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山と鉄

山歩き、乗り鉄、廃線・廃道歩き、廃村歩き、駅舎探訪などの日々を記録します

盤の沢山(上)

【2018年5月20日(日)】盤の沢山
この日は高校の同期4人で、札幌郊外にある盤の沢山(939m)に登った。
今回紅一点のTさんでも登れるようにと、近場の低山をH君が選んでくれたのだが、めちゃめちゃ急登の山だった。
Tさんよりも、初心者のY君の方が悲鳴を上げていた。
H君によれば、この山はナガイさんという方が一昨年、登山道を整備してくれたそうである。
もう83歳になるご高齢の方だが、この近辺の夏道のなかった山をササ刈りするなどして整備してくれている方だ。
昨年秋に登った藤野三豊山の主峰豊平山(662m)もナガイ翁が道を付けてくれたそうである。
今回も豊平山と共通した道標などがあった。

H君は約束より10分早い8:45に迎えに来てくれた。
この時、今日の山はものすごい急登で、木や枝につかまりながら登るようなところだと、H君は教えてくれた。
改めて地形図をよく見ると、確かに等高線の感覚が異常に狭い。
2人で幌平橋に向かい、Tさん、Y君と合流。
そのことを話すと、2人は「聞いてないぞ」という顔をした。気持ちは分かる。
とにかく、出発。国道230号を南下して、豊滝の登山口を目指す。
藤野のコンビニで食料を調達し、豊滝除雪ステーションでトイレを済ました。
ここは真後ろ(北)が八剣山(498m)だった。
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それと向かい合うように、南に盤の沢山がそびえる。
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ネットでは出てこないのだが、地元のO君が「簾舞富士」と呼んでいた山と思われる。
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登山口は豊滝地区の奥にある盤龍山信行院である。
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地形図には神社の記号があるが、お寺ではないか。
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この周辺は「豊滝市民の森」なるものが設定されている。
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この踏み跡がその入口の一つのようだ。
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しかし、昨年11月にヒグマの足跡が発見されたそうだ。注意しなければ。
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駐車スペースには他にも車が停まっていたので、先行者がいるのかと思ったら、湧き水を汲みに来た人の車だった。
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シンクが設置されて、そこから給水できるようになっていた。
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龍神の水と呼ばれていて、かなり人気があるようだ。
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準備を整えて、10時前に出発。
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沿道にはキクザキイチゲ(キクザキイチリンソウ)が延々と咲いていた。
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北海道でしか見たことのない花だ。
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すぐ先に、「市民の森」の案内板が立っていた。
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どれだけ利用者がいるのか、ちょっと疑問だ。

歩き始めてから5分で、鳥居のある建物に着いた。
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「なんだ、やっぱり神社があったんだ」と思ったら、信行院の本殿だった。
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神仏習合というやつだろうか。
しかし、この場合の記号はやはり卍にすべきだろう。

なんと、この鳥居が建立されたのは今年の5月。ついこの間であった。
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とにかく安全登山を祈願して、市民の森の散策路へと入っていく。
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気持ちのいい樹林帯である。
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最初がなだらかなだけに、後が怖い。
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市民の森の散策路の草刈りは市がやってくれているのだろう。
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本殿から5分ほどで、散策路と登山道の分岐に出た。この先は市の管轄外だ。
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ナガイ翁が「安易に登らないで下さい」と警告してくれている。
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これらの標識はみなナガイ翁が取り付けてくれたものだ。
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新緑がまぶしい。
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路面は前日の雨で結構ぬかるんでいる。下りが心配だ。
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登山口から20分ほどで林道と交差。
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ここで最初の小休止。
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座るところがないので、数分の立ち休みだ。
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林道はほぼ廃道になっていた。
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では出発。
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傾斜は徐々にきつくなってくる。
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ナガイ翁のブログによれば、この1週間後にまた整備に入ったそうだ。
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二度目の林道交差。
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エゾノエンゴサク。
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いよいよ急登のトラバースが始まった。
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ヒトリシズカに励まされつつ登る。
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登山口から標高差で200mほど登ってきたあたりで2度目の休憩。
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5分ほど倒木に腰掛けて休んでから出発した。
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柔らかいキノコと固いキノコ。
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クマゲラの類が開けた穴だろう。
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723mピークとの間にあるコルに差し掛かる。
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白いエンレイソウ。
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コルを通過して723mピークを振り返る。
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オオカメノキ。
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木々の隙間から見えた残雪の山は余市岳(1488m)。
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コルから標高差150mの急登にY君はかなりきつそう。
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無理もない。私だって、こんな斜面にはめったに出くわさない。

振り返ると、烏帽子岳(左、1109m)と神威岳(右、983m)。
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あちらもすでに雪はほとんどなくなっている。

なんとエゾヤマザクラがまだ咲いていた。
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藻岩山(531m)。その向こうは樺戸三山と思われる。
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再び、オオカメノキ。
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まだ羽化したばかりの蝶のような若葉だ。
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やっと春が来たことを実感する。

東にうっすら見えるのは夕張岳方面だろうか。
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手前は豊栄山(562m)の向こうに札幌ドームが見える。
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豊平山(左)と豊見山(右、579m)。
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おお、こんな里山にシラネアオイが。
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と驚いていたら、群落をなしていた。
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急登を終えて頂上の稜線にのると、余市岳が再び姿を現した。
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豊栄山と札幌の市街地。
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あとはほぼ平らだと安心していたら、結構なヤセ尾根である。
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30分以上かけて急登をクリアし、やっと三角点(893m)に到着。
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この三角点の点名が「盤ノ沢」なので、盤の沢山と言われるようになったらしい。
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近くの木の幹に、ナガイさんお手製の標識が打ち付けられていた。
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ここは山頂ではなく、稜線北側のやや低いところに三角点が設置されているわけだ。
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おっと、またまたシラネアオイ。
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斜面がシラネアオイのお花畑になっている。
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内地では相当高いところまで行かないと見られないのに、なんと贅沢なのだろう。
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藤野三豊山そろい踏み。左から豊栄山、豊平山、豊見山。
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地形図上には現れない小ピークの中瘤を通過。
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「928m GPS測定 誤差あり」とあるが、地形図で見ると910mほどである。
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もちろん加算する気はなかったのだが、「中瘤を登った山に加えてもいいか」とH君に聞いたら却下された。
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「中瘤」は固有名詞ではなく普通名詞だし、山頂から近すぎるからやむを得ない。
しかし、こういう標識を作ると、だんだん固有名詞になっていくんだよね~

(つづく)
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伊達散策(下)

【2018年5月14日(月)】伊達
伊達市に出張中。帰りの列車の時間まで市内を散策している。
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フロンティア街道と北の湘南街道(市役所前の通り)の交差点に平和の鐘なるものがあった。
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伊達紋別駅に設置されていた鐘(米国製)だが、開拓と1945年の伊達空襲の生き証人として、この地に移されたそうだ。
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どぎつい名前のラーメン屋さん。
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伊達紋別駅に向かうフロンティア街道から外れて、ちょっと相馬神社に寄り道。
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1923年(大正12年)の創建だそうである。
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立派な社殿だった。
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伊達は建物がよく更新されていて、古い家屋はわりと少ないのだが、これはその貴重な例。
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妙栄寺前を通過。
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生紋鼈川。
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地形図には「気門別川」と記されている。
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古い表記なのだろう。
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川の西岸にそびえるのは館山(標高約40m)。
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なんかの工場かしら。赤れんがの煙突が古さを物語っている。
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橋の名称は「館山橋」。
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館山に登れるようなので行ってみた。
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「山」という名前が付いているので、1座稼げる。
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ちょっと登っただけで、噴火湾が見えてきた。
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頂上は比較的平坦で、公園になっている。
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まずは頂上に向かう。
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たぶん、山名板などないだろうけど。
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ここから昭和新山が近く見えたが、また鉄塔が邪魔だった。
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タコの滑り台がある砂場で子ども達が楽しげに遊んでいた。
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何かのモニュメントかな。
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国際ロータリークラブの「4つのテスト」だった。
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伊達紋別岳(715m)がよく見える。
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稀府岳(654m)も。
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空が青いね~
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館山は桜の名所でもあるそうだ。
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住宅地の向こうに牧草地が見える。
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館山という名前からして、城跡と思われるが、確かにそれらしき堀がある。
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やはり、アイヌのチャシ跡だった。
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静内にあるシャクシャインの砦をしのぐ規模なのだそうだ。
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というわけで、頂上らしき場所に着いたが、やはり「館山」の看板がなかった。
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立ててほしいなあ。
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では、まあ下山するとしましょう。
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幼稚園の時、伊達に住んでいたが、おそらくここに来たことはないと思う。
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記憶にないだけかもしれないが。
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室蘭方面の眺め。
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噴火湾越しに駒ヶ岳(1131m)も望めた。
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下界に下りてきた。もう、いい時間なので駅に向かう。
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駅前ぶらぶら通りというらしい。
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市街地は駅からちょっと離れており、このあたりはちょっと寂しげだ。
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でも、ステーションホテルサンガはちゃんと現役で頑張っている。
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市民キャストで室蘭製鉄業の祖、井上角五郎を取り上げた舞台があるらしい。
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16:50ちょっと前に伊達紋別駅に到着。
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ホームに出て、17時ちょうど発の特急スーパー北斗15号を待つ。
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伊達の歴史に触れた出張であった。
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北斗は定刻通り到着したが
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千歳あたりで先行列車の遅れにより、5分ほど遅延して、18:50前くらいに札幌に到着。
会社でちょっとだけ仕事をして帰宅した。

(おわり)
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伊達散策(中)

【2018年5月14日(月)】伊達
午前中の仕事を終えて、伊達市開拓記念館の敷地内を散策中。
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こちらは1915年(大正4年)に建立された開拓記功碑。
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開拓の指導者、伊達邦成公(左)と家臣田村顕允(右)の銅像。
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伊達家の居所でもあった迎賓館。
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枝垂桜の向こうには伊達紋別岳(715m)。
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ここで散策は打ち切り、呼んでおいたタクシーに乗って、伊達市噴火湾文化研究所に向かった。
ここで1時間ほどお仕事。
その後、仕事相手の方のご厚意で伊達開拓ゆかりの場所をいくつか案内していただいた。
まずは、水神の森。
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開拓に不可欠だった水を引くため掘割を切った場所の一つだ。
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伊達邦成主従の功労を記念して、ここに水神の碑が建立された。
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1893年(明治26年)のことである。
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碑には、開拓の経緯などが刻まれている。
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開拓が成功し、邦成公は華族に列せられたとある。
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伊達は、北海道の他の地域と比べても、開拓が順調に進んだ地であった。
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次に訪ねたのは、開拓者たちを見守ってきた鹿島神社の跡。
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ここに邦成公の子息・基の歌碑が立っていた。
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原碑の模刻によると、「うつし植え松と杉とをためしにて君が八千代にあわんとぞおもふ」
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1915年に詠まれたものである。

その隣には家臣の佐藤脩亮が詠んだ「桜小路」の地名にちなんだ歌「君住まばうす山桜ことしより なおひとしほの色香をぞ添ふ」の歌碑が並んでいた。
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ここから東に、開拓地と稀府岳(702m)を望むことができた。
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こちらは伊達紋別岳。
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その頂上付近はササ原になっている。
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今、市内にある農家のほとんどが当時の移住してきた伊達家臣の子孫だそうだ。すごい。
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伊達家菩提寺の大雄寺に移動。
伊達邦成公とその母保子様の木造が安置されていた。
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それぞれ表情が安らかである。
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仕事先の方には道の駅まで送ってもらい、予約している特急の時間まで、もう少し伊達市内を散策することにした。
トイレを済ませて記念館の方に歩き出すと、さっきは見逃していた歌碑があった。
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先ほども登場した佐藤脩亮の地名由来碑である。
ここ梅本町の由来を歌にしている。
「消え残る雪のうちより咲出でてちるをいそがぬ梅の本つ枝」
梅本町は私がかつて住んでいたところだ。
佐藤は伊達市内の町名20か所について歌を残しており、伊達市郷土研究会がその歌碑を順次建立してきた。

再び迎賓館。
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今度は敷地内には入らず、外から園内を覗きつつ、伊達高校に向かう。
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途中で見かけたタンポポ畑。ものすごい密集度だった。
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ここを卒業したわけではないが、自宅から近かったので親近感がある。
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昔の校門跡。
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建て替えられる前は、玄関は海に向かってあった。
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伊達市のマンホール。桜と川をあしらった市章が中心にある。
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私が卒園した伊達幼稚園(左)。
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卒園したのは1969年なので、もう半世紀前。当然ながら建て替えられている。
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隣に伊達教会。幼稚園は教会の経営である。
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もう一度、大雄寺に足を運び、境内を改めて見学させてもらった。
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門の両側には仁王像。
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参道を行く。
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徳海院寂光良然居士の石碑。
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開拓農家片平コノの一人息子亀吉が1882年(明治15年)木材伐採中に事故で死亡。
菩提供養のため、コノは本堂の土地として4反歩を寄進した。
これが大雄寺発展の基礎のなったため、この墓碑を境内に移して永代供養したのだそうだ。
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石仏や無縁供養塔。
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怪獣の口のような岩。有珠山の溶岩だろうか。
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ここにも佐藤氏の地名由来歌碑。
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網代町と南小路について詠んでいる。
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それぞれ「網代もるひ魚のよるや待ちふけぬ つきかげ寒きうすのかわなみ」「めぐる日のしばしとどまる中空は ひだりも右も南とぞしれ」
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1906年(明治39年)に完成した本堂。
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碁を楽しむ小坊主たち。どんな意味があるのだろう。
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小さなお堂。
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「おねがい地蔵」。新しいものが多い。
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「徹山閣」
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山号は胆振山。1880(明治13年)に創建された。
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わりと大きな墓標が並ぶ。みな伊達家の家臣たちだろうか。
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かわいらしい水かけ地蔵。
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用途はよく分からないが大雄殿。本堂からちょっと離れた場所にある。
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かなり風化が進んで読めなくなってしまった歌碑。
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庭園かな。
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ここに清水が湧いているようで、水汲みに来る方が、ひっきりなしだった。
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水神様も祀られていた。
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私もひと口飲んだが、まろやかで美味しかった。

入学して1か月だけ在籍していた伊達市立伊達小学校。
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当時はまだ町立だった。この校章、何だか懐かしい。
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桜を背にした二宮金次郎。
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当時はまだ木造校舎だった気がする。
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敷地内に「百年の樹」を名付けられた古樹があった。これは、にれ。
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こちらは、けやき。
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ここは、もともと伊達実業専修学校の跡地だったようだ。
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1925年(大正14年)に開校して、1941年(昭和16年)に閉校となった。
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校歌「有珠山麓の大沃野こそ・・」
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伊達小学校140周年記念碑。平成24年で140周年ということは1872年の開校だ。
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それでは駅に向かいましょうか。途中、当時母が入院していた赤十字病院が見えた。
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市役所前の通りを経由していくことにする。「あいあいタウン」のマスコット?
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有珠山を山号にしたお寺、紋鼈(もんべつ)寺。
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ちょっと境内を見学。
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明治期の開創である。
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親鸞聖人像。
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この地はもともと紋鼈と呼ばれていた。
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伊達市役所の前を通過。
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門はお城のようになっている。
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この通りはきれいに再開発されていた。
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不動寺は門前を通り過ぎただけ。
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水車川を渡る。
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(つづく)
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伊達散策(上)

【2018年5月14日(月)】伊達
この日は出張で伊達に行った。
伊達は幼稚園の頃、1年だけ住んでいた町である。
それとは関係なく、いろいろと縁があって、伊達にはその後何度も足を運んでいる。
今回は、午前10時半に、仕事相手と道の駅だて歴史の杜で待ち合わせ。
なので、札幌8:39発の特急スーパー北斗6号で出発。
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車内ではずっと、次の出張までに読み切らなければならない本を読んでいた。
札幌は天気が今いちだったが、太平洋岸に出ると晴れてきた。
車窓を眺めていたかったが、我慢して読書に勤しんだ。

10:20、定刻通り伊達紋別駅に到着。
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駅舎の写真も撮らず、タクシーで道の駅へ。
2時間弱で午前中の仕事は終了。

取りあえず腹ごしらえ。
道の駅の観光物産館の中にあるスーパーのような売店で買った瓶の牛乳(賞味100円)と、
やはり中にある焼きたてパンの店ブーランジェリーアイボックスで購入した
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エッグタルトとショコラパンでランチ。
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デザートに、ハンサム食堂の
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冷やしハンサムをいただいた。
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大判焼きのようなハンサム焼きにソフトクリームとあんこを添えたもの。
デザインは全くハンサムではないのだが、味はハンサムだった。

この道の駅は年間売り上げが全国一だという。
その秘密は、市内の農家が個別に出している安くておいしい野菜。
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100近いブースがあり
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品切れになりそうになると、すぐに連絡が入り、追加されるそうだ。
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ホウレンソウもチンゲンサイも1把100円だった。
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午後の仕事の時間まで、ちょっとあたりを散策してみることにした。
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ここには、体育館やカルチャーセンターなどが併設されている。
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伊達市は明治初期に亘理藩の伊達家が開拓して始まった町だ。
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この門はそれをイメージして作ったものだろうが、ここにお城が築かれていたわけではない。
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賊軍の汚名を着せられ、裸一貫でこの地に移住してきたので、あばら家を建てるのがやっとだった。
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石垣に登ると、南東に稀府岳(702m)、そのすぐ右後ろは鷲別岳(911m)が見える。
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東には伊達紋別岳(715m)が展開する。
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北西方向には越しに有珠山(737m)。
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照明塔が邪魔だが、昭和新山(398m)と羊蹄山(1898m)が重なっていた。
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園内ではツツジが見頃を迎えていた。
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おほり川を渡って、伊達市開拓記念館の方へ向かう。
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枝垂桜が満開で花見を楽しんでいる方々の姿が見られた。
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おほり川はもともとはシャミチセ川と呼ばれた。
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だて歴史文化ミュージアムは来春オープンの予定。もう建物は出来上がっている。
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さっきも説明したが、園内にはいろいろな施設がある。
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亘理伊達家の歴史を伝える開拓記念館も洞爺湖有珠山ジオパークの構成要素の一つだったとは。
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宮尾登美子記念文学館。彼女は伊達市近郊の山荘に5年ほど滞在し、「宮尾本平家物語」を執筆したとのこと。その縁で設置されたのだろう。
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道を挟んで向かいに、鍬入れの碑が立っていた。
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1869年(明治2年)4月17日に、初めてこの地に開拓の鍬が入ったのを記念した碑で、50周年の1919(大正8年)に建立された。

開拓記念館入口には「創治記念碑」なるものもあった。
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明治3年4月から伊達邦成がここにあった支配所で行政をつかさどったことが記されている。
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そのすぐ横にあったのは、伊達女子職業学校跡地の碑。
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同校は1922年(大正11年)7月5日に開校。10月25日に、この地に新校舎が落成した。
その後、伊達高等家政女学校、伊達高等女学校、伊達女子高等学校と変遷、1949年(昭和24年)、伊達高等学校と統合している。

その校歌が刻まれていた。
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私が伊達に住んでいた1968年当時、ここにあったのは伊達市立伊達中学校だった。
古い木造校舎だった気がするが、それは伊達女子高校の建物を譲り受けて使用していたということだったのだろう。
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というわけで、開拓記念館の敷地に入る。
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ここは子供の頃、「きねんかん、きねんかん」と呼んで、親しんでいたところだ。
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しかし、入るなりカラスの攻撃を受けた。
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いきなり後ろから爪で頭をひっかかれたのだ。
カラスは弱々しく見える女子を襲ったり、食べ物を狙ったりするとは聞いていたが、何も持っていない男を狙うとは、びっくり。
なめられてはいかんと、こちらも闘う姿勢だけは示したが、武器は何もない。
にらみつけ、殴りかかるふりをして威嚇してやったが、彼ら(2羽)は逃げるどころか距離を置いて、ずっとこっちの様子をうかがっている。
いつまでも付き合っていられないので、ファイティングポーズは止めて、目の前にある碑にカメラを向けたら、すぐにまた頭の横をかすめて飛んできた。
これはただのお遊びではなさそうだ。さっき食べたパンの包み紙がいい匂いを発しているのかと思い、レジ袋に入れてカバンの奥底にしまったが、彼らに背を向けると、今度はかなり強く私の頭をひっかいてきた。
この執拗な攻撃にピンと来た。
もしかして、この近くで雛でも育てているのではないか。

