を回収。
気配に気づいて、弟が窓から顔を出した。
「早かったじゃん、シカいたしょ」
「いや、足跡と糞はいっぱいあったけど、1頭も見なかったわ」
というわけで、次の山に行く前にまずは昼飯だ。

穴沢山(460m)の登山口がある常盤地区で「ランチ検索」をしたら、おいしそうなスープカレーの店があったので、そこに決めた。
背中の汗が冷えてきたが、店で暖まろう。
15分ほどで、お目当ての「山小屋咖哩Vege」に到着。
DSC_5785_20190124061825489.jpg

ここはカレーラーメンも出している店だそうだ。
DSC_5786_20190124061826827.jpg

なかなかおしゃれな看板。
DSC_5787_20190124061828893.jpg

そして、結構いい雰囲気。
DSC_5789_20190124061750596.jpg

でも店内にお客さんゼロだった。
DSC_5788_20190124061829aa8.jpg

頼んだのは、野菜の豊富なスぺシャルカリー(税別1200円)の辛さレベル2。
DSC_5790_20190124061752f9a.jpg
それなりに美味しいのだが、スープがやや薄い感じがした。
もっと辛くすればよかったのか、そもそも薄味なのか。

会計の時にポイントカード作りますかと言われたけど、遠くて滅多に来ないだろうから、きっぱりと断った。
DSC_5792_20190124061753ac0.jpg
とにかく、お腹も膨らんだので、次の山へと出発した。

【行程】2019年1月20日
弟宅(9:47)~水道施設(9:58)~西回りコース分岐(10:40)~三角点(10:44)~見晴台(10:48撮影10:55)~三角点(10:57)~分岐(11:02)~最高点(11:15)~水道施設(11:50)~弟宅(11:58)
※所要時間:2時間11分(歩行時間2時間)
※登った山:1座(硬石山)
※歩行距離:3.5km
※累積標高差:約330m

(穴沢山へつづく)
このページのトップへ

硬石山(上)

【2019年1月20日(日)】硬石山
この日もノープランのまま朝を迎えてしまった。
曇りのち雪の予報だったが、窓の外を見ると、そこそこいい天気。
では、出かけるとするか。
近場で単独でも行ける山となると、硬石山(397m)と穴沢山(460m)あたりか。
どちらも2時間程度で登下山できそうなので、両方とも片付けてしまおう。
お風呂は定山渓や小金湯は飽きたので、この機会にかねて気になっていた北広島の竹山高原温泉に行くことにした。
朝食をしっかり食べて、9時前に出発。

9:20頃には石山橋の橋詰にある登山口への入口に到着したのだが、その先が除雪されてない。
わだちは一応あって、積雪は10cmくらい。
行っていけないことはないと思うが、脱出できなくなると面倒だ。
周辺に車を停められそうなところがないかあちこち走り回ってみたが、全くない。
途方に暮れていたら、弟が石山橋から徒歩5分くらいのところに住んでいるのを思い出した。
行ってみてピンポンを鳴らすと、幸い在宅だったので、家の横に車を置かせてもらった。
助かった。

久しぶりに登山口遭難しかけたが、何とか予定より30分遅れで出発。
昭和っぽい名称のアパートの前を通り過ぎる。
CIMG4096_20190123085802dd2.jpg

住宅街を抜けて、もう一度石山橋を渡る。
CIMG4097_20190123085803888.jpg

冬の豊平川だ。
CIMG4098_20190123085805c53.jpg

その向こうが硬石山。頂上は見えていない。
CIMG4099_20190123085806ffd.jpg

左手には藤野三豊山がきれいに並んでいた。
CIMG4100_20190123085808b76.jpg

その左に見えてきたのは藤野富士(651m)。
CIMG4101_201901230857392c4.jpg

水道施設のフェンス脇にある登山口に着いた頃には、もう10時になっていた。
CIMG4102_201901230857402f4.jpg

ここでスノーシューを装着。すぐに出発する。
フェンスの切れたところが、東回りコースと西回りコースの分岐。
CIMG4103_2019012308574265f.jpg

西回りコースは遠回りになるので、東回りでまず三角点ピーク(371m)を目指すことにした。
CIMG4104_20190123085743ea9.jpg

早速、渡渉である。
CIMG4105_2019012308574512c.jpg

夏はここで泥を落としてね、ということなのだろう。ブラシが掛けてあった。
CIMG4106_20190123085718c69.jpg

さあ、登山開始。
CIMG4107_201901230857193ba.jpg

積雪期の注意書きがあるが、「夏道」という位置付けのようだ。
CIMG4108_20190123085721db9.jpg

いきなりの急登だが、スノーシューのトレースが付いているので、それに従う。
CIMG4109_20190123085722848.jpg

トレースは昨日のもののようで、その上をシカが歩いた跡があった。
CIMG4110_2019012308572402a.jpg

左手、木々を透かして見えてきたピークが最高点の頂上であろう。
CIMG4111_20190123085657d35.jpg

トレースもあるが、ピンクのリボンもあるので、道に迷う心配はなさそうだ。
CIMG4112_201901230856589c7.jpg

登り始めて15分ほどで、石山の町並みが見えてきた。
CIMG4113_2019012308570033d.jpg

その向こうに藤野富士。
CIMG4114_20190123085701b1b.jpg

スノーシューとは別の踏み跡がある!と思ったら、なんとシカのトレースだった。
いったい何頭歩いたのだろう。
CIMG4115_20190123085703c34.jpg

ふもとから眺めたときは、雪があまり積もっていないように見えて、スノーシュー歩行が心配だったが、土を踏むようなことは幸いなかった。
CIMG4116_20190123085633ad3.jpg

弟が「シカがたくさんいるよ」と言っていたが、確かに足跡や糞がやたら多い。
CIMG4117_2019012308563573d.jpg
こんな山は初めてである。

南東の方角に島松山(506m)が見えた。近いうちに登ろう。
CIMG4118_201901230856362d7.jpg

その右に、ボケてしまったが紋別岳(866m)。
CIMG4119_20190123085638e16.jpg

島松山の左には、なだらかな丘陵が広がっていた。
CIMG4120_201901230856393c6.jpg

何の木だか分からないが、見事な樹皮の造形に感嘆。
CIMG4121_20190123085610c15.jpg
CIMG4122_201901230856129f1.jpg

「山頂へ」の標識が出てきたということは、ゴールは近いのかな。
CIMG4123_20190123085613707.jpg

たまに開けたところがある。
CIMG4124_201901230856156ac.jpg

とくに近くに倒木はなかった。
CIMG4126_20190123085544777.jpg

サルノコシカケ。
CIMG4127_20190123085545f7c.jpg

ようやく、稜線が見えてきたぞ。
CIMG4125_2019012308561618c.jpg

登山口から40分ほどで稜線にのった。
CIMG4128_201901230855475cf.jpg

三角点ピークまでは、あと200mだ。
CIMG4129_2019012308554895c.jpg

トレース上には、チョコボールのようなシカの糞があちこちに散乱していた。
CIMG4130.jpg

分岐から5分かからずに三角点ピークに到着。
CIMG4132_20190123085522e84.jpg

三角点の位置を示す標柱のてっぺんが顔を出していたので、ちょっと雪を掘ってみた。
CIMG4131_201901230855200bb.jpg
でも三角点まで掘り下げるのは時間がかかりそうなので止めておいた。
ここの三角点はなぜか、地形図には載っていない。

頂上自体は樹木に囲まれて、眺望は得られなかった。
CIMG4133_20190123085523947.jpg

でも東に少し下ると見晴台があるようなので行ってみた。
CIMG4134_2019012308552562b.jpg

その前に、またちょっといたずら。
CIMG4136.jpg

口の部分は自然の造形です。
CIMG4135.jpg

急坂を下ること1分で、見晴台に到着。
CIMG4137_20190123085457148.jpg

眼下には迫力のある採石場が広がった。
CIMG4138_201901230854592bc.jpg

階段状に山体が切り取られている。
CIMG4139_2019012308550048a.jpg
ここの岩はマグマが固まってできたデイサイト(流紋岩に近い火成岩)だそうだ。

明治時代から建材用の石材を産出し、札幌の首府建設を支えた。
現在は切込砕石(道路路盤用やコンクリートに混ぜて骨材にするためのもの)が主として生産されているという。
CIMG4140_201901230855028ed.jpg
ここでの採石は、大岡助右衛門なる人物が1872年(明治5年)に始めた。
後に豊平川をはさんで対岸の穴の沢で札幌軟石が発見されると、こちらは札幌硬石として区別されるようになった。
主に建物の土台などに札幌硬石、壁などの飾り石には札幌軟石と使い分けられた。
もともとは開拓使の官営であったが、後に民間に払い下げられたのだそうだ。

右下に硬石山水管橋が見える。
CIMG4141_20190123085433134.jpg
長さ169mの2連アーチ橋で、1981年(昭和56年)12月に完成した。
真ん中を貫くのは国道230号。

画面中央に札幌啓北商業高校、その背後に石山陸橋。
CIMG4142.jpg

断崖直下は藻南公園。その後ろに真駒内南町の団地。
CIMG4143_201901230854363f7.jpg

地下鉄南北線真駒内~自衛隊前間のシェルターが見える。
CIMG4144_20190123085437c44.jpg
中央上に見える小山は、札幌大学の西にある西岡中央公園だ。

真駒内駅に近い真駒内緑町あたり。
CIMG4148.jpg

シェルターを左にたどると自衛隊前駅。
CIMG4153.jpg

澄川や平岸のマンション群。手前に真駒内アイスアリーナの屋根が見える。
CIMG4145_201901230854399cb.jpg
その奥は自衛隊官舎。中段左の黒い部分は天神山(89m)。

ちょっと木が邪魔だが、北には藻岩山(531m)。
CIMG4146_20190123085410e74.jpg

JRタワーかと思ったら違った。
CIMG4147_201901230854126a7.jpg

北東には、札幌ドームと百年記念塔。
CIMG4149_20190123085415742.jpg

直近に南が丘中学校。
CIMG4150_201901230854166c1.jpg

藻岩山の南東尾根の先端、通称軍艦岬。手前にアパホテルが見える。
CIMG4151_201901230853479e6.jpg

それにしても札幌が郊外まで隙間なく市街化が進んだものだ。
CIMG4154.jpg

煙突がある豊平清掃工場の向こうは白旗山(321m)。
CIMG4155_20190123085352f80.jpg

石山の町並みの奥は自衛隊の演習場が展開する丘陵地帯。
CIMG4156_20190123085353cbe.jpg

石山5丁目あたりと島松山。
CIMG4157_20190123085322a38.jpg

石山小学校のグラウンドだった場所に、石山南小と統合した新たな校舎が建っていた。
CIMG4158_20190123085324879.jpg

札幌軟石の採石場。
CIMG4159_201901230853259ab.jpg

改めて全景を見てみよう。
DSC_5781_2019012308524979a.jpg

札幌の市街地。
DSC_5782_20190123085251ba9.jpg

というわけで、見晴台からの見晴らしを十分堪能した。
CIMG4161_201901230853278fd.jpg

急坂を難儀しつつ登り、三角点ピークに戻る。
CIMG4162_20190123085328b83.jpg

一応、記念撮影だけして、出発。最高点へ向かった。
DSC_5783_2019012308525229a.jpg

(つづく)
このページのトップへ

安平山

【2019年1月19日(土)】安平山
千歳線の駅舎めぐりを終え、安平山(166m)に向かっている。
スキー場入口の看板を見て、この山が「あびらやま」ではなく「あんぺいざん」ということを初めて知った。
DSC_5723_20190121232447067.jpg

正面に見えているのが安平山の頂上である。
CIMG4094_20190121232515fb1.jpg

ふもとのスキー場に到着した時には、すでに11時半になっていた。
CIMG4062_20190121232704df7.jpg

まずは売店がないかどうか、安平山ろく交流センターの中に入って確認。
CIMG4061_2019012123270259e.jpg
残念ながら、何もなかった。
これからまた町に出て食料を調達しに行くのも面倒なので、スキー遊びは止めて、ツボ足で安平山に登るだけにした。

現役なのかどうか分からない「あんぺいざんヒュッテ」。
CIMG4063_2019012123270560e.jpg

ゲレンデは3コースあるが、リフトは1基だけ。
CIMG4064_2019012123270770b.jpg

それにしても、最高のスキー日和だこと。
DSC_5724_20190121232448d3b.jpg

交流センターの貼り紙をよく見ると、このスキー場が今年オープンしたのは1月11日。
CIMG4065_20190121232708322.jpg
つい1週間前だ。それだけ今年は積雪が少ないのだろう。
現在は約40cmとのことである。

徒歩で登る人は邪魔っけなので端っこを通れとのこと。
CIMG4066_20190121232640780.jpg
はいはい。ごもっともなので、指示に従い、奥にあるソリコースへ向かう。
当方は長靴のまま。一応ストックは使っている。

ゲレンのは下半分はかなりなだらか。コースはさすがに短い。
DSC_5725_201901212324506cf.jpg

ソリコースに着いたので、ここから直登する。
CIMG4067_20190121232642553.jpg

雪面はしっかり圧雪されていた。
DSC_5726_20190121232451009.jpg

振り返ると、交流センターと駐車場。
CIMG4069_20190121232643975.jpg

東に見えるのは、於兎牛山(392m)やらクオベツ山(506m)などなのだろうが、どのピークがそれらに当たるのかは全く同定できない。
CIMG4070_20190121232645472.jpg

北東に鎮座するのは鬼首山(641m)かなあ。
CIMG4071_201901212326467c1.jpg

それらの山々の手前には追分の市街地。
CIMG4075_201901212326179b5.jpg

このスキー場はそんなに難しいコースはないので、子供や家族連れが多い。
CIMG4073_20190121234144cc1.jpg

周辺には美しい丘陵地帯が広がっている。
CIMG4076_20190121232619380.jpg

少し拡大してみた。
CIMG4077_2019012123262072a.jpg

15分ほどで、リフトの山頂駅まで登ってきた。
CIMG4079_201901212326230df.jpg

ここには「健康の鐘」なるものがあって、子供たちが元気に鳴らしていた。
CIMG4078_20190121232622498.jpg

ある少年が「健康の鈴だ!」と言っていたのはご愛敬。
この子ではありませんよ。
CIMG4080_20190121232555225.jpg

ここから山頂まではすぐなのだが、結構雪が深い。
雨具の下は履いていたが、長靴の中にかなり雪が入ってしまった。
この頂上には三角点があるが、当然雪の下。
CIMG4081_201901212325572cd.jpg

石碑らしきものもあったので、掘り出してみたら、「安平山」と刻んであった。
CIMG4082_2019012123255823d.jpg

山名板がないことも想定してオリジナルを作ってきたので、これも設置しておこう。
CIMG4083_20190121232600f4e.jpg
固定したわけではないので、風が吹けば、すぐに落ちて、雪に埋もれてしまうだろう。
でも、春になったら、誰かが見つけてくれて、ちゃんとくくり付けてくれるかもしれない。
確認に来るつもりはないけれど。

山頂には反射板らしきものが設置されていた。
DSC_5732_20190121232420eb1.jpg

頂上から北東方面の眺め。
DSC_5733_2019012123242259f.jpg
DSC_5734_20190121232423310.jpg

追分の町並み。
CIMG4084_2019012123260106f.jpg
CIMG4087_2019012123253680d.jpg

JR室蘭本線追分駅の跨線橋が見える。
CIMG4085_20190121232532703.jpg

牧草地もしくは畑と思われるところは真っ白な雪原になっている。
CIMG4086_20190121232535be8.jpg

それでは下山することにしましょう。
CIMG4088_2019012123253736c.jpg

歩いて下っているのを、リフトの上から見られるのはちょっと恥ずかしい。
CIMG4089_20190121232539ad2.jpg

標高差は100m弱である。
CIMG4090_20190121232509105.jpg

考えてみたら、この後、どこかで食事をして、夕張の冷水山(689m)に登るのはちょっと時間的に厳しいので、やはりここでスキーを少しすることにしよう。
CIMG4091_201901212325119ae.jpg

ここのリフト券は1回たった130円なのである。
CIMG4092_201901212325120f2.jpg
リフト乗り場まで下ってくると、スキー場スタッフに「どうかしましたか?」と声をかけられた。
スキーを履いていないので不審に思ったようだ。
「いいえ、別に」と答えたら、単なる登山だったんだなと気づいたようで、「ここ徒歩は禁止なんですよ。スキー場ですから」とのたまう。
ムッとしたが、まわりに他のお客さんもいるし、言い合いをして雰囲気を壊すのもはばかられたので、「ああ、すいません」とやり過ごした。

しかし何が、徒歩は禁止だ! 徒歩の人はソリコース側を登って下さいと看板に書いてあるじゃないか。念のため、もう一度掲げておく。
CIMG4066_20190121232640780.jpg
せっかく滑る気になっていたのに、気分を害したが、スキー場自体に罪はないので、あとでまた来る方針は変更しなかった。

さてと、どこか飯を食えるところはあるかな。
車の中でスマホ検索。カフェっぽいところが近くてよかったのだが、本日は休業。
やむなく町まで出ることにした。
DSC_5735_20190121232425463.jpg

と言っても車だと3分。
国道234号沿いにあった「一笑」という食堂に入る。
DSC_5736_201901212324267c6.jpg

ここは定食から丼物、うどん・そば、寿司まで出すなんでも屋だが、私は中華丼をお願いした。
DSC_5738_20190121232356a0b.jpg
うわ、すごい量。これじゃあ体重は減らないわ。
熱かったので、ふーふーしながらゆっくり食べた。お代は780円。

再び、スキー場に着いたのは13時過ぎ。
CIMG4093_20190121232514ad8.jpg

券売所でリフト券を3枚だけ購入。
うしろに並んでいた若者が「3枚!」と大声で驚いていた。無礼なヤツだ。
スキーは1年ぶりだが、ちゃんと靴も履けたし、スキーもちゃんとスキーモードで装着できた。
リフトの支柱は7本。乗っている時間は5分もない。
DSC_5740_20190121232358ae4.jpg

久々なので、ちょっと緊張する。
DSC_5742_201901212324018b8.jpg

さあ、いよいよスタート。
DSC_5741_20190121232359d71.jpg
昨シーズンよりうまくなっていたわけでも、下手になっていたわけでもない。
体が覚えていた通りだった。
3本はあっという間だったが、さらに追加する気にもならず、15分ほどで終了。

今日の温泉へと向かった。
本日は安平町内にある鶴の湯温泉である。
DSC_5743_20190121232402834.jpg

ここは町の重要な観光地でもある。
DSC_5744_20190121232332d07.jpg

1871年(明治4年)に発見された温泉だそうだ。
DSC_5745_20190121232334f28.jpg

目の前に広がるのは池。8月にはハスの花で埋め尽くされるらしい。
DSC_5746_2019012123233510d.jpg

池畔に「鶴之湯温泉発見紀念碑」が立っていた。
DSC_5747_201901212323370aa.jpg

明治4年、ここフモンケの原野に放牧馬を監視に来た牧夫が、しばしば病んだ鶴が沢地に舞い降り、冷泉で湯浴みをして病気を治して飛び立っていくのを見たという。
DSC_5773_2019012123222171e.jpg
この話を聞いた井上利三郎という人が、ケガをした人と家畜を連れてきて、冷泉に浸からせると、病気がたちまち治ったという。

鶴に教えられたことから「鶴の湯」と名付けられたそうだ。
DSC_5749_20190121232338217.jpg

北海道では2番目に古い温泉とのことである。基準はよく分からないけれど。
DSC_5750_2019012123230646f.jpg

泉質は含硫黄-ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉(弱アルカリ性低張性冷鉱泉)。
DSC_5753_201901212323080dd.jpg

源泉の温度は14.4℃で、ph値は8.3である。
DSC_5761_20190121232309401.jpg

色はちょっと黒っぽくモール温泉の雰囲気もある。
DSC_5763_20190121232311461.jpg
あまり硫黄の匂いはしなかった。
駐車場の車の数のわりには、あまり混んでおらず、のんびりと汗が出るまで湯に浸かった。

湯上りにちょっとだけ池のまわりを散策。
DSC_5765_20190121232313845.jpg

巨大な庭園になっている。
DSC_5766_20190121232242b66.jpg

池ごしに見た鶴の湯温泉。
DSC_5767_2019012123224416f.jpg
DSC_5769_20190121232246ba9.jpg

これは本物でなく、オブジェです。
DSC_5768_20190121232245c9a.jpg

実際にいたのはガチョウだった。
DSC_5772_20190121232219209.jpg

夏はここから見ると、ハスがきれいなのだろう。
DSC_5770_2019012123224861e.jpg

帰りはあえて恵庭渓谷を経由した。
CIMG4095_20190121232445a2e.jpg

滝など、どこにも立ち寄らなかったが、夏に改めて来てみたい。
というわけで、17時過ぎに帰宅。
晩飯は石山通りの隠れた名店「かみや」で。
DSC_5775_20190121232224099.jpg

ミニ刺身盛り合わせはフグが入っていた。
DSC_5776_2019012123222539c.jpg

初めて食べたカキのたたきも絶品。
DSC_5779_20190121232158614.jpg

レンコンのはさみ揚げには挽肉ではなく、カニがはさんであった。
DSC_5780_20190121232201ede.jpg
素晴らしいプチ打ち上げになった。

【行程】2019年1月19日(土)
交流センター(11:39)~リフト頂上駅(11:54)~頂上(11:57撮影12:03)~交流センター(12:11)
※所要時間:32分(歩行時間26分)
※登った山:1座(安平山)
※歩行距離:1.4km
※累積標高差:約100m






このページのトップへ

千歳線・追加

【2019年1月19日(土)】千歳線
冬になると、出かけるのがおっくうになる。
寒いのである。36年も北海道を離れていて、年をとってから戻ってくると、なかなか体が順応しないのである。
雪山は夏山に比べて、写真が撮りにくいという理由もある。

この日の計画も全く立てないまま、当日の朝を迎えてしまったが、ものすごくいい天気だ。
こんな日に家で大人しく過ごしていてはいけない。
動きの鈍い体に鞭を打って出かけることにした。
しかし、あまり活発に歩く気もしないので、以前、道路地図を見て、「こんな山があるのか~」と思っていた安平山(166m)に行くことにした。
この山はスキー場になっているから、今シーズンの初スキーをするにも好都合だ。
ただ、それだけでは時間が余り過ぎるので、気分が乗ったら夕張に足を伸ばして、マウントレースイスキー場から冷水山(689m)にも登ってしまうつもりでいた。

というわけで、ささっと朝ごはんを食べて、9時過ぎに出発。
せっかくなので安平に行く前に、前回取り残したJR千歳線の駅舎にも2つだけ寄っていくことにした。
スマホのナビに従っていたが、道央道の札幌南ICで入りそこねて、北広島ICから入ったのだが、このミスで10分くらい時間をロスしてしまった。
路面が濡れているので、すぐにフロントガラスが汚れてしまい、標識が見えにくいのだ。
ウォッシャー液を使ってもキリがない。本当に北海道の冬は厄介だ。

恵庭ICで下りて、長都駅に到着したのは10:20になっていた。
CIMG4010_20190121035528e8b.jpg
私の「日本鉄道旅行地図帳 乗りつぶしノート」に、長都駅は撮影済みの印が付いているのだが、目の前にある駅に見覚えがない。
自分の「旅行記録」にも「長都駅」の記録はないので、たぶん間違って塗りつぶしてしまったのだろう。

西口の駅前はロータリーになっている。
CIMG4011_20190121035530b22.jpg

お隣の駅はサッポロビールだったが、ここにはキリンビールの工場がある。
CIMG4012_20190121035531e73.jpg

西口と東口を結ぶ「おさつスカイロード」。ただの跨線橋なのにちょっと大袈裟な名前だ。
CIMG4013_20190121035533fbd.jpg

西口駅舎の待合室。自販機が充実している。
CIMG4014_2019012103553483f.jpg
この駅舎は1999年8月に設置されたものだ。

この駅舎から一旦出ると、改札機のある待合所がもう一つある。
CIMG4015_20190121035505eab.jpg

なかなか複雑な構造である。
CIMG4017_20190121035508748.jpg

時刻表を見ると、朝7時台の下り線札幌方面は6本もある。かなり利便性は高い。
CIMG4016_20190121035507f07.jpg

ホームは2面2線の相対式である。
CIMG4018_201901210355102cf.jpg

「長都」の地名は、アイヌ語の「オサッナイ(川尻・乾く・川)」に由来するという。
CIMG4019_20190121035511d63.jpg
1970年代、幸福駅がブームだった頃、中学校のクラスメートが「幸福よりすごい駅を見つけた」と教えてくれたのが、ここ長都駅だった。
「おさつ」が「お札」に通じるというわけだ。
「比布駅」などは「ピップ・エレキバン」のCM(1980年)でかなり人気となったが、長都駅が「お札」になるような話にはついにならなかった。

反対側のホームには東口の簡易駅舎がある。
CIMG4020_201901210354443a9.jpg

長都駅は1958年(昭和33年)3月1日に仮乗降場として開設された。
CIMG4021_20190121035445cba.jpg

同年7月1日に駅に昇格している。
CIMG4022_20190121035447607.jpg

1日平均の乗車人員は1148人(2014年)
CIMG4023_20190121035448bd5.jpg

JR北海道内の無人駅としては3番目に利用者が多いそうだ。
CIMG4024_2019012103545066d.jpg

跨線橋で反対側のホームに移動。
CIMG4025_20190121035421e67.jpg
なんとスカイロードと接続していた。
この構造だと、改札を通らなくてもホームに出ることができる。

上り線ホームから見た西口簡易駅舎。
CIMG4026_20190121035422195.jpg

下り線を快速エアポートが通過していった。
CIMG4027_20190121035424ab4.jpg

東口にはバス停がある。
CIMG4028_20190121035425413.jpg

コンビニやマンションなどもあり、わりと開けている。
CIMG4029_20190121035427446.jpg
CIMG4030_20190121035358a21.jpg

