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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

三陸の旅(1)

【2018年11月22日(木)】三陸の旅
11月の3連休は冬が到来した北海道を脱出して、東北に出かけることにした。
昨年のこの時期は熊野古道を歩いたので、今回も伊勢湾周辺に出かけることを検討したのだが、やはり移動に時間がかかって思うように回れない。
結局、またフェリーを活用して、10月に続いての東北旅行となった。

初雪が観測史上最も遅い記録に並んだ札幌だが、22日はいきなり大雪となった。
大粒の雪が降りしきる中、びくびくしながら道央道を苫小牧に向かう。
ただ、この雪も太平洋側に近づくにつれて収まってきたので助かった。
苫小牧市内のコンビニで今夜と明日の朝の食事を調達。
フェリーターミナルには前回と同様20時過ぎに到着した。
今回は、乗客もそれほど多くなかったのか、ほとんど待たされることなく、スムースに乗船できた。
21:15発のシルバープリンセス号、前回と同じ船である。

1等洋室で、まずはビール片手にお食事。
今回は焼きそばにした。
もう十分寒いのでデッキには出ず、船室内でテレビを見ながら、まったり。
出港して間もなくの21時半くらいにお風呂へ。
誰もいなかったので、のんびりできた。
明日の八戸着は早朝の4:45なので、22時半には寝てしまった。

【2018年11月23日(金)】
4時に起床。
荷物を整えて、歯を磨き、4時半すぎに甲板へ。
30分以上待たされたが、5時すぎには下船できた。
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最初の訪問地は黒崎の予定。
そこに至るまでにも、見どころはいくつかあるのだが、まだ真っ暗で何も見えないので、100km近く先を目標にした。
驚いたのは、雪が2~3cm積もっていたことだ。
八戸では、おそらく初雪だろう。
「雪を避けてきたのに~!」と思ったが、まあ南下すれば止むだろう。
予想通り、間もなく路面から雪は消えてくれた。
暗いとはいえ、種差海岸など海沿いの道を走りたかったのだが、ナビに新しくできた八戸・久慈自動車道(無料)に誘導されてしまい、訳が分からないまま内陸を走ることに。
まあ、暗くて景色は何も見られないので許そう。
久慈市街に入る手前あたりから、やっと明るくなってきた。
道はほぼ南東方向に向かって走っているので、朝日がまぶしい。

久慈から先は国道45号を離れ、海岸沿いの狭い道を進む。
つりがね洞などの景勝地がある小袖海岸を通りたかったからだ。
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しかし、なんと小袖海岸の手前で工事のため通行止め。
山側を大きく迂回しなければいけなくなった。
これでは国道から離れたのはただの時間の無駄になってしまった。
残念だが、仕方がない。

野田村で国道に戻り、そのまま南下。
三陸鉄道北リアス線に沿って走る。
このあたりの駅はすべて6年前に撮影済みなので、邪念なく運転することができる。
黒崎へは普代村の市街地で左折し、再び海岸沿いに出る。
この標識を見て初めて知ったのだが、陸中海岸国立公園は知らぬまに三陸復興国立公園に名称が変わっていた。
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調べてみると、陸中海岸国立公園(1955年指定)は、2011年の東日本大震災による津波で指定区域が大きな被害を受けたため、震災からの復興および被害の伝承を目的として、13年5月24日に、青森県の種差海岸階上岳県立公園と八戸市鮫町の2地区を編入して、現在の名称に改められたのだそうだ。
15年3月31日には、さらに南三陸金華山国定公園を編入している。

普代浜の先、大田名部トンネルの左わきに旧道があったので入ってみた。
旧道は行き止まりで通り抜けることはできなかったが、きれいな砂浜の普代浜を眺めることができた。
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浜の南側は荒々しい岩が林立しており、素晴らしい景観だった。
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しかし、気温が低い上に、猛烈に風が強く、早々に車の中に逃げ込んだ。

ここから10分もかからずに黒崎に到着。
黒崎周辺はちょうど北緯40度ということで、それを示すシンボル塔があった。
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その隣に、カリヨンの鐘。
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「カリヨン」とはフランス語で、「幸せの鐘」の意味だそうだ。
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ここからは雄大な太平洋を望むことができた。
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黒崎灯台へ行くには、かなり階段を下らなければならない。
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三陸を訪ねるのは震災の翌年以来だから、6年ぶりということになるのだが、大学時代に初めて来てから数えると、通算5回目だ。
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過去の訪問では黒崎には来たことがないと思っていたが、帰宅して古い写真をひっくり返してみたら、なんと黒崎の写真が残っていた。
かつて当時の写真を整理したことがあったが、写真を見ただけではそれがどこなのか分からなくなっていたが、今回黒崎を訪ねたことで、その写真が同じ場所だったと判明したわけだ。
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しかし、現地では全く記憶が蘇らなかった。
もう32年も前のことだからなあ。

黒崎灯台は1952年(昭和27年)に初点灯され、75年に改築されたとのこと。
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日本の灯台50選に選ばれているそうだ。
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この説明板はほとんど判読不能になっていた。
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黒崎灯台は高さ130mの断崖の上に立つ。
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でも、灯台の高さより高い位置に階段があるため、頂上部を真横から見ることができる。
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さっきのシンボル塔のところまで戻ると、近くに砲台が復元されていた。
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この黒崎御台場は幕末期に設置されたもので、1868年の戊辰戦争の際、旧幕府軍に所属していた南部藩はここから官軍艦船を砲撃したという。
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対外国防衛のために築かれたものなのに、同じ日本人に向けて使用することになるなんて、歴史とは因果なものである。
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改めてシンボル塔をしっかり見学。
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近づくと、大きな地球儀が回り始めて、びっくり。
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日本海側の入道崎もほぼ北緯40度だそうである。
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林の中には、伊納忠敬測量記念碑が立っていた。
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車で少し移動し、黒崎展望台にも立ち寄る。
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ここは猛烈な風であった。
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眼下に見えるのはネダリ浜と呼ばれるところ。
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北に展開するのは白井海岸。
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見えているのは、おそらく大田名部のだろう。
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内地はさすがにまだ紅葉が残っていた。
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はるか北の台地は久慈の三崎と思われる。
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この展望台には、宮沢賢治「発動機船 一」の詩碑があった。
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三陸海岸に賢治の詩碑が10基あるそうだが、これは2015年に建てられた最も新しいものだそうである。
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こちらは小田観螢の歌碑。「空と海 岸は果てもなくリアス式碧瑠璃くだき しら浪光る」
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小田観蛍(1886~1973年)は大正・昭和期の歌人。
岩手県に生まれ、北海道に移住した方だ。
歌碑は1990年の建立である。
ひゃ~それにしても寒かった。おかげで、すっかり体が冷えてしまった。
避寒のつもりで内地に来たのに、これでは先が思いやられる。

北山崎には黒崎から車で10分。ここに来たことは覚えている。
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周辺の自然遊歩道は読売新聞主催の「遊歩百選」(2002年選定)に選ばれているらしい。
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車を駐車場に停めて、園内へと足を踏み入れる。
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ここには展望台が3か所もある。
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園内には土産物屋のほかに、宿まである。結構賑わっている観光地のようで、ご同慶の至りだ。
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ここに泊まれば、御来光を拝むことができるのだろう。
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北山崎はリアス式の海岸がよく見える景勝地だが、まずは太平洋を観賞。
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海岸を見る前に、もったいぶって紅葉など。
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おはようございます。
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園路から、ちょっとだけ見えた。
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昆布スプーン付ソフトクリームか。しかし、この寒さではねえ。
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立派なビジターセンター。
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日本の国立公園は全国に34か所。
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三陸海岸は「三陸ジオパーク」にも指定されている。
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さあ、これが第一展望台からの眺め。
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穴が開いている岩があるのが矢越岬。
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一番奥は重茂半島の月山(456m)。
その手前に鵜の巣断崖が見えた。

(つづく)
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長万部岳(下)

【2018年11月18日(日)】長万部岳
長万部岳(973m)から下山中。
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雪の重みのせいか、標識の柱が完全にへし折られていた。
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5合目から30分でうすゆき荘跡に到着。
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道路を挟んで反対側の空き地に廃材らしきものが積んであった。
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O君はその廃材を見て、「北海道夏山ガイドには(うすゆき荘の文字が)林道の左側に書いてあったし、小屋はこっち側にあったんじゃない」と言う。
しかし、その空き地はかなり傾斜があったし、地図の表記が反対側になることはよくあることなので、私は(上流に向かって)右側の平坦地で間違いないと思っていた。

しかし、帰宅してネット検索してみて驚いた。
なんと、小屋は左側の傾斜地に高床式で立っていたのだ(2009年解体)。
DSCN16121.jpg(ネットより)
それに、こんな小さな小屋だとは思いもしなかった。
完敗である。

しかも、この写真から想像するに、右側の平坦地はすでに樹林化していて駐車場としては利用されていない。
となると、この石垣は鉱山時代のものということになり、平坦地もかつては鉱山関係の施設があったのだろうと想像される。
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目に見える唯一の遺構だ。

鉱山川を渡る。
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そして崩落地点を通過。
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流された暗渠(土管)の残骸。
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このあたりの岩は花崗岩であった。
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もう一つの崩落箇所も通過。
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あとは、黙々と林道を歩き、12時半に登山口に到着。
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結局、この日は誰とも会わず、独占状態であった。
下りは2時間。コースタイム通りだった。

早速、二股ラジウム温泉に向かう。
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ここに来るのは昨年の夏以来2回目だ。
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この温泉の最大の特徴は、温泉の沈積物である湯の華が堆積して巨大なドームが形成されていることだ。
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世界でも米国イエローストーン国立公園のマンモス温泉群とここの2か所しかないという。
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成分的には、ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉で、ラジウムも含まれている。
源泉の温度は44.3℃。ph値は7.1なのでほぼ中性だ。

入浴料金は1100円と高めだったので、O君からゆっくり入ろうと提案あり。
露天風呂でのんびり過ごした。
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隣の浴槽にはずっと浸かりっぱなしの人や、イヤホンで音楽を聞いている人がいたが、そんなに長く入っていられるほど、ぬるくもなかったので、我々は適当なところで退散。

内湯の比較的ぬるめの浴槽に移ったら、ついうとうとしてしまった。
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20分くらいは入っていたかもしれない。
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石鹸が使用できる浴室は別室なので、ふる○ンで廊下を横断して移動。
温泉成分のせいか、あまり泡立ちはよくなかった。
真水のお湯は出ておらず、桶で温泉をすくって使った。

すっかり温まったので14時過ぎに出発。
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高速にはのらずに、O君の別荘、「洞爺ハウス」を目指す。
最短ルートの道道266号は初めて走る道だが、ほとんど車を見かけなかった。
途中、お土産を買うというO君に付き合ってレークヒル牧場に立ち寄り。
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ここで、人気のジェラートを食す。
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私は抹茶のシングルを注文(324円)。
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気温が低いので食べ切るのに時間がかかったが、美味しかった。

窓からはニセコアンヌプリ(1308m)や羊蹄山(1898m)の雄姿が望めた。
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左手には昆布岳(1045m)も。
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広い芝生の敷地には、ヤギが一匹飼われていた。
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ここでは食事もできるみたいだ。
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この後、洞爺ハウスに寄って、布団を1組回収、O君の自宅に運ぶ。
まだ17時過ぎだが、お腹が空いたので、一緒に晩飯を食べることにした。
O君が何度か来たことがあるという、藤野のパキスタンカレーの店「カラバトカリー」。
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裂いた鶏肉が大量に入っており、最近食べたカレーの中では一番おいしかった。
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量も多く、値段も880円とお手頃であった。
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満腹になったところで、O君を自宅に送り届け、ガソリンスタンドに寄って帰宅した。
長万部岳は二つの海を見られる展望の山であった。

【行程】2018年11月18日
登山口(8:01)~うすゆき荘跡(8:39)~1合目(8:48)~3合目(9:02)~4合目(9:09)~鉱山跡(9:15)~5合目(9:17)~6合目(9:30)~7合目(9:39)~8合目(9:48)~頂上(10:20撮影10:32)~鉱山跡(11:21昼食11:34)~1合目(11:56)~うすゆき荘跡(12:03)~登山口(12:31)
※所要時間:4時間半(歩行時間:4時間)コースタイム:4時間40分
※登った山:1座(長万部岳)
※歩行距離:11.3km
※累積標高差:約750m