とにかく、目の前の伊達邦成公の歌碑だけ、ささっと撮影して、その場を離れることにした。
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すると、カラスは追ってこなくなった。
やはり、歌碑の前がデリケートゾーンだったのだろう。
ちなみに歌は「春に見し都の花にまさりけり蝦夷がちしまの雪のあけぼの」

伊達町百年記念碑。
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迎賓館。
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1892年(明治25年)に仙台の伊達邸を手掛けた田中長吉が棟梁として建てたもので、開拓の状況視察のため来道した政府高官や開拓使などの接遇に使用された。
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昭和10~30年まで伊達家の居所として利用されていたが、昭和30年に敷地とともに伊達市に寄贈された。
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裏には物置小屋のようなものも残っている。
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こちらは1873年(明治6年)に建てられた蔵。
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伊達家の先祖伝来品、伊達政宗関連資料、書物などを納めた長持30個ほどが保管されていたという。
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蔵と母屋。
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そのほかに神社らしきものも。
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記念館の敷地内は芝生でいい雰囲気。
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開拓時代以前からのものと思われる巨樹もあった。
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早くも紅葉しているように見えるが、若葉が赤いタイプの木なのだろう。
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こちらが博物館としての伊達市開拓記念館。
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伊達家から寄贈された武具や甲冑、書画などを保存・展示するため、1958年に開館した。
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だて歴史文化ミュージアムに移管するため、今年3月いっぱいで閉館している。
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記念館の裏には、旧三戸部家住宅。
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1872年(明治5年)に建てられた開拓農家である。

1969年に市内萩原地区から移築復元された。国の重要文化財に指定されている。
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その横におほり川が流れる。
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園内は遅咲きの桜が満開。
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花見を楽しむ家族の姿があった。
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八重咲きの桜のようだ。
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地面はタンポポが一面に。
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旧三戸部家の近くは野草園ということになっている。
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小さな池があった。迎賓館の庭園の一部だったのだろうか。
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こちらにも紅葉。
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開拓の祖、伊達邦成公。
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多くの家臣に慕われていたらしい。
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こちらは伊達家家老、田村顕允(1832~1913年)。
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彼なくして開拓は成功しなかったとも言われているそうだ。
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(つづく)




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五天山(下)

【2018年5月12日(土)】五天山
五天山(303m)から下山してきたら、鹿に遭遇した。
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一応、こちらを警戒している様子だった。
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めずらしくもないが、タンポポ。
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再び、歩きにくい作業道を行く。
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みずみずしい若葉だこと。
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フキノトウがこんな形になるとはねえ。
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これは何だったっけ。
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これも桜の一種のはず。
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公園内に戻ると、さっきと同じ立入禁止の札が立っていた。
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公園の東半分はパークゴルフ場。
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結構、若い方々が楽しんでいた。
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五天山をさっきとは逆方向から望む。
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痛々しくもあるが、なかなか精悍でもある。
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砕石階段。
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緑の中にソメイヨシノの淡いピンクがよく映える。
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本当にいい季節になった。
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ふもとにある池を見学。
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公園のパンフレットを見ても、この池の名前は書かれていない。
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広大な芝生にテントが並んでいた。
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みんな同じタイプなので持ち込みではなく、レンタルだろう。
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炊事広場では早くもジンギスカンが始まっていた。
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では、五天山ともおさらば。
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だいたい1時間40分で周回できた。

お腹が空いたので、パンケーキが美味しいと評判のレストラン「ヒュッゲ」へ。
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店内はご覧の通り、おしゃれなたたずまい。
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まずは野菜サラダとオニオンスープ。
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メインは牛挽肉のボロネーゼ。
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量が少ないと聞いていたが、皿の底が深くそれなりにあった。

そしてお目当てのパンケーキは3段重ね。
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かなり量が多くで難儀したが、噂通り美味しかった。

これにて本日のイベントは終了。
大した運動量でもないのに、カロリーをたくさん取り過ぎてしまった。
自重しなくては。

【行程】2018年5月12日
五天山公園(9:47)~第1見晴し台(10:04)~第2見晴し台(10:11)~山頂(10:24休憩10:33)~五天山神社(10:45撮影10:49)~登山口(11:10)~駐車場(11:25)
※所要時間:1時間38分(歩行時間:1時間25分)
※登った山:1座(五天山)
※歩行距離:3.6km
※累積標高差:約180m

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五天山(上)

【2018年5月12日(土)】五天山
今日は午後から仕事があるのだが、あまりに天気がいいので、午前中で下山してしまえる近郊の五天山(303m)に出かけた。
ゆっくり朝食を食べて、9時に出発。
ふもとに展開する五天山公園には9:30頃に到着した。
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真正面にピラミダルな五天山がそびえている。
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公園の一部は雪捨て場になっていたようで、かきまわして早く解かす作業が行われていた。
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GWに終わったと思っていたソメイヨシノが、ここではまだ満開だ。
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バス停前を通って、まずはトイレへ。
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雲一つない真っ青な空に新緑。長い冬が終わって、やっと春がやってきた。
うれしい。
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登り始める前に、水車小屋に立ち寄った。
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昭和初期には、ここ西野地区には多数の水車があったらしい。
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琴似発寒川と左股川の豊富な水と扇状地状の地形で、水車が動力として適していたとのことだ。

桜と五天山のコラボ。
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五天山の南斜面はかつて砕石場だったため、階段状に激しく削られている。
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まだ花は咲いていない花園の丘。
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その中央を貫く広い階段を登っていく。
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五天山の名は、1935年(昭和10年)、開拓者の井上弥一郎が夢で大国主のお告げを受け、他の土地所有者たちと相談の上、仏典から引用して命名したという。
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振り返ると、ばんけいスキー場のゲレンデがある三菱山(482m)。
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フキノトウが成長したフキの花。
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歩き始めて15分ほどで第1見晴し台に着いた。
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眼下はもちろん公園。駐車場と雪捨て場が目立つけど。
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対岸の丘も、すっかり緑になっている。
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爽やかな季節になった。
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まだ雪が残っている山は砥石山(827m)かな。
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この淡い緑がたまらない。
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五天山の頂上を望む。北斜面はなだらかだ。
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昨シーズンは、あのゲレンデをよく滑ったものだ。
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第1見晴し台から7分で第2見晴し台。
小別沢の開拓地と奥三角山(右、354m)が見えた。
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自信がないが、やはり砥石山だろう。
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この先、立入禁止の看板があるが
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しっかり踏み跡がついているし、もちろんこのまま進む。
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え、早くも「8合目」?
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ヤブを構成するこの植物ももうこんなに育っている。
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1分で9合目。そんなはずない。「9段目」だった。
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旧砕石場の階段の段数だ。

足元に小さな白い花が咲いていた。
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旧採石場の中を登っていく。
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すぐに10段目。
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砥石山には、おそらく今年中に登ることになるだろう。
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そして11段目。いったい何段あるのだろう。
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真ん丸なフキの花。
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タチツボスミレ。
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ここから旧採石場を外れて、山の中に入っていく。
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手作りの桟橋を通過。
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「この先 危険注意」とあるので行かなかったが、採石場の最高地点だろう。
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もうすぐで頂上だ。
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あ、祠らしきものが見えた。
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麓から40分かからずに登頂。
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標高差は160mほどだった。
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三角点。
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決行大きな祠だ。井上弥一郎らが建立したものなのだろう。
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ただ、誰かが持ち去ったのか、中はがらんどう。
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賽銭だけが置かれていた、
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牙のある狛犬。
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もう一匹。
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とりあえずは、しばし休憩する。
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祠に世話人の名が刻まれていた。野村村栄と安井廣。
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側面にも19人。井上の名はないが、別の面に書いてあったのか。
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10分ほど休んで出発。
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ピストンはいやなので、反対側に下る。
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こちら側はあまり歩かれていないようで、若干荒れている。
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樹林帯なので、ほとんど展望はきかない。
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イチリンソウがひっそり。
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旧作業道に出ると
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エゾノエンゴサクや
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オオカメノキなどが咲いていた。
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これはコゴミのお化け。
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荒れた作業道をしばらく歩く。
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木々の隙間から一瞬、市街地が見えた。
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こんな看板があるところを見ると、一応、登山道として認知されているようだ。
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ふもとまで下りてきたら、青い屋根の建物群が現れた。
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その一つは地像堂だった。地蔵堂ではない。
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これが、お地像様。
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お隣の小屋にもどなたかが祀られている。
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境内にもイチリンソウの群落。
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ここは五天山神社だった。
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ちょっと離れた側面の建物には、坂井兼太郎の馬頭碑が安置されている。
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馬頭観世音の皆さん。
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こちらの方々もご同輩。
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親玉かな。「菩薩」まで丁寧に書かれている。
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地元の方々が大切に守っているのだろう。
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やはり開祖は井上弥一郎翁だ。
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トタン張りの社務所。
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ほんとに、いい天気だこと。
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この先はちゃんと車が通れる道になった。
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五天山入口にまで下ってきた。
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右折して五天山公園の方へ戻る。
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おっと、鹿を発見。
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珍しく逃げない。
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ずっと、こちらの様子をうかがっていた。
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(つづく)
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恵山(4)

【2018年5月5日(土)】恵山
恵山(618m)から下りてきた。
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ほぼ往復3時間で駐車場に到着。
これから海向山(569m)に登ると帰りが遅くなるし、昼飯の用意もしていなかったので断念。
今日はこれで切り上げて、ふもとの温泉に行くことにした。

途中、展望台があったので寄ってみた。
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海峡展望台というところだ。
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対岸は津軽海峡をはさんで下北半島。
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つづら折れの道と恵山の斜面。まだ冬枯れの状態だ。
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海向山さん、今度また登りに来ます。
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恵山温泉に入ることにしたら、つつじ公園が通り道だった。
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昨夜食事をした「ちさ」のご主人によると、5月下旬には満開になるという。
他の観光客が「まだ全然咲いてないじゃん」と、ぼやいていた。

それはともかく、こちらはお風呂。
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入浴料はなんと300円。安い。
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独り占めだった。
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恵山温泉の開湯は、1932年(昭和7年)。
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恵山の地獄谷の源泉にパイプを通し、4km離れたここまで引いているそうだ。
泉質は、酸性濃度がかなり高く、湯船で顔をぬぐったら、目がチカチカするほどだった。
道内でもめずらしい「酸性明礬(みょうばん)・緑礬泉」である。
源泉からかなり離れているので、湯温は40℃前後と少し低め。
おかげで、ゆっくり浸かることができた。

でも強酸性(ph2.1)なので、 アルカリ性の石鹸がまったく泡立たない。
無色透明、無臭。火山性なのに硫黄の臭いがしないのが不思議だった。
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つつじ公園はツツジこそ咲いていなかったが、桜は満開だった。
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さて、どこかでお昼を食べて帰るわけだが、その前に、行き止まりチェック。
亀田半島の海岸線の道路はこの恵山による断崖で寸断されている。
昨日、北側のどんづまり水無海浜温泉まで行ったので、今日は南側の恵山御崎まで行くことにする。
その途中にあった七ツ岩のバス停。
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そして、ここが行き止まり。国道との分岐から約7kmの地点だ。
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この先に、人の歩ける道があるのかどうか確認に出かける。
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これが、最果て恵山御崎の集落。
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50mほどは道が続いている。
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しかし、その先は何もない。
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本当に断崖だ。
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崖が完全に切れ落ちている。
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納得して引き返す。
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行き止まり近くに函館バスが停まっていた。
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折り返し時間を待っているのだろう。
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バス停の名称は恵山御崎だが、修正の跡がある。前は何と言ったのだろう。
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時刻表を見ると、函館行きが1日8往復もある。
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ここは陸の孤島というわけではないようだ。

昨日見つけた、近くの寿司屋でお昼にしようと思っていたら、なんと休業日なのか開いていない。
やむなく国道278号を走りながら探すが、やはり何もない。
結局、函館市内まで来てしまい、湯の川温泉の「幸寿司」という店に入った。
ほかの人気店は行列ができていたので不安だったが、ここはすぐに座れて助かった。
前菜代わりに、函館名物イカそーめん。
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実は食べるのは初めて。なるほど、めんつゆに入っているわけか。
イカが不漁続きのせいか、「めん」が短かった。

その後ににぎり。ウニやアワビも入っていて大満足。
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美味しかったし、品のある店だった。
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帰りにお土産を買おうと思って立ち寄った道の駅なないろ・ななえは大混雑。
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レジも長蛇の列なので、これは何時間かかるか分からないので、ここでの買い物は諦めて早々に退散。
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次の道の駅YOU・遊・もりに向かう。
ここは桜の名所オニウシ公園に併設されている。
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公園内には、明治天皇が1881年(明治14年)の北海道巡幸の際に、森港から上陸したのを記念して植えられた「行幸柳」がある。
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もともとは市街地の中心部にあったそうだが、道路の拡幅工事に伴い、1999年、この地に移植されたとのこと。
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近くに包丁供養碑。
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公園の端っこからは墓地越しに駒ヶ岳の雄姿が見えた。
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では、買い物に行きましょう。
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森町と言えば、いかめしだ。実はそれほど好きではないんだけど。
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「オニウシ」とはアイヌ語で「樹木の多くあるところ」という意味で、これが町名「森」の由来となった。
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ちょっと買い物を後回し。
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先にオニウシ公園をちょっぴり見学する。
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桜の向こうに駒ヶ岳が覗く。
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でも桜が多すぎて、駒ヶ岳がしっかり見えるところがない。
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この公園は森町開基110周年を記念して、1968年に整備されたという。
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この時期は、桜が満開で、多くの行楽客でにぎわっていた。
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う~ん、ここが限界だろうか。
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植えられている桜の品種もいろいろ。
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いい光景。
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毛ガニなど海産物の屋台出ていた。
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それでは店内を物色。
こちらは森町・七福堂の「昆布もなか」。
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明治天皇に献上されたのだろうか。
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結局、おやつにべこ餅を買って、屋上へ。
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駒ヶ岳はここから見ればよかったのだ。絶景だ。
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東には室蘭の陸地も見えた。
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駒ヶ岳も久々に登りたいものだ。
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それでは出発。もう午後4時を過ぎてしまった。
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べこ餅は北海道に普通にあるものらしいが、私は全然知らなかった。
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でも、甘味抑え目、もっちりしていて、とても美味しい。
ファンになった。

結局、高速は使わず、ずっと下の道を行く。
道の駅洞爺でトイレ休憩。
もう5月なのに中山峠では雪になった。さすが北海道。
ちょうどノーマルタイヤに換えたところだったので、慎重に走った。

夕食は藤野のそば処鹿林で。
山菜とろろそばをいただいた。
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帰宅したのは、夜9時くらいだったか。
本日は300kmくらい運転した。
天気予報のわりには、天気に恵まれた道南の旅だった。

【行程】2018年5月5日
駐車場(8:14)~権現コース登山口(8:34)~あと400m地点(9:21)~恵山大権現(9:31)~山頂(9:37撮影9:40)~あと1640m地点(10:13)~展望台分岐(10:27)~恵山展望台(10:46休憩10:54)~駐車場(11:12)
※所要時間:2時間58分(歩行時間:2時間40分)
※登った山:1座(恵山)
※歩行距離:6.8km
※累積標高差:約340m
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恵山(3)

【2018年5月5日(土)】恵山
恵山(618m)をきわめて下山中。
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来た道を引き返しているのだが、見逃しているものが、かなりある。
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とうとうデジカメが電池切れになってしまった。
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これからはスマホに活躍していただく。
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わりと広い道を下っていく。
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海の突端は銚子岬。奥のピークは丸山(691m)。
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地肌むき出しの恵山と海向山(右奥、569m)。
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岬展望台(中央左)と恵山岬方面。
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恵山岬。
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急カーブ部分。
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岬展望台(左)と黒岩。
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尖塔群。
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赤茶けた地肌を縫うように付けられた登山道。
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最も赤い部分。
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植物はほとんど生えていない。
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449mピーク(中央)の向こうに日浦岬。
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生々しい溶岩の塊。
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昔の人は、ここに地獄を見たことだろう。
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まるで前衛芸術である。
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噴気はひっきりなし。
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ぽこぽこしているのは、みな古い火山だろう。
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とくに強い臭いはしないので、ほとんどが水蒸気なのかな。
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外輪山への道が見える。
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モンスターたち。
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山頂方面を振り返る。真っ黒だ。
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さっきまで弱い雨が降っていたが、何となく回復してきた。
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再び、登山者。GWだけど、今いちの天気なので人出は少ない。
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U字形の石。
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落石。
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最も素肌がきれいな部分。
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噴気孔展望地まで下りてきた。
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この辺りで、寝間着のような服を来たおじさんが一人歩いていたが、おそらく山頂付近ですれ違った母子の家族と思われた。
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2人の帰りが遅いので様子を見にきたのだろうか。
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下るに従い、海向山が大きくなってきた。
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広大な火口原。
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つづら折れ状の階段を下る。
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山麓の平らな道に出た。
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熊岩(命名・わたし)。
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ダイヤモンド溶岩。
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晴れました~
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巨大な砂防ダム。恵山はかなり多い。
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観光客はだいたいこの景観だけ眺めて帰ることになるのだろう。
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1時間ちょっとなので、ぜひ頂上まで出かけてほしい。
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砂防ダムのある涸れ沢を渡って、恵山展望台に向かう。
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植生に乏しく、地面も脆弱なので、土砂の流出は極めて深刻なんだそうだ。
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雨が降ればどんどん削られていくのだろう。
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涸れ沢を渡ると、登り返し。
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改めて見ると、ここは直接登れそうだ。
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展望台まで、あと680mもある。
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それはかなり時間を食いそうだ。
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たぶん、あの鞍部あたりなのだろう。
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縦に3色の柱が規則正しく並んでいる。
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むき出しの尾根は大蛇のよう。
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火山弾たち。
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青空が広がると、恐ろし気な景観も少し明るくなる。
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「危険」の看板あり。
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たぶん、ここは有毒ガスが出ているのだろう。
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再び涸れ沢を渡り、449mピークの方の斜面に取り付く。
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この沢の砂防ダムは木造だ。
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なぜか、遊歩道は下(右)の方に向かっている。
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対岸から「危険」地帯を振り返る。
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恵山展望台というなら、まさにここだが、標識もないし、まだ680mも歩いていない。
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とにかく、踏み跡はあったので斜面を左にトラバースしながら登っていく。
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さっきの危険箇所を見下ろす。
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左方向に道標が全くないのは、実は行ってほしくないからなのか、予算がないだけなのか。
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鞍部に達すると、眼前に太平洋が広がった。
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恵山の南斜面。
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もう少し進むと展望台らしきところに出た。
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ここが恵山展望台だった。
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恵山を望む展望台ではなく、恵山にある展望台という意味だった。
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さっき、車で登ってきたつづら折れの道が見える。
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眼下はつつじ山。
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ちょっと風が強いがここでしばし休憩。
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今日初めて腰を下ろした。
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ここには、もしかしたら24年前に恵山に来た時に歩いてきているかもしれない。
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10分弱の休憩で出発。
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遊歩道を下っていく。
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この山(449mピーク)も登れるのかとおもったら、そうではなかった。
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木造の治水工事。景観に配慮してのことだろうか。
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再び、迫力のある恵山の全容。
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非常に表情が豊かだ。
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木造の砂防ダムはどのくらいの寿命があるのだろう。
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まるで古代ローマの劇場のようだ。
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そろそろ恵山ともお別れ。
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あえて涸れ沢の中を歩く。
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お蔭さまでいい天気になった。
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赤い溶岩。
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こうして見ると巨大な爆裂火口だ。
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(つづく)
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恵山(2)

