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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

# 東ヌプカウシヌプリ(中)

【2018年10月28日(日)】東ヌプカウシヌプリ
8:15過ぎ、登山開始。
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と同時に入林届に記入。車の台数通り、私の前に3組4人が入っていた。
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かなり人気の山のようだ。
登山口である、ここ白樺峠の標高は約900m。
東ヌプカウシヌプリは1252mなので、標高差は350mほど。
コースタイムは1時間である。

ちょうど頂上から日が昇ったところだったが、歩き出すと、すぐにまた山の陰に入ってしまった。
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最初は低いササの道をゆく。
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朝露か昨日の雨の残りか、ササの葉が濡れていた。
ズボンが濡れてしまいそうだったが、そのまま突っ切ることにした。
結果的には、それほど濡れないで済んだ。
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間もなく樹林帯の中に入ると、傾斜も徐々に増してきた。
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すぐに暑くなったので、ダウンからウインドシェルに着替えた。
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倒木が激しい。
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おそらく2016年の台風によるものだろう。
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ところどころ切断してくれていたが、くぐって進まなければならないところもあった。

ほとんど眺望がきかない道を直登してゆく。
だんだん、岩が露出してきて
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一度、ナキウサギの鳴き声を聞いた。
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稜線の手前で単独男性とすれ違った。次は白雲山に転戦するのだろうか。
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木々の隙間から西ヌプカウシヌプリ(1251m)が姿を現した。
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兄弟の東ヌプカウシヌプリと標高が1mしか違わない。
まさに双子だ。

その右の山々。南ペトウトル山(1345m)はこのさらに右なので見えていない。
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稜線に出る手前で風が吹いてきた。
上は風が強そうだと思ったけど、稜線は不思議なことにほぼ無風だった。
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このあたりで10歳くらいの女の子を連れたお父さんとすれ違う。
「ナキウサギ見れましたか」と声をかけたら、「はい」と明るい返事。
こちらも期待が高まった。

稜線は勾配もゆるくなり歩きやすい。
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時々、左手の展望が開け
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(左から)雄阿寒岳(1370m)、雌阿寒岳(1499m)、阿寒富士(1476m)がくっきりと見えた。
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眼下は士幌高原ヌプカの里。
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広大な十勝平野が展開している。
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ナキウサギがたくさんいそうなガレガレの山も見えた。
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1200mを超えて、やっと霜を発見。今朝はそれほど冷え込まなかったようだ。
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頂上直前に絶好の展望スポットがあった。
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わずかに然別湖が見え、その右奥に東大雪の山々。
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ナイタイ山(左、1332m)方面。
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ウペペサンケ山(1848m)には雲がかかっていた。
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左手が切れ落ちている道をしばらく進むと
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頂上に到着。白樺峠から53分しかかからなかった。
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ありがたいことに、立派な山名柱が立っていた。
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山頂は南東方向が開けていて、眼下には平らな十勝平野。
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その向こうに太平洋が光っていた。
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さて、この先にナキウサギが生息するガレ場がある。
踏み跡はあるようだが、ササが覆いかぶさっているので、雨具の上下を着て突入する。
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ナキウサギも楽しみだが、眺望もすばらしい。
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実はナキウサギのことは昨日まで知らなかった。
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夜にスマホで、ここに登った人のレポートなどを読んでいて知ったのだ。
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読んでいなかったら、単に頂上まで来て帰るところだった。

どのくらい下るのか分からなかったが、5分ほどでガレ場が現れた。
と思った瞬間、びちゅーという声が聞こえ、ナキウサギも発見できた。
DSC_4617_20181030230500a3f.jpg(左上あたり)

距離にして7~8mくらいか。
すごいすごい。いきなり出会えるとは。
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しかも、しばらく動かないでいてくれるので、写真もばっちり。
まるまるしていて、想像より大きな印象だった。
しかし、スマホなので望遠にすると画像がかなり粗い。
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やはり、SDカードを忘れたのは痛恨の極みだった。

近づこうとすると、さすがに岩の中に隠れてしまった。
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そのまま進んで、ガレ場の中央へ。
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奥には、ずっと滞在してナッキーを狙っていると思しき男性が、こちらを振り向きもせずにずっと立っていた。
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当方は立っていると疲れるので、平らな岩を探して座って待つ。
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すると5分くらいの間に、さらに2匹見ることができた。
でも、2匹とも一瞬だったので写真は撮れていない。

その後、ほんの3mくらい先に現れたナッキーは、かなりのお利口さんで、全然動かない。
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なので、何枚も写真を撮ることができた。
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一眼レフだったら、もっと素晴らしい写真が撮れたことだろう。
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でも、この子に会えたことで満足。
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15分ほどしか滞在していないが、引き返すことにした。
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ササ原は開けているので、空が広い。
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ダケカンバの白とのコントラストも美しかった。
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カップルの登山者とすれ違ったので、思わず「いっぱいいますよ」と声をかけてしまった。
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私も15分で4匹見ることができたわけだし、あそこならそのくらい粘れば、1匹も会えないということはないだろう。
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ササ原と十勝平野。
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ほんとに気持ちのいい山だ。
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頂上に戻ると、また別のカップルと会った。
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大きなカメラを提げていたので、彼らもナッキー狙いなのだろう。
「いましたか」と聞かれたので「4匹!」と答えた。
「いい天気だし、季節もいいですもんね」とのこと。
ナッキーはこの季節が見頃なのか。

頂上で宿の部屋にあった十勝の甘納豆を食べて出発。
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この後も何組もの登山者とすれ違った。
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この時期の北海道の札幌近郊ではない山としては、かなり多いと思う。
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やはりナキウサギの山、ナキウサギの季節なのだ。
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ナナカマドは実だけを残していた。
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下りで、西ヌプカウシヌプリの展望ポイントを発見。
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上を向いて鳴くナッキー。
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西の空にとうとう雲が出てきた。
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倒木地帯を通過。
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エゾマツ?
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白樺峠まで下りてきた。
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さっきすれ違った人たちの車がたくさん並んでいる。
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日がかげると、ちょっと暗い雰囲気だ。
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10時半に下山。
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入林届を見ると、10時半までの間に、私も含め10組15人が入っていた。
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この後も、まだ何組も入るだろう。
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しかし、あれだけ山に入ったら、ガレ場の人口が増えて、ナッキーは出にくくなるかもしれない。
私はいい時間に行った。

(つづく)
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東ヌプカウシヌプリ(上)

【2018年10月27日(土)】東ヌプカウシヌプリ
東ヌプカウシヌプリ(1252m)は昨年からずっと登りたい山だった。
昨夏、となりの白雲山(1186m)に登った時についでに登ってしまうつもりだったのだが、いったん下山して然別湖で昼飯を食べているうちにガスってしまったので、断念した経緯がある。
この週末は、日曜日は晴れる予報になっていたので、土曜日を移動日にして、然別湖温泉に宿泊。翌朝早めに登る計画を立てた。
土曜日は、めずらしく札幌は朝から大雨で防災の速報メールが頻繁に鳴る中、出発した。
場所によっては、車の屋根に穴が開くかと思うほどの豪雨だった。
でも日高に入るころには小降りになり、平取町の二風谷アイヌ文化博物館と沙流川歴史館に寄り道した。
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歴史館で開催していたミニ特別展「ハヨピラのいま、むかし」が非情に興味深かった。
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ハヨピラの詳しい説明は略すが、かつてUFO基地と呼ばれたところだ。

今は閉園となっている。
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落ち葉がきれいだった。
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お昼を食べようと、びらとり温泉ゆからに行ってみたら、レストランはちょうど休憩時間中でNG。まだ14時を過ぎたばかりなのに。
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結局、お昼を食べる時間も場所もなくなったので、日高町のコンビニでパンを買って済ませた。
何十年ぶりかで日勝峠を越えたが、ものすごく新しい快適な道になっていた。

途中、鹿追村の道の駅しかおいでトイレ休憩。
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薄暗くなっていた白樺峠への登りで、目の前をシカの親子が横断。
急ブレーキをかけたが、子鹿に接触してしまった。
そのまま横断してくれたら、なんの問題もなかったのに、何を思ったか戻ろうとした子鹿がスリップして転倒。そのままぶつかってしまったのだ。
あ~やっちまった。こういう時間帯って出るんだよな~とスピードは控えめにしていたのだが、本当に出てくるとは。
子鹿の姿が見えないまま、しばし呆然としていたら、子鹿は立ち上がって、よたよたと逃げていった。
とくに血も流しておらず、骨折もしていない感じだった。
いや~お互い助かった。こちらの被害はナンバープレートがちょっと曲がった程度だった。
それにしても、親鹿も車が来ているときには横断しないよう、注意してほしいものだ。

そんなこんなで、然別湖には17時すぎに到着した。
ここに来るのは、これで5回目だ。とても好きな湖なのである。
湖畔に泊まったのは1991年以来27年ぶり。
その時、どこに泊まったのか記憶も記録もないが、もしかしたら今回と同じだったのかもしれない。
然別湖温泉ホテル風水である。
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もう1軒あった然別湖ホテル福原は耐震補強のため昨年3月から休館中なので、選択肢は風水しかない。
本当は菅野温泉に泊まりたかったのだが、あいにく満室だった。

チェックインすると、6階の603号室に案内された。
レイクビューである(ここは全室レイクビューかも)が、夜なので、何も見えない。
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夕食は18:30にお願いしたので、まずはお風呂へ。
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ここはナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉(中性低張性高温泉)で、源泉の温度は53.9℃。若干塩味がした。
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土曜日のわりにお客さんも少なく、露天風呂にもゆっくり入ることができた。
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館内には、いくつも陶壁があった。
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九谷興子(1911~89年)が83年に作製したものだそうだ。
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夕食は3階のレストラン。
メニューは、オードブルに豚しゃぶ、鮭のチャンチャン焼き、天ぷら、ニジマスの刺身、オショロコマの塩焼き、茶碗蒸し、角煮などなど。
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料理はとてもおいしかったのだが、給仕の3人が全員研修生(うち外国人2人)。
人手不足なのは分かるが、一人はちゃんと慣れた人を配置してほしかった。
夕食は最も重要なサービスのはずである。
生ビールを頼んだ直後に「ごはんとお吸い物、お持ちしてもいいですか」とすかさず聞いてくるし、ご飯茶碗に指を突っ込んで持ってくる。
飲み物が出てくるのも遅いので、お代わりのビールの時はしびれを切らして、文句を言いに行った。
「飲み物は他を後回しにしても、すぐに出すこと」と指導してあげた。

とにかく満腹になって部屋に戻る。
月が昇っていた。
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くちびる山にオリオン座がかかっていた。冬が近い。
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それにしても、部屋がやけに暑い。
部屋の暖房は入っていないようなので、館内の空調のせいなのか。
とにかく、少し窓を開けて、涼しい風を入れた。
「ブラタモリ」の有田や「アド街」の忍野八海を見て、布団に入ったのだが、どうも暑くて眠れない。
たまりかねて、フロントに電話をした。
「何だか暑いんですけど、涼しくなりませんかね」
とお願いすると
「暖房を入れているわけではないので、窓を開けていただくか、冷房を入れるかしてもらえますか」
という驚くべき答えが返ってきた。
「外はあんなに寒いのに、なして暖房も入れずにこんなに暑いですか」
「昨日、暖かかったので、その熱気が残っているのかもしれません」
「そんなバカなことがありますか。そんなのすぐもとに戻るでしょう」
「ここは外気に応じた室温にならないんです」
「????」
話せば話すほど、頭がおかしくなりそうなので、議論は止めて電話は切ってしまった。
やむなく冷房を入れたが、夜中じゅう入れておくのも風邪をひきそうで怖いし、音もうるさいのですぐに切った。
結局、窓を少し開けて寝るしかなかった。
なぜ、あんなに暑かったのか、全くの謎だ。
うそでも「空調が不調で申し訳ありません。エアコンで調節して下さい」と言われた方がまだ納得がいった。

【2018年10月28日(日)】
翌朝は5時半に起床。
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窓の外を見てみると、雲ひとつない完璧な天気だ。
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これは、素晴らしいハイキングになりそうだ。
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明るくなってから、湖畔に散策に出かけた。
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天気予報では氷点下まで下がると言っていたが、湖面に氷が張っているようなことはなかった。
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このくちびる山の正式名称は、天望山(1174m)である。

ここは去年も来たばかりなので、いくつかある石碑もすべてその時の「山と鉄」で紹介済みだ。
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6時の遊覧船はお客さんがいなかったのか、運航されなかった。
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船の向こうは白雲山(左、1186m)
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これは女性の露天風呂。立ち上がるとまる見えになりそうだ。
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たぶん氷点下までは下がっていないだろうが、ダウンを着ていても、やはり寒い。
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早々に屋内に戻った。
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まだ、朝食会場が開いていないので、ロビーや売店で時間をつぶす。
ナキネズミやオコジョのぬいぐるみが愛くるしい。
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こんなかわいい柄のTシャツも。
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地元のそば焼酎は、その名も「トムラウシのナキウサギ」。
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そのほかにもいろいろとあった。
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函館市出身の風景画家・田辺三重松(1897~1971年)作の然別湖最古のポスター。
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「光風館」とあるのは、十勝毎日新聞の創業者林豊洲が1930年(昭和5年)に開業したホテルのことだが、後に十勝川温泉開発に全力を注ぐため売却している。
「風水」と「光風館」の関係はよく分からない。
ポスターの制作年代も確認できなかった。

朝食は7時から。夕食と同じ会場でバイキングだ。
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十勝の牛乳を飲みたかったので、今日はパン系にした。でもカレーも食べた。
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料理はどれも美味しかった。

食後はもちろんトイレへ。このホテルはペーパーホルダーもナキウサギだ。
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8時前にチェックアウトしたが、「昨夜は申し訳ありませんでした」の一言もなかった。
きっと、全く引き継ぎがなされていないのだろう。
こういうところから徐々に客は離れていく。将来の存続はかなり厳しいかもしれない。
1軒宿だから競争相手がいないと、あぐらをかいていたら大変なことになる。
阿寒湖温泉や知床が栄えて、川湯温泉が落ちぶれた例でも分かる通り、今はどんどん別の離れたところに行ってしまう。
近くには、菅野温泉、糠平温泉、十勝川温泉などがある。頑張って下さい。

とにかく昨日の大雨がうそのような快晴である。
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(西ヌプカウシヌプリ)

東ヌプカウシヌプリの登山口のある白樺峠には5分で着いた。
すでに車が3台停まっている。
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伊豆ナンバーの車まであって、びっくりした。

実はSDカードを持ってくるのを忘れてしまい、一眼レフカメラは使用できず。
やむなくスマホのカメラで通すことになる。
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展望はなんとかごまかせても、ナキウサギの撮影には望遠が必要。
それが返す返すも残念。
これも年を取ったせいなのだ。そういう自覚があるのなら、忘れないための対策をとればいいのだが、それがまた面倒くさい。
まあ、何度か痛い目に遭っているうちに、いずれ改心するだろう。

(つづく)
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当丸山・両古美山(4)

【2018年10月21日(日)】当丸山・両古美山
両古美山(806m)から下山中。
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夏道はないので、スノーシューで登ってみたい泥ノ木山(904m)。
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その北東にある859mピーク。
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ケルンから20分弱で「両古美山まで520m」の地点を通過。
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黄葉。
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まだ落葉し切っていないダケカンバたち。
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当丸山の夕景。
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もう晩秋なのに、タチツボスミレが咲いていた!
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黄色と赤。
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見上げると、さっき立ち寄った突き出し岩。
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駐車場と同じ高さまで下ってきた。
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スノーシェッドの横はススキ野だった。
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この花は秋が深まっても結構咲いている。
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いやいや、思った以上にいい山でした。
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最後のおまけ、階段の登り返し。
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何だか映画のラブシーンのようだった。
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改めて、両古美山を眺めて、名残を惜しむ。
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スノーシェッドの上に乗っては越えてはいけませんの看板が到着のしるし。
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なんとか16時になる前に戻れた。
往復2時間半弱だった。
当丸山と合わせると、活動時間は4時間20分ほど。
快適なハイキングだった。
ここで函館から来てくれたI君とはお別れ。
遠いので無事に帰れますよう。

こちらは古平の市街地まで戻り、日本海ふるびら温泉しおかぜへ。
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16時半すぎに到着。

ここに来たのは、昨年の9月30日に積丹岳に登って以来1年ぶりだ。
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あの時と同様、地元のおじいちゃんの会話は浜ことばで東北訛りがきつく、全然聞き取れなかった。
でも、よく温まった。

湯上りにガラナをいただいた。
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17時半に外に出ると、すっかり暗くなっていた。でも、全員いい笑顔である。
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あとはそれぞれの家に帰るだけなので、ここで一応解散。
私はO君の車を運転し、往路と同じメンバーで札幌へ向かう。
O君は車中で、残りの缶ビールを気持ちよく飲んでいた。
M君を手稲の実家にお送りして、自宅へ。
19時半に到着した。O君は我が家の近くの寿司屋に飲み会へ。
飲み終わった後、また我が家に泊まっていった。

煮込みジンギスカンの山岳部例会。天気にも恵まれ大成功だった。
「ふるびら」を「野ばらのエチュード」にして歌ったのがウケてうれしかった(笑)。
「ふ~るびら、ふるびら~風に吹かれて~♫」

【行程】2018年10月21日
当丸峠駐車場(10:20)~当丸沼分岐(10:34)~当丸山(10:57撮影11:09)~当丸沼展望台(11:51休憩12:01)~小沼分岐(12:09)~駐車場(12:15昼食13:32)~両古美山登山口(13:38)~520m手前地点(14:06)~両古美山(14:37撮影14:46)~ケルン(14:54休憩15:05)~駐車場(15:55)
※所要時間:5時間35分(歩行時間:3時間35分)
※登った山:2座(当丸山、両古美山)
※歩行距離:7.5km
※累積標高差:約480m
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当丸山・両古美山(3)

【2018年10月21日(日)】当丸山・両古美山
昼食を済ませて、両古美山(806m)に登っている。
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左手に、さっきお昼を食べた駐車場が見えてきた。
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駐車場から30分ほど歩いたところで、あと520mの標識。
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展望台なるところまでは、頂上からさらに600m先らしい。

南の稜線の向こうに羊蹄山(1898m)らしき山の頂上が顔を出してきた。
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左前方には日本海が光っている。窪んでいるあたりが神恵内だ。
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当丸峠を越える道道998号はかつて国道229号だった。
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高台にある町並みが見える。
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古平町の沖町地区と思われるが、なぜあんなところに集落があるのか謎だ。

稜線にのると、右手に泥ノ木山(904m)が見えてきた。
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その頂上部。ふもとには泥ノ木という地区があり、泥ノ木川という川もある。
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稜線はハイマツ帯。至るところにハイマツの根が張り出していて、かなり歩きにくい。
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左手に当丸山(800m)。
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北には、積丹岳(1255m)が見えてきた。
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左手は当丸峠のスノーシェッド。
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眺めのいい稜線歩きだ。
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当丸山の方がよく登られているのかもしれないが、両古美山の方が展望は圧倒的にいい。
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しかし、ほとんど同じ高さなのに、当丸山にはほとんどハイマツはなかったが、こちらは一面のハイマツ。不思議なものだ。
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皆さん、景色に見とれている。
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実に楽しそうだ。
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ハイマツの中から白い岩石が時々現れる。いいアクセントになっている。
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トーマル川の源流部。
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もう、それほど登らなくても頂上に着けそうだ(と思ったら大間違いだった)。
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左前方に見える稜線が「展望台」と呼ばれるところだと思われる。
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ここでこれだけ眺望がいいのだから、あそこまで行く必要はあるまい。
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山頂から往復1.2kmもあるので、さらに30分近くかかってしまう。
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日も短くなっているし、なるべく早めに下山した方がいい。
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Y君だけは、「行きたかったなあ」と残念がっていたが。
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ハイマツ越しに見る積丹岳。
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やはり、皆さんが歩いている写真を撮る上でも、私はしんがりがいい。
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ハイマツとダケカンバ。
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H君はこの岩を「ライオン岩」と呼んでいた。
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確かになんとなくスフィンクスにも見える。
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それにしても当丸峠のスノーシェッドは長大だ。
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ニセピークからの展望。
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何度も見ているが、当丸山もいいお姿だ。
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しかし、なかなか頂上に着かない。
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南の空に、雲に隠れているが大きな富士山形のシルエットが見えてきた。
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これを発見したO君が、「今まで、羊蹄山だったと思っていたのは、チセヌプリだ。これこそが羊蹄山だ」と教えてくれた。

なるほど、それですべての疑問点が解決する。
羊蹄山がニセコ連峰の右に見えるわけがないし、どうも小さすぎるように思っていたのだ。
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一同、納得である。
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さあ、最後の登りかな。
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と思ったら、まだ続いている。
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両古美山の頂上付近は茫洋としていて、どこがピークなのか、よく分からない。
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閑話休題。両古美山は古平町、積丹町、神恵内村の3町村の境界に位置している。
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そこから類推すると、名称の「古」は古平、「美」は美国(積丹)のことと思われるが、「両」にあたる神恵内村の地名が見当たらない。
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まさか、神恵内は無視されて、「古平と美国の両方だよ」という意味なのか。
でも、そんな地名の付け方は聞いたことがない。もう少し研究してみよう。

頂上だと思っていたところはまたしてもニセピークだった。
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ここには大きな岩が突き出しており、下からも見えた岩のピークだ。
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一同、憮然として前進。
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それでもケルンから8分ほどで、頂上に到着した。登山口からは1時間5分ほどだった。
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この奥にもさらに無沢1(833m)への登山道が続いている。
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北にはポンネアンチシ山(左、1145m)と余別岳(右、1298m)。
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しかし、これらは背伸びをして、やっと写せた風景で、頂上は基本的に背の高いハイマツに囲まれ眺望には恵まれていない。
休憩はケルンのあったニセピークに戻ってからすることにして、ここでは写真撮影だけに留めておいた。
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なので10分弱で退散。
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気になったのは、さっきの山名板に「809m」と「806m」の両方の標高表記があったこと。
「806m」の板の方が新しいし、地形図にも「806m」とあるから、「806m」が正しいのだろう。
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ずっと気づかなかったが、当丸沼が見えていた。
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望遠で見ると、よく分かる。
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なだらかな頂上を振り返る。
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行かなかった展望台。その背後は珊内岳(1091m)方面だろうか。
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ニセピークに戻ってきたので、ここで小休止。
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私は突き出している岩まで行ってみた。
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岩はケルンより低い位置にある。
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眼下はこんな感じ。落ちてもハイマツのクッションがある。
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これだけハイマツで覆い尽くされた平らな山は内地では見たことがない。
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目に焼き付けておこう。
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両古美山のすぐ北にある794mピーク。
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その左奥に積丹岳の稜線。
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再び泥ノ木山。
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南東の方角に、余市のシリパ岬とその奥に赤岩山(371m)が見える。
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その右には、塩谷丸山(629m)。
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ライオン岩が近づいてきた。
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奥にかすかに見えるのは雷電山(1211m)方面。
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そして神恵内方面。
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10分ほどの休憩で出発。
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あとは一気に下るだけだ。
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と思ったら、もう一か所、展望スポットが。
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Y君、大はしゃぎである。
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撮影大会まで始まってしまった。
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気が済んだら、今度こそ下る。
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と思ったら、ライオン岩まで登り返しがあった。
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頂上部には結構アップダウンがあったんだっけ。
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ライオン岩は礫岩のように見えるが、火山性なのだろうか。
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ようやく羊蹄山の雲が取れたようである。
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(つづく)
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当丸山・両古美山(2)