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長万部岳(中)

【2018年11月18日(日)】長万部山
長万部岳(973m)の5合目を通過した。
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この先はしばらく、草木が繁茂して原形をとどめていない鉱山跡の中を進む。
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とうとう雪も残り始めた。
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この辺りで標高は約650m。
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えぐれた道の壁には霜が降りていた。
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5合目から10数分で6合目を通過。標識はみな雪の重みのせいか傾いたり倒れたりしている。
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あれだけの標識をそろえるだけあって、ササもしっかり刈ってくれているのがありがたい。
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5合目から稜線までの標高差は約180m。
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今までの道と比べると、かなり斜度がある。

標高が高くなるに連れ、あたりは冬の装い。
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ぬかるみには氷が張っていた。
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6合目から10分ほどで着いた7合目の標識は完全に倒れていた。
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かなりえぐれた道を進む。冬道はこのまま真っすぐ突き進むようだったが、夏道は途中で左に折れた。
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5合目から30分弱で尾根にのった。
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頂上が俄然近く見える。
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この先はササの回廊だ。
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8合目を7合目から9分で通過。
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しばらく行くと、北の方角に大平(おびら)山(1191m)が姿を現した。
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あちらは真っ白に冠雪している。
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尾根道は一部ジグザグになっており、日蔭にはたっぷり雪が残っていた。
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長万部岳の北峰(848m)はササとダケカンバのコントラストが美しい。
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間もなく、東の展望が開けた。
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日蔭になっている黒い山は黒松内岳(740m)。
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その向こうにニセコアンヌプリ(1308m)が霞んでいる。
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羊蹄山(1898m)の頂上部は依然として雲の中だ。
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尖っているのは昆布岳(1045m)。
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この先の急登はロープ場。まだアイゼンは付けていないので、活用させていただいた。
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登り切ると、高原状の北峰が全容を現した。
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その右手に日本海。左に突き出しているのは寿都半島の歌島付近だろう。
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そして、そのずっと右には太平洋(噴火湾)も見える。
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一度に日本海と太平洋が見えるとは、なんて贅沢なんだ。

噴火湾に突き出しているのは、礼文華のイコリ岬。
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眼下には、5合目の旧鉱山跡が見える。
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あの先にも鉱山への林道が続いているのが、はっきりと分かった。
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さあ、頂上は目前だ。
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北峰を振り返る。
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アンテナが見えるのは無名峰(474m)。
名前があるのかもしれないが、地形図に表記はなかった。
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噴火湾の向こうに浮かぶ端正な稜線は室蘭岳(911m)かしら。
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正面は長万部岳のニセピーク。
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左手に雪崩斜面。
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鉱山川が削り取った谷。
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すっかり雪道になった。下りはアイゼンが必要だ。
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ニセピークに登頂。
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100mほど先に真の頂上が見えるが、こちらの方がわずかに高い。
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少し進んでから、振り返ってみたニセピーク。
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というわけで、10:20に登頂。
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登山口からの所要時間は2時間20分。コースタイムより20分速かった。
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南西の方角に、ユニークな名称のカニカン岳(981m)。
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その右、眼前には946m峰。
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両者の位置関係。
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東には狩場山(1520m)。雲がかかっているのが残念。
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北東の方角に横たわる稜線。
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ひるがえって、はるか南方に駒ヶ岳(1131m)。
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輝く噴火湾。
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ここは360度の大パノラマだ。
1000mに満たない高さのわりに展望が素晴らしい。

三角点はまだ雪に埋まっていなかったので発見することができた。
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巨大な山名板の前で記念撮影。
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意外に風がそれほど強くない。
昨日、札幌駅の四季彩館で買ったMORIMOTOの「どら焼きヌーボー」を食す。
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しっとり濃厚で、とても美味しかった。
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O君が足が冷たいというので、お昼は5合目まで戻ってからにすることにして、わずか10数分の滞在で下山開始。
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O君はツボ足のままだったが、私は念のため、チェーンアイゼンを装着した。
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これで、かなり安心だ。
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帰りは正面に大平山。これはO君の山だ。
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でも、彼が撮っているのは、たぶん羊蹄山。
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大平山には夏道があるが、植生保護のため、刈り払いは行われていないらしく、かなりヤブが濃くなっているそうだ。
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中央の地形がちょっと変わっている。
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鉱山の採掘跡かと思ったが、短期間であれほど掘ることはできないだろう。

あの地肌をさらした斜面は鉱山跡でいいのかもしれない。
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白い筋は鞍部の登山道。
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コルを通過して、えぐれた道を下ると、地面に緑色の石が目立つ。
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緑泥片岩だろう。
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この緑はもちろん苔である。
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登りでも苦労した倒木地帯を通過。
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さすがにこれを切断して片付けるのは大変なのだろう。
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倒木にクルミのようなキノコが生えていた。
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頂上から50分ほどで5合目に到着。時刻は11:20。
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ここでお昼にするが、ちょっと風が強いので、ダウンを着込んだ。
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しかし、ベンチが傾いているので、食べにくい。
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ぬるいココアで、パンを1個だけ食べた。

10数分で出発。
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あとは延々、林道歩きだ。
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途中、人形焼きのようなキノコを発見。
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下りは、登りの時に撮り逃したものを撮影していく。
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あとはO君の後ろ姿も。
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林道脇にも倒木がある。
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この太い倒木は切断されて
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1合目のベンチに転用されていた。
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(つづく)
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長万部岳(上)

【2018年11月18日(日)】長万部岳
長万部岳(973m)は長万部町と今金町の境界に位置する長万部町の最高峰で、噴火湾に注ぐ長万部川の支流、鉱山川の源頭にあたる。
奥まっているので陸地からはあまり目立たないが、噴火湾沖合から望むと、長万部市街の奥にくっきりと見えるそうだ。
長万部の地名はもちろんアイヌ語に由来するが、その語源については諸説ある。
・ウパシ・サマムペ(雪・カレイ):神が海で釣った大カレイを山上に祭り、山にカレイの雪形が残る頃が漁期だと教えられた、という伝説に基づくという説。
・オ・サマム・ペッ(川尻・横になっている・川):長万部川の川尻が海岸線と並行しているからという説。
・オ・サマムペ(川尻・カレイ):カレイのたくさん捕れる河口という意味。
カレイの伝説については、松浦武四郎が「東蝦夷日誌 初編」(1863年)に記録を残しているが、長万部町は「オ・サマンペ」説を採っている。

今回この山に登ることに決めたのは、O君の誘いを受けて、あれこれ検討した結果である。
候補となったのは以下の4つ。
A案・来馬岳・カルスス山縦走(昨年断念したコース。お風呂はカルルス温泉)
B案・写万部山(標高が低く、雪がなさそう)
C案・長万部岳(多少雪はありそうだが、二股ラジウム温泉に入れる)
D案・オダッシュ山(新得町の1000m峰、新鮮なエリア)
これらをO君に提案したところ、「二股ラジウム温泉がいい」との返事が来た。
山じゃないんかい!
と突っ込みたいところだが、私もC案がいいなと思っていたので話はまとまった。
ピストンの山なので、車は1台でいい。
私が藤野在住のO君を拾い、そのまま私の車で登山口へ行くことになった。

当日はO君宅に朝5時に迎えに行かなければならないので、4時に起床。
道南は曇り時々晴れの予報なので、たぶん雨が降ることはないだろう。
時刻通りにO君をピックアップして、すぐのコンビニで朝食を調達。
一緒に昼食も買えばいいのに、うっかり忘れてしまった。
中山峠に差し掛かると、なんと雪がちらつき始めた。
羊蹄山も頂上付近には雲がかかっているが、雲の高さは1000m以上なので、長万部岳はおそらく大丈夫だろう。
それより、ガス欠の心配が出てきた。
前日に入れようと思っていたのだが、遊びに行った帰りに飲んでしまい、車を運転することができなかったのだ。
たぶん、登山口までは持つと思うのだが、その後、SSまで頑張ってくれるか保証がない。
24時間営業のスタンドは残念ながらなかった。
喜茂別から真狩を経て国道5号に出るルートで向かっているのだが、ニセコの道の駅の向かいにスタンドを発見。
給油機の電気が付いていたので入ってみたが、営業は7時からだった。
現在の時刻は6:15。店内に店員がいたので、聞いてみたが、やはりNGだった。
予定を1時間早めず、6時スタートにしておけば、ここで給油できたのだが。
こうなったら仕方がない。
遠回りというか、行き過ぎてしまう形になるが、長万部の街中で入れるしかない。
予定よりかなり登山口に到着するのが遅れるが、やむを得ないだろう。

その前に蘭越のコンビニに寄って昼食のパンを調達。
ちなみに、ここ蘭越のななつぼしは最もおいしいと言われている。
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黒松内を抜けるあたりから、ようやく晴れてきた。ありがたい。
二股ラジウム温泉への分岐を通過して、長万部の市街地に向かう。
時間も7時半を過ぎており、さすがに営業している店があった。
満タンで頼んだら、32㍑入った。これまでで最高だ。
かなり空っぽに近かったのだろう。
とにかく、これで安心。憂いは消えた。

来た道を戻り、国道5号を二股集落の先で左折。
道道842号を二股川に沿って遡る。
7kmほど進んで、二股ラジウム温泉との分岐を見送って直進。
右手に廃屋が見えたところで、舗装道路は終了。
fDSCF8470.jpg(ネットより。現在は完全につぶれていた)

分岐から1kmちょっとで、道は二手に分かれるが、そこには随分高い位置に長万部岳登山口の標識があった。
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これをよく見ると、「これより3100m」「(徒歩またはスキーでは)90分」「車(夏、秋)で20分」とある。
これは、どうやら2009年に老朽化のため解体されてしまった山小屋「うすゆき荘」までのことを言っているらしい。
当時は、そこまで車で入れたわけだ。

今は、このY字路から200mほど先のゲートで行き止まり。
ここから歩かなければならない。
ゲートには8時前に到着した。
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ゲート手前右側に駐車スペースがあり、3~4台ほど停められるが、先客は誰もいなかった。

軽くストレッチをして8時に出発。
登山届のポストは地面に落ちており、中にノートも筆記用具もなかったので、スルー。
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ゲートの左から入って、林道を歩き始めた。
この林道は、かつて奥にあった二股鉱山(長万部鉱業所)への道であった。
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地形図を見ると、さっきのY字路を右に行くと、そのどん詰まりに「廃坑」の文字がある。
このあたり一帯が金山だったということだ。

日本鉱業が採掘を開始したのは1937年(昭和12年)。
最盛期には59戸の家が立ち並び、17人いた学童のために小学校も建てられたという。
しかし、戦時中は金よりも鉄や銅が必要になり、1943年に休山。
1950年に選鉱を再開したが、65年頃には結局閉山してしまった。
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五合目の平地はその鉱山の施設跡なのだという。
何らかの遺構が残っているといいなあと期待しながら、林道を歩く。
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登山口の標高は約230mなので、頂上までの標高差は約740mということになる。
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コースタイムは2時間40分。
林道の傾斜もそれなりにあるし、なかなかのアルバイトになりそうだ。
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10数分ほど歩くと、道が寸断されていた。
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いつかは分からないが(2016年の台風だろうか)、大雨による激流で道を押し流してしまったのだろう。

暗渠だけがむき出しになって残っていた。
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山小屋が現役だったら修復したのかもしれないが、今は流されっぱなし。
道の下流側から渡渉した。
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それにしても、この案内板が頻繁にある。
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よく見ると、クマさんがリュックをかついだり、スキーを履いたりしている。
かなり位置が高いので、スキー登山用に整備したものだろう。
1992年に町と長万部山岳会が設置したもののようだが、お金かけ過ぎでは?