【2018年5月5日(土)】恵山
亀田半島の南東端にそびえる恵山(618m)に登っている。
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左手には平坦なカルデラが広がる。
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今までなだらかな道だったが、ここからは本格的な登りとなる。
距離はまだ2km近くあるようだ。
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最初は階段でぐいぐい登っていく。
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このルートは権現堂コースというらしい。
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お、早くも下山してくる方がいる。
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早朝から登っていたのだろう。熟年夫婦だった。
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モアイ3兄弟。
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岬展望台方面。
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海向山(569m)。
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単独のモアイ。
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溶岩で石垣を組んであるように見える。
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間違いない。何だろう。
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おお、海が見えてきた。
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歩き始めて30分ほどで、噴気孔の展望地に到着。
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赤茶けた地肌が露出している。
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噴気がものすごい。
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こうした荒々しい山容や噴気の様子から、恵山は古くから信仰の対象となっているらしい。
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下北半島の恐山と並ぶ霊場になっているそうだ。
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噴気孔は硫黄で黄色くなっている。
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裂け目が生々しい溶岩。
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ちょっと日本離れした光景だ。
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落石!こんなのが転がってきたら、ひとたまりもない。
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海向山と火口原が一望できる。
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外輪山にも道が通じているようだ。
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車輪石(命名・わたし)。
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実に荒涼としている。
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小さな火口の跡かしら。
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小さな噴気孔を発見。
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手をかざしてみたら、やはり熱い噴気が出ていた。
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山頂方面。
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さっきの平地を上から。
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確かに恐山の雰囲気とよく似ている気がする。
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穴開き岩。
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こうした岩の造形がいちいち楽しい。
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地肌をさらけ出した尾根。
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山頂付近は霧か。いや噴気だろう。
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まさに賽の河原だ。
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噴気が、雲が湧くように上がっている。
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「有毒ガスにご注意ください」的な看板が全くないのは、有毒ではないからなのだろうか。
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それとも北海道的おおらかさなのだろうか。
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449mピークの向こうに函館方面の海も見えてきた。
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子宝岩(ちょっと上品に命名しました)。
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古い階段の残骸。
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シャチホコ岩(これは文句なし!)
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うわ、真っ赤っか。
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これまで歩いてきた道を振り返る。
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眼下に恵山岬近くの集落が姿を現した。
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灯台も発見。
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その全景。
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岩の間から、シャクナゲがしぶとく生えている。
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道はかなりゆるやかに付けてあるので、その分、距離が長い。
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その道の真ん中に陥没の跡があった。
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その周りにロープが張られており、迂回しなければならなかった。
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警告は、噴気ではなく、足元だった。
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このあたりからも噴気が静かに上がっている。
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なんだか生あたたかい。
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完全にモノトーンの世界だ。
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あと480mの地点まで登ってきた。
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実はちょっと心配なことがある。
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デジカメのバッテリーが切れそうなのだ。
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切れたらスマホがあるのだが、なるべく長持ちしてほしい。
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カメラをポケットの中で温めながら歩いた。
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頂上近くの平坦地に出た。
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あと230m。
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溶岩が迫りくる津波のようだ。
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この先はもう低い。
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つまりは山頂に到着した。
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ちょっと寒いが、まずは眺望を満喫しよう。
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赤茶けた斜面と海向山。
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恵山の集落と太平洋。
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さっき抜かしていった人が写真を撮っている。
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真の山頂はあちらなのかしら。

祠の中を覗いてみると、恵山大権現だった。
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安全下山を祈願しておいた。
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では、山頂らしき場所へ向かう。
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もちろん、写真を撮りながら。
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本当はピストンではなく、反対側に下りたいのだが、たぶん最終的に崖になるのだろう。
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素直に止めておいた。
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恵山大権現を振り返る。
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やっぱり、こっちが山頂だった。
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一応、部活をしておかなくては。
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雨も降ってきたし、早々に退散する。
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来た道を引き返す。
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海岸線が美しい。
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さっき、山頂付近で母と少年の2人組とすれ違ったのだが、お父さんはどうしたのだろう。
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車の中で寝ているのだろうか。
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なんだかグロテスクだ。
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(つづく)
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恵山(1)

【2018年5月4日(金)】恵山
谷地頭温泉で入浴後、恵山岬に出かけた。
これは休館中の函館市灯台資料館(ピカリン館)。
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そして恵山岬灯台。
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初点灯は1890年(明治23年)。
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高さ19mで、光達距離は約32kmとのこと。
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いろんなところから見えるので、「どこからでも灯台」と呼んでいるようだ。
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ここに来たのは1994年夏以来なので、なんと24年ぶりだ。
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水無海浜温泉は記憶にあるが、この灯台は覚えていない。
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1989年に修理をしているそうだ。
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水無海浜温泉方面を望む。
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真っ黒な岩の断崖だ。
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恵山岬からの恵山(618m)。
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このあたりの海岸もかなり荒々しい。
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別角度から。
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灯台関連施設。
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北の方角の眺め。
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駐車場のそばに水準点があった。
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ついでに、行き止まりにある水無海浜温泉にも行ってみた。
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ちょっと到着が遅かったようで、すでに水没していた。
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海に手を入れてみたが、全く温かくなかった。
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ここも、なかなか荒々しい海岸だ。
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実は1994年に来た時、息子と一緒に海パンで入ったことがある。
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ただ、温かかったかどうかの記憶がない。
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何と読むんだろう。
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防波堤のつもりかな。
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泉温は50℃。全裸で入って構わないそうだ。
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温泉や海岸に行くための通路。
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この表で見ると、今日の日中の入浴可能時間は午後2~5時までだった。
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到着が30分ほど遅かった。
足湯くらいしたかったが、残念。
諦めて、今夜の宿泊地、道の駅なとわ・えさんに向かう。
18時過ぎに到着。まだ全然明るい。日が長くなったものだ。
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顔ハメかと思ったら違った。
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ここから海越しに恵山を望むことができる。
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いい眺めだ。
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今夜の晩御飯は、道の駅から歩いて5分ほどの食事処ちさで。
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一応お酒を飲むつもりなので、車は道の駅に置いてきた。
というわけで、早速ビール。
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函館なので、イカ刺し。
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このほか、揚げタコとラム味噌焼きを注文。
お店のご主人が「ムイ貝のウニみそ和え」を薦めてくれたので、それも試してみた。
ムイ貝とはこのあたりの言い方で、正式にはオオバンヒザラガイという。
ムイの名は、旧戸井村にある武井の島に由来するという。
食感がツブ貝に似ているが、獲れる量が少なく市場には出回らないらしい。
食べてみたら、コリコリしてなかなかの珍味であった。
写真を撮るのを忘れたのが失敗。

ムイ貝は殻がなく、厚い皮で覆われており、その中に骨のようなものがある。
この白いのがそうだ。
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シャコのようなイメージだ。
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実際はこんな形をしているものらしい。
ムイ貝

締めに、恵山ラーメン(塩)をいただいた。
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トッピングはウニ、ホタテ、イカ、ムール貝など。
これまた美味しく、とくにスープがよかった。

お暇する頃には、雨がさらにひどくなっていた。
すぐ近くにあるコンビニに寄って、明日の朝食とデザートを買い、車へ。
アイスの牧場しぼりを食べて、シュラフにくるまった。
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夜中は車の屋根に当たる雨の音で時々目が覚めるほどだったが、よく眠れた。

【2018年5月5日(土)】恵山
翌朝は7時に起床。幸い雨はかなり小降りになっていた。
トイレを済ませて、まずは朝食。
今朝もパン。大好きなしっとり豆パンとチュロッキーだ。
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「なとわ」とは土地の言葉で「あなたとわたし」という意味だとか。ほとんど津軽弁だ。
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今日の恵山。曇ってはいるけど、山頂はガスっていない。登山は決行だ。
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かなり噴気を上げている。
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できれば隣の海向山(569m)も登りたいが。
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物産館の営業は午前9時から。
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7:50に出発し、8時過ぎに登山口の駐車場に到着した。
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目の前に、これぞ火山!という景観の恵山が展開している。
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軽くストレッチをして、8:15頃出発。
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青空が見えてきてくれてうれしい。
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今回、3日間とも天気予報は雨だったのだが、行動する時間帯はうまく止んでくれており、何とかかいくぐっている感じがする。
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ここにも石仏が随所にあるようだ。
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薬師堂があるというので行ってみた。
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あの建物だ。
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堂内には石仏が安置されていた。
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安全登山を祈願して出発。
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恵山も24年ぶりだが、登るのは初めてである。
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やはり噴気がすごい。
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恵山の西にある449mピーク。
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ここは気象庁の常時観測対象の活火山である。
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「お休みの丘」なる看板があったが、歩き始めたばかりだし、休みません。
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恵山展望台に行く道と山頂への道との分岐を通過。
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449mピークと恵山の鞍部が展望台らしい。
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観音コースには三十三観音のような石仏が並んでいるようだが、少し遠回りなので直進。
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でも、この念仏碑だけは確認しておいた。
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明治11年(1878年)の建立。
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「番」の文字が見えるので、やはり三十三観音のようだ。
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恵山は新第三紀緑色凝灰岩層を基盤とする外輪山熔岩と円頂丘熔岩とからなる二重式火山である。
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噴気や地熱などの影響で、山腹中部から上部では植生が乏しい。
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左手は平坦なカルデラが広がる。
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登山道は北斜面の基部に沿って、ほぼ等高線沿いに進んでいく。
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背後に見えるのは海向山。
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見上げると、溶岩がそのまま固まったような奇観が続く。
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なんかおどろおどろしいほどだ。
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1764年と1846年の噴火では、死傷者も出たらしい。
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これなど、かなり新しい時代の活動の跡と思われる。
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低い山だが、北海道の火山は若い気がする。
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岩好きには堪えられない。
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(つづく)
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函館山(5)

【2018年5月4日(金)】函館山
観音コースで函館山(334m)を下山中。観音様は二十七番。
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車道と交差する地点が観音峠。
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エゾヤマザクラが真っ盛りだ。
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内地ではオオヤマザクラという。
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若い葉っぱは赤いのが特徴だ。
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二十八番通過。
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道端に陸軍と海軍の標柱が並んでいた。
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この植物もよく見るが何だろう。
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もう新緑の季節でもある。
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二十九番。
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半分くらい下ってきたかな。
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オオカメノキの花。
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カタクリ。
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三十番。
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どんどんいきます。三十一番。
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下界に近づいてくると、石仏広場のようなところがあった。
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大きな題目碑。
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南無妙法蓮華経と刻まれている。
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随分、堅固に守られていた。
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どこかの石垣を修理したという足持大上人の顕彰碑。
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名前の分からない花もたくさん咲いていた。
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これはヒメツルニチニチソウ。
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外来種が野生化したものだ。
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三十二番を過ぎたところで
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称名寺の墓地に出た。
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タンポポが咲き乱れている。
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左手下は高竜寺。
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この中を突っ切って行っていいのかな。
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そうするしかないので、そうした。
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境内に1945年7月14、15日の函館大空襲で亡くなった方々の慰霊碑。
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このほかにも、いろいろ文化財的なものがあるようだ。
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三十三観音の三十三番は見落としてしまったが、とくに未練はない。

新選組副長土方歳三の供養碑。
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高田屋嘉兵衛顕彰碑。
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巨大な本堂。
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称名寺は1644年の創建。北海道の中では古刹の部類に入る。
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幕末の開港当初は英仏の領事館としても利用されたという。
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称名寺の向かいに、今年3月に閉校した函館市立西中学校があった。
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近くの潮見中、宇賀の浦中と統合して青柳中になったそうだ。
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魚見坂を下って、市電の函館どつく前電停に向かう。
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沿道には古い木造の家屋がまだいくつも残る。
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廃業した川守田商店。
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函館どつく前電停の近くに新選組最後の地があった。
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ここは幕末に築かれた弁天岬台場の跡である。設計したのは五稜郭も手掛けた武田斐三郎。
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十字街近辺で函館ラーメンを食べることにして、市電に乗った。
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時刻はもう13時を過ぎてしまった。
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10分ほどで十字街電停に到着。
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坂本龍馬が迎えてくれた。
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龍馬記念館の前に顔ハメがあったが、子供が駆け寄って行ったので譲らざるをえなかった。
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お目当ての新函館ラーメン「マメちゃん」はお客さんが並んでいたし、店員の態度があまりよくなかったので止めた。
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しばし、他の店を探して宝来町界隈をさまよう。
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(函館さのさの歌碑)

牛鍋の「阿さ利本店」はやはりちょっと高そうなので断念。
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悩んだ挙句、カレーにした。
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店は五島軒ではなく、愛され続けている伝統の味というキャッチフレーズの「小いけ」。
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創業昭和23年。創業者の小池義次郎が60数年の研究の末に作り上げた印度カレーだそうだ。
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かなりお腹が空いていたのでハンバーグカレーにした。
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これが、かなり辛い。しかも味が単調。
申し訳ないが、私の口には合わなかった。ハンバーグがあって助かったくらいだった。

残念な思いを胸に、歩いて谷地頭温泉に向かう。
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1か月ぶりの青柳町電停。
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臨時便の五稜郭公園前行きを見送る。
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スイレン3兄弟。
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14時半過ぎに、車を停めてある谷地頭温泉に到着。
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ザックを車にしまい、着替えを持って、早速温泉へ。
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鉄分の多い赤褐色の湯で、浴室はかなり広かった。
谷地頭温泉
(資料映像)

ゆっくり汗を流し、15時半に恵山に向けて出発。
川汲トンネル、南茅部経由で亀田半島の東海岸で出た。
獅子鼻覆道入口の右手に白糸の滝。
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銚子サーフビーチに出ると、正面に恵山(618m)が姿を現した。
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山頂付近。白く噴気を上げている。
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その右に海向山(569m)。
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振り返ると銚子岬の旧道が見える。ここはいつか歩いてみたい。
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ここは函館市に吸収合併されてしまったが、もとは椴法華村だった。
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つづきは恵山の項で。

【行程】2018年5月4日
谷地頭温泉(8:45)~立待岬(9:03撮影9:17)~七曲り登山口(9:26)~地蔵山展望台(9:56)~千畳敷広場(10:05休憩10:08)~月見台(10:37)~入江山(11:07)~つつじ山(11:18)~つつじ山駐車場(11:36)~函館山(11:47散策・撮影・休憩12:13)~観音森(12:24)~称名寺(12:54)~函館どつく前電停(13:05)=十字街電停(13:17)~小いけ(13:37食事14:14)~谷地頭温泉(14:35)
※所要時間:5時間50分(歩行時間:4時間50分)
※登った山:4座(うち新規3座:地蔵山、入江山、つつじ山)
※歩行距離:10.2km
※累積標高差:約390m
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函館山(4)

【2018年5月4日(金)】函館山
函館山(334m)の御殿山第二砲台跡を見学中。
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ここは人出の多い頂上に近いからか、かなり整備されている。
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とは言え、こうした崩落した部分もある。
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溝状になっているところに、まだ雪が残っていた。
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壁の凹みは砲弾を置いておいた場所なのだろうか。
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今はタンポポ畑になっている。
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砲台跡の横は、つつじ山広場。まだ、全く咲いていない。
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よく見ると、ちょっとだけ。
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砲台は2基ずつペアになっている。
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この中には入らなかった。
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それにしても、ここまで来る人はほとんどいなかった。
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函館山を訪ねる観光客の1%も来ないのではないか。
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もったいない。
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謎の遺構。
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ヤブの中で咲いているつつじがあった。
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というわけで、砲台跡見学終了。
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入江山からここまで直通している車道。
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でも一般車両は通行禁止だ。
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駐車場の脇に簡単な説明板があった。
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後ろにも遺構が。
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その近くに、カタクリが咲いていた。
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ずっとしていなかったので、ここでトイレを済ます。
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三十三観音は、なぜかここに二十番と二十四番。
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道路を渡って階段を登る。
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途中で地蔵山方面を振り返る。
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眼下につつじ山駐車場。
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階段の途中にまた三十三観音。
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ここは二十一番だった。
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ありゃ、二十三番もある。
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こちらは別の仏様。
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函館山権現の石柱。
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函館山(御殿山)へのスロープ。
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谷地頭温泉と立待岬への道。
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住吉町あたりの海岸。
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途中に二十二番があって、番号がやっとつながった。
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松前藩政時代、薪やニシンを加工する燃料として、函館山の樹木はことごとく伐採され、19世紀初頭には、ほぼハゲ山になっていた。
後に、七重村(現七飯町)の倉山卯之助が杉の苗木を函館山に植えたのが始まりで、今の豊かな森がよみがえった。
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函館山は約100万年前に活動していた火山で、溶岩などの火山噴出物が積み重なってできているという。
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やはり、立待岬の黒い岩は溶岩だったんだ。

函館山は約4000年前までは島だったが、函館湾と津軽海峡から砂が運ばれて北海道本土と陸続きになった陸繋島である。
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などなど勉強になった。

やっと頂上に着いた。函館の街並みを俯瞰しよう。
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ハリストス正教会。
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函館山ロープウエーの山頂駅。
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御殿山第一砲台跡。ほとんどの人が気づかない。
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この遺構を壊して、駅や中継塔が建てられている。
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さらに高い位置にある展望台へ向かう。
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間もなく展望台に到着。ここで、ゆっくりと眺めを楽しもう。
HBCとNHKの中継塔。
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広場と松前半島方面。
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函館湾は多くの船が行き交っている。
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函館どつく。
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いくつかの船が修理中だ。
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このお台場のような埋立地は「緑の島」と呼ばれているようだ。
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対岸に太平洋セメントの海上ベルトコンベヤーが見える。
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函館の中心部。
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函館駅。青函連絡船が保存されている。
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こげ茶色の箱型の建物は函館市役所。
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黒い屋根は東本願寺函館別院。
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手前は元町界隈。
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ワイドで。
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GWだが、昼間はやはり観光客もこの程度。
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それにしても、いい天気になってよかった。
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みそ汁の自販機、初めて見た。
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伊能忠敬、北海道最初の測量地のレリーフ。
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立派な山名標に満足。
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設計山かなあと思っているけど、自信はない。
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ブラキストン線で有名なブラキストンのレリーフ。
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函館山山頂施設の全容。
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三角点。
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北を示す方位盤。
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函館山にはロープウエーで登ることできるが、バスで来ることもできる。
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では下山しましょう。
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再び、地蔵山を眺めながら。
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停泊中のタンカーの合間を津軽海峡フェリーがすり抜けていく。
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車道を渡って、観音コースを下る。
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この先は登山道だ。
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樹林帯である。
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三十三観音はこちらに続いていた。二十五番。
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観音コースだもんな。二十六番。
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間もなく、車道を交差。
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交差地点あたりを観音森というらしい。
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さらに進む。
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おそらくキクザキイチゲ。
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エゾヤマザクラ。
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きれいなピンクだった。
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(つづく)

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函館山(3)