【2018年10月21日(日)】当丸山・両古美山
当丸山(800m)に登頂して、下山中。
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眼下にはダケカンバの林とササ原が広がっている。
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頂上直下はかなりの急坂だが、路面が乾いているので、それほど危なくない。
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こちら側もきれいにササが刈られていた、
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紅葉は早くも終わりかけ。
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しばらく平らな鞍部を進む。
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頂上から10数分下ったところで、道は右に大きく旋回し、再び急坂になる。
この先は路面も湿っていて、段差の大きいところも多く、ちょっとした難所が続いた。

でも、途中に素晴らしいビュースポットが待っていた。
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両古美山(806m)の向こうに積丹岳(1255m)。
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積丹半島の主峰・余別岳(1298m)。左手前はポンネアンチシ山(1145m)。
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ダケカンバとトドマツかな。
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積丹半島西部の山々。
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この感じをY君は「ちょっと怖い」と言っていた。なぜだろう。
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古い崩落箇所。
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ビュースポットは狭かったので、みんなで順番に写真を撮るのに、またかなり時間を要した。
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まもなく、当丸沼が木々の隙間から見えてきた。
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見事な枝ぶりのダケカンバだ。
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余別岳には冬しか登れない。ツアーで行くしかない。
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これは何の木だっけ。
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それにしても下りが結構長い。
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でも、だいぶ下りてきた。
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地形図に表示されていない分岐が現れた。
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右に行った方が沼畔に出るには近そうなので、右折する。

間もなく、また分岐。
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駐車場に行くにはここも右折した方が早いのだが、当丸沼をスルーするわけにはいかないので、ここは左折した。

沼の高さまで下ってくると、腐った木道から釘が露出していて、危ないことこの上なし。
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しばらく我慢すると、現役の木道に達した。
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左手はたった今登ってきた当丸山である。
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登りが37分だったのに、下りに42分もかかってしまった。
距離が長かった上に、写真停滞、難所停滞がたびたびだったからだ。
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ここには広い道が通じているので、関係者なら車で来られるのだろう。
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沼を1周すると850mほどのようだが、沼に接しているのは、このあたりだけだろう。
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駐車場にあったのと同じ案内板があった。
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当然ながら、ここでしばらく休憩。
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北には両古美山も見える。
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湖面にはハス?が浮いている。
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当丸山の肩。
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ここは首都圏にあれば、わんさか人が来るのだろうけど、あまりにひっそりしている。
いいところなのになあ。
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「当丸沼」の看板を遅ればせながら発見。
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ちゃんと正面まで行ってみた。
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ご覧の通り、紅葉は終わりかけ。
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記念撮影を済ませて、正午ごろに出発。
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この先は道幅が広いので並んで歩ける。
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後ろの真っ黒いのが東京から来てくれたM君だ。
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8分ほどで林道にぶつかった。
左に行くと小沼だが、今回は省略して、駐車場に向かう。
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明るい道で気分がいい。
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スノーシェッドの向こうに見える、あの階段は両古美山への登山道に通じているのだろう。
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12:15に駐車場に到着。
ほぼ予定通り、2時間弱のハイキングだった。
ひと汗かいて、ちょうどお腹も空いたので、さっそく煮込みジンギスカンの準備に取り掛かる。
今回は、復興支援の気持ちも込めて、厚真町の「あづまジンギスカン」。
初めて食べるので楽しみだ。
低いテーブルが二つ、ガスコンロも二つあるので、5人ずつ囲んだ。
作り方は簡単。鍋にジンギスカンを浸け汁ごと投入して沸騰させ、タマネギ、ニンジン、キャベツ、エノキ、もやしなどの野菜をぶち込む。
野菜が煮えたら、もう完成だ。
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野菜から出る水分で、味が薄くなったときのためにジンダレも用意していったが、使わなくて済んだ。
かなり美味しかった。皆さんもご満足の様子だった。
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煮込みジンギスカンは650gを3袋取り寄せたのだが、届いてみてびっくり、650gのうち400gはタレで、肉は250gしかない。
750gで10人では足りないので、スーパーで別のジンギスカンも買って補充しておいた。
それで分量的にはちょうどいいくらいだった。
女子からは柿とリンゴ、みかんの差し入れがあった。
もやしとエノキが若干余ったが、ほぼ完食。
私は炊事に必死で、肝心の会食シーンを撮るのを忘れてしまった。
さっきの鍋の写真も、促されてやっと思い出したくらいだった。

食後はあっという間に片付けて、跡形もない状態に。
1時間15分ほどで準備、食事、片付けすべて完了した。
この後の山行は行きたい人だけのオプションのつもりだったが、さすがに2時間ハイキングだけでは、皆さん物足りなかったのか、両古美山は全員参加ということになった。

出発は13時半になってしまったが、16時までには戻って来られるだろう。
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では出発。
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あそこまで行くとなるとかなり時間がかかりそうだが、地形図を見る限り、あのかなり手前(右)だと思われる。
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あのあたりが頂上かしら。
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両古美山登山はまず階段を下ることから始まる。
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スノーシェッドができてから、こういう方式になったのだろう。
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「北海道夏山ガイド」によれば、コースタイムは登り1時間10分である。
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標高差は220mほど。
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階段で下る分、当丸山よりも少し多い。
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しばらくスノーシェッドの横を歩く。
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念のためか、ピンクリボンも付いていた。
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脇に旧道のガードレールが残っていた。
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舗装された旧道に出たところで、登山口の標識があった。
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両古美山までは2200m。その先の無沢1までは5km近くある。
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もちろん今回は無沢1までは行かない。
それにしても変わった山名だ。せめて「無沢1峰」とかにすればいいのに。

それはともかく、こちら側は「神恵内2000年の森」ではないから、あまり整備されていないのではと、ちょっと心配していたが、大丈夫のようだ。
狭いところには柵を打って、ロープまで張ってあった。
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しばらくはダケカンバの林の中を進む。
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あの岩のあるところは、どうやら頂上ではなさそうだ。
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ここでは毎年、村民登山が行われているとのことだが、登山者は年間を通じて少ないらしい。
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でも、これだけチシマザサがあれば、初夏にはタケノコ採りの人が大勢入るだろう。
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振り返ると、象の背中のような当丸山が見える。
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すぐ暑くなってしまったので、途中でお着替え休憩。
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私はこの日はウインドシェルを一度も着ずに通した。
10月下旬の北海道にしては、かなり暖かかったのだ。

ササ越しにスノーシェッドが大蛇のように横たわっているのが見える。
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ここならではの景観だ。
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(つづく)
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当丸山・両古美山(1)

【2018年10月21日(日)】当丸山・両古美山
この日は、高校同窓会山岳部の例会としての山行である。
前日は、札幌パークホテルで大同窓会。私も出席したが、約700人が参加したらしい。
内地からもたくさん人が集まるので、このタイミングでの開催となった。
去年も同じタイミングで例会があったのだが、前回は残念ながら仕事の関係で参加できなかった。
今年は幸い休みになったので、私が企画させていただいた。

前夜飲んでいるし、初心者の参加も想定して、行き先を考える。
比較的近いところで、歩く距離もハイキング程度。しかも、私の行ったことのないところという条件で検討した結果、浮上したのが、積丹半島の当丸山(800m)だった。
山頂までの標高差が約200m。当丸沼もからめた周回コースが約2時間と実に手頃。
物足りない人はオプションとして、道道をはさんで反対側の両古美山(806m)を昼食後に登るということにした。

O君からお昼は何か作って食べようという提案があり、この件についても検討の結果、北海道胆振東部地震の復興支援も兼ねて、厚真町の「あづまジンギスカン」を取り寄せ、煮込みジンギスカン大会を実施することにした。
当初は当丸沼畔で食べるつもりだったが、みんなが食べられるようなベンチ等があるのかよく分からなかったし、鍋や食材を背負って歩くのも億劫だったので、登山を終えてから駐車場で食べることにした。
肉や野菜などの食材は私が用意し、ガスコンロやイス、鍋、クーラーボックスなどは参加者で持ち寄った。

結局、参加者は男6人、女4人の計10人となった。
うち同期が8人、1期下が1人、7期下が1人という構成である。
当日は午前8時に、円山公園前のロータリーに集合。
みな7:50までには集まり、残るはY君のみ。
東京から参加のM君が、さっきそれらしき人を見たというので、迷っているのかもしれないと、メールをしたら、「ケンタッキーで朝飯食ってます。もう行けます」との返事。
ケンタは集合場所のすぐそばだ。
みんな「朝っぱらから、ケンタかよ」と笑っていた。

というわけで、8時には全員集合。3台の車に分乗し、積丹を目指した。
途中、西野のセブンイレブンで飲み物などを調達。
札幌西ICから札樽道に乗る。今日もいい天気になった。
私が乗ったのはO君の車。
私の父方の実家は小樽の朝里にあったが、O君の親父さんも小樽出身だという。
札樽道を走りながら、あの家だよ、と指差して教えてくれた。
余市を過ぎたあたりで、ふと、帰りはおれが運転すれば、O君はお昼に飲めるなと思い付き、その旨進言したら、「いいのかい」ということで、古平のセイコーマートにまた寄ることになった。
「最終トイレ」という口実で寄ったのだが、O君は500缶を3本も買い込んでいた。

ここで函館から参加のI君に連絡してみると、彼は集合場所である当丸峠の駐車場にたどり着けず迷っているらしい。
スノーシェッドの途中から入るんだよ~と教えて、あとは健闘を祈るのみ。
セコマにはトイレが1つしかなく9人の利用でかなり時間を食ってしまい、当丸峠には予定より10分ほど遅れて、10:10頃に到着。
幸い、I君も到着していた。
彼と会うのは、2015年の5月に山梨の乾徳山に登って以来だ。
当時は足寄勤務だったが、今は函館。FBでの発言を見る限り、かなり忙しそうだ。

それにしても、ここにこんなに立派な駐車場があるとは思わなかった。
「北海道登山口情報350」で確認するのを忘れていたのだ。
ここにもトイレがあったので、セコマで行列する必要はなかった。
ちょっと風が強いが、避難小屋の前ならば、何とかガスコンロも使えそうだ。

景色も最高である。正面、スノーシェッドの向こうに両古美山がど~んと見える。
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頂上はどこなのか、よく分からないが、ここからは尾根の左端が一番高く見える。
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登ってみて分かったが、ここは「展望台」と呼ばれるところで、頂上はもっと右だった。

両古美山の頂上へ続く稜線。
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ハイマツの緑の中に点々と岩が露出していて、とても美しい。
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当丸峠のスノーシェッドはものすごく長大だ。
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その途中にこの駐車場への出入口がある。
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両古美山の左奥に見えるなだらかなピーク。これが登山道が通じている無沢Ⅰ(833m)なのだろうか。
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そのさらに西にも峰々は連なっているが、名前がある山なのかどうかすら分からない。
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駐車場の奥にはゲートがある。この先は小沼に続く林道だ。
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避難小屋の中を覗いてみた。建物の写真は撮るのを忘れてしまった。
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こちらはトイレ。木造の方はシャッターが下りて使用できなくなっていた。
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当丸山周辺は「神恵内2000年の森公園」として遊歩道が整備されている。
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準備とストレッチをして10:20に出発。
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ダケカンバの紅葉は終わりかけだが、とてもきれいだ。
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舗装道路を少し戻り
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「循環遊歩道入口」の標識のあるところから、登山道に入る。
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「当丸沼まで1100m」とも書いてあるが「当丸山登山口」とは書かれていないので、ちょっと不安だが、道はここしかないから大丈夫だろう。
今日は地図も持ってきておらず、圏外なのでスマホの地図ロイドも表示ができない。
「北海道夏山ガイド」で読んだ記憶をたどるしかないのだ。

当丸沼が目的の人が多いからなのだろうけど、沼への案内の方が親切だった。
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道は私しか分からないということで、めずらしく先頭になった。
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先頭だと写真が撮りにくいが、それほど撮るところもないので、さほど影響はなかった。
さすがに「2000年の森」を名乗るだけあって、遊歩道のササはきれいに刈られていた。

駐車場から15分ほど歩いたところで、分岐に出た。
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右が当丸沼。左が当丸山。やっと「当丸山」の名が出て、安心。
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頂上まで、たった750mだ。
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ササの背がかなり高く、それほど見晴らしのいい道ではない。
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でも、その切れ間から時々見える眺めが素晴らしい。
両古美山の稜線の向こうに早速、余別岳(左、1298m)と積丹岳(右、1255m)が姿を現した。
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今回のチームでは、このK子さんが最も体力に不安があったが、何とか大丈夫だった。
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背後に見えるのは泥ノ木山(904m)である。なかなかいい形で気に入った。
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間もなく、右手眼下に当丸沼が見えてきた。
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沼畔に東屋の跡らしきものが見える。
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あそこなら炊事可能だったかもしれないが、荷物を運ぶことを考えたら、やはり駐車場の方がいい。

南東の方角に見えるのは天狗岳(872m)かしら。
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ダケカンバはすっかり葉を落とし、白い幹を際立たせている。
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この赤い実は何だろう。
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ナナカマドとは違うようだが。
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そうこうしているうちに、頂上に着いてしまった。
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駐車場から40分もかからなかった。
登り始めた頃、すぐ後ろを歩いていたY君に「ほら、あれが山頂だから、すぐだよ」と言ったら、「いや、全然すぐには思えない」と言っていたのに、頂上に着いてみたら、「あれ、もう着いちゃったの」と驚いていた。
そういう距離感は長く歩いているとだんだん分かってくる。
山って実は目で感じるより近いのだ。

ここには三等三角点があった。
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南の方角に見えるのは滝ノ沢山(714m)だろうか。
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その向こうに富士山形の山が見える。
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羊蹄山(1898m)と思われたが、その左にニセコ連峰と思しき稜線が見えるのが不思議だ。
そういう角度もありえるのか。
でも、それは相当西もしくは南にいかないとあり得ない。
疑問符は付いたままだった。

北には泥ノ木山。
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その左に、ちょっと樹木が邪魔しているが余別岳と積丹岳。
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さらにその左には、積丹半島の山々が連なっていた。
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もちろん、みんなで記念撮影。みんなお揃いのTシャツだ。
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10数分ほど滞在して、11時過ぎに下山開始。
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周回コースなので、このまま直進する。
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右手眼下に当丸沼。
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眺望可能なところが限られているので、みんなが一度に景色を楽しむことができない。
ビューポイントではその都度、時間を要した。

登りは湿った急坂だったが、下りは南斜面なので乾いている。
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コース取りとしては正解だった。

正面のピークは登らなくて済みそうだ。
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(つづく)
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駒ヶ岳(5)

【2018年10月14日(日)】駒ヶ岳
駒ヶ岳(1131m)から下山中。
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正面には大沼と函館湾が望める。
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馬ノ背から20分ほどで八合目の分岐を通過。
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小沼も意外に大きい。
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南西の方角。蓴菜(じゅんさい)沼の向こうは木地挽(きじひき)山(688m)。
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カラマツの黄色の中に赤いナナカマド。
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馬ノ背を振り返る。
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とげとげが1本になった剣ヶ峰。
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えぐれ道。基本的にピストンなので、同じ風景だ。
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振り返っても同じ山。
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登山口近くにあった休憩施設を見学。意外にきれいだった。
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というわけで、馬ノ背から45分で下山完了。
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トイレを済ませ、車外に出しておいた野菜を回収して、出発。

大した汗もかいていないので、お風呂は省略。昼食のお店を探す。
来る時に通った「ひこま豚食堂」に行ってみたら、駐車場が満杯なので断念。
ご当地ハンバーガーとカレーライスで人気のチェーン店「ラッキーピエロ」もお客さんが並んでいたので、自販機でオリジナルのガラナだけ買って退散。
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となりにあった「大好きミルクコーヒー」の自販機。
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もう店を探すのは面倒なので、八雲のパーキングエリアでお昼にすることに決めて、森ICから道央道に乗ってしまった。
ガラナの炭酸でしばらくはもつだろう。

ラッキーピエロから50分ほどで、八雲PAに到着。
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ここもハローウィン仕様になっていた。
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レストランで頼んだのは豚丼。
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十勝の豚丼と違って、こってりタレを浸けたやつではなく、あっさりめだったので助かった。

おいしくいただいてから、八雲開拓の祖・元尾張藩主の徳川慶勝公の顔ハメ。
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ついでに、お姫様の方もはめた。
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時刻は14時。
これなら意外に早く帰れるかもと思っていたら、とんでもなかった。
豊浦ICで下りて、国道230号経由で札幌に向かう。
これが間違いのもとだった。
洞爺湖の眺めなどを楽しみつつ、快適なドライブ。

めずらしく眠くならず、留寿都の「わかさいも本舗」でお土産などお買い物。
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わかさいもは近年、いろんな新商品を開発している。
スイーツ男子としては、うれしい限り。
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じゃがッキーも好きだが、もう顔ハメは飽きた。
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「どら焼き」と「トラ焼き」の違いは栗が入っているかどうかだった。
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最近、小日向さんがCMで宣伝している「あんぽてと」はしっとりしてて美味しかったので、お買い上げ。
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16時半、暗くなる前に中山峠を通過。
期待していた黄葉はもうすっかり終わっていた。
それはいいのだが、峠を越えてすぐに車が詰まってしまった。
おいおい、まさかここから渋滞?
先週、O君と登山後に定山渓温泉に寄ったときに渋滞していたのは覚えているが、まさか中山峠から続いているとは思いもしなかった。
スマホでルート検索してみると、確かにここから定山渓温泉まで18km、真っ赤っかである。
場合によっては、喜茂別まで引き返して、支笏湖経由で帰ることも考えたが、スマホ情報では1時間半で渋滞を通過できることになっている。
支笏湖経由だと120kmもあるから、当然2時間以上かかる。
渋滞で我慢するしかないと判断した。

しかし、それにしても進まない。
中山峠から7km地点の定山渓トンネルまで1時間以上もかかっている。
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いったい何時間かかるのか。
まさか北海道にこんな渋滞が存在していたとは。
あとで、紅葉の時期の定山渓渋滞はひどいということを多くの人に聞いた。
まったく甘く見ていた。

途中、お腹が空いたので、八雲PAで買った「開拓餅」をいただいた。
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八雲町の「くら屋菓子舗」の商品で、八雲産の醤油とくるみのゆべし餅。
これはヒット作だった。

結局、定山渓を通過できたのは19時。
18kmに2時間半もかかってしまった。
とにかく、どこかで夕食を食べなくては。
先週行ったばかりだが、また探すのも面倒なので、藤野の龍我独尊に入った。
前回は豚骨でちょっと重かったので、今回は白湯にした。
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こちらなら美味しくいただけた。
というわけで帰宅は20時過ぎ。
登山より断然運転の方が疲れてしまった。
しかし、あのまま高速に乗っていれば、17時には着けていたはず。
ちょっと高速料金をケチったばかりに・・・
でも、いい勉強になりました。
渋滞さえ避ければ、岩木山&駒ヶ岳、船の旅自体はおすすめです!

【行程】2018年10月14日
六合目(10:00)~八合目(10:20)~九合目(10:37)~馬の背(10:59撮影・休憩11:05)~隅田盛(11:22)~馬の背(11:35)~六合目(12:20)
※所要時間:2時間20分(歩行時間:2時間15分)
※登った山:2座(うち新規1座:隅田盛)
※歩行距離:5.5km
※累積標高差:約575m
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駒ヶ岳(4)

【2018年10月14日(日)】駒ヶ岳
駒ヶ岳(1131m)の馬ノ背直下まで登ってきた。
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振り返ると、大沼・小沼がよく見える。
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早くもサクサクと下っていく方々。
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頂上の剣ヶ峰は幻想的な雰囲気だ。
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あれ~、ガスに隠れてしまった。
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でも、またすぐ現れた。
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左手のピークに立っていたのは人ではなく、観測装置だった。
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足元は溶岩がごろごろしている。
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馬ノ背まで、あと100m。
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ススキが風に揺れている。
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ほぼ11時に馬ノ背に到着。
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登山口からちょうど1時間だった。
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交通標識の再利用。かろうじて「亀裂危険」と読める。
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正面に現れたのは剣ヶ峰に並ぶ、もう一つのピーク砂原岳(1112m)。
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馬ノ背に3方向のピークへの方向を示す道標があったが、「一般の方は危険につきご遠慮願います」の文字も。
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ここは渡島森林管理署の管轄のようだ。
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右手に見えるお饅頭は隅田盛(892m)というらしい。
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車の台数のわりに馬ノ背にいる人数が少ないなと思ったが
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いくつかのパーティーが砂原岳へ行っているからであると想像された。
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登山口の看板をよく読んでいなかったので、この時点では、随分多人数で堂々と行くなあと怪訝に思っていたのだが、みな法令違反ではないことを分かっていたのだろう。

馬ノ背周辺にある石垣のようなものは何なのだろう。
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噴火の際のシェルターとしては、ほとんど役に立たないと思われるが。

東の方角に鹿部町の本別漁港が見えた。
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左手前の白い建物はロイヤルホテルみなみ北海道鹿部。

巨大な亀裂に、豪快な火山灰の地層が露出していた。
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広大な火口原には、火山弾が散乱している。
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大噴火の生き残りとも言える剣ヶ峰。
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休まずにあれこれと撮影を続けている。
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砂原岳へはどのくらいの時間がかかるのか全く調べてきていないので、いつか別の機会に行ってみることにしよう。
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人の姿を消して広角で撮ってみた。
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砂原岳も。
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馬ノ背付近の景観。
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24年前の夏に娘を背負って登ったことがあるのだが、その時も剣ヶ峰は登山禁止だった。
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もう少し先まで行けた気もしたが、今となってはもう分からない。
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砂原岳ではなく、すぐそこに見える隅田盛には行ってみることにした。
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10分くらいで行けそうに見えたからだ(実際は15分以上かかった)。

途中、溝にこのような石垣が築いてあったが、これも用途がよく分からない。
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土砂の流出防止というわけでもあるまい。

さっき見えていた亀裂の断面に陽が当たって、鮮やかに見えてきた。
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馬ノ背を振り返る。
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隅田盛に行くには、小規模な溝を1本渡る。
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右手に大沼・小沼がよく見える。
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地面はコケでもふもふ。
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ちょっと日本離れした光景だ。
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この亀裂は火口から1km以上も続いている。
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深さもかなりありそうだ。
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それにしても荒涼たる風景である。
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目指す隅田盛。
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「盛」とは、東北で言うところの「森」で、「山」の意味だろう。
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頂上へ、ちゃんと踏み跡がついている。
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地面を這う植物も一人前に紅葉していた。
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剣ヶ峰からかなり離れた。
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亀裂の底が見える位置にきた。
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大迫力である。
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砂原岳の東半分はガスの中。
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馬ノ背から17分で隅田盛に到着。
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ちゃんとした山名板があって、びっくり。
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三等三角点もあった。
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馬ノ背には、もうほとんど人がいない。
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隅田盛からの剣ヶ峰。
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駒ヶ岳駅方面の田園地帯。
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隅田盛からの大沼。
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小さな島がたくさん浮いている。
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奥に函館山(334m)。
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東大沼方面。
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赤井川方面。
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山腹には細い雨裂が幾筋もあった。
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これが今後どんどんえぐれていくのだろう。
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東斜面はまさに不毛の大地だ。
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そして大亀裂は地獄の雰囲気。
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「近づくな」と言うのも、よく分かる。
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眺望も満喫したことだし、そろそろ馬ノ背に戻りましょう。
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ここからだと、踏み跡がはっきりと分かる。
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よくよく見ると、亀裂の底に下りていくルートはありそうだ。
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行かないけど。
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雲と剣ヶ峰。
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剣ヶ峰と大亀裂。
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これらはみなカラマツである。
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植林したかのように見えるが、まさかそんなことはあるまい。
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地形図には馬ノ背から砂原岳へ行くルートは書かれていない。
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鹿部方面に延々と続く砂防ダムが見える。
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樹木がまばらなので土砂が流出しやすいのだろう。
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馬ノ背に戻ってきて気づいたが、隅田盛方面には「この先危険」のロープが張ってあった。
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一応、火口と亀裂には近づきませんでしたよ。
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馬ノ背のベンチの下にデポしておいたザックを背負って下山開始。
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一応、自画像も残しておこう。
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大沼を眺めながらの下りだ。
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大沼は堰止湖なので細長い。
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(つづく)
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駒ヶ岳(3)