最初の渡渉から5分で、また道が寸断されていた。
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こちらは暗渠の土管もバラバラになっており、激流のすさまじさが想像された。
今回も下流側から渡渉。
道に這い上がるルートの曲竹だけは刈り払われていた。

ただ、幸い天気もよく風も穏やか。
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北海道の山で11月の半ばにこんな秋の登山ができるのは、ほんとに珍しいことだろう。
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昨日の雨で、葉っぱの上の水滴がキラキラしている。
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ここは、ひとまたぎで渡渉。
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登山口から30数分歩いてきたところで石垣を発見。
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これが、うすゆき荘の跡と思われる。
さらに進むとすでに林になりつつある平坦地があった。
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かなり広い敷地だが、小屋だけでなく、かつての登山口ということで駐車場もあったのだろう。

「長万部岳登山コース登山口」と書かれた標識が完全に傾いていた。
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ここまで40分弱。ほぼコースタイム通りだ。
休まずに通過。林道はまだ続く。
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この先は七曲りと呼ばれる道となる。
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ただの九十九折ではなく、ひと巻きが長い。
頂上とは別の方向にまっすぐ延々と歩かされるのに、ちょっとうんざりした。
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その分、平らなので楽なのだが。
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山小屋跡から10分弱で1合目の標識を発見。
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これはもちろん、山小屋が登山口だった時代の名残だ。

ここに巨大な丸太のベンチ?が横たわっていた。
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木々の隙間に長万部岳の頂上をのぞきながら、黙々と歩く。
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間もなく、背後に噴火湾が見えてきた。
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左手は長万部岳から南東にのびる稜線。
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右手の林の中には、木になってしまったシカがいた。
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2合目の標識を見つけられないまま、1合目から15分ほどで3合目を通過。
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これらの標識は夏用と思われるが、やはり、かなりお金をかかっている。
1992年と言えば、バブル崩壊の時期だが、まだ予算が潤沢にあったのかもしれない。

北西に見えてきたシルエットは黒松内岳(740m)と思われる。
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3合目から7分で4合目を通過。何だか近い。
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そして、4合目から6分で、5合目の鉱山跡に着いてしまった。
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ここで頂上部分の全容を初めて、すっきりと見ることができる。
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ちょっと双耳峰の雰囲気があり、雪崩斜面には雪もついていて、美しい山容である。

手前に繁茂する若いダケカンバの林も見事だ。
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ベンチには「旧鉱山跡」の標識が置かれていた。
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少し休みたかったが、ベンチも傾いているし、風も強かったので写真だけ撮って出発。
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ここからは林道を離れて、いよいよ本格的な登山道となる。
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(つづく)
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横津岳・袴腰岳(4)

【2018年11月11日(日)】横津岳・袴腰岳
横津岳(1167m)から袴腰岳(1108m)への縦走を終えて、JR七飯駅までやってきた。
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駅前のラーメン屋「大勝軒」が目的。
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でも、入店の前に駅を探索しておかなくてはならない。
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さすがに、ここは有人駅だった。
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なので、ホームには入ることはできなかった。
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一応、七飯駅のデータを示しておく。
開業は1902年(明治35年)12月10日。
現在の駅舎は1977年(昭和52年)に改築されたものだそうだ。
キオスクは2002年に閉店している。

では、「大勝軒」ののれんをくぐる。
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もう14時を過ぎているのに、店内は満席(テーブル席含め全部で15席ほど)。
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さらに2人待っていた。
でも、回転が速いので、入店してから15分ほどでラーメンにありつけた。
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ここは煮干しで出汁をとった昔ながらの中華麺。
ライスや餃子、ビールなどのサイドメニューはなし。
ラーメンも、普通の中華麺に生卵を入れるか、ワンタンを入れるかの3種類。
その代わり、スタンダードで麺が2玉入っており、それが700円。
1玉だと600円で、半玉増えるごとに50円値段が上がる。
どんぶりは同じなので、2・5玉でなみなみ状態になり、それが最大となる。
それでも750円だ。

味はとてもシンプルで飽きがこない。
麺の太さ、柔らかさも私好みで、安いこともあるし、近くにあったら通ったかもしれない。
私は1・5玉を頼んだが、I君は2・5玉をペロリと平らげていた。
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お腹がいっぱいになったところで、お風呂に向かう。
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大勝軒のわりと近く、国道5号沿線にある「天然温泉ゆうひの館」。
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入浴料金は450円と安かったが、その分、シャンプーやボディーソープはなかったので、H君のを借りることになってしまった。
ありがとうございました。
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泉質はナトリウム・カルシウム‐塩化物・硫酸塩泉。源泉の温度は62.5℃である。
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わりと混んでいたが、露天風呂で撮影に成功。
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ゆっくりと温まることができた。

湯上りに、道の駅なないろ・ななえに立ち寄った。
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お土産にりんご(ひめかみ)や野菜を購入。
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この日は「本日限り」で、小原のガラナソフトが100円引きになっていたので
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みんなでいただいた。
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シャーベット風で、本当にガラナの味がした。
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そんなこんなで時刻は16時を過ぎた。
あとは帰るのみ。
洞爺湖ハウスまで、時々うとうとしながら、H君に連れていってもらった。

18時頃に洞爺湖ハウスに到着。
ここで10分ほど冬囲いの作業を手伝ってから、車2台に分乗。
私の車にはO君が乗ってくれた。
途中、喜茂別の手前あたりで、発煙筒をたいている人が。
事故かなと思って、徐行したら、なんと大きなオス鹿がセンターラインの上に倒れていた。
今年はこの季節、道路で鹿を目撃することが多い。
3週連続だ。
先週のレポートで書き忘れたが、小幌駅からの帰り、支笏湖から真駒内に行く途中の国道で、道の真ん中に巨大なオス鹿が微動だにせず立っていて、急ブレーキ。
あやうく引くところだった。
直前でハンドルを左に切って、なんとかかわしたが、鹿もライトに照らされると金縛り状態になってしまうのだろう。
死体を目撃後は、さすがにスピードをセーブして走った。

中山峠に至ると今度は雪が降ってきた。
今年は初雪が遅いと言われるが、今シーズン初めて雪を見た。
積もるほどではなかったようだが、冬の到来を実感した。
いろいろと緊張を強いられた運転だったが、19時半には藤野のO君の自宅に到着。
無事に送り届けて、自宅には20時頃にたどり着いた。
全部を運転したわけではないけど、やはり道南は遠いなと実感した。
でも、いいお山でした。

【行程】2018年11月11日
登山口(8:44)~横津岳分岐(9:15)~横津岳(9:25撮影等9:42)~横津神社(9:47)~横津岳分岐(9:51)~レーダー横登山口(9:59)~前沼湿原(10:10)~烏帽子沼湿原(10:24)~烏帽子岳(10:34撮影10:41)~袴腰岳(11:19撮影・休憩11:36)~烏帽子岳分岐(12:03)~レーダー横登山口(12:36休憩12:41)~登山口(13:11)
※所要時間:4時間27分(歩行時間:3時間40分)
※登った山:3座(横津岳、烏帽子岳、袴腰岳)
※歩行距離:13.0km
※累積標高差:約500m
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横津岳・袴腰岳(3)

【2018年11月11日(日)】横津岳・袴腰岳
本日のゴール、袴腰岳(1108m)の山頂にいる。
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まずは、いつも通り眺望を確認。
三角山(889m)への登山道も、ちゃんとササが刈られていた。
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右奥の突起は三森山(842m)。その左後ろに三枚岳(586m)が霞んで見える。
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三角山(手前)の向こうは雁皮山(743m)。
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左の庄司山(570m)の向こうに函館湾。右奥には当別丸山(482m)。
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自撮りの準備が整ったところで、本日3回目の記念撮影。
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待機中に、下山してから行く予定の「大勝軒」のことをO君が調べてくれて、営業時間は午後3時(ラストオーダー)ということが判明、それほど急ぐ必要はなくなった。
なので、ここで行動食を食べましょうということになり、持参したうずらの卵を皆さんに振舞った。
私は、大好きな豆パンが1つ残っていたが、ラーメン屋にはお腹を空かせていきたいので、ここでは我慢した。
狭い山頂で、わさわさしているうちに、単独男性の登山者がやってきた。
今日は貸し切りだと思っていたが、日曜日だけにさすがにそういうわけにはいかなかった。
しかし、この方、気が付いたらいなくなっていた。
写真だけ撮って、すぐに引き返したようだ。
もともと長居をするつもりがなかったのか、それとも山頂に5人もいて興ざめしたのか。
それにしても、はやてのように去っていった。

我々もその数分後、11時半すぎに出発。来た道を引き返す。
眼前にはダケカンバ林が広がっていた。
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登りの時と同じように、いくつかのこぶを越える。
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その向こうには横津岳(左、1167m)と駒ヶ岳(右、1131m)がゆるやかな裾野を引いていた。
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すっかり日蔭になってしまった熊泊山(818m)。
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最後のこぶを越える。
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左手に湯ノ川温泉のホテル街がシルエットになって見える。
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帰り道。あの登り返しはワープしたい。
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あの白いのが五稜郭タワーだね~とO君が言っていたが、全く識別できなかった。
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函館湾と当別丸山。足元は滑りやすく、2度ひやっとした。
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鞍部まで下って、憩野森を抜ける。
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一本杉ならぬ一本カンバ。
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このあたりは珍しく、階段が整備されている。
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登り返しも、かなりの急登だった。
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振り返ると、泣面山(835m)。
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そして袴腰岳。
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烏帽子岳廃道分岐を通過。
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H君やO君にピストン嫌いな私のため、廃道を行くよう勧められたが、さすがにお断りした。
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みんなと一緒に巻き道を横津岳方面に向かう。
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烏帽子岳分岐を通過。
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ササ原の向こうに横津岳。
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そして烏帽子沼。
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烏帽子沼湿原のほとりを行く。
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湿原はもちろん侵入禁止。
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ロープが張られていた。
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路面にはところどころに、ぬかるみ防止の土嚢が置かれている。
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それでも、いくつか水がたまっているところがあった。
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レーダー群を遠望すると
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横津岳の山頂にガスが発生してきたのが確認できた。
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前沼湿原に差し掛かる。
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ササが刈られていたのは、ここまで。
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土嚢の中身は土ではなくウッドチップだった。
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破けてしまうと、こんな状態。これはグッドアイディアかも。
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袴腰岳から1時間で、レーダー横登山口まで戻ってきた。
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これは電波の中継塔だそうだ。
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往路でスルーした謎の標柱は、よく見ると道標だった。
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「←烏帽子岳・袴腰岳縦走路」と書かれている。
舗装道路が整備される前の縦走路があちらにあったのだろう。

横津岳分岐を12:50に通過。
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いつの間にか、すっかり曇っている。
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徐行の標識が付いた珍しいカーブミラーの横に見ながら、ひたすら歩く。
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正面に見えてきたのは、ばんだい号遭難者慰霊碑がある約985mのピーク。
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やっとゲートまで戻ってきた。
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駐車場に到着したのは13時過ぎ。約4時間半の山行だった。
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ここから車で慰霊碑へ出かけた。
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この事故は、1971年(昭和46年)7月3日、函館空港に着陸直前だった札幌(丘珠)発の東亜国内航空YS-11が横津岳に墜落したものである。
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乗員・乗客68人全員が亡くなった大惨事だった。
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私が小学3年の時の出来事だが、なぜか全く記憶にない。
O君やH君は覚えていると言っていたが。
事故原因については計器の誤読によるパイロットミスなど様々な説が唱えられたが、フライトデータレコーダーなどが搭載されていなかったため、確定には至らなかったという。

慰霊碑の裏には犠牲者全員の名前が刻まれていた。
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札幌~函館の航路なのに、北海道の人が20人ほどしかいない。
この時代はまだ、飛行機は贅沢な乗り物だったのだろう。
それにしても、「ばんだい号」にしても「よど号」にしても、この頃の旅客機には個々の機体に愛称があったということに興味がある。
なぜ、付けていたのか、いつ頃から止めたのか、ちょっとネット検索しただけでは分からなかった。
ただ、いくつかの愛称は見つけることができた。
例えば、日本航空(JAL)。戦後の1番機のマーチン202には「もく星」、DC-3には「金星」、DC-4には「てんおう星」など星の愛称が付けられていた。
ほかに、地名から「高千穂」「富士」「鎌倉」「箱根」「利根」「木曽」など、植物から「桜」「松」「楓」などの名称が採用された。
まるで軍艦のようだが、飛行機の数が多くなりすぎて、次第に愛称は付けられなくなったのだろう。

碑の近くには小さな石仏がたたずんでいた。
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この小ピークには横津岳スキー場(旧横津岳国際スキー場)のリフトが通じていたので、それも撮影しておいた。
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このスキー場は2005年春までの営業をもって休業している。
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8コースもあったようで、道南の人には便利なスキー場だったと思うが、なぜ休業に至ったのか。
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いつの段階かで、このスキー場の経営母体は加森観光になっているが、同社は2003年12月に営業を再開、2シーズンだけ営業して、また休業に入っている。
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その前に再開したかったが、スキー場に至る町道の除雪を管理者である七飯町が断ったため実現できなかったらしい。
となると、2シーズンは除雪しれくれたが、その後力尽きて、スキー場に至る道が確保できなくなったことが休業の理由なのかもしれない。