【2018年5月4日(金)】函館山
函館山(334m)で千畳敷近くの砲台跡を見学中。
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函館要塞は、大日本帝国陸軍の要塞の一つである。
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1896年(明治29年)、函館港と函館湾の守備を目的に計画された。
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完成は、日露戦争前の1902年(明治35年)。
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昭和になって津軽要塞と改称され、津軽海峡も守備範囲に加わった。
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2001年10月、「函館山と砲台跡」として北海道遺産に選定されている。
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函館要塞は千畳敷砲台、御殿山第一砲台、御殿山第二砲台、薬師山砲台と立侍保塁で構成される。ここは千畳敷砲台である。
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1896年頃に「敵軍ヲシテ本湾ヲ利用セシメサル事」を目的に要塞設置が計画された。
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これに伴い、翌年11月には函館要塞砲兵大隊が編成された。
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この砲台跡から車道を眺めると昨日の雨で大きな水たまりがたくさんできている。
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その一つで、カラスが行水をしていた。
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函館の市街地を望む。
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ちょっと拡大してみよう。
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桜が満開の函館公園。
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さっさと湯から上がるたとえに使われるはずなのに、カラスはかなり長時間遊んでいた。
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車道に下りてきた。
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函館要塞はずっと関係者以外立ち入り禁止だったが、戦後の1946年5月に一般開放された。
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要塞諸施設の完成後に日露戦争を迎え、函館要塞も動員されたとのことだ。
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かわいい中継塔を通過。
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山腹に見える黄色い花はヤマブキだろうか。
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こちらはコブシ。
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千畳敷砲台跡は戦闘指令所も兼ねていた。
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最初に起工した砲台は、函館山(御殿山)の東斜面にある薬師山砲台で、1898年(明治31年)6月のことだった。
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同年9月の陸軍省告示により函館要塞周辺区域が画定した。
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1916年(大正5年)には、御殿山第一砲台及び薬師山砲台が廃止された。
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昭和に入り守備範囲を広げるため、竜飛崎砲台、汐首岬砲台、大間崎砲台を築き、1927年(昭和2年)に名称を津軽要塞と変えた。
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このときに解体された戦艦伊吹の主砲も転用されたとのこと。
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これらの戦力増強よって津軽海峡の封鎖が可能となった。
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太平洋戦争が始まってしばらくした1943年2月、津軽要塞は北部軍に編入された。
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一般に函館山と呼ばれているのは、この中継塔が林立する御殿山のことを指す。
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西の対岸に見えるのは丸山(482m)。
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北西に見える残雪の山は、設計山(702m)、雷電山(703m)あたりだろうか。
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戦後、米軍は函館山の要塞が日本の徹底抗戦派のゲリラ戦拠点となる可能性を考え、施設の多くを爆破した。
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施設の完全破壊には至らなかったが
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この影響による崩落の危険から、弾薬庫や掩蔽壕の多くが現在も立入禁止となっている。
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皇太子時代の大正天皇がここで休憩をしている。
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要塞を視察しに来たのだろうか。1901年(明治44年)8月21日のことである。
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月見台という場所に下りてきた。
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眼下に函館公園が見えるが、月もきれいな場所なのだろう。
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いきなり、三十三観音の十二番が現れた。
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どういう順番で配置されているのか分からないが、今度は九番が出てきた。
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地蔵山を望む。
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函館山ロープウェイ山頂駅・展望台は御殿山第一砲台の上に建てられているそうだ。
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この後はしばらく車道歩き。
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道端では、フキノトウが大きく成長している。
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十三番、石山寺。
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やはり設計山かなあ。
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十四番。だんだん順番通りになってきた。
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十五番。石仏が並ぶ道は北海道では珍しい。
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小腹が空いてきたので、歩きながら大福をいただく。
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豆大福。そこそこお腹にたまるし、甘いので元気が出る。
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左手に函館山の西海岸が見えてきた。
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南端の方は断崖である。
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この雲は富士山のように見えたのだが、うまく撮れなかった。
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なぜか、ひまわり形のカーブミラー。
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間もなく、入江山(291m)の入口に到着。
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ここは十六番。
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せっかくなので入江山までピストンすることにした。
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その途中に十七番。
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御殿山。
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つつじ山(306m)。
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寂照塔。1954年(昭和29年)9月26日の台風15号(洞爺丸台風)で遭難した北見丸乗組員照内国雄氏の慰霊碑である。
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入江山には観測所が設けられていた。
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その遺構の一部だろう。
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少し先に本体と思われる廃墟があった。
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すき間からタンポポが生えている。
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再び御殿山。
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順番通りに十八番。
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ここが入江山の頂上ということになる。
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入江山は函館山の北西に突き出した要所にある。
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以前、函館要塞を訪ねた時は、下から直接ここに登ってきた気がする。
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どこもそうだが、きれいな切石で堅固に積まれている。
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下に直接下る道は通行止めになっていた。
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車道に一旦もどったが、登った山を稼ぎたくて、つつじ山のやぶの中に入って行ったら、ここにも遺構があった。
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ここはあまり人が来ることが想定されておらず、木々が繁茂していた。
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用途は不明である。
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遺構もかなり傷んでいる。
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でも来てみて、よかった。
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では、引き返そう。
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やぶこぎをして、東屋にたどり着いた。
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さすがに眺めがいい。
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湯の川温泉方面の海岸線。
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白波が打ち寄せる大森浜。
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御殿山。
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ここから御殿山第二砲台跡の遺構の中を下っていく。
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(つづく)
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函館山(2)

【2018年5月4日(金)】函館山
立待岬から函館山の登山口に向かっている。
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墓地の上の道路を歩いているので、どなたかの墓の入口の標識がたくさんある。
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地元では知られた方なのかもしれないが、どういう方なのかさっぱり分からない。
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なんと道端にエンレイソウが咲いていた。
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別名タチアオイだそうだ。
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木々の隙間から函館山(334m)。
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眼下の函館公園は桜が満開だった。
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立待岬から10分ほどで、七曲り登山口に到着。
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ここから本格的な登山道になる。
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函館山の別名は臥牛山。その牛の背を歩いていくことになる。
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今度はタチツボスミレを発見。
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七曲りというだけあって、随分ジグザグしている。
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大きな3枚の葉が特徴のエンレイソウの群落。
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こちらは白い花のエンレイソウ・
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ほんとに同じ花なんだろうか。
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道端に自己主張するように咲いている。
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ヒトリシズカ。
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この花は何だっけ。
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オオカメノキ。
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函館山にこんなにたくさん花が咲いているとは思わなかった。
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さらには、シラネアオイも。
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ところどころに、こんな番号札がかかっている。
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でも、最終的に何番まであるのか分からないと、何の目安にもならない。
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道はこんなに細いところも。
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地形図で見ると、ものすごいジグザクで登山道が表記されていたので急登を覚悟していたのだが、そのジグザグのおかげで、勾配はそれほどきつくなかった。
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石垣が現れた。
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これは函館要塞の遺構ではなく、登山道のためのものだろう。
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石垣の高さがかなりある。
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結構、大きな岩もある。
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函館市街の展望が開けた。
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この道はお花畑コースとしてもいいかもしれない。
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あ、でもそれだと春だけしか意味がないか。
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この花は名前が分からない。
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これは花が閉じているが、キクザキイチゲかしら。
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こちらは開いている。
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ヒトリシズカのつぼみ。」
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エゾノエンゴサク。
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あ、また晴れてきた。
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しかし、100m程度の標高でシラネアオイが見られるとはびっくり。
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さすが北海道だ。
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花の写真を撮っている間に、単独のおじさんが抜かしていった。
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地蔵山見晴台手前の石垣。
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登山口から30分ほどで見晴台に到着。
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津軽海峡が見えた。
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東に汐首岬。
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眼下は立待岬。
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この岩がまさに見晴台だった。
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尾根にのると、低いササ原となった。
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フキも混じっているけど。
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地蔵山山頂のアンテナ。
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たぶん、地蔵山の標識はないだろうなあ。
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このアンテナは開発局の無線中継所だった。
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結局、山名板の存在は確認できず。
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ここからは車道(管理用道路)歩きとなる。
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ちゃんとガードレールが設置してあった。
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ほんの数分で
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千畳敷休憩所に出た。
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ここから再び函館山が見えた。
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もちろん函館市街も。
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駅舎は隠れて見えないが、函館駅。
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函館港。青函フェリーが見える。
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豪華客船も停泊していた。
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五稜郭タワー。
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大森浜。
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地図も備忘録として撮っておいた。
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この先もずっと車道だが
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当方は遊歩道を行く。
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振り返ると、開発局以外の中継塔も見えた。
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ロープウエーを望遠で。
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函館市街のくびれが分かるところまで登ってきた。
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函館山の雄姿。
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その頂上部。
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地蔵山。
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函館市街南側の海岸線。
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初めて登場した中継塔。
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丘を登り切ると、日露戦争当時の砲台跡があった。
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ここには2007年の夏に、仕事で来たことがあるのを思い出した。
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函館山からはかなり遠いが、こんなところまで歩いてきていたとは。
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なんだか懐かしかった。
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ここはレンガとコンクリートで築かれている。
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落書き無用の看板かと思ったら、「エサやり禁止」だった。
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野生動物ってシカだろうか。
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置きエサをする人なんているんだ。
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残念ながら、文化財としての説明板はとくになかった。
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これは旗竿でも差した穴かな。
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逆サイドから全景。
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両サイドから。
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楽しい探検だった。
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(つづく)
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函館山(1)

【2018年5月4日(金)】函館山
前夜は道の駅みそぎの郷きこないで車中泊。
夜中、一度トイレに起きたが、よく眠れて、朝は6時くらいに目が覚めた。
雨の予報だったが、なんと晴れている。
まずは朝食。昨夜、セコマで買ってきたパンだ。
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こちらは、たいやき風パン。クリームがしっぽまでたっぷり入っていた。
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食後、歯磨きとトイレを兼ねて、木古内駅を散策。
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手前は道南いさりび鉄道(旧JR江差線)の線路。奥がJR北海道新幹線の木古内駅。
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いさりび鉄道の駅名標。
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駅からみた道の駅。
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道の駅の名称「みそぎの郷」は神事「みそぎ祭」に由来するらしい。
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駅舎に入ってみた。
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いさりび鉄道と新幹線の連絡通路。
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木古内駅はいつの間にか、北海道最南端の駅になっていた。
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松前線が廃止される前は、渡島大沢駅が最南端だった。

JR時代の駅名標が待合室に保存されていた。
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この部屋は旧JR江差線の資料展示室にもなっており、懐かしいサボがたくさん並べられていた。
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かつては函館から網走や稚内までの直通列車があったんだなあ。

昔は乗り鉄も一段と楽しかったことだろう。
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せっかくなので顔ハメさせていただきました。
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連絡橋からいさりび鉄道の線路を見下ろす(函館方面)。
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木古内町のマンホールは咸臨丸がモチーフ。
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マスコットは、はこだて和牛のキーコだそうだ。
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木古内駅の全景。
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というわけで、道の駅に戻ってきた。
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パン屋さんの「コッペン道土」はまだ開店前。
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レストランの「どうなんdes」のランチは美味しそうだけど、かなり高い。
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こちらには大きなキーコくん。
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朝7時過ぎくらいからラーメンの屋台が出ていた。
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食べたかったが、もう朝食は済ませていたので残念。

では、7:40に出発。函館を目指す。
途中、函館市内のセコマで飲み物などを調達し、谷地頭温泉にはちょうど1時間で到着。
ここに車中泊の人がいても、8時半を過ぎていれば、みな出発してしまって、駐車場が空いているだろうと思っていたが、ほぼ満車で、かろうじて停めることができた。
ここは朝6時から営業しているので、普通の入浴のお客さんも多いのだろう。
本日の山行は、ここから歩き始めて、立待岬から函館山まで縦走。函館どつく方面に下り、市電でここまで戻って入浴するという非常に効率のいい計画だ。
8:45、出発。
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函館はあちこちに古い建物が残っている。
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谷地頭温泉には、実は出張で3月31日に来たばかり。
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あの時はクロッカスしか咲いていなかったが、今はもう花の季節。
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桜が満開だった。
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ふと、こんな標識を発見。北海道にもヒキガエルがいたとは。
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標識に従い、立待岬に向かう。
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石館友作翁寄贈の「消防用貯水池」(昭和11年)の碑。貯水池そのものは地下なのか。
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住三吉神社の参道は桜並木になっていた。
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ここで、一人旅?のおじさんが「写真を撮ってください」と頼んできた。
もちろん応じたが、ちょっと挙動不審の方だった。

境内には「海底開発の碑」があるようだが、パス。
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立待岬への坂を登っていくと、右手は延々墓地になっている。
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左手に地蔵堂。
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右手のアンテナの見える山は地蔵山(286m)だ。
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このあたりは函館でもきっと古くからの墓地なのだろう。
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育児の墓なるものを発見。
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明治初期にできた、貧しい人や捨て子の面倒を見る「育児講」で育児中になくなった子供の墓だそうだ。
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読めません。
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墓地はかなり高いところまで続いている。
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道路沿いでは最も高い位置に石川啄木一族の墓があった。
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啄木が函館で暮らしたのは1907年5~9月のわずか100日程度。
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1910年に27歳の若さで亡くなり、遺骨は節子夫人の意向で函館に移された。

ここから大森浜はもちろん
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函館山を望むこともできる。
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となりには、なにかと啄木の面倒をみた義弟の歌人宮崎郁雨の一族の墓もあった。
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また、かたわらに啄木を崇拝したという歌人砂山影二の歌碑もたたずんでいた。
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「わがいのち海峡の浪の間に消ゆる日を想ふ~~岬に立ちて」

道路を面して反対側に消防碑。
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柵にはイカが泳いでいた。
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立待岬の公園の一角に与謝野寛・晶子の歌碑がある。
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写真ではよく見えないが、左が歌で、右が説明。
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「濱菊を郁雨が引きて根に添ふる立待岬の岩かげの土 寛」
「啄木の草稿岡田先生の顔も忘れじはこだてのこと 晶子」
郁雨とは宮崎郁雨、岡田先生とは市立函館図書館の創設者、岡田健蔵のことだ。
その岡田を顕彰する意味をこめて、1931年に函館を訪れた与謝野夫妻の歌碑が57年に建てられた。

その一段下にも石碑が並ぶ。
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左のは、七飯町出身の俳人庭田竹堂の句碑。「烏賊つりの父の灯見分け子の立てり」
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右は、函館市出身の書家中村朝山の句碑。「海峡や波音ちかく朧月」
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海岸まで下りれそうだったが、止めておいた。
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大森浜越しの函館市街。
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今日はわりと波が静かだ。
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立待岬の荒々しい黒岩。
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はるか先に下北半島が望めた。
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左が地蔵山、右が鞍掛山(113m)。
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波が静かだと思ったけど、そうでもないのかな。
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カモメの姿はなかった。
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それにしてもギザギザと鋭い岩だが溶岩だろうか。
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函館半島の南岸。
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鞍掛山頂上部の岩峰。
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いつの間にか曇ってしまった。
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展望台の方向指示盤。
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立待岬の石碑。
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立待岬の名はアイヌ語のヨコウシ(待ち伏せするところ=魚を獲ろうと立って待つ)に由来するという。
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古い展望施設。
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どうやら現役のようだ。
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この展望施設の屋根はイカの形をしている。
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以前は半島の南側にも車道があったようだ。
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これで立待岬の見学は終了。車道を函館山の登山口に向かう。
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(つづく)
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松前城(下)

【2018年5月3日(木)】松前城
松前城で満開の桜を愛でている。
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ここには約250種、1万本の桜の木があるという。
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弘前城の桜もいいらしいが、ここも天下逸品だ。
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この松前の桜を育てた最大の功労者は、鎌倉兼助氏(1878~1968年)である。
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大正10年頃から50年かけて、様々な品種を開発したそうだ。

その一つである「雨宿(あまやどり)」。
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名前もなかなかしゃれている。
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こちらは「八重紅枝垂」。
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松前には「早咲き」「中咲き」「遅咲き」の桜がそろっているので、約1か月にわたって桜が楽しめるそうだ。
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そもそもは本州から渡ってきた人が、江戸や京の都を懐かしんで植えたのが始まりとのこと。
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天守の北側に回ってきた。
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こちら側には史跡福山城のモニュメントが立っている。
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その奥に松前神社。
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松前生まれの桜は、250種のうち100種に上るという。
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広い芝生となっているのは本丸表御殿の跡。
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これは焼け残った本丸表御殿の庭の跡だろうか。
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それでは松前神社を参拝。
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松前神社は松前家の始祖である武田信広を祀っている。
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その正面観。
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表御殿の庭園の築山跡?
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3代将軍家光から拝領したと伝わる臥龍梅。
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どことなく風格のある社務所。
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2本の木が手をつないだようなイタヤカエデは「縁結びの木」と言われている。
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「贈従五位田崎君碑」。
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松前藩内で幕末期に起きたクーデターで、勤皇派正議隊の隊士として1869年4月に27歳の若さで戦死した田崎東の顕彰碑である。

京都御所から移入された御所錦(梅)。
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紅白の花を咲き分けるという。

神社を後にして
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桜見本園へ。
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南殿は鎌倉兼助氏が開発した品種で、早咲きの八重桜の一種である。
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どの花もみなきれい。
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高松宮宣仁親王殿下が1974年に来園されたそうだ。
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光華稲荷。
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読めない句碑。
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桜資料館はパス。
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ニリンソウ?
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復元された搦手二ノ門
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二ノ門前の三本松。
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城から松前市街を望む。
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桜の季節に来れてよかった。
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「天神坂夫婦桜」。1本の幹からソメイヨシノと南殿が寄り添うように育っているので、そう呼ばれているそうだ。
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2007年に出張で来た時にお昼を食べたのではないかと記憶している三久。
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花見を終えて、道の駅に向かう。
その途中にあった沖ノ口番所跡。
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海岸近くで見つけた野良。
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逃げるどころか、こちらをにらみつけて来る。ただし行儀はいい。
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というわけで道の駅に戻ってきた。
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屋内をちょっと探索。
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まだ5時半なので食事にはちょっと早い。
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明日、函館山に登るので、今日中になるべく函館に近づいておこう。
北海道最南端白神岬の展望広場を通過。
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その横で旧道の痕跡を発見した。
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白神岬灯台には歩いて行けそうだが、もう今日は先を急ぐことにする。
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初点灯は1888年である。
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沿線の道の駅を一つ一つ確認しながら進み、函館の手前最後の道の駅、みそぎの郷きこないに泊まることにした。
ここは道の駅満足度ランキング「清潔感」部門で2年連続上位(1位、2位)だったそうだ。
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これまでの道の駅と違って、ここにはかなりの数の車が集まっていた。
一応、カーテンを張るなど準備を整えて、夕食に繰り出す。

ここはJRの駅前にある道の駅だけに、近くにコンビニもあるし、居酒屋もある。便利だ。
とくに北海道色のない店だが、道の駅すぐ近くの居酒屋おかめに入った。
今日は400km近く走ったので、プチ慰労会。
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五臓六腑にしみわたるぜ。
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フライドポテトの塩辛や焼鳥などを食して、ほろ酔い気分で車に戻る。

戻ったらもうすることもないので、9時くらいには寝てしまった。
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おやすみなさいませ。

(おわり)
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松前城(上)

【2018年5月3日(木)】松前城
GW後半は2泊3日(車中泊)で道南を回ることにした。
3日恵山登山、4日函館山登山、5日松前城花見のつもりだったが、3日ともぐずつき気味との天気予報。
3日は実際、朝から雨が降っていたので、予定を変更。
ゆっくり出発して、初日は松前城の花見だけということにした。

自宅を9時前に出発。
高速は使わず、国道230号で南下する。
中山峠でトイレ休憩。当然、羊蹄山は見えない。
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ちょうど、お昼前くらいに長万部に着きそうだったので、ランチは「かなや」で、かにめしを食べることにした。
店はお客さんで賑わっており、店先の駐車場には停められなかったので、車は駅前の駐車場に停めた。
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駅弁を買うつもりだったが、店舗でも食べられるようなので、そちらに移動。
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かにめしセット(1620円)を注文した。
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茶碗蒸しが付いているのがうれしい。
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駅弁とは違って温かかったので、よりおいしかった。
ただ、カニは弁当用に調理してあるので、店で出す場合は、もう少し違った蒸し方があるような気がした。
まあ、別々に作るにはかなりの手間がかかるのだろうけど。
カニ自体はカニサラダのカニが一番おいしかった。