東口簡易駅舎。
CIMG4031_20190121035359be1.jpg
CIMG4033_201901210354022b5.jpg

雪国らしく跨線橋(スカイロード)は完全に外界から遮断されている。
CIMG4032_201901210354016ba.jpg

今度は上り列車がやってきた。
CIMG4035_20190121035404480.jpg

見送ってから、西口に戻る。
CIMG4036_20190121035334c07.jpg

スカイロードはカマボコ形の通路だ。
CIMG4037_20190121035336f37.jpg

それでは、さようなら。
CIMG4038_20190121035337ec4.jpg

次の駅(美々信号場)に向かおうとしたら、踏切でつかまった。
CIMG4039_20190121035339d74.jpg

やはり本数が多い。
CIMG4042_20190121035340ce1.jpg

隣の千歳駅は街中なので省略し、旧美々駅へ。
CIMG4043_20190121035310a41.jpg

着いたら、ちょうど下り列車が通過したところだった。
DSC_5721_2019012103520367d.jpg

予想はしていたが駅舎が残っていて、よかった。
CIMG4044_20190121035312c62.jpg

ここは2017年3月4日に廃止されたばかりなのだ。
CIMG4045_20190121035314ddc.jpg

現在はホームも撤去され、信号場となっている。
CIMG4046_201901210353159b2.jpg

1926年(大正15年)8月21日に恵庭駅などとともに開設された北海道鉄道札幌線(千歳線)開通当初からの駅である。
CIMG4047_2019012103531764f.jpg

当時、駅の周辺には北海道鉄道の社長だった犬上慶五郎(1865~1944年)が所有する犬上牧場が広がっており、自身の所有地近くに設置したとされている。
CIMG4048_20190121035246d4f.jpg

しかし、近年の乗降客数が1日平均1人にとどまっており、廃止が決まった。
CIMG4049_2019012103524883a.jpg

駅時代の貴重な遺物。
CIMG4050_20190121035249f14.jpg

待合室は除雪用具の物置となっていた。
CIMG4051_20190121035251708.jpg
CIMG4052_201901210352528b2.jpg

「美々」の地名は、現在の美々川に支流が多く、屈曲していることから、「ペッペッ(川・川)」もしくは「ペペ(水・水)」と呼ばれていたことに由来するとされる。
CIMG4053_20190121035224cab.jpg

今後は貨物列車がやってきた。
CIMG4054_20190121035226bbe.jpg

道内で駅舎めぐりをしていると、貨物列車を見ることが少なくない。
CIMG4055_201901210352275c4.jpg

旅客は少なくても、貨物の需要は十分にあり、北海道の経済を支えているのだから、安易に廃止してほしくない。
CIMG4056_20190121035229d80.jpg

それにしても、駅が廃止になる前にここに来たかった。
CIMG4057_20190121035230f47.jpg

駅名標のない駅舎はやはり寂しい。
CIMG4059_20190121035200eec.jpg

「美々駅」と書かれていた場所は、むなしくねじ穴だけが残っていた。
CIMG4060_201901210352020e8.jpg

現役時代はこんな感じだった。
300px-Bibi_Station_in_Chitose_Line.jpg(ネットより)


このページのトップへ

千歳線(下)

【2019年1月16日(水)】千歳線
JR千歳線の駅舎を訪ねている。
上野幌、北広島、島松、恵み野、恵庭と回って、サッポロビール庭園駅に到着。
CIMG3946_20190120062229fbf.jpg

この駅には駅舎がなく、跨線橋とホームだけで成立している。
CIMG3947_20190120062231d9f.jpg

開業したのは1990年7月1日なので、JRに移管されてからの駅だ。
CIMG3948_20190120062232ede.jpg

また、ちょうど列車がやってきた。
CIMG3949_20190120062234ace.jpg

ほぼ1時間に上下6本が運行しているので、必然的にそういうことになる。
CIMG3950_20190120062235e3a.jpg

札幌までは740円だ。
CIMG3951_2019012006220735e.jpg

乗るわけではないが、発車に間に合った。
CIMG3952_20190120062208bf1.jpg

ここは島式ホームが2つある2面4線の構造になっている。
CIMG3953_201901200622107b5.jpg

開業当初は2面2線の相対式だったが、快速エアポートの運行開始に伴う列車本数の増加に対応するため待避線が増設されたとのこと。
CIMG3954_20190120062211c00.jpg

1日平均の乗車人員は159人(2012年)。この列車に乗った人はいなかった。
CIMG3955_20190120062213ac9.jpg

下り列車を見送る。
CIMG3956_20190120062145670.jpg

駅周辺には、ほとんど民家がない。
CIMG3958_2019012006214792d.jpg

列車が走り去ったホーム。
CIMG3959_20190120062148787.jpg

サッポロビール園は苗穂駅近くになるので、こちらは「庭園」にしたのだろう。
CIMG3960_2019012006215025e.jpg

改札機は跨線橋のホーム出入口にあった。
CIMG3961_20190120062151109.jpg

駅の西口に下りて、一応、用を済ませておく。
CIMG3962_20190120062121c3b.jpg

側面はこちらの方が絵になった。
CIMG3963_2019012006212328b.jpg

サッポロビール北海道工場(サッポロビール庭園)の見学受付まで400mもある。
CIMG3964_201901200621247bd.jpg

ところで、この駅はサッポロビールが金を出して作ったのだろうか。
JRで行くにはちょっと距離があって不便だが、ビールを飲むなら車で来られないし、やはり必要だったのかもしれない。
CIMG3965_201901200621264a8.jpg

それでは車の置いてある東口に戻ろう。
CIMG3966_20190120062128cb1.jpg

3、4番線が下り、札幌方面である。
CIMG3967_20190120062059303.jpg

さて、もう11時半近くになってしまった。
長都駅まで行けるかと思っていたが、無理だった。
お昼を食べる時間がなくなってしまったので、コンビニでパンを買い、食べながら本日の目的地、平取に向かう。
でも、高速に乗ったら、意外に近く、20分くらい予定より早く着きそうだ。
どうしようかなと思っていたら、ハヨピラの廃墟が目に飛び込んできた。
CIMG3968_20190120062101480.jpg

今日は天気もいいし、冬でヤブもないので、時間つぶしに見学していくことにした。
CIMG3969_20190120062102b70.jpg

ハヨピラとは、アイヌにすべての知恵を授けたオキクルミの神が降臨したと伝わるアイヌの聖地のこと。
CIMG3970_20190120062104692.jpg

この施設は、その聖地を守るという名目で、UFO研究団体の「宇宙友好協会(CBA)」が1964年(昭和39年)に建設したUFO観測基地である。
CIMG3972_201901200621056cc.jpg
その後カルト化したCBAは急速に勢いを失い、1973年に解散。75年にハヨピラも閉鎖された。
しばらく放置されていたが、町が土地の寄贈を受け、94年に「ハヨピラ自然公園」として復活させた。

しかし、2003年の台風で崩落の危険が生じたことから再び閉鎖。その後、再開されることなく荒廃が進んでいる。
CIMG3978_20190120062011bc6.jpg

昭和40年代は観光バスを連ねて、大勢の観光客が押し寄せたというが、今は見る影もない。
CIMG3974_2019012006203721b.jpg

町もこの施設をどうしようかと頭をひねっているらしい。
CIMG3975_20190120062038de6.jpg

花時計もすっかりヤブになってしまっていた。
CIMG3976_20190120062040c0b.jpg

子供の頃、父は「ここは火星人が下りたところだ」と教えてくれた。
CIMG3977_2019012006204105d.jpg

実際、UFOはかなり目撃されたらしい。
CIMG3979_2019012006201425f.jpg

斜面の中腹に像が見える。
CIMG3980_20190120062014901.jpg

オキクルミの神だ。
CIMG3982_20190120062017513.jpg

右側は神殿への急な階段。
CIMG3981_20190120062016728.jpg

狛犬の代わりをしているのは熊だろうか。
CIMG3983_20190120061947715.jpg

ハヨピラ建設のきっかけとなった像である。
CIMG3985_20190120061949520.jpg

「蝦夷始祖オキクルミカムイ」と書かれている。
CIMG3986_20190120061950526.jpg

よくアイヌが「蝦夷」の呼称を認めたものだと思う。
CIMG3987_20190120061952e49.jpg

石像ではなくコンクリート製のようだ。
CIMG3988_20190120061953e9d.jpg

すでにかなり劣化が進んでいる。
CIMG3989_20190120061922ca8.jpg

背中もひびだらけだった。
CIMG3990_201901200619248f7.jpg

いろんな装飾も崩れかけていた。
CIMG3991_20190120061925393.jpg
CIMG4002_20190120061836878.jpg

幸い、雪が少なかったので、上まで上がることができた。
CIMG3992_2019012006192736f.jpg

しかし、フェンスもあるし、時間の問題もあるので、神殿まで上がるのは止めておいた。
CIMG3993_20190120061928263.jpg

モザイク画がまだ鮮やかな色のまま残っていた。
CIMG3994_20190120061857cd3.jpg

これは聖なる火を灯す祭壇だろうか。
CIMG3996_20190120061859957.jpg

うへ。まあ、この時期はいないだろうけど。
CIMG3997_2019012006190045c.jpg

ぶっちゃけ、ここはかなり胡散臭い施設なのだが、確かになかったことにするのは、ちょっともったいな気もする。
CIMG3998_201901200619022bb.jpg

こちらは神ではなく、アイヌ自身を描いたものだ。
CIMG3999_20190120061903684.jpg

時々、祈りを捧げに来るアイヌの方もいるらしい。
CIMG4000_20190120061833ab8.jpg

眺めは最高である。
CIMG4001_2019012006183498b.jpg

平取の市街地が一望できる。
CIMG4003_20190120061837bfc.jpg

眼下には沙流川。
CIMG4004_20190120061839d42.jpg

遺跡として保存する手もあるかもしれない。
CIMG4005_201901200618109b4.jpg

でも、このままの状態で人を歩かせるのは、やはり危険だろう。
CIMG4006_201901200618125a1.jpg

登るのはNGで、とりあえずここから見学するのみというのは、どうだろうか。
CIMG4007_201901200618120fc.jpg

ちょうどいい時間になった。
CIMG4008_20190120061814bd6.jpg

それでは、平取橋を渡って、二風谷へと向かうことにしよう。
CIMG4009_201901200618161d0.jpg
仕事は2時間ほどで終了。
帰りに、門別温泉とねっこ湯で汗を流してから帰るつもりだったが、苫小牧にも用事が発生したので断念。
道の駅むかわ四季の館で手土産のシシャモを買って訪問先に持参した。
そこで1時間ほど過ごし、札幌に戻ったのは、ちょうど19時。
道が乾いていたので走りやすかった。
このページのトップへ

千歳線(上)

【2019年1月16日(水)】千歳線
先月に続き、平取町に出張することになった。
アポは午後1時からなので、早めに出発して午前中はまだ撮影していない千歳線の駅をいくつか回ってから行くことにした。
札幌駅前でレンタカーを借りて、午前9時に出発。
まずは上野幌駅から。
CIMG3870_20190118224715a69.jpg

この駅は1926年(大正15年)8月21日、北海道鉄道札幌線(43年、国鉄千歳線に)の駅として開業した。
CIMG3871_20190118224717fec.jpg

1973年(昭和48年)9月9日に千歳線が一部路線を付け替えた際、旧駅の南東約1.5kmの新線上に移転した。
CIMG3872_201901182247192dc.jpg

現在の駅舎はこの時のもので、移転と同時に無人化された。
しかし、その後、周辺の宅地化が進んで利用者が増えたことから、1998年4月1日に再び有人化(業務委託駅)されている。
CIMG3886_20190118224604310.jpg

駅自体は複線の高架駅である。
CIMG3873_20190118224720d84.jpg
ちなみに、旧駅の跡地は現在、厚別南公園として整備された。

駅舎は線路の北東側のみにあり、ホームへはトンネルと階段を利用する。
CIMG3874_20190118224722b01.jpg

1番線ホームに上がると、ちょうど特急スーパー北斗8号函館行きが通過していった。
CIMG3875_20190118224650881.jpg
CIMG3877_20190118224652247.jpg
CIMG3878_2019011822465331f.jpg

ここは島式ホーム1面と単式ホーム1面からなる2面3線の複合ホームである。
CIMG3879_20190118224655e4e.jpg

「野幌」という地名は、アイヌ語の「ヌㇷ゚・オㇽ・オ・ペッ(野の中の川」)に由来するとされている。
CIMG3881_20190118224628bee.jpg

函館本線の野幌駅(江別市)とは10km以上離れている。
CIMG3880_201901182246560e1.jpg

続いて、下り線に9:43発の札幌行き普通列車が入線。
CIMG3882_20190118224629d52.jpg

当駅の1日平均の乗車人員は年々増加しており、2016年で2839人に達した。
CIMG3883_2019011822463123f.jpg

1975年には90人しかいなかったことから考えると激増だ。
CIMG3884_20190118224632868.jpg

にも関わらず、駅前は広大な駐車場が広がっているだけで、商店などは何もない。
CIMG3885_20190118224634c50.jpg

駅舎も1973年当時のままで待合室すらないので、おそらく今後、改築されることになるだろう。
CIMG3887_2019011822460563a.jpg

次は北広島駅。
CIMG3888_20190118224607284.jpg

しかし、JR北広島駅という表示はどこにもない。
CIMG3889_20190118224608e9e.jpg

「エルフィンパーク」と書かれている。
CIMG3890_2019011822461042b.jpg

エルフィンパークとは開閉式ドーム型の東西連絡通路(幅32m、長さ62m、高さ14m)で、2000年3月5日に供用を開始した。
CIMG3891_20190118224540bb0.jpg

北広島駅はこの通路に直結した橋上駅である。
CIMG3892_2019011822454191e.jpg

駅前では、北広島市のマスコットキャラクター「まいピー」が迎えてくれた。
CIMG3893_201901182245439d0.jpg
赤毛米をモチーフにしたゆるキャラだ。
北広島市が赤毛米による北海道の稲作発祥の地であることにちなんでいる。

その横には、クラーク博士の顔ハメ。
CIMG3894_201901182245441bf.jpg

札幌農学校の教頭として招かれたクラーク博士と言えば、北大か羊ケ丘公園がよく知られているが、かの有名な「青年よ、大志を抱け」の言葉を残したのは北広島の旧島松駅逓所においてなのだ。
CIMG3895_20190118224546a5d.jpg

エルフィンパーク内にある彫刻。
CIMG3896_20190118224513fd6.jpg
CIMG3897_2019011822451474d.jpg

市内の障害者就労支援施設などで製作したグッズを販売する福祉ショップ「ふゅーる」が営業中。2011年にオープンしたのだそうだ。
CIMG3902_20190118224449778.jpg

北広島駅は上野幌駅と同様、1926年8月21日に開業した。
CIMG3898_20190118224516074.jpg

東口には、芸術文化ホールや北広島病院がある。
CIMG3899_20190118224518064.jpg
CIMG3900_20190118224519c28.jpg
乗車人員は1日平均で7700人(2017年)に達し、道内の駅の中では10番目に多いという。

島松駅に向かう。途中にあった民家に、なぜか動輪や腕木式信号機などが展示されていた。
CIMG3903_20190118224450742.jpg

写真を撮っているうちに、その先の踏切に引っかかってしまった。
CIMG3904_201901182244523ca.jpg

貨物列車が通過していった。
CIMG3906_201901182244537cc.jpg

島松駅には10時半前に到着。
CIMG3907_20190118224455f0e.jpg

島松自体、来たのは初めてだ。
CIMG3908_20190118224424193.jpg

駅の真ん前にバスが停まっていたので、なかなか面から撮れない。
CIMG3909_20190118224426bf7.jpg

上野幌駅、北広島駅と同じ1926年8月21日の開業である。
CIMG3910_2019011822442774f.jpg

現在の駅舎は1959年(昭和34年)3月に改築されたものだ。
CIMG3911_20190118224429b2e.jpg

ホームは、島式ホームと2つの単式ホームを有する3面4線の複合型ホームである。
CIMG3912_201901182244302c6.jpg

ここでも普通列車が待機していた。さすがに運行本数が多い。
CIMG3914_20190118224400a5d.jpg

やっとバスがいなくなったので正面から撮影。
CIMG3915_20190118224402cef.jpg

近年、東西自由通路を備えた新駅舎への移行と複合施設の整備が計画され、2017年度着工、20年度供用開始を目指していたが、恵庭市の財政負担が大きいことからJR側と折り合いが付かず、白紙撤回されたという経緯がある。
CIMG3917_20190118224403e34.jpg
おかげで、この味わいのある駅舎を拝めることができたというわけだ。

1日平均の乗車人員は約1920人。
CIMG3918_201901182244052cf.jpg

札幌までは540円である。
CIMG3919_20190118224406998.jpg

待合室には。陸上自衛隊島松駐屯地曹友会が設置した「文庫」があった。
CIMG3920_201901182243379af.jpg

待合室は広さのわりにベンチが少ない。
CIMG3921_20190118224339212.jpg

駅前にあった喫茶店「果林」と「江戸寿し」。
CIMG3922_20190118224340ad9.jpg
CIMG3923_20190118224342ccf.jpg

次は恵み野駅。
CIMG3924_20190118224343661.jpg

国鉄時代末期の1982年(昭和57年)3月1日に開業した新しい駅である。
CIMG3925_20190118224313177.jpg

2面2線の相対式ホームを持つ橋上駅として開設された。
CIMG3926_2019011822431400c.jpg

西口のロータリー。
CIMG3927_20190118224316e68.jpg

西口にはイトーヨカドーもあった。
CIMG3928_20190118224318c09.jpg

1日平均の乗車人員は約3530人(2016年)。
CIMG3929_2019011822431977b.jpg

意外にも直営ではなく、委託業務駅だった。
CIMG3931_2019011822425099d.jpg

キオスクは2015年7月に閉店してしまった。
CIMG3930_20190118224249d90.jpg
1日3000人以上の利用者がいても経営は厳しいということか。

東口からは支笏湖北岸に聳える紋別岳(866m)が望めた。
CIMG3932_20190118224252002.jpg

恵庭ニュータウン恵み野は1979年(昭和54年)に道内初の第三セクター方式によって開発された住宅地である。
CIMG3933_20190118224253a66.jpg
80年代から札幌圏のニュータウンとして発展し、現在では1万人が居住しているという。
当然、恵み野駅もこのニュータウンの玄関口として設置されたものだ。
ちなみに、「恵み野」は、恵庭の「恵」と、広大な土地から「野」を取って名付けられた。

恵庭市の中心駅は当然ながら恵庭駅。
CIMG3936_2019011822422047b.jpg

1926年8月21日に北広島駅や島松駅などとともに開業した。
CIMG3935_201901182242555b9.jpg

恵庭駅東口地区の再開発事業の完成を祝って設置された「すずらんに寄せて」の像。
CIMG3937_20190118224222aa5.jpg

京都府生まれの彫刻家山本正道氏の作品だ。
CIMG3938_20190118224223d39.jpg

駅舎は2005年に改築され、自由通路の供用が開始された。
CIMG3941_2019011822422434c.jpg

恵庭駅も驚いたことに業務委託駅で、島松駅が管理駅となっている。
CIMG3942_20190118224226ea3.jpg

相対式2面2線のプラットホームを持つ橋上駅である。
CIMG3943_20190118224159417.jpg

1日平均の乗車人員は約7230人(2016年)もいるので、さすがにキオスクは健在である。
CIMG3944_20190118224202f02.jpg

連絡通路には、恵庭の名所を描いた大型ロッカーが設置されていた。
CIMG3945_20190118224202a73.jpg
中心街側の西口の駅舎を撮影しなかったのは失敗だった。

(つづく)

このページのトップへ

1901函館本線

【2019年1月6日(日)】函館本線
貝取澗温泉の帰りに、まだ撮影していない函館本線の駅舎をいくつか訪ねた。
まずは八雲駅。
CIMG3749_20190115212635b95.jpg

1903年(明治36年)11月3日に開業した駅である。
CIMG3750_20190115212637d28.jpg

八雲町は旧尾張藩主の徳川慶勝が1878年(明治11年)に入植したことに始まる。
CIMG3752.jpg

道央道の八雲PAにも同じものがあったが、もう一度ハメてみた。
DSC_5616_201901152122100a5.jpg

この駅の乗車人員は1日平均で250人(2013年)に達することもあり、駅前はわりと賑やかだ。
CIMG3747_20190115212634417.jpg(桜庭旅館)
CIMG3752.jpg(民宿まるみ)
CIMG3758_20190115212547e53.jpg(井筒屋)
CIMG3759_201901152125495a0.jpg(旅館二海など)

駅前通り。
CIMG3757_20190115212615058.jpg

今の駅舎は1969年(昭和44年)10月14日に改築されたものなので、今年50周年を迎える。
CIMG3753_20190115212610b37.jpg

江差線江差駅などの廃止により、現在は意外にも道内最西端の駅ということになっている。
CIMG3754_20190115212611207.jpg

ちょうど9:32発の函館行き特急スーパー北斗4号が到着したところだった。
10分ほど遅れているようだ。
CIMG3755_20190115212612296.jpg

有人駅のためホームに自由には出入りできないので、外から見送った。
CIMG3756_20190115212614ca6.jpg
ちなみにこの駅は2面4線のホーム構成になっている。

北に隣接する鷲ノ巣駅は2016年3月26日に廃止され、信号場になった。
信号場になった駅の駅舎は残っていることが少なくないので行ってみた。
目印は「鷲の巣信号場前」バス停である。
CIMG3760.jpg

このバス停も以前は「鷲の巣駅前」だったのであろう。
CIMG3761_201901152125525ff.jpg
函館バスは律儀に名称を変更しているが、「駅」の名を保存してくれていてもよかった。

車を停めたバス停近くから信号場までは、除雪されていない道を200mくらい歩かなければならなかった。
15cmくらい新雪が積もっており、長靴の中にちょっと雪が入ってしまい冷たかった。
たどり着いてみると、残念ながらネットで見ていたような駅舎はすでに失われていた。
無題(ネットより)

あったのは、作業用?の別の施設のみだった。
CIMG3762_20190115212554fe4.jpg

雪をかきわけて線路近くまで登ってみたが、当然ながらホームも何もない。
CIMG3763_2019011521252601d.jpg

以前は、1面1線のホームがあったらしい。
wasii.jpg

ネットから拾った駅名板をここに掲げておく。
wasi.jpg

早々に立ち去り、次の山崎駅へ。
スマホナビの頭が悪く、駅舎の反対側に案内されてしまった。
でも、おかげで八雲駅10:01発の特急スーパー北斗5号札幌行きの通過を目撃することができた。
DSC_5620_20190115212213547.jpg
DSC_5623_20190115212214b10.jpg

雪がなお、しんしんと降っている。
CIMG3764_20190115212527524.jpg

改めて駅舎に行き直し。
CIMG3768_20190115212532492.jpg

トイレは別棟になっていた。
CIMG3765.jpg

八雲駅から遅れること1年、1904年(明治37年)10月15日に開業した駅である。
CIMG3766_20190115212530c85.jpg

駅前には、キッチンアウルが元気に営業していた。
CIMG3769.jpg

国道5号をはさんで駅前の風景。
CIMG3770_201901152125037f7.jpg

現在の駅舎は1987年1月に改築されたものとされているが、それにしてはやや古いタイプのような気がする。
CIMG3771_20190115212504773.jpg

1992年4月1日に簡易委託が廃止され、完全に無人化された。
CIMG3772.jpg

ホームでは作業員の方々が除雪の真っ最中だった。
CIMG3773.jpg

「やくも」が白くなっているのは、隣の鷲ノ巣駅が廃止されたためだ。
CIMG3774_20190115212432b4d.jpg

上下本線と副本線を備えた、2面3線の相対式・島式混合ホームである。
CIMG3775_20190115212434083.jpg

2番線に渡るには構内踏切を使用する。
CIMG3781.jpg

2011~15年の1日平均乗降人員は10人以下ということだったので、この駅も近い将来、当然廃止の検討対象になるだろう。
CIMG3777_20190115212435192.jpg

廃止になっても、駅舎は残してもらいたい。
DSC_5626_2019011521214344d.jpg

東側には噴火湾が望める。雪もどうやら止んだようだ。
CIMG3778_201901152124377b3.jpg

函館本線は鷲ノ巣信号場から山崎駅までが単線で、ここから次の黒岩駅まで複線となっている。
DSC_5625_201901152122162e4.jpg

函館側に複線区間と単線区間の境界となる両開き分岐器が設置されている。
CIMG3780_20190115212438f66.jpg

待合室を覗いてみたら、ほとんど除雪用具の倉庫状態だった。
CIMG3782_20190115212407091.jpg
DSC_5628_20190115212146adc.jpg

函館まで1640円。
CIMG3784_20190115212410ba2.jpg

運行は1日6往復。
CIMG3785_20190115212413e67.jpg

作業の関係で事務室の扉が開いていたので、ちょっと覗いてみた。
CIMG3783_20190115212410ad8.jpg

ストーブが焚かれており、テーブルの上にはお菓子が置いてあった。
CIMG3786.jpg
作業頑張ってください。

それでは失礼致します。
DSC_5630_201901152121470f9.jpg

次の黒岩駅に着く頃にはすっかり晴れ上がっていた。
CIMG3787_201901152123302ac.jpg

1903年に八雲駅と同時に開業した駅である。
CIMG3788_20190115212331704.jpg

駅舎は1988年(昭和63年)12月3日に改築されたもの。
CIMG3789.jpg

ここにも除雪用具がたくさん備えられていた。
CIMG3790_20190115212334442.jpg

駅の位置は海抜4mしかないので、津波時の避難路が示されていた。
CIMG3791_20190115212302738.jpg

ホームは2面2線となっている。従来は2面3線だったが、中央の側線が撤去されたようだ。
CIMG3793_20190115212305dc1.jpg

2番線へはホーム中央の構内踏切で渡る。
CIMG3792.jpg

すでにきれいに除雪されていた。
CIMG3794.jpg

無人化されたのは1986年(昭和61年)11月1日のことである。
CIMG3795_2019011521230825c.jpg

下り線のホーム。
CIMG3798_201901152122416e6.jpg

駅名はここの地名に基づくが、アイヌ語の「クンネ・スマ」もしくは「クンネ・シララ」(黒い・岩)を意訳したものとされる。
CIMG3796_20190115212237902.jpg