閉鎖からもう10年以上経っているが、そんなに荒れていないように感じた。
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施設さえ点検すれば、いつでも再開できそうだ。
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あのカマボコ形の倉庫は圧雪車の格納庫だろうか。
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それでは、皆さんを待たせているので、車に戻ろう。
さあ、お楽しみの「大勝軒」だ。

その前に車中からの風景を。ここはスキー場の駐車場。
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多少やぶをこげば登れそうな鳴川岳(769m)。
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再開を祈っております。
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下界に下りて、赤松街道を北上。
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「大勝軒」へと向かった。
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(つづく)
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横津岳・袴腰岳(2)

【2018年11月11日(日)】横津岳・袴腰岳
横津岳(1167m)の山頂で寒さに耐えている。
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無線中継所の壁のすぐ下には、10月30日に降った初雪(平年より5日遅い)と思われる雪がわずかに残っていた。
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北東の方角に鹿部の町並。
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北西眼下には小沼が見えた。
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朝が早かったからか、もう小腹が空いてきたので、行動食の「小枝」を1袋食べてしまった。
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とにかく、本日1座目ということで記念撮影。
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ここには山名板がないのを知っていたH君が用意してきてくれた。

寒いので、撮影が終わったらすぐに出発。
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分岐まで、標高差50mほどを下る。
皆さんは行かない神社に寄るため走った。
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この鳥居は、島木(上の横棒)と貫(下の横棒)との間が広い。
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名称は横津神社であった。
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皆さんの安全登山を祈願。
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失礼ながらお社の中も見学させていただいた。
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かなり清潔に保たれていた。

神社のすぐ横に雲井沼。神聖な池という印象だ。
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参拝後、再び走って、横津岳分岐を左折。みんなを追いかける。
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横津岳山頂を振り返る。
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山頂の航空監視レーダー。
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引き続き、袴腰岳(1108m)に向かって、舗装道路を歩く。
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右手ササ原の中に何か立っていたが、確認せずに通過。
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いろんな施設があるが、どれが何のためのものなのか、よく分からない。
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皆さん、楽しそうです。
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さっき見えた背の高い施設のところが、レーダー横登山口ということになっていた。
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なぜなら、ここから土の道だからだ。
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モービル禁止だそうだ。
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こんなに平らなところなのに、なぜだろう。

正面に見えている突起は袴腰岳。その右のなだらかな盛り上がりが烏帽子岳(1079m)。
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ずっと平らな高原。一面のササ原だ。
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さっきの行動食では足りなかったのか、お腹が収まらないので、ランチのつもりで買った中札内産たまごのロールケーキを歩きながら食す。
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縦走路のササはきれいに刈りはらわれていて、かなり歩きやすい。
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順調にレーダー横登山口から500m歩いてきた。
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間もなく、茶色い草紅葉となった湿原に達した。
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前沼湿原だ。
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前方に袴腰岳と烏帽子岳。
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なだらかな烏帽子岳の山頂。
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登山口からの距離よりも袴腰岳への距離が知りたいのだが。
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再び現れた湿原は谷地坊主が発達していた。
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烏帽子沼湿原だそうである。
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湿原の真ん中に沼があったが、あれが烏帽子沼なのだろう。
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この先は烏帽子岳に向けて、徐々に高度を上げる。
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山頂直下で烏帽子岳分岐。どっちにも袴腰岳の名があるということは、ここに戻ってこなくても行けるということだ。
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横津岳を振り返る。本当に平らな高原だ。
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その右に駒ヶ岳のシルエットが覗く。右のピークは砂原岳(1112m)。
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まだ、ここまでまともな登りがない。
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横津岳から50分ちょっとで烏帽子岳に到着。
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何だか不思議な眺めだ。
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たった今歩いてきた縦走路。
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烏帽子沼。
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ダケカンバと駒ヶ岳の剣ヶ峰。
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南東方向に一部白い肌をさらしているのは、恵山(618m)だろう。
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そして、すぐ東に袴腰岳。
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あれはかなりの急登だ。
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今回は登れないことになった三角山(889m)。
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南には雁皮山(743m)。ここには夏道がある。
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ひと通り、眺望を楽しんだところで記念撮影。本日2座目だ。
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7分ほどの滞在で出発。
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そのまま進むと、やぶが濃くなり、先頭のO君が戻ってきた。
結局、来た道を戻ることに。
さっきのやぶ道はここに合流するようだが、やはり相当ササが繁茂していた。
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強行したら、ずぶ濡れになっていた。通らなくて正解だ。

ここから標高差50mほどを一気に下る。
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正面が袴腰岳。登り返しは100mほどある。
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左前方に泣面山(835m)。あそこには夏道はないようだ。
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鞍部は風が比較的弱いのか、ササの背が高い。
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ダケカンバも密生しており、憩野森と呼ばれているようだ。
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もちろん、すっかり葉は落ちている。
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標高1000m地点を通過。
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烏帽子岳を振り返る。
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ダケカンバの白い帯が美しい。
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右手に函館山(334m)。手前の小富士は庄司山(570m)だろうか。
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相変わらず風は強い。
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葉祥明の絵のようである。
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ずっと平らだっただけに、本格的な登りはかなりきつい。
しかも、足元が滑るほどの直登だ。
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烏帽子岳と横津岳のツーショット。
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光っているのは津軽海峡。
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ダケカンバがフォークダンスを踊っているようだ。
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やっと登り切ったと思ったら、頂上はまだ先。
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烏帽子岳から眺めて、ニセピークがたくさんあるとは思ったけど、ほんとに一つ一つ登らされる。
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北に横たわるのは、おそらく801mピーク(左)と802mピーク(右)。
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その右奥は熊泊山(818m)。
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なぜか、平石が露出している場所があった。
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再び、烏帽子岳(左)と横津岳(右奥)。
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いくつ目かのニセピークを通過。
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あそこが頂上で間違いないだろう。
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というわけで、11:20頃に袴腰岳に登頂。
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ここは一等三角点であった。
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烏帽子岳から40分弱、駐車場からは2時間半ちょっとかかった。
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(つづく)
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横津岳・袴腰岳(1)

【2018年11月10日(土)】横津岳・袴腰岳
この週末は、H君の提案で、横津岳(1167m)から烏帽子岳(1079m)を経て袴腰岳(1108m)まで縦走することになっていた。
道南の山に登るのは、遊楽部岳、函館山、恵山、駒ヶ岳に次いで5座目である。
札幌から横津岳の登山口までは250kmもあるので、前夜は中間地点にあるO君の別荘「洞爺湖ハウス」に泊まって、翌朝道南に向かうことにした。
参加者は、H君、O君、Yさん、函館のI君、そして私の5人である。
洞爺湖ハウスに泊まるのは、このうちI君を除く4人だ。
土曜日は仕事があったので、それを済ませて、17時前に自宅を出発。
もう真っ暗だ。
2時間くらいかかるかと思っていたら、ナビでは到着予想時間が18:35になっている。
仕事先から「19時過ぎるかも~」と先行組には連絡しておいたが、これならそんなに遅くならずに済みそうだ。
でも、小雨も降っているし安全運転。
安定したスピードで走っている軽の後ろから、一定距離を保って走った。
洞爺湖ハウスには18:40に到着。
皆さんはもう鍋を始めていたが、かけつけ3杯で必死に追いついた。
というのは言葉の綾で、ビールは350ccを1缶。
あとは、ゆっくりワインをいただいた。
デザートにはYさんからシュークリームが振舞われた。
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楽しく歓談し、テレビもまったり見て、23時に就寝。
ぐっすり眠れた。

【2018年11月11日(日)】
朝5時に起床。
前日、O君たちが買っておいてくれた、おにぎり2個とみそ汁で朝食。
本日の道南は曇りのち晴れの予報。ここ洞爺湖はまだ小雨が降っている。
晴れることを信じて、6時に出発。
厚い雲が垂れ込めているが、南の方には青空も見える。期待しよう。
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長万部のあたりでは、虹もかかったが、雨は降ったり止んだり。
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駒ヶ岳も頂上まで見えているが、雲が多い。
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その右奥には、今日登る横津岳も見えてきた。
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道央道を大沼ICで下り、道の駅なないろ・ななえでトイレ休憩。
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ここで周辺の日帰り温泉の案内チラシをゲットできた。
H君の提案で、下山後の温泉は七飯の街中にある「天然温泉ゆうひの館」に決まった。
向かいのセブンイレブンで昼食を調達。
朝がおにぎりだったので、パンにした。
ここのトイレでチャレンジしたら、ちゃんと出たのでひと安心。
国道5号旧道の赤松街道をさらに南下する。
七飯の市街地を走っている最中、YさんからJR七飯駅前に大勝軒というおいしいラーメン屋があるという紹介があったので、帰りにそこに寄ることも決定した。
国道から横津岳に向かって左折するあたりで、函館のIさんからメールあり。
果樹園の看板の先にゲートらしきものがあるが、まだ進んでいいか?とのこと。
「行けるところまで行って!」と返信した。

登山口までの道路は噂通りの悪路。
舗装されているが、至るところに穴が開いている。
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H君も運転しづらそうだ。
この道は、横津岳国際スキー場やゴルフ場に通じる道だが、いずれも廃業しており、道の補修の必要性が認められていないのだろう。
そのさらに先には国土交通省のレーダー施設があるのだが。
そのうち、I君の車に追いついてしまったので、挨拶して、こちらが先行。

標高約960mの登山口には、待ち合わせの時間通り8時半に到着した。
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もともと9時集合の予定だったが、豊浦で道央道にのった時点で、かなり早く着くことが予想されたので、I君に待ちあわせ30分繰り上げを連絡しておいたのだ。

お蔭さまで雨も止み、晴れてくれた。でも、やはり風が少し強い。
以前、H君が横津岳に登った時は、猛烈な風で袴腰岳への縦走は諦めて下山したのだという。
彼にとって今回はそのリベンジでもあるのだ。
私は勝手に、車1台を袴腰岳の登山口にデポして縦走するのだと思い込んでいたが、袴腰岳に直接登る赤川コースはネット情報によるとササが濃いうえに、車を回すのにかなり時間を食うとのことで、申し訳ないがピストンにするという。
ということで結局、洞爺湖ハウスからはH君の車1台で来たのである。

横津岳は頂上に航空レーダーがあるので、それと識別できるが、下界から見るとピークがはっきりしないなだらかな稜線なので、あまり目立たない。
でも、標高は駒ヶ岳(1131m)をしのいで1167mあり、亀田半島の最高峰である。
山名はアイヌ語の「ユク・アッ・ヌプリ」(シカがたくさんいる山)に由来するという。
「ユクアッ」⇒「ヨコツ」と転訛したということだ。
江戸時代には大川岳と呼ばれていたらしく、1845年(弘化2年)に当地を踏査した松浦武四郎の『初航蝦夷日誌 巻之四』(1850年)には、「大川嶽より流れ来る也。・・箱館町の草老人の話しニ上に池有而是清水溢れ出たり、実に名山とすべし」と記されているらしい。
この池は現在、横津神社のほとりにあり、雲井池と呼ばれているそうだ。

横津岳はばんだい号が墜落(1971年)した山としても知られる。
この事故をきっかけに、山頂に運輸省(現在は国土交通省)の空路監視レーダーが建設され、山頂まで舗装道路ができてしまうと、登山者が激減し、登山道も次第に廃道化してしまったという。
その後、地元山岳会が1988年、新中野ダムの奥の林道から三角山(889m)を経て、袴腰岳に通じる登山道を開削。
さらに、97年に袴腰岳から横津岳への縦走路「巴スカイライン」が開かれると、ばんだい号遭難者慰霊碑の入口近くにあるゲートからの横津岳登山が息を吹き返したのだそうだ。