ちょうど12時に出発。
この先も高速は使わず、八雲で国道5号を右折、国道277号に入る。
途中で眠くなってしまったので、駐車帯で10分ほど仮眠。
13:20頃、雲石峠(410m)を通過した。
峠の名は八雲と熊石の境界にあることに由来する。
ちなみに八雲町は2005年に熊石町と合併。
これにより、日本で唯一、日本海と太平洋をもつ自治体となった。
山越郡八雲町(渡島支庁管内)と爾志郡熊石町(檜山支庁管内)の合併だったので、郡名も「二海(ふたみ)郡」が新設された。
新生八雲町は渡島支庁(現・渡島総合振興局)の管轄となったので、檜山支庁(現・檜山振興局)は南北2つに分断された形となった。

日本海沿いに出て国道229号を南下。
乙部町に入ると、珍名として地名業界では有名な「可笑内」橋を渡る。
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これで「おかしない」と読む。「これでそんなふうに読むなんて、おかしない?」って感じだ。

すぐ先の道の駅ルート229元和台で休憩。
眼下に元和漁港を望む景勝地である。
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北の方向を望む。かつては海岸沿いを国道は走っていたようだ。
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展望台にあるオブジェ。
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1795年にこの地の漁師である重兵衛、孫太郎、安次郎の3人がコンブ漁中に流され、韃靼(現中国吉林省)に漂着。北京、長崎を経て、2年後に帰郷できた。
その強い望郷の念と意志力を讃えて製作されたものだそうだ。

この後、2014年5月12日に廃線となった江差線の終着駅、江差駅へ立ち寄った。
廃線前に乗り鉄して、さらに車で回って各駅の撮影を済ませておいたが、なんと江差駅は跡形もなく消え去っていた。残しておいて欲しかった。
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再開発の予定があるのだろうか。

鉄道の記憶は駅前の「旧江差駅資料展示館・地域交流館」に収めることで免罪符にするつもりだ。
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こんな立派な駅があったのに。取り壊すなんて。
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駅前のバス停の名称も「江差駅」から「陣屋団地」に変更されていた。
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せめてマネキンと記念撮影。
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駅名標などは、こちらに保存展示されている。
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さよなら列車のヘッドマーク。
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ありし頃の写真パネルも。
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江差~函館間のサボ。
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じっくり名残を惜しんで、次の上ノ国駅。
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ここは幸い駅舎が残されていた。
とは言っても、本体は町商工会館で、駅の機能はそもそも待合室のここだけだった。
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裏に回ってみると、レールとホームの一部が残されていた。
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説明板も何もないが、残しているだけマシだ。
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結構、時間を食ってしまった。さあ、松前に急がないと。
でもスピードオーバーしてネズミ捕りにでも遭ったら、逆に時間のロスだなあと思った途端、目の前に旗を持った人が飛び出してきた。
あ~~~~、やってまった~
もうこうなったら仕方がない。議事進行でさっさと済ますしかない。
「ここ50kmだったんですよ~」と、こういう時は低姿勢な警察官。
「ちょっとメーター確認してくださいね」と言われ、測定機器を見たら、71kmで21kmオーバーだった。
昨年6月に捕まった時もそうだったが、自分の認識より5kmほど少ない。
わざと5km減らして測定しているのだろうか。
とにかく、今回は減点2点の反則金15000円だ。
この旅は節約して車中泊なのに、ビジネスホテルなら2泊分結局損してしまった。
それよりもきついのは、前回から1年経たないうちに違反を繰り返してしまったこと。
通算3点になってしまった。免停にならないよう気をつけなければ。
10分ほどで手続きを済ませ、気を取り直して出発。

午後4時頃に松前町の市街地に入り、無料の駐車場を探したが、見当たらないので、バイパス沿いの道の駅北前船松前まで戻る。
ここから松前城までのシャトルバス(200円)が出ているようだが、城はすぐそこに見えているので、当然歩く。
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城とは関係ないが、こういうレトロな建築は一応記録に留めておく。
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さあ、いよいよ松前城へと入っていく。
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幸い、雨も止んでくれて、とてもありがたい。
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松前城が桜の名所であることは知っていたが、36年間、内地にいたし、この時期に来る機会はなかった。
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北海道に転勤してきたからこそ、ここの桜を味わえる。
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今、盛りを迎えているのは南殿(なでん)という品種のようだ。
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ソメイヨシノよりもピンクの色が濃く、八重に咲いている。
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天守(松前城資料館)に入る前に、ちょっと腹ごしらえ。
イカ焼き、ウニ焼きとも1個100円。イカは1つサービスしてくれた。
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市場に出せない規格外品なのかもしれないが、安いので思わず買ってしまった。
でも、全然味に申し分はなかった。

多聞櫓跡の前を通り
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「資料館」の入口に到着。
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入る前に、ちょっと石碑を確認。
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大正から昭和初期にかけて道内活躍した、新潟県出身の俳人青木郭公(1864~1943年)の句碑で「高潮や城門を吹く花の雲」と刻まれている。

この句碑の背後にある桜の木は、桜前線本道上陸の標準木となるソメイヨシノだった。
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この後、資料館(360円)に入り、蠣崎波響「夷酋列像」の複製などを見学。
天守の窓からも満開の桜を見ることができた。
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桜の向こうは松前神社。
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本丸御門をくぐる。
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1949年の火災でも、この門だけは焼け残ったという。
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焼失した天守は1960年に再建された。
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御門の横にある長尾山樵の詩碑。
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越後村上藩の藩主だった山樵は21歳で郷里を出て全国を回り、1819年、42歳の時に松前城下で詠んだものだという。
 海城の寒柝(かんたく)、月潮より生じ
 波際の連檣(れんしょう)、影動揺す
 此より五千三百里
 北辰直下、銅標を建てむ

概略の意味は写真の説明の通りである。
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本丸表御門の玄関。
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1639年の建築で、明治以降は松城小学校の正面玄関として1982年まで使用されたという。
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松前城(福山城)は1854年、北方警備のため、日本で最後に築かれた日本式の城郭である。
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幕末期に初めて築かれたとは知らなかった。
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ソメイヨシノが幹から直接咲いている。
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こちらは南殿。
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地面の芝にも可憐な花々がたくさん咲いていた。
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(つづく)
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神社山・荒井山

【2018年4月30日(月)】神社山・荒井山
札幌市郊外をサイクリング中。
幌見峠から下ってくると、円山西町神社に突き当たる。
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創建は1895年(明治28年)で、当地に入植した人々が大山祇神を祀ったのが始まりだという。
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その後、1923年(大正12年)に円山在住の上田善七氏が神社用地を滝の沢部落に提供してくれたので、その顕彰碑が建立された。
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境内には、馬頭大神と大山祇神が祀られていた。
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これが小さいけど本殿。
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神社の境内にあるベンチに座って、しばらく休憩した。
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12:30に出発。
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まずは神社山(237m)に登るつもりだが、取り付きに行くまでがまた猛烈な急坂だった。
今日はアップダウンが激しい。
この急坂は、盤渓スキー場に行く時に車でよく通った道だった。

取り付きは、普通の住宅のすぐ横にあった。
たまたま、そこのお宅の方が外に出ていたので、「こんにちは~」と愛想よくご挨拶。
「ここが登山口ですか?」と聞いたら、「登るの? そうですけど、道はないわよ」と教えてくれた。
自転車を置いていかないといけないが、ここに置いておけば、ここの方が私のものだと分かってくれているので安心だ。
実はまだ鍵を買っていなかったのだ。
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あたりには、色とりどりの花々が咲いていた。
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早速、登り始めた。
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すぐに北海道神宮の社有地である旨の看板があった。
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この先、確かに道はない。
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多少の踏み跡くらいはあるかと思ったが甘かった。
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しかも急斜面で歩きにくい。
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でも、ヒトリシズカが迎えてくれた。
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踏みつけないように進む。
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こいつは誰だか分からない。
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さすがに雪はすっかり解けて、若葉も萌え出していた。
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標高差90mを10分かからずに登った。
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頂上にはケルンがあるだけで山名板はなかった。
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てっきり山名板があるものだと思い込んでいたので、少し探してしまった。
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原則立入禁止なのだから、そういうものは設けないのだろう。
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とくに展望もないので、すぐに引き返す。
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今度は尾根伝いに下ると、斜度が変わる地点にもう一つケルンを発見。
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尾根には何となく踏み跡があった。
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途中で左に折れて、登り口に戻った。
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道路をはさんで向かいに大きなお寺があったので寄ってみた。
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高野山北海道別院。
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大きな建物は遍照殿。
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境内にあった地蔵尊。
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大きな馬頭観世音の石碑もあった。
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1914年(大正3年)の建立で、施主は宮坂坂蔵さん。
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居並ぶ石仏たち。
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これは1913年の建立。北海道の石仏は当然だが総じて新しい。
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峠を越えて、急な下り坂をブレーキを固く握りながら下り、角のセコマで食料を調達。
そのすぐ先に荒井山緑地はあった。
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ここは荒井山スキー場の跡で、宮様スキー発祥の地だ。
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ここに40m級のジャンプ台が設置されたのは1929年(昭和4年)で、その翌年から宮様スキー大会が始まった。
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荒井山にスキー場がいつできたのかは調べ切れなかったが、閉鎖されたのは2000年だそうである。
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このジャンプ台は現存する札幌最古のもの、改修を繰り返しながら現役で使用されている。
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荒井山の名は、土地の所有者だった荒井保吉に由来するそうだ。
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春はこんなに桜が咲く。隠れた名所なのかな。
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ゆっくり歩きながら堪能させてもらった。
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振り返るとさっき登った神社山。
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実は北海道で暮らしていた高校生の頃まで花見というものをしたことがなかった。
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桜を愛でるようになったのは、やはり内地に行ってからだ。
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こちらは円山(225m)。
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荒井山に登る遊歩道がよく分からず、ジャンプ台にいた人に聞いてみたら、全く逆サイドであることが分かった。
本来なら引き返さないといけないが、御厚意でジャンプ台の中を横断させてもらえることになった。
お蔭さまでこんなに近い位置から写真を撮ることができた。
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でも横断した後は、この急斜面をよじ登る。
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眼下に見えるのは大倉山小学校。
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円山方面。
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神社山。
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遊歩道からのジャンプ台。
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桜が間もなく満開だ。
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エゾヤマザクラかな。
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登り切ったところが荒井山展望台。
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大倉山小学校の向こうに札幌市街。
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札幌市の中心部。
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2000年までスキー場はあったのに、昭和50年代に賑わったというのは、終盤はかなり寂れていたんだろうなあ。
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ここにはベンチが2つあり、お昼にしたかったのだが、片方でカップルがお弁当を開いていたので、ちょっと遠慮してあげた。
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先に頂上に行ってくることにする。
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道はちゃんと整備されている。
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階段でわりとしっかり登る。
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こちらの山にもヒトリシズカの群落があった。
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どんどん登る。
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もうタンポポの季節か。
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この小さな花は何だっけ。
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13:40頃、山頂に到着。
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素朴な山名板があった。
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ただ、全く展望はないので、すぐにさっきのベンチまで引き返す。

まだ、カップルはいたけど、やむを得ず隣のベンチに座らせてもらった。
お昼は、さっきセコマで買ったおにぎり2個。
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景色を眺めながら、ほお張っていたら
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カラスが近寄ってきた。
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いきなりかすめ取られるのも嫌なので、食べてない方はザックにしまったおいた。
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しばらくすると、カップルが出発。
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お手てつないで、結構仲良しだ。
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私もごちそうさまして出発。
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遊歩道では桜を目の高さで見ることができた。
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ジャンプ台ではサマージャンプの練習が始まった。
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登りは途中までケーブルカーが使えるようだ。
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下りてきて、自転車を回収。鍵がないので、この施設の裏に隠しておいた。
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帰りに北海道神宮に寄る。
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表参道の桜並木が見たかったからだ。
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ほぼ満開であった。
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円山公園は花見客でこの賑わい。
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あちこちでジンギスカンの煙が上がっていた。
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今日はポカポカ陽気だったから、絶好の花見日和だ。
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いつかここで花見をしながらジンギスカンを食べたいものだ。
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ほんとは混んでいるところはあまり好きではないんだけど、こちらも集団なら大丈夫だろう。
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円山公園を離れて、家に向かう途中で見た満開のソメイヨシノ。今日のベスト。
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帰宅後はお風呂に入って、近くの飲み屋でプチ打ち上げ。
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今日はおそらく30年ぶりくらいのサイクリングを楽しめた。
最終的な走行距離は32km。そんなに長くはなかった。

【行程】2018年4月30日
自宅(9:40)=こばやし峠(10:55撮影11:00)=妙福寺(11:30参拝11:40)=幌見峠(12:00撮影12:12)=神社山登山口(12:39)~神社山(12:50)~登山口(13:04)=荒井山緑地(13:19)~荒井山(13:39)~展望台(13:48昼食14:00)~登山口(14:09)=北海道神宮(14:17)~自宅(14:35)
※所要時間(登山のみ):1時間15分(歩行時間:1時間)
※登った山:2座(神社山、荒井山)
※歩行距離:2.0km
※累積標高差(登山のみ):約190m
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こばやし峠・幌見峠

【2018年4月30日(月)】札幌近郊サイクリング
北海道にあまたある旧道を走るため、今月クロスバイクを買った。
その試し乗りを兼ねて、札幌近郊の峠を走り、ついでに札幌50峰のうち2座をつまみ食いした。
中島公園近くにある自宅から豊平川のサイクリングロードを遡り、こばやし峠、幌見峠を越えて、円山に下り、神社山と荒井山に登って帰宅するというコースである。

9:40に勇んで出発したのだが、幌平橋まで来て、写真を撮ろうとしたら、カメラにメモリーが入っていないのに気付き、Uターン。仕切り直しとなった。
まずは、自宅近くの古い民家を確認しながらサイクリングロードへ。
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再び、幌平橋まで来た。
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豊平川である。
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早速、河川敷に下りて、サイクリングロードを走る。
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上流に向かっているので、若干登りになっているはずだが、それを感じさせない。
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自転車の性能が昔よりかなり上がっているのだろう。
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右手に札幌市民のシンボル藻岩山(531m)。
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山頂部。下から藻岩山の写真を撮るなんて初めてかもしれない。
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幌平橋から10分ほどで支流の山鼻川合流点を通過。
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ここで車道に出て、国道230号を南下。
北ノ沢入口で右折すると、正面に砥石山(826m)が見えた。
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道は少しずつ登り坂となる。ギアをどんどん軽くしていく。
北ノ沢神社は自転車にまたがったまま、撮影。
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その横に公民館の北ノ沢会館があった。
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分岐から15分ほど走ったところで、こばやし峠の旧道に入る。
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いきなり交通量が減って、うれしい。
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この道では藻岩山を裏側から見ることになる。
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右手に、きれいな開拓記念碑が立っていた。
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北ノ沢を開拓した小林嘉一郎(明治34年5月入植)を顕彰し、子孫が平成3年に建立したものだ。

そのとなりのお庭みたいなところは「こばやし峠 記念の森」ということになっていた。
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「こばやし峠」はもちろん、小林嘉一郎に由来するわけだが、命名はわりと新しく昭和40年だそうだ。

こちらがその小林さんのお宅。
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この先、さらに傾斜が増してきた。
沿道のスイセンやこぶしに励まされ、ペダルをこぐ。
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それでも、ロードレーサーの方がすいすい抜かしていった。
小林家から10分ほどで、こばやし峠に到着。
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駐車スペースに山支度の人がいたので、雪の状態を聞いてみたら、これから登る人だった。
こちらは砥石山の登山口。
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近いうちに登ってしまいたい。
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この地図に書かれている中の沢方面の道は今も歩けるのだろうか。
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なんと昨年の今頃、砥石山登山道でクマが目撃されたらしい。
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冬眠から覚めた頃だから、気をつけないとね。

というわけで峠を越える。
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ほんのちょっと下ったところに藻岩山の登山口があった。
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ここで休んでいるご婦人がペットボトルを道端に捨てているのを見てびっくり。
注意しなければと思って、声をかけた。
雪はもう頂上付近にしか残っていないという。
トレランの方のようで、もう1往復すると言っていた。
ということは、ボトルをここにデポしただけかもしれないと思い、指摘するのは止めておいた。
本当に捨てたのではないといいのだけど。

下りの途中で、かつての盤渓コバワールドスキー場の跡地に寄ってみた。
ロッジは、農業就労支援などを行っている「盤渓ネイチャーズ」の事務所になっていた。
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旧ゲレンデは、冬はスノボ、夏はマウンテンバイクなどで遊べる「ノベル・マウンテン・パーク」として使用されている。
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さらに下ると、妙福寺まで1kmという標識があったので、寄り道することにした。
しかし、この1kmが大変だった。標高差が150mもあったので。
途中、盤渓市民の森の入口があった。
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三菱山(482m)の東斜面に遊歩道が網の目のように整備されているようだ。
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今回歩くつもりないが、「自転車の乗り入れは出来ません」とわざわざ書いてあった。
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MTBの人など入りたいんだろうなあ。
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ここで盤渓下の橋を渡る。
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豊かな水量で流れているのは盤渓川。
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このあたりは財団法人モラロジーの所有地だそうだ。
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個人の道徳性を向上させ、世界の平和を実現するのを目的とする公益財団法人モラロジー研究所のことのようである。

この先が妙福寺の参道。猛烈な急坂だ。
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ギアを一番軽くしても、ももの筋肉がぱんぱんになった。

途中、「火の用心」の石碑があったので、撮影のため小休止。
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建立者は川口センさんと川口○子さんのようだが、建立年月日が刻まれていなかった。
この石碑の上には穴があり、石仏が祀られていた。
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石碑の横に残雪を発見。
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北の方角の山並み。
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南の方角。
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何山なのかは分からない。
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必死でこいで、参道入口から15分で妙福寺に到着。
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山号はズバリ盤渓山。
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石山軟石でつくった立派な門である。
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チャリンコはここに置いて、歩いて参拝する。
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門の横に南無妙法蓮華経の石碑。
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1952年(昭和27年)に当山二世の常隆代が建立したものだ。
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こちらが本堂。
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お庭。
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新築されたばかりのお堂。
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妙福寺は千葉県市川市・法華経寺の北海道別院妙心寺の系列のようだ。
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交通安全を祈願して辞す。

門の前から藻岩山が見えた。
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望遠で見ると、ちゃんと展望施設も確認できる。
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ブレーキをかけっぱなしで下り、こばやし峠の旧道から新道に合流すると、反対側にさらに旧道が残っていた。もちろん、そこを走る。
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旧道の右手に崩壊した廃屋。
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盤渓神社は盤渓川をはさんで対岸から眺めただけだった。
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そして、幌見峠の登りへと移る。
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ここは以前来た時に確認済みだが、なぜかこの駐車場は自転車お断り。
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仕方ないので自転車をここに置いて、展望台に徒歩で登っていく。
途中、チューリップが風に揺れていた。
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スイセンも。
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随分成長したフキノトウ。
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ラベンダーは当然まだまだ早すぎる。
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札幌市街。かなり霞んでいる。
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円山(225m)。
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ちょっと引いてみた。
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手稲山(1023m)。
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ここは駐車場そのものが展望台で、車の中から札幌の夜景を楽しむことができるようになっている。だから、この注意書きがあるわけだ。
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百松沢山(1038m)あたりか。
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砥石山かな。
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では自転車に戻って、実際の峠を越える。
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このあたりは藻岩山風致地区だそうだ。
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あとはふもとまで下って、峠ランの部は終了。
この後は自転車で移動しながらの、低山つまみ食い登山へと移行する。

(おわり)
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胆振線(倶知安)