付近の海岸に黒い岩礁が突き出ている様子を指して呼んだものらしい。
CIMG3797.jpg

2011~15年の1日平均乗降人員は10人以下ということなので、ここも存続が危ういかもしれない。
CIMG3799_20190115212242852.jpg

駅周辺にはそこそこ集落があるのだが。
CIMG3800_201901152122431fa.jpg

次の北豊津駅も2017年3月4日に廃止され、信号場となっている。
入口を探しながら、国道5号を北上したが、結局見つけられないまま、国縫まで来てしまったので断念。次回を期すことにした。
一応、現役時代の駅舎をネットから拾っておいた。
300px-JR_Hokkaido_Kita_Toyotsu_Station.jpg
まだ建物は残っているのだろうか。
この先の函館本線は札幌まですべて撮影済みなので、今回の駅舎めぐりはこれにて終了。

長万部に着いたのが11時前だったので、お昼にはまだ早い。
高速に乗るとお金がかかるので、ニセコ、中山峠経由で帰ることにした。
長万部の市街地にはそんなに雪はなかったが、ちょっと内陸に入るだけで、かなりの積雪になった。
激しく降り始めてしまい、視界が著しく悪い。
これは運転するだけで相当消耗しそうだ。
安全のためには金を払ってでも高速の方がよかったかと思ったが、じきに雪は止んでくれたので助かった。

お昼は、道の駅くろまつないで食べることにした。
DSC_5633_201901152121495ef.jpg

ここにはパン工房が併設されており、ピザ店も営業している人気の道の駅なのだ。
DSC_5642_20190115212029ad5.jpg

せっかくなのでピザを注文して、焼き上がるまで、店内を探索。
DSC_5641_201901152120286f3.jpg

いろんな地元産品が並んでいた。
例えば、黒松内産のワイン「ぶなのささやき」。
DSC_5634_20190115212106d50.jpg

地酒の「ぶなしずく」。
DSC_5635_201901152121072e3.jpg

コアップガラナのクラシックボトルなどなど。
DSC_5636_20190115212109546.jpg

さあ、焼き上がりました。
DSC_5637_20190115212110187.jpg

選んだのは、生ハム、サラミ、バジルペースト、チューリンガーブルスト、スモークブルスト、セミドライトマト、ローストオニオンを散りばめた「ブルンネン」。
DSC_5638_20190115212112ed6.jpg

窓の雪景色を見ながら、ぜいたくなランチとなった。
ピザを食べるのは久しぶりだけど、チーズがとろっとして、とても美味しい。
DSC_5640_20190115212026f9f.jpg

満腹になったところで出発。
中山峠には14時過ぎに到着。さすがに雪が深かった。
DSC_5644_20190115212031a0b.jpg

名物のあげいもは食べなかったけれど
DSC_5646_2019011521195975d.jpg

あげいも君とはツーショット。
DSC_5645_201901152120325eb.jpg

トイレのついでに売店を覗いてみると、道の駅望羊中山のゆるキャラ「あげポン」のハンドパペットが販売されていた。
DSC_5647_20190115212001766.jpg

さっそくはめてみた。面白いけれど、家に物を増やしたくないので買わない。
DSC_5648_20190115212002d4f.jpg

道産メロンの果汁を使用したあげポンドロップも山積みになっていた。
DSC_5649_20190115212004752.jpg
あげポンなんて初めて知ったけど、2013年にはすでに生まれていたそうだ。

というわけであとは帰るだけ。
15時過ぎには無事に帰宅した。
冬はこうした温泉の旅もいいものである。
このページのトップへ

貝取澗温泉(下)

【2019年1月5日(土)】貝取澗温泉
札幌から6時間半近くかけて、貝取澗温泉あわび山荘に到着。
部屋でちょっぴり休んだ後、暗くならないうちにお風呂へ。
onsen-yokujo01.jpg(HPより)

露天風呂への入口が見当たらず、浴室内をうろうろしたが、なんと内湯の湯船の奥に扉があった。
DSC_5580_20190114233626960.jpg

湯船を横断して、階段を下りたところが露天風呂。
DSC_5543_20190114233818ff9.jpg

誰もおらず、独占状態。ちょっと熱かったが、実にいい湯であった。
DSC_5548_20190114233821c2e.jpg

泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉(中性低張性高温泉)。旧名称では含重曹-食塩泉だそうだ。
DSC_5545_20190114233820f89.jpg

源泉の温度は56.3℃、ph値は6.2とのことである。
DSC_5582_20190114233628e1e.jpg

名湯を満喫して、しばし館内を探検。
卓球台にゲーム機。昭和ムードたっぷりである。
DSC_5554_201901142338239a3.jpg
DSC_5557_201901142337585b4.jpg

再び、カメさんと対話。
DSC_5555_2019011423382429e.jpg

さすがに、30分前と比べたら動いていた。
DSC_5556_2019011423375786b.jpg

広々としたロビー。
DSC_5559_20190114233800a3e.jpg

売店はちょっとスカスカ感あり。
DSC_5560_201901142338013c0.jpg

名産の昆布だし。
DSC_5561_20190114233803119.jpg

旧大成町にある中栄菓子舗の「親子熊羊羹」。
DSC_5562_2019011423373436f.jpg

久遠(くどう)名物という触れ込みだ。
DSC_5564_20190114233737822.jpg

羊羹の名の由来となった親子熊岩。
DSC_5565_20190114233739965.jpg

そして「三味線岩せんべい」。
DSC_5563_201901142337351f0.jpg
でも、ダイエット中なので、どのお菓子も買わなかった。

部屋に戻って、しばらくくつろぐ。
DSC_5566_201901142337409e3.jpg
DSC_5567_2019011423371165e.jpg

夕食は午後6時から別室で。
楽しみにしていた、アワビ三昧だ。
DSC_5568_2019011423371678b.jpg

順に見ていこう。
お造りはもちろんアワビ。他はマグロ、サーモン、つぶ。
DSC_5569_20190114233715f5a.jpg

踊り焼き用のアワビも。隣の巻貝はつぶ。
DSC_5570_20190114233716a8e.jpg

アワビは生きているので、うねうねと動いている。
DSC_5571_2019011423371824b.jpg
「油断しているとアワビがいなくなってしまうので気をつけて」と若い中居さん。
貝殻を放置して逃げてしまうことがあるそうだ。びっくり。

かわいそうだが、食べないわけにはいかない。
DSC_5572_20190114233648e94.jpg

こちらは鍋。出汁が絶妙だった。
DSC_5573_201901142336508c1.jpg

炊き込みご飯にもアワビが3切れも。
DSC_5574_20190114233651996.jpg
他に茶碗蒸しや鴨ロースに天ぷらもあり、炊き込みご飯は悔しいけど、少し残してしまった。

お腹いっぱいになって、お部屋に戻る。
DSC_5579_20190114233655295.jpg

外は雪がしんしんと降っており、すでに15cm近く積もっていた。
DSC_5575_201901142336533f2.jpg

お腹がこなれてきたところで、もう一度お風呂へ。
DSC_5583_201901142336294d8.jpg

縁石には湯の華が固まって、ひれのように成長していた。
DSC_5584_20190114233631557.jpg
というわけで、今夜はここまで。
午後10時くらいには就寝した。

【2019年1月6日(日)】貝取澗温泉
朝食は7時半からなので、6時半に起床。
DSC_5590_20190114233610e43.jpg

車に積もった雪を払ってから朝風呂へ。
体が温まったところで食堂に向かう。
DSC_5585_201901142336331d1.jpg

朝食はビュッフェ方式だった。
DSC_5587_20190114233605721.jpg

客が少ないだけに、それぞれのメニューの量も少な目。
DSC_5588_20190114233606db9.jpg
DSC_5589_20190114233608250.jpg

これが私の朝食。ダイエット中なのに昨夜あんなに食べたので、今朝はサラダ中心にしておいた。
DSC_5586_20190114233603d47.jpg
8:15頃、チェックアウト。国道229号を南下して、八雲町方面へ。

間もなく、奇岩地帯に差し掛かった。
まずは釣の澗。
DSC_5591_201901142335404d5.jpg

そしてツラツラ岬。
DSC_5593_20190114233543eee.jpg

あれはたぬき岩かな。
DSC_5592_20190114233542b71.jpg

うん、当たり。
DSC_5596_201901142335465b0.jpg

かなりお腹が張り出している。
DSC_5595_2019011423354455e.jpg

次はマンモス岩。
DSC_5598_201901142335163a8.jpg

鼻がはっきりしないが、形が確かに似ている。
DSC_5600_20190114233519155.jpg

頭に生えている「毛」がそれっぽい。
DSC_5599_201901142335180f1.jpg

これは無名だったので、カネゴン岩と命名した。
DSC_5602_20190114233521d23.jpg

真打ち、親子熊岩見参!
DSC_5604_2019011423352279d.jpg

親熊の形が大づくりだが、子熊が背伸びをしている感じがいい。
DSC_5605_2019011423345251a.jpg

雪をかぶっている方が、表情がよく出ているように思う。
DSC_5606_20190114233454ad9.jpg

この親子熊岩には悲しい伝説があるらしい。
DSC_5609_2019011423345740e.jpg
むかしむかし、飢えを訴える子熊を連れて親熊が山奥から海岸まで下りてきた。
海岸にいるカニを子熊に食べさせていたが、子熊も自分でカニを獲ろうとして足を滑らせ海に転落。助けようとした親熊も海に落ちてしまった。
その一部始終を見ていた海の神が溺れる親子熊を、愛の姿そのままに岩に変身させたのだという。

ここにも菅江真澄の歌碑があった。
DSC_5607_2019011423345583f.jpg
「さみだれの雨の 晴間に みね麓かかるもあやし 花のしら雪」
1789年(寛政元年)の詠だが、親子熊岩とは直接関係なさそうだ。

親子熊岩の先には夫婦岩。
DSC_5610_2019011423345996e.jpg

あまりに風が強く、車を右側(海側)に寄せて、車の中から撮影した。
DSC_5612_2019011423343264f.jpg

八雲町の熊石鮎川町で左折し、国道277号へ。
ここから先は、昨年5月に松前、函館を回った時に走った道だ。
雪が心配だったが、ちゃんと除雪されており、全く通行に支障はなかった。
9時過ぎに雲石峠(427m)を通過。
DSC_5614_2019011423343596e.jpg
八雲駅には9:40に到着した。

(つづく)

このページのトップへ

貝取澗温泉(上)

【2019年1月5日(土)】貝取澗温泉
年末年始は9連休だった。締めくくりは1泊で道南の温泉に行くことにした。
以前から気になっていた、せたな町(旧大成町)の貝取澗(かいとりま)温泉である。
周辺の海岸はエゾアワビの産地であり、それが地名の由来かと思っていたら、どうやら違うようだ。
語源はアイヌ語の「カイェ・ウトゥル(折る・岩)」で、澗は「袋澗(ふくろま)」のことだ。
袋澗とは、ニシン漁が盛んだった頃、水揚げしきれなかったニシンを一時保管しておく生け簀のような場所のこと。石を組んで小さな漁港のような形になっている袋澗が、今も北海道の日本海側には約300か所も残っているという。
つまり、貝取がそもそもの地名で、そこに造られた袋澗の名称が貝取澗。それが地域の地名として、改めて採用されたということなのだろう。
ちなみに貝取澗村は明治初期に成立。1923年(大正12年)に隣接する平田内村、長磯村と合併して、新生の貝取澗村となり、1955年(昭和30年)、さらに久遠村と合併して大成町(現在は、せたな町)となり消滅している。
1940年に字貝取澗は字白泉に改称されたが、55年の合併時に字貝取澗に戻っている。
ちなみに白泉の名は貝取澗川の河口に架かる国道229号の橋の名称として残されている。
「折れている岩」がどの岩を指すのかは、よく分からない。

さて、その貝取澗温泉までどのルートで行くか。
時間的に最も速いのは、道央道で八雲まで行き、雲石峠を越えるルートだが、面白味に欠けるし、距離が270kmもある。
最短コースは中山峠越えの220kmだが、これもまた通い慣れた道で新鮮味がない。
せっかく、後志道が12月に余市まで開通したばかりなので、これを利用し、岩内から延々日本海沿岸を行くことにしたらどうか。
茂津多岬あたりは30年前の1989年に車で通過して以来行ったことがない。
というわけで、日本海ルートを選択した。距離は約250kmである。
冬道だし、時間的には5時間は軽くかかるだろう。
往路はどこにも寄らないつもりだが、お昼を食べたり、休憩をはさんだりすれば、約6時間のドライブということになりそうだ。

5日午前9時に出発。
札幌は晴れていたが、札樽道で西に向かっているうちに雪が本格的に降ってきた。
後志道の新しい感じを味わいたかったが、積雪で全く何も分からなかった。
余市ICは余市市街の手前にあり、一般道から国道5号に出る地点はJR余市駅のすぐ南であった。
しばらく国道5号を順調に南下、稲穂峠を越えて、国富で国道276号に入る。
岩内には11時過ぎに到着した。
トイレを借りようと思って立ち寄った道の駅いわないは、今日まで休業中。
DSC_5490_201901141730001fa.jpg

仕方なく向かいの岩内バスセンターに行ったら、トイレが見当たらない。
DSC_5489_20190114172959162.jpg
結局、木田金次郎美術館の前にある公衆便所で用を済ませた。

車を停めたのは、マリンプラザ交番というカタカナ名称の派出所の前であった。
DSC_5491_20190114173002ad8.jpg
岩内町に「マリンプラザ」という地名はないが、美術館や道の駅のある旧岩内駅周辺のことをマリンプラザ地区と呼んでいるらしい。

まだ時間的に早いのでお昼は寿都で食べることにしたが、小腹が空いたので、前日高校の同級生Sさんからいただいたお菓子をつなぎに食べた。
DSC_5492_20190114173003f7a.jpg

かんぴょうが入っているらしいが、それはよく分からなかった。
でも、とってもおいしかった。
DSC_5493_20190114173005a46.jpg
岩内からは国道229号を南下、廃墟となった雷電温泉を横目に、難所を長大なトンネルで抜けて行く。
安全にはなったかもしれないが、奇岩の続く海岸ドライブを楽しめなくなったのは実に残念だ。

尻別川河口から寿都の入口までは30年ぶりに走る道である。
このあたりも奇岩あり、旧道あり、昔ながらの漁村あり、と見どころが多いので、いずれじっくりと訪ねてみたい。
貝取澗ならぬ鮫取澗という地名もある。歌棄もとても興味がある集落だ。

寿都には正午前に着いた。
あれこれ探すのも面倒なので、夏に寿都鉄道の廃線跡を歩いた時に寄った大谷会館を再訪。
DSC_5496_201901141729397da.jpg

前回はイカ刺しとホッケの定食だったが、今回は磯ラーメンをいただいた。
DSC_5494_2019011417293725d.jpg
あっさりしていて、とても美味しかった。

食後は弁慶岬の駐車場に立ち寄り、車から下りずに、弁慶さんにご挨拶。
DSC_5498_20190114172941fcb.jpg

海は青かったが、風が強く、白波が立っていた。
DSC_5497_20190114172940c26.jpg

島牧村の美川から先はまた30年ぶりに走るルートである。
寿都から1時間ほど走ると白糸岬に至るが、そこに旧道のトンネルが確認できたので、車を停めて撮影。
DSC_5499_20190114172943df2.jpg

白糸トンネルの上に白糸の滝があるはずなのだが、どこなのかよく分からなかった。
DSC_5500_2019011417290693d.jpg

右手には、雪をかぶった無名の岩が浮かんでいた。
DSC_5501_20190114172908587.jpg

白糸トンネルを抜けると、兜岩トンネル、狩場トンネルを経て、後志と檜山を分ける茂津多トンネルに突入する。
DSC_5502_20190114172909a34.jpg

茂津多トンネルは1974年の完成。全長は完成年と同じ1974mである。
旧渡島国に入った途端、「日本一高い茂津多岬灯台入口」の文字が目に飛び込んできた。
DSC_5503_20190114172911207.jpg

おお、これは行ってみよう!と思ったが、林道は除雪されておらず、通行不能だった。
DSC_5504_201901141729124aa.jpg

海岸線の風景美を楽しみながら南下すると、窓岩が現れた。
DSC_5505_201901141728437f9.jpg
真ん中に穴が開いて窓のようになっている。これは珍しい。

この先は虻羅トンネル。冬は日本海の海岸線の荒々しさが引き立つ気がする。
DSC_5506_20190114172845676.jpg

三杉トンネルの手前から望む三本杉岩。
DSC_5507_201901141728469aa.jpg

至近距離から。3本のうちの2本。左奥は蝋燭岩。
DSC_5508_20190114172848d6f.jpg

こちらが3本のうちのもう1本。右奥は輪掛岩。
DSC_5509_201901141728505ee.jpg

海難慰霊碑。
DSC_5511_20190114172817ec6.jpg

北海道西南沖地震を詠んだ天皇陛下御製の歌碑。
DSC_5512_20190114172819db7.jpg

せたな町の瀬棚区を通過して、北檜山区へ。
ここは一昨年12月、旧瀬棚線の廃線跡を訪ねた時、北檜山駅跡だけなぜか見つけられず断念した経緯があったので、再訪。
今回は、駅舎が函館バスのターミナルになっているということがちゃんと分かっていたので難なく、たどり着くことができた。
DSC_5515_2019011417282205b.jpg

保存されている瀬棚線唯一の駅舎である。
DSC_5517_20190114172753aa8.jpg

こちらは駅前通り。
DSC_5516_2019011417282335e.jpg

町道の名称に駅名が残されていた。
DSC_5513_20190114172820ed8.jpg

待合室の風景も、1987年(昭和62年)3月16日に廃止されて以来あまり変わっていないのだろう。
DSC_5518_20190114172754050.jpg

切符売り場も健在で、当然ながら函館バスの切符が販売されていた。
DSC_5519_2019011417275687e.jpg

時刻表も何となく、国鉄時代を思い起こさせてくれる。
DSC_5520_20190114172758cb9.jpg

バス会社も厳しいようだが、何とか頑張ってほしい。
DSC_5521_201901141727591c0.jpg

なんと今日停まる「あわび山荘」の広告が壁に貼られていた。
DSC_5524_201901141727260a9.jpg
後ほど、よろしくお願いします。

ホームの位置はそのままバス乗り場になっていた。
DSC_5522_201901141727234ee.jpg

線路のあった場所は盛土したのだろう。
DSC_5523_20190114172725e18.jpg

名残を惜しんで、もう一度別角度から。
DSC_5527_20190114172728a41.jpg
DSC_5528_20190114172729ff9.jpg
あとはもう、ひたすら宿に向かうだけだ。
この先、尾花岬経由の海岸線ルートもあったのだが、そちらはてっきり通れないものと思い込んで、内陸の国道229号を使ってしまった。
まあ、あちらは太田神社に登拝する際にどうせ行くことになるから、まあいいだろう。

貝取澗温泉あわび山荘には15時半前に到着した。
DSC_5529_2019011417265894a.jpg

こんなに早く宿に着くのも珍しい。北海道の冬ならではだ。
前庭には菅江真澄の歌碑が立っていた。
DSC_5530_20190114172700678.jpg
「めずらしな 五月のけふの 花ざかり いすれあやめの 匂ふなるらん」
1789年(寛政元年)に詠んだ歌である。

それではお世話になります。
DSC_5531_201901141727018d5.jpg

1泊2食で1万1000円である。
DSC_5536_20190114172635bc0.jpg

お部屋は2階の「宮野」という部屋だった。
DSC_5534_201901141727044ae.jpg
この宿の部屋名は付近の地名から付けている。

宿は海岸から500mほど奥まっているが、部屋の窓から日本海を望むことができた。
DSC_5533_20190114172702ba4.jpg

ロビーの奥に室内池がある。
DSC_5537_20190114172638d87.jpg

そこでカメが飼われていた。
DSC_5539_20190114172640a4e.jpg

カメはとても繊細な生き物なのだそうだ。
DSC_5538_20190114172638735.jpg

でも、剥製のように動かなかった。
DSC_5540_20190114172641c6c.jpg

では、お待ちかねの温泉へ。
DSC_5541_20190114172615802.jpg

この宿がオープンしたのは、1978年(昭和53年)10月なので、昨年40周年を迎えたことになる。
DSC_5542_20190114172617a80.jpg
しばらく混浴であったが、2001年にリニューアルして男女の仕切りを設け、露天風呂も新設したそうだ。
その露天風呂に行くには内湯を横断して行かなくてはならなかった。
めずらしい設計だ。

(つづく)
このページのトップへ

国境山(下)

【2019年1月12日(土)】国境山
登山口の幾寅ゲートから2時間45分ほどかけて、国境山(982m)に登頂した。
CIMG3832_2019011315003481e.jpg

しかし残念ながら、Aさんが言っていた通り、山名板はなかった。作ってくればよかった。
CIMG3831_2019011315003335b.jpg

それにしても、こんな感じの猛烈な風なので、急いで撮影を済ませる。
CIMG3833_20190113150036b7b.jpg

北の方角には、幾寅の街並み。
CIMG3834_20190113150037a1d.jpg

木々に隠れているが、さっき歩いてきた道道1030号の高樹橋。
CIMG3835_201901131500394ff.jpg

東の方角へ続く国境山の稜線。
DSC_5671_201901131457526dd.jpg

左が1092mピーク。その右に続く稜線の先端がトマム山(1239m)。
DSC_5672_20190113145753d86.jpg

寒いので、自撮りはダウンのまま1枚だけにしておいた。
DSC_5673_20190113145755050.jpg

では、山頂滞在5分足らずで下山開始。
CIMG3837_20190113150013021.jpg

頂上直下の雪庇の陰まで下る。
CIMG3836_20190113150011cb3.jpg

あそこまで行けば風がしのげる。
DSC_5675_201901131457249e6.jpg

北海道の山は天気がよくて、標高が低くても、本当に厳しい。
DSC_5676_2019011314572507a.jpg

まだ積雪も多くないので、ここの雪庇はこの程度だった。
DSC_5677_201901131457277dd.jpg

コンビニにカップ飯が売っていなかったので、今日のお昼はやむなくカップ麺。
天ぷらそばにした。
DSC_5678_20190113145729334.jpg

熱湯3分だが、気温が低いので5分ほど待った。
その間にあたりを撮影。眼下は約910mの小ピーク。
CIMG3838_20190113150015d74.jpg

右のとんがりは815mピークと思われる。
CIMG3839_20190113150016161.jpg

ここで、ガイドのAさんから夕張銘菓のシナモンドーナツが配られた。
写真に撮るのを忘れてむさぼってしまったが、めっちゃ美味しかった。
やっとそばが出来上がったので、つるつるとすすり始める。
DSC_5679_20190113145730774.jpg
しかし、半分も食べないうちに、「そろそろ準備しましょう」の掛け声が。
え~、やべ。皆さん、これまで休憩のたびに少しずつ食べていたようで、ここでもパン1個程度で済ませていたようだ。
あわてて、残りをずるずるとすすり込んで、汁もごくごく飲んで、お片付け。
とても味わっている暇はなかった。

14時に出発。
CIMG3840_201901131500188b7.jpg

ここからは登りの時に付けたトレースにこだわらず、それぞれ思い思いのコースで下る。
CIMG3841_2019011314594871e.jpg

この山は山頂部に樹木がほとんどなく展望がいい。
DSC_5680_201901131457019eb.jpg

頂上直下はかなりの急斜面だったが、尻すべりができるほどでもなかった。
CIMG3842_20190113145953405.jpg

何人かは、Aさんが貸してくれた小型のソリを持っていたが、あまり使える場面がなかった。
CIMG3843_201901131459519e5.jpg

小ピークの近くからはダケカンバの林になる。
CIMG3844_2019011314595479c.jpg

帰りは最後尾になったので、好きなときに写真が撮れる。
CIMG3845_201901131459554aa.jpg

樹木の南側に雪が付いている。山から吹き下ろしてくる風なのだろう。
CIMG3847_20190113145929ca5.jpg

雪はそれほど深くもなく、パウダーなので軽快に下れる。
CIMG3848_20190113145931ff2.jpg

途中で、ちょっと怒ったムーミンを発見!
CIMG3850_2019011314593248d.jpg

自然の造形で、こんなにそっくりになるとは驚きである。
DSC_5681_2019011314570256e.jpg

ミズナラの巨木。
CIMG3852_20190113150950b83.jpg

ほぼ登山ルートに沿って、樹木に巻かれた赤テープが続いていたが、Aさんによると登山用のマーキングではないという。
CIMG3853_20190113145902dbd.jpg
確かに、冬山用であれば、もっと高い位置に付けるはず。何のためのものなのだろう。

30分ぐらい下って、標高630mほどのところまで来たところで小休止。
CIMG3854_201901131459030ef.jpg

10分ほど休んで、息を整えてから出発した。
CIMG3855_20190113145905d25.jpg
これまで吹き溜まりになっているところは斜度が急なので転倒する人も続出したが、みんな笑って済ませる程度のことだった。

正面に見えてきたのは、おそらくかなやま湖の北岸にそびえる二ノ山(791m)だろう。
CIMG3856_20190113145906c3c.jpg

そろそろ樹林帯から脱出できそうだ。
CIMG3857_20190113145908f29.jpg

抜けると、高樹橋が姿を現した。
CIMG3858_20190113145838b16.jpg

一同、ほっとした瞬間である。
CIMG3859_20190113145840659.jpg

ほんの少し雪原を歩く。
CIMG3860_201901131458415aa.jpg

正面の平らな稜線は611mピークと思われる。
CIMG3861_2019011314584333a.jpg

というわけで、頂上から1時間弱で道道に戻ってきた。
CIMG3862_20190113145844357.jpg

あとは延々2km近く単調な道を歩かなければならない。
CIMG3863_20190113145814332.jpg

ここは往路のトレースに従って進む。
CIMG3864_20190113145816a21.jpg

振り返ると、頂上は見えていないが国境山。
CIMG3865_20190113145817f0f.jpg

改めて見ると、なかなか堂々たる山容ではないか。
CIMG3866_2019011314581920a.jpg

このキロ数は占冠側からの距離であろう。
CIMG3867_20190113145820fa0.jpg

幾寅ゲートまで戻ってきたのは、もう15時半近くになっていた。
CIMG3868_20190113145749522.jpg

スタートが予定より1時間近く遅れたので、暗くなる前に下れてよかった。
CIMG3869_201901131457515ea.jpg

皆さん、お疲れ様でした。
DSC_5683_201901131457044af.jpg

私もスノーシューを外します。
DSC_5682_201901131457034e0.jpg

皆さんの準備が整ったところで出発。
目指すは、占冠村の湯の沢温泉「森の四季」である。
ここは昨秋、東ヌプカウシヌプリに登った帰りに発見した温泉で、いつか来なければと思っていたが、わりと早くに実現できてよかった。
DSC_5685_201901131456334e7.jpg