1970年代後半までは、当時の大中山コース(現在の舗装道路に並行していた登山道)の途中に横岳荘という山小屋があり、地元愛好者のたまり場になっていたらしい。
横津岳は山スキーのメッカでもあり、ばんだい号の事故に先立つこと3年、1968年11月に2パーティーの5人が吹雪のため遭難し、2人が亡くなる事故が起きている。
登山口のあたりまでスキー場のゲレンデだったようで、ナイター用の照明も残っていた。
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登山口の駐車場はゲートの100mほど手前右側にあり、5~6台停められそうなスペースがあった。
ここに2台並んで停めて、出発の準備。
縦走路はササやぶがうるさいところもありそうとのことで、みな雨具の下を履いた。
私は寒いので上にはダウンを着込んだ。
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念入りにストレッチをして、8:45頃に出発。
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この先、山頂まで2.5km。延々舗装道路だそうだ。
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ゲートの前に入林届のボックスがあるので、O君が記入。
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時刻は書く欄がなく、名前と入林目的を書けばよかったそうだ。
我々の直前に入山したの人は11月6日というから、この季節はあまり人気がないようだ。

国土交通省東京航空局函館空港事務所のゲートは厳重だが
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ちゃんと人が通れるすき間を作ってくれていた。
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それにしても晴れてくれて、よかった。
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お蔭で、かなり霞んでいるものの、函館山(334m)を望むことができた。
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登山口までの悪路に比べて、きれいな道だこと。
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おそらく、この道路の管理者は国土交通省、下の方は七飯町なので、こういう差が表れたのだろう。

ゲートから10分も歩かないうちに、山頂のレーダーが見えてきた。
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しかし、この先が長かった。さらに30分近く歩かされた。

ただ、ご覧の通りの緩斜面なので、それほどきつくはない。
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展望台のような施設も見えてきたが、あれも航空監視関係の施設のようだ。
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前方に不穏な雲が見えるが、後ろ(南)は晴れているので、おそらく天候が急変することはないだろう。
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なんだか、インドのタージマハールのようだ。
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標高1121mの横津岳分岐を9:15に通過。
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風がだんだん強くなってきた。
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右手に神社の鳥居が見えたが、参拝は後回しにして、まずは頂上を目指す。
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ササ原の中に真っ白な鳥居が2つあった。
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左手眼下にカーブを描いているのは北海道新幹線。
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頂上直下は少し傾斜が急になる。
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右手に光っているのは津軽海峡。
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山頂に近づくに従い、これから登る袴腰岳が姿を現した。
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その左に見えるミニ駒ヶ岳のような山は泣面山(835m)。
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9:25、横津岳山頂に到着。40分ほどしかかからなかった。
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それにしても、ものすごい風だ。ダウンを着ているので体は大丈夫だが、顔がめちゃめちゃ冷たい。
H君は、前回はこんなもんじゃなかったというが、十分寒い。

山頂台地の北端に立つと、まだ先にレーダー関連施設が立っている。
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そのさらに向こうに、函館七飯スノーパークというスキー場があり、その頂上(955m)から、三角点のある1035mピークを経て、ここ横津岳に至る2kmほどの道のりが冬のお手軽登山コースになっているようだ。
その1035mピークが施設の隣に、そのさらに右にリフトの山頂駅らしき建物も見える。
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北端にはケルンがいくつか積んであった。
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正面には駒ヶ岳。
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到着時は雲に隠れていた剣ヶ峰が顔を見せてくれた。
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しかし、風が強くて、あまりに寒いので建物の陰に避難。
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その建物とは、レーダーではなく、北海道開発局の横津無線中継所であった。
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(つづく)
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小幌駅(下)

【2018年11月4日(日)】小幌駅
日本一の秘境駅、小幌駅を訪問中。
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構内には3本の線路があるが、真ん中は使用されていない。
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その線路が通じているトンネルは閉鎖されている。おそらく貫通はしていないのだろう。
引込線の跡なのだろうか。

小幌駅に駅舎や待合室はないが、保線用の小屋と乗客用のトイレがあった。
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バイオトイレであった。
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海岸寄りから、高台に登ってみた。
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この駅は近年、利用実績もほとんどなく、保守のためのコストがかさむことから、JR北海道は15年10月、地元豊浦町に廃止の意向を伝えたそうだ。
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協議の結果、町が駅の維持・管理費を負担することで、当面の存続が決まった。
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JRが示した年間の維持費は約150万円だが、町は2018年度予算に300万円以上を計上している。
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今後も状況を見つつ1年ずつ更新を検討していくようだ。
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海岸側からの小幌駅のたたずまい。
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それでは、海岸に下りてみることにする。
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かなり急な坂を真っすぐに下る。
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文太郎浜の名は、小幌の名物アイヌ漁師、陶文太郎にちなむ。
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文太郎は戦後、小幌の海岸に住みつき、この浜で民宿も経営していたらしい。
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かなりの酒乱だったらしく、線路に寝てしまい、二度列車にひかれて、両足を失った。
それでも、不自由な体で漁を続け、家族を養ったのだそうだ。
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小幌海岸には1890年頃から人が住み始め、昭和30年代には釣り客目当ての民宿を含め、10軒ほどの民家があったらしいが、今は全く跡形もない。
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1970年代に小幌駅は無人化されたようだが、その頃から徐々に住民はいなくなったとのこと。
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その後は、釣り客や山菜採りの人がたまに小幌駅を利用する程度。
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夏には海水浴客がよく利用したこともあったらしいが、今は秘境駅ファンばかりだろう。
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この地層がものすごい。
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噴火湾北岸はこうした断崖が続くので、道は山を通らざるを得ない(礼文華峠)。
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密猟禁止の看板があった。うに、なまこ、あわびが獲れるらしい。
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かつて漁が営まれていた時代の遺構がいくつか。
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もう11月なのに、暖かいものだから、お花も咲いていた。
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文太郎浜を後にして、小幌駅近くまで戻ってきた。
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次は岩屋観音へと向かう。
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地形図の道はだんだん下りていく感じに書かれているが、逆にどんどん登っていく。
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結局、標高100mあたりまで登らされた。
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その後、一気に下る。
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こんな道では、とても30分で往復するのは無理だ。
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右手には切れ落ちた断崖を見下ろせる場所もあった。
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下りは一応ジグザグに道を付けてくれているが
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急なのでロープを渡してあるようなところもあった。
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海を背景にした紅葉もまた美しい。
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今年はかなり長く紅葉を楽しめている気がする。
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眼下に岩屋観音の鳥居が見えてきた。
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小さな湾に、桟橋が設置されていた。岩屋観音に参拝に訪れる近在の人のためのものだろう。
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山道はいったん沢に合流。
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ここから反転して浜に出る。
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帰り道はこの沢を伝って登っていくことになるのだろうか。
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よく確認しないと分からない。
まあ、それは後にして、まずは観音様へ。
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説明によると、岩屋観音は別名「首なし観音」ともいう。
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「円空仏」と呼ばれる独特の木彫りの仏像を全国各地に残したことで知られる僧の円空が1666年にここ小幌洞窟を訪れ、仏像を彫って安置したという。
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後に修行の僧がクマに襲われ、この仏像の陰に隠れて難を逃れたことがあったのだとか。
その際、クマが木像の首を食いちぎってしまったので、「首なし地蔵」とも呼ばれてきたそうだ。

その後、1894年に泉藤兵衛なる方が、修復して今に至っているという。
例祭が毎年9月16,17日に開かれている。
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小幌洞窟は数百万年前、海底火山が噴出した溶岩や火山灰が堆積してできた地層を波が削ってできた洞窟である。
縄文時代晩期から近代の遺物が発見されているという。
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洞窟に入ると、観音堂の手前に全国各地の円空仏の模刻?が展示されていた。
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観音様なのに鳥居があるのは神仏習合の名残であろう。
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仏像はコンクリート造りのお堂の中に安置され、その前に格子状の扉があるので、その全体像はよく分からない。
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とにかく手を合わせて、この旅の安全を祈願した。
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打ち捨てられた手水鉢。
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桟橋が海岸につながっていないのは満潮だからだろうか。
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干潮になると、あそこに海食台が現れて、歩けるような気がする。
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文太郎浜まで行くのは無理だろうけど。

この湾は本当に隠れ家のような場所だ。
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この青い建物は、観音堂の庫裏。
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その横のベンチに腰を下ろして、しばし波の音を聞いていた。
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海を見ているのは、全然飽きない。
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とはいえ、5分ほどで出発。
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海岸の奥には道がなかったので、やはりこの沢を遡るしかない。
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踏み跡もあったので、助かった。
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ここを一気に標高差170mを登ることになる。
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完全な登山である。
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足元には大量のトチの実が落ちていた。
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ついでに、もみじ。
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ホウノキの葉っぱはこんなにデカい。
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サル石発見!
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砂防ダムをいくつか越えていく。
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1992年の竣工なので、比較的新しいものだ。
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巨大なうろ。
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中に白いキノコは生えていた。
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観音様から30分ほどで林道に出た。
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あとは等高線沿いの平らな道だ。
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道もいいし、海も見えて気持ちがいい。
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晴れているので、紅葉もきれい。
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ちょっと気持ち悪い落ち葉もあったけど。
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国道37号の橋梁が見えてきた。左が小幌橋、右が礼文華橋だ。
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というわけで11時半前、小幌駅入口に到着。
他に2台車があったのは、もちろん小幌駅目当てであろう。

ここからの噴火湾の眺め。あの陰に小幌駅がある。
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一応、国道の礼文華トンネルも押さえておいた。
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側道との関係はこうなっている。
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これで小幌駅の旅は終了なのだが、ついでに礼文華山道の入口だけ確認に出かけた。
礼文華トンネルから長万部方面に1kmほど進んだ旧道の入口に、札があった。
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旧道を進むと、道が尽きたところに
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もう1本、看板があった。いずれ、ここも歩いてみたい。
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では引き返す。
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道の駅とようらで、秘境到達証明書を発行してもらった。
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この後は、伊達の道の駅で友人と待ち合わせ。
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待ち時間の間に、昨日登った伊達紋別岳(715m)を撮影。
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ハンサムソフトをいただいた。
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友人とは、隣のびっくりドンキーでおしゃべりして、15時半くらいに解散。
支笏湖経由で18時頃帰宅した。
念願の小幌駅訪問を実現できて、うれしかった。

【行程】2018年11月4日
礼文華トンネル横(8:55)~小幌駅(9:17撮影9:37)~文太郎浜(9:43撮影9:51)~岩屋観音(10:18撮影10:37)~トンネル横(11:27)
※所要時間:2時間32分
※歩行距離:4.4km
※累積標高差:約270m
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小幌駅(上)

【2018年11月4日(日)】小幌駅
「日本一の秘境駅」と呼ばれる小幌駅に行く機会をずっと狙っていた。
それは、そろそろ山には登れなくなり、しかも平地には雪がまだ積もっていない季節。
となると11月だ。
改めて時刻表を確認してみて驚いた。
小幌駅に停車する列車は下りが2本、上りが4本、のみ。
しかも、下りの最も早い列車は15:44発。
上りは8:38発があるが、次は15:13発。
夏ならば、15:12着の上りで着いて、次の17:39発の長万部行きに乗れば、2時間半近く滞在できるので、余裕で岩屋観音に行けるのだが、この時期は16時半でもう真っ暗になってしまう。
となると、15:12で着いて、15:44発の下りで引き返すしかない。
待ち合わせ時間は30分しかない。
それだけの時間で岩屋観音まで往復できるだろうか。
距離は地形図で見る限り、600~700mくらい。
平地なら30分で十分往復できる距離だが、高低差があるから、さすがに厳しい。
仮に行けたとしても、駅も観音様もろくに見る時間がなくなる。
やはり春に行くしかないかと思っていたが、ちょっと調べてみると、なんと徒歩で行ける道があるではないか。
しかも、岩屋観音ピストンではなく周回もできる。
この路線はもう何度も乗っているので、鉄路で行くことにそれほどのこだわりはない。
徒歩なら、何時に行ってもいいわけなので、時間で悩む必要がない。
即座に徒歩で行くことに決めてしまった。

そのネット情報によると、入口は国道37号礼文華トンネルの長万部側出口の脇に入った側道の奥にあるらしい。
その方の歩いた経路を見ると、2時間ほどで周回できそうだ。
ただ、道の状態がよく分からないので、一応登山装備で出かけた。