【2018年4月29日(日)】胆振線
ワイスホルン(1045m)から下山し、午後は旧胆振線の駅跡めぐりに勤しんだ。
前日は、東京極、京極、脇方(支線)の各駅跡を確認したので、今日は京極の次の北岡駅から。
北岡駅は1960年(昭和35年)に開業した比較的新しい駅であった。
現地には、駅となりの踏切跡が道路上に残っていた。
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当時は1面1線の単式ホームで駅舎はなかったが、待合室はあったらしい。
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駅前にあった家屋。
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かつて空中写真を見ると、これは当時からあったものらしい。
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駅跡から眺めた羊蹄山(1898m)。
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次の寒別駅跡に向かう途中、道路の左手に築堤を発見した。
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川のすぐそばで畑の端っこにあったため、削平されることなく残ったのだろう。
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それでも、ところどころ途切れているのは、通路として開けたものなのだろうか。
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寒別駅跡の近くには倶知安町農協の大きな倉庫が2棟残っていた。
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屋根の下にはまだ残雪。
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雪解けの跡にはチオノドクサが咲き乱れていた。
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和名っぽいが学名の日本語読みで、原産地は地中海から小アジアあたりだそうである。
つまりは外来種ということだ。
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昭和の雰囲気を濃厚に漂わす駅前の集落。
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そして廃屋。
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でも、肝心の駅跡がどこにあるのか確認できない。
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地図を思い出しながら、線路跡らしき場所を歩いてみるが。
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とにかく、チオノドクサだらけだ。
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この木材は鉄道関連の残骸だろうか。
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倉庫の裏側に回り込んできた。
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もうフキノトウのトウが立ってきている。
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地図をもう一度確認すると、もっと道路の近くであることがわかり、そちらへ歩いてみたら、ありました!
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立派なホーム跡が残っていた。
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寒別駅は1919年(大正8年)11月15日の開業。
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1面1線の単式ホームだったが、かつては駅舎があったそうである。
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ホームは立派な石組みで築かれていた。
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ちょうど地形的に段差のある場所にあるので、このホームはおそらく取り壊されることはないだろう。
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駅近くにあった古い家屋。
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駅跡から望む羊蹄山。形に乱れが全くない。
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駅舎があったと思われる場所に立つのは、最近新築されたばかりの駐在所であった。
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駅前の商店は原田商店だった。
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この雰囲気からすると、往年はそれなりに賑わっていたように思える。
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寒別駅を後にして、次の参郷駅に向かう途中、今度は廃校を発見した。
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木造校舎の背後に端正な羊蹄山。絶景である。
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倶知安町立寒別小学校の跡であった。
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1911年(明治44年)6月、倶知安第一尋常小学校東特別教授所として開校したと碑文にある。
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閉校となったのは、1984年(昭和59年)3月である。
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昭和12年に改築されたとあるが、本体はもっと古そうだ。開校以来の建物なのだろうか。
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現在は「ふれあいファーム」の事務所として使用されている。
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かわいらしい玄関。
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これは廃材を使って作ったオブジェなのかな。
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ここにはクロッカスが咲いていた。
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校庭。
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校庭の端に跳び箱用の古タイヤが残っていた。
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学校の向かいにあった農園はふれあいファームではなく「道塚農園」だった。
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バス停は「東二号」。「小学校前」ではなかった。
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寒別小学校に別れを告げて、参郷駅近くまで来ると、また学校の跡らしきものがあった。
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ここは倶知安の学校教育発祥之地だそうだ。
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1896年(明治29年)4月、ここに倶知安村戸長役場が置かれ、9月には倶知安小学校(後の八幡小学校)が開校したらしい。
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校庭は再利用されず、そのまま残っている。
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避難場所ということか。
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奥に見えたのは倶知安神社である。
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八幡小学校も寒別小同様、1984年に閉校となった。近隣の小学校と統合されたのであろう。
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このレンガの校門は、1919年(大正8年)に設置されたもの。
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銘板ははずされている。2つあるということは、小学校と中学校が併設されていたのだろう。
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こちらはコンクリート製の通用門。
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近くのバス停は、さすがに「小学校前」ではなく「八幡」。
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道南バスは喜茂別行きが1日8本、伊達紋別行きが3本も運行している。
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学校の向かいに珍しい3階建ての建物。
北日本管財(株)ニセコ営業所とあるが、もう営業してはいないようだ。
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というわけで、やっと参郷駅へ。
ここも道路上に踏切の跡が残っていた。
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ということは、このダートの道は明らかに線路跡。
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北岡駅と同様、1960年の開業で、1面1線の単式ホームだった。
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駅舎はなく待合室があった。ちょうどこのビニールハウスのあたりだった。
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線路跡の真上に農業関連の大きな施設が立っている。その向こうはワイスホルン。
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踏切跡の手前に、何かの基礎が残っていた。これは明らかに鉄道関連の遺構だが、ちょっと用途が分からなかった。
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駅名の由来は「三号線」を恰好よくもじったものだというから、ちょっと驚いた。

次の六郷駅跡は珍しく、公園化されていた。
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ちょうどもよおしてきたのでトイレへ。
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公園にはホームが残され、客車が展示されている。
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六郷駅は寒別駅と同様1919年の開業。
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廃止時点では1面1線の単式ホームだったが、かつては相対式ホームを持つ駅だった。
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現役時代は駅舎があったらしい。
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駅名の由来は、参郷駅に似て、「六号線」に所在していたことに由来する。
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園内に、胆振線で活躍した9600型蒸気機関車の動輪が保存されていた。
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中村與三松氏の顕彰碑。胆振線生みの親だそうである。
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せっかくなので車両の中も見学させてもらおうと思ったら、入れなかった。
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いたずらする人や住みつく人がいるからかもしれない。
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一応、窓から覗かせてもらう。
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胆振線は結局、一度も乗ったことがないまま廃線になってしまった。
もったいないことをした。
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北海道らしくストーブも完備されていた。
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これにて本日の胆振線の旅は終了。
赤井川経由で札幌に戻ることにする。
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毛無峠は標高650m。結構高い。
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途中、展望台に立ち寄った。
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標高467mの三角点があり、丁寧な説明がなされていた。
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ここからは小樽市街が一望。
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港もよく見えた。
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これは朝里方面。
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やけに中国人が多かった。レンタカー利用者なのだろう。
というわけで、あとは帰るのみ。
朝里ICから札樽道経由で帰宅した。
胆振線の駅跡探はあと御園~伊達紋別間の半分を残すのみとなった。
サイクリングロードがあるところは、自転車で行ってみたい。

(おわり)
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ワイスホルン(下)

【2018年4月29日(日)】ワイスホルン
ワイスホルン(1045m)の稜線に出たところで休憩中。景色を堪能する。
左の突起は小イワオヌプリ(1039m)。右はニトヌプリ(1080m)。
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ニトの右に見えてきたのはチセヌプリ(1034m)か。
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ワイスホルンの頂上から派生する稜線群。
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そして山頂方面。
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イワオヌプリ(1116m)と小イワオ。
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さすがに風が強いのでハイマツの陰で15分ほどたっぷり休んだ。
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15分ほど休んで、9時半前に羊蹄山(1898m)を背に出発。
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アンヌプリ(1308m)とイワオは左から背後に回った。
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再びヒュッテワイスホルン。よく見ると確かに一部崩落している。
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ずっと風よけのためササやぶの横を歩いてきたが、リフト山頂駅が近づいてきたので、風の中へ。
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もちろん、下の方へも鉄塔が続いている。
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再利用する予定もあるようなので、廃墟とは言えない。
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でも、動かなくなったリフトも美しい。
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再開はいつになることだろうか。
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スキーヤーの皆さんのために再開を祈っておく。
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振り返ると、羊蹄山とアンヌプリのツーショット。
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リフト終点から15分ほどで前ピークに到着。
正面にやっと山頂が見えた。
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いったん下って登らなければならない。
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山頂の左奥には目国内岳(1220m)が姿を現した。
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これはワイスホルン頂上から北にのびる稜線。
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左前方に見えているのは、チセヌプリ(左)とシャクナゲ岳(中央、1074m)。
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チセは本当に家のようだ。
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シャクナゲ岳(左)。右のピークは無名峰。
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それら全景。
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その左には、アンヌプリ、イワオヌプリ、小イワオ。
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間もなく、頂上だ。
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ワイスホルンからニトヌプリへと続く稜線を望む。
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イワオと小イワオはやはり似ている。
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アンヌヌプリとイワオの山容は対照的だ。
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ちょうど2時間で頂上に到着。
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ピンクリボンが結んであるだけで、残念ながら山名板はなかった。

仕方ないのでアンヌプリをバックに記念撮影。
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改めて眺望を楽しむ。北西に連なる稜線。
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左から目国内岳(1202m)、雷電山(1211m)、岩内岳(1085m)。
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岩内岳をアップで。
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目国内岳も。
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左はシャクナゲ岳。
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頂上からの羊蹄山。
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同じくアンヌプリとイワオヌプリ。
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北には積丹半島の山々が霞む。
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頂上は風が強く、とてもじゃないがゆっくりしていられない。
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というわけで、わずか8分の休憩で退散。
シールをはがして、滑走態勢に入る。
前ピークとの間の鞍部までは気持ちよく滑れたが、前ピークへの登りは、階段登りで頑張った。
りりしいO君。
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前ピークからの下りは滑り放題。
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しかし、7~8人のグループが登ってきており、ギャラリーに見られるのは恥ずかしかった。
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改めて、アンヌプリとイワオ君。
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羊蹄山も仲間に入れてみた。
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登りで小休止したところで、一旦停まったが、さらに滑走。
一本右の尾根に入ってしまったが、O君がすぐ気づいて軌道修正した。
昨日の小喜茂別岳(970m)に続き、登り返しではなくトラバースで対応できた。
疎林の中をおそるおそる下って、あっという間に林道に出てしまった。
頂上から30分もかからなかった。
あとは林道歩きだが、またシールを貼り直すのも面倒なので、私はそのまま進む。
間もなく、O君はスキーを外し、スキー靴で歩き出した。
私はかかとの上がるウォークモードにして、負担減を図った。
しばらく進んで後ろを振り返ると、O君の姿が見えない。
怪訝に思ってしばらく待ったら追いついてきた。
スキーを履いている。
やはり、スキー靴で歩くのはしんどかったのだろう。
ウォークモードはとても歩きやすく、楽々、登山口に到達することができた。
駐車スペースに戻ってきたのは、ちょうど11時。
天気に恵まれ楽しい山スキーだった。
他にも車がたくさん停まっていたが、さっき頂上付近で見かけた方々だろう。
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手早く、スキーを車内にしまって、倶知安の市街地へ。

往路でO君が目をつけていたという回転寿司の店「羊蹄丸」に11時半の開店と同時に入店。
まずは、ノンアルコールビールで乾杯した。
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結局、大好きなつぶ貝など9皿食べて、2500円。
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いい値段になった。

この後、京極温泉に移動。
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ここに来るのは、3回目くらいか。
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では、温まりましょう。
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あまり期待していなかったが、露天風呂には強風のため、誰もおらず、入浴シーンを撮影することができた。
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こちらはアルカリ性低張性温泉で、源泉の温度は41℃である。
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いい湯であった。
ここで、O君とはお別れ。
まだ日が高いので、私は昨日に引き続き、旧胆振線の駅跡めぐりをすることにした。

【行程】2018年4月29日
ワイス花園温泉入口(8:05)~取り付き(8:26)~830m地点(9:13撮影・休憩9:27)~旧リフト終点(9:42)~前ピーク(9:57)~頂上(10:05撮影・取り外し10:13)~登山口(11:00)
※所要時間:2時間55分(2時間30分)
※登った山:1座(ワイスホルン)
※歩行距離:7.6km
※累積標高差:約550m

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ワイスホルン(上)

【2018年4月29日(日)】ワイスホルン
高校の同級生O君の別荘「洞爺湖ハウス」で午前6時に起床。
彼は4時頃には起きていたようだ。
本日登るのは、ニセコ連峰のワイスホルン(1045m)。
夏道がないので冬に登るしかなかったが、こんなに早く機会が訪れるとは思わなかった。
名前に惚れて、憧れていたのだ。

ワイスホルンの由来について調べてみた。
命名したのは、北大スキー部との説と、ドイツ人との説がある。
北大スキー部説の根拠は、昭和6年の「北海道の山岳」には「以前北大スキー部によって命名」と記されているからだそうだ。
でも、同年の北大スキー部報に「ワイスホルン」の記述はあるが、自ら命名したような文脈は読み取れないという。
菊地湜は北海道林業会報(1928年)に寄せた一文「隠れたる名勝地『神仙沼』」の中で「其処は何時か独逸人が来て日本のワイスホルンであるとさえ賞めはやした」と書いている。これがドイツ人説の根拠だ。

誰が命名したかは別として、なぜ「ワイスホルン」なのか。
ヨーロッパアルプスの本家ワイスホルンの標高が約4500m(45×100.0)であることから、ニセコのこの山の標高(1045m)を45+1000と分解し、数字遊びで「ワイスホルン」という名前になったという説があるらしい。
本家ワイスホルンの標高は正確には4505mで、ピラミッド型の山容だそうだ。

上記の説はちょっと、こじつけっぽい感じがする。
Weiss hornとはドイツ語で「白い角」の意味である。
角川日本地名大辞典にはスイスの3772mのワイスホルンに似ていることからの命名と記されている。
4505mのワイスホルンとは別に、3772mのワイスホルンがあるのだろうか。
「白い角」に見える山はたくさんあるだろうから、二つあっても不思議ではないが。

加納一郎は「山岳」(1924年)に「岩雄登(注・イワオヌプリ)北方の1045.8mの峰をワイスベルヒと新称する。真白な山膚がいかにも長い滑走を誘惑するように小沢村のほうに出ているからである」と書いている。Weiss bergとは「白い山」の意味である。
となると、1924年から28年までの間に、ワイスベルヒからワイスホルンに変更されたということなのだろうか。
変更したのが、北大スキー部なのかドイツ人なのか、全く別の動きだったのか、今となってはわからない。
しかし、ニセコのワイスホルンは真っ白ではあるが、スイスのワイスホルンのように賭場ってはいない。「ホルン」は言い過ぎかもしれない。
かつては、ふもとの地名にちなみ「小沢岳」ともいったらしい。

前置きが長くなったが、準備をして6時半頃に出発。
晴れているのに、PM2.5がひどく、羊蹄山すら見えない。
近くなってから、ようやくその姿を拝むことができた。
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留寿都のコンビニで朝食を調達し、真狩、ニセコ経由で登山口にあたるワイス花園温泉に向かう。
倶知安の市街地を左折すると、正面にワイスホルンが見えてきた。わりと扁平な山容だ。
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その左に見えるのはニセコアンヌプリ(1308m)である。
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まだ山肌は真っ白だ。
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ワイスホルンもだんだん近づいてきた。
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O君に従って最初に着いたのが、旧ニセコワイススキー場のふもとにあるナチュラルリゾートニセコワイスホテルの裏。
スキー場までの道は積雪のため行き止まりになっており、登るとしたら、ここからスタートしなければならない。
でも、途中で沢があるようなので、私が「花園はもっと上ではないか」と難色を示し、さらに進むことにした。
後で調べてみたら、ここから出発しても沢は橋で渡れて、ゲレンデを登れるようであった。
O君に申し訳ないことをした。

ついでに、ニセコワイススキー場についても調べてみた。
リフト5基を備えた中規模スキー場で、1973年にニセコ高原観光(現東急リゾートサービス)などの出資により開業したらしい。
80年からは東急単独で経営していたが、98年に休業。その後、地元企業のニセコワイス観光が施設を借りて再開したが、2009年に再び休業に至った。
現在、跡地は「ホワイトアイルNISEKO」というスノーモービルパークになっているが、雪上車で頂上まで運んでくれるサービスがあり、パウダースノーを楽しみたい団体客が利用しているとのことである。
このスキー場跡を、ニセコHANAZONOリゾートを経営する日本ハーモニー・リゾート(香港の不動産会社の子会社)が2015年に買収した。
同社は、経営するニセコHANAZONOスキー場(ニセコ花園)とワイススキー場の間に連絡リフトを架設し接続する方針だそうだ。
ただ、ワイススキー場はリフトの老朽化が進んでいるため再営業には整備が必要で、開業時期は未定とのことである。

もう開通していると思い込んでいた道道58号(倶知安ニセコ線)はワイス花園への分岐点で行き止まりになっていた。
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スキー場直下にあるヒュッテワイスホルンまで車で行けると思っていたが、それはかなわなかった。
ヒュッテはスキー場の休業に伴い、廃業したようで、ネット情報によると、すでに崩壊しているらしい。
確かに、そんなところまで除雪がされているわけがなかった。
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2回川を渡らないといけないが、道があることは分かっているので、ここから出発することにした。
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到着は7:45頃だった。
準備をしている間に、車が何台か着たので、後から来る人のため、車を詰めて駐車し直した。
下山してきたら、車でいっぱいになっていたので、寄せておいてよかった。

ストレッチをしてからスキーを装着。
8:05に出発した。今日は最高の天気である。
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O君は、スキーを履かずに持って歩き出したが、疲れたのか5分ほどでスキーを履いた。
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正面に見えているのはアンヌプリである。
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さらに5分ほどでもう暑くなってきたので、上着を脱いだ。
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右手に旧ニセコワイススキー場のゲレンデが見える。
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このごつごつした山はイワオヌプリ(1116m)。
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ヒュッテへの道に沿って進むと、正面にワイスホルンが再び姿を現した。
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出発地点の標高が約520mなので、標高差は500mちょっとだ。

目を凝らすと頂上付近に休業中のリフトが見えた。
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最初の川を渡る。こんなに雪が積もっていても、こんな光景を見ると春を感じる。
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二つ目の川。
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この川を渡って、間もなく取り付き点があり、そこから疎林の中へと入って行った。
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すると、間もなく左手に絶景が広がった。
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左がアンヌプリ。
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右がイワオヌプリである。
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この斜面を見て、O君は「滑りて~」とよだれを流していた。
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右手は開けた谷になっているが、ゲレンデではない。
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最初は緩斜面だったが、だんだん傾斜がきつくなってくる。
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しかし、こういう景色の中を歩けるので、晴れた雪山は実に楽しい。
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こいつらは二つとも無雪期にすでに登頂済みだ。
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右手奥がワイスホルンの頂上方向。
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若干、雪庇らしきものが確認できた。
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右の突起はリフトの鉄塔。
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快適な登りだ。
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右手の谷。
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左はイワオヌプリ。
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おどけるO君。
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何度もシャッターを押してしまうアンヌプリ。
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このコンビネーションは最高だ。
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このあたりで標高700m。
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O君はピンクがよく似あう。
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左前方にニトヌプリ(1080m)が見えてきた。
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アンヌプリは相変わらず雄々しい。
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標高800m近く。
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どっしりしたイワオヌプリ。
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こういう低木が顔を出しているのを見ると、雪解けが進んでいることがわかる。
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木々の間に見える縦縞は、雪玉が流れ落ちた跡なのだろう。
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振り返ると、ヒュッテワイスホルンと思われる青い屋根の建物が見えた。
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下界もまだ土が見え始めたばかり。やはり札幌とは違う。
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羊蹄山。すぐ近くなのにPM2.5のせいで、こんなに霞んでいる。
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標高830mほどの稜線に到着したところで休憩をとった。
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(つづく)
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胆振線脇方支線

【2018年4月28日(土)】胆振線
小喜茂別岳(970m)から下山し、13時半前に留寿都温泉に到着した。
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こちらは弱アルカリ性低張性高温泉で源泉は43.3℃。
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入浴料は300円で、石鹸もシャンプーも備え付けがなかったので、頭は洗えず、体もタオルでこするだけだった。
それでもさっぱりできた。
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時刻はまだ14時。約束の時間まであと3時間もあるので、しばらく車内で仕事関連のやりとりを済ます。それで30分。