こんな寒い時期で周辺の人口も少ないのに、そこそこお客さんは来ているみたいだ。
DSC_5684_20190113145706786.jpg

宿泊もできるようである。
DSC_5686_20190113145635ec2.jpg

2012年9月にリニューアルオープンしたらしい。
DSC_5687_201901131456363d0.jpg

入浴料は1人500円だが、知らないうちに割引があって400円で入れた。
DSC_5688_20190113145638989.jpg

ここはナトリウム・カルシウム-塩化物低鉱泉(中性等張性冷鉱泉)、旧名称は含塩化土類・食塩泉とのこと。
DSC_5689_20190113145639010.jpg

源泉の温度は8℃なので沸かしているが、地元の間伐材を生かした薪で焚いているというのがまたいい。
DSC_5703_20190113145612e6e.jpg

浴室はわりとこじんまりしている。
index_r5_c1.jpg(HPより)
かけ湯をして湯船へ。いや~温まる~~~~。
今日初めて生きた心地がした。
なめてみたら、ちょっとだけ塩味がした。

気づいたらツアーメンバーの2人も上がっていたので、じっくり撮影することもできた。
DSC_5700_20190113145611783.jpg
すっかり温まって、休憩室へ。
ここでツアーガイド料金+ビーコンレンタル料合わせて1万円を支払い、80歳男性から振る舞われたミニパンなどを食べながら、しばし歓談。
17時半に札幌へ向けて出発した。
私はまたすぐに眠りこけてしまい、輪厚PAのトイレ休憩で目が覚めた。
往復5時間のドライブで4時間は寝ていたような気がする。
札幌駅に到着した時には19時半を過ぎていた。
帰宅は20時過ぎ。長い1日であったが、遠隔地の登山はツアーの方が格段に楽だと実感した山行であった。

【行程】2019年1月12日
ゲート(10:52)~1km地点(11:10着替え休憩11:14)~取り付き地点(11:36)~標高590m地点(11:52休憩12:02)~標高840m地点(13:02休憩13:12)~頂上(13:39撮影13:43)~頂上直下(13:46昼食14:00)~標高630m地点(14:32休憩14:42)~高樹橋(14:56)~ゲート(15:27)
※所要時間:4時間35分(歩行時間:3時間45分)
※登った山:1座(国境山)
※歩行距離:8.0km
※累積標高差:580m
このページのトップへ

国境山(上)

【2019年1月12日(土)】国境山
1月の3連休は初日だけ山に行かけることにした。
Aさんのツアーで、南富良野町と占冠村の境界にある国境山(982m)である。
この山名は、頂上にある三角点の点名(国境)に基づくそうだが、ここがなぜ「国境」なのかが疑問だった。
日本国内で国境という場合、川端康成の「雪国」の冒頭のように旧国(上野国と越後国)の境を指す。
北海道については、1869年(明治2年)に松浦武四郎の発案で11か国に分けられた。
渡島、後志、石狩、天塩、北見、胆振、日高、十勝、久摺、根室、千島である。
現在の振興局で言えば、若干異同はあるものの、それぞれ渡島・檜山、後志、石狩・空知・上川、留萌、宗谷・オホーツク、胆振、日高、十勝、釧路、根室、北方領土に相当する。
しかし、南富良野町も占冠村も現在は上川総合振興局に属している。
つまり石狩国の中ということになり、その境界は「国境」ではないのである。
それが不思議に思った理由だ。
国境山から星野リゾートトマムを挟んで南東の方角にそびえる狩振岳(1323m)も明らかに、石狩と胆振の境界にあることを示した名称だが、この山も南富良野と占冠の境界にあり、状況は同じだ。
もしかして、「国替え」があったのか? と思い調べてみたら、簡単に答えが出た。
占冠村は勇払郡に属しているが、この勇払郡が1906年(明治39年)に室蘭支庁(1922年に胆振支庁に改称、胆振国)から上川支庁(石狩国)に移管されているのである。
つまり、国境山の命名が行われた思われる明治初期においては、両町村の境界は石狩国と胆振国の国境だったわけだ。
これで、狩振岳の由来についても一気に解決した。
ちなみに道東道のトマムICのすぐ北にある標高758mの山は両国山と呼ばれるが、これも名称の由来は同じだろう。
それぞれにアイヌ語の名称がなかったのか、あっても和名にしたかったのか、そこまでは調べ切れないが、明治の人は手をかえ品をかえ、同じ理由から3つの山名をひねり出した、ということがよく分かった。

と前置きが長くなってしまったが、この日のツアー参加者は男性3人、女性6人の計9人。
さすがにAさんのツアーはいつも盛況だ(Aさんのワゴン車の定員が10人なので、客9人で満員ということになる)。
私は札幌駅北口のローソン前で7:10にピックアップしてもらった。
ここから、南富良野町の幾寅駅に近い登山口(幾寅ゲート)まで170kmもある。
Aさんから事前に送られてきたスケジュール表では所要2時間半とあった。
しかし、道央道の夕張・むかわ穂別間が事故で通行止めになっていたこともあり、結局3時間半近くかかってしまった。
私は札幌北ICから高速に乗った時点ですぐに眠りに落ちていた。
目が覚めたのは、トイレ休憩のため由仁PAに停まったときだった。
DSC_5663_20190113121823b61.jpg

ものすごいいい天気になっており、期待が高まる。
DSC_5664_20190113121824496.jpg

この後、前述の通り、夕張ICで一旦、一般道に。
DSC_5665_2019011312182639e.jpg
せっかく、夕張に下りたのだからと、Aさんはコンビニに立ち寄り、夕張名産のうさぎや菓子舗シナモンドーナツを買っていた。
これは山頂での休憩時、全員に振る舞われた。

その後また寝てしまい、次に気づいたのは落合の交差点で国道38号に出たとき。
幾寅の道の駅みなみふらのでもう一度トイレ休憩。
DSC_5667_20190113121747121.jpg

ここからは背後に南ふらのスキー場が見えた。
DSC_5666_20190113121827d29.jpg

道の駅から10分ほど、10時半に道道1030号(石勝高原幾寅線)の幾寅ゲートに到着した。
DSC_5670_2019011312175103e.jpg

このゲートの手前には民家がぽつんと1軒あり、除雪はここまでしか行われていない。
DSC_5669_2019011312175067b.jpg

屋根に積もった雪を見ると、意外に積雪が少ない。
DSC_5668_2019011312174946c.jpg
このあたりは豪雪地帯かと思っていたら、そうでもないようだ。
気象庁のデータで確認すると、この日午前7時の積雪は札幌で49cm、夕張107cm、幾寅34cm。札幌よりも少なかった。

それはともかく、それぞれに出発の支度にとりかかる。
CIMG3801_201901131221404b9.jpg

準備が整ったところで円陣となって、一応、名前だけ自己紹介。Aさんのツアーの儀式だ。
出発は10:50過ぎ。
CIMG3803_20190113122142078.jpg
しばらく幅の広い道を進む。
トレースがないので、ラッセル部隊の一人として、Aさんの後ろ、二番手に付いたが、下地が締まっていたので、5cmほどの雪を蹴散らすだけで済んだ。
ちなみにここ幾寅峠(730m)への道道は10月下旬から5月下旬まで半年以上も冬季通行止め。山麓部分はかなり整備されているが、峠前後の約9km区間はダートだそうだ。

15分ほど歩いたところで着替え休憩。
CIMG3804_20190113122143f59.jpg
私はダウンからゴアに着替えた。
今朝ダウンを着て、自宅から駅に向かって歩いたら、それだけで汗ばんでしまったので、札幌駅でゴアに着替えていたのだが、登山口に着いたら、やけに寒くて、またまたダウンに戻していたのだ。
気温は氷点下6℃。札幌は7時でマイナス1℃だったので5℃も低い。
ここまでずっと平らでまだ汗をかくほど温まっていなかったが、この後間もなく登りになるのでやはり脱ぐことにした。

単調な道道はAさんとあれこれおしゃべりをしながら歩いた。
CIMG3805_20190113122145f81.jpg

彼女は南極観測隊にも参加したことがあるそうで、びっくり。
路面にはキツネやシカ、ウサギなどいろんな動物の足跡があり、なぜここでカーブしたのかとか、その行動を想像しながら歩くのが楽しかった。
CIMG3807_201901131221197a4.jpg

30分近く歩いて正面に見えてきたのが国境山である。
CIMG3806_2019011312214646f.jpg

左手の雪原にはスノーモービルの遊んだ跡があった。
CIMG3808_20190113122121b5b.jpg

左前方に見えてきた中央奥の尖った山は落合岳(1166m)だそうだ。
CIMG3809_20190113122122e4c.jpg
地図を見ると、頂上にあるNTT落合無線中継所に通じる車道が幾寅峠から分岐している。
一般車は通行止めのようだが自転車なら行けるだろう。
雪が解けたら行ってみよう。

出発してから1時間半ほどで高樹橋に差し掛かった。ここまで約1.8km。
CIMG3810_201901131221243e3.jpg

1998年に完成した新しい橋である。
CIMG3811_201901131221253e0.jpg

下を流れるのは四ノ沢川だった。
CIMG3812_20190113122053021.jpg

この橋を渡った先で道道とはお別れして、尾根に取り付く。
CIMG3813_20190113122055417.jpg

5分ほどで樹林帯に突入した。
CIMG3814_20190113122057cc1.jpg

樹林帯の中はさらに積雪が少ない。
だからラッセルがなくて楽かと言えば、そんなことはない。
雪の下のササがまだつぶれておらず、落とし穴がたくさんあるのだ。
私はAさんの後ろなので落とし穴を避けることができたが、Aさんは時々踏み抜いてしまい大変そうだった。
樹林帯に入って10分、作業道と交差したところで小休止。
CIMG3815_201901131220585c2.jpg
出発してから1時間ほど経ったが、ここで標高は約590m。
出発地点(約400m)から200mしか登れていない。
あと400m近くある。距離的には中間地点を過ぎたそうだが。

樹間から時々陽の差す緩斜面を進む。
CIMG3816_201901131220595e7.jpg
Aさんの歩幅はIさんと違って小さいので歩きやすい。
ヨーロッパのガイドはお客さんのことを考えて、スモール・ステップにするのが常識なのだそうだ。

標高が高くなるに従い、斜度も増してくるが、気温も下がってきたのか、やけに手が冷たい。
今シーズンの冬山はどれも夏用の手袋で十分だったので、今日もそうしていたのだが、耐え切れなくなってきた。気温は氷点下10℃にははっていないと思うが。
次に休憩するところで取り換えようと思っていたのだが、とうとう我慢できず、Aさんが急斜面の踏み固めをしている隙にザックを下ろして、履き替えることにした←北海道弁
でも、すでに手の感覚がほぼなくなっており、手際よくできない。
数分、皆さんをお待たせしてしまった。
夏用も冬用も手袋が緑だったので、Aさんに「Kさん、グリーンですね」と冷やかされてしまった。
ザックも緑なので、そう言われても仕方がない。「葉緑体」なんですとボケておいた。
しかし、分厚い手袋にしても、なかなか感覚が戻らず、ちょっと心配になったが、中で指をこすりあわせたりしているうちに、なんとか元に戻ってきた。

この先、標高840m地点で小休止した際、再びダウンに着替えた。
稜線に出ると風が強くなるとの注意があったからだ。
それともう午後1時を過ぎて、お腹がペコペコだったので、持参した洋菓子を急いで1個口に放り込んだ。
これで何とか、山頂まで持たせることができた。

山頂手前の小ピーク(約910m)は右を巻いていく。
CIMG3817_20190113122031f9b.jpg

巻き終わると稜線に出た。
CIMG3818_20190113122033084.jpg

風が強く、顔が異常に冷たい。
CIMG3819_2019011312203582c.jpg

手が元に戻ったばかりなので、こんなに寒いところであまり手袋を脱ぎたくないのだが、ここで写真を撮らないと撮るところがない。頑張った。
CIMG3820_201901131220367e7.jpg

左手には南斜面に星野リゾートを抱えるトマム山(1239m)が見えてきた。
CIMG3821_20190113122038e55.jpg

国境山も頂上直下はかなりの急斜面である。
CIMG3822_20190113122007c93.jpg

そして、今度はハイマツが埋まり切っていなかったので、またまた落とし穴が。
CIMG3823_20190113122009da1.jpg

しかし、山頂はかなり景色が良さそうだ。
CIMG3824_20190113122010a92.jpg

展望が開けている分、風が強い。体感温度はマイナス15℃くらいか。
顔はダウンのフードで守った。
CIMG3825.jpg

それでも皆さん、頑張って登ってくる。
今年80歳という方もいたが、まったく遅れることがなかった。
CIMG3826_20190113122013c4e.jpg

再びトマム山の雄姿。
CIMG3827_20190113121941814.jpg

1092mピークの左に落合岳。
CIMG3828_201901131219448e3.jpg

雪庇の横を通過して、いよいよ頂上は眼の前。
CIMG3829_20190113121944814.jpg

そして13:40前に、やっと山頂にたどり着いた。
CIMG3830_20190113121947039.jpg

(つづく)
このページのトップへ

ていね温泉

【2019年1月4日(金)】ていね温泉
阿部山(703m)登山を終え、汗を流しに、近くにあるていね温泉ほのかへ。
DSC_5480_20190111092344bc4.jpg

阿部山の登山口である平和の滝から10kmほど離れており、約20分かかった。
DSC_5479_201901110923420ae.jpg
まだ、お昼どきだが、駐車場はいっぱいだった。
お風呂は芋の子状態だろうか。ちょっと、うんざり。

料金も結構高い。1000円もする。
DSC_5481_20190111092315e3d.jpg
でも今日は実は平日だったので900円で済んだ。

では、早速突撃。
DSC_5485_201901110923210cb.jpg
まずは腰掛け湯で、Sさんが来るのを待つ。
ここは足元が玉石の足湯になっており、背中からもお湯が流れている。
熱くなく寒くなく、長くいられる空間だった。

Sさんが来たので、一緒に露天風呂へ。
露天は「檜の湯」と「郷の湯」があり、比較的すいていた檜の湯に入った。
list_img_hino.jpg
list_img_gou.jpg(ともにHPより)
まわりに人がいるので、撮影は無理だなあと思っていたら、いきなりSさんがお湯の中にスマホを水没させ、自撮りを始めた。
「防水だと大丈夫だって言われたんで」という。
私のスマホも防水だが、あえて水の中に入れるようなことはしたことがない。
いや~勇気があるわ。

これが水際から撮ったショット。至近距離なので全く自撮りの不自然感がない。
49462939_1950494921731124_3241080835226468352_n.jpg

そして、完全に水中に水没させてのショット。
49061922_1950494898397793_7001604404029685760_n.jpg
私が大きな真珠の玉をくわえているように見えるのは、水中の泡が写り込んだためだ。
不思議でユニークな写真になった。
今度は自分でも試してみたいが、やはりちょっと怖い。
ただ、この撮り方だと目立たないので、そういう意味では、人がいても撮影可能な手法だ。

適温だったので、ずっと檜の湯に居座り、しばらくして洗い場へ。
その後は内湯の「ほのか乃湯」へ。
list_img_honoka.jpg(HPより)
ここは天然温泉のほかに、人工温泉の浴槽もたくさんあるので、なにも考えていないと、結局、いわゆる温泉には入らなかったということになりかねない。

「ほのか乃湯」はナトリウム-塩化物温泉(弱アルカリ性低張性低温泉)。以前の呼び方だと食塩泉ということになる。
DSC_5484_20190111092320d6f.jpg
源泉の温度は33.5℃なので加温している。
ph値は7.6とのこと。

「季の湯」という湯船もあり、時期によって泉質を変えている。
この日は褐色のモール温泉だった。
artificial.jpg(HPより)

このほか、「壺の湯」「塩の湯」「絹の湯」などがあったが、全部入るほどの体力はなかった。
list_img_tsubo.jpg
list_img_shio.jpg
list_img_kino.jpg(いずれもHPより)
上がった後は休憩ルームでひと息。
食事は、さっきの残りのパンで済ますことにして、解散ということになった。

夜はもう一度落ち合って、すすきので2人飲み。
愉快な1日であった。

(おわり)

このページのトップへ

阿部山

【2019年1月4日(金)】阿部山
2019年の登り初めは単独で阿部山(703m)で決行するつもりでいた。
しかし、うれしいことに、高校の同窓生Sさんから「どこか行きませんか」とお誘いがあり、一緒に行くことになった。
彼はアイガーに登ったこともある実力者だが、北海道の雪山は初めてなのだという。
Sさんのお初にお付き合いできるとは光栄なことだ。

年明けに栃木の自宅から札幌の実家に帰省してきたとのことで、装備に若干不備があるので、小さなザックとスパッツを貸してほしいという。
ザックはあるが、スパッツは予備がないと返答したら、じゃあ、自作するとのことだった。

朝9時半に手稲山(1023m)の登山口でもある平和の滝駐車場に集合。
途中、正面にその手稲山が見えた。
DSC_5471_20190111074628857.jpg

この駐車場は除雪されないので、冬は車が停められないのだが、手前の道路の路肩に駐車スペースがあるという。
9時半だとやや遅いが、4日は一応平日なので大丈夫だろうと思っていたが、すでに10台くらい先客がおり、1台分だけスペースが空いていた。
ギリギリセーフだった。
Sさんは先に到着しており、車の中で、足回りの養生の最中だった。
スパッツの代わりに、レジ袋とガムテープで足首を固めていたのだ。
その完成形がこれ。
DSC_5477_20190111074601551.jpg
立派な装備がなくても、こうやってすぐに代用品が作れてしまうところが実に格好いい。
さすがに真の山男は違う。

私はスノーシューだが、彼はツボ足。
一応、彼用に6本爪のアイゼンは持参してきたが、最後まで使わないで済んだ。
9:35に北海身延奥之院から出発。
CIMG3698_20190111074950f0e.jpg

しっかりトレースの付いた道をまずは手稲山方向に向かう。
5分ほどで阿部山への分岐に到着。
CIMG3699_20190111074951d5d.jpg
昨年6月に手稲山に登ったとき、この道標を見つけて、「ああ、冬はここから阿部山に行けるんだなあ」と思ったのだった。
こちらにもしっかりトレースがあり、ルートファインディングの必要はなくなった。

すぐに琴似発寒川を渡る。
CIMG3700_2019011107495343d.jpg
雪に隠れて見えないが、ここには多分、小さな木橋が架けてあるのだろう。

しばらくトラバース気味に進んだあと、はっきりしない尾根筋を登っていく。
CIMG3701_20190111074954561.jpg

ずっと樹林帯の中だが、右手には時々手稲山が樹間から覗く。
CIMG3702_20190111074956f20.jpg

火星人。
CIMG3703_201901110749295cc.jpg
標高400mを超えると急斜面となり、Sさんが結構、汗をかいていたので、遅ればせながら、ストックを貸してあげた。
「スノーシュー楽そうですね~」と言っていたくらいだから、ツボ足で登るのは結構きつかったのであろう。
私はストック代わりに、まわりの枝をつかんで推進力にした。
迷沢山(1005m)を登った時にストックを忘れたので、もう経験値はあった。

10:25頃、515m標高点に至ると、左手の展望が開けた。
CIMG3704_20190111074930981.jpg
右のピークは百松沢山(1038m)かと思われる。

この先は尾根伝いのわりとわかりやすい道だ。
CIMG3705_20190111074932de0.jpg

地形図に表れない小さなピークもあった。
CIMG3706_2019011107493347b.jpg

楽しそうなSさん。
DSC_5472_201901110746305e3.jpg

結局、大した休憩も取らずに11時に登頂。
CIMG3707_20190111074935b75.jpg

1時間半もかからなかった。
DSC_5473_201901110746317c0.jpg

ここまで2人くらいとすれ違った気がしたが、頂上にも単独の女性がいた。
トレースがしっかりしているだけあって、人気の山のようだ。
写真を撮ろうとしたら、腰を下ろしてお休み中だったのに、立ち上がって撮ってくれた。
DSC_5475_201901110745583e4.jpg

親切な方だ。こちらも当然、お返しにSさんが撮ってあげた。
DSC_5476_20190111074600a41.jpg

聞くところによると、ここに来たのは3回目だそうで、前回はここで出会ったおじさんグループに付いて、迷沢山まで縦走・周回したのだそう。
それはかなり長距離だ。
このトレースはその縦走路への道である。
CIMG3711_201901110749113fb.jpg
途中、峰ノ越というピークもあるらしいが、山名板はなかったという。
今日は縦走はせず、ここで引き返すのだとか。
「元日も2日も登ったし、明日も明後日も登るから」と言っていた。
相当な好き者だ。
まだお昼には早いが、すぐ下山するのも何なので、ここでパンを1個食べた。
お湯で温かいココアもいただいた。

食後、あたりを見回してみると、「平和霊園コース」と書かれた道標を見つけた。
CIMG3708.jpg
今日はその方向にトレースはなかったが、そちらに下りれば、周回コールが取れるのかもしれない。

木々の隙間からは西区の街並みが見えた。
CIMG3709_201901110749083dd.jpg

もう少し拡大してみよう。
CIMG3710_20190111074909236.jpg

あの白く見えるのは奥手稲山(949m)方面。
CIMG3713.jpg

少し斜面を下ると、手稲山も頂上がかろうじて確認できる場所があった。
CIMG3714.jpg

なまずくん。
CIMG3715_201901110748450f2.jpg

結局なんだかんだで30分ほど滞在。
CIMG3712_20190111074912b17.jpg

11時半前に下山を開始した。
帰りはSさんに先頭をお願いした。
CIMG3717_20190111074847740.jpg

右手は無名の山。
CIMG3719_20190111074849bac.jpg

ピントが合わなかったが藻岩山(531m)も見えた。
CIMG3722.jpg

手稲山の東の稜線。
CIMG3723_201901110748193d5.jpg

手稲山の南壁。
CIMG3729_20190111074747589.jpg

手稲の街並み。
CIMG3724_2019011107482108d.jpg

高層マンションが林立している。
CIMG3725_201901110748221bf.jpg

やっと、ちゃんと手稲山が見えるスポットを発見。
CIMG3728_20190111074824c21.jpg

帰りはトレースのないところを果敢に下りていく。
急斜面は尻セード。
私はさっきの女性とSさんの後なので、余計に滑りやすく楽しい。
CIMG3731_201901110747495bc.jpg
何度か滑っていると、さっきの女性が使っていたマットが落ちていた。
滑っているうちにゆるんで落としてしまったのだろう。
我々より10分近く前に山頂を出発したので、駐車場で何とか追いつくだろう。
この後、登ってくる単独男性に、前の女性はどのくらい前に通過したかをSさんが聞いたら「15分くらい前」とのこと。
なんて足が速いんだ。我々も頑張って追いかけないと、マットが渡せない。

尻セードを繰り返しながら、先を急ぐ。
CIMG3732_201901110747511e0.jpg

さすがに下りは速い。
CIMG3733_2019011107475267d.jpg

発寒琴似川近くまで下りてきた。
CIMG3734_20190111074754eae.jpg

ここで、若干、旧林道めいたところを歩く。
CIMG3735.jpg

そして再び渡河。
CIMG3736.jpg

川に積もるまるい雪の感じが好きだ。
CIMG3737_20190111074725374.jpg

雪の下は結構勢いよく流れている。
CIMG3738.jpg

もっと気温が下がると水の供給は減るのだろうか。
CIMG3739.jpg

それとも雪の下は温度が下がり過ぎないので、湧き水があれば、あまり凍らないのかもしれない。
CIMG3740_20190111074658d62.jpg

手稲山への登山道に合流したところで、例の女性に追いつき、マットを渡すことができた。
CIMG3741_20190111074659464.jpg
大変喜んでくれた。

思いがけず途中で追いつくことができたのは、彼女がスノーシューを外すためにしばらく立ち止まっていたからだったと思われる。
CIMG3742.jpg

というわけで無事に登山口に戻ってきた。
CIMG3743.jpg

下りは40分ちょっとしかかからなかった。
CIMG3744_201901110747040f2.jpg

登りのわずか半分だった。
CIMG3745.jpg

馬頭観音が雪の帽子をかぶっていた。
CIMG3746_20190111074627de6.jpg
それでは、汗を流しに、ていね温泉ほのかに向かうとしよう。

【行程】2019年1月4日
平和の滝登山口(9:35)~阿部山分岐(9:42)~515m標高点(10:24)~阿部山(10:58撮影・昼食11:30)~515m標高点(11:50)~登山口(12:14)
※所要時間:2時間39分(歩行時間:2時間)
※登った山:1座(阿部山)
※歩行距離:4.3km
※累積標高差:約470m
このページのトップへ

南幌温泉

【2019年1月2日(水)】南幌温泉
暮れに最果てまで出かけた分、お正月は遠出をせず、札幌周辺で過ごした。
元日は実家で団らん。
午後に、兄の家族と平岸の相馬神社に初詣でに出かけた。
DSC_5446_201901100658297f9.jpg

200人くらい並んでいて、30分も待ったが、その甲斐あって、おみくじは大吉だった。
DSC_5445_20190110065827d76.jpg
DSC_5447_20190110065830726.jpg

翌2日は、父の透析の送迎。
その間の4時間半を使って南幌温泉ハート&ハートで入り初めを敢行した。
DSC_5448_201901100658321a4.jpg

ここに来るのは初めてだ。
DSC_5449_2019011006583382b.jpg

宿泊施設も併設されている。
DSC_5450_20190110065805dfc.jpg

まずは入浴の前に腹ごしらえ。
DSC_5460_20190110065749cf4.jpg

南幌の名産キャベツをふんだんに使ったキャベツ天丼が人気だというので、あまり天丼は得意ではないのだが、それを頼むことにした。
DSC_5455_201901100658110a6.jpg