【2018年10月14日(日)】駒ヶ岳
大間港から津軽海峡フェリーに乗って函館港に入ってきた。
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右手に函館山(334m)が近い。
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背後には石灰運搬船。
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防波堤を回り込む。
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ゆっくりと函館港に入港。
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1時間半の航海で北海道に戻ってきた。
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下船の準備を、との館内放送があったので、甲板から船室に戻る。
船室の壁にあった説明板を見て、大間~函館の航路が、日本初の外洋フェリーだったことを知った。
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就航は1964年だそうだ。

しばし車に乗って待機。
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シルバーフェリーと違って、ほとんど待たずに下船することができた。
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函館市内の観光などはせず、まっすぐ本日の目的地、駒ヶ岳(1131m)に向かう。
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でも、行動食など調達のため、道の駅「なないろ・ななえ」に立ち寄った。
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開店直前の8:58頃に着いたら、お客さんが何人か並んでいた。
さすが人気の道の駅だ。

店内にはハローウィン用のかぼちゃがいっぱい。
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色とりどりのパプリカも売られている。
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新米ゆめぴりかは2kgで1100円。
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七飯町内の国道5号沿いにはアカマツが1200本も植えられ、「赤松街道」と呼ばれている。
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ここは男爵イモ発祥の地でもあり、その他いろんな説明パネルがあった。
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地ビールの「大沼ビール」や、はこだてわいんの林檎ジュースなど、地元の産品であふれている。
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ここは、さぞかしお買い物が楽しいことだろう。
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名物のガラナソフトにもそそられたが、コロッケを買って車内で食べた。

大沼を右に見て国道5号を北上。
右折して登山口への道に入ると、駒ヶ岳のビューポイントがあったので、車を停めてパチリ。
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実に優美な稜線だ。
もともとは富士山のような山容で、標高も1700mほどあったそうだが、1640年(寛永17年)の大噴火によって山頂部が磐梯山のように崩壊、現在のような姿となったという。

しばらく凸凹の舗装道路を走った後、最後のダートを過ぎると
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六合目の登山口駐車場に至る。9時半すぎに到着。
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登山口からの駒ヶ岳は、頂上の剣ヶ峰が槍ヶ岳のように尖って見える。
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道の駅で買い込んだ野菜は車内に置いておくと傷むので、タイヤの陰に隠しておいた。

駐車場にはすでに20台くらいの車が停まっていた。
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1台平均1.5人として、山には30人ほどが入っているということになる。

車の陰でやってしまったが、なんとトイレがあった。
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あれこれ準備をして10時ちょうどに出発。
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登山口にはいろんな看板が立っていた。
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現在登れるのは、ここ赤井川登山道のみで、標高約900mの馬の背まで。
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「法令に基づく規制ではないので、規制区域内に足を踏み入れても罰則などの適用はない」と明記されている。
これはある意味かなり親切である。
剣ヶ峰にも自己責任で行くことは可能なのだ。
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ただ、このときはそこまできちんと読み込んでいなかった。

ここは駒ヶ岳自然休養林だそうだが、ここから上はほぼ不毛の大地だ。
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歩き出してすぐ、右手に休憩施設が現れた。帰りにちゃんと見学しよう。
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ここは大沼国定公園内とのこと。
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頂上付近を見上げると、早くも雲が出てきてしまった。
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1640年の大噴火では、崩落した大量の土砂が噴火湾に流れ込んで、大津波を引き起こし、沿岸で約700人が溺死したという。
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足元は軽石である。
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軽石のケルンもある。
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登山道が雨水でかなりえぐれている。
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火山灰は浸食されやすいのだ。
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断面を見ると、火山灰や軽石の互層になっている。
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振り返ると、大沼・小沼が見えてきた。
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このあたりに生えているのはカラマツである。
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いくら自己責任でも、あの頂上までは行けそうにない。
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登山道は完全に直登なので、かなりきつい。
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10分も歩くと、あと1500mの標識。
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沿道には、シラタマノキが咲いていた。
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樽前山にも咲いていたが、火山で秋まで咲いている花なのだろう。
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他には、ちょっとくたびれ気味のヤマハハコ。
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剣ヶ峰の手前の、あの丸いピークには行けるのだろうか。
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上部の斜面はまばらな灌木帯になっている。
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めずらしく真っ赤に紅葉している木もあった。
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登山口から20分で八合目を通過。
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カラマツは紅葉一歩手前だ。
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八合目のすぐ先に銚子口登山道に通じる分岐があったが、「登山道ではない」とのことで現在は通行止め。
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となりの道標にはテープが巻き付けられていた。
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後からやってきた足の速いご夫婦に八合目付近で道を譲った。
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道はところどころえぐれている。
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大沼がだんだん大きく見えてきた。
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大沼や小沼は1640年の大噴火で折戸川がせき止められてできた湖沼群だ。
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大沼の背後に控えているのは横津岳(1167m)。
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途中、休憩用のベンチがあったが、とくに休まずに通過。
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剣ヶ峰がギザギザに見えてきた。
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大沼をはさんで南から眺める駒ヶ岳は新日本三景に選定されているそうだ。
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「新」というから随分新しいものかと思ったら、なんと1915年(大正4年)のことだった。
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だんだん傾斜がきつくなってきた。
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あ、函館山、発見!
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横津山方面にはゴンドラがあるはずだが、ちょっとよく見えない。
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小沼の右奥に見えているのは当別丸山(482m)。
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東大沼方面。
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裾野に大きな牧草地が開拓されている。
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登山口から40分弱で九合目。
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だいぶ剣ヶ峰が見える角度が変わってきた。
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穂高連峰の針峰のようだ。
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あの黒さが鋭さを倍増させている。
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大沼と小沼の全景。相変わらず雲が低い。
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さあ、あと200m。
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終盤戦で他の登山者たちにだいぶ追いついてきた。
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右手に見えるピークに観測装置らしきものが見える。
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あのピークは後で、隅田盛(892m)と呼ばれる山であることを知った。

(つづく)
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駒ヶ岳(2)

【2018年10月14日(日)】駒ヶ岳
大間港から津軽海峡フェリーで函館港に向かっている。
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大間崎灯台はだいぶ右後方に後退した。
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灯台がのっているのは弁天島。
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弁天島と大間崎の距離感。
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前方には函館山(334m)。
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なんとなく函館の街並みも見えてきた。
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左前方には瓜谷山(549m)。
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津軽海峡を大型タンカーが行き交う。
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波は穏やかである。
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亀田半島。
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下北半島。
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津軽半島。
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白神岬方面。雲が美しい。
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かなり古びた貨物船だ。
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恵山(618m)には雲がかかっている。
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あの白い船はフェリーだろう。
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わがフェリーの甲板。
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まっすぐに続く航跡。
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下北半島(左)と津軽半島(右)。
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海を眺めているのは本当に飽きない。
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こんな風に津軽海峡を渡るのは、中学校の修学旅行以来かもしれない。
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函館の街がかなり近くなってきた。
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実は函館方面が見える位置は甲板の1か所しかない。
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そこをおやじ2人が占領しているものだから、なかなかちゃんと写真が撮れない。
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写真を構えて、後ろに控えているのだが、場所を譲る気がさらさらないようだ。
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この2人は知り合い同士ではなく、片方が声をかけたという感じで、旅談義を続けている。
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話しかけた方は浜松から来ているらしく、北海道にはよく来ているようだ。
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函館の街の向こうに尖った山が見えてきた。
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これを見て、おじさんは「北海道には蝦夷富士って呼ばれる羊蹄山って山があるんだけど、それにしては近すぎるなあ」とつぶやいていた。
「駒ヶ岳ですよ」と口をはさみたくなったが、グッとこらえた。

函館山がシルエットだけでなく、その地肌もわかるようになってきた。
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函館のビル群もひとつひとつが見える。
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函館山の右端は立待岬。
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函館山の沖にも随分、漁船が出ている。この時間に獲っているのは何だろう。
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五稜郭タワーの背後、アンテナのある山は横津岳(1167m)。
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函館江差自動車道の陸橋。茂辺地あたりかな。
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こちらは太平洋セメント上磯工場。
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函館の街と駒ヶ岳(1131m)。
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函館山は牛臥山とも呼ばれるが、こうして見ると亀のようだ。
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ちょっと拡大してみよう。
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立待岬と駒ヶ岳
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函館山には今年の5月に登ったなあ。
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正面は大鼻岬。
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海岸沿いには道がない。
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函館山の西岸が見えてきた。
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頂上にはテレビ塔群。
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こんなふうにじっくり函館山を見られるのは大間航路だからこそだろう。
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なんとなく直線状に見えるのは函館江差道の高架だろう。
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いよいよ函館湾に入り込んできた。
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駒ヶ岳も函館山の左に顔を出した。
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戦争の頃は、まさに函館山は自然の要害であっただろう。
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駒ヶ岳が全容を現した。
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立待岬の向こうは三森山(842m)かな。
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函館山の荒々しい断崖が目の前に迫る。
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人を寄せ付けない絶壁だ。
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ただ、昔は小さな集落があったはずである。
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人が歩く道もあったはずなのだが、船から確認することはできなかった。
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立待岬がたちまち隠れてしまった。
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函館湾からの駒ヶ岳。
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山頂部が平らな横津岳。
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どこを写したのだか、忘れてしまった。
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船見町のどん詰まり。
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函館どつく。
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松前半島。
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当別丸山(482m)。
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このギザギザの一つが瓜谷山なのかもしれない。でも、もっと奥なのかもしれない。
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青森行きの津軽海峡フェリー。
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これはなんの船だろう。ちょっとものものしい感じ。
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太平洋セメント上磯工場が近づいてきた。
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これは太平洋セメントの船だ。
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葛登支灯台。
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下北半島ははるかに遠ざかった。
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函館山の山頂。
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高龍寺あたりの寺院群。
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逆光の函館山。
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ちょっと絵葉書みたい。
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この船は石灰運搬船の拓洋丸であった。
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函館山と下北半島。
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まもなく函館港に入港である。
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函館山のシルエットも随分、変わってきた。
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左は五稜郭タワー。
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何度も見るが、太平洋セメント。
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優雅な稜線を描く駒ヶ岳。
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海峡の旅は船が多くて飽きない。
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青函フェリーの「あさかぜ21」号。
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ちょうど出港したところのようだ。
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当別丸山にもいつか登ろう。
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(つづく)
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駒ヶ岳(1)

【2018年10月14日(日)】駒ヶ岳
昨日から大間町海峡保養センターに宿泊中。
今日は大間港朝7時発の函館港行きフェリーに乗らなくてはならない。
宿のフロントの人に聞くと、1時間前くらいには行った方がいいとのことなので、5時半に宿を出ることにしていた。港までは5分で行けるのだが、大間崎には寄りたいのだ。
というわけで、4:45に起床。
軽く朝風呂に入って、5:30にチェックアウト。
でも、クレジットカードの起動に9分かかると言われたので、玄関にあった顔ハメで時間をつぶした。
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ここは言わずと知れたマグロの町である。
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会計が済んだので、さっそく大間崎を目指す。
5:45に到着。
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まだ日の出前だ。
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岬の真ん前にある民宿海峡荘。ここも検討したが、やはり温泉のある宿にしたのだった。
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ちょうど漁船が出漁していくところだった。
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大間崎の灯台の前を漁船が通過する。
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大間崎灯台は本土ではなく、クキド瀬戸をはさんだ弁天島に立っている。
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対岸には函館山(334m)が意外に近く見える。
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ここから函館山まで約30kmだ。
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大間崎に来るのは8年ぶりだが、見覚えのない碑がたくさんあった。
ただ記憶にないだけかもしれないが、これは日本海軍特務艦豊国丸戦死者忠魂碑。
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揮毫は内閣総理大臣福田赳夫なので、かなり前からあったものなのだろう。

こちらは天童よしみの歌謡碑。
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「みちのく慕情」。知らない曲だが、これも2009年に復刻されていた。

石川啄木歌碑。
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「大海にむかひて一人 七八日 泣きなむとすと家を出でにき」
「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」
「大といふ字を百あまり 砂に書き 死ぬことをやめて帰り来れり」

啄木と言えば、岩手の渋民出身で、北海道を漂泊した歌人。
啄木が大間に来たという話は聞いたことがないが、大間まで来たのなら、北海道に思いをはせようという意味で立てたのだろうか。
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と思って、裏側に回ってみると、意外なことが書いてあった。
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「東海の・・」の歌の原風景はここ(大間)だという風評が、啄木の函館滞在時からあったという。
啄木自身の記録(日記など)には下北を訪ねたことが書かれているのかどうか私は知らないが、大間のとなり町大畑にいた医師の中山梟庵(「明星」歌人)の歌集に啄木と会った証拠となる歌があるという。
「啄木はよも忘れまじ青森県大畑にある正法寺内」
そういう関わりがどうやらあったということのようである。

本州最北端の観光みやげの店、浜乃屋。
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お隣の川畑商店も「本州最北端の店」を名乗っている。
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これは随分前からある「ここが本州最北端の地」碑。
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これも昔から変わらない「大間崎」の看板。
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建て替えられてはいるのだろうけど。
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弁天島に立つ赤い社は弁天様かしら。地形図にもちゃんと神社記号が載っている。
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大きなクロマグロのモニュメントもあった。
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これも1998年には建立されていたもののようだが、記憶にない。
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大間のクロマグロ漁は明治・大正以来の一本釣りが特徴である。
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吉村昭の短編小説「魚影の群れ」が1983年に同名で映画化され、一躍有名になったそうだ。
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私が初めて来たのは82年夏なので、その直前のことである。
ちなみに監督は相米慎二、主演は緒方拳と夏目雅子だった。
相米監督は、この映画の前に「翔んだカップル」と「セーラー服と機関銃」を撮っており、両方見ていたが、「魚影の群れ」は全く知らなかった。

5:49、ご来光。
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瓜谷山(549m)の右に駒ヶ岳(1131m)が見える。
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ということになっているようだが、方角的にかなりおかしい。
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位置的に、駒ヶ岳は函館山の右にあるはずだ。
この案内図は完全に間違っている。誰も指摘しないのだろうか。

北東に見える北海道の先端は恵山(618m)。
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改めて、まさに最北端の地を踏んで、大間港へ向かう。
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ちょっと道に迷ってしまったが、6:15に到着。
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車をフェリー乗り場に置いて、ターミナルへ手続きに向かう。
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津軽海峡フェリーの前身である道南自動車フェリーは、1972年に東日本フェリーグループの会社として設立された。社名変更は2009年。
当初は貨物フェリーとして運航していたが、2008年に東日本フェリーから旅客航路の青森~函館、大間~函館の2航路を受け継いだ。
大間港のフェリーターミナルは2013年4月の竣工。

私が乗船する「大函丸」も同月の就航で、全長91m、総トン数1912トン、最大積載台数はトラック21台(または乗用車60台)だそうだ。
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乗船開始は6:40からとのことなので、館内を少々探索。
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売店には、様々なマグログッズやマグロ関連食品が販売されていた。
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ユニークだったのは、この「オーマの休日」のポスター。
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これは2003年に大間町の町おこしゲリラを名乗る「あおぞら組」が作ったもので、今やこのデザインで、バンダナやタンブラーなども売られている。
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出演は「あおぞら組」のメンバーだそうだ。

今日もいい天気になりました。
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では、車に戻りましょう。
間もなく、乗船が始まった。苫小牧発のシルバーフェリーとは違ってスムースだった。

座席に座りたかったが、そちらは指定席のようなので、床室へ。
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さすがに余裕があった。

早速甲板に出てみると、防波堤の向こうに函館山が見えた。
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北海道・亀田半島と大間崎灯台。
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大間の町の向こうに恵山。
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南西の方角は下北半島の津鼻崎。
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はるかに津軽半島。
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ひと通り確認したところで、船室に戻って朝食。
乗船を待っている間に車内でパンを1個食べたので、ここではおにぎりと芋餅。
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船は定刻通り7時に出港。
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係りの人がずっと手を振っていてくれた。
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大間の町よ、さようなら。
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津軽海峡を大きな貨物船が行く。
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大間崎でも見た瓜谷山。
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やはり船に乗るのは明るい時がいい。
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航行中の1時間半、ずっと甲板で景色を眺めていた。
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右は竜飛崎。
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左は白神岬。
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大間の町はやはりマグロでかなり栄えている印象だった。
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ここの人は、毎日北海道を眺めているんだなあと思うと何だか感慨深い。
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弁天島にも上陸してみたいなあ。
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大間の背後の山々は三界平山(346m)など。
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津鼻崎の左にある町並みは材木集落か。
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海は穏やかである。
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そして青い。
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灯台と恵山が重なった。
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恵山の左の高まりは海向山(569m)。
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小さな漁船も多数行き交っていた。
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(つづく)
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岩木山(6)

【2018年10月13日(土)】岩木山
岩木山(1625m)登山を終えて、本州最北端の大間に向かっている。
途中、眠くなったので、青森県東部、東北町にある「日本中心の碑歴史公園」なる観光スポットに車を停めた。
そこには、「日本中心の碑保存館」なる建物があり、その周りの園地にいくつもの石碑が立っていた。
順に見ていこう。
「日本中央」とてみちのくに碑を残す壺の石ぶみ何かを知らず(近藤芳美)
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みちのくの奥ゆかしくぞ思ほゆる壺の石ぶみそとのはま風(西行「夫木和歌抄」)
思ひこそ千島の奥を隔てねどえぞかよはさぬつぼの石文(顕昭「夫木和歌抄」)
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みちのくのいはで忍ぶはえぞ知らぬ書き尽してよつぼの石文(源頼朝「新古今和歌集」)
みちのくのつぼのいしぶみかき絶えて遙けき中となりにけるかな(阿仏尼)
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日本中央とあり大手鞠小手鞠(金子兜太)
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よしやいま石文なくも坪のさとますらたけおのしのばるるかな(大町桂月)
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桂月は1925年(大正14年)、当地を訪ねており、紀行文「堅雪の八幡岳」には、「今や跡方もなけれども、昔有名なり坪の石文ありたる処」と記している。
これらに出てくる「つぼのいしぶみ」とは古来、多くの歌に歌われた歌枕である
坂上田村麻呂が大きな石の表面に、矢の矢尻(弓はず)で文字を書いたとされている。

当地にある「日本中央の碑」こそ「つぼのいしぶみ」であるとするのが、東北町の主張なのである。
「つぼのいしぶみ」について初めて解説したのは、歌学者の顕昭(1130年頃~1210年頃)である。
その著書「袖中抄」に「みちのくの奥につものいしぶみ有り。日本のはてと云へり。但、田村将軍征夷の時、弓のはずにて、石の面に日本の中央のよしを書き付けたれば、石文と云ふと云へり。信家の侍従の申しは、石面ながさ四五丈計なるに文をゑり付けたり。其所をつぼと云也」と書かれているという。
この時代の「みちのくの奥」と言えば、現在の岩手県北部か青森県であろう、そこから「日本中央」と書かれた石が見つかったら、それは、これこそ「つぼのいしぶみ」と言いたくもなる。

実は、長く「つぼのいしぶみ」は行方不明(ただし、江戸時代にはあった由)で、和歌も「どこにあるのか分からない」というロマンを詠んだものが多い。
しかし、江戸時代の初め頃、今の宮城県多賀城市で、いわゆる多賀城碑が発見されるや、これが「つぼのいしぶみ」であると喧伝されるようになった。
松尾芭蕉も「おくのほそ道」の中で、この碑を「壺のいしぶみ」として紹介している。
しかし、碑文は京や蝦夷国界から多賀城までの距離を羅列したもので、「袖中抄」の内容とは全く異なる。
なのに、この碑が「つぼのいしぶみ」と結びつけられたのは、仙台藩の政治的な意図があったとも言われている。

一方の「日本中央の碑」である。
この碑については、1949年(昭和24年)6月、東北町の川村種吉が、千曳集落と石文(いしぶみ)集落の間の谷底に落ちていた巨石を大人数でひっくり返してみたところ、「日本中央」と彫られた文面が現れたという。
まさに「つぼのいしぶみ」発見の瞬間であった。
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しかし、坂上田村麻呂はこの地までは来ていない。
ただ、東北地方にはあらゆることを英雄の坂上田村麻呂に結び付ける傾向があり、その点はあまり問題にならない。
実際に都母(つも)に行ったとされる将軍に文屋綿麻呂がいる。
だとすれば、「日本中央の碑」の成立は811年(弘仁2年)頃ということになる。

だが、この碑には偽作説がある。
青森県の地方史家・葛西覧造は、彫られている文字が新しく、偽作の事実を知っている者がいる、などの根拠から近代の偽作であるとしている。
また、青森大学の学長を務めた盛田稔は、この石は無蓋貨車から下の沢に落とした物であることを、地元の地方史家から他言無用の約束で聞いたことがあるとして偽作とみている。

正確な鑑定はなされていないのが現状らしいが、偽作の可能性は十分あると思う。
まず、とても古代の人が彫ったと思えるような「筆跡」ではない。
矢の矢じりで書いたから、ああいう稚拙な文字になったとも言えるのかもしれないが、それはあくまで伝説であって、本当に石に文字を刻むなら、もっと本気でやっただろう。
文字が妙に左右対称なのも素人くさい。
「袖中抄」の記述をそのまま近代人が再現したとしか思えない。
真正面から取り組む研究者がいてくれるといいが、町としては否定されては困るから、そう簡単に鑑定を依頼したり、研究を許したりもできないだろう。
研究者の方も、否定する結果になって、町に恨まれても面倒だから、うかつに手を出せまい。
永遠に謎のままかもしれない。

ところで、「日本中央」の意味である。
偽作であろうがなかろうが、「袖中抄」まで疑う必要はない。
東北の奥地のどこかに「日本中央」と書かれた石碑がかつてあったことは間違いないのだろう。
この場合の「日本」とは、現在の「日本国」の「日本」ではなく、大和の中央政府の支配が及ばない地域のことをいう。当時は「日本(ひのもと)」と読んだ。
ちなみに、鎌倉時代から戦国時代末まで、陸奥国・出羽国の北部に勢力を張った津軽安東氏は「日ノ本将軍」と呼ばれていた。
つまり、当時「日本」と言えば「東北地方北部」のことを指した。
その中の「中央」だということなのだろう。
しかし、なぜ「中央」の碑を立てたかったのかは不明だ。
当時、地理的に「中央」であることを尊ぶ文化があったのだろうか。
考えれば考えるほど謎が深まるし、やけにおもしろい。
地元の「石文」という地名は随分古いものらしい。
だとすれば、この地に本物の「つぼのいしぶみ」が埋まっていてもおかしくはない。