前日は伊達紋別岳(715m)に登っており、ほぼ同じ格好だ。
前夜は洞爺湖畔にあるホテル中の島に宿泊した。
朝食はビュッフェ形式。
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1階のレストランからは有珠山(733m)を望むことができた。
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8時過ぎに出発。
小幌駅の入口には8:40頃に到着した。
礼文華トンネルを抜けて、すぐに左折。
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側道は舗装されていたが、間もなくダートとなり、300mほどで突き当たって、ロータリー状になっている。
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そこから林道が右に延びている。
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林道入口にはゲートはなかったが、一般車両は通行禁止となっている。
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この林道を直進すると岩屋観音に行けるようだ。
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小幌駅への道は、この標識の右。
下へ下りていく明確な踏み跡がある。
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ただし、「小幌駅⇒」のような道標はなかった。
地元の豊浦町は小幌駅を観光資源にしようと、「秘境到達証明書」まで発行しているのに、看板も立てていないとは。
道をきちんと整備しているわけではないので、事故があっては大変だから積極的にはお薦めしていないのであろう。
JR利用で訪れる人はおそらく町には金を落とさないだろうから、本当は車&徒歩で来てほしいはずなのだが。

一応、熊鈴をつけて、踏み跡を下りていく。
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崖のような急斜面を下っていくようなイメージがあったが、全然そんなことはなかった。
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しばらく下ると、小さな沢が寄り添ってくる。
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何度も何度も渡渉を繰り返した。
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礼文華トンネルの標高が約180m、小幌駅は約50mなので、130mほど下ることになる。わりとすぐだと思っていたが、意外に長かった。
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距離は800mほどで、20分かかった。
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最初に見えたのは、この廃墟である。
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ガイシがあるので、送電関係の施設かと思われるが、よく分からない。
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この施設を過ぎると、線路に行きあたる。
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小幌駅はJR室蘭本線の礼文華山トンネルと新辺加牛トンネルの間にはさまれた、わずか100mほどの間に位置している。
特急列車で通過すると、あっという間で、身構えていないと、簡単に見逃してしまう。
と思っていたら、ちょうど下りの特急スーパー北斗3号札幌行きがやってきた。
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ものすごい速さである。
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そして、あっという間に礼文華山トンネルに吸い込まれていった。
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室蘭側のトンネルは3つあって、真ん中が封鎖されていた。
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ホームの山側に函館電気所の機器室があった。
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標高は48mだそうである。

「秘境駅」ブームの火付け役、牛山隆信さんによる「秘境駅ランキング」(2018年版)によると、小幌駅は堂々の1位。
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「無人地帯/外界からの道なし/トンネルに挟まれた断崖絶壁/リアルな秘境」
と評価されている。
その駅にやっと私も来ることができた。感慨無量である。

マニアの中ではよく知られた駅だったが、廃止が取りざたされた2015年頃から訪れる鉄道ファンや秘境ファンが増えてきたようで、「秘境到達証明書」を発行している「噴火湾とようら観光協会」によると、発行を開始した今年8月4日から10月末までのほぼ3か月間で、259通発行したという。
おそらく、このほとんどが車&徒歩で来た人だろう。
証明書が発行されるのは、「道の駅とようら」か「天然豊浦温泉しおさい」の2か所だけなので、鉄道の利用者には非情に不便だからだ。
なぜ、豊浦駅で発行しないのだろう。簡易委託駅なので人はいるのだが。
豊浦町では今春、監視カメラを設置して、訪問者の数を調査している。
訪問手段を問わなければ、現在はおそらくひと月に数百人単位の人が訪ねていることだろうから、町の調査結果の発表が楽しみだ。
ちなみにJRの統計では、2013年段階で乗車人員は1日平均で0人となっている。

長万部側のトンネルは新辺加牛のはずだが、表示は「美利加浜」「幌内」となっている。
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なぜなのか、専門家ではない私には分からない。

実は先客の方が一人いたので、ご挨拶して、しばし雑談。
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彼は8:38着の長万部行き普通列車で来たという。
DSC_6236_20181109093003ebf.jpg(上り線ホーム)
登別に住んでいる方だが、まだ来たことがないので来てみたとのこと。
誰も下りる人がいないので、思わず下りてしまったという。

次の下り列車は15:44。7時間の待ち合わせだ。
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「どうしましょうかねえ」と笑っていた。

撮り鉄さんがやはり多いのだろう。三脚使用禁止の貼り紙があった。
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スズメ蜂にも注意しなければならないらしい。
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マムシもいるのか。さすが秘境。
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ホームには箱が置いてあり、中には想い出ノートのようなものがあったので、ちらちら読んでみた。
その中にこんな記述があった。
「一つ散念(「残念」のことと思われる)なのは、思っていたよりも降りる人がいたこと。こんなに人がいる秘境駅というのも違和感がある。秘境駅を観光地にするか否かは偉い人が決めることだが、これじゃ本末転とうに思えてしまう」
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このコメントに2人の人が相次いで同意していた。

おそらく最も利用しやすい時間帯である15:12着(上り)、15:43発(下り)を利用して来た方なのだろう。
それ以外だと何時間も待たなければならないので、この時間帯に、列車による訪問者が集中するのは、容易に想像できる。
同時にごそっと小幌駅目当ての人が下りたに違いない。
秘境駅にたくさん人がいる風景に違和感を覚えるのはよく分かるが、「観光地」にしようと町が頑張っているからこそ、小幌駅は存続し、君はここを訪ねることができたのである。
しかも、「観光地」と言っても、車道を通すわけでもなく、もちろん売店もない。
ほとんど手付かずのままだ。相変わらず秘境であることには違いないのだ。
そんな文句を言うなら、列車に来ずに、私のように歩いて来なさい、と言いたい。
そうすれば、秘境の雰囲気を100%味わうことができるから。

この箱の中に、切符を模した板が入っていたので、利用させてもらった。
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ちょうど貨物列車が通過していった。
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以下はウィキペディアより引用(一部改変)。
小幌駅は1943年(昭和18年)に、列車交換のための信号場として設置された。
当時、室蘭本線と函館本線は、太平洋戦争中に需要が急増した石炭などの輸送の対応に迫られていた。
この線区はトンネルの連続で勾配もきついため、蒸気機関車をトンネル内に止める信号所の設置が難しく、複線化も検討されていた。
しかし、この駅の前後は勾配が比較的ゆるく、蒸気機関車をトンネル外で停車できる空間を確保できることから、ここに信号場が設置されることになったそうだ。
1987年(昭和62年)4月1日、JR北海道に移管されたのと同時に、駅に昇格した。
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2015年時点では、1日8本の普通列車が停車していたが、16年3月のダイヤ改正で、下り(室蘭方面)2本、上り(長万部方面)4本の計6本に減ってしまった。
ていうか、あたりに民家は全くなく、禁漁だから釣り人の利用もないはずのに、1日6本も停まることの方が不思議だ。
駅訪問者へのサービスなのだろうか。
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小幌駅は複線区間にあり、2面2線の相対式ホームになっている。
上下のホームは若干ずれて千鳥式に配置されており、長万部方面にある構内踏切で連絡している。
その踏切を渡って、上り線ホームに行ってみた。
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(つづく)
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伊達紋別岳(下)

【2018年11月3日(土)】伊達紋別岳
伊達の紋別岳(715m)の頂上にいる。
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お昼を食べながら30分ほど休んだので出発。
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今回は完全ピストンである。

時刻は現在13時半なので、下山目標は15時。
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まだお昼を過ぎたばかりなのに、東斜面はすっかり陰になってしまった。
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その分、日が当たっているダケカンバの幹がまぶしい。
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紋別岳を振り返る。
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素晴らしい山でございました。

こんなにきれいなササ原は見たことがありませんでした。
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稀府岳(654m)を眺めながら、まずは前紋別岳を目指す。
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前紋別岳の手前には2本のダケカンバがゲートのように立っていた。
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振り返ると、公共育成牧場と羊蹄山(1898m)。
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有珠山(733m)と紋別岳。
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ササの斜面に進出するダケカンバ。
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20分ほどで前紋別岳を通過すると、稜線は早くも夕方の雰囲気。
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右手奥は噴火湾だ。
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羊蹄山とはいったんお別れして
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険しい紋別岳の東斜面を目の当たりにする。
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ん? あれはもしや稀府岳の山頂の先にある天狗岩ではないか。
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噂には聞いていたが、あんなイボのような岩だったのか。

紋別岳のササ原はここから見た姿が一番美しいと思う。
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14時過ぎに七合目まで戻ってきた。
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ここでさっき見落とした四等三角点を確認。
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ベンチに座って、5分ほど休んだ。
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あとは樹林帯の尾根道を一直線に下る。

また来るね。
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次はシラネアオイの季節かな。
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九合目のあたりで、単独男性とすれ違ったが、あとは誰も登ってこない。
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このくらいのコースタイムの山なら、遅く出発するのも悪くないと感じた。
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三合目の一望台もとくに休まずに通過。
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写真を1枚だけ撮ったけど。
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しばらく紅葉の中を進む。
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トドマツ林を抜けると
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駒ヶ岳(1131m)と再会。
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登山口にはちょうど15時に下りてきた。
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充実した4時間弱の山行だった。

駐車場には私の車以外は1台だけ。
九合目ですれ違った方のだろう。
でも、ドアが開けっ放しになっていたので、びっくりした。
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誰かが待っているのか、車内が暑くなるのを嫌ったのか、よく分からない。

とくに詮索はせず、駐車場を後にする。
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(ふもとから見た紋別岳)

もう少し時間が早ければ、有珠山のロープウエーに登ることも考えていたのだが、これからだとちょっと慌ただしい。
とはいえ、まっすぐ宿に向かうのも早すぎる。
というわけで、時間つぶしに洞爺湖一周のドライブをすることにした。
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以前、出張の帰りに仲洞爺を回ったことがあるのだが、その時は曇っていて、あまりいい雰囲気ではなかった。
今回は晴れているし、ちょうど夕暮れ時だったので、紅葉が夕陽に染まって、真っ黄色の世界だった。
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烏帽子岩もよく見えた。
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左手にはずっと、トーノシケヌプリ(455m)が見守ってくれていた。
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宿には16時半に到着。今宵は壮瞥温泉のホテル中の島である。
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洞爺湖温泉は満室だったり、高すぎたりで、こちらに都落ちした次第。
しかも夕食抜きのプランしかなかった。
それでも1泊朝食付7400円。ツインのシングル利用だ。
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フロントのおじさんはちょっと感じが悪かったのだが、詳しくは書かないでおく。

とにかくお風呂だ。
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この宿は、昭和新山ユースホステルとつながっていて、風呂は供用のようだ。
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昭和新山YHには高校2年の夏だから1979年に泊まったことがある。
札幌から自転車で支笏湖、登別、室蘭、洞爺湖と3泊4日でめぐった時に利用したのだが、1977年の有珠山噴火の2年後だったので、傾いた車寄せの柱をつっかえ棒で支えていた光景が記憶に残っている。
今は当然だが、すっかり建て直されていた。

浴室にはなんと誰もいなかった。
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お蔭さまで、ゆっくりと足を伸ばして入ることができた。

あとは夕食である。
宿の夕食がないということは、この日夕食は作れないということなのか。
アルバイトスタッフが全員、洞爺湖温泉の方に駆り出されて対応できない、みたいな感じなのだろうか。
いずれにしろ、外に食べに出なければならない。
さっき、洞爺湖一周をした時に、温泉街を見渡しながら、あたりを付けておいた「海鮮ダイニング龍」という店に行ってみた。
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食べログなどを見ても、まずまず評判がよかったのだ。
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ちらし丼を注文。
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ネタはありきたりのものではなく、かじかの卵やアワビまで入っていた。
それで値段は千数百円だったので、お値打ちだ。
ソフトドリングも付いていたので、久々にコーラを飲んだ。
やはり炭酸はいい。

宿に戻って、フィギュアスケートのグランプリシリーズを見ているうちに寝てしまった。
明日は、日本一の秘境駅、小幌駅を徒歩で訪ねる。

【行程】2018年11月3日
駐車場(11:11)~登山届ポスト(11:20)~三合目(11:40休憩11:44)~五合目(11:58)~七合目(12:17)~前紋別岳(12:46)~紋別岳(13:03昼食13:29)~前紋別岳(13:48)~七合目(14:07休憩14:14)~五合目(14:27)~三合目(14:36)~駐車場(15:01)
※所要時間:3時間50分(歩行時間:3時間10分)
※登った山:2座(前紋別岳、紋別岳)
※歩行距離:9.0km
※累積標高差:約785m
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伊達紋別岳(中)

【2018年11月3日(土)】伊達紋別岳
伊達の紋別岳(715m)を登山中。
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五合目から10分ほどで六合目を通過した。
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左手に頂上が見えたが、この時点では頂上だとは気づいていない。
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間もなく、ガンバレ岩が見えてきた。
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この岩の裏には「マタキテ」と書かれていた。
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この岩を過ぎると、七合目。
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そこは、いっぷく広場という休憩スペースになっていた。
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三角点のある644mピークである。
ここは眺望も素晴らしいので、山名を付けておいて欲しかったなあと、ちょっぴり思った。
頂上への稜線。右のピークが前紋別岳(715m)。
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ダケカンバの枝に隠れている左のピークが紋別岳の頂上である。

北東の方角に見えている突起は、無名の671mピーク。
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南東の方角には、室蘭岳(左奥、911m)と稀府岳(右、702m)。
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それぞれ取り出してみよう。こちらは室蘭岳。
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そして稀府岳。
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両方とも完全に冬枯れ状態になっていた。

稀府岳の裾野の向こうには室蘭の港と測量山(199m)が望めた。
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噴火湾をはさんで駒ヶ岳(1131m)。
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もう正午も過ぎたことだし、ここでお昼にすることも考えたが、早く頂上に着きたい気もするので、やはりこのまま前進することにした。
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登山道はここで左折し、ササ原の中の稜線歩きとなる。
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稜線のところどころにダケカンバが生えている風景はまるで象の頭のようだ。
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七合目を過ぎると、急に風が出てきた。
今日は穏やかな天気なので風はほとんど吹いていないだろうと思っていたが、やはり風が強いと言われている山だけある。
多分、強風のせいで樹木が育ちにくいのだろう。
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左手に有珠山(733m)が見えてきた。
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そして再び羊蹄山(1898m)も。実に美しい。
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稜線の東斜面はかなりの断崖だ。
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北斜面の湿った道を20mほど下ると、すぐに登り返し。
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この稜線はかなりアップダウンが激しい。
振り返ると、あんなに下っている。
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約650mピークへの登りはかなりの急登で、ロープが渡してあった。
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でも、それは地べたに横たわっていて汚れているので、使わずにクリア。
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すぐに下って、つぎのこぶを目指す。
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このあたりからは、対岸の山肌のササ原がさえぎるものなく、すっきりと見える。
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稜線の向こうには昭和新山(398m)や洞爺湖、ニセコ連峰も見えてきた。
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長流川の谷を横断する道央道。
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これは楽しい稜線歩きだ。
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下山者とどんどんすれ違う。山頂方面にはもうほとんど人がいなくなっているはずだ。
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これらのダケカンバは明治の開拓が始まってから進出してきたというのが、とても面白い。
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それ以前は、山裾の方もこんなササ原だったという。
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かつてはここに牛馬が放牧されていたのだという。
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さあ、また登り返しだ。
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ここからは標高差80mほどを一気に登る。
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でも、眺めがいいので、それほど苦にはならない。
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伊達市街もまる見え。
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尖った650mピークを振り返る。
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登り返して再び650mに達したあたりに、みはらし平の看板があった。
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でも見晴らしは今までと変わらない。ずっと開けているのだから当然だ。
一応、みはらし平からの室蘭岳だけ確認しておこう。
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この先すぐに八合目。七合目から20分もかかった。
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前方に見えているが前紋別岳。
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羊蹄山は見えたり隠れたり。
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谷はびっしりとダケカンバ林になっている。
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今まで歩いてきた稜線と噴火湾、そして駒ヶ岳。
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12:46、前紋別岳に登頂。
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ここからは、白老方面の峰々を初めて望むことができた。
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おそらくオロフレ山(1231m)。
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徳舜瞥岳(左、1309m)とホロホロ山(中央、1322m)。
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そして、ようやく紋別岳山頂(右)の全貌が見えた。
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拡大してみよう。
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はるか北に見えている冠雪した山は、左が余市岳(1488m)、右が中岳(1386m)と無意根山(1464m)と思われる。
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紋別岳の東斜面には送電線が通過しており、その真下にはずっと作業道が通じていた。
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眼下には公共育成牧場の牧草地。
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前紋別岳にはベンチもなく風も強いので、撮影だけで通過。
すぐに羊蹄山が全容を現した。
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こちらは有珠山と紋別岳のツーショット。
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鞍部に下りてきたところが九合目。
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八合目から15分かかった。
稜線に出てからの合目間隔がやけに長い。

当初は頂上と思っていた小ピークを右側から巻く。
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すると、真の頂上がすぐそこに現れた。
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振り返り。
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さあラストスパート!
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13時すぎに、紋別岳に登頂。
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駐車場から2時間弱かかった。ほぼコースタイム通り。
七合目からだと45分かかっており、アップダウンでかなり消耗した。

ここは二等三角点であった。点名は「東山」である。
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まずは眺望を満喫しよう。正面にど~んと洞爺湖が展開している。
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順に見ていく。有珠山とその右手前に昭和新山。
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有珠山の中腹にはロープウェイの山頂駅が見える。
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昭和新山のアップ。
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この角度からは、ちょっとバランスが崩れて見える羊蹄山。
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洞爺湖の弁天島(左)と観音島(中央)、そして中島(右)。
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白老方面の峰々。
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徳舜瞥岳(左)とホロホロ山(右)。2人は双耳峰のようだ。
DSC_6106_20181107212745ef9.jpg

その左に恵庭岳(1320m)が覗く。
DSC_6107_20181107212747ad5.jpg

オロフレ山。手前にあるのは736mピークと思われる。
DSC_6108_201811072127482da.jpg

西には有珠の海岸。突き出しているのはアルトリ岬。
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そして伊達市街。
DSC_6115_20181107212725b92.jpg
360度の展望だ。余は満足じゃ。
ちょっと風が強いが、また七合目まで戻るのも時間がかかるので、ここでお昼にすることにした。
今日はおしることパン2個。
うっかり写真を撮るのを忘れてしまったので、想像してほしい。

(つづく)
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伊達紋別岳(上)

【2018年11月3日(土)】伊達紋別岳
北海道の冬は早い。11月ともなると、夏道で登れる山は雪の少ない胆振・日高や温暖な函館周辺の低山に限られてしまう。
しかし、今年はやけに暖かい。
北海道新聞によると、11月4日になっても、職員が常駐する道内8か所の気象台・測候所で初雪が記録されていないのは、1990年以来28年ぶりだという。
初雪の最も遅い記録は1886年の11月18日(札幌、函館)だそうで、その記録を破ってしまいそうな勢いだ。
だから、今年の場合、この時期でもわりと選択肢があったのだが、雪の降る前に日本一の秘境駅である小幌駅(豊浦町)にも行っておきたかったので、胆振西部方面ということで伊達市の紋別岳(715m)にした。
この紋別岳は支笏湖北岸にある紋別岳(866m)と区別するため、伊達紋別岳とも呼ばれている。
紋別の地名は、アイヌ語の「モ・ペッ」(ゆっくり流れる静かな川)に由来するそうだ。
伊達市内を紋別川が流れているが、紋別岳がその源頭というわけではない。

この日はゆっくりと8時半過ぎに自宅を出発した。
空はきれいに晴れ上がっている。明日も晴れの予報なので、何だか気持ちが穏やかだ。
伊達には普通なら中山峠越えで行くのだが、今回は時間節約のため、道央道を使った。
樽前SAで小休止。ここのセブンイレブンで、昼食を調達する。
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晴れているので、樽前山(1041m)がきれいに見えた。
DSC_4465_20181106231003cfe.jpg
数日前に冠雪したはずだが、もうすっかり解けていた。

紋別岳の登山口は「太陽の園」の敷地内にある。
伊達ICから5分ほどだ。
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「太陽の園」は知的障害者総合援護施設のモデルケースとして1968年(昭和43年)に全国に先駆けて設立された施設だ。
発達医療センター等も併設されており、かなり規模が大きい。
DSC_5959_2018110623091857a.jpg
この施設のHPを見ると、トップページに「砂浜佳祐君(当時15歳)を探しています」という記事が出てくる。
2008年2月11日から行方不明になっているらしい。
この件について、職員らが適切に見守らなかったのが原因として、砂浜君の両親らが道と施設運営法人に対し、慰謝料など約7500万円を求める訴訟を起こしていたが、先月19日、和解が成立したとのことだ。
このほか、臨時職員が入所者に暴行して、あばら骨を折るけがをさせ、懲戒解雇となったというニュースも最近あった。
大きな施設だけに、いろいろとあるようだ。
それはともかく、紋別岳に登山道を作ったのは、「太陽の園」の入所者や保護者たちである。
2年がかりで整備して、1984年に7合目の644mピークまで開通した。
心から感謝したい。
その後、伊達歩くスキー協会が頂上までササを払って開削したとのことだ。

登山口近くにある駐車場に到着したのは、午前11時前。
意外に時間がかかってしまった。
駐車場には親切に「登山をされる方はここの駐車場をご利用ください」との看板があり、どこに停めるのだろうと、まごまごしないで済んだ。
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駐車場にはすでに20台以上の車が停まっていた。「北海道登山口情報350」(北海道新聞社)には「満車になることはない」と書いてあっただけに、少々驚いた。
DSC_5944_20181106231006d39.jpg
奥にかろうじて1台分のスペースがあったので、そこに停めることができた。

高速を走っている途中、いきなりフロントガラスに点々と白い汚れがついて、何だろうと不思議に思っていたのだが、車から下りて、正面を確認してみて謎が解けた。
雪虫が大量に付着していたのである。
DSC_4466_20181106231006765.jpg
今年の夏はわりと虫が少ないと思っていたが、この時期になって、雪虫に襲われるとは思ってもみなかった。

駐車場はすでに標高約160mの高台にあり、眺めがいい。
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北西方面には有珠山(733m)が間近に見えた。
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紋別岳の頂上はここからは見えないが、紅葉している山肌が青空に映えていた。
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念入りにストレッチをして11時過ぎに出発。
車道を200mほど歩いて、登山口まで来たところで、ふと思い出した。
DSC_5955_20181106230915b2f.jpg
あれ? 車のカギかけたっけ。

心配になって戻ってみたら、やはりかけていなかった。
年を取ったものだ。まあ、思い出すだけマシだと思うことにしよう。
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気を取り直し、改めて出発。
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「登山口」の案内に従って、登山道に入る。
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最初からわりと急な坂だ。
DSC_5963_201811062309210b5.jpg

でも開けているので、噴火湾の向こうに駒ヶ岳(1131m)を望むことができた。
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トドマツの林の中に入ると
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間もなく登山届のポストが現れる。
DSC_5972_20181106230857209.jpg
ノートを開いてみたら、今日はすでに25組も入っている。
「この時期」ということもあるのだろうが、相当な人気だ。
早い人は7:10に入山しており、すでに5組が下山している。

地元伊達の人が多かった。ふるさとの山として愛されているのだろう。
DSC_5973_201811062308581f8.jpg

しばらくトドマツの林の中の急登を登る。
ジグザグに歩かないと、息が上がるほどだ。
その中に一合目の標札を発見。登山口から10分ほどだった。
DSC_5974_2018110623083016e.jpg

間もなくトドマツの林を抜け、広葉樹となる。
紅葉真っ盛りで、とても気持ちがいい。
DSC_5977_20181106230832c6a.jpg

二合目の手前あたりで、左手、木々の隙間に羊蹄山(1898m)を発見。
DSC_5978_201811062308335e0.jpg
すでに冠雪しており、りりしいお姿だ。やはり羊蹄山は雪がないと締まらない。

一合目から10分ほどで二合目を通過。
DSC_5980_201811062308354b8.jpg
ここは10分刻みで合目を表示しているのかしら。

このあたりで若干、傾斜が緩くなり、ひと息つける。
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上から続々、登山者が下りてくる。
混雑している中で、食事をするのはいやなので、どんどん下りてもらえるのはありがたい。

三合目の手前に、「草分け神社跡」なる標柱が現れた。
DSC_5982_201811062308075cb.jpg
この神社は、明治初期に入植した亘理伊達家の家臣たちの子孫が1932年(昭和7年)3月29日に建立したものだそうだ。
お社の中には開拓に尽力した40数人の写真が奉納され、大切に祀られていたが、のちに鹿島神社(伊達神社)が管理するようになり、今は伊達小学校の近くに安置されているとのこと。

二合目から6分で三合目。
DSC_5983_2018110623080848f.jpg

ここは「一望台」と呼ばれる展望スポットになっており、ベンチもある。
DSC_5985_2018110623081128b.jpg
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北海道の山にはめずらしい親切さだ。
一望台というだけあって、眺めは素晴らしい。
DSC_5986_201811062308136a2.jpg

北西の方角が開けていて、有珠山や昭和新山(398m)、羊蹄山はもちろん、洞爺湖の中島やニセコ連峰もくっきり見える。
DSC_5989_20181106230745691.jpg(有珠山)
DSC_5988_20181106230744a00.jpg(昭和新山)
DSC_5987_2018110623074240d.jpg(ニセコアンヌプリと洞爺湖・中島)
しばし、北海道ならではの風景にみとれていた。

こちらは、高速道路が河川を渡る橋梁として日本最長(1772,5m)の長流川橋。
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5分ほどで出発。
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なんと3分で四合目を通過。
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刻みが滅茶苦茶になってきた。

このあたりから植生はダケカンバに変わった。
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ダケカンバはすっかり落葉しており、冬枯れ状態だ。
なので、隙間から北側の稜線がよく見える。
DSC_5999_2018110623072155e.jpg

山肌は一面のササである。
DSC_6001_20181106230724852.jpg

不思議なのは、そこに幾重にも筋が入っていることだ。
DSC_6002_2018110623065816d.jpg
けもの道とは思えないし、何だろう。

と思って、伊達市教育委員会に問い合わせてみたら、親切に教えて下さった。
筋の入っている斜面はかつて立派な森林だったのだそうだ。
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それが平成に入ってから、地主の方が木材を売り払うことにして、稜線まで一気に伐採してしまったのだそうだ。
見えている筋は、その時の作業道の跡だそうである。

それに比べて、奥の前紋別岳(715m)付近の斜面には筋がない。
ここは昔からササ原だったそうで、明治の入植後、牧場として利用されてから少しずつ樹木が生えてきたのだとか。
DSC_6000_2018110623072328d.jpg
谷に生えているダケカンバのことだろう。
開拓者たちは、牛や馬を放牧して下草を食べさせ、蹄で土を柔らかくして樹木の成長をうながしたのだという。
牛馬の糞などで栄養が増えたことも関係しているかもしれない。

四合目から10分で五合目。再び10分刻みに戻った。
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途中、景色を楽しみながら、ゆっくり歩いている単独男性を抜かした。
DSC_6004_201811062307019d0.jpg
私も含め、他の多くの登山者のように、山頂まで登って、景色を眺めて、「わ~」と感激して、ほぼコースタイム通りに下ってくる人々と比べ、よほど豊かな山歩きをしているなと思った。
以前、ドイツのライン川クルーズをしたときのこと。
デッキに出て、キャーキャー騒ぎながら写真を撮っているのは、ほとんどがアジア人。
ヨーロッパの方々はレストランで優雅におしゃべりと食事を楽しんでいた。
二度と来られないのだから、この景色を記録しておかなくてはと「貧乏性」丸出しの自分がちょっと恥ずかしくなった。
以来、乗り鉄をしていても、写真を撮るために車内をあちこち移動するようなテツ丸出しの行動は慎むようになったが、車窓から目が離せない「貧乏根性」は治らない。
読書でもしながら乗って、眠い時には寝る、車窓を見たいときには見る、なんていうのが、乗り鉄の究極の姿だと思うのだが、たぶん死ぬまでその域には達しないだろう。
話がそれたが、登山も同じで、何でもかんでも写真を撮る私は、あまり登山そのものを楽しんでいるとは言えないのかもしれない。
だから、あのおじさんが妙にまぶしく見えたのだ。
結局、この人とは下りですれ違うこともなかった。
途中で引き返したのだろう。素晴らしい。私には一生無理だ。

(つづく)
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東ヌプカウシヌプリ(下)

【2018年10月28日(日)】東ヌプカウシヌプリ
東ヌプカウシヌプリ(1252m)から白樺峠に下山した。
DSC_4661_20181101063158de5.jpg
大して汗もかいていないが、お昼にはまだ早いので、まずはお風呂に行くことにした。
お目当ては、満室で宿泊はできなかった菅野温泉だ。
その前に扇ヶ原展望台の近くにあるという西ヌプカウシヌプリ(1251m)の登山口を探しながら走ったが、パッと見、分からなかった。
こちらは登山口の標高が750mなので、標高差が500mある。
また今度こちらに来ることがあったら、登ってみたい。

菅野温泉への分岐まで下りてきて、愕然。
なんと日帰り入浴は12時からだった。
まだ11時を過ぎたばかりなので、待つには長すぎる。
近くの屈足温泉も調べてみたが、こちらも12時からなので、お風呂は帰る途中のどこかで入ることにして、先にお昼を食べてしまうことにした。
このあたりなら、清水の牛玉ステーキ丼か、新得のそばだが、ステーキ丼は去年食べたので、今回はそばにする。新そばの季節でもあるし。

新得に向かう途中、さっき登った東ヌプカウシヌプリ(右端)を含む連山が牧草地の向こうにきれいに見えたので、思わず車を停めて撮影。
DSC_4662_20181101063159ebc.jpg
東ヌプカの左が西ヌプカ。その隣が南ペトウトル山(1345m)かその前山。
左端のずんぐりした山には名前がない。

このあたり、なだらかな起伏のある牧草地の風景が素晴らしい。
DSC_4663_20181101063201a7b.jpg

さらに思いがけない出会いも。
何気なく走っていたら、右手に廃校らしき建物が目に入り、急停車。
戻って見学する。
DSC_4664_20181101063202582.jpg
新得町立岩松小学校の跡だった。

この小学校は1913年(大正2年)6月に私立の家庭教育所として開校。
翌年、屈足尋常小学校特別教授所として認可され、19年に巌松尋常小学校として独立した。
DSC_4666_20181101063204f9e.jpg

児童数12人からのスタートだったが、1939年(昭和14年)に岩松ダムの建設が始まって、人口も増え、41年には児童数128人に達した。
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しかし、その後、過疎化が進み、1976年(昭和51年)3月をもって、屈足小学校に統合され、閉校となった。
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とくに、何かに転用されているわけではなく、放置状態だった。

近くには、上川灌漑溝水門も説明板があった。
DSC_4669_20181101063056096.jpg

この後、国道38号に出て、少し帯広方面に進むと、国道沿いに大きなそば屋さん「そばの館・玄穣」が見えてきた。
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スマホで検索して、ここに決めていたので、迷わずに入る。
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大きな駐車場にたくさん車が停まっていて、まだ11時半だというのに、混んでいることが予想された。
でも店内に入ってみると、席にはまだ余裕があって、すぐに座れた。
DSC_4677_20181101063032968.jpg

新得地鶏の南ばんせいろにもそそられたが
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まだそんなにお腹が空いているわけではないので、十勝長芋のとろろそばにした。
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わりとすぐに出てきて、うれしかった。
そばは新そばらしくしこしこで、津軽そばと違って、しっかりとこしがあった。
冷たくよく締まっていて、最高のおそばだった。
満足。

調子に乗って、そばバフェ(300円)も頼んでしまった。
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そばゼリーの上にそばソフトがのって、中には十勝あずきが入っているという代物で、甘さひかえめでとても美味しかった。
大満足である。

駐車場の奥に鉄道の駅名標のようなものが見えたので行ってみた。
DSC_4678_20181101063034cd9.jpg

すると、なんとそこは根室本線(狩勝線)の旧線跡だった。
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新得から狩勝高原まで10kmに及ぶ旧線跡が「狩勝ポッポの道」として整備されていた。
DSC_4679_20181101063035e95.jpg

旧線は1907年(明治40年)から新線が開通する1966年(昭和41年)まで半世紀以上にわたり北海道の大動脈としてその屋台骨を支えてきた。
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こんなふうに残っているとは思わなかった。いずれ自転車で走ってみたい。
ちなみに、小笹川橋梁や大築堤群、新内隧道などが2003年、土木学会推奨土木遺産に認定されている。

帰りは日勝峠ではなく狩勝峠で帰ることにした。
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狩勝峠には昨年も来ているが、その時はもう薄暗くなっていて天気もいまいちだったので、また散策してみた。
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大雪山系南部の峰々が一望できるではないか。
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これは日本新八景と言われても納得だ。
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新八景選定に尽力したのは帯広商工会副会頭だった坂井辰吉氏だった。
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ちなみに日本新八景とは、1927年(昭和2年)に大阪毎日新聞社と東京日日新聞社が主催して、投票をもとに選定されたものだ。
投票総数は当時の人口の倍に当たる9300万通に達したという。
八景に決定した各分野の景勝地は次の通り。末尾は紀行の作者。
・海岸:室戸岬(高知県)=田山花袋
・湖沼:十和田湖(青森県・秋田県)=泉鏡花
・山岳:雲仙岳(長崎県)=菊池幽芳
・河川:木曽川(愛知県)=北原白秋
・渓谷:上高地(長野県)=吉田絃二郎
・瀑布:華厳滝(栃木県)=幸田露伴
・温泉:別府温泉(大分県)=高浜虚子
・平原:狩勝峠(北海道)=川東碧梧桐
(693)
いずれも行ったことがあるが、昭和初期の称号を今も掲げているのは、ここ狩勝峠だけだ。
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「平原」の分野での選定とは、ちょっとユニークだ。
DSC_4690_201811010629035d1.jpg

でも、旧狩勝トンネルを抜けた旧新内駅付近からの風景は、日本三大車窓の一つにも数えられていたので、あながち偏った選択ではない。
DSC_4691_201811010629058d6.jpg

ただ、今はルートが変わってしまったので見ることはかなわない。
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山座同定を試みたいのだが、このパノラマ図では全く分からない。ひどすぎる。
DSC_4694_201811010629096c0.jpg

多分、左からニペソツ山(2013m)、丸山(1692m)、ウペペサンケ山(1848m)。
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これも多分だが、左から南ペトウトル山(1345m)、西ヌプカウシヌプリ(1251m)、東ヌプカウシヌプリ(1252m)だろう。
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これは峠直下に見える570mピーク。
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南側の敷地に前回見落とした石碑を発見したので行ってみた。
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「朱の落暉野火あとの空そのままにけぶれり十勝はばくばくとして」
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岐阜県出身の歌人野原水嶺(1900~83年)の十勝移住50年を記念して、78年に建立されたものだそうだ。
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水嶺一家は1920年(大正9年)、岐阜から芽室に入植しているから、ちょっと計算が飼わないが。
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西の方角の山々だが、同定不能だ。
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札幌と日高町を結ぶ国道276号や、道東道が開通する前は狩勝峠もそれなりに交通量が多かったはずである。
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この日は、10分間の滞在の間、数えるほどだった。

お風呂はかなやま湖畔のかなやま湖保養センターにした。
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ここは温泉ではないのだが、通り道なので仕方ない。
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料金は410円。入口はなんだか味気ない。
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浴槽にはおじさんが一人いて、水道の蛇口近くに陣取っていた。
とくに熱くもないのに、ずっと水道の水を入れていた。
あの年で熱がりとはめずらしい。
普通に入浴して、眠気をすっとばしてところで退室。
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休憩室には高倉健主演の映画「鉄道員」に出演した方々のサインが展示されていた。
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幾寅駅でロケをして、ここまでお風呂に入りにきたのだろうか。
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イトウの魚拓。1m以上の大物だった。
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14時すぎに出発。金山峠を越えて占冠ICから道東道に乗ることにした。
でも、だんだん眠くなってきたので、道の駅自然体感しむかっぷで15分ほど仮眠。
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ここは砂金の産地だったようだ。
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道東道は順調に流れていた。
道央道に入ると車が増えたが、とくに問題なし。
しかし、北広島ICで下りてからが詰まっていた。
アウトレット渋滞だ。道の選択を誤って30分近く無駄にしてしまった。
帰りに清田のホーマックに寄って、反射式ストーブを購入。
晩飯のつもりで入った根室花まる寿司は超混雑で、結局1時間も待たされた。
まあ、美味しかったからよかったけど。
北広島ICには16時に着いていたのに、結局帰宅したのは19時半。
運転距離は2日間で560km。かなり疲れたが、楽しい旅であった。

【行程】2018年10月28日
白樺峠(8:16)~東ヌプカウシヌプリ(9:09撮影、着替え9:14)~ガレ場(9:18ナキウサギ観察9:33)~東ヌプカウシヌプリ(9:39休憩9:46)~白樺峠(10:31)
※所要時間:2時間15分(歩行時間:1時間48分)コースタイム:2時間
※登った山:1座(東ヌプカウシヌプリ)
※歩行距離:3.2km
※累積標高差:約370m
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