出てきた天丼を見て、びっくり。
DSC_5452_20190110065808983.jpg

ライスを少な目にしてもらったのに、この量だ。
DSC_5451_20190110065807def.jpg

かき揚げのような巨大な天ぷらが3つのっており、ほとんどがその名の通りキャベツ。
エビ天が1個だけ混じっているだけだった。
キャベツは好きな方だが、これはさすがに食べ切れない。
DSC_5453_20190110065810bdc.jpg
しかも実は、それほど美味しくない。
頑張って、1切だけ食べて、あとは残してしまった。
まわりを見ると、地元らしき人は誰もキャベツ天丼を頼んでいなかった。
キャベツキムチも評判らしいので、今度来る機会があったら、キャベツキムチ餃子にしよう。

気を取り直して、温泉へ。
DSC_5456_20190110065744be1.jpg

かけ湯をして、すぐに露天風呂へ。
しかし、外に出てみて、またびっくり。
露天風呂まで56mと書いてある。
晴れているとは言え、氷点下の中、素っ裸で1分近く歩かされることになった。
めちゃめちゃ寒かった。
それだけに、じっくりと湯につかって温まった。
人口が多かったけど。
ph_home_appeal002.jpg(HPより)
ここはナトリウム-塩化物温泉(弱アルカリ性高張性温泉)でph値は7.5。
源泉の温度は41.6℃である。
無臭で、色は若干黄色みを帯びていた。
なめてみたら、少しだけしょっぱかった。

露天風呂に接してラドン温泉(人工)があったので、そちらの洗い場で体を洗った。
また56mも歩いて戻るのは、まだ避けたかった。
ついでにラドン温泉にも入浴。
ph_restaurant_onsen005.jpg(HPより)

もう一度、露天風呂に入って、意を決して、天然温泉の内湯へ向かう。
途中に一つだけある桶湯が空いていたので、ここに飛び込んだ。
ph_restaurant_onsen004.jpg(HPより)

いや~独占はいいね~と思っていたら
DSC_5457_20190110065746044.jpg

狭いところに、1人、2人と入ってきたので、すぐに退散。
DSC_5459_20190110065747dc6.jpg

内湯でもちょっとだけ入浴して、退出した。
ph_restaurant_onsen002.jpg(HPより)

出てみて気づいたのだが、ラドン温泉側にも出入口があった。
DSC_5461_20190110065750fca.jpg

キリンビールがなぜか南幌を応援している。工場は千歳だったはずだが。
DSC_5462_20190110065722e61.jpg

というわけで、食事を含め1時間半ほどで、入り初めは無事に終了。
正月から、わりと混んでいたが、いい湯であった。
DSC_5465_201901100657247fa.jpg

父の病院に向かう途中、国道12号沿いに、森林公園温泉きよらを見つけた。
DSC_5466_20190110065725cc0.jpg
今度は、ここに来てみよう。

(おわり)
このページのトップへ

花咲線(11)

【2018年12月31日(月)】花咲線
花咲線の駅舎めぐりを終えて、根室に戻ってきた。
根室市郊外のレンタカー屋に車を返却すると、スタッフの方が駅まで送ってくれた。
夜行バスの発車時刻(20:50)まで時間はたっぷりあるので、歩いてもよかったのだが、ここはご厚意に甘えることにした。
今夜は大晦日ということもあり、駅舎に併設されているそば処「北然仁」で年越しそばをいただき、紅白を見ながらお銚子の2本も空けて、バスを待つ計画だったのだが、なんと店が閉まっている。
かすかな期待を抱きつつ、今朝見つけた近くのそば処「八文目」にも行ってみたが、灯りさえ点いていない。
大晦日にそば屋が開いていないなんて、ここはロシアか!
と叫びたくなったが、心の奥底では、そんなこともあるだろうなとは思っていた。
年越しは皆さん、自宅で過ごすのだ。
それはそば屋も同じ。日本の正しい正月の迎え方だ。
私は夜行バスの中で平成最後の新年を迎えることになるが、こんなのは生まれて初めてだ。

仕方ないので、お店を探しつつ繁華街へと向かうことにした。
DSC_5408_20190109224621625.jpg

ここは食堂ではないが、駅前なのに17時前でもう閉店している。
DSC_5409_20190109224623bd9.jpg

国道を歩いていると、古い木造家屋が目に入った。
DSC_5410_201901092246243f1.jpg

市会議員の壷田重夫の事務所だった。
DSC_5411_20190109224626fb6.jpg

昨夜、連れていってもらったのは駅から北東の方向だったので、そちら方面に目指す。
いい感じの飲み屋街だが、どこも開いていない。
DSC_5412_20190109224627c59.jpg

最初からスナックというわけにもいかないが、そもそも全部閉まっている。
DSC_5413_20190109224557879.jpg
DSC_5415_2019010922460134d.jpg

さすが港町だけあって、人口(2万6000人)のわりには店が多い気もする。
DSC_5417_2019010922460440f.jpg
DSC_5416_20190109224602401.jpg

20分ほどさまよって、やっと開いている店を発見!
DSC_5414_201901092245594a2.jpg
しかし、メニューを見ると、とくに根室っぽくない。
もう少し探してみることにした。

徘徊しながら見つけたのは根室キリスト教会。
DSC_5419_20190109224537910.jpg

1886年(明治19年)に米国の宣教師C・H・カーペンター氏によって開かれたという。
DSC_5418_2019010922453532b.jpg

結局ほかに店は見つけられず、「どす来い」に戻ってきた。
DSC_5420_201901092245386e8.jpg

17:15頃、入店。開店直後ということもあり、客は私ひとり。
とりあえず生ビールをいただく。
DSC_5421_20190109224540209.jpg
ここの女将というか、女性店主は話好きの方で、いろいろと話しかけてくる。
そういうのはあまり得意ではないのだが、無愛想なのも大人げないので、お相手をしていただいた。
彼女は年の頃、30代半ばくらいだろうか。
ぽっちゃり型の美人である。
根室の高校を卒業して、札幌の専門学校に進み、しばらく札幌で働いていたらしい。
この店は2年前に開業したとのこと。
私が札幌に住んでいるというと、「いい店ありませんか?いろいろ研究しに行きたいんです」と質問してきた。
あまり飲み歩きや食べ歩きはしないので返答に窮していたら、ちょうど他のお客さんが来て救われた。

お薦めメニューということで、どす来いザンギ(ハーフ)と長いものねぎまみれを注文。
それとせっかく道東に来たのだから、地産地消ということで阿寒ポークの串も頼んだ。
DSC_5422_201901092245411b3.jpg
DSC_5424_201901092245131cc.jpg
DSC_5423_2019010922451149b.jpg
野菜好きの私には肉よりも、長いもが美味しかった。
ただ、「ねぎまみれ」というより「ねぎまぶし」って感じで、「まみれというなら、長いもが見えなくなるくらい、かけて欲しいですね」とお願いしておいた。
ザンギはハーフでも量が多く、食べるのに苦労した。
豚串もあって肉が多かったので、全部食べるために、ビールのほか、ハイボールを2杯も飲んでしまった。
これでお腹いっぱいになり、他のメニューを頼めなかったのが残念だが、また根室に来る用事があったら来てみたい。
ランチの営業もしていて、スープカレーが人気のようだ。
日本最東端のスープカレーだというので、「証明書を発行しては? グランドホテルは最東端のホテル到達証というのを発行していましたよ」と提案したら、「グランドホテルと同じことはしたくない」と矜持を見せていた。
そもそも、ここは観光客より地元の人がほとんどだという。
やはり、観光客は魚介類目当てだろうからなあ。

てな感じで、2時間ほどかけて食事をして、辞去。駅前のバスターミナルに向かった。
DSC_5425_2019010922451517d.jpg

根室市役所よこの、ときわ台公園を横切る。
DSC_5428_20190109224516237.jpg
この公園は、1926年(大正15年)に市内の碓氷勝三郎氏から土地の寄付を受けて建設された公会堂の跡地を中心に1977年(昭和52年)に整備されたものだそうだ。

園内には根室市民憲章の石碑があった。
DSC_5429_20190109224518811.jpg

こちらの記念碑は暗くて、よく分からず。
DSC_5430_20190109224449ec2.jpg
19:40にバスターミナルに到着。
バスが来るまで待合所で、パソコン作業をしながら時間をつぶした。

バスは20:40過ぎに到着。早速乗車した。
DSC_5432_2019010922445250a.jpg

運転手によると、本日の乗客は6~7人ほど。さすがにガラガラだ。
DSC_5431_20190109224451fa8.jpg

ここで乗車したのは私を含め2人だけ。
定刻より若干遅れて出発した。
DSC_5434_20190109224454bb8.jpg
車内ではしばらくパソコン作業の続きをしながら、厚床や別海、中標津などのバス停を見送った。
22:40に中標津トーヨーグランドホテルを出発すると、消灯。
パソコン画面の光が迷惑だろうから、私も作業を止めて、ここで就寝。
寝心地は必ずしも万全とは言えないが想定の範囲内で、まずまず眠れた。
ただ、暖房が効き過ぎていて、暑かったので上着は脱いで寝た。

札幌駅に6:20到着の予定だが、6時を過ぎて、まだ道央道を走っている。
随分遅れているなあと思っていたら、札幌駅に着いたのは7時ちょうど。
なんと40分も遅れた。
DSC_5435_20190109224455df3.jpg
発車時に、「遅れる場合もある」旨の説明はあったが、実際に40分も遅れたのだから、ひと言おわびと遅れた理由の説明があってもいいはずだ。
サービス業としてはいかがなものか、北都交通さん。
私はこのまま自宅に帰るだけだからいいが、この後、JRに乗り換える人がいたら大変だっただろう。
しかも、とくに大雪が降っていたわけでもなく、渋滞に巻き込まれたわけではない。
遅れた理由は謎だ。

それと、朝、おしぼりを配ってくれるのはいいが、スタッフからは「おはようございます」「おつかれさまです」の挨拶はおろか、「おしぼりです」の言葉さえなく、無言で渡された。
本業は運転手なのかもしれないが、ちょっとどうかなと思った。

そんな感じで迎えた2019年の元旦ではあるが、今年もいいことありますように。

(おわり)
このページのトップへ

花咲線(10)

【2018年12月31日(月)】花咲線
花咲線の駅舎めぐりも終盤戦。別保駅を訪ねている。
かつては太平洋炭鉱別保坑の拠点として栄えた駅だ。
CIMG3635_20190109081532f3b.jpg

今は寂れているが、釧路町の役場が近い。
CIMG3637.jpg

別保小・中学校が作った「ふれあい花壇」は冬なので見ることができなかった。
CIMG3636_2019010908153384a.jpg

ちなみに、2001年、釧路を拠点に活動していた高校生ユニット「かふぇいん」が「別保駅」という歌を制作。翌年にはCD(自主制作)が販売されたという。
CIMG3638_20190109081536f38.jpg

サビには当時の運賃を用いた「釧路駅から210円」という歌詞があり、わりと話題になったそうだが、今もって聞いたことがない。
CIMG3639_201901090815372a3.jpg

陸橋があったので上ってみた。
CIMG3640_201901090815074af.jpg

根室方面の眺め。
CIMG3641_2019010908150960e.jpg

かつては何本も線路が走っていたことが推測される。
CIMG3642.jpg

釧路方面。
DSC_5375_20190109081130aad.jpg

それでは、別保駅を後にして、武佐駅へ。
CIMG3653_20190109081425bc5.jpg

到着と同時に、列車が入線してきたので、あわてて陸橋に上って撮影。
CIMG3645_20190109081512872.jpg

13:32発の根室行き(昨日私が乗ったのと同じ列車)だが、昨日に引き続き10分ほど遅れているようだ。
CIMG3646_20190109081513fb9.jpg

接続する特急スーパーおおぞら3号が、また遅延したせいかもしれない。
CIMG3647_201901090814465c7.jpg

あっと言う間に林の中に吸い込まれていった。
CIMG3649_2019010908144978d.jpg

それでは改めて、ゆっくり駅を見学。
CIMG3651.jpg

背後に大きなマンションがある釧路市新興住宅地の無人駅である。
CIMG3652_2019010908145232e.jpg

市街地の拡大に伴い、1988年(昭和63年)3月13日に開業した。
CIMG3654_20190109081426fee.jpg

ご覧の通りの1面1線の単式ホームで駅舎はない。
CIMG3655_2019010908142884e.jpg

94年3月15日までは、東釧路駅からの派遣職員による出札が行われていたという。
CIMG3657_201901090814311fb.jpg

根室方面。
CIMG3656_20190109081429300.jpg

武佐という地名は、アイヌ語の「モサ(イラクサ)」に由来するとされるが、はっきりしないらしい。
CIMG3658_201901090814032cd.jpg

2013~17年の1日平均乗車人員平均は14.8人とのこと。
CIMG3659_20190109081405774.jpg

この時も何人かの乗客が下りるのを見た。
CIMG3660_201901090814060e2.jpg

滋賀県の近江鉄道にも同名の駅がある。
CIMG3661_20190109081408d8d.jpg

ホームへの昇降口。ここに駅名表示が欲しいところが
CIMG3662.jpg

背面には一切文字がなかった。
CIMG3663_20190109081341a23.jpg

駅名は、ちょっと離れた場所に看板として表示されていた。
CIMG3664_20190109081343b1a.jpg

さあ、駅舎めぐりはこれにて終了。
根室まで120kmもあるので、レンタカー屋に16時半までに戻るには14時で打ち止めと決めていたのだ。
ひとつだけ東釧路駅が残ってしまったが、これは白糠~釧路間の駅舎めぐりをする際に回ればいい。
というわけで取って返す。
途中、往路でも寄ったあっけし望洋台で小休止。
CIMG3669.jpg

愛冠岬と大黒島。日が陰っているので、海の色がさっきより鈍い。
CIMG3666_20190109081344f7a.jpg

厚岸市街の向こうに厚岸湖。
CIMG3668.jpg

ここは厚岸町の観光十景のひとつのようだ。
CIMG3670_201901090813127f9.jpg

少し時間に余裕がありそうなので、往路で省略した厚岸駅にも寄ってみた。
CIMG3671_20190109081314149.jpg

2009年以来9年半ぶりの再訪だ。
CIMG3672.jpg

その前は、1983年にも自転車で来たことがある。
ここで自転車を宅配便で東京に送り、実家のある札幌まで鉄路とバスを使って帰ったのだ。
CIMG3673_20190109081317b7c.jpg

地面には、町内の観光地の案内タイルがはめ込んであった。
CIMG3674_20190109081318899.jpg

開業は1917年(大正6年)12月1日。
CIMG3675_20190109081245abc.jpg

現在の駅舎は1965年(昭和40年)10月13日に改築されたものだ。
CIMG3676_20190109081247129.jpg

2013~17年の1日平均乗車人員は141人。
CIMG3677_20190109081248684.jpg

花咲線の駅としては釧路駅、東釧路駅に次ぐ乗客数。つまり根室駅よりも多いわけだ。
CIMG3678_2019010908125076a.jpg

というわけで有人駅なので、ホームには入らなかった。
CIMG3680.jpg

待合室のショーウインドーには名産カキを使った食品が並んでいた。
CIMG3679_20190109081251e67.jpg

厚岸駅前はわりと賑やか。
CIMG3681_20190109081224aa5.jpg

厚岸駅前バス停。
CIMG3682_201901090812259db.jpg

この駅舎は2005年に外壁を水色に塗り替えたのだそうだ。
CIMG3683.jpg

厚岸町のマンホール。カキをモチーフにするのはさすがに難しかったか。
CIMG3684_201901090812289d2.jpg

道の駅コンキリエに通じる陸橋があるので上ってみた。
CIMG3685_20190109081150050.jpg

駅舎の側面。
CIMG3686_2019010908115255d.jpg

高台の上に道の駅。
CIMG3687.jpg

線路は何本もあるが、単式ホーム2面2線の運用となっている。
CIMG3688_2019010908115514e.jpg

以前は島式ホームの両側を使う形だったが、駅舎側に敷かれていた浜厚岸駅への貨物支線が1982年に撤去されたため、駅改札に直結する形で単式ホームが1面増設されている。
CIMG3689_20190109081156257.jpg

跨線橋のある駅としては日本最東端だそうである。
CIMG3691_20190109081124e53.jpg

根室方面。
DSC_5381_2019010908105985f.jpg

駅見学後、お土産を買うべく、道の駅にも立ち寄った。
DSC_5391_20190109081042702.jpg

しかし、なんと年末年始の休業中。
DSC_5383_20190109081100470.jpg

休日に休業する道の駅があることを初めて知った。
DSC_5384_20190109081102a85.jpg

仕方ないのでトイレだけお借りして、あとは厚岸市街の景色を楽しんだ。
DSC_5385_20190109081103925.jpg

厚岸湖があっけし望洋台よりもよく見える。
DSC_5386_201901090811058d2.jpg

赤いトラス橋の厚岸大橋。全長457mで1972年に開通した。
DSC_5387_201901090810361a1.jpg

こちらは厚岸湾。
DSC_5388_20190109081037737.jpg

船の形をした遊具。
DSC_5389_2019010908103915b.jpg

顔ハメがあったが、まわりには誰もいなかったので、はめられず。
DSC_5390_20190109081040b36.jpg

国道44号はずっと路面が乾いており、リラックスして走ることができた。
次のトイレタイムは道の駅スワン44根室。
DSC_5399_20190109080953c56.jpg
DSC_5400_20190109080955369.jpg

根室の宿マップの案内板があった。
DSC_5397_201901090809503f5.jpg

2000年に、バルーンアートの数でギネスを狙ったイベントがあったようだ。
DSC_5398_20190109080952881.jpg

「俺の」シリーズがこんなところにまで進出していて、苦笑い。
DSC_5392_20190109081014df8.jpg

この道の駅は風蓮湖のほとりにある。
DSC_5393_201901090810151e1.jpg

風蓮湖は野鳥の宝庫だ。
DSC_5394_201901090810171a4.jpg

ラムサール条約登録湿地である。
CIMG3696_20190109081127f36.jpg

湖面はだいぶ結氷している。
DSC_5396_2019010908102014b.jpg

すでにだいぶ暮色も濃くなってきた。
DSC_5395_201901090810182bf.jpg

道の駅の中からも雄大な眺めが見られるのだろう。
CIMG3694_20190109081126ce6.jpg

改めて根室十景を復習。
DSC_5401_201901090809568fb.jpg

数えてみたら6か所行ったことがあった。
DSC_5402_201901090809295d2.jpg

トイレの前にあった「しまちゃんクッキー」のポスター。
CIMG3697_20190109081129fde.jpg

もう16時近くなって、だいぶ暗くなってきたので、シカに注意しながら走っていたら、案の定現れた。
ゆっくり道を横断し、右手の林の中に消えていった。
DSC_5403_201901090809313ea.jpg

当方は温根沼大橋を渡って、根室半島に入る。
DSC_5405_201901090809315a8.jpg

根室駅に到着したのは16:10頃。
となりの観光インフォメーションセンターがまだ空いていたので、ここでお土産を物色。
大したものはなかったが、名産のひとつサンマがらみの食品を購入した。
売店には廃止になる初田牛駅の関連商品があれこれ売られていた。
DSC_5407_20190109080934b28.jpg

そして、花咲線全通80周年を記念したSL根室号のヘッドマークも展示されていた。
DSC_5406_20190109080934538.jpg
これで用はすべて済んだので、レンタカー屋へ。
約束の16時半にギリギリで到着した。走行距離は270kmほどだった。

(つづく)
このページのトップへ

花咲線(9)

【2018年12月31日(月)】花咲線
花咲線の駅舎めぐりを続行中。
糸魚沢駅を見学した後、厚岸駅裏の高台で車を停めた。
CIMG3554_20190108224739eea.jpg

厚岸駅は2009年に撮影済みということもあり、帰りに時間があったら行くことにして、往路では寄らなかった。
CIMG3556_201901082247437b2.jpg

でも、駅を裏から見るポイントがあることは今回初めて知った。
CIMG3557_201901082247448d1.jpg

花咲線を手前に厚岸湾がキラキラと光っている。
CIMG3555_20190108224741fc7.jpg

駅の隣にある近代的な建物は厚岸情報館。
CIMG3558_20190108224745918.jpg

そして花咲線のレール。
CIMG3559_201901082247180db.jpg

天気がいいので、厚岸湾が青い。
CIMG3560_20190108224719a9e.jpg

駅の向こうにわずかに見える水面は厚岸湖である。
DSC_5346_20190108224111354.jpg

釧路と根室を結ぶ国道44号線。
DSC_5348_20190108224114231.jpg

近くに道の駅厚岸グルメパーク「コンキリエ」があるようだが、帰りに時間があったら寄ってみよう。
DSC_5349_20190108224115087.jpg

さらに西進して、あっけし望洋台にも寄り道。
CIMG3566_20190108224657b05.jpg

当然ながら、厚岸はカキの町である。
CIMG3565_20190108224655b95.jpg

南東の方角、台地の左端は愛冠岬である。
CIMG3561_20190108224721382.jpg

その右に大黒島が浮かぶ。
CIMG3562_201901082247225f0.jpg

厚岸湾とその向こうに厚岸湖。
CIMG3563_2019010822472434a.jpg

厚岸湾と厚岸湖を隔てる厚岸大橋。
CIMG3564_201901082246548ff.jpg

その全景。
DSC_5350_20190108224117c2a.jpg

南の方角は尻羽岬。
DSC_5351_2019010822404704f.jpg

厚岸湾がこんなに美しいとは。
DSC_5352_20190108224049ea8.jpg

絶景を楽しんでから、12時半前に門静駅に到着。
CIMG3567_20190108224658e29.jpg

駅前には何軒か民家がある。
CIMG3568_201901082247002ec.jpg

2003年6月に改築された、野鳥観察所を思わせるような駅舎である。
CIMG3570_2019010822463208c.jpg

このメッセージは意味がよく分からない。
CIMG3571_201901082246348d7.jpg

駅ノートに何か書いてくれたら、ここに置いてある缶コーヒー差し上げます。
CIMG3572_20190108224635d8c.jpg
という意味か。しかし、飲む人なんているのだろうか。
青酸コーラ殺人事件を思い出してしまう。

待合室はかなり狭い。
CIMG3573_20190108224637604.jpg

スマホでアプリをダウンロードすると、花咲線の見どころを自動的に音声ガイドしてくれるそうだ。
CIMG3574_20190108224608da6.jpg

津波避難経路の図。ここから望洋台まで行かなければならないらしい。
CIMG3575_201901082246095cb.jpg

ホーム側の外観。
CIMG3576_201901082246117bf.jpg

門静の地名は、アイヌ語の「モイスッ(入り江・の根もと)」に由来するという。
CIMG3577_20190108224612ad5.jpg

1917年(大正6年)12月1日に国鉄の信号場として開設され、5年後の22年10月23日に駅に昇格した。
DSC_5354_20190108224051460.jpg

1面1線の単式ホームである。
CIMG3578_201901082246144b1.jpg

1947年(昭和22年)に完成した先代の駅舎は糸魚沢駅と同じタイプの木造駅舎だったらしい。
DSC_5355_20190108224052a68.jpg
2013~17年の1日平均乗車人員平均は9.2人だった。

次の尾幌駅に移動。
CIMG3580_2019010822454565b.jpg

かわいいイラストが描かれている車掌車駅である。
CIMG3581_20190108224547a37.jpg

開業は門静駅と同じ日の1917年12月1日。
CIMG3582_20190108224548958.jpg

車両駅になったのは1986年のことである。
CIMG3583_2019010822455088a.jpg

尾幌の地名は、アイヌ語の「オポロペッ(川尻の・大なる・川)」に由来する。
CIMG3584_20190108224517fda.jpg

待合室の中はとくに装飾はないが
CIMG3585_20190108224519735.jpg

天井の梁がむき出しになっているのが、なかなか渋い。
CIMG3586_20190108224520fa9.jpg

厚岸カキの写真の上にいたずら書き。なぜこんな幼稚なことをするのか。
CIMG3587_201901082245215c6.jpg

ホーム側にもイラストが描かれていた。
CIMG3588_20190108224523a89.jpg

ここも1面1線の単式ホームである。
CIMG3589_20190108224452211.jpg
CIMG3591_20190108224455724.jpg

かつては1953年(昭和28年)1月11日に完成した木造駅舎があったらしい。
CIMG3590_201901082244543e9.jpg

釧路方面。
CIMG3592_20190108224457333.jpg

なかなかいい雰囲気である。
DSC_5358_2019010822402357e.jpg
CIMG3595_2019010822442791c.jpg

釧路側にかつてのホームの跡が残っていた。
CIMG3594_20190108224425a3b.jpg

いいタイミングで列車がやってきた。
CIMG3596_20190108224428bbd.jpg

厚岸12:37発の快速はなさきである。
CIMG3597_20190108224430ca4.jpg

駅が近づいても全然スピードを落とさない。
CIMG3598_20190108224431a90.jpg

それで、やっと快速だと気づいた。
CIMG3599_20190108224401963.jpg

快速なので尾幌駅は通過。
CIMG3600_201901082244037cb.jpg

あっという間だった。
CIMG3602_20190108224406896.jpg

釧路着は13:18である。
CIMG3603_2019010822440709c.jpg

さようなら~
CIMG3604_20190108224338524.jpg

私も追いかけるように、次の上尾幌駅へ。
CIMG3605_201901082243395db.jpg

これは1935年(昭和10年)12月築の駅舎を改修したものと思われる。
CIMG3606_20190108224341345.jpg

これは昔のトイレだろうか。
CIMG3607_201901082243426be.jpg

ささやかな駅前通り。
CIMG3608_20190108224344387.jpg

待合室はがらんとしている。
CIMG3609_201901082243135fa.jpg
CIMG3613.jpg

ただ、障害者が作った駅舎の模型が置かれていた。
CIMG3610_201901082243151a0.jpg

上尾幌は炭鉱と林業の町であったが、今は「きのこの里」として再生を目指しているようだ。
CIMG3611_201901082243168fc.jpg

同じ花咲線でも、厚岸より釧路側は若干運行本数が多い。
CIMG3612_20190108224317df9.jpg

開業は門静、尾幌駅と同様、1917年12月1日。
CIMG3614_20190108224249bf4.jpg

1986年(昭和61年)11月1日に無人化された。
CIMG3615_2019010822425103d.jpg

駅舎のホーム側。
CIMG3616_201901082242526ce.jpg
CIMG3618.jpg

2面2線の島式ホームと単式ホームがある。
CIMG3620_201901082242265be.jpg

そのうちの島式ホーム。
DSC_5363_20190108224030df1.jpg
CIMG3621_20190108224228d35.jpg

島式ホームと単式ホームを結ぶ構内踏切。
CIMG3622_201901082242295e6.jpg
CIMG3623.jpg

2013~17年の1日平均乗車人員平均は12.4人とのことで、わりと多い。
DSC_5364_20190108224000875.jpg

駅側面。
CIMG3624_20190108224200cf4.jpg

かつてはここも大いににぎわったのであろう。
DSC_5368_2019010822400663d.jpg

駅前に立派な郵便局があるくらいだし。
CIMG3625_20190108224202c3b.jpg

次の別保駅には13時半前に到着。
CIMG3626.jpg

駅前の広場は凍ってつるつるだ。
DSC_5369_20190108224006643.jpg

だからというわけではないが、駅舎の正面に羽ばたく丹頂鶴が描かれていた。
CIMG3628_20190108224205d31.jpg

1917年12月1日に上別保駅として開業。
DSC_5370_20190108223946057.jpg

1952年(昭和27年)11月15日、字名改正のため別保駅に改称された。
CIMG3629_2019010822420686e.jpg

ここの待合室もがらんとしていた。
CIMG3630.jpg

駅舎のホーム側。読みが「ぽ」で終わる駅は、ここだけだという。
CIMG3631.jpg

別保という地名は、アイヌ語の「ペッ(川)」に接尾辞「ポ」がついたもので、「川っ子(小川)」くらいの意味だという。
CIMG3632_2019010822413715e.jpg