この石碑は町の有形文化財に指定されているが、本物であれば国宝級である。
それが、青森県指定にもなっていないところをみると、やはり評価が定まっていないからなのだろう。
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保存館に掲示されているこの年表によると、菅江真澄や古川古松軒が1788年(天明8年)に石文村で「つぼのいしぶみ」を訪ねたそうだ。
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古川の「東遊雑記」には、絵まで描かれている。
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1792年(寛政4年)に長久保赤水が「東奥紀行」に描いた図はこちら。
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いずれも上が尖っているように描かれている。
この程度のデフォルメは江戸時代の絵にはありがちなので、これが否定する理由にはならない。それにしても違い過ぎる気もするが。

こちらは関係ないが、1849年(嘉永2年)の日本地図。
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近くにある白旗館遺跡で出土した平安時代の土師器や須恵器など。
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そして「日本中央の碑」を紹介した雑誌の数々。
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地元では毎年、「日の本中央まつり」が開かれているらしい。
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私にはどうしてもいたずら書きレベルにしか見えない。
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あれこれ見学している間に、眠気も覚めたので、仮眠を取らずに出発。
しかし、横浜町に入ったあたりからまた眠くなってきた。
さすがに、道の駅よこはまに立ち寄って仮眠をとることにした。
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下北半島に「横浜」があるなんて、びっくりする人もいるかもしれない。
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でも、私は3回目の訪問だ。

とにかく、シートを倒して、しばし休息。
15分くらい眠れただろうか。
元気が出たので、折角だから外に出てみた。
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結構な賑わいで、ほやのみそ焼きなどは行列ができていた。
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ホタテの串焼きもあったので買いたかったが、晩飯のために我慢した。

途中、左手に見えた釜臥山(878m)。
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大畑を過ぎて、津軽海峡沿岸に出ると、対岸に北海道のシルエットがくっきり見えた。
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今宵の宿、「大間町海峡保養センター」には17時過ぎに到着。
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チェックインして、早速お風呂へ。温泉なので、この宿を選んだのだ。
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ナトリウム-カルシウム・塩化物泉で源泉の温度は48.5℃。
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phは7なので完全な中性だ。
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とても、広い浴場で、人もそれほど多くなく、のんびりと浸かることができた。
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いったんお部屋に戻って
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18時半には食堂へ。私のほかに泊り客は7~8組くらいいたかもしれない。
メインディッシュはもちろん大間のマグロ。
これで1人前。3500円。
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左上から時計まわりに、赤身、中とろ、大とろ、大とののあぶりだ。
私はもともと脂がのっていなくてもいい方なので、中とろで十分だった。
でも、大とろはとろけるような食感だった。

通常の夕食はこちら。
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寄せ鍋にお造り、天ぷら、たらの西京焼き、茶碗蒸しなど。ほやもあった。

もちろんビールもいただき
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地酒「関乃井」もちょこっと。
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海のマグロのほかに、「陸(おか)マグロ」と呼ばれる大間牛も売り出し中のようだったが、さすがに経済的に物理的にも無理だった。
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満腹満足でお部屋へ。「ブラタモリ」だけ見て、何もできずに寝てしまった。
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おやすみなさい。

【行程】2018年10月13日
八合目(9:27)~鳥ノ海噴火口(10:01)~鳳鳴ヒュッテ(10:15)~岩木山頂(10:37撮影・休憩10:55)~鳳鳴ヒュッテ(11:20探索11:25)~鳥ノ海噴火口(11:35)~鳥海山(11:42)~リフト乗り場(11:50)
※所要時間:2時間23分(歩行時間:2時間5分)コースタイム:1時間55分
※登った山:2座(うち新規1座:鳥海山)
※歩行距離:2.4km
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岩木山(5)

【2018年10月13日(土)】岩木山
岩木山(1625m)から下り、鳥海山(1502m)目指し登っている。
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九合目からの標高差はわずか30mほどだ。

左手に鳥ノ海噴火口の火口壁が見える。
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その奥には岩木山山頂。
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鳥海山と岩木山の鞍部からは岩木山神社への登山道(百沢コース)が通じている。
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7分ほどで頂上に着いてしまった。
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鳥海山から見る岩木山の山頂はかなり鋭角に見える。絶好の展望台だ。
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よく見ると、ほとんど岩でできている。
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頂上への急登部分もよく見える。
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まっすぐ下ってしまったら見えない光景だ。
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私の後に頂上に登ってきた人が「ここが鳥海山なんですかね」と聞いてきた。
実は私もはっきりしたことは知らなかったので、「そうなんですかね」と生返事。
少し先に、ここより高いかもしれない出っ張りがあったので行ってみた。
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でも、熊出没注意の看板があるだけで、「鳥海山」の山名板はなかった。
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その向こうにも道が続いていたが、そこまでは行かなかった。
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地形図で見ても、1502mのピークはさっきの岩があった場所なので、仮にあちらに山名板があったとしても、すでに真の頂上に立っていることは間違いない。
その岩にはたくさんお賽銭が置いてあったことだし。
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ここからはすぐ下にリフト乗り場が見える。
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またしてもガスが上ってきた。
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すごい速さだ。
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あっという間に岩木山の山頂を覆い隠してしまった。
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幻想的な雰囲気になってしまったことだし
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では、戻りますか。
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火口壁を眺めながらの下り。
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ガスがなければ、日本海も広々と見えたことだろう。
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下って、鳥海山を振り返る。
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さっきのおじさんが普通なら知らないはずの「鳥海山」の名を口にしていたのは、こういう道標があったからだと合点。
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しかし、こんなのを設置するくらいなら、山名板も立ててほしいものだ。
ここからだとさっきの岩まで5分で着いてしまうが、あの遠い馬の背のようなところへ行くには10分では到底済まないので、やはり賽銭岩が頂上で間違いなかったのだろう。

当方は矢印に従い、リフト乗り場へ。
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11:50に乗車。片道料金は下で払ってくれとのことだった。
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このリフトが営業を始めたのは、スカイラインが開通した翌年の1966年9月。
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現在はペアリフトだが、当初は1人乗りだった。
私も32年前にシングルに乗っている。
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ペアリフトに建て替えられたのは1993年7月のようである。
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乗車時間は9分ほど。
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結構、ゆっくりと楽しめた。
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やはりリフトは下りの方が、見晴らしがいい。
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右手のこんもりは西法寺森(1288m)。
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駐車場はほぼ満車だ。ハイシーズンには行列ができるのかもしれない。
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無事、下車。
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白神山地と雲の高さがほぼ同じだ。
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リフト乗り場のすぐ下に、嶽温泉に下る嶽コースの下山口があった。
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紅葉に染まる赤沢の谷。
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片道料金の600円は券売機で改めて買って支払った。
改めて振り返ると、リフト全区間と鳥海山のニセピークが見えた。
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お客さんは意外に少ない。
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すぐ車には乗らず、駐車場の横にある小高い丘に登ってみた。
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登る時と違って、山頂はくっきりと見えている。
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一応、100円なりのご利益はあったということだろう。
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西法寺森の向こうは津軽半島西岸の七里長浜。
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なんと小泊半島まで見えた。
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追子森(1139m)の向こうは鯵ヶ沢。
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黒森(887m)と白神山地。
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午前中よりかなり稜線がくっきり見えた。
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陸奥赤石のあたり。
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鯵ヶ沢港。
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ふもとには嶽温泉の町並みがよく見えた。
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しかし、いろんな意味で、よくこの道を作ったものだと思う。
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この小高い丘にある展望スポットにはかつて方位指示盤があったのかもしれない。
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12:15、車に戻って出発。
のろのろのキャンピングカーの後ろについてしまい、しばらく我慢していたが、道を譲ってくれるつもりは毛頭ないようだ。
仕方ないので、ちょっと直線の長いところで抜かして、あとはすいすい下った。
さて、お昼はどうするか。
探しながら走るのは面倒なので、パッと目に飛び込んできた地蔵茶屋に入ってしまった。
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昨夜もそばだったが、全然構わない。
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メニューを見て、とろろそばを注文。
時間節約のため、そばが出来上がるまでの間、外に出て、この店の名の由来となったお地蔵様を見学。
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このお地蔵様は、出世不動尊というらしい。
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縁起によると、この地で遭難凍死した人々を供養するため、堀江幸治なる人物が中心となって、1928年(昭和3年)に建立したということである。
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隣には1982年建立の「鳥獣供養碑」も立っていた。
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お店の正面には岩木山がそびえている。
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ここからは頂上は見えないみたいだ。
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では、お店に戻りましょう。
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そばのほかに頼んだ味噌おでんが先に出てきた。
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三角のこんにゃくが頭にあって、定番の形である。すごく美味しかった。

続けて、おそば。
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津軽そばは、つなぎに大豆をすりつぶした呉汁を使い、こしがないのが特徴だそうだ。
その分、とてもさっぱりしていて、どんどんお腹に入っていった。

ごへい餅もあったが、お腹いっぱいなので今回は止めておいた。
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お店にトイレがなかったので、すぐ先の青い山脈歌碑のある駐車場のトイレで用足し。
ついでに、もちろん歌碑の写真も撮った。
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「青い山脈」は石坂洋次郎(1900~86年)原作の映画『青い山脈』の主題歌として1949年に発表された曲である。
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作詞は西条八十、作曲は服部良一という黄金コンビ。藤山一郎と奈良光枝が歌った。
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ちなみに「青い山脈」は1949年のほか、57年、63年、75年、88年の5回にわたり映画化された。
原作は、東北地方の港町を舞台に、若者の男女交際をめぐる騒動をさわやかに描いた青春小説である。
石坂洋次郎は作家になる前は、青森県立弘前高等女学校(現在の弘前中央高等学校)の教員をしていたことがあった。
当時疎開中の女子学生達から聞いた学校生活をこの小説の題材にしたとされている。
だから、この地に文学碑があるというわけだ。
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碑文は「青い山脈」からの引用ではなく、岩木山を舞台にした「草を刈る娘」の一節を紹介している。

あとは延々、車を走らせ、本州最北端の大間へ向かう。
距離は200kmもある。
さすがに国道だけでは日が暮れてしまうので、高速や有料道路を活用する。
浪岡ICから東北道に乗り、青森東ICで下りて、みちのく有料道路を経由。
国道4号を北上し、自動車専用道路になっている国道279号のバイパスでさらに北上。
むつ市街を経て、津軽海峡沿岸に出て、大間へというコースだ。
大間まで行くのは、明朝7時の函館行きフェリーに乗るためだが、大間のマグロを地元で食べられるという恩恵もあるのだ。うひひ。

(つづく)
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岩木山(4)

【2018年10月13日(土)】岩木山
10時半すぎに、岩木山(1625m)に登頂した。
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何か文字が書かれている石柱が倒れたままだった。
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頂上には建物が2棟あった。
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こちらの白い建物は休憩所。
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茶色い方はトイレだった。

まずは奥宮に参拝しなくては。
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これは奥宮社務所の跡。
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新たに作る計画もあるようだ。
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わりと大きなお社だ。
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無事登頂できたことに感謝。
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しかし、こういう天気だということは、やはり里宮でのお賽銭が足りなかったようだ。

奥宮の裏には、剣やお札が奉納してあった。
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南の方角に鳥海山(1502m)が見えた。
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こちら東の方角には、溶岩ドームの巌鬼山が見えるはずだが、ガスで真っ白。
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北東の方角には東麓の弥生集落に通じる弥生登山道の下山口があった。
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参拝も済ませたので、岩の上に座って、しばし休憩。
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小さなパンを1,2個口に入れた。
百名山だけあって、頂上には20人くらいの人がいた。

ここにも愚かな落書きがなされていた。
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なかなか晴れないので、さっさと下山することにした。
その前に休憩所を覗く。
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あまりきれいな小屋ではなかったが
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一人、ガスストーブで何か作って食べていた。

せっかくなのでトイレにも立ち寄った。
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ここはバイオトイレで、自転車のペダルを踏んで攪拌する方式だった。
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最後に記念撮影。一応は撮っておかないと。
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出発間際に少しだけガスの切れ間もあったが、この程度。
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未練は残さず、きっぱり出発する。
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しかし、下る方向が晴れているのは、ありがたい。
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追子森(1139m)は見えなかったけれど。
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下りも当然、右側通行だ。
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眼下に駐車場が現れた。車はさっきより増えているようだ。
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白神山地の方は今日一日大丈夫だったのだろう。
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どれが何山なのか、さっぱり分からないけど。
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あら、だいぶくっきりしてきた。
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九・五合目テラスと鳥海山。
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帰りはリフトに乗るつもりだ。
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まだ午前中なので続々と登ってくる。
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初めて見えた方角。りんご畑が広がっていた。
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ダケカンバの枝はまるで稲光のようだ。
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九・五合目テラスまで下ってきた。
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ここからは長平登山道が分岐している。
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鯵ヶ沢の方に下る道だ。
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テラスに立っていた標柱には「夢のカプセル1625埋蔵地」と書かれていた。
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いつ掘り返すのだろう。

山頂を振り返ると、ガスは晴れていたが、空は青くない。どうせ遠くは見えないだろう。
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亀石(私の命名)。
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積み木崩し石(同)。
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テラスの縁から見ると
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生々しい溶岩が露出していた。
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ガスは次から次へとやってくる。
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でも例の池はちゃんと見えた。
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難所に差し掛かった。
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登りで抜きつ抜かれつしていたツアーの方々とまた一緒になってしまったが
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さすがにここで抜かすわけにはいかないので、ゆっくり待ちながら下る。
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大倉石が見えてきた。
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鳳鳴ヒュッテまで下りてくると、百沢コースを登ってきたグループが到着したところだった。
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こちらは大倉石の探検に出かける。
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石の横に見えていた柱は、「対馬正美君殉難の地」の慰霊碑だった。
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1960年(昭和35年)9月4日に鳥ノ海噴火口に転落したようである。
弘前工業高校の3年生だった。合掌。

背後には石仏が並ぶ。
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その下に大館鳳鳴高校山岳部の慰霊碑があった。ここでも合掌。
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慰霊碑から山頂を望む。
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慰霊碑近くから見た噴火口。
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さっき百沢コースから到着した団体さんは、ここでアタック班と待機班に分かれるようだ。
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ここまで来て登頂しない人もいるのか。
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大倉石の裂け目を覗いてみたが、祠や石仏など、何もなかった。
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ちょっと不思議だ。
DSC_5327_20181018061012d71.jpg

信仰の対象になりそうな岩なのだが。
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傍らにはたった1体、新しい石仏があったけど。
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横から見た大倉石。
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それにしても、山頂部はすっかり葉が落ちて、真っ茶色だ。
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大倉石の裏側。
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火口と鳥海山。
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溶岩が弧を描いているのが、よく分かる。
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火口の斜面は落石だらけ。
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リフト乗り場への道が見えた。
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横顔岩と魚岩(仮名)。
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丸い石はなぜか地衣類に覆われていた。
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上空は雲だが、下のガスはきれいに消えた。
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赤沢の源流部は紅葉がきれいだ。
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鳥海山にもかなりの人が登っている。
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八合目駐車場への道との分岐を通過。
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火口の底を見る限り、雪解けの時期以外、水はなさそうに思えた。
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火口壁。
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その上に頂上が覗く。
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鯵ヶ沢港。
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鳥海山への登りにかかると、火口と頂上が一画面で見られる。
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日が当たっていないので、かなり黒い印象だった。
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(つづく)
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岩木山(3)

【2018年10月13日(土)】岩木山
岩木山(1625m)の九合目まで登ってきた。
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実は、32年前にもこの地に立ったことがある。
これがその時の写真。私が23歳の時である。
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「岩木山鳥ノ海噴火口 標高1470m」とある。
八合目から200m近く登ってきたわけだ。
「津軽岩木スカイライン」は現在、(株)岩木スカイラインが経営しているが、もともとは親会社の弘南バスが1965年に建設したものだ。
岩木スカイラインは弘南バス自動車道事業部から事業を引き継いで、1999年に設立された会社である。
私が以前訪ねたのは1986年なので、弘南バス時代ということになる。
当時あった看板が今はなく、新調もされていないということは、岩木スカイラインの経営にそれほど余裕はないということだろう。
それにしても、この写真を見ても当時の記憶が全くよみがえらない。
情けない限りだ。

火口の景観は、秋田・山形県境の鳥海山に似ている。
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かなり崩落が進んでいるようだ。
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この標柱には何か書いてあったようだが、もはや判読不能。
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下界は晴れているので、できれば上も晴れてほしい。
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火口の縁から少し進んで振り返ると、岩木山の溶岩ドームである鳥海山(1502m)とリフト乗り場が見えた。
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西法寺森(1288m)の向こうには日本海。
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ツアーの団体さんに追いついてしまった。
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でも、すぐ先に行かせてくれたので助かった。
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ツアー客の一人がミミズを見つけて驚いていたら、しんがりにいた若い女性が直接つまみ上げて、どこかに逃がしていた。
「私、全然平気なんです~」と言う声が聞こえてきた。
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ダケカンバの紅葉はすっかり終わって、完全に葉っぱを落としていた。
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おおおお、なんと頂上が見えてきたではないか!
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私がいるあたりにも陽が射してきた。
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これはお賽銭のご利益だろうか。
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あとはもう晴れる一方だと信じて疑わなかった。
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このリフトも岩木山スカイラインの経営だが、麓の駅が「岩木山頂駅」で、見えている上の駅は「鳥ノ海噴火口駅」という。
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下が「山頂駅」とは、ちょっとおかしい。
まあ、そういう看板があるわけではなく、運輸省(当時)への届け出名がそうだというだけで、利用者には明示されていないので、紛らわしくも何ともないのだが。

溶岩起源の安山岩と思われる。
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うわ~、岩木山って、こんなにまるい山だったんだ~
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鳥海山ドームが形成されたのは約5万年前以降だそうだ。
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江戸時代に岩木山は、1618年、1782~83年、1845年、1863年の4回、水蒸気噴火を起こしており、このうち2回目の噴火は天明の大飢饉の遠因になったとされている。
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鳥海山ドームの全体像。
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前方に、頂上へ至るガレ場の急登が見えてきた。
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なかなか手ごわそうだ。
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すっかり青空になったぞ~! ばんざ~い!
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少し前までは、紅葉で真っ黄色に染まっていたんだろうなあ。
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山頂北西方向のテラス。
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避難小屋が見えてきた。
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右手には石舞台。
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この巨大な溶岩は大倉石というらしい。
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一応侵入禁止になっている。
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32年前には、ここにこんな標識があった。
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地形図には「御倉石」と表記されている。おそらく現地の名称が正しいのだろう。
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岩木山神社からの百沢コース登山道はここで合流することになる。
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道そのものはよく見えない。
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大倉石の横に行く踏み跡があるので、間違えないようリフト乗り場への道を大きく示している。
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さっき噴火口で撮影している間にツアーの皆さんに抜かれてしまったが、ここで追いついた。
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避難小屋には遭難防止ためのものと思われる鐘が吊るされていた。
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この小屋は「鳳鳴ヒュッテ」というようだ。
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説明板によると、秋田県立大館鳳鳴高校山岳部の生徒4人が1964年(昭和39年)1月6日、岩木山に登頂後、下山途中に猛吹雪のため遭難死。
彼らの霊を慰めるとともに、悲劇を二度と繰り返さないために、冬期の避難小屋として、岩木町が浄財などをもとに建設、翌年9月22日に竣工したものだという。

しかし再び遭難事故が発生した。
1986年1月2日、岩木山岳会の会員4人が雪崩に巻き込まれ、亡くなった。
さっき見た鐘は彼らの鎮魂と登山者の安全を祈願して設けられたそうだ。
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「若きらのいのちを呑みし岩木嶺は夕映えの天にさりげなく聳つ」という鎌田純一(岩木山岳会の会員のひとりだろうか)の歌が銘板に刻まれていた。

中を覗かせてもらった。
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物置のような状態だったが、冬期の避難場所としては役に立っているのだろう。
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さあ、ガレ場の急登開始だ。
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ちょっと登って、大倉石と鳳鳴ヒュッテを振り返る。
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大倉石の横に何かあるようだ。帰りに寄ってみよう。
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それより、なんだかまたガスが出てきたではないか。
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うう、上にもガスが。
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とにかく、また晴れることを祈って登るしかない。
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再び振り返ると、百沢コース登山道の脇に小さな池が見えた。
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あれが鳥ノ海なのだろうか。だとすれば地形図の間違いになるが。
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登りは右側通行。
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ここでは抜かせないので、ずっと団体さんの後を付いていく。
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おかげで立ち止まって、後ろを振り向く機会が増えた。
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あっちゃ~、ガレ場を登り切ったら、とうとう山頂がガスで隠れてしまった。
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晴れたり、ガスったりの繰り返しだったら、まだいいのだけど。
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九・五合目あたりのテラスを見下ろす。
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山頂直下もガレ場である。
すぐ前を行く老夫婦はストックがガシガシ言わせながら、せっせと登っている。
もっとのんびり歩いてもいいのに、なんて思うのは余計なお世話なのだろう。
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再び、鳥海山が見えてきた。
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さっきのテラスでツアーの方々が道を譲ってくれたので、今は後ろにいる。
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ガスは残念ながら、次から次へと湧いてくる。
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こうなったらもう大展望を期待するのは無理だろう。
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北海道も見えるということだったが、さすがに諦めるしかない。
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頂上周辺はすっかり葉が落ちて、冬枯れの状態になっていた。
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頂上はもうすぐそこだ。
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八合目から1時間10分で登頂。コースタイム通りだった。
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残念ながらガスで真っ白である。
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32年前には、こんな大きな標柱があったが、今はコンクリート造りのケルンタイプになっていた。
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近くには、大町桂月の歌碑がひっそりとたたずんでいた。
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「四方八方(よもやも)の千万(ちよろず)の山を見下して心にかかる雲もなき哉」
桂月は1922年(大正11年)10月14日にここに登ったようだ。
私と1日違いだが、その日は雲ひとつない天気だったらしい。
ちょっと、うらやましかった。

ここは一等三角点。
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点名は「岩木山」である。

(つづく)
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岩木山(2)

【2018年10月13日(土)】岩木山
岩木山(1625m)に登る前に、岩木山神社に参拝中。
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朝早く、8時過ぎにお邪魔したので、お清めの真っ最中だった。
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こちらは御朱印所。正式には守札授与所というらしい。
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右手の茅葺きの重厚な建物は社務所。
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湧き水の池の向こうに
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手水鉢のようなものがあるが、遠すぎて手を洗いに行けない。
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正面の楼門は寛永5年(1628年)の建築で、国の重要文化財。
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弘前藩2代藩主の津軽信枚(のぶひら)が、山麓の百沢寺(現在の岩木山神社)の山門として建立したものだ。
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楼門を抜けると中門。
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中門に向かって左手には屋久杉のように太い巨樹の切株が祀られていた。ヒバかしら。
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右手には、巨大な絵馬。今年は戌年。
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狛犬さん。
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中門の扁額には「北門鎮護」と書かれている。
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本州最北端の総鎮守ゆえ当然か。東郷平八郎の筆である。