じゃあ、胆振線の廃線跡でも歩くか!ということで、未踏の駅跡へ向かう。
その途中、国道230号沿いに大きな石碑があったので立ち寄った。
紅丸薯顕彰之碑である。
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紅丸いも発祥の地は留寿都だそうだ。
貧困に苦しむ農民たちを救うため村の増田勇次氏らによって開発され、腐りにくく、収穫も多いということで昭和13年に優良品種に指定された。
昭和20年代には全道のジャガイモ作付面積の半分を占めるほどになったという。

碑のある空間は紅丸公園ということになっており、オンコの木などが寄贈されていた。
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園内にあるこの句碑は作者が「知足」とある。
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芭蕉と交流のあった下里知足(1640~1704年)のことだろうか。
当時、蝦夷地に来ていたとも思えないので、下里だとしたら、「イモ」に関する句を借りてきただけなのかもしれない。
または、別人なのかもしれない。ネットだけでは調べ切れなかった。

ここからも羊蹄山(1898m)が望めた。
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橇負山(715m)とその右後ろに尻別岳(1107m)。手前は留寿都の町並み。
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では、胆振線の東京極駅跡へと向かおう。
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道々、羊蹄山が美しい。
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何度も、車を停めて撮ってしまう。
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この角度からの羊蹄山は、頂上がちょっと丸みを帯びている。
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胆振線は1986年11月1日に廃止された。
これまで、喜茂別をはさんで北鈴川から南京極まで4つの駅跡を踏査済みなので、今回は南京極の倶知安より東京極から始めた。
旧版地形図もガイドブックも何も持ってきていないので、スマホを駆使して現地を探した。

東京極駅跡近くには道南バスの東京極バス停があった。
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どうしても「東京」極と読んでしまう。
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駅跡を背に、駅前通り。とくに商店はなく、郵便ポストのみが駅があったことを伝えている。
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ちょうど喜茂別行きのバスがやってきた。
道南バスは胆振線廃止後、倶知安~伊達紋別間約80kmの路線を今も毎日3往復運行している。すごいと思う。いつか通しで乗ってみたい。
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駅跡はご覧の通り、何もない。更地になっているが再利用すらされていない。
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喜茂別方面の線路跡。奥に尻別岳が見える。
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ひっそりと郵便ポスト。
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次は京極駅跡。
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胆振線の中では急行も停まった基幹駅だが、全く跡形もなく、大型倉庫に様変わりしている。
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駅前の雰囲気はもはやまるでない。
胆振線沿線住民は鉄道に対して実にあっさりしていたのだなあと改めて思う。

京極駅跡近くから見た羊蹄山。
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この後、京極から分岐していた脇方支線の跡をたどる。
道道784号を東へ。
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ワッカタサップ川を渡る俱楽橋の横に、橋台の遺構を発見。
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脇方支線のものかと思ったが、よく見たら道路橋の跡だった。
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新しい橋が平成3年の完成なので、それ以前のものなのだろう。
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対岸にも残っていた。
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さらに奥へ。
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間もなく、鉄道の築堤のようなものを発見。
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その先になんとコンクリート製の橋脚が残っているではないか。
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まわりにはまだ雪が残っていたが、幸い長靴なので、河原まで歩いて行った。
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脇方支線は脇方地区にある倶知安鉱山で産出される鉄鉱石を運搬するために、1920年(大正9年)に日本製鋼所が敷設して、7.5km全線が鉄道院に寄付された。
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京極~伊達紋別間が全通したのは1941年(昭和16年)10月なので、支線の方が古いわけだ。
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倶知安鉱山は1916年(大正5年)に三井鉱山によって開坑された。
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その3年後、三井鉱山が出資する室蘭の北海道製鐵(現・新日鉄住金室蘭製鉄所)に譲渡され、この年に開山した。
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鉱山が1969年(昭和44年)に閉山になったのに伴い、脇方支線も翌年11月1日に廃止され、すでに50年近くが経過した。
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にも関わらず、このような遺構がしっかりと残っていて感動的だった。
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夏になるとヤブがひどくなるから、この時期が廃線歩きには適しているのかもしれない。
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道端の湿地には、内地の山岳地帯で見かけるような高山植物が咲いている。
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北海道では、それを身近なところで見られるので、実にありがたい。
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車を行き止まりまで走らせ、脇方駅跡周辺に到着した。
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この盛り上がりは築堤の跡。
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早速、歩いてみた。
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雪が腐っていて、時々踏み抜いてしまう。
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川を挟んで、ここにも橋台が残っていた。
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それだけ確認して引き返す。
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下流側に見えたのは線路とは関係ないのか。鉄橋なのでちょっと微妙。
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これはただの護岸である。
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築堤を戻って、道路に出ると、正面に廃棄物最終処理場がある。
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これが脇方駅の跡だ。
もはや、痕跡すら残っていない。

近くに校門らしきものがあった。
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表札は外されているが、脇方小中学校の跡である。
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1911年(明治44年)4月に開校し、1970年(昭和45)年10月に閉校した。
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この碑が建立されたのは、閉校10年後の1980年とのこと。
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鉱山が閉山して、入植者も離農。残るは校庭だけとなった。
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駅跡を少し歩いてみた。ここは廃棄物処理場の東側である。
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振り返ると、羊蹄山が見える。
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駅があった場所というだけの写真。
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あの建物は鉱山がらみのものだろうか。
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倉庫っぽいが、今となっては何だかよく分からない。
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小屋の向こうに黒い石碑が見える。
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日鐵鉱業倶知安鉱山の記念碑だった。
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開山1919年、閉山1969年とある。
ちょうど50年の操業だったわけだ。鉱山の寿命は短い。
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生産高は累計618万トンだったようだ。

道道784号は黒橋京極線。
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この先冬期通行止め。
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ただ、スノーモービルの走行跡が多数残っていた。
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それではさようなら。
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鉄見橋を渡って、O君との集合場所に向かうとしよう。
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途中、水芭蕉の群生地を発見。
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高原でもないのにびっくり。
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さすが北海道だ。
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往路で渡った俱楽橋の上流側に脇方支線の遺構があるのを発見した。
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さっきは下流側の道路橋にばかり気を取られていて、こちらに気付かなかったのである。
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あぶなかった。
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流れているのはワッカタサップ川。
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「脇方」の語源である。
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それにしても、素晴らしいロケーションだ。
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真上から見ると、草履のよう。
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おそらく撤去されることはないだろうから、完全に朽ち果てるまで残り続けるだろう。
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実に美しい遺構であった。
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O君とは、留寿都の肉屋さん「どんどん亭」で合流。
しゃぶしゃぶ用のラム肉と豚バラを買い込んで、洞爺湖ハウスへ。
野外テラスでバーベキューだと思っていたので、防寒のため重装備で来たのだが、まだ寒いから屋内でしゃぶしゃぶをすることになった。
それはそれで、ありがたい。
野菜も含め、2人でたらふく食べて満腹になった。

20:45からは洞爺湖対岸の花火を眺めて、22時過ぎには寝た気がする。
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(おわり)
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小喜茂別岳

【2018年4月28日(土)】小喜茂別岳
GW前半の中日(29日)に、高校の同級生O君とニセコ連峰のワイスホルン(1037m)に登る約束をした。
前日の28日は彼の洞爺湖ハウスに泊めていただくことになったので、この日はその途中にある未踏峰、小喜茂別岳(970m)に登ることにした。
やはり高校の同級生のH君が以前スノーシューツアーで登ったのを知っていたので気になっていたのだ。
とりあえずスキーで登る方針だが、雪のあるところまで随分歩かなければならないようならスノーシューにするという二段構えで臨んだ。

自宅を朝8時頃に出発。いい天気だが、PM2.5の濃度がかなり高いらしい。
石山の信号で、藤野三豊山がきれいに並んで見える地点があったので、撮影してみたが、車と信号が邪魔だった。
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大型連休初日なのに、とくに渋滞することもなく、順調に中山峠を通過。
峠道にはまだ、たっぷり雪が残っていて、道のすぐ横の雪も解けていないので、これならスキーで行けそうだ。

取り付き地点はすぐに分かったのだが、そのあたりに駐車スペースはなさそう。
しかも、中央分離帯があるので右側に行けず、いったんかなり下る。
Uターンして、ゆっくり登り始めたが、広い駐車スペースはかなり下にあるので、もう少し近くにないか進んでみた。
しかし、取り付き地点には車1台置けるスペースが路側帯のすぐ横にあるだけだったので、もっとちゃんとしたところはないかと探しながら進んでみたが、やはりなかった。
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仕方ないので、その極小スペースに停めることに決め、またUターンを2回繰り返し、やっと落ち着くことができた。
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この行ったり来たりで15分くらいロスした気がする。

スキー靴を履く前にしっかりストレッチ。
これまでスキー靴はいつも雪の上で履いていたのに、今回は滑り止めの砂が散らばるアスファルトの上。
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しかも、雪の上にも砂があり、ここでスキーを履いてしまうと、シールを傷めてしまう。
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とりあえず靴だけ履いて、スキーは雪のきれいなところまで持っていくことにした。
というわけで10時過ぎに出発。
2分ほど歩いたところで装着する。
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ここからは頂上はまだ見えない。
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それでは、本格的に出発。
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まずは、あの鉄塔を目指す。
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最初の斜面はササや灌木がかなりあったが、それをかいくぐりながら登る。
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このコースはヤマレコのレポを参考にさせてもらった。
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尾根が広いので、コース取りに注意を要すというようなことが書かれていたが、登りはとくに困ることはない。
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少し登っただけで、展望が開けてきた。
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左手には地形図に表記があった無名の沼が見えた。
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そして羊蹄山(1898m)も早速、姿を現した。
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スキーを履いて15分ほどで鉄塔の横を通過。
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この電線は喜茂別川を渡っている。
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羊蹄山はGWになっても、まだ真っ白だ。
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斜面には古いシュプールの跡もあるが、おそらくは今日の先行者のものと思われる足跡も続いている。
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ツボ足のようだが、ほとんど埋まっていない。もうそういう時期なんだなあ。
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標高差にして150mほど登って平坦面に出ると、正面に小喜茂別岳の頂上が見えてきた。
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右手にはかろうじて、中山峠近くにある蓬莱山(980m)山頂の電波塔が確認できる。
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標高650mから681mピークにかけての斜面はほんとに真っ平らだ。
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でも、登りはとにかく高い方に行けばいい。
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左手に、喜茂別岳(1177m)が出現。
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小喜茂別岳の北から西斜面は断崖になっている。
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緩やかな南東斜面とは表情が全く違う。
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下りの時の目印になりそうな木を通過。
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おお、懐かしいネコヤナギ。
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子供の頃は近所でよく見たが、久しぶりだ。
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この時期に帰省することはほとんどなかったので、37年ぶりの再会ということになる。
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やっぱりかわいいなあ。
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たまに歩いてきた道を振り返る。
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真後ろにうっすら尻別岳(1107m)。今日はやはりPM2.5がひどい。
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南東にはなだらかな丘陵地帯が広がる。
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行く手は相変わらず緩斜面が続く。
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天気が悪いと迷ってしまいそうだが、晴天なので全く問題ない。
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雪の下はササなのだろう。この山に夏道はない。
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頂上に近づいてくると、いきなり斜度が急になる。
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先行者とかなり距離をおいてすれ違った。
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羊蹄山と尻別岳が見えているのだが、もうかなり霞んでしまった。
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せっかくのいい天気なのに、PM2.5のせいで台無しだ。
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頂上の尾根にのると、正面に札幌岳(1293m)が姿を見せてくれた。
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頂上はあのあたりだ。
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札幌岳(左)の右にある狭薄山(1296m)も霞んでいる。
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望遠にすると、少し見やすくなる。まずは札幌岳から。
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そして狭薄山。
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小喜茂別岳の山頂に横から喜茂別岳。
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喜茂別岳頂上付近。
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その右奥に無意根山(1464m)。
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というわけで、11:47に登頂。
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スキーを履いてから、ちょうど1時間半かかった。
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まだ時間に余裕があるので喜茂別岳にも縦走しようかと思ったが、急斜面を100m下った上に、トラバースもしないといけないようなので止めておいた。
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山スキー初心者なので、単独ではリスクが高い。
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とくに線をつなぐ必要も感じないし。
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頂上はかなり風が強かった。
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寒いのでお昼は下山してから食べることにして、下ることにする。
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シールを外してザックにしまう。
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12時ちょうどに下山開始。
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最初はわりと急な斜面なので、ぎこちなく滑走。
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途中で何度か停まって、撮影。
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緩斜面になって気持ちよく下っていたら、右側の違う尾根に入り込んでしまった。
途中で、何となく気になり、スマホのログを見て気づいた。
まだ傷は深くなかったので、トラバースで対応。登り返しはしないで済んだ。
ただ、このまま下ってしまったとしても、車を停めたところに出られたようだった。
その後も、先行者の足跡や私のスキー跡を追いながら滑ったが、ちょっと離れたすきにコースを外れてしまう。
何度も止まって、ログを確認しながら、下山した。スピードがあるだけに、なかなか難しいものだ。
平坦面では、かなりこいだ。鉄塔のところまで来て、ひと安心。
何とか、2回目の山スキー単独登山を成功させた。でも、スキー自体は全く上達していない。

下山にはちょうど30分かかった。
スキーと靴を脱いで身軽になり、そのまま車内で昼食。
例によって、コンビニおにぎり2個だ。
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食べ終わったら、お風呂。登川温泉はやはり日帰りはやっていないので、未経験の留寿都温泉へ。
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国道230号を南下する。
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残雪の尻別岳もなかなか格好いい。
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羊蹄山もさすがに南斜面は黒い筋が目立つ。
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橇負山(715m)越しに尻別岳を眺めて、今回はおしまい。
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【行程】2018年4月28日
500m水準点(10:05)~ピンクリボン(10:07装着10:16)~鉄塔(10:31)~681m標高点(10:50)~頂上(11:47撮影・取り外し12:00)~道間違い引き返し地点(12:07)~登山口(12:30)
※所要時間:2時間25分(歩行時間2時間)
※登った山:1座(小喜茂別岳)
※歩行距離:6.4km
※累積標高差:490m
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丹鳴山・フレ山(5)

【2018年4月22日(日)】丹鳴山・フレ山
丹鳴山(1040m)、フレ山(1046m)を制覇して、林道を下山中。
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川の流れと我々の足と、どっちが早いのか。
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滝見橋を渡る。
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右手を覗きこむと、かなりの迫力だった。
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何やら、鉱山の坑口のようなものを発見。
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金銀を産出したという千歳鉱山の遺構だろうか。
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往路では気づかなかったこんなコンクリートの遺構も発見した。
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関連はよく分からない。

17:20、黄金林道分岐に到着。
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ここでちょうど林道の中間地点だそうだ。
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残るはあと3km。
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ということは、あと1時間はかかる。
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ゴールは18時を過ぎそうなので、お風呂に寄るのは中止となった。
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みんな早く家に帰りたいのだ。
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これだけ歩けば、さすがに今日は体重が減るだろう。
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ここのところ太り気味なので、それがまた楽しみだ。
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札幌に来て1年近くになるが、3kgも増えてしまった。
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食べる量を幾分減らしているのだが、いかんせん運動量が少ない。
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東京にいると通勤だけで、それなりの運動になるし、週末の山行も距離が長い。
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北海道は通勤時間が短いし、山行もとくに冬は短距離になってしまう。
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こんなに歩くことは、めったにないのだ。
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本日の目標は20km。もしゴールしても20kmに達していなかったら、足りない分は国道を歩く!とふざけたら、結構ウケた。
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結果的には20.9kmだったので、そんなバカなことはせずに済んだ。
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しかし、日が長くなったものだ。
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どうやらヘッドライトは使わないで済みそう。
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地形図では「モシルン美笛川」だが、この表記は「モンルウン美笛川」となっている。
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往路でスノーシューを装着した永代橋を過ぎ、しばらく進んだところで、スノーシューを外した。
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持つのが面倒だが、こんなところはさすがに履いたままでは歩けない。
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最後に夕景の千歳川を渡る。
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18:14にようやく美笛パーキングに到着。
なんと9時間の山行となった。夏でもこんなに長くは歩かない。

ガイドさんのワゴンでは送りが最後になってしまう、H君とSさんを私の車に乗せて、帰宅。
車中、楽しく歓談して、2人を送り届け、20時半に帰宅した。
さすがに疲れたが充実した山行だった。
これでスノーシューは今シーズン最後かな。

【行程】2018年4月22日
美笛パーキング(9:16)~永代橋(9:29装着9:36)~2.2km地点(10:03着替え休憩10:08)~4.2km地点(10:49履き替え休憩10:57)~5.6km地点(11:30脱落休憩11:43)~取り付き地点(11:53)~標高775m地点(12:11休憩12:21)~標高930m地点(12:55休憩13:02)~丹鳴山(13:23休憩・撮影13:40)~コル(14:09休憩14:13)~フレ山(14:35撮影・休憩14:57)~約900m地点(15:44休憩15:52)~取り付き(16:25休憩16:32)~黄金林道分岐(17:20休憩17:26)~美笛パーキング(18:14)
※所要時間:8時間58分(歩行時間:7時間)
※登った山:2座(丹鳴山、フレ山)
※歩行距離:20.9km
※累積標高差:890m

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丹鳴山・フレ山(4)

【2018年4月22日(日)】丹鳴山・フレ山
フレ山(1046m)に向けて登攀中。
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ゲレンデのような広い急斜面を登る。
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右手には恵庭岳(1320m)、支笏湖、風不死岳(1102m)の大展望。
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背後はさっき登った丹鳴山(1040m)。
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丹鳴山の左に風不死岳(左)と樽前山(1041m)。
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この急斜面の標高差は約150m。
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ゲレンデの縁にはダケカンバが植木のように生えている。
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ここは今日の核心部と言っていい。
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なかなか顔を上げられないくらい、きついのだ。
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これでラッセルだったら、地獄だろう。
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背後、遠くにホロホロ山(1322m)。
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恵庭岳が近い。
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ところどころササが顔を出して、春の訪れを告げている。
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それにしても、果てしない登りだ。
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4時間以上歩いた後の150mは相当きつい。
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ただし、この絶景だ。
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左から丹鳴山、白老三山、ホロホロ山・徳舜瞥山。
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中央がホロホロ山だ。
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登る向きをかえながら高度を少しずつ稼いでいく。
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白く凍った沼が見えてきた。
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地形図に名称は書かれていないが、誰かが「フレ沼」と名付けようと話していた。
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やっと、ササとハイマツが生えている緩斜面に到達。
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フレ沼の形が少しずつ分かってきた。
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小漁岳(左、1235m)と漁岳(右、1318m)。
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アップで見てみよう。
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その右下にフレ沼。
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恵庭岳の中央部に見える文様らしきものが札幌五輪の滑降コースだったところだろうか。
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後続部隊もやっとハイマツ帯まで登ってきた。
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14:35、やっとフレ山の山頂に到着。
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早速、お揃いのTシャツで部活を済ませた。
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これは後ろ姿。絵柄は利尻山である。
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あれだけ急斜面だったのに、頂上は平らで
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南西の方角に羊蹄山(1898m)を望むことができた。
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こうして見ると、ここが山頂とはとても思えない。
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ホロホロ山(中央)と徳舜瞥山(右、1309m)。
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山頂の樹木たち。
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漁岳の方向に縦走して行けるそうだ。
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風不死岳と樽前山のコンビネーション。
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フレ沼は餃子の形のようにも見える。
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フレ山山頂からの恵庭岳。
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支笏湖。指輪の宝石のような出っ張りはモラップ山(465m)。
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遅くなったが、やっと昼食タイム。
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でも、私は休憩のたびにパンを1個ずつ食べて、もう何もないので写真を撮るしかない。
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再び羊蹄山。まだ真っ白だ。
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お馴染み恵庭岳。
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よく見ると、樽前山から噴煙が上がっていた。
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といったところで、もう15時近くになったので、そろそろ出発。
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さっきの急斜面に戻ってきたので、ここの下りは尻セードで。
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滑らず歩いて下る方も。
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でも、ここはやはり滑らないとね。
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もちろん私もブレーキをかけずに滑りました。雪しぶきが顔にかかった。
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斜度が緩くなったら、さすがに歩くしかない。
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思い思いのコース取りで下る。
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そして丹鳴山方面へ。
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ガイドのAさんが丹鳴山は登り返さず、「巻きます」と説明。
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高度を落とさないよう、右に回り込む。
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このまま、北西斜面へ。
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急斜面のトラバースに差し掛かる。
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結構、難しい。
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足を踏み外すと滑落しそうだ。
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右手に、左から喜茂別岳(1177m)、ひとつ飛んで中岳(1388m)、無意根山(1464m)。
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フレ山。
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皆さんの後なので、足場ができており、かなり歩きやすかった。
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うっすらとだが、尻別岳(左、1107m)と羊蹄山(右)
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トラバースを終え、緊張が解けたところで小休止。
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雪山にときどき落ちているこの花は何かとAさんに尋ねてみたら、ツルアジサイとのことだった。
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こうして冬に落下し、種子を風に飛ばさせているらしい。
花びらが1弁しかない同じような花がノリウツギなんだとか。勉強になった。

それでは、白樺林の中を出発。
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かなり陽が傾いて、羊蹄山の背後がちょっとオレンジ色に染まってきた。
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帰りも景色を堪能しながら下れる。
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中央が多峰古峰山(661m)。
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900m級の白老三山。
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ホロホロ山と徳舜瞥山のコンビネーション。
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平らな丹鳴山。
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何度見ても飽きない。
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しばらく平和通りを行く。
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尾根を離れて、林道方面へ。
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また、尻セードゾーンがあるかな。
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滑った人もいたが、私は遠慮しておいた。
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やっと林道まで下りてきた。
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小休止してから出発。
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ここからがまた長い。
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なにしろ6kmもある。
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スキーだったらなあと思う瞬間であった。
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登りの時には気づかなかった滝。
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脇の流れも登りの時より大きくなった気がする。
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皆さん、口数も少なく黙々と進んだ。
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(つづく)
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丹鳴山・フレ山(3)

【2018年4月22日(日)】丹鳴山・フレ山
丹鳴山(1040m)に向かって登山中。
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標高が上がるにつれ、羊蹄山(1898m)がよく見えてきた。
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私は余計な体力を消耗してしまうが、カメラマンでもあるので、あちこちに移動。
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かなり進んだところで、スキーの老夫婦とすれ違った。すごく短い板だった。
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再び尾根に出ると、左手になだらかな山が現れた。あれがたぶんフレ山(1046m)だろう。
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その右には小漁岳(1235m)。
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後方に白老三山。
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その中央が白老岳(968m)だ。
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木にちょっと隠れているのが南白老岳(945m)。
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そして、こちらが北白老岳(945m)。
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なだらかな広い尾根を黙々と進む。
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ガイドさんの後に続くのが、同期のSさん。
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やっとホロホロ山(中央、1322m)がすっきり見えた。
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右は徳舜瞥岳(1309m)、左は無名のピーク。

標高930mまで登ってきたところで休憩タイム。
私は2個目のパンをかじった。
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5分ほどで出発。
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ここから先、すこし傾斜がきつくなる。
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遠くに見えているスキー場は貫気別山(994m)のルスツリゾートと思われる。
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その左は竹山(940m)かな。

この時期はラッセルの必要がないので、横に広がって登れる。
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樽前山(1041m)が一瞬見えた。
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白老三山とホロホロ山・徳舜瞥山。
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白老三山だけ切り取ってみた。
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左の白いのが小漁岳、右の黒いのが漁岳(1318m)。
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ちょっと引いてみよう。
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今度は小漁にズームイン。
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そして、今年中に登りたい漁岳。
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木々の向こうに恵庭岳(1320m)も確認できた。
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終盤戦、かなりきつくなってきた。
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こちらは遅れがちになりながらも撮影しながら進む。
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中岳(1388m)だ。
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この斜面は展望が利くのでうれしい。
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「限界を超えた」と弱音を吐いていたSさん。
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ここはスキーで来ても楽しいだろう。とくに下りの林道が長いから、スキーだと楽だ。
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南東の方角の山々。
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4時間10分かかって、ようやく丹鳴山に登頂すると、素晴らしい展望が広がった。
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樽前山。
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樽前山が風不死岳(1102m)の右に見えるのが、ちょっと新鮮。
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実に美しい。
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恵庭岳の尖塔。
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紋別岳(866m)。
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様茶平あたりかな。
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支笏湖とモラップ山(右、506m)。
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ホロホロ山と徳舜瞥山。
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あの白い部分を登ってきました。
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皆さんもあちこちにカメラを向けている。
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北には小漁岳(左)と漁岳(右)。
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中岳(左)と無意根山(右、1464m)
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山名板があって、うれしい。
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同期3人、お揃いのTシャツで記念撮影。
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ここで3個目、最後のパンを食す。
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食後も写していない角度を探して撮影。
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これが次に登るフレ山だ。
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鋭角的な恵庭岳。
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15分ほど休んで出発。
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かなりの急斜面だ。
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もったいないことに150mも下らなければならない。
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でも、条件のいいところで尻セードができるらしいので、それを楽しみに。
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適地まではトラバース気味に下る。
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ふかふか雪だと自然にブレーキがかかるので思い切り下れるが、こういう締まった雪だとそうもいかない。
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正面に中岳。
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いい角度になったところで、滑走。
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5人くらい下った跡を滑ったので、かなりのスピードが出た。
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めっちゃ面白かったが、この後、また150mを登らなければならない。
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もう4時間以上歩いているので、かなりきつい。
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コルで全員集結するのを待つ。
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振り返ると、丹鳴山。
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全員そろったところで出発。
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このあたりも雰囲気のいいところだ。
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この先は、928mピークを巻いて進むことになる。
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面倒見のいいガイドのAさん。
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丹鳴山は東側が切れ落ちている。
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西側はなだらか。特徴的な山容だ。
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では、登り返しスタート。
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辛抱あるのみ。
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Sさんも頑張っている。
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最後の急斜面。
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これが長い。
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まるでスキー場のゲレンデのようだ。
CIMG7399_201805020904131d0.jpg

振り返ると、不死岳や樽前山を望むことができる。
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右手には恵庭岳。
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頂上はもうすぐそこだ!
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丹鳴山の東斜面。
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視野を広げてみよう。
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あのハイマツの向こうが頂上だ。
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傾斜は30度はありそう。
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ほとんど無名の山なのに景色は最高だ。
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この美しさを見てください。
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(つづく)
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丹鳴山・フレ山(2)

【2018年4月22日(日)】丹鳴山・フレ山
美笛パーキングを出発してから1時間10分ほどで、黄金林道との分岐を通過。
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そのすぐ先に滝見橋があった。
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その名の通り、左側は滝だった。
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右側は普通の渓流。
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そこを悠然と渡る。
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一瞬、日が差してきたようで、影ができた。
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道の端を側溝のように水が流れている。
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この雪もあと1週間くらいでほとんど解けてしまうのだろうか。
CIMG7261_20180501232620dc6.jpg

いや、2週間くらいはかかるかな。
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本日最大の渡渉に差し掛かった。
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とは言っても、スノーシューが汚れることを気にしなければ、とくに難しくはない。
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でも、スノーシューで土の上を歩くのは初めてだった。
CIMG7265_201805012325557da.jpg

結構、新鮮だ。
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それにしても雪解け水が豊富だ。
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感心しながら歩く。
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最後に集合場所に着いたNさんが遅れがちだったので、4kmほど進んだところで小休止。
彼女はスノーシューではなく、わかんだったので、ちょっと埋まってしまうようだ。
それが負担になっていることが分かったので、ガイドのAさんが自分のスノーシューとわかんを交換してあげた。
CIMG7269_20180501232531ac0.jpg
しかし、Nさんはスノーシューに慣れていないらしく、なおさら歩きにくそう。
大丈夫だろうか。

間もなく、枝付きの倒木に通せんぼさせられた。
CIMG7271_201805012325343ff.jpg

Aさんはここを右側(谷側)に回り込んで通過しようとしたが、後ろのNさんが難航している。
待っている間、対岸の稜線を眺めていた。
CIMG7272_20180501232535968.jpg

しびれを切らした例のMさんが「通れないかなあ」とつぶやきながら、枝の中を強行突破。
なんと通れてしまったので、Aさんの指示もあり、後続部隊はみな正面突破をすることになった。
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無事全員クリアして隊列を組み直す。
CIMG7275_20180501232509edd.jpg

根回り穴の群れ。
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こちらの円は、層状に積もっていた雪が解けてきた時に起きる現象だろう。
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昨日風が強かったからか、松の枝や葉がたくさん落下していた。
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ゆるやかな谷はまだ雪に覆われている。
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2番目につけているNさんが相変わらず遅れがち。
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この調子では、フレ山までは到達できず、丹鳴山で引き返すことになるかもしれないなあと覚悟を決めた。
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なんて思っていたら、Nさんあっけなくギブアップ。
「もう無理なので、私はここから引き返します」と言う。
何を勝手なことを行っているのか。
基本的にツアーで客を単独行動させるのは厳禁だ。
しかし、疲れてしまった人間をフレ山まで連れて行くこともまた困難だ。
Aさんは「ツエルト貸しますので、ここで3時間ほど春山の雰囲気を楽しんではどうです」と妥協案を出した。
一人で帰すわけにはいかなし、ツアーを中止するわけにもいかないから、苦肉の策だ。
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しかし、彼女は「大丈夫、一人で引き返せるから」と聞く耳を持たない。
結局、Aさんが折れて、しぶしぶ受け入れることになった。
一瞬、私がNさんに同行しましょうか、と言おうかとも思ったが、一部の客を本隊と別行動させることには変わりない。
私だって実は、こんな人のために、せっかくのツアーを無駄にしたくなかったので、結局は言い出せなかった。
再度、スノーシューとわかんを交換している間に、私はパンを1個つまんでいた。
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結局ここで10分近い休憩を取ることになった。
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準備が整ったので、Nさんを見送って、我々は前進。
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ここまで道に迷う心配のない林道だったから、彼女を一人で帰すという選択肢もあり得たが、もしすでに山の中に入っていたら、そうはいかない。
本当に動かず待っていてもらうか、ツアーを中止にせざるを得ない。
中止にしないまでも、誰かに付き添ってもらう必要もあるかもしれない。
万が一、一人で帰して、彼女が川に滑落でもして遭難したら、大問題になる。
今回のようなケースはよくあるのかもしれないが、実に難しい。
彼女が無事、駐車場に着いたという連絡が来るまで、Aさんは相当落ち着かなかっただろう。
実は、このNさん、黒松内山の沢登りでも一緒になっていたことを思い出したが、その時も膝を傷めて、随分ガイドさんに迷惑をかけていた。
なんと彼女は今年初めてのツアー参加で、それもわかんを履くのは10年ぶりだというから驚く。
登りたいのは分かるが、もう少し自分のレベルに合ったツアーを選んでほしい。
そうしないと、ガイドさんにも他のお客さんにも迷惑をかけることになるのだと気づいてもらいたい。
最初に遅れがちになって、「大丈夫ですか~」と声をかけられた時、「大丈夫です。休み休み行きますから」と信じがたい答えをしていたが、ツアーとは全員で行動すべきものであるということを全く分かっていない。困ったものだ。

それはともかく、いわゆる足手まといはいない状態になった。
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林道は傾斜を増していく。
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と思ったら、間もなく取り付き地点に着いた。
ここには白樺の木に目印のピンクのリボンがくくりつけてあった。
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ここで林道を離れ、右手の斜面に入っていく。
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やっと山らしくなった。
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結構きつい登りだ。
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おお、右手に丹鳴山(1040m)の頂上が見えてきた。
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前方には尾根も見える。
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その斜面をトラバース気味に登っていく。
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ちょっと遅れがちのSさん(同期)の後をH君が守るように歩いている。
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その後に続く、ちょっと小太りのお兄さんが例のMさん。
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やや疲れ気味のご様子だ。
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Sさんがかなり前屈みになって歩いているのが気になった。
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最後尾の女性も実はわかんなのだが、彼女は全く遅れたりはしない。
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なんとか尾根に乗った。
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馬の背のような尾根を北進。
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尾根に着けば少しは楽になるかと思ったら、そうでもなかった。
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実は、Mさんはぶつぶつ独り言を言いながら歩くので、なるべく離れて歩いた。
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この根回り穴を見ると、もう積雪は50cmもない。
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やっと平らなところに出た気がする。
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785mピークのあたりで小休止となった。
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木々の向こうに見えているのは、たぶんホロホロ山(1322m)と徳舜瞥山(1309m)だろう。
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ここでも10分ほどの休憩。
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やっとひと息つけた。
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皆さん、思い思いに休息をとっているが私は撮影に忙しい。
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Aさんが教えてくれた北白老岳(945m)。
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その左の二子山は左が多峰古峰山(661m)。右の山(646m)はよく分からない。
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お~、羊蹄山(1898m)の頂上部が見える。
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ちゃんと撮影できるところまで遠征していたら、もう皆さん出発するところだった。
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あわてて戻って合流する。
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あそこまで標高差約250m。
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だいぶ眺めがよくなった。
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少しだけ下る。
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すでに出発から3時間以上が経過しているが、先は長い。
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まあ、黙々と歩くしかない。
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再び羊蹄山。
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改めて、登り返し。
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あと1時間くらいかな。頑張ろう。
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(つづく)
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丹鳴山・フレ山(1)

【2018年4月22日(日)】丹鳴山・フレ山
この日は2か月ぶりのスノーシューツアーである。
最初は、6:45に桑園駅近くの石井スポーツでピックアップしていただくようお願いしていたのだが、送られてきた予定表を見ると、現地(美笛パーキング)着が9:20になっている。
6:45に石井スポーツに行くには家を6時半前に出ないといけないが、現地集合にすれば7時半に出れば余裕で着く。
2時間以上、マイクロバスに乗っているのも、ちょっと窮屈なので、現地集合に変更してもらった。

当日はマイカーで7時半に出発。
晴れの予報だったが、なんとなくすっきりしない。薄曇りだ。
45分ほどで、幌美内展望台に到着。
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しばし、撮影休憩をとった。
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ご覧の通りの天気で、青空は見えない。
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恵庭岳(1320m)の頂上ドームはもう雪が解けて黒い地肌をさらしていた。
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ポロピナイの湖岸に下りてきた。
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もよおしてしまったので、ここで用を済ます。
冬期閉鎖中でなくてよかった。
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売店ももう再開しているのだろうか。朝早いので、ちょっと分からなかった。
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対岸はキムンモラップ山(左)とモラップ山(右、506m)。
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目立つピークの右稜線に紋別岳(866m)の電波塔が見える。
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風不死岳(1102m)と樽前山(1041m)。今年登るぞ。
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少し、北岸を進んで、樽前山がよく見えてきたので、車を停めて撮影。
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中央にホロホロ山(1322m)。そのすぐ右に徳舜瞥岳(1309m)。その右の塊は白老岳(968m)か。
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裾野の雪がすっかり消えた恵庭岳
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樽前山の溶岩ドームも雪がほとんどなくなった。
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風不死岳の頂上部分。
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恵庭岳の左のとんがりが今日登る丹鳴山(1040m)。右は漁岳(1318m)。
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漁岳を望遠で。
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この角度から見る恵庭岳はずんぐりした印象。
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丹鳴山のアップ。
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たぶん白老岳。
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ホロホロ山。
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支笏湖南岸の多峰古峰山(661m)。
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少し車を進ませて、ちょっと違う角度からの風不死岳。
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樽前山はここから見るのが、最も形がよいと思う。
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ツーショット。
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何度か車を停めて撮影しているうちに、結構時間を食ってしまった。
でも9時前後には着けるだろう。
美笛トンネルの手前あたりで、同期のH君からメッセンジャーで連絡あり。
「美笛のパーキングで待っています」とのこと。
どこで抜かれたのか。
9時過ぎに到着して聞いてみたら、15分くらい前に到着していたとのこと。
ということはトイレで抜かれたわけではなく、そもそも先行されていたのかもしれない。
2人キャンセルが出たので、立ち寄り先が少なくなり、予定より早く着いてしまったみたいだ。
私が遅刻したわけではないが、一緒に行動していれば、皆さんをお待たせしなくて済んだわけで、とても申し訳なかった。
でも、9:20に現地待ち合わせだったNさんがまた到着していないという。
彼女は、もっと先にあるパーキングで待っていたようで、ガイドさんと連絡を取り合って、今こちらに向かっているとのこと。
ということであれば、私の罪は軽くて済んだかもしれない。

Nさんを待つ間に、H君が耳打ちをしてくれた。
彼が先日参加した奥徳富岳(1346m)のツアーを中止させた張本人が来ているという。
前夜のテン泊の際、飲み過ぎて吐きまくり、一晩中、ガイドさんに介抱させたそうだ。
一睡もできなかった体で、10時間に及ぶツアーを率いるのは無理だと、ガイドさんが中止を決断。
原因を作ったその人が、全員分のツアー費用の大半を負担することになったそうだ。
そのほとぼりも覚めないうちに、違うガイドさんとは言え、同じツアー会社のツアーに参加してくるとは、なかなかのツワモノだ。
今回の参加者8人のうち、男は私とH君、そして彼の3人だった。

Nさんも到着したので、9:15に出発。
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最初は土が出ている部分があるので、スノーシューを手で持って歩く。
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林道歩きが6kmもあるという。
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八千代橋で千歳川を渡る。
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河原にはまだ雪が残っていた。
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すぐに雪道になったが、まだ装着はしない。
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こんなふうに地面が露出しているところもあるからだ。
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スノーシューを付けていない段階では、なるべく土の部分を歩く。
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腕がだるい。
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雪解け水の水たまりあり。
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シカも歩いているようだ。
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今日は往復20kmくらいあり、戻りは早くて17時になるという。そりゃ大変だ。
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暗くなってしまった時のために、ヘッドライトを持参するよう指示があった。
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15分ほどで永代橋に到着。
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この橋で千歳川の支流、モシルン美笛川を渡る。
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しっかりと護岸工事がなされていた。
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橋を渡ったところで、ようやくスノーシュー装着。
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10分かからずに出発した。
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この先も土が出ているところがあるが、今度はもちろん雪の上を行く。
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しばらくモシルン美笛川に沿って登っていく。
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このあたりで積雪は10~30cm程度か。
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雪解け水で水量は豊かだ。
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冷たいんだろうなあ。
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中州?はまだ真っ白。
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美笛林道のゲートを通過。まだ、あと4.2kmもある。
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ということは2km近く歩いてきたということか。
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ここの護岸工事がかなり新しい。
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かなりの勢いで流れているので、浸食も激しいのだろう。
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雪はしっかりと締まっており、全く埋まらない。ツボ足でも歩けそうだ。
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50分ほど歩いたところで、お着替え休憩。
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まだ、ほとんど平らだが、さすがに体が温まってきた。
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でも、私はさっきの永代橋でゴアを脱いでしまっているので、ここではただの立ち休み。
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5分で出発。
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まわりは雪だらけなのだが、川の流れが見えると春を感じる。
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鳴尾橋で再び川を渡る。
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源頭は丹鳴山である。
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「モシルン」の意味は、ネット検索だけでは分からなかった。
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H君が何やら、標識を指さしている。
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昭和41年の竣工か。もう50年以上前だ。
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おっと、雪が途切れたところが出現。
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でも、全員なんなくクリア。
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今度は、かなり水が流れている。
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ここも無事クリアして、次の橋へ。
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みんなまだ元気だ。
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橋の名称は銘板が外れていて分からなかった。
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(つづく)
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