「川っ子」とは別保川のこと。本流の釧路川に対して小さいから、そう呼ばれたらしい。
CIMG3633_20190108224138116.jpg

1面1線の単式ホームである。
CIMG3634.jpg

(つづく)
このページのトップへ

花咲線(8)

【2018年12月31日(月)】花咲線
花咲線の駅舎めぐりを継続中。
ちょうど11時。姉別駅に着いたところだ。
CIMG3471_2019010709314321e.jpg

駅前の鈴木商店はすでに廃業していた。
CIMG3469_20190107094209543.jpg

姉別駅は初田牛駅と同じタイプの駅舎である。
CIMG3472_20190107093144399.jpg

待合室に入ると、「ルパン三世」のスタンプラリーが開催中だった。
CIMG3475_20190107093147dff.jpg

ここ浜中町は「ルパン三世」の作者モンキーパンチの故郷なのである。
CIMG3476_2019010709314934f.jpg

室内は日が差し込んでこり、比較的暖かい。
CIMG3474_2019010709314675e.jpg

ホーム側の窓には、ルパン三世の相棒、射撃の名手、次元大介が。
CIMG3477_2019010709312014e.jpg

ルパン三世には撃ち抜かれてしまいました。
DSC_5330_20190107092536041.jpg

浜中町はルパン三世で、絶賛町おこし中なのだ。
CIMG3479_20190107093122609.jpg

姉別の地名は、アイヌ語の「アネペッ(細い・川)」に由来するとされる。
CIMG3480_201901070931239ac.jpg

駅の開業は、厚床駅と同じ1919年(大正8年)11月25日である。
今年(2019年)、開業100周年を迎えるわけだ。
CIMG3482_20190107093126817.jpg

ご覧の通り、1面1線の単式ホームである。
CIMG3484_20190107093100449.jpg

根室方面。
CIMG3481_20190107093126ba9.jpg

釧路方面。
CIMG3483_20190107093058b84.jpg

2013~17年の1日平均乗車人員1.8人とのことなので、存続はかなりやばい。
CIMG3485_20190107093101cf0.jpg

現在の駅舎は1979年(昭和54年)12月17日に改築されたもので、3代目ということになる。
CIMG3487_20190107093104b94.jpg

「貰人」とは興味深い地名だが、「もらいと」と読む。姉別の海側にある集落だ。
CIMG3486_20190107093103778.jpg

次の浜中駅には11:20頃に到着。
CIMG3488_20190107093036985.jpg

ここは浜中町の中核をなす駅である。
CIMG3489_20190107093038064.jpg
CIMG3493_201901070930100cc.jpg

それだけに、ちゃんとルパン三世の相棒たちが迎えてくれた。
CIMG3490_20190107093039e14.jpg

観光案内版もルパン一色。
CIMG3491_20190107093041928.jpg

浜中駅の開業は、厚床、姉別と同様、1919年11月25日。
CIMG3492_20190107093042bc5.jpg

この駅舎ができたのは1989年12月27日とのこと。
CIMG3494_20190107093011b6e.jpg

ルパン三世と峰不二子も浜中町出身らしい。
CIMG3495_201901070930138cc.jpg

その峰不二子。改めて見ると、胸がバカでかい。
CIMG3496_20190107093014aba.jpg
CIMG3512_20190107092900920.jpg

ワンマン列車の乗り方を解説した案内板。初めて見たかも。
CIMG3497_2019010709301648e.jpg

待合室はわりと広かった。
CIMG3498_20190107092946f61.jpg

天井もかなり高い。
CIMG3499_201901070929470a6.jpg

屋内には、地元の名産品があれこれ展示されていた。
CIMG3500_201901070929494bc.jpg

1日の乗車人員(2013~17年の平均)が9.6人で、ほとんどが地元住民であろうことを考えると、宣伝効果はほとんどないだろう。
CIMG3501_201901070929505d0.jpg

まあ、私のように車で来る人もたまにはいるのだろうけど。
CIMG3502_20190107092952666.jpg

きっと、どれもとっても美味しいのだろう。
CIMG3503_201901070929208f8.jpg

浜中町は「桜の街」でもあるようだ。
CIMG3504_20190107092922cba.jpg

春にまた来てみたいものだ。
CIMG3506_201901070929236ed.jpg

ホームは単式1面1線である。
CIMG3507_20190107092925b11.jpg

実はこの駅には、学生だった1983年の夏に自転車で来たことがある。
CIMG3508_201901070929260dc.jpg
当時は木造の駅舎だった。
待合室で夜を明かしたのだが、変態が中に入ってきて、びっくりした記憶がある。
もう60歳がらみの浮浪者風の男だったが、自分のモノをチャックから出して、それをさすりながら歩き回っているのだ。
すぐに出て行ったが、また来るのではないかと怖くて、なかなか寝付けなかった。

浜中の地名は、アイヌ語の「オタノシケ(砂浜の真ん中)」を意訳したものだそうだ。
CIMG3509_2019010709285639b.jpg
意訳せず、そのまま地名にしたのが、同じ根室本線の「大楽毛」である。

霧多布にも行きたかったのだが、今回は時間がないのでパス。
CIMG3510_20190107092858ee3.jpg

根室方面。このあたりの駅は、どれも景色はほとんど変わらない。
CIMG3511_20190107092859cce.jpg

くしろバスが、ここから霧多布行きのバスを運行している。
CIMG3513_201901070929022e4.jpg
しかし、土日祝日とお盆が運休とは、観光客の利用はほとんどないということなのだろう。

駅前の佐々木商店。営業中です。
CIMG3514_201901070928301a9.jpg

佐藤商店も頑張っています。
CIMG3515_20190107092832284.jpg

次は茶内駅。国道44号を進む。
CIMG3516_20190107092833685.jpg

茶内駅は昔ながらの駅舎が残っていた。
CIMG3517_20190107092835fe5.jpg

と言っても開業当初のものではなく、1950年(昭和25年)3月に改築されたものだ。
CIMG3518_20190107092836759.jpg

ここもまだ浜中町なので、ルパン三世が待っていてくれた。
CIMG3520_20190107092808537.jpg

茶内の駅前通りは浜中駅前よりにぎやかだった。
CIMG3519_20190107092807ced.jpg

簡素な待合室。
CIMG3521_20190107092809b00.jpg

簡易委託が廃止されて完全無人化されたのは1992年のことである。
CIMG3522_201901070928115a0.jpg

このおばちゃんはしばらく玄関先でたばこを吸っていた。
CIMG3523_201901070928122bb.jpg

もとの駅事務室は2002年4月から「ふれ茶内(ちゃう)館」として活用されている。
CIMG3524_20190107092738865.jpg

鍵がかかっていて中には入れなかったが、浜中町営軌道の写真や資料などが展示されているそうだ。
CIMG3527_201901070927436a4.jpg

窓から覗くと、作業台のようなテーブルが1個あるだけだった。
CIMG3539_20190107092650832.jpg

1番ホームに顔ハメ看板があったが、さすがにあのおばちゃんには頼めず。
CIMG3525_20190107092740a65.jpg

茶内駅の開業は厚床駅などと同時で、1919年11月25日である。
CIMG3526_20190107092741241.jpg

茶内の地名は、アイヌ語で「サケの産卵場のある・川」を表す「イチャンナイ」に由来すると言われている。
CIMG3528_2019010709274436e.jpg

相対式2面2線ホームである。
CIMG3529_20190107092709fbc.jpg

1番線と2番線を結ぶ構内踏切。
DSC_5339_201901070925370f2.jpg
CIMG3538_20190107092648a47.jpg

2番線にも待合所があった。
CIMG3530_2019010709271156b.jpg

中にはもちろんベンチが。
CIMG3532_20190107092712703.jpg

2013~17年の1日平均乗車人員は17.2人とのこと。
CIMG3534_2019010709271453a.jpg

であれば、駅が廃止されることはしばらくないだろう。
CIMG3535_20190107092715e8d.jpg

銭形警部も守ってくれるに違いない。
CIMG3537_201901070926474e8.jpg

離れのトイレ。
CIMG3540_20190107092651575.jpg

いい駅でした。
DSC_5340_20190107092538b55.jpg

それでは、さようなら。
DSC_5341_20190107092540317.jpg

駅前の畠山金物店もルパン三世だらけだった。
CIMG3541_2019010709265324c.jpg

10分ほど車を走らせて、糸魚沢駅に到着。ここはもう浜中町ではないのでルパンはいない。
CIMG3544_2019010709262412c.jpg

2015年1月29日に供用を開始した新しい駅舎である。
CIMG3545_20190107092625df4.jpg

この駅舎自体に文句はないが、やはり昔の方が断然よかった。
CIMG3546_201901070926270d9.jpg

これは2009年7月21日に私が撮影したものである。
DSC_0164_20190107092534e39.jpg
茶内駅と同様、1950年に建てられた木造平屋建ての駅舎で、段差のある切妻屋根になっており、段差の部分に2か所の採光窓が設けられていた。ホーム側の屋根はそのままホームに伸びるひさしとなる構造で、糸魚沢駅がこのタイプの最後の駅舎だったという。

まあ、老朽化して危険だったのだろうし、大きな建物は維持費もかかるのでやむを得なかったのだろう。
CIMG3547_20190107092628f75.jpg

しかし、1日の平均乗車人員(2013~17年)が1.2人では廃止の対象になりかねない。
CIMG3548_20190107092630527.jpg

せっかく建て直したのにと言われないようにしてもらいたいものだ。
CIMG3549_20190107092558fb6.jpg

糸魚沢は新潟の糸魚川に似ているが、アイヌ語の「チライカリペッ(イトウ・通う・川)」もしくは「チライカラペッ(イトウ・捕る・川)」を意訳したものとされている。
CIMG3550_20190107092600150.jpg

1面1線の単式ホームである。
CIMG3551_201901070926013e8.jpg

開業は厚床駅などと同じく1919年11月25日。
CIMG3552_201901070926024ed.jpg

無人化されたのは1984年3月1日のことだった。
CIMG3553_201901070926048e5.jpg

(つづく)
このページのトップへ

花咲線(7)

【2018年12月31日(月)】花咲線
花咲線の駅舎めぐりを楽しんでいる。
根室駅から順に東根室、花咲、西和田、昆布盛、落石と回って、別当賀駅に到着したところ。
DSC_5308_201901070613428ba.jpg

駅のかたわらに古い駅名標を転用?した「野鳥の宝庫 風蓮湖」が設置されていた。
CIMG3392_20190107060044de3.jpg

貨車駅の中は実にシンプル。
CIMG3394_201901070600474d1.jpg

イスも壁もクリーム色に統一されていた。
CIMG3395_20190107060048aeb.jpg

ベンチにはケースに入れられた「駅ノート」。いい雰囲気だ。
CIMG3396_20190107060050f31.jpg

別当賀駅は1920年(大正9年)11月10日に開業した。
CIMG3397_20190107060021ab0.jpg

ホームは1面1線の単式である。
CIMG3398_201901070600234bb.jpg

別当賀の地名は。アイヌ語の「ペッウッカ(川の・浅瀬の上を水がうねり流れる所)」に由来するという。
CIMG3399_20190107060024f91.jpg

ミラーに写る私。
CIMG3400_2019010706002644c.jpg

根室方面。
CIMG3401_201901070600278e7.jpg

貨車駅に切り替わったのは1986年(昭和61年)で、その年の11月に簡易委託化されたそうだが、まさかこの貨車駅の中に「駅員」がいたのだろうか。
CIMG3402_20190107055958b48.jpg

完全無人化は1992年4月1日だそうだ。
DSC_5310_20190107055416abc.jpg

おそらく、それまでは近くの商店などで切符を扱っていたということなのかもしれない。
CIMG3404_20190107060002af4.jpg

2013~17年の1日平均乗車人員平均はわずか2.0人だった。
CIMG3403_201901070600000d5.jpg

これでは、この駅もいずれ廃止が検討されるかもしれない。
CIMG3405_20190107060003db9.jpg

駅の裏側から。
DSC_5314_20190107055347550.jpg

次の初田牛駅に行く前に、絶好の撮影ポイントを見つけたので、ここで数分、列車が来るのを待つことにした。
CIMG3407_20190107055935a6f.jpg
動画を撮ったので、残念ながらここで掲載はできない。
紅白のラッピング列車が気持ちよさそうに通過して行った。
あの中にさっき東根室駅で会ったテツの方がいらっしゃるはずである。
私に気付いてくれただろうか。

初田牛駅近くにあった初田牛小学校跡。ほとんどヤブになっていた。
CIMG3408_20190107055937000.jpg
1947年(昭和22年)9月2日に開校し、1988年(昭和63年)3月31日に閉校したとのことである。

その先にあった建物は、看板の字が読めなくなっているが、おそらく初田牛会館(公民館)であろう。
CIMG3409_2019010705593862e.jpg

10:15、初田牛駅に到着。
CIMG3410_20190107055940376.jpg

さっき見送った列車から下りた乗客がいるかと思っていたが、誰もいなかった。
CIMG3411_2019010705594128b.jpg

開業は別当賀駅と同様、1920年11月10日である。
CIMG3412_2019010705591239a.jpg

現在の駅舎は1977年(昭和52年)に改築されたもので、3代目に当たる。
CIMG3413_20190107055914ee5.jpg

壁には、あれこれ貼られていた。
CIMG3414_201901070559156e7.jpg
CIMG3418_201901070558495ac.jpg

1日4往復なので、2往復は通過してしまうようである。
CIMG3416_2019010705591824a.jpg

こういう落書きがあったが、嘆かわしいことだ。
CIMG3417_20190107055848e21.jpg

室温は日が差し込んでいるせいで意外に高く、9℃近くもあった。
CIMG3415_20190107055917b38.jpg

廃止が決まったこの駅の駅名標マグネットの売れ行きが好調らしい。
CIMG3419_20190107055851912.jpg

駅ノートにはダジャレで「はったおし」のイラストが描かれていた。
CIMG3420_20190107055852b43.jpg
JRを批判する内容だが、5日に1人しか利用しない駅の維持費を払わなければならない立場にも立って考えてほしい。
JRだって好き好んで廃止にしているわけではないのだ。
鉄道ファンなら、そういう想像力も働かせて、もっと建設的なことを書いてほしい。

きょう2018年の大晦日は、すでに2人の方がこのノートに記入していた。
CIMG3421_2019010705585475f.jpg

自分もそうだが、廃止が決まってから、訪問者が増えているようだ。
CIMG3422_20190107055822578.jpg

この駅が無人化されたのはかなり早い。1971年(昭和46年)10月2日のことだ。
CIMG3423_20190107055823c07.jpg

初田牛の地名は、アイヌ語の「ハッタウㇱ(ブドウ・を採るところ)」に由来するという。
CIMG3424_20190107055825503.jpg
CIMG3425_201901070558265f6.jpg

ホームは1面1線の単式である。
CIMG3426_201901070558285af.jpg

根室方面の眺め。
CIMG3427_20190107055757a1f.jpg

根室新聞によると、JR北海道は2018年11月15日、初田牛駅廃止に関する住民説明会を初田牛会館で開いた。
CIMG3428_20190107055758694.jpg

JR側は「1日の平均利用者が1人未満で利用が極端に少ない」と、理解を求めた。住民側は「駅がなくなるのは寂しいが、利用実績がなく、廃止せざるを得ないことは納得している」と理解を示した上で、駅があったことを示すモニュメントの設置を要望したという。
CIMG3429_20190107055800a93.jpg

初田牛駅は地域住民の足として親しまれてきたが、ここ5年間の利用者数は1日平均0.2人。鉄道ファンからは秘境駅として知られ、今夏のバラエティ番組では、3日間で乗降者ゼロだったことが紹介されていた。
DSC_5320_201901070553493fc.jpg

この日はJR側からは釧路支社の中川博勝専任部長ら3人が地元に出向き、住民側は初田牛町会の小笠原忠行会長ら8人、根室市の担当者2人が出席した。
この中で中川部長は「JR単独での維持は困難とされる花咲線は維持存続することを確認しているが、経営のスリム化は必要」と語ったという。
CIMG3431_2019010705580134b.jpg

何らかの遺構だが、用途は不明。
CIMG3432_2019010705580372e.jpg

それにしても、駅舎だけは何とか残せないものだろうか。
CIMG3433_20190107055732830.jpg

名残を惜しみつつ、厚床駅へ移動。
CIMG3437_20190107055738a95.jpg

ここは国道が交わる交通の要衝で駅前通りが何となく成立している。
CIMG3436_2019010705573708d.jpg

ただ、駅前のお宅は廃屋状態。
CIMG3435_20190107055735ab1.jpg
CIMG3458_201901070555414ca.jpg

くすり屋の伊東商店も廃業していた。
CIMG3441_20190107055709f0a.jpg

現在の駅舎は1989年11月2日にオープンした、わりとハイカラなものだ。
CIMG3434_20190107055734d03.jpg

札幌と根室を結ぶ長距離バス「オーロラ号」もここで停車する。
CIMG3438_20190107055706690.jpg

ここもまだ根室市。意外に根室市は広いことを知る。
CIMG3440_201901070557081a6.jpg

厚床駅は1919年(大正8年)11月25日、国鉄釧路本線の厚岸駅~当駅間の開通に伴い、同線の終着駅として開業した。
CIMG3442_201901070557115bf.jpg

根室振興局管内で初めて設置された駅でもある。
CIMG3445_201901070556238ea.jpg

壁に掲示されているのは、鉄道よりもバスの方が目立つ。
CIMG3444_20190107055621cfe.jpg

かつての切符売り場。
CIMG3446_2019010705562529e.jpg

花咲線の各種ポスターを展示したPRコーナー。
CIMG3447_20190107055626fa6.jpg

1990年頃までは、駅前の「田中屋」が「ほたて弁当」を製造販売しており、日本最東端の駅弁販売駅だったという。
CIMG3448_20190107055628002.jpg

かつては単式ホームと島式ホームの複合型2面3線を有する列車交換可能な駅であった。
CIMG3449_201901070555582b3.jpg

駅舎側の単式ホーム(1番線)が花咲線の下り線、島式ホーム内側の2番線が旧標津線、外側の3番線が花咲線の上り線であった。
CIMG3459_20190107055512e05.jpg

現在は1面1線の単式ホームとして運用されている。
CIMG3455_20190107055536f82.jpg
DSC_5324_201901070613448bb.jpg

厚床の地名は、アイヌ語の「アットゥクト(オヒョウニレ・伸びている・沼)」に由来するとされる。
CIMG3450_201901070555598c3.jpg

駅舎のホーム側。
CIMG3453_20190107055604354.jpg

旧島式ホームに残されていた待合室。
CIMG3452_201901070556025fa.jpg

室内にはまだイスが設置されたままだ。
CIMG3454_20190107055535a69.jpg

島式ホームの根室側は盛土だけになっていた。
CIMG3457_2019010705553944b.jpg

2013~17年の1日平均乗車人員平均は12.8人。
CIMG3456_201901070555386aa.jpg

旧島式ホームにあった野外ベンチ。
CIMG3460_2019010705551387b.jpg

お尻をのせるところはかなり汚れていたが、後ろから見ると、かなり哀愁が漂う。
CIMG3461_20190107055515724.jpg

ホームの駅舎と反対側にあった地震計。
CIMG3462_20190107055516ffb.jpg

駅名表記は正面はローマ字だったが、裏側は漢字。日本人的には漢字の方が落ち着く。
CIMG3463_20190107055518114.jpg

かつてはこの駅から標津線が分岐していた。
CIMG3464_20190107055447c97.jpg

その標津線は1989年4月30日に廃止された。
CIMG3465_201901070554480e4.jpg

そのことを示す表示板。
CIMG3466_2019010705545040a.jpg

駅前の焼肉店「東光園」。
CIMG3468_20190107055453eec.jpg

しめ飾りがあるので、通常は営業しているのだろう。
CIMG3467_20190107055451383.jpg

では、次の姉別駅に移動しよう。
CIMG3470_20190107055415f29.jpg

(つづく)
このページのトップへ

花咲線(6)

【2018年12月31日(月)】花咲線
花咲線の駅舎めぐりをしている。
根室駅、東根室駅を回り、次は廃止になって駅舎が撤去された花咲駅跡。
CIMG3312_20190105063527223.jpg

以前は、このような駅舎があったのだが。
CIMG3314_201901050635280f0.jpg

1986年に貨車駅になる前は、立派な木造の駅舎だった。
CIMG3315_20190105063531d21.jpg

根室本線が根室まで全通した1921年(大正10年)8月5日に開業した。
CIMG3316_201901050635314a8.jpg
ピーク時には1日平均500人以上もの乗降客がいたらしいが、廃止直前の2012年には1日平均乗車人員が0人だったそうだ。

花咲駅跡を後にして、次の西和田駅に向かう。
高台からは、花咲港の向こうにコルリ島とモユルリ島がつながって見えた。
CIMG3317_201901050635339c4.jpg

花咲港まで下りてくると、ロシア語表記の看板があちこちに。
CIMG3318_2019010506350220c.jpg
CIMG3319_20190105063503943.jpg

ロシア人は幸せだ。千島四島を不法占拠していても、地元はちゃんと歓迎してくれるのだから。
DSC_5295_201901050630133ad.jpg

廃業した食堂。
DSC_5296_20190105063015ed0.jpg

カニ漁で賑わっているはずの漁港だが、やはり廃屋はどこにでもあるのだ。
CIMG3320_20190105063505f9c.jpg

西和田駅に行く途中で見つけた根室市和田屯田記念館。
CIMG3321_2019010506350681d.jpg

もともとは和田屯田兵村の被服庫だったようだ。
CIMG3322_201901050635080b7.jpg

閉まっていることは明らかだったので、車から写真だけ撮って通過した。
DSC_5297_20190105063016d4f.jpg

9時に西和田駅に到着。
CIMG3323_20190105063439b59.jpg

ここも貨車駅である。
CIMG3324_20190105063440cf4.jpg

1920年(大正9年)11月10日に開業。
DSC_5298_20190105063018fec.jpg

84年(昭和59年)3月1日に無人化され、86年、貨車駅に切り替わった。
CIMG3326_20190105063444392.jpg

待合室には、例によって想い出ノートが置かれていた。
CIMG3327_20190105063445927.jpg
でも、12月22日に設置されたばかりのものだった。

しめ飾りがうれしい。
CIMG3328_2019010506341687f.jpg

奥から入口の方を望む。
CIMG3329_20190105063418dc1.jpg

ホームに出てみた。
CIMG3330_20190105063419959.jpg

当地は1886年(明治19年)に福井、石川、新潟、山形、鳥取各県の士族220戸1083人からなる屯田兵第2大隊第1中隊によって開拓された。
CIMG3331_20190105063421862.jpg

当時の大隊長・和田正苗の姓にちなんで、「和田」と命名されたという。
その後、第2大隊第1中隊は増員されて第4大隊に昇格したが、このうち第1中隊がいた東部が「東和田」、第2中隊がいた西部が「西和田」と称するようになった。
この駅の名はその「西和田」に所在することに由来するという。
CIMG3332_20190105063422c73.jpg