拝殿。こちらは寛永17年(1640年)に百沢寺の本堂として建てられた。
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頂上が晴れることを祈って、思い切ってお賽銭100円を投げ込む。
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奮発したので、きっと大丈夫だろう。

玉石で囲まれた緑色の区画は、何の聖域だろうか。
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奥には末社の白雲神社があった。

「岩木山神社永世通持会」と書かれている。「講」のような信仰団体が建立した石碑だろう。
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中門の石垣から湧き水が噴出していた。禊所である。
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かつて「お岩木やま」に登拝する人は、ここで禊をしてから登ったのかもしれない。
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社務所にも立ち寄ってみた。
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中では神職の方が、お仕事をされていた。
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結局、御朱印所で交通安全のステッカー(500円)を買ってしまった。
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帰りに参道脇にあった出雲神社に立ち寄る。
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境内に、ノモンハン事件(1939年)戦没者を悼む慰霊碑が立っていた。
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津軽出身の戦死者も多かったのだろうか。
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大黒さまが守っていた。
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この「岩木温泉」とは「旅館清明館」のことのようである。
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鉄分を含むやや赤っぽい温泉だそうだ。

延暦19年(800年)、坂上田村麻呂が岩木山大神の加護によって東北平定を成しえたとして、山頂に社殿を再建したのが、岩木山神社のルーツだそうだ。
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後に、山麓の十腰内地区に麓宮(現在の厳鬼山神社)が建立され、山頂の社は奥宮となった。

寛治5年(1091年)、麓宮は現在の岩木山神社の場所に遷座し、百沢寺と称したという。
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岩木山へはもちろんここ岩木山神社から登ることができる。
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実際、境内で何人かの登山者を見かけたが、私は八合目まで車で行く。すいません。
その前におトイレ。「安堵館」という名称がついていた。
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「半分、青い」で有名になったごへい餅は津軽の名産でもあった。
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ていうか、わりとどこでも作っているような気がする。
私は昔、木曽で食べた記憶がある。

百沢寺は明治の神仏分離により、津軽総鎮守・岩木山神社とされ、1873年(明治6年)に、国幣小社に格付けされた。
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鳥居の正面には、温泉宿の「富士見屋」や「中野」などが軒を連ねていた。
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さあ、参拝も終えたことだし出発。6kmほど西の津軽岩木スカイラインを目指す。
15分ほどで入口に到着。
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ゲートで往復料金1500円を支払い、69のカーブを登っていく。
中腹は紅葉がきれいだったが、沿線には車を停めて、景色を眺められるような展望・駐車スペースはなかったので、ノンストップで9.8kmを登り切ってしまった。

八合目は標高1247m。
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眼下には嶽温泉や津軽羽黒あたりの集落が望めた。
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西には寄生火山の黒森(887m)が紅葉に染まっている。
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この突起は、やはり寄生火山の二ツ森(612m)だろう。
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日本海。左は北金ヶ沢、右は陸奥赤石の集落と思われる。
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南には白神山地が連なる。
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看板の右手に道がある。展望台みたいなところだろうから、下山後にでも行ってみよう。
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ここから九合目の鳥ノ海噴火口までリフトが通じている。
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頂上方面は残念ながら完全にガスの中だ。
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飲み物を買うのを忘れたので、売店(IWAKI1625)でアクエリアスを調達。
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売店の前にバス停があった。
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駐車場の一段上に、鐘のある石碑が見える。あとで見に行こう。
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お、少しガスが晴れてきた。あの突起がまさか頂上?
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(実は違って、鳥海山という少し低い山の山頂だった)

軽くストレッチをして、9時半前に出発。
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まずは階段。
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一段上に出て、駐車場を見下ろす。
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北の方角には鯵ヶ沢の町が見えた。
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これが、さっき見た石碑。
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「山男」なる人物が「パトロールは知恵を出せ。知恵のない者 汗を出せ。・・・」などと説教をたれている。
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調べてみたら、松下幸之助がこんなことを言っていた。

以前、どこかの会社の社長が「知恵ある者は知恵を出せ、知恵無き者は汗を出せ、それも出来ない者は去れ」と社員に言っていたことがある。
松下はその言葉を聞くと、「あかんな、つぶれるな」と言った。
「本当は、まず汗を出せ、汗の中から知恵を出せ、それが出来ない者は去れ」と、こう言わんといかんのや。知恵があっても、まず汗を出しなさい。本当の知恵はその汗の中から生まれてくるものですよ、ということやな

松下に言わせると、この説教では「あかんな、遭難するな」ということになってしまう。
下の銘板には「岩木山顕彰碑」とあったが、何を顕彰したものなのか、よく分からない碑だ。
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建立は1990年4月29日であった。

では、本格的に登山道に入りましょう。
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ずっと、こんなササやぶの道が続く。
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路面は所々で石が露出している。
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傾斜もかなり急で、すぐ暑くなったので、ウインドシェルの上に来ていたゴアを途中で脱いだ。
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左手に見えているこんもりは西法寺森(1288m)であろう。
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赤と黄色の黄葉がきれいだ。
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とうとうガスの中に突入。
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しかし、また上の方が見えてきた。
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どうやら九合目に着いたようだ。ここまで30数分だった。
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雲が低いが、何とか下界も望める。
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ササやぶを抜けると、目の前に鳥ノ海火口が展開した。
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地形図には、火口湖になっているように表記されているが、水は干上がっていた。
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かなり生々しい印象だが、この火口で3000~2000年前にマグマ噴火があったのだという。
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岩木山は江戸時代に4回も水蒸気噴火を起こしており、現在も気象庁の常時観測火山である。知らなかった。

(つづく)
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岩木山(1)

【2018年10月12日(金)】岩木山
道内旅行なら「ふっこう割」が利くのに、わざわざ東北旅行を計画してしまった。
しかし、土日の休みだけで、東北の山2座を登るのは、なかなか難しい。
飛行機を使えば可能だったのかもしれないが、その選択肢はそもそもなかった。
結局、苫小牧~八戸のフェリーを利用して、金曜日の夜に出発することで時間を節約することにした。
それでも東北2座は厳しく、青森1座、道南1座というプランになった。
以下が、練り上げたスケジュールである。
12日夜:苫小牧港発
13日:八戸港着⇒岩木山登山⇒大間泊
14日:大間港~函館港⇒駒ヶ岳登山⇒札幌
マイカーで移動できるので荷物の心配はしなくてもよかったが、運転した距離数は最終的に700km超に達した。
最後の最後に定山渓の大渋滞に捕まってしまったのが誤算だったが、おおむね天気に恵まれ、充実した旅となった。

12日は17時半に仕事を切り上げて、18時に帰宅。
朝、洗濯機に放り込んでおいた洗濯物を干して、18時半に出発。
フェリーの出港時間は21:15だが、車の人は90分前までに来るようにということだったので、早めに出なければならなかった。
途中のコンビニで晩飯を調達。
主食は船内で食べるつもりだが、お腹が空いていたので、つなぎのエクレアを車内で食べた。

北広島ICから道央道にのる。道央道は昨日、出張で走ったばかりだ。
沼ノ端西ICで下りて、苫小牧西港へ。
フェリーターミナルに着いたのは20時。
90分前には間に合わなかったが、当然乗れないということはないので、別に心配していなかった。
予約もしてあったし。

20:10にはフェリーの前に並んでいたが、乗船は随分待たされた。
乗れたのは、20時半だった。
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苫小牧~八戸間のフェリーは川崎近海汽船が就航している。
この航路の歴史はちょっと複雑である。
八戸市で1971年に設立されたシルバーフェリー(株)が73年4月25日に就航したのが最初である。これは、東日本フェリー(2009年解散)との共同運航であった。
シルバーフェリーは92年4月に、川崎汽船の子会社である川崎近海汽船に吸収合併されたが、「シルバーフェリー」の愛称はそのまま存続となった。
一方の東日本フェリーは経営悪化のため2003年に会社更生法を申請。
06年に苫小牧~八戸航路から撤退し、現在は川崎近海汽船が単独で運営している。
私は学生時代、1983年7月に自転車でこの航路で北海道に渡ったことがある。
東京から実家のある札幌に自転車で向かっている途中、宮古を過ぎたあたりで、車輪の中空シャフトが破損、走行不能になったため、トラックをヒッチハイクして八戸港まで運んでもらったのだ。
以来、35年ぶりの利用ということになる。

ちなみに、苫小牧~八戸航路は1日4往復就航しており、所要時間は7時間半(船によって異なる)。
川崎近海汽船は今年6月に、室蘭~宮古航路を開設したが、やや不振のようで、10月から室蘭発の便を八戸に寄港させることにしたようである。

私が今回乗ったのは、2012年4月に就航したシルバープリンセス号。
総トン数10536トン、最大搭載量は12mトラック92台および乗用車30台、定員は530人の大型フェリーだ。
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今回は、一等洋室を選択した。
もうこの年になると、一人で雑魚寝はなかなかつらい。
二等寝台でもいいのだが、お部屋でのんびり飲みたいというのもあった。
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料金は車が4m未満なので20000円(運転手の二等料金5000円含む)。
一等は10000円なので、差額の5000円を加算。
ネット予約で10%の割引なので、22500円ということになる。

荷物を船室に置いて、さっそく船内を偵察。
お風呂の場所も確認した。私の船室の1階上だった。
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乗船直後は混んでいるようなので、入浴は食事を済ませてからにする。

甲板にも出てみたが、真っ暗で何も見えないし、寒いから早々に退散。
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レストランはなかったが、いろんな自販機はあった。
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イートインスペースでは、自販機でつまみを買い、さっそく酒盛りをしている方々がたくさんいた。

こちらは二等船室。
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毛布は1枚350円で貸し出していたが、備え付けのはないのだろうか。

売店で缶ビールを買って、船室に戻る。カードキーは紙製だった。
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やっと部屋に落ち着いて、ビールをぷしゅっ。
フェリーで夜を明かすのは、一昨年の1月に伊豆大島に行って以来だから2年半ぶりか。
あとは、新潟~小樽、敦賀~小樽、苫小牧~仙台、日向~川崎、鹿児島~那覇、那覇~石垣、東京~八丈島などの夜行便に乗ったことがある。
夜行列車もいいが、夜行の船もなかなか風情があっていいものだ。
船は汽笛も鳴らさず、静かに出港した。
窓から、港の灯りが後ろに遠ざかっていくのが見えた。

ビールを飲み干したところで、めしにする。今夜は天ぷらそば。
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フェリーの供用レンジで温めて、いただいた。

22時前にお風呂へ。夜は22時半でおしまいだそうだから、のんびりもしていられない。
入った時は他に3人くらいのお客さんがいたが、間もなく誰もいなくなった。
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船はそれほど揺れていないが、さすがに水は揺れに敏感なようで、湯船に浸かっていると、波がざぶんざぶんきて、おもしろかった。
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波のあるプールならぬ、波のお風呂だ。
お湯も当然かけ流しではないのに、きれいだった。
昼間なら、海を眺めながらの展望風呂だっただろう。
ゆっくり体も洗って、閉店間際に退室した。
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さて、明日は4:45着だから4時半起きだ。
早めに休もう。

と床に入って、すぐに寝入ったのだが、1時間くらい経ったら、便意で目が覚めた。
夜中に「大」とは珍しい。
仕方なく起きてトイレに行ったら、ものすごい腹痛になった。
全部出し切るまで、脂汗たらたら。呼吸も苦しくなるほどで、これは食中毒だなと直感した。
しかし、何がいけなかったのか。
そばも熱を通しているし、思い当たるものがない。
夜中じゅう、何度もトイレに通うことになるのかとげんなりしたが、20分ほどで全部出し切り、腹痛も徐々に収まった。
そのまま再発することなく、朝まで眠れたので助かった。

【2018年10月13日(土)】
4時半前に起床。当然ながら、まだ外は真っ暗だが、八戸港の灯りが見える。
歯だけ磨いて、車に乗って待機。
しかし、このフェリーは車が乗る甲板が3階分もあり、しかも車の向きも様々なので、下船にものすごい時間がかかる。
結局、30分も甲板で待たされ、5:15にやっと内地に下り立つことができた。

これから岩木山まで3時間ほどのドライブだ。
高速道路は使わないつもりなので、まずは経由地の酸ヶ湯温泉にナビを合わせて出発。
八戸臨海鉄道に沿って太平洋岸の道を北上し、しばらくして内陸に入る。
間もなく、日が昇った。
晴れているが、正面に見えてきた八甲田山(1585m)にはガスがかかっている。
西の空は雲が多いが、果たして岩木山(1625m)はどうだろうか。
八甲田山より標高が高いので、不安がよぎる。

奥入瀬渓流の手前から八甲田山への山道となる。
紅葉がすばらしい。鮮やかな黄色はブナだろうか。
そう言えば、2014年の夏、八甲田山に登った時、タクシーの運転手がこの辺の紅葉はとてもきれいだと言っていたっけ。
ただ、標高が高くなるにつれガスが濃くなり、とうとう雨まで降ってきた。

でも、トイレに行きたくなってきたので、酸ヶ湯温泉の手前の共同駐車場で用を済ます。
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なんだか、ふざけた落書きがあった。
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ここにはたくさんの車が停まっていたが、八甲田山・大岳の登山口だったからだ。
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八甲田山に登ることも検討していたが、こんな天気なら、岩木山にしておいてよかった。
ここでナビの目的地を岩木山神社に変更。
この先は酸ヶ湯温泉の建物を右に見て、標高を下げていく。

黒石市街に入ると、正面に岩木山が見えてきた。
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なんと、頂上に雲がかかっている。
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う~ん、何とか頂上に着く頃には晴れていてくれないものだろうか。
期待と諦めの気持ちが交錯しながら運転を続ける。

弘前市街を抜けると、少し雲が上がってきた気がした。
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ガソリンが減ってきたので、藤崎町内で給油。
コンビニで朝食のパンも調達して、車内で食べた。

岩木山に登るのは、山形勤務時代の1986年、北東北を6日間かけて回った夏休み以来だから、32年ぶりということになる。
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あの頃は登山などしていなかった頃なので、普通の観光客のスタイルだった。
車で八合目まで行き、九合目まではリフト。そこから山頂に登った。
という事実だけは覚えているが、景色や状況など全く覚えていない。
今回はちゃんと麓から登りたいところだったが、なにせ時間の制約があるので、やはり八合目までは車で行く。
ただし、さすがに登りではリフトは使わず、歩いて登るつもりだ。

ガスがなかなか取れないので時間稼ぎのため、先に岩木山神社に参拝することにした。
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ここは津軽国一の宮で、宝亀11年(780年)に山頂に社殿を造営したのが起源とされる。
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大国主命らが祀られているが、ご神体はまさに「お岩木やま」であろう。
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早速、参道を歩き始める。沿道にはかつて宿坊があったのだろう。
その流れと思われる宿がいくつかあった。
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温泉も湧いているようだ。
今度、麓から登り直すことがあったら、このあたりに泊まってみたいものである。
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(つづく)
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神威岳・烏帽子岳(6)

【2018年10月8日(月)】神威岳・烏帽子岳
神威岳(983m)、烏帽子岳(1110m)から下り、林道を歩いている。
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左手には百松沢が流れている。
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往路では、このあたり、山肌の紅葉ばかり見て、あまり川には注目していなかった。
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砥山ダムのほとりまで来ると、盤の沢山(939m)が朝よりきれいに見えた。
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あちらも紅葉が始まっているようだ。
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何とか、頑張ってここまで来た。
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こちらは滑落したカーブミラー。
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なぜ林道から出ていく人に向けて、この注意書きがあるのか、意味が分からない。
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左前方の尖った山にとくに名前はない(おそらく605mピーク)。
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砥山ダムの湖面。
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さあ、ゴールまであともう少しだ。
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私の手の甲に雪虫が止まった。結構まとわりついてくる虫のようだ。
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やっと、ゲートにたどり着いた。
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そのまま通過して、百松橋に向かうと、林の中に「今日も無事故で楽しい夕餉」という旧札幌営林署が建てた看板を発見した。
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林道歩きは結局1時間10分に及んだ。
でも幌尻岳登山で19km歩いているO君は、もう苦にならないみたいだ。
私もそれほど嫌いではない。

入林届に下山時刻を記入がてら見てみると、今日は我々を含め8組13人が入山していた。
すれ違っていないパーティーは、我々が烏帽子岳にいる間に神威岳ピストンだけで下ってしまったか、我々が下山中に神威岳山頂にいた人たちだろう。
なんと神威岳を4時間で往復してしまっていた単独女性もいた。
さすがに朝から雨が降っていた昨日(7日)は、入山者はいなかった。
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再度、百松橋を渡る。
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おつかれ山でした。
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あとはバス停を通り過ぎて
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15時半すぎに、車に到着。
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廃道に入れずに国道の路肩に停めている車が2台もあった。
国道に路駐するとは勇気があるというか、けしからんというか。
私どもがお手本を見せているのだから、廃道に入ればいいのに。
そういう小さなマナーが大切だと思う。

とにかく、お風呂だ。
小金湯が近いが、やはり定山渓温泉に入りたい。
半額キャンペーンは9月末で終了しているので、比較的安めの「悠久の宿白糸」を目指すことにした。
頂上から見えた国道の下り渋滞は解消されているように思えたが、少し進むとすぐに捕まってしまった。
定山渓までほんの数キロに15分もかかってしまった。
なぜ、こんな時間に下りが混むのか分からないが、O君によれば日中は「紅葉狩り」の客、この時間は札幌まで遊びに来た道南の方々の帰宅だそうだ。
確かに、函館や室蘭ナンバーの車が目についた。

「白糸」の駐車場はガラガラだったのでラッキーと思ったが、なんと日帰り入浴は午後3時で終了していた。
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仕方ないので、ダニに噛まれた時に入った「渓流荘」へ。
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あの時は510円だったのに、今回は710円。
値上げしたわけではないだろうから、前回は割引期間だったのか。
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駐車場がいっぱいだったわりに風呂は比較的空いていたが、さすがに撮影は無理だった。
露天風呂にゆっくり浸かり、ひげも剃った。
今日はかなり汗をかいたので、とってもすっきりした。
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渋滞はまだ続いており、国道に出るのにまた随分時間がかかった。
やはり錦橋の架け替え工事で、小樽方面に通じる道が定山渓大橋1本しかない状態なのが痛い。

それにしてもお腹が空いた。
最近聞いた、山嵐天上天下龍我独尊という藤野のラーメン屋をリクエストして、連れていってもらった。
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O君の家から徒歩5分くらいのところだ。
国道に出ればもう渋滞は解消されていたので、順調に着いた。

私はメニューの一番上にある豚骨ラーメンを頼んだ。
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それと2個200円の「藤野ザンギ」も。
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豚骨は背油系のこってりで私にはちょっと重たかった。
O君が食べた野菜たっぷりの白湯の方がよかった。
次回はあちらにしよう。

というわけで、食後、O君を自宅に送り届け、18:30には帰宅した。
たかだか1100mの山なのに、かなりハードであった。
ひと晩寝てもまだ疲れが残っていたくらいだった。
でもずっと気になっていた山に登ることができて満足である。

【行程】2018年10月8日
百松橋駐車場(6:58)~百松沢小屋(7:04記入7:06)~百松沢橋(7:27)~百松沢分岐(7:46着替え7:49)~林道終点(8:07)~見晴台(9:02休憩9:12)~巌望台(9:26)~神威岳(10:01撮影・休憩10:20)~烏帽子岳(11:17撮影11:25)~展望地(11:32昼食12:01)~神威岳分岐(12:44)~巌望台(13:08)~見晴台(13:24休憩13:30)~林道終点(14:18)~百松沢分岐(14:35)~百松沢橋(15:08)~百松沢小屋(15:28)~百松橋駐車場(15:36)
※所要時間:8時間38分(歩行時間:7時間40分)コースタイム:8時間
※登った山:2座(神威岳、烏帽子岳)
※歩行距離:17.6km
※累積標高差:約1150m
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神威岳・烏帽子岳(5)

【2018年10月8日(月)】神威岳・烏帽子岳
烏帽子岳(1110m)に登頂し、せっせと下山中。
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神威岳(983m)から200m以上、下ってきた。
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紅葉を愛でながらの下山である。
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ピストンなので、登りの時と同じものを見てはいるわけだけど。
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帰路でも見晴台で、ひと休み。
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ここで、とうとうアクエリアスが底を尽き、テルモスの熱湯をペットボトルに入れ替えた。
先はまだ長い。2時間近くかかるはずで、その間、水なしというわけにはいかない。
テルモスに800cc満タン入れてきたのは正解だった。
カレーヌードルとお汁粉の分として計400ccだけしか持って来なかったら、やばかった。
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5分ほどで出発。
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ここからの下りも長い。
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ピストンだし飽きてしまう。
でも、ぶつくさ言わず黙々と下る。
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倒木が激しい。
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幾多の障害を乗り越えて、登山道終盤のロープ場を下る。
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疲れているが、気を抜かず。
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この沢で、ペットボトルのお湯を冷やしたかった。
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若干の登り返し。
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お湯はお湯だけに冷たくないが、飲めないことはない。
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というより、あってよかった。貴重な水分だ。
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見晴台から50分ほどで林道終点に到着。
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やっとリラックスして歩ける。
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「登山口」に下ってくることを、よく「下山口」に着いたという言い方を聞く。
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しかし、これは日本語としておかしい。

「登山口」というのは登山を始める場所だから、登山「口」なのであって、「下山口」というのは下山を始める場所なのだから「頂上」ということになる。
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まあ、そこまで言うと屁理屈みたいになるが、ずっと稜線を歩いてきて、この地点から稜線を外れて、下界へ下る道に入るみたいな場所を本来は「下山口」というのではないか。
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そんなことを考えたのであった。

林道の崩壊箇所を通過。
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O君は幌尻岳で林道歩きが得意になったのか、ずんずん進んでいく。
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しかし、それなりに暑いらしく、時々帽子脱いでいた。
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ものすごく古い交通標識が残っていた。
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このあたりで雪虫を発見した。撮影を試みたが、この中から見つけるのは困難だ。
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上空を飛行機が通過した。丘珠発の旅客機だろうか。
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林道終点から20分弱で百松沢分岐を通過。
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O君もそのつもりだったようで、短絡路には行かず、このまま林道を進んだ。
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林道経由だと、かなり遠回りになるが、完全ピストンは避けたいし、短絡路もそれほど面白い道ではなかった。
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この橋のところで、とうとうカメラのバッテリーが切れた。
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前日、定山渓でかなりの枚数撮ったのに充電するのを忘れていたのだ。
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あと500枚くらいは撮れると思っていたが、300枚ちょっとで根を上げてしまった。
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この後は、コンパクトカメラに交代した。
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分岐から7分ほど歩いたところで、左に林道が分岐していた。
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烏帽子岳林道だそうだ。
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この分岐には、登山用の道標もあった。
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林道経由で登る人のことも想定してくれているようだ。
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百松沢を渡る。
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橋の名称は渓流橋。
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眼下はまさに渓流だった。
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竣工は昭和36年9月。
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間もなく還暦だ。
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林道は思った以上に迂回したので、O君に「結構遠回りだったね」と言うと、「15分くらい余計にかかるんだってさ」とのこと。
『夏山ガイド』にそう書いてあったらしい。

林道ではO君の足が速い。早く着いてしまいたいのだろう。
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こちらは、あちこち写真を撮るので、すぐ距離が離れてしまう。
時々、トレランで追いかけた。

このあたりでも、雪虫をたくさん見た。今年初めてだ。
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この日、雪虫を見たという仲間たちのfacebookの投稿がいくつかあって、各地でこの日一斉に発生したらしい。
そういうものなのか。実に興味深い。

50m先待避所の標識。50m先にそれらしきものはすでになかった。
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左手にほとんど廃道化した林道が分岐していた。
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わざわざ通行止めの標識があるということは、昔は一般車両も入れたのだろう。

「高見沢」というのが林道の名称のようだ。
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この橋は高見沢という沢を渡るのかな。
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わりと長い橋だ。
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その名も高見橋だった。
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木々の隙間から神威岳。
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普段も管理用の車が走っているのか、道の状態は悪くない。
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里もすっかり秋である。
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林班界。
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この標識はわりと新しい感じ。
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標識の通り、落石がたくさんあった。
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それにしても、なかなかO君に追いつかない。
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ミラーにも豆粒のようにしか映っていない。
CIMG1557_201810142235382ea.jpg

火山角礫岩の露頭が現れた。
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ちょうど日に照らされて、光っている。
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真っ黒なので、なんだか石炭のようだ。
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その後で切通しを通過。
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オオカメノキ。
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と標識。
CIMG1565_2018101422351511e.jpg

枝分かれする林道は「百松沢3号」。
CIMG1566_201810142234334bf.jpg

再び百松沢が近づいてきた。
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沢を渡る。
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上流には砂防ダム。
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渡った先が短絡路への入口だ。
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日が西に傾いて、光の加減がちょうどいい。
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O君のシルエットがしぶい。
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光線の関係で、ちょっと黄色っぽいが、きれいだ。
CIMG1575_20181014223406a4f.jpg

百松沢が左手に移った。
CIMG1576_20181014223409c09.jpg

水たまりを避けて、ガードレール下のコンクリートをたどる。
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ガードレールに寄ると、沢もよく見える。
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ここにも典型的な火山角礫岩の露頭。
CIMG1580_2018101422314208d.jpg
地質の境界だ。

(つづく)
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神威岳・烏帽子岳(4)

【2018年10月8日(月)】神威岳・烏帽子岳
神威岳(983m)から烏帽子岳(1110m)に向かっている。
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左手には空沼岳(左、1251m)と札幌岳(右、1293m)が見えている。
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背後には砥石山(826m)の山塊が展開する。
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そして何といっても、神々しい神威岳。ほれぼれする。
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左手に定山渓温泉が見えてきた。
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定山渓ダムも。
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眼下は見事な紅葉だ。
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右手には百松沢山(1043m)。美しい双耳峰になった。
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神威岳の北斜面。
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頂上台地の直下はササをかき分けて登る。
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鞍部から40分かかって、やっと頂上台地にのった。
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この先、しばらくわりと背の高いササの道を歩かされる。
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地形図で見ても、三角点は細長い台地の奥寄りにあるので、それは想定していた。
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でも、10分近くも歩くことになるとは思わなかった。
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その分、眺望は堪能できた。
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国道230号の渋滞はさらにひどくなっている。
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背後に神威岳の雄姿。
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定山渓温泉。見えているのは定山渓グランドホテル瑞苑だろう。
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定山渓ダムの右上のとんがりは小天狗岳(765m)。
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さらに進むと、グランドホテルの手前に定山渓ホテルと花もみじも見えてきた。
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前日に定山渓温泉をくまなく散策したばかりなので区別がつく。

11:17、烏帽子岳に登頂。
頂上は一応それなりのスペースがあったが、神威岳よりは断然狭い。
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しかも、展望は南の方角が開けているだけで、若干面白味に欠ける。
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定山渓ダムのさっぽろ湖が、さっきよりちょっと広く見える程度。
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そして小天狗さん。
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ここは三等三角点。
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やはり、お昼は少し戻った眺めのいいところで食べることにして、ここでは写真撮影だけに留めた。
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適地を求めて引き返す。
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途中、石狩湾と石狩川の河口が確認できた。
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石狩新港と風車群も。
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神威岳が再び見えてきた。
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10分ほど進み、頂上台地の東の端の開けた場所に腰を下ろす。
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ここには石がちょうどいいイスになるような配置になっており
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登ってくる時に、もし山頂が今イチなら、ここで食べようと目を付けておいたのだ。
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神威岳はじめ東から南の展望が独り占めできる絶好の展望レストランだ。
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波のように並んでいるのは漁岳(1318m)。
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渋滞は、小金湯温泉の交差点あたりまで続いているようだ。
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神威岳の頂上部。こちら側からだと岩壁があまり目立たない。
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砥石岳の山並み。
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ササとダケカンバ。
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あまり秋らしくない大きな雲が浮かんでいる。
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南東方向の全景。中央奥は札幌岳。
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今日のメニューは、おにぎりとカレーヌードル。
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テルモスのお湯だけでつくったが、すこし長めに待ったら、全然固くなかった。
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出発しようとしたところで、単独男性が登ってきた。
烏帽子岳で会う初めての登山者である。

30分ほどで出発。
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左前方に胸の谷間。
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石狩平野の奥に樺戸三山も見える。
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手稲山の南斜面。例のガレ場も見える。
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中央の突起はネオパラ。
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雄冬岬かな。
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ササに捕まりながら、慎重に下っていると、今度はハーフの男の子2人(小学校中学年くらい)が半袖姿で登ってきた。
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(しばらく写真と文章は関係ありません)

O君が「半袖で大丈夫かい。切らないかい」と声かけたら、「大丈夫」と日本語で答えて、元気に進んで行った。
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その後まもなく、母親とおぼしき日本人が登ってきた。
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父親が白人ということなのだろう。
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母親だけで、よくこんなところまで子供を連れてきたものだ。
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豊栄山のフッズスキー場。
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この後も、親子くらい年の離れた男女ともすれ違った。
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烏帽子岳への道も、それなりに歩かれているようだ。
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なんとか無事にコルまで下ってきた。
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次は70mほどの登り返し。
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背後には剱岳のような定山渓天狗岳(1145m)。
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これはさっき私がスリップして尻餅をついたところ。
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分岐の手前で、ランチ中にすれ違った単独男性が追いついてきた。
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足の速い方が多い。

さっきは気づかなかったが、分岐にはこんな道標もあった。
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さてあとは下るのみだ。
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すぐに、ロープ場にさしかかる。
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まずはO君。
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私は後ろ向きで下った。
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おじさんにはロープ場の下あたりで、先に行ってもらった。
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かなり汗をかいていた。
汗と言えば、私も今日は大量にかいた。
もう秋だし、アクエリアスは1㍑でいいと思っていたが、これでは足りなくなりそうだ。
いざとなったら、テルモスに残っているお湯を冷やして飲むしかない。

神威岳の岩壁の下には長大な雪崩跡がある。
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この斜面は砂岩・礫岩を主体とする堆積岩類だ。
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神威岳の独特の形は、下部の砂岩・礫岩層がやや緩い斜面を形成し、上部の火山角礫岩類が岩峰を形成するという地質のコントラストのなせる業なのだそうだ。
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巌望台までの下りは、紅葉街道。
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今年はあまりきれいじゃないと言われるが、ここは例外かもしれない。
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しかし、かなり急な下りなので、気分的にゆっくり愛でている余裕はない。
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藤野三豊山と藤野富士は低山なのに、非常に目立つ。
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やっと鞍部まで下ってきた。
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分岐から200m下ったことになる。ここ20mほど登り返し。
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その途中の巌望台からもう一度、神威岳の雄姿を眺めた。
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登りの途中で、ホコリタケを発見。
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横っ腹をつまんで、胞子を吐き出させて遊んだ。
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これはクマゲラか何か、キツツキの仲間の巣だろう。
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登り切ると、今度は黄葉街道になった。
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(つづく)
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神威岳・烏帽子岳(3)

【2018年10月8日(月)】神威岳・烏帽子岳
神威岳(983m)の頂上直下まで登ってくると、烏帽子岳(1110m)がやっと姿を現した。
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ロープ場を登り切って、わりとすぐに烏帽子岳との分岐に出た。
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左手の烏帽子岳方面の道を見ると、きれいな踏み跡になっていて安心。
これが続いてくれるなら、それほど苦労しないで行けそうだ。
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振り返ると、その烏帽子岳の女性的なスカイラインを望むことができた。
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分岐から3分で、神威岳に登頂。
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時刻は10時を回ったところ。
ちょうど3時間。ぴったりコースタイム通りだった。
「ミスターコースタイム」の本領発揮である。

早速、360度の眺望をカメラに収める。順に見ていこう。
北には百松沢山の南峰(右、1043m)。
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百松沢山の三角点があるのは北峰(1038m)だが、南峰の方が標高が高い。
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その左肩から手稲山(1023m)が覗く。
左の突起は、この冬に登った手稲山西峰(991m)
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その左は、無名峰(961m)。
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北東に札幌の市街地。
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中心部にはJRタワーがはっきりと見える。
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その左に三角山(311m)。奥には丘珠空港が見える。
白い円形はコミュニティドーム。
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東に藻岩山(左奥、531m)と砥石山(826m)。
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南東には藤野三豊山と藤野富士(中央右、651m)。左奥は島松山(506m)。
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はるか向こうに苫小牧方面がかすかに見える。
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南には、空沼岳(左、1251m)と札幌岳(右、1293m)。
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空沼岳の左肩には、樽前山(1041m)と風不死岳(1102m)。
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南西の無意根山(1464m)はちょっと木に隠れている。
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西には定山渓天狗岳(1145m)。
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その右奥に余市岳(1488m)。
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頂上のガスが取れそうで取れない。
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定天と余市岳のツーショット。
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周囲の山肌の紅葉も実に美しかった。
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そして2人で記念撮影。ちょっと陽射しがまぶしかった。
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わりと広い山頂で、まわりに木が生えているので、ここがあの岩壁の上であるという実感がない。
座るのにちょうどいい木の根があったので、どっかり腰を下ろして、お汁粉をいただいた。
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今日は台風崩れの温帯低気圧の影響か、北海道の10月にしてはやけに暖かい。
随分汗をかいたので、冷たいものが欲しいくらいだったが、熱いお汁粉もパワーになった。

頂上には、入林届で見た先行の単独男性と、さっき抜かれた単独男性の2人がいた。
先行男性は間もなく下りていったが、もう一人の方にちょっと話しかけてみた。
「烏帽子には行かれるんですか」
「行こうとも思ったのですが、遅くなっちゃうから止めます」
「なんか午後に用事でも?」
「いえ、旭川から来てるもんですから」
それは大変だ。でも、2時間で百松橋まで来られたという。
小金湯で温泉に入って帰宅すると言っていた。

ところで、神威岳の山名の由来については諸説あるようだ。
札幌市教育委員会編「札幌地名考」(北海道新聞社)には、
アイヌ語の「カムイ・ヌプリ(神の・山)」の意味であるが、一説には「キムン・カムイ」(山の神)で、クマを指すのだともいわれている
と書かれている。
『北海道夏山ガイド①道央の山々』には、
アイヌ語名は「プーネシリ」または「エペシ」で、「神威」は陸地測量班によるものと思われる、と記されている。
「エペシ」説は、元営林署職員で山名研究家の村上啓司が唱えているものだ。
「エペシ」とは「頭が岩崖」の意味で、それが「エボシ」に変化して、隣の烏帽子岳に名前が移ったと推測している。
また、別名として「モンパー」というのもあるらしい。「切り立った山」を意味するフランス語の「モン・パーペンディキュラ」が縮まったものだそうだ。

20分ほどの休憩で出発。
まず、分岐まで急坂を下る。
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分岐の先に「体力と相談せよ」との警告文が掲示してあった。
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右側が断崖なので左側に沿って歩くようアドバイスも。
距離は往復2.8kmだそうだ。

この看板を過ぎると、早速右手に奈落の底への入口が。
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正面に、これから登る烏帽子岳。意外に高い。
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まるい山だが左側(南)には岩壁も見える。
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鞍部の最低コルの標高は880mなので、100mも下らなければならない。
そのあと230mも登り返しがある。
コースタイムは1時間20分とあるが、1時間もかからないような気がする。
でも実際は、ほぼ1時間だった。
ただ、それも、ササをきれいに刈ってくれていたおかげであって、やぶこぎだったら、やはりコースタイムくらいはかかったであろう。
2018年版の「山と高原地図」にも「道不明瞭」「迷」「ヤブ漕ぎ」と書かれている。
しかし、最新版に最新のデータが載っているとは限らない。
執筆者が毎年、全ルートを回れるわけではないからだ。
でも、毎年改訂するのであれば、自身の情報網を生かして、状態を把握し、その情報を反映させるなどの対応をとってはどうか。
「山と高原地図」の解説文には「(烏帽子岳)山頂の標識は朽ち果て、三角点石柱のみがある」とあるが、標識はとっくに新調されている。
このくらいの情報はネットに流れている一般登山者のレポートでも確認できるはずだ。
実際に現地に行けないなら、そのくらいの手間はかけてほしい。

最低コルに下るにはロープ場をクリアしなければならない。
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この手前で、私はスリップして尻餅をついてしまったので、より慎重に。

右手の百松沢山には夏道がない。
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O君は「冬にスキーで行こう」と言ってくれてはいるのだが、雪崩が怖い。

それにしても紅葉がきれいだ。
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烏帽子岳は恥ずかしがり屋のようで、なかなか全身をさらしてくれない。
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定天は時々見えるのだが。
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鞍部は黄色の世界だ。
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おお、やっと見えた。なかなか堂々としている。
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青空に映える。
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ダケカンバの紅葉はすでにみな落ちてしまったようだ。
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結果的に、きちんとササが刈られていたおかげで、道が不明瞭なところもなく、そういう意味では快適だった。
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しかし、烏帽子岳への登りは想像以上にしんどかった。
直登に次ぐ直登。
傾斜がきつくなっても全くジグザグにならなかった。

登り始めて振り返ると、神威岳が見えてきた。
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西から見ると、あまり角張っていない。
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藻岩山は裏から見ると、全く印象が違う。
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神威岳と空沼岳(右)。
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紅葉とセットで。
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気温が高いので緑も元気だ。
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標高1000mに近づくと路面に岩が現れた。
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神威岳の右奥は支笏湖北岸の紋別岳(866m)。
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まさに急登に次ぐ急登。
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カメラ休憩が何度も必要になる。
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神威岳の向こうは太平洋だ。
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この辺では見慣れない岩石だ。
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急登に耐えて、標高差で半分以上登ると、樹木のないガレ場となり
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一気に展望が開けた。
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ここから振り返って見る神威岳の姿は圧巻だ。
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この眺めも、北海道山岳景観ベスト100に選定してもいい気がする。
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(つづく)
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神威岳・烏帽子岳(2)

【2018年10月8日(月)】神威岳・烏帽子岳
アプローチの林道歩きを終え、登山道を神威岳(983m)目指して登っている。
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トドマツ林の緩斜面を進む。
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一度小さな沢に下りる手前で、神威岳の岩峰が姿を現したので立ち止まった。
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そのタイミングで後ろから、わりと年輩の単独男性が追いついてきた。
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滑りそうなところだったが、ひょいひょいと下っていって、山慣れしているような感じだった。
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O君はここでついでにお小水も済ませ、慎重に下る。
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最後はロープ場だった。
沢を渡ると対岸もロープ。
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軍手をはめて、O君に続く。
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そして、標高500mを超えると急登が始まった。
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と同時に植生も広葉樹に変わり、紅葉が目立ってきた。
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しばし、ご堪能を。
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天気がいいだけに紅葉も目に鮮やかだ。
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左手にぽっこり見えてきたのは、焼山(豊平山、663m)。
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オオカメノキはまだ若い。
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基本的に尾根の右側に道がついているので、時々、木々の隙間から神威岳の山頂部を望みながら歩く感じになる。
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右後ろに見えてきたのは、おそらく百松沢山の南峰(1043m)。
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しかし、それにしてもきつい。
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太い倒木を乗り越えようとした時、体を止めて、「疲れたわ」とつぶやいたら、O君は「休むか」と言ってくれたが、座れそうな場所もないので、「いや、大丈夫」と答えた。

きつい分、紅葉の美しさが励みになる。
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時々、覗く神威の岩峰も勇気をくれる。
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急登は標高差で200m続いたが、ロープ場を登り切ったところに、「見晴台 お休み処」という看板が出現。
腰を掛けるのに、おあつらえ向きの倒木があったので、ここで少し休むことにした。
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「喫煙所」という今では考えられない看板が掛かっていたという場所はここのことだろう。

ただ、「見晴台」というわりには、それほど見晴らしはよくない。
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一応、木の間から神威岳の岩峰は見えるのだが、全体が見えるわけでもない。
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ここは標高710mほど。
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頂上までは、あと270mもある。
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まだ9時だというのに、O君はもうお腹が空いたのかパンをかじっている。
食欲旺盛だ。さすがに肉体労働者は違う。

ゆっくりしたいのだが、ここは日蔭で少し風もあるので、汗が冷えてきた。
寒くなる前に出発することにした。休憩は10分だった。
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この先は100mほど平らだが、すぐにまた30mほど直登しなければならない。
その後はまた200mほど平坦で、鞍部まで20mほど今度は下る。
しかし、その間の眺望は抜群である。
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岩肌がかなりくっきり見える。
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神威岳は、顔だけでなく肩も見えてきた。
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南東にのびる稜線。
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東は砥石山(826m)だ。
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道は一瞬、尾根の左側に隠れる。
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立派なダケカンバが生えていた。
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晩秋には落ち葉のラッセルになることだろう。
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かなり近づいてきた。
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頂上は岩の上の、あのちょっとまるくなっているところだろうか。
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標高は750mを超えた。
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紅葉が本当に素晴らしい。
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鞍部へ下る途中に、巌望台があった。
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ここからは神威岳の頂上部だけでなく、その全容を初めて望むことができた。
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火山角礫岩の岩峰である。
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砥石山の山並みも手に取るよう。
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ここまで林道終点から1時間20分。
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コースタイム通りだが、見晴台での休憩10分を考えれば、まずまずのペースだ。
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ここから鞍部までもう少し下り、760m地点から一気に登り返す。
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この登りがまたきつい。
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この山は標高1000mに満たないが、相当歯ごたえがある。
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北海道の山は、登山口の標高が低いし、アプローチも長いので、標高のわりに概してきつい。
しかも、あまり整備されていないので、休憩適地がめったになく、ついつい長く歩かされてしまう。
夏は虫が多いので、さらにゆっくり休めない理由が加わる。
要するに、ワイルドなのだ。
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ただ、ここの登りは時々、展望が開けるので、そのたびにカメラ休憩を取れるのがありがたい。
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札幌岳(1293m)が登場。
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その左には空沼岳(1251m)。
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紋別岳(中央左、866m)とイチャンコッペ山(右、829m)。
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樽前山(1041m)の稜線と風不死岳(1102m)も現れた。
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この子たちのことですよ。
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それらの全景。
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台形を呈しているのは神威岳の南西尾根。
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しかも、真っ赤な紅葉や真っ黄色の黄葉が連続して、疲れた体を脳から癒してくれた。
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原色と言ってもいいくらいだ。
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このまだら模様も美しい。
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ときには、喜捨に喜びを感じる葉っぱも。
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倒木をくぐる。
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今度は左手に、頂上はガスに隠れているが余市岳(1488m)が登場。
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余市岳と朝里岳(1281m)の鞍部。
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そして、神威岳と兄弟のような定山渓天狗岳(1145m)。
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スーパーレッドだ。
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まさに極致。
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藤野富士と藤野3豊山。4役そろい踏み。
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眼下の八剣山(498m)があんなに小さい。
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小金湯交差点あたりの国道230号線。下り線が渋滞している。
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その奥は豊滝あたり。
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岩峰直下まで来た。
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もう少し、のはずだ。
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道は左から岩壁の裏側の方へと回り込む。
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岩壁を登るわけにはいかないのだから当然だ。
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「山と高原地図」には、烏帽子岳(1110m)からの帰りも神威岳にもう一度登らないといけないように書かれていたが、地形図をよく見ると、頂上の20mくらい下に分岐があることが判明。
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二度、神威を越えないといけないのかと思っていたので、かなり気が楽になった。

その分岐の直前に、わりと長いロープ場があった。
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火山角礫岩の露頭である。
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一応小さな足場は随所にあるようだが、表面が濡れているし、強がらずにロープは存分に活用させていただいた。
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(つづく)
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神威岳・烏帽子岳(1)

【2018年10月8日(月)】神威岳・烏帽子岳
10月の3連休は、土曜日がお仕事、日曜日がやぼ用ということで月曜日しか空いていない。
H君は、日月のツアーで日高の楽古岳に行くとのことだったので、8日(月)はO君と日帰りで神威岳・烏帽子岳に行くことに決めていた。
毎週やってくる台風のために決行が危ぶまれたが、台風は7日未明のうちに日本海で温帯低気圧に変わり、あっという間に通り過ぎて行った。
というわけで、8日は朝から晴れわたり、台風一過絶好の登山日和になった。

神威岳(983m)は国道230号の豊滝あたりから望むことができるが、西部劇に出てくる岩山のような山容でかなり目立つ。
s-kamui14-0.jpg(ネットより)
子供の頃は名前すら知らなかったが、よく見知っていた山で「王冠」のようだと思っていた。
奥にある烏帽子岳(1109m)の方が高いが、饅頭のような形なので、やはり神威岳の方が際立ってしまう。
そんな神威岳がなぜ、道新スポーツ選定(2000年)の「北海道の百名山」に含まれていないのか、はなはだ疑問である。
ちなみに、山と渓谷社の「北海道百名山」ではちゃんと選ばれている。

この日は5:45に起床。久々にお湯など沸かしてテルモスに入れ、6:20に出発。
藤野にあるO君の家に迎えにいく約束の時間は7時だったが、6:40には到着した。
彼をピックアップして、まっすぐ登山口の百松橋へ。
しかし、橋詰めにある2台しか置けない駐車スペースはすでに埋まっていたので、300mほど戻って、国道脇の廃道に停めることにした。
しかし、その廃道の入口に車を停めて、テン泊をしている人がいた。
かろうじて通りぬけることができたが、ちょっと非常識。
誰も来ないと思ったら大間違いだ。

我々は靴を履き替えて、7時前に出発。
そのまま百松橋に向け廃道を歩き始める。
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間もなく廃道が尽きたので、百松橋バス停のところで国道に出た。
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車両通行止めになっている百松橋を渡る。
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眼下は豊平川だ。
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私は昨日も下見を兼ねて、ここに来て、初めて百松橋を渡ったが、O君も地元出身なのに渡るのは初めてだという。
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紅葉のピークにはちょっと早かったが、とてもいい眺めだった。
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百松橋は改修工事のため、昨年8月17日から9月30日まで車両通行止めの規制が行われた。
しかし、思ったより老朽化が激しく、抜本的な対策(架け替え?)が必要と判断されたのか、9月28日付で規制期間が無期限に延長された。
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石狩森林管理署の告知によれば、「橋梁の老朽化が著しく、安全が確保されるまでの間について車両の通行を制限することとしました。なお、車両通行止めの解除については未定です」とのことだ。
管理者のくせに「安全が確保されるまでの間」なんて他人事のような言い方で気に入らないが、架け替えとなると相当な費用がかかることが想定されるので、林業として烏帽子岳周辺で生産性が見込まれない以上、永久に車両通行止めのままだろう。

歩行者の通行すら危なくなったら、登山者の道はどう確保するのか。
安価な吊り橋にでもしてくれたらいいが。
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それはともかく、前日もあったのだが、この黄色い自転車が気になる。
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カゴに落ち葉が積もっていたので、ここに置かれてから何日も経っていると思われるが、タイヤにはパンパンに空気が入っているので、そう古いものではない。
せいぜい数日から1週間という印象だ。
登山か釣か分からないが、持ち主は遭難したのだろうか。
無事であってほしいものだ。
一応、札幌南警察署には連絡をしておいた。

橋を渡ると、右手に「小屋」とは名ばかりの「百松沢小屋」がある。
札幌周辺の山のふもとによく見られるタイプのものだ。
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ここで入林届を記入。
車は2台あったが、記入しているのは単独男性1人だけ。
もう1人は百松橋で釣り糸を垂らしていたので、計算は合う。
先行者は30分前に出発しているようだ。我々は今日2組目ということになる。
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左は神威沢林道だが、これは登山道とは関係ないので
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我々は直進する。
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熊鈴はしっかり持ってきた。O君は忘れたという。
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右手は「苗圃跡」であると、『北海道夏山ガイド①道央の山々』(北海道新聞社)には書かれている。
地形図には「その他の樹木畑」の記号があるので、植林のために、トドマツか何かの幼木を育てていたのだろう。
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樹木越しに見る限り、現在は荒れ地と化していた。
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すぐに木造の廃屋が現れた。
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中には入らなかったが、おそらく営林署関係の事務所だったのだろう。

林道は間もなく右にカーブするが、そこがちょっとした広場になっていた。
すぐ先にゲートがあるので、百松橋が通行止めになる前はここまで車が入れたのだろう。
前述の書には、ここに移動式トイレがあった写真が掲載されているが、トイレはすでに撤去されていた。

この先が登山道に通じる百松沢林道である。
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この周辺は北海道の「烏帽子岳自然景観保護地区」に指定されているようだ。
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百松橋を通行止めにしたことで、もうここまで車が来ることもないので閉める必要がなくなったのか、ゲートは開放されていた。
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そのまま通過し、涼し気な林道をのんびりと歩く。
DSC_4798_20181010094216227.jpg
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10分ほどで、右手樹林越しにダム湖が見えてきた。
砥山ダムである。
CIMG1585_20181010094356796.jpg砥山ダムは1972年(昭和47年)の完成で、高さ30m、堤頂の長さは217m。
ダム湖の面積は0.13㎢だから、比較的小規模なダムだ。
これができる前は、百松橋の直下はかなりの渓流だったことだろう。

右手に盤の沢山(939m)、またの名を簾舞富士が垣間見えた。
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砥山ダムのすぐ上流で合流する百松沢に沿って、今度は左にカーブする。
DSC_4801_2018101009422061c.jpg

一気に川面が近づいてくる感じだ。
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山はほんのり色づいている。
DSC_4803_20181010094152dca.jpg

真っ赤に染まっているのはイタヤカエデか。
DSC_4804_20181010094153a8b.jpg

空は、真っ青だ。
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雪の重みのせいか、ガードレールが完全にひしゃげていた。
DSC_4806_20181010094156de2.jpg

間もなく、左手に大崩落跡の崖下を通過する。
CIMG1577_20181010094355cf4.jpg

ここで地質が一気に変わると、O君が言う。
手前は赤茶けた岩石だが、崩落しているのは黒い火山角礫岩だ。
DSC_4807_20181010094119e9c.jpg

神威岳はこの火山角礫岩類でできていて,登山道の途中の巌望台からはほぼ水平なその堆積構造が見られるという。
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道路の法面も火山角礫岩で真っ黒だ。
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右手には百松沢の流れ。
DSC_4809_20181010094123d4b.jpg

激流が角礫岩を思い切り削っている。
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路面はところどころ泥濘や水たまりがあって、序盤から靴がかなり汚れてしまった。
DSC_4812_20181010094055c71.jpg

この大崩落跡から5分もしないうちに、林道をショートカットする登山道(短絡路)への分岐に到着。
立派な道標が立っていた。
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ひと登りで台地上の平坦な道に出る。
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このあたりでは、道内では希少なテンニンソウが見られるらしいが、もちろんもう季節はずれだ。
荒れた小さな沢を渡る。
DSC_4815_20181010094059a43.jpg

あまりきれいではない小さな沼のほとりを通過。
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短絡路入口から20分ほどで再び林道に出た。
DSC_4817_20181010094028ccc.jpg

百松橋で標高約240m。ここが300m弱。
40分ほど歩いてきたが、まだ60mしか標高を稼いでいない。
DSC_4818_20181010094030cd1.jpg
ちょっと暑くなってきたので、ここでウインドシェルを脱いだ。
出発時にストレッチをするのを忘れたので、軽く膝の屈伸をアキレス腱伸ばしだけは、ここでしておいた。

この先の林道は百松沢から枝分かれした支流の右岸を進む形になる。
DSC_4819_20181010094031874.jpg

路面は落ち葉の湿ったじゅうたん。
DSC_4820_201810100940335de.jpg

途中、そのさらに支流の濁流で林道が流された箇所があり
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車はこれ以上進めない状態になっていた。
DSC_4822_20181010094001217.jpg

それだけに、その先の道は人の歩く幅だけになってしまった。
DSC_4823_20181010094003423.jpg

一瞬、神威岳の頂上部が見えた。
DSC_4824_20181010094004cda.jpg

ここまで来ると、もはや林道の痕跡すらない。
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氾濫地点から3分で林道終点(登山口)に到着した。
DSC_4826_20181010094008156.jpg

ここまで1時間とちょっと。ほぼコースタイム通りである。
DSC_4828_20181010093937f25.jpg

登山口から先はいきなり急になったと思ったら、すぐになだらかになり、依然として標高は稼げない。
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路上にカタツムリを発見。どうか誰にも踏まれませんよう。
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(つづく)
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樽前山・風不死岳(8)

【2018年9月29日(土)】樽前山・風不死岳
樽前山(1041m)の外輪山を1周して七合目駐車場に向けて下山中。
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今日は風不死岳(1102m)にも登ってきた。
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なかなか充実した山歩きであった。
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東外輪山から25分ほどで支笏湖展望台まで下りてきた。
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登山口まであと5分だが、ここのベンチに腰を下ろして、ひと休み。
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しばし湖面を見つめる。
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東京から遊びにくる山好きの人には、まずここに案内したいなあと実感した。
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小さな女の子2人と登ってきたイクメンパパがほほえましかった。
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さあ、腰を上げましょう。
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さくさく下って、駐車場に到着する直前、2週間前にはなかった補助階段を発見。
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こまめに整備をしてくれているようだ。ありがとうございます。

登山届のノートを見ると、今日は何ページにもわたって数えきれないくらいの人が入っていたことが分かった。
藻岩山や円山などを除くと、北海道ではトップクラスの登山者数を誇る山だろう。

というわけで、15:20過ぎに駐車場に到着。
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トイレを済ませてから、早速、支笏湖西岸の丸駒温泉に向かった。

16時過ぎに到着。
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「受付は15時で終わっていますので、1時間ほどでお願いします」とフロントの女性。
15時で終わりとは知らなかった。
でも、ご親切にありがとう。お言葉に甘えさせてもらった。

早速、露天風呂へ。
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前回はぬるくて、水位もかなり低かったが今回は115cmもあり、お湯も適温だった。
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おかげで、ゆっくりと野趣あふれる温泉を楽しむことができた。

あいにく、他のお客さんもいたので、露天風呂の写真は撮れなかった。
ただ、露天風呂からの眺めは撮ることができた。
正面には、裾野を延々と広げる風不死岳。
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紋別岳(左、866m)とモラップ岳(右、506m)。
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のんびりしたので、内湯に戻って体を洗う。
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内湯にも露天風呂があって、そこからは桟橋をからめた風不死岳を望むことができた。
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ついでにモラップ山方面も。
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ここは、ナトリウム・カルシウム-塩化物・炭酸水素塩・硫酸塩泉(中性低張性高温泉)で飲用に供することもできる。
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源泉の温度は54℃だそうだ。
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絶好のロケーションである。
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さあ、お腹が空いた。
お昼はおにぎり2個しか食べていない。
ガムで空腹を紛らせながら、車を走らせる。
今夜はちょっと足を伸ばして、簾舞にあるうどん屋「塩屋」に行くつもりだ。
住宅街の中にあるので、ちょっと迷ったが、18時前に無事到着。
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人気の店だけあって、かなり混んでいた。
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私が注文したのは、小鉢がたくさん付いた塩屋定食。
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うどんはもちもちでコシもあって、評判通りとてもおいしかった。
ここは高校の後輩の中学時代の同級生の実家だそうだ。

店内にノーベル化学賞の鈴木章先生と、漫画家いがらしゆみこの色紙が飾ってあった。
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私は「キャンディ・キャンディ」のファンであるが、いがらしゆみこの素性については詳しく知らなかった。
旭川市出身で、札幌旭丘高校在学中にデビューし、現在は札幌市内に在住しているらしいが、調べるまで何も知らなかった。
1950年生まれというから、もう68歳だ。
何だか感慨深い。

それはともかく、食事はおいしくいただき、充実した山行の幕を閉じた。
帰宅後は洗濯を済ませて、21時には寝てしまった。
お疲れ様でした。

【行程】2018年9月29日
七合目登山口(7:20)~東外輪山(8:02撮影8:04)~東山(8:13撮影8:18)~北外輪山(8:44)~932m峰(9:04休憩9:21)~ヒュッテ分岐(9:37休憩9:39)~936m標高点下(10:09)~995mピーク下(10:27休憩10:33)~1090mピーク下(10:50撮影10:56)~風不死岳(11:04昼食11:33)~1000m地点(11:56着替え11:59)~920m地点(12:15休憩12:19)~785m台地(12:47休憩12:58)~ヒュッテ分岐(13:10)~北外輪山(13:25)~西山(14:00撮影14:04)~樽前山神社奥宮(14:28参拝14:31)~東外輪山(14:47撮影14:49)~支笏湖展望台(15:15休憩15;19)~七合目登山口(15:23)
※所要時間:8時間3分(歩行時間:6時間26分)コースタイム:7時間50分
※登った山:4座(うち新規3座:932m峰、風不死岳、西山)
※歩行距離:14.1km
※累積標高差:約1250m
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樽前山・風不死岳(7)

【2018年9月29日(土)】樽前山・風不死岳
樽前山(1041m)の西山(994m)から東外輪山に向かっている。
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目の前には巨大な溶岩ドームが常に見えている。
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これから、あの道を登っていく。
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直径450mに達する溶岩ドームは大迫力である。
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火口原の向こうに風不死岳(1102m)。
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西山から下り、ほぼ火口原の高さまで下りてきた。
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南東火口からは盛んに噴気が上がっている。
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真っ黒な溶岩。
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大陸かどこかの風景のようだ。
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西山へと続く外輪山。
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鞍部の標高は880mほど。
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大きな雨裂の裂け口を横断する。
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溶岩ドームと風不死岳。
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外国人は北海道のあちこちに出没しているが、樽前山では見かけなかった。
ぜひ、ここには来ていただき、この風景に圧倒されてほしいと思った。
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西山を振り返る。
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前方から人が来たので脇によけた。
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しかし、こっちがせっかく道を譲っているのに、その人は私の手前で立ち止まり、どうぞという仕草。
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面倒なので譲ってもらった形になって、すれ違ったのだが、こっちが先によけているのに、なぜ素直に通っていってくれないのだろう。
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今日は、そういう人が2,3人いた。
向こうが登りで、疲れるから先に下りて、という意味ならまだ分かるが、そういうことでもない。
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私が避けたところが狭いので、もっと広いところで、というわけでもない。
どういう心理なのだろうか。
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何かの気配りのつもりなら、さっさと通過してもらった方が余程ありがたい。
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噴気口はドームの南側に集中しているようだ。
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左前方に朝通過した東山(1022m)が見えている。
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その手前は大小の火山弾が散乱する火口原。
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ちょっと陽が陰った。
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再び西山を振り返る。本当に木1本生えていない。
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標高差で40mほど登って、樽前山神社奥宮に到着。
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神社が造営されたのは1928年(昭和3年)で
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1952年(昭和27年)にコンクリート製につくり替えたのだそうだ。
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このシェルターは造営当初からあったのだろうか。
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と思って中に入ったら、社殿は木造。
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ということは、造り替えというのは覆い屋のことを言っているのだろう。
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私も遅ればせながら、安全祈願をさせていただいた。
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さて、この先はルートが2本ある。
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右側はドームが見えにくそうだし、いったん少し下らないといけないので、左側に進路をとった。
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ここから標高差でさらに50m登らなければならない。
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南山麓と太平洋。
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溶岩ドームは南東側にも大きな裂け目があった。
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火山弾の散乱が激しい。
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100年前から止まったままなのだろうか。
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これは火山弾というよりは、上からの崩落なのだろう。
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左側のルートは完全な尾根道ではなく、道はトラバース状に付けられていた。
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だいぶ南東火口の高さに近づいてきた。
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火口原の盛り上がり。標高は920mほどある。
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火口原と西山。
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奥宮を振り返る。
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火口を近くまで行って見てみたいなあ。
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現在は噴火警戒レベル1である。
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2007年に噴火警戒レベルを発表して以来、樽前山はずっと1だ。
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火口原への立ち入り解禁も検討してほしい。
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左前方が本日最後のピークとなる。
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左ルートは最後に若干の下りがあったので、右ルートより得していたわけではなかった。
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西山の稜線が直線的で、まるでテントのようだ。
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東山。
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だいぶ回り込んできたので、東にある新千歳空港が見えてきた。
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結局この日は、ずっと大きな雲に付きまとわれていた気がする。
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さあ、ここまで来れば、あとは下るだけだ。
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西山とドームが1枚に収まる角度まで戻ってきた。
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風不死岳も東火口原の向こうに見えてきた。
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東火口原の盛り上がりは津波のようだ。
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東山へ続く外輪山。
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今日はもう7時間以上歩いているが、景色が素晴らしくて、全く疲れを感じなかった。
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不思議なものだ。
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雄大な山麓。
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その先は苫小牧。
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火口原にかつての道が見える。
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この道は東外輪山(東山分岐)から始まっている。
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その入口にはロープが張ってあった。
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というわけで、ようやく外輪山を一周して東山分岐にたどり着いた。
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よく見ると、ここに「樽前山国有林」と書かれていたであろう標柱が立っている。
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林なんてどこにもない。「国有林」のエリア内なのだろうけど、ちょっと違和感。
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さあ、あとは来た道を引き返すだけだ。
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ドームよ、さらば。また会おう。
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山麓よ、こんにちは。また来たよ。
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沖のフェリーさん、いってらっしゃい。
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なんて、もう15時近いのに、まだ登ってくる人がいる。びっくりぽんや。
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支笏湖にも再会。
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空沼岳にも。
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千歳市街はようやく見えるようになった。
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その左は恵庭市街かしら。
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この時間になって、やっと天気が安定してきた感じだ。
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風不死岳はまだ黒いけど。
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絶景の下山路である。
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先ほどはお邪魔しました。
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きっと、また参ります。
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(つづく)
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樽前山・風不死岳(6)

【2018年9月29日(土)】樽前山・風不死岳
風不死岳(1102m)から樽前山(1041m)の西山(994m)に向かっている。
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109年前にできたばかりの溶岩ドームはまだ、かなり生々しい。
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溶岩ドームの縁に転がっている巨大な岩は、火山弾ではなく、ドームから崩れ落ちたものだろう。
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こうして見ると、ちょっとギザギザ過ぎるがエアーズロックのようにも見える。
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いずれにしても日本離れした風景だ。
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1909年(明治42年)の噴火は1月11日の夜、山頂に火柱が上がったところから始まった。
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22日夜には山麓で降灰が記録されている。
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2月6日には鳴動が起こり、噴煙が上がった。
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10日には大砲のような音響が2回あり、18日には噴煙がかなり高く上がったという。
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3月3日には、3回にわたって地鳴りが発生。
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3月30日朝、ついに大爆発を起こした。
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噴煙は約7600mの高さに達し、南から東の空が約2時間、噴煙に覆われたそうだ。
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火口付近には大きなもので直径2mに達する噴石が飛び、太平洋上の漁船にも降灰があった。
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4月12日の噴火では、電光とともに黒煙が立ち上った。
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この時の噴煙の量は3月30日の10倍に達し、火山弾を広範囲に飛ばした。
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山麓には最大径22cmの軽石が降り、支笏湖にも砂状の降灰があった。
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13~16日には噴煙とともに強い鳴動があり、山麓では降灰を2回記録。
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現在の溶岩ドームが急速に形成されたのは4月17~19日にかけてのことだった。
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5月2日にはドームの成長がほぼ止まり、頂部は平坦になった。
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最大径は450m、比高134mに達した。
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その後も1917年(大正6年)から21年(大正10年)まで5年連続で水蒸気噴火が発生、活発な活動を続けた。
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当時、周辺に住んでいた人々は恐怖におののいたことだろう。
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西山から樽前山神社奥宮に通じる外輪山は、ここで途切れている。
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えぐれたところからは苫小牧の町並みを望むことができた。
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その後は東山に向けて、ぐいぐい高度を上げていくことになる。
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樽前山の外輪山1周はかなりのアップダウンがあることが、よくわかった。
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溶岩ドームの南側の裂け目から、かなり勢いよく水蒸気を噴き出している。
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南東火口には柵が見えるので、かつては、あそこまで行って至近距離から火口を見学できたのだろう。
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いよいよ西山の登りに差し掛かった。
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ここも地面が一部、もふもふの苔に覆われている。
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標高差は100m弱だ。
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樽前山は2013年に火山性の地震を発生させて以来、目立った活動はしていないようだが、溶岩ドームに登れるようになる日は来るのだろうか。
ちなみに自己責任で登る限り、とくに法律違反ではないようではあるが。
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南側に崩落した溶岩たち。
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北側からみたらモンサンミシェルのように見えた瞬間もあったのだが、西側から見ると、お掃除ロボット「ルンバ」みたいだ。
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噴気口に近くは硫黄のせいか白くなっている。
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西山には大きな観測施設がある。
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これは奥宮への登り道。
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対岸に東外輪山(東山分岐)の標柱が見える。
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風不死岳の左奥には恵庭岳(1320m)。
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支笏湖方面はすっかり晴れ上がった。
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南東火口の活動が一番盛んだ。
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溶岩ドームの真ん中に宇宙人が潜んでいた。
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西山から何かホースのようなものが下りている。水をどこかからポンプアップしているのかしら。
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樽前山南斜面と太平洋。
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鞍部の南側は3列にわたって裂けている。
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樽前山神社奥宮と苫小牧市街。
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西山頂上からは錦岡コースがふもとに通じているはずだが、確認するのを忘れてしまった。
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風不死岳の全容。
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外輪山周遊路との分岐を通過。
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頂上まで、あと200mだ。
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現在は涸れているが、大雨が降ると激流になるのだろう。
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北外輪山の向こうに支笏湖と紋別岳(866m)。
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縦走路にあった巨大な火山弾が豆粒のように見える。
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西山には14時ちょうどに到着した。
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ここには、ソーラーでくるまれた観測施設が2基あった。
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ひとつは北海道開発局のものだった。もう一つは気象庁だろう。
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西山からの風不死岳。
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その左肩に恵庭岳。
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風不死岳山頂部は真上の雲のために真っ暗だ。
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溶岩ドームから崩れ落ちてきた溶岩の塊。
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南東火口と東山。
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南西山麓と太平洋。
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緑色は社台ファームだろうか。
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さっきのホースは尾根を横切っているが、このマンホールは関係ないのだろうか。
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支笏湖美笛方面。
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932m峰の稜線。
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溶岩ドームと東山。どれもこれも美しい。
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溶岩ドームが側壁からだけでなく、頂上からも噴気を上げている。
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溶岩ドームの南の外輪山。カルデラの様子がよく分かる。
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裾野は平らになったあたりから木が生えている。
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それでは最後に記念撮影。
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三等三角点を確認して出発だ。
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200m下ると分岐がある。
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外輪山の尾根筋に続く登山道がよく見える。
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奥宮の先は道が2本に分かれているようだ。
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溶岩ドームの宇宙人は1人だけではなかった。
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北西側の火口原。
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道はザレているが歩きにくくはない。
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それにしても100年経っても、この状態とはものすごい。
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ただ、いつも風上にいたので、噴気の臭いをかぐことはできなかった。
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以前はあんな火口近くまで歩かせていたのかと思うと、時代の変化を感じざるを得ない。
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普段は立入禁止でも見学会みたいなことは実施していないのだろうか。
関係機関で組織する樽前山火山防災協議会が年2回、合同登山が行っているようだが。
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昭和新山や有珠山でも一般参加の見学会をやっているのだから、ぜひ実現してほしいものだ。
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突発的な火山ガスの発生もありうるので、南側の登山道では立ち止まるなとのこと。
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それはちょっと無理だよなあ。
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北外輪山方面に向かう登山者2人を見送り、私は東外輪山へ。
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こうして見ると、溶岩ドームの大きさがよく分かった。
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(つづく)

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樽前山・風不死岳(5)

【2018年9月29日(土)】樽前山・風不死岳
風不死岳(1102m)に登頂し、樽前山(1041m)方面に戻る途中である。
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西山分岐(北外輪山)まではピストンとなる。
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南東に苫小牧方面を望む。
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まわりはダケカンバたち。
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すきまちゃん。
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936m標高点への登り返し。
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936m標高点の巨岩は右に巻く。
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その手前は危険なのでロープが張られていた。
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ここからは急な下りになる。
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登山道の正面は932m峰と西山(994m)。
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断崖の下をすり抜けていく。
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その岩壁にもすきまちゃん。
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仏龕のような凹みも。
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きれいな壁だ。
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本当にこの山はダケカンバが多い。
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この巨岩のところで小休止。
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936m標高点のピークを振り返る。
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もう一度、苫小牧方面。午前中より空気が澄んできたような気がする。
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全道にブラックアウトを引き起こした北電の苫東火力発電所も見える。
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樽前山が隠れてしまうことは、もうなさそうだ。
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一部地肌をさらす932m峰の東山麓。
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ロープ場を下る。
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鞍部の登山道が見える。
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こうした風景を眺めながら下るのは、本当に気持ちがいい。
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次はクサリ場。
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クリアすると、また樽前山。
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なんだか晴れてきたぞ。
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やはり紅葉は青空が似合うね。
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ここまで来れば、あとは平和通りだ。
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932m峰も見上げる位置まで下ってきた。
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ダケカンバの遺体。
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生き残っていたアキノキリンソウ。
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晴れていると、紅葉も輝く。
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再度、風不死岳を振り返る。
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このあたりのダケカンバは細いので、つい最近まで不毛の地だったのだろう。
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まだ不毛状態のところに腰を下ろして休憩。
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ザックを枕に少し仰向けになった。ふ~~和むわ~~~
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最終ニセピークもすっかり晴れている。
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支笏湖も全開で見えているのだろうなあ。
登山はやはりタイミングが難しい。
損したことばかりが記憶に残る。
きっとその場を離れた途端曇ったりして、得したこともあったのだろうけど。

さあ、いつまでも休んではいられない。出発だ。
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このあたりも、登山道を縁取る薄緑の苔が続いている。
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もふもふだ。
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前方に東山(1022m)。
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七合目ヒュッテ方面の登山道。
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あの道は歩き残してしまったので、今度東山に登る時、周回で歩くことにしよう。
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振り返ると、支笏湖温泉。
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分岐の道標が見えてきた。
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932m峰を巻いて、西山に向かう。
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西山へも、おそらく2kmくらいだろう。
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風不死岳山頂部。
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932m峰と樽前山との鞍部。
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樽前山はもう少し標高が高ければ、百名山に堂々と名乗りを上げていたかもしれない。
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雲も落ち着いてきた。
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あのヒュッテに行く道も見晴らしが良さそうだ。
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樽前山の火口原には噴火から110年近く経ってもまだ木が生えない。
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草すらまばらだ。
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やはり酸性土壌で栄養がほとんどないからだろう。
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人がいるうちに広角で1枚、全景を。
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932m峰を振り返る。
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東山からの外輪山。
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あのあたりは噴火から何百年も経ってから、樹木が育ち始めたのだろう。
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さあ、樽前山への登り返しに差し掛かった。
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風不死岳816mピークの向こうに羊蹄山(1898m)。
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北側から見るのと全く景観が異なる932m峰。
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北外輪山への途上にある巨大火山弾。
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ここにもすきまちゃんが暮らしていた。
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昔はここで道が分岐していたようだ。
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816mピークと932m峰。
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ここが現在の分岐。
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この先は初めて歩く道となる。
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風不死岳は後ろから右手に移った。
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初めて見る932m峰西斜面の裂け目。
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北側の火口原はかなり傾いている。
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目指すは西山。
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樽前山は約9000年前に火山活動を開始したといわれる。
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これに対して、風不死岳はそれよりかなり古く約2万6000年前に出現したとされる。
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樽前山は約9000年前の活動の後、約2500年前に第2活動期を迎えた。
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現代も江戸時代から続く第3活動期とされている。
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江戸時代の1667年と1739年に大規模なマグマ噴火が発生して、大量の火山灰を噴出したそうだ。
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今回の地震で厚真町の大規模な山崩れを引き起こした堆積物は、この噴火によるものとされている。
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火口原では少しずつ植生が復活しているようだ。
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あれはキス熊岩と名付けよう。
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江戸時代には前記2回に加え、1804~17年、1867年にもマグマ噴火が起きている。
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うち前者では、死傷者が多数出たと記している文献もあるという。
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風不死岳の陰から恵庭岳(1320m)の頂上が顔を出した。
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溶岩ドームを形成した1909年以降は水蒸気噴火しか発生していない。
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だから、火口原に散乱している火山弾はおそらくほとんどが1909年の時のものだろう。
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(つづく)
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樽前山・風不死岳(4)

【2018年9月29日(土)】樽前山・風不死岳
樽前山(1041m)から風不死岳(1102m)へと縦走中。
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これまでにニセピークを3つ越えてきた。
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地形図上はあと1つニセピークがある。
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それが、この正面のピークだ。
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その右手に真のピークが見える。人があんなにいる。
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とにかく先にこちらを登らなければならない。
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これはさっき越えた3つ目のピークだ。
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こんな時期に、こんなに若いフキがあるなんて、ちょっとびっくり。
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最後のニセピークにも岩場があった。
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あそこが最終ニセピークの頂上だ。
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尾根に出ると、支笏湖が眼下に広がった。ただ、雲が低い。
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でも、それだけにかなり幻想的だ。
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雲が映っている。
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恵庭岳(1320m)も。
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湖岸に見えるのは丸駒温泉だ。
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恵庭岳の左は漁岳(1318m)。
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右には空沼岳(1251m)
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そのさらに右は烏帽子岳(左、1109m)や百松沢山(右、1038m)など。
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広角でも1枚撮っておきましょう。
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振り返ると、じぇじぇ。樽前山が完全に雲に隠れてしまった。
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932m峰はなんとか見えていたけど。
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しぶとく咲き続けるヤマハハコ。
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すぐ西にある約1040mのピーク。
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では、サイコロ状の岩が重なるニセピークの頂上を越えよう。
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ちょこざいな岩場だこと。
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ニセピークのピークに立つと、ようやく正面に真の頂上が見えた。
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その右にアンギラス状の別のピーク。
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支笏湖のモラップあたりもよく見えた。
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頂上の左にはイチャンコッペ山(829m)。
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ここから一旦20m下って、また30m登らなければならない。
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これでは、8月に登ったY君がニセピーク祭りに泣いたというのも、よく分かる。

最終ニセピークを振り返る。
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その右に、いろんなピークたち。
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というわけで、11時過ぎにやっと風不死岳の真の山頂にたどり着いた。
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コースタイム4時間のところ、3時間45分だったので、まずまずの成績だ。
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それにしても、狭い頂上に15人くらいの登山者がいるので、腰を下ろして飯を食う場所がない。
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取りあえず、写真を撮りながら、場所が空くのを待つ。
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そのうち、さっきよりガスが低くなってしまった。
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樽前山方面も完全にガスの中だ。
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ここから見る雄大な支笏湖と樽前山を楽しみにしてきたのに、実に残念。
雨の日ならともかく、今日は移動性高気圧のど真ん中なのに。

スキをついて自撮り。
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三等三角点も押さえておいた。
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一番、奥の人が帰り支度を始めたので、その近くに陣取って、出発するのを待つ。
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待ちながら、再度撮影。
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恵庭岳も影だけになってしまった。
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美笛方面。
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たるまえさ~~~~ん!
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支度をしていたおじさんは私の雰囲気に気付き、「ここ来ますか」と言うので、「はい」と応えたら、あわて始めて、あわてた分、なかなかパッキングがうまくいかない。
ストックをザックに装着できないのである。
しかも、手袋を私が座りたい岩に置いたままなので、座ることもできず、黙って見ているしかない。
私なら、まず少し移動してから作業するけどなあ、と思いながら、待っていた。
それでも5分は待たなかったと思う。

やっと座れて、お店を広げた。今日もコンビニおにぎり2個、それと笹かま。
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じゃこわかめがつぶれてしまっていた。
頂上は風がほとんどないので助かったが、わりと寒い。
もうお湯がほしい季節になってしまった。

もぐもぐ食べているうちに、樽前山のガスが晴れてきた。
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いいぞ、いいぞ、その調子だ。
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こら、ちょっと、やめて。
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また隠れてしまうかもしれないので、食事の最中だが今のうちに撮っておいた。
これは東山(1022m)。
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溶岩ドーム。
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苫小牧の町並み。
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少し気分が落ち着いたので、残りを食べてしまう。
そして食後の撮影。
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となりのピークの岩たち。
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真っ黒な最終ニセピーク。
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おお、樽前山かなりいい感じに見えてきた。
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完全にガスってしまったら、西山(994m)を回るのは止めようと思っていたが、これなら行けそうだ。

美笛方面の雲も上がってきた。
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白老岳(968m)くらいまでは見えるようになった。
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30分も休んだことだし、それでは出発しよう。
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先行の方々が最終ニセピークを登っている。
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左手には、真ん中から白い噴気を上げる溶岩ドームが見える。
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樽前山+最終ニセピーク。
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再度、支笏湖西半分。
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黒くなっているのは、真上にある雲の影なのだろう。
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「赤と黒」ならぬ白と黒だ。
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これから登る西山。
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最終ニセピークとの鞍部まで下ってきた。
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風不死岳の頂上を振り返る。
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どうやら落ち着いてきた樽前山。
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かつての溶岩台地。
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混んでいる頂上を避けて、最終ニセピークでお昼を食べている男性がいた。
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ここなら山頂と景色もそんなに変わらないし、正解かもしれない。
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あとはサクサク下る。
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でも、足の速い若者には先に行っていただく。
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下りでちょっと暑くなったので、お着替えタイム。
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ダケカンバは登りの時は白く見えたのに、裏側は黒っぽい印象。なぜだろう。
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思い違いかしら。
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ちょっとした登り返し。
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次のニセピークを通過した。
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(つづく)
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樽前山・風不死岳(3)

【2018年9月29日(土)】樽前山・風不死岳
樽前山(1041m)と風不死岳(1102m)との間にある932m峰から縦走路に戻るところ。
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巻き道になっている縦走路へは、えぐれた踏み跡でショートカットした。
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風不死岳の南山麓。
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かなりユニークは景観だ。
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巻き道の谷側を苔の緑が縁取っている。
DSC_3820_20181007205909a20.jpg

樽前山外輪山の外側は、よく見るとジャンプ台のようになっていた。
DSC_3821_20181007205910c83.jpg

ダケカンバが激しく倒れている。9月初旬の台風の仕業だろうか。
DSC_3822_201810072058225c5.jpg

巻き道を下りつつ樽前山を振り返る。
DSC_3826_20181007205828665.jpg

苔が道の近くに集中して生えているのが、なんとも不思議だ。
DSC_3824_20181007205825ca0.jpg
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少しずつ紅葉も始まっていた。
DSC_3827_20181007205746520.jpg

また分岐だ。やっと風不死岳の名前が出てきた。あと2.5kmか。
DSC_3828_201810072057487e5.jpg

右手には七合目ヒュッテから登ってくる道が見える。
DSC_3829_201810072057492e9.jpg

この先は樹林帯。
DSC_3830_201810072057511da.jpg

現在の標高は850mほどだ。
DSC_3831_20181007205752e91.jpg

支笏湖ともしばらくお別れかもしれない。
DSC_3832_2018100720570829c.jpg

ダケカンバの林である。
DSC_3833_20181007205710989.jpg

いったん裸地に出て、山肌の小さなひだひだを越えていく。
DSC_3834_20181007205712393.jpg

樹林越しの東山。
DSC_3835_20181007205713142.jpg

東山は外輪山のちょっとしたピークに過ぎないのだが、かなり格好いい。
DSC_3840_20181007205628ad5.jpg

またまた分岐。ここが風不死岳と樽前山のほぼ中間点にあたる。
DSC_3837_20181007205624a62.jpg

右折すると、ヒュッテまで2.1km。
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932m峰北斜面の淡い紅葉が美しい。
DSC_3838_2018100720562531e.jpg

この分岐には古い道標も残っていた。
DSC_3839_201810072056268a1.jpg

分岐の先で上半身裸の男が2人走ってきた。
DSC_3841_201810072056292f0.jpg
一応、こんにちは~と挨拶したが、かなり気持ち悪かった。
ご自身は気持ちいいのかもしれないが、見る人の99%は嫌悪感を抱くだろう。
とくに若い単独女性だったら、怖いのではないか。止めていただきたい。

ここまで近づくと、風不死岳の頂上は見えなくなってしまった。
DSC_3842_2018100720555607b.jpg
見えている3つのでっぱりはみなニセピークで、しかもあれらを全部越えないといけない(ことが登ってみて分かった)。

新たに見えてきた、あの左端のピークには立ち寄らないで済む。
DSC_3844_201810072056008d5.jpg

932m峰と風不死岳の鞍部は、植生がまばらだった。
DSC_3843_201810072055581ad.jpg
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まず登らなければならないのが、あの936m標高点。
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ここから標高差160mほどある。
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幹が白いのはみなダケカンバだ。
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疎林の鞍部から樹林帯へと進む。
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ここから徐々に登りとなる。
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熊が生息するうっそうとした森のイメージだったが、思いのほか明るい。
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ダケカンバのトンネル。
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もしかしたら、このあたりのは白樺なのかしら。どうも区別がつかない。
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えぐれた道は避けて、新たにできた側道をいく。
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これはさすがにダケカンバだろう。
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このあたりで少年たちを含む団体さんとすれ違った。
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奇岩が出現すると、傾斜が一気に急になる。
DSC_3857_201810072053503bc.jpg

「山と高原地図」に「クサリ場 岩場注意」「危」と書かれているエリアだ。
DSC_3858_2018100720535209d.jpg

手を使わなければならなくなってきた。
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三点支持厳守である。
DSC_3860_201810072053552da.jpg

ぐぐっと登って振り返ると、932m峰。
DSC_3861_20181007205358e19.jpg
樹木に覆われており、南側から見た裸の山とは全然イメージが違った。

岩場の急登、容赦なし。
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さらに高度を上げると、樽前山の雄姿。
DSC_3864_20181007205322360.jpg

まな板石(仮名)。
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いよいよロープ場出現。
DSC_3866_20181007205326d94.jpg

ロープ場を登り切ると、かつて使用されていたと思われる古くなったクサリが残っていた。
DSC_3867_201810072052436b1.jpg

後ろから若者が迫ってきた。
DSC_3868_20181007205245b16.jpg

右手ルートにクサリ場があるが
DSC_3870_20181007205248f18.jpg

これは、なぜか現在は通行止め。
DSC_3869_2018100720524618c.jpg

左のこちらを登る。
DSC_3871_20181007205249327.jpg

クリアして932m峰を振り返る。
DSC_3872_201810072052070d2.jpg

急登はさらに続く。
DSC_3873_20181007205209edb.jpg

まだまだ岩場だ。
DSC_3874_20181007205210b69.jpg

ところで936m標高点はいったいどこなんだ?
DSC_3875_2018100720521254f.jpg

900mを超えて、一瞬傾斜が緩んだところで、若者に先に行ってもらった。
DSC_3877_20181007205214f3d.jpg

ダケカンバの昆布ダンス。
DSC_3878_20181007205137595.jpg

巨岩の横を通過。
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林床はササである。
DSC_3881_20181007205140aab.jpg

また巨大な岩が迫ってきた。
DSC_3882_20181007205141bb0.jpg

これも安山岩だろうか。
DSC_3884_20181007205143b9b.jpg

かなり高い。
DSC_3885_20181007205030acd.jpg

岩の割れ目にたくさんの植物が生えていた。
DSC_3887_2018100720503167f.jpg

横から見ると、こんな垂直な絶壁だった。
DSC_3888_20181007205033200.jpg

またしても岩壁。あれが936mピークだろう。
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ここまでヒュッテ分岐からコースタイム50分のところ、30分しかかからなかった。
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あんなところで生きているなんて、岩のどこに栄養があるのか。
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936m標高点の巨岩の横を通過すると
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右手に紋別岳(866m)が現れた。
DSC_3896_20181007204959be1.jpg

その右には千歳方面の平野が広がる。
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行く手には、さっそく次のニセピークが待っている。
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山頂までのコースタイムはここから1時間。
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でも、おそらく、そんなにはかからないだろう。
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次のピークへの途中にあった横顔岩(仮名)。
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左手には、ネコの背中のような尾根。
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2つ目のニセピーク(約995m)を通過。
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このピークで休みたかったが、年配の方のグループがいたので、そのまま進む。
DSC_3906_2018100720484911b.jpg

10mほど下って、この木に腰を下ろして小休止した。
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5分ほどで出発。
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傾斜が緩やかになるとダケカンバが躍り出した。
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アイヌ語的にはトドマツの山のはずなのだが。
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今は完全にダケカンバに占領された感じだ。
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(つづく)
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樽前山・風不死岳(2)

【2018年9月29日(土)】樽前山・風不死岳
七合目登山口から55分ほどで、樽前山(1041m)の東山(1022m)山頂に到着した。
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あちこちから元気よく噴煙が上がっている。
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前回は気づかなかったが、溶岩ドームには大きな裂け目があった。
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その右肩に見えているなだらかな山は貫気別山(994m)で、その左奥は昆布岳(1045m)だろう。
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うわ~風不死岳(1102m)が隠れてしまった~。きっと気まぐれではあろうけど。
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噴火口に続く旧登山道。以前は入れたのだろう。
DSC_3733_20181007080135190.jpg

鏡のような支笏湖。
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やはりガスが発生してきた。やばい。
DSC_3734_20181007080137dee.jpg

高気圧の真ん中にいるはずなんだが。
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前回同様、七合目の駐車場も確認できた。
DSC_3737_2018100708014327b.jpg

あの筋は湖畔から七合目に至る車道と思われる。
DSC_3739_20181007080109fa8.jpg

それでは、風不死岳に向かいましょう。
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取りあえず目指すのはあの932m峰。
DSC_3742_20181007080114323.jpg

イチャンコッペ山(829m)の右奥に見えていたのは、なんと藻岩山(531m)であった。
DSC_3743_201810070800444b6.jpg

下り始めると、溶岩ドーム(中央火口丘)の見え方も徐々に変わってくる。
DSC_3745_20181007080047973.jpg

火山弾が登山道をふさいでいる。なぜ囲ってあるのだろう。
DSC_3746_20181007080048e2b.jpg

少し動いているようなので、危険だということなのかもしれない。
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外輪山は932m峰に向かって下っていく。
DSC_3748_20181007080019a81.jpg

東山を振り返る。
DSC_3749_2018100708002066d.jpg

広い火口原に浮かぶ溶岩ドーム。
DSC_3754_201810070759507d7.jpg

西の方角には白老岳(968m)。
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カラスが前を横切った。
DSC_3752_201810070800236ec.jpg

北側の火口原に散らばっている火山弾は粒が小さい。
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樽前山の東斜面がきれいに浸食されている。
DSC_3755_201810070759526be.jpg

おそらく1909年(明治42年)の大噴火から100年ほどで、このくらい削れてしまったのだろう。
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風不死岳の南東の山すそ。南斜面のみ禿げているのは、どういう現象なのか。
DSC_3756_2018100707595382a.jpg

1954年(昭和29年)の洞爺丸台風で大量の樹木が倒れたとのことなので、その痕跡なのだろうか。
DSC_3771_20181007075811847.jpg

違う惑星に下り立ったような錯覚にとらわれる。
DSC_3757_2018100707595525a.jpg
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再び、東山。
DSC_3758_20181007075957172.jpg

火口原には、ところどころに観測装置らしきものが設置されている。
DSC_3759_20181007075925885.jpg

樽前山は気象庁の常時観測火山の一つだ。
DSC_3774_20181007075815fad.jpg

風不死岳の名は、アイヌ語の「フプ・ウシ」(トドマツのあるところ)に由来するらしい。
DSC_3761_20181007075929401.jpg

さっき、山頂にいた女性2人はずっと先を歩いていた。
DSC_3764_20181007075932a4a.jpg

隠れていた羊蹄山の山頂が見えてきた。
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この溶岩ドームは直径が450mもある。
DSC_3766_20181007075839da5.jpg

火山灰は浸食されやすいようだ。
DSC_3767_20181007075841ebe.jpg

外輪山が途切れたところは谷となっている。
DSC_3768_20181007075842fbd.jpg

水が流れるところにだけ植物が生えているとは、分かりやすい現象だ。
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火口原に降った雨の多くはここから流れ下ることになる。もしかしたら楓沢あたりに通じているのだろうか。
DSC_3770_201810070758099c6.jpg

どうも雲が多い。地面のあちこちに黒い影を落としている。
DSC_3772_20181007075812af9.jpg

風不死岳の火山活動は約4万年前以降に始まったとされている。
DSC_3773_20181007075814a0f.jpg

約8500年前と約4500年前に水蒸気爆発が起きていたことが近年判明。1万年以内に噴火していたということで、2011年に活火山に認定された。
DSC_3776_201810070757440d5.jpg

こんな条件の悪い環境でもシラタマノキはしっかりと適応している。
DSC_3775_201810070757424d2.jpg

観測施設に通じる道は立入禁止になっていた。
DSC_3777_20181007075745bac.jpg

白老岳の手前、右にあるのは多峰古峰(たっぷこっぷ)山(661m)。
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樽前山と風不死岳をつなぐ尾根の上に巨大な火山弾が落ちているのが見える。
DSC_3779_20181007075748606.jpg

東山から30分ほどで、西山との分岐(北外輪山)を通過した。
DSC_3780_20181007075715ce8.jpg
この標識は直進方向が「ヒュッテ2.5km」になっており、風不死岳とは書かれていない。
ちょっと不親切だと思う。

932m峰も日蔭になってしまった。
DSC_3781_2018100707571762d.jpg

そして風不死岳の真上にも大きな雲の塊が浮かんでいる。
DSC_3782_201810070757187eb.jpg
落ちて来たら大変だ(笑)

ずっと見えていた火山弾に到着。
DSC_3783_20181007075720bca.jpg

ここから932m峰を望むと、頂上に3人の姿があった。
DSC_3784_20181007075721457.jpg

またまた分岐。今度は直進方向が枝道に入らなければならない932m峰になっている。
DSC_3786_20181007075648a65.jpg

どうしても風不死岳には行かせたくないらしい。
DSC_3788_20181007075651e2e.jpg

よもぎ餅。
DSC_3787_20181007075650376.jpg

久しぶりに振り返ってみると、樽前山は完全に雲の支配下に入っていた。
DSC_3789_20181007075653ccf.jpg

溶岩ドームはまるで戦車だ。
DSC_3792_20181007075623bdb.jpg

湖畔のモラップキャンプ場とモラップ山(506m)。
DSC_3790_20181007075620724.jpg

優雅なラインを描く樽前山の北斜面。
DSC_3791_2018100707562181a.jpg

932m峰と巻き道の分岐を通過。
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右手に見える地肌を露出した尾根に見えるラインは七合目ヒュッテに通じる道である。
DSC_3794_20181007075626db4.jpg

ここにも観測器具があった。動力はソーラーで得ているわけか。
DSC_3795_201810070755505f8.jpg

だんだん、よく見る樽前山の姿になってきた。北側に回ってきたということだ。
DSC_3798_201810070755531e1.jpg

ところで、風不死岳にヒグマの山というイメージを持っていたのだが、それには理由がある。
DSC_3797_201810070755524da.jpg
1976年6月にタケノコ採りに入った50代の男性2人が熊に食い殺されるという事件があったからだ。
しかし、今回、樽前山側から入ってみると、登山者も多く、とても明るい雰囲気で、熊の気配は全く感じなかった。

932m峰への道の途中に突き刺さっていた火山弾。
DSC_3799_201810070755554e1.jpg

北外輪山から20分、9時過ぎに932m峰の頂上に到着。
DSC_3800_20181007075557200.jpg

山名板があって、感激。
DSC_3801_20181007075523ca9.jpg

さっき見えた3人が下りてこなかったので、向こう側に下る道があるのかと期待していたら、まだ頂上に滞在していたのだった。
DSC_3804_20181007075527fac.jpg

風不死岳方向には下っていく、わりと明確な踏み跡があったが
DSC_3806_201810070754561bb.jpg
通せんぼのロープが張ってあった。
後から来たカップルが構わず進んで行って、びっくり。
私は大して時間は変わらないだろうし、踏み跡が消えると面倒なので、安全策を採った。

ここまで1時間半ちょっと歩き続けてきて休んでいなかったので、腰を下ろして小休止。
支笏湖の西半分がここで初めて見えた。
DSC_3802_20181007075525cfa.jpg

この角度からだと、風不死岳の山頂が不明確になる。
DSC_3803_2018100707552657d.jpg
一番高く見えるのはニセピークで、その右の緑っぽいところが山頂だ。

西山はここより60mほど高い
DSC_3805_2018100707552903e.jpg

樽前山火口原に散らばる奇岩のシルエット。
DSC_3808_20181007075457f77.jpg

西に社台川の峡谷。
DSC_3810_20181007075458bc3.jpg

雲がかなり低く垂れこめてきた。高気圧はどこに行ったんだ!
DSC_3811_201810070755012d4.jpg
DSC_3813_2018100707541741d.jpg

ぶすっ。
DSC_3812_2018100707550143c.jpg

15分以上のんびりしたので、腰を上げるとしますか。
DSC_3815_20181007075421e2c.jpg

分岐までは来た道を下る。
DSC_3816_201810070754229a3.jpg

(つづく)
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