根室方面。
CIMG3333_20190105064433504.jpg

1面1線の単式ホームである。
CIMG3334_20190105064435fd9.jpg

駅のすぐ近くに発泡スチロールメーカー「トーホー」の工場があった。
CIMG3335_20190105064437b2d.jpg

2013~17年の1日平均乗車人員はわずか2.6人。
CIMG3336_201901050644384d7.jpg

廃止されないことを祈る。
DSC_5300_20190105062954919.jpg

では、次の昆布盛駅へ移動。
CIMG3337_20190105064440756.jpg

ここも1面1線の単式ホームである。
CIMG3338_20190105064404378.jpg

付近に民家は全く見えないが、海岸の方に昆布盛の集落がある。
CIMG3339_201901050644079ab.jpg

これは駅舎ではなく待合所。
CIMG3340_20190105064407fa4.jpg

開業は1961年(昭和36年)2月1日なので、比較的新しい。
CIMG3341_2019010506440900a.jpg

釧路方面は美しいカーブを描いている。
CIMG3342_201901050644105fb.jpg

待合所に入ってみた。
CIMG3343_20190105063353a0e.jpg

床は板張りだが、かなり歪んでいた。
CIMG3344_20190105063355c22.jpg

2013~17年の1日平均乗車人員は7.2人というから西和田駅よりも多い。
CIMG3345_201901050633560a1.jpg

通過する列車もあるようで、1日5往復である。
CIMG3346_201901050633589ee.jpg

想い出ノートは、女性の書き込みが多かった。
CIMG3347_201901050634001d3.jpg

周辺の地図が掲示されていた。
CIMG3348_20190105063330fb7.jpg
この辺りも再訪して、じっくり歩いてみたいと思っている。

ホームには雪がうっすら積もっていたが足跡がない。今日はまだ利用者はいないようだ。
CIMG3349_20190105063332543.jpg

駅のすぐ釧路側は昆布盛踏切。
CIMG3350_20190105063333b3b.jpg

この駅は開設当時から無人駅だった。
CIMG3351_20190105063335732.jpg

地名は、アイヌ語の「コムプモイ」(昆布・湾)に由来するという。
CIMG3352_2019010506333687a.jpg

釧路町に昆布森という地名があるが、おそらく語源は同じなのだろう。
CIMG3354_20190105063309160.jpg

しかし、冬はここで列車が来るのを待つのは相当寒いだろうなあ。
CIMG3353_20190105063307b4e.jpg

都会から来た人には、こういう雰囲気がたまらないのだろうけど。
CIMG3355_20190105063310440.jpg

線路にはシカの足跡もあるし。
CIMG3356_20190105063311789.jpg

駅の海側にある林は、防雪林か防風林かと思ったが、霧も防いでいるようだ。
CIMG3357_20190105063313abf.jpg

次の落石駅に向かう途中、浜松海岸の駐車場があったので立ち寄った。
CIMG3358_20190105063243e4b.jpg

根室十景の一つである。
CIMG3359_20190105063245532.jpg

窓岩。
CIMG3360_2019010506324605d.jpg

浜松の集落。
CIMG3361_2019010506324726c.jpg

林立する風車。
CIMG3362_20190105063249234.jpg

ユルリ島と七つ岩。
CIMG3363_2019010506321248c.jpg

沖合にあるユルリ島とモユルリ島は無人島で、エトピリカの生息地になっているという。
CIMG3364_201901050632146d7.jpg

展望所。
CIMG3366_20190105063216969.jpg

トイレは使っていないが、たぶん冬期閉鎖中だろう。
CIMG3367_20190105063217d8b.jpg

9時半に落石駅に到着。
CIMG3368_20190105063219b1d.jpg

駅前通り。
CIMG3369_20190105063148b4e.jpg

1992年4月1日に簡易委託が廃止され、完全に無人化されたという。
CIMG3370_20190105063149b98.jpg

開業は1920年(大正9年)11月10日。根室本線(当時は釧路本線)が厚床から西和田まで延伸された際に設置された駅である。
DSC_5305_201901050629568ce.jpg

待合室はとても清潔にされている。
CIMG3371_2019010506315151b.jpg

イスには「落石駅」と刺繍された座布団まで置かれていた。
CIMG3372_20190105063152ac4.jpg

この駅舎はいつ建てられたものなのだろう。
CIMG3373_20190105063154475.jpg

壁にエトピリカの写真。
CIMG3374_20190105063122bd0.jpg

根室共立病院の広告が目立つ。
CIMG3375_201901050631241ad.jpg

カイロはもうなくなってしまっていた。
CIMG3376_201901050631257e3.jpg

お正月飾りに心がほっこり。
CIMG3377_20190105063126ff3.jpg

あれこれ掲示板。
CIMG3380_20190105063128363.jpg

ホームに出てみた。
CIMG3381_20190105063059109.jpg

2面2線の相対式ホームである。
CIMG3384_20190105063103795.jpg

落石の地名は、アイヌ語の「オク・チシ(山の尾根のくぼみ)」に由来する。
この「くぼみ」とは、落石岬が本土につながる所のくびれを意味するらしい。
CIMG3382_20190105063100c81.jpg

2013~17年の1日平均乗車人員は14.0人とのこと。
CIMG3383_20190105063101b77.jpg

北海道らしく、スノーダンプが設置されていた。
CIMG3385_201901050631045cd.jpg

構内踏切の警報機かしら。
CIMG3386_201901050630356a2.jpg

放置されたコンテナ。
CIMG3387_20190105063037048.jpg

駅舎の裏側。
CIMG3388_20190105063038c48.jpg

釧路方面。
CIMG3389_201901050630401dc.jpg

落石駅前にあった古い木造家屋。
CIMG3390_20190105063041dda.jpg

次は別当賀駅である。
CIMG3391_20190105063012611.jpg

(つづく)
このページのトップへ

花咲線(5)

【2018年12月31日(月)】花咲線
根室グランドホテルに宿泊中。朝は6時すぎに目が覚めた。
早速、荷造りを始め、ひと息ついたのが6:49。
そう言えば、今朝の日の出は6:50だったことに気付いて、ホテル内にある展望台に駆け上がった。
CIMG3245_2019010407524715b.jpg

すでに日は昇っていたようだが、太陽は雲の中で、とくに劇的な状態ではなかった。
CIMG3237_20190104075303ac0.jpg

とりあえず、ここからの展望を方角ごとに順番に見ていく。
こちらは西側。
CIMG3238_20190104075305fcc.jpg

望遠で見ると、根室駅が確認できる。
CIMG3239_20190104075306ef3.jpg

根室駅構内。
CIMG3240_2019010407530727c.jpg

北側に根室振興局(旧根室支庁)。その向こうは根室湾だ。
CIMG3241_20190104075309419.jpg

北西に根室市役所。
CIMG3242_201901040752424e8.jpg

北東には根室合同庁舎やマンションなど。
CIMG3243_201901040752442fe.jpg

東には航空自衛隊のレーダーなどが林立している。
CIMG3244_20190104075245b1b.jpg

根室港。
CIMG3246_201901040752486e4.jpg
CIMG3247_20190104075221e81.jpg

天気が良ければ国後島も見えるらしい。
CIMG3248_201901040752235bc.jpg

ひと通り撮影した後で部屋に戻る。
エレベーターの壁に「最東端のホテル到達証」なるものがあると書いてあったので、チェックアウトの時にもらって帰った。
CIMG3249_20190104075224a1a.jpg

7:20に出発して、まずは根室駅に向かう。
CIMG3250_20190104075226bdd.jpg

昨日到着したときはもう暗かったので、もう一度、写真を撮り直したかったからだ。
隣に、北方四島の早期返還と元島民の援護対策の確立を目指す千島会館があった。
CIMG3251_20190104075227b70.jpg

さらにその先には北海道庁立根室実業学校跡の碑が立っていた。
CIMG3252_20190104075201a91.jpg

道東初の公立中等教育機関で、現在の根室高校の前身である。
1906年(明治39年)の創立。08年に旧根室県庁跡地だったこの地に新校舎が建てられた。その後、根室商業学校、根室中等学校と改称されて、1948年(昭和23年)に根室高校となった。高校は59年に移転した。
当初は木造校舎だったようだが、案内板に雪が吹き付けて半分以上見えなかった。
CIMG3253_20190104075203fb9.jpg

このあたりは高台にあり、南北に通じる道の向こうに海が見えた。
CIMG3255_20190104075204afb.jpg

カニの斉藤商店前を通過。
CIMG3256_20190104075206147.jpg

ホテルから5分で根室駅に到着した。
CIMG3257_20190104075207635.jpg
CIMG3282_20190104075017330.jpg

西側から見た、根室駅。
CIMG3258_20190104075139e46.jpg

駅前の案内図にはロシア語表記もあった。
CIMG3259_20190104075141651.jpg

バスターミナルには札幌から到着したばかりの都市間バス「オーロラ号」が停まっている。
CIMG3260_201901040751426fd.jpg

定刻では6:55着なので、30分近く遅れたことになる。
CIMG3262_20190104075145e12.jpg

根室は味覚観光都市。
CIMG3261_20190104075144a66.jpg

根室本線の先端まで行ってみようと歩をさらに西へ進めると、駅舎にあった「北然仁」のほかに、もう1軒そば屋を見つけた。
CIMG3263_20190104075117ec3.jpg
「八文目」か。こっちの方が本格的みたいなので、駅舎にある「北然仁」ではなく、ここにしよう。

レールの先端まで行ってみると、思いがけず、こんなうれしい看板が立っていた。
CIMG3264_2019010407511969f.jpg

ここから東京駅まで1607kmもあるそうだ。
CIMG3265_20190104075120c0c.jpg

根室本線自体の長さは444km。
CIMG3266_20190104075122e75.jpg

全線を通しで走っている列車はすでに1本もない。
CIMG3267_2019010407512319a.jpg

できれば、最遠の駅までの距離も書いてほしかった。
CIMG3268_201901040750557f4.jpg

それでは、タクシーに乗るべく根室駅に戻ることにする。
CIMG3270_201901040750598e4.jpg

途中にあったホテルニューねむろ。
CIMG3269_20190104075057bc7.jpg

根室駅側から見た根室本線の終点。
CIMG3271_20190104075100a67.jpg

バスターミナル。さすがにバスはもういない。
CIMG3272_20190104075102ace.jpg

根室市職員、絶賛募集中のポスターが駅玄関に貼り出されていた。
CIMG3273_20190104075033ee1.jpg

「北然仁」はただの駅そばかと思っていたら、かなりそば粉にはこだわりがあるようだ。
う~ん、どっちにするか迷うなあ。
CIMG3274_20190104075035e49.jpg

まさか、大晦日にそば屋が休むなんてことはないよね。よろしくお願いします。
CIMG3275_2019010407503629b.jpg

外側から覗いた根室駅のホーム。
CIMG3276_201901040750375ad.jpg

広い構内だ。
CIMG3277_20190104075039e93.jpg

それほど雪は積もっていないが、一面真っ白。
CIMG3278_20190104075010e30.jpg

ここがホームの先端。
CIMG3279_201901040750120f4.jpg

振り返ると、民宿えびすや。根室はホテルより民宿が多い。
CIMG3280_201901040750139a8.jpg

本日はレンタカーを借りて、花咲線の駅舎をひとつひとつ撮影していく予定だが、レンタカー屋がここから2kmほど離れたガソリンスタンドにある。
歩くと時間がかかるので、駅前からタクシーに乗ることにした。
CIMG3281_20190104075015b8a.jpg

スタンドには7:50頃に到着。
手続きを済ませ、8時過ぎに出発した。
まずは東根室駅から。ここはすでに撮影済みなのだが、現在の様子も確認したい。
途中、跨線橋があり、思わず車を停めた。
CIMG3283_20190104074947b69.jpg

おそらく日本最東端の跨線橋だろう。
CIMG3284_2019010407494923a.jpg

8:15に東根室駅に到着。
CIMG3285_201901040749509cc.jpg

駅近くには集合住宅や廃屋があった。
CIMG3286_20190104074952502.jpg

時刻表をみると、8:24に釧路行きが停車するようだ。
CIMG3287_20190104074953a6e.jpg

まだ10分近くあるが、貴重な機会なので、待つことにした。
CIMG3288_201901040749248bb.jpg

幸い、テツとみられる40代くらいの男性もいたので、雑談しながら時間をつぶせる。
CIMG3289_2019010407492678b.jpg

最東端の駅と私。
CIMG3290_201901040749273c5.jpg

根室方面。
CIMG3291_20190104074929c80.jpg

ここは1面1線の単式ホームのみで駅舎はない。
CIMG3292_20190104074930faa.jpg

東根室駅は1961年(昭和36年)9月1日の開業。
CIMG3293_20190104074902d55.jpg

従って、それ以前は根室駅が最東端の駅だった。
CIMG3294_20190104074904f84.jpg

ただ、1959年9月21日に根室拓殖鉄道が廃止されるまでは、同鉄道の歯舞駅が最東端だった。
CIMG3295_20190104074905d15.jpg

駅名標の「にしわだ」が白いのは、隣の花咲駅が2016年3月26日に廃止されたから。
CIMG3296_20190104074907bb2.jpg

釧路方面。あのカーブあたりが日本最東端のレールということになる。
CIMG3297_20190104074908c92.jpg

ひと通り撮影を終えたので、さっきの男性と雑談。
彼は東京から来た方だそうで、昨夜は釧路に泊まり、今朝の1番列車で根室までやってきたらしい。
つまり7:58にここ東根室駅に着いて、折り返しでやってくる8:24発の釧路行きを待っていたということだ。
その列車に乗って、廃止される初田牛駅で下車、1時間ほど過ごして、10:06発の下り列車で根室に戻り、また折り返して、直別駅、尺別駅を訪ねるとのこと。
両駅間は5kmほどを歩くと話していた。
本数の少ない路線で、どう目的地を効率的に訪ねるか、テツの腕の見せ所なのだ。
私のようなレンタカーで全駅舎を巡るなど、邪道なのである。
そうこうしているうちに、時間が近づいてきたので、ホームに戻って、カメラを構える。
時間通り、上り列車が入線してきた。
CIMG3298_20190104074832fb4.jpg

お話していたのはこの男性。
CIMG3299_20190104074833a5b.jpg

「気をつけて」と声をかけて見送った。
CIMG3301_2019010407483588e.jpg

彼が初田牛駅に着くのは9:04である。
CIMG3304_2019010407483656b.jpg

最東端のレールを走るキハ54。
CIMG3305_201901040748389d0.jpg

失われたくない風景だ。
CIMG3306_2019010407480672c.jpg

花咲線はJR北海道が「単独では維持が困難」と位置付けている路線だが、国防的な観点からも、おそらく廃止されることはないだろう。
CIMG3308_20190104074808a19.jpg

国境が画定すれば、根室がロシアへの玄関口になるということにもなるし。
CIMG3309_2019010407480960e.jpg

さて、1駅ですっかり時間を食ってしまった。
急ぎ、花咲駅跡へ向かう。
道道310号(花咲港線)はしばらく根室本線に沿って走るうれしい道だ。
いったん、花咲港近くまで下って、脇道を再び、高台へ上っていく。
花咲駅跡には、駅跡であることを示す看板があるらしいのだが、現地に着いても見当たらない。
CIMG3310_20190104074811f03.jpg

ちょっと線路を根室方面に歩いてみたが、見つからない。
CIMG3311_201901040748122bc.jpg

釧路方面に戻ってみたら、防風柵のようなものに隠れているのを発見することができた。
CIMG3313_2019010407475263a.jpg
駅舎って線路の北側にあったっけ。ちょっと記憶と違うが、きっとそうなのだろう。

(つづく)
このページのトップへ

花咲線(4)

【2018年12月30日(日)】花咲線
2019年3月で廃止となる初田牛駅に到着した。
CIMG3199_201901031303208a4.jpg

誰かが下車したが、この人は明らかにテツではない。
CIMG3201_201901031303228d2.jpg
でも、待合室に入るということは、迎えの車がまだ着いていなかったということだろうか。

この方々は見るからにテツ。
CIMG3202_20190103130323abe.jpg
ここで下りて、折り返しの列車を待つのかしら。

別当賀駅を通過して、再び海が見えてきたが、だんだん薄暗くなってきたので、オートではピントが合わなくなってきた。
CIMG3204_20190103130325735.jpg

落石駅。ここで右側の席が空いたので、体だけ移動した。
CIMG3205_201901031303263ac.jpg

風車たち。
CIMG3207_20190103130256413.jpg

実は、暮色が濃くなってきてから、シカの出没が激しい。
よく分からないと思いますが、ここにも何頭か写っています。
CIMG3209_20190103130258a22.jpg
列車は何度も警笛を鳴らしており、その度に逃げ惑うシカの姿が見える。
通算にして30頭くらいは見ただろうか。
よく衝突しないで済んだものだと思う。
1回ぶつかると、車両点検や死んだシカの移動などで30分以上停車しないといけない事態になるので、助かった。

昆布盛駅の待合所。
CIMG3210_20190103130259f3d.jpg

昆布盛駅は単式ホームだけだった。
CIMG3211_201901031303010f7.jpg

一応、シカの群れが写っているんですが、分かりますか?
CIMG3213_20190103130302904.jpg
CIMG3214_20190103130233a00.jpg

真っ白になった牧場。
CIMG3216_20190103130234120.jpg

これはシカではありません。
CIMG3220_20190103130239ccb.jpg

西和田駅は撮影できず、東根室駅へ。
CIMG3222_20190103130208589.jpg

どうにか真っ暗になる前にここまでたどり着いた。
CIMG3224_20190103130209dfe.jpg

ここでも一人下りていった。
CIMG3225_20190103130211162.jpg

16:02、9時間がかりで終点根室駅に到着。
CIMG3227_20190103130212204.jpg

20分遅れで釧路を出発したのに、3分遅れにまで回復していた(定刻だと15:59着)。
CIMG3228_20190103130214791.jpg
かなりスピードを出していたのだろう。
というか、普段はスピードを抑え気味で運行しているということか。
福知山線の事故みたいなことになったら大変だが、規定の範囲内でスピードを出せて、運転士もさぞかし気持ちよかったことだろう。
CIMG3231_20190103130143a74.jpg

もちろん、ここで全員が下車。
DSC_5239_20190103130119688.jpg
でも、16:09発で、この列車はすぐに釧路へ折り返す。
その人たちは、あわててまた乗って行った。

はるばる来たぜ、根室へ。
CIMG3232_20190103130145c5d.jpg

納沙布岬も車石もすでに2回行ったことがあるので、今回は行く予定はない。
CIMG3233_201901031301464e2.jpg

根室来訪は1回目が自転車で、2回目が車で、3回目が今回鉄路ということになった。
CIMG3234_20190103130148297.jpg

昔は、このスタンプもよくノートに押していたものだが、いつからか止めてしまった。
CIMG3235_201901031301499b6.jpg

顔ハメもしたかったが、まわりには誰もいなかった。
CIMG3236_20190103130117d3d.jpg

改札口。
DSC_5241_201901031301201f3.jpg

記念入場券があったので、これは買った。根室駅と東根室駅で計340円。
DSC_5242_20190103130122c09.jpg

さあ、折り返し列車が出発。
DSC_5243_20190103130124240.jpg

いってらっしゃい。
DSC_5244_20190103130051ad9.jpg

釧路着は18:51の予定である。
DSC_5245_201901031300535b1.jpg

改めて、駅名標を撮影。
DSC_5246_2019010313005434c.jpg

ホームの端っこまで行くと、こんな看板を発見。
DSC_5247_2019010313005613a.jpg
とにかく、みんな最東端にしてしまえ!って感じなのかな。

この奥が線路の尽きるところ。ロマンを感じてしまう。
DSC_5248_201901031300576aa.jpg

根室駅の側面。
DSC_5249_201901031300260e3.jpg

根室駅の発着はほぼ3時間おきに6往復のみ。
DSC_5250_20190103130027423.jpg

待合室は、広さのわりにイスが少ない気がした。
DSC_5254_20190103125959b4b.jpg
DSC_5256_201901031300020cb.jpg

切符売り場。
DSC_5255_2019010313000137e.jpg

なぜか、最も遠くて門静駅までの運賃しか書かれていない。
DSC_5257_20190103130004a27.jpg

根室駅の外観。
DSC_5251_20190103130029803.jpg

根室は朝日に一番近い街だ。
DSC_5253_20190103130032a3c.jpg

駅舎の中にそば処「北然仁」がある。
DSC_5252_20190103130030402.jpg
あすは夜行バスが出るまで、ここで年越しそばを食いながら紅白を見て時間をつぶそう。
まさか、そば屋が大晦日に休むことはあるまい。

駅前にたつ根室市観光インフォメーションセンターの売店はすでに閉店していた。
DSC_5258_201901031300051df.jpg

同じ建物の中にあるバスターミナルの券売所はさすがに開いていた。
DSC_5259_20190103125934b12.jpg

では、今宵の宿、根室グランドホテルに向かう。
DSC_5260_20190103125935158.jpg

やはり根室はカニの町だ。
DSC_5261_201901031259374e3.jpg

ホテルには10分ほどで到着。
DSC_5263_20190103125940552.jpg

ここまで路面がつるつるでかなり滑った。
DSC_5262_20190103125938d33.jpg

大きなエゾシカさんがお出迎え。
DSC_5264_20190103125908ad9.jpg
チェックインして、宿泊代金を支払う。
じゃらんポイントを使って4200円だった。

エレベーターには観光名所の写真が貼ってあった。
DSC_5265_20190103125911f1c.jpg

お部屋は4階455号室。
たばこ臭かったので、爆発しない程度に、消臭剤を撒いた。
DSC_5266_201901031259116e1.jpg
早速ユニットバスに入って、汗を流す。
ここは温泉ではないが、昨日も一昨日も入っていなかっただけに、とてもさっぱりした。

根室駐在の同僚が18時に迎えに来てくれるというので、その前にロビーに下りておいた。
DSC_5267_20190103125913caa.jpg

ゼニガタアザラシというらしい。結構かわいい。
DSC_5271_201901031258498eb.jpg

彼が来るまで、ホテル内をあれこれ見学。
DSC_5268_2019010312591585c.jpg

北海道三大祭りの一つに数えられる根室・金刀比羅神社例大祭で練り歩く御神輿が展示してあった。
DSC_5269_20190103125846a1a.jpg

根室十景の写真。
DSC_5270_20190103125847f83.jpg

同僚は18時ちょうどにやってきた。
連れて行ってもらったのは、郷土の料理・炉ばた俺ん家。
DSC_5272_2019010312585078f.jpg

彼の行きつけの店は日曜日とあってお休みとのことで、定番のこの店しかなかったらしい。
DSC_5273_20190103125852191.jpg

骨董趣味のお店という雰囲気だ。
DSC_5274_20190103125822a8f.jpg
DSC_5275_201901031258242b1.jpg

結構寒かったが、最初は一応ビールをいただいた。
DSC_5276_20190103125825489.jpg

その後は、地酒の北の勝を熱燗で。
DSC_5282_20190103125805a21.jpg

酒肴はまずカキの味噌焼き。
DSC_5277_201901031258279df.jpg
カキを味噌で焼いたのは初めてだったが、これが絶妙だった。

大好きなつぶのお造り。
DSC_5278_20190103125828e05.jpg

鮭の氷頭のナマス。これも美味。
DSC_5279_20190103125802386.jpg

ホタテの浜焼き。これまた、よだれもん。
DSC_5281_20190103125804a88.jpg
このほか、じゃがバターと湯豆腐。いずれも美味しくて、かなり食べてしまった。

楽しく歓談して21時頃お開き。タクシーでホテルに戻った。
すこしだけパソコン作業をしたが、酒もたっぷり入っていたので、10時過ぎには寝てしまった気がする。
あすは7時すぎに出発の予定だ。

(つづく)
このページのトップへ

花咲線(3)

【2018年12月30日(日)】花咲線
根室本線を東進中。釧路市の庶路駅を過ぎたところだ。
CIMG3130_20190103100112bde.jpg

トイレに行ったついでに、2両目の運転席を見学。
DSC_5209_201901030952018dd.jpg

「無接点マスコン」などと書かれていたが、全く意味は分からない。
DSC_5208_20190103095200327.jpg

13:01、大楽毛駅に入線。
CIMG3131_2019010310011400c.jpg

ここで何人かの方々が乗ってきた。
CIMG3132_20190103100115f9f.jpg

駅周辺はわりと新しめの住宅が多い印象だ。
CIMG3133_20190103100117718.jpg

その次は、新大楽毛駅。
CIMG3134_201901031001188cb.jpg

だんだん、釧路の市街地に入ってきた。
CIMG3135_201901031000406f4.jpg
CIMG3136_20190103100042696.jpg

貨物車が目立つようになってきたら、釧路貨物駅の構内。
CIMG3137_201901031000430b2.jpg
CIMG3138_20190103100045453.jpg

貨物駅とほぼ同居している形の新富士駅は、JR東海の新幹線駅と漢字表記も全く同じだった。
CIMG3139_20190103100046f05.jpg
駅前にあった富士製紙(現・日本製紙釧路工場)の専用線を分岐させるため、1923年(大正12年)に開業した駅なので、実はこちらの駅の方が断然古い。
ちなみに、新幹線の新富士駅は東海道新幹線の開通(1964年)に遅れること23年、1987年(昭和62年)10月16日に開業した。
すでに、国鉄は分割された後で、会社が違うため、同じ駅名にしても問題なかったのだと思われる。

新釧路川を渡ると
CIMG3140_201901031000148dd.jpg

終点、釧路駅は間もなくなので、予めデッキへ。
CIMG3141_20190103100015f15.jpg

釧路駅で乗り継ぐ花咲線の座席を確保するため、急がねばならないのだ。
CIMG3142_20190103100017cb5.jpg

なんと、わが列車は花咲線と離れたホームに入線し、地下道を走らなくてはならなくなった。
CIMG3148_20190103095944114.jpg
DSC_5216_2019010309520458b.jpg

13:25発根室行き普通列車(1両編成)に乗り込むと、席はほとんど埋まっていた。
CIMG3157_20190103095505812.jpg
残っていたのは、左側の、窓のない席のみ。
花咲線は観光路線でもあり、今日は帰省客もいるし、1両編成だし、帯広~釧路間の普通列車とはまるで状況が違うということに、今さらながら気づいた。
とにかく、その席を確保し、時間まで撮影に出る。

運転士によると、札幌からの特急スーパーおおぞら3号(釧路着が定刻で13:20)の到着が15分ほど遅れているので、発車は13:40頃になるという。
まだ13:20なので、かなり時間がある。
CIMG3146_20190103095941997.jpg

駅の外に出て、じっくり撮影ができそうだ。
まずは車両を確認、紅白のツートンカラーに塗色されている。
CIMG3143_20190103100018ebf.jpg

静かに発車を待っているの図。
DSC_5211_20190103095203a3d.jpg

路線の愛称通り、花吹雪の絵があしらわれている。
CIMG3144_201901031000209aa.jpg

車両はキハ54形である。
CIMG3145_20190103095939fd9.jpg

ちなみに「キ」とは気動車のことを指し、「ハ」は等級で普通車を意味する(「イ」が3等級制以前の1等車、「ロ」はグリーン車)。
キハ54は、国鉄が分割民営化後の「三島会社」(JR北海道、九州、四国)での運行を想定して1986年(昭和61年)に製作した車両である。
CIMG3147_20190103095943094.jpg

ステンレス製の軽量車体を採用し、急勾配や積雪に耐えうるようエンジンを2基搭載するなど、地域の実情に応じた装備が施されている。
CIMG3153_20190103095853363.jpg

台車や変速機・運転台機器等には在来車の部品を再利用し、一部の機器にはバス用の部品を用いて、製作コストを極力下げたそうだ。
CIMG3156_20190103095504086.jpg

ホームに展示してあった太平洋炭礦の海底炭。
CIMG3149_20190103095945dec.jpg
海面下600mから採掘したものだという。

ホームの東端に立っていた「湿原の鐘」。
CIMG3151_20190103095850a8b.jpg

駅前の天然温泉スーパーホテルがホームから見えた。
CIMG3152_20190103095853ca1.jpg

私が乗ってきた帯広発の普通列車。
CIMG3155_20190103095856c5c.jpg

その向こうは、もう1両のキハ54車両。
CIMG3154_20190103095856511.jpg

改札を出るため、再び地下通路を歩く。
DSC_5218_20190103095206d67.jpg
DSC_5219_20190103095124e01.jpg

駅舎側から見た根室行き。右面は赤だ。
DSC_5220_20190103095126798.jpg

駅の外に出た。釧路駅には2011年に来たことがあるので、この動輪には見覚えがある。
DSC_5221_20190103095128e38.jpg

駅前にあるタンチョウヅルのモニュメント。
DSC_5222_20190103095129a90.jpg

風雪の樹。
DSC_5223_20190103095130939.jpg

当時の釧路鉄道管理局が釧路市緑いっぱい市民運動世話人会から寄贈され,鉄道開通(1872年)100周年と釧路市制50周年を記念して、1972年(昭和47年)9月13日に植樹したものだそうだ。
DSC_5224_20190103095041a06.jpg

現在の釧路駅舎は1961年(昭和36年)8月1日に改築された道内で唯一残る民衆駅(駅舎の建設を国鉄と地元が共同で行い、その代わりに商業施設を設けた駅)である。
DSC_5225_201901030950426e6.jpg

先代の札幌駅と似たつくりになっており、建設当初は札幌駅と同様、外壁は青だったという。
DSC_5228_201901030950472c2.jpg

開業したのは1901年(明治34年)7月20日のこと。
DSC_5226_201901030950442b8.jpg

駅前通りの眺め。人口17万人、道東最大の都市である。
DSC_5227_201901030950452f9.jpg

民衆駅ならではの、駅舎内の店舗群。
DSC_5229_201901030950139af.jpg
DSC_5230_20190103095015f9d.jpg

それでは、そろそろ列車に戻りましょう。
DSC_5231_201901030950162d0.jpg

この駅は改札と1番ホームがガラス壁で仕切られていた。
さすがに寒いからなのだろう。
DSC_5232_20190103095019b76.jpg

駅弁にもそそられたが、ダイエットのため、お昼はパン1個で済ませてしまった。
DSC_5233_20190103095019a43.jpg

ホームの向きと直交する方向に掲げられているめずらしい駅名標を発見。
DSC_5234_201901030949588c7.jpg
遅れていた特急が到着すると、さらに大勢の乗客が乗ってきて、座れない人が10人以上になってしまった。
にもかかわらず、通路の向こうに座っていた女性客は隣の座席に荷物を置いたまま眠り込んでいる。
誰も、「ここ空いてますか?」と声をかけないので、ずっと彼女は悠々と2席を独占していた。

列車は20分遅れで、13:45に発車。
隣の東釧路駅で7~8人が下りた。
CIMG3158_20190103095507460.jpg

ここは釧網本線との分岐駅である。
CIMG3160_20190103095508af3.jpg

武佐駅はホームが右側のみだったので、何も写せず通過。
その次は別保駅。
CIMG3161_2019010309551167a.jpg

窓が座席の真横ではなく、かなり前にあるので、とても写しづらい。
CIMG3162_20190103095425c93.jpg

どうせ、明日、車で撮影に来るのだから、無理して撮らなくてもいいのだが、ボーっとしていると乗り鉄している気分にならないのだ。
CIMG3163_20190103095427f89.jpg

せっかくの花咲線なのに、こんな座席になってしまったことが、かなり悔しい。
CIMG3164_20190103095428086.jpg

上尾幌駅は、こんなふうにしか撮れなかった。
CIMG3165_20190103095430374.jpg

そして尾幌駅。
CIMG3166_20190103095431539.jpg

門静駅が見えてきた。
CIMG3167_20190103095357bac.jpg

湿原の展望所のようなイメージの駅舎だが、2003年に建て替えられたものだそうだ。
CIMG3169_20190103095359d29.jpg

影富士ならぬ影列車。
CIMG3172_2019010309540015d.jpg

厚岸駅。ここから先が未乗車区間になる。
CIMG3174_20190103095402316.jpg

1983年だから35年も前のことになるが、自転車の旅をこの駅で終え、ここから鉄路で札幌まで帰ったのであった。
CIMG3175_2019010309540314f.jpg

右手に厚岸湖が見えているが、左側の座席からだと、全然見えない。
CIMG3176_201901030953235cf.jpg

また、季節のいい時期に乗りに来ないといけないなあ。
CIMG3177_20190103095325ef9.jpg

湿原地帯を通過して
CIMG3179_20190103095326273.jpg
CIMG3180_20190103095328db7.jpg

14:45、糸魚沢駅に停車。
CIMG3182_20190103095330f24.jpg

ここで2人ほど下りた。
CIMG3185_201901030952584c4.jpg

普段はほとんど人が利用しないような駅でも、今日は何人かずつ下りていく。
おそらく実家でお正月を過ごす方々なのだろう。
久しぶりに家族が顔を合わす様子を想像して、心が温かくなった。
CIMG3187_20190103095300bd9.jpg

茶内駅から浜中町に入る。
CIMG3189_20190103095301e14.jpg

ここはうれしいことに昔ながらの駅舎が残っていた。
CIMG3190_20190103095303539.jpg

浜中町は「ルパン三世」の作者モンキーパンチ先生のふるさとである。
CIMG3191_2019010309530467d.jpg

次は浜中駅。
CIMG3192_20190103095229ec8.jpg

全く何がなんだか分からないが、姉別駅。
CIMG3193_20190103095231767.jpg

そして厚床駅。
CIMG3194_20190103095233ed7.jpg

ここでも何人かが下りていった。
CIMG3196_20190103095234eef.jpg

次が問題の初田牛駅である。
CIMG3197_20190103095236934.jpg

(つづく)

このページのトップへ

花咲線(2)

【2018年12月30日(日)】花咲線
根室本線で根室に向かっている。
さっき、帯広駅で特急から普通列車に乗り換えたところ。
普通列車は2両編成だったので、余裕でボックス席を独占できた。
CIMG3023_20190102171036c6d.jpg

間もなく、隣の札内駅に到着した。
CIMG3022_20190102171035243.jpg

駅前には十勝地方らしく、馬鈴薯(じゃがいも)の倉庫があった。
CIMG3021_2019010217103343f.jpg

次の幕別駅を過ぎると、十勝川を渡る。
CIMG3024_20190102171038863.jpg

やはり道東は雪が少ない。
DSC_5188_2019010217033507e.jpg

利別駅は10:52に通過。
CIMG3025_20190102171039fed.jpg

駅舎はゆるやかな三角屋根だった。
CIMG3026_20190102171011bb6.jpg

利別川を渡る。
CIMG3028_20190102171013521.jpg

池田駅。
CIMG3029_2019010217101406c.jpg

車窓から、ちょうど池田ワイン城が見えた。
CIMG3030_201901021710160cf.jpg

十弗駅を通過して、豊頃駅に到着。
CIMG3031_20190102171017b38.jpg

このあたりの駅は5月に撮影済みだ。
CIMG3033_20190102170948edb.jpg

南下してきた根室本線が北上に転じる新吉野駅。
DSC_5189_20190102170337d2d.jpg

その先で、ホクレンのタンクローリーと並走した。
CIMG3034_20190102170950a00.jpg

浦幌川を渡ると
CIMG3035_20190102170951e64.jpg

浦幌駅。
CIMG3037_20190102170925b4e.jpg

ホームには赤レンガの小さな倉庫があった。
CIMG3036_20190102170953bac.jpg

浦幌の留真温泉も行ってみたいところだ。
CIMG3038_20190102170927eba.jpg

駅名標の「あつない」の部分が白くなっているのは、隣の上厚内駅が廃止されて、書き直されたからだ。
CIMG3039_201901021709286f9.jpg

上厚内駅の旧駅舎は9月に解体されたとのことで、5月に撮影しておいてよかった。
CIMG9313.jpg

車窓風景。
CIMG3040_20190102170929263.jpg
CIMG3041_20190102170931760.jpg
CIMG3043_20190102170901e56.jpg

駅があるはずのないところで、鉄道関連っぽい建物が見えてきた。
CIMG3045_20190102170903210.jpg
正面に「常豊信号場」という札が掛かっている。
その直後に駅名標が見えて、びっくり。
予測していなかったので、写真は撮り損ねてしまった。
調べてみると、ここは駅だった時期がないにもかかわらず、駅名標がある全国的にも珍しい信号場なのだそうだ。
1966年(昭和41年)9月30日に設置された信号場で、気づかなかったが相対式のホームもあるそうだ。
ここは改めて撮影に来なければなるまい。

11:52、厚内駅に到着。
CIMG3047_20190102170905cc9.jpg

ここで15分の待ち合わせがあるというので、撮影済みの駅ではあったが、車外に出てみた。
DSC_5190_20190102170303795.jpg

駅舎の反対側に古い洋館が見えたが、あれは何の施設だろう。
CIMG3050_201901021709076e8.jpg

跨線橋に登ると、南に太平洋が望めた。
DSC_5191_2019010217030542c.jpg

2面3線のホームである。
CIMG3052_201901021708377b5.jpg

上りの特急スーパーおおぞらを待っているところ。
DSC_5192_20190102170307d35.jpg

実に美しい。
CIMG3053_2019010217083908f.jpg

跨線橋を渡って1番線に移動してきた。
CIMG3054_20190102170840874.jpg

厚内駅は1903年(明治36年)12月25日開業の駅である。
CIMG3055_20190102170842b71.jpg

無人化されたのは1984年(昭和59年)12月1日のこと。
CIMG3056_20190102170843a2d.jpg

2011~15年の1日平均乗降人員は10人以下、という調査結果が出ている。
DSC_5197_201901021703092e2.jpg

無人化後、駅長事務室を利用して軽食喫茶「海猫」が営業していたが、2000年頃に閉店したそうだ。店舗跡は現在、ドアも窓も板が打ち付けてあった。
DSC_5195_201901021703083d8.jpg

島式ホームの2番、3番線。
CIMG3058_20190102170812922.jpg

厚内の地名の由来は諸説あり、アイヌ語の「アプナイ(釣り針・川)」「アックナイ(小獣を捕る川)」が語源とされる。
CIMG3060_20190102170814469.jpg

4本目のレールは打ち止めになっていた。
CIMG3061_20190102170815033.jpg

12:07に発車すると、間もなく車窓に太平洋が広がった。
DSC_5198_20190102170217fe4.jpg

今日は、天気もよく、波も穏やかだ。
CIMG3067_201901021708182e4.jpg

道道1038号(直別共栄線)としばらく並走して
DSC_5202_20190102170220d95.jpg

廃止が決まった直別駅に到着した。
CIMG3071_2019010217075114d.jpg

1907年(明治40年)10月25日に開業した駅なので、約111年半の歴史に幕を閉じることになる。
CIMG3072_2019010217075362b.jpg

駅舎も2003年に新築したばかりだったのに、残念だ。
CIMG3073_201901021707547e0.jpg

車窓風景。
CIMG3074_201901021707248fa.jpg
CIMG3075_201901021707256ff.jpg
CIMG3076_201901021707261f4.jpg

次の尺別駅も廃止が決まった。
CIMG3078_201901021707298bd.jpg

尺別駅は1962~70年に雄別炭鉱尺別線の起点としても機能していた。
CIMG3079_2019010217065971e.jpg

しかし、2011~15年の1日平均乗降人員は1人以下にまで落ち込んでいた。
CIMG3080_20190102170700b44.jpg

近くに、2010年夏に公開された映画「ハナミズキ」に主演した紗枝(新垣結衣)の実家として撮影に使用された住宅が、ロケ地として残されている。
CIMG3081_20190102170702a0a.jpg

再び、海岸線を走る。
CIMG3084_20190102170632120.jpg

音別川は凍結していた。
CIMG3090_20190102170638793.jpg
CIMG3091_20190102170608442.jpg

わりと大きな音別駅に入線。
CIMG3092_20190102170610079.jpg

音別の地名は、アイヌ語の「オムペッ(川尻・塞がる・川)」に由来するとされる。
CIMG3094_20190102170613122.jpg

音別駅を過ぎると、再び海岸線。
CIMG3098_20190102170539b92.jpg

今度は波打ち際まで見える。
DSC_5207_20190102170200e44.jpg

海岸から離れると、湿原地帯。
CIMG3099_20190102170541266.jpg

右手は馬主来(ぱしくる)沼である。
CIMG3100_20190102170542a5e.jpg

すっかり冬枯れ状態。
CIMG3103_2019010217252073c.jpg

もちろん湿原は氷結していた。
CIMG3104_20190102172523b2a.jpg

古瀬駅は停車せずに通過。
CIMG3106_20190102170545d57.jpg

ここも、いずれ廃止となるのだろう。
CIMG3107_20190102170514da3.jpg

12:40、白糠駅に到着。
CIMG3108_201901021705164a2.jpg

1901年(明治34年)7月20日に北海道官設鉄道の駅として開業した歴史ある駅である。
CIMG3109_2019010217051745c.jpg

1997年10月1日に業務委託駅に移管している。
CIMG3110_20190102170519d1b.jpg

地名はアイヌ語の「シラル・カ(平磯の岸)」に由来する。
CIMG3111_20190102170520bbd.jpg

白糠駅を通過。
CIMG3112_20190102170450b99.jpg

しばらく市街地を走る。
CIMG3113_20190102170452b27.jpg

国道38号と並走して
CIMG3114_20190102170453bad.jpg

間もなく、西庶路駅。
CIMG3115_20190102170454d60.jpg

1941~64年まで、ここから明治鉱業庶路専用線が分岐していた。
CIMG3117_2019010217042476f.jpg

ちょっと保育園のような雰囲気の駅舎だ。
CIMG3118_20190102170426f37.jpg

開業は1941年(昭和16年)3月28日。
CIMG3119_20190102170427943.jpg

1984年(昭和59年)12月1日に無人化された。
CIMG3120_20190102170429407.jpg

ここも「ハナミズキ」のロケ地になったそうだ。
CIMG3121_20190102170430d07.jpg

大きなお寺の横を通過して。
CIMG3122_20190102170358fa1.jpg

庶路の市街地に入ってきた。
CIMG3123_2019010217040062a.jpg

アパートの廃屋?
CIMG3124_20190102170401c3b.jpg

庶路駅。
CIMG3125_2019010217040305e.jpg

1901年(明治34年)7月20日の開業である。
CIMG3126_20190102170404802.jpg

庶路の地名は、アイヌ語の「ショ・オロ(滝の所)」に由来する。
CIMG3127_2019010217033072d.jpg

猛烈に年季の入った駅名標が立っていた。
CIMG3128_20190102170332278.jpg

(つづく)
このページのトップへ

花咲線(1)

【2018年12月30日(日)】花咲線
2019年3月16日のJR北海道ダイヤ改正で根室本線の直別駅、尺別駅、初田牛駅が廃止されることになった。
2018年は羽帯駅1駅で済んだが、今回は3駅だ。
直別駅と尺別駅はたまたま今年5月に道東を訪ねる機会があり撮影済みだが、初田牛駅にはまだ行ったことがない。
訪ねるチャンスを探っていたが、まだ全線は乗ったことがない花咲線(根室本線の釧路~根室の区間の愛称)の乗り鉄も含め、この年末に決行することにした。

金曜夜発の夜行バスで根室に行き、土曜日にレンタカーで花咲線の全駅舎を回り根室で1泊。日曜日に、根室駅から札幌までJRで帰るという週末プランを、以前計画したこともあった。
しかし、今回は帰省ラッシュを重なり根室行きの夜行バスは満席。結局、行きをJR、帰りを夜行バスという方針に変更した。
すると、年越しをバスの中でするという無粋なことになるのだが、まあそれも一興と考えることにしよう。
ただ、31日のレンタカー確保が意外に苦労した。
いつも利用するトヨタレンタカーは、大晦日は休業。
もう1軒にも断られ、3軒目のニコニコレンタカー(駅から2kmも離れている)でやっと予約ができた。
とはいえ、大晦日ということもあり、16時までに返却してほしいとのこと。
朝8時に借りて、8時間で19の駅(廃止駅も含む)を回り、東釧路から根室まで引き返すのは困難と思えたが、これはやむを得ない。
レンタカーを扱っているガソリンスタンド自体は17時まで営業しているので、それまで帰ってきてくれればとの言質を取れたのは幸いであった。
というわけで、バスとホテル、レンタカーの予約は完了。
JRはどうせ指定席は取れないと決めつけて、当日の朝、購入することにした。

30日朝はまだ暗い6時前に家を出発。
幌平橋6:11発の始発電車に乗って、札幌駅へ。
指定席が余っていないか、みどりの窓口で一応確認してみたら、やはり満席とのことだったので、自由席の特急券を購入した。
札幌から根室までの片道乗車券8200円、帯広までの自由席特急券2380円、合わせて10580円。
DSC_5168_2019010207422708f.jpg
DSC_5169_20190102074146767.jpg
夜行バスは7400円だったので、やはりJRはかなり割高だ。
でも、今回は花咲線に乗るのもミッションの一つだから、とくに気にしない。

これから乗るのは7時ちょうど発の特急スーパーおおぞら1号釧路行きだが、釧路まで特急で行ってしまうのも味気ないので、帯広で各駅に乗り換えることにした。
本当は手前の新得で各駅に乗り換えても、この日のうちに根室にたどり着くことはできるのだが、そうすると帯広での乗り換え時間が4分しかない。
遅延した場合、ちゃんと接続してくれるのかどうか不安だったので、帯広まで特急で行くことにした。

というわけで8番ホームに立ったのは6:25頃。
DSC_5161_20190102074252ee5.jpg
お隣7番線の6:56発特急オホーツク1号の自由席は長蛇の列だったが、こちらは私の前に10人くらいしか並んでいなかった。
これなら間違いなく座れる。
多分、こちらは自由席が2両あるからかもしれないが、それにしても人が少ない気がした。
寒い中、長時間突っ立っているのは、ちょっときつかったが、我慢我慢。
列車は6:50頃入線してきて、やっと寒さから解放された。
DSC_5175_20190102074150158.jpg

席は、お目当てだった左側の窓際を余裕で確保することができた。
しかも、札幌発の段階で隣は空席のまま。
私にとってはありがたいが、JRとしては帰省ラッシュ時に自由席に空きがあるようでは、問題大ありだろう。
DSC_5162_20190102074254430.jpg

まずは用意してきたおにぎりと旨煮で朝食。
DSC_5164_201901020742213fc.jpg
食べ終わったら、ボーっと車窓を見たり、うとうとしたり。
昨夜は11時半くらいまで飲み、何だかんだで寝たのは午前1時を過ぎていたので、基本的に寝不足なのだ。

隣の席には南千歳でやっと、年配のご婦人が乗ってきた。
この特急は停車駅が極端に少ない。
釧路までの間に、新札幌、南千歳、トマム、新得、帯広、池田の6駅にしか停まらない。
それで釧路まで4時間ジャストというダイヤになっている。
トマムで何人かが下りたが、ほとんどの人が帯広か釧路まで行くのだろう。
DSC_5165_20190102074222779.jpg

新得駅には5分ほど遅れて9時頃に到着した。
DSC_5166_2019010207422495f.jpg

途中、18年3月で廃止になった羽帯駅を通過。
DSC_5167_2019010207422568e.jpg
「ありし日の羽帯駅」と書かれた看板が立っていた。
写真は若干、シャッターのタイミングが遅く、その字は写すことはできなかった。

帯広駅には若干遅れて9:30頃に到着。
DSC_5170_201901020741472d1.jpg
DSC_5173_20190102074149ba7.jpg

次の10:29発釧路行き普通列車まで、待ち合わせ時間が1時間ほどあるので
CIMG2969_20190102074625695.jpg

駅前をぶらついてみることにした。
DSC_5177_20190102074152145.jpg

その前にトイレで体重を少しだけ減らしておいた。
北口の繁華街は3月に出張で来たときに歩いているので、今回は南口を回る。
CIMG2971_201901020746287f4.jpg(ホテル日航ノースランド帯広)
CIMG2967_20190102074624095.jpg(とかちプラザ)
CIMG2994_20190102074426350.jpg(帯広市図書館)
CIMG2970_2019010207462785b.jpg(帯広しんきん)
CIMG2973_20190102074602a3d.jpg(帯広第一病院)
CIMG2975_201901020746051bc.jpg(帯広警察署西五条交番)

目的のひとつは、天然温泉「たぬきの里」の偵察。ついでに北口の天然温泉のホテルも確認しておくつもりだ。
公園大通を南下。
CIMG2972_20190102074600f6b.jpg

帯広には十勝バスと拓殖バスが走っている。
CIMG2974_20190102074603173.jpg

十字路にあった旧黒川商店。
CIMG2976_201901020746064cf.jpg

5分ほどで、5階建てくらいのビルの上に
CIMG2979_20190102074539e82.jpg

「ゆ」「たぬきの里」の文字が見えてきた。
CIMG2978_20190102074538adf.jpg

途中にあったラブホ。ネーミングがかなりいじましい。
CIMG2980_201901020745419a9.jpg

「たぬきの里」はマンションの2階が入浴施設といった風情で
CIMG2986_2019010207451809c.jpg

まだ10時前とあって開店前だった。
CIMG2982_201901020745446ec.jpg

ちょっと怪しげな雰囲気ではあるが
CIMG2985_20190102074516a34.jpg

ここは帯広周辺に多いモール系の自噴温泉で、泉質は低張性アルカリ性高張泉(アルカリ性単純温泉)。
CIMG2984_201901020745150e5.jpg

源泉は42.7℃とのことで、100%源泉かけ流しだそうだ。
cg-01.jpg(HPより)

入浴は大人440円なので、それほど高くない。
機会があったら、いつか入ってみたい。
CIMG2989_20190102074450b37.jpg

隣にあった木造家屋。
CIMG2987_201901020745197f8.jpg
CIMG2988_20190102074521df8.jpg

向かいの木造家屋は、しゃれたカフェに転用されていた。
CIMG2981_201901020745435a8.jpg

カフェの奥はギャラリーになっていた。
CIMG2990_20190102074452f8f.jpg

窓越しに覗くと、食器などを扱っていた。
CIMG2991_201901020744534e8.jpg

それでは「たぬきの里」を後にして、駅へ戻る。
DSC_5183_20190102074125659.jpg

南口の長崎屋。
CIMG2992_20190102074454bf0.jpg

帯広駅がこの駅舎となったのは1996年のことである。
CIMG2993_20190102074456877.jpg

北口に行く途中、構内には今年のNHK朝の連続テレビ小説「なつぞら」の番宣パネルが設置されていた。
CIMG2996_20190102074427918.jpg

主演の広瀬すずにはそれほど関心がないのだが
CIMG2997_201901020744295d5.jpg

十勝が舞台なので、真面目に見てみようかなと思っている。
CIMG2998_20190102074430dfe.jpg

北口に出ると、右前方に2軒の天然温泉ホテルが見える。
CIMG2999_201901020744325b2.jpg

ホテルの近くに行く前に駅前のモニュメントを確認。
CIMG3000_20190102074401fcd.jpg

2002年度のグッドデザイン賞を受賞した施設のようだ。
CIMG3001_201901020744036e2.jpg

ホテルは帯広駅前のバスターミナルおびくるの向こう側にある。
CIMG3002_2019010207440418c.jpg

こちらはプレミアホテルCABIN帯広。
CIMG3003_20190102074405640.jpg

もう1軒は、ふく井ホテル。
CIMG3005_201901020744074ec.jpg

これらもモール温泉である。
CIMG3006_20190102074334571.jpg
前回、帯広に泊まった時はここにすればよかった。

駅前にあった彫刻。
CIMG3007_2019010207433606e.jpg

十勝の開拓精神を表現したもので、「大地」というタイトルが付いている。
CIMG3009_20190102074338f23.jpg

近くにはシカも遊んでいた。
CIMG3010_20190102074339c2f.jpg

北口のファサード。南口とほとんど変わらない。
CIMG3011_2019010207434028e.jpg

気温は比較的暖かく氷点下1℃。
CIMG3012_20190102074311aea.jpg

これで散策は終了し、ホームへ。
これから乗る列車は、こちら。
CIMG3014_20190102074312960.jpg

キハ40、2両編成である。
CIMG3015_201901020743140ce.jpg

ミラーに写った私と列車。
CIMG3016_20190102074315f49.jpg

列車は定刻通り10:29に発車。
CIMG3017_20190102074317eb7.jpg

早速、札内川を渡る。
CIMG3018_20190102074247f9a.jpg
CIMG3019_20190102074249364.jpg

間もなく札内駅に到着した。
CIMG3020_2019010207425011c.jpg

(つづく)
このページのトップへ

プロフィール

かたこりまさかり

Author:かたこりまさかり
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (4)
北海道の山 (523)
東北の山 (75)
上信越の山 (147)
奥多摩の山 (58)
丹沢の山 (55)
奥秩父の山 (83)
栃木の山 (32)
房総・常陸の山 (9)
奥武蔵・秩父の山 (87)
中央線沿線の山 (100)
富士山周辺の山 (68)
八ヶ岳周辺の山 (53)
南アルプス (101)
史跡歩き (12)
中央アルプス (28)
北アルプス (61)
日本海の山 (8)
関西の山 (30)
四国九州の山 (61)
駅舎の旅 (96)
ドライブ (50)
廃線の旅 (46)
駅から散歩 (39)
乗り鉄 (51)
島の旅 (19)
山村の旅 (7)
超低山 (33)
東海の山 (5)
つぶやき (38)
旧道歩き (59)
伊豆の山 (39)
サイクリング (3)
ハイキング (17)
温泉旅行 (16)
ランニング (1)
観光 (3)
お遍路 (37)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR